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〈100 号記念特集〉
第 II 部 放 射 線 化 学 の 現 状 と 展 望
2. 放射線照射装置(線源)の進歩
サイクロトロンのパルスビーム形成技術
日本原子力研究開発機構 高崎量子応用研究所 1
はじめに
日本原子力研究開発機構 高崎量子応用研究所 (旧日
本原子力研究所 高崎研究所) は工業利用を目指した放
射線化学の研究拠点として昭和 38 年に発足し,すで
に半世紀以上の歴史を持つ.発足当初から現在までコ
バルト 60 線源や電子線加速器を用いた様々な研究開
発が行われてきた一方で,平成 5 年にはイオン照射研
究施設 TIARA (Takasaki Ion accelerators for Advanced
Radiation Application) が運用を開始した.TIARA には
K 値 110 MeV の AVF サイクロトロン 1),3 MV タンデ
ム加速器,3 MV シングルエンド加速器および 400 kV
イオン注入装置の 4 台の加速器が備わっており,高エ
ネルギーのイオンビームによる放射線利用研究が行わ
れている.
高エネルギー・大電流のイオンビームを加速できる
サイクロトロンは,主に核物理や核化学の研究分野で
利用されてきたが,TIARA サイクロトロンはバイオ技
術や材料開発へのイオンビーム応用を主目的として設
計・開発された.これまでに,イオンビームの迅速切
換,重イオンマイクロビーム照射,ビーム照射野の均
一拡大技術など,様々なユーザからの要望に応えるた
めの技術開発を行ってきた.その 1 つが,本稿におい
て説明する単一のビームパルスを約 4.2 μs 以上の任意
の時間間隔で発生することを可能にした世界でも例の
少ない高エネルギーイオンのシングルパルスビーム形
成技術である.
2
シングルパルスビーム形成技術
TIARA サイクロトロンから取り出されるイオン
ビームは,11 MHz–22 MHz の加速周波数に応じたパ
ルス構造を持っており,その周期はおよそ 46 ns–91 ns
である.放射線化学におけるパルスラジオリシスやシ
ンチレーション光の時間プロファイルの計測等にお
いては,上記の繰り返し周期ではビームパルスの間隔
が短く,実験上の制約が生じる場合もある.そこで,
サイクロトロンにはビームパルスの数を間引くこと
Pulse Beam Formation Technique for a Cyclotron
Satoshi Kurashima (Takasaki Advanced Radiation Research Institute, Japan Atomic Energy Agency),
〒370–1292 群馬県高崎市綿貫町 1233
E-mail: [email protected]
放 射 線 化 学 第 100 号 (2015)
倉島 俊
Single-pulse
beam
Main coil
Magnet
Slit
Resonator
S-chopper
Cyclotron
P-chopper
Slit
P-chopper
Max. voltage
Frequecy
Pulse width
S-chopper
Max. voltage
Frequecy
Reduction rate
1.5 kV
Single shot-240 kHz
60 ns-DC
Injection beam
40 kV
1-3 MHz
1/3, 1/4, 1/5, 1/6, 1/7
Ion source
Figure 1. Layout of the cyclotron and
the beam chopping system consisting of
two beam kickers.
で繰り返し周期を数マイクロ秒以上に長くするため
のビームチョッパー (ビームキッカー) が備わってい
る 2) .Figure 1 に示すように,ビームチョッパーはサイ
クロトロンの入射ラインに設置されているパルス電圧
型の P チョッパーと,ビーム取り出し後の輸送ライン
に設置されている正弦波電圧型の S チョッパーから構
成される.イオン源で生成した直流ビームは P チョッ
パーにより大幅に間引かれ,1 RF 周期程度 (1 バンチ
分) の時間幅を持つパルスビームが入射される.サイ
クロトロンは 1 つのビームバンチを静電型デフレクタ
により複数回に分けて取り出すマルチターン取り出し
を行うため,P チョッパーで 1 バンチ分のビームを入
射した場合でもサイクロトロン下流では複数個のビー
ムパルスが現れる.そこで,S チョッパーによりビー
ムパルスの数を更に間引くことでシングルパルスビー
ムが形成される (Fig. 2 参照).S チョッパーは高電圧
の発生に共振回路を用いており,Fig. 1 に示すように
周波数範囲や間引きについては P チョッパーほど大幅
に変更できない.よって,マルチターン取り出しの回
数を制限することが,シングルパルスビームを形成す
る上で重要な課題となる.
49
倉島 俊
P-chopper use (1 bunch injection,
multi-turn extraction)
P- and S-chopper use (single-pulse)
(a) Advancing 15 deg.
Relative Intensity
Beam Current
No beam chopper (CW mode)
(b) 0 deg. (Optimized)
Time
0
Figure 2. Change of the pulse train in
the high-energy beam transport line for
the cases of the beam chopper use.
3
サイクロトロンの課題と改良
上記の通り,サイクロトロンにおいてパルスビーム
を形成する手法は単純なものである.しかし,以前の
TIARA サイクロトロンではマルチターン取り出しの
回数は数十を越え 2),その状態も時間経過とともに変
化したためにシングルパルスビームの実用化は困難で
あった.そこで,我々のグループではマルチターン取
り出しの回数を制御し,その状態を長時間安定に維持
するために以下の 3 つの技術開発を行った.
1 加速位相の最適化 3)
2 位相バンチングによるビーム位相幅の縮小化 4)
3 電磁石定温化による磁場の高安定化 5)
マルチターン取り出しの回数を減らすためには,取
り出す前のビームバンチのエネルギー幅を小さくす
る必要がある.そのために,エネルギーゲインの時
間的変化が最も小さい余弦波の頂点付近,つまり加
速位相 0◦ でビームバンチを加速する必要がある.そ
こで,ビームバンチ中心を加速位相 0◦ で加速するた
1 の技術開発と,ビームバンチそのものの時間幅
めの
2 の技術開発を行った.そ
(ビーム位相幅) を狭くする
の成果を以下に示す.Figure 3 は,プラスティックシ
ンチレータ,光電子増倍管およびピコ秒時間分析器
(9308, Ortec) により計測したサイクロトロン下流にお
ける 50 MeV 4 He2+ ビームのパルストレインである.
P チョッパーのみを用いて約 1 RF 周期の時間幅のビー
ムを入射し,加速位相の違いによりマルチターン取り
出しの回数がどのように変化するのかを調べた.ビー
ム位相幅は約 10◦ 以下へと十分に縮小化されている.
Figure 3(a) のように加速位相が最適値ではない場合マ
50
1
2
3
4
Time (µs)
Figure 3. Pulse trains of the 50 MeV
4
He2+ beam measured by the plastic scintillator and pico-second time analyzer.
The P-chopper was used alone for 1 beam
bunch injection. (a) The acceleration
phase was advanced by 15 deg, and (b)
optimized condition.
ルチターン取り出しの回数は多く,S チョッパーを使
用してもシングルパルスビームを形成できない状態に
ある.しかし同図 (b) のように加速位相を最適化した
場合,メインパルスの他に小さなサブパルスが見られ
るがその数は少なく,マルチターン取り出しの回数は
十分に抑制されていることがわかる.
Figure 4. Cross-sectional view of the
cyclotron magnet and picture of the variable temperature water-cooled plate installed between the main coil and the
magnet yoke.
放 射 線 化 学
サイクロトロンのパルスビーム形成技術
Relative Intensity
5× TRF
(a) S-chopper use
4 シングルパルスビーム形成実験
シングルパルスビーム形成実験の一例を Fig. 5 に示
す.加速したイオンビームは 320 MeV 12 C6+ であり,
TIATA サイクロトロンで加速できる重イオンとしては
核子当たり最大のエネルギーとなる.メインコイルの
励磁電流は最大値の 900 A であり,安定化対策以前で
あれば,磁場変動の影響を最も受けた加速条件である.
しかし,Fig. 5 に示すように P と S チョッパーを併用
してシングルパルスビームを形成し,ユーザへ提供し
た結果,6 時間の利用時間内においてサイクロトロン
の磁場を再調整する必要はなく,安定にパルスビーム
を提供することに成功した.この他にも,重イオンと
しては 50 MeV 4 He2+ ,220 MeV 12 C5+ ,プロトンでは
20,50 および 65 MeV などのシングルパルスビームを
形成し,定常的にユーザへ提供している 6, 7).
(b) P- and S-chopper use
0
0.5
1
1.5
2
Time (µs)
Figure 5. Pulse trains of the 320 MeV
12 6+
C beam measured by the plastic scintillator and oscilloscope. The reduction
rate of the S-chopper was set to 1/5. (a)
S-chopper was used alone and (b) both
the beam choppers were used for singlepulse beam formation.
マルチターン取り出しの回数を上記の通り制御した
3 の技術開
後,その状態を長時間維持するためには,
発 (磁場の高安定化) が必要であった.サイクロトロ
ン電磁石を高磁場用に大電流で励磁した場合,数十時
間という長時間にわたり磁場が減少することが以前か
ら確認されていた (ΔB/B ≈ 10−4 ).ビームの加速位相
はこのわずかな磁場変動により大きな影響を受けるた
め,マルチターン取り出しの状態を一定に保つために
磁場の高安定化は必須であった.磁場変動の原因は,
メインコイルが発生する熱が電磁石鉄心に伝わり,温
度上昇の結果として鉄心が熱膨張・変形することに
あった.そこで,Fig. 4 に示すような水冷式の遮熱板
をメインコイルと鉄心の間に挿入する,ポール表面と
接するトリムコイルに流す冷却水温度を定温化する,
などの電磁石定温化対策を行った.その結果,電磁石
の温度上昇は以前に観測された数 ◦ C から 0.1 ◦ C 程度
まで抑制され,磁場変動量も ΔB/B = 1×10−5 へと従来
に比べて 1 桁改善し,加速位相を長時間安定に維持す
ることが可能となった.
第 100 号 (2015)
5
まとめ
サイクロトロンの改良の結果,様々なイオンビーム
についてシングルパルスビームを形成し,安定に供給
することが可能になった.ユーザからは,パルスビー
ム電流の増強,現在はナノ秒程度あるビームパルス幅
の縮小といった要望があり,高強度イオン源など今後
とも加速器技術の開発を推し進めていく.
〈参 考 文 献〉
1) K. Arakawa, Y. Nakamura, W. Yokota, M. Fukuda.
T. Nara. T. Agematsu, S. Okumura, I. Ishibori, T.
Karasawa, R. Tanaka, A. Shimizu, T. Tachikawa, Y.
Hayashi, K. Ishii, T. Satoh, Proc. 13th Int. Conf. on
Cyclotrons and their Applications, Vancouver, Canada,
(1992) 119.
2) W. Yokota, M. Fukuda, S. Okumura, K. Arakawa, Y.
Nakamura, T. Nara, T. Agematsu, I. Ishibori, Rev. Sci.
Instrum., 68 (1997) 1714.
3) S. Kurashima, T. Yuyama, N. Miyawaki, H. Kashiwagi,
S. Okumura, M. Fukuda, Rev. Sci. Instrum., 81 (2010)
033306.
4) N. Miyawaki, M. Fukuda, S. Kurashima, S. Okumura,
H. Kashiwagi, T. Nara, I. Ishibori, K. Yoshida, W.
Yokota, Y. Nakamura, K. Arakawa, T. Kamiya, Nucl.
Instrum. Methods Phys. Res. A, 636 (2011) 41.
5) S. Okumura, K. Arakawa, M. Fukuda, Y. Nakamura,
W. Yokota, T. Ishimoto, S. Kurashima, I. Ishibori, T.
Nara, T. Agematsu, M. Sano, T. Tachikawa, Rev. Sci.
Instrum., 76 (2005) 033301.
6) M. Koshimizu, S. Kurashima, M. Taguchi, K. Iwamatsu, A. Kimura, K. Asai, Rev. Sci. Instrum., 86
(2015) 013101.
7) A. Masuda, T. Matsumoto, H. Harano, Y. Tanimura, Y.
Shikaze, H. Yoshitomi, S. Nishino, S. Kurashima, M.
Hagiwara, Y. Unno, J. Nishiyama, M. Yoshizawa, H.
Seito, IEEE Trans. Nucl. Sci., 62 (2015) 1295.
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