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生体適合性バイオインターフェイスの構築と機能
生体適合性バイオインターフェイスの構築と機能 Preparation of biocompatible interface and its functions 石原一彦 (東京大学大学院工学系研究科) K.Ishihara Department of Materials Science The University of Tokyo 東京都文京区本郷 7-3-1, [email protected] 医療用デバイスやヘルスケアーデバイスなどが生体成分に接触する界面では, 生体分子を吸着,活性化させない生体適合性に優れた表面が必要である.ここ では,生体膜構造を構築できるポリマーについて,その構造と機能を紹介する. Biointerface, Phospholipid polymer, Biocompatibility, Surfece Modification 1. 緒言 21 世紀に入り,バイオテクノロジーやバ イオエンジニアリングに対する期待はます ます高まってきている.特に遺伝子情報の 解明はこれに拍車を掛け,バイオ関連産業 を中心とした医学,薬学領域のみならず,環 境,エネルギーなど基幹産業分野に大きな 影響を与えることは必至の状況である.一 方,バイオ関連産業を支えるバイオマテリ アル工学は未だに発展途上であり,今後効 率的な研究開発費と人材の投入により短期 間での飛躍的発展が求められている.20 世 紀,科学技術はマテリアルの大きな発展と ともに社会生活を大きく変革してきた.し かしながらバイオがこれからの中心産業と して社会貢献できるかは,この領域で確実 に利用できるマテリアルの開発に依存して 血栓形成 免疫応答 構造,機能変化 血液,体液, 培養液 生体, 生体成分 細胞 粘着 凝集 デバイス 機能の低下 物質透過性 選択性 応答性 吸着特性 タンパク質吸着 マテリアル 構造 種類 量 構造 配向 分布 化学構造 表面自由エネルギ− 親水性 疎水性 荷電状態 ミクロ構造 図 1.バイオインターフェイスの構築 と言って過言ではない.事実,現在,バイオ 技術で産生される有用タンパク質を構造変 化させることなく100%の効率で分離精製で きるメンブレンマテリアルすら存在しない. 生体系とデバイスとの界面をきちんと形成 できるバイオインターフェイスの構築はマ テリアルの求められる最大かつ緊急に解決 しなければならない問題である(図 1) . 生体あるいは生体系に優しいに優れたバ イオインターフェイスを持つバイオマテリ アルを創製しようとする場合に,生体の構 造に注目して設計を行うことは至極当然で あろう.例えば細胞膜表面の構造をマテリ アル表面に構築できれば,タンパク質や細 胞など生体成分の吸着や構造変化を抑制で きる新しいポリマーバイオマテリアルが創 製できる.生体膜構造を人工系で構築する ことは高度な分子配向,組織化を実現する ことであり、これにより生体との相互作用 を制御することが可能である.ここでは天 然系を模した人工系という観点から,新し い機能を発現するリン脂質分子あるいはリ ン脂質極性基の集積化表面を概観する.す なわち,21世紀のバイオ工学、バイオ産業あ るいは高度先端医療を支える高機能デバイ スを開発するために不可欠なポリマーバイ オマテリアルを創製する手法を考えたい. MPCユニット 疎水性メタクリレートユニット CH3 (CH2- C)a C=O ことが明らかとなった. CH3 O+ OCH2CH2OPOCH2CH2N(CH3)3 O (CH2- C)b C=O OR リン脂質極性基 (ホスホリルコリン基) 図 2.MPC ポリマーの構造 2. リン脂質ポリマーバイオインターフェイ スの表面特性 バイオ関連産業において最も大きな問題 は,取り扱うバイオ分子の構造変化(変性) と非特異的な吸着である.これをコント ロールできることこそが,これからのバイ オ戦略として大切であることは疑う余地も ない.従来のマテリアルは本格的なバイオ 産業において,全く機能しない.そこで新し いポリマーバイオマテリアルの開発,創製 が不可欠である. 演者らは生体膜類似表面を最もシンプル に構築できる新規ポリマーの創製に取り組 み,リン脂質極性基を側鎖に有する 2- メタ クリロイルオキシエチルホスホリスコリン (MPC)ポリマー(図 2)を合成し,表面での生 体反応を解析してきた(石原一彦; 生体材料 , 11(1), 36 (1993),石原一彦; 機能材料, 19(9), 25 (1999),石原一彦;生体材料 ,18 (1),33 (2000)). 血液などの体液が材料と接 触すると血液中の血漿タンパク質の吸着が 直ちに起こり,このタンパク質吸着層を介 して血液凝固反応などの過激な生体反応が 誘起される.したがって血液適合性を医療 デバイスに付与するためにはタンパク質吸 着を限りなく少なくすることが大きなポイ ントとなる.MPCポリマー上では血漿タンパ ク質吸着量がポリマー中のMPC組成の増加に 伴い減少する傾向となった.このことはMPC ユニットがタンパク質との相互作用を弱め, 吸着を効果的に抑制する性質を有すること を表している.さらに,MPC ポリマーは細胞 成分の粘着,活性化及び凝集も阻止し,これ までにない優れたバイオマテリアルである 3.表面修飾材としての MPC ポリマー MPCポリマーはタンパク質吸着を始めとす る一連の生体異物反応を効果的に抑制する. すなわちタンパク質との相互作用が極めて 弱く,例えタンパク質と接触している場合 でもタンパク質の構造変化を引き起こさな い性質を持つことがわかった.これがMPCポ リマ−の生体適合性の要因であると考えら れる.MPC ポリマ−のタンパク質吸着,構造 変化抑制効果には水の構造が天然の状態い わゆる自由水が多いためであると結論でき る.生体あるいは生体成分と接触するバイ オセンサーやバイオチップなどのバイオイ ンターフェースとしての役割を充分に果た せる.これまで埋め込み型血糖値センサー 表面をMPCポリマーで被覆すると,連続14日 間以上の安定な血糖値診断が可能であるこ とがわかった.また,これからのヘルスケ アーに有効なチップのキャピラリー部分の 生体適合性向上にも有効であり,このチッ プの実用化に目途をつけることができた. 食品や発酵工業用分離膜の表面修飾剤とし ての検討も行われ,非タンパク質吸着性に より分離効率が上げられることが報告され ている.ELISA などの臨床診断・検査性能を 飛躍的に向上させることも可能である.さ らに,ハードコンタクトレンズの処理液と して応用され,防汚,防曇作用が認められて いる.一方,マテリアル表面ではなく,皮膚 や細胞など生体そのものの表面処理剤とし ても興味ある知見が得られている. 4.結言 MPCポリマーは今後の医療デバイスあるい はバイオサイエンス(タンパク質工学,遺伝 子工学,脳の機能解明など)用のデバイスを 製作するマテリアルを作る分子設計概念と して重要となるであろう.人工生体膜と呼 ぶにふさわしい魅力あふれる MPC ポリマー が,次世紀の ME 関連産業,バイオ関連産業 に貢献すること間違いない事実と確信する.