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PDF:7330KB - 大学教育センター

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PDF:7330KB - 大学教育センター
山口大学
FDハンドブック
第2部
「授業研究会の進め方」
制作
山口大学FDハンドブック制作WG
『授業研究会の進め方』の制作のねらいと使い方
本ハンドブックは、山口大学の FD を推進するため、「シラバスの作成」に引き続き、山口大学
FD ハンドブック第 2 部として刊行されたものです。
「シラバスの作成」では、 2003 年度から運用された Web シラバス「 CABOS 」の考え方と利用
の仕方を、教育学的観点から解説しました。今回のハンドブック「授業研究会の進め方」は、今後
進めるべき、各学部・学科、そして授業科目別分科会における実質的な授業改善活動の手引き
として、実際的なピア・レビューの方法論を解説したものです。
ピア・レビューには、さまざまな定義、解釈があります。昨今の認証評価体制で、各大学の教
育・研究を、第三者評価として、同じ研究者仲間が評価し合う方式もピア・レビューと呼ばれま
す。たとえば、 JABEE ( Japan Accreditation Board for Engineering Education )の審査・認定も、
技術系学協会との連携で行われる典型的なピア・レビューです。
しかし、もっとミクロな視点で見ると、同じ学部、同じ学科内で、あるいは同じ科目群の教員の
間で、互いの授業運営の技法を学び合い、評価し合い、共に改善を進める活動も、狭い意味で
のピア・レビューと呼ばれます。最近では、特に授業を公開し、授業研究会を開く活動を、ピア・レ
ビューと呼ぶ向きもあります。
「自分の授業をなぜ人に見せなければならないのか」、「自分の授業について、なぜ人にとや
かく言われなければならないのか」という気持ちは、誰にでもあります。ましてや、これまで学生
以外に、自分の授業に関して批評など受けたことがないのですから。
しかし、これからの大学は、教育機関として、社会全体にその教育理念や到達目標を提示し、
その達成度を、輩出する学生を通して挙証しなければなりません。理念や目標が、単なるお題目
であった時代は過ぎ去ったのです。そして、そのためには、理念や目標を実現する最も基礎的な
取り組みである「授業」を、より効果的なもの、より整合的なものに改善していく、まさにそのこと
が求められていると言ってよいでしょう。
ここで大事なことは、一足跳びに「いい授業」にしてしまうことではありません。それぞれの教員
が、様々な授業技術を持ち、いろいろな工夫を凝らして授業に取り組んでいます。学生の質や時
代の要請は時々刻々変化します。今年、うまくいった「いい授業」は、来年そのまま使えるとは限
らない時代です。要は、教員自身が、常に謙虚な気持ちで学び続けること、そして、 peer や学生
の意見を常に真摯に受け止め、改善し続ける姿勢を持つこと。これに尽きると思います。「学習
する組織」、「改善を続ける確固とした基盤のある組織」。それが、ピア・レビューで求められる一
番大事な観点なのだと考えます。
さて、本ハンドブックは、これからピア・レビューを始める各学部・学科、授業科目別分科会の
教員にとって、一番基本的な事項を説明したものです。教育学の学説も、難しい理論もありませ
ん。ただ、実際にピア・レビューを継続的に進めるため、疲れず、飽きられず、常におみやげを持
って帰ってもらえるような授業公開と研究会の持ち方について、簡単にアドバイスするものです。
本ハンドブックが、少しでも皆様方のお役に立てることを期待してやみません。
目
次
1.FDと授業研究会
1
2.公開授業と授業研究会の目的
2
3.授業研究会の開催の時期
3
4.公開授業の準備
4
5.授業研究会の進め方
7
[参考資料]
6.事例研究
8
11
山口大学FDハンドブック
VOL.2
『授業研究会の進め方』
1.FDと授業研究会
FD( Faculty Development )とは、文部科学省の定義によると、大学教員が授業内容・方法を
改善し、向上させるための組織的な取り組みの総称を意味します。
昭和 40 年代の高等教育進学者の急増を受けて、昭和 46 年( 1971 年)に発表された、当時
の文部省の「高等教育改革の基本構想」(通称四六答申)には、驚くべきことに、教育課程や教
育方法の改善(FD)と、国公立大学の設置形態の改革を含めて、現在進行中のほとんど全ての
改革の青写真が網羅されています。しかし、その後 20 年間近く、高等教育進学者が停滞(原則
抑制政策)する中、大学教育のマス化に対応する教育課程や教育方法に関する抜本的な改革
は、文部省においても各大学内部においても、残念ながら十分な検討がなされませんでした。そ
して、本格的な改革が再浮上したのは、再び高等教育進学者が急増し、規制緩和と自由化とい
う社会的・経済的な潮流が力を得る平成に入ってからでした(川島啓二、国立教育政策研究
所)。
FDという言葉は、大学教員の能力開発という意味で、アメリカで使われていたものでした。大
学事務職員の能力開発という意味では、現在、SD( Staff Development )が使われますが、イギ
リスでは、SDが、教員・事務職員双方の能力開発の意味で用いられています。
平成元年( 1989 年)、大学セミナー・ハウス教員懇談会において、絹川正吉(前国際基督教大
学学長)らが、一般教育論として『大学は変わる』を出版し、その中でFDを取り上げたことが、日
本におけるFDの認知と普及の第一歩だったと言われています。
その後、平成 3 年( 1991 年)の大学設置基準の大綱化を機に、教養部の改組転換や、セメス
ター制、昼夜開講制の導入、単位制の弾力的運用や特色ある授業科目の設置等を初めとした
教育課程改革、さらにはFDの実施やシラバス、学生授業評価などの教育方法の改善及び自己
点検・評価の努力義務化などが進められました。さらに、平成 11 年( 1999 年)には、設置基準
が改正され、より踏み込んで、FDの努力義務化や自己点検・評価の義務化、外部評価の努力
義務化などが定められて、現在に至っています。
山口大学では、設置基準の改正を受けて、平成 13 年度より全教員
に 5 年に一度のFD研修会への参加が義務づけられています。現在
は、大学教育機構が実施する一泊二日のワークショップ形式の全学F
D研修会が最も大きな活動ですが、本学でも、学部・学科単位や授業
科目分科会単位で、地道にFD活動を推進しているところもあります。
全学FD研修会は、全学共通の課題に伴う講義やワークショップを
中心に運営されていますが、学部・学科や、それぞれの教員の専門に
よって、研修会に対する要望が異なったり、直接的な効果が認められ
ないケースが見受けられます。中期目標・中期計画には、計画初年度
からピア・レビュー( peer review )の実施が盛り込まれています。これは、全学FD研修会では十
分にくみ取れなかったり、対応できなかった授業技術や授業内容に関する改善方策を、学科や
授業科目別分科会単位で開かれる、授業公開や授業研究会を中心とするピア・レビューで解決
し、実質的な授業改善につなげていこうという考えなのです。
山口大 学教育 職員能 力開発 ( FD )委員 会
(1)
山口大学FDハンドブック
VOL.2
『授業研究会の進め方』
2.公開授業と授業研究会の目的
京都大学高等教育研究開発推進センターの溝上慎一とメディア教育開発センターの田口真奈
は、公開授業や授業研究会の目的を次のように類型化しています(「授業者の成長を促す大学
の授業参観方式」、日本教育工学雑誌、 2003 )。
(1)啓蒙
「公開授業」「授業研究会」というイベントを実施することで、学内のFDへの意識を高めること、
ピア・レビューの普及促進をねらいます。
しかし、参加者が全学の不特定の教員になり、継続的には公開者や参加者の確保が困難に
なる場合が多いという問題点もあります。
(2)モデル伝達
モデルとなる授業を公開することで、参加者が、「良い授業の条件」や「授業技術」を学び取る
ことを目指します。また、授業研究会を体験することで、自らの授業における工夫を交流したり、
授業研究の方法を学んだりすることができます。
しかし、公開する側または参観する側からの一方的な働きかけや期待になるため、文脈が異
なる場合には、不消化や期待はずれという結果になる場合もあります。
(3)ファカルティ連携
授業科目別分科会の教員同士や、同一学科内の教員同士がお互いの授業を見学し合うこと
で、授業の内容を講義間で調整したり、教え方の調整を行うことを目指します。これは、中期計
画に挙げられているピア・レビューの最も典型的かつ実践的な形態で、全学FD研修会の欠点を
補うものだと言えます。
(4)反省(reflection)
自分の授業に何らかの問題を感じ、それを自ら解決するために他人の意見を聞き、どこに問
題があるのかをツール等を用いて明らかにし、改善の糸口を探るものです。
この目的のためには、信頼感を基盤とする批評者、またはその人の成長を助ける専門家が必
要です。大学教育センターの授業改善相談室が、この目的による支援を目指しています。
(5)ネットワーク志向
共同体を形成し、問題が生じたときに一緒に乗り越えることができるようなネットワークを形成
することが目的です。ともに励まし合い、楽しくなるような雰囲気が重要となります。しかし、参加
者に共通認識や共同体意識が常にあるとは限らず、また新規参入者とのコミュニケーションをは
かることが困難である場合も多いようです。
学部や学科、授業科目別分科会などの単位で、 JABEE などの外部評価への対応や、より良
い授業やカリキュラムを共同で作り上げる際などに有効です。
山口大 学教育 職員能 力開発 ( FD )委員 会
(2)
山口大学FDハンドブック
VOL.2
『授業研究会の進め方』
3.授業研究会の開催の時期
授業研究会の開催の時期は、次の二つに大別できます。それぞれに一長一短があります。
(1)授業終了直後に開催する。
授業の印象が強く残り、最も授業者や参加者の意見が出しやすい方法です。
しかし、授業終了直後に開催する場合には、指導助言者及び参観者はその授業を見学する
必要があり、授業を含めて少なくとも 3 時間以上の拘束になるため、全てのプログラムに参加す
る人はかなり制限されます。
また、時間帯によっては、授業者や参加者の時間帯が合わない場合も多く、せっかく授業研究
会に出たかったのに、出られなかったという苦情を聞くこともあります。
さらに、授業を記録したビデオを編集し、学生授業評価、参加者の授業評価アンケートなどを
集約するには、余り時間の余裕がないのも事実です。
学科や授業科目別分科会など行う場合には、全員が参加できる日程などを調整できる場合も
ありますが、通常は、いったん授業が終わったら、参加者の授業評価アンケートや意見・感想な
どを記入する時間だけを持ち、後日、改めて授業研究会を開催するのが望ましいでしょう。
(2)日を改めて開催する。
時間割の都合などで、別の日、別の時間帯に改めて開催する場合です。
この場合は、授業を記録したビデオ(できれば編集したもの)を用意するのが原則です。
また、そのビデオを貸し出したり、Web上で公開できれば、授業自体を見学できなかった人も、
授業研究会に参加することができます。
授業終了後に集めた授業評価アンケートや意見・感想などを、研究会の資料として用意してお
けば、タイム・ラグによって授業の印象が薄れることをかなりカバーしてくれます。
しかし、授業を直接見学した人と、授業研究会だけに参加する人とでは、かなり意識や印象に
差があり、また、多くの場合、参加者の数も減ることが多いようです。
山口大 学教育 職員能 力開発 ( FD )委員 会
(3)
山口大学FDハンドブック
VOL.2
『授業研究会の進め方』
4.公開授業の準備
公開授業を実り多いものにするためには、事前に次のものを準備することが重要です(表
1 )。
これらは、授業を参観する際に必要なものだけでなく、授業研究会にも必須のものです。
授業者並びに公開授業運営チームには、負担の多いことですが、いい加減な公開授業や授
業研究会は、行った教員にも参加した教員にも失望が多く、今後の継続的な開催や授業研究へ
の意欲に多くの支障を残します。
表 1 「公開授業の準備物」
① 参加者への案内(授業を行う日時、教室、授業者名、授業名、受講対象、場合によって
は出欠)
② シラバス(授業全体の一般目標、到達目標、全体の概要、本時の位置づけとテーマや
内容の分かるもの)と、当日の指導案<表 3 参照>
③ 受講者に配布する予定の資料等
④ 記名式の授業観察カード<表 4 参照>と、できれば学生授業評価アンケート
⑤ ビデオ撮影をする場合には、ビデオ撮影者との打ち合わせ(授業運営チーム)
⑥ 見学者への指示や誘導を担当する人の役割分担(授業運営チーム)
公開授業の際に、公開授業運営チームが注意を払うべき事柄には、次のようなことがありま
す(表 2 )。
表 2 「公開授業の際の注意事項」
① 授業の観察(教員、学生の双方に注意を払う)と記録(気づいた点などを記録し、事後
の研究会に役立てる)
② ビデオカメラの準備、撮影。あるいは、ビデオ撮影者への指示。
③ 見学者や学生への指示、誘導。特に、授業観察カードや学生授業評価アンケートなど
を手際よく配布し、回収する。
重要なことは、一つの授業を公開するためには、公開授業運営チーム(例えば、FD委員会な
ど)が授業者と協力しながら、綿密な準備が必要だということです。
逆に言えば、余り頻繁に公開授業を行うと、授業者も参加者も公開授業運営チームも疲弊す
るということです。公開授業を行っている大学では、どこでもこの問題が起こり、参加者や授業者
の不満や疲労がたまり、結果的に公開授業や授業検討会が衰退していく時期があるようです。
しかし、だからと言って、いい加減な準備しか行わずに、公開授業や研究会を開催すると、や
はり参加者に失望が募り、だんだん参加者が少なくなっていきます。
したがって、開催回数は余り欲張らず、一つの学部、学科、授業科目別分科会で、せいぜい1
セメスターに1、2回程度の実施が適当だと言えるでしょう。そして、公開授業運営チームは、毎
回の公開授業における参加者の意見をしっかり聴取し、 PDCA(Plan-Do-Check-Act)のサイクル
で、常に改善を続ける姿勢を持つことが重要だと言えます。
山口大 学教育 職員能 力開発 ( FD )委員 会
(4)
山口大学FDハンドブック
VOL.2
『授業研究会の進め方』
【指導案】
公開授業や授業研究会には、以下の例を参考に、簡単な指導案を準備する必要があります。
書式は基本的に自由ですが、本時の学習目標や時間経過に従った内容、学習活動等が分かる
ようにしてください。
表 3 「指導案例」
授業タイトル
本時の学習目標
授業観察の観点
時間経過
内容の要点
学習活動
教員の指導・支援、教材等
【授業観察カード】
公開授業はもちろん、ビデオで授業を参観する場合にも、参加者は自らの課題に応じて、様々
な観点から授業を観察します。
各自の観点は当然大切にしなければなりませんが、授業研究会によっては、論点を明確にす
るため、すべての参加者の要望に応えきれないこともあります。また、特にビデオによる授業参
観の場合は、授業の全体的な雰囲気や様子がつかみきれず、一部の言動をとらえて、あまり生
産的でない、枝葉末節の議論に陥ることもあります。
そこで、授業研究会に向けて、予め公開する授業(あるいはそのビデオ)を観察する観点を「授
業観察カード」に示しておくことをお勧めします。
授業者は、公開する授業に関して、自らが工夫している点を中心に、「私の授業のここを観て
ほしい」という観点を、事前に示すのです。また、参加者は、その観点に沿って授業を参観し、
「授業観察カード」に「参考になった点」や「疑問や課題が残った点」を記入します。
もちろん、参加者が授業を観た際に、自らの課題に応じて新たに観点を付け加え、それに関し
て「参考になった点」や「疑問や課題が残った点」を記入してもかまいません。
要は、授業研究会に際して、論点を明確にし、授業者が工夫している事項に関して、お互いに
学び合うという姿勢を大切にしたいということです。また、事前に観点が示されることで、同じ課題
を抱えている教員の参加を促すことにもつながると考えます。
以下に、授業観察カードの書式と観点例を示しますので、参考にしてください(表 4 、表 5 )。
また、参考資料にコピーして使える授業観察カードも織り込みましたので、ご利用ください。
山口大 学教育 職員能 力開発 ( FD )委員 会
(5)
山口大学FDハンドブック
表4
観察の観点
VOL.2
『授業研究会の進め方』
「授業観察カード」
観察者氏名(
参考になった点
授業者が予め書き込んだり、
参加者が書き込んだりする部分
表5
)
疑問や課題が残った点
参加者が授業を観ながら
あるいは授業を観たあとに書き込む部分
「授業観察の観点例」
(1)授業技術に関して
① 学生の興味・関心・知識や経験(レディネス)に配慮した導入
② 新しい知識となる理論や専門用語の分かりやすい説明
③ 授業者の適切な音声情報(声の大きさ、早さ、発音の明瞭さ、間の取り方等)
④ 授業者の適切な視覚情報(アイコンタクト、顔の表情、ジェスチャ、姿勢等)
⑤ 授業者の効果的なメディア利用(黒板・白板の利用、配付資料、 OHP やビデオ、コンピュータなどの
提示資料等)
⑥ 飽き(眠気)のこない、刺激( CUE )を適所に取り入れた授業
(2)授業運営・授業構成に関して
① 授業者と学生との適切なコミュニケーション(質問・指示の仕方、学生との応答、机間巡視等)
② 授業の適切な雰囲気作り(不測の事態への対応、怒り方、誉め方)
③ やる気のない学生、寝る学生、携帯電話をする学生への対応
④ 導入・展開・まとめの組み立ての工夫
⑤ 適切な進度の工夫
⑥ 例示、演示の工夫
⑦ 学生が考える(書く、話し合う)演習や課題の工夫
(3)授業の目標、達成度、理解度、満足度、内容に関して
① 質・量共に適切な学習目標の設定と提示
② 学習目標の達成度向上の取り組み
③ 授業に対する満足度向上の取り組み
④ 課題への興味・関心向上の取り組み
⑤ 授業に対する理解度向上の取り組み
(4)学習活動、学生の参加度に関して
① 自学自習の取り組みと工夫
② 発表の取り組みと工夫
③ グループ活動の取り組みと工夫
④ 意見や質問を出させる取り組みと工夫
⑥ 私語をさせない取り組みと工夫
⑦ 遅刻や早退をさせない取り組みと工夫
⑧ 集中した雰囲気を持続させる取り組みと工夫
⑨ グループ内の相談、議論を活発にさせる取り組みと工夫
⑩ リーダー中心のグループ活動を促進する取り組みと工夫
⑪ 全員参加のグループ活動を進める取り組みと工夫
⑫ 宿題や課題に積極的に取り組ませる工夫
山口大 学教育 職員能 力開発 ( FD )委員 会
(6)
山口大学FDハンドブック
VOL.2
『授業研究会の進め方』
5.授業研究会の進め方
ここでは、主に公開授業と別の日時に授業研究会を持った場合の注意点を述べます。
授業研究会を有意義なものにするためには、次のことがらの準備が必要です(表 6 )。
授業者だけで負担するのは大変ですので、公開授業運営チームが中心になって用意してくだ
さい。
また、授業研究会の成否は、準備物はもちろんですが、ひとえに司会者と指導助言者にかか
っていると言っても過言ではありません。参加者に必ずおみやげを持って帰ってもらう研究会に
は、常に人が溢れ、参加者の笑顔と共に、自らの授業への明確な展望が明らかになるもので
す。授業研究会の先進校では、優れた授業研究会に参加したら、その教員の学生授業評価の
満足度が飛躍的に上がったという報告もあります。
表 6 「授業研究会の準備物」
① 参加者への案内(授業研究会を行う日時、教室、授業者名、授業名、場合によっては
出欠)
② 公開授業で配ったものと同じシラバス(授業全体の一般目標、到達目標、全体の概要、
本時の位置づけとテーマや内容の分かるもの)と、当日の指導案
③ テキストの必要箇所のコピーや受講者に配布した資料等
④ 授業観察カードと学生授業評価アンケートを集計したもの
⑤ 授業を記録したビデオ(できれば、授業の要点を押さえて、 20 分∼ 40 分程度に編集さ
れたものが望ましい。また、編集には、授業者及び公開授業担当チームが携わることが
重要である)
⑥ 授業研究会に対するアンケート用紙(記名式で自由記述)
⑦ 司会者、指導助言者、記録者の役割分担(公開授業運営チーム)
次に、授業研究会の進行は、次のようなモデルが考えられます(表 7 )。
長くても、 2 時間を超えないようにすることが、充実し、集中した研究会の条件です。
表7
「授業研究会の進行モデル」
① 司会者の挨拶(授業者、参加者へのお礼、本授業研究会の目的の説明、本日の日程
と進め方の説明、資料の確認等々)
② (授業者が同席する場合には)授業者の挨拶
③ 授業研究会参加者の自己紹介
④ 司会者による授業観察の観点の提示
⑤ ビデオの視聴( 20 分∼ 40 分程度)
⑥ 意見交換
⑦ 指導助言者によるまとめ
⑧ 司会者の挨拶(授業者、参加者へのお礼)と授業研究会アンケート記入の依頼
山口大 学教育 職員能 力開発 ( FD )委員 会
(7)
山口大学FDハンドブック
VOL.2
『授業研究会の進め方』
【参考資料】
(1)授業評価における学生のメンタル・モデル
話し方
理 解
.76
説 明
.80
.83
教 材
.65
授業技術
メディア
.89
スキーマ形成
.42
.87
.59
質 問
満 足
.73
−2002年度学生授業評価−
(講義数149、N=9,624)
CFI=.951、AIC=1795.989、GFI=.955
態 度
図1
「学生授業評価における学生のメンタル・モデル」(沖)
図 1 は、山口大学の共通教育で実施されている学生授業評価項目間の関係を示したもので
す。四角で囲まれたものが質問項目で、円で囲まれたものがその間に介在する因子(潜在変量)
です。左の四角の質問項目は、主に授業技術関連の項目を意味し、非常に大きなパス係数で、
右側にある授業の理解度(.71 )と満足度(.77 )に影響していることが分かります。
(2)メラビアンの法則
表6
「コミュニケーションの効果の 3 原則」( Mehrabian,1971 )
①
②
③
話の内容( Verbal )
音声( Audio )
視覚( Visual )
7%
38%
55%
コミュニケーションにおいて重要なのは、話の内容より、顔の表情や声音などの視覚・音声情
報だと言われています。メールによるコミュニケーションでは、 7%のチャンネルにすべてが託さ
れているわけですし、電話では、 7%+ 38%になります。そして、授業では、むしろ音声情報や視
覚情報が(講義の内容よりも)重要になってきます。
本学の学生授業評価の授業技術項目が、音声や視覚情報を測る内容になっていて、理解度
や満足度に大きな影響を与えているのも納得できるはずです。
山口大 学教育 職員能 力開発 ( FD )委員 会
(8)
山口大学FDハンドブック
VOL.2
『授業研究会の進め方』
(3) Learning Pyramid
図 2 「 Average Learning Retention Rates 」
(出典: National Training Laboratories, Bethel, Maine )
学習定着率は、講義が最も低く、他人を教える行為が最も高くなります。 また、一般の授業
でも、できるだけ、視聴覚メディアを用いること、グループでディスカッションをすること、そして実
習や他人を教える行為を組み込むことで、学習定着率を上げ、学生授業評価の満足度や理解
度を上げることができます。
廣中レポートにも取り上げられた「学生参画型授業」は、ピラミッドの底辺に位置する学習方法
を、その主要な学習方術に用いています。
(4) PDCA サイクル(計画−実施−検証−改善)
これまで教育に関する評価は、「何を教えるか」が中心でした。すなわち、教員側による
Teaching が主体であり、学生がどの程度修得したかについては余り考えられてきませんでした。
また、往々にして修得できないのは学生のせいにされがちでした。これからは、学生が何を学び
( Learning )、何を修得したかを挙証することが求められています。
認証評価体制では、「大学の公表されたカリキュラムを修了した学生全員が、カリキュラムの
目標( Graduation Policy )に到達すること」、また、「適切な支援によって、それを達成しうるシス
テムになっていること」を示さなければなりません。つまり、大学側は、目標を提示し、学生が学
び続け、目標に到達することを支援すると同時に、その支援が有効に機能することを常にチェッ
クし、継続的に改善していくシステムが重要となります。
これらのシステムを PDCA(Plan-Do-Check-Act)サイクルと呼びます。
大学教育の分野では、小さくは授業設計とその改善に用いられる PDCA (教育学では
Plan-Do-See と呼ばれていました)から、カリキュラムや学生支援体制全般を含めた PDCA まで、
昨今はこの思想が大流行です。 JABEE が審査対象としているのもこのサイクルの有効性です
し、ピア・レビューが求められるのもこのサイクルの実施です。
PDCA サイクルは、別の言葉で言うと、「学び続ける組織( Learning Organization )」であると
言えます。
山口大 学教育 職員能 力開発 ( FD )委員 会
(9)
山口大学FDハンドブック
VOL.2
『授業研究会の進め方』
授 業 観 察 カ ー ド
授 業 名(
授 業 者(
観察者氏名(
観察の観点
山口大 学教育 職員能 力開発 ( FD )委員 会
)
)
)
参考になった点
疑問や課題が残った点
( 10 )
山口大学FDハンドブック
VOL.2
『授業研究会の進め方』
6.事例研究
(1)「理科指導法総論」の事例
◇テ
ー
マ:
◇当授業の概要:
「分かった」という実感を持たせるための授業の工夫
抽象的で難解な科学概念や事象を理解させるための授業構成
や授業法について、転向力(コリオリの力)を例にして授業を行う。
◇担
当: 山口大学教育学部教授 池田 幸夫
◇受 講 対 象: 理学部、教育学部の中学校・高等学校理科教諭免許取得
予定者約 100 名
◇授 業 区 分: 講義
◇授
業
日: 2004 年 6 月 23 日(水) 3 ・ 4 限
◇教
室: 教育学部 11 番教室
◇授 業 研 究 会: 2004 年 6 月 28 日(月) 午後 1:00 ∼ 3:00
於共通教育会議室
(2)「教育工学Ⅰ」の事例
◇テ
ー
マ:
少人数授業における、コンピュータを利用した学生主体の授業の
工夫−聴くだけの授業からの脱皮−
◇当授業の概要: 学習を支援するシステムの研究∼「教える」「学ぶ」という行為の
複雑さを体験し、難しさを認識する∼
◇担
当: 山口大学教育学部付属教育実践総合センター助教授 鷹岡 亮
◇受 講 対 象: 教育学部 教育・数理情報の学生約 20 名
◇授 業 区 分: 講義と演習
◇授
業
日: 2004 年 7 月 6 日(火) 1 ・ 2 限
◇教
室: 教育学部 25 番教室
◇授 業 研 究 会: 2004 年 7 月 12 日(月) 午後 1:00 ∼ 3:00
於共通教育会議室
山口大 学教育 職員能 力開発 ( FD )委員 会
( 11 )
山口大学FDハンドブック
VOL.2
『授業研究会の進め方』
(1)「理科指導法総論」の事例
①
シラバス
[開設科目名]
[担当教官]
[授業区分]
理科指導法総論
池田幸夫
講義
[単位数] 2 単位
[開設期] 前期
[対象学生] 理・教育学部
[授業の概要]
理科教育に関する概要について講義する。中学校・高校理科教諭免許を取得するためには必修である。
[授業の一般目標]
理科教師として必要な基礎的な知識や技能を修得する。
[授業の到達目標]
◇知識・理解の観点:理科教育に関する基礎的な知識理解
◇思考・判断の観点:科学的な思考力と判断力
◇関心・意欲の観点:理科教育に対する興味関心
◇態度の観点:真面目に取り組む姿勢
◇技能・表現の観点:理科授業を構想して実践する技能と表現力
[授業計画]
理科教育の歴史から入り、現在の理科学習指導要領の理念について考察する。その後、理科の学習論や指導
案の作り方を実践を交えて解説する。
[各週 項目 内容]
<第 1 週> オリエンテーション、 授業の概要説明と受講確認
<第 2 週> 理科教育の理念、 理科教育の考え方
<第 3 週> 戦後の理科教育(1)、 戦後から平成元年までの学習指導要領の変遷
<第 4 週> 戦後の理科教育(2)、 現行の理科学習指導
<第 5 週> 理科の学習論(1)、 仮説実験学習ほか
<第 6 週> 理科の学習論(2)、 構成主義学習論ほか
<第 7 週> 環境教育とSTS教育
<第 8 週> コンピュータの利用
<第 9 週> 理科学習の評価、 概念地図法ほか
<第 10 週> 理科授業計画の作り方1・指導案の作成1、 指導案の作り方とその実習
<第 11 週> 指導案の作成2、 指導案の実習
<第 12 週> 模擬授業(発表)
<第 13 週> 模擬授業(発表)
<第 14 週> 難解な科学概念の教授法、 高校地学転向力を例として
<第 15 週> 試験
[成績評価方法(総合)]
試験とレポート(指導案)で評価する。
[成績評価方法(観点別)]
知識・理解
思考・判断
定期試験(中間・期末試験)
◎
◎
小テスト・授業内レポート
宿題・授業外レポート
◎
◎
授業態度・授業への参加度
受講者の発表(プレゼン)・授業内での制作作品
演習
出席
その他
関心・意欲
態度
○
◎
技能・表現
○
◎
評価割合(%)
◎
◎
80%
評価に加えず
20%
評価に加えず
評価に加えず
評価に加えず
評価に加えず
評価に加えず
[関連科目] 理科実験指導法 I ・ II
[教科書] 未定、[参考書] 授業の中で紹介する。
山口大 学教育 職員能 力開発 ( FD )委員 会
( 12 )
山口大学FDハンドブック
②
『授業研究会の進め方』
VOL.2
当日の指導案
「難解な概念や事象を理解させる授業方法」−地球の自転と転向力(コリオリの力)を例として−
分
学習事項と内容
活動
教材など
<導入>
1
前時の質問への回答
プリント
2
課題に関する既知事項の確認と意識づけ
①低気圧の風向
衛星写真
②貿易風と偏西風
透明半球
演示:大型透明半球を回転
透明半球
図を用いて思考実験
回転台
①
プリント
10
<展開1>
1
課題提起:低気圧の渦巻き、偏西風の向
きと自転との関係
2
思考実験: 回転円盤上のロケットに軌跡
を調べる
教師が説明
①上空から円盤を見下ろす場合
60
②円盤上で回転しながら見る場合
3
「中心から外へ」は
モデル実験: 厚紙を回転しながら直線を
②
「外から中心へ」を
各自で考える
実験:
1班3∼4名
厚紙( B5 )
(2人1組)
引く。
4
地面の回転とロケットの軌跡のまとめ
進路の向きに関係なく、半回転方向に曲
話題:山口から下関
がる。
に向けて大砲を発
北半球...右手側へ
射。弾はどこへ?
南半球...左手側へ
5
地球の自転と自転による地面の回転
透明半球
地球の自転
... 15 °/h
演示実験:大型透明半球を
山口の地面の回転
... 8.4 °/h
回転しながら、真北の向き
回転台
が回転することを示す。
60
<展開2>
6
低気圧の渦巻きを転向力で説明
空気の熱対流
ポイント→人間は自分の回転を自覚できない
7
貿易風・偏西風を転向力で説明
①学生の既知事項..空気の熱対流
プリント
②大気の熱対流と自転との関係
80
<まとめ>
①意識を高める工夫..疑問を意識化する効果的な導入
②理解を促す展開..学生が知っていることを用いて説明する
③思考を促す工夫..思考実験
90
<終>
山口大 学教育 職員能 力開発 ( FD )委員 会
( 13 )
山口大学FDハンドブック
VOL.2
『授業研究会の進め方』
③授業観察カード
池田先生が最初に提示した授業観察の観点(1∼3)と、参観者が書き込んだ観点(4、5)を
列記します。また、「参考になった点」と「疑問や課題が残った点」は、参加者が書き込んだものを
まとめました。
観察の観点
1.課題の明確化(授業技術)
参考になった点
疑問や課題が残った点
・今回の授業は、理科の指導法に
ついての講義だったが、それはそ
のまま今回の講義の方法論にも
なっていて、何を学ぶかが最初に
提示されているところは素晴らし
かった。
2.学生の興味・関心、知識や経験に ・「知っているところから入る」が基
配慮した導入の仕方(授業技術)
本。難解な概念や事象もそこから
はいると分かりやすい。
・動機付けにさまざまな提示資料
を用意し、知っていることと知らな
いことを明確にする手法は見事。
3.思考実験−学生が考える課題の ・理科指導法として思考実験の有 大学の教室は、人数や教室の
工夫(授業運営・授業構成)
用性を明らかにした。大学におけ 造りにより、机間巡視やグルー
る他教科の講義でもかなり応用で プ活動に不向きな場合が多い。
きる。
・隣り合う学生同士が協力して思
考実験を進め、教員は机間巡視し
ながら個別に助言を行う。人数が
多いにも関わらず、きめ細かな配
慮が見られた。
4. OHC の効果的な利用(授業技術) ・黒板が反射して見にくいところを
カバーする使い方
・実物提示だけでなく、資料への
書き込みやシミュレーション、板書
と同様の使い方
・学生の理解度や反応に応じた臨
機応変な板書
・黒板だと後ろを向いて書くが、学
生の様子を見、説明しながらの板
書
・一部はパワーポイント等で代
用が可能で、その方が美しく読
みやすい場合がある。ただ、そ
の場合は学生が書き写す工夫
が必要。
5.導入・展開・まとめの組み立て(授 ・大学での講義は漫然と教えたい
業運営・授業構成)
ことを話すだけだったが、動機付
けや展開、考えさせる工夫など、
授業の進め方に学ぶところが多
い。
山口大 学教育 職員能 力開発 ( FD )委員 会
( 14 )
山口大学FDハンドブック
④
授業研究会で得られた知見
VOL.2
『授業研究会の進め方』
−指導助言者のまとめ−
池田先生の授業の一番大きな特徴は、この授業が高等学校の理科指導法に関する授業であると同時に、
コリオリの力という難解な概念を学生に理解させるという二つの側面を持っている点だと言えます。実際、池田
先生の授業には二つのまとめがあり、一つは「貿易風・偏西風」をコリオリの力と熱対流で説明するところ、もう
一つはこの授業の流れを通して、理科指導法の方法論を説明するところです。
難解な概念や事象を理解させる授業を、レディネス( readiness )への配慮や思考を促す工夫を織り交ぜなが
ら実際に体験させることによって、すなわちそれが理科指導法であると納得させるところには、教師経験の長
い池田先生の巧妙な指導方略( instructional statistics )が感じられます。
さて、池田先生の授業を、授業者と見学者から出された観察の観点に沿って見てみましょう。
まず、「課題の明確化」と「学生の興味・関心、知識や経験に配慮した導入の仕方」についてです。授業の導
入に、本日は何について学ぶのかということを受講者に分かりやすく説明することが授業の成立や定着に非
常に大事だということを、理科指導の方法論として実演されています。池田先生の授業では、まず、理科指導
法について「知っていることから入る」ことの重要性を述べ、次いで実際に配布した資料に基づいて「貿易風」
や「偏西風」を書き込ませる作業を学生に要求します。この時点で学生たちは、すでに方法論の追体験に入っ
ているわけですが、高校時代に覚えた「貿易風」や「偏西風」が、どうしてその向きになるのかを改めて考えさ
せられます。さらに仕掛けは続きます。池田先生は、衛星写真や透明半球を用い、受験勉強で結果だけを覚
えた知識が、いかに頼りなく、また生徒たちに感激や感慨をもたらさないかを説明し、本日の課題−理科指導
法としての「課題の明確化」の重要性と、本日の内容としての「課題」−を提示するわけです。このとき、 OHC
による台風の写真の提示や透明半球という実物を巧妙に織り交ぜて、学生たちの興味・関心を高めていく技
法は、非常に見ていて感心します。
次に、「思考実験」では、講義形式の授業での弱点を見事に解決しています。用意したものは、学生たちが
ペアを組んで机上で実験できる厚紙の実験道具だけで、難解なコリオリの力を体験しています。ここにも、
OHC による提示が有効に活用されています。さらに、思考実験の最中の机間巡視は、大学では余り見かけな
い光景ですが、個別の興味付けや質問への回答に大いに功を奏しています。ただ、人数や教室の造りによっ
てやりにくい場面が想定されますが、このようなきめ細かな KR ( Knowledge of Results )は、授業におけるコミ
ュニケーションの基本形であり、池田先生の持ち味であると言えるでしょう。
見学者から出た観点で最も多かったものは、「 OHC の効果的な利用」でした。上述したとおり、さまざまな場
面で OHC が活用されていますが、もともとは使用した教室の黒板が光って見えないという悪条件を改善する
ために始められたものです。したがって、利用方法は、資料や写真の提示、回転させるなどのシミュレーション
のみならず、黒板のように「書く」という作業も OHC 上で行われています。一部の参加者からの指摘があった
ように、 OHC では学生の方に顔を向けて、学生の反応を見ながら書くという作業をできる点が、極めて新鮮に
見えました。もちろん、非常に多くの文章を板書するには不向きですし、ポイントを押さえたまとめなどには、む
しろパワーポイントの方が有効なこともあります。ただ、板書と同様、授業者が書くスピードは、それをノート・テ
ークする学生にとっても適切な間合いであり、臨機応変な OHC での「板書」は、今回かなり効果的だったよう
に思います。
最後に、「導入・展開・まとめの組み立て」に関しては、漫然と教えたいことを話す講義が多い中で、理解度
や満足度を高める最も重要な要素であることを改めて示したものと考えます。大いに見習いたい事項だと考え
ます。
山口大 学教育 職員能 力開発 ( FD )委員 会
( 15 )
山口大学FDハンドブック
VOL.2
『授業研究会の進め方』
(2 )「教育工学」の事例
①
シラバス
[開設科目名]
[担当教官]
[授業区分]
教育工学
鷹岡亮
講義と演習
[単位数] 2 単位
[開設期] 2 年生前期
[対象学生] 教育学部
教育・数理情報
[授業の概要]
教育工学は,人間の学習過程を対象にした,授業や教育改善に貢献することを目的とした学問です.具体的に
は,ネットワークやメディアなどの情報手段を用いた授業・教育改善,授業設計方法を探究することによる授業・教
育改善,教育工学の研究方法や教育工学を支える基盤研究を進めることによる結果としての授業・教育改善です.
この授業では、「教育工学とは何か」からはじめ、教育工学の歴史、研究方法論、各分野の研究内容について学ん
でいきます。
[授業の一般目標]
(1) 教育工学の研究方法論や各分野の研究内容を説明できること。
(2) 目的に応じたプレゼンテーション技術を身につけることができること。
(3) 個人・グループで問題解決型学習 (課題→調査・問題解決→発表[レポート])を行うことができること。
[授業の到達目標]
◇知識・理解の観点:教育工学に関する基本的知識の理解と各研究分野の内容に関する基本的知識の理解
◇思考・判断の観点:問題解決力の向上
◇関心・意欲の観点:教育工学に対する興味関心の向上
◇態度の観点:個人・グループ発表に対して積極的に取り組む姿勢と態度の向上
◇技能・表現の観点:授業で利用するツールの技能と表現力の向上
[授業計画]
最初に教育工学の研究分野を概観し,目的に応じたプレゼンテーション技術について実際の発表を通して習得し
ていく.次に,教育工学の各研究分野について,学生の個人・グループ発表を行いながら,説明・演習を行っていく.
<第 1週> 本授業の内容・進行・評価方法に関する説明
<第 2週> 教育工学の定義,研究分野の概観
<第 3週> 人間の情報処理の仕組みとコミュニケーション・プレゼンテーションについて
<第 4週> 製品内容に関するプレゼンテーション①(個人発表,発表評価)
<第 5週> 製品内容に関するプレゼンテーション②(個人発表,発表評価)
<第 6週> 目的に応じたプレゼンテーション技術のまとめ
<第 7週> メディア研究の研究内容と方法(個人キーワード発表,発表評価)
<第 8週> 授業研究の研究内容と方法(個人キーワード発表,発表評価)
<第 9週> 教師教育研究の研究内容と方法(個人キーワード発表,発表評価)
<第10週> 情報教育研究の研究内容と方法(個人キーワード発表,発表評価)
<第11週> 認知研究の研究内容と方法(個人キーワード発表,発表評価)
<第12週> 学習支援システムの研究内容と方法(グループ発表,質疑)
<第13週> ネットワーク利用した学習の研究内容と方法(グループ発表,質疑)
<第14週> データ解析(一般的統計手法の教育応用)の研究内容と方法(グループ発表,質疑)
<第15週> データ解析(評価理論)の研究内容と方法(グループ発表,質疑)
[成績評価方法(総合)]
出席,レポート,個人・グループ発表,学生間相互評価により総合的に評価する。
[成績評価方法(観点別)]
定期試験(中間・期末試験)
小テスト・授業内レポート
宿題・授業外レポート
授業態度・授業への参加度
受講者の発表(プレゼン)
演習
出席
その他
知識・理解
思考・判断
◎
◎
◎
◎
◎
◎
◎
関心・意欲
態度
技能・表現
○
◎
○
◎
◎
○
◎
◎
◎
評価割合(%)
評価に加えず
20%
30%
評価に加えず
20%
10%
20%
評価に加えず
[関連科目] 教育工学Ⅱ、教育情報科学 [教科書]授業内で指示する [参考書] 授業内や授業Webで適時紹
介する [メッセージ] 授業内では,IT機器を活用した個人やグループ発表の機会を多くつくります。授業の連絡
等は授業Webで連絡します。[授業Web] http://www.cai.edu.yamaguchi-u.ac.jp/~ryo/Lecture/04ET1
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( 16 )
山口大学FDハンドブック
②
VOL.2
『授業研究会の進め方』
当日の指導案
授業タイトル
学習を支援するシステムの研究
∼「教える」「学ぶ」という行為の複雑さを体験し,難しさを認識する∼
(1) 学習支援システムが「どのような学問分野であること」を説明することができること
学習を支援するシステム研究を概観し,研究の歴史的経緯,研究課題やそこでの問題点を
知り,これからの研究展開についてイメージすることができること.
本時の学習目標:
(2) 人間の凄さを実感すること
具体的な事例の演習を通して,「教える」「学ぶ」という過程(教授・学習過程)の仕組みを実
感し,人間の内的プロセスへの探究心を持つこと.
(1) 教授・学習過程の仕組みについて
本時の学習内容:
(2) CAI の構成,種類,問題点について
(3) 学習支援システムの研究課題と問題点について
実施場所:
教育学部 25番教室
・授業進行用資料 (PPによる作成)
・学生用資料 (PPによる作成)
準備する教材:
・質問掲示板 (グループ発表における質疑応答に利用)
・多項分数ツール (ドリル型CAIの事例として活用)
・学習支援システムの事例ビデオ (CAIの問題点を克服したシステム事例として紹介)
・授業評価シート (学生の授業への取組み,授業への質問,教員の授業評価として利用)
授業におけるIT機器の効果的な活用について
+IT機器ありきの授業になっていないか?
+IT機器の利用が,授業の中で「意味づけ」されているか?
授業観察の観点:
+ある授業場面におけるIT機器の利用が,学習効果の向上を期待できるか?
学生主体の授業について?
+学生の作業が,授業の中で「意味づけ」されているか?
+作業時に,学生が作業目的や作業内容を認識して行動しているか?
+ある授業場面における作業や質疑応答が,学習効果の向上を期待できるか?
+IT機器が作業や質疑応答等で利用される場面で,利用方法が認識されているか?
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( 17 )
山口大学FDハンドブック
VOL.2
『授業研究会の進め方』
公開授業用学習指導案(H16.07.06)
学習過程
時間
学習事項と内容
8:40 <<導入>>
(0)
1. 公開授業の説明
2. 今日の授業テーマの説明
・学習支援システムとは?
・「教える」行為の複雑さ
3. 前回課題の解答
8:50
(10)
<<展開1>>
1. CAI について
・CAI が登場した理由
・CAI の長所
・CAI の構成
・CAI の種類
・CAI の短所
2. 発表に対する質疑応答
学習活動
・「問い」への「回答」.
・「問い」への「回答」.
・「問い」への「回答」.
・○○主義の学習事例を演じる
「キャスト」.
<<展開2>>
1. 教える行為のプロセスを説明
(分数の家庭教師を例に)
2. 学習者の理解状態の理解
・解法過程を解法規則で認識
・学習者の誤りの認識
9:50
(70)
・発表内容質問への応答
「分数を教える家庭教師」を例
にして,教える行為に内在する
プロセスを理解させる.(PP利
用)
・個人による演習(PP利用)
解法過程を認識する過程を説
明してから,演習の仕方を説明
する. (PP利用)
誤りを認識する過程を説明して
バグ規則の存在を理解させ,バ
グ規則発見演習の説明を行う.
(PP利用)
・個人による演習と
グループによる話合い(PP利用)
・「問い」への「回答」.
10:00 <<まとめ>>
(80) 1. 授業の振りかえり
2. 課題に対する説明
3. 授業評価シートの記入
発表者の理解度を考慮しなが
ら,発表内容とグループ作業に
対する質問を行う.
CAI の構成, 長所と問題点を
中心に,ツールの体験を通しな
がら,補足説明を行う.(PPや分
数ツール利用)
・「問い」への「回答」.
<<展開3>>
1. 学習支援システム開発事例
2. 学習支援システム研究の
研究課題について
公開授業の説明,経験話から,
授業研究が教育工学の一つの
研究分野であることを再認識さ
せる.
個々の学習目標の概要を伝
え,授業テーマを意識化させ
る.(PP利用)
行動主義,認知主義,状況主
義における学習の定義を解説
するとともに,心理学が学習支
援システム研究に影響を与え
ていることを理解させる.(PP利
用)
・「グループ」による「発表」
(PPや ホワイトボード等の利用)
・「聴講者」による「質問」
(掲示板の利用)
3. 発表に対する補足説明
・「問い」への「回答」.
(CAI研究の問題点整理を中心に) ・分数ツール利用の演示・問題解決
(分数ツール利用)
9:20
(40)
教員の指導・支援
個人による作業(Web・メール利用)
山口大 学教育 職員能 力開発 ( FD )委員 会
ビデオを利用して,具体的なシ
ステムのイメージを持ってもら
う.(PP利用)
いくつかの研究課題を例として
とりあげ,研究内容を意識して
もらう.(PP利用)
教授・学習過程にどのようなプ
ロセスがあったか,また,その
プロセスにどのような知識や規
則が必要であったかをまとめ,
理解させる.(PP利用)
課題についての説明を行う.(W
eb利用)
授業評価シートに記入して、メ
ールで提出するように指示を出
す.(Web利用)
( 18 )
山口大学FDハンドブック
VOL.2
『授業研究会の進め方』
③授業観察カード
鷹岡先生が最初に提示した授業観察の観点(1∼2)と、参観者が書き込んだ観点(3)を列記
します。また、「参考になった点」と「疑問や課題が残った点」は、参加者が書き込んだものをまと
めました。
観察の観点
参考になった点
疑問や課題が残った点
1.授業における IT 機器の効果的な ・ HP と授業のリンクは非常に参
活用(授業技術)
考になった。
・初めに IT 機器ありきの授業になって
いないか
・ IT 機器の利用が、授業の中で「意味
づけ」されているか
・ある授業場面における IT 機器の利
用が、学習効果の向上を期待できる
か
・単なる提示ならば、紙や白版
の方が便利な場合もある。
・机上のコンピュータが、今回
はほとんど使われなかったの
で、余分な画面を見るなどして
邪魔だった。
・パワーポイントを使用するせ
いで、授業者や学生の顔が見
えない。
・パワーポイントで準備された
教材による提示には限界があ
る。
2.学生主体の授業(学習活動、学生
の参加度)
・学生の作業が、授業の中で「意味づ
け」されているか
・作業時に、学生が作業目的や作業
内容を認識して行動しているか
・ある授業場面における作業や質疑応
答が、学習効果の向上を期待できる
か
・ IT 機器が作業や質疑応答等で利用
される場面で、利用方法が認識されて
いるか
・聴く、考える、発言する行為は
多かったが、書く、タイプする、
話し合う行為は少なかった。
・良く準備され、完結した授業だ
ったが、考えをまとめる時間が
少なく、追いつめられるような
圧迫感、息苦しさがあった。
・作業の結果のフィードバック
が少なかった。
・教員の発問に拡がりがあり、
( How about ) type がふんだんに
用いられていた。
・学生を使ったパフォーマンスは、
難しい概念をイメージ的に分かり
や す く 理 解 さ せ る 良 い 方 法 であ
り、また授業にメリハリをつける効
果もある。
3.授業者の適切な視覚情報(アイコ ・若さに溢れる活動的な授業で、
ンタクト、表情、ジェスチャ等)(授業技 鷹岡先生の魅力が良く伝わった。
術)
・従来の堅苦しい講義の枠を超え
た新鮮な授業だった。
・さまざまなメディアを用い、すべ
ての学生を名前で呼ぶなど、学生
と教員の壁を越えた親近感があっ
た。
山口大 学教育 職員能 力開発 ( FD )委員 会
( 19 )
山口大学FDハンドブック
④
授業研究会で得られた知見
VOL.2
『授業研究会の進め方』
−指導助言者のまとめ−
鷹岡先生の授業は、若さと優しさが溢れ、学生と教員とが非常に近い関係にあることを実感させる授業でし
た。少人数授業だったせいもありますが、小気味よいスピードで繰り出される質問は、学生一人ずつの名前を
空で呼び、答えられた場合もそうでない場合も、適切な KR 情報を返しています。大学でよく見かけられる一方
的な講義はここではほとんど見受けられず、教員と学生が授業という営みに共同で参加し、創り上げている雰
囲気が感じられ、見ていて非常に微笑ましく感じられました。
さて、授業観察の観点に沿って鷹岡先生の授業を見ていきましょう。
まず、「授業における IT 機器の効果的な活用」です。授業の中で使われたメディアは、ホワイトボードの他、
教員の提示用コンピュータとプロジェクタ及びスクリーン、学生の前に置かれたコンピュータです。また、提示用
コンピュータでは、授業に関するホームページと CAI ( Computer Assisted Instruction )用分数ツール、さらに
パワーポイントが用いられました。学生たちも、提示されているパワーポイントやホームページを、机上のコン
ピュータで確認することができます。しかし、学生用コンピュータは、今回の授業ではほとんど利用されることが
なく、逆に異なったページを閲覧するなどして、むしろスクリーンや授業者の話への集中度をそぐ結果になった
ように思われます。普段の授業では学生用コンピュータも活用されているのだと思いますが、この点に関して
は、授業者本人も失敗だったと反省の弁がありました。
パワーポイントによる説明は、学生たちに配付資料が配られていることもあり、非常に分かりやすくまとめら
れていました。短い時間に、多くの内容を伝えるには、視覚効果の優れたメディア利用が欠かせません。学生
たちも、集中してスクリーンを見つめ、授業者の話にうなずきながらメモをとる姿が見られました。
提示教材を使った授業の課題は、学生たちに考えさせる時間、ノートをとる時間、質問をする時間などをど
のように保障するかだと思われます。パワーポイントは、テンポ良く話せるため、ついつい早くスライドを送りす
ぎて、学習者がノートをとったり、考えたりする時間がなくなることが多々あります。視覚教材のキュー( Cue )と
しての効果はせいぜい 15 分程度が限界ですから、 90 分授業をすべてスライド提示で終わった場合には、学
習定着率は黒板や紙の資料を使った場合よりも低下することが報告されています。メディアの利用は、両刃の
剣で、効果的に使った場合にはキューとしての効果も相まって、非常に学習効果を高めますが、一つのメディ
アに過度に依存すると、逆に学習効果を減じることになります。さまざまなメディアをミックスして、常に新鮮な
気持ちを抱かせると同時に、ノートをとる時間や考える時間、あるいは相談する時間などを十分に確保したり、
スライドを見ながら穴埋めできるような配付資料を準備すると良いでしょう。
次に「学生主体の授業」に関して検討します。今回の授業は、授業者と学生との間の頻繁に行われる質疑
応答の他、学生のパフォーマンスやプレゼンテーションも含まれ、非常に盛り沢山の指導方術が使われていま
した。学生たちも、和気藹々とした雰囲気の中で、楽しんで授業に参加している様子が見て取れましたが、作
業のあとのフォローについて、幾分問題があったのではないでしょうか。たとえば、 CAI の仕組みを説明する
箇所で、各自に分数問題を解かせる行為がありましたが、残念ながらそれを発表させたり、確認したりする行
為はとられませんでした。学生は、何のために分数問題を解いたのか分からず、また、これによって何に気が
ついたかを発信することができないもどかしさを感じたはずです。同様に、学生のプレゼンテーションについて
も、学生側からの質疑応答が見られず、すぐに授業者からの質問と解説に移ったのは、時間の足らなかった
せいもありますが、「学生主体の授業」から幾分はずれた感が否めません。
しかし、授業者のアイコンタクトや表情、ジェスチャをはじめ、学生たちに対するさまざまな KR 情報はこれま
での大学教育にない新鮮さを伝え、学生たちがこの授業の受講を楽しみにしていることを十分に感じさせまし
た。プレゼンターに対する授業終了後のフォローや、ホームページの掲示板を使った質疑応答など、今回の公
開授業では表に出なかった部分にも、鷹岡先生の授業に対するきめ細やかな気配りと熱心さが見て取れまし
た。
我々が忘れがちな授業に対する心意気と、学生に対する愛情は、是非とも学び直さなければならないので
はないでしょうか。
山口大 学教育 職員能 力開発 ( FD )委員 会
( 20 )
山口大学FDハンドブック
VOL.2
『授業研究会の進め方』
山口大学FDハンドブック第2部制作WG委員
氏 名
池田 幸夫
岡村 吉永
沖 裕貴
葛 崎偉
鷹岡 亮
林 徳治
福田 隆眞
職 名
教授
助教授
教授
教授
助教授
教授
教授
山口大学FDハンドブック
所属学部
教育学部
教育学部
大学教育センター
教育学部
教育学部
教育学部
教育学部
第2部
専 門
理科教育
技術教育
教師教育
情報処理
教育工学
教師教育
美術教育
「授業研究会の進め方」
制
作
山口大学FDハンドブック第2部制作ワーキング・グループ
発
行
山口大学 大学教育機構 大学教育センター
山口大学教育職員能力開発(FD)委員会
お問い合わせ
内容について: 大学教育センター( [email protected] )
その他について:学務部学務課
( E-mail : [email protected] 、電話: 083-933-5062 )
山口大 学教育 職員能 力開発 ( FD )委員 会
( 21 )
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