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「中南米主要諸国の経済と展望」 スピーカー:桑原小百合会員 - So-net

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「中南米主要諸国の経済と展望」 スピーカー:桑原小百合会員 - So-net
FIAL第 50 回フォーラム 2016 年 2 月 18 日
中南米主要国経済の現状と今後の展望
スピーカー:公益財団法人 国際金融情報センター 桑原 小百合
要旨
1.中南米概観
米国の利上げが中南米諸国に及ぼす影響を中心にお話するよう依頼されたが、中南米について説明す
る前に、2008-09 年の世界金融危機を境に中南米を取り巻く世界経済環境は激変したという認識を共有さ
せていただきたい。金融危機の発生を的確に予測したルビーニ教授によると、世界経済は 2016 年も「New
Abnormal」な状況が続く。すなわち、主要先進国政策当局による非伝統的な政策(特に金融政策)を動
員した経済回復への努力にもかかわらず、潜在成長率と実際の成長率は低下し、デフレ懸念が払しょく
されない。一方で、主要先進国が金融緩和への依存度を高めた結果発生した資源や新興国のバブルは崩
壊し、金融市場のボラティリティーは高まっている。
このような中で中南米地域を概観すると、最近メディアも取り上げているように、左派政権が苦境に
立たされている。2003~12 年のコモディティー・ブームで国民所得が伸び、再分配政策を進める左派政権
が台頭し、貧困層の生活水準が引き上げられ、中間層が拡大した。しかし、資源ブームが終焉し、国民
所得が減る中で、再分配政策の継続が困難になっている。一般に、経済が傾くと国民の汚職、不正、不
平などに対する許容度が低下し、社会が不安定化しがちだが、この 1~2 年は正にそういった状況になっ
ている。だからと言って中道・右派の既成政党が国民の積極的支持を得られているというわけでもなく、
政治全般に対する不信が高まっているのが現状である。
中南米研究者の間では太平洋同盟とメルコスールに分けて見るのが流行りである(安直すぎるとの批
判もあるが)。前者は自由開放政策を採り、外資を歓迎する国々で、域内の政策協調を進めるとともに、
アジア諸国との関係強化も図っている。メルコスール諸国の中で小国のウルグアイ、パラグアイは太平
洋同盟諸国寄りの政策を採っているが、主要 3 ヵ国(アルゼンチン、ブラジル、ベネズエラ)は積極的に
経済介入し、保護主義的な政策を採っている。IMF の世界経済見通し(15 年 10 月公表)によると、経済フ
ァンダメンタルズは、太平洋同盟諸国の方がメルコスール諸国より良好である。
最近の経済指標をみると、中南米全体の実質 GDP 成長率は、10 年の 6%をピークに 15 年まで 5 年連続
で低下し、IMF は16 年 1 月公表の見通しで、15~16 年と 2 年連続でのマイナス成長(累積債務危機の
1982~83 年以来)を予測している。その最大の要因は一次産品価格の下落による交易条件の悪化である
が、国によってばらつきがあり、主要国のうちコロンビアは交易条件指数が最も悪化しているが、成長
率はさほど低下していない。一方、危機のさなかにあるブラジルでは、交易条件指数の悪化はそれ程で
ないが、景気の落ち込みが大きく、財政収支の悪化も際立っている。
景気が後退する中でインフレは逆に加速している。各国の事情もあるが、共通する大きな要因は通貨
安(ドル高)である。ただし、メキシコでは構造改革の進展や天然ガス国際価格の低下などを受け、ディ
スインフレが進行している。インフレの加速、通貨安を受けて、各国中銀は政策金利を引き上げている。
15 年の先進国の投信などを通じた新興途上国・地域への資本フローは大幅な流出超となった。新興アジ
アでは中国を中心に株式ファンドからの流出が大きかったが、中南米では債券ファンドからの流出が大
きかった。国際資本市場における債券発行額は、14 年までは国際資本市場での潤沢な流動性を背景にメ
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キシコとブラジルを中心に増えてきたが、15 年は大幅に減少した。特にブラジル(主に民間の企業・金融
機関)が激減している。
海外からの投資の減少や資金の引き上げを受け、資産(債券、株式、通貨など)価格は下落傾向にある。
リスク指標の一つである CDS スプレッド(ソブリン 5 年物)は上昇している。通貨安に伴いインフレが加
速しているため、各国当局は何らかの形で為替介入を実施している。
2.ブラジル
第 2 次ルセフ政権(15 年 1 月 1 日発足)は、経済政策への信認回復に向けて緊縮政策を進め、金融引き
締めも強化するという固い決意を持ってスタートした。しかし、景気が後退する中で、緊縮政策への合
意形成は容易ではなく、実施は困難を極めている。14 年 3 月に国営石油会社ペトロブラスを巡る汚職事
件の捜査が開始されたこともあり、国会審議は停滞し、更に財政再建を主導してきたレヴィ財務相の辞
任もあって財政再建は頓挫している。大統領の支持率は 10%程度まで低下し、15 年 12 月には大統領の
弾劾手続きが開始された。弾劾が成立する可能性は今のところ小さいと見られているが、政治状況は極
めて流動的であり、ルセフ大統領が任期中に退陣を余儀なくされる可能性は否定できない。
政治の麻痺が経済へと波及して、景気は冷え込んでいる。成長率は大幅なマイナスになっており 15 年
通年では-4.0%程度、16 年も同程度のマイナス成長を予測するアナリストが多い。企業・消費者のマイン
ドが悪化し、内需が大きく落ち込んでいる。内政が安定に向かい、プラス成長に転じるのは 17 年以降と
見られているが、後ずれする可能性も大きい。
ブラジル政府が財政運営上の目標とするプライマリー収支(総合収支から利払いを控除した収支)は、
14 年に赤字に転じた。金融コストの増加から、総合収支の赤字はさらに急拡大し、15 年はプライマリー
収支が GDP 比 1.9%の赤字、総合収支が同 10%を超える赤字だった。この赤字の拡大に伴い、公的債務
の GDP 比率も上昇し、15 年は約 65%と他の中南米諸国と比べても高い水準にある。16 年は 70%程度に
なると見られ、ソブリン格付け引き下げの主因となっている。
15 年の消費者物価上昇率(前年同月比)は 10%台へと高まった。中銀は 17 年に 4.5%のインフレ目標を
達成すると言っているが、インフレ期待(市場コンセンサス予想、中銀調べ)は 5%台半ばで、成長率の見
通しとは逆に上昇傾向にある。
唯一の救いは外貨準備が潤沢なことである。足もとでは 3,600 億ドル程度と、短期対外債務残存ベー
スの約 3 倍、15 年の輸入金額の約 2 年分である。従って短期的には、国際収支危機あるいはソブリン債
務危機に陥る可能性は殆どないと見て良いだろう。実際、15 年にソブリン格付けがジャンク級に引き下
げられ、色々な悪い話が出ているにも関わらず、レアル建て国債の非居住者保有比率は約 19%で、かな
り安定している。
ブラジルがここまで悪くなった根本原因は、ルセフ政権第 1 期の保護主義的政策である。生産性向上
や競争力強化に向けた構造改革が進まなかったことで、インフレや財政の悪化、産業の競争力の低下が
生じた。2 期目に入って、ペトロブラスの汚職事件に端を発した政治危機と財政危機が政府へのコンフィ
デンス(信認)を低下させた。それが実体経済を悪化させ、更に政治危機と財政危機が深刻化するという
悪循環に陥っており、ここに外部環境の悪化が拍車をかけている。15 年 10 月に現地の金融機関などにヒ
アリングを行ったが、
「ブラジルの危機と言われるが、それは経済の危機ではなくコンフィデンスあるい
は政治の危機なのだ」といった見方が殆どだった。
3.アルゼンチン
戦後ほぼ一貫して労働組合を支持母体とするペロン党政権が続いてきたが、15 年 12 月にマクリ新政権
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が発足し、12 年ぶりの政権交代となった。ペロン党左派のキルチネル夫妻の政治スタイル・政策は「キ
ルチネリスモ」と呼ばれ、ポピュリズム、経済介入、保護主義が特徴だった。マクリ大統領はキルチネ
リスモからの決別を掲げて選挙戦を戦い、経済政策を市場機能重視、対外開放へと 180 度転換している。
これは国内経済界や国際金融界からは歓迎されているが、国内の議会・州では依然としてキルチネル派が
最大勢力であり、緊縮政策の実施や各種規制の撤廃・緩和には強い反発が出る可能性がある。
マクリ新政権は発足直後から、経済再建に向けた政策を矢継ぎ早に打ち出しており、各種規制の緩和
や補助金の削減などを実施している。前政権の「負の遺産」の一つに経済統計の問題がある。11 年頃か
ら消費者物価統計を操作しているのではないかという疑惑が表面化したが、その他の統計も含め、前政
権下の政府統計は信憑性に欠けることに留意が必要である。また、対外経済関係では、デフォルト状態
の解消に向けて、米国の投資家らとのコンタクトを開始した。マクリ大統領は、実質的な外交デビュー
となった 16 年 1 月のダボス会議で、アルゼンチンが変わることをアピールして主要経済閣僚や民間財界
人とともに投資を呼びかけ、好評を博したようである。また、前政権が「01 年の経済危機は IMF の勧告
に従った政策が原因だ」と主張して IMF との関係が冷え切っていたが、IMF の経済審査の受け入れを 11
年ぶりに再開することを示唆し、関係改善を図っている。
経済指標をみると、15 年は、前政権が大統領選挙を前にした財政支出拡大に伴い内需が回復したが、
16 年は、財政・金融の引き締めなど、経済政策の修正に伴って景気は減速すると見られており、0%成長
あるいは小幅なマイナス成長が予測されている。消費者物価上昇率は、15 年は選挙前で為替の切り下げ
率を小幅にしたこともあって徐々に低下したが、それでも 14%台と高水準にある。通貨の切り下げ、価
格統制撤廃に伴うインフレの加速が予想されており、インフレと賃上げのスパイラル現象になるのでは
ないかといった懸念が一部で持たれている。なおプラットガイ経済財政相は先般、15 年の消費者物価上
昇率は実際には約 28%で、19 年にはこれを 3.5~6.5%程度に低下させるという目標を示した。
財政収支は悪化している。前政権によると、15 年のプライマリー収支は GDP 比 0.7%の赤字と見込ま
れていたが、プラットガイ経済財政相は、これを同 5.8%の赤字だったとした上で、19 年にはほぼ均衡
させる意向を示した。財政赤字のファイナンスは、国債発行と、中銀による国債の引き受け・短期融資へ
の依存度を高めていった結果、マネタリー・ベースの伸びが加速し、インフレの一因となってきた。
前政権下での為替(ドル売り)介入と債務返済により減少してきた外貨準備高の回復が急務だが、マ
クリ政権になってから欧米金融機関からの借り入れや、中国との通貨スワップの実施などで徐々に増え
ている。為替介入はやめて、為替取引規制を撤廃した。その結果、公式為替レートと実勢為替レートは
ほとんど差がなくなり、実質的に変動相場制へと一本化された。
アルゼンチンが国際資本市場に復帰するにはデフォルト状況を解消させる必要があるため、いわゆる
「ホールドアウト債権者」との債務問題の解決が必要である。アルゼンチン政府の働きかけで 1 月末か
ら正式交渉が始まり、一部の債権者はアルゼンチン政府のオファーを受け入れた。ただ、米ヘッジファ
ンドの強硬派は簡単にアルゼンチン政府案を受け入れそうもない。野党が多数を占めるアルゼンチン国
会の承認も必要であり、先行きは不透明だ。しかし、この機会を逃せば、当分アルゼンチンは市場に復
帰できず、長期停滞を続ける可能性が高い。ポテンシャルの高い国であるし日本の企業にとってもビジ
ネスチャンスが拡大することになるので、なんとか合意にこぎつけ、この問題を解決してもらいたい。
4.メキシコ
ブラジル、アルゼンチンに比べると、メキシコは政治・経済とも安定している。ペニャ政権は諸改革に
精力的に取り組んでいる。歴代政権も改革に取り組んできたが、これほど短期間で憲法改正と関連法を
含む法整備を成し遂げた政権はなかった。エネルギー改革については、タブーとされてきた石油部門の
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対外開放に着手した。通信改革、財政改革などでは、既に目に見える形で成果が出てきている。
エネルギー改革は、石油部門を原則として川上から川下まで全て民間開放するもので、これまで 3 回
の鉱区入札が終了し、外資が注目している大水深鉱区を対象とする第 4 回入札の手続きが進行中である。
将来の油価の回復を見据えて欧米のオイルメジャーが参加するのではないかとメキシコの政府は期待し
ているが、足もとの油価の低迷で暗雲が垂れ込めている。
経済については、メキシコは米国との関係が深い(とくに製造業で)ため、南米諸国に比べると先行
きは明るい。成長率は 14 年以来、年率 2.5%程度の緩やかな成長が続いている。15 年の成長率(推計値)
は 2.5%で、16 年はこれを若干上回る 2%台後半が予想されている。従来は輸出が伸び、それに伴って輸
出関連の投資も増えるという形で景気をけん引していたが、このところ輸出の勢いは鈍っている。雇用
情勢の改善などを背景に、個人消費は比較的堅調で、景気のけん引役が内需に移っている。
財政については、石油関連収入が歳入の約 3 割を占めてきたため、歳入が不安定なことが問題だった
が、その比率は油価の低迷で図らずも低下している。政府は、油価下落のリスクをヘッジするためにプ
ット・オプションを毎年購入しており、これによってある程度、石油関連収入の落ち込みを補っている。
とはいえ、財政収支目標達成には緊縮政策が必要で、それが景気の下押し要因となっている。ブラジル
と対照的なのは、財政規律の必要性にコンセンサスが形成されており政策への信認が高い点である。
消費者物価指数上昇率は 15 年 12 月には前年比 2.1%と、過去最低水準となった。ディスインフレの中
で、メキシコ中銀は米国に追随し 15 年 12 月に 25bps の利上げに踏み切った。今後も米国と同調すると
みられていたが、このところの急激なペソ下落を受け、昨日 50bps の利上げを実施した。
日本企業の進出が続く自動車産業は、今やメキシコ経済のけん引役と言っても過言ではない。14 年に
ブラジルを抜き、中南米では最大の自動車生産国になり、15 年は生産台数、輸出台数ともに過去最高を
記録した。日系 4 社の合計生産台数は既に 100 万台を超えており、生産・販売のシェアは日産が最大だ
が、15 年はホンダ、マツダ、トヨタの伸びが大きかった。日本勢の進出によりメキシコの産業競争力が
高まることを期待している。
5.まとめと課題
外部環境の好転が短期的には期待できない中で、ブラジルは内政の混迷から危機的状況が長引く公算
が強い。アルゼンチンは移行期にあり、これをうまくマネージできれば長期的な展望は明るい。メキシ
コは、政治・経済両面で比較的安定している。ただ、改革を更に進めなければ、米国の組み立て工場的な
位置づけのまま低成長が続くことになるため、今後は国内市場の開拓、中間層の底上げのような政策も
投資家の信認を損なわない形で行っていく必要がある。個人的にはアルゼンチンに注目しているが、こ
の 3 ヵ国が 1 年後にどう変わっているか、楽しみである。
共通の長期的課題として、成長力を高めるための構造改革、インフラ投資、経済構造の多様化を上げ
たい。この 10 年のコモディティー・ブームの中で、各国とも一次産品への依存度を高めてしまった。資
源をローマテリアルのまま輸出するのではなく、いろいろな形での高付加価値化や、製造業の多様化を
図っていくことが大切である。
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