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動向レポートNo.1: 援助倍増論

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動向レポートNo.1: 援助倍増論
2002年3月15日
FASID国際開発研究センター
秋山 孝允・大原 淳子
最新開発援助動向レポート No.1
援助倍増論
議論の始まり
2015年に向けたミレニアム国際開発目標(MDGs)が2000年 9 月に国連総会
で採択されて以来、国連では MDGsを達成するために必要な費用はどれくらいになるか
研究が重ねられてきたが、2001年6月26日「開発金融ハイレベル・パネル」は、お
およその額として現在の援助額に加えさらに年500億ドルが必要であり、それは現在の
援助額のほぼ2倍になると報告した。しかし、こうした「援助倍増論」が注目をあびるよ
うになったのは、2001年11月16日にニューヨーク連邦準備銀行で英国大蔵大臣ゴ
ードン・ブラウンが行ったスピーチがきっかけである。ブラウン氏は、そのスピーチのな
かで、先進国は援助額を大幅に引き上げるべきだと主張し、援助額を早急に年500億ド
ル増加させることを提案した。ブラウン氏は、この増額の達成のため「国際開発トラスト
基金」の創設を提案し、これは MDGsを達成するために必要だと述べた。ブラウン氏の
スピーチは、来週メキシコ・モンテレーで開催される開発金融国際会議において、先進国
が共通の立場をとるように働きかけるものであった。
当初、「トラスト基金」は、世界銀行、IMF、地域開発銀行に設立しようと提案されて
いた。しかし、英国は現在、国連システムのなかに「トラスト基金」を設置したいと考え
ていると報告されている。その一つの理由として、既に巨額の資金がブレトンウッズ・イ
ンスティチューション内に置かれていること、また新しい資金は資金不足に悩む国連諸機
関に割り当てられるべきであるという考えがあるからである。他に考えられる理由として
は、この新しい「トラスト基金」からの支出は、高率のグラント・エレメントを含むがゆ
え、英国は、世銀・IMF のような貸付機関内にそのようなグラント・ファシリティーを置
くことに反対だからである(詳細については後述)。
ブラウン氏は「トラスト基金」の資金源として、Tobin Tax, Arms Tax, IMF Special
Drawing Rights のような革新的なものを打ち出している。彼が提案している必要増加資
金額500億ドルは、メキシコの前大統領エルネスト・セディージョのレポートが参考資
料となっている。このレポートは、米国の前財務省長官ロバート・ルビンなどその他多く
の人々の協力のもとに作成されたものである。彼らは MDGsを達成するためのコストを
以下のように見積もっている。
1)すべての児童の対する初等教育の拡充ー 年120億ドル
2)保健分野の目標の達成― 年100億ドル以上
3)持続可能な開発政策のもとでの最貧困層の割合の半減― 年200億ドル以上
ゆえに、MDGsを達成するためには、現在の援助額よりさらに年500億ドルの追加
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援助が必要であるとされている。
他にも、MDGsを達成するために援助額を増加させるアプローチは、DFID(英国国際
開発省)大臣クレア・ショートと彼女の同志であるノルウェー、オランダ、デンマークの
開発大臣によって打ち出されている。彼らは先進諸国に対し、1960年代初めに開発問
題の専門家によって提唱された GDP の0.7%を援助にあてるという目標を達成するよ
う勧告している。
世界銀行のスタンス
この問題に対する世銀のスタンスは、世銀総裁ジェームス・ウォルフェンソンがワシン
トンにあるウッドロウ・ウィルソン国際センターでごく最近(2002年3月6日)行っ
たスピーチのなかで、明らかにされている。彼の議論は、最近の世銀での研究“The Role of
Effectiveness of Development Assistance”に基づいている。彼は、「開発コミュニティは
過去の失敗と成功から学んでいるので、これからの援助は非常に効率的に使われる」と主
張している。また彼は、「開発コミュニティは、開発途上国の貧困削減への援助に対して、
より効率的で効果的な戦略を持っている」と述べ、MDGsを達成するためにさらに必要
な援助増加額は、上で述べたセディージョ氏のレポートが出している額に近く、年400
億ドルから600億ドルであるとしている。ウォルフェンソン氏は、この額を達成するた
めに、次の5年間毎年100億ドルずつ援助を増やしていくことを勧告している。
異議
このように、援助額を短期間のうちに大幅に増加させなければならないという仮定は、
すべての国が受け入れているわけではない。おそらく最も激しい異議を打ち立てているの
は米国である。財務省長官ポール・オニールは、援助額を大幅に増加させることに対して
懐疑的である。しかし、「米国はテロに対する攻撃に力を入れすぎているあまり途上国の
貧困問題を軽視している」との国際社会から批判を受け、3月14日、ブッシュ大統領は
「米国は2004年からの3年間、援助額を20%もしくは50億ドルまで増加させる」
と宣言した。
ドイツは、援助額を他の EU 諸国の援助額の平均値まで引き上げるように、他の EU 諸
国から圧力をかけられていた。ドイツの現在の援助額は、EU 全体の援助額平均値が国民
所得の0.33%であるのに対し、それをかなり下回る0.27%である。EU 諸国がド
イツに援助額を EU 全体の平均値まで引き上げるよう要求している背景には、今月末に行
われるメキシコ・モンテレー開発金融国際会議を前に、EU で一致した立場を築いておき
たいという考えがある。3月14日、ドイツ首相シュレーダーは、ドイツは援助額を増加
させると表明した。これによって EU 全体の援助額は、2006年まで毎年70億ドル増
加することになる。
援助額の増加を早急に行うことについて疑問を抱くエコノミストは少なからずいる。例
えば、以前世銀で働き現在 Center for Global Development にいてよく新聞などで取り上
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げられる William Easterly などは、「インドや中国に対する援助は GDP の1%以下であ
るにもかかわらず、両国は経済成長と貧困削減の両者を達成している。その一方で GDP
の10%以上の援助を受けているアフリカ諸国は成果がほとんどあがっていない」と言っ
ている。この例が示すところは、いかにまだ政策がきちんとしていない国々へ援助が流れ
ているかということである。
問題点
最大の問題は、被援助国が援助を有効に使う能力があるか、また国際機関および援助国
に、資金以外の開発に必要な要素を供給する能力が十分にあるかである。最近の世銀の研
究および制度派の学者の説によれば、援助は適切な政策また制度が整っていない国では有
効に働かないということである。しかし政策も制度も、過去の経験によると、改善するに
は時間がかかる。こうしたことを考慮すると、早急かつ巨額の援助増加が行われた場合、
援助が有効に使われない危険性が高いということになる。例えば、教育と保険の向上を図
ろうとしてもこの分野の政策改善および教師・医師・看護婦の増加また訓練が必要になる
だろう。これらを短期間のうちに行うことは、多くの開発途上国の現状を考えると不可能
である。以上のことを考慮すると、世銀また英国が主張するように早急かつ大幅に援助額
を増加させたとしても、もっと時間をかけかつ詳細な分析を行わなければ、援助資金を有
効に使うことはできないだろう。現段階ですでにそのような分析が行われているとは思え
ない。
問題の難しさは、最近のアフリカの情勢を考えても明白である。英国はアフリカに対し
て新しいアプローチで臨もうと NEPAD (New Partnership for Africa’s Development) を
押し、今年6月の G8 会議でも他の国々を説得する予定であったが、最近のジンバブエの
情勢で英国のアフリカに対する認識も変わったように思える。
上に述べた問題以外で、メキシコ・モンテレー開発金融国際会議で議題にあがると考え
られるのは、IDA のグラント・エレメントの件であろう。米国は、グラント・エレメント
は50%であるべきだと主張し、EU はこれに強く反対している。EU はグラント・エレ
メントを増やせば IDA の資金が枯渇してしまうのではないかという懸念を持っている。ま
た EU は、もし世銀・IMF 等が巨額のグラントを供給し始めたなら、これらの機関が銀行
としての規律を失ってしまうだろうと考えている。オニール氏はこれに対し、米国の IDA
供給金を増額すると発言しているが、EU を説得するには至っていない。
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