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CS研レポート Vol.50(全ページ)[PDFファイル
CS研レポート 学校経営 Vol.50 CS研レポート Vol.50 特集 学校の自己点検・自己評価 II Vol. 学校経営 50 教科教育研究所 発行 編集 〒543-0052 大阪市天王寺区大道4丁目3-25 啓林館ビル (06)6779-1531 教育改革 学校の自己点検・自己評価 II ■巻 頭 言 早稲田大学教授 下村 哲夫 ■各 論 §4 生徒指導・学習集団編成 2 ●文部科学省視学官 宮川 八岐 ●上智大学教授 加藤 幸次 §5 評価とカリキュラム編成 14 ●名古屋大学大学院教授 梶田 正巳 ●ベネッセ未来教育センター所長 高階 玲治 §6 諸外国の動向 22 ●国立教育政策研究所総括研究官 坂野 慎二 ●九州大学大学院教授 望田 研吾 ■全国の具体事例(その2)●九州大学大学院教授 八尾坂 修 34 広場 PTAの声・中世 隆・高畠 寿子・坂口 一美・岡部 観栄 45 コラム 「寺田寅彦先生の英語」 東京大学名誉教授 兵藤 申一 31 中世の面影をそのまま残すスペインのトレド(世界遺産) 首都がマドリードに移る間,この城塞都市トレドは中世スペインの政治・経済・文 化の拠点であった。三方をタホ川に囲まれ,人々は今でもここで暮らしている。 次号予告! ■ 絶対評価に変わった 「教育評価」特集 2003年12月20日発行 教科教育研究所 C ブックデザイン:村治 田鶴子 K C M Y 改革の時代に 学校評価」の定着を 省令化された「自己評価」 (自己評価等) 第2条 小学校は,その教育水準の向上を図り,当該小 学校の目的を実現するため,当該小学校の教育活 動その他の学校運営の状況について自ら点検及び 評価を行い,その結果を公表するよう努めるもの とする。 2 前項の点検及び評価を行うに当たっては,同 項の趣旨に即し適切な項目を設定して行うものと する。 これは平成 14年3月 29日,文部科学省が制定 した「小学校設置基準」に収められた2条である。 同じ文面は,中学校にも高等学校にもある。学校 評価,特に自己評価は長年学校経営の重要な課題 であったが,この省令制定により,義務として学 校に課せられることになったわけだ。 早稲田大学教育学部教授 下村 哲夫 1935年高知県生まれ。東 京教育 大学大学院博士課程修了。教育学 博士。香川大学助教授から東京教 育大学助教授・筑波大学教授を経 て現在に至る。教育経営論専攻。 主書に, 『現代教育の論点』 (学陽 書房), 『定本 教育法規の 解釈と 運用』 (ぎょうせい),『時評 平成 の教育 1989∼2000』 (教育出版) などがある。 他校評価と自校評価 学校評価は,戦後アメリカから紹介され,昭和 40年代の「学校経営の近代化」が盛んに論議さ れたころには,その重要なテーマであった。都道 府県の単位で評価基準を作成した例も,東京都を はじめ少なくない。 当初は,外部の有識者を選ぶいわゆる「他校評 価」に期待が集まったが,学校の勤務評定につな がるというので評判が悪く,しだいに「自校評 価」が中心になった。しかし,客観性を保持する には,評価項目がしだいに多くなり,余りに手間 がかかるというので数年も続けばよいというのが 実態になった。その頃の大規模校では,項目の数 からして「自校評価」自体に無理があったともい も,それが来年度に生かせるかどうか疑わしい。 える。 施設・設備については教育委員会の了解がいるし, 東京都では,小学校から高等学校まで繰り返し 教育課程の運営や教育方法についても,教育委員 評価基準を作成し,実験校まで作ったが,ほとん 会の了承がいる。つまり,各学校で「教育水準の ど普及しなかった苦い記憶がある。 向上を図り,当該小学校の目的を実現するため」 それでも熱心な一部の学校では,学校独自の評 の自己評価が,余り生かされないことが多いのだ。 価基準を作成して実施したが,研究期間が終われ このようなことが続くと,学校評価に対する教職 ばお手上げというのが正直なところだった。1人 員の関心は長続きはしない。児童の体位向上のた の子どもについて,生活面をも含む 30∼40の評 め,運動場にマラソンコースを造ろうとしても, 価基準を作ったのでは,まともな授業ができるは 2年がかり3年がかりでは教職員の意欲も薄れよ ずがない。特に大規模校では不評だった。項目に うというものだ。 児童・生徒の「当該小学校の目的を実現するため, 自己点検」は,その結果が学校に戻ってくる 小学校の教育活動その他の学校運営の状況」が多 ものでなければならない。そのためには,個々の かったのも,評価を特に小学校では評価項目を多 学校を問わず教育委員会ぐるみで取り組む必要が くし,評価を困難にした。まして教職員数が多く ある。と同時に,学校としてもある程度のスパン なると,異論続出で,学校として一致した結論を を置いて,計画的に取り組む覚悟が必要であろう。 出すのは難しい。 学校評価を生かすには 学校評価は,学校が地域のものである以上どう 点検の結果を学校に戻す 学校教育に対する不信感が高まったのは,1960 年代になって「脱学校論」が世界的な関心を呼び, しても必要である。仲間内で「とにかく,まずま 同時に学校に対するアカウンタビリティ論が広く ず」などとお茶を濁していたのでは困る。学校経 問題になり始めてからであろう。わが国でも, 営の近代化のための必須要件であることは,かね 学校はこのままでよいのか」という切実な疑問 て指摘されてきた。 Plan-Do-S ee は,もともと教育活動の基本 が,地域住民の間に広がっていった。学校評議員 の導入は,それに応えるひとつの例である。 ではないか。その学校がこの基本を疎かにしては 残念ながら,現在各地で進められている学校評 困る。ところが学校では, Plan には力を入れ 価は,教育委員会がリーダーシップをとることが ても「学校を挙げて」というのはそこまでで, 多く,学校独自の「自己点検」はまだ十分な成果 Do-S ee にはとかく目が行き届かなかった。 を上げていない。しかし,少子化によって学校環 学級王国という気分はなかなか抜けきれないし, 境は改善され,先進的な教育委員会では,積極的 この気分はいわゆる校務分掌にも及んでいる。期 に学校の自己点検の成果を受け入れつつある。 末の反省会が,教職員の言い争いになることも珍 しくない。その上,せっかくの学校評価を試みて 教育委員会も,学校の自己点検を率直に尊重す る覚悟が必要である。 1 4 生徒指導・学習集団編成 生徒指導上の諸問題への対処 管理職のリーダーシップが厳しく問われる対応策 文部科学省初等中等教育局視学官 宮川 八岐 平成6年度から文部省初等中等教 育局小学校課教科調査官 (特別活 動,生徒指導等を主に担当)。平 成 13年度より現職。著書として 『個を生かす集団活動と学級文化 の 造』 『小学校特別活動 基礎・基 本と学習指導の実際』(東洋館出 版社), 『21世紀型特別活動の実践 構想』(明治図書), 『新しい生徒 指導への経営戦略』(教育開発研 究所)等多数。 発生件数は学校内外とも2年連続減少,いじめの 1. 生徒指導上の諸問題」の現状 発生件数も7年連続減少している。しかも,昨年 我が国の教育問題の1つに, 暴力行為」 いじ 度調査で,不登校児童生徒だけが前年度より 3.3 め問題」 不登校問題」といった,いわば「生徒 %増という実態であったが,今回の調査結果では 指導問題」がある。これらについて,文部科学省 じめて前年度を下回り,数字的には好ましい方向 は文部省時代から長年にわたって全国悉皆調査を 性が出てきていると言える。 実施し,その結果を公表している。近年,児童生 しかし,児童生徒数・学校数の急激な減少を 徒数や学校数が減少傾向にあるにもかかわらず, えれば,真に喜べる状況ではない。特に,小学校 生徒指導上の諸問題は増加の一途を ってきてい におけるいわゆる“学級崩壊”といわれる問題な て深刻な状況にある。 ども含めて生徒指導上の諸問題は,すべての学校 平成14年度の現状の調査結果についての速報版 が,本年8月 22日に公表されたが,暴力行為の が取り組まなければならない重要な教育課題であ ることには変わりはない。 生徒の問題行動速報値 問題行動等 暴力行為の発生件数 平成 14年度の概要(速報値) 学校内 29,454件(前年度 33,130件) 11.1%減 学校外 4,311件(前年度 5,101件) 15.5%減 いじめの発生件数 22,207件(前年度 25,037件) 不登校児童生徒数 131,211人(前年度 138,722人) (年間 30日以上欠席) 小 中 高等学校中途退学者数 2年連続減少 11.3%減 7年連続減少 5.4%減 平成3年度以 来初めて減少 25,869人(280人に1人) 105,342人(37人に1人) 89,461人(前年度 104,894人) 〔中退率 2.3%〕 2 備 14.7%減 2年連続減少 学校内における暴力行為発生件数の推移(『文部科学白書』平成 14年度) 平成8年度までは「校内暴力」の状況 についての調査である。平成9年度からは調査方法を改めたため,それ以前との比較はできない。なお,小学校に ついては,平成9年度から調査を行っている。 2.文部科学省等における 「各種の改善充実施策」 ⑶ 昭和 60年代から平成時代にかけて,いじめ 事件が多発し,特に小学校において,いわゆる学 級崩壊といった状況が多発し,大きな問題になる。 戦後の生徒指導上の諸問題の状況に対して文部 また,薬物乱用が増加するなど生徒指導問題が複 省・文部科学省は,各種の施策をもって対応して 雑化し,一層深刻化していった。登校拒否は平成 きている。それらを大まかに捉えると,次のよう 7年度には7万 7,000人を超えるまでになる。文 にまとめることができる。 部科学省は,校内暴力,高校中退やいじめ問題の ⑴ 戦後,少年非行が増加し,登校拒否,性の逸 調査を開始するとともに,市町村教育相談機関の 脱行動など生徒指導上の問題が多様化していくこ 設置,数年遅れて適応指導教室等設置やスクール とに対して,文部省は昭和 40年に「生徒指導の カウンセラーの配置事業が始まる。 手引き」を発行している。これがその後の え方 ⑷ 平成 10年代になると,少年非行の凶悪・粗暴 や取り組みの基本姿勢とされた。 化,中学生等による殺傷事件が多発するとともに, ⑵ 昭和 50年代になると,罪や法に触れる行為 不登校児童生徒数が 13万人を超える事態となる。 をする恐れのある虞犯少年や対教師暴力をはじめ さらには,ひきこもり問題や出会い系サイトなど とする校内暴力が一層増加し,登校拒否に至って 新たな問題が発生するようになる。文部省・文部 は,昭和 59年までの 10年間では3倍となって3 科学省は,児童生徒の問題行動等に関する調査研 万人を超えたように著しく急増する。文部省は, 究協力者会議を継続的に行い,問題解決への提言 生徒理解,カウンセリングの え方・進め方,生 を繰り返し, 児童生徒の問題行動への対応等に 徒指導の推進体制,問題行動をもつ生徒の指導等 関する点検項目(例)」を作成して各学校に提供 に関する指導資料を毎年のように刊行するととも し,学校の自己点検・自己評価の徹底と生徒指導 に,小学校の生徒指導資料も刊行するようになる。 の充実を求めてきた。 3 4 生徒指導・学習集団編成 生徒指導上の諸問題への対処 3.生徒指導問題の解決のための実践課題 ― 各学校の問題行動等への対応と点検」 の状況を踏まえて― 管理職のリーダーシップが厳しく問われる対応策 な状況であるとの指摘がある。その結果は,生徒 指導上の諸問題を一層深刻にしかねないのである。 今回,問題行動への対応に関わる緊急点検をした 結果,そうした問題に気づきはじめた学校が増え 各学校は,国や教育委員会等の各種の改善充実 つつあるという県教育委員会からの報告がある。 策を効果的に生かして生徒指導上の諸問題の解決 各学校は,教育課程の編成・実施について適切 に取り組み,具体的に成果を示さなければならな な評価を行い,具体的な改善策に取り組み,着実 い。そのためには,各学校が生徒指導の取り組み な成果を挙げていくことが基本課題である。生徒 について,適宜に厳しい自己点検・自己評価が必 指導の充実は,学習指導要領に示される各教科等 要である。 の目標・内容・趣旨の実現の過程において可能に ⑴ 「調和のとれた人間」の育成を目指す なるのであり,しかも,生徒指導の原理と方法が 教育課程の編成・実施 適切であってこそのねらいがよりよく実現される。 まずもって,各学校は教育課程の編成・実施に それらの自己点検・自己評価は,教師・児童生徒・ おける自己点検・自己評価への取り組みである。 保護者や地域社会によって適切に行われるように 学習指導要領総則は,各学校が教育課程を編成す 工夫することが必要である。 るねらいとして「人間として調和のとれた育成を ⑵ 管理職のリーダーシップ 目指すこと」を明示している。そのねらいを実現 平成 13年に「少年の問題行動に関する調査研 するには,教科(知),道徳(心の陶冶),特別活 究協力者会議」において,児童生徒の問題行動へ 動(望ましい集団活動を通した社会性の育成)の の対応等に関する点検項目を作成し,各学校の参 3領域の目標,内容等の確かな実践を確実にする 例として示している。さらに少年事件が連続し ことにある。そこにおいて〔人間力A〕が育成さ たことに対応して,平成 15年9月にも類似の点 れる。それが総合的な学習の時間においてグレー 検項目例を急遽示し,各県抽出で実施してもらい, ドアップされ〔人間力 A′ 〕となる。調和のとれ 結果の報告を求めている。点検項目の「1学校に た実践的な人間が育成されている状況の評価が重 おける管理・指導体制の在り方」の⑴が「管理職 要である。 のリーダーシップ」である。すべての対応策が生 しかし,3領域をどのように編成するかである。 きるも死ぬも,管理職のリーダーシップにかかっ 教科学力に偏る学校は,社会性の育成を目指す領 ているといってもよい。したがって,当然のこと 域であり,望ましい集団活動を特質とする特別活 ながら,自らの指導性は適切であったかどうかが 動への取り組みを弱めてしまう。学級活動や児童 問われる。 会生徒会活動などは, 自分もよく,みんなもよ 第1は,管理職自身の問題行動への危機意識の い活動や生活をどうつくるか」の実践は,生徒指 問題,推進組織への指導(生徒指導主事等に任せ 導上の諸問題の解決に直接関わる教育活動である きりにせず,校長等への「報告」 「連絡」 「相談」 が,そのことへの取り組みが多くの学校で不十分 の実施の確認と指導),一人ひとりの教師や保護 4 者等への指導などについて適切であったかどうか に関する指導や学年進行時の引き継ぎ等に関する である。 指導を十分に行っているかどうかの確認や評価が 第2は,教師一人ひとりの授業や個別的な指導 必要である。日本の学校は,入学式・始業式から の「見とどけ」である。年度初めの学級生活をス 人間関係づくりが始まる。そして,教師と児童生 タートする学級活動等の授業の見とどけであり, 徒,児童生徒同士の出会いづくり,学年や学級で 学級経営案の実現状況の見とどけである。不登 の新しい学校生活に関するオリエンテーションが 校・いじめ問題等を未然に防ぐには,年度初めの 行われ, 理想とする学校生活」を 「新しい学校生活への適応に関する指導」 , 不安 動の授業を充実することが重要である。新入生を や悩みの解消」の適切な授業実践がポイントであ 迎える会などを行う児童会・生徒会の活動,遠足 る。管理職自身が教師の授業を見とどけ,適切な などの学校行事へと集団活動や生活が繫がる。問 授業の在り方を える機会を設定することである。 題はそれらの取り組みがどのように行われている 第3は,児童生徒理解の在り方への指導の問題 か,児童生徒の充実感との関係でそれらをどう捉 である。学校は問題行動指摘型の生徒指導になり がちとの指摘がある。 あの優秀な子が…」 「特に える学級活 えているかの評価である。 第2は,生活 造活動,問題解決活動の確かな 問題行動の経歴はなかったのに…」と驚く事例は, 授業の展開である。新たな人間関係の中で「理想 児童生徒理解に問題がある場合が多い。特に,指 とする学校生活の実現」に向けての組織づくり, 導上問題のある児童生徒に対する理解にのみ教師 集会の活動,約束づくりの話し合いなどに児童生 の目が向けられるが,すべての児童生徒の理解に 徒が自主的に取り組むようにすることが重要であ 努める指導体制を確立することが基本的な課題で る。それには,小学校では,例えば,背面黒板な ある。対症療法型生徒指導では,本質的な解決に どに「みんなのコーナー」( 学級生活ノート」と はならないということである。そのことへの適切 いってもよい)を設置し,願いや提案のカードを な指導が十分かどうかである。 貼ったり,係などの自発的な活動が掲示されるス ⑶ 学校生活の充実を目指す指導」の確かな授業 ペースを確保するなど工夫が必要である。平成 不登校児童生徒の原因を見ると各学校,教師一 10年版学習指導要領では, 小・中・高等学校を通 人ひとりの取り組み如何でかなり改善できるはず じて児童生徒が生活上の諸問題の解決に積極的に である。つまり,いじめ問題等人間関係に関する 取り組めるようにする観点から,学級活動の改善 問題が改善され,魅力ある学校生活が 出される を図る」として例示が改められたのである。改め ならば,諸問題全体を大きく減少させられるので て,指導計画の見直しとそのための時間確保など はないかということである。そこで,次の点につ の場や機会は十分であるかどうかを,再検討すべ いての評価・改善に取り組むことが,ぜひとも必 きである。 要である。 ⑷ 個性を生かす教育」の基本原理に立つ 第1は,新しい学校生活への適応に関する学校 集団指導の展開 全体の指導の充実である。学校間の接続時の適応 学級も学校も小社会であり,そこでの生活や学 5 4 生徒指導・学習集団編成 生徒指導上の諸問題への対処 管理職のリーダーシップが厳しく問われる対応策 習は基本的には集団的である。しかし,教科学習 誰にもリーダーシップ発揮の経験が与えられるよ はもとより集団活動を特質とする特別活動におい うな指導について,学校としての基本姿勢を明確 ても,その集団指導を推進する過程では,児童生 にする必要がある。例えば, 場面リーダーの指 徒一人ひとりは<かけがいのない個性的な存在> 導」もその1つである。学級計画委員会の活動に として尊重されなければならず,次のような配慮 「輪番制」を取り入れ,協力活動を充実すること とその点検・評価が必要である。 であり,それらの実践状況についての点検・評価 第1は,学級等における集団学習が個別的指導 も効果的に取り入れ,グループ別指導においても を充実している学校は少ない。 ⑸ 体験活動への積極的な取り組み 児童生徒の興味・関心に応じるなど個に応じた指 学校生活の魅力のひとつは,学校行事などの体 導の工夫は十分かということである。例えば,当 験的活動にある。不登校児童生徒も修学旅行や自 番も学習も固定的な「班」を中心で運営する集団 然教室には参加する。それがきっかけになって以 指導になっていないか。自発的活動である係の活 降,登校し始めるといったケースは少なくない。 動まで生活班で分担させるところもある。具体的 特に,次のような取り組みについて十分検討し, な各学級の取り組みを把握しなければならないで 充実に努める必要がある。 あろう。下図で言うと,Aは,生活班の1斑が本 第1は,体験的活動を特質とする学校行事(5 係りを分担するという形,Bは,係編成の話し合 種類)については,各学年で種類ごとに教育的価 いに深く関わりつつ所属は個人の希望が生かされ 値のある行事体験ができるように工夫しなければ る形である。個を生かす集団活動が適切に行われ ならない。安易な削減も見られるが,生徒指導の ているかは重要な課題である。 充実の観点からも, 意工夫した積極的な取り組 第2は,リーダーシップ発揮の指導の場や機会 みが必要である。 の工夫についての共通理解が必要である。リーダ 第2は,平成 10年版学習指導要領では,学校 ーを固定させる指導法でなく,互いの個性的な思 行事において,①自然体験の充実,②ボランティ や行動性を認め合い,学び合うことを重視し, ア活動など社会体験の充実,③幼児・高齢者・障 害のある人々との触れ合いの充実,を改めて強調 している。しかも,学校教育法の一部改正等が行 われたにもかかわらず,それらの体験活動への取 り組みは十分とはいえない現状にある。各学校の 取り組みを見直し,一層積極的に行われるように 工夫することが求められるところである。 第3は,集団宿泊活動の取り組みに,いくつか の体験活動を組み合わせ,その充実を図る観点か 図 6 ら十分な時間の確保を工夫するということである。 入学式から1週間以内に学級合宿を行い,人間関 係づくりを工夫し,不登校を大きく減少させてい 通して課題や改善策を明確にする必要がある。そ る学校がある。なお,学校行事だけで多くの時間 して,そのことについては,学期末や学年末には 数を確保することは難しい面もある。総合的な学 評価会議を行うことによって,成果と課題を明ら 習の時間と組み合わせるなど工夫することが かにし,着実に改善していかなければならない。 え られる。また,体験活動によっては,夏季休業中 ⑺ 家庭・地域社会との新たな連携推進 にまとまった取り組みを実施することもできよう。 学校の方針や課題について,保護者の理解を得 農山漁村での宿泊体験活動を7泊,9泊と実施し, ること,家庭との連携について十分機会を確保す 大きな成果を挙げている学校もある。それらの実 ることなど学校としての積極的な取り組みが必要 践に学ぶことも必要である。 である。その際には,例えば,次のような点への 学校週5日制を理由にして,安易に学校行事を 配慮が大切である。 削減し,体験活動への取り組みを低調にしてはな 第1は,年度初めに「保護者からの学校への要 らない。その意味でも,新しい教育課題への対応 望」などを把握し,授業参観時の保護者会や教育 状況の点検・評価が必要である。 相談などの機会を工夫して,連携策について共に ⑹ 検討することが大切である。 自校の生徒指導上の課題及び改善策」 の明確化 第2は,学校の実態や家庭への協力依頼など必 全国のすべての学校には,それなりの生徒指導 要に応じて発信していく。時には,学校全体の計 上の課題が存在する。本校には暴力行為問題がな 画で行う保護者会の他に「学級で適宜に話し合い い,不登校児童生徒がいない,いじめ問題は発生 を持つ」ことも えていく。 していない,だから本校には生徒指導上の問題・ 第3は,PTA活動において,生徒指導上の課 課題はないということではない。生徒指導上の課 題に関わる学習会を計画できるようにすることも 題は,問題行動対応だけではない。児童生徒の 大切である。例えば,学校評議委員会のような組 「学校生活満足度の調査」をどう実施するか,基 織との連携も有効であろう。警察,福祉や青少年 本的な生活習慣など生活指導における課題は何か, 育成部局,保護司などの関係機関や民間団体との 積極的な生徒指導の在り方を えれば,どこの学 連携について, 行動連携サポートチーム」とい 校にも生徒指導上の課題は存在する。各学校は, った組織による行動計画の評価も必要になる。 そうした自校の生徒指導上の課題を見いだし,そ 教師は地域をよく知り,地域の情報が得られる のことへの対応策を,生徒指導部あるいは各学年 ように,地域の人々との交流も欠かせない。その で検討してみることである。また,児童生徒自身 ためには,家庭訪問や地域巡りは学年初めだけで が,そのことに向き合えるようにするにはどうす なく適宜に行う。その場合,地域の人々には,児 るかの検討が大切である。さらには,保護者や地 童生徒の問題点のみならず,児童生徒のよさの発 域社会の声をどう捉え,それにどう対応していく 見や変容に関する情報を提供してほしい旨依頼す か,教育相談の推進やスクールカウンセラーとの ることも,これからの生徒指導の在り方であろう。 連携は効果的かの検討など,常に,不断の検討を 7 4 生徒指導・学習集団編成 個に応じた指導」を一層充実する観点から 上智大学教授 加藤 幸次 1937年愛知県生まれ。名古 屋大 学大学院・ウィスコンシン大学大 学院修了。国立教育研究所(現国 立教育政策研究所)の室長を経て 現在に至る。全国個性化教育研究 連盟会長。著書として『学校を開 く』 (ぎょうせい), 『個性を生かす 先生』 (図書文化), 『総合学習の実 践』 (黎 明 書 房), 『個 別 化 教 育 入 門』 (教育開発研究所)など多数。 1.少人数指導を習熟度別指導に結びつける したがって,算数・数学,英語,国語といった 用具系教科の指導では,単により小さな学習集団 一般的に,少人数指導と習熟度別指導とは,2 ではなく,習熟の程度を加味したより小さな学習 つの別の指導のあり方と えられているようであ 集団を作って指導するという習熟度別少人数指導 る。すなわち,少人数指導は,1つの学級集団を を行うことが,徐々にではあるが多くなってきて 2つの学習集団に分けて,あるいは,2つの学級 いる。 集団を3つの学習集団に分けて指導することであ り,単に「より小さな学習集団」を作って指導す ることと えられている。この学習集団を構成す る子どもたちは,質が異なる「異質集団」である。 2.学年とともに 「習熟の程度の差」は拡大する 近代学校教育は, 学年制」を確立しつつ,成 これに対して習熟度別指導は,学習集団を構成 立してきた。すなわち,学校は暦年齢が同じ子ど する子どもたちの量というより質に着目し,でき もたちによって構成される 学級 をベースとし る限り同じ質,すなわち「等質集団」をつくって て成立してきた。1つの学級に1人の学級担任が 指導することである,と えられている。しかも, 配置され,学級は教室という指導・学習活動のた 質は「習熟の程度」が同じである,という前提に めの空間によって他の学級と区分されてきた。1 立っている。 つの学級は,同じ年齢の子どもたちで構成されて もちろん,大きな学習集団をより小さな学習集 いる。しかし,学年制は,最初から常に学級を構 団に作り変えることによって,きめ細かな指導が 成する子どもたちの間に存在する違いによって翻 できるに違いない。研究によれば, 20人以下」 弄されてきた。特に「習熟の程度」の違いは,学 の学習集団を作り出せれば,効果的に指導が可能 級での指導・学習活動を大きく妨げてきた。伝統 であると言われる。これに対して,差別感は残る 的な一斉授業では,文字通り,学級を構成する子 が, 習熟の程度」を同じくする学習集団を作っ どもたちは「一斉に」教師の指導を受け,学習し て指導する場合,学力の着実な定着を図ることが ていくのである。一斉に授業していくためには, できると言われる。 教師は学級を構成する子どもたちの「中央・中間」 8 を意識して,指導することになる。どちらの方向 然のことであるが,学習は一人ひとりの子どもの であれ,中央・中間からズレている子どもたちは 内に成立してこそ意味があるのであり,一斉授業 問題である。 が成立するとかしないといったことは, 教師の 他方,特に日本では, 習熟の程度」の違いを 都合」の問題にすぎないのである。 活用し,一斉授業を成り立たせる努力がなされて 少子化社会を迎えて,日本でも子ども一人ひと きた。いわゆる「集団思 」である。ここでは, りの学習成立ということに注目が払われるように むしろ 違うこと が重要である。集団思 には, なったと言えるかもしれない。 違った え方や見方が不可欠である。日本語で言 えば, 響き合い,学び合い,助け合い」である。 3.用具系教科で習熟度別少人数指導を行う 調査によれば,日本の教師は,学級規模が小さ 具体的に えてみると,実に恐ろしいことに気 くなることに反対してきた。20人を割り込むよ づく。たとえば,算数の学 力 テ ス ト (100点 満 うな学級では,子どもたちの違った え方や見方 点) で 30点しか取れない子どもがいたとする。 が期待できず,したがって,集団思 による一斉 そう稀なことではない。一体,この子どもについ 授業が成立しなくなると恐れる。アメリカやイギ てどんな補充指導がなされているのだろうか。実 リスでは,学習効果が向上するためには,学級集 は, 何もなされてきていない」のである。 放っ 団は 20人以下であるべきであり, 小さければ小 たらかし」の状態である。そして教師は,次の単 さいほどよい」となるのである。しかし,日本で 元の授業に移らねばならない。しかも,また, は「学級で野球ができなくなる」と反対する。好 中央・中間」に位置する子どもたちに焦点を当て 対照である。 た一斉授業である。日本が誇る「響き合い,学び アメリカやイギリスでは, 習熟の差」につい 合い,助け合い」による学習は,こうした習熟の て2つの え方がある。1つは,習熟の差は「前 程度のきわめて低い子どもに「落ちこぼれ」を拡 後3年の幅」になる,という え方である。たと 大しつつ,授業は進行していくのである。教師は えば,小学校6年生の場合,習熟の程度の低い子 「教師の都合」で次の単元の授業に移らねばなら どもは小学校3年生程度の学力であり,高い子ど ない。さもなければ, 教科書が終わらない」の もは中学校3年生の学力である。他の1つは, である。 当該学年の幅」になる,という え方である。 特に,指導内容に強い系統性が存在し,一歩一 すなわち,学年が上がれば上がるほど,習熟の構 歩,ステップごとに進んでいかねばならない用具 成の差は,ますます拡大するという え方である。 系教科,すなわち,算数・数学,国語や英語とい 日本では,こうした え方は公にならない。差 った教科では,いったん「落ちこぼれ」てしまえ を否定し, 中央・中間」を意識しなければ,一斉 ば,よほど幸運でない限り,授業にもどれないの 授業が成り立たないからである。あるいは,形式 である。現実には,授業にもどるために塾に行く 的平等主義が先行し,一人ひとりの子どもたちの か家庭教師に学ぶかのどちらかしかない。学校の 発達を直視することを避けてきたのであろう。当 授業は,原則として「前にもどる」ことはないの 9 4 生徒指導・学習集団編成 個に応じた指導」を一層充実する観点から である。 これに対して,内容系教科といわれる社会,理 科,生活科や総合学習では,指導内容に系統性が 4.習熟度別少人数指導には 4つの授業モデルが えられる あるが,用具系教科に比べて「弱い」と えらる。 たとえば,歴史的分野は不得意であっても,地理 的分野には関心がある,ということでよい。また, 歴史的分野は不得意といっても,近代は得意とい うことも生ずる。分野や単元によって,学力テス トの結果に大きな差が生ずるものである。 したがって,習熟度別少人数指導は,まずは用 具系教科で行うべきであろう。そこには一定の差 別感が生ずる。どのような名称のコースを用意す るにしろ,どうしても「できる・できない」とい ったことを意識したコースとならざるをえない。 親も子どもたちも,差別的な扱い方には敏感に反 応するにちがいない。 習熟度別少人数指導の次元 一般的には,習熟度別少人数指導は, 到達度 別学習」と名づけた授業モデルを意味する。すな 今日では,コースの選択にあたって,親の承認 わち,学年・学期あるいは単元レベルごとに,子 を得たり,何より,学習者である子ども自身の選 どもたちのそれまでの習熟の程度を測定し,その 択を重視するようになってきている。とはいえ, 結果によって習熟度別学習集団を結成し,指導す どうしても「できる・できない」という意識が伴 るというモデルである。 学級集団」は,学年制 うので,特に,コースに分かれた後の指導が,本 を維持して編成されるが,授業になると,習熟の 当にその子どもにとって意味ある学習になったか 程度に応じて別の集団を編成しようというのであ どうかが,きわめて重要になってくる。差別感は る。この別の学習集団を1年間,あるいは1学期 「分けられる」ことにあるというよりも, 分け 間固定する場合が多い。単元ごとに集団を編成し られた後の指導が真に子どもたちにとって意味が 直すことも えられるが,手続きが煩雑になる。 あったのかどうか」ということにある。 当然ここでは,この別の学習集団が「少人数集 確かに,内容系教科も習熟の程度の差は存在す 団」であり,そこでの指導が少人数指導となる。 る。しかし,ここでは,興味・関心によるコース たとえば,1つの学級集団を2つあるいは3つの 選択学習はあっても,習熟度別コース学習はさけ 少人数集団に分け,指導することである。この場 たい。なぜなら,もし内容系教科でも習熟度別学 合,2人あるいは3人の教師が必要になる。また, 習集団が構成されて授業がなされると,子どもた 2つあるいは3つの学習集団を,3つ以上あるい ちは学校生活のほとんどにおいて「分けられて」 は4つ以上の少人数集団に分け,指導することが 授業を受けることになるからである。 10 えられるが,分けられた少人数集団の数だけ教 師が必要になる。 れる場合が多いが,このモデルに従っておれば, これに対して,単元ごとに,後半に部分的な習 熟度別学習を常に用意する「完全習得学習」と呼 ばれた授業モデルも,習熟度別授業の1つである。 30点しか取れない子どもたちだけを指導してい けるわけではない。 今日の学校では,次のようなモデルの組み合わ すなわち,常にー斉指導に対する補足・補充活動 せが えられる。たとえば,普段の算数・数学の を用意することによって,習熟の程度に対応しよ 授業には,常に「完全習得学習」モデルを用いる。 うとするモデルである。ここでは,一斉指導を補 すなわち,単元あるいは小単元ごとに,必ず一斉 足・補充するとき,習熟の程度が測定され,その 指導を補足・補充する少人数指導を用意する。他 結果に基づいて少人数学習集団が編成され,指導 方,既習事項を復習する単元から構成されている される。このとき,複数の教師が必要になる。 学期末単元では,思い切って,上位・中位・下位 他方, 自由進度学習」および「無学年制学習」 グループに分けて指導する「到達度別学習」モデ は,原則として習熟の程度を一人ひとり,個人ご ルを採用してみる。このことによって,普段の授 とに測定し,指導するという授業モデルである。 業での「完全習得学習」を補足・補充して行うこ 前者は,一般的には単元ごとに,後者は学年ある とができる。 いは学期ごとに指導を区切って行う授業である。 さらに,学校裁量時間や中学校の選択教科の時 この場合,同じ習熟の程度の子どもたちをグルー 間では, 無学年制学習」を採用してみることで プ化して少人数学習集団を編成して指導すること ある。確かに,週にして1ないし2時間にすぎな も可能であるが,特に,グループ化せず,一人ひ いとしても,子どもたち一人ひとりは,自分が真 とりに対応した指導という個人別指導という あり方も えられる。 5.授業モデルを組み合わせて用いる 改めて言うまでもなく,学級を構成してい る子どもたちの習熟の程度の差は大きい。し かも,前述したごとく,学年が高くなればな るほど大きくなっていくと えられる。した がって,1つの授業モデルを採用していても 不十分である。これまた,前述したような学 力テスト(100点満点)で,30点しか取れな い子どもたちのことを えれば,よく理解で レ きよう。 一般的には,習熟度別少人数授業として, 単元ごとに「完全習得学習」モデルが採用さ 習熟度別少人数指導のモデル 11 4 生徒指導・学習集団編成 個に応じた指導」を一層充実する観点から に到達している地点にかえって学習することがで きる。 このように,3つの授業モデルを組み合わせて 6.少人数指導のための教育方法を工夫する 以上見てきたように,習熟度別少人数指導には, 用いることによって,一人ひとりの子どもに着実 4つのモデルからなるあり方が えられる。習熟 に学力をつけていくことを える。 度別少人数指導という習熟の程度に応じて,1学 他方,今日では,少人数指導のための加配教師 年あるいは1学期の内,学習集団を固定して指導 が配置され始めた。また,ティーム・ティーチン する「到達度別学習」モデルが えられるが,そ グのための加配教師もすでに配置されている。さ れだけではない。少人数指導のための学習集団の らに,非常勤講師の採用も一般化しつつある。こ え方や固定する期間によって,さまざまな授業 のように指導する教師の数が充実してくれば,差 モデルが えられるべきである。 別感は大きいかもしれないが, 到達度別学習」 他方,重要なことは,少人数指導における教育 モデルを普段の授業に採用できるようになる。た 方法のことである。率直に言うと,今日,いわゆ とえば,中学校でどの学年の英語の授業も,1つ る習熟の程度の低い子ども,すなわち,学習に遅 の学級を3つの学習集団に編成し直し,指導する れがちな子どもに対する教育方法は実に貧弱であ ことが えられる。上位グループは約 15名,中 る。多分,多くの場合は「もう一度,ゆっくり, 位グループは約 15名,下位グループは約5名と くり返し説明する」といった程度の指導方法であ いった学習集団を編成し,それぞれの集団を1名 ろう。いわゆる再教授という手法にすぎない。こ の教師が少人数指導するといったことも えられ れでは,せっかく少人数集団を編成して指導をす るようになってきた。 るとしても,大きな効果は期待できない。 このように下位グループに「手厚い,きめ細か 習熟の程度の低い子どもたちへの教育方法は, な指導」ができるようになれば,自ずと差別感も 指導内容と指導方法という2つの側面から えら 減少し,学習への成就感・達成感が増大するもの れるべきである。1つは指導内容である。学年制 と期待される。 システムの中にあるために,上位・中位・下位グ さらに,近い将来, 無学年制学習」を主体と ループと分けながら,同じ目標の達成をめざす。 した習熟度別少人数指導を実践する学校が出現し したがって,同じ指導内容,すなわち,同じ学習 てくるであろう。たとえば,算数・数学を学習領 課題を与えて指導しようとする。当然,下位グル 域別にいくつかの段階に分け,この段階を子ども ープには無理である。一般的には,基礎的目標と たち一人ひとりが自らのペースで学習していくと 発展的目標(体験的目標)とに分け,下位グルー いう授業モデルである。ここでは,少人数指導で プでは基礎的目標の達成をめざし,1,2の基礎 はなく,一人ひとりの子どもに対する個別指導が 的学習課題だけ指導する。一方,上位グループで 中心になる。もっとも,同じ段階を学習しようと は,基礎的目標とともに発展的目標の達成をめざ している子どもたちで,単元ごとに,学習集団を させる。実は,このような便宜的な処方はほとん 編成し,指導することも えられる。 ど意味をなさないはずである。そもそも,基礎的 12 課題が達成できれば,発展的課題を達成すること うことである。つき進んで えれば,無学年制シ はごく容易であるはずである。下位グループの子 ステムになる。しかし,現実には,単元ごとにど どもにとっては,基礎的課題の達成が困難なので のように学習時間を充分与えるか,ということで ある。この指導内容の問題は容易ではない。結局, ある。他の1つは,学習スタイルのことである。 無学年制システムを志向したカリキュラムづくり 一人ひとりの子どもは,固有な学習スタイルを持 をめざさなくては解決できない問題である。 っていると えられる。学習スタイルに対応した このことは評価・評定の問題と直結している。 処方が えられれば理想的である。より具体的に せっかく下位グループに属し,少人数指導を受け, は,一人ひとりの子どもの学習スタイルに合った 基礎的課題に挑み,努力して解決してみても,他 学習材・学習具を与えることである。今日では, のグループと同じ学力テストを受け,しかも,相 学習材・学習具は,実に多様で豊かなものになっ 対評価をされれば,やはり評定は低いものとなら た。こうした学習材・学習具を活用して,指導方 ざるをえないからである。 法の幅を拡大すべきである。最後の1つは,思 他の1つは指導方法である。 もう一度,てい スタイルのことである。言うまでもなく,一人ひ ねいに説明しなおす」といった再教授という指導 とりの子どもは,固有な認知あるいは思 の仕方 方法では不十分である。3つめのことを 慮すべ をもっていると えられる。こうした思 スタイ きである。その1つは,学習時間のことである。 ルをとらえ,処置することが指導方法として重要 言い換えると,わかるまで学習時間を与えるとい である。 当面の充実・改善方策 各学校においては,児童生徒の発達段階や それぞれの特性,学校の実態,教科等や指導 内容の特質を十分踏まえるとともに,児童生 徒の実態や指導のそれぞれの場面に応じて, 少人数指導,個に応じた選択学習,個別指導 やグループ別指導,学習内容の習熟の程度に 応じた指導,繰り返し指導等,効果的な方法 を柔軟かつ多様に導入することが重要である。 個に応じた指導」を行う上での配慮等 各学校で「学習内容の習熟の程度に応じた 指導」等を実施する際には,児童生徒に優越 感や劣等感を生じさせたり,学習集団による 学習内容の分化が長期化・固定化するなどし て学習意欲を低下させたりすることのないよ 習 熟 度 別 授 業 の 導 入 へ うに十分留意して指導の方法や体制等を工夫 『中教審答申』 (2003 10 7) 抜粋 年までに学習する内容の確実な定着を図るこ することが望まれる。また,保護者に対して は指導内容・方法の工夫・改善等を示した指 導計画,期待される学習の充実に係る効果, 導入の理由等を事前に説明するなどの配慮が 望まれる。 また, 補充的な学習」 , 発展的な学習」 を実施する際には,それぞれのねらいを明ら かにし,扱う内容と学習指導要領に示される 各教科等の目標や内容との関係を明確にして 取り組むことが大切である。具体的には, 補充的な学習」を行う際には,様々な指導 方法や指導体制の工夫・改善を進め,当該学 とが必要である。 13 5 価とカリキュラム編成 学びの志」を育む「絶対評価」 名古屋大学大学院教授 梶田 正巳 1941年愛知県生まれ。名古 屋大 学大学院の後,イリノイ大学・ハ ーバード大学・スタンフォード大 学等で研究。専門領域は教育心理 学・学習指導論・異文化間教育学。 元教育学部長。教育課程審議会委 員等を歴任。著書に『日本の教育 力(金子書房)』『異文化に育つ日 本の子ども(中公新書)』 『勉強力 をみがく(ちくま新書)』など多数。 1.評価の時代 1.評価の悩み われわれの「評価」のイメージは,児童生徒や 大学生の成績評価,実力試験,中間・期末試験な ためには,今一度「指導と評価の関係」を原点に 戻って えることが不可欠であろう。 指導と評価との関係は,次ページの図に示した タイプAとタイプBとの2つに,典型的ケースと して表すことができる。 どの試験やテスト,学期末の通知表,年度末の指 タイプAは,大きな円が2つ重なって,それぞ 導要録などに代表される。これらの評価活動は, れ「指導」と「評価」を示す。この指導とは,毎 非常に重要な機能を担っているが,指導や教育と 時間ごとの授業,7―8時間がまとまりの単元単 どう結びついているかが,よく議論になる。 指 位の指導,学期や年間の教育内容に拡張してもよ 導と評価の一体化」である。とりわけ, 相対評 い。円はトータルな指導を表示している。その指 価」から「絶対評価」へかわって,再び教育界に 導に,評価の円が完全に重なっている。この評価 大きな関心をもたらしている。実際,絶対評価を とは,指導をモニターする活動(monitoring) どう進めるか,教師は悩みを抱いている。 である。 教師は評価活動を進めるために,例えば児童生 具体的には,教師は指導しながら児童生徒の一 徒を対象にして評価データの収集,すなわち「知 挙手一投足に大きな注意を払っている。彼らの反 識・理解,思 ・判断力,表現力,興味・関心・ 応・様子をいつも観察し,受けとめ,指導するの 態度」など観点別に対応した評価資料を記録・集 である。この児童生徒を観察し,受けとめ,確か 積している。中には,児童生徒の評価エピソード めるトータルな行動は,客観的というよりは,直 を指導の合間に収録するために,煩瑣な活動を強 感的(直観的)であることが多いが,どれも指導 いられているとも耳にする。 評価地獄」という を円滑に進めるための評価活動である。これを 言葉もあって,非常に困ったことである。 「広義の評価」とすれば,その特徴は教師が自分 2.指導と評価―その基本 の指導行動をモニターして,フィードバック情報 煩瑣な評価データ収集活動にのめりこむのでは なく,なすべき指導に集中し,指導効果を上げる 14 を得ることであり,意識するか否かはさておき, 評価と指導は完全に一体化している。 タイプBでは,指導の大きな円の中に評価の小 さな円が含まれる。評価活動の例は, テスト」 の宿命である。 以上から第3の含意としては,児童生徒の内的 「成績評価」 「通知表」 「指導要録」などが典型で 過程を評価すると,必然的に「誤差成分」が混入 はないか。これが常識的な意味では評価であり, してくることである。評価の妥当性・信頼性を高 それを「狭義の評価」とすると,このあり方には めることは必要不可欠ではあるが,完全を期すこ いろいろな議論がある。指導と評価の一体化が議 とはできない。 論になるのは,この狭義の評価である。 3.含意の重要性 第4の含意として,評価活動に問題があるとは いえ,妥当にして信頼性の高い評価の得られる対 狭義の評価で,2つの円の違いはいったい何を 象だけに指導を限定することができるだろうか。 暗示しているか。簡単にまとめれば, 評価は指 答えはあまりにも明白で「否」である。評価結果 導の一部分にとどまる」ということである。この のいかんにかかわりなく, 教えるべきものは教 表現の含意を分析し,指導に大きな効果を生むこ える」という基本的姿勢・態度を教師は堅持しな とが基本である。 ければならない。指導とは,児童生徒の未来を形 含意の第1は, 指導の中には評価のできない 成するものであり,そこに強いこだわりを持つべ ものもある」ということである。客観的に捉えよ きだろう。 うとしてもむずかしい思 力・判断力・鑑賞力・ 4.説明責任の時代精神の中で 表現力・ 造力などは,努力をしても,適切に測 定することは困難である。 特に最近では,学校も大学も「評価の時代」に 入っている。学校では評価活動に対する説明責任 第2の含意は,教師が割ける時間・労力などの (accountability)が強調されるようになった。 現実的制約によって,評価が部分的にとどまるこ 簡単にいえば,成績評価の理由・証拠,そのエピ ともあろう。中間試験・期末試験では,指導した ソードなどを保護者や本人に明らかにするという すべての事項をテスト問題として課すことは不可 ことである。根拠の確かでないものは,責任がも 能であり,サンプルテストにとどまる。評価活動 てない。責任追究を逃れるために,教師は学期末 15 5 価とカリキュラム編成 学びの志」を育む「絶対評価」 評価の証拠収集に多くの労力・時間を割くように 第2は,教育や指導に対する「基本的な見方・ なり,相対的に指導のための工夫・改善に対する え方」の変化が,教師はもちろんのこと,社会 努力・関心が乏しくなってきた, という見方もある。 一般に対しても求められるであろう。戦後のわが 評価の時代」の到来が,教師をして後ろ向き 国の教育は,みんなが同じぺースで,一斉に教え にさせ,逆効果にならないようにするためにも, を受け,不平等をなくすために多くの努力を払っ 原点をしっかりと押さえることである。 てきた。 平等主義」と言われる所以である。勉 強がよくわかる,わからないにかかわらず,一定 2.絶対評価のインパクト の期間履修すれば落第はなし,次の学年・コース 1.マクロにみると に進むことができるのである。 履修主義」とも 新学習指導要領の実施に伴って,指導要録のあ 言われる。フランスなどとは違って,落第なしの り方が従来とは変わって,小学校から高等学校ま 教育システムである。それと対照的なのは,よく で,一貫して「絶対評価」で行われることとなっ マスターした子どもや不十分な子どもに対して, た。この斬新な改革は,いったい何をもたらすだ 目標実現のレベルに応じて対処することである。 ろうか。この問題に2つの観点で えてみると, 履修主義とは別の原理, 習得主義」に変わるこ 1つは目先の問題に左右されることなく,広い視 とになる。すると, 習熟度別学習」などの発想 野で眺めたときに何が起きるか,ということであ が普通のこととして受け入れられるであろう。 る。学校の大きな変化が予想される。 第3は,教師のクラス担任制度や人事異動にも 第1は,学校教育が絶対評価に変わり,例えば 革新がいる。絶対評価を効果的に進めるには,教 3段階の基準で,大変によくできました(◎), 師が担当学年の教材・カリキュラムに精通するの よくできました(○),努力をしてください(△) はもちろん,その年齢の児童生徒の特徴にも通じ で判断すると,◎や△の評価を受けた児童生徒へ ていなければならない。これが基本になる。しか の対応が求められる。3つのカテゴリーという粗 しながら,わが国のクラス担任制度は,毎年担当 い目標実現水準にとどまらず,青少年の習熟程度 学年が変わっていく。1年の次は2年,5年の後 に応じた「個別的指導体制」が要請されるように は6年,その後は3年などというように,持ち上 なり,それを欠いた評価は切り捨てという批判を がったり,他の学年に異動する。全般の知識・技 受けるであろう。実は「個別指導」「個別化」と 能はあるが,特定学年に準拠した知恵は十分に発 いう言葉はよく使われてはいるが,これまで実態 達しない。こうした叡智の未発達は,絶対評価の がまったく伴っていなかった。絶対評価は,学級 足を引っ張るだろう。 レベル,学校レベル,より広い地域単位でも,児 2.ミクロでは 童生徒の目標実現状況に準拠して行わなければな らないし,そのためにふさわしい指導体制を確立 することが期待されるし,またそうすることが不 可欠な条件になるであろう。 16 教師には絶対評価に変わると,日々の授業や評 価をどうしたらよいかが最大の関心事である。 第1は,絶対評価の妥当性や信頼性を上げよう とすると, 意欲・関心・態度」 「知識・理解」 「技 能・表現力」 「思 力・判断力」という抽象的表現 徒の行動には各観点が分けがたく融合しているの では,誤差成分が混じりやすいということがある。 が現実であろう。 抽象化・概念化した内面の「心的特性」で評価す この実態を踏まえると, 課題(Task)」では, るのではなく, 指導内容」 「指導目標」 「学習目 複数の観点を総合的に含んだ目標を設定してよい 標」などといった内容を基準にして,児童生徒の のである。ちなみに,中学1年生の英語の指導と 学習成果を判断することではないだろうか。つま して, レッスン1を全部暗記し,書けるように り, 内容準拠の評価」である。 すること」という「課題(Task)」を設定したと 第2は, 内容準拠の評価」は,別の言葉でい しよう。学ぶ人には非常に明確な仕事であるし, えば,学ぶ人が学校や家庭で取り組む「課題」を 実際,英語のエキスパートはこうして実力を鍛え 明らかにすることである。この課題とは何かとい ている。としたら,十分に達成した生徒には,4 えば,英語で表すと「Task」であり,分かりや 観点すべてに合格を与えてもよい。いずれにして すい。つまり,児童生徒がどんな「仕事」に取り も,教師のかかわる教育活動全般を見渡し,よく 組むのかを定義することである。教師は,だれも 勘案し,トータルに判断することが要請される。 が授業に臨むにあたって,何ができてほしいか期 教師が割ける時間は限りがあり,どこにどの程度 待をもっている。それを児童生徒のなすべき「課 の力を割けばよいかというトータルな判断力が大 題(Task)」として示すことができれば,絶対評 切になる。 価は 90%以上成功したも同然である。こう え れば,絶対評価は容易に理解できるのではないか。 第3に,この「課題(Task)」と観点別評価の 絶対評価の評論は,教師の評価方法論に集中し ている観がある。しかしながら,これでは絶対評 価の半分しか見ない論議になるだろう。 観点との関係を えてみると,新しい見方が浮き 第4は,教師が「課題(Task)」を示して評価 彫りになる。すなわち, 知識・理解」 「思 力・ するのは,まさしく学ぶ者に,自分の学習目標を 判断力」 「表現力・技能」「関心・意欲・態度」な 自覚させ,自発的に追求してほしいためなのであ どの個別の観点は, 課題(Task)」と一対一の る。児童生徒自身に目標に準拠した絶対評価を期 対応関係にあるべきなのか,あるいはその関係を 待している,ということであろう。 どう えたらよいのだろうか。 振り返ってみると,児童生徒は, 相対評価」 教師が観点別評価で苦労しているのは,観点に と「絶対評価」のいずれの観点から自己評価をし 対応し評価することがむずかしい,またその努力 ているのだろうか。答えは非常に明快で, 相対 は非常に煩瑣になる,ということである。実際, 評価」に傾いているのは間違いはない。としたら, 思 力・判断力」 には「知識・理解」や「技能」 絶対評価を進めて学ぶ人に自分の学習目標を自覚 がいるし,逆に「知識・理解」を得るには, 思 させることは,アイデンティティー形成への強い 力・判断力」は不可欠になる。もちろん, 関心・ メッセージになっていくだろう。そもそも絶対評 意欲」は勉強の基盤になる条件である。論理的・ 価は,学ぶ人の「勉強の志」を育てることに狙い 概念的に観点を区分しえても,対象になる児童生 がある,といっても過言ではない。 17 5 価とカリキュラム編成 指導時間数」は学校経営の顔 ベネッセ未来教育センター所長 高階 玲治 1935年樺太生まれ。北海道 学芸 大学卒業。小・中学校,北海道立 教育研究所,盛岡大学,国立教育 研究所所属の後,ベネッセ教育研 究所。近著に『総合的な学習の時 間』 (ぎょうせい), 『総合的学習を 総点検する』『確かな学力と学習 力を育てる』(明治図書)など。編 著等多数。現在,東京都品川区の 「市民科」 設に取り組んでいる。 経営ポリシーと自己点検・自己評価 での職場研修に参加した。社長や私の話もあった が,大層興味深かったのは,東京都教育委員会の 最近,学校の自己点検・自己評価が課題とされ 作成した事例研修への取り組みであった。校長グ ているため, 従来の学校評価とどう違うのです ループと社員グループとに分かれて行った研修で か」という質問を受ける。 ある。 そこで私は端的に, 従来の学校評価は,学校 その事例は,ある普通高校に校長として赴任し の実施状況を把握して,次年度の学校改善に結び たとき,どのように学校を変えるかという課題で つける傾向が強かったけれど,学校の自己点検・ ある。その学校の周囲の状況といえば,近くにあ 自己評価は,学校として1年間の成果をどう達成 る私立高校が,学力向上の方策を打ち出しただけ したかを明確にして保護者や地域に伝え,その成 でなく,近々レベルのかなり高い私立高校が新設 果を踏まえて,次年度の経営方策を確立するため される予定という設定である。 に行うものです。ただし,その評価方法に,学校 この事例に対する反応は,まったく異なるもの 評価にはなかった外部評価が導入される必要があ であった。すなわち,校長グループは,生徒指導 ります。 」と答えている。 はどうなっているか,生徒の学力の程度はどうか, 学校に,成果重視の 進学の実績はどうか,などが関心の中心であった。 え方が導入されたのであ る。ただ,最近においても,研究者などの間に両 それに対して社員グループは,周囲の状況を え 者の混同が見られる。相変わらず細密化した評価 ると,この高校は潰れる恐れがある,潰れないた プランが提示されて, 評価のための評価」が横 めの対策をどう立てるか,という危機意識からの 行する恐れがある。 スタートであった。 さらに,極めて重要な課題だと思われるのは, これは1つのエピソードであるが,ありきたり 経営ビジョン」や「学校のポリシー」が欠如し の点検・評価では,真の改善策は生み出せないと たまま, 学校評価」のみが走りだしていること である。 ごく最近,5名の都立高等学校長が,ベネッセ 18 いうことである。 何よりも最初に, 学校を変えたい」という経 営戦略があって,そこから導かれた実施計画に基 づいた実践成果が評価の対象になるということで 達成目標」を明確化したり「数値目標」化す ある。学校においても自校に即した経営ポリシー ることには,教師は慣れていないために最初はと が必要である。 まどうであろうが,基本的な指導内容を数値化す 指導時間数の自己点検・自己評価 ればよいので,実施してみると効果が見られるで あろう。つまり,教科の授業の数値目標の達成化 経営ポリシーが必要な点では,指導時間数の自 は,標準時数として決められた時間を,単に単元 己点検・自己評価においても同じように える。 や題材に割り振るだけでは実現しないことに気づ 新教育課程になって,年間標準時数は極めて不 ぞろいになった。そのため,時間割編成はかなり 苦労の多いものであったと える。 そこで,決められた年間標準時数を確保すれば, くはずである。 そこで,年間の指導時間数をどのようにメリハ リをつけて活用するかが重要な課題になる。たと えば,この単元では,実験・観察を重視する時間 それで自己点検・自己評価を実施したと えると 配分を行うとか,この題材は,知識・理解を重視 すれば,まったく違うのである。 するとか,この単元は,問題解決学習を基本にし 子どもに年間を通してどのような力がついたか, た展開を えるといったようにである。 そのために指導時間数を有効に活用できたかどう このような教師の教科指導についての構想が最 か,が重要なのである。従来型の安易な学校評価 初にあって,年度途中などで自己点検・自己評価 のように えていると,自己点検・自己評価が十 を行う。達成度が低ければ,授業のあり方を見直 分でなくなる。 して改善していく。学年末には,年度内の達成状 成果重視であるから,たとえば教師は子どもの 学習達成度をある程度数値目標化して える。最 初に「達成目標ありき」である。 たとえば,小学校4年生の理科であれば, 況を教師なりに把握して,それを保護者などに説 明する。 もちろん,教師の掲げた年度初めの目標が達成 できないことは,当然起こるり得る。その場合は, ① 植物や昆虫の様子についての観察を喜んでで 達成できなかった要因を分析的に提示して保護者 きるようにする。8割以上の子どもをそうさせ などに納得してもらう。そのうえで,教師の授業 たい。 指導として次年度の改善点として生かす。 ② 電流の流れなどに興味・関心を持ち,器具を操 作できるようにする。8割以上の子どもをそう させたい。 ③ これらのことを通して,理科の授業がわかる 子どもが8割以上いる学級をつくる。 ④ 理科の授業が好き,という子どもを8割以上 にする。 というようにである。 教育課程の指導時間数 学級担任や教科担任が,それぞれ教科等の指導 時間を活用して達成度評価を行えば,保護者等へ のアカウンタビリティは充実したものになる。 それに対して,学校の教育課程の指導時間数の 場合,成果重視の自己点検・自己評価はどうであ ろうか。 19 5 価とカリキュラム編成 指導時間数」は学校経営の顔 学校の場合,年度の学校経営方針を明示してい るが,実際には保護者などにはよくわからない文 新たな指導時間活用の動き 言が並んでいることが多い。学校の経営方針が, このところ,教育課程の指導時間活用について だれに向かって提示しているのかが曖昧だからで の新たな動きが見られる。最近,にわかに動き出 ある。保護者にも,よくわかる文言での方針提示 しているのが,学校への2学期制導入である。そ が必要である。 の背景には,学力向上に向けた授業時数の確保が たとえば,私が学校評議員として参加した千葉 十分でないことから,学校行事や期末テストを縮 県市川市立宮田小学校は,学校要覧の裏一面を使 減して授業時数を増加させたいなどの意図が見ら って学校経営方針をわかりやすく提示している。 れる。 10項目の内容である(詳しくは,高階玲治著『確 一概には言えないが,3学期から2学期制に移 かな学力と学習力を育てる(明治図書 2003年)』 行したことで,少なくとも 10数時間,多くは 30 参照)。それらすべての項目は紙幅の都合で載せ 時間以上の授業時数の増加が見られる。そこで, られないが,指導時間に関連した項目として次の 増加した授業時間を各教科に平 して割り振るの ような内容がある。 ではなく,その有効活用をどのように行うかが, 学校の課題になる。 1.日常の教科の授業では思 力や判断力,表現 力などの育成に力を注ぎながら,特に朝の学習の 時間に,基礎・基本の定着を目指す。また,一人 ひとりを大切にしたきめ細かな指導に努める。 ・朝の学習…15分間の国語・算数スキル学習 ・きめ細かな指導…国語・算数の少人数指導 さらには,秋休みの設定のみでなく,長期休業 日の日数を削減して授業時数を増加させたいとい う声もある。 学力向上に向けた学校の取り組みが,2学期制 による指導時間の弾力的運用を生み出しはじめて いる。 数値目標は示していないが,このような年度の また,中央教育審議会の部会では「確かな学 経営方針を明示することで,学校の意図を保護者 力」の論議がみられ,その内容に従来言われてい などに伝えたのである。わかりやすい提示という た知識・理解や思 力・判断力・表現力に加えて, ことで,きわめて高い評価であった。私は,この 課題発見能力や問題解決能力,学び方が加えられ ような保護者向けの経営方針の提示を「学校の約 ている。各教科に問題解決能力などが導入される 束」と呼んでいる。 と,知識・理解重視の授業展開とは異なって,今 そこで学校は, 約束」を果たすために指導時 後ますます授業時数確保が重要になる。 間を新たに編成し直すことが重要になる。また, 今後,各学校の指導時間活用のあり方が重要な 決められた教科の授業時数を効率よく活用する手 課題になると える。学校の教育課程経営の新た だてを工夫する必要が出てくる。学校の時間活用 なスタートである。 の経営戦略は,今後も多様に生まれることが必要 である。 20 資料 目標に準拠した評価への転換 『文部科学白書 平成 14年度』 新しい学習指導要領がねらいとする基礎・基本を確実に身につけさせ,自ら学び,自ら える 力などの「確かな学力」をはぐくんでいくためには,各学校において,個に応じた指導の充実を 図るとともに,これまで以上に子ども一人一人の学習状況を適切に評価し,指導に生かしていく ことが極めて重要です。 評価については,これまでも,子ども一人一人の学習状況を適切に評価する観点から,観点別 学習状況の評価( 関心・意欲・態度」 「思 ・判断」 「技能・表現」「知識・理解」の4観点を基 本とする)を,学習指導要領に示す目標に準拠した評価(いわゆる絶対評価)により実施してき たところですが,新しい学習指導要領の下での評価に当たっては,このような え方を一層重視 し,これまで,学習指導要領に示す目標に照らして学年・学級における位置付けを評価(絶対評 価を加味した相対評価)していた評定についても,学習指導要領に示す目標に準拠した評価(い わゆる絶対評価)に改めることとしました。 今後,目標に準拠した評価が一層定着し,高校入試の調査書にも十分に活用されるためには, 各学校における評価の根拠がこれまで以上に明確で信頼でき,保護者等に説明できる客観的なも のであることが重要です。現在,教育委員会や学校が一体となって,評価の客観性を高めるため の努力が行われているところです。 指導要録の評価 新指導要録 観点別学習状況の評価 *教科ごとの学習状況を4観点によ り評価 (①「関心・意欲・態度」 ②「思 ・判断」 ③「技能・表現」 ④「知識・理解」) 評 絶対評価 *各教科の内容ごと,観点ごとに規準を定めて評価 ○小・中ともに観点別にABCの3段階で評価 定 教科ごとの学習状況を観点別学習状 況の評価を基本としつつ,総括的に 評価 旧指導要録 絶対評価 *観点別学習状況の評価を 総括 絶対評価を加味した 相対評価 *目標に準拠した評価を 加味しつつ,集団にお ける位置付けを評価 ○小3∼小6:1∼3の3段階で評価(小)1・2なし 〇中1∼中3:1∼5の5段階で評価 *新学習指導要領では,集団の中での相対的な位置付けについては,必要に応じ「総合所見及び指導上 参 となる諸事項」欄に記載する。 21 6 諸外国の動向 ドイツ 教員・生徒・保護者が行う評価を基本として ―緒についた学校評価― 国立教育政策研究所総括研究官 坂野 慎二 1989年から 1990年のベルリン工 科大学留学中にベルリンの壁崩壊, 東西ドイツの統一に遭 遇する。 1994年に国立教育研究所研究員 を経て 2001年から現職。主な研 究領域はドイツの教育政策研究, 日本の高校改革研究(中高一貫教 育,総合学科等)。著書に『戦後 ドイツの中等教育制度研究』 (風 間書房 2000年)など多数。 はじめに―学校経営サイクルの重要性 1.行政主導による学校教育プログラムの作成 ドイツでは 1990年代以降, 学校の自律性」が ドイツの学校教育においても日本と同様に,こ 強調されている。規制緩和による学校の自律性, れまでのところ,実際の授業活動以外の時間的連 学校権限の強化は,同時に学校に自己責任を課す 続性と循環についての え方が重要視されず,一 ことにもなり,成果を評価するための「計画―実 般に希薄であったといえよう。学校の質をめぐる 施―評価」といった経営サイクルの重要性を認識 議論は,1970年代からあったが, 計画―実施― させることとなった。 評価」という経営サイクルによる学校改善が目指 計 画」段 階 で は,学 校 教 育 プ ロ グ ラ ム されるようになったのは,おおむね 1990年代に (S chulprogramm,学校教育目標)を設定する 入ってからである。経営サイクルにおける「計画 ことを規定する州が増えている。同時に,学校教 =学校教育プログラム」と「評価=学校評価」は, 育プログラムが,どの程度達成したのかを学校が 連動して行われなければならない。そのため,学 自己評価することを,法令で規定する州も現れて 校教育プログラムと学校評価を導入することによ きている。 り,学校教育活動を時間的連続性において捉え, 本稿は,今日のドイツにおける学校評価の政策 動向を整理し,学校教育の多様化が進むことによ 学校教育活動を改善することが求められるところ となった。 り,各学校の特色を発揮するために,学校教育プ ドイツにおいて,学校教育プログラムおよび学 ログラム,実際の教育活動,そして学校評価とい 校評価を法令化したのは,1994年のブレーメン う学校経営サイクルという一連の流れによってど 州が最初であった。その後,学校評価政策が進ん のように浸透するように図ったのかを示す。16 だのは,ノルトライン・ヴェストファーレン州で, ある州の中で,学校評価政策が進んでいるノルト 1997年の通知において,2000年末日までに全学 ライン・ヴェストファーレン州を主な事例として 校で学校教育プログラムを作成するものとした。 取り上げる。 そのために必要な学校教育プログラムの作成方法 や,学校評価に必要な情報を,州文部省は積極的 22 に情報提供を行い,冊子やパンフレットを発行し 挙している。 ている。そこでは,学校の内部改革を進めるため ⑴ 州レベルの規定と学校の現状を に,各学校の自己責任と裁量権が拡大されている が,学校の内部改革を進めるための重要な鍵とし て,学校教育プログラムを位置づけている。 この段階では,行政主導で学校教育プログラム の作成が進められていた。 2.学校組織開発の手段としての 学校教育プログラム・学校評価 同州は,最初の学校教育プログラムの提出期限 慮した学校 教育プログラムの重点項目 ⑵ 学校教育プログラムの中に学校の授業活動と 生徒指導活動の え方を入れること ⑶ 学校教育活動の改善のための目標と行動目標 を学校教育プログラムに盛り込むこと ⑷ 学校教育活動の検証(評価)のための形式と 手続きを盛り込むこと ⑸ 学校教育プログラム作成活動の校務分掌と責 任 前の 2000年に,指針「学校教育プログラムと学 ⑹ 学校関係者(教員,生徒,保護者)を学校教 校教育プログラム作成―学校と教育行政関係者の 育プログラム作成活動および学校教育プログラ 対話並びに学校監督による包括的評価のための指 ムの決定に巻き込むこと 針」を通知した。そこでは, ⑴ 2000年末日までに, 報告の時点で有効な学校 ⑺ 学校教育プログラム作成活動の継続性,長期 的な学校開発活動へ結びつけること 教育プログラムが,学校教育プログラム作成活 この7点によって,州文部省の意図が明確に示 動のおおよその報告書とともに提出されること されている。2000年の指針によって,学校組織 ⑵ 報告書には,学校教育プログラムの重点,学 開発のための戦略として,学校教育プログラムが 校教育プログラムの改善計画,学校教育プログ 作成される。作成する過程および決定する過程で ラムの開発過程,学校教育活動の質的検討(評 は,学校関係者を巻き込むことが意図されている。 価)についてのこれまでの経験が記載されてい 学校教育プログラムの決定は,教職員・保護者や ること 生徒の代表で構成される学校会議である。英米の などが記載されている。その上で,学校教育プロ 学校理事会等と異なる点は,地域住民代表や議会 グラムと 2001年の学校教育プログラム作成活動 代表の参加が意図されていないことであろう。 についての学校と学校監督当局の対話のために, 必要な意見交換を行うことが規定されている。 絶え間ない学校教育プログラムの作成と修正に より,教職員・生徒や保護者の間に共通理解が生 この通知からも明らかなように,学校教育プロ まれること,そして協働して学校教育活動を行っ グラムはその作成そのものが目的なのではなく, ていくことが目指されている。学校教育プログラ その作成活動を通じて,学校と教育行政関係者の ムの評価と作成活動についての学校関係者と教育 対話によって学校改革を促進するところに真のね 行政関係者の話し合いによって,課題が明確とな らいがあるのである。 り,次年度の学校教育プログラム作成に反映され 学校評価のチェック項目として,次の7点を列 るという循環が生み出される。 23 6 諸外国の動向 ドイツ 教員・生徒・保護者が行う評価を基本として 3.学校教育プログラム・学校評価の普及 ノルトライン・ヴェストファーレン州では,こ ―緒についた学校評価― である。これは,教員・生徒や保護者の3者評価 を基本としている。評価票の領域は次のようにな っている。 のように,学校教育プログラムが学校教育活動目 ⑴ 学校の状況全般 標,実際の教育活動の実施方法,そして評価項目 ⑵ 教員の労働条件 等,学校経営サイクルに必要な内容をすべて含め ⑶ 各学校の一般的評価 て作成し,学校監督当局に報告することになって ⑷ 学校組織開発(S chulentwicklung)/自治 いる。州文部省では,学校教育プログラムによっ ⑸ 学校生活 て学校改革を進めようとしているが,そのために ⑹ 授業 は,各学校の状況を把握しなければならない。各 ⑺ 生徒の共同決定 学校の状況を把握するために,各学校でどのよう ⑻ 学校と家庭の協力 な過程を経て学校教育プログラムが作成されてき たのか,どのような内容が学校教育プログラムの 各チェック項目は5段階または3段階評価で, 一部は記述式である。 中に記載されているのか,また,作成にあたって 各学校はこのチェック項目を取捨選択して評価 どのような困難があったのか,といった点を集約 を行う。もちろん,必ずしもすべての州がこうし している。 た学校バロメータを活用している訳ではない。例 こうした集約を通して各学校,そして学校監督 当局に提示することにより,各学校,学校監督当 局がよりよい学校教育プログラムを作成し,そし て学校教育活動が改革していくことを州文部省は 目指している。 えばヘッセン州では,30ほどある評価手法の中 から各学校が選択している。 5.各州における学校組織開発と外部評価 シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州は,学校教 同州における次回の学校教育プログラムを各学 育プログラムと学校評価とを学校経営サイクルの 校が提出する期限は 2003年末日となっており, 両輪として位置付けており,それによって学校の 3年の間を置くことが決まっている。つまり,州 活性化が図られている。同州では,学校評価の一 文部省レベルでの確認は3年後になっている。し 環として, 批判的友人」を実験している。これ かし,学校関係者と教育行政関係者の話し合いは は,別の学校の教員が学校教育プログラムの作成 毎年行われることになる。 や,学校評価の結果を分析するときに,議論に加 4.学校評価票 学校バロメータ ドイツではこれまでのところ,学校の自己評価 わって,さまざまなアドバイスを行う方法である。 批判的友人が行うのは, 命令」ではなく「助言」 である。 が学校評価の中心である。学校自己評価票のモデ ブレーメン州は,学校管理法(1994年)によ ルは,ドルトムント大学学校組織開発研究所長ロ り学校教育プログラムの作成と学校評価を規定し ルフ教授が中心となって開発した学校バロメータ た。同州では学校査察の代表者による外部評価が 24 行われる制度を実験している。実験の結果,外部 ハンブルク州やシュレスヴィヒ・ホルシュタイ 評価者の評価機能と支援・助言機能を分けること ン州では,2002年7月までに学校教育プログラム が必要であるとされ,後者は州教育研究所が行う を全ての学校が作成するよう求めた。教育行政関 ように制度的な変更を行った。 係者がそこに求めているのは「学校」としての教 まとめ ドイツでは 1980年代の学校文化論を通じ,各 員の連帯意識と協業である。児童・生徒の立場に 立った授業,教育活動の提供を行い,学校教育の 質を改善することが大きな教育目標となっている。 学校に焦点をあてた実証研究が進められた。その 具体作業が最も進んでいるノルトライン・ヴェ 過程で諸外国の影響を受けつつ,ロルフらを中心 ストファーレン州では,1度目の学校教育プログ として,組織開発型の学校評価が,学校改善の一 ラムの集約が行われている。同州の実施過程で明 環として,導入・普及しつつある。現在は多くの らかとなったことは,この学校教育プログラム作 州において,学校教育プログラムを作成する段階, 成過程で学校関係者を巻き込み,一部の者ではな そしてそれに基づいて学校評価を行うための準備 く,多くの者が参加することの重要性である。作 段階として位置付けられよう。 成や決定への関係者の参加,そして実施,チェッ しかしながら,こうした試みが一般教員に浸透 クと改善といった一連の流れが行政主導で作られ しているのかといえば,必ずしもそうとはいえな ている。その際,学校監督当局は, 監督」では い。筆者が 2001年に行った聞き取り調査によれ なく,対話を通じての「指導助言・支援」機能が ば,政策レベルでは学校評価がかなり浸透してい 重視されている。 る。しかし学校現場では,学校経営層は意識して いるが,多くの教員は学校教育プログラム,それ に基づく学校評価を理解する段階である。筆者が ある学校で参加した教員会議では,ちょうど学校 教育プログラム作成のための作業部会の発表が行 われた。そこでは作業部会に入った担当教員とそ れ以外の教員の意識の差は大きなものがあった。 【参 文献】 ・坂野慎二(2003)「学校評価による学校改革―ドイツの事例から―」木岡一明編著『学校評価の促進条件に関する開発的研 究』 (科研費報告書,国立教育政策研究所の HP 参照) ・Institut fuer S chulentwicklungsforschung (19 9 6): IFS -S chulbarometer. Ein mehrperspektiveisches instrument zur Erfassung von S chulwirklichkeit. IFS -Verlag, Dortmund. ・Burkard, C.u.a.(2000): Praxishandbuch Evaluation in der S chule. Cornelsen, Berlin. 25 6 諸外国の動向 イギリス 厳しい「外部評価」にさらされて ―教育現場からの根強い反発の中で― 九州大学大学院教授 望田 研吾 専門は比較教育学。九州大学大学 院教育学研究科博士課程単位取得 退学。ロンドン大学教育インステ ィチュート大学院 MA 修 了。九 州大学教育学部助教授・教授を経 て現在に至る。この間,カリフォ ルニア大学バークレー校,ボスト ン・カレッジ,ロンドン大学客員 研究員。著書に『現代イギリスの 中等教育改革の研究』 (九州大学 出版会 1996)など多数。 はじめに わが国ではようやく学校評価が制度化された。 しかし,それは自己点検・自己評価が主なもので 場原理による学校間の競争を強め,学校は親への アカウンタビリティを一層強く求められるように なった。これらを背景として,学校の外部評価制 度が作られていったのである。 ある。これに対して外部評価を実施している国も イギリスでは,従来から中央の教育省に勅任視 ある。中でもここで取り上げるイギリスでは,厳 学官が置かれるとともに,地方教育当局にも視学 しい外部評価が行われるとともに,その結果がイ 官が配置され,主に学校への指導・助言的な立場 ンターネットで公表され,親はもちろん,だれで から視察を行ってきた。しかし,1992年教育 (学 も評価結果を見ることができるようになっており, 校)法によって学校視察制度が改められ,教育雇 学校は常に厳しい目にさらされている。また,評 用省(現在の教育技能省)から独立した政府機関 価に基づき,学校改善のための行政による強い として教育水準局(Office for S tandards in 「介入」が実行されているのも,もうひとつの特 Education,略称 Ofsted)が設置され,学校視 徴である。そうしたイギリスの学校評価のしくみ 察と学校評価が Ofsted で訓練を受けた視察官 は,どのようなものであるのか見ていきたい。 によって行われることとなった。 教育水準局(Ofsted)の設置 視察のしくみ イギリスで学校評価が導入されたのは,サッチ Ofsted による視察は,どのように行われるの ャーによる改革以降のことである。1988年に教 か。すべての公営学校は,少なくとも6年に1回 育改革法が制定され,1944年教育法に基づく学 視察を受けなければならない。ただ,最近はブレ 校制度を大きく変えることになったが,それまで ア政権の「学校への介入の度合いは,学校の成功 学校裁量に任せられていたカリキュラムも,国家 の度合いに反比例する」という方針に基づき,必 基準であるナショナル・カリキュラムがつくられ, 要と判断された場合,視察の回数はこれより多く 全国テストによる生徒の評価が始まった。また, なるし,逆に,優れた学校には完全視察に比べて 当時の保守党政権は,親の学校選択を軸とする市 少人数,短期の視察で済む短期視察が適用される。 26 視察は複数の視察官によって行われ,その中の であるかどうかである。その評価のために, 1人が主視察官となる。また,視察チームに教育 ・学校が達成した教育水準 の専門家ではない者を1人含むことが義務づけら ・学校によって提供される教育の質 れている。視察に先立って,学校へは6週間から ・リーダーシップと経営の質 10週間前に通知される。その間に,学校は決め (学校への資金の効果的管理も含む) られた4つの様式を提出しなければならない。そ ・生徒の精神的・道徳的・社会的・文化的発達 れ ら は 「 F o rm S 1 学 校 の 基 本 的 情 報 」 という大綱的項目の下に, 「FormS 2 学校と生徒に関するより詳しい情 ① 達成水準 報」 「FormS 3 法に規定された事項の遵守状況」 ② 生徒の態度・価値・人格的発達 (理事会が作成)「FormS 4 自己評価」である。 ③ 授業と学習の質 学校側の負担を減らすために,現在ではこれらの ④ カリキュラムの質 様式は,Ofsted のホームページでインタラクテ ⑤ 生徒指導 ィブに作成できるようになっている。 ⑥ 親・他の学校・コミュニティとのパートナー 視察前の期間に主視察官は学校を訪問し,校 シップ 長・教員,理事,親との懇談,生徒への質問紙調 ⑦ リーダーシップと経営 査や懇談を行う。実際の視察は,学校に数日滞在 という項目が設定されている。 して行われる。視察期間は学校規模によって異な では,視察官はどのような観点から学校を評価 り,例えば,小規模な初等学校の完全視察は2人 しているのか。Ofsted の「視察官記録様式」に の視察官で3日で済むが,大規模な中等学校の場 は,具体的な質問が以下のように決められている。 合は 12人の視察官で 15日もかけて行われる。短 ① 達成水準 期視察は初等学校が1日,中等学校が4日である。 学校の水準の高さはどのくらいか」 視察官の学校での作業は授業観察,教職員・生 生徒の達成の程度はどのくらいか」 徒との懇談,課外活動観察,学校の日常生活観察, ② 生徒の態度・価値・人格の発達 学校の評価活動や成績管理の点検,生徒の学習結 生徒の出席と行動はどうか」 果サンプルの分析,学校の会議や管理職会議への 学校生活における生徒の落ち着きの程度は」 参加,生徒の指導要録などの分析,特別支援を要 生徒の人格的発達をどの程度促しているか」 する生徒の記録の分析などであり,授業を見るこ とはもちろん,学校の重要文書の分析まで含んで いる。 何が評価されるのか Ofsted の視察では,何がポイントとなるのか。 最も重視されるのは,学校が効果的(effective) ③ 授業と学習の質 授業の質はどうか。それが,すべての生徒の 学習をサポートしているのか阻害しているの か」 学習についての評価の質は」 ④ カリキュラムの質 生徒の興味・適性,特別なニーズに対応する広 27 6 諸外国の動向 イギリス 厳しい「外部評価」にさらされて ―教育現場からの根強い反発の中で― 表1 7段階の評価表 評 価 等 優秀(Excellent) ・他に類を見ない ・卓越している ・第1級である ・超効果的 ・非常に急速に進歩 級 備 他の学校のモデルとなる 1 非常によい(Very good) ・平 をはるかに越えている ・非常に効果的 ・急速な進歩 よい(Good) ・平 以上 ・効果的 十分(S atisfactory) ・平 ・良好 ・堅実 ・並 不十分(Unsatisfactory) ・平 以下 ・不適切 ・遅い ・非効果的 学校内に広める価値がある 2 強化し発展させる価値がある 3 適切だが改善の余地あり 4 注意が必要 5 劣悪(Poor) ・平 よりはるか下 ・非常に非効果的 ・非常に遅い 非常に劣悪(Very poor) ・極端に非効果的 ・極端に遅い 範な価値あるカリキュラムの機会をどの程度提 供しているのか」 課外活動や授業時間以外の学習援助を含めて, 補習や強化学習の質は」 カリキュラムの必要性に応じるための施設・設 備やその他の資源の量と質は」 ⑤ 生徒指導 生徒へのケア,生徒の福祉・健康・安全を確保 するための措置の質は」 学力や人格的発達のモニタリングに基づいて 生徒に提供されるサポート,アドバイス,ガイ ダンスの質は」 学校の運営や発展への生徒の参加の程度は」 28 緊急の行動が必要 6 直ちに根本的変革が必要 7 ⑥ 親・他の学校・コミュニティとのパートナーシ ップ 親,コミュニティとの連携の効果は」 親,家庭,地域住民を対象とする教育プログ ラムやサポートプログラムの効果は」 他の学校やカレッジとの連携の効果は」 ⑦ リーダーシップと経営 学校のガバナンスの質は」 学校のリーダーシップの質は」 学校経営はどの程度効果的か」 学校内外に学力向上にとっての特別な促進要 因,または阻害要因があるか。それに対する学 校の対応の程度は」 さらにこれらの質問は,評価のためにより詳細 生徒と親による評価 なチェックリストに細分化されるとともに,それ ぞれについて数値化して評価が行われる。例えば, Ofsted の評価では,学校の自己評価に加えて, ③ 授業と学習の質」には「学習領域・教科の専 生徒や親の学校への評価も重要な要素として位置 門知識」 「効果的な授業準備」 「効果的な教育方 づけられており,視察官は生徒や親への質問紙調 法」 「効果的な資源利用」 「高い行動水準の設定」 査や面接を通じて,彼らの学校への評価を把握し 「助手の利用」 「宿題の利用」 「技能・知識の習得 ようとする。Ofsted は生徒への質問紙を学校段 と理解」などが含まれる。また, ② 生徒の態 階別に作成しているが,それらは以下の表2のよ 度・価値・人格の発達」には, 出席率を高めるた うな内容になっている。 めの学校の方策」「学校生活への生徒の関心と提 この他に,義務教育修了以降の 16歳以上の生 供される活動の範囲」「いじめ・人種差別・ がら 徒を対象とする質問紙もあるが,いずれも自由記 せがないこと」 「生徒の自信と自尊心」 「学校は生 述欄があり「学校について一番好きなことは」と 徒の学習意欲を高めている」「学校は生徒の行動 「学校をどのように変えたいか」を書くようにな に高い期待を持ち,それを達成する努力をしてい っている。また,親に対しても「子どもは学校が る」 「人種的調和を含むよい関係を学校は促進し 好きか」「学校でいじめや ている」などがある。視察官は,このチェックリ いか」 「学校が親の意見や提案を尊重するか」 「宿 ストにしたがって,表1の7段階で評価していく。 題が出されているか」などをきいている。 表2 がらせを受けていな 生徒用の質問 初等学校生徒用 (回答は「はい」 「ほとんど」「時々」 「いいえ」の欄を○で囲むようになっている。 ) 1.学校にいることが好きですか。 2.授業で新しいことを学びますか。 3.授業は面白くて楽しいですか。 4.分からないときに助けてもらいますか。 5.一生懸命勉強しなければいけませんか。 6.先生はあなたがもっとよくできる仕方を教えてくれますか。 7.友だちの行いはよいですか。 8.友だちは親切ですか。 9.学校で悩んだときに相談できる大人がいますか。( はい」と「いいえ」のみ) 10.先生たちは公平ですか。 11.先生はあなたの えを聞いてくれますか。 12.自分でやれるように信頼されていますか。 中等学校生徒用 (回答は問いの文に「本当にそう思う」 「そう思う」 「そうは思わない」「全くそうは思わない」 の欄に印をつけるようになっている。 ) 1.この学校はよい学校である。2.教え方がよい。 3.先生たちは一生懸命勉強し,ベストを尽くすように期待している。 4.どのように改善したらよいかがわかる助けとなるように学習が評価されている。 5.この学校の生徒の行いはよい。6.問題を抱えたときに相談できる大人がこの学校にいる。 7.教職員はすべての生徒を公平に取り扱い,尊重している。8.自分でやれるように信頼されていると感じる。 9.学校は生徒の意見に関心を持っている。10.相当な宿題が定期的に出されている。 11.学校でいじめや人種的侮辱はない。12.学校はうまく運営されている。 29 6 諸外国の動向 イギリス 厳しい「外部評価」にさらされて 評価後の対応 では,評価後,学校はどのように対応するのか。 ―教育現場からの根強い反発の中で― 善計画を学校は作成しなければならず,また,地 方教育当局に対しても学校への特別なサポートが 求められる。学校はその後2年間にわたってモニ まず,視察官は視察最終日に学校評価について口 ターされた後,勅任視学官による再視察を受ける。 頭で校長など管理職・理事に説明するが,この口 改善計画を期限内に達成した学校は特別措置から 頭での評価で,学校側は大体の評価の中身につい 外されるが,改善が不十分であった学校は教育技 て知ることができる。その後,6週間以内に詳細 能大臣による命令によって,閉校という措置がと な評価報告書が作成される。学校ごとの評価報告 られる。 書はデータベース化され,Ofsted のホームペー ジで公開されており,誰でも見ることができるよ おわりに うになっている。学校には,報告書を受け取って Ofsted の視察の手引きの冒頭には「視察は学 から 40日以内に勧告を実行するための改善計画 校の自己評価を補完し,学校改善を刺激し,方向付 (action plan)を作成することが義務づけられて けるのに役立つ。視察は,学校現場がその仕事の おり,Ofsted による学校評価が学校改善に直接 質に関して明確で公平な評価を受け,長所と短所 つながるようなしくみになっている。 を明らかにし,さらに改善のための優先順位をつ 失敗校に対する措置 けることができる貴重な機会を提供する」とある ように,Ofsted による評価は,学校を改善し,効 それが端的に示されるのが失敗校への措置であ 果的な学校とするための視察と評価であることが る。視察官は視察の際に,特に「懸念がある学 強調されている。しかし,失敗校に対する措置に 校」かどうかを判定することが求められている。 見られるように,評価に基づく断固たる措置に裏 イギリスでは,こうした学校は失敗校(failing 付けられた Ofsted の視察と評価は,学校の死命 school)と呼ばれている。失敗校に対しては特 も制するような厳しさを持っている。それだけに, 別措置がとられるが,それは視察結果に基づいて 校長や教師に与えるストレスもたびたび問題にな 2つのやり方で実施される。 っており,視察官の批判に耐えかねて自殺した教 第1は,特別措置に入る前に改善の努力を待つ 師の事件や,失敗校と判定された学校の校長が精 場合である。視察後,学校が改善計画にしたがっ 神に変調をきたした事件などが報道されている。 て努力しているかどうかを,Ofsted の勅任視学 また,ケンブリッジ大学の研究者による初等学校 官が注意深くモニターし,その結果,不十分であ 教師を対象とした調査では,Ofsted の視察が学 ると判断された場合に,特別措置に置くやり方で 校にいちばん害を与えるものとしてやり玉にあが ある。 っている。これらは厳しい外部評価に対する現場 第2は,問題が深刻なために,学校視察後,視 教師の反発が根強いことを示しており,学校改善 察官の判断で直ちに特別措置に置く場合である。 を進めるには,学校による自己評価を中心にすべ 特別措置に置かれた場合は,期限付きの詳細な改 きであるとの声も強くなってきていると言われる。 30 東京大学名誉教授 兵藤 申一 寺田先生から見ると孫弟子の1人に過ぎな い筆者が,先生の英語について今さら云々し ようとは烏滸がましい話で,自らの浅学を省 みない愚挙と嗤われそうである。多少の弁明 の意味をこめて,こんなことを思いついた動 機を初めに記すことにする。それは先生と直 接に関係があるわけではない。 松本清張に「文豪」という作品がある。坪 内逍遙を扱っていて,清張自身と思われる主 人公がふとした経緯から逍遙の死は自殺では ないかと推理する筋立てになっている。その 推理の当否はどうでもよいのだが,筆者が気 にしたのは,逍遙は1つの紙包みだか封筒だ か を 残 し て い て,そ こ に「Don t break this until I have passed away. (私が死 ぬまで,これを破るな)」という英文が記さ れていたという,清張の文章である。逍遙と もあろう人が本当にこのように稚拙な英文を 寺 田 寅 彦 先 生 の 英 語 解力はもちろん表現力も平 してかなり高か ったはずというのが,従来の筆者の印象であ った。事実,逍遙とほぼ同時代を生きた新渡 戸稲造の有名な「Bushido」を読むと,さ すが日露戦争の頃にセオドル・ルーズベルト 大統領を感動させたというだけあって,格調 の高い見事な英文で書かれている。新渡戸の 場合,米国留学などを含め若い時代に英語に よって表現しなければならない機会が多かっ たのに対し,逍遙の場合,そういう機会にほ とんど恵まれなかったようである。そんなこ ともあって, 寺田先生の書いた英語は,ケ ンブリッジ・オクスフォードの卒業生なみだ そうだ」というような話を学生時代から聞か されてきた筆者は,一度その“神話”を自分 で確かめてみたくなったのである。 先生は多くの外国語に堪能であったことは, よく知られている。フランス語・ドイツ語・ 書いたのか,ちょっと信じられなかったが, イタリー語・ロシア語の他に,ラテン語・ギ 清張がこういう資料関連でデッチ上げをする リシャ語・中国語・ペルシャ語・サンスクリ とも思えないので事実なのであろう。 ットまでも理解の範疇に含まれていたそうで この英文では,まず break がいけない。 あるから,不勉強な筆者などただただ恐れ入 this が package と か envelope を 指 し て るばかりである。しかし,中でも英語は先生 いるとすると open とすべきである(ただし にとって別格だったことは疑いない。先生の this が sealつまり封印を指 し て い る な ら 学術論文は S cientific Papers という全6 可)。次に問題になるのは have passed と 巻の叢書のかたちにまとめられていて,その いう現在完了の使用である。逍遙がこれを書 うち5巻までが欧文論文,その 200を超す欧 いた時点ではもちろん彼は生きていて未来に 文論文は数編のドイツ語を除くと全て英語で 属することではあるが,ここは未来形でもな ある。その多くの英文論文から,適宜に次の く pass awayと現在形で書く必要がある。 3編を選んで精読させていただいた。 動詞や時制の誤用を直してみても,全体とし 初期 (1904年) のものとして「On the てコナレた英文という印象からは遠い。高校 Capillary Ripple on Mercury Produced 生や大学生ならともかく,シェイクスピアの by a Jet Tube」 ,中期 (1922年) のものと 翻訳などで余りにも有名なあの逍遙なら,せ し て「On Perodic Fluctuations めて No opening during my lifetime.く Convection Currents ― with a Hint on らいが相応しかったような気がする。 the Origin of S un-S pots Cycle」 ,後期 明治時代に教育を受けた人たちは,外国語 of (1930年) のものとして「On Luminous を通して文化を吸収する必要性が現在とは比 Phenomena Accompanying Earth- 較にならないほど高かったから,外国語の読 quakes」の3編である。何れも先生単名の 31 論文である。中期や後期になると,研究室門下生と 天災は, 忘れた頃に やってくる。 の共著論文が当然に多くなるが,敢えて単名の論文 だけを選んだ。門下生との連名の場合でも,先生が 責任をもって推敲されたはずではあるが,筆者の経 験から言って,下書きをなるべく生かしたいという 気持ちが働くことは避けられないから,先生ご自身 の英語表現力を味わうには単名論文に如かずと判断 したわけである。 時代の研究であろうか。先生が 25・6歳の頃である。 寺田寅彦(1878∼1935) 東京帝国大学物理学科を卒業後,ド イツ留学を経て東大教授。X線によって結晶構造を解析し, 物質構造を究明する先駆的な研究を行った世界的な物理学者。 科学と文学の精神を調和させ,多くの随筆・俳句を発表した。 同じ頃の筆者自身の英語表現力を思い出すと,雲泥 より 20年近く遅 い,明 治 11年(1878年)の 生 ま の違いがあることを自覚せざるを得ない。現在の若 れである。明治維新直後の激動期とあって,前述の い人たちが英文論文を書くときには,たいてい同種 2人との 20年近い時間差は,外国語を含めて青少 の論文がすでに多数あるので,その辺から適当にツ 年期における教育環境の大きな違いとなって現れた ギ合わせた「英借文」になってしまうことが多いが, ことであろう。しかし,先生のまだ若い時代からの そういうギコチなさは微塵も感じられず,まことに 素晴らしい英語表現力は,教育環境の整備くらいで 流麗な英文である。数式に頼らず現象を定性的に説 単純に説明できるものではない。(もっと時代が進 明する部分の多い内容であって,これは表現力がよ み現代に至っても,日本に住み続けたまま,先生ほ ほど高くないと難しい。強いて筆者が気にかかった どに闊達な英語を駆使して事物や現象を自由に表現 ところといえば, The supply is adjusted by a できる能力をもつ日本人は稀であろう。 )いったい cock.」と い う と こ ろ は「The 先生はどのようにしてその能力を培われたのであろ 初期の論文は,先生が東大物理学科を卒業した翌 年の講師になった年に発表されているので,大学院 supply is controlled with a cock.」の方が良いのではない かということと,用いられている第一人称の単数と 複数の混用が1か所で見られたくらいである。 うか。当然な疑問が浮かんでくる。 もちろん先生の語学的天性が第一の理由であろう。 司馬 太郎の「胡蝶の夢」という幕末から維新直後 中期や後期の論文ではますます“手慣れた”感じ の医学を扱った作品の中に,佐渡出身で 伊之助> の英語になっている。こここそがそれと大向こうを のちに司馬凌海と呼ばれる人物がオランダ語やドイ ウナらせるような名文の例を挙げるとよいのだが, ツ語の習得に驚異的能力を発揮したことが記されて それほど都合のよい例は見つけにくい。しかし,論 いる。また9世紀はじめに僧空海が入唐した直後, 文のどこにも英文としての抵抗感がなく自然に内容 日本側の官吏に懇望されて唐の官吏に提出した上奏 が伝わってくる。実は科学論文に関してはこれが最 文が,長安の知識人を驚倒させるほど巧みな漢文で, も大切な点であって,文学作品のように凝った表現 これで待遇が一変したというような話も伝わってい はむしろ有害無益と言える。現代のように何ごとも る。先生にはこれらの天才にもなぞらえられるほど セセコマシイ時代では,科学論文もなるべく短くす の能力が備わっていたのではないだろうか。しかし, ることが要求されるので,現在ならカットされてし 語学の習得には天賦の才能だけでなく,本人の意志 まいそうなことがらでも,悠々と楽しみながら書い や周囲の環境が大切な要因となる。太田文平氏の ておられる先生の情景が行間に想像されて微笑まし 「寺田寅彦」によると,先生は高知中学時代からア かった。 ーヴィングの「スケッチ・ブック」やユーゴーの 寺田先生は,幕末生まれの坪内逍遙や新渡戸稲造 32 「レ・ミゼラブル」の英語抄訳本を読んだり,英字 新聞を購読したりしたというから,旧制中学生レベ に接近されていたそうである。 ルで見ても恐ろしく早熟だったことは確かである。 英語には限らないが,語学習得の初期の段階でナ 先生の英語力に関しては熊本の第五高等学校時代に マの言葉に接する経験は,言葉として何が自然かを おける夏目漱石の影響を挙げる人もいるようだが, 体得する上で貴重に思える。筆者個人の経験を述べ 筆者の旧制高校時代の経験からいって,あまり信じ させていただくと,太平洋戦争が勃発する直前,筆 がたい。漱石の影響は,むしろ俳句など文学的世界 者のいた旧制中学校に日米交換船でアメリカから帰 への開眼にあったと思われる。 国してきた2人の二世が入学してきた。彼らと終戦 筆者の疑問については,やはり太田氏の「寺田寅 まで4年近い年月を共に過ごすことにより,普通の 彦」がある程度まで解答してくれた。先生がご自身 英語教師からはなかなか伝わってこない,英語らし で書かれた「吾が中学時代の勉強法」「読書の今昔」 さとは何かということを多少は感じとれたような気 「簑田先生」などの文章が下敷きになっていて,英 がしている。また,中学3年生のとき寺田先生と同 語に限っていえば,高知中学校入学前後においては 様に,英文でコナン・ドイルの「シャーロック・ホ 山本楠弥太,3年生以後は簑田政孝という人物の影 ームズ」シリーズを夢中になって読みふけった経験 響が大きかったらしいことを知った。とくに簑田と も無駄ではなかったと思っている。筆者は東京大学 いう当時若かった英語教師は, 子供の時分にアメ に在職中, 科学英文技法」という大学院生向けの リカへ行って,それから十何年の間ずっとあちらで 講義を担当させられ,その結果として同じ題名の本 育ち,シカゴの大学で修学して帰朝するとすぐに, を書いたりしたため,自分が educated native と この南海の田舎へ赴任してきた(蓑田先生)」とい 同程度に書けるなどという大それた自信があるわけ うことであるから,当時としては珍しいナマの英語 でもないのに,何となく私たち日本人の書く英文が を中学生たちに教えたことであろう。この蓑田とい 気にかかるという因果な性分になってしまった。そ う先生は一般の生徒からは敬遠されがちだったらし んな筆者が試みた今回の非礼を,最後に地下の寺田 いが,寺田先生はその下宿先を訪問するなど積極的 先生の霊にお赦し願うことにする。 筆者の兵藤先生は,東京大学工学部教授であった今から 20数年前に,啓林館「中学理科」 「高校物理」 教科書の著者として参画されました。 教科書を執筆するからには,子どもの実態を知ろうと思い,私の 娘が通っている中学校に頼んで,電気の授業を見てきました。理科の先生は,相当に緊張されていました が…」と,いつもの少しはにかんだ笑顔をたたえて物静かに言われました。子どもの実態を把握した上で 教科書執筆に取り組もうとするこの姿勢は,実証性を大切にして真理・真実を限りなく追究した寅彦の孫 弟子としての面目如何です。 開かれた学校」として,今日では授業参観はごく普通に行われてはいます が,当時,保護者とはいえ,我が国の物理学界を代表する東京大学の教授が,中学校の電気の授業を参観 するということですから,学校や理科の先生の戸惑いと緊張はいかばかりであったでしょうか。 なお,この稿は,寺田寅彦を研究する会報「槲」( 寺田寅彦記念館友の会」高知市小津町 4-5)からの 転載です。寅彦が幼少時代を過ごした旧邸は, 寺田寅彦記念館」として高知市内に復元されましたが, その庭には,随筆『庭の追憶』に出てくるカシワの大木があり, 槲」の命名はそれに因んでいます。 (岡村記) 33 全国の具体 例 全国の取り組み状況とその実践例 (その2) 九州大学大学院教授 八尾坂 修 1951年山形県酒田市生ま れ。専 門は教育行政学・学校経営学。国 立教育研究所(現国立教育政策研 究所)教育経営研究部主任研究官, 奈良教育大学教授を経て 2003年 から現職。教育行政・学校経営の 調査・分析に基づく提言を積極的 に行っている。編著に『期待され る学校評価能力』(教育開発研究 所),『現代の教育改革と学校の自 己評価』 (ぎょうせい)等多数。 前号(本誌 Vol.49,2003年9月発刊)では, 学校の自己点検・自己評価をする際の観点として, 1951年当時,文部省内学校評価基準作成協議会 が編集した『中学校・高等学校学校評価の基準と 手引(試案)』で指摘されていた学校評価観,お 教職員が自らの教育実践の成果を確かめると いう意識が少ない。 評価内容が多く,評価方法・形式もマンネリ化 している。 評価組織やシステムが十分確立されていない。 よび,評価への心得を示した。また,大阪府教育 これからの学校評価の え方として,特色ある 委員会と東京都教育委員会の学校評価モデルと実 学校づくりを推進していくという面から,次のこ 践例,高知県における授業評価システムの特徴, とが求められている。 さらには今後の学校評価実施に向けて検討すべき 点を指摘した。 第1に,学校の教育目標の達成を目指し,重点 化された評価内容にする必要がある。第2に,保 今回では,マネジメントサイクルのもとでの学 護者や地域の人に,学校の教育指導計画や実施状 校評価の実践という視点から,画期的なモデルと 況・成果を的確に公表する評価内容にする。第3 もいえる福岡県教育委員会と広島県・広島市教育 に,教育活動の結果の評価だけでなく,計画・実 委員会の実践例を取り上げるとともに,全国的な 施段階での評価も重要である。 実践事例から見えてきた特徴についても触れてみ たい。 福岡県教育委員会の学校評価 ―新たな学校評価の視点― 1.教育活動と運営面・環境面の構造化 こ の 点,教 育 活 動 を P(Plan 計 画)→ D(Do 実 施)→ C(Check 評 価)→ A(Action 改 善)の 各マネジメントサイクルの段階でとらえ,段階に 応じて評価をし,教育活動の効果を確かめながら 目的を達成しようとするとともに,次年度への計 画に生かすことも必要である。そして児童生徒や 全国的に学校評価が実施されている中で,これ 保護者・地域の人への公表を通して,学校として までさまざまな課題が指摘されているが,福岡県 の責任(アカウンタビリティ)を果たすことが期 では,以下のようにその課題を指摘している。 待される。 評価結果が学校改善に生かされていない。 34 ここで一般的に, P」は計画段階であり,目 学校評価システム例(表1) 標の設定や学校経営計画の作成を意味する。 D」 を診断するものである。最後に「A」は改善段階 は学校計画に基づいた教育活動の展開である。授 であり,成果と課題に基づく改善策の具体化と公 業評価や学校行事などの評価を行い,次の授業や 表を意味する。 次学期への計画に生かしていくことも意味する。 福岡県の えでは,表1に示しているように, C」は評価段階であり,総括的評価による成果 校長のリーダーシップの下で,学校評価委員会な と課題の明確化である。関係ある評価項目を関わ どの推進組織が中心となって,年間を通して計画 らせたり,立場の異なる評価者の意見を比較した 的・組織的・継続的に学校評価を進めている。そ りしながら,総括的に学校の教育目標の達成状況 の際,まず校長が経営ビジョンを提示するが,経 35 全国の具体 例 全国の取り組み状況とその実践例 (その2) 経営ビジョン例(小学校)(表2) 営ビジョンは重点目標を達成するための具体的手 点の中で,前者の観点を例にして示すと(表3), だて(経営戦略)までを包含している (表2)。 教育活動を中心にして運営と環境の両側面から関 特徴的なのは,経営戦略として教育活動を核と 連化を図った総括的な評価も えられてくる。 しつつも,これを支える組織運営的側面と教育環 また,重点目標を達成するための手だてが有効 境的側面からとらえ,教育活動を構造的にとらえ であったかどうかを,各教科,道徳,特別活動, ようとしていることである。 総合的な学習の時間,生徒指導,保健安全,組織 その結果,表2に示されている重点目標の「基 運営面などの項目ごとに総括的に振り返る評価も 礎・基本を確実に身に付けた子どもの育成」を具 多くの県で試みられているが,福岡県でも同じよ 現化するための観点として,たとえば,教科や領 うに例示されている。要は,まず学校の実情に応 域における「学び方の定着」と「基本的な生活習 じて実践に生かしやすい評価を行ってみてはどう 慣の定着」とを示すことができる。この2つの観 だろうか。そこから 意工夫も見いだされよう。 36 関連化を図った総括的な評価票例(教職員用)(表3) 教 育 設 基 本 的 な 学 び 方 の 定 活 動 問 運 評価 設 営 問 環 評価 設 境 問 評価 子どもたちは,漢字と計算 の繰り返し学習に進んで取 り組みましたか。 4 3 2 1 子どもの進み具合を把握し 個に応じて学年でアドバイ スを与えましたか。 4 3 2 1 漢字スキル、計算スキルの 問題用紙を段階ごとに用意 し,補充できましたか。 4 3 2 1 子どもたちは,教科ごとの 学び方を身に付けることが できましたか。 4 3 2 1 毎時間の学習のまとめの中 で教科ごとの学び方を板書 することができましたか。 4 3 2 1 教科ごとの学び方を確認す る学習コーナーを設置し, 活用しましたか。 4 3 2 1 子どもたちは,道徳の時間 の学び方を身に付けること ができましたか。 4 3 2 1 一般研修で,道徳の時間の 学び方を明らかにすること ができましたか。 4 3 2 1 心のノートを活用し,学習 内容を保護者に知らせるこ とができましたか。 4 3 2 1 子どもたちは,話し合いの 進め方を身に付けることが できましたか。 4 3 2 1 一般研修で,話し合いの進 め方を明らかにすることが できましたか。 4 3 2 1 議題集めや原案つくりに役 に立つ学級会コーナーを設 置し,活用しましたか。 4 3 2 1 子どもたちは,総合的な学 習の時間の学び方を身に付 けることができましたか。 4 3 2 1 研究授業で総合における自 分の課題の持たせ方につい て明らかにできましたか。 4 3 2 1 総合学習室を有効に活用し て,ポートフォリオを作る ことができましたか。 4 3 2 1 着 なお,福岡県のみならず後述する広島県や広島 目標や成果には数値化できにくいものもあり,ま 市などに見られるように,近年,可能なものにつ た,数値化することでマイナス面が出てくること いては「どこまで」という数値目標や「いつまで に留意しなくてはならない。福岡県の数値目標や に」というスケジュール目標を設定し,達成を目 スケジュール目標を表5に示したが,数値化する 指す方途もある。広島市の例で示すように目標値 ことが,教職員の共通理解を深め,目標達成のた 設定の類型,目標値の設定基準も各々異なること めの行動を取りやすくすることも可能である。 を理解する必要がある(表4)。ただ教育活動の 具体的方策における目標値の設定例(表4) 目標値設定の類型 目 標 値 の 設 定 基 準 都道府県等の状況 全国平 ,政令都市平 等の目標値などを基準として目標値を設定 過去の最高値・最低値 学校の過去の最高(最低)値を基準として目標値を設定 過去の実績数値の推移 これまでの学校の実績数値から将来の目標値を設定 100%の実施を前提 対象者に対して全て実施する必要があることは,全てが実施されるような目標値を設定 既存の計画等で定めら 既存の計画や参 れた目標値 の目標値を設定 となる他の計画等で既に目標を設定し,目標値を定めている場合はそ 37 全国の具体 例 全国の取り組み状況とその実践例 (その2) 数値目標例(表5) 数値目標とスケジュール ・学力水準テストで,前年度より平 点を1ポイント上げる。 ・1分間に視写を△□文字できる。 ・学年の配当漢字を全員△割以上書くことができる。 教 育 活 動 ・計算領域の問題の正答率が 90パーセント以上になる。 ・5分間で計算問題を 10問解くことができる。 ・持久走のタイムを昨年度より 40秒以上短縮する。 ・道徳の時間に,自分の えや思いを毎回発表することができる。 ・来校者に対し,全員があいさつできる。 ・6月までに自分たちで掃除ができるようになる。 ・毎週1回,学習進度や内容を検討する学年研修会(教科部会)を開催する。 ・少人数授業加配と学級担任の授業計画打合わせと反省の時間を週1回実施する。 ・月ごとの学年目標や生活目標,前月の学年目標や生活目標の達成状況を示した学年通信を月1回発行する。 ・月ごとのテーマに基づいた主任研修会を月1回開催する。 ・全員の教職員が,授業公開を 12月までに2回実施する。 運 ・地区論文や県論文に全校で6名以上応募する。 ・授業公開後,10日以内に研修便りを発行する。 営 ・一人2回以上,研究発表会に参加する。 ・国語科の授業で,少人数や TT による指導を週1時間実施する。 ・週に3回,計算練習の場を設ける。(学年の発達段階に応じて時間を設定する。 ) ・読書タイムを週3回,計 60分実施する。 ・週に1回,校門であいさつ指導をする。 ・道徳の時間に活用する自作資料を,各学年2つ以上開発する。 環 境 ・どの学年も,学習ボランティアを3名以上活用する。 ・月に1回,学校便りを地域や保護者に配付する。 ・パソコン教室の稼働率を 90%以上にする。 ・学級掲示は学習内容に応じて月2回更新する。 2.学校評価の実際 ―校務分掌の活性化を例に― 学校評価を行う際,特定の領域に絞って学校評 価を行うことも えられる。ここでは,校務分掌 組織を活性化させる評価として,図1に示すよう に, 個人レベルの評価」, 各主任・主事レベルの 評価」, 学校レベルの評価」をP―D―C―Aの マネジメントサイクルのなかでとらえているのが 特徴的である。しかも「学校レベルの評価」とし て,校務分掌組織ごとの総括的評価は実施すると 38 ・ 組織の3要素と校務分掌組織の活性化(図1) の前提に立ち,各校務分掌を教育活動と関連させ 個人レベルの評価票とその結果を表6に示すが, た評価票による総括的評価を実施していることで 評価結果から,次の ∼ の課題が見いだされて ある。つまり,各校務分掌の成果と課題を明らか いる。校務分掌組織の機能化(焦点化・実践化・ にするだけでなく,教育活動との関連をとらえ 日常化)に向けた認識の深化を図ろうとしている 「目指す生徒像」に向けた具体的な改善策を明ら ことがわかる。 かにしようとしている。 研究推進については,授業公開が計画的に行 さらに「個人レベルの評価」をP(計画)段階 われてはいるが,共通目標のもとに行っている で行っている。確かに,学校改善を図る手だてと という意識が低く,テーマに迫るための具体的 して学校評価を実施する際に,教職員による共通 な内容・方法・手だてなどが明らかになってい 認識は必要不可欠であるが,個人レベルでのレフ ない。 レクション(自省)は重要な視点といえる。校務 各分掌とも,協働性やコミュニケーションに 分掌組織を活性化するためには,教職員一人ひと 比べて,共通目標に課題がある。コミュニケー りの明確な役割のもとで,責任をもって提案を行 ションが図られ,協働して教育活動が行われて うことが期待されるのである。そこで,さまざま いる場合でも,方針・計画・方策が共通理解さ な校務分掌組織(学年組織・研究推進組織・生徒 れていない場合がある。 指導組織など)の評価を,組織の3要素である 自由記述の内容から,校務分掌についての課 「共通目標」 「協働性」 「コミュニケーション」の 題があると感じ,改善策を えている教職員は 視覚から設問を作成している点である。 いるが,これらのことを交流し,共有する場が この3要素は,組織の活性化にとって相乗効果 少ない。 を生み出す関係がある。研究推進組織についての 個人レベルの評価票とその結果(表6) ①∼③「共通目標」 ,④∼⑥「協働性」,⑦∼⑨「コミュニケーション」 結 果 ① 研究テーマや研究の内容・方法について理解している。 2.5 ② 自分は積極的に授業改善に取り組んでいる。 2.9 ③ 生徒の学力の実態を踏まえて日々の授業を行っている。 3.1 ④ 同学年や同教科の先生方と授業を見合ったり,授業内容・方法について話し合っている。 2.6 ⑤ 授業内容や方法について他の先生方と刺激しあい,お互いに力をつけることができれば 3.3 と 2.8 3.1 えている。 ⑥ 少人数授業や総合的な学習の時間の内容 造は,同教科や学年での協働体制を築くこと 3.4 につながると えている。 ⑦ 指導案審議や授業公開後の反省会等では,自分の意見や疑問を率直に出している。 3.3 ⑧ 授業内容・方法などについての悩みや疑問は,同学年や同教科の先生方に相談している。 3.2 ⑨ 研修会等に参加した内容を,他の先生方に伝えている。 2.8 3.1 39 全国の具体 例 全国の取り組み状況とその実践例 3.学校評価における学校評議員の活用 (その2) ・客観的な意見が多い。 前号の本誌(Vol.49)で,東京都教育委員会 ・学校と地域,家庭が手を携えて生徒を育ててい による学校運営連絡協議会と学校評価とがリンク くためにはどうすればよいのか意見や改善策を している事例を取り上げたが,福岡県教育委員会 寄せて欲しい。 の事例でも,学校評議員制度と学校評価との一体 ・学校評議員が学期末の自己評価結果に対して評 化が行われており,P―D―C―Aのマネジメン 価するので,今まで以上に真剣に評価しなけれ トサイクルの各段階において,学校評議員の活用 ・改善の方策が,今までとは違って学校評議員に が見られる。 評価活動としては,学校評議員による教育活動 ごとの評価活動(独自の評価項目の設定,アンケ ートによる意識調査など)と,学校側の総括的な 評価結果や改善策への意見を述べる2つの側面が えられるが,学校評議員による学校評価に対し て,どのような認識を教職員が抱いているのかを, 対象校を例にして,参 までに以下に示してみる。 寄せられた意見についての教職員の認識 ・自分たちが頑張っていることを認めてくれて, やる気が出る。 ・プラスの評価が多く,さらに頑張らねばならな いと感じた。 提案された改善策についての教職員の認識 ・不登校問題に関して,学校と保護者・地域が一体 となった取り組みが提案され,実行に移すこと ができ,改善されたのでよかった。 ・地域に開かれた学校づくりのための学校便りの 全戸回覧や友愛バザーでの地元農産物の出品な どの提案で,まず学校を知ってもらうことから 始めればよいということがわかった。 ・絶対評価の生かし方については,受験制度が前 提としてあるので,入試制度に対する根本的な 見直しを感じる。 学校評議員が学校評価を行うことについての教 職員の認識 40 ばならないと感じる。 公表されているので,その実施について責任を 持って最後まで行わなければならないと思う。 今後,特に評価してもらいたいことについての 教職員の認識 ・学校と地域,家庭が手を携えて生徒を育ててい くためにはどうすればよいのか意見や改善策を 寄せて欲しい。 ・我々だけでは気がつかないため,学校評議員が もっている得意な分野からの意見を出してもら いたい。 ・施設・設備の面にも意見を出してもらうことで 学校が動きやすくなる。 学校評議員に教職員が期待すること ・地域に開かれた学校づくりをしていく上での支 援も期待したい。 ・教職員の意識が変わるような直截な評価を期待 する。 ・中には,的はずれと感じられるものもある。教 育の専門家ばかりではないので,それも当然だ が,学校評議員自身の評価する力を高める取り 組みも必要である。 ・評価する際の留意点を伝えるなど,評価する目 を養う必要がある。それによって,学校にとっ ても学校評議員にとっても効果的な評価が期待 できるのではないか。 学校評価システムモデル(図2) 前述の結果から,学校評議員が行う評価は,お おむね肯定的にとらえていることがわかる。提案 された改善策を受容しようとする姿勢とともに, 広島県・広島市教育委員会の試み ―経営目標と指標化― 改善策の実施に関する責任感,教育課題解決に向 広島県や広島市の学校評価システムの基本的な けた積極性が生まれつつある。ただ,学校評議員 視点は,学校経営計画に基づいている。学校経営 の選出にあたっては,教育課題に応じて専門性を 計画は,校長自らの教育理念や経営理念をもとに, 有する人を選ぶことも必要と えており,かつ, 学校の教育目標の達成を目指し,学校全体をトー 専門性の高い改善の方策につながる具体的な意見 タルに見直す視点から,教育課程を中心に,校内 (たとえば,学校と家庭・地域との連携のもとで, 研修計画などの諸計画をまとめた学校の総合的な 生徒育成のあり方など) を期待していることがわ 計画である。目指す学校像や経営目標は,具体的 かる。学校評議員の評価能力を学校支援性に裏付 方策により構成される。前号で尾道市の小学校を けられたものとして位置づけることができよう。 取り上げたが,具体的なモデルは,図2に示す。 41 全国の具体 例 全国の取り組み状況とその実践例 この図に示す学校経営計画は,P―D―C―A のサイクルにおける計画策定(Plan)段階で示さ (その2) 生活改善の取り組みとして,時間の有効活用に努 めることを徹底することにした。 れる。学校評価の客観性や信頼性を高めるために インターンシップを積極的に導入するようにした。 必要に応じて外部評価を求めているのが特徴的で 教育相談体制の充実を図る組織を作り,生徒指導 ある。この点,評価結果に基づく改善(Action) は,評価結果の集計・分析により,目標達成の状 況やその要因・背景・課題等を明らかにし,経営 目標の継続・新規導入・見直しを図りつつ,学校 経営計画の策定や教育活動の改善を行うことを意 図しており,まさに斬進的な方向性である。 実際,広島県の研究協力校の実践からどのよう な成果が見いだされたかを提示したい。 [小・中学校の場合] も見直した。 シラバスを作成する段階から改善の研究をするよ うになった。 全国的に見た特色のある学校評価の実践 筆者は,かつて全国的に見て特色ある小学校 12校の自己点検・自己評価の分析を行ったことが あるが,いずれの小学校も,学校固有のよさや学 校をよくしていきたいという思いが伝わってくる。 校内研修テーマを絞ることができた。 これらの学校の実践を通して,学校の自己評価に 学校の課題が明確になり,取り組む内容が明らか おける論点が浮上してきたと になった。 評価結果に教職員と保護者の差があり,その要因 を共通理解できた。 保護者等から改善要望が出ていた通知表の内容や 日課表を見直した。 ホームページの更新や学校通信の発行等,情報発 信が積極的になった。 美化活動の徹底,学校行事や部活動についての研 修の必要性が出てきた。 校務分掌に研究主任と情報教育係を新たに位置付 けることにした。 [県立高校の場合] 各教科の模擬試験などの数値目標を学校経営計画 に反映させた。 豊かな心を育成するためにあいさつ運動や服装指 導の徹底,清掃活動に力を入れることを決めた。 学校行事の充実を図るため,3年間を見通した構 成を工夫した。 えられる。 学校 の自己評価のねらい・計画」 , 評価の実施主体」 , 評価結果の活用」 , 改善ビジョンをふまえた公 表・説明」 , 身近で具体的な評価項目の設定」 , 自己評価のための運営組織」 , 管理職と教職員 の一体感」 , 教職員と保護者との信頼関係」 , 学 校としての情報発信」 , 総括的な評価と重点化し た評価」 , 学校経営計画と経営目標の設定」のほ か「学校評価システムの校内研修の必要性」 , プ ラスイメージでの学校評価への試み」などが具体 的項目であり,学校によってはそれらが課題にも なっている。 以下,いくつかの学校事例をもとに,特色のあ る観点を取り上げ,結びとしたい。 心をひとつにした学校の自己評価 ―山形県村山市 T小学校の実践― 明治7年の開校以来,128年の伝統を有し, “心ときめくT小”を標榜している。小学校の自 己点検・自己評価の実践は,従来行われてきた学 42 期ごとの校務分掌に基づく経営反省のような形態 りにもつながっていると察し得る。 から,一歩進んだ試みとなっている。すなわち, 個が育つ教育経営の確立と充実 評価項目を設定し,全教職員参加による点検・評 ―富山県富山市立 H小学校の実践― 価とともに,保護者・児童からの外部評価も導入 H小学校は,昭和4年に第1回教育研究実践発 している。評価結果について推進会議からの意見 表会を開催して以来,平成 14年度の今日まで, を受け入れている。特徴的な点として,自己点 73回の実践発表会を開催している。筆者も 10年 検・自己評価の実施時期を年1回ではなく各学期 以上前に学校訪問をさせていただいたが,伝統校 末とし,年間を通して細かく計画的に行っている としての実績が随所にうかがえた。このH小学校 ことである。そして,評価項目の設定にあたり, と富山大学附属小学校とは,富山大学の学生の教 常日頃から重視している教育方針(姿勢)や,普 育実習を担当し,教員養成においても改革的見地 段から教職員間で交わされている言葉をできるだ から地域貢献をしている。教育目標である「くら け項目として取り入れている点である。たとえば, しをみつめ,自らの可能性をひらく子ども」を掲 感謝と思いやりの心でサービスに努める教師」 げて, 個が育つ教育経営」の確立を目指してい 子どもと心を開きあえる教師」 「電話の応対や保 る。その具体化として, 朝活動」 「くらしのたし 護者・来訪者への明るいていねいな対応」 「日々の かめ」 「授業」 「自主活動」の4つの主たる教育活 教育活動における問題や悩みについて,気軽に相 動が設定されている。これまですでに「地域教育 談しあえるような人間関係」などの項目は,自己 推進協議会」が設置されており,外部から謙虚に 評価を通して健全な教師文化,学校文化に変えよ 耳を傾け,評価を得る貴重な機会としている。協 うとする生きた言葉の響きをもっている。 議会を通して,外部評価を受けているとも えら 評価方法についても,マイナス評価の項目につ れる。 いては,改善策や評価項目等に関わって自由記述 学校評価の取り組みへの契機は,とくにミド を求めることも好ましい観点である。よりすぐれ ル・リーダーとしての主任層の指導性を高めるこ た点を話し合うことによって教職員のモラールを とにもあった。確かに,主任層は校務分掌の要で 高め,自信をもたせ,かつマイナス評価項目につ もあり,教職員と協働し,指導・助言・連絡調整 いて省みる機会を教職員全体で話し合い,次の教 といった指導性を経営感覚やバランス感覚を身に 育課題に生かす姿勢が見られる。保護者用の評価 つけつつ,発揮することが期待されている。しか 項目についても,日頃から学校要覧・学校新聞・ し,課題として,今まさに行われている教育活動 学級通信等を通して説明しており,かつ,教育目 が一連のものとして本当に次に生かせる評価にな 標や教育活動の重点に沿った項目は,分かりやす っているか,各主任の指導性を発揮することにつ い表現にしているなどの工夫が感じられる。さら いての自覚が問われてきたのである。 に,よりよいT小学校を築くため,教職員が心を このようなことからH小学校では,大阪府の学 ひとつにして評価結果に基づく具体的ビジョンを 校教育診断票をも活用しつつ,学校の実態や特色 発信する姿勢は,日頃の相互の信頼関係への高ま をふまえた評価方法を導入しているのが特徴的で 43 全国の具体 例 全国の取り組み状況とその実践例 (その2) ある。つまり,1つは,学校教育診断票を主任層 づけは,全職員の共通理解によって全学年を見通 による自己評価として実施していることである。 した指導に反映されている。第2の特徴は,夏季 その結果を企画委員会において公表し,改善の方 休業中の校内研修で,全職員が1学期の実践を報 向性を検討している。もう1つは, 分掌におけ 告書にまとめ,報告会をもち,2学期への実践の る諸問題」を全教職員で記述式で回答し,管理職 報告を明確にしようとする点である。相互に実践 が諸課題を整理し,対策を講じている。そして, の点検をし,話し合うことは,職員間のモラール 両者の結果における個々の項目について点検し, 向上に寄与する。第3に,保護者や子どもの声を 改善に向けた提案に取り組んでいる。 生かす工夫をしている点である。アンケートによ 成果として,学校評価の導入によって学校経営 る保護者の意見・要望に対して,学校としての回 改善上の課題が明確になったとされている。しか 答,対応を誠実に示している状況を察し得る。ま し,それ以上に「自主活動」担当者からの積極的 た,子どもによる授業についての「ふりかえりカ な見直し計画の提案に見られるように,教職員の ード」や「はげましカード」を通して,子どもの 意識改革,すなわち指導性と学校経営への積極的 実態に沿った年間指導計画の作成に生かしている。 な参画意識の高揚が図れたことがあげられる。 子ども自身の正の変容も期待できるわけである。 多面的な評価を大切にする小学校 また, 環境面」で子どもの目による見直しを図 ―愛知県豊田市立 N小学校の実践― っていることは,子どもの学習生活面に直結した N小学校は文科省の研究指定校として教育実践 改善として参 にすべき点が大きいといえよう。 を進めてきた学校である。職員の前向きな取り組 評価方法として判断基準が明らかになっていな み姿勢は,地域の人や保護者の協力へと連結して いとの指摘もあるが,日々の評価活動や多くの眼 いる。第1の特徴は,職員が自らの活動を自省 や立場による多面的な評価を受容的にとらえる視 (自己評価)する機会が定期的に,かつ,各学期 点を持ち続けている限り,子どもの確かな学力, 末にN小プランの7つのポイントに従って設けら 楽しい学校づくり,保護者による学校理解への歩 れている点である。7つのポイントとしての意識 みは,着実に進んでいるように見える。 【参 文献一覧】 ・八尾坂 修『現代の教育改革と学校の自己評価(3版)』ぎょうせい,2002年 ・東京都教育委員会『東京都立高等 学校学校評価基準―学校の自己改革を目指して 』2002年9月 ・東京都教育委員会『都立高等学校学校運営連絡 協議会』2003年3月 ・高知県教育委員会『わが町わが校の教育改革』1998年 ・八尾坂 修 編集『学校の自己点検・評価事例集』教育開発研究所,2003年 ・福岡県教育委員会『学校改善を目指して 学校自己評価の手引(小・中学校編)』平成 15年1月 ・学校の自己評価研究会(福岡県教育センター)『新しい学校評価の え方(平成 14年度)』平成 15年3月(特に,p.45∼68 の実践研究を参照している) ・広島県教育委員会『学校評価資料−協力校の実践事例−』平成 15年1月 ・広島市学校評価システム検討会議『学校を拠点とした「まちぐるみ」による教育の推進・充実を目指して(中間まとめ)』平 成 15年3月 44 豊かに生きる」という意味を再度問いかけて 綾瀬市立綾西小学校 PTA 会長 私達を取り巻く社会情勢は,随分と難しくなっ て,行先きは真っ暗だというのに,その認識は非 常に甘いのではないのかと感じます。 日本の高度成長期は 1950年代に始まり,目標 に向かってパワフルに走り続け,発展してきたわ 中世 隆 なくなったことは,いちばん大きな問題であると 思います。 やはり,親は子どもたちに「頑張る心」の尊さ を教えてやらないとダメなんだと思います。 多様化した時代に,子どもの幸せを えると, けですが,ここで日本は大きく間違ってしまった 子どもには自立して生きていく力を備えさせるこ と思います。お金があれば成功というか,幸せな と,そうした意識を持たせることが親としての責 生活ができると えて,そのような方向に進んで 任でしょうし, 自立し,自分自身に責任感を持 しまい,みんながモノの豊かさだけを追求して, って生きていくようになれ」と子どもを叱咤激励 精神的な部分は,ずうっと成長せずにきたことが, することが必要だと思います。そういったことを 今日の課題であると思います。つい最近までは, 教えていくには,私たち親にも勇気が必要ですが, 多くの人が,一流大学・一流企業に入りさえすれ お互いに真剣勝負で学んでいくことも重要だと感 ば,終身雇用・年功序列で平和な生活ができると じました。 思っていたはずです。しかし,その図式はこの5 本物の時代!」私たちは経済の発展のみでは, 年ぐらいで変わってしまいました。90年代には 真の豊かさは得られないことを知りました。社会 大銀行・大企業が破綻し,企業がリストラをする における混迷は,新しい価値尺度によってもう一 時代になって,生きていく上で,国家も企業も当 度測り直さなければならないことにも気づきまし てにならなくなってきました。一流大学・一流企 た。現在持ち続けている価値観の多くを捨て去る 業に行かなければどうしようもない時代から,あ 決意を迫られているわけですが,一人ひとりが, らゆる人に可能性のあるおもしろい時代になって 豊かに生きるということをもう一度 えて,豊か きました。 さのあり方を再構築していくことこそが,社会に しかし,言い換えれば,可能性はあるが責任も ついても,企業にとっても家庭そして道徳につい すべて自分自身にあるという,自分の力で生きて てもあてはまるものであり,生き生きと協和する いかなければいけない時代になったのではないで 本物の時代を築くためのキーワードであると思い しょうか。PTA 活動を通して感じたことは,今 ます。 その認識が足りないことです。そこで,重要なテ ーマになるのは,子どもをどう育てるかだと思い ます。 私たちの親や先輩方は,戦争体験を含めて大変 な苦労をしてきたからこそ,自分たちの味わった 苦労を,子どもにさせないように我々を育ててく れました。私たちは甘えることに慣れて,自分の 子どもを,必要以上に過保護に育ててしまってい ます。そして,自分たちの育て方に疑問すら持た 45 築こう!学びの意欲につながる心の耕しを! 元松任市 PTA 連合会長・元松任市立松任中学校 PTA 会長 石川県松任市は,霊峰白山を望む金沢平野の中 高畠 寿子 図書館司書の配置 平成 12年度に,県下で初め 心に位置しています。市の大きさは,東西約 8.5 て市内の全小・中学校に図書館司書が配置されま km,南北約 12km に広がり,面積は約 60km, した。このことは,生徒に驚くほどの効果をもた 人口は約6万7千人です。田んぼや森が多く,の らしました。松任中学校の場合,暗い倉庫のよう どかな田園都市といったところでしょうか。市内 な図書館が,明るくさわやかな空間に生まれ変わ には,小学校9校,中学校4校の計 13校があり り,昼休みともなると,生徒がひっきりなしに押 ますが,すべての小・中学校で近年実施されてき し寄せ,まるで満員電車の状態です。中には,廊 た意欲的な試みを紹介します。 下に座り込んでむさぼるように本を読んでいる生 2学期制」と「少人数教育」の導入 2学期制 徒もいます。図書館司書が配置され,図書館が機 は,平成 15年度より市内の全小・中学校に導入さ 能するというのはこういうことだったのか,生徒 れました。この2学期制は,4月から 10月前半 は本当は本を読みたかったんだと目から鱗が落ち を前期,10月後半から翌年3月までを後期とす る思いでした。現在,1人当たりの貸出冊数は, るものです。2学期制の利点は,夏休みなど長期 以前の3∼4倍になっています。司書は,月1回 休業を学期の中に入れることによって,学びの連 の連絡会議を通じて緊密に情報交換をしたり,ま 続性と,先生が子どもと向き合うことができるよ た,北陸随一の蔵書数を誇る市立図書館とも連携 うになったことです。そして,1人ひとりに応じ して,生徒の要望に応えようと努力しています。 たきめ細かい指導ができ,基礎学力の確実な定着 子どもの居場所を作ろう この他,各学校で工夫 が図れるようになりました。特に,各学校で盛ん を凝らして「親子で生き方を えよう」という行 に行われている「調べ学習」では,学習効果が上 事に取り組んでいますが,その結果「子どもを見 がっているようです。 る目が変わった」 「お父さんを見直した」という また,平成 14年度から全小学校1年生を対象 嬉しい声が寄せられています。 に,少人数教育が導入されました。松任小学校1 現在,私達は学校教育も含めた日本の教育全体 年 118人の場合,本来ならば 40人,39人,39人 の大きな変化の中を漂っています。子どもを取り の3クラスに分かれるところを,それぞれのクラ 巻く環境もどんどん悪くなっています。このよう スを 30人,30人,29人,29人と少 人 数 に し, な時代であるからこそ,親や保護者の方々は,も 増えたクラスには,市臨時教員が入るというもの っと子どもに目を向けて欲しいし,学校に関心を です。この試みが実施された当初,保護者の方か 持ってもらいたいものです。図書館司書1人を配 ら「少人数クラスより,2人担任制の TT 方式 置することによって,何百人もの生徒の居場所が の方がいいのでは」という不安の声が出ていまし できたのです。学校・家庭がきちんとその機能を た。ところが今では, うちの子,何か落ち着き 果たして,子どもの居場所を作ってほしい,そう が出てきたようで」 「学校が楽しいって喜んでい することが,学習意欲につながる心の土台を築く ますよ」といった声に変わってきました。先生方 ことになると思います。 学校が面白い」「家が楽 も,子ども1人ひとりに目が届くようになり,き しい」と思う子どもが,1人でも多く増えて欲し めの細かい指導ができるようになったと好評です。 いと願うものです。 46 親子で響き合う共通体験を 坂口 一美 大阪府 PTA 協議会副会長・箕面市立萱野小学校 PTA 会長 私達 PTA の一番の願いは「子どもの健やかな 昔は,子は親の背中を見て育ち,親以上に近所 成長」です。いじめや不登校,家庭でのひきこも のおじさんやおばさんに,人生の生き方を教えら りなどが大きな社会問題となり,指摘される子ど れたとよく言われています。時代やかたちは変わ もの課題は枚挙に暇がありません。近年,親と子 っても,子どもと大人の触れ合う時間を共有し, に関わる憂慮すべき事件が相次いで起こり,きわ 共通体験を持つことがとても大事だと思います。 めて深刻な状況です。社会の変化とともに家庭や 2年前に行われた チベットの学校建設を応援 地域社会の教育力の低下も指摘されている今日, しょう という総合学習での取り組みは,地域の 子どもの教育は単に学校だけでなく,学校・家 方をも巻き込み,辛かったけれど感動的なものと 庭・地域社会がそれぞれ適切な役割分担を果たし なりました。昨年は,チベットの子どもを萱野小 つつ,相互に連帯していくことが非常に大切なこ で受け入れ,交流とホームステイの実現へとつな とだと言われています。学校の OB,OG や地域 ぐことができました。一生懸命取り組んだ後の子 の有志等の参加や協力を得ながら,家庭と学校が どもの顔は,晴れ晴れとしていました。また,1 連帯して行う活動,家庭教育に関する学習活動, 年以上の交渉の末,車椅子の木村さんが介助犬シ 地域教育環境の改善の取り組みなどを含めて,そ ンシアを伴って本校で講演されたときは,子ども の活動の充実を図ることが期待される今,学校や は深い感動に包まれていました。 家庭さらには地域社会を結ぶ架け橋として PTA 活動への期待の高さをますます感じます。 本物に触れたときの子どもの表情は,本当にキ ラキラ輝くのです。子どもに対する親の夢や希望 萱野小学校の PTA は, 『(p)パット(T)楽し は子どもが反抗期や思春期を迎えたとき,打ち砕 く(A)集まろう!』のテーマのもとで“参加から かれ,修復できないほど親子の関係が壊れること 参画へ”を目指し,学校・地域と連帯する行事は もあります。しかし,共通体験を持っている親子 もとより,三者が協働で る人権総合学習などへ は,必ず響き合うことができると確信しています。 積極的な参画を行ってきました。活動を通して, 米作りは,土を耕やし(耕起),代かきや除草を 地域の中で一人ひとりの子どもの顔が見えてくる して稲を生育させますが,そうではなく,土を耕 ようになり,親同士も地域の人も学校・子どもを さないでお米を作る不耕起栽培というのがありま 中心にして繫がりが深まってきました。 す。田んぼを耕さないでいると年々雑草が減って さらに,本年度は「PTA」の活動を「PCT」 きて,除草剤を使わない無農薬で米を作ることが を柱とした活動へと展開しています。子ども(C) でき,稲は冷害にも強くなるそうです。草や虫を を中心に親(P)と先生(T)が地域(C)と共に子ど 敵とせず,自然のもつ力にまかせることで稲が強 もを育てる環境を ること,時間の軸の長さで子 くなるというこの栽培方法は,手抜きではなく, どもを育んでいくことが「PCT」の活動です。 忍耐とこの農法のよさの確信が根底にあります。 キーワードは「共通体験・共感・感動」 「人との出 子どもの持つ力を信じ,自立や個性の芽を育み, 会い」 「本物に触れる」です。こういった場と機 忍耐強く子どもと向き合い続けること,そして子 会が,子どもの育ちの中でいつか「夢」や「支 どもを変えるには,まず大人が変わることが大切 え」「自己実現」につながると であると感じています。 えます。 47 一連の教育改革の結果,教育は果たしてよくなったのか? 元社団法人日本 PTA 全国協議会会長 岡部 観栄(臼杵市教育委員会教育長) 改革すべきは学校か? 現代の学校は,一見する る。そしてさらに事情を悪化させているのは,状 と,私が小学生であった昭和 30年代に比べ,格 況を反省すべき大人も変化してしまっていること 段の改善がなされているかのように見える。施設 である。ここではテレビやゲームは代表として掲 は立派になり,詰め込み式教育も反省され,教員 げるに過ぎない。しかし,本当に教育を改善しよ 1人当たりの児童生徒数は減少した。教科書は工 うと思うのなら,テレビやゲームを変える意志を 夫され,給食もおいしくなった。教職員組合と行 持たねばならないことも事実である。 子どもは 政当局の政治闘争はほぼ終止符が打たれている。 十分理性的であり,情報を鵜呑みしているわけで その時々の問題に対応し,行政や立法当局が頭を はない」といった言い訳を私は信用しない。テレ 悩まし,改革を続けてきた結果である。 ビが自らを断罪し,大胆な改革に踏み切らないか ところが,学校に対する不満や批判はいっこう ぎり,私はテレビの教育に関する言説を信じない。 に止みそうにない。マスコミや保護者は,児童生 宗教と徳育教育と 最後に,宗教と教育の関係に 徒に絡んだ事件や問題が発生すると,いまだに学 ついても言及しておきたい。宗教も教育もともに 校に批判の目を向ける。その批判が正当な場合も 「教」の字を共通に持つ。ともに人間の獣性を矯 あるだろう。しかしながら,教育改革と称して学 め,よりよい方向に導く機能を持つからである。 校制度をいじくりまわし,果たして問題とされる しかしながら,日本では,宗教が日常の倫理とし ものが改善されるのか。教育荒廃と言われる状況 て機能していない。アメリカの犯罪の恐ろしさは の根本原因は本当に学校にあるのか。 日本の比ではないが,少なくともアメリカにはピ 私は,学校を改革して「事足れり」とする行政 ューリタンの信仰を基盤とした強固なキリスト教 やマスコミの対応に接するたびに,本当の問題を 倫理が根づいている。イスラム教もユダヤ教も人 隠匿する卑怯を感ぜずにいられない。特にマスコ 間に強く倫理を求めることに変わりはない。 ミの姿勢には,言葉はきついかもしれないが,救 翻って日本はどうか。神も仏も信じない無神論 いがたい自己欺瞞を感じている。 のニヒリズムが蔓延するこの国で,倫理の歯止め 本当に改革すべきもの 現代の教育が抱える問題 は利くのだろうか。かつては恥の文化が日本人の の多くは,学校に原因があるのではない。むしろ 倫理を形成したという。しかし,どうやら恥の文 問題は,過剰な刺激で脳を退化させるとしか思え 化は過去のものとなったようである。これから一 ないテレビ番組であり,劣情や暴力を誘発するゲ 体,日本人は何を倫理の拠り所とするのか。 ームであり,そのようなテレビやゲームに釘付け もちろん倫理については,第一に家庭に期待し させている家庭での躾である。子どもは一面では たい。しかし,家庭は,政治や行政で変えること 非常に早熟化している。ところがそれとは裏腹に, はできない。ならば制度として改革可能な学校で 生きる基礎である体力を失い,正常な発育と成長 は,何を行うべきか。もし,このことを真剣に が阻害されている。バーチャルで所属不明な情報 えるのなら,日本における徳育教育は,あらゆる の洪水を毎日何時間も浴びながら,子どもの社会 教科の筆頭に置かれるべきであり,あわせて宗教 認識は大人の想像を易々と超えてしまう。学校が 的情操の涵養をしっかりと行う。これが私の率直 悪くなったのではない。子どもが変化したのであ な意見である。 48 改革の時代に 学校評価」の定着を 省令化された「自己評価」 (自己評価等) 第2条 小学校は,その教育水準の向上を図り,当該小 学校の目的を実現するため,当該小学校の教育活 動その他の学校運営の状況について自ら点検及び 評価を行い,その結果を公表するよう努めるもの とする。 2 前項の点検及び評価を行うに当たっては,同 項の趣旨に即し適切な項目を設定して行うものと する。 これは平成 14年3月 29日,文部科学省が制定 した「小学校設置基準」に収められた2条である。 同じ文面は,中学校にも高等学校にもある。学校 評価,特に自己評価は長年学校経営の重要な課題 であったが,この省令制定により,義務として学 校に課せられることになったわけだ。 早稲田大学教育学部教授 下村 哲夫 1935年高知県生まれ。東 京教育 大学大学院博士課程修了。教育学 博士。香川大学助教授から東京教 育大学助教授・筑波大学教授を経 て現在に至る。教育経営論専攻。 主書に, 『現代教育の論点』 (学陽 書房), 『定本 教育法規の 解釈と 運用』 (ぎょうせい),『時評 平成 の教育 1989∼2000』 (教育出版) などがある。 他校評価と自校評価 学校評価は,戦後アメリカから紹介され,昭和 40年代の「学校経営の近代化」が盛んに論議さ れたころには,その重要なテーマであった。都道 府県の単位で評価基準を作成した例も,東京都を はじめ少なくない。 当初は,外部の有識者を選ぶいわゆる「他校評 価」に期待が集まったが,学校の勤務評定につな がるというので評判が悪く,しだいに「自校評 価」が中心になった。しかし,客観性を保持する には,評価項目がしだいに多くなり,余りに手間 がかかるというので数年も続けばよいというのが 実態になった。その頃の大規模校では,項目の数 CS研レポート 学校経営 Vol.50 CS研レポート Vol.50 特集 学校の自己点検・自己評価 II Vol. 学校経営 50 教科教育研究所 発行 編集 〒543-0052 大阪市天王寺区大道4丁目3-25 啓林館ビル (06)6779-1531 教育改革 学校の自己点検・自己評価 II ■巻 頭 言 早稲田大学教授 下村 哲夫 ■各 論 §4 生徒指導・学習集団編成 2 ●文部科学省視学官 宮川 八岐 ●上智大学教授 加藤 幸次 §5 評価とカリキュラム編成 14 ●名古屋大学大学院教授 梶田 正巳 ●ベネッセ未来教育センター所長 高階 玲治 §6 諸外国の動向 22 ●国立教育政策研究所総括研究官 坂野 慎二 ●九州大学大学院教授 望田 研吾 ■全国の具体事例(その2)●九州大学大学院教授 八尾坂 修 34 広場 PTAの声・中世 隆・高畠 寿子・坂口 一美・岡部 観栄 45 コラム 「寺田寅彦先生の英語」 東京大学名誉教授 兵藤 申一 31 中世の面影をそのまま残すスペインのトレド(世界遺産) 首都がマドリードに移る間,この城塞都市トレドは中世スペインの政治・経済・文 化の拠点であった。三方をタホ川に囲まれ,人々は今でもここで暮らしている。 次号予告! ■ 絶対評価に変わった 「教育評価」特集 2003年12月20日発行 教科教育研究所 C ブックデザイン:村治 田鶴子 K C M Y