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これから賃金は上がるのか(3)

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これから賃金は上がるのか(3)
Economic Trends
経済関連レポート
雇用・労働分配の支援税制の有効性
発表日:2013年3月13日(水)
~シリーズ:これから賃金は上がるのか(3)~
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生(℡:03-5221-5223)
新しい税制として、増加した給与支給額の 10%を法人税額から控除できる仕組みが検討されている。2012 年度を基準
に、2013~2015 年度にかけて国内雇用者の給与支給額を増やした企業が対象になる。この仕組みによって、成長する企
業ほど法人税軽減の恩恵を受けられる。効果が見込めるのは、医療・福祉、宿泊・飲食サービスの分野である。
2013 年度以降の平均給与増であれば、法人税を控除
政府は、賃金上昇を支援するために、新税制の導入を検
討している。2013 年度の税制改正大綱によると、この支
援税制は、2012 年度(2012 年 4 月 1 日~2013 年 3 月
31 日)の企業の給与支給額を基準にして、2013~2015
年度の 3 年間について、各事業年度で、国内雇用者の給
与支給を増加させた企業を対象※に、給与増加額の 10%を
企業が支払う法人税額から差し引く※※ことができる。政
府は、この法人税軽減をインセンティブとして、家計の給
与所得増を促す政策誘導を狙っているのである。
※条件として、①国内雇用者の給与支給増加額が基準年度の 5%
以上になること、②雇用者への給与支給額が前年比で増加を続けること、③雇用者の平均給与が前年度以上になることなどの要件
もある。
※※控除できる法人税額は、当期の法人税額の 10%が限度。ただし、中小企業は 20%。
基本的に、企業の給与は、課税対象になる付加価値からコストとして控除されて、残りの企業収益の部分に法
人税などが課税される。そう考えると、一度コストとして控除した給与を対象にして、別途、法人税の軽減措置を
講じるというのは、二重の控除を認めることになりはしないか。そうした従来の発想とは一線を画するような税制
である点で、これは画期的な税制優遇だという捉え方ができる。
今回、政府が異例の措置を行うのは、それだけデフレ
対策に本腰を入れているということだろう。これまでの民
間給与は 90 年代末以降、右肩下がりであった(図表 2)。
この制度は、正社員の雇用拡大、ベースアップをする企業
に有利に働く。筆者は常々デフレの元凶は、賃下げと労働
市場のデフレ・マインドの効果が大きいと考えてきた。だ
から「デフレは貨幣的現象」と言うのは、問題の摩り替え
だと思えてしまう。その点、安倍政権は、デフレの核心部
分である賃金デフレに切り込んで、労働分配の拡張のため
に異例の措置を講じようとしている点で高く評価できる。
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに
足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載
された内容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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法人税は減税でも、所得税は増える面もある
税制改正大綱の参考資料には、この税制創設によって、法人税収が初年度▲630 億円、平年度▲1,050 億円ほど
低下する見通しを示している。このデータから逆算すると、法人税控除額÷10%=企業の人件費の増加額、とし
て初年度+6,300 億円、平年度+10,500 億円を見込んだものだと推測される。その効果をマクロ賃金の上昇率に
換算すると、初年度+0.26%、平年度+0.43%という計算になる。
ところで、新税制では、法人税収の減少が見込まれているとされるが、これは一面的だろう。なぜならば、給
与増加によって所得税が増える効果もあるからだ。過去、給与支給額に対する所得税の税収増加額は、4.6%
(2007~2011 年の 5 年平均)であった。その比率を使うと、新税制では初年度 29 億円、平年度 49 億円の所得税
収の増加も副次的に生まれる計算になる。
さらに、この税制優遇に触発されて、賃上げを容認する動きが広範囲に連鎖すれば、上記の所得税増の副次効
果はもっと大きくなる。そうした点で、前述のような政府の見積もりは、支援税制の波及効果を過小評価している
可能性もある。
政策効果についての吟味
さて、この仕組みによって、賃金上昇を支援するのにどのくらいメリットが見込めるのだろうか。
雇用促進税制と言えば、2011 年度から、1 人の正規雇用者の増加に対して 20 万円を支給する仕組みがあった。
残念ながら、この税制は大きな成果を生み出すのは至らなかったようだ(2012 年度中 10 万人の増加見通し)。
2011 年度は計画受付の人数に対して、約半数以下の適用者数しか達成できなかった。直感的に、支給額の 20 万
円に対して、正規雇用者を 1 人雇うときのコストの方がずっと大きくので、20 万円という支援は相対的に小さす
ぎたと推察される(2013 年税制改正大綱では 20 万円を 40 万円に引き上げる見直しが提示されている)。
一方、新税制の効果はもっと大きくなりそうだ。その効果を考える上での思考実験として、企業の付加価値が
+1,000 万円分増えたときを考えてみた(図表 3)。今、1,000 万円に対する労働分配を、給与に 800 万円、利益
に 200 万円を配分したと仮設した(労働分配率 80%)。企業の側に配分される利益は、法人実効税率が 40%(正
確には、復興特別法人税導入の下では 38.01%だが、ここでは仮設値を用いる)とすれば、税引き後の利益は 120
万円(=200 万円×60%)になる。
支援税制では給与増 800 万円の 10%に当たる 80 万円の法人税を軽減するとしている。従って、税引き後利益
は 120 万円から 80 万円増えて 200 万円になる(法人税 0)。税引き後利益は、新税制の利用によって約 1.7 倍に
増える計算だ。
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに
足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載
された内容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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しかし、企業には、あえて労働分配率を引き上げてくるだろうか。考えようによっては、税引き後利益を最大
化するために、付加価値が増えても労働分配をしない選択肢もある。今、企業が付加価値の増加分に対する労働分
配率を 80%から 60%に引き下げたとしよう。このとき、分配される給与は 600 万円、利益は 400 万円となる。
税引き後利益は、400 万円×60%=240 万円に、人件費増の税控除 600 万円×10%=60 万円を加えた 300 万円に
なる。新税制を活用して分配率を 80%にしたときのメリット(200 万円)よりも、労働分配率を引き下げた方が
収益拡大が見込める。
もしも、政府がこの税制を使って、企業の労働分配率を上昇させるための積極的な働きかけをしようと思えば、
増加する給与増加額に適用される法人税の控除率を 10%よりも、もっと大きく引き上げる必要がある。そのため
には、企業が付加価値を人件費に回して控除される金額の大きさと、企業が付加価値を利益に回して税引き後に歩
留まりする金額の大きさが、少なくとも対等になるようなインセンティブ設計をしなければならない。
労働分配に向かう控除額と、資本分配後に税引き後利益として残る利益がバランスするには、人件費の増加分
に対する税控除の率を、60%(=100%―法人実効税率)に相当するまで引き上げることが求められる※※※(図表
4)。こうした計算結果でみても、現状の控除率が 10%というのは、やや小さすぎるという見方もできる。
※※※ここでは控除率を定数にしているが、発想を変えて労働分配率が高まるほど控除率が上昇する可変型のアイデアも成り立つ。
一方、控除率を 60%まで引き上げて人件費を増やすほどに、企業収益が増えるような制度設計が好ましいかと
いう見方もできる。利益に課税された法人税額よりも、人件費を増やしたことで控除される金額の方が多くなって
しまうと、法人税そのものの意義が揺らいでしまう。企業収益に対して課税する意義が失われるほどの政策誘導が
好ましいとは言えない。
なお、新税制では、控除税額が大きくなりすぎないように、当期の法人税額の 10%(中小企業は 20%)という
上限を設けている。控除率の引き上げよりも、こちらの範囲を拡大する方が現実的な見直しになろう。
人件費を増やしていく企業に有利
結局、新税制の意味は、人件費を増やした企業に対する側面支援であり、国内雇用者の平均給与を引き上げる
ためのインセンティブは限定的と考えた方がよいとみられる。きっと政府自身も控除割合については、制度を実施
しながら、将来的に必要があれば見直す構えなのだろう。
最後に、そうした政策課題は置いておいて、前提
を 10%の控除率が所与と考えて、どういった政策効
果が見込めるのかを考えてみた。
おそらく、何らかの理由で給与支払額を増やして、
この制度の利用を検討するのは、成長企業なのであろ
う。成長を展望して、事業規模のために雇用拡大を決
定する。税制優遇は、そうした事業拡大に伴う給与支
払額の増加に対して、この制度を利用することで、本
来の法人税負担がより軽減されるというメリットを与
えるのであろう。そうした点で、成長促進策の一環と
いう捉え方もできる。
例えば、成長企業の法人税負担が 10%の範囲内で
軽減されるとなれば、それだけキャッシュフローを確
保できて、将来の設備投資・雇用を拡大しやすくなる。
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに
足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載
された内容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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そこで、人件費が増える成長分野としてどういった産業があるのかを考えてみた。データは、2004 年度以降に
ついて人件費をどの分野で増えたのかを調べたものである(図表 5、6)。
ここでは、財務省「法人企業統計」に基づい
て、2004 年度を基準に、2012 年までに人件費総
額を増やしたペースを指数化して示している。
結果は、最も人件費を増やしたのが医療・福
祉業であり、二番目が宿泊業、三番目が飲食サー
ビス業となっている。製造業よりも非製造業の方
が圧倒的に多い。その理由は、経済のサービス化
を背景に、2000 年代以降成長を遂げてきて、社
齢が若く、40・50 歳代の人数が相対的に少ない
という特徴がある。つまり、年功賃金カーブのど
ちらかというとフラットな企業である。これらの
産業は、非正規労働が多く、企業内の年齢別人口が若いという特徴がある。
新税制によって恩恵を受けやすいのは、サービス産業の中で成長している分野、特に医療・福祉、宿泊・飲食サ
ービスといった企業群になるとみられる。この新税制は、内需型の成長産業がより成長することを後押しして、平
均給与を引き上げやすい環境づくりに貢献するのだろう。
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに
足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載
された内容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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