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ラリンゲルマスクを用いた気道異物に対する内視鏡治療
日呼吸会誌 ●原 36(7) ,1998. 601 著 ラリンゲルマスクを用いた気道異物に対する内視鏡治療 岡田信一郎 山内 淑行 佐藤 昇一 藤村 重文* 要旨:内視鏡的に治療を施行した気道異物(疑い)13 症例につき臨床的検討を行った.年齢は 1 歳 8 カ月 から 76 歳までで,男性 8 例,女性 5 例であった.局所麻酔下摘出 8 例,全身麻酔下摘出 5 例であった.術 中術後の合併症は,3 例に軽度の出血がみられたのみで,重篤なものは認められなかった.ラリンゲルマス クを用いた 4 症例中 1 例において,局所麻酔から全身麻酔に入り替えたが,他の 3 例は,最初から全身麻 酔で施行し,いずれも比較的容易に異物を摘出し得た.4 例いずれも,ラリンゲルマスク留置に起因する合 併症は認められなかった.ラリンゲルマスクを用いた気管支ファイバースコープ下治療は,循環動態への影 響も少なく,気道を確保しつつ,気道内を最大限に利用可能なため,摘出操作をより安全に,円滑に施行し え,乳幼児をはじめ,循環器系・呼吸器系の合併症を有する成人や高齢者においては,きわめて有用な方法 と思われた. キーワード:気道異物,内視鏡治療,ラリンゲルマスク Tracheobronchial foreign body,Endoscopic treatment,Laryngeal mask はじめに たものであるが,気管内挿管をせず,喉頭に留置するこ とにより気道の確保をするものである.本邦には,1989 気道異物は,臨床診療の場においてたびたび経験する 年に全身麻酔時の気道確保の手段として,麻酔科領域に ごく一般的な疾患ではあるが,早期に診断し,適切に治 導入された.われわれは,1993 年以降,ラリンゲルマ 療されれば殆ど完治するという観点から,臨床上重要な スクを用いて,70 例以上の症例に対して,種々の内視 疾患である.しかしながら,その種類は多彩であること, 鏡検査および治療を行ってきた.この数年,他科領域で 介在部位,気道内とくに中枢気道内の閉塞の程度,患者 も使用されるようになり,その報告例が散見されるよう の呼吸・全身状態,年齢,介在期間等により,その摘出 になってきたが,呼吸器科領域でのラリンゲルマスクに には,それぞれ工夫する必要がある1)∼3).また発見・診 関するまとまった報告はみられない. 断が遅れて,長期間にわたり気道内に介在すると,大量 本稿において,われわれは,自験例に基づいて気管・ 喀血や感染の危倶を伴う.さらにまた,気管や中枢気管 気管支内異物の診断およびその摘出方法,とくにラリン 支の狭窄・閉塞を来すような場合,重篤な呼吸器症状を ゲルマスクを用いた内視鏡治療はきわめて有用と思われ 呈することもあり,緊急的処置が必要となってくる. たので,その使用方法,適応に関して検討を加えたので 小児および乳幼児の場合,通常全身麻酔下に異物摘出 を試みるが,その際,気道(気管気管支)の内腔が狭い ために,処置用チャンネルを有する気管支ファイバース 報告する. 対象と方法 コープは,径が大きすぎて使用できないことが多い.気 1985 年 1 月から 1997 年 6 月まで内視鏡治療を施行し 管内挿管をした場合には,さらに内腔が狭くなるため, た気道異物 13 例を対象とした.気道異物の内訳は,義 気管支ファイバースコープの処置操作が困難あるいは不 歯 4 例,魚骨 1 例,マチ針 1 例,ピーナッツ 2 例,釘 2 能となる.このことは,小柄な成人においても,同様な 例と肺切除術後の気道内露出縫合糸 2 例,気道異物疑い ことが言える.また,高血圧や虚血性心疾患等を有する 1 例 で あ る(Table 1) .年 齢 は 1 歳 8 カ 月∼76 歳 で, 患者においては,気管内挿管時の血圧の異常上昇や期外 男性 8 例,女性 5 例であった.症例 2 と症例 3 は,長期 収縮などの誘発が問題となる. 間気管支内に異物が介在し,いずれも異物が肉芽の中に 4) ラリンゲルマスクは,Brain が創案し,臨床に応用し 〒026―0025 釜石市大渡町 3―15―26 釜石市民病院呼吸器科 * 東北大学加齢医学研究所外科 (受付日平成 10 年 11 月 27 日) 埋没していた.原則として,1993 年以前は,局所麻酔 あるいは全身麻酔下に気管内チューブを留置したうえ で,気管支フアイバースコープを用いて摘出した.1993 年以降は,気管内挿管をせず,ラリンゲルマスク(Fig. 1)を喉頭に留置した後,気管支ファイバースコープを 602 日呼吸会誌 36(7) ,1998. Table 1 Cases of patients with endobronchial foreign bodies : location, symptoms, and treatment (before 1993) Case Age/Sex Foreign body Location 1. 76y/M Artificial tooth RTI 2. 3. 4. 5. 6. Artificial tooth Fish bone Marking pin Peanuts Iron nail RMB RTI RTI LMB Right B8 7. 81y/M Iron nail RTI 8. 61y/M Suture 9. 66y/M Suture 21y/F 64y/M 38y/F 1y8m/M 68y/M Symptoms Anesthesia Cough Apparatus used Complications Local Alligator-jawed forceps ― Local Local Local General Local Biopsy forceps Biopsy forceps Magnet extractor Forgarty-catheter Alligator-jawed forceps ― Bleeding ― ― ― Cough, Chest pain Local Alligator-jawed forceps ― LT Cough, Bloody sputum Local Suture-cutting forceps ― LMB Cough, Bloody sputum Local Biopsy forceps Severe dyspnea ― Chest pain Cough, Dyspnea Cough, Chest pain Bleeding RTI, Right truncus intermedius ; RMB, Right main bronchus ; LMB, Left main bronchus ; LT, Lower trachea Fig. 1 Laryngeal masks, in sizes (from left) 1, 11 2, 2, 21 2, 3, 4, and 5. Fig. 3 Placement of laryngeal mask. The deflated cuff of the laryngeal mask is inserted into the hypopharynx and inflated with air to seal off the glottis. た.ラリンゲルマスクは,全身麻酔下で挿入した.麻酔 導入は,原則として成人ではサイオペンタール(3∼5 mg kg)と塩化スキサメトニウム静注を用い,小児, 乳幼児では,セボフルレンと塩化スキサメトニウムを用 いて導入した.麻酔維持は,セボフルレンを用いた.ラ リンゲルマスクチューブの挿入時,喉頭鏡は,開口が不 十分な場合に用いた.喉頭鏡を使用しない場合は,左手 で患者頭頂部を保持し後屈させ,右手で,予めカフ内の エアーを抜いておいたマスクチューブ基部を持ち,腔内 Fig. 2 Epiglottis and vocal cords as seen through a laryngeal mask. に挿入し,マスク先端部が舌根部を越えた時点で, チュー ブ先端部に持ち替えて,マスクを喉頭に押し込んだ後, マスクのカフにエアーを注入し,喉頭に留置した(Fig. 挿入し(Fig. 2) ,その処置チャンネルより処置用器具 3) .気道内圧は,20 cm H 2 O を越えないように換気し を入れて,異物を摘出した.また,肉芽組織に埋没して た.ラリンゲルマスクのサイズは,現在,サイズ 1,11 いるような症例では,状況に応じて,高周波メスを用い 2,2,21 2,3,4,5 の 7 種類があるが,われわれは 気道異物に対するラリンゲルマスクを用いた内視鏡治療 603 Table 2 Treatment using laryngeal mask for patients with foreign bodies in the tracheobronchial tree(after 1993) Case Age/Sex 10. 10y/F 11. 47y/F 12. 64y/F 13. 2y/M Foreign body Location Artificial tooth Peanuts Artificial tooth Dried cuttlefish RTI Symptoms Anesthesia Size of LM Forceps Combined therapy Complications Result (months) Cautery Bleeding ― ― ― ― ― ― 56m, healthy 22m, healthy 9m, healthy 4m, healthy Cough, Dyspnea Cough Local → General General 3 W-shaped forceps 3 Cough, Dyspnea Trachea ? Stridor General 4 Foreign body forceps Basket catheter General 2 RLL LLL ― LM, Laryngeal mask ; RTI, Right truncus intermedius ; RLL, Right lower lobe bronchus ; LLL, Left lower lobe bronchus 通常,成人男性にはサイズ 4 を用い,成人女性はサイズ ブの内径より義歯が大きいため気管チューブも一緒に抜 3 を用いた(Fig. 1) .乳幼児,小児には,体重により, 去した.症例 5(1 歳 8 カ月)の左主気管支に介在して サイズ 2,21 2,サイズ 3 を用いた.カフエアーは,サ いた異物(ピーナツ)に対して,フェイスマスク下に全 イズ 2 には 10 ml,サイズ 21 2 には 13∼15 ml,サイズ 身麻酔で気管支ファイバースコープ(オリンパス B 3 R) 3 には 17∼20 ml, サイズ 4 には 25∼30 ml を注入した. を気道内に挿入し,5 F Forgarty カテーテルを用いて摘 心電図,血圧モニター,パルスオキシメーターにて呼吸 出した. 循環動態をモニタリングした. 結 果 症例 8 と 9 は,気管支断端縫合糸気道内露出例である が,症例 9 は気管支断端部の縫合糸を生検鉗子で把持し 引き上げることにより,容易に摘出可能であった.一方, 症状は,有症状が 13 例中 12 例で,無症状が 1 例であっ 症例 8 は,右肺摘除術における断端部の縫合糸が露出し た.咳嗽および呼吸困難を呈した症例が 3 例で,呼吸困 ていた.生検鉗子で引き上げるも,緊張度がかなり強く 難を主訴とした 4 症例のうち 1 例(症例 2)がチアノー しかも術後 1 カ月で縫合不全も懸念されたために,過度 ゼを有する呼吸困難を呈した.血痰および咳嗽が 2 例, な引き上げは行わずに,糸切り鉗子で糸を切断した後に 胸痛が 2 例であった(Table 1) .介在部位は,気管気 生検鉗子で把持し摘出した.魚骨に対しては生検鉗子, 管支吻合術後の気道内露出縫合糸 2 例を除いた気道内異 マチ針に対してはマグネット鉗子を用いた.釘の 2 症例 物 10 例中,8 例が右気管支で,そのうち 5 例が右中間 はいずれも生検鉗子で摘出し得た(Table 1, Table 2) . 幹内に介在していた.症例 13 では,来院時,気管内異 症例 3 は,肺癌に対する気管支鏡検査で偶然発見された 物が強く疑われたが,結果的には気道内には認められな 魚骨の異物症例であり,右中間幹に在り肉芽の中に完全 かった. に埋没していた.生検鉗子で摘出した.その後肺癌によ 気道異物疑い 1 例を除いた気道異物 12 例全例内視鏡 り右上葉切除術を施行した.術中,術後の合併症として 的に摘出し得た.局所麻酔下摘出 8 例,全身麻酔下摘出 は,術中少量∼中等量の出血が 3 例のみで,術後はとく 5 例であった.全身麻酔症例は,1 歳 8 カ月および 2 歳 に合併症はみられなかった(Table 1,Table 2). の乳幼児の 2 例と 10 歳の学童児 1 例と成人 2 例であっ た. 1993 年以前の症例は,気管内チューブを留置し,乳 ラリンゲルマスクを用いた症例は,4 例であった.症 例 10(10 歳女児)と症例 11(47 歳女性)には,ラリン ゲルマスクサイズ 3 を,症例 12(64 歳男性)には,ラ 幼児に対しては,フェイスマスク下に全身麻酔で施行し リンゲルマスクサイズ 4, 症例 13 の 2 歳の乳幼児には, た(Table 1) .1993 年以降の症例(症例 10∼症例 13) サイズ 2 を用いた.麻酔は,1 例(症例 10)において, は,ラリンゲルマスクを用いた(Table 2) . 局所麻酔から全身麻酔に切り替えたが,他の 3 例は,最 緊急的治療を要した症例は,3 例であった.症例 2 は, 初から全身麻酔で施行した.症例 10 では,最初局所麻 21 歳女性,脳性麻痺の症例で,義歯が右主気管支入口 酔下で無挿管で気管支ファイバースコープ下で摘出を試 部に介在し,チアノーゼを来たしていた.フェイスマス みたが,体動が激しいため,全身麻酔に切り替え,ラリ ク酸素 3 l min 投与しつつペンタゾシン 30 mg 筋注下 ンゲルマスクを留置して異物を摘出した.その後遺残肉 に気管内挿管(Portex 内径 8.0 mm)をした後,気管支 芽を高周波メスにより切除した.症例 12 は,癲癇重積 ファイバースコープのチャンネルより生検鉗子を挿入 発作で急性の呼吸不全を呈しており,気管内挿管をした し,それにより義歯を把持し,摘出する際,気管チュー 際,義歯が抜けて気道内に落下した症例であった.気管 604 日呼吸会誌 36(7) ,1998. Fig. 4 Bronchoscopic views of the truncus intermedius (A) obstructed by granulation tissue, (B) immediately after extraction of a buried foreign body, and (C) after electrocautery. 内チューブが内径 7 mm が留置されており,気管支ファ ため近医受診し投薬を受けたが,症状が改善せず,12 イバースコープ(オリンパス BF 1 T 30,外径 5.9 mm) 月下旬に他医院を受診し,気管支喘息の診断により投薬 の挿入時,換気および操作は,かなり困難であると判断 を受けた.一時症状の改善がみられたが,平成 5 年 1 月 したために,吸入全身麻酔(セボフルレン) 施行直後に, 下旬に再び症状が悪化した.同医院で胸部 X 線写真上 気管チューブからラリンゲルマスク(サイズ 4)に入れ 気管支内異物の疑いを指摘されて,同年 1 月 29 日精査 替えた.施行前の胸部 X 線写真では,右中間幹に異物 加療の目的で当院へ紹介され入院した. がみとめられたが,気管支ファイバースコープ(オリン 入院時 現 症:身 長 156 cm,体 重 44 kg,血 圧 130 90 パス BF 1 T 30)挿入時は,中間幹内には認められず, mmHg,脈 拍 84 分,整.体 温 37.5℃,呼 吸 数 20 分, 左下葉入口部に介在していた.バスケットカテーテルに 貧血,黄疸なし,表在リンパ節触知せず,胸部呼吸音が て,義歯を摘出した.症例 13 は,気管支喘息等の既往 右側がやや減弱していた. 歴がない 2 歳乳幼児で,“するめ”を食べ 3 時間後に強 度の喘鳴を来たし,某病院にて気道内異物を疑われて, 当院に紹介された.全身麻酔下にラリンゲルマスク(サ イズ 2)を留置し気管支ファイバースコープ(オリンパ 胸部 X 線写真:右肺門部に金属異物陰影が認められ た. 検査所見:末梢血検査および生化学的検査で以上所見 がみられなかった. ス BF 3 C 30)を挿入した.チューブ内および気道内で 気管支鏡検査所見:リドカインの局麻下に検査を施行 のファイバースコープの操作は全く問題なく,滑らかに した.右中間気管支幹内腔が肉芽により pin hole 状を呈 通過し得た.声門および気管気管支を観察したが,異物 していた(Fig. 4 A) . はみとめられなかった.施行直前に患者が激しく泣いた 生検鉗子により肉芽を除去し,異物の摘出を試みたが, 後に喘鳴が消失したことから,泣いたことにより異物が 易出血性でしかも体動があり,良好な視野の確保が困難 気道内から食道に移動したものと考えられた.合併症は, であったため,全身麻酔に変更した.先ず,チオペンター 1 例(症例 10)で術中,異物が埋没されていた肉芽から ル静注後にラリンゲルマスク(サイズ 3)を喉頭内に留 の軽度の出血がみられたが,高周波メスで止血可能で 置した.気管支ファイバースコープ(オリンパス BF 1 あった.4 例とも,ラリンゲルマスクの留置時あるいは T 30)をラリンゲルマスクチューブ内に挿入し,気管気 抜去時の血圧の上昇は 25 mmHg 以内であった.その他 管支内に誘導した.ファイバースコープの処置用チャン いずれも,ラリンゲルマスクに起因する合併症は,認め ネルより生検鉗子を挿入し,その鉗子により少しずつ肉 られなかった. 芽を除去し,異物を露出させた後異物鉗子により摘出し 経過観察期間は,4 カ月から 12 年で,全例とくに問 た.右中間気管支幹内腔は遺残肉芽により 80% 以上狭 題なく,気管支ファイバースコープによる摘出操作に起 窄していたため(Fig. 4 B) ,その後高周波メスにより 因する合併症はみられなかった. 肉芽を切除した.右中間気管支内腔はほぼ正常で(Fig. 次に代表的な症例を提示する. 症例 10 : 10 歳,女子. 主訴:咳嗽. 既往歴:特になし. 現病歴:平成 4 年 11 月頃より咳嗽が出現し持続した 4 C) ,正常の学校生活を送っている. 考 察 われわれは,気道内異物摘出においては,気道を確保 したうえで行うのが原則であると考えている.治療操作 気道異物に対するラリンゲルマスクを用いた内視鏡治療 605 中に大量の出血,呼吸困難等の不測な事態がおこりうる 気道内異物の摘出操作時は,できるだけ確実にかつ慎重 ため,気道の確保はきわめて重要と考える.気道の確保 に行うことを最重要と考えて,ラリンゲルマスクを導入 として,気道内挿管を施行するのが一般的である.その 後は,全身麻酔下に行っている.この方法では,咳嗽反 際の一つの問題点として,挿管時の血圧の上昇や不整脈, 射がみられず,気道を確保しつつ,より安全にして円滑 期外収縮などの誘発があり,高血圧症や虚血性心疾患な に異物の摘出操作を施行できるものと考えている. どの合併症を有する患者においては,注意を要する.ま 気管内挿管を行う際,喉頭鏡を用いるのが通常である た成人において,とくに小柄な成人女性では,内径 7 mm が,ラリンゲルマスクの挿入時,原則として喉頭鏡を必 程度の細い気管内チューブしか留置できないことがあ 要としない.われわれは,気管支鏡検査・治療および全 り,その場合通常の処置用の気管支ファイバースコープ 身麻酔下手術の約 200 症例に対してラリンゲルマスクを の挿入がようやく可能となる症例を時々経験する.すな 用いているが,喉頭鏡を使用せずに,マスクを挿入した わち,気管内チューブを入れることによってそれだけ内 際,開口が不十分な場合や,喉頭蓋の展開が不良な症例 腔が狭くなることによる気管支ファイバースコープの操 が少なからずみられた.そのため,上記のような場合に 作の困難性および換気の低下・不能となることがある. は,躊躇なく喉頭鏡を用いてマスクを留置している.わ また,この点は,小児や乳幼児においては,きわめて重 れわれが施行したラリンゲルマスクを使用した気管支鏡 要な問題である. 検査 52 例の検討では,喉頭鏡による喉頭展開は,気管 ラリンゲルマスクは,Brain によって開発され,喉頭 部にチューブを留置し,エアーカフを膨らますことによ り食道と気道を遮断するという,従来の気管内挿管とは, 4) 内挿管時に比してごくわずかですみ,患者の呼吸および 循環動態への影響も少なかった13). ラリンゲルマスクは,いわゆる Full stomach の患者 全く発想が異なっている .本邦には,1989 年に導入さ では,胃内容物の逆流がみられた場合に,気道に誤嚥さ れた.当初は,麻酔科医のみが全身麻酔時の気道確保に れる可能性があることが指摘されている14).われわれ 使用していた.われわれは,留置が容易であること,声 も,Full stomach の患者には,ラリンゲルマスクを用い 帯・気管粘膜損傷がないこと,呼吸・循環系に影響が少 ていない.一方,Full stomach で無いことが確認されれ ないことなどから, 1993 年よりその使用を全身麻酔時, ば,たとえ緊急的な状況においても,その使用は有用と あるいは気管支鏡検査・治療に用いてきた.ラリンゲル 考えている.また,大量出血が予想されるような場合に マスクの留置時の気管支鏡の操作性に関しては,気管内 は,気管内挿管の方が良いであろう.以上のように,気 に留置しないため,気管内腔径を最大限に利用できるた 管内挿管およびラリンゲルマスク留置の際,各々の長所, めに,非常に気管支ファイバースコープの操作がし易く 欠点を十分考慮したうえで,症例に応じて使い分けるこ なる.本稿において,症例 2 は,ラリンゲルマスク導入 とが肝要であろう.換言するならば,ラリンゲルマスク 前の時期で,気管内チューブを留置し異物を摘出したが, の使用は,循環器,呼吸器系への影響は少ないこと,気 その際,気管チューブ口径より異物が大きいために,異 管支ファイバースコープの良好な操作性,留置のし易さ, 物とともに気管チューブを抜去した.この症例では,局 低コストなどの観点から,症例を選択したうえでのその 麻下に施行したが,このような症例を全身麻酔で施行し 使用は,乳幼児をはじめとして,循環器系・呼吸器系の たとすると,異物とともに気管チューブを抜去した後は, 合併症を有した成人および高齢者においては,きわめて 再挿管が必要になってくる.もしこのような症例に対し 有用と思われる. て,ラリンゲルマスクを用いたとすると,全身麻酔下で 最近われわれは,気道異物の摘出時のみならず,ラリ 行っても,チューブの口径が大きいために,気道内異物 ンゲルマスクを用いての気管・気管内ステントの留置 とともにチューブを抜管することなく,より安全かつ円 や,高周波メスやレーザー治療を施行し,良好な結果を 滑に異物摘出操作を行うことができたと思われる. 得ている.われわれの経験から,今後,呼吸器科・呼吸 ラリンゲルマスクを使用する際,局麻でも可能である が,内視鏡的治療を行う際には,緊急的な場合も少なく 器外科領域でラリンゲルマスクの有用性が評価され,そ の適応がますます拡大するものと考えている. なく,検査環境が必ずしも良好とは言えない.局麻下時, 文 突然の強い咳嗽反射などがみられることがあり,内視鏡 献 下処置操作に支障を来したり,誤って出血を惹起させる 1)坂本 晃,宮崎幸重,小森清和,他:内視鏡下に摘 ことがある.局麻下での咳嗽反射や出血等によって視野 除し得た気管支異物の 6 例.気管支学 1991 ; 13 : の確保が不十分のと判断されたときは,躊躇なく全身麻 43―49. 酔に切り替えて施行すべきと考えている.近年の全身麻 酔技術や麻酔吸入薬の飛躍的な進歩に伴い,われわれは, 2)近藤宏二,白日高歩,米田 敏,他:気管支異物― 内視鏡的摘除の 2 例ならびに文献的考察―.気管支 606 日呼吸会誌 36(7) ,1998. 9)由水多津子,中村 洋,有吉 功,他:長期介在気 学 1988 ; 10 : 310―314. 管支異物の 1 例.気管支学 1992 ; 14 : 661―666. 3)Cunanan OS : The flexible fiberoptic bronchoscope 10)藤島卓哉,本田泰人,五十嵐知文,他:発見までに in foreign body removal. Chest 1978 ; 73 : 725―726. 数年を経過した気管支内異物の 1 例.気管支学 4)Brain AIJ : The laryngeal mask―a new concept in 1988 ; 10 : 206―211. airway management. British Journal of Anaesth 11)北野司久,竹内吉喜,池 1983 ; 55 : 801. 修,他:手術後に確定 診断のついた陳旧性気管支内異物の 1 治験例.胸部 5)Rees JR : Massive hemoptysis associated with for- 外科 1982 ; 35 : 316―319. eign body removal. Chest 1985 ; 88 : 475―476. 6)渋谷 潔,小川利隆,鈴木洋人,他:喀血にて手術 12)岡田信一郎,斎藤泰紀,稲葉浩久,他:肺癌に対す を行った気管支異物(空気銃弾)の 1 例.気管支学 る気管支鏡検査で発見された気管支内異物の 1 治験 例.日本胸部臨床 1990 ; 49 : 758―760. 1990 ; 12 : 558. 7)斎藤幸雄,馬場雅行,渋谷 潔,他:大量喀血を呈 13)岡田信一郎,山内淑行,佐藤昇一,他:気管支鏡検 した長期介在気管支内異物(植物)の 1 小児例.気 査・治療におけるラリンゲルマスクの有用性.胸部 外科掲載予定. 管支学 1992 ; 14 : 401―405. 14)Stanwood PL : The laryngeal mask airway and the 8)Linton JSA : Long-standing intra-bronchial foreign emergency airway. AANA J 1997 ; 65 : 364―370. bodies. Thorax 1957 ; 12 : 164―170. Abstract Endoscopic Treatment with Laryngeal Masks for the Removal of Tracheobronchial Foreign Bodies Shinichiro Okada, Hideyuki Yamauchi, Shoichi Sato and Shigefumi Fujimura* Department of Thoracic Surgery and Medicine, Kamaishi Municipal Hospital, 3―15―26, Ohwatari-cho, Kamaishi, Iwate, 026―0025, Japan * Department of Thoracic Surgery, Research Institute of Aging, Development, and Cancer, Tohoku University, Sendai, 980―8574, Japan We studied the endoscopic removal of tracheobronchial foreign bodies from 13 patients. Eight patients were treated under local anesthesia and 5 under general anesthesia. Complications included mild bleeding during endoscopic treatment of 3 patients. One patient was placed under general anesthesia because the patient was irritable and because hemorrhage made observation difficult. Laryneal masks were used in 4 cases, and resulted in no complications. The follow-up courses ranged from 4 months to 12 years and were uneventful for all patients. Use of a fiberoptic bronchoscope in combination with laryngeal masks facilitated the management and removal of tracheobronchial foreign bodies by providing a secure airway and by minimizing the effect on the cardiorespiratory system.