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健常成人の β2 アドレナリン受容体多型と塩酸

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健常成人の β2 アドレナリン受容体多型と塩酸
日呼吸会誌
●原
40(8)
,2002.
637
著
健常成人の β2 アドレナリン受容体多型と塩酸プロカテロール
単回吸入時の肺機能の関連
誠1)2) 岸本 伸人2)
小林
上田 暢男2)
亀井
雅2)
大西 久子2)
多田 慎也2)
藤田 次郎2)
田口 博國1)
要旨:β2 アドレナリン受容体はミスセンス変異が 4 種類知られている.Arg 16→Gly 変異は β2 アゴニスト
に誘導される down regulation に関与するとされている.今回,健常者に β2 刺激薬(塩酸プロカテロール)
単回吸入後ボデイプレテイスモグラフにて気道抵抗などやピークフロー(PEF)を急性期に経時的に測定し
Arg 16→Gly の変異有無と測定値の変動の関連を検討した.PEF 値は Gly 16!
Gly 16 群では上昇は見られず,
Arg 16!
Gly 16 群は軽度の上昇が見られた.気道抵抗値変動は Arg 16!
Gly 16 群は後 5 分から有意に低下,30
分後もその低下は継続,Gly 16!
Gly 16 群は後 5 分から低下,15 分まで値は低下するが,その後には上昇傾
・
・
向を示していた.これらの違いは V 50,V 25 にさらに顕著であった.Gly 16!
Gly 16 群と Arg 16!
Gly 16 群
では β2 刺激薬に対する反応性に違いがあることが示唆された.
キーワード:β2 アドレナリン受容体遺伝子多型,気道抵抗,塩酸プロカテロール,β2 刺激薬,気管支喘息
緒
cleotide 46,79,100,252,491,523,1053,1098,1239
言
の部位に SNPs が確認されており,そのうち nucleotide
ヒト β2 アドレナリン受容体遺伝子は 1987 年にクロー
46,79,100,491 の多型はそれぞれ Arg 16→Gly,Gln
ニング1)されており,イントロンを持たない遺伝子で,
27→Glu,Val 34→Met,Thr 164→Ile のアミノ酸変異を
2)
第 5 染色体長腕にある .
伴い,それ以外はアミノ酸変異を伴わないことがわかっ
ヒト遺伝子には比較的出現頻度の高い変異が存在し,
ている4).
一般人での遺伝子頻度が 1% 以上のものは変異(muta-
β2 アドレナリン受容体遺伝子多型の臨床的意義につ
tion)ではなく多型(polymorphism)と呼ばれている.
いては,培養系細胞への遺伝子導入による検討結果から
多型の多くは遺伝子 DNA の塩基配列が 1 つだけ置換さ
Arg 16→Gly 多型では,β2-agonist への長期暴露による
れて生じるもので,一塩基多型(single nucleotide poly-
受容体の down regulation が促進されることが明らかに
morphism ; SNPs)
と呼ばれている.最近では,この SNPs
されている5).
が高血圧,糖尿病,気管支喘息などの疾患の感受性を規
今回,我々は,健常者における nucleotide 46 の 16 位
定,または,薬剤の吸収,薬剤の代謝に関与したりさら
アミノ酸変異の変異の有無別での β2 アドレナリン受容
には薬剤の効果・副作用に影響を及ぼすことがあるので
体刺激薬(塩酸プロカテロール;メプチンTM)の単回投
はないかとの仮定で,多くの研究がされているのが現状
与を行い肺機能とくに 1 秒量や 1 秒率よりも鋭敏に反応
である.ヒト β2 アドレナリン受容体遺伝子多型は,制
すると言われている気道抵抗を指標にして急性期におけ
限酵素 Ban-I による断片長多型(Ban-I
る経時的推移を観察したので報告を行う.
RFLP)として
報告 された.現在までに β2 アドレナリン受容体遺伝子
3)
研究対象と方法
多型は構造遺伝子領域に 9 カ所,プロモーター領域に 8
カ所,計 17 カ所の SNPs が確認されている.構造遺伝
1.対象
子の SNPs はとくにアミノ酸変異を伴う場合には受容体
本試験に同意をした健常者 29 例を対象とした.遺伝
機能に変化が生じる可能性が高くなる.これまでに nu-
子多型分析を行った症例は男性 16 例,女性 13 例で平均
〒783―8505 南国市岡豊町小蓮
1)
高知医科大学 第 3 内科
2)
北四国呼吸器疾患共同研究グループ
(受付日平成 13 年 10 月 31 日)
年齢 30.4±7.7 歳,男性の平均年齢は 33.0±6.0 歳,女性
27.3±8.6 歳であった.肺機能,気道抵抗を行った症例
は 23 例で平均年齢 32.4±7.4 歳,男性 16 例,女性 7 例,
男性の平均年齢は 33.0±6.0 歳,女性 31.0±10.5 歳であっ
638
日呼吸会誌
40(8)
,2002.
Table 1 Changes in lung function after inhalation of β2-agonist(procaterol)
Mean±SD
Before
FEV1.0
V50
V25
PEF
10 min
15 min
20 min
*
30 min
L Hetero
3.5±0.75
3.51±0.74
3.54±0.73
3.59±0.72
3.53±0.79
3.54±0.79
Mutant
3.68±0.55
3.72±0.5*
3.77±0.52
3.69±0.5
3.71±0.48
3.73±0.51
3.59±0.68
3.61±0.66
3.57±0.72
3.59±0.73
All
FEV1.0%
5 min
*
*
3.54±0.7
3.56±0.69
% Hetero
86.3±4.9
*
88.1±4.6
87.6±4.5
88.4±4.1
86.9±5.6
86.7±5.5
Mutant
83.9±4.5
86±5.1
86.8±5.4
86.6±5.7
86±5.6
85.5±5.7
All
85.8±4.8
87.6±4.6*
87.4±4.6
88.0±4.4*
86.7±5.5
86.4±5.4
5.2±1.7
*
5.3±1.8
5.4±1.9
L/S Hetero
4.9±1.6
Mutant
4.7±1.2
5.2±1.4
5.4±1.3
5.1±1.2
5.2±1.3
5.0±1.2
All
4.8±1.5
5.2±1.6*
5.3±1.6*
5.3±1.6*
5.3±1.7*
5.3±1.8
L/S Hetero
1.9±0.7
*
*
*
2.2±0.8
2.2±1
2.3±0.8*
Mutant
1.8±0.5
2.0±0.6
2.1±0.6
1.9±0.7
1.9±0.6
1.9±0.6
All
1.9±0.7
2.1±0.7*
2.1±0.7*
2.2±0.8*
2.1±0.9
2.2±0.8*
542.2±132.3
547.2±127.6
555.6±117.3
571.7±109.5
579.4±105.7*
603.3±61.9
601.7±57.8
620±65.1
631.7±74.4
624±78.3
L/min Hetero
Mutant
All
Airway resistance
Hetero
cmH 2O/L/S Mutant
All
5.2±1.7
2.1±0.8
5.4±1.7
2.1±0.8
570±121.5*
628.3±74.9
*
566.7±111.0
569.0±106.1
581.3±102.2
593.3±106.4
1.73±0.62
1.29±0.47*
1.28±0.36*
1.2±0.41*
1.51±0.4
1.23±0.35
1.2±0.33
1.68±0.58
*
1.28±0.44
*
1.26±0.34
1.06±0.27
*
*
595.4±96.2*
1.24±0.39*
1.28±0.41*
1.15±0.14
1.04±0.25
595.7±98.8
*
1.17±0.38
1.22±0.35
1.23±0.39*
PEF:before, 1 min, 3 min, 5 min, 10 min, 60 min
*
:P<0.01 (paired t test)
た.ピークフローを行った症例は 16 例で平均年齢 32.6
allele では PCR 産物の 5’末端から 22 bp が,Gly 16 allele
±4.9 歳,男性 13 例,女性 3 例,男性の平均年齢は 33.2
では 3’
末端からは 18 bp が切り出されるように設計し
±4.6 歳,女性 30.0±6.6 歳であった.
た.
2.方法
肺機能および気道抵抗はボデイプレチスモグラフ(ミ
本試験に参加を同意した健常者より全血を採取し,
genomic DNA を標準的な方法で抽出した.β2 アドレナ
リン受容体 Codon
16 の遺伝子変異を Martinez らの発
ナト社,東京)を用いて,検査時間毎に 3 回行い,一番
数値の優れたものを採用した.測定時間は,試験開始前,
塩酸プロカテロール吸入薬を吸入後 5 分,10 分,15 分,
・
表した PCR-RFLP 変法に準じて解析を行った6).上流プ
20 分,および 30 分とし,1 秒量,1 秒率,気道抵抗,V
ラ イ マ ー は 5’
GCCTTCTTGCTGGCACCCCAT 3’
,下
50,V 25 を測定した.ピークフローの測定は試験開始
流 プ ラ イ マ ー は 5’
CAGACGCTCGAACTTGGCCATG
前,塩酸プロカテロール吸入薬を吸入後 1 分,3 分,5
3’
を使用した,下線の塩基は Nco 1 の制限酵素切断箇所
分,10 分,および 60 分とした.
・
を導入するために改変した部位である.PCR 反応は 10
成
mM Tris-HCl(PH 8.3)
,50 mM KCl,1.5 mM MgCl2,
0.005% gelatin,200 µM dNTP,0.8 unit Taq DNA polym-
1
績
遺伝子多型の頻度
erase,0.4 µM の各プライマーを含む 50 µl の規模で行っ
今回測定を行った健常者 29 例の内訳は,nucleotide 46
た.DNA の変性は 94℃ 3 分行い,引き続く PCR サイ
が Arg 16!
Arg 16 である野生型は 2 例,Arg 16!
Gly 16
クルの温度条件は 94℃ 1 分,64℃ 1 分,72℃ 1 分であ
の hetero 型が 18 例,Gly 16!
Gly 16 の mutant 変異型が
り,最後の伸長反応は 72℃ 5 分とした.PCR 産物の Nco
9 例であった.これら例数の比率は 2 : 18 : 9(6.9 : 62.1 :
1 による消化は 37℃ 3 時間行った.制限酵素消化産物は
31%)であった.報告されている比率6)と比較するとや
4% NuSieve agarose gel で電気泳動後,ethidium bro-
や野生型が少ないようであった.
mide 染色後,UV 下に観察した(Fig. 1).PCR 産物の
肺機能検査が行えた 23 例の β2 アドレナリン受容体遺
サイズは 168 bp であり,制限酵素 NcoI の作用で Arg 16
伝子多型の頻度 Arg 16!
Arg 16 : Arg 16!
Gly 16 : Gly 16!
β2 受容体遺伝子多型とプロカテロール吸入薬の反応性の違い
639
β2 AR-16 polymorphism(PCR-RFLP)
Gly 16 は 1 : 17 : 5(4.3 : 73.9 : 21.7%)で あ っ た.な お,
今回の結果から,野生型群は症例数が少なかったので,
U
1
2
3
4
M
肺機能検査値の比較を行う検討からは除外した.ピーク
フローが行えた 16 例では β2 アドレナリン受容体遺伝子
多 型 の 頻 度 Arg 16!
Arg 16 : Arg 16!
Gly 16 : Gly 16!
Gly
16 は 1 : 9 : 6(6.3 : 56.3 : 37.5%)であった.
2
肺機能(Table 1)
hetero 群と mutant 群における塩酸プロカテロール吸
入前の肺機能および塩酸プロカテロール吸入後の上昇ま
168 bp
146 bp
128 bp
たは下降分の面積についてはどの肺機能も有意な差は認
められなかった.(吸入前の肺機能は対応のない 2 標本
の母平均値の差の信頼区間検定.吸入後の上昇または下
降分の面積の差は対応のない 2 標本の U 検定)
塩酸プロカテロール吸入後の気道抵抗を除く肺機能検
査数値は各項目とも吸入前と比較して上昇していた.気
道抵抗に関しては吸入前と比較して,低下していた.各
数値は平均±標準偏差で表した.統計処理に関しては多
重性を考慮し,t 検定を行った(post hoc test)
.
2.
1
1 秒量の推移
全例における塩酸プロカテロール吸入前の 1 秒量値は
平均 3.54±0.70 L であったが,吸入後 5 分では 3.56±0.69
Arg/Arg Arg/Gly Gly/Gly
Fig. 1 Identification of a polymorphism in codon 16 of
β2-adrenoceptor. Lane U is an undigested PCR product(168 bp)
. Homozygotes for the Arg 16 allele are in
lane 1(a fragment of 146 bp)
, homozygotes for the Gly
16 allele are in lane 4(a fragment of 128 bp)
, and heterozygotes are in lanes 2 and 4(fragments of 146 bp
and 128 bp)
. Lane M is a DNA size marker.
L と微少ではあるが有意にやや上昇し,最大の上昇は
3.61±0.66 L,15 分であった.30 分後もその上昇は維持
されていた.それぞれの検査値を Arg 16!
Gly 16 の het-
±0.7 L!
S であったが,吸入後 5 分 で は 2.1±0.7 L!
Sと
ero 群,Gly 16!
Gly 16 の mutant 群に分けて検討すると,
上昇し,30 分後までその値は維持されていた.検査値
hetero 群は 15 分後に有意に上昇していたが,mutant
を Arg 16!
Gly 16 の hetero 群,Gly 16!
Gly 16 の mutant
群は 5 分が有意な上昇を示していた.
群に分けて検討すると,hetero 群は吸入後 5 分から有
2.
2
意に上昇し,30 分後もその上昇は継続されていたが,
1 秒率の推移
全例における塩酸プロカテロール吸入前の 1 秒率は
85.8±4.8% であったが,吸入後 5 分では 87.6±4.6% と
有意に上昇し,最大値は 15 分に 88.0±4.4% であり,そ
mutant 群は吸入後 5 分から上昇し,10 分後まで値は上
昇するが,その後には低下傾向を示していた.
2.
5
ピークフローの推移
の後に低下していく傾向であった.検査値を Arg 16!
Gly
全例における塩酸プロカテロール吸入前のピークフ
16 の hetero 群,Gly 16!
Gly 16 の mutant 群に分けて検
ローは 566.7±111.0 L!
min であったが,吸入後 5 分では
討すると, hetero 群のみに吸入後 5 分に有意に上昇し,
593.3±106.4 L!
min と有意に上昇し,その後も上昇して
最大値は 15 分であり,その後に低下していく傾向であっ
いた. それぞれの検査値を Arg 16!
Gly 16 の hetero 群,
た.
Gly 16!
Gly 16 の mutant 群に分けて検討すると,mutant
2.
3
・
V 50 の推移
群では軽度の上昇が見られたが,有意ではなかった.het・
全例における塩酸プロカテロール吸入前の V 50 は 4.8
±1.5 L!
S であったが,吸入後 5 分 で は 5.2±1.6 L!
Sと
上昇し,有意ではないが 30 分後もその上昇は維持され
ero 群は有意な軽度の上昇が見られた.
2.
6
気道抵抗の推移(Fig. 2)
全例における塩酸プロカテロール吸入前の気道抵抗は
ていた.検 査 値 を Arg 16!
Gly 16 の hetero 群,Gly 16!
L!
S であったが,吸入後 5 分では 1.28
1.68±0.58 cmH2O!
Gly 16 の mutant 群に分けて検討すると,両群とも吸入
L!
S と有意に低下し,最大の低下は 15 分
±0.44 cmH2O!
後 5 分から上昇するが,有意に上昇したのは hetero 群
L!
S であり,その後も有意に低下
後 1.17±0.38 cmH2O!
の 15 分のみで mutant 群は 10 分後から低下していく傾
していた.それぞれの検査値を Arg 16!
Gly 16 の hetero
向であった.
群,Gly 16!
Gly 16 の mutant 群に分けて検討すると,het-
2.
4
・
V 25 の推移(Fig. 1)
ero 群は吸入後 5 分から有意に低下し,30 分後もその低
・
全例における塩酸プロカテロール吸入前の V 25 は 1.9
下は継続されていた.mutant 群は吸入後 5 分から低下
640
日呼吸会誌
40(8)
,2002.
・
Fig. 2 Changes in V 25
・
Effects of inhaled procaterol on the maximum flow rate at 25%(V 25)
. Left : all subjects. Right : comparison
・
between hetero(○)and mutant(□),V 25 being measured before and 5, 10, 15, 20, and 30 minutes after inhalation of procaterol. *, **represent p<0.01 by the paired t-test. The values are means±SD.
・
Inhaled β2-agonist(procaterol)significantly increased V 25 at 5, 10, 15 and 30 min in all subjects, and pro・
caterol inhalation significantly increased V 25 at the same times in the hetero group.
し,15 分後まで値は低下するが,その後には上昇傾向
るとの結果であった.
まず,今回測定した健常例 29 例での β2 アドレナリン
を示していた.
考
受容体遺伝子多型の頻度は野生型 2!
29(6.9%)
,hetero
察
型 18!
29(62.1%),mutant 変異型 9!
29(31.0%)であっ
遺伝子多型の研究は,疾患の感受性を規定したり,薬
た.これまでの報告では,欧米の喘息患者でのこれら頻
剤などの作用の増強の違い,副作用の発現の有無などに
度は Reihsaus4)らはそれぞれ 11.2%,32.7%,56.1%(107
関与するとされ精力的に検討されているのが現状であ
例)
,Green ら5)は 20.0%,26.7%,53.3%(45 例)と さ
る.β2 アドレナリン受容体遺伝子多型の喘息病態との
れており,日本人における報告では,南須原9)らが健常
関連性の検討は Reihsaus ら4)が Gly 16 型ではステロイ
者 27.0%,50.0%,22.9%(48 例)
,喘息患者 25.7%,45.7
ド治療や減感作療法を受けている患者が多いと報告して
%,28.6%(175 例)であるとされている.我々の検討
いる.また,Turki ら5)は,夜間喘息患者で変異型頻度
では,症例数が少ないためか,
野生型が少ない頻度となっ
が高いと報告している.さらに,棟方ら は β2 アドレナ
ていた.これに関してはさらなる症例の集積が必要と思
リン受容体刺激薬の連用により,変異型の患者ではベー
われた.
7)
スラインの 1 秒量が有意に低下するとともに,気道過敏
気道抵抗などの肺機能検査値は β2 アドレナリン受容
性の亢進が認められたとしている.また,β2 アドレナ
体刺激薬単回吸入後短時間で改善がみられた.健常者に
リン受容体刺激薬の単回投与による血中 cAMP の反応
おいても気道はある一定の緊張を保っており,その緊張
は明らかに変異型で低下を認めたと報告している.
を β2 アドレナリン受容体刺激薬が緩和させたことによ
8)
健常者に対しての検討について栄田ら の報告では,
ると考えられる.
β2 アドレナリン受容体遺伝子の判明している健常者に
気管支平滑筋は肺胞の細部まで存在しており,β2 ア
対して塩酸プロカテロール 50 µg!
day,5 日間の反復投
ドレナリン受容体刺激薬により,中枢の気道,末梢の気
与を行い,投与前および最終投与 24 時間後に血液を採
道の拡張作用は確認されている10).なお,内服薬と吸入
取し,分離した末梢血単球に一定量の塩酸プロカテロー
薬との比較では効果発現の時間に差があると思われる.
ルを添加後の cAMP 濃度を測定すると Gly 16 型 で は
塩酸プロカテロールの内服薬での cAMP の変動は投与
Arg 16 型と比較して末梢血単球内 cAMP 濃度の上昇率
後約 30 分から 60 分で血中濃度は最高に達することが報
は投与前より抑制されており,反応性の低下が顕著であ
告11)されている.吸入薬では約 5 分後には 1 秒率が改善
β2 受容体遺伝子多型とプロカテロール吸入薬の反応性の違い
641
Fig. 3 Changes in airway resistance
Effects of inhaled procaterol on the airway resistance. Left : all subjects. Right : comparison between hetero
(○)and mutant(□)subjects, Airway resistance was measured before and 5, 10, 15, 20, and 30 minutes after inhalation of procaterol. *, **represent p<0.01 by the paired t-test. The values are means±SD.
Inhaled β2-agonist(procaterol)significantly decreased airway resistance at 5, 10, 15, 20 and 30 min in all subjects, and procaterol inhalation significantly decreased airway resistance at the same times in the hetero
group.
・
・
され,約 60 分後に最高値となり約 3 時間後も効果持続
している V 50,V 25 では両群の差は顕著と考えられた.
があると報告12)されている.内服薬は血中を介して,吸
すなわち,β2 アドレナリン受容体密度の高い,肺胞壁
入薬は肺胞に直接作用することによるが,効果発現の差
における遺伝子変異の有無による違いが明瞭に現れた結
は投与経路による薬剤の到達時間の差によるものと考え
果と考えられた.β2 アドレナリン受容体には,β1,β2,
られる.
β3 の 3 つのサブタイプが存在し,肺では β2 アドレナリ
従来,経口薬では血中移行により末梢気道は拡張され
ン受容体の比率が高く,肺組織の構成細胞では β2 アド
るが,吸入薬は末梢気道には到達しないので拡張作用は
レナリン受容体密度は肺胞壁でもっとも高く,次に気管
12)
弱いとされていたが,これまでの報告 ,今回の検討か
支上皮,気道平滑筋,肺血管内皮の順である16).エアゾー
らも分かるように吸入薬も末梢気道を拡張すること,そ
ルの肺内沈着は中枢部分への沈着が一番多いと考えられ
の発現は早期におこることが確認できた.また,経口薬
るが,拡散により肺全体へ分布すると考えられる.従い,
の頓用でも効果発現は見られている
13)
14)
.
さらに β2 アドレナリン受容体刺激薬の連投による効
果発現に関しては江頭ら15)の報告にあるように塩酸プロ
吸入後急速に末梢部分へ作用することが考えられるの
で,今回の結果と合致していることになる.
β2 アドレナリン受容体遺伝子多型の臨床的意義につ
カテロール錠を 2 週間投与後で塩酸プロカテロール服薬
いては,Arg 16→Gly 多型では,β2 agonist への長期暴
2 時間後の肺機能を観察すると耐性は見られず上昇して
露による受容体の down regulation が促進されることが
いた.今回の検討は単回投与なので連投にて同様な結果
明らかにされているが,今回の検討は単回投与にもかか
が得られるかどうかはさらなる検討が必要である.
わらず,遺伝子変異の差により β2 アドレナリン受容体
今回の結果を遺伝子変異の有無による結果にて検討す
刺激薬への反応性の違いが現れたことに関しては,健常
ると気道抵抗の変動は変異の有無に関係なく,同様な推
者においても内因性のカテコールアミンに常に曝されて
移であったが,統計学的な変化は前値と比較して hetero
おり,この刺激によりある程度の β2 アドレナリン受容
群は吸入後 5 分から有意に低下し,30 分後もその低下
体の down regulation が起こっていることに起因するこ
は継続されていたにもかかわらず mutant 群は吸入後 5
となのか17),または,β2 アドレナリン受容体の立体構造
分から低下し,15 分後まで値は低下するが,その後に
の変化による受容体への結合力・親和性の差が肺機能の
は上昇傾向を示していた.またとくに,末梢気道を現わ
変動の差として現れたことによるのかは今後の詳細な検
642
日呼吸会誌
40(8)
,2002.
討が待たれる.また複数の多型が受容体機能に影響して
phisms of the β2-adrenergic receptor in nocturnal
いることも,想定されるので,それらの相互作用につい
and nonnocturnal asthma : Evidence that Gly 16 cor-
ても今後の検討が必要と思われる.
relates with the nocturnal phenotype. J Clin Invest
今回の検討から β2 アドレナリン受容体 16 位アミノ酸
変異を持つ場合は健常者で β2 アドレナリン受容体刺激
薬に対する反応,特に末梢気道では低下している可能性
が窺えた.また,塩酸プロカテロール以外の β2 アドレ
ナリン受容体刺激薬でも同様な変動を示すかどうかも興
味のあるところである.
1995 ; 95 : 1635―1641.
6)Martinez FD, Graves PE, Baldini M, et al : Association between genetic polymorphisms of the β2adrenoceptor and response to albuterol in children
with and without a history of wheezing. J Clin Invest 1997 ; 100 : 3184―3188.
7)佐藤利佳,棟方 充,南須原康行,他:β2 アドレナ
気管支喘息は気道炎症による慢性疾患と定義されてお
り,気道炎症の沈静化が治療の第一義と考えられる.発
リン受容体 nucleotide 46 および 79 変異の気管支喘
息における意義.日胸疾会誌 1997 ; 35
(増)
:282.
作時には吸入 β2 アドレナリン受容体刺激薬と静注ステ
8)栄田敏之,奥村勝彦:β2 アドレナリン受容体刺激薬
ロイドを投与し,慢性喘息に対しては吸入ステロイドを
の有効性と遺伝子多型.遺伝子医学 2001 ; 5(1)
:
中心に重症度に応じて吸入 β2 アドレナリン受容体刺激
69―72.
薬,キサンチン誘導体,ロイコトリエン受容体拮抗薬な
9)南須原康行,棟方 充,川上義和:気管支喘息と β2
どの併用が一般的である.しかし,吸入ステロイドの長
アドレナリン受容体遺伝子多型.呼吸 1997 ; 16 :
期使用による副作用を懸念することもあり,最近,軽症
1269―1273.
・中等症喘息において吸入ステロイドの倍量吸入のかわ
りに吸入ステロイドはそのままで,β2 アドレナリン受
容体刺激薬の追加効果の有用性が認められてきてい
る18).
すなわち健常者と気管支喘息患者における反応性の違
い,遺伝子の違いなどの関連も検討する余地がある.
謝辞:本文作成において大塚製薬河内康正氏に御協力をい
ただいたことに深謝いたします.
文
献
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β2 受容体遺伝子多型とプロカテロール吸入薬の反応性の違い
643
Abstract
β2-Adrenoceptor Polymorphism and Effect of Inhaled β2-stimulant(procaterol)on
Airway Resistance Measured by Body Plethysmography in Healthy Volunteers
Makoto Kobayashi1)2), Nobuhito Kishimoto2), Hisako Ohnishi2), Shinya Tada2),
Nobuo Ueda2), Tadashi Kamei2), Jiro Fujita2) and Hirokuni Taguchi1)
1)
3rd Department of Internal Medicine, Kochi Medical School, Okou-cho, Nankoku, Kochi 783―8505, Japan
2)
North Shikoku Respiratory Disease Cooperative Study Group
This study was designed to evaluate, in healthy volunteers, differences of bronchodilator responsiveness to a
β2-agonist between those with the Arg 16!
Gly 16 allele and those with the Gly 16!
Gly 16 allele at codon 16 of β2
adrenoceptor polymorphism. Peak flow and pulmonary functions were measured by body plethysmography after
・
the inhalation of procaterol. In the Arg 16!
Gly 16 group, the resulting acute increase of V 25 and acute decrease of
airway resistance were greater, and the bronchodilator effect of a single inhaled β2-agonist was longer, than those
observed in the Gly 16!
Gly 16 group. The present study showed that a single inhalation of procaterol has a varying bronchodilator effect on healthy adults, depending on the genotype of β2 adrenoceptor polymorphism at codon
16.
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