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省エネルギー型排水処理法としての 伏流式人工湿地

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省エネルギー型排水処理法としての 伏流式人工湿地
試験場だより
省エネルギー型排水処理法としての
伏流式人工湿地ろ過システム
加 藤 邦 彦 * 1 はじめに
本報告では伏流式人工湿地システムの仕組
みや効果、浄化のメカニズム、今後の可能性
伏流式人工湿地は、砂利などの資材で汚水
などについて大まかにご紹介したいと思いま
をろ過して浄化するもので、1980 年代以降
す。
に主に生活排水の低コスト処理法としてヨー
ロッパを中心に世界に普及してきた新しい技
2 人工湿地の種類と植物の役割
術です。筆者らは、2005 年以来、有機性排
排水処理手法として用いられる人工湿地
水を北海道の冬季も含めて通年浄化できる伏
(Constructed wetland)には表面流式(Free
流式人工湿地システムを開発してきました
water surface flow)と伏流式(Subsurface
(加藤ら 2009、加藤ら 2010、井上ら 2010 など)
。
flow)があります。伏流式には汚水を地表面
搾乳牛舎からでる酪農雑排水(写真1)を始
に散布して垂直(縦)方向にろ過する好気的
めとして、デンプン工場廃液、養豚場ふん尿
な垂直流(Vertical flow)方式(縦型濾床)と、
などの生活排水の 10 倍~100 倍以上の高濃度
浅い地下水として水平(横)方法にろ過する
有機性排水、あるいは、農業排水路や公園施
嫌気的な水平流(Horizontal flow)方式(横
設の2次処理水など生活排水の 10 分の1よ
型濾床)があります(図1)
。
り薄い低濃度の有機性排水など、広範な有機
伏流式は、表面流式よりも面積あたりの浄
性排水を浄化しています。
化能が高く、濾材を通して汚水をろ過するた
写真 1 最初の伏流式人工湿地システム(酪農排水処理用・北海道別海町 K 牧場)
*
(独)
農研機構 北海道農業研究センター
63
3 開発したシステムの仕組み
寒地で高濃度の有機性排水を通年浄化する
には、目詰まりと凍結の防止という課題があ
りました。それらの課題を解決するため、汚
水を効率的に分配する方法や水に浮かぶ人工
軽石(スーパーソル)の活用、凍結を回避す
るバイパス構造などの独自の考案をしまし
た。
伏流式人工湿地システムの流れ図の例を図
図 1 人工湿地の種類
2に示しました。垂直流濾床には、汚水を間
め冬季でも凍らずに浄化能が持続できるとい
欠的に供給するための重力を利用する自動サ
う特長があります。縦型濾床はアンモニアな
イホンを用いています。筆者らの自動サイホ
どの窒素成分を好気性微生物の働きで硝酸に
ンはフランスの人工湿地に利用されていたも
変化(硝化)させ、横型濾床は嫌気性微生物
のを改良しています(図3)。自動サイホン
の働きにより硝酸を窒素ガスに変化(脱窒)
には2つの働きがあります。1つ目は、短い
させて空気中に放出します。縦型と横型を組
時間で汚水を撒くことにより濾床全体に水を
み合わせたのがハイブリッド伏流式人工湿地
撒くという働きです。また、2つ目は汚水を
であり、窒素浄化能力が高いシステムとして
撒かない時には1滴も水を流さずに濾床を乾
期待されています。
かすという働きです。この自動サイホンが伏
筆者らの開発した人工湿地システムもその
流式人工湿地においてまさに心臓のように働
多くは、段々畑のように配置した酸化的(好
き続けます。
気的)な垂直流(縦型)濾床と還元的(嫌気
垂直流濾床(縦型濾床 V)にはタイマー付
的)な水平流(横型)濾床を組み合わせたハ
きのポンプで排水の一部を循環させる濾床
イブリッド方式です。
伏流式人工湿地の濾床に
は一般にヨシを植栽するの
でヨシ濾床(reed bed)と
も呼ばれます。ヨシの主な
機能は、芽や茎による濾床
の目詰まり軽減、冬季の断
熱層、水質浄化を促す微生
物や小動物の生息場の提供
などで、浄化のためにヨシ
などの植物を刈り取る必要
はありません。
図2 伏流式人工湿地システムの流れ図(別海町 N 農場の例)
64
通じて色も臭いも減少しています(写真2)
。
酪農排水やデンプン工場排水、養豚場排
水など道内の6カ所の施設における有機物
(COD)やアンモニアの処理水質の平均値を
図4に示しました。濾床を通過するごとに
汚水は次第に浄化されていきます。COD が
50,000mg/l を超えるデンプン工場廃液でも
5段後には酪農排水の原水レベルになりま
す。これをさらに4段浄化すれば、一般の放
図3 自動サイホンの改良
(Vr)もあります。循環により濾床の面積当
流基準を満たすようにできます。
このように、
目標とする水質に合わせて段数を調整して設
計することができます。
たりの浄化効果を向上することが可能になり
人工湿地システムによる水質浄化効果は、
ます。
有機物とアンモニア態窒素の面積あたりの減
4 システムの浄化効率
少 率 で あ る OTR(Oxygen Transfer Rate=
流量×
{ 0.5(CODin-CODout)
+4.3(NH4-
伏流式人工湿地システムでは、ろ過が進む
Nin-NH4-Nout)
}
/面積)という指標を使っ
過程で原水から処理水に向かって段々と汚水
て評価できます。我々のシステムについて、
が浄化されていきます。最終処理水は年間を
OTR を使った浄化効率のデータを図5に示
写真2 システムの処理水(別海町上春別 K 牧場の例)
図4 段々の濾床による処理水質の平均値(左縦軸:酪農排水以外、右縦軸:酪農排水)
65
写真3 ヨシとミミズ
図5 濾床の種類と浄化効率
す。また、目詰まり回避以外にも冬季の断熱
しました。
層や微生物の住処などとして働きます。植物
浄化効果が大きい順に、縦型・循環(Vr)
による養分吸収の浄化に占める割合は 10%未
>縦型(V)>横型(H)で濾床の種類に対
満で、浄化のために植物を刈り取る必要はあ
応しています。また、面積当たりの負荷が大
りません。
きいほど OTR が大きくなる傾向があります。
窒素の浄化は、主に微生物の働きによる硝
OTR の世界的な標準値は 28[gO2/m2/d]程
化(NH4+ → NO3- )と脱窒(NO3- → N2)の
度です(Cooper 2005)。しかし、我々のシ
組合せにより進みます。また、これに加えて
2
ス テ ム で は OTR が 50~150[gO2/m /d] を
嫌気性アンモニア反応(anammox 反応)と
超える例も多くあります。これは目詰まりを
いう NH4++NO2- → N2+2H2O で表される微生
回避できる仕組みを備えていることに依りま
物の働きもあることが判ってきました。これ
す。OTR が大きいということはより狭い面
らの働きにより有機態の窒素やアンモニアは
積で効果的に汚水を浄化できることを示して
窒素ガスとしてシステムから空中に消失しま
います。その結果、より低コストで人工湿地
す。
を設計・施工することができます。
リンはシステムに徐々に蓄積していきま
5 浄化のメカニズム
汚水の浄化は、物理的なろ過、化学的な吸
着、生物的な分解の組合せで行われます。物
理化学的なろ過や吸着は冬季に安定的に発揮
す。リンは炭酸カルシウム等の資材により吸
着して必要に応じて農地還元することができ
る仕組みも用意しています。
6 伏流式人工湿地システムの広がり
され、有機物はシステムに蓄積します。夏季
これまでに筆者が相談を受けた伏流式人工
には物理化学的な作用に加えて、溜まった有
湿地による水質浄化施設を図6に示しまし
機物をミミズや微生物の働きで分解します。
た。
冬に貯まった宿題を夏に片付けるという具合
伏流式人工湿地システムは、低濃度の面源
です。
負荷の浄化から高濃度の点源汚水の浄化まで
ヨシなどの植物に期待する最も大きな役割
広範な濃度の有機性排水処理に応用されつつ
は、有機物による目詰まりを回避することで
あります。
66
図6 伏流式人工湿地システムによる水質浄化施設
農業河川の水質浄化を目的に、水生生物
(主
に魚類)の行動を妨げないように考案した魚
道併設型の伏流式人工湿地システムの実証試
験を豊富町が、豊富町稚咲内において行って
います。
また、北海道立地質研究所などにより酸性
鉱山廃水処理にも実用化が進められつつあり
ます(笹木ら 2009)。
7.今後の課題
写真4 利用可能な花卉や果樹の検討
伏流式人工湿地システムの開発と普及にた
今後の課題として、寒冷地から温暖な地域
くさんの皆さんが参加して、それらの課題が
まで、さらに様々な汚水の浄化に向けて広範
解決されることが期待されます。
な取り組みが期待されます。
また、浄化システムの一部できれいな花や
8 おわりに
おいしい果実を栽培するなど、単に汚水を浄
当システムは、有機性排水処理向けの施設
化するだけでない魅力を加えるための検討も
として用いられる場合、共同で開発した民間
大切です(写真4)。
企業の株式会社たすくの家次秀浩社長により
また、浄化メカニズムの科学的な解明や検
さいぼん(SAIBON)システムと名付けられ
証、さらなる浄化効率の向上など今後も多く
ました。盆栽(BONSAI)のように手の込ん
の課題があります。
だ人工的自然であるとのイメージからです。
67
ま た、 盆 栽(BONSAI) と 同 様 に SAIBON
道農業研究センターの関係者の皆様に大変お世話
システムも Made by Japanese であることも
になりました。記して心より感謝申し上げます。
ほのめかしています。
伏流式人工湿地システムは、さらに多くの
人が関わることで改良が重ねられ、豊かな自
然環境の形成に寄与する技術として、広く世
界に普及することが期待されます。
[謝辞]
伏流式人工湿地浄化システムの開発と検証にあ
たり、現地の酪農家の皆様、デンプン工場の皆様、
養豚場の皆様など、ユーザーの皆様に大変お世話
になりました。また、共同研究や普及を進める北
海道大学大学院農学研究院の井上京先生を始めと
する土地改良研究室の皆様。株式会社たすくの家
次秀浩様・北川勝治様、株式会社セテスの野原広
光様、環境エンジニアリング株式会社の佐々木仁
様、株式会社中山組の滝沢秀樹様、株式会社リー
ドネットの横田岳史様などの民間企業の皆様。日
本大学文理学部の(故)宮地直道先生とその学生
の皆様、東北大学の中野和典先生、岩手県立大学
の辻盛生先生、遠別町役場の冨田邦彦様・野々村
正樹様、豊富町役場の大須賀浩様、北海道立根釧
農業試験場の木場稔信様、および、農研機構北海
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【引用文献】
Cooper P. (2005). The performance of vertical
flow constructed wetland systems with special
reference to the significance of oxygen transfer
and hydraulic loading rates. Water Science and
Technology, 51(9), 81 - 90.
井上京・加藤邦彦・家次秀浩・横田岳史・木場稔信・
Pradeep Kumar Sharma・ 長 澤 徹 明(2010) ヨ
シ濾床ハイブリッド伏流式人工湿地システムの
開発-高濃度の畜産排水を経済的に浄化する-.
ARIC 情報 No98、p.31 - 37
加藤邦彦・井上京・家次秀浩・木場稔信(2009)
酪農パーラー排水処理のための伏流式ヨシ濾床
人工湿地システム.畜産技術、6 月号、p.32 - 37
加藤邦彦・井上京・家次秀浩・木場稔信・富田邦
彦(2010)酪農・畜産排水処理のための人工湿
地システム . 農家の友、5 月号、p.104 - 106.
笹木圭子・堀修・荻野激・高野敬志・遠藤祐司・
恒川昌美・平島剛(2009)北海道上ノ国人工湿
地における重金属処理-重金属の土壌への固定
形態と土壌微生物の役割-、素材・資源学会論
文集、125 巻、p.445 - 452
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