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ワークショップ1「食物のプロが語る食物アレルゲン」
第 31 回日本小児難治喘息・アレルギー疾患学会 ワークショップ 1 「食品のプロが語る食物アレルゲン」 日時:2014 年 6 月 28 日(土) 10:00~11:50 会場:名古屋国際会議場 2 号館 2F 第1会場 会長:伊藤 浩明先生(あいち小児保健医療総合センター内科部長) 座長:佐藤さくら先生(国立病院機構相模原病院 臨床研究センター 病因・病態研究室) :和泉 秀彦先生(名古屋学芸大学 管理栄養学部 管理栄養学科) 演者:和泉 秀彦先生 :松尾 裕彰先生(広島大学大学院 医歯薬保健学研究院 応用生命科学部門 病態解析治療学) :岩本 洋先生(森永乳業株式会社 栄養科学研究所 栄養機能研究部 主任研究員) :丸山 伸之先生(京都大学 大学院農学研究科 農学専攻品質開発学分野) :板垣 康治先生(北海道文教大学 人間科学部健康栄養学科) 共催:ファディア株式会社 71 W1-1 食物アレルゲンの消化・吸収 ○和泉 秀彦、山田 千佳子 名古屋学芸大学 管理栄養学部 管理栄養学科 食物アレルギーにおいては、アレルゲンが経口的に摂取され、消化管を通して体内に取り込まれる ため、消化管の免疫系と相互作用する点で他のアレルギーとは大きく異なっている。消化管の重要な 機能として、摂取された食物の消化および栄養分の体内への吸収があげられる。したがって、通常、 摂取されたアレルゲンは、消化管内でプロテアーゼにより、抗原性を持たないペプチドもしくはアミ ノ酸まで分解された後に体内に吸収され、免疫系を刺激しない。その他の機能として、消化管は微生 物やアレルゲンなどの異物が体内に侵入するのを防ぐためのバリア機能も有している。これには、消 化管免疫系により産生された分泌型 IgA や貪食細胞による異物の除去、消化管上皮細胞の選択的透過 性などが重要な役割を果たしている。このような機能が備わっているにも関わらず、微量ではあるが 確かに、消化酵素による分解を逃れ、免疫学的に活性を保持した状態でアレルゲンが消化管上皮細胞 を通過し、アレルギーを引き起こすことが報告されている。遺伝的要因、アレルゲンの摂取量や頻度 など様々な要因が考えられるが、アレルギーの発症のメカニズムと消化吸収との関連は十分に解明さ れていないのが現状である。そこで、本講演では、アレルゲンとなり得るタンパク質の消化性や吸収性 について、米の主要アレルゲンを例に取り上げて、これまでの知見を紹介する。実験方法としては、米 アレルゲンの消化性を in vitro および in vivo の両面から解析し、マウス消化管内での動態を調べ、吸収 時における消化管内残存量を測定した。また、門脈血に移行した米アレルゲン濃度を測定した。アレ ルゲンとなり得るタンパク質(米アレルゲン)は、消化酵素に抵抗性を示し、投与量の約 1/100 が消化 管内に未分解のまま残存し、そのうち 1/1000 から 1/10000 が門脈血中に移行することが明らかとなった。 今後、このような基礎的なデータが多く報告されれば、アレルゲンとなり得るタンパク質の消化性を 食品加工の段階で向上させることで、食物アレルギー患者のアレルギー症状誘発を抑制でき、アレル ゲン食品が摂取可能となるであろう。また、摂取量とその後に誘導されるアレルギー応答との関連に ついて研究が進むことにより、妊娠・授乳期の母親層や離乳初期の乳児などに対して、食物アレルギー 予防に向けた食生活指針の提案が可能になるかもしれない。 72 W1-2 小麦アレルゲン ○松尾 裕彰 広島大学大学院 医歯薬保健学研究院 応用生命科学部門 病態解析治療学 小麦は世界で生産量が最も多い穀物であり、本邦においてもパン、麺類、ピザなどの小麦製品が広 く食されている。また、揚げ物の衣や水産・食肉加工品のつなぎとしても利用されているため、ほぼ 毎日小麦を摂取しているといえる。一方、小麦に感作されアレルゲン特異 IgE 抗体が体内で産生され ると、小麦製品摂取後に蕁麻疹、掻痒、腹痛、嘔吐、下痢、喘息などの症状が誘発される小麦アレルギー が発症する。また、小麦は断続的な下痢 , 腹痛 , 脂肪便 , 体重減少 , 吸収不良などを呈するセリアック 病(グルテン過敏性腸炎)の原因となる。小麦アレルギーやセリアック病を発症すると、小麦やグル テン除去食療法が実施されるため食生活の質が著しく低下する。小麦アレルギーには、小麦を含む食 品を食べた直後から 2 時間以内にアレルギー症状が出現する通常の即時型小麦アレルギー以外に、小 麦粉を吸入することにより発症するパン職人喘息、小麦摂取後に運動負荷が加わることにより症状が 誘発される小麦依存性運動誘発アナフィラキシー(WDEIA)、小麦粉に触れることで皮膚症状が誘発さ れる小麦接触蕁麻疹・皮膚炎といった病型がある。最近、加水分解小麦タンパク質を含有する石鹸を 使用することによって経皮的に感作され、WDEIA を発症した特殊な小麦アレルギーも報告されている。 このように経口摂取のみならず接触や吸入によっても発症し、様々な臨床症状を呈することが小麦アレ ルギーの特徴の一つである。これまでに、各病型における原因アレルゲン解析が行われ、20 種以上の小麦 タンパク質がアレルゲンとして同定されている。塩可溶性小麦アレルゲンとして α- アミラーゼインヒ ビター , アグルチニン , ペルオキシダーゼ , 脂質輸送タンパク質(LTP)など、塩不溶性のアレルゲンと してグリアジン類やグルテニン類が報告されている。これらのアレルゲンは、通常の即時型小麦アレ ルギー , パン職人喘息 ,WDEIA などの各病型間でオーバーラップしているが、パン職人喘息では α- ア ミラーゼインヒビター、成人の WDEIA では ω5- グリアジンや高分子量グルテニンというように病型ご とに重要なアレルゲンが存在することが示されている。今回、これまで報告されている小麦アレルゲ ンの特徴について我々の研究成果を交えて紹介する。 73 W1-3 牛乳・乳製品の加工とアレルゲン性 ○岩本 洋 森永乳業株式会社 栄養科学研究所 栄養機能研究部 主任研究員 牛乳には 40 種以上のタンパク質が含まれており、そのいずれもがヒトに対して異種でありアレルゲ ンとなり得る。代表的なアレルゲンコンポーネントとしてはカゼイン(Bos d8)、β—ラクトグロブリン(Bos d5)、α—ラクトアルブミン(Bos d4)、血清アルブミン(Bos d6)などが挙げられる。このうちカゼイン は牛乳を pH4.6 に調整すると沈殿するタンパク質であり、その他は可溶性の乳清タンパク質と呼ばれる。 カゼインは規則的な立体構造を持たず加熱によるアレルゲン性変化は少ないが、球状の乳清タンパク 質は加熱によって変性しアレルゲン性も変化することが知られている。 一方、我が国では食品衛生法に基づく「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令(乳等省令)」によっ て牛乳は「保持式により摂氏 63℃で 30 分間加熱するか、又はこれと同等以上の殺菌効果を有する方法 で加熱殺菌すること」と定められており、さらに流通する牛乳の大半は UHT(超高温加熱処理、120 〜 150℃で 1 〜 3 秒)法で処理されたものである。従って、同じアレルゲン食品でも鶏卵や魚介類のよう に「生」で流通することはなく、消費者が手にする時点で既にある程度の加熱処理が施されている。 また、牛乳中のタンパク質の 80% はカゼインであるが、乳清タンパク質が強化された近年の乳児用 調製粉乳(育児用ミルク)では β—ラクトグロブリンが多く、カゼインは 30% ほどしか含まれていない。 逆にチーズはタンパク質の殆どがカゼインであり、このように乳製品によってアレルゲンコンポーネ ントの構成比率が異なる場合もある。 発酵による影響では、ヨーグルトでは乳酸菌の消化酵素によるタンパク質の分解は殆ど期待できな いが、チーズの場合、レンネット(カゼインを凝固させるために添加されるタンパク質分解酵素)の 影響もあり、長期熟成したものではある程度分解が進むものもあるようである。 しかしながら、このような牛乳・乳製品の加工処理における加熱や発酵などが牛乳タンパク質のアレ ルゲン性に及ぼす影響は一般に限定的であり、牛乳アレルギー患者の摂取を前提とした低アレルゲン 化では工業的な加水分解処理が必要である。 74 W1-4 リコンビナント大豆コンポーネントを利用したアレルゲン解析 ○丸山 伸之 京都大学 大学院農学研究科 農学専攻品質開発学分野 大豆は、我々の日々の食生活に不可欠な食品素材である。大豆に含まれるタンパク質は豆腐などの 食品加工に利用できる性質を備えているとともに、健康に寄与する生理機能性が明らかとなっている ものもある。一方で、大豆は主要なアレルギー食品であり、現在、8 種類の大豆タンパク質が WHO/ IUIS においてアレルゲンとして登録されている。種子貯蔵タンパク質である 2S アルブミン(Gly m 8) は大豆種子に含まれている量が少ないにもかかわらず感作されている患者が多く、臨床診断において も有効なコンポーネントとして報告されている。一方、大豆タンパク質において含量が多いものは種 子貯蔵タンパク質の中でも 7S グロブリン(Gly m 5)や 11S グロブリン(Gly m 6)である。これらの 種子貯蔵タンパク質は特有の食品加工特性をもつため、大豆の産業利用の点では不可欠な構成成分と いえる。Gly m 5 および Gly m 6 は、それぞれ複数のサブユニットに由来しており、Gly m 5 は α、α’、 β の 3 種類の、Gly m 6 は少なくとも 5 種類のサブユニット(アミノ酸配列の類似性から 2 グループに 分けられている)により構成されている。大豆の種子から調製した Gly m 5 および Gly m 6 は、それら のサブユニットがランダムに会合した 3 量体および 6 量体構造を基本構造としている。 我々は、遺伝子工学的手法によるリコンビナントコンポーネントを用いて大豆アレルゲンの解析を 進めている。リコンビナントタンパク質を用いることにより、Gly m 6 などの複数のサブユニットが会 合しているタンパク質では、単一のサブユニットにより構成されるコンポーネントでのアレルゲン解 析が可能となる。Gly m 5 のような糖タンパク質の場合には、糖鎖の付加が起こらない大腸菌発現系を 用いたリコンビナントタンパク質により糖鎖の交叉性を排除して解析できる。また、リコンビナント タンパク質はアレルゲンの構造解析にも有用であり、それらを利用していくつかの大豆コンポーネン トの立体構造について明らかにされている。本講演では、リコンビナントコンポーネントを用いたア レルゲン解析について紹介するとともに、大豆タンパク質の構造に視点をおいて考察してみたい。 75 W1-5 魚類アレルゲンの性状と低アレルゲン化について ○板垣 康治 北海道文教大学 人間科学部健康栄養学科 1. はじめに 我が国は、世界有数の魚介類消費国であるとともに、食物アレルギーの原因食品においても、成人 では、魚介類が第 1 位を占めている。乳幼児期に多い卵や牛乳のアレルギーなどのように、成長とと もに高い確率で耐性を獲得するものもあるが、成人期で多い魚介類アレルギーは一度発症すると一生、 食べることができなくなる場合が多く、患者の QOL は著しく低下する。 2. 魚類のアレルゲン性 現在、日本人が食べている魚の種類は 300 種以上と言われている。しかし、一度、魚類アレルギー と診断されると、すべての魚類、およびその加工品の摂取を控えるように指導されることが多い。では、 本当に、魚類のアレルギーになると、すべての魚を食べることができなくなるのか。著者らは、文部 科学省からの助成を受けて、130 種余りの魚のアレルゲン性を網羅的に調査した。魚類の主要なアレル ゲンは、分子量約 12kDa のパルブアルブミンという水溶性タンパク質である。パルブアルブミンを指 標として魚種ごとにアレルゲン性を調べた結果、顕著な差異が認められた。特に軟骨魚類に属するヨ シキリザメ、およびマカスベ(エイの一種)は極めてアレルゲン性が低いことが明らかとなった。 3. 低アレルゲン化 パルブアルブミンは耐熱性が高く、魚類アレルギー患者の多くは、基本的に、魚を生でも、加熱・ 調理したものでも摂取するとアレルギーを発症する。ところが、かまぼこやかつお節は、魚類アレルギー であっても摂取できる場合が多い。また、伝統的な水産発酵食品である「へしこ」や「しょっつる」などは、 微生物が産生するタンパク質分解酵素の作用によって魚肉中のタンパク質は低分子化される。このと き、パルブアルブミンも同時に分解され、アレルゲン性が低下する。さらに、缶詰やレトルト食品な どのように、魚肉を高圧下で高温処理することにより、通常の加熱では変化しないパルブアルブミン であっても、アレルゲン性が低下することが認められている。 4. まとめ 摂取可能な魚種を見つけることや、調理加工によってアレルゲン性を低減すること、伝統的な水産 加工食品に着目することは、魚類アレルギー患者の QOL を向上させるだけでなく、我が国の魚食文化 を見直すためにも重要な視点であり、食育活動の展開や地産地消の推進に対しても貢献できるものと 考えられる。