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瓦礫災害に対する救助医療活動訓練における音響

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瓦礫災害に対する救助医療活動訓練における音響
日本建築学会環境系論文集Vol.75 No.649, 2010 年3 月
瓦礫災害に対する救助医療活動訓練における音響シミュレーションの効果
EFFECTS OF ACOUSTIC SIMULATION APPLIED TO A US&R TRAINING
佐 藤 史 明*, 吉 村 晶 子**,高 橋
徹***,秋 冨 慎 司****,加 古 嘉 信*****
Fumiaki SATOH, Akiko YOSHIMURA,Toru TAKAHASHI,
Shinji AKITOMI, and Yoshinobu KAKO
Multidisciplinary US&R (Urban Search and Rescue) operations including medical care are needed to save lives of victims trapped
under rubble in structural collapse disasters. In Japan, to improve response capabilities against such disasters, the leading response
directors started challenges at their first comprehensive training facility for US&R. The authors collaborated with their actions, and in
one of the US&R trainings, the authors applied an acoustic simulation during a full field exercise to provide a noisy environment
simulating those of actual US&R operation site. The result of questionnaires to trainees and instructors shows that the acoustic
simulation contributed to make the training be more effective, and it has remarkable effects especially for the aim of the training to
examine the suitable protocol for Japan to establish command and control, safety, and communications during US&R operations.
Keywords : Disaster Response,Confined Space Rescue,Confined Space Medicine,
Urban Search and Rescue,Acoustic Simulation
災害対応,閉鎖的空間救助,瓦礫の下の医療,US&R(都市型探索救助活動)
,音響シミュレーション
1.
成功例とされ、以後、CSM ならびに閉鎖的空間救助(Confined
はじめに
Space Rescue、以下 CSR)の重要性が専門家の間で広く知られるよ
構造物が倒壊し瓦礫が生じるような災害を瓦礫災害(Structural
Collapse Disasters)注1)と呼ぶ。瓦礫災害は、地震や台風などの自
うになった。
然災害から交通事故やテロなどの人為災害まで多種多様な災害を含
CSM/CSR 活動は、都市型捜索救助 (Urban Search and Rescue、
むが、その共通するところは、瓦礫の下に生存者が存在する場合が
以下 US&R)活動の一環として行われるものであり、その実施には、
あることであり、それら生存者を救うためには高度な救助医療活動
高度に専門的な知識・技術が求められる 6)。JR 事故の際には、海外
が必要となる。
の研修を受けた先進的医師らにより活動が成功したが、今後は国内
阪神・淡路大震災の場合、発災後まもなくの即時型の死が 80.7%、
でも、それら知識技術を修得するための専門的な訓練施設や訓練カ
3~24 時間以内の遷延型の死が 13.1%、24 時間以降の遅延型の死が
リキュラムが必要である
6.2%であったと報告されている 。遷延型の死の中で死亡率・数と
ための体制や環境の整備は、世界的にみても特に 2001 年の 9.11 テ
1)
もに顕著であったのはクラッシュ症候群
注 2)
であったが
。このような US&R 対応力強化の
7)
,8)
,9)
2)
、当時は
ロ事件以降、急速な発展と充実をとげつつあり
4)
、我が国において
クラッシュ症候群に関する知識が医師の間でも普及しておらず、そ
も、米国等の US&R 訓練施設を参考に、日本初となる本格的な専門
の結果、患者が病院到着後に次々にクラッシュ症候群やその他の瓦
訓練施設が 2007 年に兵庫県により整備された
礫災害特有の病態
3)
7)
。しかし、我が国
においては、米英等の US&R 先進国とは組織体系や職能体系が異な
4)
により亡くなる事態となった 。しかしその後、
救出に先立って瓦礫の下に救援者が進入し、適切な医療行為を行え
ることから、それらの国の訓練カリキュラム等をそのまま導入する
ば救命の可能性があると知られるようになり、阪神・淡路大震災か
ことは困難である
ら 10 年後に発生した JR 福知山線列車脱線事故の際には、瓦礫の下
ため、現段階において十分な検討が求められる状況であり、筆者ら
に医師が進入して輸液や薬剤投与等の医療行為を施し、複数のクラ
も既に、米国・英国との比較調査から US&R 導入に関する日本の課
5)
。日本の実情に即した US&R 体制の確立の
7)
,8)
。これは日本で初めての「瓦
題事項を明らかにし提言にまとめた研究 8)や、効果的で効率的な訓
礫の下の医療」(Confined Space Medicine、以下 CSM)3)の実践・
練および活動方法の検証を目的とした閉鎖的空間活動に関する人間
ッシュ症候群患者の救命に成功した
*****
千葉工業大学
准教授・博士(工学)
Assoc.Prof.,Chiba Institute of Technology,Dr.Eng.
(独)防災科学技術研究所 博士(工学)
*****
千葉工業大学大学院 博士前期課程
National Research Institute for Earth Science and Disaster Prevention, Dr.Eng.
*****
岩手医科大学付属病院救急医学講座
Department of Critical Care Medicine, Iwate Medical University
*****
京都府警察
Kyoto Prefecture Police
*****
Graduate Student,Graduate School of Eng.,Chiba Institute of Technology.
247
日本建築学会環境系論文集Vol.75 No.649, 2010 年3 月
工学的研究
10)
を進めてきた。今後はさらに、US&R 活動は現場が
表1
使用した騒音源
务悪な環境となることが特徴でもあることから、かような务悪な現
音源名称
場環境を模し、現場に近い負荷(物理的負荷ならびに精神的ストレ
ス)をかけた訓練や、その状態を環境工学的見地から考察する研究
も求められるところである。
そこで今回、特殊災害救助医療研究会(詳細後述)が開催した第
二回訓練会に参画し、暗所における視認性の低下や、騒音によるコ
ミュニケーションの遮断等、実活動現場の务悪な環境を模した訓練
を行い、同時に、各環境要素の測定、訓練中の活動隊員の観察、お
よび訓練後のアンケート調査を実施した。
本報告では、特に騒音負荷に着目し、模した騒音環境(音響シミ
本型 US&R 体制の強化ならびにそのための教育訓練方法や訓練カ
東京消防庁
15
85.0
ブレーカー(コンクリート破砕音)
+エンジンカッター(金属切断音)
東京消防庁
15
87.0
緊急車両(アイドリング音)
[8-R2:Ⅱ型救助車、8-TC2:
トラクターショベル・重機搬送車]
東京消防庁
15
74.0
ブレーカー+エンジンカッター
+緊急車両+チェンソー(角材切断音)
東京消防庁
15
95.0
ヘリコプター(着陸音)
[はくちょう:ユーロコプター
AS332L1型]
東京消防庁
21
107.0
神戸市消防局
5
70.0
サウンド
ライブラリより
千葉県成田市
7
89.6
雷(落雷音)
サウンド
ライブラリより
熊本大学工学部
一号館教員室
30
101.7
救急車(サイレン音)
サウンド
ライブラリより
PC
(シミュレーション)
7.5
98.3
消防車(サイレン音)
サウンド
ライブラリより
千葉県柏市
4
104.1
ジャイアントブレーカー
(コンクリート破砕音)
リキュラムの提案に資する知見を得る事を目的とする。
2.
ブレーカー(コンクリート破砕音)
油圧救助機器(エンジン音)
[LUKAS]
ュレーション)が訓練にもたらした効果についての考察を通し、日
特殊災害救助医療研究会
前述の通り、我が国では公式な US&R 訓練およびそのカリキュラ
ムがまだ確立されていない。しかし、その検討は既に始まっており、
音源からの 騒音レベル
距離(m)
(dB)
録音場所
有志ながらも国内の救助・医療の指導者ら第一人者たちが組織の壁
を越えて集まり、特殊災害救助医療研究会(以下、本会)を立ち上
げ、その試行と検証を開始している。本会では、作成した日本版
US&R 訓練カリキュラム案を試行・実践する場として、兵庫県瓦礫
救助医療訓練施設において訓練会を定期開催している。それには実
活動者ばかりでなく我々研究者も参画し、建築環境工学(音環境・
光環境・熱環境)、医学・心理生理学、人間工学等のデータを採取し、
多方面からの学術的な特殊環境検証を試みており、以上を通じ、今
後の救助および傷病者への対応を発展向上させることを目指してい
る。
今回筆者らが参画したのは本会の第二回訓練会であり、二日間コ
ースとして 2008 年 8 月 2 日~3 日に兵庫県瓦礫救助医療訓練施設
において開催された。参加者(訓練生)として、救助隊員を中心と
進入口2
する消防職員 29 名、災害時派遣医療チーム注 3)登録隊員 21 名(内
訳:医師 13 名、看護師 7 名、調整員1名)、救助犬チーム(NPO
コンクリート
筒型/箱型構造物
団体所属)4 名が全国から集まった。一日目には、個別技能習得の
ための“基礎訓練”
(各 30 分×4 種類)、ある想定される救助場面ご
瓦礫
進入口1
との一連の小隊活動を行なう“想定訓練”
(各 60 分×2 種類)、そし
スピーカ
要救助者
ブリーフィング位置
瓦礫外において
協働作業がみられた箇所
て、現場到着、指揮本部設置、各現場への小隊の配置、職能間の連
携活動等、出動時点からの中隊活動全体を 3 時間かけて行なう“総
騒音計
合実践演習”(以下、“総合演習”と記す)が行なわれ、二日目には
PC(Nuendo3)
“基礎訓練”を除く同様の訓練が再度行なわれた。
AudioInterface
(FireFace800)
今回の訓練における悪条件としては、実際の現場にもありうる“閉
N
Equalizer (PsdcⅡ)
所注 4)”、“暑熱注 5)”、“暗所注 6)”、“騒音”、“漏水注 7)”といった負荷
Amp.(Pc2002)
スピーカ
0m
5m
10m
要素が揃えられ、より実活動現場に近い環境条件の模擬を試みてい
図1
る。中でも騒音付加訓練については日本で初めての試みである。
3.
騒音源を示す。US&R 活動時に使用される破壊資機材や車両・航空
騒音環境のシミュレーション
3.1
騒音付加訓練の現場と再生システムの概要
機等の発生音に関しては、東京消防庁の第八方面本部や航空隊、な
騒音源について
実活動現場においては、救助活動の妨げになるような多種多様な
らびに神戸市消防局の協力を得て録音・分析を行い、その他の音源
騒音源の存在が考えられる中、今回はひとまず、実際に現場に存在
に関しては“建築と環境のサウンドライブラリ 11)”を利用した。な
しうる 10 種類の音源を使用することとした。表 1 に今回使用した
お、表中の我々が測定した騒音レベルの値は時間平均値を示してい
248
日本建築学会環境系論文集Vol.75 No.649, 2010 年3 月
110
A.訓練開始から訓練終了まで
100
全音源を出力
90dB
騒音レベル[dB]
90
80
70
B
60
C
50
40
6:30
(訓練開始)
110
7:30
7:00
110
B.サイレントタイム(アイドリング音のみ出力)
C.サイレントタイム(全トラックを停止)
100
100
90 隊員の声
隊員の声
隊員の声
騒音レベル[dB]
騒音レベル[dB]
8:30
(訓練終了)
8:00
Time
80
70
70dB
60
80
50
40
6:47:30
図2
隊員の声
60
40
6:47:15
Time
隊員の声
70
50
6:47:00
隊員の声
(拡張機)
90
55dB
6:42:00
6:42:15
Time
6:42:30
総合演習中の騒音付加の結果
る。サウンドライブラリから利用した音源については、サウンドラ
イレントタイムのほか、アイドリング音のみ出力のサイレントタイ
イブラリの解説書によると、ジャイアントブレーカーのコンクリー
ムも設けた。
ト破砕音は時間平均値、その他は単発騒音暴露レベル(継続時間に
3.3
シミュレーション結果
図 1 に示す騒音計の設置位置において計測した総合演習中の騒音
ついては、雷(落雷音)が 43 秒、救急車(サイレン音)が 25 秒、
消防車(サイレン音)が 19 秒)である。なお、雷(落雷音)は、
付加の結果を図 2 に示す。全トラック再生時には約 90 dB の騒音レ
常に現場に存在しうる音ではないが、状況判断の訓練に使用しうる
ベルが観測される結果となった(図 2-A)。なお、現場での読み取り
と考え準備した(実際には、この天候の急変に対する状況判断の訓
計測(騒音計の時定数は SLOW)の結果では、スピーカの近傍(ス
練はとりおこなわれず、雷音は単に騒音源として使用した)。
ピーカ前、約 1.5 m)においては、どのスピーカにおいても 100 dB
3. 2
~105 dB の騒音レベルの値を示した。
シミュレーション方法
また、サイレントタイム時(アイドリング音のみ出力)は約 70 dB
一日目の夜間の総合演習時に、騒音付加を実施した。騒音付加を
行った現場と再生システムの概略を要救助者の位置、活動隊員の瓦
(図 2-B)、全トラック停止のサイレントタイム時は約 55 dB であ
礫内への進入口の位置、瓦礫外において複数の隊員が協働作業した
った(図 2-C)。
位置、そしてブリーフィングが行われた位置と併せて図 1 に示す。
前述の騒音源の収集に際して協力を得た救助隊長に対して行った
なお、総合演習の冒頭で行われた要救助者探索活動は、図1で示し
ヒアリングでは、
「複数の隊が出動するような大規模災害の場合には、
た現場全域で行われた。それら訓練箇所全域をほぼ囲むように半径
現場活動は各隊同時並行で進められ、自分の隊が騒音を発生させな
約 15m の円周上に 4 つのスピーカ(BOSE802-Ⅱ)は配置されてい
くとも、他の隊では瓦礫の下にアプローチする進入路を設けるため
る。再生方法としては、PC 上で動作するマルチトラック再生ソフ
のコンクリート破砕音等が発生しており、大騒音環境の中での探索
トウェア(Nuendo3)の各トラックに、表 1 に示した 10 種類の音
活動や救助活動は当然起こりうる状況と考えられる」との回答が得
源をそれぞれ準備した。各騒音源の再生レベルは、各音源の測定時
られている。他の隊との相互の位置関係は現場によって様々ではあ
の音圧レベルや音源からの距離を参考に、実際の活動現場でありう
るが、今回のシミュレーション結果、すなわちスピーカ近傍での約
る音量に調整した。音源毎に 4 つのスピーカへの割り当ては変化さ
105 dB、そして訓練現場の約中央部における約 90 dB の騒音レベル
せた。また、音源の再生の際、重機音の発生や停止(信号の on / off
の値、そしてその結果として創出された訓練域の騒音環境は、騒音
の切り替え)、緊急車両やヘリコプターの往来(フェードインやフェ
レベルとしては実活動現場ではありえない状況ではないと考えてい
ードアウト)のタイミングについては、救助隊長等への事前ヒアリ
る。
ングに基づき、実際の現場を想像しながら任意に行った。
ただし、特定の場所に特定の騒音源を想定したシミュレーション
実際の活動現場では、生存者の探索等を目的に重機の使用を一定
にはなっていないのも事実であり、その意味において、騒音レベル
の間制限する、「サイレントタイム」と呼ばれる時間が設けられる。
の空間分布までのシミュレーションには至っていない。これは、瓦
今回の訓練でも、サイレントタイム設定の要請が各現場から指揮官
礫内部の音響シミュレーション(コンクリート破砕資機材等による
にあがったときは、その指示に従ってサイレントタイムを設けた。
瓦礫内への固体音放射レベルをどのように見積もりどのように再生
ただし、実際の現場では、サイレントタイム時においても、緊急車
するか)と併せて今後の課題と考えている。
両のアイドリングは、発電に必要であるため停止させないことも多
い。今回のシミュレーションにおいては、全トラックを停止したサ
249
日本建築学会環境系論文集Vol.75 No.649, 2010 年3 月
4.アンケート調査
4.1
表2
アンケートの内容
訓練に対する環境負荷シミュレーションの有効性やその現実感の
設問No.
Q1
Q1-1
Q1-2
Q1-3
Q1-4
確認のために、また、次回の訓練へのフィードバックのためにアン
ケート調査を実施した。
調査項目は、まず基礎的な属性として、年齢や性別、身長、体重、
視力を尋ねた。また、活動者としての経験や能力の参考とするため、
職種(所属機関)、経験年数、所持する資格や専門研修等の受講歴、
Q2
災害出動経験、隊員登録(緊急消防援助隊 注 8)、DMAT 注 3)、広域緊
急援助隊注 9)、JDR
注 10)
等)の有無を尋ねた。その上で、表 2 に示
Q2-1
Q2-2
Q2-3
Q2-4
Q3
す項目についてアンケート調査を行った。すなわち、総合演習時に
発生した活動困難・障害の内容とその要因を尋ねるため Q1 を、ま
た活動環境から受けた影響を尋ねるために Q2 の項目を設け、また
以上の設問に対してなるべく広範な回答を得るため、回答は自由記
アンケートの調査項目
“総合演習”での訓練について
設問内容
8月2日(夜)および8月3日(昼)に行われた総合演習訓練について
どのような活動でどんな作業を担当したか
作業の難易度(5段階評価)
その際にどんな困難・障害があったか(その障害が何に影響したか)
その原因は何だと思うか(通常の活動との違いは何だったか)
活動環境(音・光・熱・空間の状態)から受けた影響について
これまで書いて下さった回答の他にも、お気づきの点がありましたら
ご自由にお書きください。今回の訓練に限らず、日頃の活動での問題
についてでも結構です。
騒音
暗さ
暑さ
狭さ、漏水
全体を通じての意見や感想について
述方式とした。アンケート用紙は電子メールにて配布・回収した。
回答率は救助隊 41.4% (12 名)、医療班 57.1%(12 名)となった。
空間形状による狭さ
回答率はそれほど高くはないが、得られた回答は分量が多く(平均
暑さ
約 1100 字、平均センテンス数は約 11)、また、内容についても詳細
騒音負荷
に書かれており、各自の US&R 活動に対する意識の高さが窺われた。
暗さ
4.2
漏水
アンケートの分析方法
US&R 活動における課題を把握するため、活動中に生じた障害の
防護装備による
体動制限
要因について、得られた回答をセンテンスごとに分割し、分類した。
共通言語の未確立
Q1 については、Q1-3 および Q1-4 から“活動中に生じた障害”に
隊員管理の不徹底
不慣れな資機材
の使用
関するセンテンスを拾い上げた。Q2 については、今回の訓練以外
Q1とQ2より143件
Q3より22件
その他
のコメントを除き、
“活動中に生じた障害”に関するセンテンスがみ
0
られた場合は、拾い上げた。この際、重複的表現と思える表現が数
5
10
15
20
25
(3%)
(6%)
(9%)
(12%)
(15%)
30
35
(18%) (21%)
40
45
50
(24%)
(27%)
(30%)
件数(件)
例みられたが、回答した隊員にとっての重要度が高いものと考え、
図3
それら数例もカウントすることとした。Q3 は“意見や感想”につ
“活動中に生じた障害”にみられた各要因の件数
いての項目であるが、
“活動中に生じた障害”に関するセンテンスが
空間形状による狭さ
みられた場合は、拾い上げた。
暑さ
また、訓練効果に関する評価を把握するため、意見や感想につい
騒音負荷
ても分類・整理した。すなわち、US&R 活動の現状や改善点、施設
暗さ
への要望等の“意見や感想”に関するセンテンスを Q2 および Q3
漏水
から拾い上げ、分類した。
防護装備による
体動制限
以下、アンケートおよび観察により得られた結果について、シミ
共通言語の未確立
ュレーションを加えた訓練環境による活動への影響、騒音の付加に
隊員管理の不徹底
不慣れな資機材
の使用
よる訓練効果の順に記述する。
救助隊(12名,107件)
医療班(12名,58件)
その他
0
5.活動への訓練環境の影響
5.1
5
10
15
20
25
30
(%)
活動中に生じた障害の要因
図4
前述の方法で集計した結果、
“活動中に生じた障害”に関するセン
“活動中に生じた障害”にみられた各要因の職能別の比較
(救助隊は 107 件、医療班は 58 件、に対する割合)
テンス数は、Q1 と Q2 から 143 件、Q3 からは 22 件となった。そ
れらを要因で整理した結果を図 3 に示す。“空間形状による狭さ”
を要因とした記述が合計 40 件(約 24%)で最多となり、訓練経路の
を含む)の人数制限や体調管理が徹底されなかったことが何らかの
ほとんどが閉所的空間であったことが困難の主要因となっている。
障害の発生を引き起こしたことが回答から読み取れる。
次に多かったのが“騒音負荷”に関する記述の計 31 件(約 19%)で
次に、職能別に整理した結果を図 4 に示す。横軸は、救助隊につ
ある。訓練が猛暑の中行われたにもかかわらず、
“暑さ”に関する件
いては 107 件に対する割合、医療班については 58 件に対する割合
数よりも多く、また、
“暗さ”に関する記述よりも多い結果となって
となっている。ここで注目されるのは、
“騒音負荷”と“暗さ”につ
いる。务悪な環境条件以外でコメントが多くみられたのは、
“隊員管
いて、救助隊と医療班とでその評価の傾向が異なることである。救
理の不徹底”に関するものである。瓦礫内へ進入する隊員(医療班
助隊は指揮所と頻繁に連絡を取り合うといった、情報の伝達・共有
250
日本建築学会環境系論文集Vol.75 No.649, 2010 年3 月
表3
訓練に関する肯定的感想・意見
表6
職能間の連携に関する記述の一例
救助隊からの意見
・実際の現場のイメージが出来た。
・これまでの災害現場をみると、かならず重機などの騒音はあると考えます。実災
・害に近い状況。
・JDRの訓練と比較しても、想定・状況付与は今まで経験した訓練の中で一番内容
・がある訓練だった。
・とてもリアルで緊張感があり今後も訓練で負荷をかけてもらえると良いのではない
・かと思いました。
・現実味が増して良かった。騒音など、想像も出来ていなかったので、とても良い経
・験になった。
・訓練への集中度が逆にまして実災害のイメージがよりリアルにできた。
表4
・十分な容態観察及び医療についても勉強していく必要がある。
・安全管理上、医師等も知っておけば有効な資機材の説明をする。
(例えば地震警報器・個人警報器・測定器具・・・・。逆に医療側から携行資機材の
・簡単な説明等もしてほしい)
・ドクターによる救命措置を考慮に救出活動を考えなければいけないとは思います
・が、ドクターの閉鎖空間の投入は極力避けた方が良いと思います。
医療班からの意見
・真の意味で顔が見える関係になるには相当な合同訓練が必要と思われます。
・レスキューから医療への声かけがあまりなかった。これは活動の違いから、かなり
・遠慮があったと思われる。
・レスキュー同士で相談していて記録係(ロジ)と連携がとれず、名前や時間が正確
・でなかった。
・レスキューと医療とよく相談する必要がある。(レスキューはレスキュー同士のみで
・相談していた)
・今までの枠を取り除いて、その場で話し合う機会をどんどん作っていくと良いと思う。
・二日間で、お互い遠慮というものがとりはらわれ連携できたと思う。
・レスキューの方と一緒に活動でき有意義であったと思います。
・資機材のことでお互いが情報交換できたし、二日間で遠慮の壁はとれた。
・隊長(現場統括者)は隊員の疲労度を十分に観察し、必要に応じて応援要請、休
・憩をとる必要性を感じた。
・非常に質の高い訓練になったと思われます。救助隊員のレベルの高さを痛感しま
・した。
・医療者には救助隊員の代わりは絶対にできません。CSMができる安全の確保と、
・速やかに医療者の退出させる意識が隊員、医療者双方に必要です。
情報伝達の障害に関する記述の一例
・騒音が連携をかなり妨げた。
・2~3分警笛とライトで試みたが外部のものが誰も気付かずに情報伝達に時間を
・要した。
・要救助者を発見した際、騒音により隊長へ発見の旨の連絡が届きにくかった。
・無線も調子が悪く連携をとるのが大変難しかったです。
・トラメガでも声は届かず1メートルほどの至近距離でさえ地声では届きませんでし
・た。
・指示、合図および報告の伝達を阻害される。
・簡単にコミュニケーションがとれないということは非常にストレスでした。
・常に大きい声を出したり、繰り返さなければいけないので、救出作業以外にも疲労
・が感じられます。
5.3
表5
情報伝達手段に関する記述の一例
騒音負荷による活動障害
何らかの活動障害の要因が“騒音負荷”にあったという記述の内、
情報伝達の障害に関するものが多くみられた。回答例を表 4 に示す。
・情報伝達手段の確立を痛感した。
・通常のコミュニケーション手段では情報伝達が不可能に近い。
・コミュニケーションツールの性能があまり多様ではない。
・コミュニケーションの工夫が必要であることがわかった。
・過酷な状況下でのコミュニケーションのとり方について、もう尐しノウハウを持つべ
・きかもしれない。
・イヤホーンもしくはインカムタイプの通信機器が情報伝達においては不可欠である。
・(消防では、手信号・警笛・ロープによる合図が決められているがCSM/CSRにおい
・ては不十分であると感じた)
・骨伝導あるいはイヤホーン式+咽頭マイクのコンパクトで騒音に左右されにくい無
・線機器。
この内容から、騒音負荷は、US&R 活動において重要な項目である
組織的活動の根幹に障害を与えていることが確認できた。また“情
報伝達手段”に関する記述もみられた。回答例を表 5 に示す。隊員
の多くが現状に不備を感じており、务悪環境下でも情報伝達を確保
するための手段の確立を望んでいることが分かった。
その他、騒音の付加に対して、コミュニケーションがとれないこ
とによる“ストレス”、
“不安”、常に大声を出すことによる“疲労”
、
リアリティーによる“緊張感”、その他“集中力の低下”
、
“精度の低
下”、
“五感の鈍り”といった意見もみられた。US&R 活動において
に関する活動が多い。対して医療班は、要救助者の容態観察や医療
二次災害を防止するためには自己の安全を守るための細心の注意が
行為を主な活動とし、顔色を診る、皮膚所見を確認するなどの視診
必要であり、作業を声に出して確認をすることが基本とされる。今
も重要である。かような職能毎の活動内容の相違が結果に反映して
回の訓練では、
「騒音の付加を行った総合演習ではみんな疲れており、
いると推察される。ただし、瓦礫内部の固体伝搬音のシミュレーシ
一つ一つの作業手順を声に出して確認しなかった」という記述がみ
ョン不足の影響も考えられるので、その点は今後の課題としたい。
られ、騒音負荷により活動に具体的な障害が出ないまでも、安全管
“隊員管理の不徹底”については、救助隊より医療班からの回答数
理面で課題があったことが指摘できる。また、このような課題事項
が目立ち、
“共通言語の未確立”については、数は尐ないものの医療
を洗い出すことができた疑似的環境での訓練について、隊員らが実
班のみからの回答となっている。
活動時に近い状況で活動し、経験を積み重ねておくという意味ばか
5.2
りでなく、隊長(指揮官)にとっても、隊員たちが疲労やストレス
リアリティー
騒音負荷を加えた訓練に対し、
“実災害に近い訓練であり、リアリ
により作業の確実性や安全性が低下していることを前提としたうえ
ティーが増し作業に集中できた”といった、リアリティーに関する
での隊員管理の必要性やその方法を学ぶという意味で、意義深く効
記述が多くみられた。回答例を表 3 に示す。これら回答者の属性を
果的であったとする意見も多く寄せられた。
みてみると、その多くが“経験年数が長く、大規模な災害に出動し
職能間の連携の課題に関する記述も多くみられた。回答例を表 6
た経験のある隊員”に該当していることから、今回の音響シミュレ
に示す。連携に関する課題は、騒音によるコミュニケーションの遮
ーションによって、現実感の創出がある程度できていたと考えてい
断によりもたらされたものばかりではなく、実現場と同じく、救助
る。また、それが訓練全体に対する肯定的意見に結びついたものと
隊と医療班が初対面の状態で直ちに活動に入らざるを得ないことが、
考えられる。
連携に支障をきたす要因となっていることが読み取れる。また、救
助隊よりも医療班による記述が多くみられた。これは、情報を伝え
251
日本建築学会環境系論文集Vol.75 No.649, 2010 年3 月
る側と受け取って処理する側との立場の違いとも考えられる。すな
表7
その他の感想や意見の一例
わち、危険な瓦礫内への進入に先立ち、瓦礫外での状況把握を強い
られる医療班は、要救助者の容態を直接的に把握できず、救助隊員
・余り気になりませんでした。実際、軽症な患者とでも会話が出来ない様、耳栓等
・で制約を付与しても良いかもしれません。
・(医師45歳/出動経験:岩手・宮城内陸地震、岩手沿岸北部地震)
・連絡がうまく取れないことを多く経験しており、すごく苦痛とは思いませんでした。
・(医師48歳/出動経験:阪神・淡路大震災)
・小さい音。阪神淡路大震災のときはもっとすごかった。
・(医師50歳/出動経験:岩手・宮城内陸地震、岩手沿岸北部地震)
からの情報だけが頼りとなるが、
共通言語が整理されていない現況、
騒音付加によるコミュニケーションの妨害がなくとも、推測を交え
たままで、進入ならびにその後の医療行為に備えなくてはならない。
これは医療班の視点からは大きなジレンマとなり、救助隊と比較し
て医療班から、職能間の連携の課題に関する多くの記述がみられた
ものと考えられる。先述(5.1)の通り、活動に障害が生じた原因と
して騒音負荷を挙げる割合は医療班のほうが尐ないが、医療班は、
具体的医療行為の上で感じた騒音負荷による困難さよりも、連携の
悪さをより問題視したものとも考えられる。
5.4
騒音負荷の影響が少なかった回答者とその属性
一方、騒音の付加に対して“あまり気にならなかった”
“実際はも
っと大きい”といった記述もみられた。それら記述を表 7 に示す。
これら回答者の属性をみてみると、
“大規模な災害に出動した経験の
図5
ある医師”に該当しており、要因としては職種や経験、騒音に対し
ブリーフィングの様子(左:騒音負荷有り 右:騒音負荷無し)
ての慣れ等も考えられる。ただし前述(5.1)同様、瓦礫内部の固体
表8
伝搬音のシミュレーション不足の影響も考えられるので、その点は
今後の課題としたい。
・サイレントタイム時に行うべき作業を把握できた。
・工事の音がとても邪魔になり、サイレントタイムを設けて何とか可能となった状況
・でした。
・今回の訓練で非常に効果的なサイレントタイムの存在を知ることが出来てよかっ
・たです。
・時間経過により慣れたような気がしましたが、サイレントタイムの時に感じた静けさ
・が、逆にストレスの確認になったような気がします。
6.訓練の評価
6.1
サイレントタイムに関する意見や感想
騒音負荷がもたらした訓練効果
訓練に騒音負荷を加えたことにより、5.2 でみたように、そのリ
アリティーから真剣に訓練に取り組めたといった肯定的感想や意見
が多く見られた。このことは、騒音負荷がある時(訓練一日目夜間
訓練当初の錯綜した体系
の総合演習時)と騒音負荷のない時(翌日の総合演習時)の訓練を
比較観察することによっても確認された(図 5)。騒音負荷の影響に
訓練進行に伴い改善された体系
中隊長
中隊長
より、救出方針決定のためのブリーフィングの円陣において、隊員
問合せ
医療班
見る
問合せ
らにこれは、訓練への真剣味が増したというばかりでなく、不整面
状況把握
?
・相談
や傾斜面がほとんどとなる瓦礫災害現場において、部隊の位置取り
報告
(判断材料)
N
(ホワイトボード)
記入
記入
情報集約担当
の隊員
記入
の仕方やそこでの隊員安全管理をどのようにするかといった問題に
指
示
M
判断
報告
隊員
対処しなくてはならない指揮官にとっても、現場管理方法について
A
B
C
・・・
医療班
指示
指示
報告
・・・
回答
助言
小隊長
小隊長
たちが身を乗り出すような様相となっていることが確認できる。さ
A
B
状況 把握
N
L
隊員
(ホワイトボード)
C
M
L
・・・
・・・
問合せ
考えさせられる機会となったことが、ヒアリング結果から得られて
図6
いる。
情報伝達の体系
また、サイレントタイムに関して、本訓練の効果を肯定的に評価
した記述がいくつかみられた。回答例を表 8 に示す。「訓練中にお
隊員 A からの報告を聞き、さらに隊員 A, B への指示を出す等のた
いてサイレントタイム時に行うべき作業を臨機応変に選択し行うよ
めに手一杯となり、中隊長への報告や医療班からの状況の問合せへ
うになった」という状況判断に関する報告もみられ、騒音の付加に
の対応、また隊員 L, M, N への活動内容の指示ができない時間があ
よる訓練効果が伺えた。
った。医療班は仕方なく、隊員 A に直接、状況を問い合わせて相談
6.2
したが、隊員 A は、さらに隊員 C に問合せないと状況を答えられな
情報伝達の体系
訓練中に見られた情報伝達の体系に関し、観察および指導員への
い状況にあった。また、小隊長からの指示が得られないため、隊員
ヒアリングにより把握・確認できた状況を図 6 に例示する。まず総
L はホワイトボードの情報を見て独自に判断したが、隊員 N はホワ
合演習の開始当初の状況は、左図に典型例を示すように、ホワイト
イトボードの情報を見ても状況がつかめず、隊員 M は隊員 B に相
ボード(情報共有のための掲示板として現場で用いられる)や小隊
談をしてみるといったような錯綜状態である。
長に対して、隊員各々が情報の伝達や収集を行ったため、情報伝達
しかし、訓練が進むにつれ、情報集約担当の隊員が設けられ、よ
の体系が乱れ、情報が錯綜状態に陥った状況であったことが観察さ
り効果的な情報共有がはかれる体系が構成されていった(図 6 右図)。
れている。すなわち、観察・ヒアリングの結果、例えば左図に示し
すなわち、報告にあがってきた情報を、各隊員が個々に小隊長に報
た小隊においては、小隊長は、中隊長からの命令を受け取り、また
告していくのではなく、情報集約担当の隊員が、全ての報告を一旦
252
日本建築学会環境系論文集Vol.75 No.649, 2010 年3 月
米国
受け取ってから、小隊長にとって判断材料となる情報を選別し、必
日本
要な情報をとりまとめて小隊長に報告し、また共有すべき情報につ
国
US&R機動部隊
(Task Forces)
いてもホワイトボード記載者に伝えることにより、小隊長自身も、
各隊員も、そのなすべき役割が明確になり、より確実で漏れの尐な
探索
い情報伝達体系に改善されていったことが観察された。
管理指揮
救助
DMAT
消防
救助
探索
医療
危険物質探索
調整
計画
管理指揮
危険物質探索
事後のヒアリングにおいても、このような情報集約担当の設置と
調整
災害現場
医療
災害現場
警察
計画
ライフライン・交通・
通信事業者等、
事業所等、
NPO等
自治体
自衛隊
効果的な使い方など、
「务悪環境下での情報伝達の確立に重要なポイ
ントが、実際にやってみたことでよく分かり、非常に勉強になった」
図7
米国と日本における US&R 体制
などの声が聞かれた。
現在、主要な情報伝達手段の一つとして使用されている無線に関
体系の確立は必須であり、座学による教授から総合演習での実践訓
しては、隊員へのヒアリングにおいて、
「胸くらいの位置につけてお
練に至るまで、効果的なカリキュラムを構成する必要がある。現場
り騒音環境では大変聞き取りにくい」、「閉所では体動が制限されプ
において真に信頼しあえる隊となるためには、安全危機の管理体制
レストーク注
では大変」といった報告があった。また、今回行っ
の確立とそのシステムの教授も必須と考える。またその実施におい
たアンケートの記述にも、現状の情報伝達手段に不備を感じるとい
ては、各機関個別での教育だけではなく、多機関合同の訓練による
った意見がみられており、5.3 でもみてきたように、务悪環境下に
連携の確認も極めて重要であり、環境負荷のない状態での基礎個別
おいて、より確実に情報を伝達できる手段の確立が望まれる。
訓練から、情報伝達に支障をきたす環境下での総合演習に至るまで、
11)
以上より、今後も US&R 活動の根幹に支障をきたしうる騒音負荷
連携の難易度を変化させたカリキュラム構成も有効と考える。総合
は訓練において必要であり、このような総合演習を通してより有効
演習においては、身をもって難しさを体感できる環境の模擬も重要
な情報伝達の体系や確実な情報伝達手段を模索し確立していくこと
であり、音響シミュレーションを行う場合には、サイレントタイム
が必要であるといえる。
も取り入れるべきである。
6.3
かような実践的な訓練の実施により、普段の訓練では気づくこと
職能間の連携
5.3 でもみてきたように、今回のアンケート調査では職能間の連
が難しい瓦礫災害環境特有の課題について隊員各々が体感的に理解
携の課題に関する記述が見られ、やはり、実現場と同じく、救助隊
し、
“気づき”を得るとともに、それら困難な状況を前提とした隊員
と医療班が初対面の状態、すなわち、救助隊と医療班がお互いの理
管理方法や現場安全管理方策等、活動隊全体としての組織的活動に
解が浅い状態で、直ちに活動を行ったことが、連携に支障をきたす
おける課題や対策の検討がより具体的かつ綿密に行えるものと期待
要因となっている。ただし、これが日本の実情である。図 7 に模式
でき、もって今後の災害活動向上に資すると考える。
図を示すように、US&R 先進国である米国では、多職能の構成員か
らなる US&R 機動部隊(Task Forces)が配置され、その中では各
8.音響シミュレーションに関する今後の課題
隊員の役割が明確化され、組織的な人命救助活動が可能となってい
今回、実活動現場に近い、情報伝達に支障をきたすような活動困
る。対して我が国においては、職能毎の個別機能としては一定水準
難な騒音環境を、音響シミュレーションによりある程度創出するこ
にあるものの、米国の US&R 機動部隊のように必要な職能を揃え、
とができ、訓練における騒音付加の必要性や有効性が確認できたと
国内災害に対応できる国家体制の US&R チームはまだ存在しない。
考えているが、現場でありうる騒音レベルの空間分布のシミュレー
そのため、大災害発生時には各機関がそれぞれ災害現場に向かい、
ションと瓦礫内部のシミュレーションについては、改善の余地を残
そこでようやく職能間の連携が取られることとなる。つまり、日本
している。現場の音環境は千差万別ではあるが、重機音やアイドリ
における US&R 体制は現地集結型であるといえ、諸外国と比較して
ング音については、特定の位置に特定の音源を想定することにより、
特に連携の確立が重要となる。日本の実情に即した US&R 実働体制
また想定した音源の数のスピーカを準備することにより、空間分布
を確立することが必要である。
のリアリティーは向上するものと考えられる。と同時に、想定した
音源が固体音成分を多く含む場合には、なんらかの方法でその瓦礫
内部への固体音放射レベルを見積り、瓦礫内部に設置したスピーカ
7.日本型 US&R 体制の強化のために
以上、騒音の付加を施した総合演習訓練、そしてその後のアンケ
で再生することも考えられる。緊急車両のサイレン音については、
ート調査ならびにその考察を通し、騒音環境シミュレーションが、
専用に複数のスピーカを準備することにより、ある程度の方向感や
単なるコミュニケーションの妨害として機能しただけではなく、訓
移動感の創出も可能と考えている。ヘリコプターの音に関しても、
練全体の質を向上させることにも寄与できたと考えている。また、
スピーカの 3 次元配置が必要となるが、同様であろう。現在、実活
コミュニケーションが取りづらい環境であったからこそ、日本の
動現場でありうる騒音源の配置についての調査を、被災や事故の現
US&R 体制が抱える現況課題をさらに明確に洗い出すことができ
場写真を集めて進めている。
たと考えている。
以上により、よりリアルな、そして自在にコントロール可能な瓦
すなわち、日本において US&R 体制を強化していくためには、特
礫災害救助医療活動訓練のための音響シミュレーションシステムの
に職能間の連携の強化が重要課題であり、それを意識した訓練方法
確立を目指すとともに、訓練効果を得るための最低システム構成に
や訓練カリキュラムの確立が切に望まれる。具体的には、その連携
ついても検討を進める。
強化のためには、実践訓練に先立ち、共通言語の確立、情報の伝達
253
日本建築学会環境系論文集Vol.75 No.649, 2010 年3 月
高カリウム血症による心停止や急性腎不全が引き起こされる。同症候群で
9.おわりに
は、重量物に圧迫されていても清明な意識を保つ例が多く報告されている
今回みてきたように、我が国では専門訓練施設は限られており、
が、重量物の除去により容態が急変することが多いため、除去以前の(す
また公式なカリキュラムや訓練の開催も未だ途上の段階であるが、
なわちまだ瓦礫の下にいる)段階から、輸液や薬剤投与等の容態安定化処
今後も音響シミュレーション方法の向上を含めた知見蓄積とともに、
置を予め施すことが救命および予後改善に必要となる。これが、瓦礫の下
の医療(CSM:参考文献 3、4)が必要となる所以である。
訓練カリキュラムの策定や訓練施設の設計法の確立、ひいては日本
注 3) DMAT(Disaster Medical Assistance Team ,災害時派遣医療チーム)
型の US&R 訓練体制、ならびに実施体制の確立をめざし、さらに研
災害の急性期(概ね 48 時間以内)に活動できる機動性を持った、厚生労働
省の認めた専門的な訓練を受けた災害派遣医療チームである。広域医療搬
究を進める。
送、病院支援、域内搬送、現場活動等を主な活動とする。
注 4) 閉所
謝辞
訓練経路のうち、トンネル状の通路となっていた部分は、φ600 のヒュー
ム管および 600×600~800×800 のカルバートボックスにより構成されてお
本研究は、科研費補助金(基盤 B:19310111)の助成を受けた。
り、その内部にさらに障害物を投入して狭隘空間を構成していた。トンネ
音源の測定には東京消防庁の第八方面本部や航空隊、ならびに神戸
ル状の通路がつながった先にあるやや広い空間(w1800×d1800)は高さ 500
市消防局のご協力を頂いた。訓練参加者の方々にはアンケート調査
~1200 内外のバリエーションで構成され、訓練においては要救助者の観
にご協力を頂いた。以上を含め、特殊災害救助医療研究会スタッフ
察・治療・担架装着場所として用いられた。
注 5) 暑熱
ならびに参加者の皆様には各種の情報提供、相談・照会等で多大な
訓練当日の天候は快晴であり、気温 32.5℃となった。瓦礫内温度は、条件
ご協力を頂いた。この場を借りて謝意を表す。
が最も厳しい場所では、37.5℃となり、外気温より 5℃高くなった。
注 6) 暗所
日中の訓練においては、暗幕シートを訓練経路にかぶせることで、暗所を
参考文献
1)
設定していた。今回シミュレーションを行なった総合演習においては、夜
N Aoki, A Nishimura et al. : Survival and cost analysis of fatalities of
間の暗闇(瓦礫救助医療訓練施設中央部で水平面照度 0.05lx 程度)を利用
the Kobe earthquake in Japan, Prehospital emergency care, Vol,8,No.2,
2)
pp.217-222, 2004
杉本侃(代表) : 平成 7 年度健康政策調査研究事業研究報告Ⅱ「阪神・淡
3)
路大震災に係わる初期救急医療実態調査総括研究報告書」, 1996
山田憲彦 : Confined Space Medicine, 山本保博ほか監修「災害医学」所
4)
収, 南山堂, 2002
秋冨慎司, 中島康, 井上潤一, サイモン・ロジャース, 加古嘉信, 吉村晶
した暗所訓練が行なわれた。
注 7) 漏水
総合演習で用いられた訓練場所のうち、騒音付加の範囲外にある訓練場所
では、地下災害を想定した漏水状況を設定できるようになっている。今回
の訓練では水道ホースをつないだ天井部分の有孔管から水が漏れ、床部分
に溜まるように設定した。このことにより、活動が長引けば水位が上昇し、
より活動困難な負荷状況となる。
子, 中山伸一 : CSM(Confined Space Medicine) , 救急医学, vol,32,No.2,
pp.179-182, 2008.2
5)
注 8) 緊急消防援助隊
阪神・淡路大震災の教訓を踏まえ、国内で発生した地震等の大規模災害時
長谷貴將, 秋冨慎司, 渡邊信介, 永田啓明, 山本隆, 窪崎章寿 : JR 福知
における人命救助活動等をより効果的かつ迅速に実施しうるよう、全国か
山線列車脱線事故における当院の医療支援-英国式大事故災害時医療支援
ら当該災害に対応できるだけの消防部隊が被災地に集中的に出動するとい
(MIMMS)の適応, 済生会滋賀県病院医学誌, Vol,15, pp.1-3, 2005
6) 甲斐達朗, 太田宗夫 : 救出救助医療活動マニュアル, 平成 9 年度厚生科
うシステム。
注 9) 広域緊急援助隊
学研究費補助金「災害の初動期における活動マニュアルとその運用に関す
る研究」報告書所収 , 1998
7)
8)
国内において大規模な災害が発生し、又は正に発生しようとしている場合
において、被災地を管轄する都道府県警察を管理する都道府県公安委員会
吉村晶子, 加古嘉信, 佐藤史明 : 日本における瓦礫救助医療訓練施設に
求められる要件に関する研究, 地域安全学会論文集, No.9, pp.311-320,
からの援助の要求により派遣され、災害発生の初期段階において、被災情
報・交通情報等の収集及び伝達活動、救出救助活動、緊急交通路の確保及
2007.11
吉村晶子, 佐藤史明, 秋冨慎司, サイモン・ロジャース, 大山太, 加古嘉
び緊急輸送車両の先導活動、その他災害に係る警察活動を行うことを任務
とする。
信 : 米国・英国との比較調査に基づく実働戦略に関する研究, 地域安全学
会論文集, No.10, pp.125-135, 2008.11
9)
注 10) JDR(Japan Disaster Relief team ,国際緊急援助隊)
1987 年 9 月「国際緊急援助隊の派遣に関する法律」(JDR 法)の公布・
高橋徹, 佐藤史明, 吉村晶子, 秋冨慎司, 加古嘉信 : 瓦礫災害探索救助活動
の総合演習における騒音付加と訓練効果, 日本音響学会講演論文集,
施行により確立された、救助チーム、医療チーム、専門家チームによる国
際緊急援助体制。海外派遣の場合には、同法の枠組みにより、外務省の指
pp.1411-1412, 2009
10) 吉村晶子,佐藤史明 : 閉鎖的空間での救助救命活動における空間寸法と
示のもと、(独)国際協力機構(JICA)が派遣を実施することとなってい
る。
活 動制 限 の 関 係に 関 す る研 究 , 日 本 建 築学 会 大 会 学術 講 演 梗概 集 E-1,
注 11) プレストーク
pp.981-982, 2009
送信ボタンを押している時に音声送信状態となる、通常の無線機でよく採
11) 日 本 建築 学 会 編 : 建 築 と 環 境 の サ ウ ン ド ラ イ ブ ラリ, 技 報 堂 出 版 ,
2004
用されている方式である。送信するには、送信ボタンを押し続けている必
要があり、そのために片手をとられることになる。
注
注 1) 瓦礫災害(Structural Collapse Disasters)
「瓦礫災害」とは、「建築物が崩壊し『瓦礫』が生じるような災害」とされ
ている(参考文献 3)。これは救援者の立場からみた災害の分類方法の一
種であるととらえられる。かような災害で瓦礫の下に取り残された生存者
が存在する場合、しばしば近隣の住民や初期対応者では対処できないほど
の救助困難ケースとなり、救助や医療の専門家による高度な救援活動が必
要となるケースが多い。
注 2) クラッシュ症候群
瓦礫下特有の死因となる典型的な病態である。重量物に挟まれた四肢等の
筋肉組織が長時間圧迫され傷病を受けた状態で、急にその重量物を除去す
ると、その筋肉組織から大量の細胞内のカリウムやミオグロビンが流出し、
254
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