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工学系先端領域
アカデミック・ロードマップ
Abstract
1. Introduction
The basic policy of the Advanced Engineering Research Academic Roadmap Working Group is as follows:
Research and development is generally promoted in line with the needs of the times. If so、 it is difficult to
increase the accuracy of forecasts without assuming the state of society in the year 2050、 even if we
develop a road map. Based on this point of view、 the committee first discussed what problems society
would encounter in 2050、 and finally assumed the following social situations would arise.
Aging society with declining birthrate
Japan will have an ultra-aging society in the year 2050 where one in three people will be 65 years old or
over. In such an ultra-aging society、 two problems will arise. One is the problem caused by a decline in
productivity in line with the decrease in the young working population、 and the other is the problem
concerning livelihood support for the elderly. To cope with the former issue、 the automation of production
processes and inspection and diagnosis processes will be an important issue. To cope with the latter、 such
keywords as advanced information technology of living spaces、 advanced exercise support technology for
the elderly、 and furthermore、 advanced technology in medical treatment and care support systems will be
important.
Energy problem
The problem of oil depletion becomes more of a real possibility. Two methods of dealing with such an
energy problem can be considered. One is the method of low consumption and highly efficient equipment
design to reduce the need for oil. The other is a method of developing technology for alternative energy
sources.
Environmental problems
The global environmental problems associated with global warming will no doubt come to the fore more
and more in the future. How to monitor and deal with such change in the global environment will probably
be a more pressing problem than today.
Taking such social situations in 2050 into consideration、 the committee has selected the three words of
Comfort (C)、 Safety (S) and Green (G) as keywords that clearly express these situations from the
viewpoint of the activity of social life. The following wishes are put into each respective keyword.
Comfort (C): We want to live comfortably、 even assuming there is an aging society with a declining
birthrate、 and energy and environmental problems.
Safety (S): We want to ensure safety、 even assuming there is an aging society with a declining birthrate
and environmental problems.
Green (G): We want to secure green energy、 even assuming there are energy and environmental
problems.
Ⅲ-1
工学系先端領域WG報告書目次および執筆者
章節
タイトル
執筆者
Abstract
工学系先端領域WG報告書目次および執筆者
1 工学系概要
2 サービス
頁
内山隆
Ⅲ-1
-
Ⅲ-2
金子真
Ⅲ-3
-
2 1 安全安心ロボティクス
山田陽滋
Ⅲ-10
2 2 やわらかいロボットシステム
則次俊郎
Ⅲ-14
2 3 未来の産業用ロボット
小林政己
Ⅲ-18
2 4 未来のサービスロボット
田中雅人
Ⅲ-21
2 5 個人モビリティ拡張システム
鎌田実
Ⅲ-24
2 6 人間の能力拡張(運動、退社、感覚)
小林宏
Ⅲ-27
2 7 バイオサイエンスとロボット
佐久間一郎 Ⅲ-31
3 センシング&知能
-
3 1 3次元ビジョン・人間をみる
沢崎直之
Ⅲ-33
3 2 ローカライゼーション 技術
倉爪亮
Ⅲ-36
3 3 物体操作(マニュピレーション)のためのモデル化技術
池内克史
Ⅲ-40
3 4 環境構造化による行動認識
中内靖
Ⅲ-43
3 5 ネットワークロボット
下倉健一朗 Ⅲ-47
4 ヒューマノイド
-
4 1 ヒューマノイト(゙移動技術)
梶田秀司
Ⅲ-51
4 2 ヒューマノイド(全身運動)
杉原知道
Ⅲ-55
5 ロコモーション&マニュピレーション
-
5 1 ロコモーション
小森谷清
Ⅲ-58
5 2 マニピュレーション
小俣透
Ⅲ-62
5 3 ロボットのエネルギー
曽根理嗣
Ⅲ-66
5 4 高分子アクチュエータ(人工筋肉)
安積欣志
Ⅲ-71
5 5 生体適合(融合)材料、メカ
八木透
Ⅲ-75
5 6 過去50年のロードマップ
矢内重章
Ⅲ-76
Ⅲ-2
金子真(大阪大学)
1. 工学系先端領域 WG
1.1
概要
はじめに
工学系ARM委員会における基本方針は以下の通りである。研究開発は一般にその時代のニ
ーズに沿った形で進められる。そうだとすると 2050 年に遭遇している社会を想定することな
しにロードマップを描いても予想確度を高めることはむつかしい。このような点を踏まえ、
本委員会では最初に 2050 年における社会がどんな問題に遭遇しているのかという点を議論し、
最終的に以下の社会的状況を取り上げた。
少子高齢化社会:
日本は 2050 年に、人口の3人に1人が65歳以上という超高齢化社会に突入する。このよう
な超高齢化社会では、二つの問題が顕在化する。一つは若手労働者人口の減少に伴う生産性
低下が引き起こす問題、もう一つは高齢者の生活支援に関する問題である。前者に対処する
には生産工程及び検査診断工程の自動化が重要な課題となる。また後者に対処するためには、
生活空間の高度情報化技術、高齢者の高度運動支援技術、さらに医療・介護支援システムの
高度化技術といったキーワードが重要となる。
エネルギー問題:
石油枯渇問題がさらに現実味を帯びてくる。このようなエネルギー問題に対しては二つの対
処方法が考えられる。一つはいかにして石油エネルギーを節約するかという低消費・高効率
機器設計に関する対処法で、もう一つは石油代替エネルギーの利用技術開発による対処法で
ある。
環境問題:
地球温暖化に伴う地球規模の環境問題は今後ますますクローズアップされてくることは間違
いない。このような地球環境の変化をどうモニタリングし、どう対処していくのか、今日よ
りもさらに切実な問題となっていることが予想される。
このような 2050 年の社会的状況を踏まえ、それらを社会生活の営みという観点から端的に表
わすキーワードとして快適(C)、安全安心(S)、効率(G)の3つを選定した。これらのキ
ーワードにはそれぞれ次ぎのような願いが込められている。
快適(Comfort;C)←少子高齢化社会、エネルギー問題、環境問題が想定される中において
も快適に生活したい。
安全安心(Safety; S)←少子高齢化社会、環境問題が想定される中においても安全・安心を
確保したい。
効率(Green;G)←エネルギー問題、環境問題が想定される中においても緑を確保したい。
図1は以上をイメージ図に描いたものである。なお、工学系において原稿を執筆していただ
いた方々(敬称略)とそのタイトルは以下の通りである。
Ⅲ-3
池内克史(東大):操作のためのモデル化技術(C)
鎌田実(東大)、岡部康平(東大):個人モビリティ拡張システム(C)
小俣透(東工大):マニピュレーション(C、 S)
梶田秀司(産総研):ヒューマノイド(移動)(C、G)
倉爪亮(九大):ローカライゼーション(C)
小林宏(東理大):人間の能力拡張(運動、代謝、感覚)(C)
小林政巳(川崎重工業):未来の産業用ロボット(C、 S)
小森谷清(産総研):ロコモーション(C、G)
佐久間一郎(東大):バイオサイエンスとロボット(S)
沢崎直之(富士通):3次元ビジョン・人間をみるとは?(C、 S)
杉原知道(九大):ヒューマノイド技術(全身)(C)
下倉健一郎(ATR):ネットワークロボット(C、 S)
曽根理嗣(JAXA):エネルギー(C、G)
田中雅人(安川電機):未来のサービスロボット(C、 S)
中内靖(筑波大):環境構造化による構造認識(C、 S)
則次俊郎(岡山大学):やわらかいロボットシステム(C、 S)
八木透(東工大):生体適合(融合)材料、メカ(C、S)
安積欣志(産総研):高分子アクチュエータ(人工筋肉)(S、 G)
山田陽滋(産総研):安全安心ロボティクス(S)
なお、執筆者をアレンジいただいた担当者として稲葉雅幸(東大)、佐久間一郎(東大)
両先生にもご協力いただいたことを付記しておきます。 ここで C、 G、 S はそれぞれ Comfort、
Safety、 Green の視点で原稿がまとめられたことを表わしている。また全体的な技術の発展
進化の様子を流れ図として図2に示しておくので参照されたい。
Ⅲ-4
<図1:
工学系先端領域イメージ図>
Ⅲ-5
防犯&テロの抑制
社会システムの制御
?
日常&非構造化環境
( Semantic RT )
RTの分散&環境化による空間制御
行動&意図認識による監視
Saf et y
2050年
こんにちは
ロボットは社会の潤滑剤
( aa&bb )
(xx, yy)
Comf or t
限定&構造化環境
(Syntactic RT)
ARM2008 ― 工学系WGイメージ図
燃料&Li系電池を中心に
ハイブリッド化&分散化
インフラ化による
生活環境維持&制御
Gr een
産 業ロボット
<図2:
マニピュレーション
Ⅲ-6
ヒューマノイド
技術進化樹形図(システム技術)>
個人モビリティ
1960
電動車両
・車椅子
・電動スクータ
・電動アシスト自転車
静歩行
動歩行(実験レベル)
準静的マニピュレーション
ロボット重量:160kg
剛体ロボット
コンプライアンス制御
電気・油圧・空気圧アクチュエータ
教示再生(現場教示)
・駆動系電動化
・ロボット言語
要素技術開発
・ナビゲーション
・ハンドリング
高把持力ハンド
2007
安定化制御
Door to Door
小型軽量化
歩行:2km/h
走行:7km/h
階段昇降
4cm程度の不整地歩行
全身協調制御
可搬重量:10kg
高速ハンド
ウェアラブルパワーアシストロボット
双腕ロボット
2025
自律走行
Bed to Bed
状況適合車体変形
歩行:5km/h
走行:30km/h
受動歩行
自然不整地歩行
3次元的全身作業
人間親和型行動制御
可搬重量:30kg
パワーアシストウェア
人工筋義手・義足
流体アクチュエータ
全面触覚センサ
高速ビジョン
ソフトアクチュエータ
熟練作業自動生成
・人の動作理解
・熟練作業動作プログラム生成
施設内サービスロボット
・管理者のもと実用化
・サービスコンテンツ開発環境
教示再生(オフライン教示)
・動作速度・位置精度向上
・センサ補正
専用サービスロボット
・掃除ロボット
・食事介助ロボット
・癒し系ロボット
パワーアシストインナーウェア
筋肉再生
サイボーグ
2050
意図推定
Indoor to Outdoor
装着型車体
歩行:10km/h
走行:60km/h
ハードル走
超人移動能力
アクロバティック運動制御
超人行動計画
可搬重量:100kg
人工筋
人工皮膚
高度状況判断熟練作業ロボット
・状況理解
・複雑ハンドリング
家庭内サービスロボット
・意図理解
・人の道具の使いこなし
Comfort
工学系系統図(システム技術)
Safety
Green
サービス
ロボット
超人身体能力
センシング
<図2:
ロコモーション
Ⅲ-7
生体適合
材 料・
メカ
技術進化樹形図(構成技術)>
エネルギー
1960
モデルベース3D認識
短距離移動
・有線電力伝送
・二次電池
剣山型電極
筋電制御型義手・義足
人工臓器
床面ガイド
内界センサによる位置同定
実験室ナビゲーション
三角測量方式距離センサ
人検出
機能安全ロボット要素技術
2007
長距離移動
・非接触電力伝送
・高容量・出力化電池
BMI
カーソル制御
環境構造化・社会基盤整備
GPS, RFID, LRF, Vision
2025
オンデマンド電力供給
・分散型エネルギー貯蔵
・高密度・薄型化電池
脳直結型義手・義足
体内埋込型デバイス
一般物体認識に基づくSLAM
未整備環境ナビゲーション
実時間距離センサ
実時間3Dモデリング
2050
セルフ・エネルギー・メンテナンス
・社会インフラ型エネルギー貯蔵
・集約化エネルギー貯蔵
化学反応エネルギー源
バイオ・神経インタフェース
有機デバイス・ソフトアクチュエータ
セマンティック位置同定
記憶と推論による位置同定
不整地・人間共存環境
ナビゲーション
セマンティックモデリング
記憶と推論によるモデリング
3D実世界モデリング
意図理解
セーフティ・マネキン
自己修復機能
挙動認識・予測
就職するロボット
集合知による安全アセスメント
安全ソフトアクチュエータ
体内埋込機器
安全規格標準化
SLAM
外界センサによる位置同定
屋内ナビゲーション
飛行時間距離センサ
3Dモデル生成
顔検知・注視方向検出
人の異常行動監視
人間共存ロボット
安全規格標準化
工学系系統図(要素技術)
Safety
Green
安心安全
ロボティクス
Comfort
2.2050年の技術に向けたチャレンジ課題(11テーマ)
2050 年の技術を検討する際、多種多様な技術課題が挙げられる。ここではそれらの中で特徴
的かつ興味深い課題に関してまとめ、その概要を示す。
①.ピコオーダ微小駆動システム
サブナノメートル(pm オーダ)の計測精度と閉ループ位置決め精度を有する超精密駆 動制御
技術。可動範囲がcmオーダの多自由度小型卓上ナノステージ、ナノロボット システムや多
足マイクロロボットの関節駆動ユニットなどに応用される。
②.高効率・大出力アクチュエータ
最大出力10kW/kg級(2007年の100倍程度)のアクチュエーション性能を持ち、
超重量物運搬が可能な大出力システムや、家事等の複雑な作業が可能な高効率な超多自由度
システムを構成可能にする。
③.RT 用エネルギー
エネルギーの残量やバッテリの交換に煩わされることなく、日常生活のどのような環境下に
あっても、安全かつ快適に使用可能な電源を中心に設計されるエネルギーシステム
④.次世代 CPU
現在のようにシリコンチップであるかどうかは予測できないが、1 チップに 100 ~1000 個程
度のプロセッシングコア、オンチップネットワーク、大容量(GB オーダ)のオンチップ不揮発
性メモリ、GPU 機能、画像・音声処理機能、その他 あらゆる入出力インタフェースを集積し
た SoC (System-on-Chip)が実現され る。単品の CPU というものはなくなっているかマイナー
になっている可能性が 高い。また、お互いを超高速通信リンクで接続し、超高性能の大規模
分散シス テムが構築される。その際、1 チップ当たり PFLOPS オーダの演算能力と 1 リンク 当
たり Pbps オーダの通信が実現されている。数千プロセッサ(数百万コア)の 大規模分散シ
ステムのトータル性能は EFLOPS (Exa FLOPS)オーダに匹敵する。
⑤.運動及び制御系創発
非線形力学に基づいて、ロボットの運動を「引き込み現象」として創発させる。制御周期を
1msec とし、If-then のアルゴリズムを用いるのではなく、リアルタイムな計算によって情報
処理を行う。
⑥。セマンテック RT
不完全で部分的な誤りを含む指示に対しても、抽象化、一般化と具象化、文脈に基づく推論
により合目的行動を自動計画し、事前知識を持たない人間の場合と同等の精度、確度で、要
求された目標を実現できるRTシステム
Ⅲ-8
⑦.環境適応 RT
地球上、宇宙と様々な活動環境に対して適応するソフトウェア機能及びハードウェア技術。
ソフト的には、想定外の環境に対する事前知識からの推論に基づく環境認識理解とパラメー
タ推定技術(パラメータと言う概念は無いかも知れないが)。またハード的には主に温度変化
への対応で-100~150[℃]の環境下で動作する CPU、IC、基板技術と熱制御(冷却技術)。
⑧.高速・高解像度ビジョン
時速500Km のリニアモーターシステムの先端に取り付けてトンネル内の1mmの傷が検出
可能。具体的には100万枚/秒の画像処理能力を有するビジョンシステム
⑨.空間知能化
生活空間内で利用される全ての日用品の位置姿勢を 1cm/1°精度で把握できる技術。
ならびに、日用品・生活機器の利用状況から人の行動意図を理解できる技術。
⑩.バイオサイエンス RT 及びインプラント治療
DNA やタンパク質一分子を自在に操作するナノバイオ研究用マニピュレータ(位置決め 精
度:0.1nm)や、細胞と MEMS/NEMS 技術の融合による体内治療診断素子や人工臓器を 開発。
⑪.人間の能力拡張
肉体を酷使する作業でも難なくこなせるウェアラブルロボット技術。また、どんな障害を持
っていても、生きている限り、健常者と同じように自分の意志で動き、自立した生活ができ
るようになるウェアラブルロボット技術。
Ⅲ-9
Ⅲ-10
1960
効果
現在の技術
2007
■Safety
□Green
パーソナルケアロボット
パワーアシストロボティック
セーフティPLC・センサ・デバイス
•人間との共存を前提としたパーソナルケア
ロボット,パワーアシストロボティック機器の
安全規格が国際標準化時期を迎える.
•セーフティPLC/セーフティセンサ/セーフ
ティバス/セーフティ無線等,機能安全に
基づくロボットの要素技術が充実しつつある.
•人間の異常行動を監視するRTの実用化が
始まる.
•AGVやパワーアシスト等の人間支援ロボット,
さらに,比較的小型の情報サービスロボット
(案内ロボ)や2足歩行ロボ)がそれぞれの
(小)市場を形成し始めている.
■Comfort
安全安心ロボティクス
テーマ
工学系融合
山田陽滋
執筆者
領域
ソフトアクチュエーター
自己修復機能
ロボット保険
•体内埋めこみロボティック機器の標準化
が始まる.
•RTのためのセーフティなソフトアクチュエ
ータが要素技術として実用可能になる.
•高ディペンダビリティのロボット,安全関連
部に自己修復機能等ソフトウェアの機能
安全を備えたロボットが登場する.
•ヒューマンエラー警報器が普及する.
•事故データマイニングが進む.
•医療ロボットによる事故が社会問題にな
る.
•ロボット保険が中規模市場を形成する.
2025年の技術
2025
安全アセスメント
情報構造化
:
セーフティマネキン
•安全の定義がリスクベースから安全ベースに再び
変わる.
•集合知により安全アセスメントの精度が向上する.
•安心が技術に反映してアミューズメント化する.
• 公共インフラの,ロボット稼動のための情報構造化,
および人間行動パターンの標準化が加速的に進む.
•自律ディペンダビリティの技術レベルに到達する.
•一部の高安全2足歩行ロボットも含め,民生用ロボッ
ト
が日常生活空間で仕事をみつけている.
•ロボティクスを利用したセーフティ・マネキンが要所
で活躍する.
2050年の技術
2050
山田 陽滋((独)産業技術総合研究所)
2
サービス
2.1
安全安心ロボティクス
■安全安心ロボティクスとは
「安全」なロボット技術(RT)とは,社会的に許容できないリスクのない,あるいは,個
人がリスクとベネフィットのバランス観点で許容できるロボットや関連技術のことである.他
方現時点で、広く受け入れられている「安心」の定義はないが、平易には,「不安,心配がな
いこと」と定義付けることができ、これは個人の「心」の問題であるといえる。しかしながら、
「心」は現実や社会に対する認識の仕方が反映するものであり、「安心」については、自分を
取り巻く環境に、少なくとも人の信頼感を削ぐ要素が含まれていたら、上記のような精神的な
状態を人は得ることができない。つまり、人にとって環境の一部と化すロボットが、人や社会
の不信感をあおるような存在であってはならない。
最後に、「安全安心」と続いた場合を考えると、「安全」が、被る危害の対象を個人の身
体的な傷害あるいは財産の損失としている以上、実世界以外を議論の対象とすることは考えに
くく、また、「安心」が一頻りの精神状態を指す、ということも同様に考えにくい。したがっ
て、「安全安心」なロボティクスとは、実世界を対象とし、人や社会に不安やリスクを与えな
いロボットやロボティックな技術、あるいはそれらを体系づけた学問、と定義づけることがで
きる。バーチャルに束の間の安心感を与えるような技術をこれに含むかどうかは、議論の余地
があるが、悪意をもって、人を騙したり人に不健康をもたらすようなロボットの進出に対して、
社会は慎重でありたい。
■安全安心ロボティクスの意義
社会に導入される個々のロボットや関連技術(以下 RT)は、持続的な社会の発展に寄与す
べき人工物としては、安全であることが不可欠な技術要件である。また、それぞれのロボット
が安全であるだけでなく、信頼のおけるディペンダブルなものとなれば、ロボットと呼ばれる
人工物群は、社会に安心な存在として定着していくことであろう。ここで、ディペンダブルと
は、安全性のほかに、信頼性、保全性やアベイラビリティ(可用性)、コンフィデンシャリテ
ィ(機密性)、インテグリティ(リスク抑制の完全性)を表す IT 分野発祥の用語であるが、
RT 分野においてはさらに広く捉え、人のメンタリティや感性をも考慮して、RT が人に種々の
サービスを提供する際のユーティリティ性能の程度を表す言葉である。
以上から、安全安心ロボティクスを議論し、安全安心な RT の実現を目指す、あるいは社
会に導入することは、RT が社会にそしてよりグローバルにディペンダブルな存在として受容
され、持続的に世界に貢献するために意義深いことであると述べることができる。
■現在
現在のロボット安全に関する話題を取り上げると、まず、人間との共存を前提としたパー
ソナルケアロボット,パワーアシストロボティック機器の安全規格が国際標準化時期を迎えて
いる点が挙げられよう。つまり、安全技術には、社会技術的な観点の議論が不可欠であり、そ
Ⅲ-11
の端的な技術要目が、国際標準化である。その意味では、先行する産業機械安全分野において
普及がすでに進んでいる、セーフティ PLC/セーフティセンサ/セーフティバス/セーフティ
無線等,機能安全に基づくロボットの要素技術が台頭しつつある時季にあると言えよう.すで
に、AGV やパワーアシスト等の人間支援ロボット,さらに,比較的小型の情報サービスロボッ
ト(案内ロボ)や2足歩行ロボ)がそれぞれの市場を小さいながら形成し始めている。
安心・セキュリティ分野では、人間の異常行動を監視する RT の実用化がそろそろ始まる時
期にある。
■2025 年頃
この頃には、安全関連要素技術分野が大きな成長を遂げ、低コストで利用可能になっている。
業務用人間共存ロボットの利便性も高く評価されるようになってきており、それらの社会導入
が加速されている。とくに、医療分野の RT は、ネットワーク医療技術の中心に位置づけられ
て大きな成長を遂げている。図中央は、この様子を表している。また、これに呼応する形で、
ナビゲーション医療技術に続いて、体内埋めこみロボティック機器の標準化も進んでいる。医
療業界を中心に、ロボットの消費者期待基準が自ずと上がると予想される。その一方で、医療
ロボットをはじめ、人間共存ロボットが絡む重篤な人身事故の報道が増して、社会的な問題と
して認識されるようになる。また、バイオや環境衛生に絡む倫理・社会問題もクローズアップ
されるようになり、ロボットのベネフィットとリスクの両面が社会常識的に議論されるように
なっている。ロボット保険もすでに中規模の市場を形成しているであろう。
また、一般消費者向けのロボットもサイズやペイロードが一回り大きくなる。安全が一大産
業化するなかで、RT を用いた安全、セキュリティ関連の小物商品が単品的ではあるが爆発的
に売れるようになる。高ディペンダビリティの RT として自己診断のみならず、自己修復が可
能な組み込みシステムが登場して、製造分野や医療分野で活躍するロボットにも導入されるよ
うになっている。とくに、適応・学習、あるいは認識・判断といった、環境の変化や人間個人
にロバストかつ高信頼に対応できる知的ソフトウェアを含んだ RT 技術のシステムについて、
信頼性の範囲にとどまらずアベイラビリティ等広くシステムディペンダビリティの評価をど
のように行っていくかが求められるようになるであろう。安全教育産業もしかりであり、ヒュ
ーマンエラー警報器の導入がさまざまな業界で普及する。自動車業界における安全技術がそろ
そろ新しい世代を迎え、安全分野をリードするようになる。バイオ、ナノ産業における RT 技
術の導入も盛んになる。その反面、この社会動向に沿って、セイフティ・アセッサが量産され、
認証、コンサルティング業務が RT 産業の中で定着するようになる。
ヒューマノイド技術についても、モジュール化が図られて要素単位での利便性、実用性が追
求されるようになり、小型ヒューマノイドの中には、あるいは見せ物の役目から一歩抜け出す
ものが現れるかもしれない。RT のためのセーフティなソフトアクチュエータが要素技術とし
て実用可能になるほか、RT 指向の機能性材料技術、ラピッド・マニュファクチャリング技術
等の周辺技術も、安全の観点から包括的に課題として認識すべき時代になっているであろう。
安心技術については、感性と同じような道を辿って、情報セキュリティ分野や生活支援工学
分野において研究開発が進められるようになっていると予想される。すなわち、社会的な安心
を獲得できるための技術要件に対する体系化や整備が進んだり、あるいは、RT に対する信・
不信の観点から安心のあり方が議論されたりするようになっている。
Ⅲ-12
■2050 年頃
安全の定義がリスク・ベースから安全ベースに再び変わるかもしれない。この頃になると、
集合知により安全アセスメントの精度が向上しており、少なくともロボティクスの分野では、
リスクの定義が現在の安全クリティカル・ベースから、より現実を反映した評価にかなうパラ
メータによって、表現されるようになっているであろう。
2025 年頃には、業務用の RT が先導役となって、安全技術の進展が図られるが、その当時か
ら消費生活品としての RT の安全にも、多大な業界努力が払われるようになり、2050 年頃には、
公共的な RT の安全観点における情報構造化が進められるようになる。すなわち、交通インフ
ラの拡充であったり、これに次ぐロボットインフラ、さらにそれらのための法整備が進むとと
もに、自動車運転免許のように、業務 RT に関わる人間行動パターンの標準化や業務への資格
導入が加速的に進むようになる。図右は、この頃、RT 技術を先導するアミューズメントパー
クのロボットをイメージしたものである。将来的には、医療分野に遅れてであるが福祉分野に
高機能な RT が浸透してくる。2足歩行技術も高安全化が図られ、とくにアミューズメントの
分野がやはり市場を牽引すると思われ、これをイラスト化した。
また、技術的には、ディペンダビリティの議論が、ロボット等の自律化レベルの知能にも入
り込んできて、その技術が具現化する。ロボティクスを利用したセーフティ・マネキンやその
身体の一部が安全クリティカルな用途で活躍するようになり、リスクアセスメントのツールと
して利用されるようになる。
安心と RT との関係性が 2025 年頃に整理されてから、その後は、実用化技術へと進展が試み
られる。それは、医療目的(セラピー)であったりアミューズメント目的であったりする。RT
の中身は、人間や生き物とのマルチモーダルなコミュニケーションであるにちがいない。
Ⅲ-13
Ⅲ-14
則次俊郎(岡山大学)
2.2
やわらかいロボットシステム
やわらかいロボットシステムとは
人間と身近に存在し、人間と協調して働いたり、人間を直接の作業対象とするロボットであり、
人間に対する安全性と親和性を確保するため柔軟性を備えている。ロボットの柔軟性を実現する
方法は、剛体ロボットのコンプライアンス制御による方法とロボット本体に柔らかい素材を用い
て本質的な柔軟性を与える方法に分けられる。
社会的ニーズ
少子高齢化社会において、誰もが安全安心かつ快適な生活を送るためロボットによる支援が期
待される。特に、人間と共存して日常生活や社会参加、福祉・介護、リハビリテーションなどを
支援するロボットの実用化が望まれる。この種のロボットには、人間に対する安全性と親和性が
求められ、これらの要求を満足するためには、ロボットは本質的な柔らかさを備えることが望ま
しい。本質的な柔らかさを確保するためには、ロボット本体ができるだけ柔らかい素材で構成さ
れる必要があり、これを駆動するアクチュエータにも柔らかさが要求される。
やわらかいロボットを実現し、それを上記の人間支援に利用するためには、生体筋に近いアク
チュエータの開発とその応用技術(制御技術)の確立が課題である。
過去の技術
これまでは産業用ロボットが主導的であり、ロボット用アクチュエータとしては、電気モータ、
油圧および空気圧シリンダなどの従来型アクチュエータが中心である。位置制御性能向上のため
高剛性ロボットが使用されている。一方、組み立てやバリ取りなどの接触作業に対応するため、
RCC ハンドなどの受動的弾性要素やサーボ制御によって見かけ上の柔軟性を与えるコンプライア
ンス制御などが提案、実用化されている。また、ロボットアームの軽量化に伴う問題としてフレ
キシブルアームの制御について多くの研究がなされた。
ロボットの福祉介護、リハビリテーションへの応用研究として、マッキベン型空気圧ゴム人工
筋を用いたいくつかのロボットが開発されたが、実用化までには至っていない 1)、2),3)。
2007 年(現在)
産業用ロボットでは、双腕ロボットの登場などにより機能が向上しつつあるが、アクチュエー
タとその制御技術については基本的には従来技術の延長線上にある。
一方、アクチュエータおよびその応用技術について、ソフトアクチュエータの研究開発が注目
され、高分子ゲル、誘電材料(エラストマー)、形状記憶合金、空気圧ゴム人工筋などの研究が
進められている
4)
。これらは将来の人工筋の実現を目指すものと、近い将来の実用化を指向した
Ⅲ-15
ものとに分けられる。形状記憶合金や空気圧ゴム人工筋はすでに実用例も報告され、やわらかい
ロボットシステムを構成する実用的なアクチュエータとして期待されている。例えば、外径 12mm、
長さ 800mm、重量 60g 程度のマッキベン型空気圧ゴム人工筋を 500kPa 加圧時に約 300N の収縮力が
発生する。このように出力/重量比がきわめて大きく、かつ柔軟な空気圧ゴム人工筋は上記社会
ニーズで示した人間支援ロボットのアクチュエータとして有用であり、空気圧ゴム人工筋を用い
たウェアラブルパワーアシストロボットなど、福祉介護、生活支援などへの応用が研究されてい
る
5)、6)
。また、筆者らにより、衣服状の軽量・柔軟なパワーアシストデバイス(パワーアシス
トウェアと呼ぶ)の研究が進められ、ゴムと布素材を用い、それぞれの重量が 115g および 365g
の手首部および肘部パワーアシストウェアが開発されている 7)。
2025 年
超小型・軽量・高出力の電気モータが開発され、柔軟なロボット素材の極小の局部に埋め込ま
れることによりやわらかいロボットシステムが構成される。これらの実用化の可否は柔軟構造物
の運動制御技術の進展状況に依存する。
一方、高分子ゲルなどの機能性材料を用いたアクチュエータの性能はかなり向上するが、依然
として出力や動作速度が低く、それらの応用は一部の医療応用などに限定され、人間と同レベル
の動作が必要なロボットへの利用までには至らない。
これに対して、ゴム人工筋などの柔軟・軽量・高出力の流体(空気圧あるいは液圧)アクチュ
エータの機能と性能が向上し、やわらかいロボット用アクチュエータとして生体筋に近い特性(骨
格筋1cm3あたりの筋力は約 50N)を有する人工筋が実現する。流体アクチュエータの使用におい
て重要なエネルギー源の研究も進展し、小型・軽量・低騒音の高性能ポンプ(最大吐出圧力 300kPa
以上、最大吐出流量 30NL/min 以上、体積 100cm3 以下、重量 500g 以下、騒音 40dB 以下)が実用化
される。
やわらかいロボットシステムの応用として、これらのゴム人工筋を用いた義手や義足が実用化
されるとともに、着用性に優れたパワーアシストウェアが実用化され、高齢者や身体障害者の QOL
の向上に貢献する。安全安心の立場から、これらのパワーアシストウェアの動作圧力はできるだ
け低い(100kPa 程度以下)ことが望ましい。
これらのパワーアシストウェアを効果的に利用するため筋電などの生体信号を用いた人間(着
用者)とロボット(アシストウェア)のコミュニケーション技術の研究が大きく進展する。
2050 年
高分子ゲルなどの機能性材料を用いた人工筋肉がロボット用アクチュエータとして実用化され
る。また、ゴム人工筋などのアクチュエータが進化し、アクチュエータ本体、センサ、エネルギ
ー源、コントローラなどをコンパクトに一体化した生体筋に相当する統合化人工筋(骨格筋1cm3
あたりの筋力は約 50N)が実現する。これを用いて人間と同等の柔らかさと瞬発力、パワーを備え
たやわらかいロボットシステムが実現し、静的動作に加え、打つ、投げる、叩く、ジャンプなど
の瞬発的な動作(例えば、200km/h 近い投球)が可能になる。これは身体動作機能を補助・拡張あ
るいは代行するロボットとして人間と共存する。さらに、柔軟素材で構成されるサイズ可変のロ
Ⅲ-16
ボットが誕生し、バッグやポケットに収納して持ち運びが可能になる.
また、人工筋肉を用いた柔軟、軽量で超薄型のシート型パワーアシストウェアが普及し、各分
野においてパワーアシストの機能を有するインナーウェアの使用が一般的となる。
これと並行して、細胞再生による筋肉再生技術が進展し、身体機能支援するロボット用アクチ
ュエータとしての応用が研究される。これに伴い、再生筋肉の義肢などへの応用が研究され、一
部で実用化される。これにより、局所サイボーグ人間やサイボーグ型ロボットが一般的な研究対
象となる。
このような研究を通して、生体信号(筋電や脳信号)を用いたロボットやパワーアシストデバ
イスの制御が可能となり、必要に応じて人間とロボットの機能の協調と融合が進む。また、人間
とロボットのアイコンタクトなどによる意図コミュニケーションが可能になる。
参考文献
1)橋野 賢ほか:空気圧駆動介助ロボットの開発―抱き上げマニピュレータ―、第5回日本ロボ
ット学会学術講演会予稿集、pp.645-646、1987
2) 則次俊郎、和田力:ゴム人工筋のロボット制御への応用、日本ロボット学会誌、Vol.9, No.4、
pp.502-506、1991
3)則次俊郎、安藤文典、山中孝司:ゴム人工筋を用いたリハビリテーション支援ロボット―第
1報
インピーダンス制御による訓練運動モードの実現―、日本ロボット学会誌、Vol.13,
No.1、 1995
4)長田義仁編著:ソフトアクチュエータ開発の最前線―人工筋肉の実現をめざして―、エヌ・
ティ・エス、2004
5)野崎広和、小林宏、辻俊明、鈴木秀俊:肉体労働支援用マッスルスーツの開発、ロボティク
ス・メカトロニクス講演会講演概要集 1P1-N09、2007
6)則次俊郎:空気圧ゴム人工筋の開発と人間支援ロボットへの応用、日本 AEM 学会誌、Vol.14,
No.2、pp.186-190、2006
7)荒金正哉、則次俊郎、高岩昌弘、佐々木大輔:シート状湾曲型空気圧ゴム人工筋の開発と肘
部パワーアシストウェアへの応用、第 25 回日本ロボット学会学術講演会予稿集 CD-ROM、3I25、
2007
Ⅲ-17
Ⅲ-18
単純
作業
過去の技術
ボードコンピュータ制御の
電動ロボット実用化
(ロボット普及元年)
【技術】
駆動系電動化
コントローラデジタル化
シリアルリンク機構制御
ロボット言語
精神的
苦痛
熟練作業ロボット
教示レス
【技術】
教示レス
視覚・触覚・力覚処理の高度化、融合
人の動作理解
熟練作業の動作プログラム生成
【技術】
位置補正付きオフライン教示
基本性能(動作速度、位置精度)向上
による適用拡大
基本性能向上、センサ補正による
適用拡大
【機能】
熟練動作の自動生成
・肉体的苦痛からの解放(熟練作業)
・精神的苦痛からの解放(単純作業)
2025年の技術
肉体的
苦痛
2025
【機能】
教示再生(オフライン教示)
・肉体的苦痛からの解放(単純作業)
現在の技術
精神的
苦痛
単純
作業
精神的
苦痛
単純
作業
肉体的
苦痛
熟練
作業
2007
熟練
作業
肉体的
苦痛
□Green
熟練
作業
1980年
■Safety
【機能】
教示再生(現場教示)
・肉体的苦痛からの解放
(限定的単純作業)
1960
■Comfort
未来の産業用ロボット
テーマ
効果
小林政己
工学系融合
執筆者
領域
肉体的
苦痛
2050年の技術
精神的
苦痛
高度状況判断熟練作業ロボット
【技術】
熟練を要する複雑ハンドリング
視覚・触覚・力覚処理による状況理解
知能と運動の連携
【機能】
高度判断・推論を要する複雑作業
・精神的苦痛からの解放(熟練作業)
単純
作業
熟練
作業
2050
小林政己(川崎重工業㈱)
2.3 未来の産業用ロボット
未来の産業用ロボットについて
製造業における生産ラインなどで稼働している産業用ロボットが、将来どのようになっているかを予測し
た。現在の産業用ロボットには、垂直多関節型、水平多関節型、直交座標型、パラレルリンク型などの種
類があり、用途に応じて使い分けられている。ここでは主として垂直多関節型ロボットを念頭において未
来予測を行ったが、進化の概念は、その他の形式のロボットにも共通であると考えられる。
社会的ニーズ
少子高齢化による労働者不足や熟練作業者不足などの課題の解決手段として、産業用ロボットは未
来社会においても社会的ニーズが大きな重要な製品・技術であり、さらなる発展を遂げていくであろう。産
業用ロボット発展の主要な方向性の一つは、適用領域の拡大である。単純な作業の自動化から始まった
産業用ロボットの適用は、多種のワークを扱う複雑作業、さらには熟練を要する作業へと、その適用領域
を拡大し続けるであろう。一方、導入の目的・効果から見た場合、別の社会的ニーズが考えられる、すな
わち、これまではロボット化によって作業者を危険や肉体的苦痛・疲労から解放してきたが、今後は作業
者を精神的苦痛・疲労から解放するためのロボット化が求められるであろう。さらに、作業者の働き甲斐
や QoL をより一層向上させたいというニーズも将来高まっていくと考えられる。
2007 年(現在)
1954 年に産業用ロボットの概念が米国で発表されてから 50 数年が経過した。また、ロボットの実用化
が本格的に始まった「ロボット普及元年」(1980 年)からは、30 年余りになる。この間、油圧駆動から始ま
った産業用ロボット実用機は電動化され、コントローラも半導体素子、計算機能力、ネットワーク能力の向
上に合わせて進化してきた。用途面で見ると、普及段階では比較的単純な作業をロボットが代行し、生産
性を高めるとともに、作業者の 3K 環境からの解放、肉体的負担の軽減がロボットを導入する主な目的で
あった。現在は、より複雑な作業、熟練作業への適用に向けた取組みが試みられており、徐々に適用領
域を広げつつある。そのために、動作速度や動作精度などの基本性能を向上させる技術や、複雑な作業
であってもラインを止めずに教示が可能なオフライン教示関連技術(シミュレータ、位置補正、絶対動作
精度向上)、人とロボットの共存を可能にする安全機能に関する開発が行われている。また、近年では精
神的疲労を伴う作業で品質が低下することも問題となっている。
2025 年
2025 年には、現在では自動化が困難な複雑な作業や熟練を要する作業のロボット化が実現し、工場
内においては、単純作業だけでなく熟練作業においても、作業者は肉体的苦痛からほぼ解放される。さら
に、熟練作業のロボット動作プログラムを自動生成する教示レスシステムや人とロボットの共存のための
安全機能が実現され、人が存在する環境下へのロボットの導入が簡単化されている。このロボット導入
の簡単化は、現在ロボット化が進んでいない業界や分野への導入を促進し、中小企業や自動車や電機
以外の一般産業分野にも広くロボットが使われるようになる。また、単に肉体的苦痛だけではなく、精神
的な疲労を伴う作業についても、官能試験による製品検査など比較的単純な作業についてはロボット化
Ⅲ-19
が実現されている。これにより、さらに生産性を向上させるとともに、製品品質の向上・均一性確保にも貢
献する、このような産業用ロボットを実現するためには、教示レス技術、視覚・触覚・力覚処理の融合によ
るマニピュレーションの高度化、人の動作理解(熟練作業、スキル・勘・コツの定量化) とその動作プログ
ラムの自動生成技術、画像認識・理解などセンサ技術の高度化の研究開発が必要である。
2050 年
2050 年には、故障品の修理など、高度な判断や推論を必要とする作業のロボット化が実現する。これ
により、工場内の作業者は精神的な疲労・苦痛を伴う作業から解放される。このような産業用ロボットを
実現するためには、熟練作業を再現するマニピュレーション技術、視覚・触覚・力覚などの融合処理によ
る状況理解、その状況からどのような作業をすべきかを推論する知能、およびその作業を達成するため
にどのような動作をすべきかを推論する技術開発が必要である。
また、これまでは、ロボットによる自動化により、作業者を 3K から解放して、安全性(Safety)や快適性
(Comfort)を向上させてきたが、今後はより積極的に人の QoL 向上を目指した適用開発が求められる。
高度ロボットによる自動化は、ややもすると作業者が遣り甲斐を持って行っていた仕事を奪ってしまう結
果となってしまうことがある。単なる人の代替ではなく、人の能力の補助、拡大によって作業者が楽しく仕
事ができるようになるといった、人の QoL 向上のための適用も、将来の産業用ロボット発展の重要な方向
性の一つであろう。このためには、作業者と一体となって作業することが可能な本質安全設計、ロボットと
作業者の意図を容易に相互理解することができる双方向 I/F、人の QoL モデルを含んだ人間-ロボット
系シミュレーションによるロボット動作自動生成技術などの開発が必要であろう。
Ⅲ-20
Ⅲ-21
■ Safety
効果
・製品レベルに達しているのは、施
設用掃除ロボット,家庭用小型掃
除ロボット,食事介助ロボット,リ
ハビリ支援ロボット、施設内搬送ロ
ボット,ホビー向けロボットと癒し
系ロボット等
専用サービスロボット
要素技術開発:
・双腕を有した移動型ロボットハー
ドウェアが供給可能なレベル.但
しできることは,ごく限られたデモ
マニピュレーション,ナビ
ゲーション,グラスピング等
サービスロボットに必要な要
素技術の個別研究開発段階
・教示に従い作業ができる
・地図情報にもとづき移動が
できる
・タマゴが掴める
現在の技術
ホビー向けロボット,癒し系ロボット
施設内搬送ロボット,
施設内清掃ロボット,家庭用小型
掃除ロボット,食事介助ロボット,
双腕移動型ロボット リハビリ支援ロボット
2007
過去の技術
グラスピング
マニピュレーション
1990
ナビゲーション
1960
未来のサービスロボット
テーマ
□Green
田中 雅人
執筆者
■Comfort
工学系融合
領域
施設内サービスロボット:
サービスコンテンツ
標準化
・ サービスコンテンツ(アプリケー
ションプログラム)開発環境
・ 標準化(知能モジュール、RTミ
ドルウェア、メカニカルインタ
フェース)
家庭内サービスロボット
知能化
多様性(作業、環境):
・指示された作業が不可能な場合は、代替
手段を提示し、指示を仰ぐ。
・人が使用している道具を、使いこなす。
・状況に依存した、曖昧な指示から、人がし
て欲しいこと(作業指示)を理解し、作業手順
を計画し、実行に移す。「あ」、「うん」の呼吸
を理解し、実行できるということ。
・作業を実行中に、想定外の状況が発生し
た場合に、適切に処理して、作業を遂行する
レベル
2050年の技術
2025年の技術
・管理者のいる施設(空港ロビー、
介護施設、博物館、ショッピング
センター等)で、特定のサービス
を提供するレベル
家庭内サービスロボット
2050
施設内サービスロボット
2025
田中雅人(㈱安川電機)
2.4
未来のサービスロボット
サービスロボットとは
人の生活を快適にするロボットや人の安全・安心を守るロボットを、サービスロボットと呼ぶ。
ロボットという言葉はチェコの作家カレル・チャペックによる戯曲「ロッサム・ユニバーサル・
ロボット会社」で最初に使われ、その後空想科学小説、映画やアニメを通して世間一般に定着し
てきた。実際のロボットが世に出る前に、SF的なロボットの概念が先行して広まったため、一
般的には、「ロボット = サービスロボット」と考えられることが多い。
社会的ニーズ
少子高齢化が進行し、労働人口の減少がサービス産業へも影響を及ぼし、人によるサービスが
強く望まれる分野とロボットによるサービスでも受け入れられる分野があることが世の中のコン
センサスとして定着していくであろう。この結果、前者に少ない労働力を割振るために、より機
能の高いサービスロボットへの期待が高まっていると予測される。また、サービスロボットが提
供するサービスの質や、人が期待しているサービスを「あ」、「うん」の呼吸で理解するような、
極めて人に近いインタフェースの実現などが技術課題となってくるであろう。
2006年以前(過去)
産業用ロボットが実用化された直後から著名なロボット工学の研究者や開発者が産業用ロボッ
トの延長線上にサービスロボットがあることを示してきた
1)、2)
。そして、多くのロボット工学研
究者が、サービスロボットの実現を目指して、それに必要な個別の要素技術(マニピュレーショ
ン、グラスピングやナビゲーション、センシングやコミュニケーション等)の研究開発を続けて
きた。その結果、それぞれの研究開発成果を実証するサービスロボットが発表されるに至ってい
るが、研究開発の域を出ているとは言えない状況である。
2007年(現在)
施設や家庭において床清掃を行うサービスロボットや、食事介助、リハビリ支援や操縦型手術
等の医療・福祉分野におけるサービスロボットが実用化されている。しかし、大きな市場を形成
するには至っておらず、如何に市場を拡大していくかが課題である。また、これまでの要素技術
の研究開発成果を統合することにより、双腕を有した移動型のサービスロボットのハードウェア
を開発可能な技術レベルに達してきている。各要素技術の更なる研究開発が必要なことは言うま
でもないが、今後は、これらのハードウェアにサービスコンテンツ(アプリケーション)を実装
していく技術の開発にも重点をおく必要があると考えられる。
2025年
知能モジュール、メカニカルインタフェースの標準化が進み、さらにRTミドルウェアが普及
することが期待される。これにより、アーム、ハンドや移動機構等のようなサービスロボットを
構成する機能部品が、それを制御するプログラムを実装したユニットという形態で供給され始め、
Ⅲ-22
サービスロボットのハードウェアの開発は、必要なユニットをインテグレートする作業に移り代
わり始めているであろう。これに伴い、サービスロボットの開発は、サービスコンテンツの開発
が中心となり、施設(病院、ショピングセンタ、空港ロビーや公共施設等)において、各種のサ
ービスを提供するロボットが普及し始めることが期待される。
2050年
サービスロボットが適用される場が施設から一般家庭にも広がることが期待される。ロボット
の形態は、双腕型移動ロボットだけではなく、2000年初頭には、家電製品と呼ばれていた多
くの物がネットワークと繋がり、ヒューマンインタフェースと自律機能を持ち、サービスロボッ
トと分類されているであろう。このようにサービスロボットが日常的に使われる道具となりえた
のは、ロボットが提供するサービスの質が向上し、更に、人の欲しているサービスを、その場の
雰囲気から、「あ」「うん」の呼吸で理解するヒューマンインタフェースの開発によるものであ
る。サービスロボットメーカーは、他社より優れたサービスコンテンツの開発、更なるヒューマ
ンインタフェースの向上に、その開発資源を投入していることが予想される。
参考文献
1) 加藤一郎:NHK市民大学
ロボットと人間,日本放送出版協会,1987.
2) J.F.Engelberger:ROBOTICS IN SERVICE,THE MIT PRESS,1988.
Ⅲ-23
Ⅲ-24
2007
駆動時間:180分 程度
走行速度:30km/h 程度
車重:50kg 程度
走破性:電動車いす程度
安定性:電動車いす程度
自律性:開発段階
利用環境: Door to Door
電動車いすと同じ
実用化・小型化
車両としては単なる電動車両
モータ制御技術程度
法規対応での最高速度、寸法
電動車両の実現
(ロボット技術無し)
技術醸成 信頼性向上
安定化制御
ニーズ調査
受容性検討
□Green
現在の技術
自動化
電動アシスト自転車
電動スクータ
車いす
1980
□Safety
過去の技術
1960
■Comfort
個人モビリティ拡張システム
テーマ
効果
鎌田 実、岡部康平
工学系
執筆者
領域
高性能化・多機能化
駆動時間:300分 程度
走行速度:60km/h 程度
車重:30kg 程度
走破性:階段昇降,傾斜30度
安定性:全方位の制御機構
自律性:半屋外の自律走行
拡張性:車体変形機構,エアバック
利用環境:Bed to Bed
公共施設への乗り入れ、
人混み環境も自律可能
2025年の技術
環境,規格,法規の整備
状況適合
車体変形
次世代モビリティ社会導入
2025
車人一体化
駆動時間:600分 程度
走行速度:80km/h 程度
車重:15kg 程度
走破性:日常生活環境での自由な移動
安定性:エスカレータで片足立ちも容易に
自律性:一貫した完全自律移動支援
拡張性:体に装着,意図推定,カスタマイズ
利用環境:Indoor to Outdoor
すべての空間での自由な移動
2050年の技術
パワードスーツとの融合
常時密着
日常生活支援
乗り物感覚から服装感覚へ
2050
鎌田実、岡部康平(東京大学)
2.5
個人モビリティ拡張システム
■ 個人モビリティ拡張システム
人間の移動は、通常、歩行か車両に乗ることによってなされる。自動車、バイクをはじめとし
た移動具は古くからあり、それぞれ安全性や環境性能、快適性といったことにおいて、技術の進
歩がみられている。複数人の移動は、自動車等の車両に乗るものとなるが、1 人の移動は、車両等
のほか、車いす等の移動具の拡張、あるいは、ロボットスーツの発展形のような形態も考えられ、
ここではこれらを個人モビリティ拡張システムと定義して、今後の展開を予測する。
■ 社会背景
一度に多量の人を移動させる公共交通が普及した現在、一個人が自由に楽に好きな場所に移
動する手段の開発が進められている。自家用車の大衆化は、交通事故や環境汚染などの社会問
題を引き起こし、安全運転支援や低排出ガスなどの技術開発により環境との調和が図られてい
る。その傍らで、電池性能の向上などにより、電動アシスト自転車や電動スクータなども実用
化され、低速域の歩行代替手段の開発も徐々にすすんでいる。高齢化社会をむかえ、利用環境
を問わず、室内から屋外まで一貫して利用可能な個人モビリティ拡張システムの開発が望まれ
ている。
■ 現状
ロボット技術の発展と相まって、小型で高出力の個人モビリティ拡張システムの開発がはじ
まっている。利用環境が狭い日本では、モビリティの小型化は社会導入において重要な一面で
ある。自動車などの軽量化技術の活用により、既存の電動式移動体も軽量化と小型化がすすむ
反面、移動時の安定性確保が大きな技術課題となる。海外では制御無しには不安定な倒立二輪
型の移動体が段階的に利用されている。国内でも、それらの利用が議論されるとともに、開発
も進んでいる。
国内外を問わず、新機能と交通法規との整合性が懸案事項となっており、新技術の安全性な
どを評価するための規格整備も今後の課題となる。国内における歩行代替となる移動体の機能
は、当面、交通法規の適合により、電動車いす、あるいは、電動アシスト自転車の範疇に留ま
る。小型化などにより駆動時間は向上しているが、気軽に持ち運ぶにはまだ重く、出力も 30km/h
程度である。現状、次世代の個人モビリティ拡張システムは社会導入に向けた技術醸成の時期
にある。次世代型では、フリーライドのサービス実現に向けて、自動駐車などの自律移動機能
をも備えつつある。今後、個人モビリティ拡張システムはサービスロボットの一環で規格化さ
れる可能性が高まっている。
■ 2025 年の予測
環境、法規、規格、保険などの整備がおわり、サービスロボットと時を同じくして、次世代
Ⅲ-25
型の個人モビリティ拡張システムが実際に利用される。充分な性能検証により、公共施設への
乗り入れや、人混みでの自律移動も可能となる。それらの場所では ITS(高度道路交通シス
テム)などの通信技術を活用して、インフラ設備と連携して安全性が確保される。高齢者や身
体障害者などの特定の人々から段階をおって普及しはじめる。
車体本体においては、小型化の技術が成熟しており機構変形の技術開発が盛んになる。駆動
時間の課題は、小型高効率燃料電池の普及などのバッテリー技術の革新によりほぼ解決をみる。
アクティブキャスタなどを用いた全方位の安定性制御や、動的な転倒防止機構、MEMS (Micro
Electro Mechanical Systems)による微少センサが実装され、周囲の状況に適した形態に臨機応
変に変形する。屋内外で活発に動ける小型座椅子のイメージとなる。エスカレータはもとより、
バスや電車への公共交通に乗り入れても安全な拡張システムが検証されはじめる。利便性と安
定性と安全性の関係から、質量 30kg 弱で 60km/h 程の出力を備える仕様は標準となる。
■ 2050 年の予測
身体障害者や高齢者などの日常生活支援に限定されていたパワーアシスト技術が、この頃に
は健常者の利用にまで普及する。乗り物ではなくパワードスーツのように密着して装備する形
態の、車人一体型拡張システムが実用化に入る。室内外を問わず、立ち上がり支援から高速の
移動まで一貫した支援が提供される。
利用者の挙動解析や姿勢制御の技術が飛躍し、転倒防止機能の信頼度が信号機並にまで向上
する。その結果、移動支援は低速域の歩行支援に留まらず自転車の速度域での移動代替にまで
達する。軽量で硬質の材質でなるパワードスーツに車輪を装着させ、スケートやスキーを楽し
む感覚で移動する。移動時はパワードスーツが車体の役割を果たし、人の身体の支えとなるこ
とで、より長時間の移動も支援する。衝突などの危険回避は自動車の予防安全技術が導入され、
完全自動で回避可能となる。転倒や接触時の最終防護として、利用者を包み込むようにエアバ
ックが作動する。技術としては、80km/h 程度の高速域での利用も検証される。
Ⅲ-26
Ⅲ-27
過去の技術
1966
Key word:
能動的補装具,義手,義足
人間動作補助: 補助力は人間の1/2程度
感覚代行技術の黎明期
受動的補装具,義手,義足
人間能力拡張への挑戦開始
健常者用
・人間(健常者)の筋力を補助・維持(筋力は最大
で1/2程度補助): パターン指令.人間の思い
通り,自由自在にはできない.
Key word:
健常者用
・GEが全身型で700kgを持ち上げることを
目指して外骨格装着型ロボットの開発を
試みたが,重量750kg,可搬能力340kg
の片腕ができたのみで,実現には至らな
かった.
2007
現在の技術
□Green
非健常者用
・義手では,筋電により指をある程度思い通りに
動かすことが可能(速度は人間の1/2程度)
・義足では,健常者と同等に走ることが可能(ほ
ぼ完成)
・車椅子生活者の立位・歩行が可能(装着に補助
者が不可欠).また,電動車椅子により,自由に
動き回ることが可能(最大6km/s).
・脳への刺激により視覚代行(明暗程度)
□Safety
非健常者用
・義手・義足は,受動的な物で,義手では
形だけ,義足ではびっこを引いた状態で
歩ける程度
・義足では,健常者と同等に走ることが可
能(ほぼ完成)
・車椅子での移動が可能
1960
■Comfort
人間の能力拡張(運動,代謝,感覚)
テーマ
効果
小林 宏
工学系融合
執筆者
領域
Key word:
誰でも自立生活可能
思い通りに肢体の動作補助が可能
生体信号検出技術
車椅子生活からの解放
人間動作補助: 補助力は人間と同程度
感覚代行技術の発達期
健常者用
・どんな場所でも,思い通りに装着型動作補助装置を制御でき
るようになる.筋力補助だけでなく,負荷を加えることでエネル
ギー消費をコントロールするなども可能となり,健康維持・管理
が自動的にできるようになる
非健常者用
・体内埋め込みセンサ(神経信号を検出),または取り付け型セ
ンサにより,動作意志が検出可能になる.
・車椅子生活者が,車椅子にもなる歩行器により,自由に動き
回れるようになる.
・上記のセンサにより,腕の動きも補助できるようになり,生きて
いる限り自立した生活が送れるようになる
2050年の技術
どこでも,誰でも利用可能
2050
Key word:
健常者用
・人間の思い通りに装着型動作補助装置を制御
できるようになり,装着者に危険でない程度の筋
力補助(最大でも人間と同等の力)が可能となる.
これにより,肉体労働者の重筋作業が軽減し,高
齢者,女性の重筋労働も可能になる.ただし,使
用環境は工場内等に限定される
非健常者用
・体内埋め込みセンサ(神経信号を検出)により,
動作意志をある程度検出.健常者と同程度の速
度で義手や動作補助の制御が可能になる.
・車椅子生活者が,立位・歩行装置を自分で装
着・歩行可能になる
・後天的視覚障害者が,脳への電気刺激により視
覚代行が可能になる
2025年の技術
使用環境は 限定的
2025
小林
2.6
宏(東京理科大学)
人間の能力拡張(運動,代謝,感覚)
社会的ニーズ
超高齢化した未来社会においては、介護者不足を補い、労働者不足を補い、最終的には障害者
でも自立した生活ができるようにするために、ロボット技術に大きな期待が寄せられている。人
間型のヒューマノイドロボットが、人間の日常生活空間内で人間の生活をサポートする技術の追
従が行われているが、コスト、安全性、機能、知能、精神面のケアを考えると、ヒューマノイド
技術がどこまで普及するか分からない。一方、人間の能力を拡張することができ、誰でも生きて
いる限り自立した生活がおくれるようになれば、ヒューマノイドロボットを必要とすることもな
くなり、寝たきりや車椅子生活者への医療費負担も激減すると共に労働力としても期待でき、経
済効果は計り知れない。
2007 年(現在)
人間の運動を直接補助するロボットとして。KazerooniらのExoskeletons1) やロボットスーツ
HAL2
)
がある。これらは、歩行における筋力補助を目的に、基本的には装具のようなフレームを
人間に設置し、そのフレームにモータやピストンで駆動力を与え、装着者を動かしている。これ
らの研究では、関節位置や肢体の寸法、形状が装着者に完全に一致していなければ装着者に違和
感や痛みを与えるため、従来の手作りの装具と同様にオーダーメイドが必要となるという問題が
ある。また、絶対に転倒しないような構造やシステムが実用化に向けて必要不可欠である。介護
者による要介護者の抱き上げを補助するPower assist suit3) やHALL4) と呼ばれるシステムも開
発されているが、介護者用に開発されたものであり、人間に装着した金属フレームを、前者は空
気圧で動かし、後者はDCモータで動かすものである。また、前者は40kg、後者は250kgと非常に
重く、装着も複数人で行う必要があり、日常生活での使用には限界がある。
リハビリや筋力補助を目的に、装具のような外骨格フレームとDCモータから成るシステムを、
筋電により装着者の意のままに動かそうという試みも行われている 5)。この研究では、関節位置や
肢体の寸法、形状が装着者に完全に一致していなければ装着者に違和感や痛みを与えることや、
個人差が大きく、個人によっても様々に変動する筋電の扱いや電極の装着が問題となっている。
また、金属フレームを用いず、McKibben型人工筋肉自体をフレームとして用い、それを人間に装
着して指や肘、腰などの動作を補助する装置も開発されているが 6)、装着者の骨や関節への負担が
大きく、また、フレーム自体の形状が変わるため、人間への装着方法も十分な検討が必要である。
日常生活での筋力補助を目的に、装着しても自由に動けることができる外骨格の構造物に、
McKibben型人工筋肉を取り付け、原理的にはあらゆる動作の補助が可能となる上半身用のマッス
ルスーツが開発されている 7)-10)。これは、空気圧で動かすため柔軟で、水場でも使用でき、簡単
に装着できるため実用性が高く、肉体労働者の動作補助用に実用化の段階に入っている。下半身
用としてアクティブ歩行器 11) があり、これは、全く立てない人でも、転倒の心配なく立って歩け
るようになる装置で、これを使用した直後に足が動き出すようになるなど、極めて優れた成果が
認められており、実用化の段階に入っている。
Ⅲ-28
以上のように、人間の動作補助は可能となっているが、人間が思い通りに制御できるものでは
なく、特定パターンの動作補助となっている。
一方、義手は、筋電により、掴むなどの簡単な操作が健常者と比べると1/2程度の速度で実現で
きている。義足は油圧や板バネを使い、健常者と同等に歩いたり走ったりすることが可能となっ
ている。車椅子生活者は、電動車椅子により、体が自由に動く部位を用いた操作で自在に動き回
ることができ、また、立って歩行動作をさせることが上記のように可能となっており、この訓練
により車椅子からの離脱が期待されている。
後天的な視覚障害者には、脳に直接刺激を与えることで、明暗が分かる程度の視感覚制御が可
能となっている。
2025 年
動作補助装置の操作性・装着性が向上し、健常者、障害者に関わらず、自分で装着し、簡単使
用できるようになる。また、神経信号や筋電などの生体信号検出技術の発達により、動作補助装
置を自在に操れるようになる。ただし、使用場所は、工場や専用設備を完備した施設や自宅で、
あらゆる場所で動作補助ができるわけではない。
脳性理学の発達により、脳への電気刺激により後天的視覚障害者の視覚代行が可能となる。
2050 年
動作補助装置の操作性・装着性がさらに向上すると共に、圧縮空気発生技術や機器の小型化に
より、健常者、障害者に関わらず、誰でもどこでも動作補助装置を使用することができるように
なる。この技術により、障害者は障害者でなくなり、健常者と同等に働くことができ、生きてい
る限り自立した生活がおくれるようになる。。
参考文献
1) H. Kazerooni: Exoskeletons for Human Power Augmentation, IROS2005, pp.3120-3125 (2005)
2) Tomohiro Hayashi, Hiroaki Kawamoto and Yoshiyuki Sankai: Control Method of Robot Suit
HAL working as Operator's Muscle using Biological and Dynamical Information, IROS2005,
pp.3455-3460 (2005).
3) K. Yamamoto, H. Hyodo, and T. Matsuo: Powered Suit for Assisting Nurse Labor, Fluid Power
(Proc. 3rd International Symposium on Fluid Power), SHPS, pp.415-420 (1996).
4) Takeshi Koyama, Maria Q. Feng and Takayuki Tanaka: Wearable Human Assisting Robot for
Nursing Use, Machine Intelligence and Robotic Control, Vol.2, No.4, 163-168 (2000).
5) Kazuo Kiguchi, Ryo Esaki, Takashi Tsuruta, Keigo Watanabe, Toshio Fukuda: An Exoskeleton
for Human Elbow and Forearm Motion Assist, Proceedings of the 2003 IEEE International
Conference on Intelligent Robots and Systems Oct.27-31 Las Vegas, Nevada, U.S.A,
pp.3600-3605 (2003-10).
6) Daisuke Sasaki, Toshiro Noritsugu, Masahiro Takaiwa: Development of Pneumatic Soft Hand
for Human Friendly Robot, Journal of Robotics and Mechatronics, Vol.15, No.2, pp.164-171
(2003).
7) Hiroshi Kobayashi, Taisuke Matsushita, Yusuke Ishida and Kohki Kikuchi: New Robot
Ⅲ-29
Technology Concept Applicable to Human Physical Support -The Concept and Possibility
of the Muscle Suit (Wearable Muscular Support Apparatus)-, Journal of Robotics and
Mechatronics,vol.14 No.1, pp..46-53 (2002).
8) Hiroshi KOBAYASH, Akitaka UCHIMURA, Yujiro ISHIDA, Taichi SHIIBA, Kazuaki HIRAMATSU,
Makoto KONAMI, Taisuke MATSUSHITA, and Yutaka SATO: Development of Muscle Suit for Upper
Body - Realization of Abduction Motion -, Advanced Robotics, vol.18 No.5, pp..497-513
(2004).
9) H.
Kobayashi, Taichi Shiiban and Yujiro Ishida: Realization of All 7 Motions for the
Upper Limb by a Muscle Suit, Journal of Robotics and Mechatronics,vol.16 No.5,
pp..504-512 (2004).
10) 小林宏、鈴木秀俊、伊庭雅弥、長谷川翔: "上肢動作補助用マッスルスーツの肩機構開発と姿
勢制御手法の提案 ",計測自動制御学会論文集
Vol.42
No.4, pp.376~385(2006-4)
11) 尾形正明、唐渡健夫、中山総、辻俊明、小林宏(東理大)入江和隆(ハートウォーカジャパン), “ア
クティブ歩行器の開発” 第12回ロボティクスシンポジア, 1D4,2007.3.15-16
Ⅲ-30
佐久間一郎(東京大学)
(光石 衛(東京大学))
2.7
バイオサイエンスとロボット
未来医療システム(システム技術):未来医療システムとは?
未来医療システムは個々人に優しく適した診断と治療とを行う機能を有するシステム
である。個人の遺伝子情報や体質に基づき、疾病の進行を適切に予測し、疾病の特性に適し、か
つ個人の健康を維持増強しつつ疾病の治療を行うシステムである。
社会的ニーズ:
日本は 2050 年には、人口の 3 人に 1 人が 65 歳以上という超高齢化社会に突入する。
このような超高齢化社会では、生活の質の向上、健康寿命の延伸が求められる。日本は
高齢化先進国であり、診断・治療機器の高度化は焦眉の急である。
2007 年(現在)
CT、 MRI などの高度な 3 次元画像計測機器が開発されている。また、治療には内科、整形外
科などの領域において、健康組織に対する損傷が小さく、疾患部位のみを対象としする精細・正
確な手術の施行により患者への負荷を小さくする低侵襲手術が導入されつつある。すでに商品化
されている手術ロボットシステムとして、内臓系の da Vinci システム(Intuitive Surgical 社)
[1]、整形外科領域の ROBODOC システム(Integrated Surgical Systems 社)[2]がある。この他、
低侵襲用の高機能鉗子、骨搭載型、あるいは、低侵襲な人工関節置換術支援システム、MRI 環境
下で使用可能な手術ロボットシステムの研究・開発が進められている。ただし、医用画像からの
判断や手術ロボットの操作は医師が行う。
2025 年
診断では、心臓など動く臓器に対してもそれをリアルタイムで連続撮影可能な画像撮
影機器が開発される(4 次元画像)。また、体内イメージング機能の高度化により手術中
イメージングが実用化され、各種医用画像を統合して総合的に解析・診断するシステム
が具現化される。また病変組織を生きたままで選択的マーキングすることができる各種分子イメ
ージング用プローブの開発により、より精確に病変部位を術中同定することが可能となる。また
治療手段も超音波、レーザ、衝撃波などのエネルギー照射デバイスからのエネルギーにより患部
を限局的に治療する技術が具体化される。これらの技術により治療は、2007 年が臓器レベル(mm
オーダ)であったのに対し、2025 年には細胞レベル(μm オーダ)となり、非侵襲、低侵襲の局
所高精度治療が実現される。
また、コンピュータシステムをはじめとした支援システムにより診断、治療計画、治療
の一連のプロトコルが電子化・多元化されて管理されることで、診断と治療とが一体化
される。
2050 年
診断は、臓器の形状から病変を診断する形態診断から、臓器の機能まで含めて統合的に計測・解
析して診断する機能診断へと進化する。また治療手段も治療薬の効果をロボットにより位置決め
される超音波、レーザ、衝撃波などのエネルギー照射デバイスからのエネルギーにより、投与さ
Ⅲ-31
れた治療薬の薬効を病変部位周囲のみで増強し局所治療を行う技術や、適切な生体反応を賦活す
ることで治癒を促進する技術が開発され、より低侵襲な診断治療が具体化される。また、医用画
像診断における病変部位の自動抽出や、手術計画と実施されている手術状態の照合、手術におけ
る単純操作の代行など、診断・治療分野の自動化を担う高度なシステムへと発展する。従来であ
れば医師に依存していた作業の一部を医療支援システムが代行することで、医師は手術方針決定
や重要手術操作など、知的あるいは重要な作業の担当に集中できるようになる。さらには、カプ
セル型診断治療システムの登場によって、患者と医師が置かれている空間が物理的に分離され、
患者、あるいは、患部の周りだけをクリーンな環境にしたり、高酸素濃度、低温高圧な環境にし
たりして治療する環境制御下治療が実現する。治療の主流は、2025 年よりもさらに微細(nm オ
ーダ)なナノ診断・医療(ナノ免疫診断、遺伝子治療、ドラッグデリバリーシステム(DDS))や
再生医療(臓器・血管再生、骨再生、皮膚再生、神経系再生)へと移行する。また、生命科学の
進展による、生体の恒常性機構や生体防御機構の解明により、人工的に生体に対して適切な刺激
(科学的、物理的)を時間・空間にわたり制御することで生体の適切な反応(遺伝子発現・免疫
反応賦活等)を制御することにより、より自然な疾患治癒を可能とする技術が開発される。
参考文献
[1] http://www.intusurg.com
[2] http://www.robodoc.com/eng/index.html
Ⅲ-32
Ⅲ-33
過去の技術
動き・パターンによる人検知
モデルベース3D認識
1990
3Dモデルフィッティング,
動きベクトル,
パターンマッチング
(動きベクトル2000点/33ms)
人検知
・動きを利用した監視
システムの実用化
・パターンマッチング専用
ハードウェアの商品化
(320×240デプスマップ
/500ms)
モデルベース3D認識
・3Dモデルフィッティング
による物体認識
・商用ステレオカメラの登場
1960
抽象構造モデル,
モーション認識,
広域挙動認識
3Dモデル生成,
顔検知,注視方向検出,
非接触対人インタフェース
高解像画像処理
2050年の技術
2025年の技術
動作シーケンスマイニング,
抽象モデルによる行動認識,
意図理解
行動・意図の認識
・動作シーケンスのマイニングによる
行動の抽象モデルの獲得
・抽象モデルによる典型的な行動の認識
(100パターン程度)
・表情・ジェスチャの認識と意図理解
(50パターン程度)
【応用】
-子守、介護、看護ロボット
-異常行動・危険行動の監視
行動・意図の認識
2050
挙動認識
モージョン認識
2025
モーション認識
・骨格、関節の抽象モデルを利用
した動作の認識
(精度:1cm,30fps以上)
挙動認識
・広域複雑環境での個人の
挙動計測(数cm精度)
【応用】
-防犯監視システム
-安全運転支援
現在の技術
3Dモデル生成
2007
顔検知・
注視方向検出
□Green
3Dモデル生成
・精度:1cm,処理時間:数秒
☆個体分離、柔軟物が課題
顔検知
・顔パターン検出の実用化
-携帯電話、デジタルカメラ
・ステレオ処理を併用した頭部
動き認識・視線方向推定
-対人インタフェースへの応用
高解像画像処理
・XVGA(1024×768), 30fps
■Safety
3次元ビジョン・人間をみる
テーマ
■Comfort
沢崎 直之
執筆者
効果
工学系融合
領域
沢崎直之(㈱富士通研究所)
3
センシング&知能
3.1
3次元ビジョン・人間をみる
3 次元ビジョン・人間をみるとは?
我々人間と同じように、時々刻々変化する環境や人の動作を 3 次元的に認識する画像認識技術
である。
社会的ニーズ
超高齢化した未来社会においては、労働人口の減少、介護労働力需要の増大が深刻な社会問題
となる。このため、生産現場などの限定された環境だけでなく、オフィス、家庭などの社会のあ
らゆる現場で、人と共存して人の生活を支援するロボットが不可欠となる。労働の代行だけでな
く、高齢者や子供を見守り、快適かつ安全な生活を支援するケアサービスの提供が必須となるた
め、複雑に変化する環境内で人間の挙動、行為の詳細を把握する視覚認識技術が要求される。
1990年(過去)
視覚認識(ビジョン)については、知能ロボット研究が開始された当初から後半から、精力的な
研究が続けられている。
1960 年代後半から 1980 年代には、主に積み木の世界を対象として多くの研究が行われたが、こ
の理想的なシーンの理解だけでも、膨大な計算量が要求されることがわかり、現実世界でロボッ
トへの適用には大きな課題があると認識されていた。
1990 年代に入って、半導体技術の急速な進歩を背景に高性能なマイクロプロセッサや専用プロ
セッサが次々と開発され、これまでのアルゴリズム中心の研究だけでなく、ステレオ処理、動き
検出・追跡用の専用ハードウェアの開発も多く行われた。これにより、動き・距離の実時間計測
をベースにしたビジョン技術の研究が進み、ステレオ視と 3 次元モデルから既知の形状の物体を
実時間で認識する技術、人・車などの運動物体を実時間で追跡する技術の応用研究が急速に活性
化した。3 次元計測と動き追跡を組み合わせて人の動きを監視する等の人間をみる技術に関する研
究が開始されたのもこの時期である。
2007年(現在)
3 次元ビジョンについては、認識のための 3 次元モデルをロボット自身が対象を計測して自動生
成する技術が活発に研究されている。
マニピュレーションのためのモデル生成では、複数の方向から計測したデータを統合して 1cm
以下の精度で詳細な 3 次元モデルを生成する技術が開発されている。また、移動のためのモデル
生成では、移動しながら計測した距離データを統合して環境の 3 次元モデル(地図)を自動生成
する技術が研究の中心となっている。しかし、現状では、計算能力の制約からリアルタイムのモ
デリングは困難であり、動的な変化の激しい環境や柔軟物への対応に課題がある。また、シーン
の中から個々の対象を分離してモデリングする技術についても、有効な手法は提案されていない。
Ⅲ-34
人間をみる技術については、パターン解析により顔を検知する技術の実用化が急速に進んでお
り、デジタルカメラや携帯電話の付加価値機能として搭載されている。また、ステレオ処理を併
用して頭部 3 次元的な動き認識や視線方向を推定する技術を非接触の対人インタフェースに適用
する研究が進んでいる。
一方、撮像デバイスであるカメラについても、高解像度化が進んでおり、3 次元計測、パターン
処理技術の高度化が急速に進められている。
2025年
撮像デバイスの高解像度化と計算機の処理能力の向上により、複雑な環境の詳細な 3 次元情報
をリアルタイムで取得することが可能になる。また、骨格や関節構造の抽象モデルを用いて計測
データのセグメンテーションとフィッティングを高速・高精度で処理するアルゴリズムが開発さ
れ、人の動作の認識を 1cm 程度の精度、30fps 以上の処理レートで実現する技術が開発される。
これにより、商業施設のようの多数の人が混在する状況においても、ロボットが周囲の人の存
在・動きを認識して、安全に自律行動を行う技術が確立され、ロボットの対人安全性が飛躍的に
向上する。その結果、人と共存する様々な環境へのロボットの導入が本格化し、生活の快適性が
著しく向上することが期待できる。
また、ネットワークで結合された多数の視覚センサの情報から、屋外の複雑環境下で個人を分
離して、その広域の挙動を計測することが可能になり、防犯監視システムや安全運転支援システ
ムに本格的に適用され、人々の生活の安全性も著しく向上することが期待できる。
2050年
人の動作シーケンスに対する時空間マイニング技術が開発され、動作シーケンスのセグメンテ
ーションと抽象化による行動モデルの獲得が可能になる。また、表情、ジェスチャ等の身体の局
所的な動作にも適用され、ロボットは、典型的な抽象モデルをもとに、100 パターン程度の行動、
50 パターン程度の表情、ジェスチャを認識することが可能になる。これにより、ロボットが、人
の意図を推察して自律行動を行うことが可能になる
さらに、計測データを蓄積して、認識のための抽象モデルを学習・獲得する技術が開発され、
特定の人・環境への適応能力が向上し、家族の一員として、子守、介護、看護といった人を対象
とした労働を代行するロボットが実用化される。また、様々な環境において、異常行動、危険行
動を監視するロボット、困っている人を見つけて助けるロボットが出現し、人々は日常生活の不
安から開放されると期待できる。
Ⅲ-35
Ⅲ-36
現在の技術
GPS,DGPS,RTK, VRS
衛星写真,航空写真
LRF,超音波,Vision,SLAM
RFICタグ(パッシブタグ)
環境カメラ,監視カメラ
搭載カメラと既設ランドマーク
絶対精度 10m (グローバル)
相対精度 数10% (ローカル)
RTK・VRS-GPS 2cm
外界センサによる位置同定
GPS,RFID,LRF,Vision
過去の技術
内界センサ情報に基づく
デッドレコニング,オドメトリ
床面ガイド,磁気テープ
絶対精度 不可能
相対精度 床面ガイド精度
又は著しく低い
内界センサによる位置同定
デッドレコニング,床面ガイド
GPS
床面ガイド
LRF,Vision,SLAM
2007
□Green
1980
□Safety
オドメトリ
1960
■Comfort
ローカライゼーション
テーマ
効果
倉爪 亮
工学系融合
執筆者
領域
環境構造化,社会基盤の整備
データベース,ハードウエア進化
GPSの高精度化,屋内GPSとの統合
環境:監視カメラのネットワーク化
埋没電子鋲・ビーコン・
アクティブタグ・スードライト等の
社会基盤の整備
街並み3次元構造の事前獲得と
データベース化
音源定位
一般物体認識に基づくSLAM
絶対精度 10 cm
相対精度 1%
2025年の技術
環境構造化,基盤整備
数mm精度
ガシッ
記憶と推論に基づく位置同定
セマンティック位置認識
ハードウエア からソフトウエア重視へ
記憶・推論・直感に基づく位置認識
曖昧情報に基づくSLAM
ネットワークRTの深化と分散データベース
3次元構造のオンデマンド・オンサイト獲得
目的に応じた精度,手段の選択
「スードライトによる数mm精度」~
「意味的(セマンティック)数十m精度」
絶対精度 10 mm
相対精度 0.1%
2050年の技術
セマンティック位置認識
数十m精度
非構造環境・日常環境
環境構造化・限定環境
こんにちは
2050
2025
倉爪亮(九州大学)
3.2
ローカライゼーション技術
ローカライゼーションとは?
屋内外を車輪や脚機構により移動するロボットが、現在自身がどの位置にいるか、どの方向を
向いているかを計測する技術。操縦型ロボット、自律型ロボットを問わず、移動ロボットには必
須の基本技術である。
社会的ニーズ
超高齢社会、人口減少時代を迎え、人間の日常生活で生じる様々な軽作業をサポートするサー
ビスロボット、子供や社会を見守る警備ロボットなど、日常環境で使用され、人間の様々な社会
活動を支援するパートナーとしてのロボットの実現を目指した「実世界共生ロボット」の実用化
が急がれている。実世界を移動し、人間とともに作業を行うロボットに要求される機能には、安
定走行機能、環境認識機能、自律的行動計画機能など様々なものがあるが、その中でも最も基本
的な機能は、ロボット自身の 3 次元空間内での位置、姿勢の計測、同定機能である。これは単に
作業の実行能力(Comfort)に関わるだけでなく、人間とのインターラクション時の安全性の確保
(Safety)やエネルギー効率のよい作業の遂行(Green)に対しても重要な技術である。
1970 年(過去)
1968 年にスタンフォード大学で初の AI 搭載自律移動ロボット Shakey が発表された当初より、
移動ロボットの最も基本的な位置同定手法はオドメトリ法(走行距離計)である。これは地面に
接した車輪の回転角度をエンコーダ等の内界センサで計測し、それに車輪径を掛け合わせて積分
することで、出発地点からの走行距離を計算する方法である。この手法は走行距離だけでなく、
例えば左右の 2 つの車輪の回転角度の差分や、車輪回転軸と垂直回転軸にオフセットを持たせ、
移動方向に追従する自在キャスタを用いることで、ロボットの方位も検出することができる。し
かしオドメトリ法は 1)車輪の滑りにより計測誤差が発生する、2)発生した誤差は蓄積し、指数関
数的に増大する、3)高低差は計測できない、という問題があり、一般にオドメトリ法は移動距離
に対して数 10%以上の誤差を含むといわれている。そこでオドメトリ法により発生、蓄積する位置
誤差を補正するために、工場内部品搬送用 AGV などの実用化された移動ロボットでは、磁気式テ
ープなど床面に張られた床面ガイドの検出データが用いられた。また複数の超音波センサを用い、
計測されたロボット周囲の環境地図と予め与えられた環境地図の照合により現在位置を同定する
手法も盛んに研究された。
2007 年(現在)
依然としてオドメトリ法による位置同定が最も基本的な手法であるが、これに加えて、計算機
性能や電子光学技術の向上により、ロボットに搭載したテレビカメラやレーザレンジファインダ
などの外界センサによる高精度な自己位置同定が実現されている。特に SLAM (Simultaneous
Localization and Mapping)は、自己位置同定に必要な環境地図の作成とロボット自身の位置同定
Ⅲ-37
を逐次的に行い、地図に関する事前知識の不要な手法として現在研究が盛んである。この手法は、
カメラやレーザレンジファインダによる環境構造の計測と、それを元にした位置同定を交互に繰
り返すことにより、未知環境においても地図作成と位置同定を可能とする手法であり、位置姿勢
の 6 自由度を全て推定する 6D-SLAM などが開発されている。
一方、ロボット自身に搭載したセンサだけではなく、環境側に置かれたセンサやランドマークに
よりロボットの位置姿勢を計測するシステムも実用段階にある。例えば衛星を利用した
GPS(Global Positioning System、10~30m 精度)は、見通しのいい屋外かつ数 10m 精度という制約
があるものの、高さも含めた移動ロボットの位置同定が可能である。この GPS の精度を飛躍的に
高める手法として、Differential GPS (D-GPS、2m 精度)、Real Time Kinematic (RTK-GPS、10~30mm
精度)、Virtual Reference Station (VRS-GPS、10~30mm 精度)などの手法が開発されている。例え
ば RTK-GPS では、通常の GPS では複数衛星からの移送波中のコードパターンの時間差を測定する
のに対し、移送はそのものに位相差を検出する方法であり、初期化に数十分程度必要であるが、
誤差は数 cm 以下となる。
また、GPS の使用できない屋内での位置同定法としては、ロボットの走行経路周囲に既知のラン
ドマークを取り付け、カメラで観測することで自己位置を計算する方法、あるいは GPS と同様の
原理で、擬似的な複数基地局からの伝播到達時間差から位置同定を行う Pseudolite (Pseudo
Satellite の略)などが開発段階にある。またより確実な位置同定法として、RF-IC タグを床面に敷き
詰め、ロボットに搭載された IC タグリーダにより検出された IC タグ番号と予め作成したタグ位置地
図を照合することで、ロボットの自己位置を数 cm 精度で同定する手法が開発され、一部は実用化され
ている。
2025 年
現在のロボットではロボット自身に搭載した内界、外界センサによる位置同定が一般的である
が、2025 年には高速無線ネットワーク技術により、ロボットが移動、作業する環境側に多種多様
なセンサを取り付け、ロボットは周囲のセンサから観測された自分自身の情報や、他のロボット、
人間、操作対象、環境構造の情報を無線ネットワーク経由で得ることのできるシステムが開発さ
れると思われる。また同時に、ロボットの人間との共生が進むにつれて、社会インフラの整備も
行われ、例えば道路にはビーコンやアクティブ IC タグなどを格納した埋没電子鋲が設置される。
また専用ロボットシステムや CAD モデル、写真測量による街並み地図などから、一部地域では事
前に詳細な街並みの3次元構造データベースが構築され、ランドマークやロボット行動支援のた
めの社会基盤として整備されるであろう。このように環境側をロボットが使用しやすいように整
備することを「環境情報構造化技術」と呼び、近年次世代のロボットシステムとして注目を浴び
ている分野である。
また GPS 自体の性能や利便性向上も顕著であると考えられる。VRS は既設の電子基準局と観測し
た衛星の移送波から、移動体のそばに仮想的な基準局を設置する方法であり、2007 年現在でも数
cm の精度が実現されている。現在では携帯電話を介した VRS 専用運用会社とのデータ送受信が必
要であるが、これが無線ネットワーク化、公共化されることで、使い勝手は飛躍的に向上し、屋
外移動ロボットには最も手軽で高精度な位置同定システムになると予想される。
Ⅲ-38
2050 年
計算機性能と知能処理アルゴリズムの革新により、記憶・推論・直感に基づく位置認識、すな
わち意味的(セマンティック)位置同定が実現され、場面状況に適した精度の位置情報を必要な
時に得ることが可能となる。例えば、屋外移動時にはロボットは絶対位置精度はそれほど重要で
はなく、周囲にぶつからない程度の精度で周囲環境との相対位置が得られればよい。例えばおつ
かいを頼まれたサービスロボットには、自分自身の正確な緯度経度はそれほど重要ではなく、人
間からの大まかな指示や曖昧な地図に基づき、自身の記憶や推論、直感により、目的地に到達す
るための大体の位置経路がわかればよい。これにより、環境情報構造化が未整備の場所や、環境
地図や環境計測に不確実性が含まれる場合にも頑強な作業遂行が可能となる。一方、例えばドア
の取手をつかむなど、より高い位置精度が必要な場合には、高精度 VRS や屋内スードライトによ
り数 mm 以下の絶対位置計測が可能となる。このようにハードウエアとソフトウエアの使い分けに
よる作業目的に応じた位置同定が一般的になると思われる。また環境構造のモデル化、データベ
ース化も、ネットワーク通信の進展によりデータベースの局所化、分散化が進み、高精度 SLAM を
実現する汎用ロボットによるモデル構築のリアルタイム、オンサイト、オンデマンド化が実現さ
れるであろう。
Ⅲ-39
Ⅲ-40
AD(+)
R7
A1(+)
R3
A5(+)
R
C
AB(+)
R8
A 4(+)
抽象モデル
100種類程度の抽象モデル
抽象モデルの具象化認識
具象化モデルからの操作戦略
新方式実時間距離センサー
並列分散距離情報処理ソフト
具象化認識技術
距離センサー情報に基づく
精密な定量的3Dモデル
張り合わせ技術
3D全体モデル化技術
3D/3D位置あわせ技術
モデルに記述された操作点
飛行時間方式
距離情報処理ソフトウエア
距離センサー情報に基づく
粗い定性的3Dモデル
張り合わせ技術なし
3D全体モデル化技術なし
テクスチャ情報との統合なし
モデル精度の評価なし
三角測量方式
環境・内在センサー
屋内の限定的構造環境下
距離センサー性能
(ミリ、フレームレート、マッチ箱)
距離センサー性能
(ミリ精度、数秒、PCサイズ)
プレゼント
抽象・具象モデリング
学習機能
10000程度の抽象モデル
具象化と抽象化の自由な行き来
ロボット内在センサーのみ
自由なシナリオ下
距離センサー性能
(ミクロン、1000フレーム/秒、10円玉)
ハイダイナミックレンジカメラ
2050年の技術
2025年の技術
抽象モデル
抽象化と具象化
操作戦略
P
抽象モデルの具象化
具象化
非構造環境・日常環境
環境構造化・限定環境
具象モデル
2050
2025
距離センサー性能
(センチ精度、数分、机サイズ)
屋内物体の3Dモデル化
屋内物体
2007
現在の技術
屋内物体の一部のモデル化
R1
A9(+)
RB
AA(+)
R6
屋内単一物体の一部
1980
□Green
過去の技術
1960
□Safety
操作のためのモデル化技術
テーマ
■Comfort
池内 克史
執筆者
効果
工学系融合
領域
池内克史(東京大学)
3.3
物体操作(マニピュレーション)のためのモデル化技術
ロボットが視覚センサーを用いて対象物体を操作するためには、操作対象を識別したり
(indexing)、対象の位置決めをしたり(localization)といった視覚による認識機能が必要である。
この視覚による認識のためには、ロボット内部に対象のモデルを用意する必要がある。これまで
のロボット応用としての産業応用では、扱う対象が限定されているため、この対象のモデルをど
のように得るかということに関しては、あまり議論がなかった。2050 年に訪れるであろう、超高
齢化社会における、サービスロボットでは、ロボットの行動のシナリオが飛躍的に拡大し、扱う
対象のバリエーションも飛躍的に増大する。全てのシナリオに対して、対象となる可能性のある
物体をあらかじめ全てモデル化し、ロボット内に準備することは、無理ではないにしろ効率が良
くない。ある種の抽象モデルをシナリオに応じて具象化したり、ロボット自身が、経験を通して、
環境や対象をモデル化し、抽象化を行い、さらに状況に応じて、抽象モデルを具象し、行動・操
作できる技術を開発することが、将来のロボットの広範囲な分野への導入のキーを握る。
黎明期
3 次元物体のモデル化は、60 年代の MIT のロバーツの仕事に始まる。CAD モデルから認識のため
の特徴を抽出し、画像からこれらを抽出・照合することで物体の位置姿勢を決定しようとした。
70 年代に入り、レーザー距離センサーが、SRI や電総研で開発されるに至り、CAD モデルではな
く、実際の距離画像から、照合のためのモデルを得ようとする試みが行われた。ただ、これらの
試みは、ロボットへの応用を目指していたものの、処理に非常に時間がかかるため、ロボット操
作のためのモデルとして使用されることはなかった。一方、70 年代のロボット操作のためのモデ
ルは、ロバーツの延長上で、2 次元の画像の特徴を人間があらかじめ決定し、これを計算機に記憶
させ、入力画像を照合するという方式がとられた。
80 年代に入り、MIT で照度差ステレオと呼ばれる距離センサーが開発され、これから得られる
法線分布をあらかじめ蓄えた法線分布と比較して、ビンピッキングのための目としてシステム化
し、実際にロボットがバラ済みされた物体を操作するシステムが開発された。その後、このシス
テムは、CMU で CAD モデルから自動的に有効な特徴を抽出し、さらに認識プログラムを自動生成す
るシステムへと発展した。
90 年代に入り、CAD モデルと実際の物体の差をうめるため、屋内物体を得られた距離画像から
CAD モデルのような表現を得るシステムも開発され、現在へと至っている。
2007 年(現在)
現在、3 次元物体のモデル獲得技術は、距離センサーを利用することで、屋内の物体ならミリ単
位まで正確に表現する手法が開発されている。100mX100mX100m程度の構造物をセン
チメートル程度の精度でモデルできる。人間の行動理解のための対象の3次元モデル化も多視点
カメラを利用してセンチメートル程度の精度でモデル可能となってきた。
Ⅲ-41
これらのモデルは、実際の物体と 1 対1の対応関係にあり、現状での操作のための認識とは、3
次元内部モデルと 3 次元データの照合にしかすぎない。どのような物体をモデル化する必要があ
るのか、どのような行動をモデル化する必要があるのかといった状況に応じた、ロボット自身の
主導による柔軟なモデル獲得技術は全く開発されていない。
2020 年~30 年代
高速のロボット搭載可能な実時間距離センサーが開発されていると思われる。また、環境内に
も同様のセンサーが配置され、それらがネットワークで有機的に結合されたロボットに行動が起
こしやすい構造化された屋内環境が出現していると思われる。
このある程度構造化された環境で、限定的なシナリオに基づいて、環境センサーの助けを得な
がら、ロボットが屋内サービスのために対象を操作するといった状況になると考えられる。
この際、50~100程度のあらかじめ準備された抽象的なモデルがロボット内に蓄積され、
この抽象モデルをその場その場の状況に応じて具象化できる。この具象化されたモデルを用いて、
認識や把持点決定などが行え、これを通して対象の操作ができるといった状況になっている。
ブレークスルーは、1)マッチ箱程度の小型で、フレームレート程度の実時間で、ミリ程度の
精度の出る距離センサー、2)抽象モデルの記述方法、3)抽象モデルを用いた認識技術、とい
った 3 点により起こると考えられる。
2040 年~50 年代
10 円玉程度の超小型で秒 1000 枚程度の高速でミクロン精度のでる距離センサーや人間と同程
度のレンジを持つハイダイナミックレンジの光学センサーが開発され、ロボットに複数台搭載さ
れていると考えられる。
これらのロボット搭載のセンサーだけを用いて、人間の活動可能な全ての環境で作業・行動が
行える。これらのロボットは、常時10000程度の抽象モデルを準備し、状況に応じて柔軟に
これらの抽象モデルを具象化し、認識操作できる。
さらに、状況に応じて、逐次的に3D 物体を抽象化する能力も備え、人間に匹敵する柔軟な具象・
抽象化が行るモデル獲得・記述・認識技術の確立がブレークスルーの要因となろう。
Ⅲ-42
Ⅲ-43
【行動認識】
・行動要素認識
・空間的/時間的センサ融合
【センシング技術】
・RFIDタグ(数10cm単位)
・屋外GPS
・データマイニング,統計データ処理
・行動要素認識
【センシング技術】
・キーボード,マウス,ジョイスティック
・音声認識・理解
・Vision, Motion Capture
・明示的入力命令理解
現在の技術
過去の技術
2007
行動要素認識
□Green
明示的命令理解
1980
■Safety
【行動認識】
・明示的入力命令理解
1960
■Comfort
環境構造化による行動認識
テーマ
効果
中内靖
工学系融合
執筆者
領域
屋内GPS
・意図理解・行動推論
・作業要素レベルでのセンシング
【センシング技術】
・全物体情報DB
・ RFIDタグ実用化
・屋内GPS (数cm単位)
【行動認識】
・行動推論
2025年の技術
行動推論
全物体情報DB
2025
心的状態理解
生理状態理解
•全行動情報DB化
•生理状態理解,心的状態理解に基づくセマ
ンティック行動理解
•協調活動理解
【行動認識】
・セマンティック行動理解(意図理解)
・生理状態理解
・心的状態理解
・協調活動理解
【センシング技術】
・全行動情報DB
・生理状態・心的状態センシング
・家庭内のあらゆる物体の位置・姿勢把握
・3D LRF/Vision (mm,°単位)
2050年の技術
セマンティック行動理解
協調活動理解
2050
中内靖(筑波大学)
3.4
環境構造化による行動認識
環境構造化による行動認識
ロボットが人に対して何らかのサービスを行うためには、サービスの対象となる人の状況を理
解することが必要不可欠である。人の立ち位置・姿勢を知ることはもとより、その人がサービス
として何を欲しているのか、さらには、どのようなサービスを提供すれば喜ばれるかを先回りし
て考え、サービスを提供することが望まれる。
従来のロボットでは、ロボットが保持するセンシング機能により、人の状況ならびに要求を認
識し、サービスを提供するアプローチをとっていた。しかしながら、環境にセンサを遍在させる
ことにより、より簡便かつ網羅的に人の行動状況をセンシングし、空間的かつ時間的に把握・認
識することが可能となる。このように、人を取り囲む環境全体にセンシング機能を持たせるアプ
ローチが環境構造化である。
人の行動を規定する明確な定義は存在しないが、以下に示す認識のレベルがあるものと考えら
れる。環境構造化により、これまでにない、より深いレベルでの人の行動認識、ならびにロボッ
トによる質の高いサービスが可能となる。
1) 行動認識:観測される行動そのものを認識すること。
2) 意図理解:何を目的として行動を行っているのかを認識すること。
3) 行動推論:現在の行動の次に、どのような行動をとろうとしているかを推論すること。
4) セマンティック行動認識:行動のコンテキストおよび因果関係に基づいて、行動を理解する
こと。
社会的ニーズ
超高齢社会・人口減少時代を迎え、高齢社会を支える労働人口が減少することになる。環境構
造化による行動認識技術により、高齢者が安心・安全に生活を送れるよう QOL の向上をもたらす
ことになる。
また、環境問題は益々深刻化することになる。環境構造化により人の行動を認識することは、
人それぞれのエネルギー利用状況をモニタリングすることになる。したがって、環境構造化は快
適さを維持しつつエネルギー効率を最適化する技術となりうる。
1970 年(過去)
初期のロボットでは、ユーザはキーボード・マウス・ジョイスティックなどのデバイスを用い、
明示的に操作命令を行っていた。その後、音声による命令、ジェスチャによる命令に対応したシ
ステムが開発され、より自然な命令入力インタフェースが開発されるようになった。 さらに、ロ
ボットが保持するマイクロフォン、ビジョンなどのセンサによる方式から、環境側にマイクロフ
ォンアレイを設置することにより雑音除去・音源定位を行う方式、環境に複数台のカメラを設置
することによるモーションキャプチャの方式などがとられるようになってきた。
Ⅲ-44
2007 年(現在)
人を取り囲む環境に様々なセンサを多数配することにより、人の行動認識を行う研究が遂行さ
れている。RFID タグによる物品管理は実証実験の段階にあり、タグ付けされた物品の位置を数 10cm
の精度で把握することができる。屋外においては、GPS 技術はほぼ確立されており、数 m の精度で
人の位置を把握することも可能となっている。
様々なタイプのセンサルームが構築されるとともに、環境構造化による行動認識の研究が遂行
されている。タグ付けされた物品の移動の様子から、調理作業の進捗状況を把握すること、モー
ションキャプチャ情報より、人の行動をセグメント化するとともに認識することが可能となって
きている。
2025 年
スーパーマーケットにおける RFID タグの実用化を皮切りに、タグ付けされた物品が日常環境に
遍在することになる。RFID アンテナも安価になり、家庭・オフィス等における主要な収納場所に
置かれる物品の状況を把握できるようになる。この他、小型化された様々なセンサも環境に埋め
込まれることになる。センサを遍在させることについては、プライバシー・情報セキュリティの
問題が考えられるが、この頃には、現在のセキュリティシステム同様に、法整備がされ社会的に
も受け入れられている。また、屋内 GPS の技術も確立し、ロボット・人の位置同定が正確に行わ
れるようになる。
これらの情報を蓄積・解析することにより、人の行動の意図理解を行うことが可能となり、さ
らには、過去の事例を元に行動推論を行うことが可能となる。ロボットは環境構造化による行動
推論により人の意図を先取りするとともに、正確な自己位置同定ならびに対象物の位置・姿勢把
握により様々なサービスを行うことが可能となる。
2050 年
環境構造化技術の発展により、人の意図・意思をより深く解釈することにより、コンテキスト
に基づく人の行動理解(セマンティック行動理解)を行えるようになる。また、人の物理的位置・
姿勢として表現される行動だけでなく、常時センシング可能となった生体情報を併せて解析する
ことにより、人の生理状態ならびに心的状態を理解できるようになる。これに伴い、ロボットが
単に人の作業を手伝うのではなく、人同士が行っているように、気の利いた、気遣い・思い遣り
のあるサービスを行うことが可能となる。
さらに、個々人の行動状況を統合することにより、人の協調活動を理解することが可能となる。
これにより、社会的側面を持つ人の協調活動に対してロボットが介在しサービスを行うことが可
能となる。
参考文献
1) B. Brumitt et al., “Easy Living: Technologies for Intelligent Environments,” Proc. of
International Symposium on Handheld and Ubiquitous Computing, 2000.
Ⅲ-45
2) I.A. Essa, “Ubiquitous sensing for smart and aware environments: technologies towards
the building on an aware home,” Position Paper for the DARPA/NFS/NIST workshop on Smart
Environment, 1999.
3) T. Sato, Y. Nishida, and H. Mizoguchi, “Robotic Room: Symbiosis with human through
behavior media”, Robotics and Autonomous Systems 18 International Workshop on
Biorobotics: Human-Robot Symbiosis, Elsevier, pp.185–194, 1996.
4) T. Fukuda, Y. Nakauchi, K. Noguchi, T. Matsubara: “Sequential Human Behavior Recognition
System for Cooking Support Robot,” JSME Journal of Robotics and Mechatronics , Vol.17,
No6, 2005.
Ⅲ-46
Ⅲ-47
•
•
•
1980
ネットワーク・ロボット実証実験
極限作業ロボット
極限作業ロボット
宇宙マニピュレータ
•
•
•
ユビキタス+ロボット技術の連携
インターネット経由ロボット操作
インターネットを利用したテレオ
ペレーション
ユビキタスNWと連携したサー
ビスの実現。
バーチャル空間の情報を実環
境にリンクする仕組みの検討
情報を持ち運ぶメディアとして
の携帯電話の進化
現在の技術
過去の技術
テレイグジスタンス
テレオペレーション
宇宙マニピュレータの遠
隔制御
TeleGarden
宇宙ロボット
•
2007
□Green
1990
■Safety
ネットワークロボット
テーマ
■Comfort
下倉 健一朗
執筆者
効果
工学系融合
領域
•
•
•
携帯電話のロボット化
WDM等の大容量;高速ネット
ワーク環境の普及
無線・有線の境目のないモバイ
ル高速通信環境の実現
携帯電話→情報操作端末とし
ての進化
2025年の技術
携帯電話のロボット化
2025
•
•
•
仮想空間と実空間の融合
仮想空間を利用した検索・情報提示の一
般化
仮想空間を利用したロボットプログラミン
グ・教示手法の一般
相手の意図理解に感情等のセンシング
を利用したコミュニケーションの実用化
2050年の技術
Real World
シミュレーション結果をプログラムとして実行
Virtual World
リアルタイムシミュレーション
2050
下倉健一朗(ATR)
3.5
ネットワークロボット
ネットワークロボットとは?
ロボットを遠隔地から操作するテレオペレーションの研究は、原子力エネルギー開発計画の一
環として 1940 年代から 1950 年代にかけて本格化し、数多くのマスタースレーブマニピュレータ
が開発された(1)、ISDN や専用の回線を利用して遠隔地からロボットを制御するシステムへと進化
している。遠隔操縦のためのインタフェースとして仮想現実感を利用する取り組みも早い段階か
ら行われている(2)。インターネットが普及しはじめた段階では、インターネット経由で不特定多
数の人がロボットを遠隔操作できるようになり、様々な実験が行われている(3)。
1990 年後半からの携帯電話の急激な普及と、ブロードバンド環境が整備されインターネットが
生活を支えるインフラとして定着したことにより、これらの利用を軸として生活スタイルも大き
な変貌を遂げつつある。政府も e-Japan/u-Japan 基本計画により、ブロードバンド環境下で様々
なデバイスを利用して、より豊かで安全安心な生活が送れる環境を構築することを積極的に推進
している(4)。このような形で進展するユビキタス社会においては、ロボットもスタンドアロンで
高機能化を図るだけでなく、日常の空間内でネットワークに接続された多様なセンサ・デバイス・
端末等を有効に活用することで単体ではカバーできない範囲の情報を利用してサービスを提供す
るなど、システムの観点でロボットの能力を拡張できる可能性が示された。
ネットワークロボットとは、以前は上記のようにインターネット経由で遠隔操作できるロボッ
トを意味することが多かったが、ロボットがユビキタスネットワークとシームレスに結合して自
己の能力を拡大し、自律的にサービスを提供するためのネットワーク・ロボットのコンセプトを
日本が世界に先駆けて提案した(5)。その後、韓国(URC)(6)、欧州(URUS)(7)も類似のコンセプト
を提案し追従を始めている。
現状:
ネットワークロボットにおいては、ロボットが活動する空間の情報をロボットがどれくらい利
用できるか?が課題となる。
総務省ネットワークロボットプロジェクトでは、ビジブル・アンコンシャス・バーチャルの 3
タイプのロボットを定義してそれぞれが発信する情報の構造と内容を人とロボットの4
W(When/Where/Who/What)に要約して共有する仕組みを提案し、サービス/人/ロボットがそれぞれ
の状態に応じて適応的に組み合わされるプラットフォームを構築して実証実験による有効性検証
を行っている。
環境構造化、空間知等の試みは、人間の生活環境中に存在して、様々な用途で用いられている
機器や道具・生活の環境そのものである建物等の構造物に対して、インターネットにより構築さ
れるサイバー空間に分散して公開されている様々な情報をリンクさせ、ロボットが人間の生活環
境で人と共存してサービスを提供しやすくする仕組みについて検討している。
一方、ユビキタスネットワーク普及の視点で現状を見ると、この 1,2 年の間に以下のような技
術・サービスが定着しはじめている。
・
セカンドライフの出現:バーチャル空間において体験型で情報にアクセスできる新しいスタ
イルが、新たな可能性を持つメディアとして注目されつつある。
Ⅲ-48
・ ユビキタス社会の進展:IC カード・ETC の普及により、ID 情報を読み取って様々なサービス
と結びつけるネットワークインフラが実生活でも利用される情報インフラとして定着しつつ
ある。
・
ブログ・SNS(Social Networking Service)による個人情報発信の定着:個人プロファイルと
か個人の経験・体験を公開することへの抵抗感を下げる環境が定着しつつある。
・
携帯電話を利用した情報蓄積・持ち運びの一般化:電話やメール等のコミュニケーション手
段としてのメディアから、デジカメ、音楽ダウンロード・再生、地デジの受信端末等、様々
な情報を蓄積して持ち運ぶメディアへと変貌を遂げた。
このように進化を続けているメディア・環境に対して、現状のロボットは密に連携して相互利用
するという状況にはなっていない。今後は、上記のように進展する環境をロボットがどのように
利用してより実用的なサービスを実施できるようになっていくかがポイントになる。
2025 年:
有線ブロードバンドはインフラレベルでは光が日本国内を完全に網羅して、WDM (Wavelength
Division Multiplexing:波長分割多重 )等が普及することで効率よく伝送できる仕組みが確立され、
ギガビット→テラビットへの進化が加速する。無線ネットワークは現在の有線ネットワークと同
等の帯域での通信が可能となる。このため、有線を利用し屋内に限られていた常時接続サービス
をモバイル環境でも受信することができるようになる。
加えて携帯端末の進化により、個人がテラバイトクラスの情報を持ちくことが可能となるウェ
アラブルデータベースの機能を有するようになる。さらに、様々なタイプのウェアラブルセンサ
が実用化になり、バイタル情報をリアルタイムで収集して蓄積・発信できる環境が整えられる。
このような環境では、携帯端末の CPU は単に通信やメディア制御用に利用されるだけでなく、
様々な機器・ロボットに装着されることによってコントローラとしても機能する、マルチファン
クション端末として利用されるようになる。
内閣府が取りまとめたイノベーション 25 報告書(8)によれば、家庭や街で生活を支援する多機
能なホームロボットが導入される/様々な機器の操作において人にやさしいインタフェースとし
てのロボットを実現、という研究目標が描かれている。これらの目標に近づくためには、個人対
応化が必須の条件である。この意味からも、個人の携帯端末をロボットに装着することで、ロボ
ットが携帯に蓄積された個人の履歴を参照し、さらにネット空間で過去の履歴を参照することで、
ロボットの個人適応化が容易に実現できるようになる。サービスに関しても過去に行った結果で
好評だったインタラクションのモデルをダウンロードして、サービスを受容する各個人の嗜好に
あわせたコミュニケーションが可能となる。
一方、『科学技術の中長期的発展に係る俯瞰的予測調査』(9)(10)では、デルファイ調査に基づ
き 2025 年に実現されると予想される技術を 13 の分野に対して俯瞰的に調査している。
この中では脳科学の進展による生活者の活動支援として、
・ 人間の意図を理解する能力を持った介護ロボット・住宅ロボット
・ 被介護者の状態に応じて支援する介護ロボット
・ 本人の指示がなくても状況にあった情報サービス提供システム
・ 身振りや表情などの入力手段を協調的に活用できるヒューマンインタフェース
等が例示されている。
Ⅲ-49
これらは期待を込めた予測であるため、実際の具体化までにはさらに時間を要する。
このような遅れを考慮して、上記のキーワードを 2050 年にシフトして考えることとする。
2050 年:
上記予測調査の結果を 2050 年に投影すると、この頃にはバイタル情報だけでなく感性情報をリア
ルタイムでセンシングできる技術が利用可能になる。
ネット空間では、個人に対応して自分のライフログをアップロード・蓄積してプレイバックで
きる仮想空間が構築されるようになる。検索もシングルデータの検索から、時空間に関連付けら
れたデータ群を検索して、それらを仮想空間でプレイバックして確認できるように表示方法も進
化を遂げる。
ロボットに対するプログラムは、このような仮想環境上で人の履歴情報を活用してインタラク
ションのシミュレーションを行いながらリアルタイムで作成し、それをダウンロードして実行す
るスタイルに変化する。
認知症や障がいによりコミュニケーションチャネルの一部を利用できない場合や、高齢化によ
って従来行っていたコミュニケーションのスタイルでは意思の伝達が十分に出来なくなっている
人たちに対しても、感情等をセンシングすることによって十分に伝わっているか伝わっていない
かを判断したり、その人が利用可能な手段を過去の履歴から検索し発見することにより、ロボッ
トが相手にあわせたコミュニケーション行動を取ることが可能となる。
参考文献
(1) E.G. Johnsen and W.R. Collis: “Teleoperators and Human Augmentation,” AEC-NASA
Technology Survey, NASA SP–5047, 1967.
(2) K. Goldberg, S. Gentner, C. Sutter, et al.: “The Murcury Project: A Feasibility study
for Internet robotics,” IEEE Robotics and Automation Magazine, vol.7, no.1, pp.35–40, 2000.
(3) 舘,荒井:“テレイグジスタンスにおける視覚情報提示系の設計と評価”,日本ロボット学
会誌,vol.7, no.4, pp.314–326, 1989.
(4) http://www.soumu.go.jp/s-news/2004/041217_7_bt2.html
(5) H. Kim, Y.-J. Cho, and S.-R. Oh, “Implementation and application of URC server
framework,” Proc. of Workshop on Network Robot System at 2007 IEEE International Conference
on Robotics & Automation (ICRA’07-WS), pp.23-27, Rome, April 14, 2007.
(6) A. Sanfeliu and J. Andrade-Cetto, “Ubiquitous Networking Robotics in Urban
Settings,”Proc. of Workshop on Network Robot Systems at 2006 IEEE/RSJ Int. Conf. on
Intelligent Robots and Systems (IROS’06-WS), pp.14-18, Beijing, Oct.,2006.
(7) http://www.soumu.go.jp/s-news/2003/pdf/030724_1_01.pdf
(8) http://www.kantei.go.jp/jp/innovation/saishu/070525.html
(9) http://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/rep097j/idx097j.html
(10) http://www.kantei.go.jp/jp/innovation/dai6/siryou3.pdf
Ⅲ-50
Ⅲ-51
梶田秀司((独)産業技術総合研究所)
4.1
ヒューマノイド(移動技術)
ヒューマノイドとは?
一般に人間と似た形態のロボットをヒューマノイドロボット(ヒューマノイド)と呼ぶ。本稿で
は人間と同程度のサイズで、人間類似の2脚2腕を有するロボットに関してその移動技術の将来
を予測する。
注:通常は上半身が人間類似であれば2足歩行型でなくてもヒューマノイドと呼ばれる。
社会的ニーズ:
現在は、2足歩行など最低限の機能が実現された段階で、その主な応用分野は、エンターテイン
メントと研究用プラットフォームである。今後 10 年のスパンでは、ヒューマノイドの研究用プラ
ットフォームとしての役割が増すと思われる。先端的な知能化技術はまずヒューマノイド上で開
発・評価され、その後非ヒューマノイド型のロボットに適用されるケースが増えるであろう。
知能化技術が成熟し、社会ニーズに応じたヒューマノイドが出現するのは 2025 年前後と考えられ
る。用途としては、人間への親和性から介護や家事手伝いなどの快適性(Comfort)を実現するも
のが主となるだろう。
その後も最先端ロボット技術の広告塔として自動車技術における F1 と同じ位置づけで開発が進む
と予測され、2050 年頃には「超」人間的な能力を持つヒューマノイドが見られると期待できる。
1973 年
この年、2脚2腕を有し、2足歩行を行うことの出来る最初のヒューマノイド WABOT-1 が早稲田
大学により発表された。WABOT-1 は静歩行によるゆっくりとした2足歩行と簡単な作業が可能であ
った。次に、重心が支持範囲をはずれる不安定な状態を利用する動歩行の実現が課題となった。
最初期に動歩行を実現した2足歩行ロボットの一つが東京大学の Biper-3 である(1983 年)。以降、
歩行の高速化、路面の凹凸への対応を計った研究が日本の大学を中心に進められた。また、本田
技研工業による2足歩行の基礎研究も 1986 年にスタートした。
1980~1990 年代にかけてサーボモータの出力重量比の向上、ハーモニック減速器の改良による出
力トルクの向上、センサの小型化・高精度化、バッテリ技術の高エネルギー密度化、コンピュー
タおよび周辺回路の小型化・高性能化が進んだ。この結果、1990 年台半ばには、動的な2足歩行
を安定して行え、エネルギー的に自立したヒューマノイドが実現できるようになった。
2007 年
現在、等身大でコンピュータとエネルギー源を内蔵し、ほぼ人間と同等の2足歩行を行うことの
出来るヒューマノイドロボットが実現できている。具体的には、本田技研工業の ASIMO、早稲田大
学の WABIAN-2、川田工業と産総研の HRP-2、トヨタのパートナーロボット、東京大学の小太郎、
韓国 KAIST の HUBO などがある。これら現状のヒューマノイドの持つ能力について評価してみる。
【速度】ほとんどのヒューマノイドロボットは時速 2~3km で歩行できる。また、ホンダの ASIMO
は時速 6km の走行、トヨタのパートナーロボットは時速 7km の走行を実現している。
Ⅲ-52
【効率】一般に移動機械の効率は、次式で計算される「移動仕事率 Specific resistance」εで
評価される。
P
ε=-
mgv
ここで、P は移動中に消費したパワー[W]、 mは機械の質量[kg]、g は重力加速度、v は移動速度
[m/s]である。ここでは、P としてモータの機械的エネルギーに加え、コンピュータや制御回路の
消費電力などロボットが消費するすべてのパワーを考慮する。例えば、ホンダの ASIMO の場合移
動仕事率はε=3.2 と見積もられている[1]。なお、近年「受動歩行 Passive Dynamic Walking」と
呼ばれるエネルギー消費の少ない歩行様式の研究も進み、 機能は限定されているがε=0.2 を実
現するロボットも発表されている[1]。
【稼働時間】
現在主にロボットに用いられるニッケル水素電池のエネルギー密度は 40~55Wh/kg であり、体重
60kg のロボットがその 2 割をバッテリに割り当てると、480~660Wh のエネルギーを確保できる。
一方、移動仕事率を 2 とし、歩行速度を 0.5m/s (時速 1.8km)とすれば、消費電力は 568W となり、
稼働時間は 0.8~1.2 時間となる。
実際のロボットの稼働時間を見ると、ASIMO で 30 分、HRP-2 では約 1 時間(いずれも歩行を続け
た場合)であり、ほぼ整合している。
【踏破能力】
平面や既知の階段の歩行が可能である。また、μ=0.14 程度の低摩擦路面上を歩行させた研究例
もある[2]。しかし、未知の不整地で対処可能な一歩毎の高低差は最大で 3cm 程度に留まり、それ
以上の不整地や路面が変形する場合等には対応できていない。
2025 年
この頃には機構設計技術、歩行制御技術が成熟し、速度と効率の面で人間と同等の2足歩行が実
現する。要素技術としては、アクチュエータ、エネルギー源等の性能はそれぞれ現在の倍程度と
なり、さらにカーボンナノチューブや次世代高分子を駆使した軽量高剛性の構造材料を利用でき
るようになる。以上によって、「常人的」な能力をもつヒューマノイドが実現される。ただし、
ロボットの体重としては安全性と扱いやすさを重視し、30kg 程度に設定されると考えられる。
【速度】歩行に関しては成人と同等の時速 5km 程度、走行に関しては時速 30km 程度が実現される。
【効率】人間と同等の効率であるε=0.2 が実現される。
【稼働時間】大出力かつ安定して動作するリチウムイオン電池(エネルギー密度 100~160 Wh/kg)
が使用でき、加えて上述の移動効率が達成されることにより大幅な改善が見込める。
体重 30kg のロボットの 2 割をバッテリに割り当てると、600Wh~960Wh のエネルギーが確保される。
移動仕事率を 0.2、歩行速度を1.39m/s(時速 5km)とすると、消費電力は 82W となり、10 時間程
度歩行を続けることができる。踏破距離は 50km となる。
【踏破能力】人間の大人が移動できる環境はすべて踏破可能な移動能力が実現される。未知の不
整地で一歩ごとの高低差が 10cm 以上あっても、安定な歩行を実現できる。
2050 年
Ⅲ-53
人間の大人を大きく上回る「超人的」な移動能力が実現され、各種の過酷な作業のヒューマノイ
ドによる代替が経済的に見合うレベルとなる。アクチュエータ、エネルギー源としてナノテクノ
ロジー、バイオテクノロジー起源のデバイスが利用される可能性がある。【速度】歩行に関して
は時速 10km、走行に関しては時速 60km が実現され、100m を 7 秒台で走ることが可能となる。ち
なみに、オリンピック 100m 走の世界記録保持者は 100mを 9 秒台で走り、その最高速度は時速 43km
に達する [3]。
【効率】アクチュエータ、メカニズム、制御系の最適化によって人間を超えるε=0.1 以下が達成
される。
【稼働時間】エネルギー密度が 1000Wh/kg レベルの燃料電池の小型化が達成されロボットに搭載
可能となっている。
体重 30kg のロボットの 2 割をバッテリに割り当てると、6000Wh のエネルギーが確保される。移動
仕事率を 0.1、歩行速度を 2.78m/s(時速 10km)とすると、消費電力は 82W となり、バッテリ充電
(燃料補給)なしで 3 日間以上歩行を続けることができる。踏破距離は 720km となる。
【踏破能力】一流のスポーツ選手レベルの踏破能力を持ち、ハードル走や過酷な登山なども行う
ことが可能となる。
参考文献
[1] S.Collins, A.Ruina, R.Tedrake, M.Wisse, "Efficient Bipedal Robots Based on
Passive-Dynamic Walkers," SCIENCE, Vo.307, pp.1082-1085, 2005.
[2] S.Kajita, K.Kaneko, K.Harada, F.Kanehiro, K.Fujiwara and H.Hirukawa, "Biped
Walking on a Low Friction Floor," Proceedings of 2004 IEEE/RSJ International
Conference on Intelligent Robots and Systems, pp.3546-5332, 2004.
[3] 宮下充正監修,小林寛道編著,スポーツ科学ライブラリー3「走る科学」,大修館店,
1990.
Ⅲ-54
杉原知道(九州大学)
4.2
ヒューマノイド技術(全身運動)
Ⅲ-55
2007
現在の技術
全身協調制御、床反力制御
全身把持、動的起き上がり運動
半自律遠隔操縦
外部センサによる動作認識
動的変化する環境内での経路計画
道具を用いた行動計画
ミメシス・行動の記号化・意志決定
ロボット重量 50kg前後
可搬重量 10kg
歩行速度 0.5~1秒/歩、1.5km/h
走行速度 7km/h
実時間全身協調制御
半自律遠隔操縦
動的行動計画、行動記号化
過去の技術
脚部・腕部制御の個別研究
分解速度制御
再帰的逆動力学計算
コンプライアンス制御
定常二足歩行
視触覚統合による行動計画
全身型ヒューマノイドロボット
ロボット重量 160kg
可搬重量 不明
歩行速度 45秒/歩、0.001km/h
準静的マニピュレーション
準静的定常二足歩行
油圧式ヒューマノイドロボット
□Green
1980
1960
□Safety
ヒューマノイド技術(全身運動 )
テーマ
■Comfort
杉原 知道
執筆者
効果
工学系融合
領域
安全衝突、人間親和型行動制御
3次元的全身作業
行為理解、オンサイト作業理解
人間・環境との安全な衝突
人混みでの日常的活動補助
立位支持に限らない3次元的作業
オンボディセンサによる実時間動作認識
他者行為の意図理解と行動模倣
未知環境で未経験の作業を未使用の
道具を用い、経験に基づいて行動計画
ロボット重量 30kg
可搬重量 30kg
歩行速度 5km/h
走行速度 20km/h
2025年の技術
2025
ハードウェア技術革新
超人身体能力、超人行動計画
人間シミュレーション
ハードウェア・エネルギー源の技術革新
メンテナンスフリー化
速度・耐負荷面での超人身体能力
アクロバティック運動制御、3K作業代行
重量物を担いで苛酷環境内行動(救助作業等)
極限環境(未開天体等)での人間シミュレーション
高速な状況判断・予測による超人行動計画
ロボット重量 30kg
可搬重量 100kg
歩行速度 10km/h
走行速度 40km/h
2050年の技術
2050
ヒューマノイドとは?
4.1(ヒューマノイド(移動技術))を参照されたい。
社会的ニーズ
同上。
過去~2008 年の技術
ロボットアーム、ハンド、二足歩行ロボットなど人間の部分を模したロボットは、ヒューマノ
イドロボット研究の萌芽とも言えるが、全身を持ったロボットとしては、1973 年に加藤ら 1)が開
発した WABOT-1 が最初と言われる。これは総重量 160kg、歩行速度は約 0.001km/h(推定)であっ
た。軽量大出力なアクチュエータや、全身の運動計算を高速に行うコンピュータなど、ハードウ
ェアの進歩がまず望まれていた。
現在のヒューマノイドロボット研究の直接的契機となったのは、1996 年末の P2(本田技研) 2)
の発表であろう。ハードウェアの進歩という点では、数十のモータやセンサ類を実時間で同時に
御することは、もはや難しいことではない。2008 年現在稼働している代表的ヒューマノイドロボ
ットには、ASIMO(本田技研)、TPR(トヨタ)、HRP シリーズ(AIST、川田工業)、WABIAN-2(早
大)、CB(ATR、米 CMU)、HUBO-3(韓 KAIST)、BHR-01(中・北京理工大)、JONNIE(独 TUM)等
があり、総重量 50kg 程度が標準的である。可搬重量は 10kg 程度、歩行速度は 1.5km/h 程度で、
7km/h の走行も実現されている。我が国の主導力は維持されているが、一時期のような独擅場では
ない。現在、歩行など個別動作の各論的研究に加え、多様な全身行動の実時間シンセシスも多く
の研究の興味である。全身協調制御の技術は世界的に未成熟で、各国が鎬を削っている。半自律
ロボットの遠隔操縦 3)、動的変化する環境内での経路計画 4)、道具を用いた日常的作業 5)、相対す
る人間の動作認識に基づくインタラクティブ動作生成 6)など、様々な拡がりを見せている。
2025 年の技術
ロボットの総重量は、用途を考えれば、現在と同程度あるいは若干軽量な 30kg 程度に落ち着き、
これ以降も大きくは変わらないと考える。30kg 程度の重量で人間並みの身体能力(可搬重量 30kg、
歩行速度 5km/h、走行速度 20km/h 程度を目安とする)を実現するためのハードウェア要素は、現
時点で揃ってきている。例えば、短距離走選手のスタートダッシュ時ピークトルクが数百 Nm/kg、
ピーク出力が数 W/kg であり
7)
、これは 2008 年現在標準的に入手できる電磁モータとハーモニッ
ク減速器の組み合わせで十分達成できる 8)。したがって 2025 年頃までは、ハードウェアを効果的
に用いる制御・知能化ソフトウェアの研究が引き続き中心となるだろう。開放された社会空間で
活動するために、具体的には、次のような技術が必須開発項目となると考える。
・ 人や物とぶつかっても相手にもロボット自身にも損害を与えない衝突安全の技術
・ 脚は歩行、腕は作業といった固定的役割分担を取り払い、日常的に遭遇する段差や凹凸、傾斜
から、脚立や足場ボルトの上、壁面でも作業できる、3次元的全身作業の技術
・ ロボットに搭載されたカメラなどのオンボディセンサのみを用いて周囲の人間の動作を認識
し、大まかな意図を理解する技術
・ 文脈に沿って、人間行為の模倣や人間との協調作業を行う技術
Ⅲ-56
・ 経験に基づき、未知の環境で未経験の作業であっても自動的に行動計画する技術
2050 年の技術
再びハードウェアの進化に期待したい。一般家庭で専門家でない人々が支障なくヒューマノイ
ドロボットを運用できるようになるためには、エネルギーとメンテナンスが最後の課題になると
考えられる。仮にエネルギー密度が 1000Wh/kg 程度のエネルギー源が搭載できるようになってい
れば、一回の充電で数日間通常作業をし続けられる。試算は梶田による報告を参照されたい。メ
ンテナンスについては、日常的にはほぼ保守不要となっていると予想されるが、保守作業を代行
するサービス業者が現れているなど、社会的支援条件も欠かせないことを忘れてはならない。
アクチュエータとその周辺の制御技術がさらに進歩し、速度や出力・耐負荷の点で現在の数倍
程度の性能が見込めるならば、30kg 程度の重量のロボットでも、可搬重量は 100kg、歩行速度は
10km/h、走行速度は 60km/h まで向上し、文字通り超人的な性能を示すだろう。重量物を担いでの
救助活動、未開天体等の極限環境での活動など、苛酷な作業を遂行できる身体を備え、いわゆる
3K作業から人間を解放する有力な労働力となると考えられる。
行動知能の面でも、カメラの撮影速度が 30Hz であるというハードウェア的制限がネックになっ
ている。現時点で 1000Hz の高速カメラはすでに開発研究されている 9)から、これが汎用視覚とし
て利用できるようになれば、知覚認識から行動計画のサイクルを、人間よりはるかに短い数十 ms
程度で行えるだろう。これを基盤に、人が人に指示するのと同じ感覚で、誰でも快適にロボット
に作業を行わせることが可能になっていると期待できる。
参考文献
1) 加藤:2 足歩行ロボット(WABOT-1)の開発, バイオメカニズム, Vol.2, pp.173-174, 1973
2) 広瀬ら:人間型ロボット, 日本ロボット学会誌, Vol.15, No.7, pp.983-985, 1997
3) Neo ら:ヒューマノイドロボットの全身遠隔操作のための全身運動生成法, 日本ロボット学会
誌, Vol.22, No.8, pp.1013-1020, 2004
4) M. Stilman et al.: Planning and Executing Navigation Among Movable Obstacles, in Proc.
of IEEE/RSJ Int. Conf. On Intelligent Robots and Systems, pp.820-826, 2006
5) K. Okada et al.: Vision based behavior verification system of humanoid robot for daily
environment tasks, in Proc. of IEEE-RAS Int. Conf. On Humanoid Robots. pp.7-12, 2006
6) T. Sugihara et al.: Animatronic Humanoid Robot System That Responsively Interacts with
U
U
Humans, in Proc. Of 36th Int. Symp. on Robotics, 2005
7) 伊藤ら:スタートダッシュにおける下肢関節のピークトルクとピークパワー、および筋放電パ
ターンの変化, 体育学研究42, pp.71-83, 1997
8) たとえばmaxon motor 05/06カタログ
9) 石井ら:高速視覚を用いた実時間三次元追跡システム, 電子情報通信学会論文誌D-II,
Vol.J88-D-II, No.12, pp.2331-2340, 2005
Ⅲ-57
小森谷清((独)産業技術総合研究所)
Ⅲ-58
■Comfort
効果
Key word:
Shakey, 無人搬送車
カルマンフィルタ
モデルベースト,サブサンプション
NavLab,VaMoRs
具体的スペック
要素技術例
・各種地図表現の提案
・グラフ探索による経路計画手法
・各種ナビゲーション手法の提案
・サブサンプションの提案と実証
・センサの開発(ジャイロ,ソナー,GPS)
何ができるか?
・実験室内のナビゲーションの実証
・自動車の自動操縦の実現
・無人搬送車の実用化
過去の技術
自動車の自動運転(1950年代)
無人搬送車
■Green
つくばチャレンジ 2007
ホスピー
Grand Challenge 2005
2007
Key word:
グランドチャレンジ,つくばチャレンジ
様々なSLAM
LRF, GPS,空間の機能化
2足歩行ロボット,ヒューマノイド
具体的スペック
・歩行速度程度:整備環境,
精度センチオーダ
要素技術例
・LRFの普及
・SLAM手法の展開
・LRFの利用と環境マップの構築
・環境の機能化
・2足歩行の進展
何ができるか?
・屋内の整備環境下のナビゲーションの発展
・屋外整備環境下でのナビゲーションへの
チャレンジ
現在の技術
愛知万博 2005
□Safety
Shakey (1969)
19??
ロコモーション
テーマ
1960
小森谷 清
工学系融合
執筆者
領域
Key word:
自律移動
不整地,人間共存環境への展開
空間認識機能
具体的スペック
・歩行速度程度:混雑した生活環境
・自動車の走行速度程度:整備された道路環境
具体的スペック
・歩行速度程度:混雑した整備環境
精度センチオーダ
Key word:
混雑環境,未整備環境
環境認識・理解
3次元SLAM,ディジタルマップ
屋内GPS
要素技術例
・ 3次元環境情報取得センサの普及
・地図の認識と理解
・人に近い空間認識の実現
何ができるか?
・屋内外の一般環境下でのナビゲーションの実現
・不整地でのナビゲーションの実現
・移動する人,自転車,車など混雑環境への対処
2050年の技術
2050
要素技術例
・3次元環境情報取得センサの発展
・3次元SLAMの実現と各種SLAMの実用化
・ 3次元の地図化など環境マップの高度化
・GISやITSとの連携
・場所や移動障害物の認識
何ができるか?
・屋内外の整備環境でのナビゲーションの普及
・混雑した屋内環境でのナビゲーションの実現
2025年の技術
2025
5
ロコモーション&マニュピレーション
5.1
ロコモーション
ロコモーション解説
1.ロコモーションの概要
ロコモーションとはさまざまな環境においてロボットが現在いるところから目標地まで、自律
して移動する機能を実現するとともに、その性能を高めるための技術の体系と考えられる。その
主要な技術要素は、周囲を自らセンシングしたり、環境から得られる情報によって環境の状況を
認識し、理解する技術、こうして得られた情報を構造化した地図をもとに目的地までの経路を計
画する技術、現在位置を推定しながら計画した経路に沿う移動を実現するナビゲーション技術、
予測されない環境状況の変化や障害物の出現に対して障害物を回避したり、経路を再計画するな
ど状況に適切に対処する技術等からなるとこれまでは考えられている。
移動によってロボットは作業範囲の拡大が可能なこと、また、環境を多方向から観察認識でき
ることからロコモーションはロボットにとって重要な機能で、ニーズとしても物の搬送や警備、
清掃など環境保全作業、農林業作業、土木建築作業など移動を必要とする作業の自動化、さらに
は人の移動支援など、多方面に及ぶものである。
2.これまでの技術展開
ロコモーションに関しては、1950 年代に自動車の自動操縦の研究として始まっている流れがあ
る。路面に埋設した誘導ケーブルによって経路を設定する方式はその後、高速化が図られたが、
自動車としては実用化されず、工場内の無人搬送車のナビゲーションとして展開され、現在の実
用化に繋がっている。一方、より自在なロボットの移動を実現しようと実験室内のモデル環境や
計算機内のシミュレーション環境で開始された自律移動制御の研究開発は、80 年代前後から盛ん
となり、さまざまな経路計画の理論や地図構築手法、位置推定手法が提案され、実験環境での実
証が進められてきている。しかしながらモデル環境ではない、実環境では、環境認識用センサの
性能不足、またロボット搭載計算機の処理能力の不足などによって、現実の環境でのロコモーシ
ョンは難しい状況にあった。90 年代以降は計算機の小型軽量、省電力消費化、情報処理能力の向
上と、画像センサの高性能化やレーザレンジセンサの小型軽量化、高性能化による環境認識能力
の大幅な進展がなされ、整備された道路環境での長距離ナビゲーションが米国では Navlab、ドイ
ツでは VaMoRs プロジェクトで実現されてきている。
現在、整備された屋内外でのナビゲーションは実験室やデモ会場から、人間など予測されない
障害物が少ない、工場での物流の自動化やオフィスの清掃作業の自動化として実用され始めてい
る。研究開発レベルでは、米国で屋外環境の長距離ナビゲーションコンテストが開催され、200km
を越える長距離の無人移動や市街地でのより複雑な移動制御の実現が実証されるに至っている
(GrandChallenge)。また、国内では、人間の生活環境における自律移動ロボットの走行コンテ
ストが 2007 年秋に開催され、人や自転車の移動する遊歩道の 1km 自律走行が実現されている(つ
くばチャレンジ)。
また、2000 年に入っての特徴として、ロボット搭載センサによるセンシングだけではなく、環
境にマークやカメラ、RFID といったセンサや情報提供機器を配置して環境とロボットが一体化し
Ⅲ-59
て環境認識や位置認識の問題を解決しようとする、環境の知能化、空間の知能化といった研究開
発が盛んになってきている。従来こうした環境への投資は難しい面があったが、人間生活環境の
安全・安心の確保といった動きと、機器の低コスト化とがあいまって次第に現実的なものとなり、
今後環境認識の役割の一部を担うものと思われる。
3.2025 年代の技術
工場、倉庫内、ビル内の通路など、障害物の少ない屋内外環境でのロコモーションの普及が進
むと予想される。これには警備、環境モニタリング、清掃など環境保全作業や農作業など整備さ
れた屋外環境での作業の自動化に関するものも含まれる。研究開発レベルでは、障害物のより多
い人間共存環境などへの適用が、環境地図の高度化や環境認識センサの高度化、およびその環境
認識機能の向上をもとにより多様な場面において試みられる。
地図に関しては環境に関する様々な情報の適切な抽象化と構造化が行われるとともに、GIS や
ITS など既存のシステムとの連携も図られる。環境地図構築と位置認識に現在提案されてきている
各種 SLAM 手法が3次元に拡張され、それらの実用化が進むと予測される。外界センサの機能、性
能の向上と併せて、環境認識の高精度化、高速化、ロバスト化が進展する。
4.2050 年代の技術
ロコモーションとして 2050 年までに実現すべきものは人間生活・活動環境周辺での自律的な安
全で信頼性の高い移動の実現である。速度としては人の歩行速度程度、あるいは自動車の走行速
度程度で、それぞれ人の歩行する環境と道路環境を移動するのが当面の目標と思われる。いずれ
の環境においても人間、自転車、自動車のように環境に共存する移動障害物に対する適切な対応
が前提となる。さらに屋外不整地環境でのナビゲーションの実現により、人工環境からより自然
環境に近い環境への拡大が可能となり、農林業作業、土木建築作業の自動化の進展が図られる。
視覚センサやレンジセンサの高度化と SLAM などの情報処理技術の進展により、人間と同程度の
環境認識能力や空間認識能力が実現すると予測される。モデル環境で検討されてきた経路計画手
法も実環境でより実用的なものになると期待される。
5.その他の要素
ロコモーション自体を構成する主要要素以外の要素について述べる。
単体のロボットの自律化は複数のロボットの移動を促し、この面での研究も展開されている(分
散・協調)。これまでは生物の集団の行動から複数移動体の分散協調の問題が理論的に研究され
てきたといえるが、今後、自律的な移動ロボットが社会に普及すると複数移動体の制御は大きな
問題となる可能性がある。現状ではこの分野の成果は交通流制御問題や最適物流搬送問題などへ
の応用が考えられている状況にある。
ロコモーションを不整地環境へ拡張する場合、離散的に環境とコンタクトしながら移動できる
歩行の有効性は高いと考えられる(歩容・姿勢制御)。60 年代以降、そのまま静的に姿勢安定化
が可能な4本、6本足などから研究開発が開始されてきた歩行機械は、90 年代中頃に非常に人間
に近い歩行動作を実現するヒューマノイドロボットの発表によって、特に2足歩行の研究が盛ん
になり、現在までに様々なサイズの2足歩行ロボットが開発されてきている。基本となる歩容制
御、姿勢制御はほぼ確立されたといえるが、真にその効果を発揮できる不整地での移動、高速で
Ⅲ-60
高効率の移動、人間共存で利用するための安全性・信頼性の確保など課題も多く、対象環境の拡
張等、これらの課題の段階的な解決期待される。一方、高齢化社会への危惧から環境はバリアフ
リー化が進むと予想され、その状況で、2足歩行の実用面での必要性は議論のあるところである。
今後、ロコモーションの機能の向上は人間が活動する環境へロボットの進出を促すもので、人
間共存環境における人とロボットの安全確保も技術的な課題等として検討される必要がある。ま
た、それらのロボットをいかにして人間共存環境に受け入れるかという社会制度的な整備も重要
になると思われる。
Ⅲ-61
小俣透(東京工業大学)
5.2
マニピュレーション
Ⅲ-62
1960
効果
□Safety
□Green
2007
高速ハンド,高把持力ハンド,高速ビ
ジョン
要素技術の発展
高速ハンド,高把持力ハンド,高速ビジョン
など部分的に人を超えるマニピュレーショ
ンの登場,指先力100Nに対して100g/関節
産業,医療でのニーズの高まり
・多品種少量生産,生産拠点の国内回帰
→人間の手のような器用さと汎用性を持つ
ロボットハンドへの期待
・内視鏡化手術の普及
→マニピュレーション技術への期待
現在の技術
高把持力電動義手腹腔内組立式ハンド
■Comfort
マニュピレーション
テーマ
工学系融合
小俣 透
執筆者
領域
2025年の技術
産業
標準的な触覚センサ
触覚マニュピレーション
汎用システム
ハードウエア技術
指先力100Nに対して60g/関節
全面を覆う標準的な触覚センサ
触覚提示実用性向上
ソフトウエア技術
触覚マニピュレーションの確立
汎用的なシステム
神経工学,脳科学との連携
少子高齢化によるニーズ増大
産業,医療など社会レベルで普及
物流
2025
低侵襲精密医療
人工皮膚・人工筋肉
人間とシームレスなロボット
超高齢化社会到来!
技術の成熟
人工皮膚,人工筋肉などの要素技術成熟
とそれに基づくロボット設計確立
指先力100Nに対して30g/関節
→人間を超えるマニピュレーション
家庭,福祉など個人レベルで普及
人間とシームレスのロボット
人間の役割明確化
2050年の技術
人の手と同等な義手
2050
定義
マニピュレーションとはロボットで物を操作することであり、対象物の大きさは人間の手で操
作する大きさからやや小さい程度として議論を進める。さらに小さい細胞や分子・原子等のマニ
ピュレーションが現在活発に研究されているが、別に議論されているのでここでは除外する。マ
ニピュレーションはロコモーションとともにロボット学の機能的分類である。
技術として、マニピュレーション技術という一つの技術があるわけでなく、ロボットで物を操
作するための関連技術の集合である。ハードウエアにはマニピュレータ、ハンド、センサ、ソフ
トウエアにはセンサ情報処理、システム開発、ヒューマンインタラクション等が含まれる。
その形態には、マスタースレーブ方式のような人間介在型マニピュレーションと人間が介在し
ない自律型マニピュレーションがある。例えば手術マニピュレータは遠い将来でも自律化は考え
にくい。一方、製造業の自動化では人手を減らすことが目的であるので、自律型マニピュレーシ
ョンが目標である。どちらの形態をとるかは目的に依存するので、ここでは両者を含むことにす
る。
社会的ニーズ
現在急速に進行している少子高齢化は、労働力の減少、高齢人口の増加を意味している。これ
を背景に、マニピュレーションには産業、医療、家庭の各分野に高い社会的ニーズがある。
製造業では少品種大量生産から多品種少量生産にシフトしている。少品種大量生産はそれまで
の産業用ロボットの得意とするところであるが、多品種少量生産は自動化がしにくく不得意とす
るところである。そのためロボット化が進まず、人件費の高い国内生産から安い海外生産にシフ
トし空洞化を起こしていた。しかしリスク回避等から国内生産が望まれている。そのため多品種
少量生産の自動化に強い関心が寄せられている。製造業の国際競争力維持のためにマニピュレー
ションの貢献は重要である。また非製造業でも労働力の確保が課題となっている。
一方、高齢化社会では医療需要も増加する。90年代後半から患者に優しい低侵襲医療として
内視鏡下手術が急速に普及した。しかし、術者には不自由な遠隔操作を強いる。これまでにダビ
ンチのような手術ロボットが開発されているが、安全で確実な手術方法の確立はこれからの課題
であり、急務の課題となっている。ここにマニピュレーション技術の医療への貢献が強く期待さ
れている。
家事代行する家庭ロボットの潜在的ニーズは高く、今後高齢者世帯が増加するとそのニーズは
さらに高まる。しかし技術的、価格的ハードルが高く、家庭ロボットいきなり普及するとは考え
にくい。したがって、産業、医療が先に普及し、その後、技術的、価格的問題が解決し、家庭ロ
ボットが普及するというシナリオを想定する。いずれにしてもマニピュレーションは個人と社会
に快適と安心をもたらす技術である。
2007年(現在)
マニピュレーションに関する基礎的概念の提案、理論的研究は90年代までに一段落し、ニー
ズを意識して使える技術への模索、応用分野への展開が最近の潮流である。要素技術は確実に進
歩し、部分的には人間を超えるマニピュレーションの実現が予感される時代になった。
ハードウエア技術:産業用ロボットに関しては、小型軽量化・高性能化が進み、双腕マニピュレ
Ⅲ-63
ータによるマニピュレーションが実用化されている。ハンドに関しても、高把持力ハンドや高速
ハンドなどの高性能ハンドが開発されている。指先力 100N に対する1関節当りの質量を性能の目
安とすると、100g が実現されている。視覚センサに関しては、人の眼よりも高速に現象を捉える
高速ビジョンが開発された。触覚センサに関しては、依然実用段階には到達していないが大きく
進歩し、大面積・柔軟な高性能触覚デバイスの実現に目処が立ちつつある。また、人間の触覚に
対する科学的解明も大きく進展した。
ソフトウエア技術:制御に関しても、力制御による高精度はめ合い作業、加工への応用、インピ
ーダンス制御を用いたパワーアシストマニピュレーションなどニーズを意識した研究にシフトし
ている。また、ワイヤレスセンシングや環境側の知能化など現実的なマニピュレーションシステ
ムの構築が模索されている。一方、対象物体は剛体から柔軟物に拡大されてきた。対象が複雑に
なるにつれモデルベースト的な制御手法の限界が明らかになり、感覚運動統合、すなわち実世界
との相互作用の制御にパラダイムシフトしている。新しい流れとして、神経工学、脳科学との連
携がある。人間の神経や脳に結合してハンドを動かす研究が現れてきた。人間の技能の理解が進
む可能性が出てきた。
一方で課題も多く残されている。産業分野ではロボット化ができない部分が多く残る。人間の
手のように汎用性があり、変化に柔軟に対応できるマニピュレーションができていない。そのた
め導入効果とコストの関係が明確でない。医療でもダビンチのような大型手術マニピュレータは
コストに見合う導入効果が得られるのか問題を残している。小型化および各領域の専用マニピュ
レータの開発へと関心がシフトしてきている。要素技術のさらなる性能向上、信頼性向上も必要
である。とくに触覚センサに関しては、現状では標準的な触覚センサがないため、触覚情報を利
用した操作アルゴリズムの研究も遅れている。
2025年
センシング機能を持つ人工皮膚や人工筋肉のような新アクチュエータが実用化されればロボッ
トのつくり方が根本的に変わる可能性があり、それが引き金になりアルゴリズム面も大きく進歩
する可能性がある。しかし、このようなブレークスルーがいつ起こるかは予測しがたく、またシ
ーズ技術だけにより飛躍的な進歩が起こると考えることにも無理がある。一方、マニピュレーシ
ョンに限らずすべての分野において、ニーズとシーズがマッチングし実用化例が現れれば、新た
な研究投資、研究インフラの整備、新たなシーズの創出、ニーズのさらなる拡大という正の循環
が発生し、その分野は大きく発展する。パソコンがその例である。最近のニーズの高まりと要素
技術の進歩を考えると、今後このような正の循環による発展を予想する。
操作するロボットとしてのハンドには、人間の手のような汎用性と器用さは理想的である。し
かし人間の手をロボット化した場合に、図に描いた多指ハンドのような形態になるとは限らない。
目的に即した特殊化が行われると想像される。あるいは双腕マニピュレータがさらに小型軽量化
され指と腕の中間サイズのロボットになるかもしれない。図には汎用性の象徴として、多指ハン
ドを描いてある。小型ハンドやマニピュレータの普及とともに高性能化低価格化され、指先力 100N
対して 60g/関節が実現される。触覚センサに関しては、ハンドやマニピュレータの全面を覆う標
準的な触覚センサが普及する。触覚提示デバイスの実用性も向上する。
ハードウエアの進歩と標準化を背景に、ソフトウエアも進展する。触覚においては触覚情報と
操作量との関係が明確になり、触覚フィードバックによるマニピュレーションが確立される。さ
Ⅲ-64
らに視覚を加え、柔軟物を含む多種多様物体のマニピュレーションが実用化される。これに加え
て教示技術の確立と開発環境の標準化により、状況の変化に柔軟に対応できる汎用的なシステム
が容易に開発できるようになる。
製造業では多品種少量生産の無人工場が多く現れる。医療では、さまざまな新領域でマニピュ
レータや操作機器が開発される。触覚提示が医療分野でも実用化される。一方、神経工学、脳科
学との連携により、人間と一体化したマニピュレーションが進むとともに、人間の技能に関する
理解が深まる。
2050年
多様な状況で多種多様物体のマニピュレーションがより進化し普及する。工場の無人化が進み、
製造業から非製造業へと無人化が進行していく(注:仮に労働力減少を上回る勢いで無人化が進
めば、雇用不安が発生することになる。この場合は国際競争力の維持による景気の維持やロボッ
トビジネスの成長により吸収されることが望まれる)。この蓄積から、ロボットの低価格化、性
能向上が進行し、家庭ロボットが実用化され普及していく。さらなるニーズの拡大とともにロボ
ットへの投資が増え、人工皮膚、人工筋肉等のブレークスルー技術が現れ進歩が加速する。ハー
ドウエアとして現在のロボットとは全く異なったロボットの設計製作が可能になり、指先力 100N
に対して 30g/関節が実現される。さらに人間の技能の理解が進み、それを取り入れたマニピュレ
ーションも実現されるとともに、人間を超えるマニピュレーションが実現される。義手では人間
の手と同等のものが開発される。
ロボットが普及するとともに、人間とロボットとの係わりがシームレス化されていく。それと
ともに、やはり人間が行うべきマニピュレーション、人間とロボットが協調して行うマニピュレ
ーションが明確化される。
Ⅲ-65
曽根理嗣(JAXA)
Ⅲ-66
2007
短距離移動.
二次電池の活用.
自在性の確保.
電池の小型軽量化により,長距
離移動が可能.
短距離移動.
有線によるエネルギー供給
か,もしくは鉛蓄電池やニッ
カド電池等の二次電池によ
る蓄電によりエネルギーを
確保.
高効率化.長距離移動.
高エネルギー密度化,集積化.
自在性の向上.
8A/48Vを常時必要とするロボット
を仮定すると,リチウムバッテリ
の質量/体積は,10kg/4L程度。
ピークパワーには電気二重層
キャパシタで対応1000F級のスー
パーキャパシタを使用した場合,体積
は5kg/2L程度.
現在の技術
過去の技術
今日のバッテリ
長時間の移動機能維持
燃料電池
リチウムイオン
バッテリ
鉛蓄電池,ニッカド電池
+ -
or
有線による電力供給
■Green
エネルギー貯蔵技術の多様化
□Safety
効果
1980
エネルギー
テーマ
1960
曽根 理嗣
執筆者
■Comfort
工学系融合
領域
分散型エネルギー貯蔵
制御部/基盤等
には,薄型蓄電
池を直接配置し,
制御の簡素化を
図る
大電力が必要な
サーボモータ等の
近傍には高出力
バッテリを配置
将来のバッテリ
水素貯蔵能力の向上から燃料電池による電源
の一括管理が可能になる.補助電力としての
リチウムバッテリの使用.補助電力の維持に
は,非接触エネルギー伝送技術が活用される.
必要な社会インフラの整備が進むことにより,
ロボットが人の「手」を借りずに,セルフ・エネル
ギー・メンテナンス性を獲得する.
電源の小型軽量化と併せて,寿命性能が向上
し,交換の必要がなくなる.このため,より安全
性を重視し,蓄電デバイスはロボットの体内に
配置される.
エネルギー・デバイスの集約化.
エネルギーのセルフメンテナンス性の獲得.
社会基盤の充実
分散型エネルギー貯蔵
電源のハイブリッド化
社会基盤の整備
ハードウエア進化
2050年の技術
自立機能の向上,メンテナンスフリーへ
充電設備が社会的に整備さ
れ,ロボットの自立判断によ
りエネルギーを確保する
2050
電池の高密度化,薄型化が進み,分
散型エネルギー貯蔵が可能.
各機器に対して,on demandな電力
供給を行うことにより,電力制御機器
の簡便化が測られる.
→制御用電源と計測用電源の切分.
燃料電池と,リチウムイオン二次電
池,電気二重層キャパシタのハイブ
リッド電源により,大電力供給から制
御機器の定常運用までが効率的に
管理可能になる.
2025年の技術
ロボットの自立化,高機能化
非接触エネルギー伝送
充電作業には,非
接触エネルギー伝
送を活用し,安全性
を向上させる.
充電中
2025
5.3
ロボットのエネルギー
ロボットにおけるエネルギー技術とは
人間に似たヒューマノイドタイプのロボットにおいては、ヒトの生活の近傍を活動の範囲とす
ることが想定されるであろう。ヒトの近傍で活動するロボットのエネルギー源としては、小型軽
量であることと同時に、安全性において多くの要求が挙がるものと推察する。
このような観点から、近未来におけるロボット用のエネルギーデバイスについて、その将来像
を予測する。
社会的ニーズ
実用化が進むロボットとして、人間の作業をサポートするロボットや、人間が行えない作業を
代行するロボット等が挙げられる。工場内では荷の積み下ろしや運搬を行う作業ロボットが実用
化されており、また自動車組み立てラインでは単調な溶接や加工を行うロボットが作業に従事し
ている。また、災害救助ロボットのように、人が入り込むことのできない場所へ代わって侵入し、
ライフサインを探知するロボットや、惑星探査ローバのように人がたどり着くことのできない場
所において観測作業を行うロボットなどがある。ロボットへのエネルギー供給には、局所的には
ケーブルから電力供給がなされ、また移動を必要とするロボットについては内蔵するバッテリか
ら電力供給を受けてきた。更なる自在性が求められる中、行動持続時間を長くするために、高エ
ネルギー密度の電池を使用して電源を小型軽量化する試みが進む。
特に人間の支援をするロボットの必要とする電力量は増大するものと考える。介護ロボットの
ように、より人間に密接に係るロボットが誕生する中では、人体を初めとする重量物の移動に必
要となるエネルギーを如何にロボットに確保させるかが重要な課題となる。
このような流れの中でエネルギー技術に求められることは以下の点であると考える。
① 小型・軽量化
②
低コスト化
③ メンテナンス性の向上
④
環境への配慮
この4点に対するニーズは、今後更に高まることと考える。
2007 年現在
今日、モバイル機器や移動体への適用を目指した小型軽量化を実現させる蓄電デバイスとして
リチウムイオン二次電池の開発が進んでいる。
単位質量あたりに蓄積することのできるエネルギーをエネルギー密度と呼び、電池の場合には
Wh/kg で表現される。リチウムイオン二次電池ではこのエネルギー密度が 100~160 Wh/kg となる。
この値は、従来のニッケルカドミウム電池やニッケル水素電池においては 40~55 Wh/kg 程度であ
り、これらに比べて同一質量内に2~3倍近いエネルギーを蓄電できることを意味する。このこ
とから、リチウムイオン二次電池は 1990 年代半ばより市場に姿を現し、その後は機器のウェアラ
ブル化やユビキタス社会の実現への期待から急速に研究開発が進んだ。更には地球温暖化問題へ
の関心の高まりから脱ガソリンの期待が高まったことを受け、電気自動車への適用を目指した研
究も進められた。
この電気自動車への適用を前提とした研究は、併せて燃料電池の研究開発も加速させた。燃料
電池は燃料と酸化剤を電気化学反応させることにより、高効率で電気を生み出す発電装置である。
Ⅲ-67
スペースシャトルにおいて実用化されているアルカリ形燃料電池 1)では、1200 Wh/kg という高い
エネルギー密度が実現されており、電気自動車の航続距離を延ばす目的から地上用移動体への適
用が望まれた。ただし、反応にガスを扱う事情から小型化が難しく、また触媒等の部材のコスト
高から、開発には技術革新を必要としている。
また、メンテナンス向上への期待から、電気二重層キャパシタの開発が進んでいる。キャパシ
タは構造が単純であり、充放電に電気化学反応を伴わないため、多くの充放電サイクル使用に耐
えるものと期待されている。このことから、重要な装置のバックアップ電源(UPS)としての適用
や、燃料電池自動車の補助電源としての適用が期待されており、一部では既に実用化が図られて
いる。ただし、実現されるエネルギー密度は 10~20 Wh/kg 程度と小さい。この値は、鉛蓄電池に
相当する値であり、エネルギー密度を向上させるべく、ナノテクを導入した研究開発が活発に進
んでいる。
以上は、近年の新型蓄電デバイスに係る適用の流れである。これらのデバイスは、それぞれに
運用上の得意分野を持つ。
例えば、リチウムイオン二次電池は小型軽量化が可能な電池ではあるが、大電流での放電には
適さない。充電においても通常は2~7時間を要するため運用上の制限が多くなる。
また、燃料電池は大電流での発電が可能なデバイスであるが、素電池毎の出力電圧が 0。6 V 程
度と小さく(リチウムイオン二次電池は 3。6 V 程度)、必要に応じて多くの素電池を直列に接続
する必要があり、高電圧デバイスへの適用は課題が多い。
電気二重層キャパシタは大電流での充放電が可能なデバイスであるが、小型軽量化が困難であ
る。また、出力電圧が充電状態に応じて大きく変化するため、蓄電デバイスの制御のための開発
に多くの努力を払う必要がある。
現在では多くのロボットはリチウムイオン二次電池を使用した設計を前提としており、将来の
適用の可能性として、燃料電池やキャパシタの適用を模索している段階であると考える。
2025 年
ロボットによる人類の活動支援を前提とし、ロボットに快適な生活への支援を期待する中で、
介護ロボットや人間支援ロボットの開発が進むものと考える。この中では小型のサーボモータや
制御機器の小型軽量化、構造材料の軽量化などが進むことであろう。しかしながら、蓄電デバイ
スの小型軽量化は劇的には進まないものと考える。現在、開発が進むリチウムイオン二次電池、
燃料電池、電気二重層キャパシタの延長上での技術を使い分けることにより、ロボットの電力確
保を図ることになる。
例えば、燃料電池を主電源とし、リチウムイオン二次電池を補助電力として使用する。その上
で、サーボモータのような高出力を必要とする部位には、電気二重層キャパシタを配し、待機時
には燃料電池等からキャパタの充電を行い、必要に応じて放電させる
2)
。特に介護等の人間に密
接する領域で活動するロボットにおいては、燃料電池用の水素は水素吸蔵合金に蓄え、リチウム
系の補助電源には鉄リン酸系化合物等の(質量的には多少のデメリットがあったとしても)より
安全な電池設計を可能にする電極材料が使用された新規リチウムイオン二次電池が適用されるも
のと考える。
制御機器については、高電圧は必要なく一定電力を維持し続けることが求められると考える。
このような部位については、薄型電池を適用し、局所的な電力維持を図る。このような分散型エ
Ⅲ-68
ネルギー貯蔵により、ロボットのシステムとしての電力管理を行う。
燃料電池のための燃料を補給する際には、一時的にリチウムイオン二次電池を使用して電力を
維持する。このリチウムイオン二次電池は、燃料電池からも充電可能であると同時に、非接触電
力伝送により充電可能な設計となる。
ロボットの運用は、当初は介護や工場内での運搬のような局所的な業務に限られるものと考え
る。このような管理された領域においては、燃料電池に必要となる燃料ガスの管理が容易となる。
コンビナートに隣接する工場等では、今日でも水素ガスは余剰に存在し、常時大気中に放出さ
れている。一例としては、エチレンプラントが挙げられる。エチレン合成時には、水素が副生成
物として発生する。水素は地球温暖化ガスとはなりえないため自由に排気することができ、今日
の石油プラントでは常時大気中に排出されている。これをエネルギーとして利活用できるように
なれば、エネルギー消費量の低減に寄与することが可能となるうえ、ロボット運用におけるコス
トの低減も可能になると考える。
また、地域住宅を統合管理して燃料電池を適用し、発生する電力と熱を共同で運用するような
提案は既にある
3)
。このような地域社会を管理区域として設定し、ロボットの運用を含めて燃料
電池の適用を図ることにより、将来の大規模な適用への道筋が生まれる。
2050 年
水素貯蔵技術の進歩から、燃料電池の小型化に目処が立つ。これにより、主電源の大幅な小型
軽量化が可能になる。また、水素の運搬が容易になることから、ロボットの支援を管理区域外に
おいても受けられるようになり、ロボットの活動領域が広がる。主電源の燃料補給時には一時的
に補助電源により運用される。補助電源としてはリチウムイオン系の二次電池が使用されるが、
この電池においても、水系の電解液を使用し、電極材料においても熱暴走反応を抑制した電極が
実現され、安全性が向上しているものと考える。これらの結果として、ロボットが自立して充電
状態を管理することが可能となる。主電源からの電力供給が立たれそうになったうえで、燃料補
給が困難な場合には、非接触電力伝送によりプラグの挿入なく充電が行われる。非接触充電用の
設備は町の辻角や一般家庭の廊下などに置かれ、ロボットは自力でそれらの場所にたどり着いて
補助電力の維持が図られるように、ロボットはセルフメンテナンス性を獲得する。薄型電池は薄
膜電池に進化し、制御系の電力維持に使用される。薄膜電池では、特に無機のイオン伝導体が固
体電解質として適用されることにより、更に安全性が向上する。
更に将来においては、燃料電池の小型軽量化が進み、大電力発電から、低電力供給まで一括し
た電力管理に目処がたつ。このことにより、2007 年ごろから進んだエネルギーの分散貯蔵への動
きは収束し、エネルギーの統合管理の時代が始まる。このような蓄電デバイスの進化は、ロボッ
トへの蓄電デバイスの搭載場所にも変化をもたらす。過去には、ロボットのランドセルを背負わ
せてその中に電池を格納する設計が主流であったが、電池の長寿命化や小型化が実現することか
ら、人間の心臓と同様、骨格で守られたロボットの体の重心位置に近い部位に配置されることに
なると考える。
最後に、これは社会的なコンセンサスが得られることが前提であるが、米国/ロシア/ヨーロ
ッパがボイジャーやカッシーニ等の深宇宙探査に使用した原子力電池(RTG)を、地上で使用する
ことが許されるのであれば、ロボットの超長時間の行動持続が可能になると思われる。
Ⅲ-69
参考文献
1)曽根理嗣,上野三司,桑島三郎,「宇宙用燃料電池技術と最近の動向」,Electrochemistry,
pp.705-710,70,No. 9,(2002).
2)土井雄介,石田政義,安芸裕久,片岸行雄,谷口辰夫,「電気二重層キャパシタを用いた家
庭用燃料電池ハイブリッドシステムにおける運用方策の実験的検討」,平成18年電気学会電力・
エネルギー部門大会(2006).
3)安芸裕久,山本重夫,前田哲彦,近藤潤次,石井
格,「住宅における燃料電池導入と電力・
熱・水素によるエネルギーネットワーク」第21回エネルギーシステム・経済・環境コンフェレ
ンス(2006).
Ⅲ-70
安積欣志((独)産業技術総合研究所)
Ⅲ-71
過去の技術
高分子ゲルを用いたデバ
イスプロトタイプ例(出展:
文献(3))
1980
Key word:
ケモメカニカルシステム
ー
2007
+
:水分子
+
ー
ー
+ :プラスイオン
(+側に曲る)
電場
ー
+
+
ー
ー
+
ー
金電極
:高分子電解質(マイナスイオン)
イオン交換膜
カウンター
電極
-
- -
Key word:
電気活性高分子
(Electroactive Polymer(EAP))
技術例
イオン性高分子アクチュエータ(イオン導電性
高分子、電子導電性高分子、カーボンナノ
チューブ)駆動電圧:数V,出力重量比:10kJ/kg,
応答速度:~100Hz,変換効率:~1%
電子性高分子アクチュエータ(誘電性エラスト
マー、電歪ポリマー、圧電ポリマー、液晶エラ
ストマー)駆動電圧:~10kV, 出力重量比:1
kJ/kg, 応答速度:~kHz, 変換効率:>60%
応用例
医療用デバイス(能動カテーテル、医療用マ
イクロポンプ等)、福祉用機器(触覚ディスプ
レイ等)、マイクロロボット、宇宙用途など
現在の技術
-
- -
SRI社誘電エラス
トマー
プラスチック
電子導電性 Au電極
高分子
収縮(還元)
膨潤(酸化)
電場による電子導電性高分子の体積変化の原理図
イオン性高分子アクチュエータ
■Green
電子性高分子アクチュエータ
+
■Safety
技術例
刺激応答性高分子ゲルによる
ケモメカニカルシステム(熱、化
学、電場、磁場などの直接的な
力学エネルギー変換)
駆動電圧:~10V、応答速度:
>10秒、
応用例
電場応答ゲルによるソフトアク
チュエータ、熱応答ゲルによる
DDSほか
1960
□Comfort
高分子アクチュエータ(人工筋肉)
テーマ
効果
安積欣志
工学系融合
執筆者
領域
デバイス
Key word:
電気活性高分子による人工筋肉
技術例
電気活性高分子による人工筋肉
(薄膜・積層化による高速、高効率
な大型素子の開発、生体様制御
技術の開発 駆動電圧:数V以下、
出力重量比:100kJ/kg、応答速度:
~kHz、変換効率:>80%)
バイオアクチュエータの開発(運動
たんぱく、あるいは細胞利用によ
るアクチュエータ )
応用例
ヒューマノイドロボット、電動義肢・
義手、医療・福祉用機器など
2025年の技術
(北大)
薄膜・積層化による高効率、高速素子
2025
電磁場
化学エネルギー
変換による非接
触コントロール素
子
化学エネル
ギー物質
光
Key word:
生体模倣人工筋肉
技術例
化学エネルギー高効率変換材料の
開発
自己組織化による階層構造の構築
光、熱、電磁場信号による非接触コ
ントロールシステムの開発
駆動電圧:100mV、出力重量比:
100kJ/kg、応答速度:~kHz,変換
効率:>80%
応用例
人工筋肉、人工内臓(人工心臓、人
工すい臓など)など
2050年の技術
自己組織化による
階層構造をもつ人
工筋肉素子
2050
5.4
高分子アクチュエータ(人工筋肉)
高分子アクチュエータ(人工筋肉)とは?
高分子アクチュエータとは高分子ベースのアクチュエータ材料である。熱、化学物質、電場、
磁場などの様々な物理、化学刺激に応答して変形する高分子材料を応用する研究が1980年代
後半より、広範に進められてきた。その中で、現在、電気活性ポリマーと呼ばれる、電気エネル
ギーを機械エネルギーに高効率に変換する一群の材料が開発され、高分子アクチュエータ材料と
して開発が進められている。これらは、従来の、金属、セラミック系のアクチュエータ材料と比
較して、発生歪みが大きく、人工筋肉材料としての可能性が期待されている。
社会的ニーズ
日本が今後、突入する超高齢化社会においては、医療介護費の削減がもっとも重要な問題とな
り、低浸襲・高度医療技術の開発による患者の入院日数の低減や介護ロボット技術開発による介
護労働力の削減が必要となる。そのために医療、介護用ロボット開発のための、人体に安全な高
出力ソフトアクチュエータの開発が必要とされている。また、今後の再生医療技術の一つとして、
人工臓器としての人工筋肉技術として開発される可能性も考えられる。
1980年―(過去の研究)
生体の筋肉を模倣して、人工材料を用い化学エネルギーを力学エネルギーに直接変換する研究
は Kuhn, Katchalsky らが、ポリアクリル酸ゲルおよびポリメタクリル酸ゲルの、溶液 pH 変化に
よる、伸縮現象を発表したことに始まる 1) 。彼らは、この様な化学エネルギーを力学エネルギー
へ直接変換するシステムをメカノケミカルシステムとよんだ。その後、しばらくして、長田義仁
らが高分子ゲルを用いた様々なエネルギーからの力学エネルギーへの直接変換システムへの一連
の研究をケモメカニカルシステムとしてあらためてとらえなおして、開始した 2) 。それらの研究
をきっかけとして、1980 年代後半に、主に日本を中心として高分子ゲルを用いたケモメカニカル
システムの研究開発が進んだ 3)。実用的には、応答速度が遅い(10秒以上)、材料の力学強度
が弱いということから、進まなかった。その後、1990 年代になって、日本を初めとして、アメリ
カ、ヨーロッパ、オーストラリア等で、高分子ゲル、導電性ポリマー、強誘電体ポリマー、エラ
ストマー、液晶エラストマー等の材料を用いて、人工筋肉材料としての研究が行われ、現在にい
たっている。
2007年(現在の研究) 4)、5)
現在、高分子アクチュエータとして主に開発が進められている、電気活性ポリマーは、主にイ
オン性高分子と電子性高分子の2種類に区別される。前者はイオン導電性高分子、電子導電性高
分子などで、電場印加にたいして、イオンが流れることにより、高分子の体積変化が起こる原理
のものである。後者は誘電性エラストマーや電歪ポリマーなどで、静電力や電歪力で変形が生じ
るものである。前者は低電圧駆動(数V)であり、材料によるが、伸縮性(数%から 10%)、出
力重量比(最高 10kJ/kg)ともに優れている。応答性は、イオン移動が必要なことから、最高で
100Hz 程度である。能動カテーテルや触覚ディスプレイ、マイクロポンプなどそれほど応答性のい
Ⅲ-72
らない用途で実用化されつつある。後者は、優れた応答特性を持つが、駆動電圧が極めて大きい
のが実用的な問題である。現在の技術では、これらのアクチュエータはマイクロデバイスに適し
ており、マイクロ能動カテーテルや、医療用マイクロポンプ、あるいは、触覚ディスプレイなど
への応用開発が進められている。前者においては、高効率化、高速化、後者においては低電圧化
などの開発が必要である。
2025年
現在の高分子アクチュエータ材料技術は、イオン性ポリマー、電子性ポリマーともそれぞれ様々
な問題があるが、他のアクチュエータ材料にない、高分子本来の加工性、軽量性、柔軟性に加え
て、パワー密度、エネルギー密度などのアクチュエータ性能もポテンシャルが大きい。今後は、
さらに、材料特性を向上させる研究とともに、薄膜化、マイクロ加工、およびその集積化の技術
が開発され、さらに集積化された素子の制御技術アルゴリズムが開発されることによって、数V
の駆動電圧で高出力(出力重力比 100kJ/kg)、高効率(80%)の人並みサイズのアクチュエータが開
発されるであろう。このことにより、ヒューマノイドロボットや高齢者、障害者の身体機能代替
(筋電義手・義足、パワースーツ)への応用も可能となる。また、現在、基礎研究は始められつ
つあるが、ミオシン・アクチンなどの運動性タンパク、あるいは、筋肉細胞などの再構成による
人工筋肉デバイスの開発が進み、それらの材料を用いたデバイス技術も開発されると思われる。
そのことにより、再生医療技術のひとつとして研究が進められるのみならず、高効率な人工筋肉
アクチュエータデバイス技術として、医療、福祉分野で応用がすすめられると思われる。
2050年
生物の筋肉は、100mV以下の電気信号でATPの化学エネルギーを80%以上の高効率で
力学エネルギーに変換する、高速、高出力のソフトアクチュエータである。様々な材料が開発さ
れ、ATPなどの化学物質から力学エネルギーへ高効率に変換する材料の開発が進み、またその
自己組織化による階層構造形成による安価な大型技術もでき、文字通りの人工筋肉が完成してい
ると思われる。高分子型も含め、これらの材料は、マイクロレベルから人サイズのレベル、デバ
イス、機器で応用されることが可能となると考える。さらに、これらの化学エネルギー変換デバ
イスでは、電気信号によるコントロールだけでなく、光や電磁波、あるいは熱などの非接触によ
るコントロールも可能になると考えられる。そのことにより、体内などでの手術デバイスにおい
て非接触コントロールが可能な人工筋肉デバイスも現れると思われる。この段階になって、人工
材料による化学エネルギーの高効率変換と自己組織化による階層構造をもった、真のいみでの人
工筋肉デバイスが実現されると思われ、埋め込み型の人工臓器にも利用可能となると思われる。
参考文献
(1) Kuhn. W, Hargitay. B, Katchalsky. A and Eisenberg. H; Nature, 165, 514 (1950)
(2) Osada. Y and Gong. J P;
Adv. Mat. ,10, 827 (1998)
(3) Polymer Gels (DeRossi. D, Kajiwara. K., Osada. Y and Yamauchi. A Ed.) (Plenum Press)
(1991)
(4) Electroactive Polymer Actuators as Artificial Muscles (Bar-Cohen. Y Ed.) (SPIE Press,
Ⅲ-73
2nd
Ed.) (2004)
(5) ソフトアクチュエータ開発の最前線—人工筋肉の実現を目指して(長田義仁編著代表)
(エヌ・
ティー・エス)(2004)
Ⅲ-74
Ⅲ-75
メカトロニクス、MEMS、人
工内耳、脳深部刺激、機能
的電気刺激
•人工臓器(人工心臓、人工腎
臓、人工骨、人工内耳、人工視
覚)の研究開発ブーム(50~70
年代)
•剣山型電極(80年代)
•人工内耳(80年代実用化)
•MEMS微小電極(90年代)
•筋電を利用したロボット義手制
御(90年代実用化)
•脳深部刺激(DBS、90年代実
用化)
•機能的電気刺激(FES、90年代
実用化)
過去の技術
2007
現在の技術
□Green
多点微小記録電極、ブレインマシ
ンインタフェース、カーソル制御、
ON/OFF制御、NIRS、fMRI、
問題点:
•電極の高集積化、生体適合性
•神経信号計測、神経信号処理
•埋植可能性(包埋、小型軽量、耐久性)
•駆動エネルギー(電力)
•各種神経インタフェースの動物実験や臨
床実験が進行中
侵襲型(ブレインマシンインタフェース、
人工視覚、人工触圧覚、FES)
非侵襲型(ブレインコンピュータインタ
フェース、FES)
■Comfort ■ Safety
効果
1990
生体適合(融合)材料、メカ
テーマ
1960
八木 透
工学系融合
執筆者
領域
脳神経直結型の義手・義足、無機
材料、機能性デバイス、多点微小
刺激電極、多自由度制御
•無機材料の限界
•電気エネルギーを用いることの限界
•研究中の神経インタフェースが実用
化(非侵襲型、侵襲型)
•体内埋植装置の小型軽量化、耐久
性・生体適合性向上
•電磁誘導による電力エネルギー伝送
装置の小型軽量化
•計測技術、信号処理技術の進展によ
り、高度な神経インタフェースが実現
2025年の技術
2025
ソフトアクチュエータ
バイオハイブリッド型神経インタフェース、有
機材料、機能性デバイス、化学反応
•無機材料が有機材料に置き換わる(硬い素材か
ら柔らかい素材へ。有機デバイス)
•医療応用に耐えうるレベルで再生医療とデバイ
スが融合(神経細胞の軸索誘導技術を応用した
装置の実用化、生体素材を用いたバイオハイブ
リッド型の神経インタフェース)
•医療応用に耐えうるだけの生体適合性・耐久
性・機能性を有するソフトアクチュエータの実用化
•電力エネルギーから化学反応エネルギーへ(糖
やATP駆動の体内埋植装置)
2050年の技術
細胞とデバイスの融合
2050
Ⅲ-76
矢内重章((社)日本ロボット工業会)
5.6
過去50年のロードマップ
はじめに
ロボットの発展は、マイクロプロセッサの進化とその普及に負うところが大きいが、1946 年の
ENIAC 完成を契機として、1970 年代には4ビットから 16 ビット、そして 1980 年初頭に 32 ビット
のマイクロプロセッサが実用化され、プロセッサの高機能化はもちろんのこと、軽薄短小化、低
価格化が進んだことで、ロボットの制御の高度化に繋がってきた。
このようななか、産業用ロボットの歴史は、1960 年代を「黎明期」、1970 年代を「実用化時代」、
そして 1980 年代を「普及時代」と一般に形容され、原子力、海洋といった極限環境の下では必要
不可欠であるとともに、高度経済成長期には製造現場での労働環境改善、自動化等のニーズを背
景として開発・導入が活発に行われ、今日に及んでいる。
1960 年代以前
産業用ロボットの技術的背景として、まず、1947 年にアメリカのアルゴンヌ国立研究所が核燃
料の取扱用として機械式のマスタ・スレーブマニピュレータを開発、その後バイラテラル制御機
能の付加、関節を電気式サーボ機構で結合するなどの開発を行ったが、このマニピュレータの設
計手法や制御に関する研究が産業用ロボットの設計・開発に大いに役立つこととなった。
また、MIT が 1951 年に開発した数値制御ミリリングマシンの成功は、アメリカの George C. Devol
のプレイバックロボットの概念である「Programmed Article Transfer」に影響を与えたとされ、
Devol は 1954 年に特許出願している。この特許により、1958 年にアメリカの Consolidated Control
Corp.(CC 社)がデジタル制御による Automatic Programmed Apparatus のプロトタイプを発表し
た。
1960 年代
1960 年代に入って、アメリカの Unimation 社、AMF 社がプレイバックロボットの実用第1号機
を 1962 年にそれぞれ製作したほか、ノルウェーの Tralfa 社(1985 年に ABB 社が吸収合併)が 1966
年に世界最初の塗装ロボットを開発している。
わが国の産業用ロボットとしては、Unimation 社のユニメートを 1969 年に国産化したほか、こ
の機構と同じ油圧サーボタイプのロボットや、従来の自動機械を汎用化した電動ハンドなどが各
種商品化されている。
1970 年代
1970 年代としては、1973 年に、ASEA 社(スウェーデン、現 ABB 社)が世界最初の電動駆動式垂
直多関節ロボットの試作第1号を製作し、日本では Tralfa 社の塗装ロボットを神戸製鋼所が国産
化した年でもある。
1970 年代は技術的に、駆動源では油圧が主流であったものの電動(DC サーボモータ)への移行
が始まった時代であり、大きな技術変化はみられなかったが、自動車産業を中心としてスポット
溶接、アーク溶接、塗装、機械加工といった用途向けに、確実な利用のための技術開発が行われ
Ⅲ-77
たことで、一般的にロボットの実用化時代といわれる所以である。
1980 年代
1980 年代は、第一次ロボットブームともいわれるが、産業用ロボットにとって普及元年の契機
となった技術革新としては、1980 年に定格可搬 50kg の電動ロボットが、1981 年には組立用のス
カラロボットがそれぞれ国産技術として登場したこと、そして、マイクロプロセッサによる制御
が一般となり、大幅な性能向上が図られたことである。各メーカもこれらの商品化を図ることで
市場拡大に繋がった。
さらに、小型高速比の減速機(RV 減速機、ハーモニックドライブ、サイクロン減速機)が 1980
年代後半に開発され、ロボットの高性能化に大きく貢献することとなった。
また、サービスロボットの分野においても様々なロボットの開発が行われたが、特に 1980 年代
初頭より、経済成長期にあったことで3K 職場の代表ともいえる建設業界では、労働者の確保が困
難であったこと、製造業に比べて格段に低い生産性などを背景に、建設施工の合理化、生産性の
向上に向けて各種の自動化、ロボット化への取組が積極的に行われた時期でもある。
一方、1983 年から国(通商産業省・現:経済産業省)の大型プロジェクトとして「極限作業ロ
ボットプロジェクト」がスタートしたほか、1985 年には「つくば科学万博」が開催されたことで、
「鍵盤楽器演奏ロボット・WASUBOT」、「2足歩行ロボット WHL-11」をはじめとして、企業からも
多数のロボットが出展されている。
1990 年代
1990 年代初頭では、まずバブル経済の崩壊により国内での生産設備投資が急激に落ち込むとと
もに、円高とも相俟って付加価値の低い量産品は海外へ生産移転が進んだことで産業の空洞化と
いう問題が起こった。このような国内市場の縮小に加え、国内では生産システムとしてそれまで
主流となっていたライン生産からセル生産へという生産方式の転換もあり、1980 年代に大量導入
された組立ロボットにとっては特に受難の時代ともなった。
この国内市場の縮小と円高といった市場環境の中で、一時 280 社を超えたロボットメーカにと
っては、淘汰が進むとともに生き残りをかけた競争が見られた時期でもある。このなかで産業ロ
ボットの性能向上が地道に図られたが、その一つは、AC 従来比 1/3 という超小型軽量の AC サーボ
モータが 1992 年に登場したこと、3つ目は制振制御を現代制御理論に基づき解決出来たことで軽
量化も図られることとなった。そして、4つ目としてビジョンを採用した一般組立が知能ロボッ
トとして登場したことなど、が挙げられる。
一方、極限作業ロボットプロジェクトの後継として「マイクロマシンプロジェクト」が 1991 年
度よりスタートしたほか、インターネットが 1995 年以降本格的に登場してきたことで、ネットワ
ークロボットの研究も始まった。
そして第2のロボットブームを引き起こすきっかけとなったのが、1996 年の本田技研工業によ
る人間型ロボット P-2 の発表である。まさに2足2腕による人間類似でケーブルを外に配するこ
となくスタンドアロンでの自律制御による歩行システムの完成度の高さは、ロボット研究者をは
じめ一般社会にも非常に大きなインパクトを与えた。
これを契機として、経済産業省では「人間協調・共存ロボットシステム」のプロジェクトを 1998
年度より5カ年でスタートさせることとなった。
Ⅲ-78
さらにソニーの4足ロボット「AIBO」が 1998 年に発表されるなど、歩行ロボットの研究が一般
化し、さまざまな企業が歩行ロボットの研究に着手している。
2000 年代
2000 年代は、1990 年後半からの第2次ロボットブームの影響を受け、経済産業省でもロボット
の研究開発プロジェクトを継続的に実施することとなった。
特に、2004 年度~2005 年度にかけて実施した「次世代ロボット実用化プロジェクト」では、2005
年に名古屋で開催された「愛・地球博」の会期中、清掃、警備、チャイルドケア、案内、車椅子
等に実用化ロボットを配置し、展示やデモンストレーションを行ったほか、60 体ほどのプロトタ
イプが開発され、期間限定の展示を行った。
また、1990 年代の米国産業再生の基礎となった「ヤングレポート」の日本版ともいえる経済産
業省の「新産業創造戦略」が 2004 年に打ち出され、ロボットは燃料電池、情報家電とともに重点
7分野の一つに取り上げられ、2005 年以降の研究開発に重点配備されることとなった。
そして、経済産業省以外にも、文部科学省による「大都市大震災軽減化特別プロジェクト」が
2004 年度~2005 年度の2カ年で実施されたほか、総務省の「ネットワークロボットの研究開発プ
ロジェクト」が 2004 年度から5カ年で実施されるなど、ロボットの研究開発プロジェクトが多数
スタートした年代である。
一方、商業的な面からは、サービスロボットとして食事支援、癒し、警備、見守り・コミュニ
ケーション、受付、清掃、搬送等の用途向けに各種のロボットの市場参入がみられるものの、普
及という点では未だ黎明期の段階にある。
(参考文献)
1)
日本ロボット学会編:ロボット工学ハンドブック、2005.6
2)
国立科学博物館:技術の系統化調査報告書「国産ロボット技術発達の系統化に関する調
査」JARA、2003.12
3)
国立科学博物館:技術の系統化調査報告書「産業用ロボット技術発展の系統化調査」楠
田喜宏、2004.3
Ⅲ-79
1.6
おわりに
本アカデミックロードマップは、2050 年の将来について、日本ロボット学会、日本人間
工学会、人工知能学会に所属する専門家集団が、人間系融合領域、情報系複合領域、工学
系先端領域について、これまでの研究開発の歴史をふまえ夢の実現性を検証し、社会ニー
ズがある技術を提案・展望したものである。2 年目となる今回の検討作業では、昨年度まで
の検討で欠落していた部分の補完と、3 つの技術領域間の融合を進めることに重点を置いて
作業を進めた。領域をまたがる議論では、安全、制度・法律、社会倫理・技術倫理などで、
共通の課題が見出された。これらの課題は、特定の技術分野の専門家だけで解決できる問
題ではない。ロボット化が進む 2050 年の社会に向けた将来の課題について、関連する複数
の学会が協働して議論する今回のような活動は、今後も継続していくことが望まれる。
また、今回の検討作業では、新たに「進化系統図」と「ロボットチャレンジ」を追加し
た。進化系統図は、ロボットの発展において、それぞれの技術の進化と、技術間での複合・
融合の関係性を示すものである。したがって、進化系統図からはロボットの発展において
キーとなる技術(多くの技術に分岐進化する、複数の技術が融合されて新たな価値を創造
するなど)を知ることができる。また、そのような重要な技術をキーワードとして抽出し、
若い研究者・技術者に取り組んでもらいたいテーマとして挙げたのがロボットチャレンジ
である。質・量ともに充実した読み応えのある報告書となっている上、そのように、内容
を概観することができるような考慮もされているので、大学・研究機関・企業での研究開
発テーマ検討時やロードマップ策定時に、経済産業省が作成したロボット分野技術戦略マ
ップとあわせて、是非とも本報告書を活用していただきたい。
RT はメカトロニクスの高度化という形で日本を支えてきたし、これからも支え続けてい
く技術である。また、ロボットは「人の役に立つ」だけではなく、「人を知る(社会、人、
生物を構成論的に知る)」、「人を元気づける(若者の理科系離れへの対策ほか)」などのロ
ボット独特の役割もある。これらのロボットの役割を活かしていくことで、少子高齢化問
題や環境問題などの将来の社会問題に貢献していくことも可能である。現在、産業用ロボ
ットを除いては、ロボット市場が立ち上がっているとは言えない状況である。しかし、自
動車の歴史が 150 年であるのに対し、ロボットの歴史はまだ 50 年である。ロボットの本格
的な社会普及はこれからであり、短期的に判断すべきではない。新たなロボット市場を創
出・拡大していくためには、ロボットサービスのコンテンツも重要であり、基盤となるソ
フトウエアを搭載して体系的なサービスを可能にするロボットの実現が重要とあろう。
39
-禁無断転載-
経済産業省
報告書
平成 19 年度技術戦略マップローリング委託事業
(アカデミック・ロードマップ作成支援事業)
ロボット分野アカデミック・ロードマップの改訂等
ロボット分野に関するアカデミック・ロードマップ
平成20年3月
経済産業省
株式会社 KRI
社団法人 日本ロボット学会
社団法人 人工知能学会
日本人間工学会
問合せ先 財団法人製造科学技術センター
東京都港区虎ノ門三丁目11番15号
SVAX TTビル3階
ロボット技術推進室
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