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多面的な変化をみせる中国の雇用情勢

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多面的な変化をみせる中国の雇用情勢
平成 19 年(2007 年)5 月 31 日
NO.7
多面的な変化をみせる中国の雇用情勢
中国の安価な労働力は主たる競争力の源泉として外資系企業を惹き付けてきた。し
かし、2004 年頃から、広東省を中心に労働力不足と賃金上昇が広がり始めた。一方、
希少な存在として重用されてきた大学卒業者は就職難に直面している。こうしたなか
で、政府は、雇用拡大を最優先課題として、労働者の権利拡大と雇用長期化を促す法
律の策定を急いでいる。以下では、雇用情勢における多面的な変化を整理し、外資系
企業への影響を考察してみた。
1.中国における労働力不足の実態とその背景
まず、労働需給の推移を求人倍率(求職者数/求人数)から確認しておこう。全国
主要都市平均値は 2001 年第 1 四半期の 0.65 倍から上昇基調を辿り、2006 第 4 四半
期には 0.96 倍に達している(第 1 図)。なかでも、労働者不足が最も深刻であるとい
われた主要工業地帯である珠江デルタを擁する広東省の求人倍率は 2001 年の 0.75 倍
から 2006 年第 4 四半期には 1.63 倍となり、全国平均を大きく上回っている。一方、
もう一つの主要工業地帯である揚子江デルタをみると、浙江省杭州市では 3.66 倍と
全国一高いが、上海市では 0.95 倍、江蘇省南京市では 0.92 倍と全国平均をやや下回
る水準にある。他地域では、現時点でも求人倍率が 0.5~0.8 倍程度にとどまる都市も
少なくないが、総じてみれば、労働力需給は引き締まる方向で推移している。
1
第 1 図:中国の求人倍率
(倍)
4.0
3.5
3.0
2.5
(倍)
1.5
全国主要都市
広東省
上海市
江蘇省南京市
浙江省杭州市
全国主要都市
湖北省武漢市
四川省成都市
河南省鄭州市
重慶市
1.0
2.0
1.5
0.5
1.0
0.5
0.0
0.0
01
02
03
04
05
06
(年)
07
01
02
03
04
05
06
07(年)
(資料)労働社会保障部資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
このように、少なからぬ地域で、中国は労働力不足とは無縁という従来の認識を覆
す事態が発生している。中国の労働力の規模は、都市部で 3 億人、農村部で 5 億人に
のぼる。耕地面積からすれば農業部門で必要な労働力は 2 億人足らずであり、農村部
には 3 億人規模の余剰労働力が存在する。このうち、2 億人は農村部で郷鎮企業と呼
ばれる農村部の企業で農業以外に従事し、残る 1 億人は、戸籍によって農民と都市住
民とは明確に分離されているにもかかわらず、農民工と呼ばれる出稼ぎ労働者として
都市部の労働市場に参入し、労働需給を緩和する役割を果たしてきた。
しかし、近年、高成長により都市部の労働需要は一段と拡大する一方、農民工の増
加ペースは鈍化してきた。その背景には、胡錦濤政権の格差是正のスタンスがある。
改革開放後、工業の発展が都市住民に多大な恩恵をもたらしたのに対し、農業は十分
な財政資金投入を受けられず、成長力を限定されたうえ、農民は重い税負担を課せら
れていたため、都市住民と農民との所得格差は大きく開いた(第 2 図)。これを問題
視した胡錦濤政権は、農業税の廃止、農業補助金の増加と直接支給、農産物買い付け
価格の引き上げなど農民所得政策を拡充した。
第 2 図:農民と都市住民の 1 人当り可処分所得
(元)
(前年比、%)
農民所得(左目盛)
都市住民所得(左目盛)
14,000
12,000
14
12
農民所得伸び率
都市住民所得伸び率
10,000
10
8,000
8
6,000
6
4,000
4
2,000
2
0
0
97
98
99
00
01
02
03
04
(資料)CEIC等より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
2
05
06 (年)
この結果、農民所得は 2004 年以降、二桁増が続き、高成長の持続に伴う都市住民
の所得拡大ペースをしのぐには至らないものの、低賃金、長時間労働、社会保障の欠
如などの問題を孕む出稼ぎ労働への意欲を逓減させる効果があったと考えられる。
この影響が農民工への依存度が高かった広東省に顕著に現れ、人手不足を招いた。
2004 年に実施された調査によれば、農民工の約 3 割が広東省に流入している。ここ
から推計すると、広東省では、農民工の数が約 3,000 万人と都市部労働者数 1,371 万
人の倍以上に相当し、農民工の流入の勢いが衰えれば高成長を反映した労働需要の高
い伸びに追いつけなくなるのは当然であった。
また、広東省の賃金水準が他地域に比べ低いことも農民工不足に拍車をかけた。農
民工の賃金水準は法定最低賃金並みといわれるが、広東省の深セン特区では上海より
も低い(第 3 図)。ジェトロのアンケート調査によれば、これを反映して、日系企業
の賃金水準も上海に比べ深センの方がかなり低くなっている。こうした労働条件に関
する情報交換が携帯電話の普及で容易になったことも農民工の広東離れを加速した
とみられる。
さらに、人口構成の変化も影響していると考えられる。求職の約 7 割は 15~34 歳
に集中しているが、79 年以降の一人っ子政策を反映して、この年齢層は 90 年代半ば
をピークに数自体が減少傾向にあり、年齢面でのミスマッチを生じている(第 4 図)
。
第 3 図:深センと上海の月額最低賃金
(元)
2,500
第 4 図:中国の人口構成
(万人)
日系企業ワーカー賃金最低値(上海)
120,000
日系企業ワーカー賃金最低値(深セン)
法定最低賃金(上海)
2,000
100,000
法定最低賃金(深セン特区)
15~64歳
15~34歳
80,000
1,500
60,000
40,000
1,000
20,000
500
0
60 65 70 75 80 85 90 95 00 05 10 15 20 25 30
0
97
98
99
00
01
02
03
04
05
06 (年)
(資料)ジェトロ「アジア主要都市・地域の投資関連コスト」
等より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
(年)
(資料)United Nations, World Population Prospects :
The 2006 Revision より三菱東京UFJ銀行
経済調査室作成
2.失業問題の中心は一時帰休者から大学卒業者へ
(1)収まりつつある一時帰休者問題
沿海部で発生した人手不足は出稼ぎ労働者の伸び悩みによるところが大きく、中国
の失業問題が解消したわけではない。中国では、国有企業改革の一環として企業負担
を軽減するため 90 年代半ばから余剰人員の削減が本格化した。国有企業の余剰人員
は一時帰休者(注)とされたため、失業率が急上昇することはなかったが、一時帰休
者を含めた実質的な失業率は 97 年には 8.5%にまで高まった(第 5 図)。
3
(注)一時帰休者はまず再就職センターに入り、最長 3 年間、職業訓練、職業紹介、基本生活費の支
給などを受けつつ、
再就職先を探し、期間中に職がみつからなかった場合にのみ、失業者となる。
再就職センターの資金は、財政、失業保険基金、企業で 1/3 ずつ負担するため、引き続き、企業
の負担が大きい。そこで、政府は徐々に一時帰休制度を廃止し、余剰人員を直接失業者として失
業保険でカバーする方針を打ち出し、2001 年から条件の整った地域で漸次実施されている。
第 5 図:失業者・一時帰休者の推移
(万人)
(%)
1,000
10
900
9
失業者
800
8
700
7
一時帰休者
600
6
500
5
失業率(右目盛)
400
4
300
3
一時帰休者を含めた失業率
200
2
(右目盛)
100
1
0
0
93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 (年)
(注)2005年以降の一時帰休者数は不明。
(資料)「中国統計年鑑」、「中国労働統計年鑑」等より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
しかし、2001 年以降、一時帰休制度の漸進的な廃止に加え、再就職センターを含
めた再就職支援策の奏功、景気拡大などがあいまって一時帰休者は急減した。一方、
失業者は増えつつあるが、それでも、失業率は 2003 年の 4.3%から徐々に低下し、
2006 年には 4.1%となっている。一時帰休者を含めた失業率をみると、顕著な改善傾
向にあり、高成長の効果が窺われる。
(2)深刻化する大学生の就職難
これに対して、足元では、大学生の就職難が新たな課題として浮上してきた。田成
平・労働社会保障相は、昨年の大学新卒者の 3 割に当る 120 万人が就職できておらず、
そこへ本年の大学新卒者が加わり、本年の大卒求職者は 600 万人に達するとの見込み
を示した。
この背景には大学教育の急速な普及がある。98 年、政府は、21 世紀に向けての教
育振興計画において、2010 年までに大学進学率を 15%に近づけるという目標を示し、
これに沿って、既存大学の募集枠の拡大、私立大学の新設などが進んだ。この結果、
大学生が急増し、98 年には 83 万人であった大学卒業者数は 2006 年には 413 万人に
膨れ上がった(第 6 図)。
4
第 6 図:中国の大学数と大学卒業者数の推移
(校)
2,000
1,800
1,600
1,400
1,200
1,000
800
600
400
200
0
(万人)
500
大学卒業者数(右目盛)
450
大学数
400
350
300
250
200
150
100
50
0
85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 (年)
(注)2007年は見込み。
(資料)「中国統計年鑑」等より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成
しかし、大卒者に対するニーズはそこまでの広がりをみせていない。また、大卒者
急増による質の低下に加え、大卒者の就職希望先が、沿海部の大都市、大企業、金融・
IT・通信・貿易に傾斜しているため、地域間・業種間での労働需給のミスマッチも指
摘されている。もっとも、最近では、給与水準も農民工並まで下がり、上海などの大
都市では、清掃員など従来農民工が従事してきたような職種にまで大卒者が参入する
ケースもあると報じられている。教育費が嵩んでいるだけに社会問題にもなりつつあ
る。
3.労働者の権利を拡大する法整備
胡錦濤政権が和諧社会(調和の取れた社会)を目標に掲げるなかで、労働者の権利
を拡大する労働法制の整備を進めていることも雇用情勢に大きな変化をもたらす動
きである。
立法機関である全人代常務委員会は、2005 年 12 月に初めて労働契約法の審議を行
った後、2006 年 3 月に草案を公表し、1 カ月間意見を公募した。この結果、約 19 万
件にのぼる意見が提出され、国内の高い関心が示された。企業側からは労働者の権利
が強すぎるという意見が強い一方で、労働者からは労働者の権利保護が不十分との意
見が寄せられた。双方の意見を踏まえつつ、修正され、第三次草案が 2007 年 4 月の
全人代常務委員会で審議されている。
最終法案に至るまでは依然流動的ながら、雇用契約締結の義務化、試用期間の短縮、
短期派遣契約の制限、人員整理時の義務、契約期間満了時の経済補償金の支払いなど
労働者の権利強化、終身雇用の拡大、雇用の長期化を志向する方向性は明らかで、現
行法よりも企業負担が増えることは間違いない。
従来、民間中小企業を中心に賃金不払いまでもが常態化するほど労働者の権利が侵
害され、とりわけ農民工が搾取の対象となってきた実態は放置し難く、労働者保護を
強化する法整備は止むを得ない面がある。
外資系企業は総じてみれば地場企業に比べ労働者を厚遇してきたという自負もあ
り、労働契約法に理解を示す向きもある。一方、コストアップや経営の自由度が制限
5
されることに対して抵抗感を示す企業も多く、これを踏まえて、欧米の商工会議所は
投資意欲を削ぐ恐れがあるとの意見を表明した。
4.求められる情勢変化への対応
以上の動きを総合すれば、労働力が豊富なゆえに安価であった時代は終わりつつあ
ると考えられる。現在の工場労働者の需給逼迫は、農民の所得環境の改善により出稼
ぎへの意欲が低下したことが主因であるが、第 4 図の通り、国連の予想では、2015
年をピークに生産年齢人口(15~64 歳)が減少するという新たな需給逼迫要因が加
わる。戸籍の統一化が進み、農村部から都市部への移転は容易になりつつあるが、移
転を促すに当たって、賃金を含む労働条件の向上は避け難い。
一方、大卒者の急増は外資系企業の人材難の緩和に結び付いていない点に留意すべ
きである。外資系企業が求める実務スキルと外国語能力を備えた人材は依然少ないこ
とから、賃金は高騰し、先進国との格差は縮小している。教育訓練を施しても、スキ
ルを活用して転職するケースが多く、定着率が低い点も外資系企業の悩みの種となっ
ている。
こうした雇用面のコストアップ要因に加え、土地価格・人民元の上昇、外資優遇の
削減などもコストを押し上げることを考慮すれば、コストの低い国への移転も外資系
企業にとって一つの選択肢となっている。ただし、産業集積、中国市場の拡大を見据
え、中国での事業継続を選択する企業も少なくなかろう。その場合、必要な人員確保
のためには従来以上に魅力的な雇用環境を提供し、従業員満足度を向上させる必要性
が高まっている。
(H19.5.31 萩原 陽子)
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