...

社会医学フィールド実習報告書 介護職員の腰痛と頸肩腕障害の予防

by user

on
Category: Documents
33

views

Report

Comments

Transcript

社会医学フィールド実習報告書 介護職員の腰痛と頸肩腕障害の予防
社会医学フィールド実習報告書
介護職員の腰痛と頸肩腕障害の予防
~介護用リフトの有用性~
担当教員
辻村先生
垰田先生
実習学生
今冨翔士
木下真央
高橋基
板東瑞樹
嶋一樹
吉井理一郎
<実習にあたっての社会的背景>
寝たきり高齢者や重度心身障害者といった高い要介護度を持つ方の介護は、医療人 GP などにおいて
目にする機会が多かった。そういった方を介護することによる腰や肩への負担は、介護職員には大きな
問題となっており、実際、筋骨格系の傷病が原因で 1 年に 4 日以上休職する理由として、腰痛がもっと
も多く、次いで頸肩腕障害となっている。欧米では介護職員の腰痛および頸肩腕障害予防のために介護
用のリフトが広く普及している。しかし、日本では介護用のリフトはさほど普及していない。
<実習の目的>
介護場面におけるリフトの有用性を明らかにすること。
<実習で訪問した施設>
社会福祉法人「びわこ学園」の重症心身障害児施設「第一びわこ学園」
<実習の方法>
リフトを使用する場合とリフトを使用しない場合の二通りの表面筋電図を測定し、平均筋電位と作業
時間を比較して解析した。測定した部位は、左右の第 2 腰椎と第 3 腰椎の間の腰部脊柱起立筋、及び上
部僧帽筋(電極貼付:肩峰突起と第 7 頸椎の中間)とした。これらの筋を選んだ理由は、何かの持ち上
げ時などで腰を屈曲するときに負荷がかかる腰部脊柱起立筋と上肢作業に関わる僧帽筋が、それぞれ腰
痛や頸肩腕障害を起こしやすいからである。
びわこ学園でのフィールド調査を行うにあたり、事前にシミュレーションとして自分たちで実際に介
護用リフト(据置式電動リフト)を使って移乗介助を行い、そのときの表面筋電図を測定し、解析した。
<対象>
シミュレーションの対象・・・腰痛と頸肩腕障害のない男子学生 1 名
フィールド調査の対象・・・第一びわこ学園で働く、腰痛と頸肩腕障害のない男性介護職員 2 名
<結果>
(1)シミュレーション
完全四肢麻痺の脊髄損傷患者を想定して体重 52kg、168cmの男子学生が脱力し、それをもう一人の
1
体重 72kg、身長 182cm の男子学生が、ベッドから車椅子、車椅子からベッドへ移動させた。表 1 に、
リフト使用した場合と使用しなかった場合の平均筋電位と作業時間を示す。
表 1:シミュレーションにおけるリフト使用時または不使用時(人力)での平均筋電位と作業時間
*リフト使用時の作業時間には吊り具シートを敷く時間を含む。
リフト使用時の平均筋電位と作業時間をリフト不使用時の値で割った値を表 2 に示す。
表 2:シミュレーションにおけるリフト使用時の平均筋電位と作業時間をリフト不使用時で割った値
ベッドから車椅子、車椅子からベッドへの移乗で、ともにリフトを使用した場合、不使用時に比べて
平均筋電位の値が半分以下になったが、作業時間が 6 倍以上となった。
リフト使用時の、筋電位を作業時間で積分した値を不使用時の値で割ったときの値を表 3 に示す。
表 3:シミュレーションにおけるリフト使用時の筋電位積分値をリフト不使用時で割った値
移乗介助を行った場合、リフト使用時の方が不使用時に比べ、筋電位積分値は全て大きくなった。
(2)フィールド調査
筋電図測定を行った際の作業内容は、移乗、排泄介助、整容、入浴介助など通常、第一びわこ学園で
行われている作業である。ただし、移乗については本調査のためにリフト(床走行式)を使用した場合と
使用しなかった場合を特別に複数回行ってもらった。
表 4 に、被験者 2(身長 164cm、体重 58kg)が利用者(体重 36kg)の方を移乗した場合の平均筋電位と
作業時間を示す。リフト不使用(人力)では通常、第一びわこ学園で行われているのと同様に 2 名の介護
職員で移乗した。
表 4:フィールドにおけるリフト使用時または不使用時(人力)での平均筋電位と作業時間
2
*リフト使用時の作業時間には吊り具シートを敷く時間を含む。
リフト使用時の平均筋電位と作業時間をリフト不使用時の値で割った値を表 5 に示す。
表 5:フィールドにおけるリフト使用時の平均筋電位と作業時間をリフト不使用時で割った値
ベッドから車椅子への移乗介助でリフトを使用した場合、上部僧帽筋で平均筋電位が高くなったが、
脊柱起立筋群で低くなった。車椅子からベッドへの移乗介助ではリフトを使用した場合、全ての測定部
位で平均筋電位が低くなった。作業時間はベッドから車椅子、車椅子からベッドへの移乗ともに長くな
った。
リフト使用時の、筋電位を作業時間で積分した値を不使用時の値で割ったときの値を表 6 に示す。
表 6:フィールドにおけるリフト使用時の筋電位積分値をリフト不使用時で割った値
移乗介助を行った場合、シミュレーションと同様にリフト使用時の方が不使用時に比べ筋電位積分値
が全てで大きくなった。
<考察>
(1)リフト使用時に筋電位が低くなったことについて
負荷(荷重)が減り、また作業姿勢が良くなったからと考えられる。
(2)リフト使用時に作業時間が長くなったことについて
吊り具シートのセットやリフトの上げ下ろしに時間を要しているからだと考えられる。
(3)リフト使用について
厚生労働省の職場における腰痛対策指針によると、一人の人間が持ち上げてよい最大の重量は成人男
性で体重の 40%以下、女性は男性の 60%以下と推奨されている。現実的に、介護現場でも被介護者の
体重が非常に重い場合は何人かの人で分担したとしても、手の力だけで持ち上げることは明らかに困難
であろう。荷役作業現場などでは機械化が進んでおり、同じくらいの重さの物(人)をリフトを使って持
ち上げるのだから、介護の現場にもリフトを導入すればいいと考える。しかし、日本ではリフトが普及
していない。
(4)日本でリフトが普及していない理由について
日本には『介護は人の手によって行わなければならい』という特有の固定観念が定着している。確か
に人の手で行う介護には温かみはあるが、リフトを使用したほうが介護職員の肉体的負担が減り余裕の
ある介護ができるはずである。リフトを使用すれば介護職員の健康障害による離職、休職が減り、頻繁
に介護職員が変わることを防げるため、被介護者と介護者の温かい人間関係にとってプラスなのではな
3
いだろうか。
また、介護者の意見として人の手の方が安心であるとの意見がある。びわこ学園でのフィールド調査
で実際に利用者の話を聞いたところ、その人は抱っこの方が好きとの意見であったが、学内でのシミュ
レーションではリフトの方が安定していて安心であるという意見であった。その現場を見る限り、びわ
こ学園でのリフト使用では首が固定されてなく、何か不安定な感じを受けた。この点で被介護者に不安
を与え「抱っこの方が好き」という意見になったと考えられる。学内では首まで固定されるシートを使
ったので、びわこ学園でも同じようなシートを使ったとするなら、また違った意見が出たかもしれない。
つまり吊られた状態での安定性が大切なのではないかと考えられる。
さらに、価格が高価であることがあげられる。第一の問題として、保険制度の問題があり、リフト本
体には保険が適応されるが、備品つまり吊り上げシートは保険適応外となっている。据え置き式リフト
本体は保険が適用され約 15 万円で購入できるのに対し、吊り具シートは約 5 万円もするという。また
輸入品に頼る現状が影響しており、日本ではリフトの需要が小さいため、国内企業での開発が進んでい
ない。生活様式の違いのため輸入品では無理な使い方をしてしまい故障が多くなり、修理期間も長くな
るという悪影響が考えられる。
最後に、リフト使用時には作業時間がかかってしまうことがあげられる。この点に関しては、人力に
よる介護に追いつくためによほどうまい工夫を考えないとならないだろう。
<結論>
リフト使用時と不使用時を比較すると腰痛対策にはリフトが有効で、びわこ学園のような高齢者介護
施設に比べ比較的時間に余裕のある施設では有用と考えられる。リフト不使用施設では 1 人での移乗介
助を行わないようにすることが腰痛防止に重要と考えられる。
<発表会での質疑応答>
質疑応答で以下の質問があった。
1、第一びわこ学園で介護用リフト以外の介護補助用具は使っているのか?
スライディングシートとスライディングボードが使われているが、ともに水平移動しかできな
いので、ベッドから車椅子への移動には使えない。
2、第一びわこ学園での被介護者数と介護者数の比率はどのようになっているのか?
被介護者数と介護者数の比率は、第一病棟では 1 : 1、第二・第三病棟では 1.1 : 1 であり、施
設全体では 1.07 : 1 となっている。第一病棟では被介護者の障害が重度で第二・第三病棟に比べ
て介護職員の人数が多くなっている。
3、介護用リフトの利用者の感想はどうであったのか?
第一びわこ学園で床走行式介護用リフトを利用した被介護者のうち言葉による意思表示をで
きる方が1名しかいなかったため、その方の感想しか聞けなかった。その方の感想は介護用リフ
トより人力のほうがよいというものだった。シミュレーションで据置式介護用リフトを利用した
被介護者役の男子学生1名の感想は人力より介護用リフトのほうが、安定性があるというものだ
った。
4
Fly UP