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1)子宮頸部病変 Adenoma malignum 悪性腺腫
N―171 2005年9月 症例から学ぶ婦人科腫瘍学 1)子宮頸部病変 Adenoma malignum 悪性腺腫 座長:産業医科大学教授 柏村 正道 九州大学医学部 保健学科教授 加耒 恒壽 コメンテーター:近畿大学教授 山本嘉一郎 はじめに 悪 性 腺 腫(Adenoma malignum)は Extremely well differentiated adenocarcinoma, minimal deviation adenocarcinoma とも呼ばれ,極めて高分化型腺癌よりなる 子宮頸部腫瘍で予後は一般的には不良と報告されている1)∼5).しばしば臨床的に腫瘤を認 めるが組織学的に診断困難である.多量の粘液性帯下を認めることが多い.PeutzJeghers syndrome を伴う症例がある5).診断を確定するため症例によっては広範な生 検や円錐切除が必要である. 症 例 症例は39歳,G3P1. 主訴は水様性帯下であった.肉眼的に子宮頸部に4cm 径の腫瘤 形成があった.内診で子宮体部は鶏卵大,両側付属器に異常なく,子宮傍組織に浸潤なく, 子宮頸癌"b 期と診断され,広汎子宮全摘出術が施行された.骨盤リンパ節,大動脈リン パ節に転移なく,術後 6 年間再発なく生存中である. 頸部スメア class & 悪性腺腫の臨床像 当科で経験した13例では年齢は25歳から63歳(平均48.3歳)であった.臨床症状は全 例であり,出血11例,帯下 5 例であった.臨床進行期は"b 6 例,#b 7 例であった. また,子宮頸部細胞診は Class#:2 例,Class$:1 例,Class%:2 例,Class & : 8 例であった.骨盤リンパ節転移は検索した12例中 7 例(58%) であった.予後について は13例中 8 例(62%) は腫瘍死( 1 年 4 カ月∼2 年10カ月) で,残りの 5 例(38%) は無病 生存( 5 年 1 カ月∼13年 7 カ月) であった.2 例は Peutz-Jeghers syndrome を合併 していた.そのうち 1 例で卵巣に Sex-cord tumor with annular tubules を認めた. Adenoma Malignum of the Uterine Cervix Tsunehisa KAKU School of Health Sciences, Faculty of Medicine, Kyushu University, Fukuoka Key words : Adenoma malignum・Lobular endocervical glandular hyperplasia・ Pyloric gland metaplasia・Uterine cervix・HIK1083 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! N―172 日産婦誌5 7巻9号 そこで悪性腺腫の予後について文献 的検討を行った.2 年以上経過を追 跡された1963年以降の88症例の転 帰は無病生存率は31%であり,通 常の子宮頸部腺癌の予後と比較して 悪性腺腫は不良であった. 悪性腺腫の組織像 組織学的特徴としては(1)腫瘍 性腺管は腺腔内への著明な乳頭状増 殖を示し,時に複雑な分岐および橋 (図 1 ) 浸潤腺癌 (矢印) の有無がポイント 梁状の連絡を呈す. (2)腫瘍性腺管 は不規則な形状を示し,鋭角的弯曲 をもって周囲間質へ突出する. (3)腺管の大きさは一定せず小腺腔から円形に拡張して粘 液を充満したものまである. (4)腺管の一部が壊れ粘液の間質への遊出がある. (5)個々 の細胞の境界が明瞭で細胞の大きさの軽度の大小不同がある1)2). 鑑別診断としては Lobular endocervical glandular hyperplasia(LEGH) が挙げら れる.この病変に類似したものは Pyloric gland metaplasia, Diffuse luminar endocervical hyperplasia, Cervical adenomyoma とも呼ばれ,悪性腺腫との鑑別がしば しば問題となる.LEGH は子宮頸管腺細胞の良性増殖性病変の一つで6)7),組織学的に主 に粘液性の高円柱上皮からなる内頸腺の増殖を認め,ときに頸管壁深部にまで及ぶため悪 性腺腫と類似の像を呈する.LEGH の基本的な組織像は内頸腺の小葉状の著明な増殖で あり,"胞状に拡張した腺管の周囲に小腺管が集簇する所見が特徴的とされる.境界は明 瞭あるいは不明瞭である.また頸管壁の表層1# 2に限局していることが多いが,深層まで 6) 病変が及ぶこともあるとされている .悪性腺腫との鑑別に役立つ LEGH の特徴的組織 所見は, (1)小葉構造を保った著明な腺管の増殖である. (2)腺管上皮は正常内頸腺に類 似し,核異型は軽度である. (3)明らかな浸潤腺癌の部分が存在しないことである. さらに我々は悪性腺腫を含む増殖性頸管腺病変を 4 施設(国立がんセンター,川崎医科 大学,九州大学,癌研究所) より52例を収集し,各施設の病理診断基準で良性,悪性腺腫, 通常型の頸部腺癌の診断を行い各施設で診断基準が大きく異なることが明らかとなっ た8).また浸潤腺癌部分の存在する症例は半数以上が死亡し,一方浸潤腺癌部分のない症 例は全例が生存していたことから,浸潤腺癌の存在の有無が予後に大きく影響を与えてい ることを明らかにした8).以上より予後の視点からみると,LEGH と悪性腺腫の鑑別は腫 瘍性腺管周囲の線維性結合組織の増生を示す間質反応 (desmoplastic reaction) を伴う 浸潤腺癌の存在の有無によると考えられる(図 1 ,表 1 ) .1998年 Ishii et al. が初めて 悪性腺腫の gastric phenotype,つまり悪性腺腫の腫瘍細胞が胃幽門腺粘液に対する抗 体 HIK1083に陽性を示し,正常腺管腺に比して有意に陽性率が高いことを報告した9). さらに悪性腺腫において gastric metaplasia が高率に認められることを悪性腺腫固有の 性質であるとし,悪性腺腫と gastric metaplasia が深く関連していると言及したため, HIK1083染色が悪性腺腫の診断や過形成性病変との鑑別に際して有効な染色法となるこ とが期待されたが,Mikami et al. は LEGH と同様の病変を Florid endocervical glandular hyperplasia with intestinal and pyloric gland metaplasia と し て 報 告 し て お り,これらの病変に HIK1083染色を行い高率に陽性であったと述べている7).そして Ishii !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! N―173 2005年9月 (表1) 子宮頸管増殖性病変の診断 細胞異型 浸潤 浸潤腺癌成分 過形成 (LEGH) 腺管内に 異型を伴う 過形成 悪性腺腫 粘液性腺癌 − − − +/− − − +/− + + + + + が悪性腺腫として報告した症例の中にはむしろ gastric metaplasia を呈する LEGH と すべき症例が含まれている可能性を指摘している10).現在では gastric metaplasia は悪 性腺腫,LEGH の両者に出現し得る変化であり,gastric metaplasia の存在,すなわち HIK1083染色陽性は悪性腺腫に特異的なものではなく,悪性腺腫と他の LEGH などの腺 系病変との鑑別診断の根拠とはならないと考えている.LEGH を背景とした症例で腺管 の 一 部 に AIS を 伴 っ た 症 例 を 経 験 し て お り11),こ の よ う な 症 例 は LEGH を background として AIS が microinvasion などのプロセスを経て悪性腺腫などの浸潤癌へ進 展する可能性を推測させるものである.同様に Mikami et al. も LEGH が悪性腺腫の前 癌病変または in situ form である可能性を指摘している12). 悪性腺腫の細胞像 悪性腺腫の診断はしばしば生検のみでは困難なことがある.子宮頸部細胞診は子宮頸部 の広い範囲からの細胞を採取することができるため,診断に関する有用な情報を得ること ができる.当科で検討された悪性腺腫13例のうち Class#が 2 例あったが,他の11例は Class$以上であった.その細胞像は(1) 頸管腺細胞が多数出現する. (2) 細胞異型が極め て軽度で,正常頸管腺上皮に似ている. (3) 細胞は高円柱状で豊富な細胞質を持ち,しば しば粘液が充満して核が高度に偏在している. (4) 粘液は黄色に染まることがある. (5) 一 部に高分化腺癌相当の腺癌細胞の存在が認められることがある.特に高分化腺癌相当の腺 癌細胞の存在は,悪性腺腫の組織学的特徴を反映しており LEGH との細胞学的な鑑別点 となる.ただし LEGH での class$に相当する異型頸管腺細胞が出現することも留意す る必要がある. 悪性腺腫の画像診断 悪性腺腫の臨床的診断には MRI などの画像所見が大きく関わっていることが少なくな い.悪性腺腫の MRI 所見として T2強調像で高信号を呈する頸部間質の多"胞性病変が 基本である13)14).しかし LEGH を含む良性疾患においても同様の所見が指摘されてお り7),画像による鑑別は困難とされている.今後は前述の基準で組織学的に悪性腺腫およ び LEGH 等と診断された症例を収集し,その MRI 像の詳細な再検討が必要と思われる. まとめ 悪性腺腫を類似疾患である LEGH と正確に鑑別するには Desmoplastic reaction を 伴う浸潤腺癌の存在の有無が重要であると思われるが,さらに多くの症例を収集し,この ことを検証することが急務である.また悪性腺腫と LEGH 共に胃型粘液(HIK1083) を有 するが,HIK1083染色陽性は悪性腺腫に特異的なものではなく,悪性腺腫と他の LEGH !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! N―174 日産婦誌5 7巻9号 などの腺系病変との鑑別診断の根拠とはならないことを十分に認識しておくことが大切で ある. 《参考文献》 1. Kaku T , Enjoji M . Extremely well-differentiated adenocarcinoma(" adenoma malignum”) of the cervix. Int J Gynecol Pathol 1983 ; 2 : 28―41 2. 加耒恒壽,塚本直樹.悪性腺腫の診断とくに初期像の診断.森脇昭介,杉森 甫 編 腫瘍鑑別診断アトラス 子宮頸部[第 1 版] 東京:文光堂,1991 ; 51―57 3. Silverberg SG, Hurt WG . Minimal deviation adenocarcinoma(" adenoma malignum” ) of the cervix : a reappraisal. Am J Obstet Gynecol 1975 ; 121 : 971―975 4. Gilks CB, Young RH, Aguirre P, et al. Adenoma malignum(minimal deviation adenocarcinoma)of the uterine cervix. A clinicopathological and immunohistochemical analysis of 26 cases. Am J Surg Pathol 1989 ; 137 : 17―29 5. Kaku T, Hachisuga T, Toyoshima S, et al. Extremely well-differentiated adenocarcinoma(" adenoma malignum”)of the cervix in a patient with Peutz-Jeghers syndrome. Int J Gynecol Pathol 1985 ; 4 : 266―273 6. Nucci MR, Clement PB, Young RH. Lobular endocervical glandular hyperplasia, not otherwise specified : a clinicopathologic analysis of thirteen cases of a distinctive pseudoneoplastic lesion and comparison with fourteen cases of adenoma malignum. Am J Surg Pathol 1999 ; 23 : 886―891 7. Mikami Y, Hata S, Fujiwara K, et al. Florid Endocervical glandular hyperplasia with intestinal and pyloric gland metaplasia : worrisome benign mimic of " adenoma malignum”. Gynecol Oncol 1999 ; 74 : 504―511 8. Tsuda H, Mikami Y, Kaku T, et al. Interobserver variation in the diagnosis of adenoma malignum(minimal deviation adenocarcinoma)of the uterine cervix. Pathol Int 2003 ; 53 : 440―449 9. Ishii K, Hosaka N, Toki T, et al. A new view of the so-called adenoma malignum of the uterine cervix. Virchows Arch 1998 ; 432 : 315―322 10.Mikami Y, Manabe T. Lobular endocervical glandular hyperplasia represents pyloric gland metaplasia? Am J Surg Pathol 2000 ; 24 : 323―324 11.萩原聖子,加耒恒壽,小林裕明,平川俊夫.Lobular endocervical glandular hyperplasia に adenocarcinoma in situ を伴った 1 例.日本婦人科腫瘍学会誌 2005 ; 23 : 444―448 12.Mikami Y, Hata S, Melamed J, et al. Lobular endocervical glandular hyperplasia is a metaplastic process with a pyloric gland phenotype. Histopathology 2001 ; 39 : 364―372 13.Doi T, Yamashita Y, Yasunaga T, et al. Adenoma malignum : MR imaging and pathologic study. Radiology 1997 ; 204 : 39―42 14.立岩 尚,小島敦美,山口 聡,西村隆一郎,丸尾 猛.子宮頸部悪性腺腫が疑わ れた18症例の MRI 画像解析.産婦人科の進歩 2004 ; 56 : 119―121 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!