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EU インド FTA の交渉状況

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EU インド FTA の交渉状況
EU インド FTA の交渉状況
ブリュッセル事務所・欧州ロシア CIS 課
2007 年 6 月に始まった EU とインドの FTA 交渉が大詰めを迎えている。2012 年 2 月 10
日に開かれた EU インド首脳会議では、共同声明で交渉が終わりに近づきつつあること
が確認され、ファンロンパウ欧州理事会常任議長は、大きな進展があったと歓迎した。
バローゾ欧州委員会委員長は、2012 年秋にも交渉が妥結されると期待していると具体
的な時期に言及した。EU の新通商戦略「グローバル・ヨーロッパ」のもとでの EU 韓国
FTA に続く「新世代の FTA」が、形となりつつある。他方、技術レベルでは両者の立場
には依然大きな開きがあり、首脳会議後に開かれた交渉会合でもその差を埋めること
はできず、年内合意は困難とする見方もある。
本レポートは、首脳会議に先立ち、交渉の現状と課題についてブリュッセルのホワイ
ト&ケース法律事務所に調査を委託し、仮訳したものである。言うまでもなく交渉は
依然進行中であり、首脳会議前の時点での交渉状況を報告する本レポートと現状の交
渉状況は異なっている可能性がある。
これまで EU インド FTA の交渉期限は、首脳会議のたびに設定されては引き延ばされる
ということを繰り返してきたが、秋までに合意を達成することができるのか、今後の
動向が注目される。
目
次
1.FTA 交渉の背景および概要 ................................................................................................ 2
2.FTA 交渉の経緯と現状 ....................................................................................................... 3
3.主な争点 .............................................................................................................................. 4
【免責条項】
ジェトロは本レポートの記載内容に関して生じた直接的、間接的損害及び利益の喪失に
ついては一切の責任を負いません。
これは、たとえジェトロがかかる損害の可能性を知らされていても同様とします。
本レポートの無断転載を禁じます。
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1.FTA 交渉の背景および概要
2007 年 6 月、欧州委員会とインド政府は、2004 年の戦略的パートナーシップ共同宣言
を踏まえて、包括的かつ高度な貿易投資協定に向けての交渉を立ち上げた1。交渉当事国は
貿易投資に関連する分野において、拘束力のある規定を設けることで、モノ、サービスの
市場アクセスを改善すること、および持続可能な開発に関連する貿易問題についての協力
をすすめることを目的としていた。
FTA の想定される内容に関しては、EU、インド政府に対してはより高い透明性を求める
声も高まっているが、交渉マンデートや正式な協定の草案、交渉スケジュール、影響評価
といった関連情報について一般からアクセス可能な情報は不足している。しかし、非公式
の情報源や EU 関係者との議論も踏まえ、特に EU 側にとっては、この包括的な協定の内
容は以下のような広範な分野をカバーするものと想定されているとみられる:
 物品貿易:最大 10 年をかけて、二国・地域間の輸出入関税を撤廃(実質的にすべて
の物品貿易を対象とする)
。非関税障壁の廃止。原産地規則。不正防止措置。強制規
格・任意規格の相互承認および衛生植物検疫措置。
(農産品)セーフガード措置、貿
易救済措置。
 サービス貿易、設立(開業)
:
(透明性、無差別、市場アクセス、安定性、保護に基づ
く)設立の漸進的自由化および無差別原則に基づく広範なサービス貿易の自由化によ
る互恵的な市場アクセスの拡大。
 公共調達:国、地域、地方レベル、および公益事業での公共調達市場の漸進的自由化、
ならびに関連する不服申立て手続き、協力メカニズムの整備。
 競争政策:
(企業間の制限協定、協調的行為、支配的地位の濫用、合併、国家援助に
関する)反競争慣行についての共通の基準についての合意、実効的な競争ルール、協
力、執行。
 知的財産権:実効的かつ適切な知的財産権保護を確保するルールに関する合意。地理
的表示(GIs)および多数国間協定に合致するエンフォースメントを含む。
 資本移動および支払い:経常的支払いおよび資本移動の自由化。
 税関および貿易円滑化:輸出入、トランジットに関するルール、要件、手続きについ
ての共通約束(模倣品に対する税関による実効的な知財エンフォースメントに関する
ものを含む。これは国際的なルールおよび基準に沿った実効的な管理を確保する一方
で、二国・地域間の貿易を促進することをも目的とするものである)
。
 貿易と持続可能な開発:社会、環境分野での国際的に合意された基準(国際労働機関
(ILO)の主要基準および環境物品、サービス、技術の促進を含む)に合致した、貿
Communication from the Commission to the Council, the European Parliament and the European
Economic and Social Committee - an EU-India Strategic Partnership(COM/2004/0430):
http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=COM:2004:0430:FIN:EN:PDF
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易と持続可能な開発の社会、環境側面に関する共通の約束。
 規制の透明性:透明性の増大、ならびに物品、サービスの貿易に影響のある規制の導
入前に行う関係者とのコンサルテーションを確保するための共通の合意したメカニ
ズム。
 機構枠組みおよび紛争解決:FTA の実施を監視し、二国・地域間協力を確保するため
の委員会の設置。FTA に関する紛争解決および調停に関する相互に合意したルール。
 投資:投資に関する市場アクセス制限の漸進的廃止、および広範な資産(債務証券、
資本的利益、事業コンセッション、知的財産権を含む)にかかわる既存の投資保護を
確保するためのルール2。
2.FTA 交渉の経緯と現状
2007 年から 2012 年 1 月までの間に、15 回の交渉会合が行われた。1 月時点で最後のイ
ンド EU 首脳会議は 2010 年 12 月に開催され、EU、インドともできるだけ早急に交渉を妥
結することを明確に約束した。同首脳会議以来、多くの二国・地域間会合が、いくつかの
公式な交渉会合とともに、さまざまなレベル(技術専門家、主席交渉官、貿易閣僚など)
で開催され、2012 年 2 月 10 日のインド EU 首脳会議での妥結に向け集中的に交渉を行っ
た。
EU インド FTA に関する重要な EU 内の議論は、2011 年 11 月 25 日、12 月 7 日、2012
年 1 月 20 日に行われた。欧州委員会と加盟 27 カ国の貿易専門高官によるフルレベルでの
貿易政策委員会(TPC)での議論である。この会合中、EU インド間で技術専門家および主
席交渉官レベルでの議論が 2011 年 12 月(2011 年 12 月 5~7 日に主席交渉官による生産
的な会合が行われた)、2012 年 1 月も継続されることが確認された。最後の正式な交渉会
合は、技術、政治会合とともに、デリーで 1 月 12~13 日に開かれた。
EU は、交渉は 2012 年 1 月現在、2007 年 6 月の交渉開始以来、最も集中的に行われて
おり、決定的な段階にあるということを認めている3。2012 年 2 月の EU インド首脳会議ま
でに残る主要な課題を解決しようという試みは、今や交渉を妥結するか、破棄するかいず
れかであるという時期に来ているとの一般的理解から来るものである。合意の目標の日程
は、尐なくとも、インドで 2012 年 7 月に予定されている大統領選が年の後半以降の交渉妥
結を困難にするかもしれないとの懸念があるため、このように設定されている面もある4。
EU サイドでは、主要な課題が解決できるかについて懐疑的な見方もあった一方、EU 関係
2
EU インド FTA の投資に関する交渉マンデート(2010 年 12 月に発効したリスボン条約により、EU の交
渉権限に加えられたことになる)のドラフトは本来非公開だが、以下のウェブサイトで閲覧できる。
http://www.bilaterals.org/spip.php?article18960
3 2011 年 11 月 17 日時点での交渉の現状に関する EU の公式な声明は、以下の URL を参照。
http://trade.ec.europa.eu/doclib/press/index.cfm?id=755
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ホワイト&ケースの報告によるとこのようにされているが、インドの大統領は象徴的地位にあり、また
FTA がどこまで争点となりうるかは定かではない。
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者によれば、FTA 交渉は妥結可能であるとの楽観的な見方が徐々に現れてきたという。こ
れは、主にインドが一定の課題に対する柔軟性を示したおかげによる新たな進展と、相当
の関税削減と市場アクセスの利益が将来的な EU インド FTA によって EU 産業界にもたら
されるとの一般的な理解が広がったことによる。
2012 年 1 月終わりの交渉会合では、ワイン5などの分野ではコンセンサスが形成されつつ
あるとの兆候がみられた一方、自動車や農産品に関する交渉はいまだ継続されていた。こ
うした状況の中、2012 年 2 月のインド EU 首脳会議の準備のために、EU からアシュトン
外務・安全保障政策上級代表が率いるハイレベル代表団が 2012 年 1 月 15~19 日にインド
を訪問した。アシュトン上級代表は、2012 年 1 月 16 日にバンガロールで S.M.クリシュナ
外相と会談した後、「技術的に必要な部分、政治合意」を含め、合意を形成するためには
もう尐し時間が必要であると述べた。別の EU 関係者によれば、首脳会議前の交渉妥結は
なされないだろうと確認された。交渉担当者たちは、今や 2 月の首脳会議の機会をとらえ、
交渉の進展を確認し、政治合意をなすことを計画しているということだった。アシュトン
上級代表は FTA の準備が整うタイムフレームについて明確にしなかった。単に、ここ 3 ヵ
月の間に FTA の技術的詳細について EU、インド担当官の間での交渉に相当の進展がみら
れたということと、交渉妥結に向けて対話を前に進めることに取り組んでいると述べるに
とどまった6。インドの報道(1 月 26 日付)によれば、EU の駐インド大使は、仮に 2 月の
首脳会議中に政治合意がなされれば、夏か秋の早々までには FTA に合意できるだろうと語
ったという7。
3.主な争点
EU 関係者などからの情報によれば、EU インド FTA 交渉の主要な争点は、以下の通り
広範な分野、課題に及ぶ(なお、交渉は現在も行われており、特に首脳会議前には集中的
に行われていたことから、以下は必ずしも最新の状況を反映するものではない)。

物品貿易:EU とインドは FTA が品目ベースで尐なくとも 90%以上をカバーするこ
5
ワインについては、インド政府は低品質ワイン、低価格蒸留酒の関税引下げは拒否したものの、高品質
のアルコールの関税の「相当」の引き下げについて合意したといわれている。高品質ワインや高級スコッ
チについては低い税率が課されるということで、関税分野の進展があったことは EU、インドとも示してい
る。接触した EU 関係者は最終的に合意した正確な関税率の開示は拒否したものの、報道によれば、高品
質ワインについて、現行 150%の関税が課されるところ、約 40%に引き下げられるとされている。この点、
英国の主席交渉担当官は、合意に達したとの声明を発表しているが、同様に正確な関税率については触れ
ていない。この声明に触れた報道記事によれば、(引下げ後の関税率は)40%を下回ることはないとみら
れるという。http://www.bbc.co.uk/news/uk-scotland-scotland-business-16666843
6
http://europa.eu/rapid/pressReleasesAction.do?reference=MEMO/12/13
7
http://www.thehindubusinessline.com/industry-and-economy/economy/article2831975.ece?homepage=true&ref=wl_
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とで既に合意している8。ただし、自動車・自動車部品(詳細は以下参照)、化学品、
電気・電子機器、機械、ワイン・スピリッツなど、EU 産業界が大きな利益を有する
特定産品についてさらなる関税引下げを EU が求めて、交渉は引き続き行われている。
さらに、残るセンシティブ品目についても、現状維持条項(スタンドスティル)に
より、現行適用されている水準が関税上の上限に設定される可能性がある。EU はま
た、インド側は農産品関連の約束の合意については、真摯な取り組みをみせている
ことに留意しつつ9、家禽類、乳製品、穀物、麦芽、油など一定の農産品についても、
関税引下げの意思を示すようインドに求めている。関連する問題として、EU、イン
ドは農産品セーフガード措置の技術的な詳細について合意できていない(インドは
自己選択型で、あらゆる農産品に適用可能で、厳しい発動水準を持つより厳格なメ
カニズムを求めているのに対し、EU は協定の全体的なバランスを維持するためこの
点ではより緩やかなメカニズムを求めている模様)。EU は、特に農産品分野での欧
州の地理的表示(GIs)について、より簡素化された登録手続きのもとで保護される
よう確保することに焦点を当てている(これは加盟国からの圧力の結果として、す
べての FTA についてとられている戦略と合致する)。この点は、洗練された知的財
産権の承認制度を持たないインドでは、実現するのは難しいようにみえる(後述参
照)。主要な論点としては、このほかにワイン・スピリッツに関する非関税障壁(NTBs)
の撤廃もある。ただし、ワインについてはごく最近の交渉でコンセンサスが得られ
たと報じられている。
自動車は、交渉で最も意見の分かれている分野の一つだ。解決案はいまだ模索され
ている。インドは現在自動車に 60%、バス・トラックに 10%、自動車部品に 7.5~
10%の関税の基本関税10を課している。このため、インドから EU への輸出は数十万
台に上る一方、EU からインドへの自動車輸出は年間数千台にとどまっている。EU
の情報筋によると、インドは高級車の関税を即時に 60%から 30%に引き下げ、5 年
後には 20%にまで引き下げるという提案をしたとされている。他方、小型車につい
ては即時に 60%から 50%に、5 年後には 40%に引き下げるという提案をした。EU
の交渉官はこの提案を受け入れなかった。EU 関係者によれば、EU 側は EU 産業界
にとって明確なプラスの結果の確保を求めており、自動車と関連部品の関税引下げ
交渉は今もなお続けられているという。12 年 2 月の EU インド首脳会議前に自動車
の交渉を終結させる“意思”は EU にあったとしても、この問題についての EU、イ
ンドの見解の開きはあまりに大きい。実際、最近になって自動車関税の引下げ交渉
は継続されることになり、首脳会議前には終わらないことが確認された。
(訳注)日インド EPA や韓インド FTA では乗用車は譲許の対象から除外されている。
農業補助金は交渉の対象とはなっていない。
10
ただし、インドは基本関税のほかに追加関税(物品税との相殺関税)と特別追加関税を課している。そ
のため実質的な自動車の関税率は 100%超となる。これらの基本関税以外の税については、交渉の対象と
はなっていない。インドの関税の仕組みについてはジェトロの J-FILE 制度情報(インド)を参照。
http://www.jetro.go.jp/world/asia/in/trade_03/#block2
8
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なお、EU 側は現在、インドから輸出される自動車に対して、一般特恵制度(GSP)
の特恵分(3.5%)を控除すると 6.5%の関税を課しているが、EU は自らの自動車、
自動車部品への関税については撤廃する用意があるとみられる。

サービス貿易:EU は特にインドの銀行、小売分野の市場アクセスの拡大に特に関心
がある11。EU 側の理解によれば、EU の銀行、小売分野での要求、すなわち、同分野
での EU 企業に対する外資規制を撤廃することは、立法措置を必要とすることなく対
応することができる。ただし、この点については、複数ブランドを扱う総合小売市
場への投資制限の緩和など、近時一定の制限の緩和が試みられている12。他方、EU
側の理解によれば、インドは保険、法律、会計、郵便、金融サービス分野では、EU
の FTA のもとでの期待に応えるために、新たな立法措置を採択する必要がある13。
EU、インドは専門サービス業の自然人の移動に関する約束の問題についても、引き
続き議論を行っている(この問題はまた、WTO サービス協定(GATS)の“モード 4”
(人の移動)の問題としても知られる)。インド人技術労働者およびサービス供給
者については、一定の状況ではビザを緩和してほしいとインド側は要求している。
EU 関係者によれば、特に、ヘルスケアサービスへのインド人のアクセスを潜在的に
認めることを EU が約束するのは、加盟国との関係でセンシティブな問題であるとし
ている。欧州委員会は、モード 4 については、EU の提案は通常オファーしようとす
る範囲を超えたものになるということを既に示している14。欧州委員会のデュ・グヒ
ュト委員(通商担当)も 2011 年 11 月に、欧州委員会は外国企業子会社のキーパー
ソネルの一時的移動(つまり、企業内転勤)について交渉を行っているほか、限ら
れた分野ではあるが、(欧州での雇用契約ではなく)事前に締結された第三国のサ
ービス供給者と欧州のサービス消費者間でのサービス契約の下で、高技能専門家が
一定の期間、サービスを提供する可能性を指摘している15。ただし EU は、サービス
供給者についてセーフガード条項を含めることを検討している。EU はまた、インド
と交渉しているモード 4 のほとんどの点について相互主義を要求している16。2011
年 12 月 23 日にインド政府は外交官等のビザ免除を提案した。EU の交渉官はこの提
案を検討しており、提案は加盟国の意見も踏まえるため、加盟国にも送付されてい
11
複数ブランドを扱う総合小売業への海外直接投資は、インドでは禁止されている。また、単一ブランド
小売業への投資は、51%までの資本参加が認められ、卸売業は開放されていた。
(訳注)ただし、インドは 12 年 1 月には単一ブランドの小売業への 100%参入を条件付で認めるなど、外
資規制の見直しを図っている。一連の動向については、ジェトロの J-FILE 制度情報(インド)を参照。
http://www.jetro.go.jp/world/asia/in/invest_02/
12
例えば、http://www.btimes.com.my/Current_News/BTIMES/articles/intail/Article/を参照。
13 このことは 2011 年 11 月に開かれた FTA の動向に関する官民対話で確認された。
http://trade.ec.europa.eu/doclib/docs/2011/november/tradoc_148373.pdf
14
前掲注 13 参照。
15
欧州議会議員からの質問(E-6186/2010)に対する欧州委員会の書面による回答を参照。
http://www.europarl.europa.eu/sides/getAllAnswers.do?reference=E-2010-6186&language=EN
16
欧州議会議員からの質問(E-009194/2011)に対する欧州委員会の書面による回答を参照。
http://www.europarl.europa.eu/sides/getAllAnswers.do?reference=E-2011-009194&language=EN
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る。EU 駐インド大使によれば、専門家の移動の問題は、2012 年 2 月の首脳会議では
議論されないだろうとしている。EU の関係者によれば、一定のモード 4 の問題につ
いては、ビザの発行は EU 加盟各国の権限に属する分野であることから、この点につ
いての FTA の約束を EU 全体として提示することは困難であり、そもそも技術的に
FTA 交渉の枠内では取り上げることはできないということを認めている。また、イ
ンドに与えられる約束が将来の EU の FTA の先例となることについての懸念もある。
他方で、EU はこの問題はインドの主要な関心事項であることも認識しており、(a)
EU の主な関心であるサービス分野(上で示したような分野)における EU 企業の市
場アクセス改善を条件にすること、(b)サービス供給者に適用されるセーフガード
措置を検討することなどに留意しつつ、この点について提案の中で一定の柔軟性を
示せるよう努力をしている。2011 年上半期中に、欧州委員会は、インドのモード 4
に関する要求をどの程度受け入れられるかを確定するため、EU 加盟国との協議に入
った。
関連する問題としては、インド政府は 2012 年 1 月、インドの専門家のアクセス改善
を目的として、EU およびオランダ、フランス、オーストリアなど一部加盟国と人的
資源移動パートナーシップ協定につき交渉することを発表した17。

公共調達:公共調達については、EU は妥協する意向であるようだが、FTA の規定が
インドの連邦中央政府レベルで適用されるにとどまり、州レベルでは適用されない
ということが重要な課題となっている。ただし、インドの連邦政府レベルについて
も、FTA の公共調達規定の適用範囲は大きな争点となっている。EU はインドに対し
て、例えばエネルギー、電気通信、ヘルスケア、鉄道契約に関して、EU 企業へのよ
り広範な無差別待遇を確保するために関連法令を見直すよう期待している。

知的財産権:報道では、FTA では知的財産権(IPR)の章の草案に関する意見の違い
が「主要な未解決の争点」であると広く報じられているが18、EU 関係者によれば、
この問題の尐なくとも一定の論点については重要ではないとしている。多くのイン
ド産ジェネリック医薬品が、オランダの港湾・空港経由で第三国に輸送される途中
で、特許侵害を根拠に一時的に差止められたことで、この章に関する議論は物議を
醸しているという見方もある。
インドは 2010 年 5 月に EU を WTO に提訴した(DS408)
。
加えて、報道によれば、ジェネリック医薬品へのさらなる規制への懸念から、イン
ドは、EU の WTO 知的所有権の貿易関連の側面に関する(TRIPS)協定を超える要
求、すなわち、新商品の販売前承認を求める企業に対するデータ独占(data exclusivity)
期間の設定、特許保護期間の延長、知財保護およびエンフォースメント改善のため
の追加的な国境措置といった要求について、これらを受け入れがたいと考えた。し
17
http://timesofindia.indiatimes.com/pravasi-bhartiya-news/India-eyes-overseas-job-market-plans-to-ink-pacts-with-EU
-Oz/articleshow/11417370.cms
18
例えば http://donttradeourlivesaway.files.wordpress.com/2011/12/dec-2011-letter-to-ec_final_pdf.pdf
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かし、EU の欧州委員会は声明で、EU は FTA の知財規定はインドのジェネリック医
薬品の生産、輸出能力を制限しないことを確認する意向であることを明らかにした。
EU は、インドの開発途上国で必要不可欠とされるジェネリック医薬品の生産者とし
ての重要な役割を認識しているためである。インドは、強制実施が実行された後の
ジェネリック医薬品の製造を妨げられないということが確認された19。現行の EU 法
(規則 1383/2003、見直し中)では、EU をトランジット中の知財侵害の疑いのある
製品(インド産の「適法な」ジェネリック医薬品含む)に対し、引き続き国境措置
をとることができることになっており、このため、この点での FTA でオファーでき
る約束はこの限りで限定されることにはなるが、EU はまた EU をトランジット中の
関連インド製品に不必要な干渉をしないよう確保し、関連原則を FTA に反映させて
いく用意があることを示唆している。この点、知財エンフォースメントに関する FTA
規定案はまだオープンであり、交渉の最終段階での課題として残されている。
-
データ独占権(data exclusivity)20
2011 年 4 月に欧州委員会デュ・グヒュト委員(通商担当)は、EU はインドとの FTA
でデータ独占権について交渉しないということを明確にした。ただし、もしインド
がデータ独占権を規定する法令を採択するのであれば、EU はインドに EU の医薬品
製造業者への内国民待遇を求める予定。デュ・グヒュト委員はこの点に関連して、
テストデータの保護は、強制実施が考えうるデータ独占権のルールに優先するとい
うことにすれば、強制実施や公衆衛生の必要性といった措置を通じての医薬品への
アクセス確保と共存しうると主張した。欧州委員会は、強制実施のもとでジェネリ
ック医薬品が製造された場合には、必要としている途上国への輸出も含めて、デー
タ独占権は排除されるべきであるという点に同意した。特許が存在しない場合には、
公衆衛生の必要性および医薬品アクセスの確保の要請がある時にも、データ独占権
の適用除外に反対しないことも表明した21。EU はデータ独占権と投資条項を交渉に
再び乗せようとしているという噂があるが、EU 関係者は最近になってもデータ独占
権が交渉の対象となっていないということを確認した。
19
http://trade.ec.europa.eu/doclib/docs/2010/december/tradoc_147167.pdf
(訳注)新薬を開発した製薬企業のデータを保護し、他の当事者が商業目的でこれらのデータを利用す
るのを防ぐ措置。具体的に言えば、この保護措置は当該期間中に、ジェネリック薬の製造業者が臨床試験
に着手したり、保護当局がジェネリック薬の販売承認申請を評価したりしないようにする。OECD(坂巻弘
之訳)『図表でみる世界の医薬品産業』(2009)p.219.これに対し、後述のデータ保護(data protection)
とは、薬事当局が製薬企業から提出されたデータに対して守秘義務を負うことをいう。具体的な違いは、
例えばジェネリック医薬品メーカーから販売承認申請が提出されたときに生じる。データ保護の制度の下
では、当局は先行する医薬品メーカーが提出したデータを参照して販売承認申請を審査することができる。
これに対して、データ独占権が認められる場合、当局は一定期間先行メーカーの試験データに依拠するこ
とを禁じられる。ジェネリック医薬品メーカーは独自でデータを提出しなければならないということにな
り、実質上販売は極めて困難となる。以下の特許庁資料を参照。
http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/chousa/pdf/tripschousahoukoku/22_3.pdf
21
2011 年 5 月 9 日の EU インド FTA の現状に関する欧州議会での議論を参照。
http://www.europarl.europa.eu/sides/getDoc.do?pubRef=-//EP//TEXT+CRE+20110509+ITEM-020+DOC+XML+V
0//EN&language=EN
20
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8
ただし、医薬品のデータ保護(data protection)については、EU 産業界およびイン
ドの行政府の報告22によれば、インドの現行のデータ保護の水準は TRIPS 協定に違
反しているという。このため EU は、TRIPS 協定のもとでの医薬品のデータ保護の
水準を EU インド FTA にも取り込もうとしている。また、インドのその他の産品に
対するデータ保護の水準は、既に TRIPS 協定で交渉された水準を超えるものになっ
ている。EU はインドのこれらの国内法制での水準についても、FTA の枠組みに取
り込もうとしている。
-
特許保護期間の延長
EU は 2010 年に、(インドでは販売承認申請の処理が大幅に遅れており、そのため
に特許保護期間の延長が必要とされていたことから)インドの販売承認申請の処理
について大きな懸念がなくなったということが交渉で確認されれば、EU は EU イン
ド FTA での特許の追加的保護の問題を追及しないと表明した23。2011 年 4 月、デュ・
グヒュト委員は、FTA は特許保護期間の延長を規定しないということを明言した24。
このことは最近の EU 関係者との議論でも確認されている。
-
知的財産権と投資
FTA の投資に関する章については、2011 年 4 月にデュ・グヒュト委員は、交渉は今
のところ投資家の市場アクセスに関する条件のみカバーしていると報告した25。しか
し、2011 年 9 月 12 日に、EU 閣僚理事会(理事会)は投資保護規定を交渉対象に含
めるよう、交渉指令の修正で合意した。交渉指令の修正では、「投資が FTA の発効
前後いずれになされたものであるにかかわらず」EU が将来の投資保護の章の範囲に
知的財産権を含めるつもりであることが明確に示されている26。FTA の投資保護に
関する交渉は現在も進行中である。2 月の首脳会議までに合意が達せされるかどうか
は定かではない。
-
地理的表示(GIs)
地理的表示は EU の関心の高い分野の一つだが、インドは二国間協定で地理的表示
をこれまで認めたことはない。EU は、インドの非農産品の地理的表示(多くが工業
品、工芸品)を認める代わりに、190 の EU の農産品の地理的表示を承認するよう求
めている。地理的表示の登録手続きもまた議論の対象となっている。交渉は今のと
ころ困難な状況にあるが、「正しい方向には向かっている」という。
22
Report on Steps to be taken by Government of India in the context of Data Protection Provisions of Article 39.3 of
TRIPS Agreement, 31 May 2007 http://chemicals.nic.in/DPBooklet.pdf
23
http://trade.ec.europa.eu/doclib/docs/2010/may/tradoc_146191.pdf
24
2011 年 5 月 9 日の EU インド FTA の現状に関する欧州議会での議論を参照。
http://www.europarl.europa.eu/sides/getDoc.do?pubRef=-//EP//TEXT+CRE+20110509+ITEM-020+DOC+XML+V
0//EN&language=EN
25
欧州議会議員からの質問(P-002242/2011)に対する欧州委員会からの書面による回答
http://www.europarl.europa.eu/sides/getAllAnswers.do?reference=P-2011-002242&language=HU
26
交渉指令は通常非公開だが、インドの交渉指令修正については以下でリークされた文書を閲覧できる。
http://www.bilaterals.org/spip.php?page=print&id_article=20272
ユーロトレンド 2012.5
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9

持続可能な開発:もう一つ引き続き交渉の対象となっている重要な問題としては、
FTA の持続可能な開発の章に労働、環境基準に関するかなり野心的な規定を置くと
いう EU の要求が挙げられる。この問題は、インドにとってセンシティブな問題とさ
れている。デュ・グヒュト委員は 2011 年 5 月、持続可能な開発に関する章によれば、
社会問題または環境問題と結びつけて貿易制限措置をとることは禁じられていると
認めた27。
以
上
27
2011 年 5 月 9 日の EU インド FTA の現状に関する欧州議会での議論を参照。
http://www.europarl.europa.eu/sides/getDoc.do?pubRef=-//EP//TEXT+CRE+20110509+ITEM-020+DOC+XML+V
0//EN&language=EN
ユーロトレンド 2012.5
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アンケート返送先
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03-3582-5569
e-mail:[email protected]
日本貿易振興機構 海外調査部 欧州ロシア CIS 課宛
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調査タイトル:EU インド FTA の交渉状況調査
ジェトロでは、EU インド FTA の交渉の現状を目的に本調査を実施いたしました。報告書をお
読みいただいた後、是非アンケートにご協力をお願い致します。今後の調査テーマ選定などの
参考にさせていただきます。
■質問1:今回、本報告書で提供させていただきました「EU インド FTA の交渉状況調査」に
ついて、どのように思われましたでしょうか?(○をひとつ)
4:役に立った 3:まあ役に立った 2:あまり役に立たなかった 1:役に立たなかった
■ 質問2:①使用用途、②上記のように判断された理由、③その他、本報告書に関するご感想
をご記入下さい。
■ 質問3:今後のジェトロの調査テーマについてご希望等がございましたら、ご記入願います。
■お客様の会社名等をご記入ください。(任意記入)
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