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中東諸国の経済動向と将来展望

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中東諸国の経済動向と将来展望
中東諸国の経済動向と将来展望
東京国際大学
教授
国際関係学部
武
石
礼
司
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8年2/3月号のセンターニュースにおい
人々は消費に走っていると言える。ただし,石
て,イラン,サウジアラビア,UAE の3ヵ国を
油部門以外での経済成長の確保,インフレ高進
取り上げて経済・財政上の課題に関する検討を
への対応,若年層の労働市場参入のための職場
行った。本号では,クウェート,バーレーン,
確保,GCC 諸国の経済一体化が進む中でクウ
カタール,オマーン,イラクをとりあげ,それ
ェートの競争力をどのようにして維持するか,
ら諸国の経済動向と課題につき考察を行ってみ
が課題となっている。
imf.
org/)
る。前回と同じく,IMF
(http://www.
!
クウェートでは,他の GCC 諸国と比べ,国内
のレポート (Public Information Notices,通称
株式市場に対して抑制が効いていると IMF の
PINs)を読みつつ,そこでの指摘を踏まえなが
報告書は分析している。確かに,株価上昇率を
ら検討を行ってみる。
見ても,他の GCC 諸国よりは抑え気味に推移
している。これは,筆者が推察するところ,
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1.クウェート経済における課題
年に同国の証券取引所(スーク・アル・マナー
IMF 協定第4条セクション3に基づく IMF
ハ)が過熱・破綻し,多くの企業が破綻すると
のサーベイランスが,クウェートに対しても行
ともに,深刻な破産者を多く生み出してしまい,
われている。最近では,
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6年3月に,クウェー
その後の信用回復に1
0年以上の期間を要したと
トに関する PINs,および,サーベイランスを行
いう教訓が,依然として同国では生きているた
ったスタッフによる報告書が公表されている。
めと考える。
クウェートでは,2
0
0
7年5月にも政策監査が行
現在のクウェートの国内市場の規模は,同国
われ, IMF による報告書が作成されているが,
の人口が約3
0
0万人であることからもわかるよ
ただし,今までのところこの報告書はホーム
うに,周辺の大国(サウジアラビア,イラク,
ページ上には掲載されていない。
イラン)と比べて,消費財市場の飽和が直ぐに
クウェート経済は,石油高を反映して好調で
生じてしまう状態にある。しかも,クウェート
ある。表1の広義の通貨供給量の伸びを見ても
では,自国民成人の大部分を公務員として雇用
わかるように,国内の資金流通は潤沢であり,
することで,国民に対する資金の供給が行われ
!
IMF に加盟した国は,IMF 協定第4条セクション3により,IMF による国際金融システムの安定確保のための加
盟各国に対するサーベイランス(
「政策監視」あるいは「第4条協議」と呼ばれる)を受ける義務を負っており,
かつ,そのレポートの多くは,IMF のホームページ上で公開されている。
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ている状況がある。ただし,IMF の2
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6年の報
に対する開示規定の範囲を拡大し,外国銀行の
告書によれば,この公務員としての雇用の部分
同国への参入余地を広げる政策を導入し,また,
における給与支払い額は,現在までのところ,
国内銀行の健全性を確保するための措置をとっ
抑制されていると評価されている。
ていると好意的に評価している。
クウェートの国際収支についてみると,年々
現在,原油価格が中期的に高止まりする可能
の輸入額の増大が目に付く。ただし,輸出額の
性が高くなっており,クウェートのように石油
増大のほうがさらに急拡大しており,このため
輸出に経済が大きく依存する国では,今後も潤
貿易収支,経常収支ともに黒字が増大している。
沢な歳入が維持され,対外的な資産もさらに積
こうして,GCC 諸国中,GDP に占める経常収支
み増されていくと予測される。
比率は最も高くなっている。さらに,政府が受
IMF は,こうしたクウェート経済において,
け取る国外からの投資収益も毎年増大してお
総合的でかつ透明度の高い余剰資金の活用戦略
り,資金の蓄積が続く,という状況となってい
を立案するよう提案している。また,クウェー
る。
トの民間部門が主導して産業多様化,雇用機会
IMF の報告書は,クウェートの金融政策に関
の創出をすることを求めている。そのほか,今
しては,同国政府および中央銀行が,民間銀行
後は,教育,健康分野への支出増大,社会保障
表1 クウェートの経済データ
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実質 GDP 伸び率(%)
石油部門 GDP の伸び率(%)
非石油 GDP 伸び率(%)
消費者物価伸び率(%)
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財政・金融指標
中央政府歳入(対 GDP 比率:%)
うち石油からの歳入(対 GDP 比率:%)
投資収益(対 GDP 比率:%)
中央政府歳出(対 GDP 比率:%)
財政バランス(対 GDP 比率:%)
広義の通貨成長率(%)
金利(%)
(KD3ヵ月もの)
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国際収支
輸出(1
0億ドル)
うち石油および製品(1
0億ドル)
輸入(1
0億ドル)
経常収支(1
0億ドル)
経常収支の対 GDP 比率(%)
中央銀行対外資産額(1
0億ドル)
中央銀行資産額の輸入額に対する月数
実質実効為替レート(対前年比:%)
(資料)IMF およびクウェート中央銀行(2
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6年および2
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7年は暫定値)
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システムの充実が必要であると IMF は指摘し
の伸び率は,表2で示すように2
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4年から2
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ている。また,他の GCC 諸国との協調した経済
年までマイナスを表示してしまっている。
制度の設置・導入(例えば消費税)も必要とな
こうして,GCC 諸国中,バーレーンの石油部
ると予測している。
門への依存度は最も低くなっている。石油部門
への依存度が低いことが,消費者物価の安定化
2.バーレーン経済における課題
にもつながっており,他の GCC 諸国のような
バーレーン経済は,金融サービス部門,建設
株価の急上昇と急落も生じておらず,サブプラ
部門,製造業部門が牽引して力強く成長を続け
イム問題の発生に伴う影響も軽微となってい
ており,失業率は,2
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5年の1
5%が2
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7年中旬
る。
には4%まで急落している。近隣諸国の好調な
バーレーンの輸入額は急増中であるが,石油
経済に支えられている面はあるものの,マクロ
製品の輸出額も増大しており,経常収支のプラ
経済運営と投資政策も適切になされていると
ス額は年々増大しており,GDP 比の経常収支
IMF は評価している。
非石油部門の GDP が順調
は,2
0
0
7年に,同国としては歴史的な高さであ
に高い伸びを示している一方,バーレーンの石
る1
5%に達している。
油とガスの増産余力は小さく,石油部門の GDP
一方,バーレーンの実質実効為替レートは,
表2 バーレーンの経済データ
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実質 GDP 伸び率(%)
石油部門 GDP の伸び率(%)
非石油 GDP 伸び率(%)
GDP 額(1
0億ドル)
消費者物価伸び率(%)
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財政・金融指標
中央政府歳入(対 GDP 比率:%)
うち石油からの歳入(対 GDP 比率:%)
中央政府歳出(対 GDP 比率:%)
財政バランス(対 GDP 比率:%)
広義の通貨成長率(%)
金利(%)
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国際収支
輸出(1
0億ドル)
うち石油および製品(1
0億ドル)
輸入(1
0億ドル)
経常収支(1
0億ドル)
経常収支の対 GDP 比率(%)
対外資産額(年末額:1
0億ドル)
中央銀行資産額の輸入額に対する月数
実質実効為替レート(対前年比:%)
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(資料)IMF(20
07年は暫定値)
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ドル安の傾向を受けて弱含んでいる。バーレー
という状況があると述べる。
ン中央銀行は,2
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7年1
1月には,通貨ディナー
広義の通貨供給量の伸び率を見ても,2
0
0
5年
ルの切り上げ圧力をかわすために,米国の金利
以降,年率で4
0%前後となっており,異例に高
引き下げを見つつ,自国金利の引き下げを行っ
い伸びである。これは国外からの投資流入,国
ている。
内消費の活発化,民間部門への信用供与の増大
バーレーン経済は,石油依存度を下げてきて
が影響している。
いるものの,依然として,石油価格の変動によ
こうした状況が生じると問題となるのは,国
り大きな影響を受けるという脆弱性を持ってい
内銀行における資金取り入れにおけるミスマッ
ると IMF は分析する。非石油部門を育てるため
チである。カタールの国内銀行は,インフラ向
の構造改革の継続,消費税,法人税等の導入,
けおよび建設向けの長期貸し出しを行うととも
「将来世代向けファンド」の設立を,
IMF は勧め
に,短期資金を取り入れている。この点に関し
ている。
て IMF は,先進1
3ヵ国が委員を出して構成する
なお,バーレーンは従来から教育に力を入れ
バーゼル銀行監督委員会が定めた銀行の流動性
てきたが,現在は,生産性の向上,雇用機会の
管理の向上を目指す「バーゼル!規制」への取
増大に加え,従来からの教育システムの刷新に
り組みを,カタールの銀行も2
0
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7年より導入し
も取り組んでいる。堅実な成長が今後も持続す
ていることで,リスク対応能力は向上している
ることが期待されている。
と述べる。
そして,天然ガス資源に恵まれたカタール経
3.カタール経済における課題
済は,今後も中期的に見て,順調に発展する可
2
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7年1
2月に IMF が発表した報告によれば,
能性が高いと IMF は予測する。石化部門への巨
カタール経済は,ガス生産量の増大と建設およ
大投資も続いており,高収益部門が形成されて
びサービス部門の活況を反映して極めて好調で
いくことが期待されている。そのほか,金融部
あると評価される。ただし,好調な経済により
門,教育サービス部門,観光部門にも期待でき
インフレがもたらされていて,給与,消費財,
ると IMF は分析している。
サービス価格のいずれもが上昇している。2
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6
カタール経済における今後の課題としては,
年には1
0%を超える物価上昇となっている。こ
高インフレの抑制がある。同国のインフレ率は,
のインフレの高進は,同国の供給面でのボトル
中期的に高止まりするに違いないとの予測が
ネックの存在が影響している。
IMF からは出されている。対処策としては,政
カタールの経常収支の黒字額が GDP に占め
府の経常支出の抑制,開発支出の国内市場の吸
る比率を見ると,2
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5年以降3
0%を上回ってい
収能力を見ながらの調整が必要とされる。また,
る。ただし,石油とガスの輸出額が急増する一
高インフレ対策として,カタール政府が実施中
方で,国内で進む巨大プロジェクト関連の輸入
の家賃に上限を設定する政策は,一時的な措置
額がインフレ高進分だけ膨れ上がっており,こ
に止めるべきだと, IMF の報告書は指摘する。
IMF 報告書には,カタールの通貨管理はドル
うして両者がある程度バランスするという状況
ペッグだけでなく,より融通が利く為替レート
となっている。
の採用が望ましいとの見解も記されている。
それでも金融収支を見ると,対外流出額が増
大を続けており,IMF レポートは,政府,金融,
カタール経済に対する IMF からの注文は,外
資系企業に対する法人税の引き下げ,国営企業
企業,家計の各部門がいずれも国外投資に励む
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表3 カタールの経済データ
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実質 GDP 伸び率(%)
石油部門 GDP の伸び率(%)
非石油 GDP 伸び率(%)
GDP 額(1
0億ドル)
消費者物価伸び率(%)
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財政・金融指標
中央政府歳入(対 GDP 比率:%)
うち石油からの歳入(対 GDP 比率:%)
中央政府歳出(対 GDP 比率:%)
財政バランス(対 GDP 比率:%)
広義の通貨成長率(%)
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国際収支
輸出(1
0億ドル)
うち石油および製品(1
0億ドル)
輸入(1
0億ドル)
経常収支(1
0億ドル)
経常収支の対 GDP 比率(%)
中央銀行対外資産額(年末額:1
0億ドル)
中央銀行資産額の輸入額に対する月数
実質実効為替レート(対前年比:%)
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(資料)IMF(20
06年および2
0
0
7年は暫定値)
に対する法人税制度の導入,そして,将来的な
オマーン通貨のリヤルはドルにリンクしてい
法人税制度の一本化である。また,消費税の導
るが,ドル安により2
0
0
6年には対前年比で1.
6%
入と,将来的な GCC 諸国としての税制の調整,
のリヤルの減価が生じ,輸入物価の上昇に拍車
政府の在外資産に関する統計を保有する部署の
をかける効果をもたらしている。
設置も必要だとされる。
オマーン向けの直接投資額は急増しており,
また,財政支出も増大している。政府が積極的
4.オマーン経済における課題
に国内向けの投資促進を行っており,資本支出
オマーン経済は石油価格の上昇を受けて好調
が急増中である。このため,経常収支の黒字は
である。特に,石油化学,貿易,輸送,通信と
2
0
0
5年をピークとして縮小傾向にある。こうし
いった非石油部門がオマーン経済全体を引っ張
た傾向が生じていることが,オマーン通貨リヤ
る形での経済発展が生じている点に特徴があ
ルのいっそうの下落をもたらす要因となってい
る。ただし,食料品,不動産価格,給料の値上
る。
げが行われており,物価上昇率は,2
0
0
7年には
石油生産量がピークを打ち,減少を始めてい
5.
5%に達している。建設ブームと,
その一方で,
るオマーンにおいては,原油価格の上昇があっ
住宅不足に伴う家賃の上昇も生じている。
ても,2
0
0
7年のように石油部門の成長率がマイ
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ナスとなる年が出てきており,この面でも,自
いうのが IMF の意見である。
国通貨安の傾向がもたらされる。さらに,対ド
自国通貨をドルにリンクしつつ,2
0
1
0年(あ
ルでの自国通貨の再評価が行われるのではとの
るいはその数年後)に予定される GCC の通貨
期待から,海外に投資されていた資金が国内に
統合には加わらない方針をオマーン政府はとっ
還流する現象が,2
0
0
7年に生じた。
ているが,この場合,ドル金利の変動に細心の
IMF は,政府主導の資本投下,建設ブームの
注意を払いながら金融・財政政策を実施してい
出現は,国内の資金吸収能力が伴わないために
く必要が生じる。IMF は,自国内の通貨の流動
インフレを引き起こす可能性があり,政府の国
性が過剰とならないよう,国内商業銀行の保有
内向けの資本支出は,国内経済が担える能力の
する国内資金を海外に振り向ける必要があると
範囲内に止める必要があると指摘している。給
指摘している。
与の上昇を抑制し,外国人給与の海外送金額の
今後とも,オマーンは民営化を進め,非石油
増大を抑制し,優先度の低いプロジェクトは先
の民間部門を育てていく必要がある。観光業,
延ばしにするべきだと IMF レポートは述べる。
製造業,天然ガスを利用する産業を育成し,経
依然として石油製品には補助金が支給されてい
済の多様化を達成し,若年層の雇用を確保する
るが,その削減を促している。また,消費税の
ためには,教育と訓練を通じた生産性の上昇が
導入により,石油以外の歳入を増大すべき,と
重要であると IMF レポートは指摘する。オマー
表4 オマーンの経済データ
2
0
0
3
2
0
0
4
2
0
0
5
2
0
0
6
2
0
0
7
実質 GDP 伸び率(%)
石油部門 GDP の伸び率(%)
非石油 GDP 伸び率(%)
消費者物価伸び率(%)
2.
0
−6.
8
6.
5
0.
2
5.
3
−1.
8
8.
5
0.
7
6.
0
2.
9
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3
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9
6.
8
2.
6
8.
4
3.
2
6.
4
−0.
8
9.
0
5.
5
財政・金融指標
中央政府歳入(対 GDP 比率:%)
うち石油からの歳入(対 GDP 比率:%)
中央政府歳出(対 GDP 比率:%)
財政バランス(対 GDP 比率:%)
広義の通貨成長率(%)
4
5.
3
3
6.
1
3
9.
6
4.
7
2.
6
4
5.
3
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9
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5
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4
1.
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1
4.
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9
4
8.
4
3
8.
6
3
4.
7
1
3.
7
3
1.
9
国際収支
輸出(1
0億ドル)
うち石油および製品(1
0億ドル)
輸入(1
0億ドル)
経常収支(1
0億ドル)
経常収支の対 GDP 比率(%)
対外資産額(Oil Fund ほか,1
0億ドル)
中央銀行資産額の輸入額に対する月数
実質実効為替レート(2
0
0
0年を1
0
0とする)
1
1.
7
9.
3
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1
0.
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8
1
0.
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1
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7
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3.
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0.
9
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0.
6
2.
4
1
1.
5
3.
9
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3
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7
1
5.
7
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4.
7
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5.
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6
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8
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2
1.
6
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7.
5
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9.
4.
3
1
2.
1
2
2.
3
3.
4
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5
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3
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8.
8
1
3.
3
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0
1
0.
0
2
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5
4.
7
8
2.
1
(資料)IMF(2
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6年および2
0
0
7年は暫定値)
4
6
中東協力センターニュース
2
0
0
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ン政府は,GCC の通貨統合には加わらないとし
8割まで低下し,2
0
0
7年には6
0%台まで下がっ
ても,GCC の一員として,金融制度,金融統計,
たと見られている。民間部門の経済活動が,政
決済システムの協調を図っていくことが必要と
府歳出を活用し,GDP の増大に結びつけるとい
なっている。
う効果が,依然として期待できない状況があり,
まさに戦時経済の特徴が見られる。
5.イラク経済における課題
しかも援助額を含めた政府歳入が,歳出とし
イラク経済は,原油輸出量が増大し,輸出金
て使い切れておらず,余剰分が生じて財政バラ
額も増大したために,前進があったと IMF の報
ンスが2
0
0
5年,2
0
0
6年ともにプラスとなってい
告は述べている。2
0
0
7年8月に出された IMF
る。国内投資が治安面の悪化から進まず,石油
の報告(PINs)においては,
経済の安定化のため
生産量の増大に向けた投資も遅延している状況
に,構造改革を進める計画があるが,紛争が継
が,この数値からも推測できる。IMF の報告書
続しているために,それら計画の多くは実行さ
においては,援助額の行使が遅延することで,
れないままとなっている。
皮肉にも,イラクの開発ファンド(Development
石油生産量と輸出量が増えさえすれば,マク
Fund)額が積み増され,2
0
0
6年末で8
6億ドルに
ロ経済バランスは大幅に改善されるというの
達したと報告されている。
が,金融・財政面から見た場合の基礎的認識と
対イラク債権の削減交渉はパリクラブで行わ
なる。現状では,国民に向けた石油製品の円滑
れており,また,国内制度の改革,例えば石油
な供給が難しくなっているが,この状況が,経
製品輸入の民間開放と,石油製品価格の国際価
済回復のボトルネックとなっていると指摘され
格への引き上げも行われている。IMF は,イラ
る。インフレ率も高いままであり,3
0%台から,
ク政府が設定した経済プログラムを実施するよ
2
0
0
6年のように6
0%台という物価急騰が生じて
う,最大限の努力を求めている。
セキュリティー
しまっている。物価を,政府のコントロール下
の確保が最大の課題であるが,IMF は,石油部
にどうしたら置くことができるのかが課題であ
門の再建スピードの向上と同部門への投資の拡
る。
大が最も急がれると指摘している。そのために
こうした中,イラクの中央銀行は2
0
0
6年1
1月
は石油施設の防衛,安全確保が重要となる。
にイラク通貨ディナールを1
5%切り上げ,金利
金融政策に関しては,IMF は,イラク通貨の
は2
0%引き上げた。自国通貨に対する信認が薄
ディナールの価値が切り上がり気味に推移する
れた場合に,人々が頼る通貨はイラクの場合は
ことが望ましいとしている。自国通貨が強いと
US ドルとなるが,この2
0
0
6年末の通貨切り上
いうことは,インフレの進行を防ぐとともに,
げは,インフレを抑制し,国内で US ドルが広く
US ドルでなく,自国通貨が国内で広く使用さ
用いられてしまう状況に歯止めをかけ,ディ
れることを意味する。インフレ抑制のためには,
ナールの流通を増大させる上で,若干の効果が
通貨供給量を絞り気味にすることも検討される
あったと IMF の報告書は分析している。
べきとしている。
イラク中央銀行の資産額は2
0
0
6年末で1
8
7億
公共支出の増大は,インフレを促進する要因
ドルであり,次第に増大してきている。
となる。このため,紛争の真っ最中であるイラ
現状では政府歳入額(援助額を含む)の数値
ク経済においても,公共支出の抑制を考慮せざ
が GDP 額にかなり近く,2
0
0
4年で GDP 額の約
るを得ない面がある。IMF は,インフレの高進
8割,2
0
0
5年には1
0
0%を超え,2
0
0
6年では再び
を抑えるためには,供給不足を生じさせないこ
4
7
中東協力センターニュース
2
0
0
8・6/7
と,特に,石油製品供給を民間開放し,補助金
いう状況があり,治安の確保が何よりも望まれ
支給という公共支出は抑制しつつ,国民に石油
る。
製品(特に,ガソリンと軽油)が行き渡ること
6.まとめと課題
は効果がある,と見なしている。
そのほか,IMF は,他の平常時にある国と同
産油国においては,石油価格の変動が大きい
じく,関税の課税ベースを拡大することを目指
と歳入額が大きく振れ,為替レートもその影響
すべきであり,銀行仲介機能の強化,汚職の追
を受けて変動する。こうした状況は,産油国が
放も当然必要であると指摘している。
せっかく育ててきた非石油部門に不利に働き,
また,イラクでの石油生産増大のためには,
これらの部門の競争力が維持できるレベルの為
総合的な計測システムの導入が必要とされる
替レートがいくらなのかさえ不明となってしま
が,ただし,そうしたシステムが機能を発揮す
う。安定した為替レートの下であれば,何とか
るためには,安全面での確保がそもそも必要と
競争力を備えたであろう非石油部門の製造業あ
表5 イラクの経済データ
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7
石油・ガス部門
石油・ガス輸出収入(1
0億ドル)
原油平均輸出価格(ドル/バレル)
原油生産量(百万バレル/日)
1
7.
3
3
1.
6
2.
0
1
9.
2
4
3.
9
1.
9
2
7.
2
5
5.
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2.
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8.
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5
0.
6
2.
1
実質 GDP 伸び率(%)
非石油 GDP 伸び率(%)
消費者物価伸び率(%)
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6.
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4.
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1.
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3.
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1
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0
3
1.
6
6.
2
7.
5
6
4.
8
6.
3
5.
0
3
0.
0
財政・金融指標
政府歳入(援助含む)
(対 GDP 比率:%)
うち石油からの歳入(対 GDP 比率:%)
政府歳出(対 GDP 比率:%)
財政バランス(対 GDP 比率:%)
政府債務額(1
0億ドル)
広義の通貨成長率(%)
7
9.
6
6
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2
1
2
0.
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−4
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1
1
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1
0
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6.
7
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6.
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1
0.
9
6
8.
9
1
2.
0
8
0.
5
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5.
2
6
8.
5
1
2.
0
5
4.
7
2
9.
0
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2.
3
5
1.
1
7
2.
0
−9.
7
5
6.
4
3
8.
9
国際収支
非石油輸出(ドル建て変化率%)
輸入(ドル建て変化率%)
貿易収支(対 GDP 比率:%)
経常収支(援助含まず)
(対 GDP 比率:%)
対外債務額(対 GDP 比率:%)
中央銀行資産額(1
0億ドル)
中央銀行資産額の輸入額に対する月数
実質為替レート(2
0
0
4年1月を1
0
0とする)
2
1
6.
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−8.
4
−3
7.
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9
3
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7.
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3.
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1
4
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5
3
0.
3
−3.
1
3.
3
3.
9
2
1
9.
5
1
2.
0
5.
4
1
8
3.
4
2
2.
2
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2.
4
1
4.
0
1
2.
3
1
1
0.
6
1
8.
7
6.
2
3
1
1.
9
2
3.
2
4
2.
6
−2.
3
−5.
5
9
0.
4
2
1.
3
6.
9
3
4
1.
8
(資料)IMF(2
0
0
6年および2
0
0
7年は暫定値)
4
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0
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るいはサービス業も,競争力を失う可能性が生
きには,その使途は,インフラ整備,製造業設
じてしまう。安定的な為替レートが存在しない
備,建築向けというような長期投資となる。こ
場合には,せっかく育ちつつあった非石油部門
の場合,資金を長期に寝かすことになり,為替
が衰退し,廃業に追い込まれる可能性すらある。
リスク,金利リスクがいずれも発生してしまう。
産油国にとって,原油高と,それによる輸出
しかも,GCC 加盟諸国は,2
0
1
0年を当初目標
収入の増大は,決して歓迎すべき意味ばかりを
とする通貨統合(オマーンを除く)のための制
持つのではないとの視点が重要である。むしろ,
度整備を進める必要があり,従来からの自国産
安定的なレベルを超えて輸出収入が急増してい
業の優遇・保護政策を緩め,各国の産業間の直
る部分は,
「後に返済が必要となる資金(それも
接競争を促進せざるを得なくなる。GCC 各国間
短期資金)を借入れしている」と認識する必要
の経済制度の調和を図ることは,各国内の産業
が産油国にはあると言える。
に,様々な試練を与える。各国とも,着実な経
産 油 国 は,石 油 輸 出 代 金 と い う 短 期 資 金
済改革・制度改革に取り掛かる必要が生じてい
(Cash)を得て,それを国内向けに振り向けたと
るのが現状である。
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