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第6章 持続可能な社会実現のための エコタウン事業の役割と
中央大学 FLP 環境プログラム学生チーム 85 第6章 持続可能な社会実現のための エコタウン事業の役割と課題 1.はじめに 21世紀になり、20世紀後半に構築された既存の国際社会システムに大きな変化 が生じている。これまでのG7を中心とした経済先進国主導の国際社会システム はここ10年間でも有力な新興国の登場で、国際社会システムはさらにグローバル 化している。ここでいう新興国は数多く存在するが、その中でも最も高い経済成 長を記録し、今日世界で注目を集めている国は中国に違いないだろう。今回の国 際共同研究で中国側からエコタウンを中心とする地域環境を管理する研究テーマ に関して日本の経験を活かした解決法を提示することが求められた。このテーマ に答えるべく研究をスタートした。 中国の経済成長は1978年の改革開放政策後から始まり、社会主義市場経済への 移行を発表した1993年後も著しく成長を続け、2008年時点で中国のGDP(国内 総生産)はアメリカ、日本に次ぐ三番目であった。また、2003年のアメリカ大手 投資銀行のゴールドマンサックスによる2050年のGDPランキング予想1)では中 国、アメリカ、インド、日本、ブラジル、ロシアの順番となっており、中国がア メリカを抜いて世界一になるという予想が発表されている。この予測がそのまま の形であてはまるとは考えられないが、中国あるいは中国以外の新興国が現在の 先進国とより対等になり、国際社会で影響力を強める可能性は高い。しかし経済 成長が著しく、今後も成長が見込まれる中国ではあるが、現段階では数多くの問 題を抱えている。その問題の一つとして挙げられるのが環境問題である。中国に おいてこれまでは経済成長を優先するあまり、環境問題は後回しにされ、非常に 深刻な状況にある。そこで、近年ようやく中国政府は環境問題への本格的対策に 着手した。 その中でわれわれのグループが注目したのは循環型社会形成のために始まった ―――――――――――――――― 1)Goldman Sachs Report No. 99:Dreaming with BRICs : The Path to 2050, October 2003. 86 生態工業園区の建設である。生態工業園区とは日本でいうエコタウンに相当する ものと考えられる。この二つの事業には異なる点も存在するが、最終目標は「循 環型社会を形成する」という点で一致している。われわれはまず日中のエコシティ 構想を比較・分析することに焦点を合わせ、そこから日中両国の環境事業の特長 と課題を明らかにし、今後の日中両国の循環型社会構築のための環境事業の明確 なビジョンを示し、さらにはグローバル化する国際社会が目指す持続可能な社会 の実現に貢献することを目的とする。 2.エコタウンの概念─カルンボー─ 1945年に第二次世界大戦が終結した後、先進国を中心に工業化や都市化が急速 に進んだ。そのため先進国の生活環境は19世紀に比べかなり改善された。しか し、そのような著しい経済成長の裏でほとんどの先進国では1960年半ばから環境 問題が深刻化した。また、近年では途上国でも工業化や都市化が進んだため、環 境問題が発生している。これまでは先進国だけの問題であった環境問題が途上国 にも発生したことで、環境問題は世界共通の課題として認識されつつある。また、 1987年に「環境と開発に関する世界委員会(WECD)が国連に提出したレポー ト‘Our Common Future’の中で初めて提唱された持続可能な発展は、将来の 地球を考える上で欠かせない概念である。そのような世界共通の課題である環境 問題の解決と持続可能な社会を実現するために、世界各国が取り組んでいる事業 の一つにエコタウン事業がある。 エコタウン事業はデンマークのカルンボー(Kalundborg)市が産業エコシス テムを構築したことで世界中に拡大した。カルンボーは首都コペンハーゲンから 東へ約250キロにある人口2万人の小規模な市である2)。カルンボーにおける産 業エコシステムは、1960年代後半よりカルンボー地区に立地する企業群が工場廃 棄物の相互利用によって環境負荷・環境対策費用の軽減を図るとともに付加価値 製品の開発・販売という総合戦略を企業努力として実施した初の事例と言われて いる。この企業群は、地方政府と協力して廃熱を地域に暖房熱源として供給し、 ―――――――――――――――― 2)『平成11年版環境白書』序章第3節より引用。 第6章 持続可能な社会実現のためのエコタウン事業の役割と課題 87 図1 廃棄物ゼロ・循環型社会を目指した産業エコシステム (資料:国連大学高等研究所「循環型持続可能社会形成をめざす国連大学ゼロエミッション」 坂本・鵜浦、他より作成) 図2 カルンボーエコタウンのシステム3) また、薬品工場の有機系廃棄物をコンポスト化して周辺の農家に提供している。 これらの成果は産業企業群が地域と環境改善・資源有効利用で協力関係を築いた ―――――――――――――――― 3)CADDET Energy Efficiency Newsletter, March 1999. 88 もので、現在の世界各国が取り組んでいる循環型社会における企業・地方公共団 体・国のあり方を示した。 これまでカルンボーの事例について述べてきたが、エコタウンは国によって呼 び方や事業内容が異なっている。まず名称について、日本ではエコタウンと呼ば れているが、世界中で呼び名が異なっており、エコ・インダストリアル・パー ク(Eco-Industrial Park)やゼロ・エミッション・クラスター(Zero Emission Cluster)に代表されるように、その他にも複数の呼び名が存在する。 次に事業内容についても、国の経済規模や地理的要因に応じたエコタウンを各 国は建設している。このため、持続可能な社会の実現を目指して環境税など多様 な事業展開を実施している国がある一方、規制を行い、ゾーンで有害物質などの 排出物を持続可能な水準に制御している国が存在している。これらの点において さまざま解釈がされており、エコタウンは各国によって異なった内容を意味する ことがある。ただ、エコタウンが静脈産業を発展させることを目指しており、資 源循環社会に貢献する点は世界共通であると考える。 3.中国のエコタウンの特徴 中国は急速な経済成長をしているが、それと同時に二酸化炭素等の温室効果ガ ス排出量増加や大気汚染等の環境汚染が大きな問題となっている。中国の二酸化 炭素排出量は、1990年は約20億トンであったが、2007年には約3倍の60億トン(世 界全体の21%)を排出し、米国を抜いて世界最大の排出国となった。特に2000年 以降、急速な経済発展により、排出量は7年間で2倍に急増している。経済成長 は今後も続くことが予想され、それに伴って排出量も増加し続け、2020年には世 界全体の28%を排出すると予想されている4)。地球温暖化に直接影響する二酸化 炭素の排出量の増加は国際的な問題となっている。 また、工場や火力発電所などから排出される硫黄酸化物(SOx)、窒素酸化物 (NOx)、浮遊粒子状物質(SPM)も増加している。SOx を例に取ってみると、 2002年の中国における排出量は19, 266キロトンであり、他の主な排出国と比べる ―――――――――――――――― 4)IEA World Energy Outlook 2009:Climate Change Expert(http://www.worldenergyoutlook.org/) 第6章 持続可能な社会実現のためのエコタウン事業の役割と課題 89 図3 SOx emission in 2002 出所)中国のデータは中華人民共和国環境保護部2006年環境統計年報より (http://www.mep.gov.cn/zwgk/hjtj/) 中国以外のデータは環境省平成21年版環境統計集より (http://www.env.go.jp/doc/toukei/contents/) と非常に多く排出されている。さらにこの排出量は増加していて、2006年には 25, 888キロトンになっている。SOx や NOx、SPM などの物質は深刻な大気汚染 や酸性雨を引き起こして、中国国内で深刻な影響を与えているだけでなく、日本 など周辺国への影響も懸念されていて国際的問題となっている5)。 これらの問題に対応して、持続可能な発展をするための方法の一つとして中国 では2000年から産業エコシティの建設が始められた。産業エコシティは経済技術 開発区、ハイテク技術区に続く新たな工業化への第三のモデル事業として位置づ けられている。中国の産業エコシティは「総合型産業エコシティ」、「業種型産業 エコシティ」、「静脈型産業エコシティ」の3つに分類することができる。「総合 型産業エコシティ」は既存のハイテク技術区、経済産業開発区を利用して新たに 構築する産業エコシティである。「業種型産業エコシティ」は同業種の企業と関 連企業が共生関係をつくる産業エコシティである。「静脈型産業エコシティ」は 静脈産業の企業を主体に形成する産業エコシティである。2008年12月時点で、 「総 合型産業エコシティ」20か所、「業種型産業エコシティ」9か所、「静脈型産業エ コシティ」1か所の計30か所の国家産業エコシティが国家の建設許可を得て、建 設が進められている。 ―――――――――――――――― 5)中国の環境の現状は嶋中(2009)、天津市に関する経済と環境の問題は田中(2009)で紹介される。 90 天津市 天津市は中国北東部、北京の東に位置している中国の中央直轄市である。天津 は首都北京に近いことや、海に面しているなど地理的利便性に恵まれているため 国内外の貿易が活発に行われている。また、中国北部最大の保税区や港があり、 機能面でも充実している。産業や研究機関においても優位性をもっており、天津 は中国北部の経済と製造業の中心として急速に発展してきている。天津は沿海部 に位置する濱海新区を中心に発展している。濱海新区は1つの軸(ハイテク産 業発展軸)、1つの帯(海洋経済発展地帯)、3つの都市区(塘沽、漢沽、大港)、 7つの産業区(ハイテク産業区、先進製造業産業区、臨空産業区、海港物流区、 濱海化学工業区、ビジネスセンター区、海浜レジャー区)から成り立っている。 本節は舒萍(2010)に基づく説明である。天津市は目覚ましい経済発展を遂げ てきているが、同時に資源不足や環境問題なども生じてきていて経済発展が制限 されている。特に天津においては3つの問題が持続可能な発展のボトルネックと なっている。1つ目のボトルネックは水資源不足である。これは3つのボトルネッ クの中でも天津の経済発展にとって最も深刻なものである。天津では年によって 降水量の差が大きいため、地表水の安定供給が難しい。また、汲み上げられる地 下水も少ないので、水資源不足が深刻で他県から水を調達している。水資源が年々 深刻化していることや人口増加の影響も重なり、調達した水を入れても一人当た りの水資源は 380立方メートルしかなく、国際的警戒ラインの2000立方メートル の20%以下である。 2つ目のボトルネックはエネルギー不足である。天津は中国北部の経済発展の 中心地である。時代の変遷と共に天津の産業構造は軽工業から重工業中心に変化 してきた。軽工業と重工業の比率は1949年に87. 52対12. 48であったのが、1978年 には51. 6対48. 4、2007年には18. 73対81. 27と逆転している。これに伴い消費され るエネルギーも増加し、エネルギー不足が問題になってきた。石炭と電力の消費 量は、1949年はそれぞれ134. 27万トン、2. 85億キロワット時であったのが、1990 年には1203. 77万トン、116. 35億キロワット時まで増加し、その後も増加し続け ている。また、エネルギー消費量の60から70%、電力消費量の70から80%が工業 用に使用されている。 3つ目のボトルネックは水質汚染、大気汚染などの環境汚染である。これまで 第6章 持続可能な社会実現のためのエコタウン事業の役割と課題 91 「生産−使用−廃棄」という流れで経済発展をしてきたが、大量の工業廃棄物が 排出され、「三廃」(固形廃棄物、液体廃棄物、排気ガス)の問題が出てきた。工 業廃棄物の増加に処理スピードが追い付かず、工業廃水の処理率や固形産業廃棄 物の利用率も低下し、有毒ガスも一般の排気ガスとして排出されていた。1990年 代以降、「三廃」の抑制が重点的に取り組まれ、改善してきてはいるが、まだ十 分とは言えない状態である。 天津市ではこれらのボトルネックを解決し、持続可能な発展をするために産 業エコシティ建設が進められている。2000年に天津経済技術開発区は地域環境 管理 ISO 14000国家モデル区になり、2001年に産業エコシティ建設計画ができた。 2004年にこの計画が国家環境保護局から認定され、国家レベルの産業エコシティ モデル区になった。2008年に国家によるモデル区の現地調査に合格し、天津経済 技術開発区は正式に国家の認定を受けた全国に3つある産業エコシティの一つに なった。天津ハイテク産業区である華苑産業区も全国に30か所ある国家エコシ ティモデル区の一つに認定された。現在、天津市は260のプロジェクトで8か所 のエコシティ建設を進めている。 天津経済技術開発区産業エコシティでは主に以下のような取組が行われている。 ①グリーン設計案に即した水資源やエネルギー問題解決のためのインフラ整備で は、天津にとって最大のボトルネックである水資源不足を解消するために海水の 淡水化や水の再処理のためのインフラ整備をしている。また、エネルギー不足解 決のために最新技術を取り入れ、エネルギーの効率化を図っている。②企業に対 するグリーン生産の奨励では、シンポジウムやホームページでの宣伝活動を通し て企業がグリーン生産をするようにインセンティブ設計を行っている。また、グ リーン生産を行う企業に対して補助金を出す優遇措置をしている。③資源循環型 システムの構築では、海外の高い環境意識や環境技術を持った有名企業を誘致 し、その企業を各産業の中心企業とし、産業別に資源循環システムを構築してい る。④近隣地域との連携では、海外の「空間超越型産業エコシティ」を参考にして、 近隣地域の産業と連携することによって技術、資金、産業の優位性を活かそうと している。⑤エコシティ情報交換システムや技術サポート体系の構築では、ホー ムページで産業エコシティの理念や展望を広報したり、データベースを作成した りして環境マネジメントに役立てている。 92 これらの取組により、経済成長を維持しながら水資源再利用率を高め、エネル ギー消費を低下させ、ボトルネックをある程度解消させることに成功した。産業 エコシティ事業が始まってからも経済収益は伸びていて、地域総生産は2000年の 256. 44億元から2008年の1066. 33億元まで約4倍に成長した。工業付加価値額も 同じように4倍、工業総生産、輸出額、財政収入は5倍になった。経済成長は続 けながら水資源、エネルギーは再利用や効率化によってボトルネックをある程度 解消する成果があげられた。2008年に GDP 比で、エネルギー消費量は前年比4. 4% 減、電力消費量は前年比4. 6%減となった。 中国では、汚染物を排出する企業が汚染物の種類、量、濃度について環境保護 機関に報告する申告・登録制度がある。これに基づいて、政府は主な汚染源とな る企業を産業エコシティなどの重点地域に集め、排出が認められる量などを定め た許可証を与えて、その重点地域内の汚染物排出量を規制している。つまり、政 府は、主な汚染源となる企業のみを重点地域に集めて規制し、集中的に汚染物排 出量を抑え込もうとしている。その際に、天津経済技術開発区産業エコシティの 取組③で既述したように重点地域に高い環境意識や環境技術をもった外資企業を 誘致し、資源循環システムを構築するなどの取組も行われている。 実際にわれわれ学生が天津市に行って工場見学や街を視察した。重点地域であ る産業エコシティ内の下水処理施設やゴミ焼却施設などでは最先端環境技術が導 入され、世界でもトップレベルの環境負荷が少ない処理がされているという説明 を受けた。確かに産業エコシティ内では排出物が制御され、循環型社会がある程 度形成されているように思う。しかし、重点地域以外の企業は申告・登録制しか 義務付けられておらず、強制力のある排出量規制は現時点ではない。天津市を視 察した際、スモッグで視界がかなり悪かった日があった。その時の大気汚染デー タは分からないので、視覚的な判断ではあるがかなり深刻なレベルの大気汚染で あったと思う。重点地域だけ抑え込めていても、それ以外の地域で総量として大 量の排出物が出てしまっているのが現状ではないかと考えられる。特に大気汚染 は発生源以外の広範囲に影響をもたらすので、重点地域だけでなくその周辺の企 業に対しても規制していく必要があると思われる。 汚染物の排出を規制していく最初の段階として、重点地域において主な汚染源 を集中的に抑える政策は一定の評価はできると思う。次の段階として、さらに規 第6章 持続可能な社会実現のためのエコタウン事業の役割と課題 93 制する範囲を広げ、産業エコシティに参加する企業を増やしていく政策が必要だ と思う。そのためには、企業に対して産業エコシティ参加のインセンティブも持 たせる政策作りが必要である。グリーン生産を実現したのは1万社中わずか15社、 ISO 14000の承認を得たのもわずか140社にとどまっている。グリーン生産インセ ンティブを働かすためには財政制度や税制制度などの環境保全のためのコストメ カニズムを整備する必要がある。また、天津産業エコシティが適用している環境 基準は世界レベルに比べると低いので、これを世界標準に合わせ、より高いレベ ルで環境マネジメントを行う必要がある。この他に、中国では利用される技術力 に限界があり、資源不足や環境問題を解決していくためには更なる科学技術の発 展、活用が必要である。このように中国、天津の産業エコシティ事業は一定の成 果は上げているものの、まだ産業エコシティへの企業の参加率をあげる政策作り、 環境基準の改正、環境技術の向上など多くの課題も多く残っている。 4.日本におけるエコタウン事業―川崎市を事例として― 4. 1 はじめに 近年、世界各地で環境配慮型まちづくり構想6)が広がっている。中国も例外で はなく静脈7)型産業中心の「生態工業園区」プロジェクトが進められている。私 たちは、2009年10月、天津市の「生態工業園区」を視察、訪問した。またその際、 天津理工大学において、中央大学、天津理工大学、北京対外貿易経済大学の3大 学で持続可能性に関するフォーラム8)が開催され、日本における「エコタウン事 業」を紹介し、現地の大学生と意見交換を行った。著者は、このフォーラムにお いて、首都北京に近く臨海部に位置するという地理的な共通点から川崎エコタウ ンを事例に発表を行い、エコタウン内に企業だけでなく、緑地や住宅を増やし、 市民の環境意識を高める政策をすべきであるとの結論を述べた。発表の後、現地 の大学生からの質問で非常に印象的であったのは、「エコタウン内は、工場から ―――――――――――――――― 6) 「環境配慮型まちづくり」としたのは、世界各地で名称が異なるとともにその内容も若干異なるか らである。「環境配慮型まちづくり」の分類に関しては第1章において詳述する。 7)経済活動から排出された残余物の回収・収集−保管−リユース・リサイクルあるいは中間処理−最 終処分(埋め立て)に関する経済を静脈経済という。また、天然資源の採取−設計・生産−物流−流 通・販売−消費に関する経済を動脈経済という。いづれも細田衛士氏の定義を引用。 8)2009年10月26日 East Asia Sustainable Development Forum 会場:天津理工大学。 94 の汚染物質が存在し、むしろ工場と住宅が離れていることは良いことなのではな いか」というものである。確かに、工場と住宅が分離していれば、その分リスク は低減する。しかし、いつまでも住民に汚染源を隠匿し続けることが良いことな のであろうか? 環境問題の特徴として、汚染源と被害を受ける地域は必ずしも 一致しない。本節は「市民の関心」について繰り返し言及するが、それは、汚染 企業の従業員も含め被害を受けるのは、まさに「市民」だからである。日本や欧 米の国々は、深刻化した大気汚染問題をはじめとする公害に初めて直面した。そ のため、自国内の中で政策、技術、環境に対する意識など段階を踏みながら発展 してきた。一方、中国においては急速な経済成長とともに深刻化する公害問題を 抱えていることは周知の事実であるが、先進諸国がこれまでの経験で培ったノウ ハウや技術を潤沢に利用することができる。もちろん既存の技術を利用し、早急 に公害対策を実施することは、大変重要なことである。しかし、ここで問題とな るのが、「市民の環境意識の欠如」を招く可能性があるということである。日本 においては、水俣病をはじめとする4大公害病などを経験し、環境問題は被害者 をはじめ国民の関心事となった。 本節では、世界各地で「環境配慮型まちづくり」プロジェクトが進行している 現状に鑑み、日本におけるエコタウン事業(特に川崎市)の事例を検証するとと もに、川崎市の環境行政や公害の歴史についても併せて検証してみたい。 4. 2 世界各国の環境配慮型まちづくり エコタウン事業の分類に入る前に、そもそも「環境に配慮した」とは何であろ うか? それはある国にとっては、公害を出さないことかもしれないし、ある国 にとっては、工場の近隣に住民が安心して暮らせることかもしれない。つまり 「環境に配慮した」という概念自体が多様に存在するのである。ここでは、日 本におけるエコタウン事業に類似した「環境配慮型まちづくり」である ⑴ EcoIndustrial Park と ⑵ Eco City について述べる。 ⑴ Eco-Industrial Park Eco-Industrial Park は、「エネルギー、水、物質を含む環境資源問題を協同で 管理することを通して、環境的、経済的実績を高めることを追求する、製造業や ―――――――――――――――― 9)Global Environmental Centre Foundation(2005)p. 3. 第6章 持続可能な社会実現のためのエコタウン事業の役割と課題 95 サービス業のコミュニティである」9)。また「Eco-Industrial Park の目標は、参 加企業の業績を改善し、環境的影響を最小にすることである」とされ、文字通り、 工業地帯(Industrial Park)全体の企業同士が、環境に配慮した(Eco)まちづ くりと捉えることができる。なお、中国において進められている「生態工業園区」 プロジェクトも Eco-Industrial Park である。 ⑵ Eco-City Eco-City は、「私たちの市の様式を回復し、そして、持続可能な生態系システ ムの過程であるとともに、生態系のバランスを保ち健康的な社会や生態学的地域 10) を伴った経済を達成する変容のへの道」 であるとされている。Eco-City は、ヨー ロッパ諸国に多く、環境配慮型まちづくりのなかでもかなり広い分野に渡った概 念であるということができる。 4. 3 日本におけるエコタウン事業 ⑴ エコタウン事業の概要 わが国では、高度経済成長によって大量消費社会が形成された。成長期の当時は、 大量生産や大量消費は美化されていたが、やがて生産物の耐久年度が過ぎそれら は廃棄物へと変わった。廃棄物が溢れるようになると、廃棄物に対する対策が必 要となってきた。折りしも国連大学が1995年に「ゼロ・エミッション構想」を打 ち出した。ゼロ・エミッション構想とは、名の通り生産物から発生する副産物や 廃棄物をゼロにして資源循環型社会を目指すというものである。このような経緯 を経てわが国のエコタウン事業は、1997年に当時の通商産業省(現:経済産業省) と厚生省(現:厚生労働省)によって創設された(現在は厚生労働省から環境省 に移管)。エコタウン事業は、「地域の産業蓄積などを活かした環境産業の振興を 通じた地域振興および地域の独自性を踏まえた廃棄物の発生抑制・リサイクルの 推進を通じた資源循環型経済社会の構築を目的に、地方自治体が、地域住民、地 域産業と連携しつつ取り組む先進的な環境調和型まちづくりを支援するもの11)」 とされている。ここから分かるように、わが国のエコタウン事業は3R(Reduce Reuse Recycle)型の「環境配慮型まちづくり」ということができる。エコタウ ―――――――――――――――― 10)脚注8)に同じ。 11)経済産業省 HP(http://www.meti.go.jp/policy/recycle/main/3r_policy/policy/ecotown.html) 96 ン事業は、現在までに日本全国で26事業が承認されており、2006年まで経済産業 省がリサイクル施設等のハード事業の支援、環境省は、普及啓発、情報提供等の ソフト事業を支援した。具体的には、ハード補助金として経済産業省は「資源循 環型地域振興施設整備費補助金」を交付し、環境省は、「ゴミゼロ型地域社会形 図4 エコタウンの仕組みと実施事例 出所)上記2図はいずれも『エコタウン・環境産業進行形 事例集』より抜粋 第6章 持続可能な社会実現のためのエコタウン事業の役割と課題 97 成推進施設整備費」を交付し、リサイクル施設に係る費用の3分の1の補助を行っ た。また特に先進性の認められる施設については2分の1の補助が行われた。こ の補助金は2004年11月までに47件の施設整備事業に対して総額300億円交付され た12)。一方普及啓発に対する支援などのソフト補助金として、「資源循環型地域 振興事業費補助金」が交付された。 ⑵ 循環型社会形成推進基本法とエコタウン事業 循環型社会形成推進基本法は2000年6月に施行された。この法律の第2条では、 循環型社会の定義づけがなされ、「循環型社会とは、製品等が廃棄物等となるこ とが抑制され、並びに製品等が循環資源となった場合においてはこれについて適 正に循環的な利用が行われることが促進され、及び循環的な利用が行われない循 環資源については適正な処分が確保され、もって天然資源の消費を抑制し、環境 への負荷ができる限り低減される社会をいう」とされている。また、廃棄物に対 する対策として、第1に発生抑制(リデュース)、第2に再利用(リユース)、第 3に再生利用(リサイクル)、第4に熱回収(サーマルリサイクル)を行い、そ れでも残った廃棄物を適正処分することとしている。本法律の個別法として先行 して制定されていた、容器包装リサイクル法(1995年制定)や家電リサイクル法 (1998年制定)を含め、建設リサイクル法(2000年制定)、食品リサイクル法(2000 年制定)、改正資源有効利用促進法(2000年制定)、グリーン購入法(2000年制定)、 自動車リサイクル法(2002年制定)が挙げられる。 これらの法律の制定によって、全国のエコタウンでは法に準用・対応した施設 が次々と作られることになる。本節で取り上げる川崎市のエコタウン内にもこの ような施設が複数建設され、運用されている。 4. 4 川崎エコタウン ⑴ 川崎エコタウン概要 川崎エコタウンは正式名称「川崎市環境調和型まちづくり基本構想」という。 川崎市は北九州市とともにはじめてエコタウン事業認証を受けた。川崎エコタウ ンの舞台は、臨海部全体の2800ha であり、市街地に隣接した既存の臨海部を整 備して利用されていることが特徴である。 ―――――――――――――――― 12)経済産業省 HP「今後の地域の環境まちづくりのあり方」平成17年10月26日。 98 図5 川崎エコタウンの概要 出所)川崎市環境産業革命研究会 『川崎エコタウン 環境産業革命の さらなる展開を目指して』 p. 6の図を使用 川崎エコタウンの基本方針は以下のようになっている。 Ⅰ 企業自身がエコ化を推進する。 ⑴ ゼロ・エミッション・モデル工場 ・環境マネジメントの体制整備 ・工場排水のゼロエミッション化 ・工場内の廃棄物ゼロ化 ・環境に配慮した輸送 ⑵ 実証実験施設の設置とショーウインドウ化 ・ モデル施設の設置 Ⅱ 企業間の連携で地区のエコ化を推進する。 ⑴ 地区環境宣言の制定 ・環境目標の設定 ⑵ ゼロ・エミッション工業団地の整備プロジェクト ・ISO14000シリーズの取得 ⑶ 地区の緑化と快適空間の整備 ・緑のネットワーク化の形成と向上のアメニティー化 ⑷ クリーンエネルギー自動車の導入 第6章 持続可能な社会実現のためのエコタウン事業の役割と課題 99 ⑸ 地区における共同リサイクル ・紙・ビン、缶、ペットボトルの共同資源回収の推進 ・リサイクル商品の積極的な利用 Ⅲ 環境を軸とし持続的に発展する地区の実現に向けた研究を行う。 ⑴ エネルギーの有効活用の研究 ・工場排熱のカスケード利用 ⑵ 地区資材のリサイクルとその事業化に向けた研究 ・製品リサイクル体系の取り組み ⑶ 研究開発型産業の振興 ・企業間交流による環境技術の共同開発研究 Ⅳ 企業・地区の成果を情報化し、社会・途上国に貢献していく。 ⑴ 環境技術等の情報提供事業 ・環境技術のデータベース作成と情報提供 ・環境パフォーマンス評価 ・エコタウン内の環境情報 ・地区外への情報の発信 ⑵ エコタウン会館の整備 ・エコタウン会館を整備し、交流、研修、学習及び環境情報提供の場と する。 また臨海部内に「ゼロ・エミッション工業団地」を建設し、「環境負荷の低減 を効率的かつ継続的に行うために、個々の工場や事業所が排出抑制を行い、近在 工場群を含めて異業種間で連携してお互いの排出物の再利用、再資源化およびエ ネルギーの有効利用を進めていく資源循環型工業団地である。構想では、これが 資源循環型社会づくりの核となり、やがて工業団地から地域全体へとゼロ・エミッ ションの輪を広げていくことを目指す」としている13)。 次に具体的にゼロ・エミッション工業団地内に点在する主な施設を見ていく。 表1に挙げた施設が工業団地内の主な施設である。以下施設の概要を簡単に紹 介する。 ―――――――――――――――― 13)川崎市 HP(http://www. city. kawasaki. jp/)2009年10月1日。 100 表1 川崎臨海部エコタウンの主な施設 廃プラスチック高炉原料化施設 2000年∼ 廃プラスチック処理量25,000t / 年 家電リサイクル施設 2001年∼ 使用済家電製品処理量 40∼50万台 / 年 廃プラスチック製コンクリート型枠用パネ 廃プラスチック処理量20,000t / 年 ル製造施設 2002年∼ 廃プラスチックアンモニア原料化施設 2003年∼ 廃プラスチック処理量65,000t / 年 アンモニア生産量58, 000t/ 年 難再生古紙リサイクル施設 2002年∼ 古紙処理量81,000t/ 年 トイレットティッ シュペーパー生産量54, 000t/ 年 PET to PET リサイクル施設 2004年∼ 廃ペットボトル処理量27, 500t/ 年 ペットボトル用樹脂生産量22, 300t/ 年 出所)川崎市パンフレット 「川崎臨海部エコタウンの実現に向けて」より作成 ① 廃プラスチック高炉原料化施設 この施設は、JFE 株式会社が事業者となっており、廃プラスチックを製鉄 用高炉の還元剤としてリサイクルするシステムの開発に成功した14)。また、廃 プラスチックを使用して、コンクリートを固める際の型枠を開発し、NF ボー ドとして商品化した。 ② 家電リサイクル施設 家電リサイクル施設は同じく、JFE 株式会社が事業者であり、家電リサイ クルプラントにおいて、フロンを分解したり製鉄原料や他の製品の原料として 利用されないものでも、ブラウン管がカレットにされるなど再利用している15)。 ③ 廃プラスチックアンモニア原料化施設 この施設は、昭和電工株式会社が事業者となっており、日本で初めてアンモ ニアの製造に成功した同社が一般廃棄物の廃プラスチックを使用してアンモニ アを生成するというものである。ここで生成されたアンモニアは ECOAN と 名づけられている。総事業費74億円のうち37億円の補助金が交付されている。 ④ 難再生古紙リサイクル施設 当施設は、信栄製紙が実施主体となり、再生の難しい古紙(ホチキスやクリッ ―――――――――――――――― 14)関満博『「エコタウン」が地域ブランドになる時代』2009年 p.116。 15)川崎市環境産業革命研究会 『川崎エコタウン 環境産業革命のさらなる展開を目指して』 海象 社 2005年12月 p. 54-55。 第6章 持続可能な社会実現のためのエコタウン事業の役割と課題 101 プなどがついた古紙)をトイレットペーパーに再生するものである。建設費は 105億6, 000万円であり、うち国が21億円を支出している。この施設により、焼 却処分量の減量効果は、年73, 800トンに上り、100人の雇用創出効果があった としている16)。 ⑤ PET to PET リサイクル施設 この施設は、ペットリバース株式会社が主体となり、廃ペットボトルを、化 学分解し、バージン原料と同品質な樹脂を生成するものである。総事業費80億 円のうち40億円の補助が交付されている。現在、中国などに資源であるペット ボトルが流れ、施設の受容量が余る事態も発生している。 ⑥ NPO 法人 産業・環境創造リエゾンセンター 2004年7月、日本初の地域の再生を目指し企業を主体とする NPO 法人が作 られた。会員企業は、旭化成ケミカルズ株式会社や味の素株式会社など17社で ある。主な活動内容として、資源・エネルギー循環の連携プロジェクトや規制 緩和やインセンティブ付与策の提言を行い、シンポジウム等によって広報活動 を行っている17)。 図6 川崎市における人口・世帯数の推移 出所)川崎市 HP 川崎市の統計情報より作成 ―――――――――――――――― 16) 経 済 産 業 省『 エ コ タ ウ ン 事 業 に 関 す る 事 後 評 価 書 』(http://www. meti. go. jp/policy/policy_ management/14fy-jigo-hyouka/14fy-33. pdf#search= `エコタウン事業に関する事後評価書’) 2009 年10月1日 17)経済産業省『エコタウン・環境産業進行形 事例集』。 102 ⑵ 川崎市の概要 川崎市は、神奈川県の東部に位置し、京浜工業地帯を形成する面積144. 35 km2、人口1, 399, 401人の政令指定都市である。市内総生産は2006年度、4兆9650 億6200万円である18)。 ⑶ 川崎市の歴史 ここでは、「臨海部」の歴史や高度経済成長時代における公害問題、90年代の 図7 川崎港の埋立状況 出所)上記2図はいずれも川崎市 港湾局 HP より抜粋、作成 ―――――――――――――――― 18)川崎市 HP「川崎市の統計情報」(http://www.city.kawasaki.jp/20/20tokei/home/toppage.htm) 2009年9月29日。 第6章 持続可能な社会実現のためのエコタウン事業の役割と課題 103 表2 川崎臨海部の土地利用の状況(平成7年) 出所)川崎市港湾局 HP より抜粋 産業空洞化などエコタウン事業へ至るプロセスとして関連する事項が説明される。 川崎エコタウンの舞台となる臨海部の歴史は、大正時代までさかのぼる。大正2 年から浅野総一郎が埋め立てを着工したのを皮切りに、東亜港湾工業や神奈川県、 川崎市が中心となり埋め立てが進められた。 埋め立てによって臨海部が形成されるとともに、都心へのアクセスの容易さや、 地価の安さ、港としての機能などから急速に工場立地が進み現在は、臨海部のほ とんどが、工場専用地域に指定されている。 工場立地が進むと、それに伴い労働者が川崎市に居住するようになり人口は増 大することになる。高度経済成長を迎えると重化学工業の立地がさらに進められ、 次第に公害問題が発生するようになった。川崎市は公害に対応するために、1967 年に国会で成立した「公害対策基本法」に続き、1972年に、「公害防止条例」を 図8 光化学スモックの発生と被害 出所)川崎市 平成20年度 「環境局事業概要−公害編−」より作成 104 制定し、環境規制・目標を設け、全国自治体における公害対策の先駆けとなった。 しかし、1982年、大気汚染問題に苦しむ公害被害者が、国や臨海部立地企業を 相手取り、川崎公害訴訟を起こした。1996年に和解が成立したものの大きな火種 を残した19)。なお、1989年には、公害健康被害補償法による川崎市の認定患者数 は、3478人に上った20)。 ここで公害の状況を過去と現在を比較してみると、川崎市の過去と今の公害 の状況を見ていくと、硫黄酸化物(SOx)は、1973年度に45, 879トンであったが、 2007年度は、851トンまで減少している。 図9 工場・事業場の硫黄酸化物(SOx)排出量の推移 出所)川崎市 平成20年度「環境局事業概要−公害編−」より作成 窒素酸化物(NOx)は、1974年度に、28,554トンであったが、2007年度は9,739 トンまで減少した。 図10 工場・事業場の窒素酸化物(NOx)排出量の推移 出所)川崎市 平成20年度「環境局事業概要−公害編−」より作成 ―――――――――――――――― 19)『金沢大学経済学部論集』2003年3月 佐無田光『川崎エコタウンの地域的環境経済システム』。 20)東京経済大学経済学会 『東京経大学会誌』2002年 除本理史『川崎市臨海部の環境経済史』。 第6章 持続可能な社会実現のためのエコタウン事業の役割と課題 105 浮遊粒子状物質は、1976年度に、2,688トンであったが、2007年度には、481ト ンまで減少した。 図11 工場・事業場のばいじん排出量の推移 出所)川崎市 平成20年度「環境局事業概要−公害編−」より作成 また、1990年代になると、バブルの崩壊によって産業の空洞化が潜在化し、川 崎臨海部において155ha の遊休地があるとされた21)。そこで、遊休地を有効活用 したい市と、当時エコタウン事業を旗揚げした国の考えがマッチし、川崎エコタ ウンが始動した。 ⑷ 市民の関心 公害問題を経験し、現在にいたる川崎市において、市民の環境に対する意識は どのようになっているのであろうか? このように、市民の関心は地球温暖化問題に移りつつあることがわかるが、依 然公害問題に対する関心もうかがえる。注目すべきなのは、事業者の関心は公害 問題が最も高い水準である。 また、エコタウンの舞台となる臨海部の認知度について、川崎市民でも知らな い人々が31%いるのである。そしてやはり、臨海部のイメージでは、工場やコン ビナートのイメージを持つ市民が多い。 臨海部のイメージの第3位として公害が挙げられているが、それでも臨海部に 欲しい施設や将来像には、公園や市民が親しめるゾーンの形成など市民にとって 近づくことがない臨海部を市民の身近なものにするという希望が見られる。川崎 ―――――――――――――――― 21)町田俊彦「川崎市における臨海部再生とエコタウン」 『専修大学社会科学研究所月報』2006年12月20日。 106 表3 川崎市の市民の環境意識 n=(1,230) (%) わから ない 市 民 事業者 川崎市 その他 無回答 公害対策に関する分野 53.8 80.7 75.2 18.9 0.6 13.4 緑や公園に関する分野 59.9 43.3 83.6 14.7 0.8 13.3 地球温暖化に関する分野 74.0 76.5 74.5 26.1 2.0 14.1 廃棄物に関する分野 68.3 77.9 76.4 20.2 0.9 13.7 環境教育・環境学習に関する 分野 57.4 42.0 75.5 22.7 4.3 15.8 環境問題についての、市民、事 業者、市の連携した取り組み に関する分野 65.2 66.3 76.1 17.2 5.0 15.4 出所)川崎市 平成20年度「かわさき市民アンケート報告書」 p. 83より作成 設問 臨海部の認知度 1位 知っている65% 2位 3位 知らない 31.50% 項目数 回答数 調査年 2 1つ 2001年 工場 34.7% 臨海部のイメージ コンビナート 16.1% 道 路 16.5% 公害11.8% 7 1つ 2001年 臨海部に欲しい施 公園 28% 設 ショッピン アミュー グ・スポー ズメント ツ文化共に 16.50% 12.3% 9 1つ 2001年 市民が親 し め る ゾーンの 形 成 34.50% 5 1つ 2001年 臨海部の将来像 複合的な土地利用 (住宅・工場・オ フィス・アミュー ズ メ ン ト 施 設 36.50% 港を中心と した物流機 能の充実 7% 出所)佐無田光 『川崎エコタウンの地域的経済システム』 p. 278の図を使用 エコタウンの特徴であった既存の市街地に隣接したエコタウンとして、ただ工業 地区として市民に見せないのではなく積極的に市民の関心に応じた対応をするこ とが重要となる。 ⑸ エコタウン後の川崎市 国によるエコタウン事業終了後、川崎市は独自に政策を行っている。例えば、 UNEP と連携し、環境技術情報の発信や、エコタウンプロジェクトの支援を行っ ている。具体的には、市内企業の環境技術を活かし開発途上国に貢献するという ものである。また、積極的に視察を受け入れたり、UNEP エコタウンプロジェ 第6章 持続可能な社会実現のためのエコタウン事業の役割と課題 107 クト会議を実施するなど、活動は多岐に渡っている。 そして、先ほど説明したゼロ・エミッション工業団地内では、市民、特に子供 に対して、施設を見学するツアーを開催したり、環境教室を開催し好評を得てい る。このように、川崎市では国によるエコタウン事業終了後も、様々な取組を行っ ており、今後エコタウン事業や臨海部が市民にとって身近なものになると期待さ れる。 4. 5 おわりに 著者はエコタウン事業の調査を始めた頃、この事業が日に日に高まりつつある 環境問題への対策と、後に「失われた10年」と呼ばれた時代における経済対策を 兼ね備えた国の政策であり、国から地方自治体へのトップダウンであるような印 象を持った。事業開始直後は、もちろんそうであったかもしれないが、著者が調 査を進めていくとともに、もはや国から独立し自治体独自の政策を行っているこ とが明らかになった。国によるエコタウン事業が狭い意味でのエコタウン事業と 呼ばれるならば、現在実施されている政策は、国による再資源化政策の基本的な 要請に応えながら地域独自の課題の解決に向かって、企業だけでなく市民をも巻 き込んだ広範なエコタウン事業といえる。本節が環境省と経済産業省によるエコ タウン事業だけでなく、広範なエコタウン事業にも言及したのは、1997年のエコ タウン事業が開始されてから12年が経過し国による補助が終了して3年の歳月を 経た今、一連のプロセスが鳥瞰できるようになり、形は違えども現在各国で進め られている「環境配慮型まちづくり」にモデルを提示できる成熟期に入ったと考 えられるからである。 川崎市においては先にも述べたように、エコタウン事業の対象となる臨海部地 域の大半が工業専用地域に指定されており、現実的に住宅を建設することは不可 能である。しかし、すでに取組が始まっているように、エコタウン事業対象地域に、 市民を招き施設を見学させるなど、今後いかに市民に関心を抱かせるかが課題と なってくるであろう。わが国においては、本来のエコタウン事業においてもある 程度の問題はあるものの、新しいエコタウンづくりは着実に進歩しており、市民 と汚染源を完全に分離していた政策を転換するとともに、3R だけでなく包括的 な環境対策を講じる必要があるだろう。 108 5.エコタウン事業から新しい環境事業へ 5. 1 環境モデル都市の実例 「環境モデル都市」は、世界先例となる「低炭素社会」への転換を進め、国際社 会を先導していくという、第169回国会における福田内閣総理大臣の施策方針演 説を受けて、「都市と暮らしの発展プラン」に位置づけられた取組である。温室 効果ガスの大幅な削減などの高い目標を掲げて先駆的取り組みにチャレンジする 地域を10箇所選定するものとして募集が行われ、平成20年7月に審査の結果、北 九州市、横浜市、富山市、帯広市、水俣市、下川町(北海道)の6都市が認定さ れた。平成21年1月には新たに京都市、堺市、飯田市、豊田市、梼原市(高知県)、 宮古島市、千代田区も認定され、計13都市となった。表4は各都市の CO2 基準 年排出量と中期目標、長期目標をまとめたものであるが、ここでは3つの都市規 模分類からそれぞれ一つ都市を挙げ、特徴的な取組の例を紹介し、最後に今後の 課題をまとめた。 表4 各環境モデル都市の CO2削減目標量 北九州市 2005年 1560万t 中期目標 (2020∼2030年) 30% 大 京 都 市 1990年 823万t 40% 60% 都 堺 市 2005年 851万t 15% 60% 市 横 浜 市 2004年 2041万t 30% 60% 千代田区 1990年 249万t 25% 50% 飯 田 市 2005年 74万t 40∼50% 70% 帯 広 市 2000年 145万9000t 33% 51% 富 山 市 2005年 423万t 30% 50% 豊 田 市 1990年 554万t 30% 50% 下 川 町 1990年 5万7574t (吸収量39万t) 16% 66% 23万t 32% 地 方 中 心 都 市 小 規 模 市 町 村 都市名 基準年 基準年排出量 水 俣 市 2005年 宮古島市 2003年 梼 原 市 1990年 33万 t 30∼40% 2万3634t 50% (吸収量1万6200t) (吸収量3.5倍) 長期目標 (2050年) 50% 50% 70∼80% 70% (吸収量4.3倍) 出所) 「環境モデル都市のアクションプランの公表について」平成21年4月10日内閣 官房 地域活性化統合事務局 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kankyo/ action/action_plan.html に基づき著者作成。 第6章 持続可能な社会実現のためのエコタウン事業の役割と課題 109 ⑴ 水俣市の例(小規模市町村) ①経緯 水俣市は人口約2. 9万人、総面積163平方キロメートルで4大公害病の ひとつの水俣病が広まった地域として、①環境配慮型暮らしの実践 ②環境にこ だわった産業づくり ③自然と共生する環境保全型都市づくり ④環境学習都市 づくりの4つを柱に環境実践活動と環境技術による経済活性化を目指し、温室効 果ガス排出を2020年に33%、2050年に50%削減を目指している。 図12 温室効果ガス排出量割合 出所)水俣市環境モデル都市行動計画 ②取組 水俣市は市民の協力を得て22種類のごみ分別を実施し、レアメタルを 含む小型電子機器類等、さらなるごみの減量化・分別に取り組むとともに、環境 保全のための住民の生活ルールを作り、これを守った生活をしていく取り組みを 推進している。 (現在8地区)また、環境マネジメント企画として‘水俣オリジナル’ の環境 ISO を展開。「地域全体丸ごと ISO」の取組として、市民にライフスタイ ルそのものの転換を促す草の根的環境活動を促進している。 さらに地元資源を活用したバイオマスエネルギーや、太陽光、風力エネルギー の導入も積極的に進めている。 ⑵ 富山市(地方中心都市)の例 ①経緯 富山市は人口約42万人、総面積1242平方キロメートルで、1世帯当た 110 りガソリン消費量が全国2位と全国でも自動車依存度が著しく高い都市である。 また、CO2の排出量では1990年から2003年までに約29%増加しており、これは同 期間の全国平均の増加率(約14%)の約2倍にあたる。そこで LRT を中心とした 公共交通ネットワークの拡充、公共交通を軸としたコンパクトシティの実現等に より、温室効果ガスを2005年比で2030年に30%、2050年に50%削減を目指している。 図13 CO2排出量の推移 出所)「富山市環境モデル都市行動計画―コンパクトシティ戦略による CO2削減 計画― 」の CO2削減計画―10頁の図を基に著者作成。 http://www7.city.toyama.toyama.jp/policy/plan/pdf/kankyoumodel.pdf ②取組 富山市は公共交通の中でも路面電車を「貴重な資産」と位置づけ力を 注いでいる。慢性的な赤字ローカル線で廃止が決まっていた旧 JR 富山港線を市 が公設民営型で LRT 化、「富山ライトレール」として再生したのに続き、現在 は中心部を走る富山地方鉄道の路面電車(市内線)の環状線化に取り組んでいる。 行政自らが公共交通の整備に積極的に関与しようという考えを実施に移したもの で、国を動かして法律を変え、路面電車では初の「上下分離」(設備の保有と運 営の分離)になった。 自動車から公共交通への利用転換を目指すために、鉄道、バスなど公共交通の 運航頻度など、一定以上のサービス水準を確保し市民が集まるよう居住や商業 などの都市機能を集積させている。まちなか居住推進事業は、「都市地区」(約 436ha)を対象とし、公共交通沿線居住推進事業は、「都市地区」以外の鉄軌道 第6章 持続可能な社会実現のためのエコタウン事業の役割と課題 111 の駅から半径500m 以内の範囲もしくは運行頻度の高いバス路線半径300m 以内 の範囲を対象として、住宅の取得等に対する支援を行うものである。 またこれらの取り組みと並行して、熱エネルギーや、豊富な水資源を生かした 小規模水力発電も導入し、再生可能エネルギーを活用している。 図14「公共交通沿線居住推進地区」と「まちなか居住推進地区」の分布 出所)富山市「環境モデル都市提案書」3頁。 http://www.city.toyama.toyama.jp/division/kankyou/kankyouseisaku/ eco-model_city/% E7%92% B0% E5% A2%83% E3%83% A2% E3% 83%87% E3%83% AB% E9%83% BD% E5% B8%82% E6%8F%90% E6% A1%88% E6%9B% B8.pdf ⑶ 京都市(大都市)の例 ①経緯 京都市は人口約147万人、総面積828平方キロメートルで、その4分の 3を森林が占め、年間約5000万人が訪れる観光都市である。しかし、歴史ある京 都もまた現代都市の例にもれず、利便性や消費優先の都市化が進み、観光地を中 心とした交通渋滞の発生、都心部においては伝統的家屋(京町家)からビルへの 変容、また核家族化による全市的な世帯数の増加などにより、家庭部門及び業務 部門において二酸化炭素(CO2)排出量が増加している。2005年は1990年比1%の 112 削減にとどまっていることから、歩行者優先のまちづくりにより、温室効果ガス 排出を1990年比で2030年に40%、2050年に60%削減を目標としている。 図15 部門別排出量の推移 出所)京都市環境モデル都市行動計画 ②取組 京都市は、市内最大の繁華街,四条通での歩道拡幅による快適な歩行 空間の確保とマイカーから公共交通への転換を図るための公共交通優先の取組を 内容とするトランジットモール化と、南北にある歴史的細街路での自動車流入抑 制により一体的な歩行者中心のエリアの確保と賑わいを創出することを目指して いる。また、京都市は「エコ通勤」などのモビリティ・マネジメント施策を地域, 学校、企業、転入者、運転免許保有者、観光客など幅広い対象へ拡大して継続的 に進め、公共交通の利用を促進している。 南部開発地域では、京都市は通勤手段としてのルートや市内の観光地を巡る ルートへの高機能バスのモデル的運行に向けた取組により、環境にやさしく利便 性の高い公共交通システムを実現し,観光施策と一体化となった公共交通の利用 促進も図っている。 第6章 持続可能な社会実現のためのエコタウン事業の役割と課題 113 図16 四条通りの歩道拡幅 出所) 「『環境モデル都市』京都市の取り組み」 http://www.team-6. jp/teitanso/project/model/kyoto. html 地域の取組としても家庭の省エネ取組分をポイントに換算し、買い物に使える エコポイントモデル事業や、イベントや商品・サービスによる排出分を企業やN PO等の削減努力で埋め合わせるカーボン・オフセット制度及び市民がエコ活動 に参加できる仕組みづくりが実施されている。また、「DO YOU KYOTO ?」 (環境に良いことしていますか)を合言葉に、一人一人がエコ活動を実践し、環 境にやさしい取り組みの輪を広めるプロジェクトを進めることをとおして、世界 に「KYOTO」がアピールされる。 ⑷ 考察 ∼今後の課題と対策∼ 地域環境の重点的な課題が変わるにつれて、新たな取組が行われていく中でい くつかのも課題も残されている。低炭素都市推進協議会によって開催された低炭 素都市推進国際会議2009の総括によれば、将来世代・近隣住民への配慮、技術の 最適選択、エネルギーの運用・管理、グリーンエネルギーと既存エネルギーのイ ンフラの共存、生活の質の確保と低炭素化とのバランスが重要であるとしている。 実際、小規模市町村は比較的住民参加型の取組が多いのに比べ、地方中心都市・ 大都市では街づくりを基本とした自治体中心の取組が多いことから、人口規模が 小さくなる分、自治体の関与が少なくなり、住民の直接的負担が増えると考えら れる。また、新エネルギーに関しても小規模市町村・地方中心都市に導入される 傾向が強い。現状では、以上で紹介された環境モデル都市の取組は家庭・運輸部 114 門の CO2 排出を抑えるものが中心であるが、今後は企業と自治体が中心になり、 産業部門の CO2 排出削減を目指していくことも重要であると考える。 これら課題を解決していくには地域住民・地域企業との連携や、世界の先進都 市で行われている取組も参考にしながら、自治体が高い目標に向かっていくこと も大切である。低炭素化の取組は短期的には経済的犠牲を伴うが長期的には多く のメリットがある。住民がその内容を十分に認識し、住民参加・協議をより密に していく、あるいはそのための仕組みづくりが急務であろう。 現在、エコタウン・環境モデル都市相互間の情報交換や会議などの場は提供さ れてはいるが、その活動はあくまで個別的である。今後は、自治体相互間の連携 を強め、近隣の自治体同士が共同で効率的に実施できるような施策を行っていく ことが必要だと考えられる。これらの課題を克服する新しい取組が実現されれば、 地域環境の持続可能性を高めながら、CO2 削減を加速させることは可能である。 6.紫波町の循環型まちづくり 紫波町は岩手県中部、盛岡市の南部に位置している。人口は約34, 000人、面積 は約240平方キロメートルであり、そのうち農地面積が24%、森林面積が58%を 占めている。農業が中心の町であり、りんご、ぶどう、西洋梨などの果物やもち 米の生産が盛んである。 紫波町は将来の環境を考え、2006年6月に「新世紀未来宣言」を発表した。 2007年6月には「紫波町循環型まちづくり条例」を制定し、住民・事業者・行政 が一体となって循環型まちづくりを目指している。具体的には町は「紫波町環境・ 循環基本計画」で資源循環、環境創造、環境学習、地域交流の4つの方針を掲げ て実行している。資源循環では町はリサイクル施設において、町内で出される廃 棄物から堆肥やバイオマス燃料を製造している。環境創造では町はすべての生き 物と共生するために植林や河川の整備に取り組んでいる。環境学習では町は環境 の専門家を養成する制度や学校での教育などを通して住民が環境について学べる ようにしている。地域交流では町は地元住民の交流だけでなく、環境に対する取 り組みを PR することにより自然の豊かさを活かした観光地化も目指している。 紫波町では有機資源の100%循環を目指して、「えこ3センター」というリサイ 第6章 持続可能な社会実現のためのエコタウン事業の役割と課題 115 クル施設が整備されている。えこ3という名称は Economy(経済的)、Ecology(生 態・環境を重視した)、Earth Conscious(地球を意識する)の頭文字から付けら れたものである。敷地内には堆肥製造施設、粉炭・木酢液製造施設、ペレット製 造施設、オゾン脱臭施設が整備されていて、これらの施設で製造される堆肥、粉 炭、木酢液、木質ペレットは原則的に町内で再利用されている。これらの施設の 詳細は以下の通りである。 堆肥製造施設は2004年度から稼働し、町内で排出される家畜の排泄物、事業系 食品残渣、もみ殻等を原料として堆肥を製造している。町内から集められたこれ らの原料は発酵と攪拌が繰り返され、約3ヶ月かけて堆肥に生まれ変わる。製造 された堆肥は袋詰めされて町内の農家向けに販売されている。 粉炭・木酢液製造施設は2003年度から稼働し、製材所から排出される製材の端 材、倒木や間伐材等を原料として粉炭や木酢液が製造されている。製造された粉 炭や木酢液は土壌改良剤や堆肥発酵促進剤として利用、または販売されている。 ペレット製造施設は2005年度から稼働し、製材所から排出される製材端材、間 伐材等を活用し、木質ペレットを製造している。製造された木質ペレットは主に 駅や学校等の公共施設に設置されているペレットボイラーやペレットストーブの 燃料として再利用されている。また、一般家庭向けにも販売されている。 環境創造では、町はクマなど動物のえさとなる実のなる樹木を森林に植林する ことで動物が森から下りてこないようにして人間との自然な棲み分けを図ってい る。河川整備では「多自然川づくり」という方法を取り入れ様々な生物との共生 を目指している。また、行政だけでなく、民有林、町有林の一部を「企業の森」 として選定し、地元企業が参加して森林整備を行う「企業の森づくり」という取 組も行われている。環境創造によって守られている豊かな自然は環境学習や地域 交流にも役立てられている。 環境学習紫波町では研修会などを通して環境の専門家を養成、認定する「環境 マイスター制度」があり、2005年より環境マイスターの養成が始まり、2010年ま でに100名の養成を目指している。環境マイスターに認定された人たちは地域の 環境保全活動や住民の環境学習のリーダーとして活動している。また、紫波町は 森林資源循環を目指すために木造建築を推進していて、紫波中央駅の待合室や小 学校の校舎などの公共施設を町の木材を使用して建てている。このことは、町の 116 林業の活発化を促して環境保護と経済の両立ができるだけでなく、地域住民や子 供の環境学習にもなっている。この他にも NPO や環境マイスターが中心となっ て森林探検や水質生物調査など住民が交流しながら環境について学べるイベント が行われている。町は地域内の交流に留まらず、循環型まちづくりや豊かな自然 環境を生かした観光、紫波町産農産物の PR をすることにより、他地域との交流、 経済の活発化も目指している。 このように紫波町では町自ら定めた政策によって自然と共生できるような「循 環型まちづくり」が行われている。この政策で特徴的なことは、住民、事業者、 行政が一体となり、町内で出される廃棄物は町内で再利用するという徹底した地 域内循環のまちづくりである。農業中心の町であるからこそできるという面もあ るが、自治体独自の政策によって地元企業をも巻き込んで、住民、事業者、行政 が一体となって自発的に循環型社会形成を目指しているという点では他の地域に おいても参考になる点が多くあると考えられる。 7.日本の事例と中国社会の持続可能性 実際天津市でのフォーラムが実施された2009年10月に中央大学の学生が中国を 訪問したとき、北京市と天津市は霧あるいはスモッグにすっぽり覆われていた。 中国は他の先進国と比較しても、大気汚染と水質汚染が深刻であり、早急にこれ らを解決する必要がある。これらの問題を解決するには汚染を抑制するための法 的整備などが必要である。また、規制だけでは環境汚染を抑制することは不可能 である。そうした中でエコタウンが担う役割は非常に高く、今までは静脈産業に 狭めてきたエコタウンの概念を超えた取組も行っていく必要がある。 今後中国のエコタウン事業は持続可能な社会の実現を目的とすべきであり、そ のためには今日の環境汚染、今後起こる可能性がある CO2 の大量消費社会を作 らないように、エコタウン事業を通して解決して行くことが当面の課題であると 考えた。今回私たちは中国のエコタウンを中心とした地域環境の解決方法として 日本のエコタウン事業、環境モデル都市事業、地域循環型まちづくりという3つ 角度から日本の現状の環境政策を論じてきた。3つの取組には問題点はあるもの の、日本での経験は今後の中国の環境問題解決への方法と応用できるのではない 第6章 持続可能な社会実現のためのエコタウン事業の役割と課題 117 かと考えた。近年日本の環境事業は国主体の政策から地域主体へと変化しつつあ る。現状の中国環境事業はほぼ国主体であるため、国が主体として行われた日本 のエコタウン事業は中国にも即座に応用できるのではないだろうか。しかし、そ れだけでは中国の環境問題を解決するのは難しく、地方と国の両面からの取組が より早急に求められる。そこで地域主体の環境事業である環境モデル都市と地域 循環型まちづくりがある。特に天津市のような人口密度が高く、文化・経済・貿 易が発達している市轄区においては国と地方の両面からの取組が行われないと環 境問題を解決するのは厳しいのではないだろうか。 最後に、中国の習近平国家副主席が2009年12月に来日した際にも北九州市のエ コタンを視察するなど中国がエコタウン事業をいかに重点にして取り組んでいる かが伺える。中国エコタウン事業は今年で始まって10年になる。この節目の年に 今回の日中合同研究が中国のエコタウン事業のさらなる発展につながることを期 待したい。 謝 辞 なお、4節の作成にあたり川崎市環境局地球環境推進室の鈴木洋昌氏と川崎市 経済労働局産業振興部工業振興課環境調和型産業推進担当の澤田尚志氏にお話を 伺い、貴重な資料も提供して頂いた。 参考文献・資料 Global Environmental Centre Foundation(2005), Eco-town in Japan: Implications and Lessons for Developing Countries and Cities 1−27頁。 http://www. ietc.unep.or. jp/Ietc/Publications/spc/Eco_Towns_in_Japan. pdf 川崎市環境産業革命研究会(2005)『川崎エコタウン 環境産業革命のさらなる 展開を目指して』、海象社。 佐無田 光(2003)「川崎エコタウンの地域的経済システム」、『金沢大学経済学 部論集』第23巻2号、30−63頁。 舒 萍(2010)「天津産業エコシティの現状分析」『地球環境レポート』13号、 41-57頁。 118 嶋中留美瑠(2009)「中国の大気汚染の現状と対策」、田中廣滋編『グローバルな 地域における経済、環境と社会の計画と実施に関する資料集』中央大学教育 GP、27-41頁。 関 満博[編](2005)『「エコタウン」が地域ブランドになる時代』、新評論 113 −121頁。 田口正己(2007)「環境政策としての『エコタウン事業』に関する研究−『循環 型社会』と『資源循環型社会』をめぐって−」、『立正大学 人間の福祉』 第21号。 田中廣滋編著(2009) 『グローバルな地域連携の枠組みと経営』中央大学教育 GP、 1-23頁。http://www2. chuo-u.ac.jp/econ/gp/img/publish/book-j. pdf 外川健一(2000)「静脈産業の立地とその育成政策−エコタウン事業を事例とし 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