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代の対応(ニーズ起動型イノベーション喚起)策を検討する必要から、まず過去の重要な イノベーション事例の収集・分析を通してイノベーションの重要性につき改めて認識し、 次に今後の社会・産業等において予想される、機械産業が注目すべき重要な変化(新しい ニーズ)について考察を行いました。 本報告書は上記の調査研究の結果を取りまとめたものですが、本報告書がイノベーショ ンに取り組んでおられる関係各位のご参考になれば幸いです。 平成 18 年3月 社団法人 日本機械工業連合会 会長 金井 務 次世代機械産業動向調査研究専門部会委員名簿 敬称略・順不同 部会長 石川島播磨重工業(株) 技術開発本部 主査 石川島播磨重工業(株) 経営企画部 副本部長 八島 聰 大鷹 秀生 新技術企画室参事 山科 智四郎 常務取締役 西村 勝廣 新事業開発室長 岡本 満 住友重機械工業(株) 企画室主査 増井 新 ダイキン工業(株) 東京支社参事 中浜 慶和 (株)東芝 技術企画室参事 金澤 秀俊 日立造船(株) 舞鶴工場長 総合企画グループ専門部長 委員 (株)荏原製作所 大阪機工(株) 猪名川製造所長 兼 環境総合開発センター長 掛田 健二 渉外担当部長 金井 正一 技術・開発統括部管理課長 鈴木 伸尚 (社)日本機械工業連合会 常務理事 平野 正明 (社)日本機械工業連合会 業務部長 倉田 正明 (社)日本機械工業連合会 業務部 企画・調査担当班課長 高橋 保弘 (社)日本機械工業連合会 業務部 業務・技術担当班 戸田 譲 三菱電機(株) (株)明電舎 事務局 技術・研究開発統括部 調査委託先 産業政策渉外室 (株)東レ経営研究所 常務理事 高橋 健治 (株)東レ経営研究所 産業技術調査部長 馬田 芳直 (株)東レ経営研究所 研究理事 大島 桂典 (株)東レ経営研究所 特別研究員 古宮 達彦 目 次 調査研究の概要................................................................................................................... 1 調査研究の目的 ............................................................................................................... 1 第1章 イノベーションとは ............................................................................................. 3 1.1 シュンペーターの理論............................................................................................ 3 1.2 シュンペーター理論の特徴-新古典派、ケインズとの相違................................... 5 1.3 イノベーションが起きる要因・環境 ...................................................................... 7 1.4 産業界とイノベーション .......................................................................................11 1.5 現代のイノベーション理論................................................................................... 12 1.6 「イノベーションの定義」について .................................................................... 15 第2章 米国、欧州、日本のイノベーション政策の動向 ................................................ 16 2.1 イノベーションの重要性 ...................................................................................... 16 2.2 イノベーションの「川上」と「川下」................................................................. 16 2.3 米国のイノベーション政策................................................................................... 17 2.4 欧州のイノベーション政策................................................................................... 22 2.5 日本のイノベーション政策................................................................................... 24 2.6 各地域のイノべーション動向 ............................................................................... 28 第3章 過去の重要イノベーションとその影響............................................................... 32 3.1 イノベーション研究の動向/「市場」の重視 ...................................................... 32 3.2 ドラッカーのイノベーションの機会を探すべき「7つの領域」 ......................... 33 3.3 イノベーション事例研究 ...................................................................................... 38 3.4 3つのイノベーション事例の生起と影響のまとめ ............................................... 50 第4章 今後の社会・産業の変化と求められるイノベーション...................................... 51 4.1 人口問題 ............................................................................................................... 52 4.2 エネルギーと地球環境問題................................................................................... 56 4.3 新市場................................................................................................................... 60 4.4 事業活動のグローバル化 ...................................................................................... 64 4.5 「新産業創造戦略」 ............................................................................................. 65 4.6 デルファイ調査 .................................................................................................... 66 4.7 次世代機械産業動向調査研究専門部会委員対象のアンケート調査結果............... 68 第5章 まとめ・提言...................................................................................................... 79 調査研究の概要 調査研究の目的 機械製造企業・産業としての次世代の対応(ニーズ起動型イノベーション喚起)策を検 討する必要から、まず過去の重要なイノベーション事例の収集・分析を通してイノベーシ ョンの重要性につき改めて認識し、次に今後の社会・産業等において予想される、機械産 業が注目すべき重要な変化(新しいニーズ)について考察を行う。 調査研究の概要 H17年度 年度 <調査のスキーム> <補足説明> 分科会の定義 技術、・組織・行動等の新規 創出・画期的転換等による 改革(日本機械工業に影響 を及ぼすもの) 1.イノベーションの概念統一 3.過去のイノベーション事例 2.イノベーションの契機 <シーズ> イノベーションを 引き起こす可能性 を持った科学的・技 術的シーズの探索 <ニーズ> イノベーションを引 き起こす動力となる 環境変化の展望 地球環境保全(主として温暖化) 環境汚染物質の規制強化 資源の枯渇、価格高騰 科学・技術の進歩 企業活動モデルの変化 CSRの高まり 少子高齢化社会の進行 その他 上記環境変化の中の 具体的事例の収集・検討 イノベーションを引き起こ す可能性のある具体的 事象の例示 4.機械工業で考えられる新イノベーション H18年度計画 年度計画 5.イノベーション生起の展望とその影響 日本の機械工業に影響を与えるイノベー ションの生起のチャンスと条件の展望 社会・経済の変化と 機械工業との関連予測 (先取り、対応) イノベーション生起の展望と機械工業へ のインパクト イノベーション実現に向けた取組 6.ビジョン・提言の提示 -1- 10年,15年先を想定した 機械工業の積極的対応 調査研究の内容と方法 調査研究は、下記の通り 4 段階に分けて実施した。 1 イノベーションとは何か/イノベーション理論について イノベーション理論の発展を跡付け、イノベーションに関する正確な理解と、企 業・産業にとって真に重要なことは何なのかを検討した。 (調査研究の方法) ・文献等調査結果報告と専門部会による検討 2 米・欧・日におけるイノベーションの位置付け 米・欧・日の最近のイノベーション関連政策・提言などにおいてイノベーションが どのように理解され、どのような点に重点がおかれているのか、またその実現にはど のような障害があると考えられているのか等について検討した。 (調査研究の方法) ・講演「米・欧・日におけるイノベーションの動向」 講師:株式会社東レ経営研究所 エコノミスト 福田 佳之 氏 ・文献等調査結果報告と専門部会による検討 3 過去における重要イノベーションとその影響 これまでに見られた重要なイノベーションについて、それが生まれた背景、生み出 すためのクリティカル・ポイント、産業に与えたインパクト、関連企業の盛衰などを 整理し、イノベーションに関して企業、産業が留意すべき諸点を明らかにした。 (調査研究の方法) ・講演「イノベーションと国際競争力」 講師:長岡大学 学長 原 陽一郎 氏 ・文献等調査結果報告と専門部会による検討 4 今後の社会・産業の変化と、求められるイノベーションの想定 今後の社会・産業の変化と、求められるイノベーションの想定 IT やグローバル化の進展、環境やエネルギーの問題を含め、今後の社会・産業等 において起こりうべき重要な変化(課題)とそこから生まれる新たなニーズは何かを 検討し、そこにおいて求められるイノベーション(ニーズ起動型イノベーション)は いかなるものかについて考察を行った。 (調査研究の方法) ・文献等調査結果報告と専門部会による検討 -2- 第 1 章 イノベーションとは 「イノベーション」という考え方を最初に経済学に登場させたのは、経済学者シュンペ ーターである。彼は、イノベーションが経済発展に重要な役割を果たしていることを強調 した。イノベーションという言葉も、彼の「新結合」(ドイツ語では、ノイエ・コンビナチ オン)に由来している。わが国で「イノベーション」という考え方が取り入れられたのは、 56 年度の『経済白書』で、英語の「イノベーション」を「技術革新」と訳したのが最初と いわれている。しかし、イノベーションは生産技術だけでなく、サービスや、組織の変更 も含まれる概念である。それだけに「技術革新」という訳語は的確な表現とは言い難く、 最近では、英語の「イノベーション」がそのまま使われることが多い。ちなみに、中国で は、かつては日本と同じ「技術革新」という言葉を使っていたが、80 年代後半以降、イノ ベーションに対する関心が高まるにつれて、「技術創新」という表現が新聞誌上で多く登場 するようになり、また、「創新」だけでも使われるようになっている。 また、イノベーションという考え方は、経済学に止まらず、経営学など幅広い分野に影 響を及ぼしている。 以下、シュンペーターの「イノベーション」についての考え方を概観し、さらに現代の 理論なども見て行くことにする。 1.1 シュンペーターの理論 1.1.1 1.1.1 新結合(イノベーション) シュンペーターは、生産とは、「われわれの領域内に存在する物及び力を結合すること」 であり、 「生産的諸力の結合」によって生産物が産出されると述べている。ただし、彼は、 「郵便馬車の数が増える」ような単なる量的拡大成長ではなく、「馬車から鉄道へ」とい う進化、つまり、非連続的な変化こそが経済発展に重要であると指摘している(「経済発 展の理論」1912 年)。 こうした変化が生じるのは、「企業者」によって「新結合の遂行」が行われるからであ る。「新結合」は、生産的諸力の結合の変更であり、次の 5 つの場合が想定されている。 ①新しい財貨‥‥‥すなわち、消費者の間でまだ知られていない財貨、あるいは新しい品 質の財貨の生産。 ②新しい生産方法‥‥‥すなわち、当該産業部門において実際上未知な生産方法の導入。 これは決して科学的に新しい発見に基づく必要はなく、また商品の商 業的取り扱いに関する新しい方法をも含んでいる。 ③新しい販路の開拓‥‥‥すなわち、当該国の当該産業部門が従来参加しなかった市場の -3- 開拓。ただしこの市場が既存のものであるかどうかは問わない。 ④原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得‥‥‥この場合においても、この供給源が既 存のものであるか-単に見逃されていたのか、その獲得が不可能とみ なされていたのかを問わず-あるいは初めて作り出されねばならない かは問わない。 ⑤新しい組織の実現‥‥‥すなわち独占的地位(たとえばトラスト化による)の形成、あ るいは独占の打破。 1.1.2 プロダクト・イノベーション重視、群生的出現 シュンペーターは、プロダクト・イノベーション(製品のイノベーション)が新たな産 業を創出することができるのであり、既存の産業の効率を上げるだけのプロセス・イノベ ーション(生産工程のイノベーション)よりも大きな意義を持っていると考えた。 また、イノベーションは、新しい製品や生産の方法を導入することと考えられているが、 財だけでなく、サービスの革新や、新しい組織なども含まれ、それがイノベーションとし て認められるには、生産性が飛躍的に向上するか、新しい需要が喚起されるなどの経済的 なインパクトが必要である。さらに、イノベーションが経済的に成功するためには、新し い製品や生産方法を定め、研究開発し、生産、販売する一連の経済活動が必要になる。技 術革新は、そうした流れの一部分であると考えた。 さらに、シュンペーターは、企業者の「群生的出現」を指摘している。一人の企業者の 出現が他の人々を刺激するとともに、出現への道筋が明らかになることによって参入がそ れまでより容易になるためである。新企業の設立に成功した企業者が多くなれば、その情 報が伝わり、ますます多くの人々が新結合に向かい、また、それが可能になるのである。 1.1.3 企業者と銀行家 シュンペーターの「新結合」の考え方に関して注目される存在が 2 つある。ひとつは「企 業者」であり、もうひとつは「銀行家」である。新結合の担い手は「企業者」であるが、 「新結合を遂行する」場合のみ「企業者」といえるのであり、「一度創造された企業を単 に循環的に経営していくようになると、企業者としての性格を喪失」するので、単なる「経 営管理者」になる、と述べている。真の「企業者」は、経済発展においてのみ現れると考 えている。 「われわれが企業と呼ぶものは、新結合の遂行およびそれを経営体などに具体化したも ののことであり、企業者と呼ぶものは、新結合を自らの機能とし、その遂行に当たって能 動的要素となるような経済主体のことである」。(『経済発展の理論』) 一方、新結合に必要な資金の供給は、銀行の信用創造によって行われると主張している。 -4- 「銀行家」は、「唯一の資本家」であり、「交換経済の監督者」とされ、資金面のリスクの 担い手であり、企業者はリスク負担者ではない、と考えている点はユニークである。 これは、ドイツや、オーストリアでは、新産業への資金供給が主として銀行を通じて行 われていたためと考えられ、アメリカ、イギリスのように株式市場によって資金が供給さ れるアングロ・サクソン型とは異なっている。そういった意味では、両者を厳密に分ける 意義はあまりないと考えられる。 1.1.4 創造的破壊 さらに、シュンペーターは、「新結合」をさらに発展させ、 「創造的破壊」という考え方 を登場させた。(『資本主義・社会主義・民主主義』1942) 「創造的破壊」という言葉は、シュンペーターの理論を象徴しており、現在でも良く使 われる。以下、その主要部分を引用する。 「不断に古きものを破壊し、新しきものを創造して、たえず内部から経済構造を革命化す る産業上の突然変異の同じ過程を例証する。この「創造的破壊」の過程こそ資本主義につ いての本質的事実である。」 「資本主義の現実において重要なのはかくのごとき(価格)競争ではなく、新商品、新技 術、新供給源泉、新組織型からくる競争である」。 「創造的破壊」という考え方は、後述するクリステンセンの「破壊的技術」という考え 方につながっている。それは、持続的技術とは異なり、市場の価値基準を変えることにも なるからである。 シュンペーターは、創造的破壊こそが経済発展をもたらすと述べているものの、このシ ステムが社会的、政治的に長続きすることは難しいと考えている。進歩が自動化され、革 新が日常業務化されれば、企業者は本来の企業者ではなく、日常的管理者になり、資本主 義のダイナミズムが失われると考えたからである。マルクスが、資本主義経済の先行きを 剰余価値説などによって悲観的に捉え、行き詰まると考えたのに対し、シュンペーターは、 資本主義経済は発展することによって行き詰まると考えた。 1.2 シュンペーター理論の特徴-新古典派、ケインズとの相違 シュンペーターの理論は、当時の経済学者の理論と大きく異なっている。それは、多く の経済学者が、現実の経済分析に注目したのに対し、彼は、それにはあまり関心を払わず、 資本主義経済そのものの分析に力点をおいている点に特徴がある。換言すれば、彼は、資 -5- 本主義経済の病気を治す臨床医ではなく、資本主義そのものの特徴を研究する人類学者的 な立場であったといえる。 1.2.1 静態経済と動態経済 彼の理論は、静態経済から出発している。静態経済が均衡にある状態、ないしは均衡の 近傍から企業者による新結合が遂行されると考えた。その理由は、そこでは利潤が欠如し ているために革新への誘因が存在するからであり、また市況が安定しているので新しいプ ロジェクトについての見通しを持ち易いからである。静態経済は、所与とされた技術と社 会組織の変化に注目し、経済を発展させていく出発点であると考えたのである。 一方、当時の新古典派経済学者マーシャルの「経済学原理」には「自然は飛躍せず」と いう言葉があり、「経済発展は漸進的である」、「前進の動きは決して突発的ではない」と いう表現がされている。これに対して、シュンペーターは、経済発展のような問題を論じ る場合、「受動的反応」を考慮するだけでは不十分であり、もっと「創造的反応」に注目 すべきではないかと考えた。経済における創造的反応とは、すなわち、企業者の新結合の 遂行であり、これを前面に出して議論すべきである、と考えたのである。 1.2.2 シュンペーターとケインズ 同時代に活躍した経済学者のケインズは、「長期にはわれわれはみんな死んでしまって いる」という考え方に表われているように、短期の問題に力を注ぎ、経済が不完全雇用を 抱えたまま均衡するという状況を理論的に説明しようとした。これに対し、シュンペータ ーは、前述したように、資本主義経済の発展とその行く末に関心を寄せたのである。 シュンペーターは、ケインズの一般理論を、生産関数の不変を仮定していると非難して いる。資本主義の本質は、企業者の、新結合の遂行によって、生産関数がたえず変革され るところにある、と考えたからである。 ケインズは、理論と政策は密接に関連していると考えていた。しかし、シュンペーター は、『理論経済学の本質と主要内容』 (1908 年)以来、「理論と政策とは別のものであり、 根本的にはなんら共通のものを持たない」という立場を堅持し、両者の区別が明確でない ものには批判的であった。その著作の中には「まったく純粋理論によって政治の最高問題 を解決しようとする徒輩―彼は遺憾にもイカロスに似ている-あるいは、理論を政治的討 論に利用するためのみ理論的研究に従事する徒は、理論の最悪の敵である」という言葉さ え見られるほどである。 シュンペーターのような考え方は、多くの失業者で溢れていた 1930 年代のアメリカの 人々にアピールすることができなかった。このため、彼の愛弟子たちは、彼の人柄を慕い ながらも、多くはケインズ派になっていったと考えられている。 -6- 1.3 イノベーションが起きる要因・環境 イノベーションを巡る論争 イノベーションが起きる要因・環境などについていくつかの論争がある。 ① 科学技術プッシュ説と需要プル説 革新的な技術が導入されることによって、新たな産業分野が創設されるという 説と、需要によってイノベーションが生み出されるという説がある。 ②最適市場構造 イノベーションが次々と生み出されるには、企業が寡占的な状況にある方が良 いか、それとも質的、量的に優れた多数の企業がある方が良いか。 ③最適な企業の大きさ イノベーションが生み出されるのは大企業が優位か、それとも、企業の大きさ には関係がないのか。 ④発明が先か、投資が先か 発明が企業の投資を増加させるのか、あるいは、企業の投資の増加が、発明 イノベーションを増加させるのか。 このうち、①、②、③は、主としてシュンペーターの考え方に由来するもので、④は、 シュムークラーの説によるものである。 以下それぞれについて解説を加える。 1.3.1 科学技術プッシュ説と需要プル説 ①需要に引っ張られてイノベーションが起きるという考え方と、 ②科学的発見に後押しされてイノベーションが起きるという考え方がある。 しかし、イノベーションには需要も技術もともに必要である。科学技術プッシュは、産 業発展の初期に比較的多く見られる傾向であり、需要プルは、商品開発が成熟期を迎えた 時によく見られる傾向がある(フリーマン)と考えられるが、両者の考え方を組み合わせ た方が産業の発展をうまく説明できるといえる。 プロセス・アプローチ プロセス・アプローチ また、イノベーションは、いくつかの段階を通じて行われるプロセスである、という見 方がある。それには、次の 2 つのケースがある。 ①リニア・モデル イノベーションの最初は、科学的な発明に端を発する。それが応用研究や、開発を 経てイノベーションが実現されるように、一方向の単純なプロセスと見る見方。 -7- 図表 1.1 リニアモデル 究 販 産 売 発 生 開 応用研究 基礎研究 研 ②チェーン・リンクト・モデル(あるいはフィードバック・モデル) 現実は、もっと複雑な姿であり、企業の内部での研究開発は、企画部門や製造・販 売部門などの現業部門の活動とが相互に絡み合い、情報を交換し、互いに影響しながら イノベーションを作り上げていくと考える立場(スタンフォード大学、クラインとロ ーゼンバーグ)がある。 図表 1.2 チェーン・リンクト・モデル 研究 キー技術の創出 (研究活動) 知識 技術の蓄積 (生産・設計部門) (研究開発部門) 市場の洞察 市場の洞察 コンセプトの創造 コンセプトの創造 開発 生産 新製品 新サービス 市場 販売 注)クラインの示したチェーン・リンクド・モデルを元に東レ経営研究所の原が書き直した 1.3.2 最適市場構造 シュンペーター-は、集中度や、独占度が高い市場のほうが、企業はよりイノベーション に対して積極的になるとも考えている。その理由は、以下の通りである。 ①研究開発投資を行うにあたっては、それによってイノベーションに成功したあとに市場 の大きな部分を確保し、利益を上げることができるという見通しを持てることが必要で ある。競争相手がすぐに競合製品を出し、シェアを食われることが予想されると、利益 を上げる見通しが小さいから、研究開発に資金を投下する誘因がなくなる。現在、市場 の大きな部分を支配している企業は、新製品を出せば、市場の大きな部分を獲得できる 可能性が高いことが予想できる。そこに研究費を投下する誘因が存在する。 -8- ②不完全な資本市場のもとでは、研究開発投資を内部資金でまかなう必要があるが、市場 支配力による独占的な超過利潤はその源泉となりうる。この場合、現在、独占利潤を上 げている企業は豊富な資金を研究開発に投下していくことができるので、将来イノベー ションを実現するのに有利であることになる。 しかし、最近の研究では、結論的には、あまり明確な相関はない、とするものが多い。 1.3.3 最適な企業規模の大きさ シュンペーターは、イノベーションの担い手について、『経済発展の理論』では、 「企業 者」の役割を強調していたのに対し、『資本主義・社会主義・民主主義』の中では、大企 業に重心の置き方を変えている。近代のイノベーションは、大規模な研究所に大勢の専門 の研究者を雇用して、大規模な装置を使って行われるので、市場支配力を持った大企業が 中心となると述べている。後者の見方は、経済学者によって「シュンペーター仮説」と名 づけられている。その理由は以下の通りである。 ① 研究開発には資金が必要である。資金を外部から調達するのは、容易ではなく、資金 提供を求めるために、外部に計画している内容を説明することが必要になる。しかし、 それによって情報が漏れると、その研究開発の価値は下がってしまう。そのため、大 企業のほうが内部資金を豊富に利用できるので有利になる。 ②研究開発には規模の経済が存在する。実験設備、研究所などは、最低でもある程度の規 模のものをそろえなければならないので、大企業が優位となる。 ③新しい技術を生み出すための研究費は、その技術を使って生産され、販売される製品の 数の多少にはかかわりなく、一定の額がかかるので、固定費としての性格を持つ。そこ で、他の固定費と同じように、販売量が多いと研究費を薄く広く回収すればよいから、 研究開発投資の期待収益率は販売量の多い大企業の方が高くなる。 ④技術は基本的には、何をどのようにつくるかに関する情報である。情報は、資金調達で 述べたように、中身を明かしてしまうと、回収することができない。別の言い方をすれ ば、情報は、同時に複数の人が所有することができるという意味で、特殊な財である。 このような性格を持つので、情報としての技術を市場で取引をすることは困難で、新技 術を用いた製品や新製法で生産した製品を、市場で販売することによるほうが大きな利 益を上げられる。そのためには生産設備や販売網が必要である。これらが技術と組み合 わさってはじめてイノベーションが実現されるので、生産設備や販売網は「補完的資産」 とよばれる。中小企業に比べて、大企業のほうが補完的資産の所有・支配という面で有 -9- 利なことは明らかである。 ⑤大企業はしばしば多角化企業であるが、多角化している場合には、研究開発の面で範囲 の経済性を享受できる。つまり異なった分野の研究開発を組み合わせることにより、イ ノベーションを実現させることができる。また、研究開発の結果生まれた思いがけない 新技術を、自ら利用できる可能性が高い。 (『イノベーションと日本経済』 後藤 晃著より) 大企業は有利か しかし、一方で、大企業が不利な点も考えられる。 ① 中小企業と比較して、大企業になればなるほど機動性がなくなり、管理することがよ り困難になる、 ② 組織内に、イノベーションを起こすためのインセンティブ(誘因)をどのように作る か、中小企業と比較すると大企業の場合は難しい、 などの点である。 ピーター・ドラッカーは、企業家精神によって立つ原理原則は、既存の大組織であろう と、個人が独力で始めたベンチャービジネスであろうと、まったく同じであると述べてい る。ただ、「努力」は必要である、としている。(『イノベーションと企業家精神』) また、後述するように、クリステンセンは、独立した小組織の方が、機動的でイノベー ションを生み出すのに適していると主張している。 イノベーションのインプットである研究費は、最近の研究では、企業規模と比例的に 単調に増加するが、特許などアウトプットは比例以下でしか増加しない、という結果を得 ているものが多い。この結果、独占的な市場においてイノベーションが実現しやすいとも、 大企業のほうがイノベーションに有利だともいえない。 1.3.4 発明が先か、投資が先か 1950、60 年代に活躍したシュムークラーも、イノベーションの研究に重要な貢献をし た。彼は、いくつかの資本財(たとえば鉄道に関わる機関車やエンジンなど)の特許数の 年変化を分析し、それらの財に対する需要が(たとえば大陸横断鉄道の建設によって)増 加すると、特許数も増加することを見出したのである。これは次のような意味を持つ。 発明は、科学者の科学的発見がやがて産業に応用されてくるという形で起こるのではな く、企業が、発明で得る利益が大きいと期待する、需要の成長している分野へ、研究開発 努力を集中することによって起こる。つまり発明は、企業がより大きな利潤が得られると 期待される分野での研究開発に資源を投下するという、経済的な企業の利潤追求行動の結 -10- 果なのである。イノベーションは、天才的な科学者の発見、発明という非経済的要因によ るのではなく、企業の利潤追求行動というきわめて経済システムに内在する要因によって もたらされる経済的な現象である、と考えている。 1.4 産業界とイノベーション 需要、独占的要素、技術機会の 3 つの要因が、産業界におけるイノベーションを決定す る基本的な要因として取り上げられている(『イノベーションと日本経済』より)。 1.4.1 需要 需要が大きいほど、イノベーションから期待される利益は大きい。あるいは、需要の 伸びが大きいほどイノベーションから将来期待される利益は大きい。 1.4.2 独占的要素 イノベーションがもたらす社会的な利益全体のうち、どれだけをイノベーションを実 現した企業が独占的に手中に収めることができるかという程度を示す。 独占的利益確保の手段としては特許、企業機密、リードタイム、補完的資産の支配、学 習曲線などが挙げられる。 ①特許 発明企業の利益を守る制度。 ②企業機密 特許をとると、技術内容が公開されてしまうので、あえて特許をとらずに企業機密 としておき、その技術を秘密裏に利用して利益を上げること。 ③リードタイム 先に技術を開発し、製品化し、販売すると、2 番手以下の企業が追いついてくるまで の間は独占的に利益を上げることができる。 ④補完的資産の支配 生産設備、販売網などを独占的に支配すること。他の企業が類似の技術を開発して も、それを使って製品を生産したり、販売したりすることが困難になるため、イノベ ーションを実現した企業は利益を上げることができる。 -11- ⑤学習曲線 リードタイムと重なる部分もあるが、早く生産し、生産の経験をつむと、コストが 急速に低下していく、という学習効果(経験効果とも言う)の概念に基づいている。 どの手段が有効であるかは産業によって異なっている。医薬品のように、新技術が化 学式で明確に定義でき、特許の保護が有効な産業もあれば、機械系の産業のように、特 許のイノベーションの利益を守る手段としての有効性が低く、リードタイム、補完的資 産の支配といった手段の有効性が高い産業もある。 1.4.3 技術機会 これは、研究開発投資がいかに効率的にイノベーションにつながるかを左右する。た とえば、遺伝子操作の方法が大学の研究者によって開発されると、製薬会社はそれを利 用して、在来の薬品をより効率的に生産する方法や、新薬を開発する可能性が開ける。 このような情報は、企業内、産業内の競争企業、産業の垂直的なチェーン、顧客、産業 の外部(大学、公的研究機関)から供給される。その中で、特に、顧客、社内の生産・ 製造部門の二つが、重要な技術機会の情報源となっている。 1.5 現代のイノベーション理論 1.5.1 ジョン・ガルブレイス 「テクノストラクチャー」がまさに技術革新の担い手であると主張している。彼は、シュ ンペーターとは異なり、企業家と経営管理者を区別することに意味を見出さなかった。 しかし、シュンペーターと同じように、大企業の方がイノベーションに優位であると考 えた。それは、必要な大規模な研究開発の人的・資金的源泉を保有するため、またイノベ ーションの遂行にともなう大きな不確実性とリスクを負担する能力および自らの新製品 に対する市場を創出するマーケティング能力において、競争的な小企業よりもはるかにす ぐれていると考えたからである。 1.5.2 ピーター・ドラッカー シュンペーターの弟子的な存在で、「企業家たる者は、イノベーションを行わなければ ならない。イノベーションこそ、企業家に特有の道具である。イノベーションとは、資 源に対し、富を創造する新たな能力を付与するものである。資源を真の資源たらしめる ものがイノベーションである」と主張している(『イノベーションと企業家精神』)。 体系的なイノベーションとは、イノベーションの機会を 7 つの領域において探すことで -12- ある。 ① 予期せざるものの存在、予期せざる成功、予期せざる失敗、予期せざる事象。 ② 調和せざるものの存在。かくあるべきものと乖離した現実、すなわち、ギャップ の存在 ③ 必然的に必要なるもの、プロセス上のニーズの存在 ④ 地殻の変動、産業や市場の構造変化 ⑤ 人口構成の変化 ⑥ 認識の変化、すなわちものの見方、感じ方、考え方の変化 ⑦ 新しい知識の獲得 なお、この順番は、取り組みが容易で成功しやすいものから、より困難なものへという 配列になっている。 また、「イノベーションの機会というものは、幸運やカンによって手に入れられるもの ではない。意識してイノベーションを求め、意識してイノベーションのために組織し、意 識してイノベーションのために経営管理することによって、はじめて実を結ぶのである」 と述べている。 1.5.3 クレイトン・クリステンセン(ハーバード大学ビジネススクール教授) クレイトン・クリステンセン(ハーバード大学ビジネススクール教授) イノベーションには、持続的なものと破壊的なものの 2 種類がある。持続的イノベー ションは、製品の性能を持続的に高めていく一般的な技術革新のイメージである。一方 の破壊的イノベーションは、性能が抜群に良いというのではなく、最初は顧客から見向き もされないような技術であることが多く、単純、小型で使いやすく、価格が断然安いとい う特徴がある。 「なぜ、優良企業が失敗するのか」は、そのような企業を業界リーダーに押し上げた経 営慣行そのものが、破壊的技術の開発を困難にし、最終的に市場を奪われる原因となる からと考える。優良企業は、既存の顧客の需要に応えて製品の性能を高める持続的技術 の開発を得意としているからである。それは、以下の特徴がある。 ①顧客の声に耳を傾ける。 ②求められたものを提供する技術に積極的に投資する。 ③利益率の向上を目指す。 ④小さな市場より大きな市場を目標とする。 しかし、破壊的技術は、持続的技術とは明らかに異なる。破壊的技術は、市場の価値基 準を変える。 -13- 破壊的技術生起の5大阻害要因 ①企業は顧客と投資家に資源を依存している 優良企業は、顧客が求めず、利益率が低い破壊的技術に十分な資源を投資すること は極めて難しい。顧客がそれを求めるようになる頃には、もう遅すぎる。 ②小規模な市場では大企業の成長ニーズを解決できない 将来は大市場になるはずの新興市場に参入することが難しくなる。成長率を維持す るために、大規模な市場に的を絞らなければならない。 ③存在しない市場は分析できない 投資プロセスの過程で、市場規模や収益率を数値化してからで無ければ市場参入で きない企業は、破壊的技術に直面したとき、まだ存在しない市場のデータを必要とす るために、手も足も出ない。 ④組織の能力は無能力の決定的要因になる 組織の能力は、その中で働く人材の能力とは無関係である。組織の能力は、労働力、 エネルギー、原材料、情報、資金、技術といった入力を価値の向上に変えるプロセス と、組織の経営者や従業員が優先事項を決定するときの価値基準によって決まる。人 材などの資源と異なり、プロセスや価値基準には柔軟性がない。組織の能力を生み出 すプロセスや価値基準も、状況が変わると組織の無能力の決定要因になる。 ⑤技術の供給は市場の需要と等しいとは限らない 破壊的技術は、当初は小規模な市場でしか使われないが、いずれ大規模市場で競争 力を持つようになる。これは、技術の進歩のペースが、時として顧客が求める、また は吸収できる性能向上のペースを上回るためである。その結果、破壊的技術が明日に は性能面で競争力を持つ可能性がある。2 つ以上の製品が十分な性能基準を満たせば、 顧客は他の基準にしたがって製品を選ぶようになる。 破壊的イノベーションに適した組織 小規模な独立組織の方が適している。失敗しても、自信を失うことなく、再び挑戦で きると考えている。それほど大きな資金は必要がないからである。 -14- 1.6 「イノベーションの定義」について 「イノベーションの定義」について 以上のイノベーションに関する理論から、本専門部会ではイノベーションを「改良的、 漸進的な改革」ではなく、シュンペーターや、クリステンセンが主張するような、 「破壊的、 革新的な改革」を「イノベーション」と定義し、以下の議論を進めていきたい。 <参考文献> 『経済発展の理論』1912 シュンペーター著、岩波文庫 『資本主義・社会主義・民主主義』1942(中山伊知郎・東畑精一訳、東洋経済新報社) 『企業家とは何か』シュンペーター著 『シュンペーター』 伊東光晴 根井雅弘著、岩波新書 『イノベーションと日本経済』 『シュンペーター』 後藤晃著、岩波新書 根井雅弘著、講談社 『イノベーションと経済政策』 『技術革新の経済学』 『新しい産業国家』 清成忠男編訳、東洋経済新報社 西田稔著、八千代出版 クームズ、サビオッティ、ウオルシュ著、竹内啓、広松毅監訳 ジョン・ガルブレイス著 『イノベーションと企業家精神』 『イノベーションのジレンマ』 講談社文庫 P・F・ドラッカー著、ダイヤモンド社 クレイトン・クリステンセン著、翔永社 -15- 新世社 第2章 米国、欧州、日本のイノベーション政策の動向 米国、欧州、日本のイノベーション政策の動向 2.1 イノベーションの重要性 近年、イノベーションの重要性を指摘する声が多い。例えば、2006 年4月から実施され る「第 3 期科学技術基本計画」において、科学技術創造立国の実現をめざすために、イノ ベーションによって社会に成果を還元しなければならないとしており、イノベーションを 生み出すシステムの強化や地域クラスターの形成を説いている。同様に欧州でも科学技術 政策や産業政策の策定においてイノベーション振興が考慮されている。 米国競争力協議会が 2004 年 12 月に発表した「Innovate America」によると、イノベー ションは、新産業と新市場を創出し、生産性を引き上げることにより、経営者には利益と 富をもたらし、労働者には高賃金を保証し、そして人々には生活の質を改善してくれると している。そして、イノベーションは高齢化、エネルギー、安全保障などの社会問題に対 して解決策を与えてくれるものとして期待されている。 2.2 イノベーションの「川上」と「川下」 イノベーションは一般的に民間の研究開発活動から生まれる。企業は人材や資金を研究 開発活動に投入する。この段階をイノベーションの「川上」と呼べるであろう。 イノベーションを生み出す研究開発活動は民間企業だけに委ねておくことは得策では ないと言われる。そもそも研究開発活動は不透明なものであり、事業化できないリスクが 常につきまとう。さらにイノベーションを起こすことができる新しい技術がいったん開発 されれば、それは研究開発した企業や研究者だけでなく、他の企業や研究者も容易に利用 できることがある。経済学者である K.J.アローによると、こういった技術は公共財的性格 を持つと言い、自ら研究開発に携わるよりも他者の活動をあてにしてただ乗りしようとす る。従って、社会全体で見ると研究開発活動が少な目になってしまうとしている。社会全 体からみて最適な研究開発活動を達成するためには、政府は民間の研究開発活動に対して 資金支援や研究者育成などのバックアップを行った方がよいとされる。 また、研究開発活動が活発でも、イノベーションが生まれないこともありうる。図表1 は OECD 諸国での民間研究開発投資の伸びとイノベーションなどによってもたらされた生 産性の伸びの関係を示している。例えば日本は 80 年代から 90 年代にかけて民間研究開発 投資の伸びは OECD 諸国の平均以上にもかかわらず、同期間の生産性の伸びはマイナスで あった。このことは 90 年代に日本企業の研究開発活動がいわゆる「死の谷」の問題に直 面していて、技術のマネジメントがうまくいかなかったことなどが背景にあると言われて いる。このような技術のマネジメントの段階をイノベーションの「川下」と呼ぶことがで きる。 -16- 図表 2.1 OECD諸国での民間研究開発投資の伸びと技術革新などによる生産性の伸び の関係 技術進歩などによる生産性上昇率 民間研究開発投資上昇率 (注)上昇率については80年代平均水水準から90年代平均水準までの上昇率 (出所)OECD “The New Economy: Beyond the Hype” 以下では、米国、欧州、日本のイノベーションを振興するための政策について動向や展 望を概観していくことにしたい。その際、イノベーションの「川上」だけでなく、「川下」 についても焦点をあてることとする。 2.3 米国のイノベーション政策 2.3.1 これまでのイノベーション政策 米国のイノベーション振興を目的として実施してきた政策のなかで、特筆すべき政策は 二つある。一つは 1980 年に成立したバイ・ドール法である。バイ・ドール法成立前は、 大学や研究機関が研究開発を行い、特許を得たとしても、それが政府資金によるものであ れば、その特許は政府のものであったが、同法の成立以降は、大学側や研究者に特許権を 帰属させることが認められた。これによって大学や研究機関から民間への技術移転が促進 されたのである1。 バイ・ドール法の成立後、すぐに技術移転が活発になったわけでない。同法の成立当初は TLO(技術移転 機関)が普及していなかったこともあって、同法を活用する研究機関や大学は少なかった。バイ・ドール 法の活用が活発化するのは成立後 10 年をすぎてからであった。 1 -17- 図表 2.2 各国政府の GDP に占める研究開発投資シェアの推移 (1)国防研究費込み (2)国防研究費除く 1.4% 1.0% 米国 ドイツ 0.9% 1.2% 0.8% 1.0% ドイツ 0.81 0.80 0.68 0.59 0.8% 日本 0.6% 0.4% 0.7% 0.75 日本 0.64 0.6% 0.5% 米国 0.4% 0.35 0.3% 英国 0.2% 0.2% 0.28 英国 0.1% 0.0% 0.0% 1981 1985 1989 1993 1997 2001 1981 1984 1987 1990 1993 1996 1999 2002 (出所)文部科学省「平成17年版科学技術白書」 二つ目は、1985 年に発表された「ヤング・レポート」である。1980 年代前半の米国は 財政赤字と経常赤字という巨額の双子の赤字を抱え、一方では日本などの台頭を許したこ とから、産業界を中心に競争力の低下という危機感を感じていた。同レポートはこういっ た状況を打開するためにヒューレット・パッカード社社長の J.A.ヤングを長とする「産業 力競争委員会」でまとめられた。 ヤング・レポートによると、競争力とは「一国が国際市場の試練に供する財とサービス をどの程度生産でき、同時にその国民の実質収入をどの程度維持または増大できるか」で あり、それは生産性などによるもので、為替水準によらないとした。また、競争力を強化 するには、新技術の創造・実用化・保護、資本コストの低減、人的資源開発、通商政策等 を重視すべきことを説いたのである。 ヤング・レポートはその後の政権のイノベーション政策に影響を与え、例えばクリント ン政権は「科学技術こそが経済成長のエンジン」として、国家ナノテク戦略の策定や国立 衛生研究所の予算額倍増などを実現している。 2.3.2 問題点と新たな動き しかし、この間新たな問題点が発生していたことを見逃すことはできない。それは中国 系企業などアジア勢の台頭である。例えば、米国特許の半分が外資系法人や外国籍個人に 保有され、なかでも日本、韓国、台湾によって米国特許の四分の一が保有されている。ま たアジア各国のナノテク投資総額は米国のそれに匹敵すると言われている。 その一方で、挑戦を受ける側の米国はいまのところ十分対応しているとは言えない。 -18- 例えば、研究開発に対する連邦政府支出額シェアは長期的に減少傾向で、現在では GDP の 0.8%程度にまで逓減しており(図表 2.2)、今後 5 年間においても一部を除き増加する ことはないとされている。また、アメリカ人が執筆した年間科学論文数も 1992 年から横 ばいであり、状況は芳しくない。 2.3.3 「パルミサーノ・レポート」 こういった状況下で、ブッシュ政権は今のところ特別な対策を講じる気配もない。そも そも、現政権は国防に関わる研究開発投資を除くと基礎研究や民間での研究開発支援を縮 小させる方向で動いてきた。 業を煮やしたのは米国競争力協議会である。米国競争力協議会とはヤング・レポートを 作成した委員が中心となって作ったシンクタンクであり、産業界、学界、労働界のメンバ ーより構成される。同委員会は 80 年代後半以降の産業競争力強化について主導的役割を 担ってきたが、2004 年 12 月に米国産業の現状分析と競争力強化策についてまとめた「パ ルミサーノ・レポート」2を公表した。 同レポートの本文は 4 部構成となっており、第 1 章で総論としてイノベーションをめぐ る環境について触れ、第 2 章でイノベーションの新しい形態を整理している。第 3 章でイ ノベーション発生を生態系として捉える試みを紹介した後に、第 4 章で、Talent(人材)、 Investment(資金)、Infrastructure(インフラ)の 3 つの視点から具体的な政策提言を 行っている。 (1) イノベーションをめぐる環境 米国は競争優位の源泉となるイノベーション創出の面で有利な立場にあるとされてき た。例えば、R&D 額の GDP 比に占める割合がトップランクに近いこと、ベンチャーキ ャピタル業界では世界の主導的役割を果たしていること、多くの最先端の研究所と大学 が米国にあること、有能な労働力と柔軟で流動性が高い労働市場が存在していること、 などがあげられる。 しかし、米国はより高い水準のイノベーションに牽引された経済成長を達成するため に、三つの重要な変化と要因を考慮しなければならない。それはイノベーションの新し い形態、競争の激化、イノベーション機会の見込みである。 イノベーションの新しい形態については次項で説明するとして、競争の激化について 同レポートでは具体的な事例を用いて説明している。具体的な内容は(2)で触れた通 りであるが、他にも、 ・ スウェーデン、フィンランド、イスラエル、日本、韓国では、GDP に占める R&D 額 2正式名称は「Innovate America: Thriving in a World of Challenges and Change」であるが、作成者の 代表名をとって「パルミサーノレポート」ともよばれている。なお、パルミサーノ氏とは IBM の CEO であ る。 -19- の割合は米国を上回っている、 ・ 中国の対内直接投資額が 2003 年には世界トップとなった、 ・ 世界の競争力のある IT 企業 25 社の中で、米国に本拠があるのは 6 社に過ぎず、14 社はアジアに存在する、 を挙げている。 図表 2.3 イノベーションの新しい形態 視点 内容 ① ユーザーと生産者に基盤を置 ・生産者サイドのみが産み出すイノベーションからユーザーと生産 いたイノベーション 者の相互作用により産み出されるイノベーションへの シフトを強 調(半導体生産やソフトウェア開発など) ② 私的領域と公的領域の性格を ・知的財産の保護はベンチャー企業にとっては特に重要 持つ知的財産 ・特許の共同利用、アクセスが開放されたデータベース、国際標準 設定などを含む進歩的な知財制度の構築が今後のイノベーション 発生を促すのに必要 ③ 製造業とサービス業 ・製造全工程のなかで製造工程とサービス工程が密接かつ不可 分に結合(ゼロックス社やIBM社などのビジネスモデル) ④ 確立された学問分野と複数 ・イノベーションは学問分野の境界領域に生じるために、新しい知 分野にまたがる研究プログラム 識と学習するネットワークが必要 ⑤ 公 共 部 門 と 民 間 部 門 の イ ノ ・競争原理の導入により財政支出削減 ベーション ・民間部門ではできない長期的なイノベーションを引き起こす役割 ⑥ 中小企業と大企業 ・破壊的なイノベーションを引き起こす中小企業の役割 ・技術開発において中小企業と大企業との間の補完関係の存在 (ファイザーアンドマック社などの医薬品メーカーやマイクロソフト社 などのIT企業とベンチャーとの連携) ⑦ 安全保障と科学研究の開放性 ・イノベーションによって得られた知識をテロリストなどが入手し悪 用する恐れ ・米国内の安全保障上の命題とこれまでの科学技術に関する外国 への開放的な態度の間のバランス必要 ⑧ ナショナリズムとグローバル化 ・外国と積極的に連携してイノベーションを行うことが米国のイノ ベーション能力向上の近道 (出所)Council (出所)CouncilofofCompetitiveness(2004)より筆者作成 Competitiveness(2004)より東レ経営研究所作成 Competitivenesss(2004)より東レ経営研究所作成 イノベーションの機会とは、水素など環境調和型で豊富なエネルギー源、バイオテク ノロジーなどを使った新しい医療方法、IT を活用したヘルスケア、生体認証など安全安 心技術、ナノテクを利用した製造技術、など同レポートは具体的に例示している。 (2) イノベーションの新しい形態 第2章はイノベーションの新しい形態について8つの視点から整理している。8つの 視点の詳細は図表 3 にまとめた通りである。中でも製造工程とサービス工程が不可分に 結びついており、ゼロックス社や IBM 社など製造業でソリューションビジネスのような 新たなビジネスモデルが発生しているとの指摘は鋭い。また、知的財産をイノベーショ ン促進という観点から見ているが、知的財産は保護されるだけでなく、外部に開放され ることが重要であるとの認識を示している。 -20- (3) イノベーションの生態系 第 3 章ではイノベーション発生の全体のメカニズムを捉える試みを行っている。イノ ベーションの発生は線形もしくは機械的なものではなく、多くの社会の構成員があらゆ る分野で相互作用を続けていくといういわば生態系内の現象として捉えている。 この生態系には、品質や安全性などを求める需要側、イノベーションを産み出す技術 や知識などの供給側、教育や知的財産などに関する政策、そして輸送、エネルギーなど のインフラが存在し、それぞれがダイナミックに相互作用を及ぼしている(図表 2.4)。 イノベーション発生を生態系の中に位置づけることを受けて、後の章のなかで大学は イノベーションを理解し管理するための尺度開発を主導できるとしており、このような 学問分野が充実していくにつれてイノベーションに関する国家政策の形成や企業経営の 決定のあり方が改善されるとしている。 (4) イノベーション振興に向けた政策提言 第4章では人材(Talent)、投資(Investment)、インフラ(Infrastructure)の3分野 に関する政策目標と提言をまとめている。 図表 2.4 イノベーションの生態系 政策環境 (教育、知財保護、規制) 需要 供給 スキル イノベー 知識 リスク資本 ション マネジメント 技術 研究 品質 安全 カスタマイ ゼーション 利便 効率 デザイン 国家インフラ (輸送、エネルギー、情報、 ネットワーク) (出所)Council of Competitiveness(2004) -21- 図表 2.5「パルミサーノ・レポート」における3つの政策提言 ①人材(Talent)に関する政策提言 ○ 科学者と技術者を育成する基盤の構築 ○ 次世代イノベーターの触発 ○ 労働者にグローバル経済で成功する能力を付与 ② 投資(Investment)に関する政策提言 ○ 最先端で複数分野にまたがる研究の活性化 ○ アントレプレナー経済の活性化 ○ 企業のリスク引き受けを強化し長期的な投資を促進 ③ インフラ(Infrastructure)に関する政策提言 ○イノベーション成長戦略を支援する国民的コンセンサスの形成 ○21世紀の知的財産制度の創設 ○米国の製造能力の強化 ○ヘルスケアを試金石とした21世紀のイノベーションインフラの構築 (出所)Council f Competitiveness(2004)より東レ経営研究所作成 人材育成については、科学者、技術者の育成について資金面を中心にバックアップする としている。投資については、自然科学やエンジニアリング等の学問分野への資金援助や 地域性を重視したクラスター戦略を重視している。そして、インフラについては、新たな 知的財産制度や IT を活用したヘルスケア制度の再構築などについて触れている(図表 2.5)。 2.4 欧州のイノベーション政策 2.4.1 イノベーション政策の変遷 80 年代までの欧州のイノベーション政策は、各国が独自に研究開発支援を実施していた と言っていい。それが 80 年代に入ると日米の企業が先導する形で情報通信技術の技術革 新が起こり、そのために欧州製造業の競争力が低下してしまう。欧州産業の競争力回復の ために何らかの手を欧州全体で打たねばならないという認識が「研究開発フレームワーク 計画」の策定・実施につながったと言えよう。 第一次研究開発フレームワーク計画は 1984 年から 87 年までで総額 38 億ユーロにすぎ なかったが、その後増加し、現在実施中の第六次研究開発フレームワーク計画(2002-06) では、総額 176 億ユーロとなっている。また、研究分野は当初、オイルショックの影響も あってエネルギー技術の比重が高かったが、次第に情報通信技術の比重が高まっていくこ ととなった。 -22- 2.4.2 問題点と新たな動き 図表 2.6 欧州各国の GDP に占める研究開発投資シェア 4.27% スウェーデン 3.49% フィンランド 1.26% チェコ 3.15% 日本 1.31% 中国 1.16% イタリア デンマーク 2.62% アイルランド 1.12% 米国 2.59% スペイン 1.05% 2.51% ドイツ オーストリア ベルギー ハンガリー 2.37% ポルトガル 2.37% エストニア 2.15% フランス リトアニア 0.95% 0.79% 0.77% 0.68% EU25ヶ国平均 1.93% ギリシャ 0.61% 英国 1.89% スロバギア 0.58% オランダ 1.80% ポーランド 0.56% 1.71% ルクセンブルグ 1.54% スロベニア 0.0% 1.0% 2.0% 3.0% 4.0% 5.0% ラトビア 0.38% キプロス 0.32% 0.0% 1.0% 2.0% 3.0% 4.0% 5.0% (出所)欧州委員会研究総局 しかし、依然として問題点は存在している。その一つとして各国の GDP に占める研究開 発投資シェアが少ないことが挙げられよう(図表 2.6)。イギリス、ドイツ、フランスの同 投資シェアは日米に劣っており、チェコやハンガリーなど東欧のそれは中国に劣っている のである。それだけでなく、EU および EU 加盟国間で行われる国際的な共同研究開発への 支出が全研究開発投資の 17%以下にすぎず、研究資源の活用が国境によって分散されるな どの問題点も指摘されている。 そこで、欧州理事会は 2000 年に「リスボン戦略」を採択し、 「活力ある知識経済の構築」 のために、経済改革を断行し、人的資源の投資を説いている。研究開発投資シェアについ ては 2010 年までに GDP 比 3%にすることを目標として掲げている。また域内における共同 研究活動を確保し、世界トップの研究者にとって欧州を魅力的な場所とするために「欧州 研究圏(ERA)」の創設を謳った。 それにもかかわらず現在まで研究開発投資は伸びておらず、特に民間のそれが伸びてい ない。この背景には、研究開発拠点の域外シフトが起こっていることと中小企業の研究開 発投資が資金制約から十分に行われていないことの二点が指摘されており、問題点の解消 には至っていない。 2.4.3 第7次研究開発フレームワーク計画 2002 年から始まっている第六次研究開発フレームワーク計画では、計画期間中に優先テ ーマ7領域3を中心に総額 176 億ユーロが投入されることとなっている。なかでも、情報社 3 第 6 次研究開発フレームワーク計画での優先 7 領域とは、①ライフサイエンス、ゲノム及び健康のため -23- 会技術(36 億ユーロ)、ライフサイエンス、ゲノム及び健康のためのバイオ技術(23 億ユ ーロ)の占めるシェアが高い。また、域内などにおける研究者の交流の促進なども狙って いる。 そして、次の 2007 年から 2013 年までの期間には、第六次を引き継いだ第七次研究開発 フレームワーク計画と、イノベーションと技術のリンクに重きを置いた競争力とイノベー ションフレームワーク計画の二つの計画が実施される予定である。 第7次研究開発フレームワーク計画案は、提携(共同研究)、発想(先端研究)、人材、 キャパシティに分かれており、総額 671 億ユーロの予算規模で第 6 次と比較すると年間予 算は倍増となる。ただし、2005 年 12 月の EU 中期予算合意で全体の予算規模が縮小してい るために、同研究開発フレームワーク計画の予算も縮小する見通しである。 提携(共同研究)では優先 9 領域4が設定され、予算の 6 割分を占める 393 億ユーロが投 入されることになる。第 6 次の優先 7 領域にプラスして、宇宙開発と安全に関する研究開 発が加わり 9 領域となっている。なかでも、情報通信技術(112 億ユーロ)、健康(74 億 ユーロ)のシェアが大きい。これらの共同研究は長期的な産学連携を支援する共同技術イ ニシアティブとリスク分担融資によって支援されることになる。 発想(先端研究)の目玉は欧州研究評議会(ERC)の設置である。基礎的な先端研究活 動を支援することを目的としており、105 億ユーロを割くこととしている。 人材では研究者の育成と交流を促進させるマリー・キュリー奨学金の充実などを打ち出 している。キャパシティについては研究インフラの拡大、中小企業の研究開発支援、地域 クラスターの構築などが含まれる。 2.4.4 競争力とイノベーションフレームワーク計画 もう一方の競争力とイノベーションフレームワーク計画は総額 40 億ユーロ以上の規模 で以下の三つの下部プログラムで構成されている。企業家精神とイノベーションプログラ ムは金融支援を含めた中小企業支援を狙いとしており、情報通信技術政策支援プログラム は IT 技術の利用と普及によってヨーロッパに単一情報空間と包括的な情報化社会を創出 することを目的としている。また、欧州インテリジェントエネルギープログラムでは、エ ネルギーの効率的利用と再生エネルギーへの投資などを扱う。 これらの両計画の関係は相互に補完してイノベーションを生み出すことを目的として おり、具体的には図表 2.7 のような関係となろう。 2.5 日本のイノベーション政策 2.5.1 イノベーション政策の変遷 イノベーション政策の変遷 のバイオ技術、②情報社会技術、③ナノテクとナノ科学、材料、新しい製造プロセスとデバイス、④航空・ 宇宙、⑤食品の品質と安全性、⑥持続可能な発展と地球環境の変化及び生態系、⑦欧州の知識主導型社会 における市民と統治、となっている。 4 第7次研究開発フレームワーク計画での優先 9 領域とは、①健康、②食料、農業、バイオ技術、③情報 通信技術、④ナノテク、ナノ科学、材料、新製造技術、⑤エネルギー、⑥環境(気候変動関連含む)、⑦輸 送(航空含む)、⑧人文・社会科学、⑨安全、宇宙開発となっている。 -24- 図表 2.7 第7次研究開発フレームワーク計画と競争力とイノベーションフレームワーク計 画との関係 競争力とイノベーション フレームワーク計画 第7次研究開発フレーム ワーク計画 対象 技術の導入と普及 新技術の体現 イノベーション促進 知的財産マネジメント 研究者の流動性確保 インフラ リスク資本と安全弁 研究インフラ イノベーションの及 ぶ範囲 ネットワークとクラスター 内 共同研究プロジェクト内 中小企業との関係 そのものを振興 中小企業の研究開発を 振興 (出所)欧州委員会資料より東レ経営研究所作成 (1) 科学技術基本計画策定の背景 日本の場合、時代が下って 90 年代後半になってようやく総合的な科学技術政策の策定・ 実施の必要性が叫ばれるようになった。90 年代日本経済は低迷し、一方でアジア各国が台 頭したことから産業空洞化が懸念され、また日本立地の魅力を高める重要性が認識された ことがその背景にある。そして日本立地の魅力を高めるのに欠かせない科学技術について 日本は当時欧米から遅れをとっていたと考えられていた。1994 年時点での GDP に占める政 府の研究開発投資シェアは日本が 0.59%であったのに対して、米国は 0.88%、ドイツは 0.84%、フランスは 1.04%となっていた。また人材についても、日本の理学博士が 600 人、 工学博士が 1000 人であったのに対して、米国の理学博士は 9700 人、工学博士は 6400 人 とかなりの差が存在していた。こうして 1995 年に科学技術基本法が制定され、その一環 として 1996 年度から科学技術基本計画が策定されたのである。 科学技術基本計画とは今後 10 年程度を視野に入れた科学技術の動向の見通しとここ5 年間の科学技術政策の基本的な枠組みを言う。同計画は社会的・経済的ニーズに対応した 研究開発の推進と基礎研究の振興について一貫した科学技術政策を打ち出すことで「科学 技術創造立国」を実現する意図がある。 同計画は総合科学技術会議で作成・審議されることとなっている。総合科学技術会議は 内閣総理大臣および内閣を補佐する「知恵の場」として産学官からの代表で構成されてい る。同会議は各省より一段高い立場から科学技術政策の立案から総合調整まで行うことと なっており、科学技術政策策定に際し、内閣総理大臣のリーダーシップが発揮されやすく なっている。 -25- 図表 2.8 対アジア諸国で研究水準が急追を受けている領域 領域 有人宇宙活動基盤技術 惑星探査技術 ディスプレイ シリコンエレクトロニクス 集積システム 創薬基礎研究 現在 5.9 7.4 7.8 7.6 8.2 8.1 5年前 7.3 8.2 8.9 8.7 8.8 8.6 分野 フロンティア エレクトロニクス ライフサイエンス (注)デルファイ法による有識者アンケート調査。5点で研究水準が同等にあると評価され、点数が 10 点 に近ければ近いほど日本が優越的な立場にある。 (出所)科学技術研究所(2005) (2) この 10 年間の科学技術政策の変遷 第1期科学技術基本計画は、研究者の流動性を高める研究開発システムの改革と同時に 1996 年度より 2000 年度までの 5 年間において 17 兆円の公的研究開発投資を実施する目標 を掲げていた。この金額はその前 5 年間の研究開発投資額の 1.3 倍以上に相当するもので あったが、最終的には目標達成にこぎつけた。 2001 年度には再び第 2 期科学技術基本計画が組まれた。科学技術政策の基本的方向とし て、新しい知の創造、知による活力の創出、そして知による豊かな社会の創生という「三 つの理念」を示し、5 年間の公的研究開発投資目標額を、第 1 期の 17 兆円から 24 兆円に まで引き上げた。さらに、ライフサイエンス、情報通信、環境、ナノテクノロジー・材料 の 4 分野への重点化と競争的研究資金の拡充や産学官連携など科学技術システム改革を試 みることにした。 これまでのところ、公的研究開発投資額はこの 5 年間で 22 兆円弱と目標に届かない予 想である。しかし、いわゆる重点 4 分野への予算配分は 2001 年度の科学技術関係予算の 38%から 2005 年度の 46%と拡大している。また、競争的資金も拡充されており 、産学に おける研究連携も進んでいるほかに 、国立大学の独立行政法人化など着々と科学技術シ ステム改革が進展している (3) 問題点と新たな動き しかし、第 1 期、第 2 期科学技術基本計画期間中においても、中国や韓国などのアジア 勢が追い上げてきており、科学技術の分野でも激しい競争が生じている。専門家の評価で は、多くの科学技術の分野でアジア勢のキャッチアップを認識しており(図表 2.8)、現に 米国への留学生数では中国が日本を遥かに上回っているという現実がある。 また、国民の中で安全安心を保障する科学技術を求める動きがある一方で、科学技術の 急速な進歩に不安を持つなど科学技術に関する国民意識の間に不一致があり、また若年層 -26- を中心に科学技術への関心が低下している。 さらに、日本は人口減少、少子高齢化などに伴う社会的課題に対応しなければならず、 また安全・安心に対する意識が高まっている。視野を広げると、環境・エネルギー、食料 など地球的規模の問題が目白押しとなっており、こういった課題や問題を解決する上で科 学技術への期待は大きい。 (4) 「第 3 期科学技術基本計画」 25 兆円の政府研究開発投資額目標 上で挙げた課題に取り組み、「科学技術創造立国」を実現するために、第 3 期科学技術 基本計画は、社会・国民に説明責任を果たすことによって支持され、イノベーションに よって社会に成果を還元するという基本姿勢を打ち出している。そして、第 2 期で掲げ られた「三つの理念」を具体化するものとして、6 つの大政策目標とそれぞれを構成する 12 の中政策目標を示すこととなった(図表 2.9)。また、このような政策目標を達成する ために、創造的人材の強化と競争的環境の醸成を強調し、「モノから人へ」「機関におけ る個人重視」と政策対象を移していくことを述べている。また、政府研究開発投資額の 金額目標が前回同様明示されることとなり総額 25 兆円となった。 同計画によると、基礎研究は自由な発想に基づく基礎研究と政策に基づき将来の応用 を目指した目的基礎研究に分かれ、前者については多様性を確保しながら質の高い研究 を目指すものとし、こういった研究にまでライフサイエンスや情報通信などの重点推進 4分野の研究が優先されるわけでないことを明記している。 後者の目的基礎研究については、重点推進4分野の中でさらに領域を絞り込み、分野 内での選択と集中を進める。そのほか基盤技術として重要であるエネルギー、ものづく り技術、社会基盤、フロンティアの4分野については推進4分野として、優先的ではな いものの適切な資源配分が行われる。また、安全・安心面への不安など近年急速に強ま っている社会・国民のニーズに対応する技術や次世代スーパーコンピューティング技術 のような国家基幹技術などについて、「戦略的重点科学技術」として重点投資することと している。 図表 2.9 三つの理念と政策目標の関係 理念 大政策目標 中政策目標 人類の英知を生む 飛躍知の発見・発明 (1)新しい原理・現象の発見・解明 (2)非連続な技術革新の源泉となる知識の創造 科学技術の限界突破 (3)世界最高水準のプロジェクトによる科学技術の牽引 国力の源泉を創る 環境と経済の両立 (4)地球温暖化・エネルギー問題の克服 (5)環境と調和する循環型社会の実現 イノベーター日本 (6)世界を魅了するユビキタスネットワーク社会の実現 (7)ものづくりナンバーワン国家の実現 (8)科学技術により世界を勝ち抜く産業競争力の強化 健康と安全を守る 生涯はつらつ生活 (9)国民を悩ます病の克服 (10)誰もが元気に暮らせる社会の実現 安全が誇りとなる国 (11)国土と社会の安全確保 (12)暮らしの安全確保 (出所)総合科学技術会議提出資料 -27- (5) 資金・人材面などでの科学技術システム改革 同計画は、科学技術システム改革の推進を謳っており、資金面で競争的研究資金の拡充 と適切な審査体制など制度の整備などを挙げている。人材面では、国際的に活躍する研究 者・技術者の育成・確保だけでなく、若手研究者、女性研究者、外国人研究者が活躍でき る環境の整備や産業界への橋渡し人材、科学技術研究を支援する人材、科学技術をわかり やすく国民に伝える人材の育成まで考慮している。また初等中等教育の充実など人材の裾 野拡大も意図している。その他、大学の競争力強化、産学官の連携推進、地域クラスター による科学技術振興、評価システムの改革、研究設備など科学技術基盤整備、知的財産の 創造・保護・活用などを説いている。 さらに同計画は、国民とのリレーションシップの重要性を意識したものとなっている。 ヒトに関するクローン技術などのルール作りなど、科学技術が及ぼす倫理的・法的・社会 的課題に対して責任ある取り組みを行い、科学技術の成果や政策に関して国民に対する説 明責任を強化する。また、国民から生活者の視点で提案されたテーマに取り組むプロジェ クトを実施するなど国民にも科学技術への主体的参加を呼びかける。 その他にも、科学技術の国際的な取り組みや総合科学技術会議の役割についても具体的 にとりまとめている。 2.6 各地域のイノべーション動向 (1) 総合的なイノベーション政策が存在しない米国 米国は研究開発投資額目標や特定分野の選定など総合的なイノベーション政策を策 定・実施していない。というのは、米国はもともと、充実したベンチャーキャピタル、最 先端レベルの大学・研究所や非常に柔軟で流動性の高い労働市場が存在しているだけでな く、バイ・ドール法などによる技術移転、SBIR 制度による中小企業支援など「川下」の技 術マネジメントにも長けており、イノベーション創出には有利な環境であったところが大 きい。しかし、近年、アジア勢の台頭や、GDP に占める研究開発投資シェアが財政赤字増 大のあおりを受けて逓減傾向にあるなど不安要因も存在する。 米国競争力協議会のようなシンクタンクでは、イノベーションに対する関心が強まって いる。前述のパルミサーノ・レポートでは、競争力の源泉としてイノベーションに焦点を 当てており、その後も競争力に関する米国サミットが 2005 年 12 月商務省で開かれ、イノ ベーションの重要性および将来のイノベーションを促進する政策の必要性について討議 された。同サミットは、パルミサーノ・レポート同様に、基礎研究の再活性化やイノベー ションのための人材育成を促し、また注目すべき技術分野として、エネルギー自立、安全 保障、ナノテク、高性能コンピューティング、エネルギー技術などを挙げている。 米国におけるイノベーション振興において今後問題となるのは、おそらく人材不足であ ろう。今後、ベビーブーマーが大量退職し、彼らの技術の受け皿となる次世代が十分に育 っているとは言えない状況である。さらにこれまで米国の科学技術を支えてきた優秀な外 -28- 国人研究者、技術者が、9.11 以降、それまでの開放的な移民政策から安全保障上の観点が 考慮された政策に変化したために、米国に訪問・滞在することが難しくなっている。 このように「川上」分野の、資金面や人材育成面でやや難を抱えている米国はこのまま では早晩イノベーション振興で厳しい事態に立たされるのではなかろうか。ただし、民間 を中心にイノベーション振興策の必要性を認識している点が救いかもしれない。 (2) 研究開発投資金額などに依然不安を抱える欧州 欧州では、2007 年から第7次研究開発フレームワーク計画と競争力とイノベーションフ レームワーク計画を実施する予定となっている。第7期研究開発フレームワーク計画は、 国を超えた研究・技術開発の協力、中小企業の研究・技術開発、企業と研究機関との人的 交流増大の支援を強めるなどイノベーションの「川上」での活動を対象としている。 これに対し、競争力とイノベーションフレームワーク計画は、中小企業の活性化と IT や エネルギー分野での技術開発と普及の支援などイノベーションの「川下」での活動を定め、 イノベーション振興に重きを置いている。両者は独立してというよりもそれぞれが補完し あいながらイノベーション振興を果たすものと期待されており、このような科学技術政策 はイノベーション振興を学術レベルの研究から商業化まで一連の流れの中で位置づけて いる点で優れている。 ただし、欧州連合での科学技術政策の予算は限られており、実際の科学技術政策の策 定・実施は欧州各国に委ねられていると言っていい。その欧州各国の研究開発費は、域内 大国の景気低迷もあって低く抑えられており、日米の水準に達しない。また研究開発に対 する支援制度が欧州各国によって異なっていることもあって、多国籍企業では研究開発の 重心を欧州域内から域外に移す動きも見られている。欧州全域において質量とも充実した イノベーション政策の実施はまだまだ先なのではなかろうか。 (3) 府省連携が鍵となる日本 日本では 2006 年度から実施される第 3 期科学技術基本計画が策定された。同計画は社 会・国民に説明責任を果たすことによって支持され、イノベーションによって成果を社会 に還元するという基本姿勢を打ち出している。具体的には、三つの理念の具体化、基礎研 究の推進と研究開発の分野別重点化、科学技術システム改革、国民とのリレーションシッ プなどを掲げ、5 年間に総額 25 兆円が投下される予定である。 重要なことは、日本の科学技術戦略の実施に際して、文部科学省がイノベーションの「川 下」に近い所轄府省との連携を行って効率的に科学技術戦略を実施していくことである。 米国の場合、昨年 12 月に公表されたイノベーション戦略である「パルミサーノ・レポー ト」の中に科学技術戦略が組み込まれており、欧州の場合、2007 年から 2013 年にかけて 実施される「第 7 期研究開発フレームワーク計画」と「競争力とイノベーションフレーム ワーク計画」の両計画はイノベーション振興における車の両輪のような役割を果たすこと -29- になっている。 実は日本でも、欧州の「競争力とイノベーションフレームワーク計画」に相当する戦略 が存在する。経済産業省が策定した「新産業創造戦略 2005」 (2005 年 6 月発表)がそれで、 2004 年の「新産業創造戦略」を引き継いでおり、燃料電池などの戦略7分野の施策や地域 再生の重点政策をさらに具体化した以外にも、高度部材産業・ものづくり中小企業の強化 や人材、技術等の蓄積・進化、知的資産重視の経営の促進を説いている。 今後、我が国のイノベーション政策が真に実り多きものになるためには、政策の立案お よび実施にあたって関係各府省が緊密に連携を取り合い、科学技術の発展と、イノベーシ ョンをビジネス化する企業戦略の双方を有機的に結びつけながら発展させるよう、努力し てゆくことが重要であろう。 -30- <参考文献> “ Proposal for a Decision of the European Parliament and of the Council establishing a Competitiveness and Innovation Framework Programme” Commission of the European Communities, May 2005 “Proposal for a Decision of the European Parliament and of the Council concerning the Seventh Framework Programme of the European Community for Research, Technology Development and Demonstration Activities (2007 to 2013)” Commission of the European Communities, April 2005 “Innovate America - National Innovation Initiative Report – thriving in a world of challenge and change” Council on Competitiveness ,December 2004 “Investing in U.S. Innovation” The National Summit on Competitiveness, 『新しい産業組織論:理論・実証・政策』 小田切宏之著、有斐閣、2001 年 9 月 『科学技術の中長期的発展に係る俯瞰的予測調査』 『EUの産業技術政策の動向』 『新産業創造戦略 200』 December 2005 科学技術総合研究所、2005 年 5 月 川村尚永著、ジェトロデュッセルドルフセンター、2006 年 1 月 経済産業省、2005 年6月 『諮問第5号「科学技術に関する基本政策について」に対する答申』 総合科学技術会議、2005 年 12 月 『イノベーション重視に舵を切る米国の経済戦略-米国競争力協議会「Innovate America(パルミサー ノ・レポート)」の狙い』 福田佳之著、東レ経営研究所、2005 年 5 月 『イノベーションを見据えた科学技術戦略となるか-第3期科学技術基本計画の行方』 東レ経営研究所、2005 年 8 月 -31- 福田佳之、 第3章 過去の重要イノベーションとその影響 第1章ではイノベーションの考察を行い、第2章で先進国、地域のイノベーションの政 策動向を見てきた。この第3章においては第 1 章で取り上げたドラッカーの「イノベーシ ョンの生起する7つの領域」においてどのような過去の事例が取り上げられているかを見 た後、最近の事例として、ハイブリッドカー、液晶、およびデジタルカメラを取り上げ、 イノベーションの実際を考察した。 3.1 イノベーション研究の動向/「市場」の重視 最近のイノベーション研究家は、イノベーションの生起の契機として「市場」を重視し ている。例えば、「リニアモデル」を否定し、「チェーン・リンクト・モデル」を発表した クラインは市場を洞察し、そこから発見される将来製品コンセプトを市場の求めに応じて 追求する「市場プル」のアプローチのほうが、技術開発を重視し、得られた新技術を使っ た新製品を開発する所謂「技術プッシュ」よりもはるかに成功確立が高いと述べ、イノベ ーションの出発点は多様だが、「市場の発見」が最も重要だとしている。 その他の「市場」を重視する最近のイノベーション研究者の発言を簡単に紹介する。 ①クームズ R&D、発見、イノベーション、経済成長の間の関係は単純でも直線的でもない。最も 重要な因子は顧客のニーズと市場のコミュニケーションである。 ②サセックス大学化学政策ユニット イノベーションのプロセスでは、需要またはニーズが最も重要な決定因子である。 ③フリーマン テクノロジー・プッシュは産業発展の初期に相対的に重要であるが、商品開発の成熟 期には、デマンドプルが相対的に重要となる傾向がある。 ④ロスウェル 利用者のニーズを理解する良いコミュニケーションと有効な協働関係を持つことが 強く成功にかかわっている。 -32- 3.2 ドラッカーのイノベーションの機会を探すべき「7つの領域」 最近のイノベーションに関する議論において「市場」の重視は普遍であり、既に紹介し たドラッカーの「イノベーションの機会『7つの領域』」イノベーションと市場との関係 について具体的に記述している。 今後のイノベーションについて検討する上での参考として、個々の領域についてのドラ ッカーの見解および事例の概略を紹介する。 ドラッカーの「イノベーションの機会『7つの領域』」はイノベーションを「変化の洞 察に基づくもの」、「新しい知識に基づくもの」 、「アイデアに基づくもの」の3つのタイプ に分けられる。 図表 3.1 イノベーションの機会『7つの領域』 イノベーションの機会を探すべき 7 つの領域 変化の洞察に基づくもの ①予期せざるものの存在、予期せざる成功、予期せざる 大大大大 イノベーションのタイプ 失敗、予期せざる事象 ②調和せざるものの存在。かくあるべきものと乖離した 現実、すなわち、ギャップの存在 ③必然的に必要なるもの、プロセス上のニーズの存在 ⑤人口構成の変化 ⑥認識の変化、見方、感じ方、考え方の変化 新しい知識に基づくもの ⑦新しい知識の獲得 アイデアに基づくもの ドラッカーは先ず、「変化の洞察に基づくもの」がもっともリスクが少なく、成功しや すいとしている。次に「新しい知識に基づくもの」には画期的なイノベーションが多いが、 リードタイムが長く、リスクも大きいとし、このタイプは各種の知識の合体によって生ま れるとしている。この 2 つのタイプの成功の原則は具体的事象からイノベーションの必要 な要素をすべて分析することと、戦略的位置づけを明確にすることとしている。 また、企業家にとっての必要条件は、①綿密な分析と戦略の明確化、②企業家的経営管 理の習得、③市場指向の3点としている。 かたや「アイデアに基づくもの」は実際に事例が多いが、成功の確率が極めて低く、成 功の原則が見出せない。したがって、企業家は手を染めないほうが賢明だとしている。 以下の 3.2.1~3.2.8 はドラッカーのイノベーションの機会『7つの領域』の事例紹介で ある。 -33- 確 実 性 ④地殻の変動、産業や市場の構造変化 3.2.1 予期せざるもの 予期せざる成功を受け入れることが困難、かつ長期に亘って続いてきたモノが正常であ り、永久に続くべきものと考えてしまうことから、多くの企業人はイノベーションの機会 を見失ってしまう。 ◆ 事例紹介 (1)失敗事例 1950 年ごろ、RHメイシー(ニューヨーク最大のデパート)ではファッションより ① も家電の売れ行きが好調になった。 → この変化の背景を読めず、従来通りファッションに注力し、売上を落とした。 1970 年ごろ、米国で小型電気炉が多数設置されていた。 ② → ③ 大手製鉄会社は導入に踏み切れず、シェアを落とした。 動物用医薬の需要が出てきた。 → 医薬品メーカーは人間用に販売している医薬品、あるいは技術を動物用に展開 できない。 ④ 病院用試験器具として開発した生物実験や治療器具・テスト用器具等が、意図しな い一般企業や大学の研究所から注文を受けだした。 → 開発目的の違いから、適切な対応が出来ない。 (2)成功事例 ⑤ デュポンによるナイロンの開発段階での、失敗物から紡糸技術への展開。 ⑥ 1930 年ごろ、IBMの銀行用事務機器の図書館での展開。 ⑦ 1945 年ごろ、科学計算用として開発されたコンピューターの給与計算用への展開。 3.2.2 調和せざるもの あるべき姿と現実の姿との乖離や不一致は産業、市場、プロセスにおけるすでに生起し た変化や生起しうる変化の兆候であり、イノベーションの契機となる。 ◆ 事例紹介 (1) 需要との調和 ① 鉄に対する需要は伸びているのに一貫製鉄業の売上の伸び悩み → ② 電炉との競合 医療サービスの需要増加、しかしながらサービスに対する費用は増加 → 民間健康保険、病院機能(洗濯、食堂等)を医療と切り離して事業化 (2) 通念との不調和 -34- ③ 船輸送は貨物の積み込みと輸送が一体で非効率であった。 → 業務の分割 → コンテナー船の開発による効率改善 (3) 消費者の価値観との不調和 ④ 発売当初のテレビは高額すぎて、多くは売れないと見られた。 → ⑤ 日本の農村部での爆発的な売れ行き 若者にとっての自動車は不要と見られた。 → 若者にとって自動車は便益では無く、かっこよさが購入の動機であった。 (4) プロセスにおける不調和 ⑥ 白内障の手術は筋肉の切開・縫合だけが難しい。 → ⑦ 筋肉溶解剤の開発 芝生育成のポイントは定量、均等な薬の散布だが、手段が無かった。 → スプレッダー(定量、均等に芝生に薬を蒔く手押し車)の開発 3.2.3 プロセスニーズ ここでいうプロセスニーズとは、産業内の人間が誰でも知っていながら、手を付けてい ないプロセス、プロセスの欠落したものを補うニーズ、すなわち、目の前にあるニーズで ある。 プロセスニーズに基づくイノベーションが成功するためには次の様な条件が必要とさ れる。 (1) ニーズが具体的であること (2) プロセスの中に欠落した部分が一つだけ存在していること (3) 目的が明確に定義されること (4) 問題解決の処方箋が明確に定義されること (5) 何か行われるべきであるとの問題意識が一般化していること ◆ 事例紹介 ① 植字工の不足 → ② 電話交換手の不足予想 → ③ 半熟練組立工の作業の機械化需要 → ロボットブーム 1870 年当時の写真機は重くて不便 → ⑤ 自動交換機の開発(1909 年) 人口構成の変化 → ④ メルゲンターラーのライノタイプの開発(1885 年) イーストマンコダックによるガラス板からセルロイド板への切り替え 電力事業にとっての電球 -35- 3.2.4 産業と市場の構造変化 一見、安定して見える産業と市場の構造は、現実には脆い。産業および市場の構造の変 化はイノベーションの機会となる。 例えば、自動車工業の場合、国や時代によって事業拡大のきっかけが変化している。 例.1899 年 ◆ 自動車が軍の必需品になると見込んだファイアットの成功 1908 年 T型フォード・大衆車の開発 1960 年ごろ~ 世界各地への需要の拡大/国際産業化 事例紹介 ① 1930 年代末、年金基金は資産をどう運用するか困惑していた。 → ② 1960 年ごろ、アメリカの医療産業は周辺業務が増大していた。 → ③ 厨房、洗濯等の周辺業務の事業化。 1960 年ごろ、電話が普及し、長距離電話が増大したが、割高で問題化していた。 → ④ 運用法に対する「研究調査サービス事業」創出 長距離電話割引会社MCIやスプリントの登場。 1970 年ごろまでは独立開業が病院経営の主流であった。 → ヘルス・メンテナンス・オーガニゼーション等共同経営へ、事のスタイル、シス テムが変化 ⑤ アメリカの郵便の非効率が目立つ様になった。 → ユナイテッド・パーセル・サービス、エメリー・エア・フライト、 フェデラルエキスプレス(日本宅急便に相当) 3.2.5 人口構成の変化 社会、哲学、政治、知的世界における変化は人口構成の変化、認識の変化、新しい知識 の獲得と深く関連している。 中でも、人口構成が最も分かりやすく、重要なのは年齢構成である。 ◆ 事例紹介 ① 人口構成の変化の読み → 1950 年ごろ、製靴業のメルビル・シュウはベビーブームを捉え、ベビー用の靴 を開発、10 年後にはティーンエイジャー向けの開発で成功。 ② 女性の社会進出の機運・最高の成績の男子の採用は困難 → シティバンクはいち早く、最高に優秀な女性を多数採用。その後の優秀な女性 厚遇のイメージを構築した。 -36- ③ 旅行ブームの機運があったが、旅行手続きは面倒 → 地中海クラブは旅行・保養産業システムを作り、成功。 3.2.6 認識の変化 経済、政治、教育の場で見られる認識の変化もまた、イノベーションの機会を提供する。 ◆ 事例紹介 ① 1965~1985 年のアメリカ人の健康に関する関心の増大 → 新しい健康専門誌「アメリカン・ヘルス」、ヒッピーが始めた山野草を売る「天 国の味」が成功。 ② ファーストフード全盛 → ③ パソコンは当初、高額な事務機器のイメージ → ④ パソコンの学習用具化 1950 年代アメリカ人に中流階級意識の広まり → ⑤ その一方で、逆方向のグルメブーム 中流の知識階級の象徴として「エンサイクロペディア・ブリタニカ」の流行 フォードは「エドセル」で失敗 → ライフスタイルの変化に気づき「サンダーバード」の成功 (時代の変化に基づくコンセプトの変更) 3.2.7 新しい知識 知識に基づくイノベーションは、他のイノベーションと違い、イノベーションに至るま での時間の長さ、失敗率、予測の困難さなどの難題が付きまとう。 特徴1.長いリードタイム 新理論が新たな規範になるには、つまり他の科学者が注目し、自らの研究に利用する までには約 30 年を要している。 ◆ 事例紹介 ① ポールエーリッヒによるサルバルサンの開発(1907~1910 年) → ② ルドルフ・ディーゼルのエンジン開発(1987 年) → ③ サルファ剤の開発(1936 年) 全面改良・実用化(1935 年) コンピューターに必要な 5 つの知識(三極管、二進法の原理、新しい論理学、パンチ -37- カード、それにプログラムとフィードバックの概念)が揃う。(1918 年) → ④ フォードによる「オートメーション」言及 → ⑤ 1946 年コンピューター1 号機(1918 年) ロボット化、オートメ化(1976 年) ペニシリウムの発見(1920 年) → 第 2 次世界大戦時にペニシリンの開発 特徴2.知識の合体 一つの要因で起きるのではなく、各種の異なる知識の合体により生起する。 ◆事例紹介 ① ハイブリッドコーン:ⅰ.雑種の強靭な生命力、ⅱ.メンデルの遺伝学の再発見 ② ライト兄弟の飛行機:ⅰ.ガソリンエンジン、ⅱ.空気力学 ③ コンピューター:5 つの知識 ⅰ.三極管、ⅱ.二進法の原理、ⅲ.新しい論理学、 ⅳ.パンチカード、ⅴ.プログラムとフィードバックの概念 3.2.8 素晴らしいアイデア 成功事例としてはジッパー、ボールペン、スプレー式の缶、ソフトドリンクやビールの 開け口等々多数存在するが、遙かに失敗事例が多い。 体系的に物事を考えることができ、目的意識の明確な企業家であれば、不確実な分野に は手を染めず、すでに述べてきた 7 つの「領域=明確なイノベーションの機会」の分析に 力を入れるべきである。 3.3 イノベーション事例研究 企業がイノベーションに取り組む際に留意すべき諸点を明らかにするため、過去の重要 イノベーション事例から、①ハイブリッドカー、②液晶ディスプレー、③デジタルカメラ の 3 件を取り上げ、情報を収集・分析した。その際、各イノベーションが生まれた背景、 生み出すために重要であったクリティカル・ポイント、イノベーションの結果としての企 業の盛衰など、企業がイノベーションと取り組む際の参考に供するという観点を重視した。 -38- 3.3.1 ハイブリッドカー トヨタ・プリウスの事例 ハイブリッドカーは、当初大型車に適用が考えられたが、97 年に初めてトヨタ社から小 型乗用車タイプとして「プリウス」が発売された。これが本格的なハイブリッドカーの市 場導入といえ、当初は国内向けであったものが、その後海外にも展開が図られ、ガソリン 価格の高騰にも支えられて着実に台数を伸ばしている。 ハイブリッドカーの事例として、このトヨタ・プリウスに焦点をあて、分析を進める。 (1) 開発・発売の経緯 1993 年に、 「21 世紀に向けていかなる自動車を作るべきか検討すべき」との豊田英二会 長(当時)の発案で「G21」プロジェクトがスタートした。 プロジェクトリーダーは技術統括部長、各部署から人材を集め、委員会組織で検討を進 めた結果、93 年末に「①ホイールベースをできるだけ長くとり、広い室内を実現する、② 乗降性を考慮し、シートの位置をある程度高くする、③空力を意識した外形デザインで、 車高は 1500 ミリ前後とするが、ミニバンほどには高くしない、④燃費目標は同クラスの 乗用車の 1.5 倍、1 リットルあたりの目標は 20 キロメートルとする、⑤パワートレーンは 小型の横置きエンジンをベースとし、効率のよい自動変速機などさまざまなアイテムを加 える」などのアイデアがまとまった。 94 年 1 月以降、このアイデアを実車にまとめるため、新体制の「G21」を組織し、専任 者を配置した。その後の検討で既存の車の良さはすべて残しながら「環境に配慮した」車 を作ることに焦点が絞られた。 全く新しい車として、基本的にすべてゼロからスタートし、エンジン、プラットフォー ム、変速機などは新しく設計、燃費向上のため電動パワーステアリングを採用、サスペン ションは社内コンペ方式でアイデアを募集するなど工夫を重ねた。 また、試作車を作ると、それにこだわりが生じてさらなる向上が図りにくくなるとの考 えから、できるだけ試作車は作らず、机上で納得いくまで煮詰める方式とした。とはいえ、 結果的には 100 台近い試作車が作られた。 94 年 7 月に開発結果を報告書にまとめ、第 2 次「G21」は解散、8 月に第 3 次「G21」 がスタートし、市販車に向けた開発がスタート。 95 年 10 月の東京モーターショーに出品が決まった段階で、パワートレインとしてハイ ブリッド方式を採用することが決定、直噴ガソリンエンジンと電気モーター、無段変速機 の組み合わせが採用された。 94 年末、ショー用の試作車作りと並行して市販用の動力システムについて議論、燃費は 従来車の 2 倍、また大きなボディーではなく小さなボディーに搭載するという目標が設定 された。 ハイブリッドの方式としては既公表の約 80 種におよぶシステムからパラレル型(エン -39- ジンとモーターの両方を車輪を回す動力源に使い、速度や道路勾配、乗車人数などさまざ まな条件に応じてもっとも効率よく使い分けるシステム) の 4 アイデアに候補を絞り込み、 (試作・テスト時間がなかったため)コンピューター上でバーチャル・システムを作り、 シミュレーションを行って、もっとも燃費の良いものに絞り込んだ。 95 年 6 月、社内会議で新車開発のゴーサインが出た。ハイブリッドとする理由付けとし ては環境対策が打ち出された。 95 年 8 月、社長が豊田達郎から奥田碩に代わり、スピード経営が推進され、発売目標が それまでの 98 年末から 97 年末に前倒しされ、実現したものである。 (2) 分析 1) イノベーションの型 上述のように、プリウスは「21 世紀」という将来の社会ニーズに焦点を合わせ、そ こにおいて自動車が備えるべき要件を洗い出して実現したものであり、 「ニーズ起動型 イノベーション」の一類型といえよう。とはいえ、主たる目標であった「環境対応」 は、21 世紀になって要求されるものではなく、開発開始時点において既に社会ニーズ として顕在化していたものであり、「将来顕在化するニーズ」への対応というよりは、 「既に顕在化していたニーズ」に対応したものといえよう。 2) 社会ニーズの種類 プリウスの最大の売りは「環境対応」である。リサイクル性、静粛性、その他いろ いろな観点から環境対応型になっている中で、最大の要素は「低燃費」である。最近 の米国における売れ行き好調の理由も、環境というよりは油価高騰を背景とする「低 燃費」の要素が評価されたものといえる。 3) 開発のきっかけ 典型的なトップダウン型の意志決定である。検討開始のきっかけがそうであり、早 期発売決定がそうである。(検討開始のきっかけについては、冒頭で 21 世紀云々と記 したが、実は発想当時はバブル期だったこともあってトヨタ社は高級化路線をとって おり、そのままでは将来立ちゆかなくなるのではないかというトップの危惧の念が検 討開始のきっかけだったと言う話もある) 自動車は数多くの技術の集積物であり、新発想の自動車の開発にあたっては、自動 車構成要素の相当部分を新しく開発する必要があり、実現には多くの困難が予想され たであろうから、トップダウンでなければ実現できなかったであろうことは当然と言 え、将来を冷徹に見据える経営センスが開発を促したということになろう。 -40- 4) 開発の組織 当初は、新設された委員会でいかなる車にするのかのイメージ作りの検討が進めら れ、製品のイメージが固まってからは常設の新組織が作られて開発実務が推進された。 5) 開発された技術 新たに開発された技術は多数にのぼる。主要なものは次のとおりとされる。 ①カーエレクトロニクス:プリウスの頭脳であり、高度にソフィスティケーテッドな ものであるが、トヨタにおいて内製した。 ②エンジン:パワートレインの中心部分であるが、電気モーターとの併用に適してい るという理由で、それまで実用化されていなかったアトキンソンサイクル・エンジ ン方式を採用し新作した。 ③電気モーター:プリウスには駆動用と発電用の 2 つのモーターが使用されている。 基本的には同じ構造であり、最適のものを社内で開発した。 ④バッテリー:トヨタと松下の合弁企業「パナソニック EV エナジー」社において共同 開発した。 6) 開発決定当時の需要見通し とくに需要見通しを立てたのではないように見られる。需要は少なくとも、発売すべ きとのトップ意向が強く働いて発売の運びになったと、当時のマスコミでは報道された。 7) 既存産業への影響 ハイブリッドは従来型の自動車産業と比べて既存産業にいかなる影響があったのか。 ハイブリッドはまだ普及途上であり、明確な影響があるとは言いにくいが、およそ次の ようなことが想定されよう。 ①素材産業:基本的には変化なし。ただし、軽量化への要請が強いため、アルミや炭素 繊維、樹脂等の利用が広まる可能性がある。 ②電気・電子産業:かなり以前から自動車は電子装置のかたまりとなっているが、ハイ ブリッドではその傾向が一段と強まっている。また、電池を動力源に利用することに より、電池産業の発展が促されている。 ③競合自動車メーカー:現時点では明確な影響は出ていないが、油価高騰の継続、環境 意識(規制)の高度化などがあればハイブリッドの競争力が顕在化するものと考えら れる。既に日産はトヨタ方式の導入契約を行っている。しかし、他の自動車メーカー ではより簡素化された独自方式の開発を急いでいるところもある。主な市場が「高速 飛ばし型」の国か、「低速渋滞型」の国かなど、使用される状況によって優劣が分か れる面もあるようである。 -41- ④燃料産業:従来のガソリン産業がそのまま継続。ハイブリッド化によるガソリン需要 低減の影響は、中国等途上国の急激なモータリゼーションの進展によって完全に打ち 消されている。 ⑤自動車関連インフラ:従来のガソリンスタンドがそのまま継続。水素スタンドや充電 スタンドのような新規インフラを建設する必要はない。 (3) ハイブリッドと他のエネルギー源や輸送システムとの関係 ハイブリッドと他のエネルギー源や輸送システムとの関係 ハイブリッドの 2 大特徴と言える ①環境保全、②省エネの観点から自動車のエネルギ ー源と、自動車を含む移動システムを眺めると、エネルギー源としてはガソリンの他に 軽油、天然ガス、燃料電池、水素、蓄電池、アルコール、ガソリン(簡易型ハイブリッ ド)等が、移動システムとしてカーシェアリング(自家用車での乗り合い)、パークアン ドライド(公共交通機関の駅まで自家用車で行き、そこで乗り捨て)等が実用化され、 あるいは研究されている。 エネルギー源について見ると、軽油、天然ガス、水素、アルコール等は内燃機関の利 用が前提となっている。内燃機関についてはハイブリッド技術が応用できるので、各エ ネルギー源の環境に関するメリットをさらに強化する働きを持つ。 現在、米国や日本ではハイブリッドが、欧州ではディーゼルが省エネ型とされている が、新エネルギー源を利用したディーゼルとモーターのハイブリッドが実現すれば、も っとも省エネ型となる可能性があろう。燃料電池、蓄電池等は内燃機関等を利用せず、 駆動モーターの電源として利用する場合は競合関係になり、また内燃機関と併用してハ イブリッド化すれば補完関係になる。なお最近、プリウスのような高度にソフィスティ ケートされたシステムではないハイブリッド・システムがいくつかの自動車メーカーに おいて開発されている。それらのデータがないため比較は困難であるが、走行の態様に よって利害得失がある模様である。 人の移動システムについてみると、従来の自家用車やタクシーのほかに、①カーシェ アリングや②パークアンドライドなどの運用システムが開発されている(貨物において は長距離をトラックごと列車で運ぶピギーバックと呼ばれるシステムがある)。 ①カーシェアリングとは、乗用車をシェア(共有)する会員制の仕組みであり、1980 年代後半にスイスで考案されたとされる。現在、ドイツ、オランダ、オーストリア、イ タリア、北米などで実施されており、ドイツの場合 230 以上の都市で会員数 4 万 5000 人といわれる。一般的には近隣の駐車場を車の置き場とし、料金体系は年会費および時 間あたりの貸出料金、走行距離に応じた燃料代を負担する。諸経費は会費と利用料金に 含まれる。自家用車の性格と公共交通の性格を併せ持つものである。便利、安いといっ たメリットのほかに 1 台を 10~20 人で利用するため、車の台数を減らすことができ環境 保全に役立つ。日本でも実現の動きが始まっている。 -42- ②パークアンドライドは、交通の混雑する地区の周辺で駐車場に車を停め、公共交通 機関に乗り換える人の移動システムをいう。欧州では既に広く採用されており、日本で も広がりを見せている。町中の自動車混雑緩和に役立ち、また長距離移動の手段として は効率がよい列車を利用することが多いため、環境保全に役立つものである。 これらはいずれも環境保全、省エネに役立つシステムであるが、そのいずれにおいて も「自動車」部分にハイブリッドを用いれば、その効果はますます上がるわけであって、 ハイブリッドカーとは競合関係ではなく共存関係にあるといえる。 <参考文献> 『革新 トヨタ自動車』 坂崎英士、日刊工業新聞社 『ハイブリッドカーの時代』 3.3.2 碇 義朗、光人社 他 液晶ディスプレイ シャープの事例 「液晶」、この薄くて軽くて省電力の表示装置「液晶ディスプレイ」は、多くの電化製 品に使われている。いまやテレビ、パソコンを筆頭に様々な家電製品その他に使用され、 世界で 5 兆円の巨大市場に成長している。 表示素子としての液晶は 1967 年に米国RCA社で技術開発され、その後、世界で技術 開発競争が展開されたが、他の国々がギブアップする中、日本において実用化・商品化 が進んだ。小さな電卓用ディスプレイから始まり、次第にサイズを拡大し、いまや 50 イ ンチ、60 インチの大型表示装置が開発されるようになっている。この液晶の実用化の開 発当初の事情を以下に見る。 (2) 開発・発売の経緯 欧米の住居と比較して小さいわが国の住居は、マッチ箱あるいはウサギ小屋などと評 される。このような住宅事情から、テレビが各家庭に普及し出した当初から、壁掛けテ レビの開発が必要であり、大きな潜在需要があると企業においても個人においても認識 されていた。 一方、液晶は 1888 年旧オーストリアの植物学者ライニィツアーによって発見されたが、 その後、長期に亘って顧みられることはなかったが、1960 年代においてカラーテレビや 集積回路の研究で世界のリーダーだったアメリカの大手家電メーカーRCA社が 1967 年 に表示素子としての液晶を開発、1968 年に液晶のディスプレイへの応用可能性を公表し た。この発表を受けて、1970 年代は世界のエレクトロニクスメーカーが液晶ディスプレ イの開発に鎬を削ることになる。 -43- この事例研究で取り上げるシャープにおいても 1964 年当時、表示素子エレクトロルミ ネッセンス(EL)を使って壁掛けテレビを作ろうとしていたが、シャープは電力を食 いすぎることから商品化を断念、1966 年には研究チームは解散している。 シャープも、壁掛けテレビの失敗という挫折を経験した化学技術者が 1969 年にテレビ 中継でアメリカの大手家電メーカーRCAが液晶を使ってディスプレイを作ろうとして いることを知ったことから、液晶との取り組みが開始された。 当時、液晶開発で最も進んだRCAですら時計の文字盤ぐらいにしかならないだろう との見解が大勢であった。シャープでもゴーサインは得られたものの積極的な支援が得 られないまま、ともかく化学、電気、物理の専門家を社内で一人ひとり探し、漸く 1 研 究チームを発足することができたと言う状況であった。その後、大きな進展が得られな い状態が続いたが、1970 年に、偶然から突破口は開かれた。不純物の入った液晶と、使 用電気を直流から交流に切り替えることで最大の難関であった液晶の寿命を短くする電 気分解反応の問題が解消できる見通しを得ることができたのである。 液晶の実用化の目処が立ち始めたとはいえ、当時の液晶は実績もなく、価格も高く、 使用電気の問題等商品化するのに解決されなければならない問題が山積していた。その 一方で、当時シャープは電卓業界の泥沼の価格競争の渦中にあった。 解決すべき問題が山積する中で、1971 年シャープは電卓の価格競争の突破口として液 晶を採用することを決定し、約 1 年後の 1973 年 4 月の完成を目指すことになった。 すぐさま、全社規模で「734 プロジェクト」チームが編成され、目標とした期限までに液 晶電卓第 1 号「EL-805」が完成することが出来ている。 この成功が日本における平面ディスプレイ開発の契機となり、画面の大型化、カラー 化等々様々な角度から液晶表示装置の開発、改良が続けられ今日に至っている。 (3) 分析 1) イノベーションの型 「壁掛けテレビ」という大目標(コンセプト)があり、所謂コンセプトセッター、タ ーゲットドリブン型のイノベーションといえる。 「壁掛けテレビ」に要求されるディスプレイの機能は、省エネ、コスト、鮮明、軽量 等多数列挙することができる。 液晶は「壁掛けテレビ」実現に向けた手段の一つであり、今なお、EL、プラズマ等 との生き残りを懸けた技術開発競争が続いている。 2) 開発のきっかけ 「壁掛けテレビ」という夢、要望が強くあったことが大きいが、そのような環境の中 で 19 世紀末に発見された液晶の見直しを行った米国の家電メーカーRCA社による 1968 年の液晶ディスプレイ発明の公表が開発の契機となっている。 -44- 3) シャープが成功した理由 RCAの発表が契機となって、1970 年代前半以降、世界で液晶ディスプレイの開発競 争が展開された。シャープでの取り組み開始も同様であり、「壁掛けテレビ」にかけた 研究者の執念が、液晶に取り組むきっかけとなっている。 技術開発の突破口は偶然による液晶に「不純物の入った状態」での実験、電源は当時 常識であった直流から交流への切り替え実験である。 実用化を押し進めたのは、タイミングよく需要が身近にあったことが開発を促進した。 電卓の値下げ競争激化の時期と重なったこと、電卓の表示装置という小さな表示装置か ら実用化の検討を開始できた事が大きい。 いきなり、壁掛けテレビを狙うのではなく、目の前の、現実の需要がある分野で小さ な表示装置から開始したことにある。 結果として、海外の企業が次々に研究開発競争から脱落する中、1980 年代初頭に例外 的に日本だけが生き残ることが出来ている。 4) 開発の組織 開発の組織 液晶を使った電卓を開発するのに 2 つの研究チームを編成している。 第 1 段階 「液晶」数人の液晶ディスプレイ開発グループ 化学、物理学、光学、電子工学、機械工学など関連技術を有する技術者から成 る少人数のチームを編成した。 第 2 段階 「製品システム開発グループ」全社プロジェクトチーム ポイントとなるのは、小規模なチームで第 1 段階の「壁掛けテレビ」「液晶」の実 用化に懸けたリーダーの存在であり、各分野から開発に必要な最低限の人材を集合さ せ進めた第1段階のプロジェクトチームの編成である。 5) 開発された技術 開発された技術 世界最初の液晶の実用化、消費電力を競合技術製品の 100 分の 1 にするという画期 的な技術である。ただし、繰り返しになるが、開発当初は小さな電卓の表示装置であ る。ブレークスルーとしての印象は薄いが、その後のインクリメンタルなイノベーシ ョンが次々と起きていることから、その後の液晶ディスプレイ開発に与えた影響は非 常に大きなものであったといえる。 6) 開発当時の需要見通しと既存産業への影響 電卓の表示装置向けからスタートしている。その後画面サイズの大型化と高品質化 (カラー化、高画質化等)に取り組み、IT化、デジタル家電の普及とあいまって需 -45- 要開拓が続いている。 世界のディスプレイの市場は、経済産業省(技術調査室「技術調査レポート」平成 14 年 2 月)によると、2000 年の段階で液晶 2.7兆円、ブラウン管 2.3 兆円、プラズマ ディスプレイ 0.1兆円の合計 5.1兆円であったが、2010 年には約12兆円に拡大する と見られている。ブラウン管のシェア低下が続く一方、拡大する平面ディスプレイの 市場を巡って液晶、プラズマ、EL等々多数の平面表示技術の競合が続いている。 <参考文献> 『日本の技術革新システムの再検討-液晶ディスプレイの技術革新史から学ぶ』 沼上 幹 経営研究所 『シャープの液晶革命-見えない市場を引き出す商品開発』平林千春 ダイヤモンド社 3.3.3 デジタルカメラ (1) デジカメが開発され、発売されるまでの流れ 1) プロジェクトチームの発足と挫折 昭和 40 年代、各社は電卓の開発・販売を巡って激しい競争を展開したが、その中で 「カシオ計算機」(以下、カシオ)は、若手を中心にした開発戦略が功を奏し、競争に 勝ち抜いた実績があった。その電卓で培われた液晶ディスプレイの技術を生かしてデジ タル腕時計にも進出し、ヒットしていた。 カシオの若い技術者は、そうした成功体験、開発の喜びを肌で感じていた。そうした 中、ある若い技術者に、「是非、挑戦したい」と考えている商品があった。それは、電 子カメラで、当時、世界の技術者も、開発に向けてしのぎを削っていた夢の商品である。 若手の技術者は、担当常務に電子カメラの開発を提案し、社内にプロジェクトチームが 結成された。 87 年 11 月、電子カメラを完成させ、12 万 8 千円で販売した。2 万台を生産し、売り 上げ 25 億円を見込んだ。しかし、商品はまったく売れなかった。それは、ソニーが業 務用のカメラを小型化した 8 ミリビデオを発売し、価格も同じ程度であったためである。 「同じ価格なら、絵は動くほうが良い」というのが、当時の消費者の反応であった。在 庫は、バナナの叩き売りのように、2 万円以下の値段で売られ、処分された。 2) 雌伏期 プロジェクトチームは即刻解散させられた。しかし、失意のどん底にあった若い技術 -46- 者のところにライバル会社の技術者から電話があり、それをきっかけに会社の枠を超え た勉強会が始まった。デジタルカメラ開発に対する技術者の熱い思いは、会社は違って も同じであった。会社内では内緒で研究も続けられた。ただ、いろいろ試作品を作った ものの、重く、また熱効率も悪いため、商品化するまでには至らなかった。 3) プロジェクトチーム復活 当時、ポケットテレビが売れていた。そこで、「ポケットテレビにカメラを付ける」 というアイデアを出した。社長の了解を取り、プロジェクトチームが復活した。念願の LSIの開発が始まり、電子回路の小型化に成功した。 秋葉原の電気店のコンピューターに詳しい人が、パソコンの新製品が次々と発売され ていることを見て、「パソコンで写真を見る時代が来る。デジタルカメラには、パソコ ンにつなぐ端子が必要となる」と情報を提供するとともに、開発を励ましてきた。 4) 商品の開発方向を転換 93 年、カメラ付きポケットテレビが完成、大きさは、ビデオカメラの半分になった。 しかし、価格競争が激しくなり、ポケットテレビは、カメラが付いている分だけ割高に なった。そこで、今度はテレビ機能をはずし、カメラだけで勝負する案を提案した。 「他 のカメラにない優位点は、パソコンでも見られるように、入力用の端子を付けてあるこ と」であった。そこで、即刻、デジタルカメラの商品化が決定された。しかし、当時、 パソコンの普及率は、わずかに 1 割程度であった。これでは特長が生かせず売れなかっ た。生産台数は、わずか 500 台に抑えられた。 5) 販売戦略、好環境、成長へ 思い切って、アメリカ、ラスベガスでの電気製品見本市に出品したところ、彼らの興 味を引き、大きな反響を呼んだ。新聞など、マスコミにも大きく取り上げられた。また、 95 年、デジタルカメラ「QV-10」が発売されると、 「ウインドウズ 95」の発売と重な ったこともあり、爆発的な人気を呼んだ。 6) デジタルカメラとフィルムカメラが大逆転 2004 年、発売から 9 年経過し、デジタルカメラの国内販売台数は、3300 万台を突破 した。経済産業省が統計を取り始めた 2000 年(1024 万台)から、わずか 4 年で約 3 倍 に急増している。一方、35 ミリフィルムカメラの販売台数は、91 年の 2464 万台をピー クに低下を続け、01 年には 983 万台と、ついにデジタルカメラ(1397 万台)と逆転、 さらに 02 年 670 万台、03 年の 459 万台の後、04 年はわずか 60 万台に低下した。イノ ベーションによる製品の栄枯盛衰の激しさを示す典型ともなっている。 -47- 7) シェアが毎年大きく変動、トップもめまぐるしく入れ替わる 日本企業の間では、競争が激化し、撤退する企業も数多い。シュアも毎年のように大 きく変動している。02 年の世界シェアは、1 位ソニー(22%)、2 位富士写真フィルム (19%)、3 位オリンパス光学工業(18%)、4 位キヤノン(18%)、5 位コニカ・ミノル タ(6%)の順であったが、03 年は、1 位キヤノン(19%)、2 位ソニー(18%)、3 位 オリンパス光学工業(13%)、4 位富士写真フィルム(11%)、5 位ニコン(9%)の順 になっている(日本経済新聞社調べ)。日本企業は、全体としてデジタルカメラの生産 で世界のシェアの約 8 割を占めている。 (2) イノベーション面から見たポイント 1) 基盤技術の応用 熾烈な電卓戦争を生き抜き、そこで培った液晶ディスプレーの技術が基盤にあった。 その基盤技術を他分野に応用できないか、と考えた。 2) 若手技術者の提案受け入れ 若手技術者の提案を受け入れ、プロジェクトチームをつくる会社の若さ、柔軟さ。 3) 社内外の技術者同士による勉強会、情報交換 技術者一個人ではなく、社内外の技術者を含めた技術者の連携・情報交換。これが、 失敗しても、研究を続ける熱意が継続できた一要因となる。 4) 製品開発の方向転換 製品開発の方向転換 当初意図した製品とは異なるが、それが応用できる新製品の開発に方向転換した。 5) 環境面の影響 新製品の販売時期は、環境に大きく左右される。最初は、競合する別の製品の登場で、 売れず、大失敗する。また、パソコンの普及率が低い段階では、あまり反響はなかった。 しかし、ウインドドウズ 95 の登場で、パソコン人口が急拡大し、その製品の需要が一 気に拡大する環境が生まれた。 6) 販売戦略の重要性 どれほど魅力的な新製品でも、販売戦略が重要である。海外での高評価や、マスコミ に大きく取り上げられることによって、需要は一気に拡大する。 7) 新製品登場による旧製品需要の急落 -48- 35 ミリフィルムカメラは、デジタルカメラの登場で、販売台数が一気に低下した。旧 製品の販売に固執していると、会社存亡の危機を迎えかねない。 8) 生き残り競争の激化 新製品は、各社の開発競争が激しく、結局、生き残るのは数社、あとは撤退を余儀な くされる。市場シェアは、めまぐるしく変動し、先発といえども、生き残る保証はない。 <参考文献> 『技術者たちの熱き戦い』 永井隆著、日経ビジネス文庫 『NHKプロジェクトX 14 『機械統計年報』各年版 経済産業省 逆転の発想に賭けた執念の人たち』 -49- 汐文社 3.4 3つのイノベーション事例の生起と影響のまとめ ①ハイブリッドカー ②液晶ディスプレイ ③デジタルカメラ 1. 予 期 せ ざ るもの 2. 調 和 せ ざ ブラウン管テレビの奥 るもの 行き 3. プ ロ セ ス ニーズ 4. 産 業 と 市 環境意識の高まりをビ 市場拡大の転機は 場の構造変 ジネスチャンスと捉え ウィンドウズ 95 の普及 化 た 5. 人 口 構 成 の変化 6. 認 識 の 変 同上 電卓での展開 海外での高い評価 化 7. 新 し い 知 液晶(1888)、表示素子 識 としての液晶(1967) 8.アイデア 基本コンセ 環境対応 壁掛けテレビ、平面表示 プト (省エネ) 装置 リーダーの 社長 液晶開発リーダー 産業・社会 新たなベンチマークの ブラウン管のシェア大 35 ミリフィルムカメラ への影響 形成 幅低下、デジタル家電等 が急速に衰退 存在 への需要開発 先行者メリ 高度なシステム開発成 ット 果のブラックボックス 化(売れる) -50- 第4章 今後の社会・産業の変化と求められるイノベーション 20 世紀以降の科学技術の進歩は過去に類例を見ないスピードで展開し、それら科学技術 は社会、経済を著しく発展もさせたが弊害ももたらしている。変化のスピードが速く、ま た激しいことは、ビジネスチャンスが多様かつ豊富に存在することを意味しており、機械 産業・企業としても適切な対応が迫られている。過去、日本が欧米先進諸国を先行事例と し、それに追い付く努力をしていた時期においては、テクノロジー・プッシュ型やリニア モデル型のイノベーションが重要視されてきたが、欧米に追い付き、日本がフロントラン ナーとなった時点以降、その国際競争力を維持発展させるためには、テクノロジープッシ ュ型のイノベーションに加えて、世の中の変化に着目したデマンド・プル型やビジョン・ ドリブン型のイノベーションにも注力することが大事である。また、ユーザー業界からの 開発支援要請に基づく研究開発と言った受動的な立場からの対応ではなく、積極的に社会、 産業・経済に対し提言・提案していく姿勢が求められている。すなわち、まとめて言えば、 積極的な「ニーズ起動型イノベーション」の重要性が高まっているといえよう。 この章においては現状から予測される未来について、経済産業省の「新産業創造戦略」、 文部科学省の科学技術予測等から社会・産業の変化を抽出し、そこで求められるイノベー ションについて考察する。 また、次世代機械産業動向調査研究専門部会委員を対象に実施した「今後 10~15 年程度 の間に起こるであろう日本の機械工業にとって重要なイノベーションとは何であるのか」 についてのアンケート調査結果を掲げ、来年度の専門部会における調査研究の布石とする。 どのような変化が予測され、どのような対応が求められているかについて、短期・中期 は経済産業省の「新産業創造戦略 2004」 「新産業創造戦略 2005」、中期・長期は「文部科学 省デルファイ調査 研究所 2035 年の科学技術」(文部科学省科学技術政策研究所、(財)未来工学 2005 年)を中心として、その他の公的資料に基づき整理・分析を行った。 それらから得られる経済・社会が対応すべき問題、課題は、次の4つに集約される。 1.人口問題 (1)世界・・・人口増加 (2)日本・・・人口減少、少子高齢化 2.地球環境問題 (1)エネルギー問題 (2)環境問題 3.新市場/インクリメンタルな技術開発の限界 (1)ITが開く新市場 (2)複合技術 -51- 4.事業活動のグローバル化 4.1 人口問題 ドラッカーが言うところの最も分かりやすい、予測しやすい社会構造の変化である。 人口増加はあらゆる商品の需要増大に直結するが、急激かつ大幅な増加は、資源の大量 消費による資源の枯渇、食料問題、環境・エネルギー問題等の人類全体の生活に深刻な影 響を及ぼす。 4.1.1 世界・・・人口増加 ロシア、日本、ドイツの 3 カ国は 2025 年には減少、その他先進国においても同様ある いは増えても小幅な人口増に留まると見られる。 しかしながら、インド、中国、その他アジア、アフリカの発展途上国を中心に大幅な 人口増が予測されており、世界の人口は 2000 年の 61 億人から 2025 年には 79 億人に拡 大する見通しである。 とりわけ、インドの人口増は著しく、2000 年 1,021 百万人から 2025 年には 1,395 百万 人と中国に並ぶ水準に達すると見られている。 図表 4.1 世界の人口と地域別人口予測 世界の人口と地域別人口予測 百万人 9,000 7,905 8,000 2000年 2025年 7,000 6,085 6,000 4,728 5,000 3,676 4,000 3,000 2,000 1,344 812 1,000 523 697 315 728 388 707 31 41 0 世界 アフリカ ラテンアメリカ (出所)国際連合 北部アメリカ アジア ヨーロッパ オセアニア 「世界の人口予測 2004 年版中位推計」 4.1.2 我が国・・・人口減と少子高齢化 我が国の総人口は 2006 年からと予測されていたが、1 年早く 2005 年から減少に転じて いる。人口減少の要因は、少子化と高齢化による死亡者の急増であり、社会構造の変化と いう観点から、我が国では少子高齢化現象が深刻化することが大きな問題となっている。 2015 年には 65 歳以上の老年人口は総人口の 4 分の1強、2030 年には 3 割を占めると 予測される。厚生省の推計によれば生産年齢人口は 2005 年の 6,770 万人をピークに減少 -52- に転ずる。また、若年労働力が減少し 60 歳以上の労働力が増加し、労働力人口の高齢化 が予測されている。(内閣府「平成 16 年版 少子高齢化白書」) 日本の人口は 2006 年 12,774 万人(総務省人口推計月報 H17 年 10 月)から減少、2050 年には 10,059 万人に縮小する。 高齢化も進展し 60 歳以上の労働力人口は 2003 年の 14.1%から 2010 年には 18%を超える。 要訪問介護人口は現在の 115 万人から 2025 年には 156 万人にも増加する。 日本の総人口予測 図表 4.2 日本の総人口予測 (万人) 13,500 予測 人口ピーク 13,000 12,771 12,693 12,774 12,773 12,769 12,760 12,747 12,627 12,411 12,500 12,114 12,000 11,758 11,500 10,934 11,000 10,500 10,059 10,000 9,500 2000年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2015年 (出所)国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口 2020年 2025年 2030年 2040年 平成 14 年」 少子高齢化にともなう産業・経済社会の活力減退を克服するためには、人口比率が増 大する高齢者の健康増進と積極的雇用、安全安心に配慮された生活基盤、社会基盤の構 築が求められる。 -53- 2050年 図表 4.3 年齢 33 区分別人口の予測 年齢 区分別人口の予測 (万人) 14000 予測 12000 2,204 2,539 (17.4%) (19.9%) 2,874 3,278 (22.5%) (26.0%) 10000 3,456 (27.8%) 3,473 (28.7%) 3,477 (29.6%) 8000 65歳以上 6000 8,638 (68.1%) 15-64歳 8,459 8,167 (66.2%) (64.0%) 7,730 (61.2%) 0-14歳 7,445 (60.0%) 4000 7,233 (59.7%) 6,958 (59.2%) 2000 0 1,851 1,773 1,707 1,620 (14.6%) (13.9%) (13.5%) 1,510 1,409 1,323 (12.8%) (12.2%) (11.6%) (11.3%) 2000年 2005年 2010年 2015年 2020年 2025年 2030年 (出所)国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口 平成 14 年」 4.1.3 4.1.3 少子高齢化における産業創出 少子高齢化により、若年労働力の不足と高齢者の勤労継続、高齢者介護、高齢者の健 康福祉等の問題が顕在化する。若年労働力の不足と高齢者の勤労継続は各産業の生産工 程の機械化の流れを一段と促進する。 ここでは高齢者介護と健康福祉を取り上げる。 (1)介護ロボット 訪問介護サービス利用者数は、2005 年の 115 万人から 2025 年には 156 万人に増加する と見られている。現在のホームヘルパー数はパートタイマーを含め 34 万人と見られてい るが、2025 年には 47 万人のホームヘルパーが必要と試算されている。 (朝日新聞 2005 年 5 月 22 日朝刊) 不足するホームヘルパーの役割を介護ロボットがカバーすることが期待されている。 今後、少子高齢化に伴い、家事支援や高齢者の介護・介助等、家庭内における人間の生 活を支援するヒューマンサポートロボットに対するニーズが高まることが予想される。 新産業創造戦略では、こうしたニーズをにらみつつ、2020 年頃には汎用型のヒューマノ イドロボットの実用化を目指している。少子高齢化、特にシニア対策としてヒューマノ イドロボットが本格的に普及するであろう 2025 年には 6.2 兆円の市場規模になると予想 している。 -54- (兆円) 図表 4.5 ヒューマノイドロボット 図表 4.4ロボットの国内市場見込み ロボットの国内市場見込み のアクションプログラム 7 6.2 6 タイプ① 人間との接触度 小 5 タイプ② 4 人間との接触度 中 3 タイプ③ 2 人間との接触度 大 1.8 特定の人間の近くで動作し、 人間の直接物理的作業などを 行わないロボット (掃除、コミュニケーションなど) 2010年前に 実用化 特定の人間の近くで動作し、 人間に対して直接物理的作業 を行うロボット (介護など) 2010年頃以 降に実用化 不特定の人間の安全を確保し ながら動作するロボット (汎用型ヒューマノイドなど) 2020年頃に 実用化 1 0.5 0 2003年 2010年 2025年 (出所)経済産業省「次世代ロボットビジョン懇談会報告書」平成 16 年 (出所) 「新産業創造戦略」2004 年 (2)健康福祉産業 高齢化社会を迎えれば、医療や健康、介護・福祉等の市場は今後大きく成長すると見込 まれている。今後、医療や福祉・介護の公的負担が増大するという見通しのなかで、政 府は、個人の健康づくりをサポートする健康関連サービスの総合的な育成を目指してお り、健康・福祉関連産業は 2006 年の 56 兆円から 2010 年には 75 兆円規模に拡大すると 予測される。 図表 4.7 2002 年健康・福祉・機 図表 4.6 健康・福祉・機器・サービス市場規模の展望 器・サービス市場規模の内訳 2 0 0 2 年市場規模の内訳 (兆円) (兆円) 80 分類 70 60 50 40 30 20 10 0 2002年 2010年 市場規模 医療用具 2 医療用医薬品 6.4 医療システム 0.2 医療系 医療サービス 31.3 医療関連サービス 1.5 小計 41.5 健康機器具・健康用品 0.3 一般用医薬品・配置用家庭薬 0.8 健康増進系 健康食品 1.5 スポーツ・健康維持増進サービス 3.1 小計 5.7 福祉用具 1.2 介護サービス 5.2 介護・福祉系 福祉関連サービス 0.1 小計 6.5 その他 第3分野保険 2.6 合計 56.3 (出所) 「新産業創造戦略」2004 年 -55- 4.2 エネルギーと地球環境問題 発展途上国の人口増大と産業化の進展に伴い、食料の供給不足と共に深刻な問題となる のがエネルギー・資源の枯渇問題と地球規模での環境問題である。 4.2.1 世界のエネルギー需要 世界の一次エネルギー消費量は、今後、中国、ASEAN諸国の消費量が経済活動の拡 大に伴い増加し、その消費量割合は、2030 年にはNAFTA(アメリカ、カナダ、メキシ コ)を上回るまでになると予測されている。 日本の石油消費量は横這いであるが、世界的には 2002 年の 100 億トンから 2020 年 140 億トン強へと大幅増となる。 BRICsを中心に産業化が進展し、石油資源の需要が高まり、供給不足から石油価格が高 騰したことに見られる様に、第1次エネルギーが不足、価格の高騰が懸念される。 対策としては代替燃料、資源の開発、省エネ、新エネが考えられる。 図表 4.8 世界の一次エネルギー消費量予測 世界の一次エネルギー消費量予測 (百万トン:石油換算) その他 18,000 16,000 EU 14,000 NAFTA 12,000 日本・韓国 10,000 8,000 ASEAN・太平 洋諸島他 6,000 中国 4,000 2,000 0 1971 2002 2010 2020 2030 (年) (出所)国土交通白書 2005 4.2.2 我が国のエネルギー需要 我が国のエネルギー需要は、過去 30 年間伸び続けてきたが、今後、人口の減少、経済の 成熟化、省エネルギー技術の進展等によって、伸びが鈍化し、2021 年度には頭打ちとなり、 減少に転じると予測されている。 しかしながら、途上国の急激な経済発展や人口の増加等を考えると、世界全体のエネル ギー需要は今後も伸び続けるものと考えられ、我が国にとって省エネルギー、新エネルギ ー、代替エネルギーの開発が引き続き大きなテーマであることに変わりは無い。 -56- 図表 4.9日本の最終エネルギー需要予測 日本の最終エネルギー需要予測 原油換算百万kl 500 413 432 425 2021年度 2030年度 400 300 228 200 100 0 1970年度 2000年度 (出所)総合エネルギー調査会 需給部会「2030 年の需給展望」2005 年 3 月 増加する世界のエネルギー需要への対策としては、大深度掘削技術の開発、海底に存在 するメタンハイドレートの活用、バイオ由来のエネルギー源開発、燃料電池の開発等、様々 な取り組みが期待されている。 4.2.3 我が国の環境問題 BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)に代表される発展途上国における人口増大 と急速な工業化や生活レベルの向上に伴うエネルギー・消費の増大は、世界的なエネルギ ー需要の逼迫はもとより、環境負荷著しく増大させる。このことから、短期的には即効的 なエネルギー資源の開発と同時に長期的な視点に立った環境問題への取り組みが必要とな る。 環境省の推計によると、我が国における環境ビジネスの市場規模は、2000 年の約 30 兆 円から 2020 年には約 58 兆円に達し、また、環境保全意識・行動の高まりによって誘発さ れる環境に配慮した機器やサービスなどの環境誘発型ビジネスの市場規模は 2025 年には約 103 兆円に達すると予測されている。 -57- 図表4.10日本の環境ビジネスの市場規模予測-OECD分類に基づく環境ビジネス (億円) 市場 市場 2000年 2010年 2020年 2000年 2010年 2020年 A.環境汚染防止 95,936 179,432 237,064 B.環境負荷低減技術及び製品 1,742 4,530 6,085 装置および汚染防止用資材の製造 20,030 54,606 73,168 (装置製造、技術、素材、サービスの提供) 83 1,380 2,677 1.大気汚染防止用 5,793 31,660 51,694 1.環境負荷低減及び省資源型技術、プロセス 2.廃水処理用 7,297 14,627 14,728 2.環境負荷低減及び省資源型製品 1,659 3,150 3,408 3.廃棄物処理用 6,514 7,037 5,329 C.資源有効利用 201,765 288,304 340,613 4.土壌、水質浄化用(地下水を含む) 95 855 855 (装置製造、技術、素材、サービス提供、事故、機器の据え付け) 5.騒音、振動防止用 94 100 100 1.室内空気汚染防止 5,665 4,600 4,600 6.環境測定、分析、アセスメント用 232 327 462 2.水供給 475 945 1,250 7.その他 3.再生素材 78,778 87,437 94,039 サービスの提供 39,513 87,841 126,911 4.再生可能エネルギー施設 1,634 9,293 9,293 8.大気汚染防止 5.省エネルギー及びエネルギー管理 7,274 48,829 78,684 9.廃水処理用 6,792 7,747 7,747 6.持続可能な農業、漁業 - - - 10.廃棄物処理 29,134 69,981 105,586 7.持続可能な林業 - - - 11.土壌、水質浄化(地下水を含む) 753 4,973 5,918 8.自然災害防止 - - - 12.騒音、振動防止 9.エコツーリズム - - - 13.環境に関する研究開発 10.その他 107,940 137,201 152,747 14.環境に関するエンジニアリング 機械・家具等修理 19,612 31,827 31,827 2,566 3,280 4,371 住宅リフォーム・修繕 73,374 89,700 104,542 15.分析、データ収集、測定、アセスメント 16.教育、訓練、情報提供 218 1,341 2,303 都市緑化 14,955 15,674 16,379 総 計 17.その他 50 519 987 299,444 472,266 583,762 建設及び機器の据え付け 36,393 36,985 36,985 18.大気汚染防止設備 625 0 0 注1.「-」はデータ未整備 19.廃水処理設備 34,093 35,837 35,837 注2.市場規模については、四捨五入のため合計が一致しない場合がある。 20.廃棄物処理施設 490 340 340 21.土壌、水質浄化設備 22.騒音、振動防止設備 1,185 809 809 23.環境測定、分析、アセスメント設備 出典:平成16年版環境白書(環境省) 24.その他 - 図表 4.11環境関連ビジネスの市場規模予測 図表 4.12環境誘発型ビジネスの市場規模予測 (兆円) (兆円) 70 120 60 100 50 80 40 60 30 40 20 20 10 0 0 2000年 2010年 2020年 2000年 (出所)環境省「平成 16 年版 2025年 環境白書」 4.2.4 燃料電池 エネルギー・資源、環境問題で注目を集めている技術が燃料電池である。 燃料電池は、効率が高く、静粛性に優れ、大気汚染物質や二酸化炭素を出さないという 特長を有しているため、その普及への期待度は高い。 政府は 2020 年の燃料電池自動車の生産台数目標を 500 万台とし、定置用燃料電池導入 -58- 目標を約 1,000 万 kWと定め、その実現に取り組むとしており、2020 年の市場規模は 8 兆 円を見込んでいる。 図表 4.13 燃料電池の市場見通し 図表 4.14市場規模の展望 市場規模の展望 (兆円) 10 8 5 1 0 2010年 2020年 -59- 図表 4.15 燃料電池自動車生産台数の展望 燃料電池自動車生産台数の展望 (万台) 2,000 1,500 1,500 1,000 500 500 5 0 2010年 2020年 2030年 定置用燃料電池の展望 図表 4.16 定置型燃料電池の展望 (万kw) 2,000 1,500 1,250 1,000 1,000 500 220 0 2010年 2020年 2030年 (出所)図表 4.13~4.16 経済産業省「新産業創造戦略」2004 年 4.3 新市場 4.3.1 IT が開く新市場 経済産業省「新産業創造戦略」では IT が開く新市場として、コンテンツ、ビジネス支 援、情報家電、安心、安全セキュリティ情報分野が注目されている。 (1)ユビキタスネットワーク IT技術の発展により、企業、事務所、個人、商業、サービスのあり方が激変すると 考えられる。 政府は、次世代 IT 戦略である u-Japan 構想に基づき、ユビキタスネットワーク社会の 実現を目指しており、ユビキタスネットワーク市場は 2003 年の 28.7 兆円から 2010 年 87.6兆円へ、ユビキタスネットワーク関連市場波及効果は 120.5 兆円に急成長すると予 -60- 測している。 図表 4.17 ユビキタスネットワーク関連市場 (出所)総務省「平成 16 年版情報通信白書」 -61- 図表 4.18 ユビキタスネットワーク関連市場規模2 (出所)総務省「平成 16 年版情報通信白書」 (2)電波利用産業 ブロードバンド利用世帯数は、2009 年度には約 2,900 万世帯、世帯普及率で約 60%に 達すると予測される。今後、光ファイバーのシェアが拡大する見通しである。 IP電話加入者数は、加入時にこれまでの電話番号が利用可能になったこと、IP電 話基盤の相互接続による無料通話範囲の拡大などを背景に、2009 年度には約 1,430 万人 に増加すると予測される。 電波利用は、携帯電話などの既存の関連ビジネスの成長に加え、ユビキタスネットワ ーク社会の実現に向け、電波を利用する産業が大きく拡大することが予想される。 総務省では、電波利用関連分野の市場規模は 2013 年に約 92 兆円に拡大すると推計し ている。 -62- 図表 4.19 電波利用関連分野の市場規模予測 電波利用関連分野の市場規模予測 (兆円) 100 91.9 予測 80 潜在的電波利用産業 37.8 電波利用産業 電波コア産業 60 43.0 40 25.8 9.7 9.9 19.1 20 1.6 28.3 23.4 17.5 0 2000年 2008年 2013年 潜在的電波利用産業 流通、教育、医療、介護、福祉、出版、ゲーム、建設など 電波利用産業 セキュリティ、 航空/船舶/鉄道輸送など 電波コア産業 携帯電話/放送事業者、 関連メーカー、コンテンツ制作業、モバイルECなど (出所)総務省「平成 17 年度 ICT(Information and Communication Technology)政策大綱」2004 年 8 月 (3)モバイル ①モバイルプラットフォーム市場 携帯電話稼動数は、2004 年度の 8,450 万台から 2009 年度には 9,310 万台に増加す る。モバイルプラットフォーム市場は、モバイル決済市場が急成長し、2009 年度には モバイル電子認証市場と合わせ約 2,400 億円となる。 ②モバイルコンテンツ系市場 ・エンタテインメント系、情報サービス系とも堅調に拡大し、2009 年度には約 3,400 億円に達する。 ・BtoC市場:EC 市場は 2009 年度には 5 兆 5,000 億円規模に拡大し、ネットオーク ション取引市場も 2 兆円強に増大する。 ・インターネット広告市場とデジタルコンテンツ市場も順調に市場を拡大する。 (4) e-ビジネス いわゆる「新・三種の神器」を中心に急速な立ち上がりを見せている情報家電は、 今後も世界的な規模で需要拡大が見込まれる。 セット機器、パネル/ユニット、部品/半導体、電子材料、製造装置などの川下か -63- ら川上市場を含めた市場規模は、2010 年には世界で約 96 兆円、国内で約 18 兆円に 達すると予測されている。 4.3.2 インクリメンタルな技術開発の限界 従来技術の延長線上では技術的な限界に到達し、多くの技術分野でブレークスルーが必 要となる。 特に、再生医科学、生体物質測定、ナノバイオ、地球深部探査技術等の新技術分野の他、 業際、学際技術、連携が開く新たな技術分野の開拓が重要視される。 図表 4.20 今後 20 年間、継続して融合・連携を必要とする分野 分野 (デルファイ分野) 連携先 情報・通信 社会技術 エレクトロニクス 情報・通信、ライフサイエンス、ナノテク・材料、社会技術 ライフサイエンス 保健・医療・福祉、農林水産・食品、ナノテク・材料 保健・医療・福祉 情報・通信、ライフサイエンス、社会技術 農林水産・食品 ライフサイエンス、保健・医療・福祉、エネルギー・資源、 環境、社会技術 フロンティア 情報・通信、エネルギー・資源、環境 エネルギー・資源 環境、ナノテク・材料 環境 農林水産・食品、エネルギー・資源、社会技術 ナノテク・材料 エレクトロニクス、ライフサイエンス、エネルギー・資源 製造 エネルギー・資源、環境、ナノテク・材料 産業基盤 ライフサイエンス、環境、社会技術 社会基盤 エネルギー・資源、環境、社会技術 社会技術 保健・医療・福祉、環境 (出所)科学技術政策研究所「科学技術の中長期発展に係る俯瞰的予測調査」2005 年 5 月 4.4 事業活動のグローバル化 世界的なIT化の進展による通信、宇宙航空産業の発展等による輸送能力向上により、 事業活動のグローバル化は一段と進展する。 例えば、JAXA(宇宙航空研究開発機構)では、2020 年頃には、マッハ 2 クラスの超 音速旅客機の開発、また、2025 年頃には、航空機産業を日本の基幹産業に育成しマッハ 5 クラスの極超音速技術の実証機の開発を目指すとしている。 -64- 4.5 「新産業創造戦略」 経済産業省では、①国際競争に勝ち抜くべき高付加価値型の先端産業群、②健康福祉 や環境など社会ニーズの広がりに対応した将来の日本経済を支える7つの戦略産業群(サ ービス等)、③地域再生に貢献する産業群を今後の重要産業とし、政策資源を重点投入する という「新産業創造戦略」を策定している。 特に、先端的な新産業分野として、燃料電池、情報家電、ロボット、コンテンツの 4 産 業、また、市場ニーズの拡がりに対応する新産業分野として、健康福祉機器・サービス、 環境・エネルギー機器・サービス、ビジネス支援サービスの 3 産業、計 7 分野の産業を重 視する方針を打ち出している。 図表 4.21 新産業創造戦略で取り上げる産業群 (出所)経済産業省「新産業創造戦略」2004 年 -65- 新産業創造戦略によると、今後製造業は、先端産業(電気機器、輸送機器)や素材産業 (化学製品)の成長により引き続き日本経済を支えていくとし、サービス業、特に対事業 所サービス、対個人サービス、医療・保険・社会保障・介護は大きく成長すると言うシナ リオを描いている。一方、エネルギー多消費型産業(鉄鋼、窯業・土石製品、パルプ、紙・ 木製品など)と公共投資に関連する産業(建設など)は低水準に留まるとしている。 産業構造の将来展望 図表 4.22 産業構造の将来展望 (兆円) 200 178.9 180 171.5 2000年 160 2025年 140 119.0 120 109.5 100 60 85.8 15.7 14.7 8.1 7.5 3.0 1.7 17.9 17.2 38.2 30.4 20.2 12.7 11.6 12.4 6.8 63.6 36.2 37.3 34.9 35.7 34.0 47.2 44.9 32.7 28.8 14.1 9.1 11.5 8.6 3.8 3.4 27.8 15.4 7.1 5.4 4.2 デルファイ調査は文部科学省が 5 年毎に行う、科学技術の発展方向の長期予測調査であ る。2005 年に「2035 年の科学技術」として 130 領域、858 予測課題に関する調査結果が 発表されている。 重要度が高いとされた分野は、環境、製造、フロンティア、ナノテクノロジー・材料の 4分野である。一方で、情報通信、エネルギー資源が下位にランクされているは意外であ る。 -66- 対個人サービス 4.6 デルファイ調査 対事務所サービス 経済産業省「新産業創造戦略」2004 年 その他の公共サービス 医療・保健・社会保障・介護 教育・研究 公務 通信・放送 運輸 不動産 金融・保険 商業 水道・廃棄物処理 電力・ガス・熱供給 建設 その他の製造工業製品 精密機械 輸送機器 電気機器 一般機械 金属製品 非鉄金属 鉄鋼 窯業・土石製品 石油・石炭製品 化学製品 パルプ・紙・木製品 繊維製品 食料品 鉱業 農林水産省 (出所) 28.1 18.9 15.7 64.7 43.2 42.7 37.6 77.4 75.2 74.1 59.8 56.8 55.6 52.6 40 0 94.3 78.7 73.8 80 20 108.3 98.8 分野別の重要度指数 図表 4.23 分野別の重要度指数 環境 67.3 フロンティア 製造 66.6 66.6 ナノテク材料 66.4 64.6 社会基盤 エレクトロニクス 63.2 ライフサイエンス 農林水産食品 62.9 61.5 保健医療福祉 61.1 59.7 58.5 エネルギー資源 産業基盤 57.3 社会技術 54.3 情報通信 62.4 全課題平均 0 20 40 60 80 (出所)科学技術政策研究所「科学技術の中長期発展に係る俯瞰的予測調査」2005 年 5 月 科学技術政策研究所は調査結果に基づき、文部科学省の重要度上位 100 課題を、生命関 連、情報関連、環境関連、災害関連、エネルギー関連およびその他に分け特長を整理して いる。 [生命関連]癌に関する課題が最も多く、また、認知症(アルツハイマー)など高齢化に 伴う病気に関わる課題が挙げられている。その他には、感染症の薬剤耐性、アレルギ ー疾患等がとりあげられている。 [情報関連]高性能LSIやウェアラブル機器実現のための微細加工技術、ネットワーク への不正侵入やウィルス検出といったセキュリティに関わる課題が多くあげられてい る。 [環境関連]CO2NOXなど排出ガスに関する課題や循環型社会に関する課題が多くあ げられている。 [災害関連]半数が地震に関する課題であり、予測・シミュレーションから人的被害の削減 対策まで幅広い課題があがっている。 [エネルギー関連]非化石エネルギー等を用いた製造工程、燃料電池搭載交通機関、太陽 電池等があがっている。 [その他]教育、人材流動、技能・ノウハウ伝達、女性の社会参加支援など人材に関する -67- 課題が 7 課題、ナノテクノロジーに関する課題が 4 課題(上記分類に含まれるものを 入れると 9 課題)、その他、構造物の健全性評価など安全性に関する課題が多い。 図表 4.24 重要度上位 100 課題の区分別内訳の推移 区分 今回 第 7 回(2001 年) 第 6 回(1997 年) 生命関連 17 26 17 情報関連 13 21 24 環境関連 19 26 25 災害関連 23 8 11 エネルギー関連 8 10 11 その他 21 9 12 重要度上位100課題の区分別内訳の推移 30 25 20 今回 15 第7回(2001年) 10 第6回(1997年) 5 そ の 他 ー 関 係 関 係 エ ネ ル ギ 災 害 関 係 環 境 関 係 情 報 生 命 関 係 0 (出所)科学技術政策研究所「科学技術の中長期発展に係る俯瞰的予測調査」2005 年 5 月 4.7 次世代機械産業動向調査研究専門部会委員対象のアンケート調査結果 4.7.1 アンケート調査結果 4.1 項から 4.6 項においては、今後の社会・産業の変化について、経済産業省の「新産業 創造戦略」、文科省の科学技術予測等の資料から予測し、そこで求められるイノベーション について考察した。本項においては、このような情報を踏まえて、「わが国機械産業にとっ て重要な変化は何であるのか」、また「その変化が実現するためには機械産業においてどの 程度のイノベーションが必要であるのか」等につき、当専門部会委員を対象に実施したア ンケート調査の結果を記述する。本調査研究の主要目的である「ニーズ起動型イノベーシ -68- ョン」を検討する上で重要な材料であり、この結果を基礎にさらに調査研究を発展させて いくことが期待される。 アンケートはデルファイ法的手法を用いて 2 回実施した。すなわち、第 1 回においては 各委員の評点の目合わせが不十分であり、有意な結論を導き出すことが困難であると考え、 第 1 回の結果詳細を報告した上で第 2 回を実施したものである。 第 1 回のアンケート調査は 2005 年 12 月に実施した。ここでは先ず、イノベーションを 引き起こす原動力になると考えられる環境変化につき下記①~⑧の 8 項目を例示し、それ が機械産業に与える影響度を 5 段階法で評価願った。次に、各環境変化項目の中でイノベ ーションを引き起こす可能性のある具体的事象(*印の項目)を例示し、それが機械産業 にとって重要な分野として育つ可能性を 5 段階方式で予測願った。 環境変化項目と、その中でイノベーションを引き起こす可能性のある具体的事象 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ 地球環境保全意識の高まり * コストや生産性よりも環境保全を優先する意識 * 自然エネルギー(太陽光、風力等)導入の進展 * 水素エネルギー社会の現実化 環境物質の規制強化 * 代替物質の開発、導入促進 * 新製品、新製造法の開発推進 エネルギー資源の枯渇、価格の高騰 * 天然ガスからの石油代替エネルギーの開発促進(GTL、DME 等) * 原子力の再評価(FBR、HTGR 等) * 小規模油田、ガス田の開発活発化 鉱物資源の枯渇、価格高騰 * 資源開発の新展開 * 低品位鉱の利用進展 科学・技術開発の進展(インクリメンタルな技術開発の行き詰まり打破) * 記憶・記録媒体の密度限界の接近(DRAM、HDD) * BTG システムにおけるブレイクスルー * 船舶用推進システムの革新 * 航空機用推進エンジンの革新 * 自動車用内燃機関に係わる動力システム * 超素材の出現(超鉄鋼、超プラスチック) * ナノテクノロジーの産業規模での実用化進展 事業活動のグローバル化の進展 * IT による事業活動モデルの革新(例:IBM、DELL) -69- ⑦ ⑧ * 既存の技術・製品を進化させた新規市場(ブルー・オーシャン)の創造 * 革新的事業モデルの展開(例:サムソンの世界 No.1 戦略) * アプロプリエイト技術製品供給体制の構築(例:発展途上国向け、単機能製品) 少子・高齢化社会の到来 * 高齢者、女性の活用環境整備の進展 * 生産、社会システムにおける自動化、無人化の進展 食糧不足の深刻化 * 遺伝子組み換え作物の一般化 * 食糧輸送、貯蔵システムの革新 * 植物の工場生産 * 食品の放射線照射の容認 第 2 回のアンケート調査は、第 1 回の集計結果を参考にしつつ投票願った。その際、具 体的事象例について第 1 回とは聞き方を変え、①「今後 10~15 年間で実現する可能性」、 ②「各項目が実現するために機械産業のイノベーションが必要な度合い」について、それ ぞれ 5 段階表で評価願った。なお、第 1 回において委員から提示された新たな具体的事象 例を加えた(2006 年 1 月実施)。 第 2 回目の集計結果およびそのグラフは次のとおりである。 -70- -71- 8 9 8 9 9 9 *記憶・記録媒体の密度限界の接近 *BTGシステムにおけるブレイクスルー *船舶用推進システムの革新 *航空用推進エンジンの革新 *自動車用内燃機関に係わる動力システム 4.6 ・リサイクルシステムの確立 41 9 *低品位鉱の利用進展 5.科学・技術開発の進展 9 *資源開発の新展開 9 8 3.2 ・バイオディーゼル油 29 9 *小規模油田、ガス田の開発活発化 9 9 4.鉱物資源の枯渇、価格の高騰 9 *原子力の再評価 3.7 *天然ガスからの石油代替エネルギーの開発促進 33 9 *新製品、新製造法の開発推進 3.エネルギー資源の枯渇、価格の高騰 9 *代替物質の開発、導入促進 9 9 ・省エネ 3.9 8 ・照明方式の変化 35 8 ・エネルギー使用量低減 9 9 2.環境物質の規制強化 9 回答数 *水素エネルギー社会の現実化 4.2 平均点 *自然エネルギー(太陽光、風力等)導入の進展 38 合計点 38 32 32 25 38 29 29 29 28 30 32 34 34 34 37 29 30 28 36 36 合計点 4.2 3.6 3.6 3.1 4.2 3.6 3.2 3.2 3.5 3.3 3.6 3.8 3.8 3.8 4.1 3.6 3.8 3.1 4.0 4.0 平均点 9 9 9 8 9 8 9 9 8 9 9 9 9 9 9 8 8 9 9 9 回答数 37 37 34 29 32 26 26 30 23 23 31 34 37 32 32 24 30 39 35 30 合計点 4.1 4.1 3.8 3.6 3.6 3.3 2.9 3.3 2.9 2.6 3.4 3.8 4.1 3.6 3.6 3.0 3.8 4.3 3.9 3.3 平均点 ② 各事象が実現するために機械産業の イノベーションが必要な度合いの予測 2.イノベーションを引き起こす可能性のある具体的事象 ① 各事象が今後10~15年間で 実現する可能性の予測 9 9 回答数 1.イノベーションを引き起こす 原動力になると考えられる環境変化 が機械産業に与える影響度の予測 図表 4.25 追加アンケート結果 *コスト生産性の向上よりも環境保全を優先する意識 1.地球環境保全意識の高まり 追加アンケート結果 -72- 9 ・高齢者向け医療システム 24 9 9 *植物の工場生産 注:評価は各5段階方式で、「1」が最小、「5」が最大。 *食品への放射線照射の容認 36 9 34 9 *食料輸送、貯蔵システムの革新 29 40 37 42 34 22 31 39 40 39 35 *遺伝子組み換え作物の一般化 3.2 8 ・健康福祉・関連産業の進展 29 9 *生産、社会システムにおける自動化、無人化の進展 8.食料不足の深刻化 8 *高齢者、女性の活用環境整備の進展 9 8 3.4 *アプロプリエイト技術製品供給体制の構築 31 8 *革新的事業モデルの展開 9 9 7.少子・高齢化社会の到来 9 4.0 *既存の技術*製品を進化させた新規市場の創造 36 *ITによる事業活動モデルの革新 9 9 *ナノテクノロジーの産業規模での実用化進展 6.事業活動のグローバル化の進展 9 *超素材の出現 2.7 4.0 3.8 3.2 4.4 4.6 4.7 4.3 2.8 3.9 4.3 4.4 4.3 3.9 9 9 9 9 8 8 9 8 8 8 9 9 9 9 24 29 28 24 24 27 37 26 18 22 30 30 37 35 2.7 3.2 3.1 2.7 3.0 3.4 4.1 3.3 2.3 2.8 3.3 3.3 4.1 3.9 (1)まず、 「イノベーションを引き起こす原動力になると考えられる環境変化が機械産業 に与える影響度」については、下のグラフのとおり、第 1 位は「科学・技術開発の進展」 で、5 点を最大の影響とした場合の 4.6 点であった。第 2 位は、 「地球環境保全意識の高 まり」で 4.2 点、第 3 位は「事業活動のグローバル化の進展」で 4.0 点であった。以下、 「環境物質の規制強化」3.9 点、 「エネルギー資源の枯渇、価格の高騰」3.7 点、 「少子・ 高齢化社会の到来」3.4 点、 「鉱物資源の枯渇、価格の高騰」 「食糧不足の深刻化」各 3.2 点と続いた。 図表4.26 環境変化が機械産業に与える影響(5が最大) 4.6 45 4.2 40 4.0 3.9 3.7 35 3.4 3.2 5.0 4.5 4.0 3.5 3.0 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 3.2 30 25 20 15 10 5 化 騰 深 刻 の 格 の 料 不 .食 8 枯 渇 の 3 .エ 4 .鉱 物 資 源 足 、価 社 会 化 ・高 齢 .少 子 7 高 来 到 の 高 の 、価 格 渇 の 枯 源 ー 資 ネ ル ギ 業 活 .事 6 騰 強 化 制 の 規 .環 境 2 グ ロ の 動 物 ー バ 質 ル 意 識 全 保 環 境 球 .地 1 展 化 の 高 の の 発 術 開 学 ・技 .科 5 進 ま 進 展 り 0 回答数 合計点 平均点 (2)次に、 「各事象が今後 10~15 年で実現する可能性」については、次頁のグラフのと おり、事象によって最高 4.7 点から最低 2.7 点までばらついたが、実現の可能性が高い と予測された事象を 10 項目あげれば次のとおりである。なお、グラフにおいて各事象 の番号の次の「*」印は当初例示した事象、「・」印は委員が追加した事象を示す。 ①「*生産・社会システムにおける自動化、無人化の進展」4.7 点、②「・健康福祉・ 関連産業の進展」4.6 点、③「*IT による事業活動モデルの革新」 「・高齢者向け医療シ ステム」各 4.4 点、⑤「*ナノテクノロジーの産業規模での実用化進展」 「*既存の技術・ 製品を進化させた新規市場の創造」「*高齢者、女性の活用環境整備の進展」各 4.3 点、 ⑧「*記憶・記録媒体の密度限界の接近」「*自動車用内燃機関に係わる動力システム」 各 4.2 点、⑩「・省エネ」4.1 点。 委員が新たに指摘した項目が 3 項目含まれており、機械産業の着眼点が産業全般とはか なり違っていることを示している。 -73- -74- 展 4.7 4.6 4.4 4.4 4.3 4.3 4.3 4.2 4.2 4.1 4.0 4.0 4.0 3.9 3.9 3.8 3.8 3.8 3.8 3.8 3.6 3.6 3.6 3.6 3.6 3.5 3.3 3.2 3.2 3.2 3.1 3.1 2.8 2.7 進 近 化 新 現 展 造 化 進 化 新 産 価 展 開 進 立 展 減 ム 開 展 ム エネ 識 展 新 油 新 ー 実化 築 容認 接 進 創 般 テ 進 展 進 進 進 革 ル 活発 革 ステ 意 の進 場生 の出 の展 入促 発推 発促 の革 量低 の変 の確 再評 の革 構 ル ス の 用 の 一 の の 新 ゼ の 化 ・省 る の の ス の現 の 射の シ シ 開 界 発 材 ム 利 場 式 の 1 導 ム 工 の 入 ル 備 開 ム 用 業 の ン ー 用 化 す ク ル 制 照 、 療 力 テ ィ テ の テ 限 開 素 の 市 物 方 の 力 導 デ イ の ジ 整 使 発 産 会 実 人 先 デ ) 体 発 法 医 デ モ レ ー シス ン 度 る動 の 超 鉱 規 作 明 シス 物 子 シス 線 境 ー 開 連 社 給 モ の 優 等 開 オ ギ エ ブ え 、無 関 密 ギ ・照 田 位 新 原 射 環 源 ー で を 動 向け 力 *植 5 * 事業 の 製造 ル 蔵 イ ・ る ル 進 換 化 の 係わ ル ス た 品 ギ 品供 放 * 推進 用 資 模 全 1 ク 風 祉 業活 者 貯 バ 質 新 け 8 3 ネ 推 ガ み 動 的 体 ネ 低 せ ル の 活 ・ * 規 、 保 、 イ 、 製 へ お 福 物 用 エ 送 、 齢 用 3 4 組 自 新 媒 関に * ネ の 業 化さ 光 境 サ ・エ 田 康 る事 ・高 替 舶 替 品 4 る 空 エ 技術 品 子 ムに 革 録 性 1 産 陽 環 油 ・リ 船 代 料輸 製 け 航 よ 素 伝 * *代 り 記 燃機 7 食 ・健 の を進 、女 太 ト 4 テ ・ 模 お * ( 6 油 新 よ * 7 水 遺 に * イ ー ス * 2 5 規 5 に ー 石 *食 に * IT * エ ジ 製品 齢者 記憶 用内 シ 2 小 ギ 8 1 ム リ の 上 * G ロ 8 ・ ら * 6 テ ノ ル プ 向 BT 術 *高 5 * 動車 3 ス ク ロ か ネ の * 技 シ プ エ ス 7 自 性 5 ノテ の ア 会 ガ 然 * 産 ナ 存 * 然 5 自 * 、社 6 既 天 ト生 * 5 産 * 1 * ス 6 生 3 コ * * 7 1 0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 図表4.27各事象が今後10~15年間で実現する可能性(5が最大) 平均点 合計点 回答数 0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0 -75- 4.3 進 4.1 4.1 4.1 4.1 4.1 展 現 3.9 3.9 3.8 3.8 3.8 3.6 3.6 3.6 3.6 3.4 3.4 3.3 3.3 3.3 3.3 3.3 3.3 3.2 3.1 3.0 3.0 2.9 2.9 2.8 2.7 2.7 2.6 ネ 進 化 近 新 展 化 造 化 進 新 認 産 価 開 立 展 減 開 展 ム 化 ム 展 展 新 油 新 識 築 ー エ 促 発 接 革 テ 出 進 創 般 変 促 革 テ 容 生 評 進 展 確 進 推 低 展 進 実 進 進 革 ル 革 意 構 ル ス ス 発 活 の の 用 の 一 の の 入 の の 場 再 の の 発 の の 新 量 の 現 ゼ ・省 の 化 の る の ス の シ シ 開 発 ム 界 利 材 の 場 式 導 1 ム 射 工 の 入 ル 開 ム 備 用 の 業 の ン ー 用 化 す ク ル 制 、 療 力 テ ィ テ の テ 開 限 素 の 物 方 市 照 の 力 デ ジ イ 整 の 使 発 産 会 人 実 先 デ )導 体 発 医 ス ス 動 ス デ モ ー ン レ の 度 鉱 超 作 規 明 線 物 子 境 法 ー 開 連 社 モ の 優 給 シ シ 開 る シ け オ ブ ギ エ え 、無 力等 業 田 密 ギ 位 * 新 射 植 原 造 環 ー で ・照 供 イ 蔵 ・関 全を 資源 活動 進 の わ る ル 向 5 ル 進 換 化 事 ス の ル 品 ギ た 放 * * 用 製 模 1 ク 風 品 バ 貯 祉 推 質 係 け 者 8 3 ネ 推 み 動 的 体 ネ 低 せ ル の 活 ・ * 規 、 保 、 業 イ 、ガ 製 お 福 用 物 に エ 、新 齢 さ 用 3 4 組 自 新 媒 * ネ へ の 業 光 境 送 事 サ ・エ 田 術 に 康 舶 替 関 替 品 4 化 る 空 子 エ 革 録 品 性 1 る 産 陽 環 ・高 輸 油 ム 技 ・リ 健 船 代 機 代 製 進 け 航 伝 よ 素 * り 記 7 食 女 ・ の 太 ト 料 4 テ 模 ・ を * * 燃 お ( 油 6 、 よ 新 * 7 遺 に 水 * イ ー 食 ス 5 2 規 憶 5 品 に 内 ー 石 に 者 * IT * * エ ジ シ * 2 小 記 ギ 8 1 ム 用 リ の 上 齢 * 8 ・製 TG ら * * 6 テ ノロ ル プ 車 向 高 B 術 3 5 ス ク ロ か ネ 動 の * * 技 シ プ エ ス 7 自 性 5 ノテ の ア 会 ガ 然 * 産 ナ 存 * 然 5 生 * 、社 *自 6 既 天 ト 5 産 * 1 * ス 6 生 3 コ * * 7 1 0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 図表4.28各事象が実現するために機械産業のイノベーションが必要な度合い(5が最大) 2.3 平均点 合計点 回答数 0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0 -76- 4.2 3.9 3.7 3.2 4.6 ① ② ③ 図表図表4.28 アンケート結果総合グラフ(5が最大) 4.29 4.0 3.4 3.2 ●:イノベーションを引き起こす原動力になると考えられる環境変化が機械産業に与える影響度の予測 ■:イノベーションを引き起こす可能性のある具体的事象が今後 10~15 年間で実現する可能性の予測 △:イノベーションを引き起こす可能性のある具体的事象が実現するために機械産業のイノベーションが必要な度合いの予測 ① ② ③ ネ 現 産 認 価 開 展 立 展 近 油 騰 減 化 エ 化 進 進 開 展 ム 化 化 新 来 新 新 化 り 展 新 化 ま 識 展 実 量低 の変 省 制強 促 推 高騰 進 再評 発 ゼル 高 新展 用進 確 進 接 ルー 革 革 テム の出 展 進 革 造 展 築 到 進展 展 進 テ 深刻 般 革 場生 容 ・ 進 の の 創 の 構 の の 進 の ス の の の の の の ス 入 発 の 促 の 活 ー 進 一 の 工 現 用 式 高 意 の の 利 材 の ス 規 の シ ル 発 化 射 業 会 ム ン ム 導 発 の る の の シ 超素 用 ル化 デル 場の デ 制 社 整備 化の 産 療 足 物の テム の 照 の 、 の開 価格 開 子力 開発 ィ 価格 発 の テ 開 限界 イク テ ジ 識 す 入 会 ー使 明方 物 開 不 鉱 デ 力 質 発 モ 体 化 実 線 連 医 ス ン ス 術 の 意 先 導 社 動 * の ーバ 動モ 規市 業 給 齢 環境 無人 関 け 料 え作 シス 植 射 物 開 造法 渇、 ー *原 田の オ 渇、 源 位 シ 技 密度 ブレ シ エ 全 優 ) ー ルギ ・照 * 放 境 の で ロ 活 新 事 供 高 用 、 ・ 向 食 換 蔵 ギ 保 を 等 ギ ス バイ 枯 *資 低品 クル 学・ の る 推進 推進 わる . 環 質 新製 の枯 ル 品 者 的 模 の 祉 ・ た み 境 全 力 ル エネ 貯 業 の 化 グ 体 ガ け * イ 科 媒 ・ 源 . 物 規 の 事 せ 新 製 子 の活 動 福 齢 8 組 、 へ ネ 環 保 風 ネ ・ 、 お 舶用 空用 に係 2 替 品、 資源 エ 業 品 康 高 サ . 子 送 球 境 、 エ る さ 革 術 少 資 田 関 産 活動 よ 化 * 技 . 女性 る自 健 ・ 食 リ 5 記録 ムに 船 航 代 製 ー 替 伝 輸 地 環 光 素 物 油 機 ト の 業 Tに 進 * 7 、 け ・ * * ・ * 新 ギ 代 遺 料 . り 陽 水 鉱 ・ テ 模 燃 イ ー を 油 * 食 * ル 1 よ 太 * I . 憶 ス 規 者 お 内 エ ジ .事 * 品 * 4 に ( 記 シ 小 齢 に ネ の石 用 リ ロ G 製 ム 上 ー 6 * * 高 エ ら 車 プ ノ BT * 向 ギ * テ . 動 ロ ク * 術 ス の ル 3 スか 自 プ テ 技 シ 性 ネ * ア ノ の ガ 会 産 エ * ナ 存 然 社 生 然 * 既 天 、 ト 自 * * 産 ス * 生 コ * * 0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0 (3)次に、 「各事象が実現するために機械産業のイノベーションが必要な度合い」につい ては、前々頁(p75)のグラフのとおり、最高 4.3 点から最低 2.3 点までばらついた。 イノベーションが必要な度合いが高いと予測された事象(機械製造企業にとってビジネ スチャンスになり得る可能性が高い事象と見ることが出来よう)を 10 項目あげれば次 のとおりである。 ①「*水素エネルギー社会の現実化」4.3 点、②「*新製品・新製造法の開発推進」 「* 航空機用推進エンジンの革新」 「*自動車用内燃機関に係わる動力システム」 「*ナノテ クノロジーの産業規模での実用化進展」「生産、社会システムにおける自動化、無人化 の進展」各 4.1 点、⑦「*自然エネルギー(太陽光、風力等)導入の進展」「*超素材 の出現」各 3.9 点、⑨「*天然ガスからの石油代替エネルギーの開発促進」「*船舶用 推進システムの革新」「・エネルギー使用量低減」各 3.8 点。 <イノベーションが必要な度合いが高いと予測された事象 10 項目の構成> ・エネルギー関連・・・4項目 ・動力関連・・・・・・3項目 7項目 ・製品・製造法関連・・1項目 ・システム関連・・・・1項目 ・ナノテク関連・・・・1項目 10 項目中7項目が、エネルギー・動力関連であり、機械産業の関心のあり方がはっ きりと出ている。点数の低い項目の中には既存の知識、技術を活用すれば達成できそう なビジネスモデル的要素を含んだテーマが多く存在する。 機械産業のイノベーションであることから、今後、開発に取り組むべき対象としてエ ンジン、動力と云ったテーマに集中するのは当然であるが、開発の効率、即効性の視点、 あるいは日本全体に及ぼすイノベーションの経済・社会効果という視点からのアプロー チがもっとあってよいと考えられる。 上記(1)、(2)、(3)の予測を一覧する目的で、前頁(p76)にアンケート結果総合グラ フを掲出した。●印は 8 項目の「イノベーションを引き起こす原動力になると考えら れる環境変化が機械産業に与える影響度の予測」を、■印は「イノベーションを引き起 こす可能性のある具体的事象が今後 10~15 年間で実現する可能性の予測」を、△印は 「イノベーションを引き起こす可能性のある具体的事象が実現するために機械産業の イノベーションが必要な度合いの予測」をそれぞれ示している。 これらデータを我が国機械産業にとっての、あるいは個別機械製造企業にとってのイ ノベーションのチャンスと見るとき、①点数の高い環境変化分野を狙うか、それともあ えて低い分野を狙うか、②10~15 年で実現の可能性が高い事象を攻めるか、それとも さらに長期が必要そうな事象を狙うか、③機械産業のイノベーションが必要な度合いが 高い事象を狙うか、それとも逆を狙うかなど、自社のコア分野、持てる人材、資金力、 -77- 技術力、市場掌握力等を検討しながら自社にとって最適と考えられる環境変化分野、そ の中での具体的事象に狙いを定めていくことになろう。 4.7.2 アンケートの結果から 今後の経済社会環境の変化はほぼ確実に予測されるものも多く、これらの進展が引き起 こすであろう諸課題に対応するイノベーティブな対応の動きについて調査研究する必要が ある。また、現在認識されていない科学技術的発見、発明の類はともかくとして、少なく とも現段階ではシーズ、または研究段階にある画期的技術の動向についても注目しておく 必要がある。 この観点から、今後予想される環境変化の事例の重要度とそれぞれが機械工業に与える影 響度について専門部会委員に対するアンケート調査を実施し、上記の結果を得た。 アンケートの結果からみると、今後、実現すると考えられている事象に対する関心はお しなべて高く、イノベーション生起の環境が整いつつあると見られる。また、イノベーシ ョンを引き起こす原動力としては、科学・技術開発の進展を挙げる委員が多かったのは、 機械産業という特性を考えると当然とも言える。 しかし、近年の国際的な企業間競争という観点からみると、純粋な技術開発をベースと するイノベーションの実現事例は多くなく、むしろビジネスモデルやソフト、ネットなど の IT の活用によるイノベーティブな企業活動によるものが増えてきている。即ち、今後 のイノベーションは、社会環境の変化の複合の中で生起すると考えられ、科学技術的開発 の分野にのみ注目することなく、市場にイノベーションを引き起こすビジネスモデルの構 築にも目を向けてゆくことが重要であると考えられる。 -78- 第5章 まとめ・提言 ここまで、機械産業のイノベーションについて、イノベーションの定義から始まって、 主要国・地域が推進している政策、イノベーションが生起する環境、契機、そして機械産 業における認識等について考察を進めてきた。 産業革命以後の技術進歩はめざましく、技術進歩は人類に様々な便益を提供してきたが、 その一方でそうした技術は世界的な人口増加・人口問題に結びつき、自然環境破壊を進め る等の負の側面も併せ持っている。人類を取り巻く環境の変化が複合化し、同時に進行す る現在は、ビジネスのチャンスが至るところに存在し、それを具現化するためのイノベー ションの実現が待たれる状況にあると言ってよい。 こうした中にあって、重要なことは、長期に亘って企業収益の核となるような「イノベ ーション・革新的改革(技術、システム等)」の追求では無かろうか。 目先の小さな改善・改良的な、インクリメンタルなイノベーションばかり追いかけてい ては、企業の長期的な競争力確立は難しいと言わざるを得ない。 我が国の場合、こうしたビジネスチャンスを的確に捉えて、新しいビジネスモデルの形 成を含む独創的なイノベーションを実現し、長期に収益性を確保できるようなビジネスに 育て上げるための、企業の覚悟や、経済界の仕組みに欠けている面があることは否めない 事実であろう。これには学校教育や企業内教育の問題も影響しているものと考えられる。 世界の最先端を行く少子高齢化というハンディキャップを負いつつも、戦後一貫して追 いかけてきた欧米という先行目標に追いつき、フロントランナーとなった我が国が、今後 追い上げてくる BRICs 等との競合にもしっかりと立ち向かい、競争力ある国内機械産業 を維持発展させるためには、今年度実施したイノベーション研究をさらに深化させ、画期 的なイノベーションが次々と国内において生まれるような企業経営、研究開発のあり方、 教育のあり方などを提示していく必要があると確信する。また、世界に先駆けて日本の機 械産業がイノベーション・革新的改革を我がものとし世界に貢献するには、産学官の連携、 異業種・異分野の交流・情報交換等についての検討も必要であろう。 最後に申し上げたいが、機械産業はナショナル・イノベーション・システムを下支えす る基盤産業である。第1次産業から先端産業まで様々な産業が存在するが、それら産業の イノベーションは機械産業の存在無くして語ることは出来ない。 この事実に留意し、機械産業として他の産業からの開発要請を待つのではなく、むしろ 積極的に他の産業との共同研究開発、あるいは他の産業、社会に対してイノベーションを 提案していく姿勢を強く出すべきと考える。 -79- 日機連17事業環境 機械工業の展望と課題に関する調査 (わが国機械工業におけるイノベーションの実現を目指して) ―事例分析と現状調査、対応策の検討― 平成18年3月 発 行 社団法人 日本機械工業連合会 東京都港区芝公園3-5-8 電話:03(3434)5382 印 刷 (機械振興会館) FAX:03(3434)6698 三協印刷株式会社 東京都目黒区目黒本町5-20-7 電話 03(3793)5971 ※禁無断転載