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2)精子機能異常
2007年9月 N―433 クリニカルカンファレンス(生殖内分泌領域);1.不妊診療の問題点と対策 2)精子機能異常 座長:兵庫医科大学教授 香山 浩二 東北大学病院産婦人科 准教授 寺田 幸弘 慶應義塾大学准教授 末岡 浩 精子機能とは 精子機能を端的に表現すれば“雄性ゲノムを卵子内に導入し新しい胚ゲノムを生ぜしめ る”ことになる1).すなわち,放精された瞬間から卵子細胞質内で導入した雄性ゲノムが 雌性ゲノムと合一するまでの長い過程に精子が果たさねばならないすべての過程(図1)の トラブルが“精子機能異常”である. 精子の基本構造を図 2 に示す.すなわち,精子核の周囲には精子先体諸酵素,卵子活 性化物質,ミトコンドリア,中心体などがあたかも玉葱の皮のように層状に取り巻き,運 動を司る尾部鞭毛がのびている.これらすべての構造が,雄性ゲノムを卵子に導入するき わめて機能的なベクターである精子の各機能を担っている.すなわち,ミトコンドリアに て産生される運動エネルギーと尾部鞭毛の細胞骨格のダイナミックな動態により,運動性 を得た精子が卵子に到達する.先 体酵素により egg coat を通過し た精子は卵子細胞質と融合する. その時点で精子核周囲の構造 (perinuclear material) に存在す る卵子活性化物質が停止していた 卵子減数分裂を再開させ,細胞周 期としては異なっていた雄性,雌 性ゲノムを同調させる.精子中心 体からは精子星状体が形成され, 雌雄前核の接近,融合を司る. これからの不妊症診療,生殖補 助技術に有用な精子の評価=機能 (図 1) 精子(雄性ゲノム)の旅 検査を開発してゆくためには,精 Sperm Dysfunction in Human Reproduction Yukihiro TERADA Department of Obstetrics and Gynecology, Tohoku University School of Medicine, Sendai Key words : Sperm function・Sperm maturation・IVF・ICSI・Post ICSI !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! N―434 日産婦誌59巻9号 子機能はこのように多岐にわたる ことを認識してゆかねばならな い.現在“男性因子の所見”とし て得られる情報としては精液検査 があり,精子自身の状態の評価と しては精子の形態を評価する基準 がいくつかある.それらの基準は 上述の精子機能を直接評価するも のではないことは銘記すべきであ る. 体外受精あるいは顕微授精の開 発に伴い,一連の精子機能の前半 (図 2) (雌性生殖管内の挙動) そして後半 (卵子活性化以降) 以外はかなり詳 細な機能解析がなされ,それに伴 い生殖の過程での“異常”が認識されるようになってきている.異常が想定されたケース には正確なスクリーニングが必要になる.それにより最も適切な対応が選択され,治療効 果の上昇および不必要な生殖補助技術の施行を減ずる効果が期待される.精子機能を考慮 するうえで,もうひとつ重要なことは上述の一連の過程がすべからく精子の単独の働きの 結果ではないことである.雌性生殖管,卵丘細胞,そして卵子との時に能動的,時に受動 的な共同作業のうえに精子機能は発現しているのである. 雌性生殖管内の精子の機能 近年,山王病院のグループが腹腔鏡施行前に人工授精を施行し,腹腔鏡施行時に腹腔内 より精子の回収の有無をみる検査(peritoneal recovery test) を2,681例に施行し,本会 学術講演会に報告している.それによると,人工授精後の腹腔内精子回収の有無と骨盤内, 卵管内所見には特に関連がなかった2).哺乳動物の卵管内 の 精 子 の 挙 動 に 関 し て は Yanagimachi and Smith が1980年後半から1990年前半に一連の報告をしている.種々 の哺乳類の卵管壁内には精子が貯留され,卵管内精子を洗い流しても受精にはまったく影 響しない3).個々の症例での雌性生殖管内での精子の動態を把握することは,不妊治療の ステップアップの観点よりもきわめて重要である.しかし,体内での精子の挙動に関して は驚くほど知見が少ない. 卵子との融合における精子の機能 受精のこの部分は,まさしく IVF や ICSI で補助している部分であり,多くの知見があ るが,本講演では以下の 2 点のトピックスをピックアップした. 1.分子マーカーを基準とした明確な IVF と ICSI の使い分けは可能か? ICSI でバイパスされる部分とその部分で機能している物質を図 3 に示す.種々の物質 が同定され,そのノックアウトマウスが作成されてきたが,ノックアウトマウスのほとん どに受精が認められた.この事実は,現存する種が持つ生殖のストラテジーは単一因子が 欠損した程度では,その機能を失わないことを私たちに語りかける.Immunoglobulin super family である IZUMO は大阪大学 Okabe et al. により同定された sperm egg fusion に働く物質で,そのノックアウトマウスには精子と卵子の細胞膜の融合が認められな !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 2007年9月 N―435 い4).そこで私たちは IVF で 受 精 が認められず,その後の ICSI で受 精が 成 立 し た 不 妊 症 例 で の ヒ ト IZUMO の精子細胞膜上での発現 を検討した.しかし,すべての症 例で IZUMO は少なくともタンパ クレベルでは陽性であった5).ヒ ト不妊症においても単一の目安で IVF と ICSI の症例を振り分けるの は難しそうである. (図 3) I CSIでバイパスされる過程で不可欠なファ 2.Rescue ICSI 究 極 の 精 子 クターへの希求 機能検査?有用か? IVF で媒精したのちのある時点 で,受精が開始しているかの判断 を下し,開始していない卵子にはその時点で ICSI を施行するのが rescue ICSI である. Chen and Kattera によると媒精後 6 時間の段階で rescue ICSI をした卵子と,媒精後22 時間の段階で rescue ICSI した卵子では,受精率に相違はないが,妊娠率は前者が有意に 高かった.さらに,はやい時点で受精の判断をした場合問題になる 3 前核の出現率は 2 群で相違がなかった6).最近の Mio による time lapse cinematography を用いたヒト受 精に関する詳細な事実の観察によると,受精が成立する場合の第 2 極体出現時間は2 1 時間であり7),それに従うと媒精 3 時間の段階で rescue ICSI を施行するか否かの判断が 下せることになる.Rescue ICSI は(精子卵子融合の時点に限るが) 究極の精子機能検査 も兼ねた治療法ということになる. 卵子との融合後の精子の機能 精子が卵子内に侵入したのち,受精の真のゴールである雌性ゲノムとの融合までには, きわめて長い時間を要し,それにともなう種々のイベントがある,これを post ICSI events in feretilization : PIEIF という.PIEIF の詳細に関しては Journal of Mammalian Ova Research (日 本 哺 乳 動 物 卵 子 学 会 英 文 誌) の2006年 4 月 号 の mini symposium (post ICSI events : choreography of fertilization : edited by Y Terada7))に ま と め ら れている.PIEIF で最初に起こるイベントが精子由来卵子活性化物質による卵子の活性化 であり,ICSI 後の受精停止卵子を観察すると,その約60%が活性化障害である.精子由 来卵子活性化物質の同定は世界の処々でチャレンジが行われ,その本質に迫りつつはある が,いまだ臨床応用等には結びついていない.精子中心体機能は雌雄前核の融合および第 一分裂紡錘体の形成を司る.種々の奇形精子症例などで中心体機能が低下した精子が存在 することが報告されている. 《参考文献》 1. Terada Y, Nakamura S. Morita J, Hewitson L, Sinerly CR, Murakami T, Yaegashi N, Schatten G, Okamura K. Intracytoplasmic sperm injection(ICSI): Stilleto Conception or a Stab in the Dark. Arch Androl 2003 ; 49 : 169―177 2. 田畑光恵,小林善宗,塚越静香,岡村恵子,本田育子,井上正人.不妊症患者にお ける腹腔内・子宮内・卵管内所見と卵管内精子輸送障害の検討―AIH-腹腔鏡検査 2681件における腹水中精子回収試験の分析―.日産婦誌 2007 ; 59 : 449(S-327) !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! N―436 日産婦誌59巻9号 3. Smith TT, Yanagimachi R. Attachment and release of spermatozoa from the caudal isthmus of the hamster oviduct. J Reprod Fertil 1991 ; 91 : 567―573 4. Inoue N, Ikawa M, Isotani A, Okabe M. The immunoglobulin superfamily protein Izumo is required for sperm to fuse with eggs. Nature 2005 ; 434 : 234― 238 5. Hayasaka S, Terada Y, Inoue N, Okabe M, Yaegashi N, Okamura K. Positive expression of the immunoglobulin superfamily protein IZUMO on human sperm of severe male infertile patients. Fertil Steril 2007 ; 88 : 214―216 6. Chen C, Kattera S. Rescue ICSI of oocytes that failed to extrude the second polar body 6 h post-insemination in conventional IVF. Hum Reprod 2003 ; 18 : 2118―2121 7. Mini symposium : Post ICSI events : choreography of fertilization. Edit, by Y Terada. J Mamma Ova Res 2006 ; 23 : 1―35 http:" " www.jstage.jst.go.jp" browse" jmor" 23" 1" _contents" -char" ja" !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!