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要旨集(PDFファイル:1.2MB)
独立行政法人水産総合研究センター 水産技術交流プラザ 第5回技術交流セミナー 魚病への挑戦 ―その被害軽減に向けて― 要 旨 集 ○プログラム 14:00 開 会 14:15~ 魚病の現状と対策 水産総合研究センター養殖研究所 病害防除部長 佐野元彦 14:55~ DNA チップを用いた魚病診断 -様々な病気を一度に診断- 水産総合研究センター養殖研究所 札幌魚病診断・研修センター 大迫典久 15:45~ 休憩 15:55~ エビ類の防疫対策の展望 -免疫様現象の利用・応用(ワクチンの実用化)- 水産総合研究センター養殖研究所 病害防除部 佐藤 純 17:00 閉 会 2008年12月12日(金) クイーンズフォーラム(クイーンズタワーB棟7階)会議室E 魚病への挑戦 -その被害軽減に向けて- 魚病の現状と課題 独立行政法人水産総合研究センター養殖研究所 病害防除部 1.我が国の魚病被害 魚病は、養殖生産の大きな阻害要因で、 以前は生産額の 10%程度、200 億円を越 佐野元彦 のニーズによって養殖魚種が多様化する 中で、どのように医薬品を開発をしてい くかが大きな課題です。 えていました(表 1)。近年、ブリやマダ イの主要疾病にワクチンが市販され、そ の被害は減少し、生産額の 4-5%、約 100 億円程度になっています。ワクチンによ る予防へと急速に変化し、抗菌剤投与は 激減してきています。水産用医薬品は適 表 1.養殖魚における魚病被害額の推移(推定) 年 (平成) 生産量 (千トン) 生産額 (億円) 魚病被害 魚病被害 額(億円) 割合(%) 11 329 3,390 227 6.3 12 321 3,182 130 3.9 13 321 2,862 134 4.5 切に使用されれば問題はありませんが、 14 322 2,694 108 3.8 抗菌剤使用量減少は、消費者が求める安 15 326 2,693 147 5.2 全・安心な養殖生産物の提供にも繋がり 16 310 2,714 115 4.3 ます。養殖は、筏いけすや水槽などの一 定の区域で収益性を得なければならない 2.診断体制 ことから、高密度で高成長な飼育など、 それぞれの対象魚種にさまざまな疾 生産方式自体が魚病発生の素地を持って 病とその病原体が知られ(表 2)、そのた います。いかに魚病を出さず、歩留まり め診断は、種々の技術と経験を必要とし を高くして生産コストを低くすることが ます。現在、魚病診断は、都道府県水産 できるかが重要です。 試験場を中心に実施され、水産総合研究 魚病が発生すると、まず、その原因を センターや大学などが連携・協力してい 正確に診断し、適正な対処をすることが ます。養殖研究所では診断法開発・マニ 必要で、簡便・迅速・正確な診断法が研 ュアル提供など技術的なサポートを行う 究開発され、さらには抗菌剤の開発や水 とともに、水産試験場で原因が特定でき 温による制御・治療等の対策、また、病 なかったものについて、養殖研究所魚病 原体との接触・持ち込みを断ち切るよう 診断・研修センターで不明病依頼診断と な防除法の開発研究が行われます。一方、 して受け付けています。水産試験場の人 魚病の発生しないような飼育管理が求め 員・予算が減少する中、今後、どのよう られますが、これは簡単ではないことか に診断体制を維持していくか、課題にな ら、ワクチン等の積極的な予防法の開発 りつつあります。 が推進されてきています。 主な診断手法は、基本となる病理組織 マーケットの小さな養殖業では、メー 学的な診断に加え、寄生虫病では顕微鏡 カーによる抗菌剤やワクチン等の水産用 観察、細菌病では培地による分離培養、 医薬品の開発意欲が低く、今後、消費者 遺伝子診断(PCR 法)、ウイルス病では 培養細胞による分離培養、遺伝子診断な 感染するとは想像もできませんでした。 どが行われています。特に、培養細胞が 日本の在来種に対する海外病原体の病原 ないエビ類のウイルス病を契機に簡便で 性など、リスクを予測するデータを得て 迅速な PCR 法が導入され、特に培養細 おく必要があります。また、表2のよう 胞の維持管理が煩雑であることから、ウ に過去に海外から持ち込まれた疾病が多 イ ルス病 を中 心に、 近年 、急速に PCR く、防疫体制・意識も重要な課題です。 法が使用されるようになってきました。 また、病原体に対する宿主の抗体を指標 図 1. 日本と海外との魚病制度の関係 とした病原体のサーベイは、実用化され 速・簡便な方法の開発が求められ、普及 する一方で、病原体を分離・培養するこ WTO/SPS OIEリスト疾病 +監視疾病 水産資源保護法:輸入防疫対象疾病 見逃してしまうことが懸念されます。 魚病病原体の貿易に伴う国際的なまん 世界的なレポート システム 検査証明書 活魚等 とがなくなりつつあり、本当の病原体を 3.特定疾病制度と OIE リスト疾病 OIEリスト疾病 海外 海外疾病 ていません。PCR 等の核酸を検出する迅 動物検疫所 国内の疾病 病性鑑定指針(ガイドライン) 持続的養殖生産確保法: 特定疾病 国内レポートシステム 水産試験場 薬事法 農林水産省 延 防止 が国際 獣疫 事務局 (OIE)に よ って 養殖研究所 図られ、国際的に監視する必要がある魚 介類病原体を OIE のリスト疾病として 4.養殖研究所魚病担当部署における取 指定しています(2008 年現在:魚類 9 り組み 疾病;貝類 7 疾病;甲殻類 12 疾病;両 養殖研究所魚病関連部署では、重要 生類 2 疾病)。我が国でも、海外からの な疾病や新たに発生した疾病に対して、 病原体侵入を防ぐため、防疫対象疾病が プロジェクト等を通じて、技術を有する 水産資源保護法によって定められ、平成 メーカー、都道府県、大学等と連携して、 19 年 10 月より動物検疫所による輸入魚 対策を開発し、提供してきました。いく 介類の現物検査が行われています。また、 つかの例を挙げると、 「 マダイイリドウイ 国内においては、特にまん延すると養殖 ルス病」では、世界で初めてとなったウ 産業等に甚大な被害をもたらす危険性が イルス病へのワクチン開発研究を実施し、 ある特定疾病(11 疾病)を持続的養殖生産 実用化へと導きました。 「 クルマエビの急 確保法で定め、まん延を防止する措置を 性ウイルス血症(PAV)」では、病原体の 講じています。これらの日本にない海外 特定と PCR 法による診断法を開発し、 の重要疾病では、国が定める病性鑑定指 これ以降、急速に PCR 法が魚病診断に 針に従った診断体制が構築されています 普及し、診断現場の変革をもたらしまし (図1参照)。 た。さらに、近年進歩した DNA 技術を 昨年、天然アユにおいてエドワジエ 駆使し、網羅的な病原体検出・同定法と ラ・イクタルリによる感染症が見つかり して「マイクロアレイを使った魚介類疾 ました。この菌は、米国や東南アジアで 病の迅速同定・診断、防除技術」を開発 ナマズ類の病原体として知られ、アユに し、現在、本法の水産試験場への普及を 進めています。「コイヘルペスウイルス 養殖現場でも実施可能な特殊な機械 病」では、PCR 法の改良・検証、また、 がつきつつあります。 を必要としない LAMP 法の開発に取り 以上のように、水産総合研究センター 組み、両法ともに国のガイドラインに採 では、養殖研究所を中心として、魚病被 用されました。 「アユの冷水病」では、浸 害軽減に繋がる種々の研究開発を行って 漬・経口ワクチンの実用化研究を行い、 きています。今後も、上記のように外部 浸漬ワクチンの実用化に目処が着きまし 資金等を獲得し、必要とする技術を有す た。 「 ウイルス性神経壊死症(VNN)」では、 る企業・大学等とも連携・協力して、魚 現在最も期待される新たな養殖対象魚で 病を克服する技術開発等に精力的に挑戦 あるマハタでの被害が大きいことから、 していきたいと考えております。 ワクチン開発に取り組み、実用化に目処 表2. 日本における主要な養殖魚介類の病気 魚種 ウイルス 細菌 真菌 寄生虫 (原虫を含む) サケ・マス類 IPN* BKD* イクチオホヌス症 イクチオボド症 IHN* BGD ミスカビ病 EIBS* せっそう病 ヘルペスウイルス病 細菌性冷水病* ビブリオ病 アユ 細菌性冷水病* 真菌性肉芽種症 グルゲア症 細菌性出血性腹水症 ビブリオ病 エドワジエラ症* コイ・キンギョ KHVD*(コイだけ) 穴あき病 筋肉ミクソボルス症 キンギョ造血器壊死症 カラムナリス病 腎種大 ダクチロギルス症 ブリ属 ウイルス性腹水症 ラクトコッカス症 マダイイリドウイルス病* 類結節症 ノカルジア症 細菌性溶血性黄疸 連鎖球菌症 筋肉クドア症 ベネデニア症 ネオベネデニア症 へテラアキシネ症 血管内吸虫症 マダイ マダイイリドウイルス病* エドワジエラ症 ビバギナ症 滑走細菌症 ヒラメ VHS エドワジエラ症 スクーチカ症 HIRRVD β溶血性連鎖球菌症 ネオヘテロボツリウム症* ウイルス性表皮増生症 滑走細菌症 ネオベネデニア症* 細菌性腸管白濁症 ノカルジア症 連鎖球菌症 トラフグ 口白症 ビブリオ病 ヘテロボツリウム症 滑走細菌症 ネオベネデニア症* その他 VNN(海産魚) ビブリオ病 フサリウム症 白点病(海産魚) (甲殻類も含む) PAV(クルマエビ)* (クルマエビ) IPN:伝染性膵臓壊死症、IHN:伝染性造血器壊死症、EIBS:赤血球封入体症候群、 BKD:細菌性腎臓病、BGD:細菌性鰓病、KHVD:コイヘルペスウイルス病、VHS:ウイルス性出血性敗血症、 HIRRVD:ヒラメラブドウイルス病、VNN:ウイルス性神経壊死症、PAV:クルマエビ急性ウイルス血症 *:海外から持ち込まれたと考えられる病気 魚病への挑戦-その被害軽減に向けて- 「DNAチップを用いた魚病診断 -様々な病気を一度に診断-」 水産総合研究センター養殖研究所 札幌魚病診断・研修センター 1.はじめに 大迫典久 病変部や臓器の組織切片を作り、染色し わが国では近年魚介類の養殖は盛んに行 て病理組織標本を作製して顕微鏡で観察す われており、特に最近はその対象としてい る方法で、微細な病原体を直接観察し、細 る魚介類の種類が増加してきています。養 胞や組織の変化の特徴から診断します。さ 殖業が盛んになるにつれて病気が頻繁に発 らに電子顕微鏡によりウイルス粒子の形態 生するとともに、対象魚種が増加により病 の観察する場合もあります。 気の種類も多様化、複雑化して問題となっ 3)培養法 てきています。現在、魚病による推定被害 ウイルス及び細菌による感染症が疑われ 額は年間 100 億円を超え、今後養殖業が発 る場合、患部や臓器からこれらを検出する 展してゆく上で魚介類の病気は大きな障害 ため、寒天平板培地や魚類の株化細胞を使 となっています。これらの病気の対策とし って病原体の分離・培養を試みます。寒天 ては、迅速かつ正確に病気の発生を初期段 平板培地上に菌のコロニー(集落)を形成 階で捉え、それらの病気に応じて適宜処理 したり、培養細胞に形態変化(CPE)を起こせ することで蔓延を防止することが最も重要 ば病原体が分離・培養されるのですが、特 です。その為には様々な魚種に応じて、多 徴的なコロニーの観察や特定の菌のみ培養 くの種類の病気に対応するための診断法の が可能な選択培地を用いたり、培養細胞の 開発が望まれています。 変性の特徴を観察したりして、簡易診断が 行えるときもあります。 2.一般的な魚病の診断法 しかし、通常の場合はさらに分離された 魚病の診断といっても、非常に簡易な診 微生物を同定する必要があり、そのために 断法から極めて精度の高い診断まで、様々 は以下に述べる性状検査、免疫学的手法、 な方法があります。 PCR 法などと組み合わせて行います。 1)外部所見及び解剖所見の観察 4)性状検査 最も簡単な方法は、例えば体表の出血や 細菌に対しては、性状検査により種の 潰瘍、形体異常、寄生虫の付着などの外観 同定を行います。市販のキットが販売され の症状、さらに腹部を解剖して、内臓諸器 ているため、比較的手軽に行えますが、検 官の出血、萎縮や膨張などの内部の症状を 査対象の菌が純粋に分離されていることが 肉眼で観察する方法です。 必要です。 2)病理組織標本の観察 5)血清学的手法 病原体の特定の抗原に対する抗体がその 断することができるという非常に優れた方 抗原に対して特異的に結合する反応(抗原 法です。しかし、抗体が目的の抗原以外の 抗体反応)を利用し、抗体と病原細菌同士 異物や共通抗原をもつ他の微生物と反応し を結合して集塊を作らせたり(凝集反応)、 て誤診してしまう可能性があるとか、PCR 病原ウイルスと結合して失活させたり(中 法と比較する検出感度が低いなどという欠 和反応)、蛍光色素を標識した抗体を病原 点があります。これに対して PCR 法は病原 細菌やウイルス感染細胞と結合させて発光 体の特異的な DNA を検出するため、非常に させたり(間接蛍光抗体法)する方法です。 高い精度で診断することができるうえ、検 一般的な検査によく用いられます。 出までの時間も比較的短く済みます。これ 6)PCR 法 らの利点から最近は確定診断としてよく用 病原体の細菌やウイルスの DNA の中で、 いられる手法となっています。しかしなが それら病原体に特異的な塩基配列部分を選 ら欠点としては、PCR 法はあらかじめ予想 択的に酵素を用いて増幅し、増幅した DNA された特定の病原体の検出には有効ですが、 を可視化して判定する方法です。最も新し 病原体が予想できない不明病では対応でき く開発された手法で、最近は広く使われて なくなってしまいます。病気の診断では、 います。 原因が不明な場合が多く、様々な病原体を 調べる必要があります。そこで、一度に多 3.既存の診断法の利点と欠点 このように魚病の診断法といっても様々 くの病原体を検出する方法として、DNA チ ップを作製いたしました。 な方法があり、それぞれの診断法には、利 点と欠点があります。外観や内部所見の観 4.DNA チップの原理 察では、簡単にできて病気の原因の推定や DNA チップは、小さなチップ(基板)の 寄生虫(一部)の診断ができますが、正確 上に DNA をスポット状に載せたものです。 に診断するためには他の診断法を実施する 微細な DNA のスポットを整然と非常に数多 必要があります。病原体の分離培養は、病 く配列させた DNA チップはマイクロアレイ 原体を入手することができる点で非常に重 (アレイは配列の意味)と呼ばれています。 要ですが、培養には早くても丸一日の期間 この診断方法の原理は、まず、病原体に特 を必要とし、さらに他の診断法と組み合わ 徴的な DNA 断片を一本鎖として基板(ナイ せると診断の結果が出るまでには多くの時 ロン膜やスライドグラスなど)上に張り付 間を要することになります。中でも細菌の けます(図1)。さまざまな病原体の DNA 性状検査は、様々な性質を調べることより を小さなスポット状に整然と貼り付けるこ 細菌を正確に同定することができる点で優 とで DNA チップを作製します。一方、病魚 れていますが、一方、培養を必要とするた の診断用検査試料(病原体が含まれている) め結果が出るまでの時間がかかってしまい については DNA 又は RNA を抽出し、RNA は ます。間接蛍光抗体法は迅速な診断方法で、 逆転写して DNA とし、それらの DNA に標識 病魚から直接検査すればわずか数時間で診 をつけておきます。そしてこれら検査試料 の標識した DNA を一本鎖にして、作製して 属の病原体が多く、区別することが難しい おいた DNA チップにふりかけ、チップ上に ビブリオ科を専用に検出するチップ(ビブ 載せて貼り付けてある DNA と会合させます リオチップ)、一つが魚介類病原ウイルス (ハイブリダイゼーション)。DNA は二本 の検出用チップ(ウイルスチップ)です。 鎖で出来ており、それぞれの鎖が相補的に それぞれチップについて解説します。 結合する性質があることから、試料中の病 1)魚介類病原先細菌の検出用チップ 原体の DNA がチップ上に貼り付けてある同 (16S チップ):特許公開中(特開: じ病原体の DNA と特異的に結合して二本鎖 2006-101792) を形成することになります。DNA チップを 16S チップに用いる DNA は、細菌の種の 洗浄すると、結合しなかった検査試料中の 同定に用いられているリボソームの 16Sr 余分な DNA は洗い流されてチップ上の DNA RNA の特定領域の配列を用いました。試料 と結合した DNA のみが残ります。試料から の DNA の標識は、細菌に共通の 16SrRNA の 抽出した DNA はあらかじめ標識してある ユニバーサルプライマーを用いて PCR によ (すなわち試料中の病原体の DNA も標識さ る増幅を行い、その際にジゴキシゲニン れている)ため、それがチップ上の DNA と (DIG)を取り込ませることにより行います。 結合していることから、結果としてチップ 現在、診断用チップとしては魚介類の主要 上のスポットが標識されることになります。 な病原細菌などの 35 種類の細菌スポット 一枚のチップ上に調べたい病原体の DNA を したチップを作製しました。これは我が国 全てスポットしておけば、目的の病原体が の養殖場で発生している主要な細菌性疾病 試料中にあると、同じ病原体の DNA を貼り について全て検出が可能となっています 付けたチップ上のスポットが標識されます (図 4,表)。 ので、そのスポットの病原体名をリストか ら照らし合わせればこの病気が何かわかる 2)ビブリオ科を専用に検出するチップ (ビブリオチップ) というわけです。なお、魚病診断用のチッ 病原細菌の中でもビブリオ科の病原細菌 プは実用化に向けた低コスト化のために、 は種類が多く、16SrRNA の配列では、種の DNA を貼り付ける基盤を安価なナイロン膜 判別が必ずしも出来ない場合があります。 とし、スポットの作成も手動のスポッター そこで、16SrRNA よりもより種間での差(変 を用いました(図 2)。 異)が大きな DNA の配列として、16SrRNA と 23SrRNA 遺伝子間に存在するスペーサー 5.魚病診断用の DNA チップ 現在魚病診断用の DNA チップとして、養 領域(ITS 領域)に着目し、この DNA の配 列を用いることにより、ビブリオ科を判別 殖魚介類で発生している病原体のなかでも するチップを作製することに成功しました。 診断がしにくい細菌とウイルスを中心に3 特徴は、一つの菌種に対して3種類の異な 種類のチップを作製しました(図 3)。一 る種に特異的な DNA の配列をチップ上にス つが魚介類病原細菌の検出用チップ(16S ポットし、これら3つ全てが反応したもの チップ)、一つが魚病細菌の中でも特に同 を陽性と判定するものです。現在、ビブリ オ科の病原細菌の 18 種類(19 個)をスポ ットとしたチップを作製し、国内で発生し 6.DNA チップの今後 ているビブリオ病全てと海外で発生してい 世界的な水産物の需要が増加している るビブリオ病の一部を網羅しました(図 5, 中で、魚病の問題は我が国の問題だけでは 表)。 なく今や世界的な問題となっています。国 3)魚介類病原ウイルスの検出用チップ (ウイルスチップ) 際獣医事務局(OIE)では、世界的に問題と なっている病気をリストアップしており、 ウイルスは細菌と違って DNA ウイルスと これらが水産物の輸出入に大きな影響を与 RNA ウイルスの両方があります。そこで検 えて来ています。この DNA チップによる検 査試料中の RNA は逆転写して DNA としてか 査法は、簡便でしかも網羅的に検出できる ら PCR を行って DIG 標識を行います。ウイ 特性があることから、今後これらの疾病の ルスは細菌の様にどの種間でも共通な DNA 世界的な診断基準になってゆく可能性を秘 配列がないため、逆転写及び PCR にはそれ めていると思っています。養殖魚介類の病 ぞれのウイルス固有の配列によるプライマ 気は現在でも増え続けており、今後は新し ーを混合して使用します。そのため混合す い疾病への対応と、さらに使い易いように るプライマーが多すぎると交差反応が起き DNA チップ改良を加え、より実用的な DNA て確実な診断ができません。そこで、プラ チップを目指します。 イマーのセットを海産魚ウイルス用と淡水 魚ウイルス用の2種類に分け、目的に応じ 参考文献 て使い分けることにしました。現在のとこ Kamaishi T., Fukuda Y., Nishiyama,M., ろ、主要なウイルス病については海産魚の Kawakami H., Matsuyama T., Yoshinaga 病原ウイルスが 10 種類、淡水魚のウイルス T., Oseko N. 2005 Identification and 病が 8 種類、(その内両者に共通のウイル pathogenicity of intracellular ス 3 種類を含む)の合計 15 種類の病原ウイ Francisella bacterium in three-line ルスを検出する DNA チップを作製しました grunt Parapristipoma trilineatum. (図 6,表)。 Fish Pathology, Vol. 40 No. 2 これらの DNA チップを用いることにより、 67-71 . 一度に多くの病原体についての検査が可能 になり、従来の培地を用いた培養による病 Matsuyama T., Kamaishi T., Oseko N 2006 原菌の検出に比べて診断までの時間が短縮 Rapid Discrimination of Fish され、検出感度も上がりました。現在 DNA Pathogenic Vibrio and Photobacterium チップは広く普及することを目的として、 Species by Oligonucleotide DNA Array . 都道府県の魚病担当者を対象に講習会を開 Fish Pathology 催し、実際の魚病診断現場で試用していま す。 Vol. 41, no. 3,. 準備 診断 検査試料(病魚) 病原体3 病原体2 病原体1 病原体DNA DNA ,RNAを 取り出す DNAを増やす (RNAは逆転写後) 基板(ナイロン膜) ) DNAに印 を付ける (DIGラベル)- 基板に張り付ける 基板上で反応させる ハイブリダイゼーション DNAチップ 病原体の検出 図 1 魚介類疾病診断用DNA チップの原理 DNA チップには病原体の DNA として 50mer の合成オリゴを貼り付ける。 検査試料から抽出した DNA または RNA は、PCR により DIG を取り込ませる。 PCR に用いるプライマーはチップにより異なる。 スポッター メンブレン 図2 手動のスポッターによる DNA の貼り付け。 DNA は無色透明なので色素を混ぜてスポットの位置を示す。 16Sチップ ビブリオチップ ウイルスチップ 魚介類病原細菌 ビブリオ属細菌 魚類病原ウイルス 検出用DNAチップ 検出用DNAチップ 検出用DNAチップ (特開:2006-101792) 図3 魚介類病原体検出用 DNA チップのラインナップ No 7 . A) カワハギ Enterococcus 1 10 19 28 34 42 2 11 20 29 35 43 3 12 21 30 36 44 4 13 22 31 37 45 5 14 23 32 38 46 6 15 24 33 39 47 7 8 9 16 17 18 25 26 27 判 定 40 41 48 No 48. B) アワビ分離菌 Francisella 図4 イサキからの分離菌 Francisella sp. 260r ピシリケッチア Piscirikettsia salmonis EM900r Bacillus subtilis 240r 250r ブドウ球菌 Staphylococcus aureus 240r 細菌性腎臓病(BKD) Renibacterium salmoninarum Enterococcus faecalis 240r 240r カワハギ(2004.7) Enterococcus sp. 250r Brucella abortus 260r Legionella micdadei 250r Lactococcus garvieae 110r Lactococcus garvieae 240r Streptococcus iniae 110r Streptococcus iniae 240r Streptococcus parauberis 110r Streptococcus parauberis 240r Streptococcus dysgalactiae 110r Streptococcus dysgalactiae 240r Streptococcus agalactiae 250r カラムナリス病 Flavobacterium columnare 1 250r カラムナリス病 Flavobacterium columnare 2 250r カラムナリス病 Flavobacterium columnare 3 250r 冷水病菌 Flavobacterium psychrophilum 250r 細菌性鰓病(BGD) Flavobacterium branchiophilum 細菌性溶血性黄疸の原因細菌 250r 250r 滑走細菌 Tenacibaculum maritimum 250r (ブリの血管内にいる菌も同様の配列である。) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 Mycobacterium marinum 250r ノカルジア症原因菌 Nocardia seriolae 250r Vibrio anguillarum 110r Vibrio anguillarum 250r 類結菌 Photobacterium damselae 110r 類結菌 Photobacterium damselae 250r Vibrio splendidus 110r シマアジ(2003.12) Vibrio sp. 110r Edwardsiella tarda -E22 110r Edwardsiella tarda -E22 250r Citrobacter freundii 110r Citrobacter freundii 250r レッドマウス病(ERM) Yersinia ruckeri 110r レッドマウス病(ERM) Yersinia ruckeri 250r Aeromonas hydrophila 250r Aeromonas salmonicida 250r Pseudomonas anguilliseptica 250r Pseudomonas plecoglossicida 250r アコヤガイ マイコプラズマ -2 240r アコヤガイ マイコプラズマ -3 240r 米国のアワビ筋萎縮症原因菌 CXC 250r アワビ分離菌(筋萎縮症アワビ) Clostridium sp. アワビ分離菌 Francisella sp. 230r 250r 16S チップを用いた診断事例 右の表はチップ上のスポット番号に対応する病原体の DNA リスト。 A) のサンプルでは 7 番が反応したのでカワハギの Enterococcus sp.と判定、 同様に B)のサンプルでは 48 番が反応したのでアワビ分離菌 判定。 Francisella sp.と アユ病魚の分離菌 A B C 1 4 11 12 13 14 5 15 6 16 7 17 8 18 9 19 10 20 2 3 図5 A B C ①V. alginolyticus ②V. anguillarum ③V. carcariae ④V. cholerae ⑤V. fluvialis ⑥V. harveyi ⑦V. ichthyoenteri ⑧V. nigripulchritudo ⑨V. ordalii ⑩V. parahaemolyticus ⑪V. pelagius ⑫V. penaeicida ⑬V. salmonicida ⑭V. splendidus ⑮V. tapetis ⑯V. tubiashii ⑰V. vulnificus ⑱P. damsela ⑲シマアジ由来菌 ⑳ 陽性対照 ビブリオチップによる診断事例 アユ病魚の脾臓から分離した菌の検出事例。3 スポット(ABC)全てが陽性となり V. anguillarum と判定された。なお、反応の良否は陽性スポッとで判断する。 1 IHNV G-689r 2 IHNV G-917r 3 IHNV G-971r 4 KHV TK600r 5 KHV TK660r 6 KHV TK720r 7 OMV 61660r 8 OMV 61780r 9 OMV 61840r 10 EHNV 11 EHNV 12EHNV 13 SVCV(アジア) 14 SVCV(アジア) 15 SVCV(共通) 16 SVCV(欧州) 17 SVCV(欧州) 18 G-1079r G23-962r G23-1200r MCP1200r MCP 1260r MCP1320r G1-962r G1-1200r 19 PFRV(一般) 20 PFRV(一般) 21 PFRV(一般) 22 PFRV(F4) G1-186r G1-366r G1-483r G2-186r 23 PFRV(F4) G2-366r 24 PFRV(F4) G2-483r 25 PFRV(V76) 26 PFRV(V76) 27 PFRV(V76) G3-483r G3-186r G3-366r 28 IPNV-SpN1 29 IPNV-SpN1 30 IPNV-SpN1 31 IPNV-JaDRT 32 IPNV-JaDRT 33 IPNV-JaDRT 34 YTAV-VDV 35 YTAV-VDV 36 YTAV-VDV VP2 956r VP21060r VP21119r VP2956r VP21060r VP21119r VP2956r VP21060r VP21119r 41 VHSV( II ) G4-539r 42 VHSV( II ) G4-623r 43 VHSV( III ) 44 VHSV( III ) 45 VHSV( III ) G2-477r G2-539r G2-623r 46 VHSV( IV) 47 VHSV( IV) 48 VHSV( IV) 49 HIRRV G3-477r G3-539r G3-623r N1000r 50 HIRRV N1050r 51 HIRRV N1100r 52 53 54 55 LCDV1 MCP700r 56LCDV1 MCP950r 57 LCDV1 MCP1000r 58 LCDV2 MCP700r 59 LCDV2 MCP950r 60 LCDV2 MCP1000r 61 GIV MCP1180r 62 GIV MCP1230r 63 GIV MCP1310r 64 RSIV1 MCP730r 65 RSIV1 MCP800r 66 RSIV1 MCP850r 67 RSIV2 MCP730r 68 RSIV2 MCP800r 69 RSIV2 MCP850r 70 TRBIV MCP730r 71 TRBIV MCP800r 72 TRBIV MCP850r 73ISKNV MCP730r 74ISKNV MCP800r 75 ISKNV MCP 850r 76 HGRV N1050r 77 HGRV N1150r 78 HGRV N1250r 79 FHV 80r 80 FHV 150r 81 FHV 230r 82 NNVJF R2476r 83 NNVJF R2 586r 84 NNVBF R2476r 85 NNVBF R2586r 86 NNVSJ R2476r 87 NNVSJ R2586r 88 NNVSB R2476r 89 NNVSB R2586r 90 91 NNVTP R2476r 92 NNVTP R2586r 93 NNVヒラメ R2476r 94NNVヒラメ R2586r 95 NNVRG R2514r 96 NNVRG R2586r 97 98λ110r 99 λ230r 37 VHSV( I ) G1-477r HIRRV FHV (ヒラメラブド (ヒラメ表皮増生症 ウイルス)ス) 原因ウイルス) 感染細胞からの核酸の抽出 図6 38 VHSV( I ) G1-539r 39 VHSV( I ) G1-623r 40 VHSV( II ) G4-477r ウイルスチップによる診断事例 ウイルスの感染細胞から DNA を抽出して検査した結果。右表はスポットとして貼り 付けているウイルスの DNA を色分けして表示。 1種につき3カ所に li DNAプロ ブ 表 現在,DNA チップにより対応可能な魚介類の病気(病原体) 16Sチップ 海産魚介類 病原細菌(21種類) 魚種 病名 16Sチップ 原因菌 淡水魚類 魚種 ブリ類 病原細菌(20種) 病名 原因菌 コイ ビブリオ病 類結節症 レンサ球菌症 新型レンサ球菌症(?) ノカルジア症 ミコバクテリア症 細菌性溶血性黄疸症 Vibrio anguillarum とその近縁種 Photobacterium damselae subsp. piscicida Lactococcus garvieae Streptococcus dysgalactiae Nocardia seriola Mycobacterium marinum Flavobacterium columnare Aeromonas salmonicida Aeromonas hydrophila カラムナリス病 穴あき病 非定型 赤斑病 などの運動性エロモナス ウナギ 未命名 鰭赤病 Flavobacterium columnare Edwardsiella tarda Aeromonas hydrophila Tenacibaculum maritimum (Syn. Flexibacter maritimus) Vibrio anguillarum とその近縁種 Edwardsiella tarda 赤点病 Pseudomonas anguilliseptica カラムナリス病 パラコロ病 マダイ などの運動性エロモナス 滑走細菌症 ビブリオ病 エドワジエラ症 ヒラメ アユ Flavobacterium psychrophilum Flavobacterium columnare 3タイプ Pseudomonas plecoglossicida Vibrio anguillarum 細菌性冷水病(BCWD) カラムナリス病 細菌性出血性腹水病 滑走細菌症 エドワジエラ症 ビブリオ病 レンサ球菌症 レンサ球菌症 マコガレイ エロモナス症 シマアジ シュードモナス症 イサキ 肉芽腫症 (仮称) アワビ(メガイ・エゾ) Tenacibaculum maritimum Edwardsiella tarda Vibrio anguillarum とその近縁種 Streptococcus iniae Streptococcus parauberis ビブリオ病 サケ科魚類 カラムナリス病 細菌性鰓病(BGD) 細菌性冷水病(BCWD) ビブリオ病 Aeromonas salmonicida の近縁種 Pseudomonas anguilliseptica Francisella sp.(未命名) せっそう病 細菌性腎臓病(BKD) レンサ球菌症 ピシリケッチア症 レッドマウス病(ERM) Francisella sp.(未命名) アワビ(米国産) 筋萎縮症 その他 細胞内寄生細菌(未命名) Streptococcus agalactiae など ビブリオチップ ビブリオ科18種類 病原体 V.alginolyticus Flavobacterium columnare Flavobacterium branchiophilum Flavobacterium psychrophilum Vibrio anguillarum とその近縁種 Aeromonas salmonicida Renibacterium salmoninarum Streptococcus iniae Piscirikettsia salmonis Yersinia ruckeri 宿 ウイルスチップ 主 発生国(海外) (略称) 病 海産魚病原ウイルス ブリ・アワビ・エビ L.anguillarum (V.anguillarum) 様々な魚種 *VHSV 原 体 (10種) ウイルス性出血性敗血症ウイルス V.cholerae アユ・エビ (ナグビブリオ病) GIV グルッパーイリドウイルス V.fluvialis エビ NNV ウイルス性神経壊死症ウイルス V.harveyi (V.carcariae) 海産魚・エビ・トコブシ LCDV リンフォシスチスウイルス V.ichthyoenteri ヒラメ仔魚 FHV ヒラメ表皮増生症原因ウイルス (腸管白濁症) V.ordalii 様々な魚種 RSIV V.parahaemolyticus 海産魚・エビ HGRV V.penaeicida エビ V.vulnificus ウナギ・エビ *YTAV ブリのウイルス性腹水症ウイルス(IPNを含む) P.damsela (V.damsela) ブリその他 (類結節症) * OMV Oncorhynchus masou ウイルス HIRRV シマアジ由来菌 マダイイリドウイルス ホシガレイラブドウイルス ヒラメラブドウイルス 淡水魚病原ウイルス (8種) V.nigripulchritudo エビ 東南アジア KHV コイヘルペスウイルス V.pelagius ターボット稚魚 スペイン SVCV コイ春ウイルス血症(SVC)ウイルス V.salmonicida タイセイヨウサケ・ニジマス 北欧・カナダ (冷水性ビブリオ病) PFRV パイクフライラブドウイルス EHNV 流行性造血器壊死症(EHN)原因ウイルス 伝染性造血器壊死症(IHN)ウイルス V.splendidus 海産魚・エビ・カキ ヨーロッパ IHNV V.tapetis アサリ ヨーロッパ *VHSV (Brown Ring Disease) V.tubiashii カキ アメリカ ウイルス性出血性敗血症(VHS)ウイルス *IPNV 伝染性膵臓壊死症(IPN)ウイルス *OMV Oncorhynchus masou ウイルス *: 淡水魚、海水魚 共通 エビ類の防疫対策の展望 −免疫様現象の利用・応用(ワクチンの実用化)− 独立行政法人水産総合研究センター養殖研究所 病害防除部 種苗期疾病研究グループ 佐藤 純 1. クルマエビ類養殖におけるウイルス感染症によ 水平伝播が起こる危険性があり、未だ解決されてい る病害 ません。事実、Maeda et al. (1998), Momoyama et al. 1993 年、日本国内のクルマエビの増養殖は WSD (2003)は養殖場に生息する甲殻類から WSSV が検出 (white spot disease)により甚大な被害を受けたまし されることを、 また Wu et al. (2001)は共食いによる水 た。2000 年以降、被害のピークは過ぎたものの、2004 平感染がWSSVの重要な伝播経路であることを報告 年には 86.7 億円の生産額に対して 7.3 億円の被害が しており、養殖場や放流用種苗の中間育成場におけ 報告され、WSD は現在もなお深刻な問題です(桃 る水平感染対策も重要な課題です。 山・室賀 2005) (図 1) 。WSD は、中国から輸入さ れたクルマエビ種苗を発生源とし、西日本各地のク 2. 生体防御能を利用した WSSV 防除について ルマエビ養殖場へ瞬く間に伝播したと考えられてい 前述しましたが、クルマエビの種苗生産過程にお ます(中野ら,1994) 。また、主要な養殖エビ類に感 いては WSSV フリー産卵親魚の選別、ポピドンヨー 染するウイルス性疾病で、アジアおよび中近東でも ドによる受精卵消毒、ならびに殺菌海水での飼育に 甚大な被害をもたらしています(Lightner 1996)(図 より中間育成に至るまでのWSSVの垂直伝播による 2、表 1)。本病および原因ウイルスは、国際的には 感染防除対策が構築され(Mushiake et al.,1999; 佐藤 WSDV(white spot disease virus)あるいは WSSV(white ら,2003) 、主に放流を目的とする種苗生産機関にお spot syndrome virus)と呼ばれていますが、WSD たる いて継続的に実施されていますが(図 3) 、中間育成 病名の由来となっている罹病個体の外骨格の白点も および養殖過程では、WSSV の重要な感染経路とさ しくは白斑の症状が、必ずしも本病に特有の症状で れる環境生物の捕食、共食いあるいは水系感染によ はないことから、日本では現在も PAV(penaeid acute る水平感染の防止対策がありません。放流用種苗に viremia)の病名が一般的に使われています。 対して、水平伝播対策を施すことは主にコストの面 一方世界に目を移すと WSD 以外にも大きな被害 から、現実的ではありませんが、逆に養殖生産にお をもたらすウイルス性疾病が多数有り、エビ類養殖 いては、WSSV 検査に多大な労力とコストを要する の安定生産の驚異となっています(表 1) 。 ウイルスフリーの種苗生産には力点を置かず、養殖 養殖あるいは放流用の種苗を作る種苗生産過程で の WSSV 防除対策はほぼ確立されましたが、中間育 過程で実施可能で効果的な水平伝播対策の構築が望 まれています。 成場や養殖施設においては、飼育環境中に生息する 甲殻類の生体防御機構については、産業上重要な 甲殻類からの、あるいは飼育海水を介した WSSV の エビ類の増養殖生産過程で病害が多発していること から、その解明・研究が注目され始めています。こ が不可欠でありますが、 本研究の目的は、 WSSV rVPs れまで、無脊椎動物に病原微生物の死菌あるいは生 を経口投与したエビの防御効果の検討であり、エビ 菌を投与することで誘導される生体防御は、病原体 養殖場では共食いが頻発することを考え合わせると、 特異抗体の産生を行わないので、免疫賦活効果とし 養殖現場に近い飼育環境下で効果判定を行う必要が て考えることが適当とし、抗体を持たない無脊椎動 あると考え、あえて集約的飼育法により感染実験を 物のワクチンに関する開発・研究はほとんど行われ 行うこととしました。 ませんでした。しかし、最近ではクルマエビ類をは ところで Namikoshi et al. (2004) は、WSSV rVP26 じめ多くの甲殻類の生体防御機構に関する新たな研 (tegument タンパク質由来)および rVP28(エンベ 究が次々と報告されています。その一つに、WSSV ロープタンパク質由来) (図 4)をクルマエビに筋肉 感染耐過エビ類は再感染に対し抵抗性を獲得するこ 内接種することで、また Wittevedt et al. (2004b, 2006) と(Venegas et al, 2000,Wu et al, 2002) 、またクルマ は、rVP28 をウシエビおよび White leg shrimp に経口 エビにおいて実験的に誘導されたWSSVに対する感 投与することで、WSSV に対する感染防御効果が誘 染防御効果はビブリオ感染に対して無効であったこ 導されることを報告しています。しかし、Namikoshi と、さらに WSSV 感染耐過クルマエビの血リンパ液 et al. (2004) ではワクチンを筋肉内接種し、筋肉内注 には、WSSV を特異的に中和する活性が認められる 射による攻撃を行っており、Wittevedt et al. (2004b, ことなどの“免疫様現象”の存在が示されました。さ 2006) は、ワクチンを経口投与して、浸漬攻撃によ らに、大腸菌で発現した組換え WSSV 構造タンパク る効果をみたものであり、ワクチンを経口投与した 質(recombinant viral protein, rVP)をクルマエビ、ウ エビの経口攻撃による効果判定を行った報告はみあ シエビ、ホワイトレッグシュリンプ、アメリカザリ たりません。 ガニに筋肉接種あるいは経口投与することで、自然 先に示した如く、共食いは WSSV の感染経路とし 感染耐過エビと同様にWSSVに対する防御効果が誘 て重要であることから、経口ワクチンエビの経口攻 導されることが確認されており(Namikoshi et al., 撃による検証が必要であると考え、本研究では 2004; Witteveldt et al., 2004a, b 2006; Vaseenharan et al., rVP26、 rVP28 を経口投与し、経口攻撃に加え、浸 2006; Jha et al., 2006, 2007) 、ワクチン技術への応用が 漬および筋肉内接種で攻撃し、経口ワクチンの効果 期待されています。 を比較検討しました。 まず、各攻撃法実験対照区におけるクルマエビの 3.WSSV の rVP26 および rVP28 を経口投与したクル 累積死亡率が各々67〜79%であったことから、各攻 マエビの WSSV 攻撃に対する感染防御効果 撃法におけるWSSV量が適切であったと考えられま Wu et al. (2001) および桃山・室賀(2005) は、クル した(表 2) 。一方、このような攻撃強度でも rVP26 マエビの飼育密度の軽減、あるいは共食いの阻止に あるいは rVP28 を経口投与したクルマエビの経口攻 より WSD による累積死亡率が大幅に軽減すること 撃での RPS は何れも 100%で、同エビを浸漬攻撃し を明らかにし、さらに WSSV の感染経路として共食 た場合においても、 RPS はいずれも 70%以上となり、 いが重要な要因であることを指摘しました。飼育実 十分な防御効果が認められました。さらに、経口ワ 験において共食いによる経口感染の影響を排除する クチン区と非投与区のWSSV陽性率の明らかな違い ためには、Wu et al. (2001) が行った個別飼育実験法 が確認されました(表 3) 。したがって、rVP26 およ び rVP28 の経口投与は、WSSV の経口感染に対して たクルマエビ類養殖におけるより積極的なウイルス も十分な防御効果を誘導できることが確認できまし 感染症の防除対策の構築を目指したいと考えていま た。 す。 前述の如く、WSSV フリーの種苗を作る技術は確 立したましたが、中間育成過程あるいは養殖漁業に 4. 文献 おける種苗の育成環境は、自然環境に近い条件で行 ・Jha et al (2006): Immunology letters, 105 : 68-76. う場合が多く、環境生物や飼育水からの水辺伝播に ・Jha et al (2007): Fish Shellfish Immunol., 22 : 295-307. よる感染が起こる可能性があります(Maeda et al., ・Lightner, D. V.(1996) :A handbook of pathology and 1998;Wu et al., 2001;Momoyama, 2003) 。ウイルス diagnotic procedures for diseases of penaeid shrimp. 感染症の水平感染対策の具体策は、薬剤での治療が Special publication of the World Aquaculture Society, 困難であることから、養殖用種苗としては、ワクチ Baton Rounge, Louisiana. ンを利用する方法や SPR(specific pathogen resistant)種 ・Maeda et al (1998) : Fish Pathol., 33 : 373-380. 苗の導入を図ることが最良と考えられます。 ・Momoyama K (2003) : Fish Pathol., 38 : 81-85. Venegasu et al.(1999)によるクルマエビにおける免疫 ・桃山和夫・室賀清邦(2005) :魚病研究, 40 : 1-14. 様現象の発見により、エビ類でも免疫抗原の投与に ・Mushiake et al(1999): Fish Pathol., 34 : 203-207. よるワクチンに類似したウイルス感染症防除の確立 ・中野ら(1994) : 魚病研究, 29 : 135-139. が十分に期待できると考えられます。ワクチン開発 ・Namikoshi et al (2004): Aquaculture, 229 : 23-25. においては、WSSV は株化細胞による培養ができな ・佐藤ら(2003) :栽培技研, 30 : 101-109. いため、大腸菌等を用いた組換え WSSV 構造タンパ ・Satoh et al (2008) : Dis Aquat Org., 82 : 89-96. ク質の発現精製が、現在では最も効率的な免疫抗原 ・Venegas et al(2000) :Dis Aquat Org., 42 : 83-89. の作成方法の一つと考えられます。実験レベルにお ・Vaseeharan et al (2006): Lett Appl Microb., 43 : 137-142. いて、この組換えタンパク質の経口投与により、育 ・Wu et al (2001) : Dis Aquat Org., 47 : 129-135. 成場へ導入する前のウイルスフリーの種苗に WSSV ・Wu et al (2002) : Fish Shellfish Immunol., 13 : 391-403. に対する抵抗性を付与できる可能性を明らかにしま ・Witteveldt et al (2004a) : Fish Shellfish Immunol 16 した(Satoh et al., 2008)。 今後この手法を用いた水産用医薬品の開発を進め るにあたっては、防御効果の最小有効投与量、持続 期間および追加投与効果の有無などを明らかにする 必要があります。また、より具体的に開発を行うこ ととなれば、剤形の決定、臨床試験、安全性、安定 性試験など承認申請に関するデータの収集が必要と なります。これらのデータの収集も行い、クルマビ の WSD 経口ワクチンとしての開発により具体的に 取りかかることができればと考えております。そし て、これらの研究から得られる免疫様現象を利用し 571-579 ・Witteveldt et al (2004b) : Journal of virology, 78 : 2057-2061. ・Witteveldt et al (2006): Dis Aquat Org., 70 : 167-170.