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所報 - 三菱総合研究所
JOURNAL OF MITSUBISHI RESEARCH INSTITUTE 所報 49 2008 No. ●日本企業の研究開発と設備投資 ∼研究開発の経営戦略化の実証分析∼ The Economics of R&D Innovation - An Empirical Study of Japanese Firms - ●日本企業のコーポレート ・ガバナンスと研究開発投資 ∼日本の製薬産業と電気機械産業を中心に∼ Corporate Governance and R&D Investment - Evidence from the Japanese Pharmaceutical Industry and the Electronic Industry - ●MISP:サービスの革新的企画手法 MISP:Method Innovative for Developing Service and Product ●製品製造業向け体系的システム安全プログラムの提案 Proposal of Systematic Safety Program for Product Manufacturers ●金融機関向けシステムリスク評価ツールの構築 Construction of the System Risk Assessment Tool for Financial Institutions ●地理情報システム (GIS) 体制構築コンサルティング手法の開発 Development of the Consulting Technique to Build up the Framework for the Geographic Information System (GIS) ●コロプレスマップ (階級区分図) 作成作業効率化ツールの開発と運用 Development and Operation of a Tool for Improving the Efficiency of Work to Draw up the Choropleth Map ●環境配慮商品における購買層の特性と環境性能の価値評価に関する調査研究 Survey and Research on the Characteristics of Target Buyers and Assessment of Environment-Related Performance in Environment-Conscious Products JOURNAL OF MITSUBISHI RESEARCH INSTITUTE 所報 49 2008 No. 三菱総合研究所/所報 研究論文 Research Paper Page 4 日本企業の研究開発と設備投資 ~研究開発の経営戦略化の実証分析~ The Economics of R&D Innovation - An Empirical Study of Japanese Firms - 研究論文 Research Paper Page 24 日本企業のコーポレート・ガバナンスと研究開発投資 ~日本の製薬産業と電気機械産業を中心に~ Corporate Governance and R&D Investment - Evidence from the Japanese Pharmaceutical Industry and the Electronic Industry - 研究論文 Research Paper Page 48 MISP:サービスの革新的企画手法 MISP:Method Innovative for Developing Service and Product 提言論文 Suggestion Paper Page 64 製品製造業向け体系的システム安全プログラムの提案 Proposal of Systematic Safety Program for Product Manufacturers 技術レポート Technical Report Page 78 金融機関向けシステムリスク評価ツールの構築 Construction of the System Risk Assessment Tool for Financial Institutions 技術レポート Technical Report Page 100 地理情報システム(GIS)体制構築 コンサルティング手法の開発 Development of the Consulting Technique to Build up the Framework for the Geographic Information System (GIS) 技術レポート Technical Report Page 114 コロプレスマップ (階級区分図) 作成作業 効率化ツールの開発と運用 Development and Operation of a Tool for Improving the Efficiency of Work to Draw up the Choropleth Map 研究ノート Research Note Page 128 環境配慮商品における購買層の特性と 環境性能の価値評価に関する調査研究 Survey and Research on the Characteristics of Target Buyers and Assessment of Environment-Related Performance in Environment-Conscious Products 筆者紹介 Page 144 No.49 永野 護 Mamoru Nagano 亀井 信一 Shin-ichi Kamei 近藤 隆 Takashi Kondo 酒井 博司 Hirotsugu Sakai 亀井 信一 Shin-ichi Kamei 八尾 滋 Shigeru Yao 坂尾 知彦 Tomohiko Sakao 土屋 正春 Masaharu Tsuchiya 飯沼 聡 Satoshi Iinuma 首藤 俊夫 Toshio Shuto 平川 幸子 Sachiko Hirakawa 石原 嘉一 Yoshikazu Ishihara 美濃 良輔 Ryosuke Mino 圷 雅博 Masahiro Akutsu 河内 善弘 Yoshihiro Kawachi 中村 秀至 Hideshi Nakamura 蓮井 久美子 Kumiko Hasui 勝本 卓 Taku Katsumoto 林 典之 Noriyuki Hayashi 古木 二郎 Jiro Furuki 宮原 紀壽 Norihisa Miyahara 山村 桃子 Momoko Yamamura 2008 4 研究論文 Research Paper 研究論文 日本企業の研究開発と設備投資 ~研究開発の経営戦略化の実証分析~ 永野 護 亀井 信一 近藤 隆 要 約 本稿は、設備投資を製品化の代理変数とみなすことで、研究開発投資と設備投資 の関係を検証し、両者のつながりが強い企業が持つ研究開発システム上の特徴につ いて分析を行った。本稿の実証分析を通じて得られた結論は、次の通りである。第 一に、1976 ~ 2006 年の 31 年間をみると、日本経済全体では、企業の研究開発投 資と設備投資の関係が希薄化している。関係が希薄化する中で、研究開発投資と設 備投資の 2 変数に正の関係が存在する企業は、アライアンス・知識創出の関係性・ 技術経営強化の、少なくともいずれかを採用している企業である。第二に、素材産業、 電子産業では、ユーザー企業との提携が、研究開発と設備投資の関係を強化する傾 向がある。これらの産業では、市場の需要者との提携が、研究開発力の強化と需要 の取り込みを同時に獲得するため、イノベーション力の増強に貢献している。第三 に、電子産業では、同業他社とのアライアンスも効果的にプラスの影響を与えてい る。このことは、自社技術の情報公開により補完的な技術を持つ企業を発掘するな どの、最近の水平的な企業提携の萌芽を反映しているものと考えられる。 目 次 1.はじめに 2.研究開発投資と設備投資の現状 2.1 長期データからみた研究開発と設備投資 2.2 先行研究 3.研究開発活動と設備投資の関係の検証 3.1 仮説 3.2 データ 3.3 Bivariate Probit モデルによる検証 4.実証結果 5.考察 6.結語 日本企業の研究開発と設備投資 ~研究開発の経営戦略化の実証分析~ Research Paper The Economics of R&D Innovation - An Empirical Study of Japanese Firms - Mamoru Nagano , Shin-ichi Kamei , Takashi Kondo Summary In this paper, we empirically verified the relationship between R&D and fixed asset investment of Japanese firms, by regarding the fixed asset investment as a proxy of firm's product commercialization. The following three conclusions are derived from our empirical study. Firstly, firms with experience of successful innovation have generally concluded a technological alliance with other firms and introduced a top-down management style of technology. Secondly, a technological alliance with corporate users is useful to achieve R&D innovation, especially for basic materials and the electronics industry. Thirdly, alliance with firms publicly auctioned, via technology information disclosure, contributes toward enhancing the relationship between R&D and the fixed asset investment of the firm. Contents 1.Introduction 2.R&D and Fixed Asset Investment of Japanese Firms 2.1 Long-Term Trends 2.2 Existing Literature 3.Empirical Study 3.1 Hypothesis 3.2 Data 3.3 Empirical Analysis Using the Bivariate Probit Model 4.Empirical Results 5.Discussion 6.Conclusion 5 6 研究論文 Research Paper 1.はじめに 日本企業の研究開発投資は、企業価値の増大、ひいては企業の成長に貢献しているのだろ うか。将来の日本では、労働力人口の減少が、企業の成長にとっての制約要因となると指摘 されている。また、労働力の投入に代わる生産活動の源泉として、生産設備などの資本力の 増強が期待されているが、これも、資本の単価が割安である東アジア諸国の台頭により、む しろ日本企業が自律的に生産拠点を東アジア地域で展開する状況にある。残された唯一の可 能性が、研究開発投資を通じた生産性の上昇である。しかし、この両者の関係も、近年、希 薄化が指摘されており、多くの研究開発費が製品の生産に至らず、埋没してきたと言われて いる。 日本経済には、1970 年代から 80 年代の全般的な生産能力増強の時代から、現在は技術集 約型、高付加価値製品の生産力増強が求められている。この高付加価値製品の源泉となるの が企業の研究開発であり、企業の成長の源泉として研究開発投資が期待されているのは、こ れらの理由に因る。しかし、諸外国では、企業の研究開発と企業の成長には、正の関係が存 在しないという研究も散見される。こうした問題意識から、本稿では、企業の研究開発を通 じた製品化が設備投資として、企業活動上、反映されると考え、日本企業の研究開発と設備 投資との関係を検証した。 本稿における分析のアプローチは、次の 2 つの手法を採用している。第一に、1976 ~ 2006 年の電気機器、医薬品産業の上場企業データを用い、過去 30 年間の日本企業の研究開 発投資と設備投資の関係について、長期的な視座からその現状を分析する。第二に、2000 ~ 2006 年の上場企業財務データと、2003 年に三菱総合研究所が、日本の製造業者に対して 実施した「技術経営に関するアンケート調査」の回答データを用い、2003 年時点での企業 の研究開発システムにおいて、どのような特徴が、その後、2004 ~ 2006 年の間に設備投資、 企業価値の増大へ結びついたのかを検証する。 本稿の仮説と検証結果を予め述べると、次の通りである。第一の仮説は、企業の境界を曖 昧化し、他社、大学との研究開発における提携関係を推進している企業は、研究開発投資が 企業価値、設備投資の増大へ結びつく可能性が高い。第二に、消費者の製品開発に係る最終 需要が社内で表現され、それが研究開発・設計・生産部門で共有されている場合に、研究開 発投資は企業価値、設備投資の増大へ結びついている。第三に、研究開発のみならず、財務、 労務政策等、社内の他リソースに関わる権限を有する経営トップが、技術経営に直接携わっ ている場合、その企業の研究開発投資は、企業価値の増大、設備投資へ結びついている。実 証分析の結果、上記の第二、第三の仮説は支持され、経営トップの専門技術経営者としての トップマネジメントと組織内の知の結合が、研究開発と設備投資の関係強化に強く影響を与 えている。第一の仮説については、同業他社、異業種他社、大学、ユーザーの中で、ユーザー との提携が最も研究開発と設備投資の関係強化に結びつきやすいとの結果が得られている。 日本企業の研究開発と設備投資 ~研究開発の経営戦略化の実証分析~ 2.研究開発投資と設備投資の現状 2.1 長期データからみた研究開発と設備投資 米国マッキンゼー社の報告にみられるように、近年、企業の研究開発と業績パフォーマンスの 関係が希薄化しているとの指摘は多い* 1。S & P500 インデックス採用企業の、38 年間の研究開 発投資と株主価値の利回りとの関係を検証した同社の分析は、医薬品産業では企業の研究開発 と株主価値は正の関係があると指摘している。しかし、多くの産業では、この両者は無関係、も しくはマイナスの関係を有する場合もあると述べている。榊原・辻本(2003)は、このマッキンゼー 調査を次のように解釈している。第一に、研究開発強化により企業価値を高めようとする経営者 の努力は、社内独自の研究開発のみでは困難である。第二に、社内で研究開発投資を捻出し、 社内の研究開発システムを強化することと同程度に、社外からの技術を取得することを目的とし た提携・買収・合併、外部との共同研究・委託研究、などの技術戦略が重要となっている。 OECD(2001)や児玉(1991)で指摘されるように、上記の状況は、日本企業の場合にも該当 する。OECD(2001)では、研究開発投資(対 GDP 比)と全要素生産性との関係を検証した結 果、日本は主要先進国と比較して、全要素生産性への貢献度が小さいと指摘されている。また、 企業の研究開発投資と設備投資との関係を検証した児玉(1991)は、年々、日本企業が研究開 発投資の増強を進めているにも関わらず、設備投資に増加傾向に鈍化がみられることから、両 者は確固とした関係にないのではないかと指摘している。実際、NIKKEI Financial Quest より、 1976 年から 2006 年までの 31 年間の企業財務データを用いて、研究開発投資と設備投資との関 係をみてみると、 次の傾向がみられる。この両者の関係を電気機器産業において 1976 ~ 1990 年、 1991 ~ 2006 年の 2 つの期間に分割し、この 2 つの期間のそれぞれの変数の平均をそれぞれ企 業別にみてみると、前者の設備投資(対固定資産比)は後者よりも総じて高い傾向にある。 この 31 年間の研究開発投資と設備投資の関係が示す要点は次の 2 点である。まず電気機 器産業では、既述の通り、同じ規模の研究開発投資に対し、1976 ~ 1990 年の設備投資は 1991 ~ 2006 年を大きく上回っている。さらに、1991 ~ 2006 年の両者の関係は、設備投資 比率が低下したのみならず、電気機器産業の多くの企業が研究開発投資を拡大しているため、 さらに 1991 ~ 2006 年の設備投資比率が低迷化した印象をもたらしている。マッキンゼー調 査では、企業価値との関係で有意であった医薬品産業の研究開発投資と設備投資の関係をみ ても、同様の傾向が窺える。すなわち、医薬品産業でさえも、投じられた研究開発費に比べ 設備投資は 1991 ~ 2006 年は低迷傾向にあり、時代の変遷とともに、設備投資との結びつき が希薄化している印象をもたらしている *2 。 * 1 Kaplan and Foster(2001) * 2 本稿の作成に際し、 「設備投資と研究開発投資の関係性の低下は、1991 年以降の中期的な経済成長率 の低迷の影響に因るものではないか」との指摘を、評者より受けた。しかし、論文中にも触れるように、 この両変数の関係性の低迷は日本のみならず、世界各国でみられる状況であり、また日本においても、 景気が底打ちした 2004 年以降も同様の状況が続いている。かかる現状より、本稿では、いわゆる周期・ 循環的なマクロ的影響は、個々の企業が抱える問題に対し、さほど大きくはないことを前提として、実 証分析を進めている。 7 8 研究論文 Research Paper 2.2 先行研究 研究開発投資と企業の成長をめぐる議論は、これまで数多くの先行研究がある。市場か らもたらされる豊富な技術機会と、社内での巨大な技術市場を抱えるが故、企業規模と研究 開発イノベーションとの関係は、Acs and Isberg(1991) 、Cohen and Klepper(1996) 、後 藤他(2002)などで議論されている。また、収益力が高い企業が、潤沢な内部資金力を背景 に研究開発投資を積極化し、結果的にさらなる技術機会に恵まれ、内部資金力を強めるかと いう命題に係る分析は、Sean(1999) 、Hall(1992) 、Himmerberg and Petersen(1994)や Levin et al.(1985)などで議論されている。上記の先行研究はいずれも、企業規模、内部 資金力と研究開発力との関係の存在を支持しているが、本稿の分析は、これらに加え、企業 が研究開発費の支出と同時に採用する様々な研究開発施策が、どのようなパターンの場合に 製品化へ向かう過程で設備投資を誘発しているかに焦点を充てている。換言すれば、これら の先行研究に対し、本研究の問題意識は、企業がどのような研究開発の仕組みを保有してい る場合に、研究開発投資が設備投資と正の関係を持つのか、という点にある。 本稿が企業の成長を促す研究開発システムとして重視する点は、次の 3 点である。第一の 点は他社、大学、顧客とのアライアンスの有無、第二は社内外との知の結合、第三にテー マ設定や成果のレビューを含むトップ・マネジメントである。第一の研究開発におけるア ライアンスの効果の研究は、多くの先行研究がある。Caloghirou et al.(2003)の分類によ ると、研究開発のアライアンスに影響を与える要因には、大別すると、知財の共有化・ス ピルオーバーへの期待、コスト・リスクシェアリング、企業が持つ固有の特徴・体質、の 3 つがあると指摘している。最も影響が大きいと思われる第一の要因については、Kesteloot and Veugelers(1995)、Greenlee and Cassiman(1999)、Cassiman and Veugelers(2002)、 Cassiman and Veugelers(2003)、Cohen and Levinthal(1989)が、それぞれ提携を実施す る際のパターン別にスピルオーバーの効果を実証しているが、いずれも強い影響力を持つと いう仮説を支持している。 コスト・リスクシェアのための研究開発アライアンスの研究には、コストの面では Sakakibara(1997)、リスクシェアの点では、Hagedoorn(1993)、Tehter(2002)がある。 いずれの実証分析においても、アライアンスを誘発する要因として支持されており、上記の 理由とともに重要な要因であると考えられる。第三の理由、企業が持つ固有の特徴・体質が 与える影響は、企業の組織的な構造が、研究開発アライアンスを誘発するか否かといった点 に焦点を当てるものである。この点は、企業規模と研究開発の関係も踏まえ、Roeler et al. (2001)、Dachs et al.(2004)などによる肯定的な分析が進められてきた。 日本企業の研究開発と設備投資 ~研究開発の経営戦略化の実証分析~ 図 1.日本の電気機器産業の研究開発投資と設備投資の関係(1976 ~ 2006 年) 50.0% 1976∼1990年 45.0% 40.0% 設備投資/固定資産 35.0% 30.0% 25.0% 1991∼2006年 20.0% 15.0% 10.0% 5.0% 0.0% 0.0% 10.0% 20.0% 30.0% 40.0% 50.0% 60.0% 70.0% 80.0% 90.0% 100.0% 研究開発累計費/総資産 注: 「電気機器」の定義は、総合電機、重電、家庭電器、通信機、電子部品、制御機器、電池、自動車関連、その他 作成:NIKKEI Financial Quest をもとに三菱総合研究所 図 2.日本の医薬品産業の研究開発投資と設備投資の関係(1976 ~ 2006 年) 1 0.9 1976∼1990年 設備投資/固定資産 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 1991∼2006年 0.2 0.1 0 0 0.5 1 1.5 研究開発累計費/総資産 作成:NIKKEI Financial Quest をもとに三菱総合研究所 2 2.5 9 10 研究論文 Research Paper 3.研究開発活動と設備投資の関係の検証 3.1 仮説 企業の研究開発システムに関する研究では、すでに述べたように、外部とのアライアンス の要因に関する研究が、既存研究としては最も多い。しかし、これらの既存研究の多くは、 アライアンスの決定要因について検証したものであり、アライアンスを形成することによる 企業価値、設備投資への影響を検証した研究ではない。こうした問題意識にもとづき、本稿 では次の仮説を採用した。第一の仮説は、研究開発における他者との提携が、企業価値の増 大を通じて、設備投資へと結実しているとするものである。その背景、理由については、多 くの先行研究にみられる通り、知の共有・スピルオーバーによるためである。アライアンス の形成については、競合他社と異業種他社、大学・研究機関、ユーザーのいずれと提携する かにより、その影響の有無も異なると考えられる。本稿の研究では、他社や大学・公的機関 との提携よりも、市場の需要を基礎研究分野に直接的に反映できる、ユーザーとの提携が、 企業により高い企業価値をもたらしていると考えている。 企業内部と外部の境界を曖昧化することにより、イノベーション力を高めると考えた第一 の仮説に対し、第二の仮説は、企業の研究開発において需要に近い部門と研究開発との間の 知識創出の関係性、すなわち、企業価値の高まり、設備投資へと結実していると考えてい る。1990 年代の事業部制の導入を経て、日本企業は、消費者需要と開発・生産の関係を強め、 より迅速に顧客満足度を高める製品開発・生産システムを構築してきた。これにより、収益 性が高く、消費者に近い事業部門からもたらされる研究(ディビジョナル研究)の能力増強 が進んだ一方、基礎研究・コーポレート研究とディビジョナル研究との断絶が深刻化し、基 礎研究に消費者需要を反映させることが一層、難しくなっている。企業組織におけるフロン ト・オフィスと研究開発部門間の知の結合のあり方には多様な姿がある。本稿の研究では、 この研究開発と生産・開発間との知識創出の関係構築に前向きな企業が、組織としての知の 結合を育むと考えた。言うまでもなく、ここでの仮説は、こうした社内の知識創出型の関係 強化が、企業価値を高め、設備投資に結びついたと考えている。 第三の仮説は、トップ・マネジメントと研究開発の関係である。この仮説は、第二の仮説 とも関係するが、コーポレート研究とディビジョナル研究の間の知の結合には、予算、人材 の投入強化など、強く経営トップの意向が反映されるはずである。逆に言えば、コーポレー ト研究に経営トップが積極的に関与し、研究開発プロジェクトをモニターする過程で、予算 強化や人的資本の投入や異動がトップダウンで行われている企業ほど、研究開発は企業価値 の増大、設備投資拡大へ貢献していると考えた。特に、昨今の技術経営では、企業の業績動 向によって、選択する研究開発戦略も異なる場合が多い。こうした技術経営と企業金融の双 方に権限を持つトップの関与が、イノベーションの源泉となっているとするのが第三の仮説 である。 㧟㧚㧞 ࠺࠲ 日本企業の研究開発と設備投資 ~研究開発の経営戦略化の実証分析~ 11 ᧄⓂߩታ⸽ಽᨆߪޔᰴߩ㧞⒳㘃ߩ࠺࠲ࠍណ↪ߔࠆޔߕ߹ޕડᬺߩ⎇ⓥ㐿⊒ࠕࠗࠕࡦ 㧟㧚㧞 ࠺࠲ 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㧠␠ߦߟߡᚑߒ⎇ޔⓥ㐿⊒ࠪࠬ࠹ࡓߩ㆑ߦࠃࠅ⺞࠻ࠤࡦࠕޔᩏ೨ᓟߢ⎇ޔⓥ㐿⊒ ࠲ߣޔ㧞㧜㧜㧠㧙㧞㧜㧜㧢ᐕ߹ߢߩ㧟ᐕ㑆ߩ㧞ߟߩ࠺࠲࠶࠻ࠍޔ⸥ߩ࿁╵ડᬺ㧡㧠 新報社『会社財務カルテ 2007 年版』を用いる。アンケート調査の実施時期が 2003 年 1 月 ࡄࡈࠜࡑࡦࠬߦ⛔⸘⊛ߦᏅ⇣߇↢ߓߡࠆ߆ุ߆ࠍᬌ⸽ߔࠆޕ 㧠␠ߦߟߡᚑߒ⎇ޔⓥ㐿⊒ࠪࠬ࠹ࡓߩ㆑ߦࠃࠅ⺞࠻ࠤࡦࠕޔᩏ೨ᓟߢ⎇ޔⓥ㐿⊒ であるため、 2000 ~ 2002 年の 3 年間データと、2004 ~ 2006 年の 3 年間の 2 つのデータセッ トを、上記の回答企業 544 社について作成し、研究開発システムの違いにより、アンケート ࡄࡈࠜࡑࡦࠬߦ⛔⸘⊛ߦᏅ⇣߇↢ߓߡࠆ߆ุ߆ࠍᬌ⸽ߔࠆޕ 㧟㧚㧟 Bivariate Probit ࡕ࠺࡞ߦࠃࠆᬌ⸽ 調査前後で、研究開発パフォーマンスに統計的に差異が生じているか否かを検証する。 ડᬺߩ⎇ⓥ㐿⊒ࠪࠬ࠹ࡓߪ⎇࠻ࡐࠦޔⓥㇱ㐷߇ታᣉߔࠆၮ␆⎇ⓥಽ㊁ߣޔᬺㇱ 㧟㧚㧟 Bivariate Probit ࡕ࠺࡞ߦࠃࠆᬌ⸽ 㐷ߩ⎇ⓥᚲ߇ታᣉߔࠆᔕ↪㐿⊒⎇ⓥߢߪߩߘޔౝኈ߇⇣ߥࠆޕᓟ⠪ߩ႐วޔ㐿⊒߆ࠄ ຠൻߦ߆ߌߡޔᲧセ⊛㜞⏕₸ߢᚑᨐ߇߽ߚࠄߐࠇࠆߩߦኻߒޔ೨⠪ߩ႐วߦߪޔຠൻ ડᬺߩ⎇ⓥ㐿⊒ࠪࠬ࠹ࡓߪ⎇࠻ࡐࠦޔⓥㇱ㐷߇ታᣉߔࠆၮ␆⎇ⓥಽ㊁ߣޔᬺㇱ 3.3 Bivariate Probit モデルによる検証 㐷ߩ⎇ⓥᚲ߇ታᣉߔࠆᔕ↪㐿⊒⎇ⓥߢߪߩߘޔౝኈ߇⇣ߥࠆޕᓟ⠪ߩ႐วޔ㐿⊒߆ࠄ ߦ⥋ࠆ⏕₸߇ૐ႐ว߇ᄙ৻ޕᣇ⸳ޔᛩ⾗ߦਈ߃ࠆડᬺߩ⎇ⓥ㐿⊒ᵴേ߆ࠄߩᓇ㗀ࠍ ຠൻߦ߆ߌߡޔᲧセ⊛㜞⏕₸ߢᚑᨐ߇߽ߚࠄߐࠇࠆߩߦኻߒޔ೨⠪ߩ႐วߦߪޔຠൻ ቯ㊂⊛ߦᬌ⸽ߔࠆ㓙⺑ޔᄌᢙ㑆ߦౝ↢ᕈࡃࠗࠕࠬ߇⊒↢ߒޔታ⸽⚿ᨐ߇ᱡࠄࠇࠆน⢻ 企業の研究開発システムは、コーポレート研究部門が実施する基礎研究分野と、事業部門 の研究所が実施する応用・開発研究では、その内容が異なる。後者の場合、開発から製品化 ߦ⥋ࠆ⏕₸߇ૐ႐ว߇ᄙ৻ޕᣇ⸳ޔᛩ⾗ߦਈ߃ࠆડᬺߩ⎇ⓥ㐿⊒ᵴേ߆ࠄߩᓇ㗀ࠍ ᕈ߇ࠆᧄޔߢߎߘޕⓂߩታ⸽ಽᨆߢߪޔBivariate Probit ࡕ࠺࡞ࠍណ↪ߔࠆߎߣߢ⎇ޔⓥ にかけて、比較的高い確率で成果がもたらされるのに対し、前者の場合には、製品化に至る ቯ㊂⊛ߦᬌ⸽ߔࠆ㓙⺑ޔᄌᢙ㑆ߦౝ↢ᕈࡃࠗࠕࠬ߇⊒↢ߒޔታ⸽⚿ᨐ߇ᱡࠄࠇࠆน⢻ 㐿⊒ᛩ⾗߇ታᣉߐࠇߡ߆ࠄߩࡊࡠࠬࠍಽഀߒߡផ⸘ߒޔౝ↢ᕈࡃࠗࠕࠬࠍ⸃ᶖߔࠆߣห 確率が低い場合が多い。一方、設備投資に与える企業の研究開発活動からの影響を定量的に ᕈ߇ࠆᧄޔߢߎߘޕⓂߩታ⸽ಽᨆߢߪޔBivariate Probit ࡕ࠺࡞ࠍណ↪ߔࠆߎߣߢ⎇ޔⓥ ᤨߦ⎇ޔⓥ㐿⊒ᛩ⾗⋥ᓟߩࡊࡠࠬ㧔⎇ⓥ㐿⊒ࡊࡠࠬ㧝㧕ߣޔຠൻߩઍℂᄌᢙߢࠆ 検証する際、説明変数間に内生性バイアスが発生し、実証結果が歪められる可能性がある。 㐿⊒ᛩ⾗߇ታᣉߐࠇߡ߆ࠄߩࡊࡠࠬࠍಽഀߒߡផ⸘ߒޔౝ↢ᕈࡃࠗࠕࠬࠍ⸃ᶖߔࠆߣห そこで、本稿の実証分析では、Bivariate Probit モデルを採用することで、研究開発投資が ⸳ᛩ⾗ߦㄭࡊࡠࠬ㧔⎇ⓥ㐿⊒ࡊࡠࠬ㧞㧕ߣߩਔᣇߩ⎇ⓥ㐿⊒ࠪࠬ࠹ࡓߦᓇ㗀ࠍਈ ᤨߦ⎇ޔⓥ㐿⊒ᛩ⾗⋥ᓟߩࡊࡠࠬ㧔⎇ⓥ㐿⊒ࡊࡠࠬ㧝㧕ߣޔຠൻߩઍℂᄌᢙߢࠆ 実施されてからのプロセスを分割して推計し、内生性バイアスを解消すると同時に、研究開 ߃ࠆⷐ࿃ࠍᬌ⸽ߔࠆߎߣߣߒߚޕ ⸳ᛩ⾗ߦㄭࡊࡠࠬ㧔⎇ⓥ㐿⊒ࡊࡠࠬ㧞㧕ߣߩਔᣇߩ⎇ⓥ㐿⊒ࠪࠬ࠹ࡓߦᓇ㗀ࠍਈ 発投資直後のプロセス(研究開発プロセス 1)と、製品化の代理変数である設備投資に近い ផ⸘ᑼߪᰴߩㅢࠅߢࠆޕ プロセス(研究開発プロセス 2)との両方の研究開発システムに影響を与える要因を検証す ߃ࠆⷐ࿃ࠍᬌ⸽ߔࠆߎߣߣߒߚޕ ることとした。 ផ⸘ᑼߪᰴߩㅢࠅߢࠆޕ 㧔㧝㧕⎇ⓥ㐿⊒ࡊࡠࠬ㧝 推計式は、次の通りである。 㧔㧝㧕⎇ⓥ㐿⊒ࡊࡠࠬ㧝 MBR j = γ 1 RD j + γ 2 SIZE j + x kj δ + υ j (1)研究開発プロセス 1 MBR j = γ 1 RD j + γ 2 SIZE j + x kj δ + υ j 㧔㧞㧕⎇ⓥ㐿⊒ࡊࡠࠬ㧞 (2)研究開発プロセス 2 㧔㧞㧕⎇ⓥ㐿⊒ࡊࡠࠬ㧞 Ij = α 1CASH j + α 2 MBRj + α 3 DERj + x kj β + u j Kj Ij = α 1CASH j + α 2 MBRj + α 3 DERj + x kj β + u j Kj 9 9 12 研究論文 Research Paper MBRj㧦ડᬺ㨖ߩ 2004㨪2006 ᐕߩ㧔✚⽶ௌ㧗ᤨଔ⾗ᧄ㧕㧛✚⾗↥㧔★ଔ㧕ᐔဋ୯߇ 2000㨪2002 ᐕࠍ࿁ࠆ ႐ว㧩㧝ઁߩߘޔ㧩㧜 RDj㧦ડᬺ㨖ߩ⎇ⓥ㐿⊒ᛩ⾗㧛ᄁ㜞ߩ 2000㨪2002 ᐕᐔဋ୯ SIZEj㧦ડᬺ㨖ߩ✚⾗↥ⷙᮨ㧔⥄ὼኻᢙ㧕ߩ 2000㨪2002 ᐕᐔဋ୯ I j 㧦2004㨪2006 ᐕߩ I j ߇ 2000㨪2002 ᐕࠍ࿁ࠆ႐ว㧩㧝ઁߩߘޔ㧩㧜 Kj Kj CASHj㧦ડᬺ㨖ߩ㗍㊄㧛✚⾗↥ߩ 2004㨪2006 ᐕߩᐔဋ୯ DERj㧦ડᬺ㨖ߩ✚⽶ௌ㧛⥄Ꮖ⾗ᧄ㧔ᤨଔ㧕ߩ 2004㨪2006 ᐕߩᐔဋ୯ x1㧦┹วઁ␠ߣᛛⴚࠕࠗࠕࡦࠬࠍ✦⚿ߒߡࠆ㧩㧝ઁߩߘޔ㧩㧜㧖 3 x2㧦⇣ᬺ⒳ઁ␠ߣᛛⴚࠕࠗࠕࡦࠬࠍ✦⚿ߒߡࠆ㧩㧝ઁߩߘޔ㧩㧜㧖 4 x3㧦ᄢቇ⊛⎇ⓥᯏ㑐ߣᛛⴚࠕࠗࠕࡦࠬࠍ✦⚿ߒߡࠆ㧩㧝ઁߩߘޔ㧩㧜㧖 5 x4㧦࡙ࠩߣᛛⴚࠕࠗࠕࡦࠬࠍ✦⚿ߒߡࠆ㧩㧝ઁߩߘޔ㧩㧜㧖 6 x5㧦ㇱ㐷㑆ߩ⋧ᵹߦࠃࠆ⍮⼂ഃဳߩ㑐ଥࠍ᭴▽ߒߡࠆ㧩㧝ઁߩߘޔ㧩㧜㧖 7 x6㧦࠻࠶ࡊ࠳࠙ࡦဳߩᛛⴚ⚻༡ࠍታᣉߒߡࠆ㧩㧝ઁߩߘޔ㧩㧜㧖 8 3F 4F 5F 6F 7F * 3 X1: 三菱総合研究所「技術経営に関するアンケート調査」 (2003 年) 、調査票 7 頁において、問 18(2) 研究開発パートナー型関係構築の有無において「A. 競合企業との連携関係を作り上げている(選択番号 ①)」、もしくは 「…作り上げつつある (選択番号②) 」と回答した企業を 「1」 「 、…あまり作ろうとしていない (選 択番号③)」、 「作るつもりはない(選択番号④) 」と回答した企業を「0」とした。 * 4 X 2: 上記アンケート調査票 7 頁において、問 18(2)パートナー型関係構築の有無において「C.異業種 企業との連携関係を作り上げている(選択番号①)」、もしくは「…作り上げつつある(選択番号②) 」と 3 X1㧦ਃ⪉✚ว⎇ⓥᚲޟᛛⴚ⚻༡ߦ㑐ߔࠆࠕࡦࠤ࠻⺞ᩏޠ 㧔㧞㧜㧜㧟ᐕታᣉ㧕 ⺞ޔᩏ 7 㗁ߦ߅ߡޔ㧝㧤㧔㧞㧕⎇ 回答した企業を「1」、 「 あまり作ろうとしていない (選択番号③) 」、 「作るつもりはない (選択番号④)」 … ⓥ㐿⊒ࡄ࠻࠽ဳ㑐ଥ᭴▽ߩήߦ߅ߡޟA.┹วડᬺߣߩㅪ៤㑐ଥࠍࠅߍߡࠆ㧔ㆬᛯ⇟ภԘ㧕ޠ ޟߪߊߒ߽ޔ ࠅߍߟߟࠆ㧔ㆬᛯ⇟ภԙ㧕 ߣޠ࿁╵ߒߚડᬺࠍޟ㧝ޔޠ ࠅ߹ޟࠈ߁ߣߒߡߥ㧔ㆬᛯ⇟ภԚ㧕 ޟޔޠࠆ と回答した企業を「0」とした。 ߟ߽ࠅߪߥ㧔ㆬᛯ⇟ภԛ㧕ߣޠ࿁╵ߒߚડᬺࠍޟ㧜ޕߚߒߣޠ X3: 上記アンケート調査票 7 頁において、問 18(2)パートナー型関係構築の有無において「D.研究機 * 4 5 X2㧦⸥ࠕࡦࠤ࠻⺞ᩏ 7 㗁ߦ߅ߡޔ㧝㧤㧔㧞㧕ࡄ࠻࠽ဳ㑐ଥ᭴▽ߩήߦ߅ߡޟC㧚⇣ᬺ⒳ડᬺߣߩ ㅪ៤㑐ଥࠍࠅߍߡࠆ㧔ㆬᛯ⇟ภԘ㧕ޠ ޟߪߊߒ߽ޔࠅߍߟߟࠆ㧔ㆬᛯ⇟ภԙ㧕 ߣޠ࿁╵ߒߚડᬺࠍޟ㧝ޔޠ 関・大学との連携関係を作り上げている(選択番号①) 」 、もしくは「…作り上げつつある(選択番号②)」 ࠅ߹ޟࠈ߁ߣߒߡߥ㧔ㆬᛯ⇟ภԚ㧕ޠ ޟޔࠆߟ߽ࠅߪߥ㧔ㆬᛯ⇟ภԛ㧕 ߣޠ࿁╵ߒߚડᬺࠍޟ㧜ߒߣޠ ߚޕ と回答した企業を「1」、 「…あまり作ろうとしていない(選択番号③) 」 、 「作るつもりはない(選択番号④) 」 5 X3㧦⸥ࠕࡦࠤ࠻⺞ᩏ 7 㗁ߦ߅ߡޔ㧝㧤㧔㧞㧕ࡄ࠻࠽ဳ㑐ଥ᭴▽ߩήߦ߅ߡޟD㧚⎇ⓥᯏ㑐ᄢቇ と回答した企業を「0」とした。 ޟߪߊߒ߽ޔޠࠅߍߟߟࠆ㧔ㆬᛯ⇟ภԙ㧕ߣޠ࿁╵ߒߚડᬺࠍ ߣߩㅪ៤㑐ଥࠍࠅߍߡࠆ㧔ㆬᛯ⇟ภԘ㧕 ޟ㧝ޔޠ ࠅ߹ޟࠈ߁ߣߒߡߥ㧔ㆬᛯ⇟ภԚ㧕 ޠ ޔ ޟࠆߟ߽ࠅߪߥ㧔ㆬᛯ⇟ภԛ㧕ߣޠ࿁╵ߒߚડᬺࠍޟ㧜ޠ 6 X4: 上記アンケート調査票 7 頁において、問 18(2)パートナー型関係構築の有無において「E.顧客企 * ߣߒߚޕ 6 X4㧦⸥ࠕࡦࠤ࠻⺞ᩏ 7 㗁ߦ߅ߡޔ㧝㧤㧔㧞㧕ࡄ࠻࠽ဳ㑐ଥ᭴▽ߩήߦ߅ߡޟE㧚㘈ቴડᬺߣߩㅪ 業との連携関係を作り上げている(選択番号①)」、もしくは「…作り上げつつある(選択番号②) 」と回 ៤㑐ଥࠍࠅߍߡࠆ㧔ㆬᛯ⇟ภԘ㧕 ޟߪߊߒ߽ޔޠࠅߍߟߟࠆ㧔ㆬᛯ⇟ภԙ㧕ߣޠ࿁╵ߒߚડᬺࠍޟ㧝ޠ ޔ 答した企業を「1」、 「…あまり作ろうとしていない (選択番号③) 」 、 「作るつもりはない (選択番号④) 」と ࠅ߹ޟࠈ߁ߣߒߡߥ㧔ㆬᛯ⇟ภԚ㧕 ޠ ޟޔࠆߟ߽ࠅߪߥ㧔ㆬᛯ⇟ภԛ㧕 ߣޠ࿁╵ߒߚડᬺࠍޟ㧜ߒߣޠ ߚޕ 回答した企業を「0」とした。 7 X5㧦⸥ࠕࡦࠤ࠻⺞ᩏ 9 㗁ߦ߅ߡޔ㧞㧟ޟA.㧚⎇ⓥ㧔ၮ␆ᔕ↪㧕ߣ㐿⊒⸳⸘ߩᯏ⢻㑆ߩ⍮⼂ഃဳߩ㑐 ଥࠍࠅߍߡࠆ㧔ㆬᛯ⇟ภԘ㧕 ޠ ޟߪߊߒ߽ޔࠅߍߟߟࠆ㧔ㆬᛯ⇟ภԙ㧕 ߣޠ࿁╵ߒߚડᬺࠍޟ㧝ޔޠ ޟ 9 頁において、問 23「A. 研究(基礎・応用)と開発・設計の機能間の知識 * 7 X5: 上記アンケート調査票 ߹ࠅࠈ߁ߣߒߡߥ㧔ㆬᛯ⇟ภԚ㧕ޠ ޟޔࠆߟ߽ࠅߪߥ㧔ㆬᛯ⇟ภԛ㧕 ߣޠ࿁╵ߒߚડᬺࠍޟ㧜ޕߚߒߣޠ 8 X7㧦⸥ࠕࡦࠤ࠻⺞ᩏ 創出型の関係を作り上げている (選択番号①)」、もしくは「…作り上げつつある(選択番号②) 」と回答 2 㗁ߦ߅ߡޔ㧡࠻࠶ࡊ࠳࠙ࡦဳߩᛛⴚ⚻༡ታᣉߩήߦ߅ߡޔ ߡߞߚࠊߦߡߴߔޟ ࠻࠶ࡊ࠳࠙ࡦߢታᣉ㧔ㆬᛯ⇟ภԘ㧕ޠ ޟޔᄢ߈ߥᣇะᕈߩߺ࠻࠶ࡊ࠳࠙ࡦߢታᣉ㧔ㆬᛯ⇟ภԙ㧕ࠍޠㆬᛯߒߚડᬺࠍޟ㧝ޔޠ した企業を「1」、 「…あまり作ろうとしていない(選択番号③) 」 、 「作るつもりはない (選択番号④) 」と回 ߤࠎߣ߶ߪ࠻ࡦࡔࠫࡀࡑဳࡦ࠙࠳ࡊ࠶࠻ޟታᣉߐࠇߡߥ㧔ㆬᛯ⇟ภԚ㧕 ߣޠ࿁╵ߒߚડᬺࠍޟ㧜ޕߚߒߣޠ 答した企業を「0」とした。 * 8 X6: 上記アンケート調査票 2 頁において、問10 5 トップダウン型の技術経営実施の有無において、 「すべて にわたってトップダウンで実施(選択番号①) 」 、 「大きな方向性のみトップダウンで実施(選択番号②) 」 を選択した企業を「1」、 「…トップダウン型マネジメントはほとんど実施されていない(選択番号③) 」と 回答した企業を「0」とした。 日本企業の研究開発と設備投資 ~研究開発の経営戦略化の実証分析~ 図 3.研究開発イノベーションの決定要因:推計モデルの構造 基礎研究 応用開発研究 研究開発プロセス1 実用化研究 研究開発プロセス2 Input Output 研究開発投資 企業価値 (Q) 企業価値 (Q) 研究開発に影響を与える要因 ① アライアンス ② 知識創出型の関係性 ③ トップマネジメント 研究開発投資 (R&D) 作成:三菱総合研究所 Input 現金預金 負債比率 企業価値 (MBR) Output 設備投資 研究開発に影響を与える要因 ① アライアンス ② 知識創出型の関係性 ③ トップマネジメント 設備投資 (I/K) 13 14 研究論文 Research Paper 4.実証結果 実証分析は、全標本と素材、機械・自動車、エレクトロニクスの 4 種類のデータセットに より実施した。素材産業は「技術経営に関するアンケート調査」設問 2 において業種を繊維 製品製造業、化学工業、石油・石炭製品製造業、ゴム製品製造業、ガラス・土石製品、鉄鋼業、 非鉄金属製造業、金属製品製造業と回答した企業である。また機械・自動車産業は、機械製 造業、輸送機器製造業、そしてエレクトロニクスは電気機器製造業、精密機器製造業である。 この他、回答企業には食料品製造業、医薬品製造業、その他製品製造業が存在するが、それ ぞれサンプル数が不足するため、これらは除外することとした。なお、全標本の推計におい ては、これらの企業を含めた上で、5 種類の業種ダミー変数を加えた推計を行っている* 9。 基礎研究システムに近い研究開発プロセスを表す推計式(1)の結果は、次の通りである。 まず、全業種を標本とする推計では、研究開発投資(対売上高比)が、成長機会(MBR) に対して有意に正の影響を与えており、企業規模(SIZE)と成長機会との関係は希薄である。 アライアンス、知識創出の関係性等、X1 ~ X6 の企業の研究開発システムを表す変数の影響は、 、ユーザー企業とのアライアンス(X4)と、トップ・マネジメント(X6)の 3 大学等(X3) つの変数が、成長機会に対して正の有意な関係を示している。一方、製品開発に近い研究開 発プロセスを表す推計式(2)の推計結果は、成長機会の高まりや負債(DER)の減少が設 備投資(I/K)に結びつく傾向があるものの、アライアンス等の研究開発戦略が与える効果 は希薄である。 上記の全標本を素材産業、機械・自動車産業、エレクトロニクス産業の 3 つの業種につい てみてみると、次の傾向がみられる。まず、推計式(1)の推計結果において、素材、エレ クトロニクス産業の 2 業種に共通してみられるのが、研究開発投資(対売上高比)と成長機 会との有意な正の関係である。同時に、この 2 業種は、ユーザー企業とのアライアンス、知 識創出の関係性も、成長機会に対して正の有意な影響を示している。次に推計式(2)の推 計結果については、素材産業、機械・自動車産業、エレクトロニクス産業ともに、成長機会 が設備投資との間で正の有意な関係を示している。アライアンス、知識創出の関係性、トッ プマネジメントが与える影響については、3 業種間で、結果は異なっている。素材産業はこ れらの変数で設備投資と有意な関係を持つ変数は皆無であった。機械・自動車産業は、ユー ザー企業とのアライアンス、知識創出の関係性が正の有意な関係を持っている。エレクトロ ニクス産業は、競合他社とのアライアンス、知識創出の関係性が設備投資にプラスの効果を もたらすとの結果が得られている。 * 9 業種ダミー変数は、素材産業(繊維製品製造業、化学工業、石油・石炭製品製造業、ゴム製品製造業、 ガラス・土石製品製造業、鉄鋼業、非鉄金属製造業、金属製品製造業)、機械製造業、輸送機器製造 業、電気機器製造業、精密機器製造業の 5 種類を採用した。 日本企業の研究開発と設備投資 ~研究開発の経営戦略化の実証分析~ 上記の推計結果を総合すると、推計式(1)および推計式(2)の結果は、日本企業の研究 開発イノベーションについて、次の示唆を与えるものとみられる。第一に、研究開発投資と 設備投資との関係は、先行研究で示唆される状況とは異なり、近年の日本企業の場合には、 明らかに正の関係がみられる。ただし、そのプロセスの大小や安定性を規定する要因として、 アライアンス、知識創出の関係性、トップマネジメントは、概ね効果をもたらしていると言 えよう。ただし、アライアンスについては、ユーザー企業とのアライアンスが産業間を通じ て効果的である一方、競合他社、異業種他社、大学等とのアライアンスは決して、安定的に イノベーションの源泉となっているわけではない。知識創出の関係性も、産業間を通じて、 効果的なイノベーションの施策となっている。トップマネジメントは、それ単独ではイノベー ションに対して効果は安定的とは言えないが、アライアンスや知識創出の関係性を構築する 際の経営判断として、年々重要となっているものと思われる。 表 1-1.研究開発イノベーションの決定要因:実証結果(1)(2) (1)全標本 推計式(1) R&D投資 企業規模 競合他社とのアライアンス 異業種他社とのアライアンス 大学等とのアライアンス ユーザー企業とのアライアンス 知識創出の関係性 トップマネジメント 業種ダミー1 業種ダミー2 業種ダミー3 業種ダミー4 業種ダミー5 定数項 標本数 ρ 対数尤度比検定(ρ=0) 係数 Z値 0.263 ** ▲ 0.130 1.990 ▲ 0.750 ▲ 0.036 ▲ 0.113 0.252 * ▲ 0.160 ▲ 0.680 1.820 0.116 ** ▲ 0.317 2.220 ▲ 1.170 0.289 * ▲ 0.462 ▲ 0.039 0.206 0.355 ▲ 0.135 1.870 ▲ 1.330 ▲ 0.140 0.590 1.180 ▲ 0.450 1.736 ** 2.340 推計式(2) 係数 成長機会 0.513 * 0.249 現金預金 負債比率 競合他社とのアライアンス 異業種他社とのアライアンス 大学等とのアライアンス ユーザー企業とのアライアンス 知識創出の関係性 トップマネジメント 業種ダミー1 業種ダミー2 業種ダミー3 業種ダミー4 業種ダミー5 定数項 ▲ 0.161 *** ▲ 0.217 0.053 Z値 1.700 0.250 ▲ 3.640 ▲ 1.130 0.370 0.226 0.183 1.490 0.110 ▲ 0.071 0.083 ▲ 0.327 0.187 ▲ 0.490 0.550 ▲ 1.030 0.810 0.295 0.690 *** 1.040 2.810 0.250 0.468 0.970 0.710 384 0.426 1.112 注:***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%のもとでの有意を意味する。 (2)素材 推計式(1) R&D投資 企業規模 競合他社とのアライアンス 異業種他社とのアライアンス 大学等とのアライアンス ユーザー企業とのアライアンス 知識創出の関係性 トップマネジメント 鉄鋼・非鉄金属ダミー 定数項 標本数 ρ 対数尤度比検定(ρ=0) 係数 0.646 * ▲ 0.138 ▲ 0.300 ▲ 0.176 0.442 0.006 * 1.080 * 0.112 ▲ 0.549 * 1.645 Z値 1.660 ▲ 0.540 ▲ 1.030 ▲ 0.640 0.980 1.780 1.850 0.240 ▲ 1.720 1.490 154 0.703 2.393* 注:***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%のもとでの有意を意味する。 作成:三菱総合研究所 推計式(2) 成長機会 現金預金 負債比率 競合他社とのアライアンス 異業種他社とのアライアンス 大学等とのアライアンス ユーザー企業とのアライアンス 知識創出の関係性 トップマネジメント 鉄鋼・非鉄金属ダミー 定数項 係数 Z値 1.106* ▲ 2.903 ▲ 0.215*** ▲ 0.185 ▲ 0.137 0.401 ▲ 0.165 0.007 0.035 0.004 1.860 ▲ 1.520 ▲ 2.980 ▲ 0.570 ▲ 0.580 1.300 ▲ 0.600 0.030 0.090 0.020 ▲ 0.321 ▲ 0.410 15 16 研究論文 Research Paper 表 1-2.研究開発イノベーションの決定要因:実証結果(3)(4) (3)機械・自動車 推計式(1) R&D投資 企業規模 競合他社とのアライアンス 異業種他社とのアライアンス 大学等とのアライアンス ユーザー企業とのアライアンス 知識創出の関係性 トップマネジメント 定数項 標本数 ρ 対数尤度比検定(ρ=0) 係数 ▲ 1.037 *** 4.320 * ▲ 0.119 ▲ 0.258 0.078 ▲ 0.577 ▲ 0.191 0.170 0.985 * Z値 ▲ 3.140 1.940 ▲ 1.590 ▲ 0.530 0.250 ▲ 1.250 ▲ 0.630 0.540 1.830 推計式(2) 成長機会 現金預金 負債比率 競合他社とのアライアンス 異業種他社とのアライアンス 大学等とのアライアンス ユーザー企業とのアライアンス 知識創出の関係性 トップマネジメント 定数項 係数 0.318 * ▲ 0.400 ▲ 0.193 ▲ 0.572 ▲ 0.519 0.274 0.726 * 1.129 ** 0.073 0.678 Z値 1.750 ▲0.500 ▲0.500 ▲1.130 ▲1.390 0.620 1.670 2.120 0.230 1.160 81 1.260E-10 1.980 注:***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%のもとでの有意を意味する。 (4)エレクトロニクス 推計式(1) R&D投資 係数 0.899* Z値 推計式(2) 1.880 成長機会 係数 0.067 ** Z値 2.020 企業規模 ▲ 0.292 ▲ 0.450 現金預金 0.472 競合他社とのアライアンス ▲ 0.168 ▲ 0.370 負債比率 ▲ 0.329 * 異業種他社とのアライアンス 0.422 0.830 競合他社とのアライアンス 大学等とのアライアンス 0.144 0.290 異業種他社とのアライアンス ユーザー企業とのアライアンス 0.630* 1.700 大学等とのアライアンス 知識創出の関係性 0.485** 1.990 ユーザー企業とのアライアンス トップマネジメント 0.790** 1.980 知識創出の関係性 0.578 * 1.650 定数項 3.158 1.220 トップマネジメント 0.605 1.200 定数項 1.225 0.780 標本数 ρ 対数尤度比検定(ρ=0) 71 2.327E-01 2.767 * 注:***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%のもとでの有意を意味する。 作成:三菱総合研究所 0.764 * ▲ 0.443 0.220 ▲ 1.760 1.820 ▲ 0.980 0.193 0.470 ▲ 0.391 ▲ 0.870 日本企業の研究開発と設備投資 ~研究開発の経営戦略化の実証分析~ 表 2.成長機会・設備投資に影響を与える研究開発システムの要因:実証結果 全標本 アライアンス 素材 機械・自動車 エレクトロニクス 知識創出の トップマネ 知識創出の トップマネ 知識創出の トップマネ 知識創出の トップマネ アライアンス アライアンス アライアンス 関係性 ジメント 関係性 ジメント 関係性 ジメント 関係性 ジメント 研究開発 投資 大学 + + ユーザー 企業 + + 大学 + ユーザー 企業 + + ユーザー 企業 + 競合他社 + + 設備投資 注:有意水準 10%以上の推計結果について「+」と表記。 作成:三菱総合研究所 + ユーザー 企業 + + + 17 18 研究論文 Research Paper 5.考察 現代の企業の研究開発戦略では、研究開発投資の規模と同様に、研究開発を進めるための 体制、イノベーションを促進する仕組みの構築が重要となっている。この背景には、いかに 14 兆円という、世界第 2 位の規模を誇る日本企業の研究開発システムにおいても、他組織 との間で知の結合・連鎖、最終需要の取り込みがなければ、成果を結実させることが難しい ためである。本稿の実証分析においても、各産業において、競合他社、大学、ユーザー企業 とのアライアンス、社内における需要表現を、経営トップが組織的に取り組む必要があるこ とを示唆している。知の連鎖や技術マネジメントをはじめとするイノベーション戦略は、前 節において実証的に支持されているが、それでは、こうした実証結果を具体的に示すパター ンには、どのような事例があるのだろうか。 榊原・香山(2006)が指摘するように、政府が主導するプロジェクトや、民間企業同士の 自発的な競合他社とのアライアンスは、近年、目に見える成果を上げることができていない。 これは、例えば半導体分野の場合には、1980 年代以降、DRAM の成功が事業モデルの転換 とシステム LSI や SoC の抜本的強化を遅らせる結果となったこと、米国や韓国、台湾は同 分野での産官連携を進め、研究開発力を強化したことなどがあげられる。また「超 LSI 技 術研究組合」と 1980 年代以降の国家プロジェクトを比較した場合、前者は発足時点で参加 企業の目的意識がきわめて明確かつ共有化されていたのに対し、後者の場合には必ずしもそ うではないとの指摘も多い。近年、技術競争力を高める周辺国の状況を踏まえると、競合・ 異業種他社等とのアライアンス・知の連鎖・結合が研究開発イノベーションをもたらす一つ の手段として重要となるには、目的意識の明確化と統一、予算面での充実化が必要条件とな るだろう。 経営トップ・マネジメントと研究開発との関係の事例として頻繁に取り上げられるのが、 日本ゼオンの技術経営である。日本ゼオンは創業事業である塩化ビニル樹脂事業から 2000 年に撤退し、高機能材料を中心とする分野での研究開発を進め、「ゼオノアフィルム」のよ うな成果に結びつけている。日本ゼオンの技術経営が特徴的である一つの理由は、経営戦略 の中に研究開発を位置付けた上で、企業組織としての目的意識を共有化している点である。 1990 年代後半、日本企業の多くは、より迅速に製品市場の需要を企画・開発へ取り込み、 生産へつなげる仕組みを組織的に構築することで、業績回復を達成してきた。その一方、こ の企業組織のスピード経営に阻害される形で、研究開発部門は孤立化が進み、事業部との組 織間の隔壁が一層、高くなった企業も散見される。この「シーズ」をより迅速に事業へつな げる施策として、日本ゼオンの技術経営では、月例研究開発会議に社長、事業・生産技術・ 研究開発担当責任者全員が参加し、研究開発と経営戦略の一体化を進めた。こうした研究開 発部門と経営戦略の一体化は、生産設備を用いて研究開発を進めるという部門を超えた社内 の知の結合といった実物的なメリットに加え、シーズの製品化への意識を徹底するという企 業文化の醸成に貢献したものと考えられる。 本稿の実証分析で、アライアンスによる知の結合の中でも、より研究開発イノベーション への影響を大きいとみられるのがユーザー企業とのアライアンスである。プラズマ CVD 装 置、MAPLE の開発と製品化を進めた三菱重工では、特定のユーザー企業から需要を取り込 み、共同開発した結果、成功した好例である。しかし、この MAPLE の開発の成功は、ユー 日本企業の研究開発と設備投資 ~研究開発の経営戦略化の実証分析~ ザー企業とのアライアンスにおいても、様々な「成功の条件」が存在することを示唆してい る。例えば、この研究開発に着手するスタート時点での判断として、韓国・台湾勢にキャッ チアップされやすい DRAM を回避するという判断がなされている。また、提携先のユーザー 企業に関する情報、提携先企業がどの程度の技術力を持ち、このアライアンスにコミットメ ントを発揮するのかといった「研究開発 Due Diligence」もアライアンスの成功には不可欠 の条件である。 長年、進められていた技術開発の製品化がとん挫した際に、偶然、他の製品技術へ応用可 能性を発見し、製品へ至ったというケースは、よく聞かれる話である。こうした「運」とし て語られるストーリーの多くを集約してみると、いくつかの必然が存在することが多い。一 つは、非接触 IC カード「Felica」の開発にみられる、研究開発部門への市場の需要の取り込み、 もう一つが、自社が積極的に技術公開することによる、予期しない需要の発掘である。元々、 SONY の非接触 IC カード技術 Felica は、1987 年に宅配業者からの依頼により、小包の配 送先の仕分けを自動的に行うための技術として開発を着手した。1987 年頃の SONY では、 研究所に営業担当者が頻繁に出入りし、顧客から聞かされた要望を研究者に直接伝えるケー スが多いという「企業文化」が存在した。開発はコスト面、期間面で、暗礁に乗り上げ、当 初想定していたユーザーに用いられる製品開発までは至らなかった。細々ながらも、他製品 への用途を模索すべく、研究開発を続けた結果、JR の研究機関である鉄道総合技術研究所 との共同開発を経て、製品化へ至ることになる。当初は宅配業者を想定した開発を進めてい た技術が、新型自動改札機に応用可能となった背景には、研究開発者が当初の製品化がとん 挫したとしても、他の製品への転用可能性を常に模索、同時にユーザーに最も近い立場にい る社内営業担当者との連携が育めていたためである。 Felica のケースとは逆に、リコーは自社の省電力化技術を積極的に情報公開することに より製品化へ結びつけている。リコーは、蓄電装置の一つであるキャパシタを補助電源に 用いる HYBRID - QSU 技術を開発、高速複写機の省エネルギー化を実現している。この HYBRID - QSU 技術は、リコー社内の試作品作成までは順調に進捗し、高性能・省エネル ギー複写機の製作には成功していたが、販売面で、高価格設定とせざるを得ない点が課題と なっていた。リコーはこうした状況において、上記の技術情報を公開したところ、この技術 情報を見たキャパシタ・メーカーが、安価なキャパシタを使用する電源システムをリコーに 提案、製品の低価格化と販売に成功した。Felica のケースが、研究開発リソースが需要に近 い立場へアプローチするのに対し、HYBRID - QSU 技術のケースは、情報公開により、他 社側からアライアンスの申し出を待つという施策である。いずれも、ともすれば偶発的な製 品化と解釈されがちであるが、そこには、企業組織における取り組みが確率の上昇に貢献し たという見方も可能である。 19 20 研究論文 Research Paper 6.結語 本稿では、設備投資を製品化の代理変数とみなすことで、研究開発投資と設備投資の関係 を検証し、両者のつながりが強い企業が持つ研究開発システム上の特徴について分析を行っ た。1976 ~ 2006 年の 31 年間をみると、日本経済全体では、企業の研究開発投資と設備投 資の関係が希薄化していることは明白である。しかし、マクロ経済上は、希薄化する両者の 関係にあっても、微視的に確認してみると、強い研究開発イノベーション力を持つ企業は散 見される。これらの特徴を持つ企業を検証し、そして、その共通要因を体系化することが、 本稿の命題であった。 日本企業は、これまで四輪自動車、オートバイク、ゲームソフト、軽薄短小家電製品など、 いわゆる「クローズド・インテグラル」な製品アーキテクチャの分野で国際競争力を発揮し てきた。一方、PC をはじめとする情報通信機器、ストラクチャード型金融商品など、 「オー プン・モジュラー」なアーキテクチャでは、欧米勢のみならず東アジア勢の追い上げも著しい。 換言すれば、この業界標準インターフェースが曖昧な中で、中心的な役割を果たす 1 社が他 社との間ですり合わせ型開発を垂直分業するのが、日本企業の強みであったと言える。研究 開発において、オープン・イノベーション戦略が総論では受け入れられながら、研究開発戦 略として企業に根づかないのはこのためである。つまり、元々クローズド・インテグラル面 で国際競争力を持つ日本企業に、研究開発面で水平分業を求めてきたことに問題が所在する。 本稿の分析は、こうしたクローズド・インテグラルな製品アーキテクチャに適した研究開 発システムを、実証面から浮き彫りにしている。1970 年代の半導体産業にみられるように、 米国から著しく技術競争力が劣った時代には、中央官庁主導での競合他社とのアライアンス は奏効した時代もあった。しかし、現代の日本企業の研究開発では、多くの企業がユーザー 企業とのアライアンスに象徴されるすり合わせ型の研究開発に肯定的な見方を示している。 アライアンスの中では、契約的な拘束があるケースもあり、このユーザー企業とのアライア ンスは、必ずしも市場全体を制するイノベーションが起こるわけではない。しかし、日本企 業の得意とする製品アーキテクチャに適した研究開発システムであると解釈することがで きる。 知識創出の関係性は、本稿では、主として社内部門間の関係性に着目していたが、言うま でもなく、これは顧客の需要を研究開発に反映させるための企業の経営戦略である。これま で「偶然」とみなされてきた製品化へ至るプロセスを、いかに企業組織として確率を高めて ゆくかが、すべての研究開発企業にとっての課題である。マーケットを知る研究開発者の育 成、自社技術の情報公開は、それぞれヒト・技術の違いこそあれ、企業のリソースをマーケッ トへ運ぶことで、研究開発システムとマーケットとの間の知識創出関係性の構築をめざすも のである。クローズド・インテグラルな製品アーキテクチャにおいて、このヒト・技術のマー ケットとの知識創出関係構築も、クローズド・インテグラル型研究開発のもう一つの施策と して今後は重要となろう。 こうした健全で日本企業に適した研究開発システムを育み、維持するためには、研究開発 企業に適した企業のガバナンスがある。モノ言う株主の台頭に象徴されるように、今後は、 企業内部資金の研究開発投資への利用について、制約をもたらす様々な要因が出現する可能 性が高い。企業としては、安定株主、株式市場の満足度を高めることが、研究開発投資とい 日本企業の研究開発と設備投資 ~研究開発の経営戦略化の実証分析~ う長期的な戦略を採用し続けるための条件となる。こうした意味でも、経営者は、技術市場 での情報戦略に加えて、資本市場においても、IR 活動などを今後重視していく必要がある。 参考文献 [1] Acs, Z.J. and S.C.Isberg :“Innovation, Firm Size, and Corporate Finance”, Economics Letters, Vol. 35, No. 3, 323-326(1991). 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Although long-term R&D project can generates high return, it has high failure rates and does not yield short-term returns. This is because R&D investment is a typical activity that needs corporate governance. In this paper, we try to estimate the relation between the R&D investment and corporate governance, consisting of ownership structure and debt asset ratio, by using the panel data of Japanese pharmaceutical industry and the electronic industry. The relationship between the ownership concentration and the level of corporate R&D spending become significant after the so called“lost decade”in Japan. But, recent environmental changes make it difficult for any stakeholders to promote R&D investment. This is because R&D investment is easy to grasp its risk, but hard to visualize its short-term returns. But, as various studies show that R&D investment has a positive significant impact on the productivity growth. It is imperative for firms to create an evaluation mechanism of R&D investment so that stakeholders can easily visualize its returns and risks. Contents 1.The Relationship between R&D and Corporate Governance - Results from Preceding Researches - 1.1 The Impact of R&D Investment on the Productivity 1.2 R&D and Corporate Governance 2.Model and Empirical Results - Analysis by Sector and by Period, Using Panel Data on Japanese Firms - 2.1 Pharmaceutical Industry 2.2 Electronic Industry 3.Conclusion 25 26 研究論文 Research Paper 1.企業における研究開発活動とガバナンスの見方 ~先行研究の整理~ 1.1 企業の研究開発活動の生産性への影響 研究開発投資が企業の生産性上昇の主たる源泉であるとの見方は、内外問わず、共通認識 とみなすことができる。例えば、Grilliches(1986)は、主要な米国企業の研究開発投資のデー タを分析することにより、研究開発投資が企業の生産性の上昇に寄与していることと、研究 開発投資の収益率がきわめて高いことを示した* 1。日本企業について分析した徳井・富山 (2003)においても、1990 年代以降において、研究開発投資が企業の全要素生産性の向上に 寄与しているとの結果を得ている* 2。 なお、研究開発投資が企業の生産性を向上させるルートとしては、複数考えることができ る。例えば Hulten(1992)によれば、研究開発投資を基盤としてなされる技術進歩が資本 に体化されることにより、生産性の上昇がもたらされるとした* 3。また、Jaffe(1986)の 研究によると、経済成長への研究開発投資の強いインパクトは、それがもたらすスピルオー バー効果に帰することが示された。ここからは、自らの研究開発活動のみならず、周辺の研 究開発環境をいかに活かすことができるかという、相互補完性の観点が重要となってくる。 ただし、いずれの場合も、成果が出るまでには一定の時間を要する。 研究開発活動は、企業の生産性向上、ひいてはマクロ経済の生産性向上にとって不可欠で ある。よって、企業における研究開発投資を効率的に促進させていくには、どのような環境 や仕組みが望ましいかという点についての考察が求められる。本稿においては、主として企 業の株式所有構造と負債状況からなるコーポレート・ガバナンスの機能* 4 の観点から分析 を行い、その結果にもとづき、企業の研究開発投資のあり方につき考えていきたい。 * 1 研究開発投資の中でも、特に基礎研究の重要性を指摘している。 * 2 1980 年代の日本企業においては、企業における安定的な株主の存在が経営者の規律を緩め過剰な研究 開発投資を行ったため、投資の効率が低下していた。しかし、1990 年代に入るとステークホルダーによ るモニタリングが機能し始めたため、適切な研究開発投資が行われ、生産性の上昇をもたらしたとの見 方である。 * 3 生産性上昇分の 2 割程度が、研究開発投資に由来するとの結果である。 * 4 「コーポレート・ガバナンス」という用語には専門分野により様々な解釈があるが、本稿では経済学にお ける「コーポレート・ガバナンス」に依る。すなわち、花崎・寺西(2003)の定義にある通り、 「コーポレー ト・ガバナンス」とは、 「株主と経営者との間にエージェンシー問題が存在する場合に、資金提供者であ る株主に対して投資に見合った収益をいかに確保する仕組みを整えるかという問題を取り扱うもの」であ る。本稿においても、この考え方に則り、株主による企業の所有構造等の差が研究開発活動に及ぼす 影響の観点を重視している。 日本企業のコーポレート・ガバナンスと研究開発投資 ~日本の製薬産業と電気機械産業を中心に~ 1.2 研究開発活動とコーポレート・ガバナンス 企業における研究開発投資は、適切なコーポレート・ガバナンスを必要とする典型的な投 資項目である。研究開発投資は、一定の期間を経て、高収益をもたらす可能性のある、リス クを伴う投資である* 5。企業の利害関係者であるステークホルダーは、それぞれが持つ視野 の長さ、リスクの許容度等において差が大きい。それ故、企業のガバナンスの状況により、 研究開発動向は大きく左右される。 一般的に機関投資家が研究開発投資を好むとみなされるのは、その高いリスクを株式の分 散所有により薄めることでリスクを軽減しつつ、研究開発投資がもたらす高収益を享受でき る可能性があるためである* 6。一方、企業の経営者にとっては、研究開発投資が長期的には 高収益をもたらすとしても、短期的には収益の上昇を見込むことができず、失敗のリスクも 高い研究開発投資に乗り気にはなりにくいとされる。Alchian and Demsetz(1972) も指摘す る通り、一定のリスクを伴う研究開発プロジェクトは、経営者にとってはヘッジすることの できないリスクを増やしてしまうのである。ただし、研究開発活動とガバナンスの関係につ いては、必ずしも上記の一般的な見方がすべての産業や企業に当てはまるわけではない。な ぜなら、その関係は、企業の置かれている競争環境や、企業が置かれてきた履歴効果に依存 する程度が強いためである。以下に、その代表的なものを、項目ごとにみていく。 ( 1 )経営者の視野の長さ:短期か、長期か 米国企業と日本企業のガバナンスの違いについて、前者については、より株式市場を重視 する故に経営者が短期的な視野になりやすい一方、後者については、メインバンクとの長期 にわたる緊密な関係もあり、経営者の視野はより長期的になると指摘される場合が多い* 7。 研究開発投資は一般的に短期的には成果が出にくい。研究開発投資が実を結ぶには、それ による新たな知識が生産過程に体現するための時間を要するためである。その観点からは、 長期的な視点を重視する企業においては、研究開発投資が積極化される。逆に、キャッシュ フロー等に問題を抱える故に、短期的な視点を重視せざるを得ない企業にとっては、研究開 発投資の切り詰めは短期的な打開策となるため、研究開発投資には消極的になるとの見方が できる。 例えば、Stein(1989)の研究によれば、資本市場からの強い圧力は、企業が長期的視野を 持つことをきわめて困難にすると指摘する。特に、昨今の盛んな M&A のもとにおいては、 企業はどうしても短期的な視野を持たざるを得ない。長期的には好ましい研究開発投資で * 5 徳井・富山 (2003)は、 「研究開発投資は 2 年後に全要素生産性の上昇に結びつく」との結果を示しており、 研究開発投資の成果には一定の期間を要することを示している。その点から、研究開発を「リスクを伴う が企業価値を高める有益な投資」とみなすことは可能である。 * 6 Graves and Waddock(1990)等。 * 7 米国と日本の代表的な 500 企業をサーベイした Abegglen and Stalk(1985)によれば、日本企業の経 営者は自社企業のマーケットシェアの上昇を第一に考え、株価については軽視する一方、米国企業の経 営者は株価を非常に重視している。ただし、Shleifer and Vishny(1995)は、米国企業がより近視眼的 ということを示すことは難しいとしている。 27 28 研究論文 Research Paper あっても、短期的には収益を低下させる要因となってしまう場合には* 8、株価はその企業の 持つ実力よりも低評価となり、買収の対象となりやすい。今後、日本においても敵対的な買 収行動が増加していくとすれば、経営者はより短期的な視野へとシフトし、研究開発投資が 削減される傾向が強まる可能性が高い* 9。もちろん、その種の行動を阻止するガバナンスメ カニズムや制度が整備されれば、逆に、研究開発投資が促進されることも考えられよう。 研究開発投資が成果をもたらすまでの期間を短縮することは難しい。研究開発投資が技術 進歩をもたらし、それが資本に体化され仕事の変化や様々な波及効果を生み出すには一定の 期間を要するからである。それ故、短期的な視野を持つステークホルダーのもとで、研究開 発投資が積極化することは想定しにくい。生産性上昇の主たる要因である研究開発投資の積 極化には、経営における長期的視野をいかに確保するかということが、前提条件として重要 となるのである。 以下においては、 長期的視野に適した所有構造という観点からみていきたい。 ( 2 )研究開発投資と所有構造の観点 先行研究によれば、企業の所有構造と研究開発投資の関係については、必ずしも意見は一 致していない。その理由としては、研究対象の企業が置かれている競争環境が、国や産業等 により異なっているため、企業の所有構造と研究開発投資との間に様々な関係が生じること による。以下では、各ステークホルダーが研究開発投資に与える影響について概観する。 ・機関投資家 短期的な視野を持つと考えられがちな機関投資家の行動からは、ステークホルダーとして の機関投資家は、長期的な観点から行われる研究開発投資にマイナスの圧力となるとの見方 ができる。しかし、先行研究によれば、必ずしもそうとは限らない。 米国の Fortune500 に属する企業で、研究開発に積極的な産業(化学、電機、コンピュータ、 産業機械、医薬品)からサンプルを抽出した Hill and Snell(1988)の研究は、株主が企業の 株式を集中して所有していることと、企業の研究開発投資の水準の間には正の有意な関係が あることを見出した。つまり、大株主の存在が、企業の研究開発投資を促進しているとの見 方である。また、同じく Fortune500 企業のサンプルを用いた Baysinger, Kosnik, and Turk (1991)も、大株主による集中的な所有構造が企業の研究開発投資にプラスに働くとしている。 上記の研究は、いずれも大株主として「機関投資家」を想定しており、機関投資家の存在が 研究開発投資を促進する効果があるとの結論となっている。 それでは、短期的な視野を持つと言われる機関投資家が、なぜ短期的には成果の出ない研 究開発投資を促進するのであろうか。Graves and Waddock(1990)は、機関投資家の短期 * 8 さらに、研究開発投資の果実というものは評価が困難であり、正確に費用と便益を分析することができ ないという難点もある。 * 9 ただし、Hall and Weinstein(1996)の研究によれば、長期投資の代理変数である研究開発投資が米 国企業において日本企業よりも削減されている事実はないとして、上記の仮説(株価重視が経営の視野 を短期的にし、それ故、長期的な視野のもとにおける投資[研究開発投資等]が削減される)に疑問を 呈しているものもある。 日本企業のコーポレート・ガバナンスと研究開発投資 ~日本の製薬産業と電気機械産業を中心に~ 的な視野が「企業の投資を短期的な視野で行わせる」はずとの見方と、「機関投資家の存在 が企業の研究開発投資に正の影響を与えている」現実の差に注目した。そして、その差を説 明する要因として、「リスク分散」の働きを提示した。つまり、機関投資家が長期的な投資 である研究開発に正の影響を与え得るのは、機関投資家は研究開発投資の持つ「高いリスク」 を分散できるから* 10 との見方である。 研究開発投資は高いリターンを期待できるが、結果が出るまでには長期の期間を要し、リ スクも大きい。しかし、そのリスクを軽減できるのであれば、魅力的な投資となり得る。ま た、Bond, Harhoff, and Van Reenen(2003)や Jarrell et al(1985)の指摘によれば、研究開 発投資を行っていることは、その企業が長期的に持続する競争力の開発に熱心であるとアナ ウンスすることに通じ、それが短期的にも株価上昇の形で反映されるとの見方もできる。 上記の先行研究からは、機関投資家の短期的な視野が強調されざるを得ない環境において は、ステークホルダーとしての機関投資家は、企業の研究開発投資に負の圧力を与えること となる。その一方、研究開発投資による期待収益が高い企業については、研究開発に伴う高 いリスクを機関投資家が分散させることができるのであれば、ステークホルダーとしての機 関投資家は、企業の研究開発投資をかえって促すとの見方もできる。なお、両者の動きが拮 抗するような場合は、株主としての機関投資家の存在と企業の研究開発投資との関係が非有 意となることもあろう。 ・内部取締役 株主としての内部取締役も、機関投資家と同様に市場からの圧力を受ける。しかし、内部 取締役と機関投資家との違いは、「リスク分散」ができる程度にある。Mansfield(1968)等 の指摘によれば、内部取締役のように「リスク分散」をすることが困難な株主の存在は、研 究開発投資を消極化する方向へと作用するとの見方ができる。 その一方、Hill and Snell(1988)等が指摘する通り、内部取締役の場合は、企業内の事情 に熟知しており、相対的に長期的な視野を持ち得ることに加え、有望な研究開発投資を理解 できる故、研究開発投資を促す可能性がある。 上記の通り、株主としての内部取締役についても、長期的視野を持ち得るか、長期的な視 野を持つことのリスクを分散することができるかという点が、企業の研究開発投資に対する 積極性を左右する重要な要因となる。 ・外部取締役 なお、外部取締役の存在についても、研究開発投資に対する見方は分かれる。一般的には、 企業の研究開発投資は短期的には成果が出にくく、市場からもすぐには評価されにくいこと からは、外部取締役は研究開発投資に消極的になるとの見方ができる。さらに、内部取締役 と比較した場合、外部取締役は必ずしも社内事情に熟知しているとは言えない。それ故、有 望な研究開発プロジェクトであっても、的確に評価がなされない可能性もある。その場合は、 企業の研究開発投資は消極化する方向に向かう。 * 10 逆に、個人投資家の場合は、 「リスク分散」を簡単には行えないため、企業の研究開発投資にプラスの 影響をもたらしにくい。 29 30 研究論文 Research Paper 一方、Kosnik(1990)の指摘にもある通り、株主利益を重視する外部取締役の場合、長期 的に収益基盤を確立できる主要な要因が研究開発投資との観点からは、研究開発投資は促進 されるとの見方もできる。 ・安定的な株主の存在 研究開発投資比率をみると、英国企業は低く、ドイツ企業は高い。この差は何によって生 じているのか。その観点から、英国企業とドイツ企業の研究開発投資戦略を比較研究したの が Bond, Harhoff, and Van Reenen(2003)である。そこにおいては、英国企業とドイツ企業 の研究開発投資戦略の差が生じる背景として、企業が所有される構造の差に注目がなされた。 つまり、安定的な株主の存在が、長期的な視野のもとで行われる研究開発投資にプラスの影 響を与えやすいとの見方である。メインバンク制や株式の持ち合い等に関し、ドイツ企業の 置かれている環境は、日本企業のそれと類似している部分も多いため、日本企業においても 研究開発投資が積極的に行われる下地があることが類推される。企業の存続に関わるような、 急を要する他の優先度の高い経営課題がない場合は、安定的な株主の存在は企業の研究開発 投資を促進する方向に働く。 なお、研究開発投資額が多ければいいというものではない。Bond, Harhoff, and Van Reenen(2003)の指摘によれば、研究開発投資が最適値よりも過大に行われてしまう場合は、 企業の収益率の低下をもたらすとの懸念を示した。日本企業について分析した徳井・富山 (2003)においても、安定的な株主の存在が経営者の規律を緩め、収益率や成功確率の低い 研究開発投資まで採択されてしまうというルートを通じて研究開発を過大にし、結果として 非効率がもたらされてしまう危険性を指摘している* 11。 安定的な株主の存在は、研究開発投資にとってプラスとなるとの見方が基本的である。た だし、この場合は、それが過大となる故に、投資が非効率となってしまう可能性も問題となる。 ( 3 )負債比率・企業のキャッシュフローと研究開発投資 企業の負債比率が高さは、「負債による規律」を通じ、結果として研究開発投資は抑制さ れる。1980 年代の米国製造業のパネルデータを用いた Hall(1992)の分析は、負債比率が上 昇した企業は研究開発投資を削減する傾向にあることを示した。日本企業について分析を 行った徳井・富山(2003)においても、1991 年以降の日本企業に関し、負債比率の高さが研 究開発投資にもたらす負の影響を明らかにしている* 12。ただし、Prowse(1990)の研究によ れば、米国企業に比べ日本企業の場合は、負債比率の高さが研究開発投資を抑制する傾向は 小さいとしている。 また、Leland and Pyle(1977)の指摘にもある通り、研究開発投資はキャッシュフローの 制約も受けるとの見方もある。研究開発投資はリスクが大きく、経営者が株主に情報を開示 するに際しては、モラル・ハザード等のエージェンシー問題を引き起こすことがあり、コス * 11 経営者は企業を最適の規模以上に成長させるインセンティブを持つとした Jensen(1986)の指摘も、 「安 定的な株主の存在のもとにおける過大な研究開発投資」という見方につながるものと考えられる。 * 12 ただし、徳井・富山(2003)の指摘にもある通り、1991 年以降の期間においては、バブルの崩壊後の「失 われた 10 年」において、収益期待の悪化が研究開発投資を抑制した効果の方が大きいとの見方もできる。 日本企業のコーポレート・ガバナンスと研究開発投資 ~日本の製薬産業と電気機械産業を中心に~ トがかかる。それ故、研究開発投資は内部資金で行われやすくなるとの考えである。同じく キャッシュフローと研究開発投資の関連を研究した Hirota(1999)においては、経営上の危 機が生じるような場合を考えると、通常の設備については転売することによる補填の可能性 が考えられるものの、研究開発投資についてはその種の可能性を考えることができないため、 キャッシュフローの制約があるもとでは研究開発投資は行われにくいとの見方をしている。 研究開発投資の期待収益率がきわめて高い場合や、競争環境の面から研究開発投資を促進 せざるを得ない場合は、負債を増やしてでも研究開発投資を積極化することが考えられる。 しかし、それ以外の場合は、負債比率の高さやキャッシュフロー制約は、企業の研究開発投 資を削減する方向に働く。 このようにみると、研究開発投資は、適切なコーポレート・ガバナンスを必要とする。た だし、米国、日本の先行研究とも、研究開発とガバナンスの関係には、必ずしも共通認識が ない。その理由としては、対象業種、利用データの期間等により、両者の関係が変化したた めと考えられる。そこで本稿においては、特に研究開発指向の強い、製薬産業と電気機械産 業の 2 業種を対象に、最近時のデータを含め、経済環境変化の影響を考慮に入れた分析を行 い、両者の関係を明らかにすることとした。 31 32 研究論文 Research Paper 2.研究開発とガバナンスに関するモデルと推計 ~日本企業のパネルデータを用いた業種・期間別分析~ 以下においては、日本の製薬産業と電気機械産業の 2 業種につき、最新時点までのパネル データ* 13 を用い、研究開発投資とガバナンスの関連につき分析を行った。本稿においては、 特に研究開発志向* 14 である 2 産業に対象を絞り、最新時点までのデータを用いたことと、 期間を区切って分析をしたことが特徴となっている。 表 1.産業別研究費の特徴(2005 年度) 研究費/売上高 研究者 1 人当たり研究費 (%) (万円) 研究費構成比(%) 基礎研究 応用研究 開発研究 全産業平均 3.08 2,647 6.3 19.6 74.1 製造業平均 3.87 2,631 6.1 20.1 73.8 医薬品工業 10.01 4,808 21.4 22.7 55.9 電気機械器具工業 4.72 2,333 5.7 26.8 67.5 電子部品 ・ デバイス工業 5.81 2,290 2.3 23.1 74.6 作成:総務省統計局「平成 18 年 科学技術研究調査報告」をもとに三菱総合研究所 2.1 製薬産業 製薬産業(科学技術研究調査報告では医薬品工業に相当)における研究費の特徴を表 1 に より確認すると、研究開発費が支出項目の大きな割合を占めていることがわかる。実際に過 去において、多くの有益な薬が創出されたことは、製薬産業の研究開発が一定の成功を収め てきたことの裏付けとなっている。 その一方、他の産業と同様に、研究開発投資の費用と効果に関する検証については、必ず しも十全に行われているわけではない。製薬産業において研究開発活動はなくてはならぬ位 置付けにあるものの、企業の置かれている環境等に応じ* 15、研究開発投資予算自体の削減や、 予算の再配分も迫られることとなる。 * 13 日経 NEEDS-Financial QUEST のデータを用い、当該産業に属する全上場企業のパネルデータを作成 した。データの基本統計量については、巻末の参考表参照。 * 14 図表からも明らかな通り、電機関連以上に医薬品工業の研究費が売上高に占める割合は、電気機械器 具工業およびその他の産業平均と比較し、きわめて高くなっていることがわかる。また、医薬品工業に おいては、1人当たりの研究費が 5,000 万円弱と、全産業平均の 2 倍近くになっていることからも、特 に製薬産業については研究開発志向の強さが示されている。さらに、研究開発の中で「基礎研究」が占 める割合も 2 割を超える高さとなっていることも、製薬産業の特徴となっている。 * 15 製薬業界の売上高をみると、1980 年代には前年比で二桁上昇を持続していた。そのような時期におい ては研究開発予算も潤沢にあり、ガバナンスのあり方等に関わらず十分な研究開発投資が行われてきた。 しかし、バブルの崩壊から「失われた 10 年」を経て、研究開発投資は適切なガバナンスと細かな管理を 要する項目となったのである。実際、総資産に占める研究開発費の割合は、1980 年代には 7%であった が、バブルの崩壊以降は 6%台前半に落ち込み、昨今の景気回復局面においても上昇していない。 日本企業のコーポレート・ガバナンスと研究開発投資 ~日本の製薬産業と電気機械産業を中心に~ そこで、製薬産業に属する企業における研究開発投資と、株式所有構造と負債状況からな るガバナンス* 16 との関係をみるために、製薬産業の財務諸表から作成したパネルデータに より、以下のような推計を行った。その際、製薬産業を取り巻く環境変化により研究開発投 資のあり方も変化するとの考えから、いくつかの期間を区切り推計を行っている。 ・被説明変数:研究開発費/総資産 ・説明変数* 17:十大株主持株比率、役員持株比率、金融機関持株比率、外人持株比率、 個人持株比率* 18、総資産対数値、現金・預金/総資産、負債・資産比率 なお、純粋に研究開発とガバナンス関連指標の関連をみるため、「総資産対数値」につい ては、企業規模の効果を制御する意味を持たせていることに加え、「現金・預金/総資産」 については、流動性の効果を制御する意味合いも持たせている。 ( 1 )1980 年代からバブル期( 1980 ~ 1992 年) 1980 年代からバブル崩壊前に至る時期は、製薬産業が大幅に売上を伸ばしていった時期 である。業界における研究開発投資の重要性についても認識されており、積極的な研究開発 投資が行われた。この時期の推計結果をみると、表 2 の通りである。 表 2.研究開発とガバナンスの推計結果(製薬産業:1980 ~ 1992 年) 被説明変数:研究開発費/総資産 説明変数 十大株主持株比率 役員持株比率 金融機関持株比率 係数 標準誤差 t値 0.069 0.773 - 0.047 0.100 - 0.476 0.050 0.086 0.585 0.053 外人持株比率 0.045 0.070 0.646 個人持株比率 - 0.046 0.068 - 0.680 総資産対数値 - 0.005 0.012 - 0.406 0.102 0.040 - 0.013 0.036 - 0.348 0.053 0.069 0.773 現金・預金/総資産 負債・資産比率 定数項 2.515 ** 注 1:データ数 312、グループ数 29 注 2:Breusch-Pagan 検定、Hausman 検定によれば、固定効果推定が望ましい統計手法であり、本推計結果も 固定効果推計である 注 3:**は 5%水準で有意 作成:三菱総合研究所 この結果からは、企業の業績のみならず、業界、マクロ経済という企業を取り巻く環境が * 16 ガバナンスとしての、株式所有構造による「市場を通じた規律」と「負債による規律」が、企業の研究 開発投資に与える影響に焦点を当てる。 * 17 推計においては研究開発とコーポレート・ガバナンスの関係を明らかにするため、説明変数としては株式 所有構造と負債状況に焦点を当てている。 * 18 ここで持株比率のうち、先行研究においても非有意となる場合の多い「非金融法人企業持株比率」を 変数として落としている。 33 34 研究論文 Research Paper 好ましい状況にあり、将来に対する期待も強い時期においては、ガバナンス変数は研究開発 投資に大きな影響をもたらさなかったことがわかる。上の図表からも明らかな通り、この時 期におけるガバナンス関連変数に関してはすべて非有意であり、この時期における研究開発 投資の決定には、株式所有構造や負債状況からなるガバナンスの構造が影響を与えていな かったとの解釈が可能である。 なお、キャッシュフローの代理変数でもある「現金・預金/総資産」については、有意水 準はやや低いものの正の値を示しており、キャッシュフローが潤沢であるほど、研究開発 投資に資金が回ったことが示される。なお、「負債・資産比率」に関しては、符号は負であ るものの非有意であり、負の有意となった先行研究である Hall(1992)や徳井・富山(2003) の結果とは異なっている。 上記の結果からは、バブル期を含むこの期間においては、経済、企業、業界の強い成長期 待のもと、十分な研究開発投資が行われてきたことが窺える。その一方、この期間は、企業 における研究開発投資に十分なガバナンスが働かないまま、潤沢な資金を積極的に研究開発 投資に回してしまった可能性も示唆される。徳井・富山(2003)の指摘にあるように、収益 率や成功確率の低い研究開発投資まで採択されてしまっていた可能性が想定される。その場 合、過大な研究開発投資が非効率性をもたらしていたと考えられる。 ( 2 )バブル崩壊後の「失われた 10 年」( 1991 ~ 2002 年) いわゆるバブルの崩壊した 1991 年以降、日本経済は長らくその後遺症に悩み、回復の糸 口がみえる 2000 年代初頭までの時期は、 「失われた 10 年」と称される。この期間においては、 マクロ経済の弱さと先行きに対する不安が強く、中長期的には結果のみえにくい研究開発投 資は個別に精査される案件となり、「市場を通じた規律」が働くようになった。 この時期の推計結果をみると、表 3 の通りである。 表 3.研究開発とガバナンスの推計結果 (製薬産業:バブル崩壊以降の「失われた10 年」:1991 ~ 2002 年) 被説明変数:研究開発費/総資産 説明変数 十大株主持株比率 役員持株比率 標準誤差 t値 0.009 係数 0.020 0.474 - 0.761 - 0.002 0.003 金融機関持株比率 0.040 0.017 2.360 ** 外人持株比率 0.059 0.018 3.284 *** 個人持株比率 0.017 0.020 総資産対数値 - 0.017 0.005 - 3.782 *** 現金・預金/総資産 - 0.032 0.013 - 2.540 ** 負債・資産比率 - 0.007 0.010 - 0.681 0.238 0.057 定数項 0.824 4.191 *** 注 1:データ数 339、グループ数 35 注 2:Breusch-Pagan 検定、Hausman 検定によれば、固定効果推定が望ましい統計手法であり、本推計結果 も固定効果推計である 注 3:***は 1%水準で有意、**は 5%水準で有意 作成:三菱総合研究所 日本企業のコーポレート・ガバナンスと研究開発投資 ~日本の製薬産業と電気機械産業を中心に~ 上記の推計結果をみると、研究開発投資とガバナンス変数との関係は、「失われた 10 年」 期は「バブル」期と大きく異なることがわかる。この時期において、「バブル」期には非有 意であった「金融機関持株比率」と「外人持株比率」の 2 つのガバナンス変数が有意な変数 へと転じた。企業がバブル崩壊の後遺症に悩まされていたこの時期においても、製薬企業が 存続するための基盤となるのが研究開発投資であり、それが行われて初めて企業の成長が期 待できるとの見方が、外部の投資家により取られるようになったことが示唆される* 19。一方、 その他の株主である「十大株主持株比率」「役員持株比率」「個人持株比率」については、非 有意なままである。一般的に、「十大株主」は相対的に安定的であり、中長期的な視野を持 つとみなすことができる。また、「役員」についても、社内事情に精通し、中長期的な観点 から研究開発投資に理解を示すと考えられる。その観点からは、これら株主の存在は研究開 発投資を促進すると、考えることも可能である。しかし、そのような結果となっていないの は、この期間においては、痛んだバランスシートの改善等、「研究開発投資」より優先的に 処理すべき重要な案件が山積していたためと、解釈することができよう。 さらに、キャッシュフローの代理変数でもある「現金・預金/総資産」をみると、バブル 期における正の有意から負の有意へと転じていることが注目される。この点に関しても、 「失 われた 10 年」の時代においては、キャッシュフローの増加がバランスシートの改善等に優 先的に利用されたことが推察される。なお、「負債・資産比率」に関しては、バブル期と同 様に非有意であり、研究開発投資に「負債による規律」は働いていない。 「失われた 10 年」の時期は、企業内外において研究開発投資が精査され、「市場を通じた 規律」としてのガバナンスが働くようになり始めた時期との位置付けができよう。そして、 製薬産業における研究開発投資の重要性は、企業の内部よりもむしろ外部により認識されて いたのである。 ( 3 )「失われた 10 年」後の景気回復期( 2001 ~ 2006 年) 日本経済は「失われた 10 年」を経て正常な状態に戻り、ようやく回復軌道に乗った。景気 の局面上は、6 年を超える長期の回復局面が持続している。ただし、マクロ経済の観点からは、 潜在成長率である 2%程度の成長率を持続していることに過ぎず、いわゆる強い成長局面に あるわけではない。よって、研究開発投資もバブル期とは異なり、必要性や効果等を十分に 精査した上で行われることが求められる故、その決定に際しガバナンスの必要性は高い。 この時期の推計結果をみると、以下の表 4 の通りである。推計期間が短い難点があるもの の、ここでも前の 2 つの推計とは異なる結果が出ている。 * 19 金融機関や外人投資家については、先行研究にもある通り、リスクを分散できるが故に研究開発投資を 促したとの見方も可能である。 35 36 研究論文 Research Paper 表 4.研究開発とガバナンスの推計結果 (製薬産業:今回の景気回復期:2001 ~ 2006 年) 被説明変数:研究開発費/総資産 係数 標準誤差 十大株主持株比率 説明変数 - 0.040 0.022 - 1.823 * 役員持株比率 - 0.105 0.039 - 2.720 *** 金融機関持株比率 - 0.035 0.021 - 1.662 * 0.018 0.023 0.764 外人持株比率 t値 個人持株比率 0.018 0.027 総資産対数値 - 0.022 0.007 - 3.061 *** 現金・預金/総資産 - 0.023 0.017 - 1.318 負債・資産比率 - 0.010 0.016 - 0.655 0.352 0.090 定数項 0.655 3.920 *** 注 1:データ数 215、グループ数 38 注 2:Breusch-Pagan 検定、Hausman 検定によれば、固定効果推定が望ましい統計手法であり、本推計結果 も固定効果推計である 注 3:***は 1%水準で有意、*は 10%水準で有意 作成:三菱総合研究所 この推計結果のガバナンス関連変数をみると、先の推計とは大きく異なっていることがわ かる。まず、 「十大株主持株比率」および「役員持株比率」はバブル期から「失われた 10 年」 期を通じて非有意であったが、今回の景気回復局面下において初めて負の有意へと転じた。 比較的安定的な株主とみなされる「十大株主」および「役員」については、中長期的な観点 から企業価値の向上に取り組むと考えられ、それ故に研究開発投資を促す主体との見方がで きる。しかし、今回の結果は、この見方を支持しない。また「金融機関持株比率」に関して は、 「バブル」期の非有意、「失われた 10 年」期の正の有意を経て、今回の景気回復局面下 においては初めて負の有意となった。また、「外人持株比率」については、「失われた 10 年」 期には正の有意であったが、今回の局面では非有意となっている。このように株主による研 究開発投資に対する規律に変化が生じた背景には、企業の研究開発投資に対して、「成果が 出るまでの期間」と「リスク」に関し、従来とは異なる見方が生じたためと考えることがで きる。なお、「個人持株比率」については、期間を通じて非有意となった。 その他、キャッシュフローの代理変数である「現金・預金/総資産」「負債・資産比率」 ともに非有意となっており、研究開発投資の決定に際し、これらの財務変数が大きな影響を 与えていないことがわかった。先行研究によれば、研究開発投資は内部資金で行われやすく、 キャッシュフローの制約や負債の制約を受けやすいとの見方が主であった。しかし、近年の 日本の製薬産業においては、研究開発投資はそれらの制約とは無関係な部分で決定されてい ることが示唆される* 20。 * 20 研究開発投資の判断に先んじて行われるべき、重要度の高い事項が増えたとの見方もできる。合併や買 収等を含めた企業存続のあり方を精査し、その形を明確にして初めて研究開発投資に対する判断がなさ れる。それ故、キャッシュフローや負債の状況と研究開発投資の決定が、直接には結びつかないとの可 能性が考えられる。 日本企業のコーポレート・ガバナンスと研究開発投資 ~日本の製薬産業と電気機械産業を中心に~ マクロの経済自体は、正常な状態に戻り、長期の回復過程に入ったとは言え、製薬産業を 取り巻く環境自体は変化している。国内のみならず、国外企業との競争の激化や競争力を維 持するための大型合併等の動きも、活発化している。さらに、製薬産業における製品のライ フサイクルが短期化される傾向にあることも、研究開発活動のあり方や、外部からの評価を 変化させたものと思われる。 特に昨今においては、企業の合併や買収によるメガファーマが誕生しつつある時期でもあ る。その観点からは、メガファーマ化することで、巨大な資本力を背景とした上で、新薬開 発等に資する研究開発投資を促進するという流れも考えられる。その場合は、キャッシュフ ローや負債により合併や買収を進めた上で、研究開発投資を増やすという順序を踏むことと なる* 21。 2.2 電気機械産業 電気機械産業における研究開発投資も、製薬産業と同様、きわめて重要な位置を占める。 直近の動きにおいても、IT バブル後のデジタル家電景気による業績の急回復や、多機能携 帯電話等が牽引役となった市場拡大等、研究開発投資に根差した市場の大きな動きがみて取 れる。しかしその一方、電気機械産業においても研究開発部門のリストラは避けられず、限 られた予算をいかに効果的に割り振るかという観点が重要となりつつある。また、技術進歩 の速度が速い分野であるため、研究開発分野の早期の見極めと、成果のスピードアップに対 する要求も一層強まりつつある。その意味では、中長期的に成果をみていくべき研究開発投 資も、この業種においては短期的に成果を出すことが求められる。 上記のような特徴を持つ電気機械産業における研究開発投資とガバナンスの関係をみるた めに、電気機械産業の財務諸表から作成したパネルデータにより、以下のような推計を行っ た。その際、製薬産業における推計と同様、電気機械産業を取り巻く環境変化により研究開 発投資のあり方も変化するとの考えから、いくつかの期間を区切り推計を行っている。 ・被説明変数* 22:研究開発費/総資産 ・説明変数 :十大株主持株比率、役員持株比率、金融機関持株比率、外人持株比率、 個人持株比率、総資産対数値、現金・預金/総資産、負債・資産比率 ( 1 )1980 年代からバブル期( 1980 ~ 1992 年) 1980 年代からバブル崩壊前に至る時期は、他の主要な産業と同様、電気機械産業も大幅 に売上を伸ばしていった時期である。業界における研究開発投資の重要性についても認識さ れており、積極的な研究開発投資が行われた。この時期の推計結果をみると、以下の表 5 の 通りである。 * 21 その時は、キャッシュフローや負債に関する推計の符号の出方も異なってくるであろう。また、研究開発 の効率化については本推計では確認することができず、別の分析枠組みが必要である。この点に関して は、今後の課題としたい。 * 22 被説明変数、説明変数については、製薬産業と同じ指標を採用した。 37 38 研究論文 Research Paper 表 5.研究開発とガバナンスの推計結果(電気機械産業:1980 ~ 1992 年) 被説明変数:研究開発費/総資産 説明変数 十大株主持株比率 役員持株比率 金融機関持株比率 係数 標準誤差 0.046 0.018 - 0.004 0.021 t値 2.593 *** - 0.214 0.019 0.018 1.090 外人持株比率 - 0.015 0.017 - 0.931 個人持株比率 0.020 0.015 1.339 総資産対数値 0.006 0.003 2.404 ** 現金・預金/総資産 0.001 0.011 0.055 負債・資産比率 - 0.006 0.008 - 0.707 定数項 - 0.076 0.033 - 2.310 ** 注 1:データ数 1,243、グループ数 166 注 2:Breusch-Pagan 検定、Hausman 検定によれば、固定効果推定が望ましい統計手法であり、本推計結果 も固定効果推計である 注 3:***は 1%水準で有意、**は 5%水準で有意 作成:三菱総合研究所 この結果からは、製薬産業における結果と同様、電気機械産業においても、企業の業績の みならず、業界、マクロ経済という企業を取り巻く環境が好ましい状況にあり、将来に対す る期待も強い時期においては、ガバナンス変数は研究開発投資に大きな影響をもたらさな かったことがわかる。この時期におけるガバナンス関連変数で唯一有意となったのが、安定 的な株主を代表するとみられる「十大株主持株比率」である。短期的な業績の変化に左右さ れにくい安定的な株主が、中長期的な観点から企業の収益性や持続可能性を達成するための 必要条件の一つとして、研究開発投資を認識していた可能性が示唆される。ただし、その他 のガバナンス要因に関してがすべて非有意なことからは、「バブル」期における研究開発投 資の決定には、きめ細かなガバナンスは不要であったとみることもできよう。 なお、キャッシュフローの代理変数である「現金・預金/総資産」や「負債・資産比率」 に関しても非有意であり、キャッシュフロー変数が正の有意となった製薬産業とは異なった 結果となっている。 上記の結果からは、電気機械産業においても、バブル期には企業や業界の強い成長期待の もと、十分な規律が働かぬまま研究開発投資が行われてきたことが示唆される。それ故、こ こにおいても、収益率や成功確率の低い研究開発投資まで採択され、研究開発投資が非効率 となっていた可能性が考えられる。 ( 2 )バブル崩壊後の「失われた 10 年」( 1991 ~ 2002 年) 「失われた 10 年」期は、マクロ経済の弱さと先行きに対する不安が強まった時期である。 それ故、中長期的には結果のみえにくい研究開発投資案件は個別に精査されることとなり、 ガバナンスを要する変数となった。 この時期の推計結果をみると、以下の表 6 の通りである。 日本企業のコーポレート・ガバナンスと研究開発投資 ~日本の製薬産業と電気機械産業を中心に~ 表 6.研究開発とガバナンスの推計結果 (電気機械産業:バブル崩壊以降の「失われた10 年」:1991 ~ 2002 年) 被説明変数:研究開発費/総資産 説明変数 標準誤差 t値 0.007 0.007 0.881 - 0.064 0.010 - 6.658 *** 金融機関持株比率 0.033 0.008 4.235 *** 外人持株比率 0.039 0.008 4.863 *** 個人持株比率 0.030 0.007 4.061 *** 総資産対数値 - 0.001 0.002 - 0.376 現金・預金/総資産 - 0.004 0.005 - 0.944 負債・資産比率 - 0.004 0.003 - 1.156 0.008 0.020 十大株主持株比率 役員持株比率 定数項 係数 0.382 ** 注 1:データ数 1,429、グループ数 175 注 2:Breusch-Pagan 検定、Hausman 検定によれば、固定効果推定が望ましい統計手法であり、本推計結果 も固定効果推計である 注 3:***は 1%水準で有意、**は 5%水準で有意 作成:三菱総合研究所 上記の推計結果によれば、研究開発投資とガバナンス変数との関係は、バブル期に有意で あった「十大株主持株比率」を除いて、すべての変数が有意となっている。こうした結果か らは、バブル崩壊により研究開発に対するガバナンス構造が変化したことが推察される。以 下において、変数を一つずつみていこう。 まず、 「十大株主持株比率」については、バブル期の正の有意から非有意となった。この期 間においては、中長期的な視野を持つ安定的な株主にとっても、 「研究開発投資」の相対的な 重要度が低下したものと思われる。 「研究開発投資」を促進する必要性を認識していたとして も、バブル期において毀損したバランスシートの回復等、 「研究開発投資」以外に優先的に行 うべき重要案件の存在により正負相殺された結果と、解釈することができる。また、 「役員持 株比率」 については、 負の有意となった。 これは、 中長期的な観点を持つことが想定される 「役員」 も、 「失われた 10 年」期には、企業の中長期的な存続の観点から研究開発費を積極的に削減す べき項目と評価したことによると考えられる。この結果、企業のバランスシートが痛んだこ の時期には、 「研究開発投資」に対する期待が低下したことがわかる。その一方、 「金融機関持 株比率」 「外人持株比率」 「個人持株比率」のすべてについては、正の有意となっている。この 時期は多くの電気機械産業にとってもバブルの後遺症に悩まされており、財務体質を改善す る必要性が高まっていたものの、外部の投資家からは将来にわたり持続的に企業が成長をし ていくためには、研究開発投資がきわめて重要な要素と認識されていたことが示唆される* 23。 なお、キャッシュフローの代理変数でもある「現金・預金/総資産」と、「負債・資産比率」 はともに引き続き非有意であり、研究開発投資決定の判断に際し、キャッシュフローの多寡 は多くの影響を与えておらず、負債による規律も機能していないことがわかる。 * 23 なお、個人投資家については、外人等の機関投資家の行動にフリーライドする傾向にあるとする、西崎・ 倉澤(2002)の指摘を当てはめて考えることが妥当であろう。 39 40 研究論文 Research Paper バブル期を経て業績が冷え込んだ「失われた 10 年」期においては、研究開発投資にガバ ナンスが働くようになり始めた時期である。その際、外人、個人や金融機関等の投資家は、 電気機械産業における研究開発投資の有効性を十分に認識し、その増加を優先度の高い事項 とみなしていたのに対し、内部からの規律は、研究開発投資を積極化する前にバブルによる 「負の遺産」をかたづけることを優先する方向に働いたものと推察される* 24。 (3) 「失われた 10 年」後の景気回復期( 2001 ~ 2006 年) 期間の上では長期の景気回復局面である今回の景気回復期* 25 は、電機産業における研究 開発投資とガバナンスのあり方を再び大きく変化させた。また、この間、いわゆる IT 化も 大きく進展し、IT 関連技術の急速な進展と商品開発分野の拡大等の動きのもと、研究開発 投資には一層のスピードアップが求められるようになった。従来、研究開発投資には中長期 的に成果が上がることが期待されていたが、今般においては、研究開発投資ですら短期的な 成果が求められるものとなりつつあることが窺える。 この時期の推計結果をみると、以下の表 7 の通りである。推計期間が短い難点があるもの の、ここでも「バブル」期および「失われた 10 年」期とは異なる結果が出ている。 表 7.研究開発とガバナンスの推計結果 (電気機械産業:今回の景気回復期:2001 ~ 2006 年) 被説明変数:研究開発費/総資産 説明変数 係数 標準誤差 t値 - 0.012 0.006 - 2.096 ** 役員持株比率 0.027 0.010 2.857 *** 金融機関持株比率 0.007 0.008 0.869 外人持株比率 - 0.001 0.008 - 0.151 個人持株比率 - 0.026 0.008 - 3.350 *** 十大株主持株比率 総資産対数値 0.000 0.002 - 0.042 - 0.026 0.007 - 3.920 *** 負債・資産比率 0.002 0.006 0.280 定数項 0.042 0.026 1.594 現金・預金/総資産 注 1:データ数 836、グループ数 188 注 2:Breusch-Pagan 検定、Hausman 検定によれば、固定効果推定が望ましい統計手法であり、本推計結果 も固定効果推計である 注 3:***は 1%水準で有意、**は 5%水準で有意 作成:三菱総合研究所 * 24 もちろん、外人、個人や金融機関等の投資家は、投資対象によりリスクを分散することが容易なため、 積極的にリスクをとることができたとみることもできる。 * 25 今回の景気回復局面において、総資産に占める研究開発費の比率は、 「失われた 10 年」期よりも若干な がら上昇している。一方、分散が縮小していることからは、研究開発に積極的な企業と消極的な企業が 分化してきたとみることもできる。 日本企業のコーポレート・ガバナンスと研究開発投資 ~日本の製薬産業と電気機械産業を中心に~ この推計結果のガバナンス関連変数の有意性をみると、先の推計結果とはガバナンス関連 の変数が大きく異なっていることがわかる。最も特徴的な点は、「失われた 10 年」期におい て研究開発投資との関係がいずれも正の有意であった「金融機関持株比率」「外人持株比率」 が非有意に転じ、「個人持株比率」が負の有意へと転じたことである。また、安定的とみな される「十大株主持株比率」については、「バブル」期の正の有意から、「失われた 10 年」 期の非有意を経て、負の有意になり、「役員持株比率」は「バブル」期の非有意から、「失わ れた 10 年」期の負の有意を経て、正の有意へと転じたことである。 今回の景気回復局面下においては、「役員持株比率」のみが正の有意となったことは注目 に値する。企業の内部事情を熟知している故に、中長期的な観点から、有望な研究開発投資 についても適切に評価できるという側面が、経済の正常化に伴い明確に現れてきたとの解釈 ができよう。 一方、電気機械産業における研究開発投資の重要性を認識し、評価してきた「金融機関」、 「外人」「個人」といった外部の投資家は、昨今の景気回復期において、なぜその認識を変え るようになったのかという疑問が残る。考えられる点としては、電気機械産業を取り巻く技 術進歩が急速に進み、製品サイクル等が短期化する中で、研究開発投資も短期間で成果を出 すことが求められるようになったことがあげられる。しかし、研究開発投資が成果を出すに は、どうしても中長期の時間を要する。つまり、技術進歩および製品開発の速度と、研究開 発投資のサイクルが合わなくなり、投資家からみた研究開発投資のリスクが増大した結果と 考えることができよう。 なお、キャッシュフローについては負の有意へと転じており、キャッシュフローがむしろ 研究開発投資の下押し圧力として働くという、先行研究とは逆の結果となった。また、負債・ 資産比率については、期間を通じて非有意となっている。 上記の点からは、電気機械産業を取り巻く技術進歩の早さ故、中長期的な投資項目である 研究開発投資を企業の持続的な成長につなげていくことが、困難になりつつあることが読み 取れる。一方、国内、海外企業との提携、連携や、キャリア採用等の人事戦略等の「外生的」 な対策は、短期的な成果が期待できることもあり、業界を取り巻く技術進歩の速度の早さに 対応できるものである。つまり、これらの短期的な対応を継続的に行っていくことの方が、 中長期的な観点から研究開発を地道に行っていくよりも、企業の存続にとって好ましいとの 見方が市場において強まりつつあるとみることもできよう。経営資源の「選択と集中」が進 む中、研究開発活動についても「選択と集中」によるスリム化が進み、内生化する部分の限 定とともに、積極的な外生化の推進による企業の持続的な成長という方向も、志向されてき ているのである。 41 42 研究論文 Research Paper 3.結論 本稿においては、日本の製造業の中でも、研究開発投資がきわめて重視される製薬産業と 電気機械産業のパネルデータを用い、研究開発投資の決定要因の変遷についてみてきた。以 下に、推計結果をまとめる。 表 8.研究開発投資に関するガバナンス変数の符号と有意性 ①製薬産業 バブル期 「失われた 10 年」 今景気回復期 十大株主持株比率 + + - 役員持株比率 - - - 金融機関持株比率 + + - 外人持株比率 + + + 個人持株比率 - + + 負債資産比率 - - - ②電気機械産業 バブル期 「失われた 10 年」 今景気回復期 十大株主持株比率 + + - 役員持株比率 - - + 金融機関持株比率 + + + 外人持株比率 - + - 個人持株比率 + + - 負債資産比率 - - + 注:有意なものについては、網掛けをしている。 作成:三菱総合研究所 企業の将来見通しが全般的に明るいバブル期においては、研究開発投資には基本的に「市 場を通じた規律」も「負債による規律」も機能していない。その観点からは、研究開発投資 が最適値よりも過大となり、非効率となっていた可能性が強い。 しかし、バブル崩壊以降の時期において、製薬産業においても電気機械産業においても、 研究開発投資には「市場を通じた規律」が機能し始めるようになった。ここで、役員持株比 率や十大株主持株比率といった、どちらかと言えば、安定的で、旧来より企業の内部事情に 詳しいとみられているステークホルダーは、研究開発投資に正の影響を与えていない(非有 意もしくは負の有意である)。情報の非対称性の観点から、安定的な関係を持ち、社内事情 に熟知している株主の存在が、必要な研究開発投資を促進するとの見方をする先行研究も あったが、 「失われた 10 年」期においては、そのような結果は得られなかった。一方、外人、 金融機関は、企業のバランスシートが毀損していたこの時期においてすら、企業の持続性は 研究開発投資に依存するとの理解をし、評価をしていたとみなすことができる。これについ ては、外人等の外部投資家によるモニタリングが企業価値を高める効果を持つとの解釈と、 研究開発比率が高く成長の見込みも高い企業に投資がなされた結果との解釈の両方が可能で ある。また、企業が長期的に持続するための条件として、やむを得ぬ事情ではあるが、研究 日本企業のコーポレート・ガバナンスと研究開発投資 ~日本の製薬産業と電気機械産業を中心に~ 開発投資以外の要素も重視され出したのもこの時期である。つまり、この時期においては、 研究開発投資よりも、バブル期に積み上がった「負の遺産」を解消することが重視されたの である。 日本経済が「失われた 10 年」を経て、長期の緩やかな景気回復過程に入ると、研究開発 投資とガバナンスの関係にも変化がもたらされる。その理由の一つとして考えられることは、 従来は中長期的な観点から評価されるべきとされていた研究開発投資にも、短期的な成果が 求められるようになったことがあげられよう。製薬産業も電気機械産業も、技術進歩の速度 が急速に上昇する中、製品のライフサイクルが短期化し、研究開発活動も短期で回していく ことが望まれるようになる。しかし元来、研究開発投資は中長期の時間を要するものである ことから、投資家からみた場合の研究開発投資のリスクは、大幅に上昇してしまう。その種 のリスクに敏感となった投資家は、製薬産業においても電気機械産業においても研究開発に 対し消極的となった。今まで研究開発投資の意義を十分に理解してきたとされる「外人投資 家」や「金融機関」も、この時期においては、研究開発投資に正の有意な影響を与えていない。 製薬産業においては、「金融機関持株比率」が有意に負となっている。ここからも、企業の 存続性を外部の視点から評価する際の、研究開発投資の地位が下落していることが類推され る。また、相対的に安定的な株主とみなされる役員や十大株主においては、電機産業におけ る役員持株比率が正の有意となった以外は、すべて負の有意となった。中長期的な視野を持 ち、社内事情についても相対的に精通している故に、研究開発投資にも積極的とみなされる これらの投資家についても、近年においてはむしろ消極的な働きをしていることからは、企 業の内部において、幅広く研究開発投資を行うことの効果* 26 とリスクを勘案しつつ、慎重 に研究開発投資が決められる傾向が生じつつあることが読み取れる。そして、その効果より もリスクが高いと判断される場合は、研究開発投資に代わり、国内、海外企業との提携、連 携の推進により、相互に補完する戦略が採択されることが考えられる。研究開発分野におい ても「選択と集中」によりスリム化し、選択しなかった周辺部分については、外部の力を用 いて補っていくとの考えである* 27。 研究開発投資は「失われた 10 年」期以降、ガバナンス変数である「市場からの規律」の 影響を強く受けるものとなった。しかし、近年の環境変化の下において、リスクについては 把握できるものの、その直接の成果を短期的に明確にすることが困難な研究開発投資には、 どのステークホルダーも積極的な推進を望まない状況となっている。ただし、研究開発投資 が企業の持続的な生産性の上昇の源泉であるとの見方には変わりない。ステークホルダーが 研究開発投資を具体的に評価できるよう、成果とリスクが明示される仕組みが求められるの * 26 Branstetter and Nakamura(2003)によれば、日本企業のイノベーション能力は、1990 年代に入って下 落している。これは、研究開発投資への投入量のみに帰することはできず、研究開発投資の生産性自 体が下落していることにもよる。日本企業の研究開発イノベーションへのアプローチは、もはや機能して おらず、米国企業とのネットワークを活用する等により、国としての基礎的な改革が望まれるとの指摘で ある。 * 27 Dunne, Haltiwanger, and Troske(1997)は、研究開発を推進していく場合は、技術進歩に応じて企業 の組織再編や人材育成が必要になるとする。それ故、研究開発を進める場合は、企業内部でそれらの 補完的要素を同時に変革していく必要がある。それができない場合は、外生化せざるを得ない。 43 44 研究論文 Research Paper である。この問題を解消するのは簡単ではないが、例えば、各企業が研究開発をプロジェク トベース* 28 で行うことで、コスト管理と効果測定をできるだけ明確にし、特に外部の投資 家から評価されるよう、オープンな形で研究開発* 29 の仕組み作りを考えていく方策が考え られよう。なお、浅川(2002)* 30 の指摘によれば、企業活動のグローバル化が進展すること に伴い、世界中に点在する価値あるナレッジを迅速かつ的確に自社内にアクセスし、自社の 競争優位構築に転化することが、グローバル規模での優位性確保の必須条件となる。つまり、 グローバルな研究開発戦略においては、研究開発の成果であるナレッジを取り込み、移転・ 融合し、活用するという、一連のナレッジ・マネジメント・サイクルを機能しやすくするこ とが企業には求められるのである。その文脈からも、研究開発の仕組みをオープンな形にし て、成果を多面的に活用できるような「見える」仕組みを作ることは、研究開発を通じた企 業の持続的成長の必要条件となるのである。 * 28 Asakawa(2001)では、数多くのケーススタディーから、多国籍企業の本社と海外のラボ(R&D 拠点) の情報共有についても、人的交流はラボ全体ではなくプロジェクトベースで行うことで、研究開発を明確 化するとともに、ラボ自体の独立性・独自性を保持する工夫の重要性を指摘している。 * 29 なお、藤本 (2006)にみるように、日本企業のモノづくりの設計思想は、インテグラルかモジュラーか、クロー ズドかオープンか、に分類できる。日本企業はクローズド・インテグラルを得意としてきたが、研究開発 においても、いかにオープンな形でイノベーションを起こしていくかということが重要な視点となる。また、 従来のクローズド・インテグラルの下では水平分業が成立しにくいが、研究開発についても水平な研究開 発上の連携をとれることが成功の条件となる。そのためにも、技術者や市場等を対象に、幅広い情報 公開が求められるのである。 * 30 浅川(2002)においては、日本企業 12 社(キヤノン、シャープ、エーザイ、山之内、藤沢、資生堂、花王、 旭硝子、神戸製鋼、日立、NEC、東芝)の海外 R&D ネットワークを通じて確保された 48 種のナレッ ジを分析対象として、各ナレッジごとにアクセス段階、移転段階、活用段階におけるリンケージメカニズ ムに関するデータを入手し、分析している。 日本企業のコーポレート・ガバナンスと研究開発投資 ~日本の製薬産業と電気機械産業を中心に~ 表 9.[参考]データの基本統計量 ①製薬産業 1980 ~ 1992 年 データ数 平均値 標準偏差 最小値 最大値 研究開発費/総資産 変数 384 0.070 0.060 0.001 0.458 十大株主持株比率 419 0.435 0.125 0.037 0.892 役員持株比率 421 0.093 0.120 0.000 0.554 金融機関持株比率 421 0.354 0.170 0.014 0.725 外人持株比率 388 0.065 0.086 0.000 0.585 個人持株比率 421 0.389 0.172 0.074 0.849 負債・資産比率 504 0.529 0.167 0.156 1.085 1991 ~ 2002 年 データ数 平均値 標準偏差 最小値 最大値 研究開発費/総資産 変数 365 0.064 0.027 0.007 0.129 十大株主持株比率 487 0.461 0.132 0.260 0.958 役員持株比率 488 0.092 0.245 0.000 0.867 金融機関持株比率 487 0.331 0.173 0.046 0.712 外人持株比率 468 0.068 0.085 0.000 0.734 個人持株比率 489 0.369 0.178 0.044 0.849 負債・資産比率 520 0.438 0.181 0.002 0.993 2001 ~ 2006 年 データ数 平均値 標準偏差 最小値 最大値 研究開発費/総資産 変数 216 0.064 0.029 0.005 0.162 十大株主持株比率 258 0.465 0.129 0.261 0.821 役員持株比率 259 0.060 0.091 0.000 0.488 金融機関持株比率 259 0.283 0.158 0.019 0.654 外人持株比率 259 0.128 0.149 0.000 0.756 個人持株比率 259 0.357 0.182 0.064 0.857 負債・資産比率 288 0.334 0.193 0.002 0.913 ②電気機械産業 1980 ~ 1992 年 データ数 平均値 標準偏差 最小値 最大値 研究開発費/総資産 変数 1,551 0.023 0.035 0.000 0.457 十大株主持株比率 2,211 0.495 0.161 0.048 0.998 役員持株比率 2,209 0.098 0.150 0.000 0.997 金融機関持株比率 2,181 0.288 0.152 0.000 0.762 外人持株比率 2,018 0.066 0.089 0.000 0.740 個人持株比率 2,214 0.373 0.197 0.007 0.998 負債・資産比率 2,666 0.583 0.226 0.000 1.571 1991 ~ 2002 年 データ数 平均値 標準偏差 最小値 最大値 研究開発費/総資産 変数 1,625 0.022 0.027 0.000 0.472 十大株主持株比率 2,779 0.494 0.154 0.041 0.998 役員持株比率 2,774 0.086 0.130 0.000 0.823 金融機関持株比率 2,774 0.281 0.153 0.000 0.719 外人持株比率 2,641 0.074 0.105 0.000 0.780 個人持株比率 2,781 0.379 0.196 0.011 0.953 負債・資産比率 3,220 0.521 0.447 0.000 1.327 2001 ~ 2006 年 データ数 平均値 標準偏差 最小値 最大値 研究開発費/総資産 変数 1,064 0.026 0.024 0.000 0.119 十大株主持株比率 1,623 0.498 0.155 0.033 0.964 役員持株比率 1,608 0.078 0.121 0.000 0.692 金融機関持株比率 1,619 0.238 0.145 0.000 0.709 外人持株比率 1,573 0.104 0.130 0.000 0.877 個人持株比率 1,623 0.423 0.209 0.024 0.976 負債・資産比率 1,867 0.473 0.501 0.000 1.659 注:データ数は、企業数に時系列を乗じたのべ数。 作成:三菱総合研究所 45 46 研究論文 Research Paper 参考文献 [1] Alchian and Demsetz:“Production, Information Costs, and Economic Organization”, American Economic Review, 62, 777-95(1972). 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However, very few methodologies support planning/design of services in a systematic manner at present. This paper aims at proposing an innovative method named MISP that allows systematic, effective, and efficient planning of services. First, the procedure of the method is explained. MISP adopts QFD (Quality Function Deployment) to obtain critical points, and utilizes extension of TRIZ (Theory of Inventive Problem Solving) to generate options. Then, MISP is applied to actual service planning in a German manufacturer. MISP is verified to be powerful in supporting to create effective solutions for the business by presenting the results such as generating new services for the company, Contents 1.Motivation and Goal 2.Proposed Method 2.1 Service/Product Engineering 2.2 Modelling Services 2.3 MISP:Method Innovative for Developing Service and Product 3.Application to a Case 3.1 Overview 3.2 Improvement Solutions 3.3 Response from Company 4.Discussions 4.1 Verification 4.2 Implication for Planning Services 4.3 Innovativeness 5.Conclusions 6.Acknowledgement 49 50 研究論文 Research Paper 1.必要性と目的 日本では第 3 次産業が、付加価値の生成、雇用の 2 つの面でその割合を増やしており[1]、 経済活動の重要な部分を占めているのは周知のところである。また、日本の家計の消費支 出におけるサービスの割合は、1984 年にサービスは 35% を占めるにすぎなかった(残りの 65% は商品(モノ))のに対し、それ以降ほぼ単調に増加し、1999 年には既に 42% を占め ている[1]。このように、確かに日本ではサービスの重要度が高まっている。しかしながら、 日本のサービス業の労働生産性は、例えば欧米に比べてかなり低く[2]、その向上は急務で ある。 一方、製造業においても、そのサービスプロバイダ化が進み(例えば[3])、サービスは 一層重視される傾向にある。例えば、従来の製造業の製品販売を中心とするビジネスとは異 なり、サービスと一体化して価値を提供する仕組みが「製品・サービスシステム(Product/ Service System、以下、「PSS」)」[4, 5]という名のもとに、特に欧州で注目を集めている。 サービス業におけるこの種の問題に対しては、Shostack[6, 7]や Ramaswamy[8]らが、 主にマーケティング従事者を対象として、サービスを適切に管理、設計するための方法を提 案している。ただし、これらの研究における主な設計対象は、顧客と対面して実際にやり取 りを行う従業員の業務プロセスである。また Bullinger ら[9]は、サービスを設計だけで なく研究や開発の対象としても捉えた上で、サービスの開発方法や研究開発のための組織、 人材、IT システム管理のあり方を論じている。 また、サービス業のみならず、製造業におけるサービスを含めた設計の方法論の構築をめ ざした研究として、いくつかのものが行われている(詳細は文献[10]を参照)。中でも、 “Service/Product Engineering”と呼ばれる新しい discipline(顧客やステイクホルダへの 価値提供を実現するために、提供する製品やサービスを効果的・効率的に構築するエンジニ アリングの規律)の研究[11-13]において、対象モデリング、設計手法、計算機援用設計 支援システムの構築が行われている。 しかしながら、上記で述べた 2 つの領域における既存研究のいずれにおいても、サービス の企画・設計支援を体系的に行うための支援方法論はいくつかみられるものの、有効性につ いてほとんど検証されていない。そこで本研究では、サービス業、製造業を問わず、特にサー ビスの企画を体系的かつ効果的・効率的に行うための方法論を提案することを目的とする。 以下、本稿は第 2 章で提案する手法を説明し、第 3 章で欧州の事例への適用結果を紹介する。 第 4 章で考察を行い、第 5 章で結論と展望を述べる。 MISP:サービスの革新的企画手法 2.提案手法 2.1 Service/Product Engineering 本提案手法は、Service/Product Engineering(以下、「SPE」)の考え方にもとづくもの である。SPE とは、新しいサービスを提供する、または既存のサービスの競争力向上を実 現するための手法やツールを内包する discipline である[11]* 1。ここで「サービス」とは、 「サービスの供給者であるプロバイダが、対価を伴って受給者であるレシーバが望む状態変 化を引き起こす行為」であると定義されている。本 discipline は、新しい有効なものを作り 出すまたは改善を行うということから、Engineering の 1 種であると位置付けている。また、 提供すべきはあくまで価値であり、価値を提供するための手段としてサービス活動と物理的 な製品を用いることから、“Service/Product”が名前の一部に入っている。SPE を採用し た理由は、上記のような特徴を持つ discipline は、ほぼ他に見当たらないからである。 2.2 サービスのモデル化 サービスを Engineering の中で扱う以上、Engineering の対象となる、ある種のモデルが 必要である。本提案手法は、SPE において既に提案されているサービスのモデル[11]を 採用する。本モデルは、サービスに関連する複数のエージェントの連鎖を表現するフローモ デル、サービスの対象範囲を示すスコープモデル、エージェントがサービスを受ける際の振 る舞いを表すシナリオモデル、サービスが対象とする RSP(Receiver State Parameter)の 1 つを変化させることができる機能・実体について記述するビューモデル、の 4 つのサブモ デルで構成される。カフェサービスを表現する際のフローモデル、スコープモデルの例を、 図 1 に示す。 図 1.フローモデル、スコープモデルの例(カフェサービスの場合) Coffee Machine Maker Scope Model Cafe Runner Flow Model Catering buyer Provider Intermediate Agent Furniture Maker Visitor Receiver 作成:三菱総合研究所 * 1 以前は、ServiceEngineering と呼ばれていた。 51 52 研究論文 Research Paper ここで「エージェント」とはサービスに参加する主体を意味し、プロバイダ、レシーバ、 中継エージェント(サービスを提供するプロバイダと注目するレシーバの間に介在するもの) に分類される。RSP はサービスの享受によって値の変化するレシーバの状態を表現するパ ラメータを表し、その変化の方向に応じて、レシーバにとって望ましい変化を価値、望まし くない変化をコストとして表現する。価値については様々な捉え方や定義が存在する(例 えば[14])が、ここでは Zeithaml らによる第 3 の value(e.g.“value is what is good for you.”)[15]と同等のものとする。 シナリオモデルの記述スキームを、図 2 に示す。シナリオモデルは、サービスを受ける際 のエージェントの振る舞いをその状態遷移グラフ(ここで「遷移」は、時間的な遷移または 因果関係を伴った遷移を指す)として表現する。 図 2.シナリオモデルの記述スキーム State 3 State 1 State 2 State 3 State 3 legend legend : state : state transition 作成:三菱総合研究所 ビューモデルは、RSP の変化を実現するための機能構造を、機能の語彙的表現、主たる 対象パラメータである機能パラメータ(Function Parameter:FP)、機能パラメータに対す る主たる作用である機能効果(Function Influence:FI)によって表現する。 2.3 MISP:Method Innovative for Developing Service and Product 本節では、本提案手法(三菱総合研究所が新たに開発したサービス企画のメソッドで 「MISP」[Method Innovative for Developing Service and Product]と名付けた)を説明す る。図 3 に、MISP の流れを示す。 まずステップ 1 で、サービスを届けるレシーバ(第一義的には顧客であるが、顧客のセグ メントをその属性によって明らかにしたもの)とレシーバがサービスを利用するシーンを特 定する。この結果は、サービスの享受に関連するレシーバの行動を表現するモデルであるシ ナリオモデルによって記述する。次いで、本サービスに関連するエージェント(対象サービ スにおいて、プロバイダやレシーバと利害関係を有するエージェント)をリストアップ(フ MISP:サービスの革新的企画手法 ローモデルとして記述)し、エージェントの享受する価値とコストを特定する。ここでは、 シナリオモデルに記述されたレシーバの振る舞いに沿ってレシーバが認知するパラメータ を洗い出した後に、本サービスを受けることによって顧客の何を変化させたいのかを、RSP の形で明らかにする。 ステップ 2 で、これらの RSP に対して重み付けを、通常顧客へのアンケート結果等を利 用して実施する。ただし、この重み付けは、プロバイダの戦略等によっても影響を受ける。 ステップ 3 で、これらのエージェントの RSP の変化を実現するための機能構造を(ビュー モデルとして)記述し、ステップ 4 で、この機能構造に含まれるパラメータ(Function Parameter: FP)の間の重みを、サービス提供企業の内部から収集する。それらの総体をもっ て、設計中間解とする。これらの段階では、過去に蓄積されたサービスの事例ベースを利用 するものとする。その後、品質機能展開(Quality Function Deployment: QFD)手法[16] を応用して、中間解を評価する。つまり、エージェントの価値とコスト(RSP)を QFD の 顧客要求として入力し、サービスの実現構造を記述するパラメータを QFD の品質特性とし て入力する。この際、エージェントの RSP に対する相対的重要度、RSP と FP の関連度を 利用する。 その後評価結果から、対象とするサービスにおいてレシーバの満足度に与える影響が大き いという意味で、クリティカルなエレメントを抽出する。ここまでのステップで、対象サー ビスの設計において焦点を当てるべきポイントが明らかになる。いわゆるイノベーションの 種はクリティカルなエレメントに存在することが多く、その意味でこれらをイノベーショ ン・シーズと呼び、重要な RSP、重要な機能のパラメータが各顧客カテゴリ別に得られる。 ここまでの前半部分は、サービス設計のための Service Explorer と名付けられたソフトウェ アとして実装されており[11]、これを効果的に活用することができる。 MISP の後半ではイノベーション・シーズをもとにして、新規設計・改善案を作成する。 こ の 際、TRIZ(Theory of Inventive Problem Solving)[17, 18] も 利 用 す る。TRIZ は、 従来物理的な製品の設計に利用されてきた手法であるが、ここではサービスの企画に利用で きるように改良した。特に、得られたイノベーション・シーズに対して、TRIZ の進化パター ンツリーを改良した「サービス進化パターン」を適用し、いくつかの設計解候補を作成する。 TRIZ における「進化パターン」は、元来技術システムの進化にはいくつかのパターンが 存在するという仮定のもとで、対象技術システムの物体の構造やシステム内の作用が変更さ れるパターンの集合としてまとめられたものである。例えば、 「モノ→バイ→ポリ:類似物体」 と名付けられたパターンは、対象システム内に異なる物体を導入したり、類似する物体を共 通系にまとめるという変更を指している。本パターンの具体例としては、飛行機のプロペラ の枚数が 1 枚から 2 枚へ変更されることで、システム全体の動力に改善がもたらされる進化 があげられる。それに対して「サービス進化パターン」は、TRIZ の「進化パターン」の各々 をサービスに適用する場合、考えられるパターンを列挙したものである。まず、対象システ ムが、TRIZ の対象とする技術システムではなく、サービスとなっている。次に、変更対象 の要素が物体ではなく、サービスを構成する要素(物体を含む)となっている。例えば、上 記で例示した「モノ→バイ→ポリ」をもとにしたパターンでは、対象サービス内に異なるエー ジェントを導入する等の変更が含まれている。 表 1 に、「サービス進化パターン」の一部を示す。表 1 の左側には、TRIZ の進化パター 53 54 研究論文 Research Paper ンツリー(一部)が示されており、各行には本稿で拡張提案するサービス進化パターンが示 されている。各々のサービス進化パターンは、操作対象が前節で説明したサービスモデルの いずれかの要素となっている。TRIZ の進化パターンツリーを採用した理由は、案を体系的 に多数作成可能だからである。また、他分野のサービス事例を利用してアブダクション[19] 等を利用した案の作成も行う。 最後に、それらの候補から解を選択する。選択のためには、各 RSP の変化という目的に 対する各案の実現構造による充足度を評価した値と、各 RSP に対する重み付けとの積を加 算することにより、各解の要求価値に対する充足度を評価すること[20]が必要である。各 RSP の充足度の評価関数としては、例えば、レシーバが得る価値の大きさをコストで除す ることなどが考えられる。 MISP によって、サービス企画企業は下記の 3 つの成果物を得ることができる。 1.顧客価値とそれらの提供機能の関連構造(RSP とその機能構造を明らかにしたモ デル) 2. 商品開発のアイデアソース(イノベーション・シーズを含む上記のモデル) 3. 顧客満足のシミュレーションデータ(解の案が RSP の変化に与える影響度) また、MISP は、製品・商品の設計手法の 1 種であるが、上記の成果物に加えてその特徴 を明示すれば以下の 3 点になる。 1. 顧客本位の価値の表現にもとづく(上記の成果物 1.に直接的に貢献) 2. 製品とサービスを相互置換可能な表現を利用(上記の成果物 2.に直接的に貢献) 3. 創造的問題解決の支援 MISP:サービスの革新的企画手法 図 3.MISP の流れ お客様の提供 三菱総合研究所の提供 サービスモデリング手法 AHP, コンジョイント分析 RSPの特定 従業員*の知見 RSPの重みの収集 顧客**コンタクト情報 Step1 Step 2 Step 3 機能構造の特定 従業員の知見 QFD Step 4 機能構造の重みの収集 イノベーション・シーズ ・重要なRSP ・重要な機能パラメータ ・顧客のカテゴリ TRIZ, アブダクション Step 5 他分野の事例 凡例 :作業ステップ 改善案・新規設計案の作成 コストデータ 改善案・新規設計案 :アウトプット 注:RSP:Receiver State Parameter,AHP:Analytic Hierarchy Process,QFD:Quality Function Deployment, TRIZ:Theory of Inventive Problem Solving *従業員だけでなく、お客様の顧客も含む場合もある。**お客様の顧客を指す。 作成:三菱総合研究所 55 56 研究論文 Research Paper 表 1.サービス進化パターン(一部) サービスのモデル内の操作対象 エージェント TRIZ の進化パターン ID 項目 ペルソナ RSP FP 実体 細目 2 物 体 の 内 部 に、 改良物質の 物 体 の周 辺 領 域 改 良 エー ジェント を 導入 に、 物 体 と 物 体 導入する の間に 5 1 つの類似物体 モノ→バイ を 導 入、 複 数 の →ポリ 類似物体を導入、 :類似物体 類 似 物 体 を共 通 系にまとめる 1 つ の、 ま た は 複 数 の 類 似 エー ジェント を導入する、類似エー ジェントを共 通 系 に まとめる 14 制御性の 調整 半 自 動 制 御 にす る、全 自 動 制 御 にする 19 トリミング 一部を削除する、 1 つのエージェントを 複 数 個 所を 削 除 削除する、複数のエー す る、 全 体 を 削 ジェントを削除する 除する 作成:三菱総合研究所 改良 RSP を導入 する 改良実体を導入 する 1 つ の、 ま た は 複 数の類似 実体 を 導 入 す る、 類 似 実体を共 通 系 にまとめる RSP を 半自動 制 FP を半自動制御 御 に す る、RSP にする、FP を 全 を全自動制御に 自動制御にする する 1 つのペルソナを 1 つの RSP を削 1 つの FP を削除 1 つ の 実 体 を 削 削 除 す る、 複 数 除 す る、 複 数 の する、複 数の FP 除 す る、 複 数 の の ペ ルソ ナ を 削 RSP を削除する を削除する 実体を削除する 除する MISP:サービスの革新的企画手法 3.適用事例 3.1 適用の概要 本節で紹介する適用対象の企業は、ドイツに本拠を置く、中規模生産機械(機械 1 台の価 格は、数千万円から 10 億円の規模)の製造業者である。当該製品の国際市場規模は数千億 円程度であり、本企業は当該分野のリーディングカンパニーである。ただし、過去数年にわ たり市場規模は縮小してきており、これがさらに市場競争を激しくしている。本企業が現在 提供するサービス活動は、技術的なメンテナンス、スペアパーツの提供、ネットワークを介 したホットラインによるサポートなどである。ここでは、この企業をサービスのプロバイダ (提供者)、この企業の顧客をレシーバ(受給者)と捉えた上でサービスの新規企画・改善案 の作成を行った。 3.2 改善の結果 MISP の流れに従い、まず、社内のインタビュー* 2 を通じて、12 個の RSP(価値または コスト)を特定した(ステップ 1)。次いで、これらの RSP に対する顧客の重み付けを、ア ンケートで収集した* 3(ステップ 2)。顧客が求めている価値の 1 つは、簡潔に言えば、必 要な時に確実に高い品質の最終製品を生み出すためのサポートであることが、図 4 に示す 結果から垣間見られる。また、これらの RSP の変化を実現するための機能構造を、Service Explorer 上で記述した(結果の一部を図 5 に示す)。さらに、Service Explorer の機能を使っ て、重要な機能パラメータ(Function Parameter)等、本サービスのイノベーション・シー ズを明らかにした。例えば、機械の故障頻度や故障時のダウンタイム、オペレータの運転ス キルがクリティカルであること等がわかった。また、顧客にとって重要な RSP にもかかわ らず、その変化をサポートするサービスが提供されていないものも明らかになった。 MISP の後半では、明らかになったイノベーション・シーズをもとにして、案を作成した。 主な案として、顧客からの問合せ後一定時間内に技術スタッフが対応するというサービス (案 1)を提案した。案 1 の作成プロセスを説明する。図 4 に示したように、「機械の必要時 の稼働可能性」が重要度の高い RSP であることが、まず明らかになった(Step 1、2)。次に、 当 RSP に影響を与える機能パラメータとして、“Hotline availability”(図 5 にも示されて いる)が重要であることがわかった(Step 3、4)。そこで、サービス進化パターンの中から FP-14 を採用し、“Hotline availability”を半自動制御する方法を考案した。さらに、機能 パラメータ“Technician availability”も重要であることを踏まえた結果、具体的には、一 定時間内に技術スタッフが対応するというサービスを考案するに至った。案 2 として、故障 発生頻度の低いシステムの開発が重要であることも提案した(当イノベーション・シーズは ビューモデル[図 5 左側]に示されており、進化パターン“RSP2”を採用した)。また、複 写機の分野で実現・商用化されている自己修復機能を他分野の類似事例として参照し、自己 * 2 社内約 10 部門(設計・開発部門、コンサルティングサービス部門等)へのインタビュー。 * 3 7 か国の顧客数十社に対してアンケートを行った。 57 研究論文 Research Paper 修復機能を持つシステム[21]を新規の企画案(案 3)として提案した(図 5 右側に示した イノベーション・シーズに対してサービス進化パターン“実体 5”を適用し、共通系にまと めた)。 図 4.本企業の顧客が各価値(とコスト)に対して認識する重要度(平均値) 7.0 重要度 6.0 5.0 械 機 械 の 最終 必 要 製品 の 時 稼 の の品 働 稼 率( 働 質 可 故 能 障 性 等 を 除 く ) R S P 1 R S P 2 R S P 3 R S P 4 R S P 5 R S P 6 R S P 7 R S P 8 R S P 9 4.0 機 58 注:重要度 7:非常に重要、1:全然重要でない、を表す。 RSP:Receiver State Parameter. 「最終製品」とは、本生産機械を利用して、本企業の顧客が得る製品を指す。 「機械の稼動率(故障等を除く) 」は、単純な時間ベースの本機械の稼働率を指し、 「機械の必要時の稼動可能性」 は、顧客が必要な時に実際に機械が稼動する可能性を指し、顧客のジョブプラニングの要素が影響する。 作成:三菱総合研究所 MISP:サービスの革新的企画手法 図 5.Service Explorer 上で記述された「機械の必要時の稼動可能性」のビューモデル(一部) RSP RSP 目的 手段 低頻度の機能不全によって実 低頻度の機能不全によって 現するというシーズを表現 実現するというシーズを表現 自己修復機能や技術スタッフによる短 自己修復機能や技術スタッフによる短 時間での対応で実現するシーズを表現 時間での対応で実現するシーズを表 現 凡例 : RSP(価値) : 機能とパラメータの関係 : コンテンツパラメータ : 機能間の階層関係 : チャネルパラメータ : パラメータ間の関係 : 機能 : アークのルーティングの ためのノード 作成:三菱総合研究所 3.3 適用企業の反応 前段で示した結果に対して、適用企業から次の反応が得られた。新しいサービスを企画す る上で、各顧客セグメントが求める価値とその価値を提供する機能の関連構造を体系的に整 理することができる。それだけでなく、作成した改善案・新企画がどのような顧客価値にど れ位の影響度をもたらすのかを示すデータ、つまり、顧客満足のシミュレーションデータが 得られる。本適用後に当企業内では、このメソッド、システム、情報、知見を、どのように 企業内の広い意味でのシステムの中で活かしていくべきかが検討されている。 59 60 研究論文 Research Paper 4.考察 4.1 検証結果 第 3 章で示したように、本提案手法は、実際のサービスの新企画・改善に適用可能であり、 実際のサービス提供事業者に対しても、有効な解の生成を支援する能力を有することが確認 された。特に MISP の前半は、当該サービスの焦点(サービスレシーバに訴求するために効 果的なポイント)を絞り込み、案出しの効率を上げる(無駄打ちをなくす)ために貢献して いる。MISP の後半は、TRIZ により体系的に案を豊富に作成可能なことに寄与している。 4.2 サービス企画へのインプリケーション 本節以降では、MISP の検証結果が、サービス企画に対していかなるインプリケーション (示唆)があるのかを考察する。まず、MISP は、当該企業において顧客ニーズを効果的に 共有するのに役立つ。これは、MISP の第 1 の特徴である顧客本位の価値の表現、つまり、 どのレシーバのどのような状態変数をターゲットとするのかを明らかにするモデル化方法に よるところが大きい。 次に、マーケットスペースの発見に貢献することができる。これも、MISP の第 1 の特徴 による。より具体的には、シナリオモデルに記述されたレシーバが認知するパラメータを有 効利用可能である。 また、MISP の第 1 の成果物である、各顧客セグメントが求める価値とその価値を提供す る機能の関連構造は、従来マーケティングによって得られていた情報を企画・設計・開発に 結びつけることを容易とする。なぜなら、その関連構造は、MISP の採用する対象モデルが 顧客価値とそれを実現する機能・実体を記述しており、企画などの対象とすることができる からである。 さらに、顧客価値を提供する手段のアイデアソースを体系的に整備することを可能とする。 また、物理的な製品の企画とサービス活動の企画という、異なる種類の種を最適化するプロ セスの支援を可能とする。これは、MISP の第 2 の特徴(製品とサービスを相互に置換可能 な形で扱う)による。例えば、第 3 章の事例で紹介した 3 つの案は、物理的製品とサービス 活動の双方の企画を含んでいるが、すべて「機械の必要時の稼動可能性」という RSP の充 足度合いの向上を目的としたものである。3 つの案の設計・開発コストと RSP の充足度合 いの向上を比較することによって、費用対効果を検討することが可能となる。 一般に、商品開発の段階に顧客が参加するという方法はしばしば利用されているが、 MISP は顧客を含めたサービスレシーバをできる限りモデル化するという立場を取ってい る。MISP は、手法がより形式化されているという点で、案を生成する企業にとっては体系 化に向けた挑戦となる。その一方で、記述されるモデルは、一定のレベルで対象を網羅的に カバーするという利点がある。これによって、例えば、作成した案がどのような影響度をも たらすのかを、安価にシミュレーションすることが可能である。 MISP:サービスの革新的企画手法 4.3 新規性 MISP は、従来のサービスの企画・設計手法に比べて、次の点で新規性を有する。まず、 顧客価値を起点として、具体的な案の作成プロセスに至る一気通貫の流れを支援可能な点 である。また、設計における焦点を明らかにした後に TRIZ を利用して解決案の作成を支援 する手法は、製品設計を対象として既に提案されている(例えば[22, 23])が、MISP は、 サービスをも対象とするという点が新しい。一方、従来のマーケティングの手法に比べて、 MISP は顧客価値提供の手段を合理的に決定するプロセス(いわゆる設計)もカバーするも のであり、マーケティング手法とは本質的に異なる。 5.結論 本稿は、実際のサービスの企画に適用可能な方法である MISP を提案した。実際のサービ ス提供事業者に対して適用し、ビジネスに有効な解を生成する能力を有することが検証され た。今後は MISP の後半部分をソフトウェア上に実装し、より効果的なサービス企画を支援 する環境を実現することが課題である。 6.謝辞 本研究の一部は、国内外の当該分野の研究者との有益な議論を参考にした。特に、東京大 学 新井民夫教授、首都大学東京 下村芳樹教授、ドイツ Darmstadt University of Technology の Prof. Herbert Birkhofer、 デ ン マ ー ク Technical University of Denmark の Prof. Tim McAloone、フランス Grenoble University の Prof. Daniel Brissaud に感謝する。さらに、 第 3 章の事例への適用に各々協力していただいたドイツの生産機械の製造業者に感謝する。 参考文献 [1] 経済産業省:『サービス産業の現状と課題』(2004). 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Kawada: “Innovative product development process by integrating QFD and TRIZ”,International Journal of Production Research,40(5),1031-1050(2002). 64 提言論文 Suggestion Paper 提言論文 製品製造業向け 体系的システム安全プログラムの提案 土屋 正春 首藤 俊夫 平川 幸子 石原 嘉一 美濃 良輔 要 約 近年、電気用品やガス器具等での事故が社会問題になったことにより、製品に対 する消費者の意識も大きく変化してきた。これにより、製品安全に関する企業の説 明責任が、重視されてきていると言える。しかし、多くの日本の企業は、従来の信 頼性最優先の考え方から脱しきれておらず、グローバル化する市場の中での安全性 の要求に対処できるマネジメントシステムを構築している企業は、ごく一部といっ た状況である。 このような状況のもと、我々は企業が戦略的に安全性の確保に対して体系的に 取り組んでいくための方策を、「体系的システム安全プログラム」として構築し た。このプログラムでは、我々が開発した ScoreSafe(Scoring System for Safety Program)により、マネジメントにおける安全性確保に対する取り組み状況を把握 し、課題を明確にする。ScoreSafe は製品安全に関する企業活動を、マネジメント、 設計開発、カスタマーサービスの 3 つの側面から実施するものであり、その結果は、 企業が安全性の確保に向けて求められる 5 つの観点(理念・組織、プロセス、技術、 人材育成/風土、情報活用)からの評価指標として示される。これにより、現状の どの領域に課題が存在しているかを、客観的に理解することが可能となる。 本稿では、体系的システム安全プログラムが必要とされる背景、プログラムの概 要および特徴を紹介するとともに、ScoreSafe の適用事例と活用可能性について述 べる。 目 次 1.はじめに 2.製品安全に対する社会的要求 2.1 消安法の改正 2.2 欧米における製品安全の基本的考え方 3.体系的システム安全プログラムの提案 3.1 安全をマネジメントとして考える必要性 3.2 体系的システム安全プログラムの基本的考え方 3.3 本プログラムの流れ 3.4 ScoreSafe(Scoring System for Safety Program) 3.5 適用事例 4.おわりに 製品製造業向け体系的システム安全プログラムの提案 Suggestion Paper Proposal of Systematic Safety Program for Product Manufacturers Masaharu Tsuchiya, Toshio Shuto, Sachiko Hirakawa, Yoshikazu Ishihara, Ryosuke Mino Summary Contents Since accidents caused by electric appliances, gas apparatus and so forth have become social problems in recent years, there has been a significant shift in consumer awareness towards such products. Consequently, it can be said that the accountability of the enterprise concerning product safety has become increasingly important. However, many Japanese enterprises have been unable to alter their mindset to give top priority to reliability, as in the past, and only a few enterprises have constructed a management system capable of handling the demand for safety in an increasingly globalized market. Under such circumstances, we have constructed a measure for enterprises to systematically devise means to ensure safety strategically in the form of the “Systematic Safety Program” . In this program, the state of efforts to ensure safety in management is recognized, and the task is clarified, using the ScoreSafe (Scoring System for Safety Program) that we developed. Under the ScoreSafe system, corporate activities are conducted for product safety in 3 aspects of management, design development and customer service respectively. Its results are presented in the form of assessment indicators from 5 viewpoints requested to the enterprise for securing safety (policy/organization, process, technology, the development of human resources/corporate climate and the utilization of information). Consequently, this enables objective insight into the areas in which the tasks are located in the current state. In this paper, the background requiring the Systematic Safety Program, as well as the outline and characteristics of the program, are presented, while at the same time, the instances to which ScoreSafe was applied and the potential for its utilization are described. 1.Introduction 2.Social Request for Product Safety 2.1 Revision of the Consumer Product Safety Law 2.2 Basic Concept of Product Safety in Europe and the United States 3.Proposal of the Systematic Safety Program 3.1 Necessity of Regarding Safety as Management 3.2 Basic Concept of the Systematic Safety Program 3.3 Flow of This Program 3.4 ScoreSafe(Scoring System for Safety Program) 3.5 Instances to Which the Program Was Applied 4.Conclusion 65 66 提言論文 Suggestion Paper 1.はじめに 2005 年の温風暖房機による CO 中毒死亡事故に引き続き、ガス湯沸かし器、シュレッダー、 扇風機などによる製品事故が連続して発生し、社会問題としても大きく取り上げられた。こ れにより、多くの消費者は、これまで特に疑問も持たずに安全であると信じていた製品に、 実は死亡事故につながるような危険が存在していることをあらためて認識することになり、 製品に対する消費者の意識が大きく変化するきっかけになった。 このような社会の意識を反映し、製品を製造する企業においては、製品事故が発生した際 のリコールの対応等に、今まで以上に積極的な対応が求められるようになってきている。不 適切な対応を行った場合には、企業の存続を左右する問題につながってしまうという状況は、 今後も続いていくことは間違いない。製品の安全性確保は企業における社会的責任の一つで あるとして、企業が明確に認識せざるを得ない状況になってきたと言える。多くの企業は、 これまでの経験にもとづき、製品安全に対して対処しているが、消費者側からの要求が大き く変化している現代においては、従来の経験の積み重ねだけでは、完全に対応することは困 難である。ましてや、市場のグローバル化は今後もさらに進むと考えられ、国際標準に対処 していくことが求められる。このような状況に対処するためには、体系的に安全性確保を進 めるシステムを構築して対応することで、製品安全性に対して見落としのない製品を開発し、 そのことを明確に示すことができるようにしておくことが必要とされる。 日本の製造業においては、これまで長い間、製品安全は設計開発における問題として考え られてきた。しかし、現状においては、設計開発部門にだけ任せておける問題ではなく、マ ネジメントが関与すべき問題として捉え、カスタマーサービス等も含めて、全社的なマネジ メントとして戦略的に取り組むことが求められる。 消費者が使用する製品だけでなく、工場内の機械についても、2006 年 4 月の労働安全衛 生法の改正によりリスクアセスメントが努力義務化されたことで、国際標準にもとづく安全 性確保が必要とされてきている。工場で使用する設備機械に関しても、安全性を確保する基 本的な考え方は、消費者が使用する製品と大きく変わるわけではない。製品・機械のリスク をできるだけ低減し、最終的なリスクを使用する人に正しく伝えることが重要である。 本稿では、製品安全や機械安全に対する戦略的取り組みを進めるために、我々が提案する 体系的システム安全プログラムの概要と、そのプログラムの導入部である企業の安全プログ ラム診断について解説する。 2.製品安全に対する社会的要求 2.1 消安法の改正 製品事故が連続して発生している状況に対処するため、経済産業省はネガティブリストの 考え方を採り入れた消費生活用製品安全法(以下、「消安法」)の改正を行い、2007 年 5 月 14 日に施行された。改正消安法では、製造・輸入事業者に対して、重大製品事故を知った 時に経済産業省に報告することが義務付けられた。報告は、重大製品事故を知ってから 10 日以内に行わなければならず、企業にとっては製品事故に対して迅速に対応する体制を構築 製品製造業向け体系的システム安全プログラムの提案 することが求められることになった。 さらに、2007 年 11 月 21 日には、製品の経年劣化による事故防止の観点から改正された 消安法が公布された。施行は、2009 年の春に予定されている。この改正法においては、消 費者が購入して使用できる製品(消費生活用製品)の経年劣化が考慮され、一部の製品に関 しては、製造・輸入事業者が点検や保守に関する情報を提供することが義務付けられている。 提供する情報には、設計標準使用期間(製品有効寿命)として、標準的な使用条件で安全に 使用できる期間と、その算定の根拠が含まれており、これに応えていくためには、製造事業 者は製品有効寿命を製品開発の段階で明確にすることが求められるようになった。 どのような製品であっても、経年劣化による寿命を迎えることは避けられないが、製品有 効寿命を設定し、その根拠も含めて公表しなければならなくたったということは、単に寿命 を予測するのではなく、積極的に寿命を制御する製品設計を行うことが必要になったと言え る。これまでの家電製品は信頼性向上を第一に開発されてきたが、これでは、使用中にどこ が故障するかは確定できないため、場合によっては、発火等の事故につながる可能性を避け ることは難しかった。それに対応する方策として、例えば、壊れても安全な箇所の寿命を他 の部品より短く設定し、最初にその部分が壊れるようにする、といったように、寿命を制御 する設計が必要とされてくる。より積極的な方法としては、電子的な組み込み制御技術で製 品の使用時間にもとづき、使用をコントロールする方法も考えられる。 日本企業の設計開発部門においては、信頼性向上を最優先する意識が定着している。その 中で製品有効寿命を制御する設計を行うには意識改革が必要とされるが、長年かけて定着し た意識を改革するには、設計開発部門だけの取り組みでは、困難が予想される。また、製品 事故防止の観点からは、カスタマーサービスの対応ルールの見直しや、事故発生時の対応体 制の構築など、各部門が連携した全社横断的な取り組みが必要である。経年劣化による製品 事故は、時として大きな社会問題となることは、最近の報道内容を見ても明らかであること から、この課題に対しては、設計開発部門だけではなく企業経営の一環として体系的なシス テムを構築し、取り組んでいくことが必要とされる。 2.2 欧米における製品安全の基本的考え方 製品安全に関して、EU 全域に対して包括的に規制する指令として、General Product Safety Directive(GPSD:一般製品安全指令)がある。GPSD の適用範囲は、市場に流通し ているすべての消費者用製品、および、今後使用されると予測される消費者用製品であり、 1992 年に施行された。その後、2001 年に見直しが行われ、改正版が 2004 年から施行されて いる。GPSD の大きな目的の一つは、EU 域内を流通する消費者用製品の安全性を確保する ことと、もう一つは EU 内の自由貿易を保証することである。GPSD は、GPSD 施行以前か ら存在するニューアプローチ指令(機械指令、低電圧指令等)がカバーする製品以外を、包 括的に規制するものである。欧州委員会事務局の GPSD 担当者の話では、ニューアプロー チ指令により市場に流通する製品の約 50% をカバーし、GPSD は残りの 50% の製品の安全 性を確保することをめざしていると言われる。 また、GPSD では、加盟国に、自国内を流通する製品の安全が確保されているかを監視す る義務を課しており、流通している製品に重大なリスクが発見された場合には、加盟国の政 67 68 提言論文 Suggestion Paper 府を通じて欧州委員会に報告することが求められている。報告された結果は、Web 上で情 報を参照することができる RAPEX(Rapid Alert System for Non-Food Products)* 1 によ り公開されているが、このシステムも、GPSD にもとづいて運用されている。 GPSD の 2001 年の改正では、適用範囲が拡大され、専門家のみが使用するために設計さ れた製品であっても、一般消費者が使用することもあるとして、適用範囲に含められた。ま た、サービス業界で使用する製品、例えば、プロの美容師が使用する美容院用の薬品につい ても、消費者の安全が確保されている必要があるとして、適用範囲とされた。 GPSD をはじめとして、EU では製品/機械の安全性を確保すると同時に、安全性が確保 された製品/機械の EU 域内での自由な流通を保証するために、加盟各国に拘束力を持つ法 律として各種の EC 指令を定めている。EC 指令は、共通の基本的考え方にもとづき運用さ れており、それを可能としているのは製品開発に対する基本的な考え方「Good engineering practice」の存在であると言える。日本の産業界としては、輸出時の規制をクリアするため の表面的な対処ではなく、EC 指令の根本となる概念について理解を深めて、日本の従来の 考え方との違いを認識し、積極的に対応していくことが重要である。 EU が発行している EC 機械指令の解説[1]では、「Good engineering practice とは専門 家に期待する製造された時点での State of the art(最高技術水準)に対応した技術の実践」、 と説明されており、EU 圏の大半で共通に使用される法的基準であるとされている。EU の 規制について対応していくためには、その根本にある安全に対する体系的な考え方を理解し ておくことが必要である。 アメリカにおいては、安全性に関する要求の根本は、MIL-STD-882D Standard Practice for System Safety(システム安全に関する標準的実施方法)に行きつく。MIL-STD-882D は国防総省(DOD:Department of Defense)の調達規格であるが、その中心となるシステ ム安全の考え方は、リスクアセスメントをベースに、安全性の要求を許容リスクで定義する 考え方であり、EC 機械指令等の要求と基本的に同一である。MIL-STD-882D はシステムの ライフサイクル全体を通して、許容リスクを達成するために、マネジメントの原則、基準、 技術の適用を行うための規格であり、製品や設備機械もシステムの中に含まれるものとされ ている。MIL-STD-882D は、政府機関をはじめ民間企業の調達に際しても広く浸透しており、 アメリカに対するビジネスの要求事項として求められることが多い。 国際市場において要求される欧米の安全性確保に関する規制は、日本の産業界にとっては 大きな負担と考えられることが多いが、その根本の概念は共通であり、正しく理解して企業 の体制の中に探り入れることができれば、国際標準レベルの安全性の確保と、確保している ことの証明を、同時に果たすことが可能である。これは企業にとって、大きなメリットである。 * 1 RAPEX では、1 週間に一度、Weekly Overview として、EU 各国から報告された危険な製品について 公開しており、製品名(製造メーカも表示)、製品生産国、危険の内容、製品に対する処置(リコール、 販売中止等)等を誰でも参照できるようになっている。 (http://ec.europa.eu/consumers/dyna/rapex/rapex_archives_en.cfm) 製品製造業向け体系的システム安全プログラムの提案 3.体系的システム安全プログラムの提案 3.1 安全をマネジメントとして考える必要性 企業の社会的責任(CSR:Corporate Social Responsibility)については、日本の企業で も熱心に取り組みが始まっている。しかし、CSR が、企業が製造する製品や製造に使用す る機械設備の安全性について、全社的な取り組みの一つとして含められている企業は多いと は言えない。我々がいろいろな企業の安全担当者から伺っている範囲でも、安全性確保の取 り組みは、設計開発部門や製造部門に任せきりになっている例が多い。製品・機械の安全性 を確保するには、コストが必要である。そのために、できるだけ上流段階で効果的に安全対 策を実施することで、コストを抑えることが必要とされる。また、安全性の向上は、企業や ブランドのイメージを向上させ、ビジネス面でのメリットも期待できる。 連続した製品事故の発生と、それに対する企業の対応は、リコール対策費用等、企業に対 して大きなコストの負担をかけることになるが、それ以上に企業のブランドイメージ低下と いう、簡単には取り返すことが難しい損害を招く。製品・機械の安全性確保を、企業の存続 に関わる経営も含めたマネジメントの問題として認識していれば、企業全体の安全管理シス テムのもとに、経営が正しく判断し、より早い段階で問題を防ぐことができると考えられる。 東京大学教授 藤本隆宏氏は、著書『日本のもの造り哲学』 [2]の中で「強い工場・弱い本社」 症候群として、「戦後日本のもの造り企業は、現場のオペレーションは強いが全社的な戦略 構想力は弱かったのではないか」と述べている。製品・機械安全においても、これと同じこ とが現在でも続いている。安全にはコストがかかるが、企業の社会的責任の一つであり、確 実に取り組むことができれば、それは将来の損失を防止し、企業やブランドのイメージの向 上を図ることもできる。しかし、日本の多くの企業ではこれを企業経営の問題とせずに、 「強 い工場(と設計開発部門)」に任せていた。安全性に対する社会の要求に確実に応えていく ために、製品・機械の安全性確保を、全社的なマネジメントとして見直していくことが必要 である。そして、それは、企業の継続的な繁栄につながるものである。 3.2 体系的システム安全プログラムの基本的考え方 我々は、企業が戦略的に安全性の確保に対して、体系的に取り組んでいくための方策を、 体系的システム安全プログラム(以下、 「本プログラム」 )として作成した。本プログラムは、 企業が確実に安全性を確保し、また、それに対して確実に説明責任を果たすことを目的とし ており、 国内向けの事業はもとより、 国際市場もターゲットとして適用できるものとしている。 図 1 は、体系的なシステム安全を実現するために必要とされる要素の関係を示したもの であるが、その中心は安全を実現するための「理念」である。1913 年に設立されたアメリ カの非営利団体である NSC(National Safety Council)は、ANSI、ASTM、NFPA 等と協 力して、安全や事故防止に関する規格開発を行っているが、製品安全に関しても Product Safety Program としてまとめている[3]。この NSC の Product Safety Program でも、第 一に求められていることは「製品安全ポリシーの発表(Product Safety Policy Statement)」 である。安全に対する企業の基本姿勢を、 「理念」として、従業員と社会に対して明確に示し、 69 70 提言論文 Suggestion Paper めざすべき方向を示すことが必要である。そして、その内容は、国際的に共通認識となって いる安全性確保の標準的な考え方にもとづくことが必要とされる[4]。また、理念を実現す るためには、「理念」を実現可能な「組織」が構築されていることが重要となる。 安全性確保は、設計開発部門の取り組みだけで実現できるものではない。企業経営の立場 から、正しいマネジメントの中で考えていくことが必要であり、最もユーザに近い立場であ るカスタマーサービス部門も含めて、総合的な「プロセス」として考えていくことが必要と される。 安全性確保を実現するためには、 「技術」は必須の要素である。ここでは、過去の技術の 蓄積として得られる規格や、法令等で要求される技術基準も含めて、技術として考えている。 安全を実現する技術は設計開発を支える重要な基盤であるが、契約上の技術要求や法令で要 求される技術基準に対して的確に対応し、将来的に企業の責任を問われる状況になった場合 でも正しく説明責任を果たせるよう、初期段階から準備しておくためにも、技術は重要な要 素である。 組織は、必要とされる「人材」により構成される。安全性を確保していくためには、専門 的な知識を正しく身につけた人材が必要とされ、そのような人材の育成を計画的に進めるこ とが求められる。また、教育された人材を生かしていくためには、企業の「風土」も大きく 影響する。安全性確保を優先する企業風土が定着していなければ、いくら高い理念を掲げた としても、それを実現することは困難と言わざるを得ない。 これらの要素を実現していくにあたっては、関連する情報を蓄積し、共有して活用するこ とが有効である。特に重要な情報は、過去の事故情報、クレーム情報であると考えられる。 それらの情報を、設計開発時のリスクアセスメントや、製品企画戦略に有効に活用できる企 業は、今後の高い成長が期待できる企業と言える。改正消安法により企業から報告された事 故情報は経済産業省の「製品安全ガイド」 *2 のデータベース上で公開されており、その他 に独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)でも製品事故に関する情報が公開されてい る* 3。これらの情報についても、自社で蓄積したデータに加えて分析することは、リスクア セスメントの精度を向上させるためには、非常に有効な手段となる。 本プログラムでは、安全性の確保に向けて企業が求められることを、以下の 5 つの観点と して整理することとした。 (1)理念・組織 (2)プロセス (3)技術 (4)人材育成/風土 (5)情報活用 * 2 経済産業省「製品安全ガイド」 (http://www.meti.go.jp/product_safety/index.html) * 3 独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE) 「生活安全分野~暮らしの安心を支援する、安全・快適 さに関する情報の発信~」 (http://www.jiko.nite.go.jp/) 製品製造業向け体系的システム安全プログラムの提案 図 1.体系的システム安全を実現する要素 プロセス カスタマー サービス 情報活用 設計開発 マネジメント 技術 理念 組織 人材育成/風土 作成:三菱総合研究所 3.3 本プログラムの流れ 本プログラムは、前節で示した 5 つの観点から、企業における安全性確保を、確実に効率 的に推進していくためのものであり、全体の流れは図 2 のように示すことができる。 プログラムを開始するにあたって、企業全体のマネジメントにおける安全性確保に対する 取り組みの状況について把握するために、我々が開発した ScoreSafe(Scoring System for Safety Program)を用いて、安全プログラム診断を実施する。ScoreSafe は企業活動の重要 なプロセスである、マネジメント、設計開発、カスタマーサービスの 3 つの側面から定量的 な評価を実施するものであり、その内容については次節で解説する。 ScoreSafe を実施した結果は、前節で示した 5 つの観点から作成した評価指標により、現 状における企業の安全の取り組みについて、どの領域に課題が存在しているかを客観的に理 解する診断結果として示される。この診断結果は、各企業が抱える安全に関する課題が、ど のような領域に存在しているかを示すものであり、それらについて解決していくための計画 を作成し取り組んでいくことが、システム安全プログラムを実践していくことになる。 課題解決方策の例を示す。ここで重要なことは、これらの解決方策を現状の企業の業務の 中に、いかに取り込んでいけるか、という点にある。一つの有効な方法としては、既存の品 質マネジメントシステムの流れの中に、システム安全プログラムの要素を取り込んでいくこ とである。製品の安全性は、製品の品質を決める重要なポイントの一つであるが、現状の品 質マネジメントシステムの中では、明確には製品の安全性確保を求められていない。現状の 品質マネジメントシステムの見直しを行い、その中でシステム安全プログラムを進める方策 を実践することができれば、企業としての負担を最小に抑えながら、大きな効果を得ること ができる。 71 72 提言論文 Suggestion Paper 図 2.本プログラムの流れ 安全プログラム診断 課題の抽出 5つの評価指標から分析 品質 マネジメント システム ScoreSafe (Scoring System for Safety Program) 3つの側面 (プロセス) から評価を実施 マネジメント+ 設計開発 + カスタマーサービス 課題解決方策の提案 組織・理念 1 0.8 (1) 理念・組織 安全ポリシーの確立・浸透 (2) プロセス 安全マネジメント 基本計画策定 0.6 0.4 情報活用 プロセス 0.2 (3) 技術 0 人材育成/風土 技術 安全の理念 リスクアセスメント 安全のマネジメント 国際安全規格構造 技術的支援 (リスク評価、事故情報分析) 安全基礎工学 (4) 人材育成/風土 体系的安全人材育成 プログラム導入 (5) 情報活用 事故情報分析報告 システム構築 安全設計 システム安全プログラム実践 (提案例) 作成:三菱総合研究所 「解決課題方策の例」 (1)理念・組織 国際市場に通用する企業として、安全ポリシーに含むべき内容を明確にする。 また、そのポリシーが必要とされるべき背景について、安全に関する国際的な要求事 項について理解を深め、企業内への浸透と定着を推進する活動を進める。 さらに、安全ポリシーを実践するために必要とされる組織構造を構築し、現状の見直 しを進める。 (2)プロセス 安全ポリシーにもとづき、企業内で安全性確保に関する活動を推進するための、安全 マネジメント基本計画を策定する。基本計画は、安全性確保に関する活動が PDCA サ イクルとして継続的に推進されるために、マネジメント、設計開発、カスタマーサービ スやマーケティングが、全社的活動として取り組むためのものとする。品質マネジメン トシステムの PDCA の中で実践する計画とすることが望ましい。 (3)技術 安全性を確保するために必要とされる技術を、どのように蓄積し、どこまでの安全を どのように実践するかについて、企業としての安全技術に対する取り組みの基本的考え 方を明確にする。国際市場で通用する State of the art(最高技術水準)を確保し、説 明責任を確実に果たすために必要不可欠な、本質的安全設計を実践していくために、リ スクアセスメント、事故情報分析を実践する。 製品製造業向け体系的システム安全プログラムの提案 (4)人材育成/風土 理念を果たすための組織を構成する人材を、確保すること、育成することは、安全性 確保を進めるには非常に重要なポイントである。安全に係わる個別の技術や知識を習得 するだけでなく、本質的安全性を確保する重要性を理解し、国際的に通用する安全人材 の育成をめざす。この活動を、理念・組織、プロセス、技術の面に関しての理解を深め、 全体活動を推進する基盤として位置付ける。 (5)情報活用 本質的安全性の確保を推進するには、事前対策としてのリスクアセスメントを確実に 実施することが必要とされる。有効なリスクアセスメントを行うためには、考えられる 危険源を網羅的に抽出したハザードリストを充実させることが重要であり、そのために 過去の事故情報を有効に利用する。また、マーケティングの面において、製品の開発販 売戦略を検討するにあたって、過去の事故情報の積極的な利用を図る。このような目的 のために、事故情報を様々な角度から効果的に分析し、有効な情報として活用可能とす る事故情報分析報告システムの構築を行う。 3.4 ScoreSafe(Scoring System for Safety Program) 我々は、企業全体の安全性確保に対する取り組みの状況を把握する手法として、ScoreSafe を開発した。同様の目的を持つものとして、NSC の Product Safety Program の中で紹介され ている Product Safety Management Audit が存在する。しかし、Product Safety Management Audit はマーケティングやエンジニアリングといったプロセスにおけるチェックポイントに ついて、三段階で評価するチェックリストであり、各プロセスの相互の関係は考慮されてお らず、また定量的な評価も難しいため、企業の課題を明確にする手法としては不十分と言わ ざるを得ない。ScoreSafe は、マネジメント、設計開発、カスタマーサービスの三つの側面 から、その相互の関係を考慮し、3.2 で示した 5 つの観点で企業の現状を定量的に評価する ことをめざしたものである。 図 3 に ScoreSafe の概要を示す。ScoreSafe は、マネジメント編、設計開発編、カスタマー サービス編の 3 つのスコアシートから構成されており、評価項目は重複せず、それぞれ異な る内容で作成されている。各スコアシートは、評価項目と評価指標からなり、評価項目の質 問に対して評価対象の企業が回答する形で評価が進められる。その際に、評価項目の趣旨に ついては十分に理解を求め、企業側の事情や特別な状況についてはヒヤリング調査を行う。 ヒヤリング調査で得られた情報は備考に記し、次のフェーズとして実施する課題の解決方策 案の検討の際に考慮される。 評価項目を作成する際には、主観的な評価を排除し、できる限り客観的な評価とするため、 「適切に行っている・・・・」といった曖昧な表現を排除した。また、「実施しているか、い ないか」という二者択一の質問ではなく、実施している場合には、その継続年数を問うなど、 できるだけ定量的な回答を得る工夫をしている。 73 74 提言論文 Suggestion Paper 図3.3つの側面と5つの評価指標 3つの側面 理念・組織 プロセス 技術 マネジメント編 人材育成/風土 情報活用 評価項目 評価指標 5つの評価指標 評価点 1 1 1 0 0 0 0 1 1 0 1 0 0 0 1 0 0 1 0 0 理念・組織 設計開発編 評価項目 評価指標 情報活用 評価点 0 0 1 0 1 0 0 1 1 1 1 1 0 1 0 1 1 1 1 0 人材育成/風土 カスタマーサービス編 評価項目 評価指標 プロセス 技術 評価点 1 0 1 0 1 0 0 1 0 0 0 1 1 0 1 0 1 1 0 1 作成:三菱総合研究所 1 つの評価項目に 1 つの回答だけではなく、重要な評価項目に関しては表 1 に示すように加 点項目を設けている。充実した活動を実施している場合には、加点項目により評価点が追加 されることになるため、企業の取り組み姿勢の特長を評価結果として取り込むことができる。 表 1.評価項目の一部 評価項目 評価指標 指針等は特にない 業界等の指針を使用している 全社的な製品安全指針を作成している 【加点項目】 1)自社の製品安全に関する (安全指針に以下の項目が含まれる場合、各 0.5 点加点) 倫理に関する記述 指針があるか マネジメントに関する記述 設計に関する記述 製造・検査に関する記述 消費者への情報提供に関する記述 活動していない <安全指針がある場合> 活動している 2)自社の安全指針について 活動し、その定着度を計測している 社員に普及する活動をし ているか 【加点項目】 指針は継続的に使用され、社員に周知・浸透している 作成:三菱総合研究所 チェック 備考 製品製造業向け体系的システム安全プログラムの提案 マネジメント編、設計開発編、カスタマーサービス編には、それぞれ 20 ~ 30 の評価項目 を用意している。各評価項目の質問内容は、前述した 5 つの評価指標のいずれか、あるいは 複数に関連深いものであり、質問の結果は評価指標に対して重み付けを行い、定量的な結果 として表現される。評価指標と評価指標の関連付け、および重み付けについては、NSC の Product Safety Management Audit も参考にしながら、MIL-STD-882D のシステム安全プ ロセスが実践されているかどうかを評価ポイントとして検討を進めた。また、国内大手電気 メーカの協力を仰ぎ、企業内で製品開発、安全性確保、社内教育、品質管理を担当している 複数の技術者に ScoreSafe の試行にご協力をいただき、実際の国内企業への適用に向けて修 正すべき点、改良すべき点について指摘をいただき、それにもとづき評価項目、評価指標、 その関連付けと重み付けの見直しを行った。 ScoreSafe の適用により、企業全体の安全性確保に対する取り組みの状況を、定量的に把 握することが可能である。ScoreSafe の適用により期待される効果を、図 4 に示す。 図 4.ScoreSafe により期待される効果 潜在的課題の体系的な抽出が可能 体系的なスコアリングシートによる評価と、同時に実 施するヒアリング調査により、潜在的な課題も含めて 見落としなく抽出可能 全社横断的な評価の実施 事業所 (製品) ごとに評価を実施することで、それぞ れの特徴を明確にし、最適な個別方策の検討が可能 取り組み優先度の検討に有効 定量的な評価結果を参考に、課題に取り組む優先度 を決定することができ、方策を最適に実施することが 可能 定期的な実施で対策の効果を把握 PDCAサイクルの中で定期的に実施することで、対 策の効果を把握し、計画見直しの参考とすることが 可能 作成:三菱総合研究所 3.5 適用事例 図 5 に、ScoreSafe を国内の製品製造企業である A 社に対して適用した事例を示す。A 社は、複数の事業部門を持ち、各部門は異なる製品を製造し販売している。その中で、機 械生産設備を担当している事業部門と、家庭生活用器具を担当している事業部門に対して、 ScoreSafe を適用し評価を行った。 生産設備部門では国内外の製造業に対して設備を出荷し、ほとんどが注文により生産を 行っており、設備の単価は数百万円から数千万円である。一方、家庭生活用器具部門では国 内向けの出荷が中心であり、製品の単価も数千円から数万円である。 日本の企業の特徴とされる「強い工場(開発)、弱い本社」の特性は、A 社にも当てはま ると社内で認識されているが、この特性は図 5 のレーダチャートにおいて、マネジメント編 の結果が設計開発編の内側に入っていることで捉えられる。また、人材育成/風土の面で両 者ともに評価点が低く、安全面に関する人材育成と風土の浸透が不十分である状況を把握す 75 76 提言論文 Suggestion Paper ることができるなど、潜在的な課題の抽出に有効であることがわかる。 両事業部門の明確な差は、カスタマーサービス編に表れている。機械生産設備ではどの指 標に関しても評価点が高いが、家庭生活用器具については理念・組織を除いて評価点が低く なっている。機械生産設備の場合、注文生産という形態のため、ユーザである顧客を把握し やすく、カスタマーサービスが進めやすいのに対し、家庭生活用器具では流通経路が複雑で あり、製品数、ユーザ数も比べものにならないくらい多いため、ユーザの把握が難しいとい う面が結果に表れてきている。このように、各部門を共通のスケールで横断的に比較するこ とで、それぞれの担当する製品に起因する特徴を明確にすることができ、最適な個別の方策 を検討することが可能となる。 安全性確保に向けての取り組みを進めるにあたっては、現状で不足している面を優先して 取り組んでいくことが、全体レベルの効率的な向上につながる。ScoreSafe では評価結果が 定量的に示されるため、それを参考として対策の優先度を決定することができる。A 社の 例では、特に家庭生活用器具のカスタマーサービスにおいて、人材育成と風土の形成、情報 活用の推進といった点から優先して取り組みを進めることが必要とされる。 これらの結果について、評価に協力いただいた企業の方々からは、安全に対する社内の現 状が定量的に、また客観的に的確に表現されているという評価をいただくことができた。特 に、品質と安全に関する各部署の取り組み状況について評価を進めている事業グループから は、これまで課題としていた評価視点の適切な設定方法、定量的な評価方法、継続性の評価 方法等に、我々の提案する評価方法を採用することで課題の解決を図ることが可能であると された。また、PDCA サイクルの中に組み込み定期的に実施することで、対策の効果を把 握し、計画見直しを進めるにあたって、非常に有効なツールであると評価された。 図 5.ScoreSafe 適用事例 理念・組織 理念・組織 1.0 情報活用 1.0 0.8 0.8 0.6 0.6 0.4 プロセス 0.2 情報活用 0.0 プロセス 0.2 0.0 人材育成/風土 技術 人材育成/風土 機械生産設備 マネジメント編 作成:三菱総合研究所 0.4 技術 家庭生活用器具 設計開発編 カスタマーサービス編 製品製造業向け体系的システム安全プログラムの提案 4.おわりに 本稿では、企業が安全性確保を効率的に進めていくに際して有効なプログラムとして、我々 が提案する「体系的システム安全プログラム」に関して、その背景となる社会的要求や法制 度も含めて紹介し、プログラムの内容を紹介した。そして、そのプログラムの中で企業の状 態を把握することを目的に開発した ScoreSafe について、適用事例も含めて解説した。 製造業が出荷する製品の安全性に対する要求は、今後も今まで以上に高度化すると予想さ れる。企業としては、安全性を確保することは当然であるが、製品に対する説明責任を確実 に果たしていくことが求められる。このことは、企業の継続的発展にもつながるものである。 本稿で提案するシステム安全プログラム、および ScoreSafe が、今後の我が国の製造業の 発展に対して多少なりとも貢献することができれば幸いである。 参考文献 [1] Community Legislation on Machinery - Comments on Directives 98/37/EC. (http://ec.europa.eu/enterprise/mechan_equipment/machinery/guide/guide_en.pdf) [2] 藤本隆宏:『日本のもの造り哲学』,日本経済新聞社(2004). [3] National Safety Council, Product Safety Management Guidelines Second Edition(1997) . [4] 向殿政男: 『よくわかるリスクアセスメント -事故未然防止の技術-』 ,中災防新書(2003) . 77 78 技術レポート Technical Report 技術レポート 金融機関向けシステムリスク評価ツール の構築 飯沼 聡 圷 雅博 河内 善弘 要 約 バーゼルⅡ規制により、金融機関は事務上のミスやシステムの障害、災害などに よりオペレーションが中断して被るオペレーショナルリスクの管理体制の整備が求 められている。特にシステム上のリスクが顕在化し、例えば、情報漏洩などが一度 発生すると、保有している情報量が多いだけに、損害賠償金額は天文学的数字とな る。このような事態を未然に回避するため、システムリスクの評価が急務であり、 そのためのツールの開発を行った。 目 次 1.背景 1.1 背景 1.2 評価ツールの必要性 2.ツールの機能検討 2.1 ツール作成方針 2.2 資産価値評価 2.3 脅威評価 2.4 脆弱性評価 2.5 評価結果 3.ツールの機能詳細 3.1 ツール概要 3.2 ユーザ管理機能 3.3 システム管理機能 3.4 評価管理機能 3.5 結果および分析 4.まとめと今後の課題 金融機関向けシステムリスク評価ツールの構築 Technical Report Construction of the System Risk Assessment Tool for Financial Institutions Satoshi Iinuma, Masahiro Akutsu, Yoshihiro Kawachi Summary Under the Basel Regulation Ⅱ, financial institutions are requested to improve the system of managing operational risks suffered from the suspension of operations, those caused by mistakes in office work, system disorders, disasters and so forth. In particular, once any information leak occurs, for example, as the system risk is exposed, the amount of compensation for damages can reach astronomical figures, because of the huge volume of information in possession. In order to prevent such events from occurring, the assessment of the system risk is urgently required, and the tool required for this purpose has been developed. Contents 1.Background 1.1 Background 1.2 Necessity for the Assessment Tool 2.Study of the Functions of the Tool 2.1 Principles for Creating the Tool 2.2 Assessment of the Asset Value 2.3 Assessment of the Threat 2.4 Assessment of the Vulnerability 2.5 Results of the Assessment 3.Details of the Functions of the Tool 3.1 Outline of the Tool 3.2 User Management Functions 3.3 System Management 3.4 Management of the Assessment 3.5 Results and Analyses 4.Summary and Future Tasks 79 80 技術レポート Technical Report 1.背景 1.1 背景 バーゼルⅡ規制により、金融機関はオペレーショナルリスクの管理体制の整備が求められ ている。オペレーショナルリスクでは、主に以下のリスクを評価し、管理する必要がある。 ・ 有形資産リスク ・ 事務リスク ・ システムリスク ・ 人的リスク ・ コンプライアンスリスク これらのリスクに対し、オペレーショナルリスク管理は、以下のステップで実施される。 (1)リスクの特定 (2)リスクの評価 (3)コントロールの確認・方針策定 (4)コントロール(リスク削減策)の実施 (5)モニタリング 有形資産リスクについては、その中心となる地震に関する長年の統計的調査をベースに発 生確率なども公表され、評価手法が比較的確立されつつある。また、金融機関業務の中核を なす事務処理における処理誤りや、不正に代表される事務リスクについては、事務処理マニュ アルと事務事故データベースの構築により評価手法が確立されつつある。 しかし、システムリスクの評価については確固たる手法がなく、各金融機関は手探り状態 となっている。財団法人金融情報システムセンターから提示されている「金融機関等コン ピュータシステムの安全対策基準」(以下、 「FISC」)をガイドラインとして参照しているが、 金融機関として実際にどのようにリスクを評価し、管理するかが判断しにくい状況である。 各金融機関は FISC に記載された内容をもとに、独自のチェックリストなどを作り回答・集 計しているが、表計算ソフトをベースとしているため、対象システムが増えるにつれて管理 が煩雑になり、かつ定期的に実施するといった PDCA サイクルを維持するのは困難である。 金融機関向けシステムリスク評価ツールの構築 1.2 評価ツールの必要性 システムリスクの評価にあたっては、まず各金融機関の保有するシステムのリスクを特定 し、評価しなければならないが、そのためにはいくつかの障壁が存在する。 まず、評価対象となるシステムを特定しなければならない(図 1 の 1st ステップ)。金融 機関では、勘定系と呼ばれる巨大なホストコンピュータから表計算ソフトなどの簡単なツー ルまで含めて、多種多様なシステムを保有している。システムの所管部署も金融機関全体の システムを管理する部署(システム部と言われることが多い)だけでなく、各部署で独自に 調達・管理しているものもあり、場合によっては資産として管理されていないものまで存在 する。金融機関は、これらのシステムの持つリスクをあまねく評価し、管理しなければなら ない。実際には、先程述べたように金融機関には、勘定系から表計算ソフトまでさまざまな レベルのシステムが存在し、リスクを評価する以前に、各システムがどの程度重要なもので あるかすら整理されていないことが多い。 どのようなシステムがあるかを何とか台帳などの形で整理できたとして、実際に評価を行 うにあたっても(図 1 の 2nd ステップ)、何を基準にして評価を行うべきかの共通指針がない。 先に述べた FISC のガイドラインを用いても、多様なシステムを多数の管理者が評価するこ とになるために解釈の違いが生じ、統一的な判断基準での評価となりにくい。 統一的な基準でないにしても、何とか評価を終えて結果を出したとしても、いざそれに対 してどのように対策を取るか、評価した結果をどのように活用するかについて(図 1 の 3rd ステップ)も、所管部署では判断しにくい。コストの問題もあり、結果的には何も対策が取 られないまま、ということも珍しくない。 さらに、バーゼルⅡ規制においては、これらリスクの管理を PDCA サイクルとして維持 していくことを求められるが(図 1 の 4th ステップ)、これにも前回結果の参照などの面で 解決しなければいけない問題が山積している。 これらの作業を多くの金融機関では、表計算ベースのシートを配布・回収して実施してい るが、PDCA サイクルを維持していくことを考えると限界があり、Web ベースのツール化 が望まれる。 金融ソリューション本部では金融機関向けコンサルティングに加え、官公庁や民間向けセ キュリティコンサルティング、セキュリティ監査の実績を基礎に、システムリスク評価手法 を検討してきた。本研究では、上記の問題点をどのように解決していくかを検討しながら、 いくつかの金融機関向けシステムリスク評価コンサルティングの結果を踏まえ、システムリ スク評価ツールとして整備した。 81 82 技術レポート Technical Report 図1.システムリスク評価の実情 1st いざ、開始 いざはじめようとすると いざ始めようとすると ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ でも実際には・ ・ ・ ・ 行内に存在するシステムの洗い出し 行内に存在するシステムの洗い出し⇒ どういうシステムがあるか把握できてい ⇒どういうシステムがあるか把握でき ていない ない 台帳をどう整備すればよいか、わからない 台帳をどう整備すればよいかわからない 管理項目 (ハード・ソフト・データ・ ・ ・) 、 管理方法 (Excel,Access,DBMS ・ ・) ・ ・ ・) 市販の資産管理ツールの導入 ⇒リスク管理目的のツールはほとんどない ⇒リスク管理目的のツールは、 ほとんどない リスク評価の対象とすべきか判断でき ない 資産価値が定義できない ⇒自行としての資産価値の定義からはじめなければならない ⇒自行としての資産価値の定義から始めなければならない 資産価値は定義されていても対象とすべきかどうかの判断の基準がない 資産価値は定義されていても、 対象とすべきかどうかの判断の基準がない 2nd 資産台帳で何とか整理して評価開始・ ・ ・ いざはじめようとすると いざ始めようとすると ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ でも実際には・ ・ ・ ・ 各システムに対するリスク評価⇒リス 各システムに対するリスク評価 ク評価の基準がない ⇒リスク評価の基準がない FISCの各項目をそのまま評価するFISCの意図するところが不明 FISCの各項目をそのまま評価する FISCの意図するところが不明 ⇒「例がある」 「望ましい」 「必要である」について判断ができない、内容を理解できない FISCの各項目をそのまま評価するには項目が多すぎる⇒途中で挫折してしまう FISCの各項目をそのまま評価するには、 項目が多すぎる⇒途中で挫折してしまう 各行のセキュリティスタンダードで評価するとスタンダードの網羅性、妥当性が心配 ⇒FISCと紐付けをして不足分を追加しなければならない ⇒FISCと紐付けをして、 不足分を追加しなければならない 評価項目の判断基準がない 回答者に任せる 回答者にまかせる ⇒評価者によって回答のレベルがまちまちになる ⇒評価者によって、 回答のレベルがまちまちになる リスク管理部署が判断基準を用意する ⇒判断基準の作成およびメンテナンスが困難 3rd 担当者が各人の基準で判断して何とか結果が出ても・ ・ ・ いざはじめようとすると いざ始めようとすると ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ でも実際には・ ・ ・ ・ 本当に対策が必要なもの、不要なもの の判断がつかない 各FISCのリスク状況にしたがって、所管部の主観で判断する 各FISCのリスク状況にしたがって、所管部の主観で判断する ⇒取り扱い金額や対応費用など、金額面での判断に偏りがちになる(説明性がな ⇒取り扱い金額や対応費用など、金額面での判断に偏りがちになる(説明性がない) い) 全行の評価結果に従い、全行として対策の必要性を判断する 全行の評価結果にしたがい、 全行として対策の必要性を判断する ⇒評価結果の集計が困難 ⇒評価結果の集計が困難 ⇒評価結果の順序付けができない ⇒評価結果の順序付けができない 4th 今回は何とかしのいでも、次回は・ ・ ・ いざはじめようとすると いざ始めようとすると ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ でも実際には・ ・ ・ ・ 前回調査結果が整理されていない 前回評価シートを個別に配布して、 トを個別に配布して再度記入 再度記入 ⇒各システムごとの毎回の評価シートを管理できない 毎回新しいシートを配布して記入 ⇒前回調査結果を反映できない 報告項目として何が必要か 他行の事例調査 ⇒なかなかオープンにはしてくれない コスト管理が良くわからない ト管理がよくわからない どういう事象があるかも、わからない どういう事象があるかもわからない 人的コストを評価できない (サンプルが必要) どのレベルで報告を上げるべきか? どのレベルで報告をあげるべきか とりあえず全部あげてみる ⇒作業が膨大 (サンプルが必要) データベースの管理はどうするか 事故データベースの構築データベースを構築運用するスキルがない 作成:三菱総合研究所 金融機関向けシステムリスク評価ツールの構築 2.ツールの機能検討 2.1 ツール作成方針 システムリスク評価における問題点は、以下の 3 点に集約される。 (1)FISC 等の公的基準においては、評価項目が多すぎて、全項目を評価するのは困難 (2)記載内容が広範で、かつ一般的な表現となっているため、担当者が客観的に判断でき ない (3)紙ベースや表計算ソフトベースで担当者が管理しているので、PDCA サイクルを維持 するのが困難 そこで本研究では、上記の問題点を解決し、評価者の評価・管理の負荷を軽減させること を可能とするツールの開発を目標とした。具体的には、図 2 のような方針で、ツールを作成 することとした。 図 2.システムリスク評価ツールの作成方針 問題点 対応方針 (1)評価項目が多すぎて、全項 目を評価するのは困難 各金融機関のポリシーや各シス テムの状況に応じて、適切に絞 り込むことで、負荷を軽減 (2)記載内容が広範で、かつ一 般的に担当者が書かれてい るため、客観的に判断でき ない 担当者の馴染みの深い表現に 置き換え、具体的に段階評価で きる内容で提示 (3)紙ベースや表計算ベースで 担 当 者 が 管 理して いるの で、PDCAサイクルを維持 するのが困難 WebベースのGUIで入力負荷 を軽減し、集中管理することで、 PDCAサイクルの維持を容易 にする 作成:三菱総合研究所 ツール化によりシステム リスク評価作業の効率化 を実現 83 84 技術レポート Technical Report さらに、リスクの評価を行うにあたっては、GMITS(ISO/IEC 13335-3:1998 Annex E) や日本情報処理開発協会(JIPDEC)で推進されている情報セキュリティマネジメントシス テム(ISMS)適合性評価制度などで一般的に用いられている、資産価値、脅威、脆弱性の 3 点でリスクを評価する手法を採用した(図 3)。以下、資産価値、脅威、脆弱性について説 明する。 図 3.資産価値と脅威、脆弱性の関係 自然災害 内部・外部不正 システムへの脅威 (頻度が高いほど危険性は高い) 事故・故障 人災 脆弱性の対策 をしていれば、 資産は脅威か ら守られる 脆弱性の対策 をしていない と、資 産 価 値 が脅威にさら される 対策 対策 対策 対策 対策 対策 脆弱性 (対策が取られていれば危険性は低い) 脅威にさらさ れた資産は、 その価値を 維持できなく なる 例:機 密 情 報 の漏えい 機密情報の保持 正確な処理 システムの資産価値 継続的な サービス提供 (価値が高いほど危険性は高い) 作成:三菱総合研究所 金融機関向けシステムリスク評価ツールの構築 2.2 資産価値評価 資産価値とは、各システムがどの程度重要なシステムであるかを評価する指針である。 GMITS などでも資産価値の具体的な手法はあげられていないが、 本研究では金融ソリューショ ン本部における過去のコンサルティング事例を踏まえ、資産価値の評価ではシステムが保有 する情報と、それを利用する利用者が重要なファクタになると考えた。さらに、システムが 保有する情報とそれを利用する利用者の質と量を評価することで、資産価値を定量的に評価 できると考えた。すなわち、資産価値評価として、以下の 4 つの点から評価することとした。 (1)システムが保有している情報の質 (2)システムが保有している情報の量 (3)システムを利用する利用者の質 (4)システムを利用する利用者の量 ( 1 )システムが保有している情報の質 「システムが保有している情報の質」とは、個人情報や機微情報を扱うシステムかどうか ということである。多くの金融機関では、扱う情報に対して区分を設けている。例えば、以 下のようなものである。 情報区分S 個人情報を有する 情報区分A 機微情報を有する 情報区分B 社外秘情報を有する 情報区分C 公開情報を有する 情報の区分は、各金融機関が情報の重要性に対して設定する区分であり、区分の数や内容 は各金融機関により様々である。本ツールにおいては固定的な区分を用いることはせず、ツー ルを使用する金融機関に応じて情報区分を定義できる方法とした。複数の情報区分に該当す る情報を有している場合には、より厳しい条件の情報区分を適用するものとしている。 さらに、当該システムが扱う情報が対外決済を含むものかどうかも、重要なファクタとな る。ここで言う対外決済とは、金融機関間の決済ならびに顧客との決済である。一般的に、 顧客との決済がある場合に重要度が最も高く、金融機関間の決済は、ある程度融通が利くた めに重要度はやや低くなる。対外決済がない場合には、重要度は低いと判断する。 「情報の質」においてもう 1 つ重要な要素として、「回復の緊急度」があげられる。当該シ ステムに何らかの障害があった場合、回復するまでにどの程度の猶予があるかということで ある。顧客が ATM 経由で預貯金を引き出す対象となる勘定系システムや、手形決済のシス テムなど回復の緊急度が「高い」システムにおいては、停止時間が長引けば長引くほど損失 は拡大する。一方、金融機関内部で用いる情報提示のシステムなどは、仮に 1 日停止してい ても実質的な損害はほとんどない。実際にどのような区分とするかは、金融機関における回 復の緊急度などを踏まえて決定するものとした。 ( 2 )システムが保有している情報の量 「システムが保有している情報の量」としては、情報区分ごとにどの程度の量の情報を保 85 86 技術レポート Technical Report 有しているかを評価する。個人情報に分類される情報の件数が大きければ大きいほど、漏洩 時の賠償金額(漏洩件数に比例する)が増大する。 次いで、平均的なトランザクション量と取り扱い金額について考える。これは、各システ ムがどの程度の処理量(処理件数と処理金額)をこなしているかを評価することで、障害発 生時の各システムが与えるインパクトを評価するものである。これについても、「平均的な」 をどのような定義とするかが問題となるが、絶対的な定義はなく、評価を行う金融機関内に おいて統一的な評価基準を定めればよい。 ( 3 )システムを利用する利用者の質 「システムの利用者の質」として大きなファクタとなるのは、利用者が「金融機関内部の 利用者」か「一般利用者」かということである。「金融機関内部の利用者」であれば、影響 範囲も金融機関内にとどまるのに対し、「一般利用者」であれば影響範囲は格段に大きなも のとなる。 ( 4 )システムを利用する利用者の量 「システムの利用者の量」も、大きなファクタとなる。金融機関内の限られた部署の数人 のみが使用するシステムと、全世界に公開されたインターネットバンキングシステムとでは、 障害発生時の影響度は自ずと異なってくる。 2.3 脅威評価 「脅威」とは、資産価値にダメージを与えるものであり、次に述べる「脆弱性」を突いて 発現する。脅威の明確な定義は存在しないが、GMITS では地震、火事、洪水などの天災、ハー ドウェア故障などの偶発事象、不正なソフトウェア使用などの故意事象が例示されている。 本研究では、FISC の記載内容から「脅威」と思われるものを抽出し、大きく下記のように 分類している。 (1)不正アクセス・なりすまし (2)不正プログラム物理的侵入 (3)不正取引 (4)開発ミス (5)操作・実施ミス (6)計画ミス (7)過負荷 (8)故障・異常 (9)災害 これらをさらに内部・外部や搾取・改ざんなどに分類し、63 の脅威としてひな形を定義 している。最終的な定義としては、各金融機関と協議の上決定する。 金融機関向けシステムリスク評価ツールの構築 2.4 脆弱性評価 システムリスクの脆弱性の評価についは、基本的には FISC の安全対策基準に対する充足 度を評価する。これは、金融機関に対する金融庁の検査が「金融検査マニュアル」にしたがっ て実施され、その中で FISC への準拠性が求められていることからも、妥当な選択と考える。 FISC(2008 年 1 月現在では 7.1 版)では、下記のような対策基準が定義されている。 設備編 138 項目 運用編 113 項目 技術編 53 項目 (1)設備編 各システムが物理的に設置されている、建物や設備、関連設備などについての災害、 不法行為、故障などについての予防・対策措置を記載している、具体的には、ホスト コンピュータやサーバが設置されるデータセンタ、各種端末が設置される本店・支店 ごとに記載している。 (2)運用編 コンピュータ処理に関する組織や体制、承認などの手順について記載している。 (3)技術編 コンピュータシステムの信頼性・安全性向上のための対策について、ハードウェア・ ソフトウェアの両面からの予防・対策措置を記載している。 本ツールでは、この FISC の安全対策基準に対して、各システムがどの程度対策を取って いるかを評価する方針とする。FISC は各金融機関(特にシステム部)においては、その記 載内容について馴染みの深いものである反面、その解釈については必ずしも一様ではない。 FISC は設備、運用、技術の各分類において、金融機関として実施すべき安全対策を詳細に記 述してはいるものの、あえて「望ましい」 「例がある」といった表現にとどめているところが あり、担当者として具体的にどうしてよいかが判断に迷うところがある。結果として、 「対策 を取っているかどうか」についての判断基準が、回答者によってばらついてしまうことにな りかねない。これについては、以下の方策により、判断基準のばらつきを回避することとした。 方策 1 評価のための設問は、FISC の文言をそのまま使用するが、設問に対する回答の ガイドライン(回答のための判断基準)を詳細に記述した上で提示する。 方策 2 評価のための設問を、FISC の記述レベルから各金融機関に合わせて詳細化・具 体化し、回答者による判断の差異が発生しないようにする。 方策 1 は、回答すべき設問は FISC そのままであるが、判断の基準を詳細に提示するもの である。具体的には、以下のようになる。 例:技 26 暗証番号・パスワード等の漏洩防止のため、非表示、非印字等の必要な対策を講ずる こと。 87 88 技術レポート Technical Report これに対し、どういう管理状態であれば上記対策済、と言えるのかについて、各金融機関 としてどのような対策を取ればよいかのガイドラインを提示する方式である。 方策 2 は、設問内容をより具体的に記載する。具体的には、以下のようになる。 例:技 26-1 暗証番号・パスワード等は、非表示となっている 技 26-2 暗証番号・パスワード等は、8 文字以上で、人名・英単語は用いない 等 この場合、設問の数は膨れ上がるが、回答においては、判断に迷うことは少なくなる。実 際にどこまで膨らませるかは、各金融機関との調整事項となる。また、既に金融機関独自に チェックリストのようなものを用意している場合も、こちらの対応となる。この場合、独自 設問と FISC の安全対策基準との対応付けが、必要となる。 方策 1 とするか方策 2 とするかは、各金融機関の個別事情(自行向けチェックリストを既 に運用しているなど)に応じて、対応することとなる。 2.5 評価結果 評価の結果は、上記の資産価値、脅威、脆弱性の値から、FISC の対策基準ごとの対策度 合いを、リスク値として算出する。対策を十分取っていなくても、資産価値や脅威が高くな ければリスク値としては低く出る場合もあれば、十分対策を取っていても、資産価値や脅威 が高い場合にはリスク値としては高く出る場合もある。本ツールによる評価結果は、資産価 値、脅威、脆弱性を総合的に評価した結果としての値となる。 金融機関向けシステムリスク評価ツールの構築 3.ツールの機能詳細 3.1 ツール概要 表 1 に、本ツールの主要機能一覧を示す。 さらに、各機能の関連を、図 4 に示す。 第 2 章で述べた要件に加え、実際の利用局面を考慮して、ツールの実装を行った。追加し た主な要件は、以下の通りである。 表 1.主要機能一覧 分類 メニュー 機能 マスタ登録 評価画面 結果・分析 初期画面 概要 ユーザが実行できる機能を表示したメニュー画面 ユーザ登録画面 本ツールを使用するユーザを登録する画面 部署登録画面 本ツールの評価対象となるシステムの所管部署を登録する画面 システム名登録画面 本ツールの評価対象となるシステムを登録する画面 評価・修正・参照システム選択画面 評価を行うためのシステムを選択する画面 資産価値・脅威・脆弱性入力画面 資産価値・脅威・脆弱性の評価を入力する画面 回答確認・確定画面 入力した回答を確認し、確定する画面 結果表示条件設定画面 結果表示を行うための条件を設定する画面 分析表示条件設定画面 分析を行うための条件を設定する画面 作成:三菱総合研究所 ・ 会社管理機能 バーゼルⅡにおけるシステムリスクの評価は、 関連会社を含めた管理が求められる。よって、 関連会社におけるシステムも含めて、管理するための「会社」という概念を導入している。 ・ ユーザ管理機能 「会社」の概念を導入したことで、各会社の管理者と会社の中の 1 つのシステムの管理者、 そして、すべてを統括する管理者が必要となった。各管理者は、自分の管理下にあるシステ ムの評価の実施とその結果の参照しか行えないように、アクセス制御機能を付与している。 ・ 評価管理機能 システムリスクの管理は、PDCA サイクルを維持していく必要がある。そのために、過 去に実施した評価の結果を時系列的に管理する機能が必要となる。評価の実施は年に一度 とは限らず、また実施しない年度もある。それらを管理するために、「評価」という単位 を導入した。 ・ 一次評価機能 FISC の安全対策基準は設備・運用・技術で 304 項目あり、そのすべてに回答するのは負 荷が大きすぎる。そこで、10 ~ 20 問程度の設問を用意して一次評価とし、その結果、リ スクが高いと判断されたシステムのみ 248 項目の評価を行う、という 2 段階による評価方 法を取ることも可能とした(一次評価を行わないことも可能)。これにより、詳細な評価 を行う負荷を大幅に低減できる。 89 90 技術レポート Technical Report ・ 分析機能 評価結果は、システムごと、FISC の安全対策ごとのリスク値の羅列にすぎない。これを 用いて、どのシステムに対してどのような対策を打つべきか、関連会社を含めた全体的な 立場から判断をするために必要な情報を提供する機能を追加した。 図 4.機能関連図 ユーザ登録画面 ユーザ検索画面 ユーザ編集画面 部署登録画面 部署検索画面 部署編集画面 システム 登録画面 システム名 検索画面 システム名 編集画面 資産価値 入力画面 評価・修正・参照 システム選択 画面 脅威入力画面 回答確認 & 確定画面 別Window FISC安全対策 基準表示画面 ユーザ認証 脆弱性入力画面 (一次) Excel出力 初期画面 評価一括入力・ 修正条件設定 画面 別Window 脆弱性入力画面 (二次) Excel出力 結果表示 条件設定画面 単体システム リスク評価結果 画面 分析表示 条件設定画面 リスク値分析画面 (リスク値が高い システム一覧) リスク値分析画面 (リスク値が高い 項目が多いシステ ム一覧) リスク値分析画面 (リスク値平均が 高いFISC項目 一覧) リスク値平均 グラフ表示画面 FISC一覧 表示画面 各種設定画面 雛形インポート 画面 作成:三菱総合研究所 ガイドライン 設定画面 ガイドライン 表示画面 点線部は、 現在、拡張を 検討中 リスク値分析画面 (取り組みが必要 な項目の詳細) 金融機関向けシステムリスク評価ツールの構築 以下、主な機能について、詳細を述べる。 3.2 ユーザ管理機能 本ツールの利用者には以下の 3 種類がある。 ・ 一般ユーザ ・ 一般管理者 ・ 統括管理者 (1)一般ユーザ 各所管部署における管理者。各所管部署に帰属するシステムに関する登録・参照のみ を実施することができる。他部署ならびに他社のシステムに関する操作は、一切実施 できない。 (2)一般管理者 各会社における管理者。各社の全所管部署に帰属するシステムに関する登録・参照、 ならびに各社におけるユーザ・部署の管理を実施することができる。他社のシステム に関する操作は、一切実施できない。 (3)統括管理者 本ツールに登録されているすべてのシステムに関する登録・参照、ならびにすべての ユーザ・会社・部署の管理を実施することができる。 本機能は、上記一般ユーザまたは統括管理者がユーザの追加・変更を行うための機能である。 ユーザの種別により、 評価・参照できるシス テムが変わる (統括管 理者は全システム、一 般ユーザは自部署シ ステムのみ) 91 92 技術レポート Technical Report 3.3 システム管理機能 システム管理機能は、本ツールの評価の対象となるシステムを登録する機能である。シス テムに関する情報を入力するのみで、実際の評価作業の対象とするかどうかは、後述の「評 価管理機能」にて指定する。 登録する情報のうち、導入年月日・次回更新予定といった情報はシステムリスク評価には 直接利用されないが、資産台帳として利用されることを考慮して機能を付与した。 管理者が複数人である 場合のことを考慮 金融機関向けシステムリスク評価ツールの構築 3.4 評価管理機能 評価管理機能は、本ツールの中核をなす機能である。 ( 1 )評価概要入力 PDCA サイクルを維持していく以上、年に何度か実施される評価の結果を管理していく 必要がある。本ツールにおいては、脆弱性等を評価するための設問と、その回答ならびに結 果を「評価」という単位で管理することとした。評価は、年度と年度内の実施回数とで識別 され、任意の名称を付けることができる。この名称で、過去のすべての評価結果(設問等を 含む)を参照することができる。 新たに「評価」を作成する場合には、二通りの方法がある。 1)前回評価における設問を踏襲する。 2)FISC の安全対策基準から設問を生成する。 前者は、前回実施時の設問を踏襲して、評価用の設問を生成する。FISC に特に変更がな い場合には、この方法で評価を作成する。 後者は、FISC に変更や追加などがあった場合に利用する方法である。FISC の改定時には、 財団法人金融情報システムセンターから提供される CD-ROM に含まれるデータを取り込み、 設問を生成する。 ( 2 )評価入力画面 資産価値評価、脅威評価、脆弱性評価(一次・二次)は、すべて共通の画面から入力され 93 94 技術レポート Technical Report る。評価者の回答が容易になるよう、前回評価時の回答を併記している。また、回答は選択 方式となっているため、評価者の意図が十分に伝わらない場合があることを考慮し、自由記 述のコメント欄も設けている(前回評価時のコメント欄も併記)。設問間の移動は、次・前 だけでなく、章番号での移動も可能としている。 一次評価での対象システムのスクリーニングのほかに、資産価値評価の結果で対象システ ムの絞り込みを行うことも可能である。資産価値評価は 2.2 で述べたようにシステムの重要 度を評価しているので、その結果により重要と判断したものを脆弱性評価の対象とすること で、評価の負荷を軽減できる。 さらに、脆弱性評価項目である 248 項目についても、スクリーニングする機構を用意して いる。「システムプロファイル」と称する設問(10 項目程度)で、インターネット接続の有 無や外部委託の有無、EUC(End User Computing)用システムか否かなどを確認することで、 回答が不要となる設問を判断し、回答の負荷を軽減させることができる。 回答に対して、 なぜそのように 回答したかコメントを 記述する 前回どのように 回答したかを ガイドとして 表示 各設問に回答している任意のタイミングにおいて、「回答確認&確定」ボタンを押すこと で回答状況を確認できる。ピンクでマスクされている部分が未回答部分であり、その番号を クリックすることで、その番号の回答画面にジャンプできる。 金融機関向けシステムリスク評価ツールの構築 未回答の設問が一目 瞭 然となり、か つ そ の設問へワンアクシ ョンでジャンプ可能 95 96 技術レポート Technical Report ここまで紹介した画面は、個々の担当者が個別に入力することを想定している。しかし、 実際には個々の管理者が本ツールを用いて入力できない環境にある(ネットワーク的に接続 されていないなど)ことも十分考えられ、その場合には一般もしくは統括管理者が複数のシ ステムをまとめて入力できるインタフェース(「一括入力」機能)を提供している。 複数のシステムを 表計算イメージで 入力可能 「一括入力」機能においては、個々の回答画面を開くことなく、回答となる選択肢を直接 表計算シートに入力することで、評価入力を完了させることができる。オンラインで本ツー ルを利用できない評価者が多数いる場合には、各評価者の回答を表計算データで受領し、そ の結果を本画面に Cut&Paste することで、評価入力の負荷を大幅に低減できる。 金融機関向けシステムリスク評価ツールの構築 3.5 結果および分析 評価の結果は、システムごとの FISC 安全対策基準に対するリスク値として、10 点満点で 評価される(10 点が最もリスクが高い) 。システムごとに 248 項目の評価結果があることに なり、一覧性に乏しい。また、金融機関全体の評価としてどのような傾向にあるか、などを 独自に分析を行うことを考慮し、結果を表計算シートの形で保存できる機能を用意している。 上記の方法で個別に分析する以外に、本ツールでは標準機能として、以下の分析機能を提 供している。 ・リスク値の高いシステムを表示 ・リスク値の高い項目が多いシステムを表示 ・リスク値の全体平均が高い FISC 項目を表示 ・リスク値平均グラフ表示 1)リスク値の高いシステムを表示 あらかじめ設定した閾値を超えるリスク値の評価結果を有するシステムを表示する。 FISC の安全対策基準のうち、リスクが高い部分があるシステムを、容易に発見するこ とができる。 2)リスク値の高い項目が多いシステムを表示 あらかじめ設定した閾値を超えるリスク値の評価結果が多いシステムを表示する。 リスクが高い部分が多いシステムを、容易に発見することができる。 3)リスク値の全体平均が高い FISC 項目を表示 リスク値の平均値があらかじめ設定した閾値を超えるシステムを表示する。 金融機関全体として、 どの FISC 項目のリスクが高いかを、 容易に発見することができる。 97 98 技術レポート Technical Report 4)リスク値平均グラフ表示 各リスク値をグラフ表示する。グラフ化により視覚的に全体傾向を捉えることができる。 金融機関全体 として、どの対 策 基 準 のリス クが 高 い かを 確認できる 金融機関向けシステムリスク評価ツールの構築 4.まとめと今後の課題 本ツールを使用することで、金融機関が保有するシステムについて、どのような脆弱性が あるか、あるいは金融機関全体として脆弱性にどのような傾向にあるか、といったことを定 量的に評価することができる。さらにそれをもとに、どのシステムが対策が必要か、あるいは、 どのような分野に資金投入をして全行レベルで対策を取るべきか、といった検討を行うこと ができる。実際に、いくつかの地銀に本ツールを適用し、有効な結果を得ることができた。 本ツールにより評価結果を収集管理することができるが、その結果を用いた分析機能は、 比較的よく用いられると思われるものを、いくつか実装しているにとどまっている。本ツー ルを導入することのメリットは、評価した結果を用いて多様な分析を行えるようになること にある、と考えており、現状の分析機能では不十分で、今後強化していきたいと考えている。 また、一次評価・二次評価の分割に関し、実際に金融機関への適用にあたっては、資産価 値を評価して資産価値の高いものを評価対象とする、という方法で、十分目的を達成できる ことが判明した。絞り込まれたシステムも十分妥当なものであり、一次評価の必要性は低い と思われる。一次評価を行うということは、二次評価まで回答しなければいけない回答者に とっては二重の負担になり、資産価値評価で目的を達成できるのであれば、むしろ機能とし ては無効にすることを検討する必要がある。 本ツールは、評価のベースとなる FISC の安全対策基準部分をデータベース化し、プログ ラムとは分離している。これにより、FISC の安全対策基準そのままの評価だけでなく、独 自の設問を用意しているような金融機関に対しても適用して、FISC への充足度を評価する ことができる。さらに、設問の回答を評価してリスクを求める、という考え方は、ISMS や その他の基準に対する準拠性評価に対しても適用可能である。特に ISMS に関しては、資産 価値、脅威、脆弱性で総合評価するという考え方は同一であり、評価基準となる FISC 安全 対策基準を ISMS 認証基準に置き換えることで、ISMS 認証評価ツールへの適用が可能であ る。先に述べたように、基準部分はデータベースとしてプログラムと分離されているので、 ISMS 認証基準への適用は容易な構成となっている。ISMS 等への拡張を行うことで、金融 機関以外の一般事業会社への適用の可能性は、十分にあると考えられる。 以上述べたように、実際の地銀に適用して有効な結果を得られたこと、および一般事業会 社への適用可能性も十分にあることから、ツールとしての有用性は高いと考えている。 以上 参考文献 [1] 財団法人金融情報システムセンター:『金融機関等コンピュータシステムの安全対策基 準・解説書(第 7 版)』(2006/3). [2] GMITS(ISO/IEC 13335-3:1998 Annex E),ISO(国際標準化機構). [3] 財団法人日本情報処理開発協会:「ISMS 認証基準(Ver.2.0)」(2003/4). 99 100 技術レポート Technical Report 技術レポート 地理情報システム(GIS)体制構築 コンサルティング手法の開発 中村 秀至 要 約 2007 年 5 月 23 日、国民が安心して豊かに暮らせる空間情報社会の実現を期し、 それに向けた施策を総合的に推進することを目的として「地理空間情報活用推進基 本法」(以下、「基本法」)が成立した。本法では国・地方公共団体と民間とが協力 して大縮尺の地図情報を整備し、利活用を促進することが謳われているが、日常業 務で日々空間情報を生成し、活用している地方公共団体の力なくして効率的な空間 情報の整備・更新は困難といわざるを得ない。そうした期待がある一方、地方(都 道府県、市町村)の取り組みは必ずしも順調に進んでいるとはいい難い。こうした 状況を踏まえ、本研究では府県と市町村が協力して空間情報の整備と共用に取り組 んでいる事例を参考として、地方の特性に合った取り組み体制を作っていくための 検討方法を定式化した。取り組み体制作りは、地方公共団体の地理情報システム (GIS)導入プロジェクトのスタートステップである「現状把握」よりさらに前の 段階であるが、この体制作りがうまくいけばプロジェクトは円滑に動き、ひいては 大縮尺空間情報の普及、関連ビジネスの活性化に寄与するものと考えられる。 目 次 1.手法開発の背景とねらい 2.望ましい推進体制構築のために 2.1 誰の仕事なのか 2.2 手法としての整理 2.3 検討手順 2.4 実証実験の提供 3.地方発の空間情報社会に向けて 付録.地理空間情報活用推進基本法の成立 地理情報システム(GIS)体制構築コンサルティング手法の開発 Technical Report Development of the Consulting Technique to Build up the Framework for the Geographic Information System (GIS) Hideshi Nakamura Summary With the intention of realizing a spatially enabled society in which citizens can lead peaceful and affluent lives, and in order to promote measures integrally for that purpose, the“Basic Law for the Advancement of Utilizing Geospatial Information”(hereinafter referred to as“the Basic Law”) came into effect on May 23, 2007. In this law it is advocated that the government / local municipal entities and private sector cooperate to organize and promote the utilization of large-scale geospatial information, though it does have to be said that it is difficult to organize and update geospatial information efficiently without the work of local public authorities that generate and make use of geospatial information daily as their routine activities. While there is such an expectation, it cannot necessarily be said that the efforts of the local public authorities (municipalities) are being advanced smoothly. In consideration of such circumstances, in this research the study method was formulated for the prefectural and municipal governments in cooperation to build up the framework for the approach suited to the characteristics of the local public authorities, drawing upon the instances in which they improve and jointly use geospatial information in collaboration. Although the creation of the framework for the approach comes before the starting step for the“Recognition of the Current State”in the project for the local municipal entities to introduce the Geographic Information System (GIS), it is considered that the successful framework will allow the project to operate smoothly, leading to the contribution to the dissemination of large-scale geospatial information and revitalization of the related business. Contents 1.Background and Aim of the Technique Development 2.To Build up a Desirable Framework for Promotion 2.1 Whose Job Is This? 2.2 Improvement as a Technique 2.3 Study Procedure 2.4 Provision of the Demonstration Experiment 3.Looking to a Geospatially Enabled Society Transmitted from Local Municipal Entities Appendix.Enactment of the Basic Law for the Advancement Utilizing Spatial Information 101 102 技術レポート Technical Report 1.手法開発の背景とねらい 昨年(2007 年)5 月、地理空間情報活用推進基本法(付録参照)が成立した。この法律は 空間情報を活用して国民が安心して豊かに暮らせる空間情報社会の実現を期し、それに向け た施策を総合的に推進することを目的としている。では、誰が空間情報を整備するのか。 基本法では、国が主役となって空間情報の整備を推進するとしている。しかしながら、日 常業務において大縮尺の地図情報(空間情報の中でも根幹となるもの)との接点が最も多い のは地方公共団体であり、その力を有効に活用していくことは、全国をカバーしかつ充実し た空間情報を整備していくには不可欠である。 地方公共団体では道路、上下水道、都市計画、固定資産税などの業務で地理情報システム (GIS)の導入が進んでおり、整備した地図情報を共有して、さらに幅広い業務で利活用し ていこうという統合型 GIS も普及してきた(図 1 参照)。ところが、こうした動きが、財政 が厳しいなどの制約でペースダウンしているのが実情である。また、市町村間の取り組み格 差が大きく、全国をあまねくカバーする空間情報の整備という観点からは、甚だ心もとない 状況である。 図 1.統合型 GIS の普及状況(2006 年度) 都道府県 市町村 導入済み 15.9% 4.3% 1.7% 29.8% 0.6% 4.2% 2.7% 40.8% 42.6% データ・システムとも 整備中 導入検討中 0.0% 10.6% システムのみ整備中 調査中 2.1% 10.6% データのみ整備中 34.1% 未検討 出所:特定非営利活動法人 国土空間データ基盤推進協議会ホームページ こうした現状にあって、地方発の空間情報整備を推し進めていくには、市町村の地道な GIS への取り組みと、それらを都道府県レベルで調整・集約する取り組みが、相互に補完し あって進められることが重要である。 GIS で注目を集めてきた三重県、岐阜県、大阪府などは、いずれも府県と市町村が協力し て県域で共有する空間情報を整備しようとして活動してきたもので、これらの先進的取り組 みでは推進の意志を具現化する体制が作られている。本検討は、有効な推進体制こそ地方の 活動を回す鍵と考え、地方の特性にあった推進体制を構築するための手法を確立しようとし たものである。 適切な体制が構築され、図 2 に示すような地方のニーズと地方への期待に応えられるよう な活動が回るようになれば、基本法のめざす空間情報社会の実現に近づくことができる。 地理情報システム(GIS)体制構築コンサルティング手法の開発 図2.地方への期待と地域のニーズ 地方への期待:基盤地図情報の整備・利用・更新の基本的なサイクルを確立 空間情報を取得・活用する業務 行政の 業務システム 行政の 業務システム (空間情報が主役でない) 情報提供 更新情報 業務別空間情報 基盤地図情報 情報提供 地方のニーズ: 空間情報を上手に活用した わかりやすく効率的な業務 システム 市民へのわかりやすい情報 提供 空間情報ビジネスの振興 作成:三菱総合研究所 民間企業の 業務システム 空間情報 ビジネス 103 104 技術レポート Technical Report 2.望ましい推進体制構築のために 2.1 誰の仕事なのか 県と市町村が協力して空間データの整備、利活用に取り組んでいる事例に共通しているの は、空間情報の共有に意義を感じ、強力に推進している個人が存在していることである。こ れは、市町村の GIS についても同様で、先進的取り組みをしていると評判の自治体の多く には、そうしたリーダーを見出すことができる。ここから学ぶことは、次の 2 点である。 ①自分の仕事として、強力かつ粘り強く取り組むリーダーがいないと、空間データの共 有は進まない ②逆に、そうした個人に依存しない形の推進体制を構築することが課題である このような問題認識から、主に県域統合あるいは県域共同で空間情報の整備・利活用を 推進する、すなわち統合型 GIS 推進のための望ましい組織体制を構築する方法を検討した。 次節以降に、その概要を紹介する。 2.2 手法としての整理 通常、地方公共団体(都道府県レベル)における統合型 GIS の推進手順は、図 3 に示す ように、庁内の既存の取り組み、地図情報の棚卸し調査から始まる。このステップは、概ね 情報企画部門、情報政策部門が主導して実施されることが多い。本検討では、そこに最初の 問題点が潜んでいると考えた。すなわち、統合型 GIS に取り組むはじめの段階で、このプ ロジェクトを自分が最後まで完遂するという意識を持ってスタートが切られていない、また、 将来関係してくる部署、機関が初めから参加していないことで、当事者意識を持ちにくい状 況を作ってしまっているということである。そこで、このスタートステージに入る前に関係 者を巻き込み、誰の仕事なのかを明らかにするようなステップを設け、そこで検討すること をテンプレート化した。それが、本手法である。 図3.統合型 GIS の推進手順 既存GIS、データ等の調査 統合型GIS整備計画策定 共有空間データ整備 利活用システム開発 活用・普及促進 作成:三菱総合研究所 地理情報システム(GIS)体制構築コンサルティング手法の開発 2.3 検討手順 ( 1 )手法の構成と範囲 本手法は図 4 に示す構成となっている。従来の統合型 GIS 推進の計画策定フェーズで調 査されてきた現状把握についても概略の調査を行うが、必ずしもデータの細かい仕様や管理・ 運営方法を把握する必要はない。 望ましい推進体制を検討するために、まず人材、組織、データ、技術の 4 つの視点から、 リソースをチェックする。ここで集めた情報にもとづいて、望ましい推進体制を導く。その 参考情報を提供するのが、 「推進組織の選択肢」であり「分析 WS(ワークシート)」である。 本手法が提供する方法の特徴の一つが、実証実験の並行実施である。その目的は、住所の ついた台帳情報を簡易に地図に載せて閲覧・検索できるような安価な GIS を提供し、地図 活用のリテラシー向上を図り、将来の検討や事業推進の環境を整えることにある。 図4.手法の構成 基盤地図情報整備・利活用体制構築コンサルティング 調査項目 人材 組織 データ 技術 推進組織の選択肢 分析WS 実証実験計画テンプレート 作成:三菱総合研究所 105 106 技術レポート Technical Report ( 2 )基本情報の把握 まず、前述の 4 つの視点から、基本的な情報を収集する。項目は、表 1 に示す通りである。 表 1.調査項目 評価の軸 評価の視点 【人材に関すること】 ・推進リーダーの存在 ・トップのサポート ・技術力のあるスタッフ 【組織に関すること】 ・既存組織 ・部局間協力の文化 ・県・市町村の連携 ・公益企業の協力 【データに関すること】 【技術に関すること】 ・既存データ ・既存システム(リソース / 制約) ・電子自治体共通基盤 ・供給サイドの技術力 ・利用者のリテラシー 調査項目 首長の支持 CIO、CIO 補佐の支持 実権リーダーの有無等 実権担当者の有無等 大学等のサポート 庁内組織 市町村が参加した研究会等 民間が参加した研究会等 推進母体になり得る協議会等 関連 NPO 庁内連携 市町村連携 その他制約条件(過去の失敗、財政、タイミング等) 既存デジタルデータ 既存ラスターデータ 共有データ 既存 GIS 既存インフラ ベンダー技術力 職員リテラシー CALS、電子納品 電子自治体対応 作成:三菱総合研究所 「人材に関すること」では、空間情報の共有化・利活用の推進をリードしていけるようなリー ダー候補がいるか否かを把握する。担当者クラスは、必ずしも情報部門の職員である必要は なく、地図活用や新しい情報技術の活用に前向きであることが重要である。また、管理職レ ベルは、直接リーダーとして庁内を動かしてもらえる人材がいれば明快であるが、そこまで の推進力でなくてもプロジェクトへの理解と支持を表明してくれる人材が重要である。以上 のことは「個人に依存しないこと」と矛盾することではない。プロジェクトに当事者意識を 持って取り組むリーダーと、次の世代の育成も含め、リーダーを支える組織的な対応があっ てこそ、永続的な取り組みが可能になる。 「組織に関すること」では、庁内はもとより地域に目を広げて推進母体になり得る取り組 み、協力することでよりよい運営ができる可能性がある組織や活動を、幅広く把握する。ま た、県としての情報化全体の取り組みからみた投資のタイミングや財政状況も把握する。さ らに、過去に GIS への取り組みで大きな負荷が生じたり、動かないシステムを開発してしまっ たなどの失敗のトラウマがあると、推進にあたって思わぬ制約になりかねない。そうした経 緯も把握しておくのが望ましい。 「データに関すること」では、既存の空間データ資産を把握する。これは、検討体制がで きてから詳細に把握すべき項目であるが、体制を考える上でも、既にどのような空間情報が どこで使われているかを把握することは必須である。そうしたデータや部署を抜きに、空間 データの共有プロジェクトは進められないからだ。ただし、本手法を適用して組織のあり方 地理情報システム(GIS)体制構築コンサルティング手法の開発 を検討する段階で、全庁を対象にかつ詳細な調査をかけることは、大きな労力と長い期間を 要して効率的でないため、次のステップの取り組みと考えている。 「技術に関すること」では、高度な GIS に関する技術を持っているかなどということでは なく、電子自治体の進捗状況、職員の ICT(情報通信技術)リテラシー、地域の空間情報 関連企業の技術力などを確認する。 ( 3 )強み/弱みの把握 把握した基本情報を、空間情報の共有、利活用の観点から整理し、強み/弱みを把握する。 強みを活かし、弱みを補う推進体制が求められる。表 2 は某地方公共団体の例である。調査 項目をそれぞれ評点し、視覚化することで、庁内の組織面では対応するポテンシャルが高い ものの、リーダーとなる人材の面で何らかの補強が必要であることが浮かび上がっている。 表 2.強み/弱みのイメージ 強 み 項目 首長 CIO 実権リーダー 実権担当者 大学 庁内組織 市町村参加 民間参加 協議会 NPO 庁内連携 市町村連携 既存デジタル 既存ラスター 共有データ 既存 GIS 既存インフラ ベンダー技術力 職員リテラシー 電子自治体 人材 組織 データ 技術 弱 み 評価 項目 3.0 5.0 人材 5.0 5.0 4.0 組織 5.0 3.0 データ 3.0 4.0 5.0 4.0 3.0 5.0 技術 首長 CIO 実権リーダー 実権担当者 大学 庁内組織 市町村参加 民間参加 協議会 NPO 庁内連携 市町村連携 既存デジタル 既存ラスター 共有データ 既存 GIS 既存インフラ ベンダー技術力 職員リテラシー 電子自治体 評価 3.0 0.0 0.0 0.0 0.0 3.0 0.0 0.0 3.0 3.0 注:表中の評価欄に記入された数値は、調査結果から算定される 5.0 を満点とするスコア。 「強み」の表では、スコア 3.0 以上を活かすべき強みとして着色。 「弱み」の表では、スコア 3.0 以下を克 服すべき弱みとして着色。 作成:三菱総合研究所 107 108 技術レポート Technical Report ( 4 )望ましい推進体制の検討 推進体制と言っても、計画検討段階から利活用開始後の運用段階まで、同じ組織形態で推 進できるわけではない。推進組織としては、表 3 に示すようなものが考えられる。 表3.推進体制の選択肢 組織形態 意味 庁内 研究会 県・市町村 県・市町村・民間 県・市町村 協議会 県・市町村・民間 公益法人 推進法人 LLP(有限責任事業組合) 株式会社 アウトソーシング 条件 通常、こうした取り組みが出発点 交流組織としての意義大 推進に向けた第一歩 必須ではない 必須ではない 公益追求。ただし新設は困難 自由度が高い。ビジネス追求志向。 明確なビジネス追求 当面、様子を見つつ、利用技術を蓄積 既存組織のリニューアル 主体性を持った参加者 安定株主としての出資者 作成:三菱総合研究所 図 5 は、表 3 に示した組織形態がプロジェクトの進捗に応じて進化するパターンを例示し たもので、研究会的な活動から実際にデータの管理を行う組織化に至るまでのイメージを示 している。 図5.推進体制の発展イメージ スタート 庁内研究会 2nd Step 県・市町村研究会 3rd Step 協議会 4th Step 県・市町村研究会 県・市町村協議会 協議会 (官民協議会) 官民協議会 推進法人準備会 推進法人 Goal 推進法人準備会 (県外)アウトソーシング 作成:三菱総合研究所 前段で把握した地域の強み/弱み、現在の取り組み状況等から地域の特性にあった体制を 考える上でのチェックポイントを、判断ツリーのイメージで示したのが図 6 である。この例 は、 庁内及び県・市町村の調整を行う組織作りを行う際のイメージである。電子自治体をキー ワードとし、庁内と県・市町村間で既存の調整組織が存在する場合は、その組織を母体とし た体制作りが有力な選択肢ではないかと考えている。 地理情報システム(GIS)体制構築コンサルティング手法の開発 図6.体制検討のチェックポイント(調整組織の場合のイメージ) 調整組織の立ち上げ 既存の組織 有 既存の組織の 機能拡充 電子自治体 推進組織 有 市町村連携で 活用できる組織 推進の核を中心に 県・市町村の連携 組織を新規立ち上げ 作成:三菱総合研究所 有 電子自治体推進組織 の機能を拡充するか、 部会を設ける 既存組織の機能を 活用した連携組織化 有 市町村連携で 活用できる組織 109 110 技術レポート Technical Report 2.4 実証実験の提供 以上のような調査・検討結果を踏まえて推進体制を確立した後は、図 3 に示したオーソドッ クスな推進手順を踏んで、データの整備、システム開発、運用に本格的に取り組むことにな る。しかしながら、ここでもう一つ並行して実施する取り組みを提供する。 これまで述べてきた推進体制・組織の議論は、どちらかと言えば供給サイド、空間情報を 整備して提供する側に着目した検討である。供給サイドの議論だけで GIS のプロジェクト を動かそうとすると、地図データの更新など維持・管理に手間がかかるわりに使われない システムを作ってしまいがちである。そこで、本手法では、推進体制の構築と並行して GIS 利用の実証実験を提供する。空間情報の利用がサステナブルになるためには、利用者が育つ ことが不可欠である。利用者がいれば空間情報の供給はストップできないし、利用者がまた 新たな空間情報の供給者ともなって、情報の共有や利活用の高度化が期待できる。 本手法で提供しているのは、図 7 に示すように台帳情報を地図上に表示したり、地図上に 簡易な図形を新たに書き込んだりするような初歩的な GIS の活用である。とは言え、土木 系など GIS のヘビーユーザーではない部署の、地図で場所を確認したい、あるいは地図上 に情報を書き込みたいという基本的なニーズには、十分応えられる仕組みである。この実証 実験をする意義は、統合型 GIS を実現するために、次の 3 点を整理しようとするものである。 ①どのようなデータが活用できるのか ② GIS をどのように使ったらいいのか ③どのようなインフラが必要なのか これらを明らかにする中で、GIS を利用したデータ管理の有効性が検証できる。 図7.実証実験システムでできることのイメージ Excel Excelのデータを別のテーブルで管理する。 集計・統計処理で利用可能 地図 主題データ 関連図書 属性情報 Excelのツールバー に機能追加 Excelに記入された内容を データベースに登録できる。 作成:三菱総合研究所 地理情報システム(GIS)体制構築コンサルティング手法の開発 3.地方発の空間情報社会に向けて 空間情報社会を支える位置の基準としての基盤地図情報(付録参照)を整備するという点 においては、国、特に国土地理院の役割が大きい。とは言え、国土地理院だけの力で全国津々 浦々の基盤地図情報を整備し、これを永続的に更新していくのは容易ではない。何と言って も、日常業務の中で空間情報を作成し活用しているのは地方公共団体の行政の現場であり、 その活動成果を活かさない限り、全国津々浦々に行き渡り、地方レベルで活用できる空間的 精度を持った情報を維持していくことはできない。そういう意味で、空間情報社会が目標と する姿を実現するには、地方公共団体が統合型 GIS を持続可能な仕組みとして確立するこ とが鍵である。 三菱総合研究所では、これまでに地方公共団体の GIS 整備計画立案に係るコンサルティン グ(刈谷市等)や、地方推進組織に係るコンサルティング(大阪府大縮尺空間データ共有化推 進協議会)を手がけてきた。本手法はそれらの経験を集大成し、とりわけ誰がリードし、誰 がそれを盛り立てるのかという点に絞って、テンプレート化したものである。本手法は、こ れから体制作りを始める地方公共団体はもとより、既に取り組みをスタートしたものの思う ように推進できていない団体に対しても、取り組み体制のレビューという観点で有用である。 図 8.空間情報社会に向けて 高度空間情報社会に向けて… 基盤情報の整備・更新 ● 基盤空間情報の定義・品質管理 ● 効率的な整備・更新の仕組み −地域の取組み −電子納品 ● 過去の取組みとの整合 −国土空間データ基盤 −統合型GISの共通基盤データ 等 基盤情報に関わる 研究開発・人材育成 ● 都市計画 ● 公共施設の整備・管理 ● 森林・農地などの管理 ● 税務、登記、地籍調査 ● 防災 ● 緊急通報、弱者保護 ● 全国に渡るシームレス な提供 −全国的な流通機構 −地域の取組みとの 連携 等 行政 ● 権利の明確化 ● 個人情報保護・情報 セキュリティの確保 研究開発 ● 電子納品、品質評価など 効率的な整備・更新・流通に 関する研究開発 ● 個別利用、情報共有などでの 基盤空間情報の利用に関する 研究開発 ● 利用状況の把握と 課金 等 人材育成 ● 行政での空間情報の利用・共有 の推進などの教育・人材育成 基盤情報の利用 基盤情報 の流通 等 出所:東京大学空間情報科学研究センター資料 産業 市民 ● ユビキタス・LBS ● 農業の近代化 ● 漁業の安全操業 ● ロジスティックス ● 車両走行支援 等 ● コミュニティ活動 支援 −地域安全情報 −電子町内会 ● ボランティア活動 支援 −環境情報 等 情報発信・情報受信へ 111 112 技術レポート Technical Report 付録.地理空間情報活用推進基本法の成立 今から 15 ~ 20 年ほど前、情報技術が産業や生活の隅々に行き渡り、豊かで活力のある社 会が実現されるという、明るい情報化社会像が描かれていた。実際ブロードバンド・ネット ワークが普及し、いつでもどこでも情報の海に飛び込めるような時代が来た。ところが、誰 もが容易にネットに参加できるようになったため、飛び交う情報が爆発的に増え、情報洪水 社会になってしまった。有用な情報を要領よく選び出す力がないと、普通に暮らすことさえ おぼつかない時代になっているのかもしれない。 位置に紐付けして情報を扱うのは、有用な情報を要領よく選び出す方法の中で、最も期待 される方法の一つである。必要な情報は、場所と時間を持ったものである場合が多いからで ある。カーナビゲーションシステムが、そうしたニーズに応える仕組みの典型例である。こ のようにあふれる情報の中から、その場、その時に必要な情報が容易に利用できるような社 会が、空間情報社会と呼ばれるようになってきている。 位置に紐付けして情報を扱う空間情報社会においては、位置を特定する技術と特定された 位置を空間の中に表現する技術が、技術面で車の両輪となる。位置を特定する技術の代表は カーナビでお馴染みとなった GPS(Global Positioning System)であり、空間を表現する技 術の代表がデジタル地図である。これら二つの技術を土台として、望まれる空間情報社会を 速やかに実現することをめざして基本法が成立した。 基本法は 2007 年 5 月、第 166 回通常国会において可決成立した。自民、公明の与党に加 え民主党も加わった 3 党の議員提案によるもので、空間情報社会への体制整備の重要性は政 治的立場を超えた共通認識であった。その理念は、次の 3 点に集約できる。 1) 我が国における基盤的な空間データを整備するため、総合的・体系的に施策を実施 し、それら関係する施策の相乗効果を発揮 2) 信頼性の高い衛星測位サービスを安定的に享受できる環境を確保 3) 防災対策の推進、行政運営の効率化・高度化、多様な事業の創出、民間事業者の技 術提案・創意工夫の活用、個人の権利利益侵害への配慮等 こうした理念を実現するため、次のような内容が規定されている。 1) 地理空間情報 *1 の活用の推進に関する施策全体として、政策研究、知識普及、人 材育成、行政における地理空間情報の活用、個人情報の保護を推進 2) 地理情報システムに係る施策として、基盤地図情報* 2 の整備や地籍や登記などの 行政事務での基盤地図情報の相互活用、国が保有する基盤地図情報等の原則無償提 供などに関する施策を推進 * 1 地理空間情報:次の1の情報または1及び2の情報からなる情報をいう。 1 空間上の特定の地点または区域の位置を示す情報(当該情報に係る時点に関する情報を含む。 ) 2 1の情報に関連付けられた情報 * 2 基盤地図情報:地理空間情報のうち、電子地図上における地理空間情報の位置を定めるための基準と なる測量の基準点、海岸線、公共施設の境界線、行政区画、その他の国土交通省令で定めるものの位 置情報(国土交通省令で定める基準に適合するものに限る。 )であって電磁的方式により記録されたもの をいう。 地理情報システム(GIS)体制構築コンサルティング手法の開発 3) 衛星測位に係る施策として、GPS を運用しているアメリカ政府等の地球全体にわ たるシステムの運営主体との連絡調整、衛星測位に係る研究開発・技術実証、利用 実証、その成果を踏まえた利用促進を推進 4) 以上の施策を総合的・計画的に推進し、新産業・新サービスの創出、安全安心、国 民生活の利便性向上、行政の効率化・高度化、弱者保護力の強化、国土の利用・整 備・保全といった効果を期待 基本法の成立を受け、まさに 2007 年度から、空間情報社会に向けての取り組みが加速さ れたところである。 参考文献 [1] 柴崎亮介: 「地理空間情報活用推進基本法と空間情報社会の展望」 『JACIC 情報』87 号(2007/9) . [2] 村上広史:「地理空間情報活用推進基本法及び政府の取組」『地図中心』422 号(2007/11). [3] 飯島昭憲:「岐阜県の大縮尺ハイブリッド地図」『地図中心』422 号(2007/11). [4] GIS 大縮尺空間データ官民共有化推進協議会:「GIS 官民協議会の取組」『第 5 回総会資料』 (2004/10) . [5] GIS 大縮尺空間データ官民共有化推進協議会:「GIS 大縮尺空間データ官民共有化推進協議会」 をベースとした事業化調査報告『第 6 回総会資料』 (2005/3). [6] GIS 大縮尺空間データ官民共有化推進協議会: 「位置参照点システムの拡張」『第 7 回総会資料』 (2006/3) . 113 114 技術レポート Technical Report 技術レポート コロプレスマップ(階級区分図)作成作業 効率化ツールの開発と運用 蓮井 久美子 勝本 卓 林 典之 要 約 三菱総合研究所においては、 地域、 社会・交通、 環境、 エネルギーなどの各分野で様々 な地図を作成する業務が発生するが、その中でも最も多い作業の一つが、各種統計 データを用いた市区町村別のコロプレスマップ(階級区分図)の作成作業である。 市区町村別のコロプレスマップ作成作業は、主に、①地図・データの入手、②地 図の調整(地図への市区町村合併の状況の反映)、③データの調整(統計データへの 市区町村合併の状況の反映)、④塗り分けの4段階に分けることができるが、近年 の市区町村合併の影響で、②および③の作業が非常に膨大になり負担となっていた。 特に、1995(平成 7)年に改定された合併特例法を受けて起こったいわゆる平成の 大合併により、1995 年4月の時点では 3,234 あった市区町村が、2008(平成 20)年 4月の時点では 1,788 市区町村にまで減っており、この期間の前後を比較するよう なコロプレスマップを作成するのには、膨大な地図および統計データの調整作業が 必要である。 そこで、本研究ではこの作業を効率化するために、市区町村白地図作成ツール 「MRI Map Maker」および、統計データ集計ツール「MRI Union Tool」を開発し、 上記②および③の時間を数分までに短縮した。その結果、全国を対象としたコロプ レスマップを 1 つ作成するのに十数時間から数十時間を要していたものを、数時間 程度で作成できるようになった。また、三菱総合研究所内全体でコロプレスマップ 作成作業や統計データへの市区町村合併状況の反映作業が効率化されただけではな く、作業が省力化されたために、これまでよりも容易にこれらの作業に取り組む事 例がみられるようになった。 本論文では、開発した 2 つのツールの概要と特長について紹介し、課題と今後の 展望について述べる。 目 次 1.はじめに 2.コロプレスマップ作成作業効率化ツールの開発 2.1 基本となる考え方 2.2 配置分合 DB および市区町村境界地図 DB の設計 2.3 市区町村白地図作成ツール「MRI Map Maker」 2.4 統計データ集計ツール「MRI Union Tool」 3.課題と今後の展望 4.おわりに コロプレスマップ(階級区分図)作成作業効率化ツールの開発と運用 Technical Report Development and Operation of a Tool for Improving the Efficiency of Work to Draw up the Choropleth Map Kumiko Hasui, Taku Katsumoto, Noriyuki Hayashi Summary While, at Mitsubishi Research Institute, assignments are generated to draw up various maps in areas such as region, society / traffic, environment and energy, one of the most frequently required works is that of drawing up choropleth maps for each municipality concerned, using various kinds of statistical data. The works for drawing up choropleth maps for each municipality concerned can be divided mainly into 4 stages namely ① the acquisition of the map / data, ② coordination of the map (reflection of the state of municipal merger on the map), ③ coordination of data (reflection of the state of municipal merger on the statistical data) and ④ coloring for categorization, though the works of ② and ③ became enormous, resulting in a heavy burden, under the influence of municipal mergers of recent years. In particular, due to the so-called“Numerous Heisei Municipal Mergers”in the wake of the Special Law on the Merger of Municipalities, revised in 1995, the number of municipalities, which was 3,234 in April, 1995 decreased to 1,788 in April, 2008. The enormous work involved in the coordination of maps and statistical data is required to draw up choropleth maps, in order to compare the state before and after such period. In consideration of such circumstances, this research developed, to improve the efficiency of such works, a tool to prepare the blank map of municipalities, namely the“MRI Map Maker”and tool to add up the statistical data,“MRI Union Tool”to reduce the time required for ② and ③ above to several minutes. As a result, the time required to draw up a single choropleth map covering the entire country was reduced from more than a dozen or several dozen hours to around several hours. In addition, since not only the efficiency has been improved for the work of drawing up the choropleth map and reflecting the state of municipal mergers on the statistical data, but the work has also been saved, instances in which these works are dealt with more easily than before have been noted. In this research paper, the outline and features of the two tools developed are presented, and the tasks as well as the future outlook are stated. Contents 1.Introduction 2.Development of a Tool to Improve Efficiency in Drawing up the Choropleth Map 2.1 Basic Concept 2.2 Design of the Distribution Consolidation DB and Municipality Boundary Map DB 2.3 Tool to Prepare the Blank Map of Municipalities,“MRI Map Maker” 2.4 Tool to Add up the Statistical Data,“MRI Union Tool” 3.Tasks and Future Outlook 4.Conclusion 115 116 技術レポート Technical Report 1.はじめに 三菱総合研究所においては地域、社会・交通、環境、エネルギーなどの各分野で様々な地 図を作成する業務が発生するが、その中でも最も多い作業の一つが、各種統計データを用い た市区町村別のコロプレスマップ(階級区分図)の作成作業である。 市区町村別のコロプレスマップ作成作業は、主に、①地図・データの入手、②地図の調整 (地図への市区町村合併の状況の反映)、③データの調整(統計データへの市区町村合併の状 況の反映)、④塗り分けの4段階に分けることができる(図 1 参照)。①の「地図・データ入 手」については、WEB サイトでの公開やデジタルデータの提供が進んできたため、作業は 数時間程度で終了することが多くなってきた。また、④の「塗り分け作業」は、GIS を使用 すれば極めて短時間に行うことができる。 一方、②の「地図の調整」、および、③の「データの調整」については、近年の市区町村 合併の影響もあり、各作業に十数時間から数十時間程度を要するなど、作業の手間が非常に 膨大になり負担となっていた。特に、集計時点の異なる複数の統計データを用いて計算を行 う場合などには、③の作業が複数回必要になる場合もあり、さらに負担となる。 そこで、本研究では、この2つの作業を効率化するためのツールを開発した。本論文では、 開発した 2 つのツールの概要と特長について紹介する。 図 1.コロプレスマップ作成に要する作業時間(補助ツールが一切ない場合) 1∼2時間 間 塗り分け 1∼数時間 地図・データの入手 WEBサイト、統計図書館等から必要な データを収集する。 場合によっては紙の統計書から手入力... 場合によ GISソフト等を用いて統計 データに基づき地図を塗り 分ける 5∼数十時間 データの調整 ータの調整 総務省の合併情報を参考に 併情報を参考に 合併した市区町村のデータを 足し合わせる 作成:三菱総合研究所における作業実績より、三菱総合研究所 5∼数十時間 地図の調整 総務省の合併情報を参考に 合併した市区町村を張り合わせ 分割された市区町村を切り分ける コロプレスマップ(階級区分図)作成作業効率化ツールの開発と運用 2.コロプレスマップ作成作業効率化ツールの開発 2.1 基本となる考え方 前章②の「地図の調整」作業に関連して、任意の時点の市区町村境界の地図を作成する ための様々な研究が行われてきた。上江洲ら(2006)および藤田ら(2006)は、1995 年国勢 調査の町丁字別地図境域データに含まれる各町丁字に対して 1889(明治 22)年から 2006(平 成 18)年までの毎年末時点で所属していた市区町村名を付与した「行政界変遷データベー ス」を構築し、これをもとに毎年末時点の市区町村境界からなる地図を作成し、「行政区画 変遷 Web-GIS」にて公開している。また、立命館大学では、1970 年 1 月 1 日以降の任意の 日時を指定するとその時点の市区町村境界データ(shp ファイル)を出力する「Municipality Map Maker(MMM)」というツールを開発している(矢野、2007)。MMM は国土地理院 発行の「数値地図 25000(行政界・海岸線)」をもとに、地形図や市区町村の WEB サイト などを参照してベースとなる地図を作成している。 上記のような研究の他、2008 年 3 月から試験公開されている政府統計のポータルサイト である e-stat 内の「地図で見る統計(統計 GIS)」でも、二時点の市区町村合併の状況を地図 で比較できるサービスの提供が開始されている他、いくつかの民間企業から任意の時点にお ける市区町村境界からなる地図を出力するソフトウェアや、任意の時点を指定してコロプレ スマップを作成する機能を持つソフトウェアなども提供されている。 しかし、前章③の「データの調整」については、既存の研究例は少なく、同種の機能を持 つツールの提供事例もない。三菱総合研究所におけるコロプレスマップ作成作業においては、 様々な時点の統計データを用いるため、②「地図の調整」と③「データの調整」の両方の作 業の効率化が必要であり、④「塗り分け」作業を効率的に行うことを考慮すると、②および ③の作業成果は整合がとれている必要がある。また、「平成の大合併」は 2005(平成 17)年 度末で一段落したとは言え、2005 年 4 月に施行された合併新法(「市町村の合併の特例等に 関する法律」 )の影響もあり、今後もしばらくは市区町村合併が継続して発生すると予想さ れるため、新規の自治体の配置分合が発生した場合のメンテナンスを可能な限り簡単にしつ つ、迅速な対応ができる必要がある。さらに、三菱総合研究所で作成したコロプレスマップ は報告書や書籍へ掲載することが多いので、著作権や測量法に関連する手続きがなるべく簡 素化されることが望まれる。 そこで、コロプレスマップ作成作業効率化ツールの開発にあたっては、下記の各項目を前 提とした。 a.自治体の廃置分合に関連するメンテナンスを社内で簡単に実施でき、かつ、社内にお けるメンテナンスにより、最新の状況を反映させた地図が自動的に生成できること。 b.作成したコロプレスマップを自由に使用できるよう、データベースの使用条件など に関する著作権が適切に処理され、著作権や測量法に関連する申請等の事務手続き をなるべく省力化できること。 以上を受け、a. の要件を満たすという観点から、自治体の廃置分合に関するデータベース を2つのツールで共用することとし(図2参照)、b. の観点から、全国地方公共団体コード および国土地理院提供の地図を使用することを前提とした 。 117 118 技術レポート Technical Report 図 2.コロプレスマップ作成作業を効率化する2つのツールの関係 市町村合併対応済み統計データ 任意時点市区町村境界地図 統計データ集計ツール 市区町村白地図作成ツール 配置分合DB 市区町村境界地図DB 旧市町村コード、新市町村コード、 施行年月日、消滅年月日からなるDB 国土地理院提供の数値地図をベース にした市区町村境界地図 統計データ 作成:三菱総合研究所 2.2 配置分合 DB および市区町村境界地図 DB の設計 自治体の廃置分合等に伴う市区町村の境界および全国地方公共団体コードの変更には、合 体(新設合併) ・編入(編入合併) ・分割・分立・町制施行・名称変更・市制施行・郡の変更・ 政令市施行による行政区の制定、などがある。そこで、上記の各異動について、全国地方公 共団体コードと枝番を使用して以下のように表現することにした(図3参照)。 a. 合体(新設合併):図3の通り b. 編入(編入合併):図3の通り c. 分割: 分割後の区域に分けて管理する。各区域について、分割後の全国地方公共 団体コードの若い順に枝番を付番する。 d. 分立:分立後も存続する区域と、分離される区域に分けて管理する(分離される区 域が複数ある場合には、区域ごとに管理する)。分立後も存続する区域に枝番1を、 分離される区域については分立後の全国地方公共団体コードの若い順に枝番2以降 を付番する。 e. 町制施行:全国地方公共団体コードでは町制施行の場合、コードは変更しないため、 町制施行前のレコードに枝番1、町制施行後のレコードに枝番2を付番する。 f. 名称変更:全国地方公共団体コードでは名称変更の場合、コードは変更しないため、 名称変更前のレコードに枝番1、名称変更後のレコードに枝番2を付番する。 g. 市制施行:図3の通り h. 郡の変更:全国地方公共団体コードの仕様により、郡が変更になるとコードが変更 になるため、枝番の付番はない。 コロプレスマップ(階級区分図)作成作業効率化ツールの開発と運用 i. 政令市施行による行政区の制定:行政区特定後の区単位に分けて管理する。分区後 の全国地方公共団体コードの若い順に枝番を付番。 なお、分割・分立・政令市施行による行政区の特定などを表現するため、対象期間に存在 したすべての市区町村境界線を重ね合わせてできる最も小さい区域を単位として管理するこ ととし、上記を満たすように配置分合 DB の仕様を表1の通りに設定した。 また、前節の b. の要件から、配置分合 DB の各項目については、第一法規社の『全国地 方公共団体コード』の各年度版より取得し、市区町村境界地図 DB については、国土地理院 発行の 2 万 5 千分の1地形図をベースに、(株)北海道地図が作成した商品「GISMAP」を 上記の条件に合うように調整したものを採用することとした(国土地理院への公共測量作業 成果の使用申請済み。承認番号「平 18 総使 第 294-362 号」)。なお、市区町村境界地図 DB は、 縮尺 1:25000 のものと、これを縮尺 1:200000 程度の精度を持つようにデータを間引いて容量 を小さくしたものの2つを準備した。 図 3.想定した廃置分合のパターンとデータベースの枝番付番ルール 合体(新設合併) 13216 町制施行、名称変更 分立 14105-1 14105-1 46401-1 XX村 46401-2 YY町 14105-2 14111 01340-1 XX町 01340-2 YY町 政令市施行による分区 01201-1 01101 01201-2 01102 01201-3 01103 01201-4 01104 13229 13217 分割 編入(編入合併) 22201 市制施行、郡の変更 13XXX-1 13YYY 13XXX-2 13ZZZ 45364 XX町 45209 YY市 46521 XX郡YY町 46303 ZZ郡YY町 22201 22204 作成:三菱総合研究所 119 120 技術レポート Technical Report 表 1.配置分合 DB の仕様 No 項目 型 最大長 内容 1 全国地方公共団体コード テキスト 5桁 変換元全国地方公共団体コード 2 全国地方公共団体コード枝番 テキスト 1桁 変換元全国地方公共団体コードの枝番 3 都道府県 テキスト 10 文字 変換元全国地方公共団体コードの都道府県名 4 郡 テキスト 20 文字 変換元全国地方公共団体コードの郡名 5 市区町村 テキスト 20 文字 変換元全国地方公共団体コードの市区町村名 6 区 テキスト 20 文字 変換元全国地方公共団体コードの区名 7 適用開始日 テキスト 8 文字 変換元全国地方公共団体コードの適用開始日 8 適用終了日 テキスト 8 文字 変換元全国地方公共団体コードの適用終了日 新全国地方公共団体コード テキスト 5桁 適用終了日以降の全国地方公共団体コード 新全国地方公共団体コード枝番 テキスト 1桁 適用終了日以降の全国地方公共団体コード枝番 1桁 適用終了日以降の移行タイプ 1 : 合併 2 : 分割・分立 3 : 政令市への移行 4 : 名称変更 5 : 市制施行 7 : 同日に再度の異動あり 9 : その他 9 10 11 移行タイプ テキスト 作成:三菱総合研究所 2.3 市区町村白地図作成ツール「MRI Map Maker」 (1)機能概要 「MRI Map Maker」では、ユーザが条件を指定することで、任意の時点の市区町村境界 白地図を作成する機能を実現した。具体的には、サーバ上に市区町村境界の変更履歴を格納 した空間データベースを用意し、ユーザは当該サーバ上のアプリケーションに WEB ブラウ ザからアクセスし、条件を指定することで、その条件を満たした任意時点の市区町村境界白 地図のファイルを入手することができるようにした。 (2)主な機能 a. 出力時の条件指定 ・指定した日時現在の市区町村境界を出力することができる ・政令指定都市については、市単位または行政区単位で境界を出力できる ・出力範囲は全国一括または任意の都道府県の組み合わせを指定できる b. 合併の処理 ・自治体間の合体・編入 ・自治体の分割・分立 ・自治体の名称変更 ・町制および市制の施行、郡の変更 ・政令市の施行および行政区の制定 コロプレスマップ(階級区分図)作成作業効率化ツールの開発と運用 c. データ更新 ・市区町村境界地図DBと配置分合DBを入力すると、データベースに市区町村境 界地図が登録される。 ・市区町村境界地図DBのみ、配置分合DBのみの更新にも対応する。 (3)ツールのインターフェイスおよび使用方法 本ツールのインターフェイスは、図4に示す通りである。ユーザが WEB ブラウザを用 いて所定のサーバにアクセスし、日時・政令市の出力方法・出力範囲・保存先を指定する と、30 秒から 1 分程度(全国を対象とした場合)で指定した任意の時点の市区町村境界地 図を含む圧縮ファイル(zip 形式)がダウンロードされる。この zip ファイルを解凍すると、 mapmaker-[指定日付].shp と、これと組み合わせられる dbf、shx、prj の各ファイル、お よび出力設定内容が記載された readme.txt ができる。 図 4.MRI Map Maker のインターフェイス 作成:三菱総合研究所 なお、「MRI Map Maker」は、下記の環境で動作する WEB システムとして開発した。 サーバ:下記の環境下で動作する。 ・OS:Fedora Core 3 ・RDBMS:Postgre SQL / PostGIS ・HTTP サーバ:Apache ・GIS ソフト:Map Server 121 122 技術レポート Technical Report クライアント:下記の WEB ブラウザ上で動作する。 ・Internet Explorer 6 / Internet Explorer 7 ・Firefox 2.0 2.4 統計データ集計ツール「MRI Union Tool」 (1)機能概要 全国地方公共団体コードないしは都道府県・郡・市町村・区名と、データ部から構成され る統計データを、任意の年月日における市区町村構成に合わせて集計を行うツールを実現 した。 (2)主な機能 a. 入力ファイル 全国地方公共団体コード(5桁でもチェックディジットを含む6桁でも可)、ない しは都道府県・郡・市町村・区名と、データ部を含む csv ファイルないしは xls ファ イル。データ部の列数は問わない。 b. 条件指定 ・時点自:入力ファイルの基準日。この条件に指定された日時を、以下では期初日 とする。 ・時点至:時点自の時点以降の任意の日。この条件で指定された日時を、以下では 期末日とする。 ・マッチングキー:集計を行う際に、配置分合 DB の全国地方公共団体コードか都 道府県名 - 区名のどちらを用いて合併状況を判断するかを指定する。同一のコー ドないしは都道府県名 - 区名が配置分合 DB にない場合には、県内の全市区町村 のリストが表示され、ユーザがその中から合致する市区町村を指定する。 ・集計モード:合計値ないしは平均値を選択できる。 c. 出力ファイル ・期初整形データ .xls 入力ファイルに含まれる全国地方公共団体コードもしくは都道府県名 - 区名につ いて、配置分合 DB 内の期初時点で有効な全国地方公共団体コードもしくは都道 府県名 - 区名の同一のものがあるかどうかを判定した結果からなるファイル。同 定した全国地方公共団体コードおよび都道府県名 - 区名、同定結果(同一レコー ド有、同一レコード無、ユーザにより同定可、同定不可)、集計可否(候補なし、 分割・分区、政令市移行が検出された場合は集計不可)に関する情報からなる。 ・集計後データ .xls 期末日の全国地方公共団体コード、都道府県名 - 区名および集計後の統計データ からなる。 ・期初・期末全国地方公共団体コード対照表 .xls 期初日時点と期末日時点の全国地方公共団体コード変換情報からなるファイル。 コロプレスマップ(階級区分図)作成作業効率化ツールの開発と運用 d. 集計を行わない条件 ・政令市への移行に伴う行政区の指定があった場合、および、分割・分立があった 場合はデータの分割が必要となるが、一意に按分方法を定めることができないた め集計を行わない。 ・都道府県、郡、政令市全体に関する統計値については、集計を行わない。 e. データ更新 ・更新後の配置分合DBを入力する。 (3)ツールのインターフェイスおよび使用方法 「MRI Union Tool」は「Microsoft Access 2003」上で動作する mde ファイルである。ユー ザが mde ファイルをダブルクリックすると、図5の画面が起動する。ここで、時点自、時点至、 出力先、マッチングキー、集計モード、各マッチングキーの格納列、データ部の列を指定す ると、1 ~2分程度(全国を対象とした場合)で指定した出力先に「期初整形データ .xls」 「集 計後データ .xls」「期初・期末全国地方公共団体コード対照表 .xls」が出力される。 図 5.MRI Union Tool のインターフェイス 作成:三菱総合研究所 123 124 技術レポート Technical Report 3.課題と今後の展望 「MRI Map Maker」および「MRI Union Tool」は 2007 年 10 月より三菱総合研究所内で 運用を開始し、多くの研究員によって利用され始めているが、一方で機能面・運用面での課 題が明らかになりつつある。 (1)「MRI Map Maker」の課題 「MRI Map Maker」に関する課題の 1 つ目としては、入手可能な市区町村境界に関する 地図の最も古い基準時点が 1998 年 1 月 1 日であったため、対応期間が 1998 年 1 月 1 日以降 となっている点があげられる。これより前の時点の統計データを用いてコロプレスマップを 作成する際には、「MRI Union Tool」を用いて統計データを 1998 年 1 月 1 日以降の時点に あわせて集計し、その時点の地図と合わせることで対応しているが、この方法では、せっか くの細かい統計情報をまとめてしまうことになり、情報の粒度を大幅に下げてしまうことに なる。いずれ、1998 年 1 月 1 日以前の地形図等を用いて、より古い時点を基準とした市区 町村境界地図 DB を作成するなどして、対応期間をさらに長くしたいと考えている。 課題の2つ目としては、現在のシステムでは 1998 年 1 月 1 日現在の地図を調整したもの を自治体の廃置分合にあわせて統合・分割して任意の時点の地図を作成しているため、例え ば、埋め立てなどによる海岸線の変更や、大字町丁目より細かい単位での市区町村境界の変 更に対応ができていない点があげられる。この課題を解決した正確な地図を作成するために は、各自治体から各時点の地図を取得して市区町村境界地図 DB に反映する必要があり、多 大な費用がかかる可能性があるため、ユーザニーズを見極めた上で対応を考えたい。 (2)「MRI Union Tool」の課題 「MRI Union Tool」に関する課題としては、対応期間が全国地方公共団体コードが制定さ れた 1970(昭和 45)年 1 月 1 日以降となっていることがあげられる。三菱総合研究所ではこ れよりもさらに古いデータを用いることもあるため、可能であればさらに対応期間を遡りた いが、現状の全国地方公共団体コードと枝番による管理方法では対応できないため、独自の 付番ルールを設定し、これに対応するために「MRI Union Tool」を改修する必要がある。また、 廃置分合に関するデータベースも整理されたものがないため、官報などを確認しながら作成 する必要があり、現状では実現は難しいと考えている。 (3)運用面における課題 ツールの運用開始により、コロプレスマップの作成作業は、大幅に省力化された。今後は コロプレスマップの作成数も大幅に伸び、これまでコロプレスマップを作成してこなかった 研究員も作成するようになるだろう。そのような場合に課題となることとして、下記を考え ている。 a. 空間的思考力の不足 コロプレスマップの作成には、地域差に関する仮説を立てて必要なデータを収集し てコロプレスマップを作成し、それを解釈することが必要である。コロプレスマッ プの作成・解釈の経験がないと、不適切なコロプレスマップを作成したり、誤った コロプレスマップ(階級区分図)作成作業効率化ツールの開発と運用 解釈をしたりする可能性もあるため、社内においても研修などが必要であろう。 b. コロプレスマップに関する表現ガイドラインの必要性 適切なコロプレスマップの作成には、塗り分ける際の色の設定などについても、デー タの内容を適切に表現する色調で、かつ、色覚障害者でも容易に判別できるように するなどのノウハウが必要となる。筆者らは、試験的にいくつかのキーワードにつ いてコロプレスマップのためのカラーテーブルを作成した(図6参照)。今後は、 カラーテーブルを活用しつつ、必要に応じて改定を行い、全社で使用できるように 精査しつつ研修を行うなどする必要がある。 図 6.コロプレスマップ用カラーテーブル案 カラーテーブル 激動 格差 将来の明るさ 環境への影響 作成:三菱総合研究所 色覚障害者の見え方 125 126 技術レポート Technical Report 4.おわりに 本論文では、コロプレスマップ作成効率化ツール「MRI Map Maker」「MRI Union Tool」 の開発について報告を行った。2007 年 10 月の社内公開以降、筆者らの予想以上の利用があり、 あらためてコロプレスマップ作成ニーズの大きさを認識した次第であり、三菱総合研究所だ けではなく社会全体でもこのようなニーズがあるものと推察している。「MRI Map Maker」 「MRI Union Tool」はデータベースの著作権の関係などもあり、現在のバージョンの社外へ の公開は難しいが、今後は社外にも両ツールを展開することができれば喜ばしい。 また、両ツールのユーザからは、同様のツールの世界版が欲しいとの声もちらほら聞かれ る。これについては、ツールの改変をしなくとも、地図と DB を入れ替えれば使える可能性 があるので検討していきたい。 2007 年8月には地理空間情報活用推進基本法が施行されたように、2007 年は、地理空間 情報活用推進元年とも言える。今後も、地理空間情報の活用を推進するような便利なツール を開発し、活用を推進していければと考えている。 参考文献 [1] 上江洲朝彦,村山祐司, 尾野久二: 「行政界データベースの構築 1889 年(明治 22)から 2006 年(平 成 18)まで」 『地理情報システム学会講演論文集』15,185-188(2006). [2] 藤田和史,村山祐司,森本健弘,山下亜紀郎,渡邉敬逸:「既存デジタルデータを活用した旧 市区町村境界復元手法‐平成 12 年国勢調査町丁字別地図境域データを利用して‐」『地理情報 システム学会講演論文集』15,143-146(2006). [3] 矢野桂司:「研究・教育のための官庁統計等の GIS 提供システムの構築 - 立命館 GIS(RGIS) の事例(平成 15-16 年度文部省科学研究費補助金・基盤研究(A))」『「大学間連携分散自律型・ 地理データ基盤システムの開発研究」報告書』,129-138(2007). [4] 「行政区画変遷 WebGIS」(http://giswin.geo.tsukuba.ac.jp/teacher/murayama/boundary/) [5] 独立行政法人統計センター「地図で見る統計(統計 GIS) 」 (http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/ toukeiChiri.do?method=init) [6] 情報政策研究会: 『全国地方公共団体コード』,第一法規社. 128 研究ノート Research Note 研究ノート 環境配慮商品における購買層の特性と 環境性能の価値評価に関する調査研究 古木 二郎 宮原 紀壽 山村 桃子 要 約 環境性能を高めた環境配慮商品は、プロダクト・アウトの観点から開発されるこ とが多く、十分な市場の獲得、環境性能向上に応じた付加価値の獲得ができないも のが多い。そこで、環境配慮商品の購買層を中心として、その消費者の特性、彼ら が好む商品イメージ、環境性能に対する消費者の値付けについて、アンケート調査 を実施した。 環境配慮商品の購買層も一様ではなく、いくつかのカテゴリーに分類することが でき、また、カテゴリーごとに好む商品イメージが異なることが明らかになった。 また、環境要素ごとにその環境性能を高めることに対する消費者の支払意思額を、 コンジョイント分析によって推計した。これらの結果から、環境配慮商品の特性ご とに、ターゲットの選定、ターゲットにふさわしい商品イメージの形成、価格戦略 などについて示唆が得られた。 目 次 1.環境配慮商品の需要に関する仮説 2.環境配慮商品の購買層の特性分析 2.1 消費者を対象としたインターネットアンケートの実施 2.2 環境配慮商品の潜在的なユーザー特性の分析 2.3 環境配慮商品に対して消費者が持っているイメージの分析 3.消費者の環境性能への価値評価~コンジョイント分析による評価~ 3.1 評価方法の概要 3.2 3 商品に対する価値評価の結果 3.3 3 商品の評価結果の比較分析 4.今後の展開 環境配慮商品における購買層の特性と環境性能の価値評価に関する調査研究 Research Note Survey and Research on the Characteristics of Target Buyers and Assessment of Environment-Related Performance in Environment-Conscious Products Jiro Furuki, Norihisa Miyahara, Momoko Yamamura Summary Many environment-conscious products with improved environment-related performance are developed from the viewpoint of product-out, and are unable to acquire sufficient market and/or the added value commensurate with their environment-related performance. Under such circumstances, a survey was conducted, with the questionnaire forwarded mainly to target buyers, to determine the characteristics of such consumers, their desired product image and the pricing by consumers with environment-related performance in mind. It has been known that the target buyers of such environment-conscious products are not uniform, but classifiable into several categories, and those of different categories like different product images. In addition, the amount that consumers intend to pay for each higher level of environment-related performance, in respect of each environmental factor, was estimated by conjoint analysis. Based on the results of such research, hints were obtained for the selection of the target, the formation of a product image suited to the target, pricing strategy and so forth. Contents 1.Hypothesis for the Demand for Environment-Conscious Products 2.Analysis of the Characteristics of the Target Buyers of the EnvironmentConscious Products 2.1 Implementation of the Online Survey of Consumers by Questionnaire 2.2 A nalysis of the Potential User Characteristics of an EnvironmentConscious Product 2.3 Analysis of the Image of the Environment-Conscious Products Held in the Mind of Consumers 3.Consumers’Assessment of the Value of the Environment-Related Performance – Assessment by Conjoint Analysis - 3.1 Outline of the Valuation Method 3.2 Result of the Valuation of 3 Products 3.3 Comparative Analysis of the Result of the Valuation of 3 Products 4.Future Development 129 130 研究ノート Research Note 1.環境配慮商品の需要に関する仮説 「環境配慮商品」とは、商品のライフサイクル(原料調達、製造、流通・販売、消費、廃棄後) の環境負荷が低い商品である。また、WWF(世界自然保護基金)への寄付など、商品の販 売益の一部が環境保護等に還元される商品も、環境配慮商品と言える。また、商品を財だけ でなくサービスまで含めると、エコツアー、フリーマーケット、リサイクルショップなども、 その範疇に含まれると考えられる。 自動車、家電製品から日用雑貨まで、様々な環境配慮商品が製造・販売されている。環境 配慮商品は、既存の商品に代わって販売数が増え、利用機会が増えなければ、実質的な環境 負荷削減にはつながらない。本研究では、環境配慮商品の需要をより的確に把握し、同商品 のマーケティングにつながる分析手法を開発することを目的として、以下の仮説を設定し、 その仮説を検証するために、消費者アンケートを行い、様々な分析を行った。 仮説 1:環境配慮商品の潜在的ユーザーは商品ごとに異なるのではないか 環境配慮商品の購入者、利用者の属性を分析すると、耐久消費財や消耗品、金額の多寡、 利用頻度などにより、潜在的なユーザーの範囲の違いがみえてくるのではないか。 仮説 2:環境配慮商品の環境以外の付加価値やイメージが重要なのではないか 環境配慮商品は、環境配慮や高い環境性能が付加価値であるが、その一方で、価格、品質、 デザインなどの面で制約されている場合が多い。それでも環境配慮商品を購入する動機には、 環境配慮商品に対する、環境以外の付加価値やイメージが大きく作用しているのではないか。 仮説 3:環境性能に対する付加価値認識と購買行動にはギャップがあるのではないか 環境配慮商品の環境性能に対して付加価値を認識していても、購買行動には結びつかない ことが多い。どの性能がどの程度備わっていると購買行動に結びつくのかを把握することが できれば、どのような性能を向上していくことが、商品の売上げや利用機会の増加につなが るかを把握できるのではないか。 環境配慮商品における購買層の特性と環境性能の価値評価に関する調査研究 2.環境配慮商品の購買層の特性分析 2.1 消費者を対象としたインターネットアンケートの実施 第 1 章に示した仮説を検証するため、三菱総合研究所と(株)NTT-X が共同で実施して いるインターネットアンケートサービス「goo リサーチライト」の登録モニター約 29 万人 (2007 年 9 月時点)の中からサンプルを抽出し、アンケート調査を実施した。実施期間およ び回答者数、回答者の基本属性は図 1 の通りである。なお、登録モニターには、壮年層、中 年層が多く、高年層が少ないため、我が国の年齢層分布と合致していないことには、留意が 必要である。 図 1.消費者を対象としたインターネットアンケートの基礎情報 調査期間:2007年9月7日∼10日 回答数:1, 038名 2% 回答者の属性: 男性 48% 女性 52% 7% 26% 青年 (25歳未満) 65% 壮年 (25∼44歳) 中年 (45∼64歳) 高年 (65歳以上) 作成:三菱総合研究所 以下では、仮説 1 の検証に係わる「環境配慮商品の潜在的なユーザー特性の分析」の結果 を次節 2.2 に、仮説 2 の検証に係わる「環境配慮商品に対して消費者が持っているイメー ジの分析」の結果を次々節 2.3 に示す。さらに、仮説 3 の検証に係わる「消費者の環境性 能への価値評価」の分析結果については、次章(第 3 章)に示す。 2.2 環境配慮商品の潜在的なユーザー特性の分析 環境配慮商品の潜在的なユーザーとは、その商品を現在または将来において購入する可能 性のある消費者である。アンケートで把握できる最初の絞り込みは、環境配慮商品であるか 否かにかかわらず、その品目を現在または将来に購入する可能性があり、購入を決定する際 には、自分の意思が反映されるという消費者への絞り込みである。 図 2 は、各商品を購入する際に、どのような意思決定が行われているかを比較したもので あるが、携帯電話では所有する者の個人の意思による場合が 9 割程度だが、自動車では、同 割合は 6 割程度、住宅では 4 割程度である。 131 研究ノート Research Note 図2.商品購入時の意思決定方法 自動車 携帯電話 おむつ 住宅 給湯器 旅行パック(宿泊施設等) 電球・蛍光灯 ボールペン トイレットペーパー 洗濯洗剤 衣類・タオル・ハンカチ等 食材 0 20 40 60 80 100 (%) ほぼ自分一人の意見で決めるもの 家族等と意見を出し合うが、自分の意見が重視されるもの 家族等と意見を出し合うが、自分以外の家族等の意見が重視されるもの 自分の意見はほぼ考慮されないもの 今後購入・利用する可能性もないし、これまでに購入・利用したこともないもの 作成:三菱総合研究所 一方、図 3 は、購入の意思決定権をもつ回答者に対して、商品購入の際に何を重視するか について尋ねたもので、トイレットペーパーの例を示しているが、購入者のエコ度* 1 により、 重視する基準が異なっていることがわかる。また、図 4 に示すように、商品によっても環境 配慮・環境性能の重要性や購入基準は大きく異なっている。 図3.エコ度による商品特性ごとの購入基準(トイレットペーパーの例) (%) 100 トイレットペーパーの購入基準 エコ派 非エコ派 80 60 40 20 性 久 耐 新 製 品 0 価 格 デ ザ イ 機 ン・ 能・ 色 性 能・ サ メ ー ー ビ カ ス ー・ ブ ラ ン ド・ 環 産 境 地 配 慮・ 環 境 性 大 能 き さ( 重 さ・ 容 売 積 れ ) 行 き・ 売 れ 筋 132 作成:三菱総合研究所 * 1 ライフスタイルに関する設問への回答結果をもとに、消費者の環境配慮度合を数値化したもの。 環境配慮商品における購買層の特性と環境性能の価値評価に関する調査研究 図4.商品ごとの環境配慮・環境性能の重要性 環境配慮・環境性能を重視するとした回答者の割合 19% 自動車 3% 携帯電話 17% おむつ 32% 住宅(戸建・集合マンション) 31% 給湯器 12% 旅行パック (宿泊施設等) 29% 電球・蛍光灯 11% ボールペン 46% トイレットペーパー 47% 洗濯洗剤 13% 衣類・タオル・ハンカチ等 35% 食材 0 10 20 30 40 50(%) 作成:三菱総合研究所 このような結果をもとに、回答者を、個々の商品ごとに、 「商品購入の意思決定者」や「環 境配慮・環境性能を重視する意思決定者* 2」に限定し、各回答者の年齢、性別、所在地、家 族構成などの属性との傾向を分析することで、環境配慮商品の潜在的なユーザーの特性を分 析することができる。さらに、消費者のライフスタイルとの関係を分析すると、環境配慮商 品ごとに、ユーザーの生活志向や商品購入志向の傾向を把握することができる。 表 1 は、商品選択に関係があると考えられるライフスタイルを整理したもので、これらラ イフスタイルへのあてはまり度のデータから因子分析を行い、エコ度と好奇心を因子軸とし て設定した。 *2 「環境配慮・環境性能を重視する意思決定者」とは、商品購入の意思決定者のうち、購入・利用する商 品等を選択する際に、 「環境配慮・環境性能」を重視する回答者を指す。 133 134 研究ノート Research Note 表1.商品選択に関連すると考えられるライフスタイル ライフスタイル 適合者の愛称 環境に配慮した生活をするためにどのような工夫ができるか知りたい 環境配慮生活者 多少高くても環境に配慮した商品を選ぶ エコ消費者 環境や社会に配慮する企業・お店の商品や株式を購入したい グリーンコンシューマー 自然エネルギーの活用に興味がある(太陽光発電など) 自然エネルギーシンパ 自然と親しむのが好きだ 自然愛好家 健康的な生活をするためにどのような工夫ができるか知りたい 健康生活者 多少高くても健康に配慮した商品を選ぶ 健康配慮消費者 健康管理には気をつけている(適度な運動や定期的に健康診断を受けるなど) 健康管理好き 食生活には気をつけている(有機野菜や科学添加物の少ない食品を選ぶなど) 食生活重視 ヨガや東洋医学、アロマテラピーなどに興味がある ヨガ東洋アロマ好き 気に入った商品があれば、家族や友人にその良さを知らせたり、購入をすすめる 口コミ好き 自己を高めることに関心が高いほうだ 自己研鑽家 世の中の物事に対して広く関心があるほうだ 広い関心 経済的な豊かさよりも心の豊かさが大切だ 心の豊かさ重視 地域活動やボランティア活動に取り組みたい 地域ボランティア 総じて価格重視で安いものを選んでいる 価格重視 商品を買う前にいろいろと情報を集めてから買う 情報比較好き 多少高くても無名メーカーの商品よりは有名メーカーのものを選ぶ 有名ブランド志向 新しい商品やお店を開拓するのが好きだ 新しいもの好き 好きな分野やこだわりのある分野では出費を惜しまないほうだ こだわり出費 作成:三菱総合研究所 回答者の中から環境配慮商品の購入者ごとに、エコ度と好奇心を尺度とした散布図にプ ロットすると、図 5 に示すように、ハイブリッド車や電気自動車の購入者は、エコ度の高い 消費者が多い傾向にあるが、芯の交換が可能なボールペンの購入者は、エコ度や好奇心の有 無、強さとの傾向はみられないことがわかる。 図5.環境配慮商品購入者のライフスタイル特性の分析例 ハイブリッド車・電気自動車購入者のエコ度・好奇心 2.0 芯の交換が可能なボールペン購入者のエコ度・好奇心 エコ度 3 1.5 2 1.0 0.5 -2 -1 0 -0.5 -1.0 -1.5 -2.0 -2.5 -3.0 -3.5 作成:三菱総合研究所 エコ度 1 1 2 3 好奇心 -3 -2 -1 0 -1 -2 -3 -4 1 2 3 好奇心 環境配慮商品における購買層の特性と環境性能の価値評価に関する調査研究 2.3 環境配慮商品に対して消費者が持っているイメージの分析 環境配慮商品に対する消費者全体のイメージと、消費者のうち実際に環境配慮商品を購入 した消費者のイメージを比較し、購入動機に結びつくイメージの分析を行った。分析には、 双対尺度法を用いた。双対尺度法では、商品とイメージの距離で、そのイメージの強さを表 すことができる。 図 6 は、アンケート回答者全員をサンプルとして、各商品と商品に対するイメージの強さ を示したものである。一方、図 7 は、実際に各商品を購入したことがある回答者をサンプル として、各商品と商品に対するイメージの強さを示したものである。 2 つの図を比較すると、ソーラーシステムやハイブリッド自動車・電気自動車などでは、 消費者全体と購入者に限定した場合とで、ほとんどイメージに差はない。しかし、バイオマ スプラスチックを使用した携帯電話(図中では、バイプラ携帯電話)では、消費者全体では、 かっこいい、高級感のある、先進的な、技術が優れているなどのイメージが強いが、実際の 購入者には「温かみのある」というイメージの方が強くなっている。 このような分析から、消費者に響く効果的なイメージ戦略を検討することができる。また、 このような分析は、開発者、販売事業者として、伝えたいイメージが伝わっていない場合に は、いかにそのイメージを伝えるかという検討の出発点となる。 図6.環境配慮商品とそのイメージ(回答者全体) 1.2 高級感 のある 面倒な 1.0 布おむつ 0.8 先進的な 0.6 ソーラーシステム 0.4 0.2 ハイブリッド車・ 電気自動車 -1.0 -0.5 技術が優 れている バイプラ 携帯電話 かっこいい 温かみのある 余計な -0.6 オーガニックコットン 1.0 0.5 個性的な 堅実な -0.4 -0.8 作成:三菱総合研究所 有機農産物 0 -0.2 古めかしい 安心できる 話のネタになる 親しみやすい 再生紙トイレット ペーパー フリーマーケット リサイクルショップ 品質が落ちる どこにでもある 1.5 135 136 研究ノート Research Note 図7.環境配慮商品とそのイメージ(環境配慮商品購入者) 2.5 2.0 バイプラ 携帯電話 1.5 1.0 先進的な ハイブリッド車・ 電気自動車 技術が 優れている -0.5 -1.0 かっこいい ソーラーシステム 0.5 安心できる 0 高級感のある -0.5 有機農産物 -1.0 作成:三菱総合研究所 古めかしい 話のネタになる 温かみのある 0.5 オーガニック コットン 堅実な 個性的な 面倒な 布おむつ 1.0 再生紙トイレット ペーパー 品質が落ちる 親しみやすい フリーマーケット 余計な どこにでもある リサイクルショップ 1.5 環境配慮商品における購買層の特性と環境性能の価値評価に関する調査研究 3.消費者の環境性能への価値評価~コンジョイント分析による評価~ 3.1 評価方法の概要 ( 1 )価値評価の対象とする品目 評価対象とする品目の選定にあたっては、以下の観点から、3 品目を選定した。 ・ インターネットアンケートで対象とした環境配慮商品(20 品目)に含まれる品目と した。 ・ 日用品、耐久消費財、サービス財(嗜好品)など、様々なタイプの商品を 1 品目ずつ 選定した。 ・ 属性に対して複数の水準を具体的かつ現実的に設定しやすい品目を選定した。 その結果、日用品として「トイレットペーパー」、耐久消費財として「戸建住宅」、サービ ス財(嗜好品)として「ホテル宿泊プラン」の各品目を対象として選定した。 ( 2 )分析手法 本研究では、消費者の環境性能への価値を計測するにあたり、人々に選好を尋ねることで 価値を計測する表明選好法の 1 つであるコンジョイント分析(選択型実験)* 3 を用いた。 具体的には、回答者に実際の商品をイメージした複数の選択肢(プロファイル)を提示し、 どの選択肢を選ぶかを回答させた。選択肢は複数の項目(属性)から構成されており、その 項目の一部に環境性能を含む環境配慮の項目を含めた。例えば、環境配慮を行うと、一般の 商品性能に対して何らかの制約を与え、環境配慮を行わない商品よりも商品性能が劣る場合 もあり得る。このため、商品によっては、環境配慮が消費者にプラスの効用を与えない可能 性もある。 ( 3 )選択肢の設定 アンケートでは、各品目について「基本商品」と、それに対してグレードアップを行った 商品(2 種類)をランダムに提示した。基本商品とグレードアップの考え方は、図 8 の通り である。このような考え方にもとづき、グレードアップを行う項目(属性)とレベル(水準) については、それぞれ表 2 の通り設定* 4 した。 *3 コンジョイント分析は、計量心理学の分野で誕生し、その後、主にマーケティングや交通工学などの分 野で研究が進められた手法である。コンジョイント分析は質問の形式によりいくつかの手法があるが、こ こでは「選択型実験」を用いた。選択型実験は、複数の商品の中から 1 つの商品を購入する消費者の 行動に近い質問形式となっているとともに、ランダム効用モデルと呼ばれる効用理論にもとづいた分析が 行われることから、経済理論との整合性が高いという利点を持っており、効用の貨幣化を行うのに適し ていると考えられる。 *4 各品目とも属性と水準の数から多くの組み合わせ(プロファイル)が存在するが、推定が効率的に行われ るよう、直交計画を用いて各 16 種類のプロファイルを作成し、それぞれ商品 A および商品 B に割り当て を行った。1 人の回答者に対して各品目 4 回ずつ質問を行うため、 調査票は 4 つのパターンが必要となった。 137 138 研究ノート Research Note このような選択肢の設定にもとづき、実際の調査票では次の質問によって、回答者が 3 つ の商品の中から購入する商品一つを選択する。 ●●について、あなたはお店で以下のような【基本商品】を購入しようと思って、 お店に行ったものとします。ところが、お店の売り場を見たところ、この【基本商 品】をもとにグレードアップされた【商品 A】および【商品 B】が並んでいました。 あなたは、これら 3 種類の商品のうち、どれを購入しますか。 図8.基本商品とグレードアップの考え方(トイレットペーパーの例) 【基本商品】 【オプション】 ○紙の質は「パルプ100%」 ○紙の質は「再生紙50%」もしくは「再生紙100%」に変更 ○形態は「芯なし」もしくは「破れにくい薄紙素材」に変更 →1ロール当たりの紙量が増えることで、交換頻度が減少する。 ○形態は「芯あり」 ○表面は「通常」 ○「国産無名メーカー」 ○ウォシュレット対応は「なし」 ○価格は12ロールで300円 ○表面は「エンボス加工」に変更 →肌触りが柔らかくなる。 ○メーカーは「国産大手有名メーカー」に変更 ○ウォシュレット対応は「あり」に変更 →濡れても破れにくい素材とし、ウォシュレットトイレでも使いやすい。 ○価格は、上記オプションに対して「+50円」 「+100円」もしくは 「+200円」のいずれか。 作成:三菱総合研究所 表2.属性と水準 品目 属性 紙の質 トイレット ペーパー (12 ロール) 水準(太字下線が基本商品) バージンパルプ 100%/再生紙 50%/再生紙 100% 形態(ロール当たり長さ) 芯あり/芯なし/芯あり固まき 表面加工 エンボス加工なし/エンボス加工あり ブランド 無名メーカー/大手有名メーカー ウォシュレット対応 ウォシュレット対応なし/ウォシュレット対応あり 価格(300 円) + 0 円/ + 50 円/ + 100 円/ + 200 円 耐震性能 免震装置なし/免震装置あり オール電化対応 オール電化キッチンなし/オール電化キッチンあり 戸建住宅 太陽光発電 (2 階建て、 床面積150㎡) 断熱性能 防犯性能 太陽光発電なし/太陽光発電あり 通常レベル/外張り断熱を装備 通常レベル/防犯合わせ複層ガラス、玄関指紋認証あり 価格(建物 2,000 万円) + 0 円/+ 200 万円/+ 400 万円/+ 600 万円/+ 800 万円 ホテル 宿泊プラン (1 泊 2 日) 夕食の食材 通常/地元食材メイン/地元食材+有機食材メイン 部屋(1 室 2 名利用) 洋室(30 ㎡)/和洋室(50 ㎡) 個室露天風呂 個室露天風呂なし/個室露天風呂あり エコアメニティ エコアメニティなし/エコアメニティあり エコツアー エコツアーなし/エコツアー(オオタカ見学)あり 価格(10,000 円/人) + 0 円/+ 2,000 円/+ 5,000 円/+ 10,000 円 作成:三菱総合研究所 環境配慮商品における購買層の特性と環境性能の価値評価に関する調査研究 3.2 3 商品に対する価値評価の結果* 5 ( 1 )トイレットペーパー 推定結果の詳細はここでは省略するが、すべての属性が有意となったわけではなかった。 影響力を持った属性は「再生紙 100%」「芯なし」「エンボス加工あり」の各属性であり、い ずれも価格に対してプラスと符号条件も満たしている。これらの各属性について、基本商品 の価値に対するプラスの価値を推定した結果は、表 3 の通りとなった。 表 3 で示した数値は、基本商品の価値を 100 とした時の付加価値を数値化したものである。 例えば、 「再生紙 100%」の付加価値が 29.7 ということは、再生紙 100%の商品は、基本商品(パ ルプ 100%)の商品に対して約 1.3 倍の価値に相当することを意味している。また、 「芯なし」 の付加価値も 29.7 であることから、「再生紙 100%」と「芯なし」の付加価値が同水準であ るという解釈も可能である。 各変数についてみると、 「再生紙」については「再生紙 50%」の変数が有意とはならず、 回答者は再生紙割合の違いに影響されるのではなく、再生紙 100%かパルプ 100%かといっ た二者択一によって、トイレットペーパーを選択している可能性がある。また、1 ロール当 たりの長さが長くなることによる交換頻度の減少を「芯なし」と「芯あり固まき」の 2 種類 の方法で提示したが、「芯なし」についてのみ有意となった。これは、「芯なし」商品は実際 に多く商品化されていることが影響しているものと推測される。 表3.トイレットペーパーの属性変化に対する付加価値 変数 基本商品の価値を 100 とした時の付加価値(解釈) 再生紙 100% 29.7 再生紙 100%商品は、 パルプ 100%商品(基本商品)よりも+ 29.7%の価値がある。 芯なし 29.7 芯なしの商品は、芯ありの商品(基本商品)よりも+ 29.7%の価値がある。 エンボス加工あり 15.7 エンボス加工ありの商品は、エンボス加工なしの商品(基本商品)よりも+ 15.7%の 価値がある。 作成:三菱総合研究所 ( 2 )戸建住宅 戸建住宅については、すべての属性が 1%水準で有意となった。「耐震性能」「オール電化 キッチン」「太陽光発電」「断熱性能」「防犯性能」のいずれについても、価格に対してプラ スとなっており、符号条件も満たしている。これらの各属性について、基本商品の価値に対 するプラスの価値を推定した結果は、表 4 の通りとなった。表 4 の結果によると、 「耐震性能」 の付加価値が突出しており、 「耐震性能を強化するオプションは、強化なしの商品(基本商品) よりも+ 34.2%の価値がある」と解釈することができる。次いで、 「断熱性能」「太陽光発電」 の順で大きくなっている。 * 5 結果の推定には、離散選択モデルの中で基本的な条件付きロジットモデルを用いた。なお、推定した 各属性のパラメータと価格に対するパラメータとの関係から、各属性の限界的な向上に対する支払意思額 (WTP)についても推定することが可能となる。 139 140 研究ノート Research Note 特に、 「耐震性能」は価格を上回る影響度があり、耐震偽装問題の話題が取り上げられた等、 消費者にとっても非常に関心が高い項目であったことが推測される。また、 「断熱性能」や「太 陽光発電」は省エネに好影響を与える属性であり、結果として電気代の節約等にも寄与する ことから、消費者の関心が高かったと推測される。一方で、「オール電化キッチン」は、今 回の調査票では属性の内容として「火災リスクなし」と「掃除の手軽さ」を示しており、環 境配慮の項目として評価を受けるものとして位置付けていない。 表 4.戸建住宅の属性変化に対する付加価値 変数 基本商品の価値を 100 とした時の付加価値 耐震性能 34.2 オール電化キッチン 9.5 太陽光発電 13.4 断熱性能 17.7 防犯性能 4.6 作成:三菱総合研究所 ( 3 )ホテル宿泊プラン ホテル宿泊プランについては、すべての属性が有意となったわけではなかった。「食事の オプション」 「個室露天風呂」 「エコツアー」が有意(「エコツアー」以外は 1%水準で有意) であり、価格に対してプラスであり、符号条件を満たした。これらの各属性について、基本 商品の価値に対するプラスの価値を推定した結果は、表 5 の通りとなった。 基本商品の価格を 100 とすると、食材のオプションの付加価値は、「地域食材+有機食材」 が 21.1、「地域食材」が 10.9 であった。これは、「通常の食事よりも地域食材を用いた食事 の方が+ 10.9%の価値があり、さらに有機食材も用いた食事であれば、通常の食事よりも+ 21.1%の価値がある」と解釈できる。また、「個室露天風呂」については、基本商品に対し て+ 50%の付加価値があると推定され、突出した結果となった。以上より、食材や個室露 天風呂といった一般的な宿泊プランの属性が、環境配慮を意識した属性よりも相対的に高い 価値として認識された結果となった。 表 5.ホテル宿泊プランの属性変化に対する付加価値 変数 基本商品の価値を 100 とした時の付加価値 食材オプション(地域食材) 10.9 食材オプション(地域食材+有機食材) 21.1 個室露天風呂 49.3 エコツアー 5.2 作成:三菱総合研究所 環境配慮商品における購買層の特性と環境性能の価値評価に関する調査研究 3.3 3 商品の評価結果の比較分析 商品選択にあたり、各属性がどの程度考慮されているかという点については、次のような 違いがみられた。価格が低く日常的に購入するトイレットペーパーは、購入にあたって「価 格」が大きく影響を与えていた。また、ホテル宿泊プランについては、一般的な属性が環境 を配慮する属性より相対的に大きな影響を与えていた。その一方で、一生に一度購入するか どうかという戸建住宅では、価格を含むすべての属性が、いずれも購入にあたっての決定要 素として大きく影響を与えていた。 ここで、回答機会を与えられた 4 回の選択型実験のすべてにおいて基本商品を選択した回 答者の割合について確認すると、戸建住宅が最も少なく 15.8%であったのに対し、トイレッ トペーパーは 33.7%という結果となった。 以上のことから、商品選択における各属性の考慮のされ方について、商品の価格帯と購入 頻度から推測すると、トイレットペーパーのように価格帯が低く、日常的に購入する商品に ついては、消費者は商品属性の水準の違いのうち、価格を中心とした影響力の大きい属性に 絞って判断しているものと推測された。一方で、戸建住宅のように価格帯が高く、購入頻度 の少ない商品については、商品属性の水準の違いを多面的に捉えた上で購買判断を行う傾向 があると推測された。 表 6.選択型実験においてすべて基本商品を選択した回答者の割合 トイレット ペーパー 戸建住宅 ホテル 宿泊プラン 33.7% 15.8% 24.2% すべて基本商品を選択した回答者の割合 作成:三菱総合研究所 4.今後の展開 本研究では、インターネットアンケートを用いて、様々な環境配慮商品の潜在的なユーザー 特性や、環境配慮商品のイメージ、環境性能への価値評価の分析を行った。今後は、研究対 象とする商品群を限定し、より詳細な分析の可能性を検討するとともに、ユーザー特性やイ メージ、価値評価などが、環境問題の顕在化や社会の変化に伴って、どのような方向にシフ トしていくかについても研究を進め、環境配慮商品の開発普及に向けた政策提言やコンサル ティングへと展開していく考えである。 141 142 研究ノート Research Note 参考文献 [1] Forest L. Reinhardt :“Down to Earth”Harvard Business School Pr(1999). [2] 庄子康,栗山浩一編:『環境と観光の経済評価-国立公園の維持と管理-』,勁草書房 (2005) . [3] Louviere et al:“ Stated Choice Methods: Analysis and Application. ”Cambridge University Press(2000). 謝辞 本稿第 3 章の研究にあたっては、庄子康氏(北海道大学大学院農学研究院 森林政策学研 究室 助教)のアドバイスをいただいており、この場を借りて感謝の意を表したい。 144 筆者紹介 筆者紹介 日本企業の研究開発と設備投資 ~研究開発の経営戦略化の実証分析~ 永野 護 名古屋市立大学大学院教授,三菱総合研究所客員研究員. Mamoru Nagano 専門は国際金融論. 亀井 信一 科学・安全政策研究本部 先端科学研究グループ,主席研究員. Shin-ichi Kamei 専門は分子科学,ナノテクノロジー,科学技術政策論,システム分析. 近藤 隆 科学・安全政策研究本部 先端科学研究グループ,主任研究員. Takashi Kondo 専門は科学技術政策,応用情報技術. 日本企業のコーポレート・ガバナンスと研究開発投資 ~日本の製薬産業と電気機械産業を中心に~ 酒井 博司 政策・経済研究センター,主席研究員. Hirotsugu Sakai 専門は計量経済分析. 亀井 信一 科学・安全政策研究本部 先端科学研究グループ,主席研究員. Shin-ichi Kamei 専門は分子科学,ナノテクノロジー,科学技術政策論,システム分析. 八尾 滋 科学・安全政策研究本部 先端化学研究グループ,主席研究員. Shigeru Yao 専門は高分子材料,機能材料,計算機科学. MISP:サービスの革新的企画手法 坂尾 知彦 スウェーデン・リンシェッピン大学教授(Dept. of Management Tomohiko Sakao and Engineering,Professor),三菱総合研究所客員研究員. 専門は industrial management(サービス工学,カスタマイゼイショ ン等),環境工学(環境適合設計等),リスク評価,知的機械システ ム(自己修復機械,自律分散型機械等). 筆者紹介 製品製造業向け体系的システム安全プログラムの提案 土屋 正春 科学・安全政策研究本部 技術安全マネジメントグループ,主席研 Masaharu Tsuchiya 究員. 専門は製品・機械安全,システム工学,電気電子工学. 首藤 俊夫 科学・安全政策研究本部 技術安全マネジメントグループ,主席研 Toshio Shuto 究部長. 専門は製品・機械安全,システム工学,航空工学. 平川 幸子 科学・安全政策研究本部,研究員. Sachiko Hirakawa 専門は安全教育,消費者教育. 石原 嘉一 科学・安全政策研究本部 技術安全マネジメントグループ,研究員. Yoshikazu Ishihara 専門は製品・機械安全,機械工学. 美濃 良輔 科学・安全政策研究本部 技術安全マネジメントグループ,研究員. Ryosuke Mino 専門は製品・機械安全,機械工学. 金融機関向けシステムリスク評価ツールの構築 飯沼 聡 金融ソリューション本部 金融リスク管理グループ,主任研究員. Satoshi Iinuma 専門は情報システム技術,システム監査,セキュリティ. 圷 雅博 金融ソリューション本部 金融リスク管理グループ,主席研究員. Masahiro Akutsu 専門は数理統計学,リスク計量,リスク管理,監査論. 河内 善弘 金融ソリューション本部 金融リスク管理グループ,研究員. Yoshihiro Kawachi 専門はリスク計量,リスク管理,監査論. 地理情報システム(GIS)体制構築コンサルティング手法の開発 中村 秀至 社会システム研究本部 ITS 研究グループ,主席研究員. Hideshi Nakamura 専門は地理情報システム. 145 146 筆者紹介 コロプレスマップ(階級区分図)作成作業効率化ツールの開発と運用 蓮井 久美子 地域経営研究本部 都市・情報研究グループ,研究員. Kumiko Hasui 専門は GIS,地理学. 勝本 卓 社会システム研究本部 国土経営研究グループ,研究員. Taku Katsumoto 専門は環境経済,不動産経済,統計. 林 典之 地域経営研究本部 都市・情報研究グループ,主任研究員. Noriyuki Hayashi 専門は都市計画,地域情報化,GIS. 環境配慮商品における購買層の特性と環境性能の価値評価に関する調査研究 古木 二郎 環境・エネルギー研究本部 資源システム研究グループ, 主任研究員. Jiro Furuki 専門は廃棄物問題,環境経済学. 宮原 紀壽 環境・エネルギー研究本部 政策研究グループ,研究員. Norihisa Miyahara 専門は環境経済学,事業評価,環境の経済評価. 山村 桃子 環境・エネルギー研究本部 資源システム研究グループ,嘱託研究員. Momoko Yamamura 専門は環境経営学,企業価値評価,システム・ダイナミクス. [編集担当] [査読者] 本多 均 本多 均 平本 充 野口 和彦 野口 和彦 比屋根 一雄 中村 秀臣 中村 秀臣 今野 水己 小松原 聡 小松原 聡 佐野 紳也 三嶋 良武 三嶋 良武 村上 文洋 平石 利昭 平石 利昭 石川 健 奥山 伸弘 奥山 伸弘 野呂 咲人 武藤 覚 亀岡 誠 三菱総合研究所 所報 49 号 発 発 行 日:2008 年 5 月 31 日 行:株式会社三菱総合研究所 〒100-8141 東京都千代田区大手町二丁目3番6号 電話(03)3270-9211〔代表〕 http://www.mri.co.jp/ 発行・編集:中原 豊 印 刷:エム・アール・アイ ビジネス株式会社 定 価:5,250 円(年 2 回発行 消費税込み) 弊社への書面による許諾なしに転載・複写することを一切禁じます。 Printed in Japan, Ⓒ Mitsubishi Research Institute, Inc. 2008 3-6, Otemachi 2-chome, Chiyoda-ku, Tokyo 100-8141, Japan Tel.(03)3270-9211 http://www.mri.co.jp/ *この印刷物は、環境に配慮しFSC認証用紙を使用しています。 この印刷物は、環境に配慮しFSC認証用紙を使用しています。印刷インクには アロマフリータイプ大豆油インキを使用し、印刷は、アルカリ性現像液やイソプロ ピルアルコールなどを含む湿し水が不要な「水なし印刷方式」で行っています。