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嫌われた犬 トゥーリー
はじめに
トゥーリーはとてもおかしな犬だった。へんな癖がいっぱい
あった。たとえば、夜、一番遅くベッドに入ろうとする人は
トゥーリーにウーゥゥゥと唸られる。さきに寝ている人を絶対に
守ってみせるっていってるんだ。きみがもしも寝るのが最後に
なったとしたら、トゥーリーの上唇がまくれあがっていることに
すぐ気がつくだろう。映画でジャック・ニコルソンが、これから
あの冷ややかな薄笑いをみせるぞっていうときのように。それが
さらにまくれあがり白い歯がみえると、トゥーリーはそれこそ狼
みたいになる。そして次には、かすかに震え始める。もうこれ以
上自分を抑えることができないといわんばかりにね。それからは
響きと怒りの爆発だ。まるで、迫りくる身の危険に、死にもの
狂いでたちむかっているみたいなんだ。このお決まりの行動を
トゥーリーはけっして変えることはなかった。これをやめたら、
自分を支えているゆるぎない信念の土台がくずれてしまうと思っ
はじめに 1
ているかのようだった。誰かにかみついたことはいちどもなかっ
たけれど、トゥーリーがかみつこうと思っていたのはたしかだっ
た。
どのようにしてトゥーリーが我が家の一員になったかを
お話ししよう。
それまでトゥーリーには少なくとも三回飼われかけたことが
あった。でも、毎回嫌われて、そのたびに動物シェルターに戻さ
れた。飼い主になろうとした三家族はみんなトゥーリーに見切り
をつけたんだ。「カデュル」「エンジェル」そして「プリンセ
ス」が彼女の名前だった。トゥーリーは愛されたかったのに、ど
のように振舞ったらよいのかわからなかったんだろうね。愛され
る犬になろうと懸命に振舞えば振舞うほど、ますますトゥーリー
はヘマをしてしまう。彼女を飼おうとしていたどの家族にも、
これはお手上げだ、動物シェルターに返そうと思わせることを
トゥーリーはやっちまうんだ(例えば、人間さまのベッドにうん
ち、カーペットにおしっこ、はたまた、生ごみの缶をひっくりか
どのようにしてトゥーリーが我が家の一員になったかをお話ししよう。 2
えすとかだね)。で、私たちが彼女の四番目の飼い主になったと
いうわけだ。もしかすると、それ以上の、五番目、あるいは六番
目だったかもしれない。私たちの家族だった老バタースコッチ犬
が亡くなり、埋葬してから二ヶ月がたっていた。マヤと私は生後
49日目の子犬を探しに出かけた。なぜ49日かって? ベブがも
のの本で読んだことがあるんだ。盲導犬を飼っている人々による
と、生まれてから49日たった子犬は家族の一員となるんだそう
だ。不思議だろう? 49日になった子犬は、人間との絆を求め
ていると考えられたんだね。
子犬を探し始めたマヤと私は、まもなく、生後49日目の子犬
の広告なんて新聞には載っていないことに気がついた。そこで動
物シェルターを訪ねることにした。でも、シェルターには子犬は
一匹もいなかった。見た目にもこれ以上恐怖心をおぼえさせるの
はいないだろうと思われる犬ばかりが集められていた。それでも
マヤと私の決意は固かった。最初のシェルター『嵐の孤児たち』
で、ノースウェスターン大学のスウェット・シャツを着た若い女
性に、日中家で犬の世話をするのは誰ですかと聞かれた。大学生
どのようにしてトゥーリーが我が家の一員になったかをお話ししよう。 3
の子供たち、エリックとメリッサが世話をすると言うと、「大学
生の子供たちはあてになりません」との言葉が返ってきた。そし
て、彼女はこう言ったんだ。「残念ですが、あなたたちには犬を
引きとって飼う資格はありません」
犬を引きとれないことをどうやってマヤに説明しようか、車に
戻りながら私は頭を悩ませた。マヤは私の養女なんだ。でも、マ
ヤがこう言ったんだ。「ねぇ、父さん、この次はこう言ったほう
がいいよ。母さんが一日中うちで犬と一緒にいるって」 その次
のシェルター『ペットを救え』だった、初めて私たちがトゥー
リーを見たのは。私はその犬を見ていて、畏敬の念にうたれた。
彼女は自分のケージから隣のケージへ前足を入れて、隣の犬の
ドッグフードの食器をひっくりかえした。水分を含んだ食べもの
が空中に放りだされ、自分のケージに落ちた。その犬は頭が良い
だけではなく、基本的な物理学がちゃんとわかってるんだ! 隣
のケージにいる犬の食べものをどうやったら手に入れることがで
きるかを実際にやってみせたんだよ。トゥーリーは私たちを見
た。でもすぐに目をそらした。私たちもまた彼女を不当に扱い、
どのようにしてトゥーリーが我が家の一員になったかをお話ししよう。 4
ぶったりするような人間だと思ったのだろうね。私にはわかっ
た。彼女が私たちの家族の一員になりたいとほんとうは思ってい
ること、でも、誰かの特別な犬になりたいというずーっと抱いて
いた願いを諦めてしまっていることを。彼女はまたもう一度裏切
られて悲しみのどん底に突き落とされることに耐えられなかった
んだね。だから、「わるい犬」になってやると心に決めていた。
飼い主の人たちが彼女のことをそう呼んでいたんだ。私たちは彼
女を必要とし、彼女もまた私たちを必要としていた。でも、その
とき、私たちにできることはなにもなかった。
その動物シェルターは一日の仕事を終えるところだった。「あ
の犬」が欲しいのだったら、日曜日の午後一時にまたオープンす
るので、その時に来てくださいと言われた。ベブと子供たちは、
その犬のことが、一晩中ずっと気になっていた。もうすぐ「私た
ちの一員」になるけれども、その犬はまだそのことを知らない。
翌朝までにはその犬には「トゥーリー」という名前までついてい
た。そして、教会が終わるや否やすぐさま、私たちはそのシェル
ターへ車を走らせた。その犬を求めて列をなす人々の先頭になろ
どのようにしてトゥーリーが我が家の一員になったかをお話ししよう。 5
うとしたんだ。私たちは一番にそこに着いた。けれど、後ろには
誰も来なかった。私たちだけだった。35ドル支払うと、シェル
ターの人が話してくれた。この犬がなぜ三つも名前をもっている
のか、なぜ今まで引きとられてきた家で嫌われたのかをね。私た
ちは引きとった犬を返すようなことなんか絶対にしやしないと言
い、固くそう思っていた。その時はね。トゥーリーは、そんな私
たちでも、やっぱり返してしまおうかとなんどもなんども思わせ
たんだ。でも、そうすることは絶対にいやだった。
トゥーリーの変った癖
私たちの家にくる前、トゥーリーはきわめて厳しい二年半を経
験していた。それがために偏見がめばえ、それは生涯にわたって
なおらなかった。たとえば、制服を毛嫌いしたり、またアフロ・
アメリカンを嫌ったりなどだ。なぜなのかをトゥーリーはけっし
て話さなかったし、その考えを変えようともしなかった。初めて
家につれてきた時、トゥーリーは裏庭でわんわん吠えながら30
トゥーリーの変わった癖 6
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