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プロジェクト名:超高分解能X線分光計のための信号処理回路
平成20年度埼玉大学総合研究機構研究プロジェクト(研究経費)研究成果報告書 プロジェクト名:超高分解能X線分光計のための信号処理回路の設計 プロジェクト代表者:田代 信(理工学研究科・教授) 1 はじめに 本研究課題では、超稿分解能 X 線分光器である X 線マイクロカロリメ-タのための、波形信号処理回路 の開発を行う。X 線カロリメータとは、入射した X 線光子 1 個 1 個のエネルギーを、素子の温度上昇によ り熱エネルギー(フォノン)として測定する検出器である(図1) 。フォノン 1 つ 1 つの励起エネルギーは、 シリコンの光電吸収による CCD に比べ 60 倍もの統計量が得られるので、原理的には E/ΔE=1000 を超 える高精度の光子エネルギー決定ができる。これは現在の X 線 CCD に比べ 20 倍以上のエネルギー分解 能であり、文字通り画期的な装置となる。 これまで衛星に載せられた X 線精密分光器としては、回折格子 (grating)を用いた X 線分光器の実績がある。1keV 以下で FWHM に して 2eV 程度のエネルギー分解能を実現しているが、天体の観測装置 としては、大きな問題がある。すなわち、波長の情報を位置情報とし て読み出すため、点源の場合にしか高い分解能は得られない。これは 銀河団などの広がったガスをもつ天体のガスの運動を測定するには不 適当である。 また、回折光子の分散角は入射 X 線の波長に比例する 図1 X線カロリメータの動作原理 ため、波長の短い=エネルギーの高い X 線に対してエネルギー分解能が劣化する。このため宇宙で普遍的 にみられる鉄 K 輝線に対してはかならずしも最善の選択とはいえない。また分散型であるため、光子統計 の面でも不利である。 それに対し、非分散型検出器であるカロリメ-タは、エネルギー分解能は入射エネルギーによらないの で、高エネルギーほど高いエネルギー分解能を発揮でき、またアレイ型にすることで画像取得もできる。 このため非分散型の高精度分光計としてもっとも高いエネルギー分解能を誇る、X 線マイクロカロリメ- タは、 次期X線天文学において新しい発見を遂げる期待の検出器であり、 次期X線天文衛星計画ASTRO-H の主力検出器とされている。 2 波形処理回路 このようにX線マイクロカロリメ-タは、 原理的には非常に高いエネルギー分解能を 達成することができるが、実際には単純に パルスのピーク値をとっただけでは、波形 の揺らぎのよって E/ΔE=1000 もの高い 精度のエネルギー分解能は達成できない。 そこで、X 線マイクロカロリメ-タでは、 波形全体をつかって、S/N 比を最大にする ような最適フィルタ処理が必須である。具 体的には、ディジタルフィルタリングによ る高周波ノイズの除去と光子イベント検出 を行い、さらに最適フィルタをもちいた波 図2センサー-アナログ信号処理(X-ray box: Xbox)-ディジタル信号処理(pulse shape processor; PSP)-SpaceWire ル ー タ (SWR)- 衛 星 デ ー タ 処 理 部 (SMU/MDH)の構成模式図 平成20年度埼玉大学総合研究機構研究プロジェクト(研究経費)研究成果報告書 形(波高と立ち上がり時間)の計算を行う。軌道 X 線望遠鏡として使用するためには、これらはすべて、 衛星上でリアルタイムに行われなければならない。このための装置が、本課題で我々が開発している信号 処理回路の根幹である。 ASTRO-H 計画では、搭載機器で生成されるデータは、ディジタル化された後、共通のハードウェアを もちいたデータ処理回路で抽象化され、パケット化された上で、衛星上のデータストレージにいったん蓄 積され、地上局との更新時間帯にまとめて電送される。必要な観測装置ごとのカスタマイズは、FPGA と 搭載ソフトウェアでおこなわれる。具体的には、宇宙航空研究開発機構と三菱重工株式会社が開発してい る Mission I/O Board と SpaceCard が搭載機器のターゲットとなる。構成の概念図を図2にしめす。 3 イベント検出ディジタルフィルタの開発 本年度の開発は、ディジタル信号処理部のなかでも、光子イベント検出部のアルゴリズムの開発に主眼 をおいた。これはアナログ信号処理部(ASTRO-H では X-ray Box=Xbox と略称)で、ディジタル変換され た信号波形を、LVDS 経由で受信し、ディジタルフィルタリングによって、光子イベントに特徴的な立ち 上がり波形を検出する部分で、Mission I/O Board の FPGA 回路部に実装される。絶え間なく流れ込む連 続的な波形信号から、光子イベントを切り出す。 このときに特に大切なのが、信号の時間間隔である。1 で述べたようにX線マイクロカロリメータの信 号処理においては、数十ミリ秒にわたる波形全体を評価することで入射X線エネルギーを求めるので、前 後の光子イベントをもれなく検出し、波形の質を選別することである。質の高い波形のみを選択的に使用 することではじめて、究極的なエネルギー分解能が達成されるからである。 これを FPGA 回路に実装するうえで問題となるのが、パルスにともなうアンダーシュートである。この アンダーシュート中に第二のイベントが紛れ込むと、イベント検出の閾値を下回ってしまい、このイベン トを見逃すことになる。そこで我々は、従来の boxcar 型のディジタルフィルタを改良した有限インパル ス応答(FIR)フィルタを開発した。 図 3にX線カロリメータからの実際の 波形と、開発した FIR フィルタをも ちいた結果のディジタル波形を示す。 右の波形でアンダーシュートが解消 され、波形中の第二イベント(セカ ンドトリガイベント)が赤でしめし 図3カロリメータ波形(左)と FIR フィルタによるディジタル波形 た閾値を越えていることがわかる。 このように今年度の開発によって、ディジタル信号処理部の光子イベント検出部のアルゴリズムの根幹に めどがたった。次年度は、これをうけて波形解析をおこなうソフトウェアの開発に主眼をおく。 5 成果発表 M. Tashiro et al. “Study of non-thermal phenomena with Suzaku and beyond” 37th COSPAR Science Assembly, Montreal, July 2008 K. Mitsuda et al. “The x-ray microcalorimeter on the NeXT mission” Space Telescopes and instrumentation, August, 2008 H. Seta et al. “Development of Digital Signal Processing System for the X-ray Microcalorimeter onboard ASTRO-H” 13th international workshop on low temperature detector, Stanford Univ. Palo Alto, CA, USA, July 2009