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アデノウイルス角結膜炎
アボット感染症アワー 2005年6月24日放送 アデノウイルス角結膜炎 福岡大学眼科学教授 内尾 英一 ●アデノウイルスの分類と病像● アデノウイルス角結膜炎は潜伏期が 7∼10 日で発症する感染症です。典型的な症例では 急性濾胞性結膜炎、角膜上皮下混濁、耳前リンパ節腫脹が見られます。アデノウイルスに は現在 51 の血清型があり、生物学的共通点から A∼F の 6 つの亜属に分類されています。 結膜炎は B、D および E 亜属によって引き起こされますが、亜属により臨床像には特徴が あります。かつては、典型例は D 亜属の 8 型によるものに限られるとされてきましたが、 D 亜属の 19 型や 37 型でも同様の所見を呈します。B 亜属によるものは咽頭結膜熱のよう に全身症状が強い傾向があります。発症早期にはしばしば点状表層角膜症を生じ、時に結 膜偽膜、結膜下出血や瞼球癒着の見られる症例もあります。臨床症状は発症後 5∼8 日頃に 最も強くなり、通常は発症後約 2 週間で自覚、他覚所見ともに軽快します。感染性は血清 中和抗体価が上昇する発症 10 日頃までと考えられるため、発症後 7 から 10 日間は登校や 勤務を停止させることにより隔離すべきです。感染経路としては、患者の涙液や眼脂の付 着した手指を介したルートが最も多く、基本的には接触感染です。ただ、咽頭結膜熱のタ イプでは空気感染して、結膜炎症状を示すこともあります。潜伏期間内の患者結膜からは ウイルスは検出されないので、発症していない場合の感染性はないとされています。 ●アデノウイルス角結膜炎の検査法● 検査法では、中和試験による血清型同定は、確定までに 2 週間ほどの期間を要すること、 8 型など増殖しにくい血清型の存在、同一亜属内の血清型間の交差反応性、高力価の中和血 清の不足などの問題があり、血清抗体価測定にも同様の問題があります。しかし、中和試 験はウイルス学および公衆衛生学的には依然として本疾患に対する標準的な方法です。 PCR 法と制限酵素切断分析(RFLP)法を組み合わせた方法や増幅産物のアミノ酸配列を 直接シークエンスする方法も、実験室レベルや臨床検査センターでは実際に行われていま す。これらはアデノウイルスのヘキソン部分を増幅する方法です。いずれも、アデノウイ ルス DNA の存在だけでなく、血清型の鑑別も行えます。2∼3 日で結果が得られ、特異性 は 100%であり、感度も細胞培養による分離と中和試験を組み合わせた方法よりも高率であ ると報告されています。 一方、臨床の現場で行える検査法が迅速診断キットです。アデノウイルスの迅速診断キ ットは免疫クロマトグラフィー法によるものが主流で広く実施されています。これらは、 インフルエンザやその他のウイルスに対する免疫クロマトグラフィー法キットと同様のメ カニズムであり、結膜擦過物の中に含まれるウイルス浮遊液をキットに滴下し、滴下部分 には金コロイド結合抗アデノウイルスヘキソンマウスモノクローナル抗体が、2 つのウェル 部分には抗アデノウイルスポリクローナル抗体と抗マウス免疫グロブリンポリクローナル 抗体が別々にコートされています。陽性では二本の線が、陰性の場合は一本の線が見られ ることによって診断されます。反応時間はウイルス量にもよりますが、陽性の場合 30 秒か ら 2 分以内に二本の線が見られることが多いです。眼科領域では、感度は約 70∼80%で特 異性は 100%とされていますが、陽性率はウイルス量ときわめて密接な関係があり、陽性の 場合はアデノウイルス感染と診断できるが、陰性の場合は必ずしもアデノウイルス感染を 否定できません。感度は徐々に向上しており、発症早期、具体的には 3 日以内の検体であ れば、感度は高く、検体採取時期には注意が必要です。迅速診断キットは角結膜拭い液を 検体として健康保険適用になっています。 血清学的には、補体結合反応、赤血球凝集抑制試験および中和試験が通常行われます。 回復期の血清抗体価が急性期よりも 4 倍以上の上昇は陽性とされます。血清型別には赤血 球凝集抑制試験か中和試験を行う必要があります。しかし中和試験については感染しても 抗体上昇が不十分な場合もあり、赤血球凝集抑制試験には異型ウイルスに対する抗体価の 随伴上昇や型間の交差があるので、感染か否かの診断にはウイルス学的検査が併せて行わ れる必要性があります。 ●鑑別診断● 臨床的に鑑別の対象となる感染性の急性濾胞性結膜炎にはクラミジアと単純ヘルペスウ イルスによるものがあります。クラミジア結膜炎は片眼性の 2 週間以上続く場合と急性結 膜炎症状が消失して濾胞性結膜炎が慢性化している場合に限られ、慢性化した尿道炎、子 宮頚部炎などの病歴を有することが特徴です。また単純ヘルペスウイルスの初感染年齢の 高齢化によって臨床的にはアデノウイルス結膜炎と区別できない単純ヘルペスウイルス結 膜炎が見られます。臨床的な鑑別は非常に困難です。 一方、アデノウイルスと重複感染が見られる病原微生物としては、クラミジアと細菌が 代表的なものです。Chlamydia trachomatis は本来泌尿生殖器感染症であり、アデノウイ ルスでも 37 型など D 亜属は膀胱炎などの起炎ウイルスになることがあり、尿路感染由来で アデノウイルス−クラミジア重複感染を生じることになります。アデノウイルス結膜炎の 3%にクラミジア感染が見られるという報告もあります。アデノウイルスと細菌の重複感染 に関しては、アデノウイルス結膜炎の 7.5%に病原性と考えられる細菌重複感染があり、わ が国では Flavobacterium meningosepticum を含むグラム陰性菌によるものがアデノウイ ルスとの重複感染結膜炎の起炎菌として多数を占めているのが特徴です。 ●アデノウイルスの治療と消毒● 治療については、アデノウイルスに対する特異的な抗微生物薬は一般的にはなく、発症 初期は、感染予防の目的で抗生物質ないし合成抗菌剤の点眼薬で経過を観察し、広範な点 状表層角膜症、結膜偽膜合併例にはステロイド点眼薬を投与します。ただし、初期の角膜 病変から角膜ヘルペスをアデノウイルス結膜炎と見誤ることがあり、ステロイド点眼薬は 慎重に用いる必要があります。乳児や若年幼児では細菌感染を併発し、角膜混濁や角膜穿 孔などをまれに合併することがあるので、特に注意深い経過観察が必要です。 感染性の高いウイルスなので、消毒は重要ですが、アデノウイルスは脂質を含まない小 型 DNA ウイルスであるため、消毒には中等度以上の薬剤が必要です。一般の診療器具の消 毒にはホルムアルデヒド、グルタールアルデヒドやフェノールが最も有効です。しかし、 ガラス面や接着剤などを用いている器具の場合にはこれらの薬剤では器具を傷めることが あります。その場合には、80%以上のエタノールかポビドンヨードが望ましいでしょう。ア デノウイルスは 100ºC で 5 秒間、56ºC でも 5 分間で失活するので煮沸消毒は有効です。 紫外線を含む殺菌灯は有効ですが、ウイルスの失活には数時間を要します。診療スタッフ については手指を介して感染が広がることが多いので流水による手洗いが重要ですが、薬 剤ではポビドンヨードが適当です。 ●発症時期の特徴● アデノウイルス角結膜炎は厚生労働省の感染症サーベイランスによれば、毎年 8 月上旬 に発症者数がピークとなるこれからの季節である夏季に多い疾患です。プールなどで感染 しやすい特徴もあります。しかし,年間を通して発症が見られる傾向もあるので、日常の 臨床においても注意が必要であることをご注意いただければ幸いです。