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日本の第四紀火山における土砂災害の実態と 発生予測に関する研究
(千葉大学学位申請論文) 日本の第四紀火山における土砂災害の実態と 発生予測に関する研究 2005年1月 井口 隆 論文要旨 本研究は日本の第四紀火山において発生した斜面変動によって生じた土砂災害につ いて調査・研究を行ない,火山地域で発生する斜面変動の種類と各々の発生条件やそ の特性について総合的・体系的に解明することにより火山地域における斜面防災に活 用できる知見を導き出し,引いては今後の災害予測を行なう手がかりを得ることを目 的に日本の第四紀火山を対象として研究を進めたものである.本研究は以下の9章か ら構成されている. 第1章では序論として本研究の目的と研究手法,研究の背景,及びこれまでに行わ れた研究の概要などについて述べたものである.現実の火山防災を考えた場合には噴 火に伴う現象だけを対象とするのではなくそれ以外において生じる土砂移動現象も含 めて総合的に検討する必要がある.本研究では火山で生じる土砂災害を総合的・全般 的 な 視 点 か ら 捉 え て そ の 実 態 の 把 握 と 発 生 要 因 や 規 模 ・頻 度 な ど の 解 析 を 目 的 と す る . 第2章においては,近年に火山地域で発生した土砂災害のうち直後の現地調査によ っ て 詳 し く 調 査 し た 3 つ の 災 害 事 例 − 1981 年 の 須 坂 土 石 流 災 害 , 1984 年 の 御 嶽 山 の 大 規 模 崩 壊 と 岩 屑 な だ れ ,1997 年 に 起 き た 秋 田 焼 山 の 澄 川 地 す べ り − に つ い て ,そ れらの発生状況,災害の概況,地形地質的要因等について調査検討を行ない、災害に 対する教訓等を論じたものである. 須坂土石流災害は豪雨によって発生しているが、大きな崩壊はここ 1 ヶ所だけで発 生しており、上流部の火山麓斜面の地形改変による流域の条件が変化したことが崩壊 発生の原因である可能性を示唆する結果を得た.また火山麓を流下する河川沿いに住 む上での教訓を得ることができた。 御嶽山の大規模崩壊と岩屑なだれについては地震によって軽石層を境界に滑りを生 じたことが最大の原因であり、こういった大規模な崩壊が軽石層での層滑りによって 起き得ることを明らかにした. 澄川温泉で発生した地すべりは,温泉変質していた斜面が融雪によって変動したも ので過去に変動した地すべりの再滑動である.澄川地すべりを含めた秋田焼山から八 幡平火山一帯には,巨大・大規模地すべり地形が多数分布しており,澄川地すべりは 秋田焼山火山の東麓にある大規模地すべり地形の移動体の一部に二次的に生じた地す べり地形である.その移動体の一部が火山噴気の変質作用のために滑動し,地すべり 災 害 を 発 生 さ せ て き た .澄 川 地 す べ り は ,表 層 部 の 変 動 量 が 70m と 比 較 的 小 さ い の に 対し,内部の地層が絞り出されて遠方まで到達するスクィーズ型の変動を起こした. 過去の地すべり変動の痕跡である地すべり地形分布を表わした図は,将来起きる地す べりの発生場所の予測に活用できる資料である. 第3章では第2章で取り上げた土砂災害以前に国内で生じた災害事例の発生に関 する情報を収集し,可能な限りの資料や文献等から調査を行なった.これら災害を一 覧表にまとめると同時に代表的な災害については発生要因や発生場所の把握を行ない 個別に論じた.そして火山地域で発生する斜面変動を規模や運動様式に基づいて8つ に分類し,各々の特徴や災害との関係について論じている. 例えば、巨大崩壊は発生位置が山頂部,誘因が火山活動であるのに対し,大規模崩 壊では発生が山体尾根部,誘因が地震である事例が多い.またすべり面が明らかにさ れた崩壊事例では,いずれも軽石層もしくは凝灰岩層であり,火山砕屑層がすべり面 となりやすい可能性が示唆された. 第4章では第3章で 8 つにタイプ分けした斜面変動の中でも特に規模が大きく人間 の力では制御不能な山体崩壊・岩屑なだれに関して,その実態を日本列島全域の第四 紀 火 山 を 対 象 に し て 地 質 時 代 を 含 め て 発 生 事 例 を 131 件 抽 出 選 択 し 比 較 検 討 を 行 な っ 1 た.その結果、日本の火山のうち約4割で発生していること、3 回以上発生した火山 が十数火山あること、などを明らかにした. 第 5 章では山体崩壊の発生履歴を持つ火山の中から磐梯山と白鷹山を調査対象にし て、ボーリング掘削や崩壊壁の斜め空中写真撮影と図化など各種調査手法を用いた調 査を行なった. 磐梯山ではヘリによる斜め写真からの崩壊壁の図化を行なうともに写真判読により 詳 細 な 岩 相 図 の 作 成 を 行 な っ た .ま た 1888 年 の 崩 壊 源 内 で 掘 削 し た ボ ー リ ン グ コ ア の 調査から凝灰岩の層においてすべりが発生した可能性を明らかにした. 白鷹山においては岩屑なだれ堆積物中のボーリング掘削に加え岩屑なだれ堆積物内 にある湖沼堆積物のボーリングを実施した。地上ボーリングからはすべり面の深度の 特定は出来なかったが、湖底ボーリングによるテフラ同定・花粉分析によって崩壊発 生 年 代 は 従 来 考 え ら れ て い た 70 万 年 前 よ り 大 幅 に 若 い 約 10 万 年 前 で あ る こ と を 明 ら かにした.そのため崩壊発生原因として火山活動は考えがたく、地震などの可能性が 高いと考えられる. 第 6 章 で は ,火 山 体 が ど の よ う な 開 析 過 程 に よ っ て 解 体 さ れ て い く の か は ,そ の 火 山で生じる斜面変動,ひいては土砂災害の発生の様相を大きく左右する.火山体の開 析 過 程 の 分 類 と そ の 要 因 を 解 明 す る 目 的 で ,東 北 地 方 に 分 布 す る 31 の 火 山 体 を 対 象 に 大規模地すべりと山体崩壊・岩屑なだれの発生回数を比較し、主体となる開析過程を 調べた.その結果,火山体の開析が主に山体崩壊・岩屑流によるものと大規模地すべ りによるものに分けられることが分かった. 次に,両者の相違が何に起因するかを明らかにするために,地形・地質・地下水な どの地形・地質,水文地質などの条件の比較を行ない,岩屑流タイプの火山は成る円 錐型の火山であり,山麓からの湧水が豊富な火山である.一方,大規模地すべり開析 型の火山は溶岩が卓越し,温泉・変質帯の発達の顕著な火山である.以上から岩屑流 タイプの開析は,地下水の通り道として飽和していた火砕岩層がすべり面となり,一 気に加速が進むのに対し,大規模地すべりは地下での変質が徐々に進むために,ゆっ くりと進行するのではないかと推定される. 第 7 章 に お い て は ,火 山 地 域 で 起 き て い る 様 々 な 運 動 様 式 を 実 験 的 に 再 現 し そ の 発 生条件や堆積過程を解明するための基礎的研究として実施した崩土の運動に関する実 験研究について取りまとめを行なった.この実験は初速を与えた土砂の塊が実験斜面 上 を す べ り 落 ち る 際 に 土 塊 が ど の よ う な 状 態 で 運 動 し ,ど の よ う に 停 止 ・堆 積 す る か を 観察する基礎的実験である.実験は土塊の厚さ・初速度・含水率を変化させて実施し た .実 験 で は 5 つ の タ イ プ の 運 動 が 生 じ た .運 動 様 式 の 違 い は 主 と し て 土 塊 の 含 水 率 によって規制されていることが分かった。すなわち移動している土砂自体の物理的性 質が最も大きなウェイトを占めることを明らかにした.火山体の崩壊に伴って生じる 岩屑なだれに類似する運動様式を再現し、その堆積域の拡散状況について、移動方向 への伸長に関しては移動速度が横方向への拡幅に関しては土層深が大きく関与するこ とを明らかにした. 第 8 章 に お い て は ,各 章 で 明 ら か に し た 研 究 成 果 に 加 え て ,さ ら に 筆 者 が こ れ ま で の 災害調査や各所で得た知識等を踏まえて、火山地域の土砂災害に関して概観的な取り まとめを行なった。その中では火山地域特有の地形地質条件での斜面変動の特徴やそ の要因,さらには土砂防災のあり方全般についての取りまとめ,提言を行なった.ま た,今後の研究課題についても検討を加えた. 2 第1章 序 論 1.1 は じ め に わ が 国 は 環 太 平 洋 の 北 西 岸 に 位 置 す る 火 山 国 で あ り , 国 内 に は 100 余 の 活 動 火 山 を 含 め 200 以 上 の 第 四 紀 火 山 を 有 し て い る . 旧 地 質 調 査 所 ( 現 産 業 総 合 研 究 所 ) の 100 万 分 の 1 地 質 図 に よ る と 国 土 面 積 の 約 10% が 第 四 紀 火 山 岩 で 占 め ら れ ,国 土 面 積 に 占 め る 割 合 は 決 し て 小 さ く な い ( 図 1-1). 火山は地質学的タイムスケールから見て急速にその山体を形成するが,その一方で 比較的早い速度で開析が進み山体の解体が進行する.このため火山は土砂災害のポテ ンシャルの高い地域となっており,火山およびその周辺地域では様々な種類の土砂災 害 が 発 生 し て い る .例 え ば 1792 年 の 雲 仙 火 山 の 噴 火 で は ,そ の 最 終 段 階 で 溶 岩 円 頂 丘 か ら な る 眉 山 が 山 体 崩 壊 を 起 こ し て 有 明 海 へ と 滑 落 し ,大 規 模 な 津 波 を 引 き 起 こ し た . こ れ に よ り 死 者 約 15000 人 と い う 我 が 国 の 火 山 災 害 史 上 で 最 大 の 被 害 を 出 し た .1888 年 に 磐 梯 山 の 小 磐 梯 で 起 き た 山 体 崩 壊 ・ 岩 屑 な だ れ に よ っ て 461 名 も の 人 命 が 失 わ れ た .最 近 で も ,1953 年 の 箱 根 早 雲 山 地 す べ り ,1984 年 の 御 岳 く ず れ な ど に よ っ て も 多 く の 人 命 が 失 わ れ て い る . ま た , 1992 年 か ら 1995 年 ま で 活 発 な 火 山 活 動 を 続 け て き た雲仙岳では火砕流に加え土石流が頻発し,住民は長期にわたる避難生活を強いられ た . さ ら に 1996 年 に は 白 馬 大 池 火 山 の 縁 で 生 じ た 崩 壊 に よ っ て 蒲 原 沢 土 石 流 が 起 き , 1997 年 5 月 に は 八 幡 平 澄 川 地 す べ り 災 害 が 起 き て い る .こ の 様 な 火 山 地 域 で 発 生 す る 土砂災害には他の地域で起きるものより規模の大きな土砂移動を伴うものがあり,し かも高速で長距離流下する土砂移動現象を引き起こすため,しばしば甚大な被害を生 じてきた.それゆえ火山地域における土砂災害の防止や防災対策は極めて重要な社会 的課題である. さらに火山地域は特有の地形・地質条件を持つと同時に,土砂災害発生の誘因に関 しても多岐にわたる.そのため火山地域の土砂災害の様相は他の地質地域とはかなり 異なっており,他地域で得られた土砂災害に関する研究成果をそのまま適用すること は難しく,独自の調査・研究に基づく総合的な防災対策が必要と考えられる. 1978 年 以 来 ,1978 年 5 月 の 妙 高 土 石 流 や 1981 年 の 須 坂 土 石 流 災 害 ,ま た 1984 年 の 長 野 県 西 部 地 震 に よ る 御 嶽 山 で の 大 規 模 崩 壊 ,1997 年 の 八 幡 平 澄 川 地 す べ り な ど ,火 山 地 域 で 起 き た 多 く の 土 砂 災 害 の 調 査 に 従 事 す る 機 会 に 恵 ま れ た .ま た 1984 年 の 御 嶽 の大規模崩壊では災害調査に加え稀に見る大規模な災害発生を契機に火山体で生じる 大 規 模 ∼ 巨 大 崩 壊 に 関 す る レ ビ ュ ー を 行 な っ た( 井 口 ,1988,1989).さ ら に 磐 梯 山 や 白鷹火山をフィールドにした巨大山体崩壊の研究に取り組む機会を得ることができた. 本稿はそれらの一連の研究成果を取りまとめたもので,未解明の課題や不十分な問題 は残しつつも現時点までに明らかとなった知見を体系的・総合的に論じることを目指 してまとめた. 本研究が火山地域における土砂災害の防止・軽減に何らかの形で役立てられ,さら には火山地域における土砂災害に関する今後の研究の発展に少しでも貢献することが できれば幸いである. 1.2 研 究 目 的 本研究においては,一旦発生すると甚大な被害をもたらす火山地域での土砂災害の 防止・軽減を目指し,その発生実態や発生要因などを明らかにし,火山地域での土砂 災害防災に資することを目的に行なったものである. 一般的に災害を引き起こすような現象は稀にしか起きない.稀にしか起きない現象 3 であるからこそ実態に関して未知であり,そういった現象が起こることすら予期して いないことが災害につながるともいえる.災害を減らすための第一歩は災害を起こす 現 象 の 実 態 に つ い て 良 く 知 る こ と で あ る .ど う い っ た 種 類 の 現 象 が 起 こ り 得 る の か ? , その原因は何か?,現象の規模や頻度はどのくらいか?発生する場所はどこか?,現 象を予測をするにはどうすればいいのか等々,について解明できればどう対処すれば 防げるのか検討することが可能となるし,対処法がなければ逃げるとか土地利用規制 をするとかなどの対応に切り替えることもできる. 土砂災害に対する防災対策は土砂移動の規模や運動様式によってその対応方法は異 なる.小規模な土砂移動現象に対しては人工構造物で防止するという選択も可能であ るが,山体崩壊など巨大な変動現象に対しては流下・堆積する範囲から逃げ出すしか 方法がない.こういった巨大な崩壊はどんな火山にでも起きる可能性があるわけでは ないが,個々の火山ごとに,あらかじめどういった規模・様式の斜面変動が起きる可 能性が高いかを予測することができれば,その情報をハザードマップ作成や住民への 知識の普及活動などに反映させることが可能となり,災害の防止・軽減につながると 考えられる.本研究は火山地域における土砂災害の事例研究とそれ以前を含めた発生 実態の把握,また土砂災害の種類や規模・頻度,発生要因などの特徴に関する検討, 火山のタイプごとに起きる危険性の高い運動様式の推定を目指した模型実験などによ り行なったものである. 本研究の目的を箇条書きに述べると以下の通りである. 1. 第四紀火山地域において発生する土砂災害の発生実態・特性を明らかにし, それに対する斜面防災のあり方を考える. 2 . そ れ ぞ れ の 火 山 で ど う い っ た 種 類 の 土 砂 災 害 が 発 生 す る の か ,火 山 活 動 史 に おける発生状況の変化について検討を加える. 3. 火山地域におけるハザードマップ作成のために土砂災害の実態解明を目指 し , 地 形 学 的 ・地 質 学 的 に 事 例 研 究 を 行 な う 4. 特に甚大な災害が起きる山体崩壊・岩屑なだれについては発生頻度・特徴な どについてレビューを行なう. 1.3 研 究 の 動 機 ・ 背 景 本研究を開始する動機となった背景には以下のような諸点がある. ( 1 ) 火 山 地 域 に お い て は 各 種 の 誘 因 に よ り 土 砂 災 害 が 数 多 く 発 生 し ,大 き な 被 害 を 生じていること. ( 2 ) 日 本 は 火 山 国 で あ り 多 く の 活 動 火 山 に 加 え ,活 動 を 停 止 し て も な お 高 い 山 体 を 有する火山がかなり存在すること. ( 3 ) 火 山 地 域 の 土 砂 災 害 は か な り 多 様 で あ り 防 災 対 策 が 難 し い .そ れ に も か か わ ら ず 1995 年 に 国 土 庁 よ り 発 行 さ れ た 「 ハ ザ ー ド マ ッ プ 作 成 指 針 」 は 土 砂 災 害 の 項目が不十分であること. ( 4 ) 火 山 地 域 で は リ ゾ ー ト 開 発 な ど 土 地 利 用 が 進 み ,こ れ ま で 災 害 に な ら な か っ た 様な地域においても新たに災害が起きる可能性が高くなっていること. 1.4 研 究 手 法 本研究を遂行するためにはこれまで火山地域で生じて来た様々な災害の状況をでき る限り広く正確に把握する必要がある.そのためには独自の調査以外にこれまでに調 査・報告された災害例を収集する必要がある.本研究を進めていく上での研究手法と してはまず実際に起きて調査が可能な土砂災害に対してはできるだけの調査を実施し 4 た.これには現地での踏査に加え聞き取り調査や室内作業も含まれる.過去に起きた 土砂災害の場合は直接調査ができないので,これらに関しては当時の調査研究報告書 など文献調査を中心に展開し,入手できた空中写真や地形図によって実態の把握に努 めた.規模が大きく特徴的な現象を生じた災害に関しては災害状況を把握するために 現地調査におもむき,資料等を参考に当時の状況の再確認を行なった.さらに大規模 な山体崩壊を起こした磐梯山・白鷹山に関してはボーリング調査やヘリコプターを用 いた斜め写真の撮影などを行なった.さらには防災科研の大型降雨実験施設を利用し た崩壊土砂の運動実験を行ない,斜面変動が起こった後の調査だけからは把握出来な い流下運動に関する考察の手がかりを得た. 1.5 研 究 対 象 と す る 火 山 の 範 囲 ・ 時 代 本研究においては第四紀火山地域を研究対象とする.一般的には「火山」といえば 「活動火山」を思い浮かべることが多い.しかし現実的には土砂災害は活動火山だけ に発生しているわけではなく,活動火山以外においてもしばしば発生している.第四 紀火山であっても火山活動がない場合は,火山であると言う認識は地元の住民でも余 り持つことは少ない.そうした火山では,火山活動に起因するような土砂災害は発生 しないが,火山地域に特有のある種の土砂災害は発生しうる.以上の様なことを考慮 し,ここでは第四紀の火山,旧地質調査所の火山リストに名前の上がっているものを 対象としつつも,活動火山とされる火山にやや重点を置いて資料を収集した. 実際の地図上での研究対象とする「火山地域」については降下火山灰などに地表を 覆う薄くテフラについてはこれを含めると,範囲が大きく広がってしまうので,一般 的な地質図のレベルで第四紀火山岩・火山噴出物として塗色されている地域とする. 1.6 本 論 で 用 い る 用 語 の 定 義 本論で扱う火山地域においては様々な土砂災害が多様な斜面変動によって起きてい る.火山で生じている斜面変動に関する用語についてはこれまで必ずしも統一されて おらず,また研究の進展や新たに生じた大規模な土砂移動現象等によって変遷してき た.同じ現象に対し様々な用語が用いられている例も多く,より詳細な記載のために 違う用語が必要になるケースもある. ここでは本論中に用いた用語に関してその定義を明確にしておく. (1)『 山 体 崩 壊 』 自然災害科学辞典(勝井義雄)によると 「山地斜面の基盤岩の一部が力学的な安定を失って突発的に崩落する現象.表層の岩 屑がおこす斜面崩壊と違って発生頻度は小さいが,一般に大規模な場合が多く大災害 を発生する.崩壊は主に重力地すべりで発生し,その誘因は火山噴火,地震動,地下 水(間隙流体圧)変動などが考えられている.とくに火山体は非火山性の山地よりも 一 般 に 不 安 定 な 構 造 を 持 っ て お り ,地 震・噴 火 に 際 し て 山 体 の 一 部 が 大 規 模 に 崩 落 し , 破 壊 的 な 岩 屑 な だ れ を 起 こ す こ と が 多 い .」と さ れ ,ま た 自 然 災 害 科 学 辞 典 の「 火 山 体 の 崩 壊 」( 荒 牧 重 雄 ) の 項 に よ る と ,「 噴 火 に と も な い 火 山 体 の 崩 壊 が し ば し ば 発 生 す る が ,こ れ は 火 山 災 害 の 中 で も も っ と も 重 要 な も の の 一 つ で あ る . ( 中 略 )火 山 体 は も ともと急傾斜で不安定な地形であるが,山体内部の変質変形により強度が著しく低下 する場合が多い.崩壊の直接の引き金は爆発的噴火,地震,降雨,降雪等があり,限 られた象限が円弧状または地溝状に崩壊する事が多い.崩壊発生地点の比高が大きい ため,多くの場合高速地すべりすなわち岩屑流を発生する.また土石流を発生する場 合もきわめて多い. ( 中 略 )山 体 崩 壊 の 予 報 は 困 難 で あ る が ,崩 壊 箇 所 や 規 模 ,発 生 す 5 る岩屑流や土石流の規模や分布の予測はある程度可能であり,災害防止にきわめて重 要である」となっている.本論においてもこれと同様の意味で用いる. (2)『 岩 屑 な だ れ 』 これには自然災害科学辞典によると, 「斜面上で種々の営力によって生産された岩片 を主体とする岩屑が,あまり水分を含まずに急速度で斜面を流下する現象.岩石なだ れ と も 言 う . こ れ は 傾 斜 20∼ 40°の 比 較 的 急 な 斜 面 で 地 震 や 豪 雨 に よ っ て 発 生 す る . 岩 屑 す べ り と の 区 別 は 困 難 で あ る .」 (大 草 重 康 )と さ れ て い る . 火山体の崩壊によって生じた岩塊.岩屑などの高速の流れは古くは「泥流」に一括 され,韮崎泥流や象潟泥流の様に呼称されてきた.その後,一時ドライアバランシュ や 岩 屑 流 な ど と も 呼 ば れ る こ と が 続 い た .1980 年 に 起 き た セ ン ト ヘ レ ン ズ 火 山 の 崩 壊 の 研 究 が 進 み , 多 く の 論 文 が 公 表 さ れ る 中 で 国 際 的 に は Debris Avalanche の 用 語 が 定着してきた.それに伴って日本語でも「岩屑流」にとってかわって「岩屑なだれ」 の語が広く用いられる様になった.ここでは「岩屑なだれ」の用語を用いる (3)『 地 す べ り 』 地すべりという用語は国内では長らく「地すべり防止法」で規定するような再滑動 型の比較的ゆっくりとした移動現象に対して用いられてきた.しかし最近,国際的な 研 究 交 流 が 進 み 地 す べ り に 対 す る 英 語 − LANDSLIDE が 諸 外 国 で は 幅 広 い 意 味 で 使 わ れ ていることや,国際的な地すべりの定義から「岩,土あるいはその混合物の斜面下降 運動」というようにより広い意味で用いるように見直されている.ただ本論において は従来の狭義の地すべり運動を表わすのに「地すべり」以外の適当な用語がないこと や , 20 年 間 の 研 究 に 基 づ く 記 述 を 統 一 す る 必 要 か ら 特 に 断 り の な い 場 合 は ,「 狭 義 の 地すべり」の意味で用いている. 1.7 こ れ ま で の 関 連 研 究 1.7.1 火 山 地 域 に お け る 土 砂 災 害 の 発 生 履 歴 に 関 す る 研 究 史 火 山 地 域 に 発 生 す る 多 様 な 土 砂 移 動 現 象 に 関 し て は 火 山 学・地 質 学・地 形 学 な ど 様 々 な専門分野の研究者によって多岐にわたる調査・研究が行われている.また火山地域 で起きた災害に関しても様々な観点からの調査が実施され,報告書が出されている. こ こ で は 火 山 地 域 を 対 象 に こ れ ま で に 行 な わ れ て 来 た 過 去 の 調 査 ・研 究 に つ い て 概 観 して見たい. 1.7.2 歴 史 時 代 に 生 じ た 土 砂 災 害 の 調 査 に 関 す る 研 究 史 火山地域の土砂移動現象を対象とした研究は,大規模な土砂災害発生を契機に集中 的に進められることが多かったようである.過去,日本列島の第四紀火山で発生した 土砂災害に関する調査研究には多くの成果がある.古い時代に生じた土砂災害に関し ては当時の古文書・絵図などに基づきその実態を明らかにする試みが広く行われてい る. 歴 史 記 録 に 残 さ れ て い る 火 山 地 域 の 土 砂 災 害 で 最 も 古 い 時 代 の も の は , 818 年 の 地 震 に よ っ て 起 き た と さ れ る 赤 城 山 三 夜 沢 の 崩 壊 と 888 年 に 発 生 し た と 言 わ れ る 大 月 川 岩 屑 な だ れ の 災 害 で あ る .大 月 川 の 岩 屑 な だ れ に 関 し て は 河 内 (1983a,1983b)な ど の 研 究がある.この時期の災害の研究については古文書の記述に基づいた推定であるが, 記 載 内 容 が い ず れ も 伝 聞 的 な 内 容 に と ど ま っ て い る た め ,発 生 場 所 も 推 測 の 域 を 出 ず , 変動の詳細は不明である. 比 較 的 確 か な 記 録 が 残 さ れ て い る 16 世 紀 以 降 ,江 戸 時 代 末 期 ま で の 間 に 火 山 地 域 で 起 き た 主 な 土 砂 災 害 と し て は ,1596 年 の 別 府 湾 地 震 に よ っ て 高 平 山 − 水 口 山 火 山 群 で 6 起 き た 津 江 岩 屑 な だ れ (星 住 ほ か ,1988),1640 年 の 北 海 道 駒 ヶ 岳 の 崩 壊( 吉 本・宇 井 , 1998; 勝 井 ほ か , 1975) , 1741 年 の 渡 島 大 島 の 山 体 崩 壊 (勝 井 ほ か ,1977), 1792 年 の 雲 仙 眉 山 の 山 体 崩 壊 ( 太 田 , 1969, 片 山 , 1974, 古 谷 , 1983), 1783 年 の 浅 間 火 山 鎌 原 岩 屑 な だ れ ( 荒 牧 ほ か ,1986), 1858 年 の 立 山 鳶 崩 れ ( 町 田 , 1983, Ouchi and Mizuyama,1989)な ど が あ る . こ の 時 期 に な る と 発 生 地 点 や 災 害 の 経 緯 に 関 す る 詳 細 な 記 述 が 古 文 書 に 残 さ れ て い る .ま た 絵 図 が 描 か れ た 場 合 も あ り ,現 在 の 地 形 ・地 質 調 査 と 照 ら し 合 わ せ て 研 究 を 行 な う 事 が で き る .特 に 眉 山 崩 壊 と 鳶 崩 れ の 2 つ の イ ベ ン トに関しては災害前後に描かれた絵図を含めかなり詳細な記録が残されており,それ らに基づいて崩壊前の山体を復元する試みや当時の現象を再現する試みなども行われ ている. 1.7.3 最 近 生 じ た 土 砂 災 害 の 調 査 史 明治維新以降に起きた災害に関しては発生直後に研究者が調査を行ない,その災害 報 告 事 例 が 多 い .ま ず ,明 治 維 新 か ら 第 二 次 大 戦 終 戦 ま で の 間 で は 磐 梯 山 1888 年 の 山 体 崩 壊 − 岩 屑 な だ れ (Sekiya and Kikuchi,1890), 1911 年 に は 白 馬 大 池 火 山 の 稗 田 山 で 発 生 し た 崩 壊 (青 木 ,1984),1926 年 十 勝 岳 の 泥 流 災 害 (多 田 ・津 屋 , 1927)な ど 大 き な 被 害 を 出 し た 土 砂 災 害 の 調 査 報 告 が あ る . そ の う ち 磐 梯 山 の Sekiya and Kikuchi(1890)や 十 勝 岳 泥 流 の 多 田 ・ 津 屋 (1927)の 報 告 は 最 近 で も し ば し ば 引 用 さ れ 高く評価されている. 戦 後 に お い て も 火 山 地 域 で の 土 砂 災 害 は 多 発 し て い る .1947 年 の カ ス リ ン 台 風 に よ って赤城山腹で起きた無数の崩壊から生じた土石流で山麓に土砂災害が起きた.これ に関しては当時の著名な学者らによる総合的な調査が実施され報告書として「カスリ ン 颱 風 の 研 究 」が 群 馬 県 か ら 刊 行 さ れ て い る (群 馬 県 , 1950).ま た 1953 年 に は 箱 根 早 雲 山 に お い て 大 規 模 な 火 山 性 地 す べ り 災 害 が 発 生 し た (岸 上・小 坂 ,1954).こ の 災 害 の 前後に箱根火山の大湧谷や霧島火山の霧島温泉を始めとした火山性地すべりが多発し たことを受け, 「 火 山 性 地 す べ り の 発 生 機 構 お よ び 予 知 に 関 す る 研 究 」が 大 湧 谷・早 雲 山 を 対 象 フ ィ ー ル ド に 行 わ れ て い る (藤 井 ほ か ,1966 な ど ). 1957 年 に 多 良 岳 山 麓 か ら 諌早市にかけて襲った諌早豪雨がもたらした大災害も赤城山と同様に開析された火山 における無数の斜面崩壊が多量の土砂を下流に流下させたことが, 洪水と相まって大 きな災害をもたらす最大の要因となった. そ の 後 し ば ら く は 顕 著 な 火 山 地 域 の 土 砂 災 害 は 見 ら れ な か っ た が ,1978 年 5 月 に は 妙 高 火 山 の 土 石 流 災 害 ,1982 年 の 四 阿 山 の 北 壁 を 刻 む 谷 壁 で 生 じ た 崩 壊 を 起 源 と す る 須 坂 土 石 流 災 害 (水 谷 ほ か ,1982)な ど 崖 錐 斜 面 上 に 発 生 し た 中 規 模 の 崩 壊 が 生 じ て い る. 1984 年 に は 長 野 県 西 部 地 震 に よ る 御 嶽 山 の 尾 根 部 に 大 崩 壊 が 発 生 し ,岩 屑 な だ れ と し て 12k m も 流 下 し 多 数 の 死 者 を 出 し た .そ の 4 年 前 に は ア メ リ カ の セ ン ト ヘ レ ン ズ 火山で巨大な山体崩壊・ブラスト・岩屑なだれという事件が起きたこともあって,多 く の 研 究 者・専 門 家 が 調 査・研 究 を 行 な い ,こ の 分 野 で の 研 究 は 一 段 と 進 ん だ .ま た , 1997 年 5 月 に は 融 雪 を き っ か け と し て 秋 田 焼 山 の 山 麓 部 に お い て 澄 川 地 す べ り が 発生した.この地すべりでは発生直後に水蒸気爆発が生じ,また地すべり土塊の一部 が流動化して長距離流下を起こして注目を集めた.これに関しては日本地すべり学 会・土木学会など各学会からの調査団による緊急の調査が行われたほか,柳沢ほか (1998)な ど 多 く の 調 査 研 究 が 実 施 さ れ て い る . 1.7.4 最 近 の 研 究 成 果 の 概 要 (1) 磐 梯 山 を 対 象 に し た 調 査 研 究 磐梯山は大規模な山体崩壊・岩屑なだれを起こした火山として注目されていたが, 1988 年 が 災 害 発 生 の 100 周 年 に 当 た る 事 か ら 地 学 雑 誌 に お い て 特 集 号 が 組 ま れ , 「 磐 梯山・猪苗代の地学」として発行された.この特集号ではそれまでの研究成果の総括 7 を始め,水蒸気爆発や山体崩壊の発生状況等について,地形学・地質学・火山学はも とより植生・水質・土地利用・住民の行動などの面を含めた総合的な取りまとめが行 なわれた. そ の 後 ,磐 梯 山 に つ い て は 1990 年 よ り 5 年 間 に わ た り「 火 山 地 域 に お け る 土 砂 災 害 予測手法の開発に関する国際共同研究」が実施された.これは山体崩壊を幾度か起こ した履歴を持つ磐梯山を研究対象にして,地形解析,ボーリング調査やトレンチ掘削 による地質調査,各種物理探査など総合的な研究を展開することによって崩壊発生場 の解明を行なおうとした.その結果, 物理探査の有効性の検証やすべり面と推定され る深度に凝灰岩層を見出すなどの成果を得た.それらの成果の一部は論文集「磐梯火 山 」 と し て 論 文 集 に 取 り ま と め ら れ た . そ れ 以 降 も 浜 口 (2001)に よ っ て 地 震 波 を 用 い た火山体の構造調査が行われ,山体の地下深部の速度構造が解明されている. さらに磐梯山で実施した研究手法がより古い時期の山体崩壊にも適応できるかどう か を 検 証 す る た め ,1994 年 よ り 山 形 県 の 白 鷹 火 山 を 対 象 と し て「 斜 面 災 害 の 発 生 機 構 に 関 す る 研 究 」が 行 わ れ た .こ れ ら の 個 々 の 研 究 成 果 に つ い て は 地 す べ り 学 会 の 2004 年 の 特 集 号 に い く つ か 報 告 さ れ て い る ( 中 里 ほ か , 2003; 横 田 ほ か , 2003). (2) 澄 川 地 す べ り 災 害 と 関 連 す る 研 究 活 動 1997 年 5 月 に 秋 田 焼 山 山 麓 で 起 き た 八 幡 平 澄 川 地 す べ り 災 害 を 受 け て 多 く の 学 会 の 調査団による緊急調査(地盤工学会,日本地すべり学会・砂防学会合同,土木学会な ど )が 実 施 さ れ た .ま た 科 学 技 術 振 興 調 整 費 の 緊 急 研 究 (科 学 技 術 庁 研 究 開 発 局 ,1999) や 科 学 研 究 費 補 助 金 の 突 発 災 害 研 究 (柳 沢 ,1998)が 実 施 さ れ ,そ れ ぞ れ 詳 細 で 多 岐 に わ たる内容の報告書が発行された.この中では地すべり発生と水蒸気爆発との関連や長 距離流下した岩屑なだれの運動状況に関して詳しい解析が行われた. (3). 最 近 の 火 山 噴 火 に 伴 っ て 発 生 し た 地 す べ り 災 害 に 関 す る 研 究 1990 年 代 以 降 ,雲 仙 普 賢 岳 の 噴 火 活 動 に 伴 う 火 砕 流・泥 流 災 害 ,有 珠 山 の 噴 火 と 地 殻変動,三宅島の噴火に伴った地震による土砂災害など噴火活動に伴う土砂災害が多 発してきた.これらに対する研究報告も多数出されている. 雲仙普賢岳では大量の噴出物が山腹に堆積し,わずかな降雨によっても土砂災害が 起 き て い る . こ れ に 関 し て は 平 野 (1994)な ど の 研 究 成 果 が あ る . 1999 年 の 有 珠 山 噴 火 の 直 前 に は 外 輪 山 の 北 斜 面 が 北 の 洞 爺 湖 側 に 移 動 す る 変 動 が あり,また噴火開始後には南西麓などに顕著な地殻変動を生じた.これに関しては田 近 ほ か (2000)の 研 究 発 表 が あ る . 1.7.5 そ の 他 の 研 究 手 法 を 用 い た 成 果 以上の記述で述べきれなかったほかにも特筆すべき成果は多い.その一端を示す. (1) 地 質 学 的 な 調 査 ・ 研 究 個別の火山体の山体形成史を綿密な地質調査に基づいて組み立てることは長い年月 と根気のいる仕事であるが,極めて重要な研究である.特に山体だけでなく, 山麓ま で広がる流下堆積物などを含めた調査を行なうことは大規模な岩屑なだれや地すべり 災害の発生履歴を明らかにする上でも極めて重要である.こういった山体の形成史や 大規模崩壊の発生なども含めた形成史に関する研究成果としては, 妙高火山を精力的 に 調 査 し た 早 津 (1985), 岩 手 火 山 の ホ ー ム ド ク タ ー と 称 さ れ る 土 井 (2000)な ど 長 年 の 野外調査に基づいた特筆すべき成果がある.こういった成果はハザードマップを作成 する上でも重要な基礎資料となる.その他の火山においても地質図作成の一環として の鳥海火山・御嶽火山の研究,長年のグループ研究に基づく多数の報告がある八ヶ岳 火山などの成果がある.こういった地道な研究は火山体の土砂災害の起きる時期や場 所を解明するための研究として今後も期待できる. (2) 地 形 学 的 研 究 火山地域の地形的特性と土砂移動現象に関する研究としては,火山地域に特有の地 8 形 条 件 と 土 砂 災 害 の 発 生 と の 関 連 性 に つ い て 検 証 し た 南 ・ 川 邉 (2000)の 報 告 な ど が あ る.地質との関連について最近の研究成果の中で特筆すべきは,カルデラで形成され た凹地内に堆積した湖沼堆積物と大規模地すべりの分布との関係について論じた大八 木 の 一 連 の 研 究 が あ る ( 大 八 木 ,2000,2001 な ど ). (3) 岩 石 磁 気 学 的 研 究 これは岩屑なだれなどの流下堆積物中に残された残留磁気の方位を測定することに よ り ど う い う 性 格 の 流 れ で あ っ た か を 推 定 す る 研 究 手 法 で あ る . 三 村 ほ か (1982)は 当 時韮崎泥流と呼称されていた岩屑なだれ堆積物の流れ山の各所から採取した岩石を対 象に磁化方位の測定を行ない,一旦火山体を構成した堆積物が崩壊し流動した事を明 ら か に す る 先 駆 的 な 研 究 を 行 な っ て い る . ま た 最 近 で は 酒 井 ほ か (1995)は ボ ー リ ン グ コアなど累重した堆積物の残留磁気の測定を行なうことによって, 運動の様式やその 温 度 履 歴 を 明 ら か に し よ う と い う 研 究 を 行 っ て い る .さ ら に 残 留 磁 化 方 位 だ け で な く , 帯 磁 率 異 方 性 か ら 流 下 方 向 の 推 定 を 行 な う 試 み も 行 わ れ て い る ( 酒 井 ほ か , 2003). 図 1− 1 日本列島における第四紀火山の分布(地質調査所) 9 図 1− 2 日 本 列 島 に お け る 第 四 紀 火 山 の 分 布( 第 四 紀 火 山 カ タ ロ グ 委 員 会 編 ,1999) 10 第2章 火山地域で発生した土砂災害の実態 2.1 は じ め に 火山地域に発生する土砂災害の防災のためには実際に起きた土砂災害に対する調査 が 基 本 的 に 重 要 で あ り ,得 ら れ る 知 見 も 多 い .災 害 を 起 こ す 際 に ど う い う 現 象 が 生 じ , それがどのように災害に結びついたかなど災害発生の実態に関しては現実の災害事例 に基づく調査研究が不可欠である.災害の現場とそこで生じた生々しい変動の実態は 現場でしか得ることの出来ない貴重な機会でもある.他人の書いた報告書を読むのと 異なり自分の足で歩いて自分の目で確かめ且つ自分の頭で考えることは災害について 深く理解することに繋がる.また,こういう調査の経験は他の研究者の書いた報告を 読む際にも理解を助けると同時に疑問点も出てくるなど内容を深く吟味しながら読む ことにもつながる. しかし災害を引き起こすような特異な現象は低頻度の現象であり,しかも突然起こ る た め 偶 然 の 機 会 を 得 る し か な い .筆 者 は 1978 年 以 降 ,多 く の 土 砂 災 害 に 対 す る 現 地 調査を行なってきたが,その中には火山地域で発生した土砂災害が幾つか含まれてい る . そ れ は 1981 年 の 須 坂 土 石 流 災 害 , 1984 年 の 長 野 県 西 部 地 震 に よ る 御 嶽 山 の 大 規 模 崩 壊 ,1997 年 の 八 幡 平 澄 川 地 す べ り な ど で あ る .こ こ で は 上 記 の 3 つ の 災 害 に 関 す る現地調査とその後の室内研究の結果まとめた報告書の内容に基づいて,火山地域で 実際に起きた土砂災害に関して斜面変動の実態と災害状況やその要因,防災に関する 教訓等について論述する. 2.2 研 究 目 的 お よ び 手 法 2.2.1 災 害 調 査 の 目 的 災 害 は 様 々 な 場 所 で 種 々 の 誘 因 に よ っ て 発 生 す る .地 形 ・地 質 条 件 は 各 々 異 な る 上 に 誘 因 に 関 し て も 一 様 で な い .そ の た め 災 害 の 防 止 ・軽 減 を 図 る た め に は 実 際 の 災 害 か ら 11 教訓を学びとる必要がある.災害調査は事後に行うために災害の瞬間の事象など確認 できない事項も多いが,直後の残された痕跡からできる限り災害の前後の状況を推測 することができる.写真などからでは読み取ることの出来ない細かな痕跡を見いだす ことも現地調査の利点である.また被災した方からの聞き取りなどによって災害の要 因やその教訓等を得ることも可能である.今後どういう対策をとればいいのか,また どうしたら被害を軽減することができたかなどについて考えていくうえにおいても参 考となる手がかりを得ることができる. 2.2.2 災 害 調 査 の 手 法 実際に起きて調査が可能な土砂災害に対しては現地調査を実施した.これには現地 での踏査に加え聞き取り調査も含まれる.室内作業としては空中写真や地形図を用い て広域での現象に関する実態の把握や定量的な評価に努めた. 2.3 1981 年 8 月 の 須 坂 市 宇 原 川 土 石 流 災 害 2.3.1 宇 原 川 土 石 流 災 害 の 概 要 1981 年 8 月 に 起 き た 須 坂 土 石 流 災 害 は 台 風 15 号 の 接 近 に よ っ て も た ら さ れ た 豪 雨 によって四阿(あずまや)火山の山腹で発生した斜面崩壊が土石流化して宇原川を7 km に わ た っ て 流 下 し , 須 坂 市 仁 礼 地 区 を 襲 っ て 死 者 10 名 の 被 害 を 出 し た 災 害 で あ る ( 図 2-1). 図 2-1 須坂土石流災害の全体図 長 野 県 北 部 に お い て 災 害 前 日 の 8 月 22 日 の 朝 方 か ら 降 り 始 め て い た 雨 は , 台 風 15 号 が 三 宅 島 付 近 か ら 房 総 半 島 に 接 近 し て き た こ と に 伴 い , 翌 23 日 午 前 4∼ 6 時 に 時 間 12 雨 量 30mm を 超 え る ピ ー ク に 達 し た( 長 野 県 菅 平 観 測 所 2 時 間 雨 量 70 ㎜ ).こ の 降 雨 が 引き金となって午前 6 時前に宇原川上流で山崩れが発生し,崩れた土砂が直下の谷へ と流れ込んだ.谷に流れ込んだ土砂は土石流となって渓流の土砂と両岸の立木をまき こ ん で 流 下 し ,山 麓 の 須 坂 市 仁 礼 地 区 を 襲 っ た .こ の 土 石 流 に よ り 家 屋 19 戸 が 全 半 壊 し ,10 名 が 死 亡 し た .上 流 で い ち 早 く 土 石 流 の 流 下 に 気 づ い た 人 が 大 声 で 下 流 の 消 防 団員に知らせたため,屋外にいて直ちに避難できた人達は助かることができたが,屋 内にいたために逃げきれなかった人達が犠牲となった.死者のうち5名は全壊した住 宅の住人ではなく,宇原川の増水による浸水の恐れがでたために水防活動や炊き出し のために手伝いにきていた人達が災害に遭ったものである.崩壊発生源から土石流の 流路及び被災地に関する現地調査に加え,また県庁や市役所の担当課を訪問し災害当 時の被災状況や水防活動に関して聞き取りを行なった.また研究所での室内作業での 地形解析や空中写真判読などを行なった. 2.3.2 宇 原 川 周 辺 の 地 形 ・地 質 崩 壊 が 発 生 し た 四 阿 火 山 は , 北 西 に 向 い て 開 口 す る 直 径 3.5 ㎞ の 「 爆 裂 カ ル デ ラ 」 を も つ 標 高 2,333m の 成 層 火 山 で , 北 西 部 を 除 い て 溶 岩 流 が つ く る 平 滑 な 火 山 原 面 が 発達している.火山の西に広がる火山原面は菅平高原と呼ばれゴルフ場,スキー場や 合宿地などとして利用されている.土石流が流下した宇原川はこの原面が大きく開析 されてできた河川で,流域の最上流部はこの火山原面の北西端にあたる.開析された 原 面 の 側 端 は 宇 原 川 に 向 け て 落 ち こ む 比 高 100∼ 150m の 連 続 す る 急 斜 面 と な っ て い る .そ の 脚 部 に は 厚 い 崖 錐 が 発 達 し て い る .中 流 部 の 標 高 1,200∼ 1,400m 付 近 に は 地 すべりがつくる山腹緩斜面とそれをとりまく急崖が数多く分布している.このように 流域の上,中流部では起伏に著しい変化があり,顕著な傾斜変換線が多数認められる 宇原川は四阿(あずまや)火山の外輪山西部に源を発し,北西方向に流路を向け, 山 麓 の 扇 頂 部 に お い て 仙 仁 川 と 合 流 し て 鮎 川 と な り , 千 曲 川 に 流 入 す る 流 路 延 長 7.8 ㎞ , 流 域 面 積 13.8 ㎞ 2 の 山 地 小 河 川 で あ る . 流 域 の 最 高 点 の 標 高 は 2,128m で , 起 伏 量 1,510m , 起 伏 量 比 ( 平 均 勾 配 ) 0.194( 11°) の 中 起 伏 山 地 で あ る . 図 2-2 須坂土石流縦断面図 宇原川流域の地質は,上流から下流に向かって,四阿火山体を構成する溶岩を主体 と す る 火 山 岩 , 第 三 紀 堆 積 岩 類 , 玄 武 岩 類 , 石 英 閃 緑 岩 の 順 に 分 布 し て い る (図 2-2). 四 阿 火 山 の 溶 岩 は 宇 原 川 上 流 域 に お い て は ほ ぼ 3 層 に 分 け ら れ ,い ず れ も 両 輝 石 安 山 岩 か ら な る .こ れ ら の 溶 岩 に は 厚 さ 2∼ 3m の 板 状 節 理 が よ く 発 達 し て お り ,節 理 面 に 沿ってはがれやすい性質を持つ.四阿火山の基盤は第三紀の堆積岩類である.地すべ 13 り地形はこれら第三紀層の見られる地域に分布している.玄武岩類は変質した暗緑色 を呈する玄武岩溶岩よりなり,輝緑岩岩脈によって貫かれている.石英閃緑岩は新第 三紀層に貫入し,玄武岩類の熱変成作用に関与している. 2.3.3 斜 面 崩 壊 の 発 生 場 所 と 周 辺 の 状 況 仁礼地区を襲った土石流の流下の痕跡は太い一本の筋として上流へと続き,まっす ぐに大きな崩壊地に達して終了する.このことから,この上流で生じた斜面崩壊が土 石流に転化したと考えられる.この崩壊は,宇原川の上流の一支流であるロッドの沢 の 左 岸 , 標 高 1,450m 付 近 に 発 生 し た ( 写 真 2-1). 崩 壊 地 の 200m ほ ど 上 に は 菅 平 高 原 が 広 が っ て い る . 菅 平 高 原 は 第 四 紀 更 新 世 に 活 動した四阿火山の溶岩を主とする噴出物によって形成された起伏の乏しい緩斜面から なる. 高原の北縁には,何 層も成層した四阿火山 の溶岩・火砕岩の露出 する急斜面がとりまい ている.この急斜面は 勾 配 が 約 50°で ,標 高 差 が 150m ほ ど あ る . 急斜面の下には,勾 配 が 25 ° ∼ 30 ° の 崖 錐堆積物におおわれた 斜面がとりまいている. この崖錐層は,四阿火 山大谷溶岩と不整合の 関係にある第三紀頁岩 層の上に堆積している. 写 真 2-1 須 坂 土 石 流 が 流 下 し た 宇 原 川 全 景 崩壊は急斜面の下 端を頭部として崖錐層からなる 斜面が滑動したもので,この部 分のもとの形状は,空中写真で は急勾配の北向き斜面のため影 となり,明確には判読できない が,ほとんど平面状か,わずか に凹地形をなす斜面であったと 思われる. 高原面の側壁をなす溶岩壁の 崖下に形成された大規模崖錐は, 宇 原 川 上 流 域 に 3∼ 4 ㎞ の 長 さ にわたってほぼ連続して発達し ているので,この崩壊地と同じ ような地形,地質条件をもつ斜 面はかなり多いにもかかわらず, 崩壊が発生したのは四阿火山北 側の流域ではここ一箇所だけで あった. 図 2-3 2.3.4 斜 面 崩 壊 の 発 生 状 況 須坂土石流の崩壊源平面図 14 崩 壊 地 の 状 況 を 図 2-3 に 示 す . 崩 壊 は 谷 を は さ ん で 両 側 に 発 生 し て お り , 大 き く 3 つ の ブ ロ ッ ク に 分 け る こ と が で き る( 図 2-3).こ こ で は 便 宜 的 に 右 岸 側 よ り ,A ,B , Cブロックと名づける.Aブロックは沢の右岸側にあり,急勾配で崩壊深の浅い独立 した崩壊ブロックである.Bブロックは左岸側の沢に隣接したブロックで,巨大な滑 落崖を持ち崩壊深も深いことからこの崩壊の主要な部分である.このブロックに隣接 してすべりかけて止まっている土塊であるCブロックがある.BとCブロックの状況 を 写 真 2-2 に 示 し た . 写 真 2-2 土石流発生源の崩壊地(中央下部に人物) (1) 右 岸 ブ ロ ッ ク ( A ブ ロ ッ ク ) 沢 の 右 岸 に 発 生 し た 右 岸 ブ ロ ッ ク( 図 2-3 の A )は 幅 が 約 25 m ,高 さ が 約 30m ,崩 壊 深 が 1.5∼ 2.0m 程 度 の 比 較 的 浅 く 小 規 模 な 表 層 崩 壊 で あ る .滑 落 崖 は 下 流 側 が 少 し 長いやや左下がりの馬蹄形を呈し,脚部は下の沢まで達している.この斜面は勾配約 45°の 急 斜 面 で , 火 山 岩 の 礫 を 多 少 ふ く む ロ ー ム 質 の 表 土 を 2m 位 の 厚 さ に 堆 積 さ せ ていた.崩壊は表土が底面に沿ってすべった層状すべりで,その滑動方向は沢にほぼ 直 交 し ,わ ず か に 下 流 側 を 向 い て い る .そ の 崩 壊 土 量 は 約 1,200 ㎥ 程 度 と 推 定 さ れ る . 右 岸 ブ ロ ッ ク の 崩 壊 は 背 後 に ほ と ん ど 集 水 域 を 持 た ず , 45°の 急 斜 面 で あ り , 崩 壊 の 脚部が著しく洗掘をうけた渓床に連続していることから,大雨で増水した沢の流水に より斜面の下端部が侵食をうけたことによる不安定化が崩壊の原因として考えられる. (2) 主 要 ブ ロ ッ ク ( B ブ ロ ッ ク ) 本 崩 壊 の 主 要 な 部 分 を 占 め る メ イ ン ブ ロ ッ ク ( 図 2-3 の B ) は 幅 100m の 巨 大 な 滑 落崖を持つ崩壊地の主要部分である.崩壊部分の斜面長は,崩壊した土砂が地表をお おっているうえ,崩壊地とその下に続く渓岸侵食部分が完全に連続しているため,脚 部の位置が明確に決められないが,崩壊後の空中写真により図化した地形と,推定し た 崩 壊 前 の 地 形 を 比 べ て み た 結 果 ,斜 面 長 で 70m 以 上 ,水 平 距 離 で は 50m 以 上 あ っ た と 考 え ら れ る . 崩 壊 深 は 同 じ 方 法 に よ り , 最 大 で 15m あ り , 崩 壊 土 量 は 約 50,000 ㎥ と 概 算 さ れ る . 災 害 前 後 の 地 形 図 を 重 ね 合 わ せ て 実 体 視 で き る 様 に し た も の を 図 2-5 に示す. こ の ブ ロ ッ ク は 大 き な 滑 落 崖 が 特 徴 的 で あ る .高 さ 30m ,幅 100m ,勾 配 が 60°で ほ と ん ど 基 岩 が 露 出 し て い る た め ,地 質 断 面 を 見 る の に 好 都 合 で あ る( 写 真 2-3).現 地 調 査 に 基 づ い た 滑 落 崖 の 模 式 断 面 を 図 2-4 に 示 す . 崖 面 に は 上 位 よ り ,① 急 斜 面 に う す く 堆 積 し た 表 土 層( 層 厚 1∼ 2m ),② 安 山 岩 溶 15 岩 流( 15 m ),③ 火 山 角 礫 岩( 6∼ 7m ),④ 凝 灰 岩 層 ( 8∼ 10m )⑤ 軽 石 質 凝 灰 岩 層( 8 ∼ 12m ) ⑥ 頁 岩 層 ( 第 三 紀 層 ) の 順 に 重 な り 合 っ て い る . ② ∼ ⑤ が 大 谷 溶 岩 層 の 下 位 の部分であり,⑥の頁岩層は別所層に相当するものと思われる. ② の 溶 岩 層 は ,厚 さ 15m 前 後 の 輝 石 安 山 岩 溶 岩 の 層 で ,上 下 に 顕 著 な 板 状 節 理 が 発 達しており,滑落崖の表面においては,細かく岩片状に割れている. 写 真 2-3 主 要 ブ ロ ッ ク の 滑 落 崖 ③の火山角礫岩層 は,暗灰色でやや多 孔質の溶岩礫を多量 に ふ く む 厚 さ 6∼ 7 mの層で,マトリッ クスは同じく暗灰色 のやや粗い火山砂か らなる.全体にかな りルーズで空隙が多 く,透水性は良いと 推定される.この層 の下底部付近の数箇 所から湧水が見られ た. ④の凝灰岩層は, 全 体 の 厚 さ が 8∼ 10 mあり,十数枚以上 の細かい火山灰層か らなる湖沼堆積物で ある.各層は色・粒 度 が 異 な る 厚 さ 5∼ 20 ㎝ 位 の 薄 層 で ,粒 度の重なり具合の規 則 性 か ら ,6∼ 7 枚 を 1 つのユニットとし た 3∼ 4 回 の サ イ ク ルを持つ降下火山灰 の堆積した層である と考えられる.この 図 2-4 図 2-5 ア) 須坂土石流崩壊源の地質断面図 須坂土石流崩壊源の実体視地形図(ステレオペ 16 層中にはかなり細粒の火山灰層があり,これが不透水層となり,この上位の火山角礫 岩層中を浸透水が流れたものと考えられる. ⑤ の 軽 石 質 凝 灰 岩 は 淘 汰 の 悪 い 8∼ 15m の 厚 さ の 火 砕 流 堆 積 物 で あ る . 2∼ 4 ㎝ 大 の 白 色 の 軽 石 を 多 量 に ふ く み , 2∼ 3 層 の ユ ニ ッ ト に 分 か れ る よ う で あ る . ⑥ の 頁 岩 層 は ,⑤ の 下 位 に 不 整 合 で 接 す る 第 三 紀 層 で ,全 体 に 破 砕 が 進 み ,3∼ 10 ㎝角程度の岩片に砕けている. 滑落崖の下部,特に軽石質凝灰岩の 表面には,滑落の時につけられた擦痕 が 多 数 残 っ て い る (写 真 2-4). 擦 痕 は 新鮮でその方向は崩壊時の滑動方向を 示 す と 考 え ら れ る . こ れ ら は N 35°E 55°N で あ り , 沢 に 対 し て や や 斜 め 上 方から斜交する形で滑動したと推察さ れる.この方向に切った断面図を,先 に示した崩壊後の地形図から作成し図 2-4 に 示 し た . こ れ に よ る と す べ り 面 は円弧状の断面を持ち,Aブロックと は違って,すべり面の深いスランプ型 写 真 2-4 崩 壊 源 内 に 残 さ れ た 擦 痕 の崩壊である.このブロックの左端は 小断層によって切られた個所を側方崖として発生している.主要ブロックの土砂の大 半は渓流に押し出され,崩壊地にはごく一部しか残っていない.渓流へと滑り落ちた 土砂は流下する過程で土石流化したものと推定される.このブロックは側方崖に露出 する堆積物の状況から大半が急崖から供給された崖錐堆積物であったと考えられる (写 真 2-5) (3) 残 存 ブ ロ ッ ク ( C ブ ロ ッ ク ) 主要ブロックの右側方崖 の延長上にはわずかにすべ りを起こし止まっている残 存 ブ ロ ッ ク が あ る( 図 2-3; C, 写 真 2-2). 崩 壊 地 の 右 側面上方を通る尾根を頭に, 広 葉 樹 林 中 に 落 差 2∼ 3m の滑落崖が生じている.移 動 土 塊 の 規 模 は ,幅 7 0∼ 80 m ,奥 行 き 50m ほ ど で ,土 量 は 15,000 ㎥ と 推 定 さ れ , 写 真 2-5 主 要 ブ ロ ッ ク の 左 側 方 崖 に 残 る 崖 錐 堆 表面に表土と植生の一部を 積物 残したまま,わずかにすべ った状態で停まっている.土塊の構成物質は,溶岩の礫を多量にふくむ崖錐堆積物を 主体とする.このブロックは主要ブロックが崩壊によって抜け落ちた後にすべったと みられ,土石流によって削剥された谷壁面にこのブロックからの倒木が倒れこんでい る状況が確認されている. 2.3.5 発 生 原 因 に 関 す る 考 察 すべり面の深い大規模崩壊の発生には,一般に深い位置の地下水が関係し,降雨の ピーク時からかなりの時間遅れを伴って発生する場合が多い.しかし,山麓の集落へ 土石流が到達した時刻から逆算すると,この崩壊の発生は降雨ピーク時あるいはそれ 以 前 と 推 定 さ れ る . 雨 の 本 格 的 降 り 始 め か ら 崩 壊 発 生 ま で の 時 間 は 約 11 時 間 で あ る . 17 主 要 ブ ロ ッ ク の 土 層 厚 は 最 大 で 10m 以 上 あ り ,こ れ が 崩 壊 す る た め に は 土 層 内 で の か なりの地下水上昇が不可欠である.そのための水はどこから供給されたのだろう?崩 壊 か ら 16 日 後 の 現 地 調 査 の 時 点 で は , 滑 落 崖 に 露 出 し た 溶 岩 層 の 間 か ら の 湧 水 は 3 箇 所 の 湧 水 地 点 を 合 計 し て 30 ㎝ 位 の 幅 で ,崖 面 上 を ご く 薄 く 覆 っ て 流 れ 落 ち す ぐ に 浸 透して,崩壊地内に流れをつくるほどのものではなかった.この湧水がみられる層と 菅平高原面との間には,ゆるやかに傾斜する数十枚の溶岩流や凝灰岩からなる地層が 約 150m の 厚 さ で 重 な っ て い る . そ の 中 に は , こ の 湧 水 層 の 下 位 に あ る 難 透 水 性 の 凝 灰岩層と同じような性質の地層は数多く挟在すると考えられる. 直 上 の 火 山 原 面 か ら 供 給 さ れ た 可 能 性 に つ い て は ,こ の よ う な 地 層 構 成 の も と で は , 高原面に降った雨が地中に浸透してこの湧水地点に到達するまでにかなりの時間を要 す る と 考 え ら れ る .11 時 間 前 か ら 降 り 始 め た 雨 が ,崩 壊 発 生 時 に こ の 湧 水 量 に 影 響 を 与えた上,かなりの部分を飽和させていたとは考えにくい.透水係数を大きめに見積 も っ た と し て も ,最 大 15m も の 厚 さ の 崖 錐 層 全 体 が こ の 時 の 降 雨 浸 透 だ け に よ っ て 飽 和状態に達したとは考えにくい. 2.3.6 地 形 改 変 に よ る 集 水 条 件 の 変 化 崩 壊 地 の す ぐ 上 は ,菅 平 高 原 で も 四 阿( あ ず ま や )火 山 に 近 く ,標 高 が 1,600∼ 1,650 m と 高 い た め , 近 年 ま で は 写 真 2-6 に 示 す 山 頂 付 近 の 斜 面 の よ う に 自 然 斜 面 の ま ま 放 置 さ れ て い た .1973 年 発 行 の地形図でもこの付近は荒 地と針葉樹林としるされて いる.この付近にゴルフ場 やテニスコート,ペンショ ンなどの宿泊施設が建ちは じ め た の は ,こ こ 1970 年 以 降のことである. 崩壊地のすぐ上の緩斜面 上に作られたゴルフ場は, 1975 年 に オ ー プ ン し て い る . ゴ ル フ 場 は 写 真 2-6 に 示すように,四阿火山の火 山原面の上に開設されてい る.この付近の火山原面の 微地形を崩壊前の空中写真 を用いて詳細に見ると,ゴ ルフ場が作られた斜面の元 の地形は,南北に少し高ま りを持ち,中央がやや窪ん で,その全体が西方に緩く 傾斜した掌状の斜面であっ た.そしてその中央付近を 2 本の沢が東から西に流れ ていた.すなわち南は高原 内のひとつの高まりから, 図 2-6 菅 平 高 原 の ゴ ル フ 場 に よ る 地 形 改 変 状 況 北は崖に面した高まりまで の範囲に作られている.そ のためこの斜面に降った雨は,崩壊斜面のある北側の流域には流れ込まず傾斜に沿っ て西方に流下して 2 本の沢に流れ込み,高原内を大きく迂回した後,宇原川及び仙仁 18 川 に 注 い で い た (図 2-6). こ の 時 の 崩 壊 地 の 谷 の 集 水 域 は 図 2-6 中 に 細 か い 点 線 で 示 し た 400m×300m 程 度 と ご く 限 ら れ た 範 囲 で あ っ た . ゴルフ場の造成に伴ってどのような地形改変が行われたかを,崩壊 2 日後に撮影さ れ た 空 中 写 真 と 1965 年 撮 影 の 空 中 写 真 と を 比 較 す る こ と に よ っ て 調 べ た .そ の 結 果 を 図 2-6 に 示 し た . ゴ ル フ の 各 コ ー ス は 主 と し て 斜 面 を 横 切 る 南 北 方 向 に 敷 設 さ れ て お り,斜面を階段状に切り盛りして作った平坦面をコースにしている.そのために各コ ースの山側斜面を切土し,その土砂を斜面下方に盛土するような改変が行なわれてい る.各コースとも盛土 側は下側のコースに雨 水が流れ込まないよう に若干高く盛って整形 している.そして元の 火山原面を切って流れ ていた 2 本の沢を締め 切って池を作り景観に 変化をつけている.そ のため造成前には 2 本 の沢に流れ込んでいた 雨水は,それぞれのコ ース内の池やバンカー など低所に溜まるよう 写 真 2-6 四 阿 火 山 の 北 西 斜 面 と 崩 壊 発 生 地 点( ×印 地 点 ) に な っ た と 思 わ れ る . それでも最上部のコー ス以外は集水面積が限られているので,かなりの雨が降ってもコース内で雨水を貯留 できたと考えられる(それでも,1 コースで沢を締め切った盛土部分が崩れて下のコ ースに土砂が流出してい る の が 認 め ら れ る ).し か し最上部のコースは,そ の上にかなり広大な自然 斜面を有するため,集水 面積が広く,コース内で は処理しきれないくらい 多量の雨水が流れ込んだ と考えられる.災害後の 空中写真判読によっても, 集められた水がコース内 の低い所を縫うように流 れ,最終的には北側の崖 端から崩壊地の沢へ注ぎ 込んでいった痕跡が認め 写 真 2-7 ゴ ル フ 場 の 上 に 残 さ れ た 流 水 痕 られる. 現地調査によっても沢 の源頭部につながる位置に,明瞭な流水痕跡が残されていることを確認した.この付 近 に は 丈 が 10∼ 15 ㎝ の 雑 草 が 繁 っ て い た が ,こ れ ら は 全 て 下 流 方 向 に そ ろ っ て 倒 さ れ ており,また付近の白樺の根元には,上流側に枯草が引っかかっているなど,水の流 れ た 跡 が 明 瞭 に 認 め ら れ た( 写 真 2-7).痕 跡 か ら 判 断 す る と ,こ の 付 近 で 水 深 10∼ 15 ㎝ , 幅 が 10∼ 15m 程 度 の 水 流 を つ く っ て , 沢 へ 流 入 し て い た と 推 定 さ れ る . 19 ゴルフ場の建設によって新たに崩壊地の沢の集水域となった範囲を空中写真の判読 に よ っ て 線 引 き す る と 図 2-6 の 破 線 で 囲 ん だ 範 囲 の よ う に な り , そ の 面 積 は 約 0.163 ㎞ 2 に 及 ぶ .こ こ に 1 時 間 最 大 35 ㎜( 菅 平 の 降 雨 デ ー タ )の 雨 が 降 っ た 場 合 の ピ ー ク 流 量 を 合 理 式 を 用 い て 算 出 し て み た .流 出 率 を 0.5 と 仮 定 し た 場 合 毎 秒 0.79 ㎥ が ,流 出 率 を 0.8 と し た 場 合 毎 秒 1.27 ㎥ が 流 出 す る と 推 定 さ れ る .一 方 ,ゴ ル フ 場 の 沢 へ の 流入地点付近の状況からマニングの式を用いて流入量を推定した.現地調査に基づき 流 路 断 面 を 幅 15m , 最 大 水 深 15 ㎝ の 三 角 形 と 仮 定 し , 粗 度 係 数 を 0.03, 勾 配 を 2/ 100 と す る と ,流 入 量 は 毎 秒 0.84 ㎥ と 算 出 さ れ ,先 ほ ど の 表 面 流 出 の 値 と 大 き く 違 わ な い . し た が っ て , ピ ー ク 時 に は 毎 秒 0.8 ㎥ 程 度 の 雨 水 が 崩 壊 地 に 続 く 沢 に 流 れ 込 ん だ 可 能 性 が あ る .こ れ ら の 雨 水 は 50°∼ 60°の 勾 配 を 持 ち ,溶 岩 が 露 出 す る 沢 に 流 れ 込んだため,地下にはほとんど浸透せず,かなりの流速を持って流下したと考えられ る.この沢の上流部分では地肌の露出した部分が沢沿いに認められ,崩壊地のすぐ上 に あ る 滝 付 近 で は 河 床 か ら 2∼ 3m の 高 さ ま で ,斜 面 の カ ン 木 が な ぎ 倒 さ れ て い る 状 況 か ら( 写 真 2-8),崩 壊 し た 斜 面 の 下 端 付 近 で は 激 し い 侵 食 を 受 け て い た と 推 測 さ れ る . 写 真 2-8 崩壊地直上の谷筋における水流の痕跡 以上の状況からゴルフ場より流入した雨水は崩壊を起こした崖錐堆積物の脚部付近 を 洗 掘 し て 崩 壊 発 生 に 関 与 し た 可 能 性 が 示 唆 さ れ る .た と え そ う で な か っ た と し て も , 多量の雨水を谷に供給することによって崩壊土砂の土石流化を助長したと推定される. 2.3.7 宇 原 川 の 斜 面 崩 壊 の 特 徴 この斜面崩壊の特徴としては,1)厚い崖錐層を主体とした崩れであること,2) 崩壊源内には少し移動して停止した大量の残留土塊が存在していること,3)すべり 面の深い大規模なスランプ型崩壊であること,4)継続時間の比較的短い豪雨のピー ク時に発生したこと,5)ゴルフ場から流入した雨水により著しく洗掘をうけた谷の 谷壁斜面において発生していること,6)この付近では斜面崩壊はここ一箇所でしか 発生していないこと,などをあげることができる. 2.3.8 須 坂 土 石 流 災 害 の ま と め この土砂災害が生じた斜面の素因としては,四阿火山を構成する溶岩層が宇原川流 域に向かって急崖をつらね,その下に急傾斜の厚い火山性の崖錐を作っていたことで ある.そして誘因として台風がもたらした豪雨によって,地下水の上昇と渓岸の侵食 によって崖錐層が深いすべり面を持つ崩壊を起こしたと推定される.崖錐斜面はよく 生育した樹林に覆われていたことから,比較的長期間安定した状態にあったと思われ る.しかし,ルーズな堆積物が厚く存在していたことに変りなく,いずれ大きく滑動 する可能性をもっていた. 今回の斜面崩壊の発生に関与した要因のひとつとして,上流の緩斜面の地形改変に 20 よる集水域の拡大を挙げることができる.流域の自然条件の人為的な改変は,それま での自然のバランスを崩して,予期もせぬ結果をもたらすおそれがあるため,流域に 加えられた人工改変にも注意を払い,それがいかなる事態を引き起こす可能性がある かについて検討しておく必要がある.またこういった火山体を刻む河川は急でありし か も 河 床 に 不 安 定 な 土 砂 を 大 量 に 堆 積 さ せ て い る ケ ー ス が 多 い .そ の た め 1978 年 の 妙 高火山で生じた土石流災害などと同様に上流部で発生した斜面崩壊が土石流化してか なり下流にまで災害を及ぼす例は多くある.こういった斜面崩壊の発生を遠く離れた 場所から監視することは難しく,斜面防災のためには流域の性質の把握に努めるとと もに,土石流の危険性のある谷沿いに住む際には比高の小さな低地はできるだけ避け るようにするなど,土地利用に関して留意する必要がある. 21 2.4. 1984 年 9 月 に 発 生 し た 長 野 県 西 部 地 震 に よ る 御 嶽 山 の 大 規 模 崩 壊 2.4.1 御 嶽 山 の 大 規 模 崩 壊 の 概 要 1984 年 9 月 14 日 午 前 8 時 48 分 頃 ,長 野 県 の 西 部 ,岐 阜 県 と の 県 境 付 近 に 位 置 す る 御 嶽 火 山 直 下 で M 6.8 の 長 野 県 西 部 地 震 が 発 生 し た . こ の 地 震 に よ っ て 御 嶽 山 南 斜 面 の 8 合 目 付 近 の 尾 根 上 に 大 規 模 な 崩 壊 が 発 生 し た (写 真 2-9). 崩 壊 土 砂 は 伝 上 川 ・ 濁 川・王 滝 川 に 沿 っ て 約 12km を 高 速 で 流 下 し ,川 の 中 に あ っ た 濁 川 温 泉 の 旅 館 を は じ め 15 人 が 巻 き 込 ま れ た (写 真 2-10). 崩 壊 源 は 幅 500m ,奥 行 1300m ,深 さ 160 m と 非 常 に 大 き く ,そ の 崩 壊 土 量 は 約 3.25 ×10 7 m 3 で あ っ た .崩 壊 跡 地 に は 幅 の 広 い 谷 が 出 現 し , そ の 表 層 に 広 く 軽 石 層 ( S-Pm) が分布していたことから,埋積されていた 谷の表層に堆積していた軽石層がすべり面 となって崩壊が起こったと推定された.崩 壊場所は,埋没谷のため地下水の集水性と 貯溜性が大きく,また,張り出した尾根地 形のため地震動(加速度)の増幅も大きか ったと推定される.この崩壊跡と同様の形 態・規模をもつ崩壊地形は御嶽山において 多数確認することが出来る.この災害に関 しては発生直後などの現地調査に加え空中 図 2-7 御 嶽 山 位 置 図 写真判読や地形解析などを実施した. 写 真 2-9 長 野 県 西 部 地 震 に よ る 御 岳 山 の 崩 壊 写 真 2-10 御 嶽 岩 屑 な だ れ 全 景 2.4.2 長 野 県 西 部 地 震 に よ る 災 害 の 発 生 状 況 1984 年 9 月 14 日 に 発 生 し た 直 下 型 の 長 野 県 西 部 地 震 に よ っ て , 王 滝 村 を 中 心 に 土 砂 災 害 が 発 生 し ,全 体 で 29 名 の 死 者・行 方 不 明 者 を 出 し た .こ の 長 野 県 西 部 地 震 に よ る災害の特徴は,内陸型直下地震による火山体の大規模土砂災害である. 土砂災害は,震源直上の御岳山頂近くの八合目付近から,その南麓に拡がる王滝川 左 岸 地 域 の 王 滝 村 中 心 部 を 含 む 東 西 約 15 ㎞ , 南 北 約 10 ㎞ の 範 囲 に 集 中 し て い る . こ の 地 震 に よ る 最 大 の 斜 面 変 動 は , 御 岳 山 の 濁 川 支 川 伝 上 川 上 流 の 標 高 1,850m 付 近 か ら 2,550m 付 近 に か け て 広 が る 尾 根 状 斜 面 に 発 生 し た 大 規 模 崩 壊 で , そ の 崩 壊 面 積 は 40 万 ㎥ と 推 定 さ れ る .こ の 膨 大 な 量 の 土 砂 は 岩 屑 な だ れ と な っ て ,伝 上 川・濁 川 22 を 12k m に わ た っ て 流 下 し ,王 滝 川 の 合 流 点 柳 ヶ 瀬 を 経 て 貯 木 場 の あ る 氷 ヶ 瀬 付 近 ま で ,王 滝 川 の 溪 谷 を 30∼ 40m 埋 積 し た .岩 屑 な だ れ は 伝 上 川 の 溪 谷 か ら 溢 流 し て 尾 根 を こ え , 隣 接 す る 濁 川 や 鈴 ヶ 沢 に も 分 流 し , そ の 流 動 ・ 堆 積 域 の 全 長 は 12 ㎞ に 及 び , 王 滝 川 の 柳 ヶ 瀬 上 流 に は 湛 水 域 を 形 成 し た . こ の 大 崩 壊 に よ る 岩 屑 な だ れ に よ り , 15 名 の 行 方 不 明 者 を 出 し た ほ か ,濁 川 温 泉 の 流 失 ,道 路・橋 梁 ,貯 木 場 ,森 林 等 の 破 壊 ・ 埋没など大きな被害を生じている.木曽ひのきで知られる森林は岩屑なだれの流下・ 堆積域で大きく破壊され,王滝川沿いにあった氷ヶ瀬貯木場では 2 次的な氾濫により 蓄材が流失するなど林業に与えた被害も大きい.また王滝川上流の滝越地区へ通じる 道路は厚い岩屑なだれ堆積物の下に埋没したために孤立し,ヘリコプターで救助され た住民は長期間の避難生活を余儀なくされた.また岩屑なだれ堆積物により王滝川が 堰止められたため,上流側に湛水池が出現した.この水位は日ごとに上昇し,その越 流 に よ る 2 次 災 害 が 懸 念 さ れ ,情 報 伝 達 の 不 備 等 か ら 一 時 的 な 避 難 さ わ ぎ が 発 生 し た . 次に大きな被害を生じたのが松越地区に発生した崩壊であり,これは御岳スカイラ インと県道御岳王滝黒沢線を寸断し,森林組合木工作業所,御岳生コン工場等を破壊 し , 13 名 の 犠 牲 者 を 発 生 さ せ た . 滝越地区の崩壊でも,住宅 4 棟を破壊し住民 1 名の生命が奪われた.この他,御岳 高原でも崩壊が 5 個所発生し,幸い人命の損失はなかったが,御岳スカイラインを寸 断した. これらの規模の大きい崩壊の他にも,小規模の斜面崩壊,落石及び山体の亀裂等が 無数に発生し,林道等の被害は甚大であった. 地震動による家屋・建物の被害は,外観的には比較的軽く,屋根瓦が飛ぶ等の被害 が 目 立 つ 程 度 で あ っ た が ,家 屋 内 で は 家 具 等 が 転 倒 し 足 の 踏 み 場 も な い 有 様 で あ っ た . また,ライフラインの被害では,電話回線,村内有線施設,送電線に被害が発生し, 災害後一時情報連絡等の面で混乱が発生した.更に水道施設の被害が大きく,応急的 な給水活動が必要となった. 本 地 震 に よ り 発 生 し た 被 害 の 特 徴 は , 多 数 の 死 者 ・ 行 方 不 明 者 や 家 屋 の 全 壊 ・流 出 , 道 路 ・森 林 の 被 害 の 大 部 分 が 前 述 し た 4 個 所 の 規 模 の 大 き な 崩 壊 と そ れ に よ っ て 惹 き 起 さ れ た 岩 屑 な だ れ ,土 石 流 に よ る も の で あ っ た こ と で あ る .な お 行 方 不 明 者 15 名 は , 伝上川上流の大崩壊によるものであり,1か月半にわたる必死の捜索にも拘らず,大 量の土石に阻まれて1名も発見することができなかった. 以下,大崩壊と岩屑なだれに分けて,現地調査および空中写真をはじめとした各種 資料にもとづき記述する. 2.4.3 崩 壊 地 の 地 形 ・ 地 質 特 性 (1) 大 規 模 崩 壊 の 位 置 お よ び 周 辺 の 地 形 ・ 地 質 長 野 県 西 部 地 震( M 6.8)に よ り 御 岳 山 の 南 東 斜 面 上 の 八 合 目 付 近 に 大 規 模 な 崩 壊 が 発生し,その岩塊は巨大な岩屑なだれとなって伝上川−濁川−王滝川を流下した.岩 屑 な だ れ の 流 下 ・ 堆 積 し た 範 囲 は 全 長 約 12 ㎞ , 面 積 6.75 ㎞ 2 に わ た っ て お り , こ れ による被害は長野県西部地震災害の中で最大規模であった.大規模崩壊の発生場所は 写 真 2-10 に 示 す よ う に ,南 北 に 連 な る 御 岳 山 の 主 峰 の 最 南 端( 標 高 2,940m )か ら 南 東 に 伸 び た 尾 根 上 で あ る . 大 崩 壊 の 冠 頂 は そ の 尾 根 の 標 高 2,550m 付 近 に 位 置 し , 脚 部 は 標 高 1,850m 付 近 の 伝 上 川 右 岸 の 谷 底 に 近 い 斜 面 に 達 し て い る . こ の 尾 根 は 伝 上 川とその右支にあたる崩壊跡地との 2 つの谷の間に存在し,その延長は伝上川の右岸 に接していた.すなわち,崩壊した尾根はこの付近で南西方向へ流れる伝上川によっ て脚部を切られている. 23 崩 壊 地 付 近 の 地 質 は 小 林( 1987)に よ る と( 図 2-8),御 岳 山 火 山 活 動 の 第 2 期( 約 8 万年前)に形成されたカルデ ラの跡を埋める第 3 期の火山噴 出物により構成されている.こ の第 3 期とこれに続く第 4 期の 噴出物からなる現在の御岳山頂 の 周 辺 は ,急 勾 配 の 斜 面 が 多 く , 侵食により深い谷が形成されて いる.そして地獄谷をはじめ過 去の大規模崩壊跡と見られる地 形が多数見いだされ,大規模な 崩壊による山体の開析が著しい ことを示している. (2) 崩 壊 源 の 規 模 お よ び 形 状 崩壊源付近の地形については, 国 土 地 理 院 に よ り 1/5,000 の 縮 尺で緊急図化が行われた(国土 地 理 院 , 1984).こ れ を も と に し て 崩 壊 源 の 平 面 図 ( 図 2-9) を 作 成 し た .ま た こ の 付 近 は 1979 年に発行された火山基本図があ り ,両 図 を 用 い て ,図 2-10 に 崩 図 2 - 8 御 嶽 山 地 質 図 ( 小 林 、1 9 7 5 を 簡 略 化 ) 壊岩塊の等深線図を示した. 崩壊源は空中写真(写真 2-11) に よ る と 舌 状 の 外 観 を 呈 し て い る . し か し 崩 壊 前 の 写 真 に よ る と , そ の 南 西 部 は古くからの崩壊地であり,今回の崩壊源は元の地形の尾根に沿った細長い部分であ る . 崩 壊 範 囲 を 等 深 線 図 に よ っ て 確 認 す る と , 図 2-9 に 示 し た よ う に 下 部 が や や 右 に 折 れ た 縦 長 の 形 状 を 呈 し て い る .そ の 崩 壊 源 の 規 模 は 標 高 差( Hcf)が 約 700m ,奥 行 ( Lcf) が 1,300m , 最 大 幅 ( Wx) が 450m , 崩 壊 面 積 が 40 万 ㎡ に 達 し て い る . 崩 壊 し た 岩 塊 の 厚 さ は 図 2-10 に 示 さ れ る よ う に ,最 大 で 1 70m に 達 し て い る .厚 さ 100m 以 上 の 範 囲 は 約 14 万 ㎡ , 厚 さ 50m 以 上 の 範 囲 は 約 28 万 ㎡ に 及 び , そ れ ぞ れ 崩 壊 面 積 の 1/3,2/3 を 占 め て い る . 国 土 地 理 院 (1984)に よ れ ば , 崩 壊 の 体 積 は 3,600 万 ㎥ ( 3.6×10 7 ㎥ ) と 見 積 も ら れ ているが,各等厚線の面積を もとに崩壊源内の崩壊土量を 求 め る と 3,250 万 ㎥ と 算 定 さ れた.これは我国においては 19 1 1 年 ( 明 治 44 年 ) の 稗 田 山 の 大 崩 壊 ( 1.5×10 8 ㎥ ) 以 降に発生した斜面変動のうち 最大規模の崩壊である. この崩壊の発生により,元 は尾根地形であった所に深い 谷が出現した.崩壊源の地形 写 真 2-11 御 嶽 崩 壊 源 の 実 体 視 写 真 について述べると,まず崩壊 24 源 の 上 部 に は 急 勾 配 の 滑 落 崖 が 半 円 状 に と り ま い て い る .崖 の 高 さ は 100m 近 く あ り , そ の 傾 斜 は 60°以 上 で , た え ず 落 石 が 発 生 し て い る . 図 2-10 図 2-9 崩 壊 源 地 形 及 び 表 層 地 質 御嶽崩壊の等深線図 滑 落 崖 よ り 下 に は 深 い 谷 地 形 が 出 現 し て い る .谷 は 崩 壊 源 の 上 下 に 2 本 生 じ て い る . 上部に位置する谷は左右非対称の大きな谷で,崩壊源の大部分を占めている.この谷 の 左 岸 斜 面 は 斜 面 長 が 200∼ 300m あ り ,そ の 斜 面 上 に は 浅 い ガ リ ー 状 の 支 谷 が 何 本 も 刻まれている.この支谷は上方に向かって浅くなりつつ分岐しているが,崩壊直後に 撮 影 さ れ た 空 中 写 真 に も 写 っ て い る こ と か ら (写 真 2-11 ),崩 壊 当 初 か ら あ っ た こ と を 物語っている.そのためこの谷地形はかつて存在した谷が御嶽火山噴出物によって埋 積 さ れ て い た 埋 積 谷 で あ っ た と 推 定 さ れ る .対 す る 右 岸 斜 面 は 平 面 的 で 斜 面 長 が 短 い . こ の 斜 面 の 上 部 の 尾 根 付 近 に は 長 さ 100m に わ た っ て 亀 裂 が 入 っ て お り ,注 目 さ れ る . 下部の短い谷は,水系としては上部の谷の末端付近から滝状の峡谷を経て連続して いるが,その位置と高度に大きな食い違いが見られる.この谷は上部の谷に比べ小規 模である.左右両斜面はゆるやかな勾配を持つが,谷底は深く掘りこまれている.こ れは崩壊後の侵食でより深く下刻されたが,直後の写真でもかなり深い直線状の谷が 刻まれていることから,構造的な成因により形成された谷ではないかにかと考えるこ ともできる.伝上川本流はこの谷の出現により合流点の下流側では河床が下り,上流 側との間に段差が生じている. (3) 崩 壊 源 の 地 質 崩壊源は崩壊によってほとんどの岩塊が抜け落ちたため,岩盤の露出状況は良好で 25 ある.特に,滑落崖および上部の左側方斜面の露出は良好である. 滑落崖は急勾配で落石が 激しいため接近することは 出来ないが,溶岩流と火山 砕屑物の互層からなること が 観 察 で き る( 写 真 2-12). 滑落崖の上部には火山灰層 と互層した薄い溶岩層が 3 ∼4 枚認められる.これは 尾根より西側の部分にほぼ 平行して認められ,尾根の 東側の伝上川に面した斜面 では欠落している.滑落崖 写 真 2-12 御 嶽 山 崩 壊 地 の 滑 落 崖 の中間付近ではレンズ状に 貫入した溶岩が弱線に沿っ て樹枝状に併入し,まわりの火山砕屑岩層との接触部付近を赤く変色させている状況 を読み取ることができる.崖の下部には赤褐色のスコリア層とその下位の黄色軽石層 との間が凹凸の激しい不規則な境界で接しているのが観察できる. 谷を構成する斜面の中で一番広い左岸斜面上には黄色∼淡黄色の軽石質火山灰層が 全面を覆っている.この火山灰層の色 は濃い黄色から白に近い黄色まで場所 により変化が見られる.しかしその露 出は左岸斜面上にほぼ全面的に続いて おり,輝石を主体とした有色鉱物をわ ずかに含む岩相の特徴もほとんど変化 しないことから,一連の降下堆積物と 考えられる.その断面が露出する部分 での観察によれば,火山灰層の厚さは 10 ㎝ ∼ 1m 程 度 で , そ の 下 位 に は 礫 状 化した安山岩が見られ,一部ではその 空隙を埋めている.上記の産状から見 てこの火山灰層はかつて存在した谷地 形の上に堆積したものである. この軽石層はよく締って空隙が少な く ,層 理 は 一 部 を 除 い て 不 明 瞭 で あ る . 小林武彦氏によれば(当時の談話)こ の層は第 3 期の初期に噴出した千本松 軽 石 層 ( S-PM) の 下 部 層 と の こ と で あ る. 崩壊源の左岸側の末端付近ではこの 火山灰層の上にアバットするように, 図 2-11 解析図化機により計測した擦 スコリア層,凝灰角礫岩層がほぼ水平 痕 の 分 布( 赤 は 崩 壊 源 用 、青 は 流 下 域 用 ) に堆積している. 崩壊源下部の谷の谷底部付近には両 岸 の 地 層 が 露 出 し て い る . 谷 の 上 か ら 観 察 し た 限 り で は , 左 岸 側 が 2∼ 3 層 か ら な る 細粒の堆積物で構成されているのに対し,右岸側は無層理で礫質の堆積物からなる. その他の部分は崩壊した礫により覆われているため不明である. 26 2.4.4 す べ り の 痕 跡 に つ い て 大 崩 壊 の 発 生 状 況 に つ い て は 御 岳 山 の 8 合 目 と い う 高 い 地 点 で の 出 来 事 で あ り ,し かも当日は雨天で視界も悪く,直接の目撃者はいない.崩壊源に一番近い田ノ原山荘 ( 水 平 距 離 1,500m ) に い た 7 人 が 地 震 と 同 時 に 大 き な 音 を 聞 い た と い う 情 報 以 外 は 得られていない.そのため崩壊の発 生過程と運動状態については崩壊源 とその付近に取り残された痕跡を手 がかりにする以外にない. 崩壊面の表面には凹状の筋が多数 残されている.この筋は崩壊した岩 塊がすべり落ちる時にその方向につ けられた擦痕と考えられる.これら の擦痕は崩壊源内の左岸壁側に多く 残っており,空中写真でも確認でき る ,幅 数 m ,長 さ 200∼ 300m の も の か ら , 幅 1∼ 2 ㎝ , 長 さ 2∼ 3m の も のまで大小さまざまである(写真 2-11). この擦痕の走向は脚部付近でやや 西方向を向いたものがあるが,斜面 図 2-12 崩 壊 源 表 面 の 擦 痕 の 方 向 上 部 か ら 下 部 に か け て ほ ぼ NNW− ( コンターダイヤグラム) SSE と 一 定 方 向 を 示 し , こ れ は 崩 壊 源の長軸方向や谷の向きとほぼ 一致している.より詳しく擦痕 の方向を解析するため朝日航洋 に依頼してヘリコプターから撮 影した斜め空中写真を用いて解 析図化機によりその方向の計測 を 行 な い ,全 部 で 518 本 の 擦 痕 の計測ができた.それをシュミ ットネットの南半球にプロット しコンターダイヤグラムを作成 し た ( 図 2-12, 2%刻 み ). 図 に よ る と 南 か ら 15°東 方 向 で , 25°南 落 ち の 点 へ の 集 中 が 32% と か な り 高 い . 一 部 , 西 に 振れた方向にも集中があるが, 図 2-13 単 一 崩 壊 と 後 退 性 多 重 崩 壊 の 模 式 図 これは崩壊源下部において伝上 川の流下方向に影響されたもの と 考 え ら れ る .一 方 擦 痕 の 勾 配 は 全 体 的 に 緩 や か で 斜 面 中 間 付 近 で 約 20°前 後 ,脚 部 付近ではほとんど水平からやや上向きになっている.これらの擦痕の斜面全体での方 向性は,多少の食い違いはあるもののほぼ一連につながる関係を保っている.擦痕の 走 向 方 向 で 切 っ た 崩 壊 地 の 斜 面 勾 配 は 約 26°で あ る が ,こ れ を 上 回 る 急 な 傾 斜 を も つ ものは見られない.この様に擦痕の方向にほとんど1点に集中しており他の擦痕を切 るような交差関係は認められないことや平均勾配より急な傾斜の擦痕がほとんどない ことから,いくつかのブロックに分かれて後退性の多重すべりとして発生した(図 2-13( b)) と は 考 え に く く , 図 2-13( a) に 示 す よ う に 全 体 が ほ ぼ 一 体 と な っ て 一 気 に滑り落ちたと推定される. 27 2.4.5 大 規 模 崩 壊 の 発 生 要 因 御嶽山の現地調査により得られた知見から崩壊の発生要因について若干の推察を行 った. (ⅰ ) ま ず 外 的 な 要 因 と し て は ,侵 食 に よ る 地 形 変 化 が 考 え ら れ る .崩 壊 前 の 空 中 写 真に示されるように,今回の崩壊源の西側にある崩壊跡地では滑落崖の侵食による後 退が進んでいた.この部分は今回の崩壊源の中に含まれているため,崩れた尾根の不 安 定 化 に 大 き な 影 響 を 与 え て い た と 指 摘 す る 意 見 が あ る ( 羽 田 野 ・大 八 木 , 1986). し か し ,横 断 面 図( 図 2-14)に よ る と ,こ の 侵 食 部 は 断 面 の か な り 高 い 部 分 に 位 置 す る . そのため,この侵食による地形変化 は,むしろ載荷重を減少させる傾向 を持ち,その影響は小さいと考えら れる.しかし西側に隣接する古い崩 壊 は ,1984 年 崩 壊 の 崩 壊 源 に お け る 右岸側の側方摩擦を低下させる結果 となり,長期的な不安定化に関与し たことは考えられる. 崩壊源の脚部がこの付近の遷急線 となっている滝のすぐ下流側にあた っていることも副次的な要因の 1 つ 図 2-14 崩 壊 源 の 横 断 面 図 として考慮しておく必要がある.脚 部付近では谷の下刻が他よりも著 しく進み,急勾配の斜面を作って いた. 崩壊発生前にこの斜面上には小 規模な崩壊が発生しており,不安 定化していたことがわかる. (ⅱ )次 に , 大 規 模 崩 壊 の す べ り 面についてはすでに指摘したよう に軽石層の存在が大きな要因とし て挙げられる.この層は崩壊源の 表面に広く露出する事実から,こ 図 2-15 御 嶽 山 崩 壊 断 面 図 (小 林 ,1987) の火山灰層内部か直上の境界面が 地震動により破断され,その面が 崩 壊 面 と な っ た と 推 定 さ れ る .こ の 火 山 灰 層 は 第 3 期 の 初 め に 存 在 し た 谷 地 形 の 表 面 に堆積した同一層準のものであり,この火山灰層の存在とその堆積面の形状が崩壊の 発生は結びついたと考えられる.この層の存在が主要な要因のひとつであったことは 間違いないと考えられる. (ⅲ ) 崩 壊 の 様 式 崩壊源における運動については,先に擦痕から検討したように,主体となる上部ブ ロ ッ ク は 図 2-13(b)の よ う な 後 退 性 の 崩 壊 で は な く ,図 2-13(a)に 示 す よ う な ほ ぼ 一 体 となって滑動する運動であったと考えられる.下部ブロックの崩壊に擦痕は認められ ないが,崩壊面は明瞭な方向性を持った谷地形であることから,その方向に規制され た滑動があったと推定される.上部ブロックと下部ブロックの崩壊の前後関係は,こ れまでに得られた資料からは明確には判断できない. 崩壊源から出る時の岩塊の速度を直接推定できるような痕跡はない.ただ崩壊源内 に残積土を残さない程度以上の速度であり,かつ対岸に大量の岩塊が乗り上げて鈴ヶ 沢に大規模な岩屑なだれが流下したりしない程度以下の速度であったと考えられる. 28 2.4.6 伝 上 川 − 濁 川 − 王 滝 川 の 岩 屑 な だ れ の 流 動 過 程 大 崩 壊 お よ び 岩 屑 な だ れ の 流 下 ・ 堆 積 の 全 体 の 状 況 を 空 中 写 真 判 読 に よ り 図 2-16 のようにまとめることができた.岩屑なだれの主流は太線で示したように伝上川から 濁 川 ,そ し て 王 滝 川 へ と 流 下 し ,そ の 先 端 は 崩 壊 源 か ら 12 ㎞ の 氷 ヶ 瀬 ま で 達 し て い る . この岩屑なだれを構成した岩塊の一部は流下経路上である濁川に,残りの大部分は王 滝川に堆積している. 主流からは主として 3 個所で溢流による尾根への乗り上げが生じている.この場所 を 上 流 側 か ら 第 1,第 2,第 3 乗 り 上 げ 地 区 と 呼 ぶ こ と に す る .乗 り 上 げ た 尾 根 で は 一 部が堆積し,その他は元の谷に再流下 するものや,別の沢へ流れ込むなど微 地形による多様な分流を生じている. また,谷の合流点等では逆流するなど 様々な動きをしていたことを読み取る ことができた.主流の流下状況と分流 した流れ,さらに堆積物の表面構造か ら読み取った堆積物の種類について以 下に述べる. (1) 主 流 の 流 下 状 況 崩壊源からすべり落ちた岩塊の大部 分は,直接伝上川に流下し,対岸に溢 流した量は少ない.伝上川は火山原面 を 100m 前 後 掘 り 込 ん だ 深 い 谷 で あ る . この谷壁は両岸とも岩屑なだれにより, ほとんど上端近くまで削剥されて基岩 が露出している.特に崩壊源近くの左 岸 谷 壁 は ,200m 程 の 高 さ ま で 全 面 的 に 削剥された.削剥された谷壁からは幾 筋も地下水の湧出が見られ,また流下 時につけられた擦痕が明瞭に残されて いる. 伝上川の谷の中にはこの岩屑なだれ による堆積物はほとんど残されていな い.以上から伝上川における岩屑なだ れ は ,100m 前 後 の 厚 さ を 保 ち ,堆 積 物 を残さない程度の円滑な流れであった と 考 え ら れ ,伝 上 川 は 流 送 域 で あ っ た . 主流は伝上川から濁川に流下した. その一部は上流の濁沢の方へと分流し て流れ山を持つ堆積物を残し,それ以 図 2-16 御 嶽 山 伝 上 川 岩 屑 な だ れ の 流 下 図 外は濁川を流下した.濁川の谷は御岳 火山の基盤である濃飛流紋岩から構成 されているため,狭窄部が 4 個所ほどあって谷幅が大きく変化している.そのため削 剥 さ れ た 高 さ は 40∼ 70m と 変 化 し て い る .濁 川 温 泉 な ど 狭 窄 部 の 中 間 に あ る 広 い 谷 底 には流れ山を多数含んだ岩屑が厚く堆積している.このような流れ山で特徴づけられ る 厚 い 堆 積 物 は 主 流 の 通 過 し た コ ー ス の 近 傍 に の み 認 め ら れ る (写 真 2-13). 濁川はこの岩屑なだれの流送・堆積域にあたるが,濁川における岩屑なだれは厚さ 29 が 数 10m 程 度 に 低 下 し ,速 度 も 谷 幅 の 変 化 に 応 じ て 緩 急 を 持 ち ,堆 積 物 を 多 少 残 す よ うな流れであったと考えられる. 王滝川との合流点の手前では 岩 屑 な だ れ の 一 部 は 比 高 70 ∼ 80m の 小 さ な 尾 根 を 乗 り 越 え て 王滝川に達している. 王滝川では両岸を削剥した高 さは岩屑の堆積面とほとんど変 わらない.また堆積物は谷底の 全面に厚く拡がっており,その 表面はほぼ平坦に近い. 王滝川はこの岩屑なだれの堆 積域に相当する. (2) 乗 り 上 げ 地 区 の 状 況 お よ び 分流 (ⅰ ) 伝 上 川 の 対 岸 の 第 1 乗 り 上げ地区は,崩壊によりすべり 落ちた岩塊が直接乗り上げたこ とによって生じている. この地区の乗り上げ堆積物は 大きく見て 2 方向からの流送方 向 が 認 め ら れ る . 1 つ は SSW 方 向で,これは崩壊源の主ブロッ クから直接流下し,鈴ヶ沢の上 流である東股に流下している. 図 2-17 伝 上 川 ・濁 川 . 王 滝 川 流 域 の 立 体 地 形 図 この分流は下流の鈴ヶ沢におい て水を多量に混じえて土石流化 し て い る .も う 一 つ は SW 方 向 の 流 れ で ,中 股 へ 流 入 し て い る .こ の 方 向 の 流 れ は ,崩 壊源から旧崩壊跡の谷を経由した可能性が考えられる.第 1 乗り上げ地区の台地状の 尾根を刻む伝上川の左支には,乗り超えた岩塊の流れが再び伝上川へと戻っていく痕 跡が残されている. 乗り上げ地区付近では,以前あった森林は跡形もなく消え失せ,かわりに火山岩の 礫が無数に散乱した荒地と化している.これらの堆積物は空中写真では縞状に同色の 礫 が 連 な る よ う な 堆 積 構 造 が 認 め ら れ る (写 真 2 -12).こ の 付 近 の 堆 積 物 は 伝 上 川 に 面 し た 崖 端 で 見 る 限 り , 数 10 ㎝ ∼ 1m と 極 め て 薄 い . (ⅱ ) 第 2 乗 り 上 げ 地 区 は ,第 1 乗 り 上 げ 地 区 よ り 2.5 ㎞ 下 流 の 伝 上 川 が 南 方 へ 屈 曲 する地点から始まり,下流側へ約 1 ㎞にわたって続いている.乗り上げた尾根は伝上 川と濁沢の間に南北に連なり,その台地状の上面は濁沢の方向に緩く傾斜している. このため溢流した岩塊の大部分は濁沢へ流れ込んでそこにやや厚く堆積しており,尾 根上に残った堆積物は薄い.尾根上の堆積物は第 1 乗り上げ地区と同様の縞状構造が 認められ,さらに濁沢の厚い堆積物も不明瞭ながら同様の構造を持っている. (ⅲ ) 第 3 乗 り 上 げ 地 区 は 第 2 乗 り 上 げ 地 点 の 1 ㎞ 下 流 の 伝 上 川 が わ ず か に 右 に 屈 曲 す る 伝 上 大 滝 付 近 か ら 始 ま り ,伝 上 川 の 左 岸 側 の 平 坦 地 に 幅 250m で 溢 流 し て い る . この岩屑の一部は堆積し,残りは伝上川に戻っている.ここでも同様の縞状構造が認 められるが、その堆積厚は空中写真によると少し厚くなっているように見える. (ⅳ ) 濁 川 が 王 滝 川 に 合 流 す る 直 前 で も 乗 り 上 げ が 生 じ て い る が , そ の 規 模 は 小 さ い. 30 2.4.7 岩 屑 な だ れ 堆 積 物 の 状 況 (1) 堆 積 構 造 の 特 徴 空中写真の判読から岩屑なだれ堆積物は表面構造の違いから 4 区分できる. (ⅰ ) 縞 状 構 造 を 持 つ 堆 積 物 伝上川から乗り上げた尾根上と濁沢の谷底に広く分布している. この堆積物は様々な色を持つ岩屑が細長 く帯状に何本も重なりあって縞模様を作っ て い る も の で ,比 較 的 平 坦 な と こ ろ で は 土 地 の わ ず か な 起 伏 に 応 じ て ,あ た か も 褶 曲 し た 地 層 の よ う な 模 様 を 描 い て 堆 積 し て い る( 写 真 2-12).ま た 急 斜 面 の と こ ろ に は 色 の 帯 が 傾斜とほぼ同じ方向に長く引きのばされた 模 様 が 残 さ れ て い る .こ の 色 の 帯 は 崩 壊 源 の 岩質の違いをそのまま反映してできたと考 え ら れ る .ま た こ の 堆 積 物 が 分 布 す る 地 点 が 谷 底 よ り か な り 高 い 位 置 で あ る こ と か ら ,岩 屑なだれの表層に近い部分から生じたと考 写 真 2-12 縞 状 構 造 を 持 つ 堆 積 物 えられる. (ⅱ ) 流 れ 山 ま た は 大 き な 岩 塊 を 持 つ 堆 積 物 これは濁川および王滝川の谷底に堆積す る表面が不規則な凹凸を持つ堆積物である. 濁川では各々の狭窄部の上流側に堆積して い る( 写 真 2-13).王 滝 川 で は 柳 ヶ 瀬 の 王 滝 川 右 岸 や 氷 ヶ 瀬 の 狭 窄 部 の 直 上 な ど ,岩 屑 な だれの直進方向に面した斜面の下に分布し て い る .王 滝 川 の 柳 ヶ 瀬 − 氷 ヶ 瀬 間 で は 他 の タ イ プ の 堆 積 物 に 覆 わ れ て い る 地 区 で も ,流 れ山の先端だけ露出しているものが散見さ れ ,堆 積 域 に お い て は 下 位 に 堆 積 し て い る こ 写 真 2-13 流 れ 山 ま た は 大 き な 岩 塊 とが考えられる. を 持 つ 堆 積 物 (濁 川 ) (ⅲ ) シ ワ 状 の 表 面 構 造 を 持 つ 堆 積 物 堆積域である王滝川だけで確認できる堆積構造である.谷幅が広い所の両岸近くに 広く分布している.全体的にほぼ平坦で,中央部で高く左右両岸に近づくにつれて傾 斜している.表面には方向性のある細いシワが多数あり,その凹部には水がたまって いる.空中写真による色は,全体がほぼ同一色の茶∼茶褐色を呈しており特定の岩相 の色ではない.また流れ山を持つ堆積物の表面と比べ,やや湿っているような色あい に見える. (ⅳ ) 泥 水 流 堆 積 物 濁川,王滝川とも谷の中央に近い,水の流路に近い部分に分布している.色は黄褐 色で粗いものは含まず,泥水状の流れによる薄い堆積物と考えられる. (2) 現 地 調 査 に よ る 堆 積 物 の 状 況 堆 積 物 の 調 査 は 主 に 地 表 踏 査 に よ っ て (3)で 述 べ た 空 中 写 真 に よ る 堆 積 構 造 の 分 類 と の対応付けを目的に限られた範囲で実施した. 31 図 2-18 王 滝 川 に 堆 積 し た 岩 屑 な だ れ 堆 積 物 の 表 面 構 造 (i)の 縞 状 構 造 を 持 つ 堆 積 物 は , 第 1 乗 り 上 げ 地 区 で そ の 一 部 を 踏 査 し た . 表 面 に は 数 10 ㎝ ∼ 数 ㎝ 程 度 の 礫 が 無 数 に 散 ら ば っ て い る .同 一 岩 質 の 礫 は 比 較 的 ま と ま っ て お り,これが縞状の構造を作っていると考えられるが,異なる岩質の部分とは明瞭な境 界を持たない.礫の下は細かい火山砕屑物が堆積しており,部分的には表土の土壌も 交えている. (ii)の 流 れ 山 を 持 つ 堆 積 物 は 氷 ヶ 瀬 付 近 の 2 ∼ 3 箇 所 で 断 面 を 見 る こ と が で き た . そ の物質構成は安山岩質の溶岩の岩片を同質の砕屑物が充填したものからなっている. この砕屑物中には異物の混入はなく,比較的締まっている.また比較的乾いた状態の まま堆積しており,水の混入した形跡はない.これと似たような岩相は崩壊源に見ら れることから,流れ山は元の山体の一部が,ほとんどそのままの状態で運ばれたと考 えられる. (iii)に つ い て は 氷 ヶ 瀬 に お い て は 流 れ 山 の 表 面 に は 薄 く 泥 状 の 堆 積 物 が 覆 っ て い る のが確認できた.王滝川の柳ヶ瀬−氷ヶ瀬間でも侵食された断面にこれと同じ堆積物 が 表 面 に 数 10 ㎝ ∼ 2m 位 の 厚 さ で 堆 積 し て い る . こ の 泥 状 堆 積 物 は 高 さ 4∼ 5m の 流 れ 山の頂部にも堆積している.これは泥状のマトリックスの中に種々の径の礫を含む淘 汰の悪い堆積物で,明瞭な堆積構造は持たない.含まれる礫の岩種は多様である.マ トリックスは土と火山砕屑物の混合したもので,細かく千切れた木片や木の根,笹の 葉などを多数混入する.マトリックスを構成する粒子の結合状態は堆積時に含水の多 い状態で混じりあった様相を呈している.泥状堆積物の下位には流れ山を構成する岩 相に類似した層が露出している. これと類似した堆積物は濁沢や濁川の両岸に堆積している. (iv)の シ ワ 状 の 構 造 を 持 つ 堆 積 物 は 適 当 な 断 面 が な く 詳 細 は 不 明 で あ る .し か し 報 道 等によると,堆積直後は人が歩くと膝から腰まで入るような泥状であったことから, 前述した泥状堆積物の堆積時の表面構造と思われる. 氷ヶ瀬の貯木場付近には,以上の堆積物とは異なる淘汰の良い堆積物が見られる. この堆積物は中砂以上の火山性の砂および礫で構成され,細砂以下のシルトなど細か い粒子は含まれない.この付近は水の流れた痕跡が幾筋も残されている.この堆積物 は,岩屑なだれ堆積後にその表面を侵食しながら流れた水によって掃流運搬された堆 積物であると考えられる. (3) 岩 屑 な だ れ の 流 動 ・ 堆 積 機 構 流下した岩屑なだれの実態を解明するには残された堆積物が一番良い手がかりとな る.伝上川周辺の台地状尾根および濁川谷底には縞状構造を持つタイプと流れ山を持 32 つタイプのきわめて対照的な堆積物が分布していることは前述のとおりである.この 堆積物の違いは,前者が全体に細かく砕けそれが巨視的に見て流動的な構造を持つの に対し,後者は大きなブロックに割れている.この堆積物はそれぞれ岩屑なだれの表 面に近い部分からと,それより下部から生じたと考えられる.そしてその堆積構造の 相 違 が 生 じ た 原 因 と し て は (イ )構 成 す る 岩 質 の 違 い に よ る た め ,(ロ )岩 屑 な だ れ の 本 流 の 上 下 で 流 動 の 状 況 が 違 っ て い た た め ,(ハ )あ る い は 停 止 堆 積 時 の 流 動 の 厚 さ の 差 が 影 響したためなど,いくつか指摘できる. 縞状構造を持つ堆積物中に見られる長く伸びた色の帯は,平坦部においては流下方 向を横切ってかなりの幅をもって続いている.このことは成層構造を保った大きなブ ロックが尾根上にあふれ出して堆積したものと考えられる. 王 滝 川 に お け る 3 つ の タ イ プ の 堆 積 物 は ,堆 積 し た 上 下 関 係 か ら ,(ⅰ )流 れ 山 を 持 つ 堆 積 物 , (ⅱ )シ ワ 状 構 造 を 持 つ 堆 積 物 , (ⅲ )泥 水 状 の 堆 積 物 の 順 に 形 成 さ れ た と 考 え ら れる. 濁 川・王 滝 川 の 谷 床 に お い て 表層に堆積している泥状堆積 物は明らかにその下位の乾燥 し た 岩 屑 堆 積 物 と は 異 な る .前 者は流下中に地表付近の土や 木 の 破 片 ,水 な ど を と り 込 み 激 しく混ざりあった岩屑なだれ の周辺部分から生じた堆積物 で あ り ,後 者 は ほ と ん ど 崩 壊 源 から由来する物質から構成さ れた岩屑なだれ主流の堆積物 図 2-19 伝 上 川 で の 岩 屑 な だ れ の 流 下 模 式 図 と 考 え ら れ る .こ の 両 者 の 流 下 過程での関係を明確に判別で きる痕跡は得られていない. この報告では,今回の伝上川の大崩壊による岩塊の流れを「岩屑なだれ」という用 語 を 用 い て 記 述 し て き た .こ れ は 以 下 の (i)か ら (iii)ま で に 示 す よ う な 理 由 に よ り「 岩 屑 なだれ」という用語が適切であると考えられるからである. (ⅰ ) 主 流 か ら の 堆 積 物 は 大 き な 岩 塊 を 多 量 に 含 む 大 小 の 粒 径 の 岩 屑 か ら 構 成 さ れ て おり,砂,シルト以下の粉状体が少ないとみられること. (ⅱ ) 主 流 構 成 物 が 比 較 的 乾 燥 し た 状 態 で 堆 積 し て お り , 土 石 と 水 の 混 合 し た 堆 積 物 とはみられないこと. (ⅲ ) 濁 川 お よ び 王 滝 川 に は 「 流 れ 山 」 状 の 岩 塊 が 分 布 し て お り , 一 般 の 岩 屑 な だ れ 堆積物に類似している 2.4.8 長 野 県 西 部 地 震 に よ る そ の 他 の 土砂災害 (1)松越地区の崩壊は,大又川右岸の 松 草 川 合 流 点 付 近 で 巾 約 150m , 奥 行 約 200m が 崩 壊 し た も の で あ る( 写 真 2-14). 崩壊跡の観察によれば,地質的には基盤 の古生層上に御岳山の降下火山灰と崖錐 性の堆積物が交互に重なり,その下部は 段丘礫とみられる円礫が挟在する.崩壊 跡の地形は谷状を呈し,その表面は軽石 33 写 真 2-14 松 越 地 区 の 崩 壊 まじり火山灰により覆われている.従って,崩壊の滑り面は,埋積された谷状地形上 部に堆積した軽石まじり火山灰層であると推定される. 崩壊した崩土は直後に土石流化し,左岸側の段丘崖に乗り上げ,向きを変えて再び 右岸側に押し寄せ,県道よりも高い位置まで這い上った後に大又川沿いに王滝川に流 下 し 500m 以 上 に わ た っ て 堆 積 し た . (2)御岳高原の崩壊は,御岳霊場付近に同じ様な 層すべり の特徴をもった崩 壊 が 5 個 所 で 発 生 し た( 写 真 2-15). この地区の地形・地質特性は,古期 御岳の溶岩層を新期のテフラが厚く 被 い 約 15 ° 位 の 緩 斜 面 を 形 成 し て いる.地層は火山灰層と軽石層の互 層から成るが,それらの中で卓越し ているのは白色の軽石層,青灰色火 山灰層,黄色火山灰層である. 崩壊の滑り面は,下部にある白色 の 軽 石 層 で ,御 岳 新 期 テ フ ラ の PmⅠと呼ばれる層であると見られる. (3)滝越地区で生じた崩壊は, 王滝川ダムの狭窄部を形成する形で, 写 真 2-15 御 嶽 高 原 の 崩 壊 状 況 北東側から延びてきている尾根の北 西 側 に 発 生 し , そ の 規 模 は 巾 約 150 m ,奥 行 約 50m で あ る( 写 真 2-16). この付近は,王滝川が御岳山から流 下した溶岩で堰止められて形成され た湖の湖成堆積物が厚く堆積してお り,崩壊した尾根にもその堆積層が みられる.この堆積層は下部から固 結度の良い黄色砂礫層,青灰色礫ま じり火山シルト層,黄色土,淡灰色 火山灰層と重なっている.この火山 灰層は固く締った不透水層を形成し その上面から湧水がみられる.更に この上部に固結度の悪い火山砂層, 凝灰角礫岩層,砂層,火山灰層と重 写 真 2 -16 滝 越 地 区 の 崩 壊 なっている. 滑り面は不透水層を形成している固結した淡灰色火山灰層とその上位の火山砂層の 間に発生したとみられ,滑り面は平滑である.また,滑落崖は鉛直で直線状であるこ とから断層の存在も考えられる. 崩壊した土砂はテラス状の滑り面からすべり落ちて大部分は崩壊部前面の北西側の 沢 に 沿 っ て ,南 西 に 向 き を 変 え て 王 滝 ダ ム 貯 水 池 に 向 か っ て 流 下 し ,扇 状 に 堆 積 し た . そ の 先 端 部 に は 流 れ 山 状 の 土 塊 が 集 中 し 盛 り 上 っ た 形 状 を 呈 し て い た ( 写 真 2-16). 崩土の一部は崩壊源から北西側の谷から尾根を乗り越えて西隣の沢へと流下している. 以上の 4 個所の規模の大きい崩壊の他に小規模の崩壊や落石が無数に発生している. 2.4.9 崩 壊 災 害 の 特 徴 と 問 題 点 伝 上 川 上 流 の 大 崩 壊 は , 崩 壊 源 の 体 積 が 3,250 万 ㎥ に 上 る と 推 定 さ れ て お り , 崩 壊 土 石 量 か ら み る と ,1911 年( 明 治 44 年 )の 強 雨 に よ る と み ら れ る 長 野 県 稗 田 山 の 大 崩 壊 34 ( 1.5 億 ㎥ ) 以 来 の 記 録 と な っ た . 今回の地震で発生した伝上川上流,松越,滝越,御岳高原の規模の大きい崩壊とそ の流動・堆積域の調査により,これらの崩壊には,御岳山の火山体発達過程を通じて 形成された地形・地質的特性が大きく関与していることが明らかとなり,火山地域の 地震災害予測に対する重要な視点を得ることができた. (1) 火 山 体 は 火 山 活 動 の 時 期 を 異にする火山噴出物の多様な堆積 層が比較的粗放に重畳して形成さ れ て お り 亀 裂 や 空 隙 も 多 い が ,こ れ らの層の中で崩壊の滑り面となる 層は軽石等の剪断抵抗力の弱い層 であるとみられる. (2) 滑 り 面 と な っ た 基 盤 の 地 形 は堆積層が形成される以前の旧い 火 山 体 の 地 形 で あ る .堆 積 層 表 面 の 地形と異なる伏在していた旧地形 の 形 状 が ,斜 面 の 安 定 性 に 大 き く 関 写 真 2-17 御 嶽 山 大 規 模 崩 壊 の 崩 壊 源 与 し た と 考 え ら れ る .特 に こ の 伏 在 する旧地形が谷状を呈している場 合 は ,地 下 水 の 集 水 域 を 形 成 し ,地 下 水 の 滞 水・流 動 層 と な っ て い た 可 能 性 が 高 く ,地 震 動 に よ る 間 隙 水 圧 の上昇,液状化現象の発生により, 斜面の安定に大きな影響を与えた 可能性が考えられる. (3) 異 な る 火 山 活 動 期 に よ り 形 成された新旧の火山噴出物の堆積 層は層序および噴出物組成も異な り,また固結度・風化度も異なる ことから,地震動に対する新旧地 層間の応答特性が異なるとみられ, この違いが地層間に剪断力を発生 させた可能性が考えられる. (4) 伝 上 川 上 流 の 大 崩 壊 は ,王 滝 頂 上 下 部 の 尾 根 部 標 高 2,550m 付 近 を 冠 頂 に , 標 高 1,850m 付 近 の 下 端 ま で 標 高 差 700 m , 奥 行 き 1,300m ,最 大 幅 450m ,最 大 厚 180 mに達する巨大なものであり,そ の 体 積 は 3,250 万 ㎥ と 概 算 さ れ る . 写 真 2-18 御 嶽 崩 壊 空 中 写 真 この崩壊は,御岳山の火山活動 史の中では,第 2 期に形成された カルデラ跡を埋め尽して山体が形成された第 3 期の火山活動による火山砕屑物,溶岩 の堆積した所とみられ,滑落崖にはこれらの層が重畳し,それを貫いて貫入した岩体 も観察された. 崩壊跡の地形は,崩壊前の尾根状地形と異なり,谷状の地形を呈しており,しかも そ の 全 面 が 黄 色 − 淡 黄 色 の 軽 石 質 火 山 灰 層 で 覆 わ れ て い る こ と か ら ,崩 壊 の 滑 り 面 は , 35 埋積谷に堆積した軽石質火山灰層であると推定される. 崩 壊 源 か ら 下 流 の 伝 上 川 ,濁 川 の 溪 谷( 約 8.5 ㎞ )は ,100m を こ え る 谷 壁 に 削 剥 さ れた痕跡が,また隣接する濁沢,鈴ヶ沢との間の尾根部には,溢流して流入した痕跡 及び残存堆積物がみられた.一方,濁川の河床部には堆積した土石と流れ山が観察さ れ た . 更 に 王 滝 川 の 柳 ヶ 瀬 か ら 氷 ヶ 瀬 の 約 3.5 ㎞ の 溪 谷 は , 30∼ 40m の 深 さ で 埋 没 し て堆積した土石が広い河原を作りその中に流れ山が多数観察された. 流 動・堆 積 域 の 土 石 の 堆 積 状 況 を 調 査 し た 結 果 で は ,表 層 部 分 の 1∼ 2m に は ,泥 分 の多い土石がみられるものの,その下位は乾いた岩屑が堆積していること,ブロック 状の多数の流れ山には,崩壊源の地層構造が余り乱されない状態で残されたままで堆 積していることなどからみて,多量の水分により流動化した土石流とは異なった岩屑 なだれが発生したものとみられる. 2.4.10 御 嶽 災 害 の 調 査 の ま と め と 災 害 の 教 訓 御嶽山の災害調査を通じて,火山地域での地震による土砂災害に関する重要な視点 について,以下に列挙する. (1)地 震 に よ る 火 山 体 の 崩 壊 に お い て は 軽 石 等 の 剪 断 抵 抗 力 の 弱 い 層 が 滑 り 面 に な る 場合がある. (2) 滑 り 面 は 埋 積 谷 と 考 え ら れ る 地 形 を 呈 し て い る 場 合 が 多 く , 不 透 水 層 を 形 成 し て いる基盤とともに,地下水の集水・滞水及び流動層となっているとみられ,これが軽 石質火山噴出物層の剪断抵抗力を一層弱めたと考えられる. (3) 火 山 砕 屑 物 や 溶 岩 の 堆 積 層 は 火 山 活 動 期 の 違 い に よ り , そ の 固 結 度 ・ 風 化 度 も 異 なることから,地震動に対する応答特性が新旧の地層間で異なるとみられ,その違い により地層間に剪断力を発生させた可能性も考えられる. (4) 火 山 噴 出 物 堆 積 層 は 貫 入 し た 溶 岩 の 岩 体 や 熱 水 に よ る 変 質 作 用 も 受 け て い る 可 能 性がある. (5 ) 崩 壊 発 生 場 所 と 断 層 の 関 係 に つ い て も 十 分 に 確 認 す る 必 要 が あ る . (6) 崩 壊 土 石 の 流 動 ・ 堆 積 機 構 は , 危 険 地 帯 の 評 価 の た め に , そ の 解 明 が 極 め て 重 要 である. 36 2. 5 1997 年 5 月 の 八 幡 平 澄 川 地 す べ り 災 害 2.5.1 澄 川 地 す べ り 災 害 の 概 要 1997 年 5 月 11 日 の 朝 7 時 40 分 すぎ,秋田県鹿角市八幡平熊沢地 内 に あ る 温 泉 旅 館 「澄 川 温 泉 」背 後 の斜面に地すべりが発生した(写 真 2-19). 地 す べ り は , 旅 館 の 建 物9棟を巻き込んで澄川へとすべ り込むとともに,地すべり土塊の 一部は流動化して澄川から赤川へ と 2 km ほ ど 流 下 し た .流 動 土 塊 は 赤川温泉の建物を押し流し,国道 に か か る 橋 を 埋 め た( 写 真 2-20). 幸い,災害の前日に鹿角市から出 された避難勧告によって温泉の泊 写 真 2-19 澄 川 地 す べ り の 全 景 ( ア ジ ア 航 測 ) まり客らは避難していたため,人 的被害は生じていない. 澄川地すべりが発生した焼山から八 幡平にかけての火山斜面上には,大規 模地すべり地形が多数分布しており, これまでも地すべり移動体が局所的に 火山性地すべりを引き起こしてきた. 澄川地すべりの変動は,過去にすべり の履歴を持つ地すべり地形の再滑動で あり,焼山火山に生じた大規模地すべ り地形内部に生じた二次すべりである. 澄川地すべりに関する調査は3回にわ たる現地調査を行なうとともに,災害 前後の空中写真判読を用いた地形解析 を行ない,澄川地すべりとその周辺の 火山斜面上の地すべり地形との関係に ついて考察した. 2.5.2 澄 川 地 す べ り の 前 兆 的 変 動 澄 川 地 す べ り は 1997 年 5 月 11 日 午 前 7 時 40 分 す ぎ に 発 生 し た .こ の 地 す べりの発生前には温泉旅館とその周辺 において幾つかの前兆的な変動が確認 されている.最初の前兆は5月3日夜 に確認された地すべり地内の湧水から 取水していた上水の濁りである.これ は地中内部での地下水脈に関わる変動 を示唆するもので,この時点ですでに 澄川地すべりの変動は始まっていたと 推定される.翌4日に,湧水はさらに 茶 色 く 濁 り ,水 量 も 普 段 よ り 増 加 し た . 写 真 2-20 澄 川 地 す べ り の 全 景( ア ジ ア 航 測 ) 5日および6日に取水パイプを地すべ 37 り地内の湧水点から他の湧水地点へと付け替える工事を行ったが,この時には残雪斜 面 上 に 亀 裂 な ど の 変 状 は 見 つ か っ て い な い . 8 日 は 日 雨 量 110mm に 達 す る 豪 雨 が 降 っ た が 、 そ の 昼 頃 に は 温 泉 施 設 の 中 で 一 番 山 側 に あ っ た 露 天 風 呂 に 土 砂 が 崩 れ 落 ち (図 2-20,A 地 点 ), そ の 日 の 夜 7 時 半 ∼ 8 時 頃 に は 電 線 が 切 れ て 停 電 し た . こ の 日 に 降 っ た雨によって地すべり変動が加速し,地表面にかなりの変状が生じて土砂の崩落や電 線の切断による停電が起きたと考えられる.9日朝には澄川温泉と大沼とをむすぶ遊 歩 道 に 亀 裂 が 入 り (図 2-20,B 地 点 ), 段 差 を 生 じ た . 9 日 夜 に は 一 番 山 側 に あ る 宿 泊 棟で,元は1m以上空いていた背後 の崖面が建物の外壁を押すほどまで に 迫 っ て き た (図 2-20,C 地 点 ). 地 す べ り 変 動 前 日 の 10 日 朝 か ら 地質コンサルタント業者によって地 すべり調査が行われ,地すべりの変 動 範 囲 が 把 握 さ れ た . そ の 日 の 16 時頃に,旅館の南東方にある澄川に 面 し た 小 尾 根 付 近 が 崩 れ (図 2-20,D 地 点 ),小 規 模 な 土 石 流 と な っ て 砂 防 堰堤まで流下した.この様に切迫し た 事 態 を 受 け 鹿 角 市 は , 16 時 49 分 に澄川温泉に対して避難勧告を出し た . 引 き 続 き 17 時 11 分 に 下 流 に あ る 赤 川 温 泉 に , 18 時 55 分 に は 銭 川 温泉に対する避難勧告が出され,宿 泊客らは全員避難を終えた. 地 す べ り は , 翌 11 日 の 朝 7 時 40 分頃から急速に動きを早め,澄川温 泉の建物が背後から押されるように 図 2-20 澄 川 地 す べ り の 前 兆 現 象 の 発 生 位 倒壊を始めた.8時頃に温泉が建っ 置 図 (基 図 は 三 菱 マ テ リ ア ル 提 供 ) ていた付近で3∼4回水蒸気爆発が 発生.これと前後するように赤川を流下した土石流が国道付近を通過するのが目撃さ れた. 澄川地すべりの滑動継続時間は不明であるが,地すべりによって澄川の対岸へ運ば れて押し倒された旅館の柱や壁の片側だけに8時頃に起きたとされる水蒸気爆発で噴 出した灰が付着していたことから,発生域付近での主たる変動は8時頃には終了して いたと推定される. 2.5.3 地 す べ り 変 動 の 概 況 (1) 澄 川 地 す べ り の 発 生 場 所 澄 川 地 す べ り の 変 動 範 囲 を , 図 2-21 に 示 し た . 澄 川 地 す べ り は 秋 田 焼 山 火 山 の 北 東山麓に位置する澄川温泉とその背後の斜面に発生した.秋田焼山は第四紀の活動火 山 で , 底 径 約 6.5km, 標 高 1366m の 成 層 火 山 で あ る . 地 す べ り は 焼 山 山 頂 か ら 北 東 に 約 2 km 離 れ た 標 高 1000m か ら 800m に か け て の 斜 面 上 で 発 生 し て い る . 地 す べ り を 起 こ し た 範 囲 は 澄 川 の 左 岸 ,澄 川 温 泉 の 建 物 群 を 末 端 に 含 む 幅 350m ,奥 行 700m の 斜 面 で あ る . こ こ は 平 均 勾 配 約 15 度 の 主 と し て ブ ナ 林 に 覆 わ れ た 斜 面 で あ る . 地すべりを起こした斜面の末端を澄川が南から北に向かって流下している.澄川は 焼山の東斜面から後生掛温泉・大沼付近を経て焼山と八幡平火山の境界に沿って流れ ており,澄川温泉の対岸は八幡平火山の噴出物に覆われた斜面からなる.澄川は温泉 の す ぐ 下 流 で 赤 川 と 合 流 し ,そ こ か ら 2 km ほ ど 北 流 し て 米 代 川 の 支 流 で あ る 熊 沢 川 に 38 合流している. (2)地 す べ り の 変 動 範 囲 と 地 す べ り 地 形 図 2-21 澄 川 地 す べ り の 変 動 範 囲 (基 図 : 国 土 地 理 院 1/25,000「 八 幡 平 」 ) 図 2- 22 澄 川 地 す べ り 付 近 の 地 す べ り 地 形 分 布 図 ( 清 水 ほ か 1984 に 加 筆 ) 1997 年 澄 川 地 す べ り の 変 動 範 囲 を ,図 2-21 に 示 す .ま た 図 2-22 に こ れ と 同 じ 範 囲 の 「地すべり地形分布図」を同 縮尺で示した.図上には澄川 地すべりの変動域と重なる範 囲に,細破線で囲まれた幅 350m ,奥 行 650m の 地 す べ り 地形が図示されている(図 2-22;S )こ と か ら ,今 回 の 澄 川地すべりの変動は,過去に 滑動を起こした経歴を持つ地 すべりが再滑動したものであ ることが確認された.また図 図 2-23 澄 川 地 滑 り の 発 生 前 後 の 実 体 視 地 形 図 2-22 に 示 す 様 に 澄 川 地 す べ ( 黒 -災 害 前 、 赤 -地 滑 り 発 生 後 ) り (図 2-22;S )は 太 破 線 で 囲 まれた大規模地すべりの移動 体 (同 図 ;m )の 内 部 に 存 在 し て い る こ と か ら ,単 独 で 地 す べ り を 生 じ た 単 位 地 す べ り で はなく,大規模な地すべりによって形成された移動体の部分的な変動である.すなわ ち 澄 川 地 す べ り は ,標 高 1,100m 付 近 に 滑 落 崖 を 持 ち ,末 端 部 が 澄 川 − 赤 川 左 岸 に 達 す る 幅 1.8km, 奥 行 1km の 大 規 模 地 す べ り 地 形 の 内 部 に 派 生 し た 二 次 地 す べ り で あ る . 前述の斜面が大規模地すべり地形であることは,火山原面を横切って連続的に伸びる 39 滑落崖の存在(図 2-22;a-b-c-d) や , 滑落崖の下方に広が る 緩 斜 面 ( 図 2-22; m)がやや緩勾配で 起伏を持ち移動体状 を呈すること,さら にこの移動体が澄川 を対岸の斜面に押し やったことを示す澄 川の谷の屈曲と,急 斜面化して生じた対 岸斜面上の表層崩壊 写 真 2-21 澄 川 地 す べ り 発 生 直 後 の 空 中 写 真 ( ア ジ ア 航 測 ) などの地形から総合 的に判読できる.こ の大規模地すべりの滑落崖の落差は 周囲の他の地すべり地形に比べると 小さく,地すべりの発達段階として は比較的初期にあたる.この大規模 地すべり地形は,秋田焼山の火山斜 面に分布する多数の大規模地すべり 地形の一つであり,今回の澄川地す べりも含め,地すべり変動が火山体 の開析過程の主要な一環となってい る. (3)移 動 体 の 変 動 状 況 災害後に撮影された空中写真判読 を行なった結果,上下両移動体ブロ ックにまたがる斜面上には,両者の 運動の差異を示す何らの地表面変動 も認められていない.また現地調査 の際の両ブロックにまたがる亀裂の 断面観察によっても,両ブロックの 滑動の間隙を示すような変状は確認 できなかった.このことから,過去 の地すべり変動においては別々に滑 動したと推定される澄川地すべりの 上下二つの移動体は,今回の変動で はほぼ一体となって滑動したと推定 される.このように,かつて別個に 変動した2つのブロックが同時に滑 りを起こすには,下段ブロックから 不安定化が進行する必要がある. 図 2-24 澄 川 地 す べ り の 変 動 状 況 図 矢印は実際の移動方向と距離 澄川地すべりの変動状況を立体的に 把握するため,国土地理院が作成し た地すべり発生前後の等高線図を用いて実体視地形図(ステレオグラム)を作成した 40 ( 図 2-23). こ の 図 を 空 中 写 真 と 同 じ 方 法 で 実 体 視 す る こ と に よ り , 変 動 前 後 の 地 形 を同一空間上で比較することができ,地すべりの変動方向や移動量などを把握するこ とができる. 図 2-23 の 実 体 視 か ら ,ま ず 過 去 の 地 す べ り 地 形 の 範 囲 が そ の ま ま 今 回 の 地 す べ り を 起 こしたこと,また地すべり移動体の主要部は元の形状をほぼ保ったまますべっている ことを読み取ることができる.移動体の表面には開口幅や落差の大きな亀裂が何本も 走 り ,局 所 的 に 陥 没 な ど の 変 形 は 生 じ て い る が( 図 2-24), 全 体 的 に 地 す べ り 発 生 前 の外形をほぼ保ったままで滑落停止している. 変動前後での対応する場所を判定し,地すべりの移動ベクトルを求めた.上段の移動 体 ブ ロ ッ ク は N30°E 方 向 に ほ ぼ 元 の 斜 面 の 傾 斜 に 沿 っ て 滑 り 落 ち て い る .そ れ に 対 し 下段の地すべりブロックの移動方向はほとんど同じであるが,垂直変動量は等高線の 間 隔 で あ る 5m 以 下 で あ る . 下 部 ブ ロ ッ ク の 移 動 体 中 央 に あ っ た 小 丘 状 の 部 分 も , 変 動前後でその標高がほとんど変わっておらず,前にせりだすような変動を起こしてい る ( 図 2-24). 全 体 的 な す べ り の 移 動 方 向 は N30°E で , 移 動 量 は 60∼ 70m 程 度 で あ る. 空中写真では大きく崩れているように見える下段ブロック前縁部は,実体視判読の 結果では元の形状をほぼ保ったまま前方にせりだした様に見える.前縁部において崩 れ た 土 塊 の 奥 行 き は 右 岸 側 で は 40∼ 50m と 大 き い が , 中 央 付 近 で は 10m 以 下 で あ り , 崩落した土量はさほど多くはなかったと推定される. 空中写真判読と実体視地形図判読により,ほぼ原形を保ったまま滑ったと推定される 範 囲 を ,図 2-24 に 短 破 線 で 示 し た .こ れ は 幅 約 35 0m ,奥 行 き 650m の 範 囲 で あ る .こ の移動体上にある樹木は,移動体前縁部の急斜面を除いて立ったままのものが多く, 中にはほぼ垂直に直立したままの樹木も多く見られた.その様な状況から,澄川地す べりは,直線に近いゆるやかな曲率のすべり面を持つ,層すべり的要素の大きな地す べ り で あ っ た と 推 定 さ れ る .澄 川 地 す べ り の 主 す べ り 面 の 位 置 は ,7 時 40 分 頃 の 地 す べりの初期の変動では旅館が後ろから押されるように倒壊している変動過程から見て, 澄 川 の 河 床 よ り も 20m ほ ど 高 い 旅 館 の 建 っ て い た レ ベ ル に あ っ た と 推 定 さ れ る . 2.5.4 岩 屑 な だ れ の 発 生 と 澄 川 地 す べ り の 変 動 の 性 格 前 述 の よ う に 澄 川 地 す べ り の 移 動 体 は 元 の 形 状 を か な り 維 持 し た ま ま 全 体 的 に 60 m ∼ 70m ほ ど 下 方 に す べ っ た 状 態 で 停 止 し て い る . ま た 移 動 体 末 端 部 か ら 崩 落 し た 土 量も左右の両側方崖近くを除くとそれほど大きくはない.このように澄川地すべりは 地表部分の変動量が小さいにも関わらず,澄川と赤川の河床には変質を受けた青灰色 の堆積物を主体とする大量の堆積物がかなり長い区間にわたり堆積している.現地調 査 で 確 認 し た と こ ろ ,こ れ ら の 堆 積 物 の 大 部 分 ,特 に 河 床 を 厚 く 覆 っ て い る 堆 積 物 は , 青灰色の粘土質を主体とした堆 積物である.これらの堆積物中 には通常の土石流と異なり河床 に堆積していた砂礫はほとんど 取り込まれておらず,また地す べり変動前に地表部にあった建 物や樹木の破片などの混入物や 移動体表層部を構成していたと 考えられる溶岩の破片をほとん ど交えていないことから,地す べり移動体の地中内部から由来 した可能性が大きい. このように表層付近の地盤の 写 真 2-22 澄 川 地 す べ り の 下 端 付 近 の 状 況 41 変動が小さいのに対し,移動体内部から由来したと推定される物質が遠距離流下して いることから,澄川地すべりは,内部の地層が絞り出されるように遠方に達するスク ィ ー ズ 型 地 す べ り( 釜 井 ,1 991)の 様 な 現 象 を 伴 っ た 地 す べ り 変 動 で あ っ た 可 能 性 が 考 えられる.移動体表面にいくつかの大規模な陥没が生じ,湛水を生じていたこともこ れを裏付けている. 地すべりの変動量が比較的小さいのにも関わらず,大規模な流動土塊の発生を伴っ ているのはこのような変動によると考えられる.これと類似する火山性地すべり災害 と し て は ,「 粘 土 流 」 を 伴 っ て 流 下 し た と 報 告 さ れ て い る , 1953 年 の 箱 根 早 雲 山 地 す べ り 災 害 (岸 上 ・ 小 坂 ,1955)が あ げ ら れ る . また,澄川地すべりは,その滑落崖上部に溶岩層を主体とする火山岩の層が露出して いるのが確認されていることから,キャップロックタイプの地すべりでもある. 2.5.5 1997 年 変 動 前 の 澄 川 温 泉 の 地 す べ り 地 形 「地すべり地形分布図」は縮尺5万分の 1で発行されているため,小規模な地すべ り地形や細かい内部構造は割愛されている. そこで澄川地すべり発生前の地すべり地形 の詳細を明らかにするため,改めて空中写 真判読を行なった.判読には国土地理院 1971 年 撮 影 の 空 中 写 真 を 用 い ,判 読 結 果 を 図 2-25 に 示 し た .図 の 範 囲 内 に は ,白 抜 き 線で示す三つの大規模地すべり地形が分布 している.これらの大規模地すべりは,焼 山と八幡平の両火山から澄川−赤川水系の 谷に向かって滑り,移動体の末端部が互い に衝突する部分では,河床を押し上げてい る.これらの大規模地すべり移動体の内部 には,中太線で表わした二次地すべりがい くつか発生している.澄川温泉裏の大規模 地すべりの移動体中にも,明瞭な二次すべ りがいくつか生じている.澄川地すべりの 南 側 に 接 す る 二 次 地 す べ り (図 2-25; E,W) は,その滑落崖がやや開析され不鮮明にな っていることから,澄川地すべりよりも古 図 2-25 澄 川 地 滑 り 発 生 前 の 周 辺 い時期に起きたと推定される.この移動体 の地すべり地形分布 の末端部ではさらに二次地すべりが生じて (基 図 は 国 土 地 理 院 を 用 い た ) いる.澄川地すべりの北西にある地すべり 地 形 (図 2-25;N )は , 変 動 を 繰 り 返 す こ と に よ り 移 動 体 の 大 半 が 失 わ れ た た め , 薄 く 残った移動体の浅い滑りであり,崖の規模に対してその土量は小さい. 1997 年 澄 川 地 す べ り の 変 動 範 囲 内 に あ っ た 地 す べ り 地 形 は ,上 下 2 段 の 地 す べ り 地 形 に 分 け ら れ る( 図 2-25;U ,L ).上 段 の 地 す べ り 地 形 ( U )は 幅 120m,奥 行 き 220m で ,滑 落 崖 の 落 差 は 30m と 小 さ く ,移 動 体 の 変 形 も 少 な い .こ れ に 対 し ,下 段 の 地 す べ り 地 形( L )は 幅 300m ,奥 行 き 400m で ,滑 落 崖 の 落 差 は 最 大 60m と 大 き い .樹 木 に覆われているため移動形態は定かでないが,上段の地すべり地形(U)がやや層す べ り に 近 い 動 き を し て い る の に 対 し ,下 部 ブ ロ ッ ク は 円 弧 す べ り 的 な 変 動 を し て い る . 両地すべりの滑動方向も若干異なり,下段すべりがやや東に向いている.下段の地す べ り 移 動 体 の 末 端 部 で は ,図 2-25 に 細 線 で 示 し た よ う に ,澄 川 に 向 か っ て 二 次 崩 落 を 起こしている.この急崖下の緩傾斜部上に澄川温泉の旅館が建てられていた. 42 澄川地すべり発生前に存在した上下二段の地すべり地形は,幅の相違など輪郭形状 の不連続性や,滑落崖の落差に差がある事,さらには移動方向が異なることなどから 見て,別個に生じた地すべり変動によって形成されたと考えられる.両者の前後関係 は移動体の位置関係から,下部ブロックが先に変動を起こし,後から上部ブロックが 滑落を起こしたと推定される.しかし前述のように今回の地すべり変動においては, 上下二つの地すべり移動体はほぼ一体として滑動している. 澄川地すべりの過去の変動がいつ発生したのか,両ブロックの変動の間隙がどれ位 か は 明 確 で な い .40 年 前 に 撮 影 さ れ た 空 中 写 真 に も 同 じ よ う な 地 す べ り 地 形 が 認 め ら れることから,それ以前に生じたと考えられる.現地調査において下部ブロックの移 動 体 上 に 植 林 さ れ て い た 40 年 生 の 樹 木 の 幹 が ,根 元 付 近 で 山 側 に 一 斉 に 傾 斜 し 幹 の 途 中 か ら 鉛 直 方 向 に 曲 が っ て 立 っ て い た こ と か ら ,最 近 40 年 の 間 に も わ ず か な 地 す べ り 変動が生じていたと推定される. 図 2-26 八 幡 平 ・ 秋 田 焼 山 火 山 周 辺 の 地 す べ り 地 形 分 布 ( 清 水 ら 1984 に 加 筆 ) S :澄 川 地 す べ り , F :蒸 ノ 湯 地 す べ り , H :八 幡 平 山 頂 , Y :秋 田 焼 山 山 頂 , C :茶 臼 山 山 頂 2.5.6 地 す べ り 地 形 分 布 図 を 用 い た 地 す べ り 災 害 の 予 測 1997 年 澄 川 地 す べ り は 秋 田 焼 山 山 頂 か ら 北 東 に 約 4 km 離 れ た 澄 川 温 泉 背 後 の 標 高 1,000m か ら 800m に か け て の 斜 面 上 で 発 生 し た . こ の 地 域 は 八 幡 平 熊 沢 地 内 に 含 ま れ る山林地帯で,八幡平国立公園に隣接している.澄川地すべりは秋田焼山火山と八幡 平火山の境界付近で発生したが,両火山の山体斜面上には多数の地すべり地形が分布 している. 43 図 2-27 八 幡 平 ・ 秋 田 焼 山 火 山 周 辺 の 地 す べ り 地 形 分 布 ( 清 水 ら 1984 に 加 筆 ) S :澄 川 地 す べ り ,F :蒸 ノ 湯 地 す べ り , H :八 幡 平 山 頂 ,Y :秋 田 焼 山 山 頂 ,C :茶 臼 山 山 頂 図 2-27 に 陰 影 図 と 重 ね て 表 示 し た 焼 山 ・ 八 幡 平 地 域 の 地 す べ り 地 形 分 布 図 (清 水 ほ か ,1984)を 示 し た .こ の 地 域 に は 大 き い も の で は ,変 動 域 の 幅 も し く は 奥 行 き が 数 k m に 達 す る 巨 大 な 地 す べ り 地 形 を は じ め ,幅 が 数 100m 以 上 の 大 規 模 な 地 す べ り 地 形 が 数 十個ほど分布している.秋田焼山と八幡平ではその地すべり地形の分布状況が若干異 なっている. 焼山火山の斜面上にある地すべり地形は,①山頂部から中腹にかけてはほとんど分 布していないのに対し,中腹以下の山麓部に集中している,②焼山の山麓部でも特に 南麓∼東麓にかけての斜面に多数分布している,③山体の南麓の地すべり地形は,斜 面の中腹部にある大規模地すべりと山麓に沿って流れる川に面した急斜面に生じた地 すべりの二段に分かれる,④東麓に分布する地すべり地形では移動体末端において二 次地すべりを起こしている,などの特徴が認められる. 他方,八幡平火山では, ①秋田焼山火山よりさらに 規模の大きな巨大地すべり が多数分布している,②八 幡平火山は東西にやや長く 伸び,全体としてなだらか な山容を呈しているが,巨 大地すべりはその山体の南 麓から南東麓にかけての斜 面と北西斜面に集中してい る.③中腹以下に地すべり 図 2-28 秋 田 焼 山 火 山 の 実 体 視 陰 影 図 が集中する焼山と異なり, 矢印は澄川地すべりの発生位置を示す 茶臼岳山頂南側の地すべり 44 のように山頂ないし稜線直下に新鮮な滑落崖を有する巨大地すべり地形が認められる. ④そのほか大規模地すべり地形は山体を切って流下する河谷に面した斜面に点在して いる,⑤焼山の地すべりに比べ滑落崖の落差が大きいなどの特徴がある. 以 上 述 べ て き た 特 徴 は ,図 2-28 に 示 し た 焼 山 火 山 の 立 体 地 形 図 を 比 べ て も 明 ら か で あ る.一方八幡平火山では,落差の大きな滑落崖を持つ地すべりによって,火山原面が 大きく開析されている状況が顕著である. 2.5.7 火 山 地 域 で の 地 す べ り 地 形 分 布 に 関 す る 検 討 焼山・八幡平地域に地すべり地形が多数分布する理由を考えると,第一にこの地域 が仙岩地熱地帯と呼ばれ,各所に数多くの温泉が湧き,地熱発電の盛んな地域である ように,活発な噴気活動によって変質作用が進んでいることがあげられる. それに加え両火山では火山岩層が比較的薄く,基盤の堆積岩が比較的浅いところに存 在していると推定され,その上を覆う火山岩層がキャップロックとなって地すべりの 発生を促しているという地質的素因をあげることができる. 焼山と八幡平とで山体頂部における地すべり地形分布に差が見られるのは,地熱地質 図 (須 藤 , 1992)に 示 さ れ て い る 様 に 焼 山 火 山 の 下 に 埋 積 さ れ た 古 い カ ル デ ラ の 存 在 に よると考えられる.すなわち焼山山頂から中腹にかけての埋没カルデラの範囲では比 較的厚い火山岩に覆われているためキャップロックタイプの地すべりが起きにくいの に対し,カルデラの外側では基盤を覆う火山岩層がそれほど厚くはないため,キャッ プロック型地すべりが生じやすくなるためと考えられる. 焼山・八幡平火山においてこのような大規模地すべりがいつ頃変動したものかにつ いては明らかではない.また,現在このような大規模な地すべり移動体が全体的に変 動している兆候はない.しかし地すべり移動体の一部が部分的に不安定化し,地すべ り 災 害 を 起 こ す こ と が あ る . 焼 山 ・八 幡 平 周 辺 で は 1961 年 の ト ロ コ 温 泉 の 地 す べ り , 1973 年 の 蒸 ノ 湯 温 泉 の 地 す べ り 及 び 今 回 の 澄 川 地 す べ り な ど が そ の 実 例 で あ る . 2.5.8 澄 川 地 す べ り 災 害 調 査 の ま と め 1 ) 1997 年 5 月 に 発 生 し た 八 幡 平 澄 川 地 す べ り は ,過 去 に 変 動 を 起 こ し た 地 す べ り の再滑動である.また澄川地すべりは秋田焼山火山の山麓に生じた大規模地す べり地形の移動体内に二次的に生じた地すべりである. 2) 澄川地すべりを起こした変動範囲は発生前の空中写真の判読によってその範 囲の判読抽出は可能であり,現に国立防災科学技術センタ−が発行した地すべ り地形分布図に図示されていた.今後,同じタイプの地すべり変動の発生予測 には地すべり地形判読が有効であると考えられる. 3) 澄川地すべりは,表層付近を秋田焼山起源の溶岩流に覆われた斜面で発生した キャップロック型の地すべりである.また今回の澄川地すべりの変動は,表層 部の変動量が比較的小さいのに対し,内部の地層が絞り出されるように遠方ま で到達するスクィーズ型地すべりの性格を有している. 4) 澄川地すべりを含めた焼山から八幡平火山一帯には,巨大∼大規模地すべり地 形が多数分布している.それらの移動体の一部は火山噴気による変質作用のた めに滑動を起こし,地すべり災害を発生させてきた.今後もこの地域では同種 の地すべり災害が発生する可能性があり,注意が必要である. 地すべりの危険度の高い場所を予測する手法として,過去の地すべりの痕 跡である地すべり地形分布図を用いることの有効性が,今回の地すべり災害 から示された.過去の地すべり変動の痕跡である地すべり地形の分布を表わ した地すべり地形分布図は,地すべりに関する研究資料としてだけでなく, これから起きる地すべりの発生場所の予測など広く防災行政にも活用できる 資料として,今後の幅広い活用の可能性がある. 45 2.6 第 2 章 の ま と め 本 章 で は , 近 年 20 数 年 間 に 火 山 地 域 で 発 生 し た 土 砂 災 害 を 対 象 に , 現 地 調 査 に よ る災害発生状況の詳細を明らかにするとともに,地形地質的解析を通じて斜面変動に 関する地形地質的要因の解明を試みた.取り上げた各災害は誘因を異にし規模も異な るため災害の様相は異なる.しかし個々の災害事例からそれぞれ防災上の教訓的な事 項を引き出すことが出来た. (1)須坂土石流災害においては火山麓に堆積した崖錐層がさほど強くない雨で斜 面崩壊を起こし,それが大規模な土石流となって流下する可能性があることを明らか に す る と と も に ,河 床 付 近 の 低 い 比 高 の 段 丘 面 上 に 居 住 す る こ と は 避 け た 方 が 良 い 事 , 土石流に伴って流下する多量の流木が橋にたまりそこからの氾濫が発生する可能性が あることなどを導いた. (2)長野県西部地震による御嶽火山で発生したような大規模な崩壊災害はさほど 頻繁には起きないが,ひとたび起こるとその流下範囲は下流一帯に広がる.局所的に 発生した土砂災害でもその影響範囲はきわめて広くなる可能性がある.特に火山体を 下刻する谷沿いに発生した場合は下流では注意が必要である.大規模な崩壊現象に関 しては未解明の点が多く,より幅広い研究が必要であることを明らかにした. ( 3 )1997 年 の 澄 川 地 す べ り 災 害 か ら は 火 山 で 起 き る 火 山 性 地 す べ り 変 動 は 変 質 粘 土等が長距離流下する可能性があることを明らかにするとともに,その発生場所に関 しては地すべり地形分布図から予測することが可能であることを示した. 取り上げた災害事例はいずれも長距離をかなりの高速度で流下したこと,澄川地す べりを除けば予期せぬ状態で発生し大きな人的被害を出したことなども特筆される. また運動様式も単純ではなく,澄川の様に水蒸気爆発を伴うなど複雑な様相を呈して おり,他の地質地域における土砂災害より複雑であることを証明している.そういっ た意味で火山地域での土砂災害の危険度予測はいろいろな状況が起り得ることを想定 しておく必要があることを示した. 災害直後に発生した場所において調査を行なうことは自然現象だけの側面でなく災 害に至った多くの過程や問題点が明らかとなることから極めて有効な手法であるとい える.ただこの手法は実際に災害が起きてからでないと調査出来ないのが最大の短所 である. 以 上 の 様 に 最 近 20 数 年 間 に 火 山 地 域 で 発 生 し た 土 砂 災 害 の う ち 現 地 調 査 を 含 め て 詳しい調査を行った災害事例について当時の調査結果を元に改めて論じてみた.取り 上げた事例が3つと少なく,しかも規模も誘因も異なる土砂災害事例であるのでこれ だけから火山地域の土砂災害全般について論じることは出来ないが,人為的な要因も 含めていずれも単純な現象でなくに関する調査によって,火山地域では融雪,豪雨, 地震など様々な誘因によって多様な土砂災害が生じる可能性があることが判明した. 同時に発生した場所の地形地質的条件が災害の要因のひとつであったことも明らかに できた. さらに火山で起こる土砂災害は各々がかなり異なった様相で発生しており,少数の 災害事例から火山地域の災害の全般的状況について語ることは難しいことは明らかで ある.そのため本研究においては火山地域で起きた様々な災害事例に関してより幅広 い調査研究を行なう必要性を実感した.そこで次章では直接調査直後に調査出来なか ったが,過去において同様の調査事例も含む過去の災害事例に関して文献調査を中心 に出来るだけ多くの災害事例に基づいた災害の実態の検証を行なうこととした. 46 第3章 火山地域における土砂災害の種類と特徴 3.1 はじめに 第2章では最近 20 数年間に火山地域で発生した土砂災害の中で,現地調査に基づいて詳 し い 分析を行なった 3 事例について災害の概要・発生要因・特徴・防災上の留意点 等について検 証を 行なった.その結果個々の災害事例から他の火山地域においても活用できる防災上の教 訓 が 得られた.しかしそれぞれ誘因の異なる3件の災害事例だけでは火山地域で生じる可能性 の あ る多様な土砂災害に対する防災を論じる上では不十分であることは言うまでもない.日本 国 内 には様々な火山があり,多様な土砂災害が発生している.そのためには種々の誘因によっ て 発 生した多数の災害事例から得られた幅広い分析が必要である.しかも単に多数の事例を収 集 するだけで なく,その中で共通の現象の類型 化を行ない各々の現象の特性や規模・頻度,さら には要因等 について解明していく必要があると考えられる. そのため本 章では研究対象とする土砂災害の事例をより網羅的に収集・分析するために,歴史 時代を含め て火山地域 で発生した土砂災害に関する記録や関連する研究報告等を収集し,その 発生状況や 被害状況をできるだけ正確に把握した上で分析することにした.そして各々の斜 面 変 動が発生した火山の種類,その規模,運動様式,発生要因,地形・地質的特徴等について文 献 資 料を参考に可能なものについては空中写真の判読等も加味して検討を行ない取りまとめた も の である. 3. 2 土砂災害事例の収集及び整理検討 3. 2.1 火山地域における土砂災害の調査手法 上記の目的 のためにまず火山地域で生じた土砂災害の発生事例について取り上げた研究論文 やそ の他の報告,さらには歴史資料など国内を中心に広く文献調査を実施した.筆者は土砂 災 害 全般の研究のために他の地域を含めた土砂災害のデータベースを 1980 年代から作成して き た が,この中から火山地域で起きたものを抽出すると同時に各学会誌や災害報告書などから 火 山 地域での土砂災害の事例を広く収集を進めた.収集はかなりランダムに行なったが,長期 間 に わたって他の研究のために文献を探す際にも留意して集めた結果,50 件以上の災害事例を 収 集 することができた.これらの災害事例について発生した火山と発生年月日,さらに運 動様式 や発生要因等に関して推定できる事項を一覧表の形で取りまとめた(表 3-1). 表 3-1 日本の第四紀火山において歴史時代に発生した土砂災害一覧 48 3.2.2 火山地域における土砂災害の発生履歴 歴史時代 に火山地域で生じた主な土砂災害を表 3-1 に年表形式で示したが, これに基づき日 本列島の第四紀火山において生じた主な土砂災害の発生履歴を整理した. 歴史記録に残る火山地域の土砂災害で最も古い時代のものは,818 年の地震による赤城山三 夜沢の崩壊と 888 年に発生したとされる大月川岩屑なだれ(河内,1983a,1983b)である.これら は古文書の記述に基づくが,いずれも伝聞的な内容にとどまっているため,発生時期は特定でき るが,発生場所については文献の記述からでは困難で,当該地域付近の地形・地質状況から発 生場所および現象の種類などの推定が行われている(河内,1980). 現在においても検証可能な比較的確かな記録が残されている災害事例は 16 世紀以降の災 害 事例である.このうち江戸時代末期までの間に火山地域で起きた主な土砂災害は,1596 年の別 府湾地震によって高平山−水口山火山群で起きた津江岩屑なだれ(星住ほか,1988),1640 年の 北海道駒ヶ岳の山体崩壊・岩屑なだれ(吉本・宇井,1998;勝井ほか,1974),1741 年の渡島 大 島の山体崩壊(勝井ほか,1977), 1792 年の雲仙眉山の山体崩壊(古谷, 1983), 1783 年の浅間火 山鎌原岩屑なだれ(荒牧ほか,1986), 1858 年の立山鳶崩れ(Ouchi and Mizuyama,1989):など がある.これらはいずれも大規模な土砂災害である.特に災害に関わる絵図などが残されてい る災害もあり,現在の地形・地質調査と照らし合わせて研究を行なう事ができる. 明治維新から第二次大戦が終了するまでの間に発生した土砂災害としては,まず磐梯山 1888 年 の 山 体 崩 壊 − 岩 屑 な だ れ (Sekiya and Kikuchi,1890)が 最 も 規 模 が 大 き く イ ン パ ク ト の あ る 災害である.また 1911 年の白馬大池火山の稗田山で発生した大規模崩壊(青木,1984),1926 年十勝岳の泥流災害(多田・津屋, 1927)など大きな被害を出した土砂災害が発生している.この 時期に起き た土砂災害 では発生直 後に研究者 が現地調査 を行ない, 詳細な調査 報告を出し てい る.このうち磐梯山の Sekiya and Kikuchi(1890)の報告や十勝岳泥流の多田・津屋(1927)の報 告などは最近でもしばしば引用されるなどその意義は大きい. 戦後に起きた災害は 1947 年のカスリン台風によって赤城山腹に発生した無数の崩壊から 転 化発達して山麓に流下・堆積した土石流災害が起きた(群馬県,1950).また 1953 年には箱根早 雲山で大規模な火山性地すべり災害が発生した(岸上・小坂,1954).1957 年に多良岳山麓から諌 早市にかけて襲った諌早豪雨がもたらした大災害も赤城山と同様に開析された火山における多 数の斜面崩壊による多量の崩壊土砂が, 洪水と相まって大きな災害をもたらした最大の要因で ある. その後顕著な火山地域の土砂災害はなかったが,1978 年 5 月の妙高火山の土石流災害,1982 年の四阿山の北壁を刻む谷壁で生じた崩壊を起源とする須坂土石流災害(水谷ほか,1983)など 崖錐斜面上に発生した中規模の崩壊が生じている. 1984 年の長野県西部地震による御嶽山の 尾根部に生じた大崩壊では,山腹の尾根に生じた大崩壊は岩屑なだれとして 12kmも流下し多 数の死者を出した(Inokuchi, 1985). 1997 年の5月には,融雪をきっかけとして秋田焼山の山麓部において澄川地すべりが起きた. この地すべりでは発生直後に水蒸気爆発が生じ,また地すべり土塊の一部が流動化して長距離 流下を起こして注目を集めると同時に,発生場所が防災科学技術研究所の地すべり地形分布図 に図示されていたことから将来の発生場所の予測に使える可能性を示唆している. 49 3.3 有史時代に発生した巨大∼大規模崩壊 事例 3.3.1 赤城火山/三夜沢の崩壊 (818 年) 古文書によると,818 年に起きた関東地震によって赤城山南麓の三夜沢付 近に大規模場崩壊 が発生した.この崩壊に関しては,発生時代が古いことや十分な調査が行われていないことか ら被災範囲など災害に関する詳細は不明である. 3.3.2 北八ケ岳天狗岳東斜面の崩壊/大月川岩屑なだれ (888 年 6 月 20 日) 八ケ岳東麓を流下する大月川が 千曲 川に合流する松原湖付近には, 多数の流れ山が分布し,岩屑なだ れ の 堆 積 地 形 を 呈 し て い る (写 真 3-2).また,大月川の上流にあた る北八ケ岳中山付近から天狗岳・ 稲子岳にかけての稜線に沿って急 崖が伸び,崩壊地形を呈している (図 3-1,写真 3-1).さらに千曲 川と大月川の合流点付 近には,海 ノ口,海尻,小海など湖の存在を 示唆する地名が残っており,かつ て堰止め湖が存在したことが推測 図 3-1 大月川岩屑なだれ概況図(河内 1983a に加筆) されている.河内(1983a)によると 松原湖付近の堆積物の岩相は岩屑 なだれの特徴を呈している.また河内 (1983b)は,この堆積物に挟在する木片の 14 C年代が約 1000 年前の時代を示すこと を明らかにし,古文書『類聚三代格』に ある, 「重今月(仁和四年五月)八日,信 濃国山頽河溢,唐突六群,城廬払地而流 漂,戸口随波而没溺,百姓何袴,頻罹此 禍,徒発疚(沈力)首之嘆,...」と記述 されている事変がこの崩壊に相当するの ではないかと推測した.仁和四年五月八 写真 3-1 日はユリウス暦で 888 年 6 月 20 日に相当 大月川岩屑なだれの崩壊源 する.類聚三代格には大洪水を伴った地 変を思わせる短い記載のみで,この地変 の時に地震ないし火山噴火があったとい う記述はない.また何らかの火山活動を 示唆するような記載もない.崩壊発生の 原因について,河内(1983a)は火山 噴火と ではないかと推定しているが,火山噴出 物等の直接的な証拠は発見されておらず, 他の要因による可能性も考えられる.崩 壊規模は 3.5×10 8 m 3 である. 写真 3-2 大月川岩屑なだれの堆積地形 50 3.3.3 由布院水石山/津江岩屑なだれ (1596 年 9 月) 1596 年 9 月 に 起 き た 別 府 湾 を 震 源 と す る 地 震(M=7.0)によって,由布院盆地の南東にあ る水口山の北斜面に大規模な崩壊が発生し,崩 壊土砂は岩屑なだれとなって由布院盆地に向か って約 2.5km流下した(図 3-2).当時の古文書 (*)には「村を埋め助かったもの数名」と記 さ れ て お り ,一 村 が 壊 滅 す る ほ ど の 大 き な 被 害 を出した様である.崩壊源は幅 300m,奥行 400 mの規模で,スプーン状の形態を持つ.崩壊源 の直下を湯布院断層が東西に切っている(日本 の活断層*).湯布院盆地の津江∼湯の坪にかけ て流れ山を持つ堆積地形が多数残されており, 図 3-2 津 江岩屑なだれ概況図(井口, 1994) そのおおよその分布範囲は図 3-2 の通りである. 星 住 ・ 三 村 (1986)は 堆 積 土 量 を 3×10 7 m 3 と 見 積もっているが,この量は崩壊源の規模から見 てやや大きすぎるので,それ以前の崩壊堆積物 が含まれている可能性がある. 星住ら(1986)の地質図によると崩壊が発生し た 斜面は水口山溶岩(輝石角閃石デイサイト) と倉木山溶岩(輝石角閃石安山岩)の境界付近 に相当する.前述の様に崩壊源の足元直下を由 布院断層が東西に切っている状況から考えて, 活断層付近で地震動が大きかったことがこの斜 写真 3-3 津江岩屑なだれ崩壊源 面での崩壊発生の要因となった可能性も考えら れる. 3.3.4 駒 ヶ 岳 / ク ル ミ 沢 岩 屑 な だ れ (1640 年) 北海道駒ヶ岳は 1640 年7月 31 日に大噴火 を起こしたが,噴火に伴って駒ヶ岳山頂付近 で山体崩壊が発生,岩屑なだれとなって流下 し た(図 3-3).この岩屑なだれはクルミ沢 岩 屑なだれと呼ばれる.岩屑なだれは噴火湾に 流入し,湾内に津波を発生させて湾岸で 700 人の死者を出したとされる.崩壊土砂は南麓 にも流下して折戸川を堰止め大沼・小沼など の湖沼とそれに浮かぶ多数の小島を形成した. 堆 積 土 量 は 2.5×10 8 m 3 と 推 定 さ れ て い る . 山体崩壊は駒ヶ岳の噴火に伴って発生してい ることから,噴火による何らかの火山活動が 崩壊発生の誘因になった推定される.現在崩 壊源はその後の火山活動によってほぼ埋め尽 図 3-3 くされたため,崩壊地形の輪郭がかろうじて 本・宇井,1998) 駒ヶ岳 1640 年の山体崩壊 の状況(吉 わかる程度である.駒ヶ岳の山麓にはそれ以 前 の岩屑なだれ堆積物が分布し,1640 年以 前にも何度か 山体崩壊が生じていたと推定され る. 51 3.3.5 渡島大島/西山崩壊/津波災害 (1741 年 8 月 18 日) 北海道 渡島半島の西海に浮かぶ渡島大島 は山体の中央に北に大きく開いた馬蹄形カ ルデラを有する火山島である(図 3-4).勝 井ほか(1977)は,1741 年に渡島半島西岸を 襲った津波について渡島大島の噴火活動と 同時期に起きていることから,渡島大島の 西山が山体崩壊を起こし,その土砂が海に 津波を発生させたと考えた.しかしこの津 波の規模が崩壊土量に比べて大きいことか ら,この津波が北海道南西沖地震の様な地 震によって生じたという推測もおこなわれ ており,今後の検証が必要である. 発生時期はともかく,西山の馬蹄形カル デラはその地形的特徴から判断して山体崩 図 3 -4 渡島大島の地質図(勝井ほか,1977) 壊によって形成された可能性が高いと思わ れる.さらに渡島大島の馬蹄形カルデラはその内 部に中央火口丘を持つことから,崩壊発生 後 に火山活動があったと推測されることから,山体 崩壊の発生原因としては,火山活動に起因し た可能性が最も高いと考えられる . 3.3.6 雲仙/眉山崩壊/津波災害 1792 年 1792 年5月 21 日夜,島原市の西にそびえ ていた雲仙眉山の東部が崩壊を起こし,崩土 は有明海に向かって流下,有明海一帯に大き な津波を引き起こした(図 3-5).「島原大変・ 肥後迷惑」として知られる崩壊とそれによっ て生じた津波による災害の死者は合わせて約 1万5千人に達したが,これは日本国内にお いて一 つの崩壊に起因する死者数としては, 知られている限り最大である. 雲仙岳は前年の 11 月より山体の西部で火 山活動が始まったが,それが次第に東に移動 し,普賢岳から溶岩を流出するなど活発にな り,最終段階で眉山が崩壊した.眉山は石英 図 3-5 安山岩からなる溶岩円頂丘で,全体的に破砕 雲仙眉山崩壊概況図(大田,1992) が進んでいた.崩壊の規模は,幅 1.0km,奥 行 1.3km,土量は 4.8∼1.1×10 8 m 3 .岩屑なだ れとなって6km流下した.沖合約4kmまでの 海底には凹凸の多い地形が残され,海上にも 流れ山が分布している(写真 3-4).この災害 については,島原藩の幕府に対する報告書の ための絵図面など多数残されており,その後 も地形地質調査など多くの報告がある. 大田(1992)は普賢岳での火山活動に伴って 供給量の増大した熱水の影響によって山体の 不安定化が進行し,最終的に地震が引きがね 写真 3-4 52 雲仙眉山崩壊全景 となって崩壊が発生したと考えた.この様に崩壊の 原因については地震か火山噴火かで論争が あったが,一連の経過から見て火山活動が何 らかの形で影響を与えたことは確実である. 3.3.7 立山/鳶崩れ (1858 年4月9日) 1858 年4月9日の安政飛騨地震(M=7.0 ∼7.1)によって,立山カルデラの中にある大 鳶山付近に崩壊が発生(写真 3-5),多枝原谷 に沿って流下し,立山カルデラ底を流れる湯 川を堰き止めた.堰き止めダムはその後,4 月 23 日と6月7日に決壊し,湯川∼常願寺川 に沿って土石流が流下,下流の富山平野に死 者 140 名,流失家屋 1600 戸以上の大災害を もたらした. Ouchi・Mizuyama(1989)によると,崩壊場 図 3-6 鳶崩れ平面図(Ouchi・Mizuyama,1989) 所は現在の鳶山の南西 1.5km(図 3-6)にあっ た2つの峰で,その規模は幅 1.4km,奥行 1.6 km, 体 積 1.14×10 8 m 3 と さ れ る . 地 質 は 石 英 閃緑岩とその上位の弥陀原溶岩(安山岩溶岩, 溶結凝灰岩)とされ,石英閃緑岩の最上部は かなり脆弱でこれが発生の主要原因になった とされている.崩壊発生場所は跡津川断層の ほぼ延長線上に位置することから活断層の変 動が崩壊の原因となった可能性も考えられる. 3.3.8 磐梯山/裏磐梯岩屑なだれ 1888 年 1888 年 7 月 15 日朝7時 45 分,鳴動ととも に始まった磐梯山の噴火によって磐梯山の一 写真 3-5 鳶崩れ全景 峰である小磐梯山頂を含む山体北側が大規模 な崩壊を起こし,岩屑なだれとなって磐梯山 北麓に流下した.先端部は約 12km 流下し,東麓の 琵琶沢を流下した泥流と合わせて 461 人の死者を出した.岩屑なだれ堆積物は長瀬川を堰止め 檜原湖・青木湖などをつくり,堆積物の凹部 に五色沼などを形成した. 崩壊は山体の一つの峰であった小磐梯山に 起こったもので,その幅 1.5km,奥行2km,三方 を崖に囲まれた箱形を呈する.崩壊体積は約 1. 2km 3 .崩壊の数日前から鳴動が起こり,崩壊直 前に噴火が生じた.この時に生じた噴火は溶 岩など本質物質を噴出しなかったことから水蒸気 爆発とされている. 田中ら(1995)は崩壊源内でボーリング調査 を行ない,安山岩溶岩層の上に凝灰岩層を確 認している(後述).この凝灰岩層は断面図上 ですべり面と考えると都合の良い深度に位置 する. 3.3.9 白馬大池火山/稗田山 (1911 年) 1911 年8月9日2時から3時の間に,白馬 大池火山の一峰稗田山が大崩壊し,崩壊土砂 は浦川沿いに約 6km流下した.翌年の4月 26 日 ,5 月 4 日 に も 初 回 の 崩 壊 斜 面 の 両 端 部 で 写真 3-6 白馬大池火山稗田山の崩壊全景 崩壊が発生した.変動の継続時間は約 5 分間, 53 崩壊土量は約 1.5×10 8 m 3 と推定される.比高 400mの崩壊壁と小型の 流れ山をもつ岩屑なだれ堆 積地形が特徴.岩屑なだれは,姫川本流を堰 き止め,堰止め湖を形成した.この地変によって 集落の一部が埋没し,23 名の死者を出した .翌年7月 22 日には姫川を堰止めていた地すべり ダムが決壊し,それによる土石流・洪水流は 姫川河口から海上にまで達した.その後の流水に よる下刻は約 20∼30mの深さまで進行し,堆 積面は現在までに段丘化している.発生原因は降 雨とも言われているが明確ではない.そのほ かに断層の影響や白馬大池火山の変質作用も要因 として上げられている. 3.3,10 霧島/韓国岳山腹崩壊 (明治 30 年代 ) 霧島火山群の韓国岳の山腹に生じた大規模 な 崩壊である.発生した正確な日時は不明であ る が露木ら(1980)によると明治 30 年代に発生 し たとされる.崩壊は韓国岳の山腹の急 斜面上に 発生した(図 3-7). 崩壊は溶結した火砕岩の部分が崩落し,流下 し たもので,直下にある硫黄山にぶつかり,左 右 に分かれて大きく広がって流下している.発生 原因については良くわかっていない. 図 3-7 韓国岳崩壊概況図(露木ほか, 1980) 写真 3-7 韓国岳山腹崩壊の発生状況 3.3.11 箱根早雲山須之沢地すべり土石流災害 1953 年7月 26 日の朝 10 時過ぎ,箱根火山の 早 雲 山 の 東 斜 面 を 刻 む 須 之 沢 の 谷 の 標 高 100 0 m付近に地すべりが発生し,それが須之沢沿い に土石流化して押出し,寺院(道了別院)にお 写真 3-8 早雲山地すべり (1953 年 7 月) いて死者 10 名,負傷者 16 名を出した.被害を 受けた道了別院は谷底から比高 20m程度小高 くなった多少尾根的な部分に建てられていた.し かしここは過去の地すべり崩壊土砂のうえに建てられた もので,谷は寺院の少し上流側で右に 屈曲しており,土石流の主流は谷に沿って流下したもの の,その一部が左岸側に乗り上げて, 寺院の建物を破壊した.寺院付近に堆積した土石流堆積 物の厚さは3∼5mに達した. 須之沢は箱根火山の中央火口丘の一つで ある早雲山の爆裂火口跡から開析されて出来た谷で ある.地すべりはこの谷の谷頭部に近い標高約 1150mから 1000m付近にかけての急斜面で発生 した.この付近には水蒸気を噴出する噴気孔が数ヶ所あ り,尾根をはさんですぐ西側の大湧谷 とで一つの噴気変質地帯を形成している.過去に何度か(約 830 年前,約 400 年前)地す べり 54 を起こし崩れた経歴を持つ場所である. 1953 年 の 地 す べ り は 梅 雨 が 開 け た 数 日 後 に発生している.この年の梅雨は例年より長 く続き,雨量も多かったとされている.梅雨 末期の 23 日間の総雨量は 626mm に達している. 発生前には大湧谷での噴気はやや活発であっ たらしいが,これが噴気活動自体が活発化し ていたことによるのか,雨量が多いために見 た目の水蒸気量が多かったためかは分からな い.発生の前数日くらいは,雷鳴のような響 きが聞こえていたと言う証言があり,その時 点で既に地すべりの動きが始まっていたと思 われる.前日および前々日には小規模な地す べりが頻発していた模様で,小規模な温泉余 図 3-8 早 雲 山 地 す べ り の 災 害 概 況 図 (岸 上 ・ 土の流出があった. 小坂, 1955) 発生の3日後に調査を行なった岸上・小坂 (1955)の報告によると,流下した流れは青灰色の火山性 粘土を主体とする『粘土流』と,安山 岩の岩塊と泥土からなる『岩石流』の2つに分 けられる(図 3-8).粘土流とされているものは 青灰色粘土を主体とする流れと報告されており,澄川地 すべりから流下した岩屑流の堆積物と 類似している.岸上・小坂(1955)は粘土流堆積 物の温度(15cm 深)を測定しているが,流下後 3日後にも関わらず半数以上の地点で 50゜C 以上の温度 を示しており,流下時にはかなりの高 温であったと推定されている.このためこれらの堆積物 は噴気帯にかなり近い所から由来した と考えられる. 羽田野・大八木(1986)は,この斜面の長期的な 不安定化の要因として崖錐堆積物の成長に伴う 斜面上方への載荷と噴気変質の進行による強度の 低下を上げ,830 年前と 400 年前にほぼ同じ 場所で地すべりが生じていることから,この 場所で の地すべりの再来周 期として 400 年程度と 述べている.岸上・小坂(1955)によると地すべり粘土鉱 物はモンモリロナイトであった.地す べり土塊の主体は崩壊跡に溜った崖錐堆積物と噴気によって変質した変質火山岩である. 2.5.節で述べた澄川地すべりとの類似点として,①地すべりで始まった運動が土石流的な運 動を伴ない,下流にまで被害を及ぼしたこと,②また,流動的な運動の堆積物が少なくとも岩 塊を含む土石流的な堆積物と青灰色粘土を主体とする粘土流的な堆積 物の二つに分けられる点 をあげることができる.しかし早雲山では地すべり土塊の大部分が流下したのに対し,澄川地 すべりでは8割以上の土塊が残存していることなどの相違点も見られる. 3.3.12 霧島火山手洗温泉地すべり 1971 年8月,台風 1 9 号による 1100mm もの豪雨により,霧島火山南麓の手洗温泉に地すべり が発生したが,それに伴って水蒸気爆発が起こった. 手洗温泉は霧島火山の南麓の谷間にある温泉で,南西 に開いた凹状の地すべり地形の下部で 活発な噴気活動が見られる.露木ほか(1980)は,水蒸気 爆発の直前に地すべりの東部において 崖崩れが発生し土石流化して流下していることから,噴 気活動が激しく粘土化の進んでいた西 部地域に おいてはクリープ的活動が生じていたと推定し,このクリープ的な変動により噴気の 気道が切断もしくは閉塞され,水蒸気圧が増 大したことが水蒸気爆発につながったと考えた. この水蒸気爆発によって南北 400m,東西 200m にわたって高温砂泥を噴出し,大小 10 数個のク レーターが生じた(図 3-9).クレーターのうち最大のも のは径 20m,深さ5mに達するほどの 規模を持つ. 55 著者が 1995 年に霧島火山の火山性地すべり調査のために訪れた時にも,地すべり地形を呈す る斜面の下部において,パイプから高温の蒸気が高圧で勢いよく吹き出しているのが見られ(写 真 3-9),噴気活動が活発に続いている地帯であることを示している. 図 3-9 手洗温泉の水蒸気爆発 写真 3-9 手洗温泉の噴気変質状況 3.3.13 八幡平蒸ノ湯温泉の地すべり 1973 年 5 月 12 日朝,八幡平蒸ノ湯温泉近くの 山 腹に幅 110m,奥行き 340m の範囲に地すべり が発生し,湯の沢に向かってすべり落ちた (橘,1974).このため,地すべり斜面の下に建て られていた蒸ノ湯温泉の建物のうち,右岸側にあ った湯治小屋など 16 棟を埋積した(図 3-10).幸 い,地すべりの発生が残雪期の営業を始める前と いうこともあって人的な被害は生じなかった. 地すべり発生場所は,1997 年に起きた澄川地す べりの現場から南東に約 2.5km 離れた蒸の湯温泉 の源泉に面した斜面である.ここは八幡平火山の 蒸ノ湯からトロコ温泉にかけて広がる巨大地すべ りの冠頂に近い斜面である.地すべり斜面の直下 では噴気が噴き出しており,湯治小屋などが建て ら れていた.そのため,地すべり斜面の 不安定化 にこの噴気による変質作用が関与した可能性が考 えられる.1997 年に調査に訪れたときも,地すべ り斜面下部では水蒸気の噴出が認められた. 発生場所が澄川地すべりに近く,また発生時期 も同じ様に融雪期であることから,噴気による変 質作用で斜面の強度が次第に低下していたところ に,融雪による地下水位の上昇が引き金となって 地すべりが発生したと考えられる. 図 3-10 八 幡 平 蒸 ノ 湯 温 泉 地 す べ り (橘,1974 の図に着色) 3.3.14 妙高火山地獄谷地すべりと白田切川土石流災害 1978 年5月 18 日早朝,妙高火山の赤倉山山腹 1550m付近の斜面に崩壊が発生し,直下を流 れる白田切川に流れ込んだ.崩壊土砂は火山体を深く刻 む白田切川に沿って土石流となって流 下した.土石流は山麓の緩斜面において川床から氾濫して広がり,スキー場の旅館,ロッジ, 別荘などを破壊して 10 名の命を奪った(写真 3-10). 崩壊の発生した地点は妙高火山の南東側の山腹で,傾斜 40°の急斜面をなし,斜面上部から 56 供給された崖錐が堆積していた斜面である. この斜面の急崖と崖錐堆積物の境界付近を 林 道が通っていた.この崩壊地点から約2km 上 流には南地獄谷の名で呼ばれる噴気変質地帯 があり,しばしば火山性地すべりを発生させ ていた.1957 年と 1971 年 12 月に起きた地す べりでは人的被害を生じている.南地獄谷ほ ど顕著ではないが,崩壊地点でも崖錐堆積物 の底部には変質した溶岩が露出しており,崖 錐層との透水性の違いから,地下水が生じや すくなっていた可能性が考えられる. 発生日前に気温が上昇し,融雪量も増大し たと推定されていることから,山腹崩壊の直 接の誘因は融雪水の浸透とされている. 3.4 土 砂移動現象の整理と分類 3 .4.1 はじめに 3.3 では歴史時代の斜面変動による土砂災 害を概観して様に,火山地域においては多様 な運動様式の土砂災害がしばしば発生してい る.土砂災害の発生に関わる誘因も地震・火 山活動・豪雨・地下水・変質作用など多彩で ある.また変動規模も数km 3 に及ぶ巨大なもの から数m 3 の落石 といった小規模なものまで, 写真 3-10 白田切川土石流災害全景 そのレンジは極めて幅広い.そういった点か ら火山地域の土砂災害について考えていく上 でそれらの現象をひとまとめにして論じることは難しいであろう.そこでこの章では土砂災害 を生じた斜面変動を災害との関わりを考慮して分類を行ない,その発生状況や誘因の傾向など について論じることとした. 3.4.2 火山地域の斜面変動のこれまでの分類法 これまでに提唱された分類をそのままの形で用いることが出来ればそれを準用できる.そ こ でこれまでに公表されている分類方法に関して検討を加えた.清水(1985)は火山地域での地す べりを,発生誘因・形態などから,①山体崩壊・岩屑なだれタイプ,②典型的地すべり地形タ イプ,③火砕流堆積面を掘り込んだ開析谷の谷壁に沿って発生するものの3 タイプに分けてい る.これは地形的痕跡を明瞭に残した ものを主眼として考えたものであるが,これだけでは表 3-1 の災害一覧表を全てカバーすることは出来ない. 以上の様にこれまでの分類では火山地域で生じる土砂 災害の全てを含んではいない.火山 地 域で発生する斜面変動を土砂災害の発生と防止との関わりで分類することが必要である.その 様な訳で火山地域での土砂災害に関する新たな分類を試みることにした. 3.4.3 新たな分類法の提案 斜面防災という観点から土砂 災害 の被害程度 について考 えると,被 害の程度は 斜面変動の 到 達範囲とその移動速度に大きく依存している.到達範囲や変動規模が大きいほど被災範囲は広 くなるため,被災範囲が広がるうえに避難する場合でもより遠くまでの避難が必要で時間を要 し逃れることが困難になる.また移動速度が速いほど認知してから避難するまでの時間的余裕 が短くなる.従 って斜面防災を念頭においた運動形態の分類は到達範囲に関わる変動規模や移 57 動速度といった指標に基づいて分類するのが良いと考えられる.そこでまず比較的移動速度が 早く到達距離の大きな「斜面崩壊」と比較的速度の遅い「地すべり(狭義)」に 2 分した. 斜面崩壊と地すべりはこれまでにも国内で広く用いられて来た分類で防 災上も理解しやすい し,災害に対応する上でも 考えやすい.表 3-1 にはこの2つに含まれない落石,非崩壊起源の土 石流などの 現象も起きているため,さらに崩 落と非崩壊 源の土石流 の2つを加 えて4つの 運動 様式に分類した. 表 3-2 日本の第四紀火山に起きる斜面変動の防災的観点からの分類 「斜面崩壊」と「地すべり」に関しては変動規模に かなりの幅があるので一括して扱うには無 理があり,変動規模に基づきさらに細分することに した.特に地すべりに関しては歴史時代に は実際の変動事例が見つかっておらず災害記録はな いが八幡平などいくつかの火山体には巨大 な地すべり地形が存在することが明らかにされてお り,先史時代に変動が起きたと考えられる. もしこういった大規模地すべりの変動が起きた場合 には極めて甚大な災害をもたらすことが予 想される.そのためこの種の変動も分類の中に含め ることとした.その結果これまでに国内で 生じた土砂災害を8つに分類して作成したのが表 3-2 に示す運動様式の分類試案である. 3.5 新たな分類法による各タイプの斜面変動 の比較検討 表 3-2 に示した様に火山地域で生じる多種類 の斜面変動を 8 つに分類した. さらにこういった土砂移動現象は様々な規模で起 きるが,その規模によって誘因や運動形態が 異なるのでいくつかに分けて論じた方が良い.これ を表 3-2 の様に規模によって4ないし2つに 細分した.それらに規模がそれほど大きくない非崩 壊 性起源の泥流・土石流と岩石崩落の2種 類 を加え8つのタイプに区分した.これ以上細かく分 けると繁雑になって来るので,現状ではこの くらいの分け方が適当と考え,以下の 議論はこの分類に従って行なう. 以下,各タイプの特徴について実例に基づきそれぞれの特 徴について考察する. 58 59 3.5.1 巨大崩壊(山体崩壊)・岩屑なだれ 崩壊体積が 10 8 m 3 (0.1 km 3 )を超えるような崩壊は 1640 年の北海道駒ケ岳の崩壊(3.3.4),1792 年の雲仙眉山の崩壊(3.3.6),1888 年の磐梯山(3.3.8)などの事例があり,世界的には 198 0 年 のアメリカのセントへレンズ火山の山体崩壊(写真 3-9)やカムチャツカ半島のBezuimiany火 山の崩壊例などがある.これは火山体の山頂部を含む巨大な崩壊が生じ,岩屑なだれとなって山 麓に高速流下し,広範囲を埋め尽すことによって生じる災害である.崩壊した土砂の体積が膨大 であるため山体に存 在する谷中だけでは流下できず,山麓に大きく広がって流下し,山麓を広く 埋めつく して堆積する.その結果,山体崩壊の発生跡には馬蹄形カルデラと呼 ばれる巨大な凹地 が形成され,山麓には流れ山など特有の堆積 地形が残される.第4章で述べるように有史 以前に発生した事例も多数確認されている. また岩手山,磐梯山,鳥海山,赤城山など円 錐形の山体を有する成層火山では巨大崩壊を 何回も起こす傾向がある.主として成層火山 に発生するが,溶岩円頂丘にも発生している (Ui et al,1986). 歴史時代に生じた巨大山体崩壊の事例に関 して表 3-3 にまとめたが,前後の状況が不明 確な八ヶ岳大月川の事例を除いて,崩壊発生 写真 3-11 山体崩壊したセントヘレンズ火山 の前後に噴火などの火山活動が記録されてい る.この時の火山活動は,雲仙岳では 200 年 程度に1回,磐梯山では 1200 年ぶりの噴火,と言うように稀なイベントであり,崩壊発生と火 山活動が偶然に一致したとは考えにくく,崩壊発生に火山活動が関与したことが示唆される. 海外の事例を見ても St.Helens 火山の 1980 年の山体崩壊や Bezuimiany 火山の事例など,火 山 活 動 に 伴 わ れ て 崩 壊 が 発 生 し て い る . すでに宇井(1988)によっても火山活動との因果関係が 指摘されている. St.Helens 火山の 1980 年の山体崩壊では,事前に生じた山体の変形から,山体内部に貫入し た潜在溶岩ドームが山体北側の斜面を変形させて不安定化を進め,直前の地震によって崩壊し たと考えられている.日本の事例の場合,明確なデータに基づいて崩壊メカニズムが解明され た事例はないが,大月川の崩壊以外では火山活動が何らかの形で関与したことは確実である. 山体崩壊の崩壊源の底面勾配は,極めて緩いと考えられており,1984 年の御嶽山の大規模崩 壊が 26 度と急なすべり面を持っていたのとはかなり異なるようである.巨大な山体が 10゜以 下の緩い勾配で崩壊するためにはかなり低摩擦角のすべり面がしかも広い範囲に生じる必要 が あ る. 表 3-3 有史時代に生じた巨大山体崩壊比較表 発生年 幅(m) 奥行き 体積(m 3 ) 素 火山灰層 水蒸気爆発 溶岩円頂丘 火山活動+地震 因 誘 磐梯山 1888 1500 2000 1.5×10 9 眉山 1792 1000 1300 4.8-1.1×10 8 渡島大島 1741 1500 1000 4.0×10 8 火山噴火? 駒ヶ岳 1640 2500 2500 4.1×10 8 火山噴火 八ヶ岳 888 3000 1000 3.5×10 8 ? 60 因 岩屑なだれは極めて遠距離まで流下する.崩壊源の上端から堆積物先端との間の標高差と流走 距離の比(H/L) はほとんどが 0.2 から 0.06 の値を示す. 3.5.2 大規模崩壊・長距離土砂移動 このタイプの災害事例としては,1858 年の安政飛騨地震によって起きた鳶崩れ,1911 年の稗 田山崩壊,1984 年の長野県西部地震による御嶽山 8 合目付近の崩壊(第2章)などをあげるこ とができる.これらの諸元を表 3-4 にまとめた.大規模崩壊は山頂直下,尾根筋などの急斜面に 発生する,巨大崩壊よりやや規模の小さい斜面崩壊である.火山体を刻む谷に沿って長距離流下 し,下流域で大きな被害を出す事例が多い.大部分が河谷内におさまって流下できるほどの規模 であるため,谷地形に沿って流下しており,巨大崩壊の岩屑なだれほど広い範囲に堆積すること はない.比高の高い火山斜面上では被災しない可能性も大きい.歴史時代に発生した大規模崩壊 の多くは地震を誘因として発生したものが多く(表 3.4),豪雨によって発生した事例は限られて おり,大規模な崩壊は地震によって起きやすい規模だと考えられる.被害は流下直後だけでなく, 河床に厚く堆積した巨礫・土砂によって川は荒廃河川となり,長い年月にわたり大雨時に土砂氾 濫をもたらす. 巨大崩壊に比べ規模が小さくなった分,発生回数は多くなっていると考えられるが,表に示す 様に歴史時代の発生数はほとんど変わらない.歴史的に記録された変動数は少ないが,守屋 (1987)が指摘した様に,いくつかの火山体には御岳くずれの崩壊源と類似した形状と規模の凹地 が多数存在していることから,実際にはかなりの数の大規模崩壊が火山体に起きていると考えら れる. 2.4 節で述べたように 1984 年の御岳くずれは直下型地震を誘因として発生したが,その崩壊 は軽石層をすべり面として起きており,火山体内部にあった過去の噴火時に堆積した層の存在が 崩壊発生の要因となっている.火山地域に崩壊が多発する理由の一つに,この様な火山に特有の 地質条件が関与した可能性が考えられる. 表 3-4 有史時代の大規模崩壊比較表 奥行き 発生年 崩壊幅 (m) (m) 体積 (m3) 素因 誘因 御嶽山 1984 500 1300 3.3×10 7 軽石層 地震 M7.2 稗田山 1911 2000 700 1.5×10 8 変質? 4 日前の豪雨 霧島韓国岳 明 30? 250 300 鳶崩れ 1858 1400 1600 4.1×10 8 水口山 1596 300 400 3.0×10 7 三夜沢 818 ? 地震 M6.8 活断層 地震 M6.9 地震 M7.5 3.5.3 中規模斜面崩壊・泥流・土石流 災害事例としては,1975 年の岩木山百沢土 石流,1978 年の妙高白田切川の土石流(写真 3-10),1981 年の四阿山北麓の須坂市宇原川 土石流(2-3 章で既述)を挙げることができる. 前述の2タイプよりはかなり規模の比較的小 さな斜面崩壊である.これらはいずれも融雪 や豪雨を誘因として発生している.誘因は異 なるが,いずれも急斜面直下に堆積した火山 61 写真 3-12 妙高土石流の崩壊源(NHK) 性の崖錐堆積物が崩壊し,その土砂が谷に流 れ込んで土石流となって流下し,さらに流下中に 渓流の堆積物を取り込んで土量を増大させ,長距離を流下したため下流地域において思わぬ被害 を出している.規模が小さいため崩壊地形や堆積物は長期間残存することは難しく,古い災害事 例は見つけにくいと考えられる.これまでの発生事例からは局地的な地形地質条件に豪雨・融雪 など地下水を上昇させる様な誘因が作用することによって発生すると考えられる. 発生した土石流は崩壊源での土量がそれほど大きくない場合でも,谷の状況などの条件によっ ては下流の被災程度が大きくなる場合があ るので注意が必要である. 3.5.4 小規模の表層崩壊・土石流 多数の小規模な崩壊が火山体の山腹にお いて発生することで発生した土砂災害であ 写真 3-13 阿蘇根子岳で多発した表層崩壊 る . この タイプの災 害事例としては,1946 年のカ ス リン台風による赤城山麓の災害,諌早豪雨災害 を引き起こした多良岳 1957 年の崩壊,阿蘇山根子 岳 1990 年(写真 3-13)などがある.3例とも豪雨に よって発生した土砂災害である.地形図に示す様 に開析が進み,放射状や樹枝状の谷が無数に発達 した火山で生じてい る.こういった開析の進んだ 火山体では谷が細かく襞状に発達し,豪雨時には これらの谷の谷頭部や谷壁に表層崩壊が多発する. 根子岳では新規の火山灰が表層に積もっており, その下位にあった難浸透層を境に表層崩壊が多発 している(大八木ほか, 1991).一つ一つの崩壊は 図 3-11 阿 蘇 根 子 岳 の 表 層 崩 壊 分 布 小さいが,発生する数が多いため(図 3-11)土砂 (大八木ほか,1991) 量を増し, 下流において合流を重ね, 次第に大量の土砂と流木,泥水などか らなる土石流ないし土砂流となって長 距離流 下し ,下流 に押 し出し て大 きな 被害をも た らす. 3.5.5 大規 模地す べり 狭義の 「 地すべ り」 は崩壊 に比 べ相 対的に緩慢に滑動し,反復性を有する 土砂移動 現 象であ る. 移動距 離 は崩壊 に比べてかなり短く,崩壊源の内部に も移動体の一部が 残存 してい るか ,ご 図 3-12 八幡平の巨大地すべり分布(清水他,1984) 62 く近傍に移動体が残存している場合が多い.地すべり地形分布図の刊行によって大規模な地すべ り地形がいくつかの火山斜面に分布していることが知られる 様になった.我が国では八甲田山, 八 幡平,焼石岳,栗駒山,船形山,吾妻などの火山体に大規模な地すべり地形が分布している(図 3-12, 写真 3-14). 巨大地すべりが変動したという歴史記録はないため、これらの地すべり地形を形成した大規模 な変動は有史以前に生じたと考えられ る.おそらく現世とは異なる気候条件 の環境下で発生した可能性がある.し かし大規模な地すべり地形を有する火 山は,変質地帯や温泉が多い成層火山 であるなどの共通性があることから, 何らかの火山活動の影響を受けて生じ た可能性も否定できない.現在,局所 的な変動を起こしている地すべり地形 はあるが,移動体全体が大きく滑動し たという記録はない.しかし最近行わ れた干渉SARの測定では,八甲田山 や八幡平の一部の地すべりにおいて移 写真 3-14 船形山北麓の大規模地すべり地形 動体が数 cm∼10cm 程度変動した干渉色 を示していることが明らかにされた. 2.5.節において秋田焼山の地すべり地形の分布が山腹斜面の下半部に多く分布することを指摘 し,それが火山体の地下に潜在しているカルデラの影響である可能性を指摘したが,大八木 (2000,2001)は第四紀以前の地質地域を含めて古いカルデラの存在と大規模地すべりの関係につ いて論じている.発生の誘因としてはこれら の火山は比較的なだらかな山容を呈することから, なだ らかな山体の上に積もった雪,雪渓から の融雪水が地下に浸透したことが地すべりの要因と なった可能性が 考えられる. 3.5.6 中∼小規模の地すべ り( 火山性 地す べり) これに分 類さ れる災 害事 例は多 い.災害事 例を あげると,霧 島火山群においては 1949 年,1954 年( 図 13 ),1971 年などに地すべり災害が発生している.また箱根の早雲山では 1953 年に大規 模な火山性地すべりが起きているが,この周辺では大湧谷を含めて前後4回の地すべりが発生し て いる(小出,1955). そ のほか ,八幡 平火山 ,妙高 火 山な ど 火山変質 帯や 温泉の多い火山にお い て同様の 地す べりが 多く 発生し てい る.表 3-1 に示した様に 火山地域 では中∼小規模 の地すべ り 災害はか なり の数が 発生 してい る.しかも その ほとんど が 火山の噴 気・変質によっ て生じた変 質地帯に特有に発生する地すべりである.小出 ( 1955)は日 本の 地すべ りを3 分 して論じ て いるが, そ のうちの一つが「温泉地すべり」で,これは火 山地域において噴気・熱水による変質作 用で粘土 化が進行することによって発生するこのタイプの 地すべりである.火山性でない地すべりも火山体 には分布しているが,災害事例に関わる地すべり は火山性の地すべりが多く,頻度がかなり異なる と考えられる. 温泉変質を受けずに生じる地すべり変動も存在す ると考えられるが,今回収集した歴史時代の災害 事例の中にはほとんど例がない. 63 写真 3-15 箱根早雲山の地すべり跡 表 3-1 中にも火山性地すべりの多数の事例が含まれている様にその発生数は多く,しかも同じ火 山の比較的近傍で反復して起きている.地すべり発生の直前の誘因には豪雨や融雪など地下水を 潅養して発生した事例が多いようである. 火山性地すべりの被災範囲は,一般的な地すべりがさほど広くないのに対して、澄川地すべり や早雲山地すべりのように変動した土塊の一部が流動化し被害を大きくする事例が認 められる. 3.5.7 非崩壊起源の土石流 土石流は,通常上流部で発生した斜面崩壊 に起因して起きる場合が多い.しかし火山地域では 地すべりや斜面崩壊が起きな くても発生する場合がある.特に新期の降下火山灰が山腹に厚く堆 積した噴火直後にはごく微量の雨で も土石流が発生する.最近の日本の例では 1977 年噴火直後 の有珠山の一ノ沢土石流,1980 年代の桜島の野尻川, 雲仙普賢岳が噴火した 1992 年から 1995 年にかけての雲仙火山の水無川の様に活発に 火山灰を噴出している火山の流域でしばしば土石 流が起きている. いくつかの火山での調査によると,新期の火山灰に覆われた斜面では浸透能が極端に低下する. 桜島火山では余り活動が活発でなかった時期に 10 -1 ∼10 -2 mm/secあった浸透能が噴火の活発な 時期には 10 -3 ∼10 -4 mm/secと,約 100 分の 1 に低下した.このため 10 分間に 1.2∼2 mm程度の 僅かな降雨で表面流が発生した.St.Helens火山では噴火前に 100mm/hr 程あった林地での浸透 能が,噴火の2か月後には 1∼4mm/hrまで低下し,噴火後1年3か月においても 7∼9mm/hrまで しか回復しなかった. これは火山渓流に多量の火山噴出物をもたらすと同 時に,火山斜面に火山灰が積もることに よ って浸透能が低下し,植生を破壊するため,わずかな雨でも表面流出が発生し,渓谷の水の流量 が増すために土石流が発生し易くなると考え られている. 3.5.8 岩石崩落,落石 火口壁,カルデラ壁,谷壁や崩壊壁などの 火 山体を構成する急な地形面からの岩石の崩落 . 災害事例としては,1980 年富士山吉田大沢( 砂 走り下山道)の落石災害,1983 年の三宅島噴 火 に伴われた火山性地震によって生じた大路池 の 周辺の火口壁の崩壊,1987 年の層雲峡の崩落 事 故(写真 3-16)など多様な現象が生じている. こ れらの崩落を起こした主体は節理や亀裂の多 い 溶岩ないし溶結凝灰岩である.節理や亀裂に 沿 って剥離したり,トップルを起こしたりするこ 写真 3-16 層雲峡柱状節理崩落 とによ って発生する.これまで起きた事 例に関 しての 誘因には地震, 地下水,融雪,凍結融解 作用など様々な要因が指摘されている. 地形条 件によってはこれらの落石が斜面直下に 堆積し て崖錐を形成し,そこが後の斜面崩壊の 発生場 になることもある. 第四紀火山地域以外の崩落事例も多く ,例え ば豊浜トンネルの岩盤崩落の様に かなり大規模 なもの が第三紀の火山地域において発生してい る. 写真 3-17 地震による落石(御嶽山) 3.6 火山体で生じる土砂災害のタイプと特徴 以上,8 タイプに分けて各運動の特徴とその 誘因など概要について述べた.このように特有 64 の諸条件を持った火山地域で生起する斜面変動は非火山地域のものとは異なった特徴を有して いる.火山地域で生じる斜面変動の発生場所や火山型、発生に関与したと考えられる地質条件 と主な誘因について表にまとめた(表 3-5).この様に運動のタイプごとに発生場所や関与する 地質条件、発生誘因が異なる. 表 3-5 火山地域で発生する斜面変動の分類と各変動様 式の特徴 運動のタイプ・流下形態 火山型 発生場所の地形 関与する地質 主な誘因 A1 巨大崩壊→岩屑なだれ 円錐型火山 山頂・山体上部 挟在軽石層 噴火(地震) A2 大規模崩壊→岩屑なだれ 成層火山 尾根型斜面 挟在軽石層 地震(豪雨) A3 中規模崩壊→土石流 成層火山 崖錐斜面 崖錐堆積物 豪雨・融雪 A4 多発型表層崩壊→土石流 開析火山 開析谷頭 表層堆積物 豪雨 B1 大規模地すべり 浅基盤火山 山腹・山麓 帽岩型地質構成 地下水? B2 火山性地すべり 多噴気火山 地すべり 地形 噴気変質帯 雨・融雪 C 落石・崩落・トップル 開析火山 急崖・節理 溶岩 地震・凍結融解 D 非崩壊起源土石流 (噴火直後) 開析谷内 降下火山灰 小雨 (1).発生する地すべり変動に多様性が見られる. 2節でも述べたように, 火山体には様々な地形・地質条件が混在している.そのため発生す る土砂移動現象の種類が極めて多い.円錐形の成層火山に起きる山体崩壊・岩屑なだれ,急斜 面に起きる落石・岩盤崩落,広大な火山斜面上に生じる大規模地すべり,変質地帯に生じて長 距離を流下する火山性地すべり , 大規模な山体崩壊など多様な地形条件・地質条件もあって火 山地域において発生する土砂災害の種類は極めて多 彩である. (2).地すべり変動の規模は多様で極めて大規模な現象が含まれる. 火山地域で生じる斜面変動は小規模な表層崩壊・落石から大規模な山体崩壊や地すべりま で その規模は多様である.その中でも規模の大きな土砂移動現象がしばしば生じているのが火山 地域の土砂移動の特徴である.1888 年に磐梯山で起きた山体崩壊をはじめ1km 3 を超える変 動 も歴史時代 を含め数多 く生じてい る.町田ほ か(1987)は日本列島に 分布する 10 7 m 3 以上の 規模 を有する崩壊地形(333 箇所)のうち,第四紀火山地域で生じたものが 30%,火山岩地域全般 では 74%と極めて高い比率を占めていることを明 らかにした.狭義の地すべりに関しても大規 模なものの多くは火山斜面に多数分布している.防災 科学技術研究所の「地すべり地形分布図」 の刊行によって,八幡平や焼石岳などいくつかの火 山体には幅・奥行きが数キロメートルに及 ぶような大規模な地すべりが多く分布している事が 明らかにされてきた.発生頻度は低いとは いえ,ひとたび発生すればその規模が大きく影響範 囲の広い事が特徴である. (3).高速流下現象, 長距離移動現象が生じる事例が 多い. 1888 年磐梯山や 1980 年セントヘレンズ火山の様 に山体の巨大崩壊に伴われる岩屑なだれは 時として数十キロ以上の距離を流下する.例えば八 ヶ岳から流下した韮崎岩屑なだれは釜無川 の七里ヶ岩付近に 厚く堆積しているが,さらに甲府盆地の南の曾根丘陵付近にまで達している (三村ほか,1982).また最近の例では御嶽山 1984 年崩壊では,崩れた土砂が 12km も流下して いる(Inokuchi,1984).1997 年の八幡平澄川地すべ り では本体の地すべり移動体は約 100m の移 動で停止したが,流動化した一部の 土砂は数 km も流下して温泉に被害をもたらした(田中・井 65 口 , 1997). Ui(1983)は 火 山 地 域 と 非 火 山 地 域 で の 土 砂 移 動 現 象 を 比 較 し , 火 山 地 域 の も の は 他の地質地域よりも流動性が高いことを明らかしている. 3.7 各斜面変動と誘因との関係 誘因については多様性が顕著であるが,3.6 で見て来たように各々の斜面変動には特定の誘 因との関連が深いように思わ れる.これまでに発生した事例から火山噴火,地震,豪雨,融雪, 地下水,その他という各々の誘因との関係の深さに応じて◎,○,△に分けて表 3-6 に示した. 表 3-6 誘因別の火山土砂災害発生状況 運動のタイプ・規模 噴火 地震 A−1 巨大崩壊→岩屑なだれ ◎ ○ A−2 大規模崩壊→高速土砂移動 △ ◎ A−3 中規模崩壊→土石流 ○ A−4 小規模崩壊多発→土石流 ◎ B−1 大規模∼巨大地すべり B−2 火山性地すべり 落石,崩落・トップル D. 新規火山灰による土石流 融雪 地下水 その他 ○ ○ ○ ◎ ○ C. ◎:よく起きる誘因 豪雨 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ◎ ○:時々起きる誘因 △:稀に起きる誘因 3.8 第3章のまとめ この章ではこれまで日本列島で生じた土砂災害 事例を多数収集し,年表形式にまとめるとと もにそれぞれの運動様式,地形地質的要因,発生 誘因などについて一覧表を作成した.さらに その中から代表的な災害事例について個別に簡単 な把 握を行なった. その上で火山体に発生する土砂災害の分類を行ない 8 タイプに分類した.まず大きく斜面崩 壊,地すべり,非崩壊起源の土石流,崩落・落石 の4つに分けた上で,斜面崩壊についてはその 規模に応じて巨大,大規模,中規模,小規模の4 つに分けた.地すべりについても大規模とそ れ以下の 2 つに分けた. 各々のタイプの斜面変動に関して発生しやすい火山型と その場所,関与する地質や誘因に つ いて取りま とめた.例 えば 10 8 m 3 を超える巨大崩 壊は発生位置が山頂部付近,誘因が火山活 動 である場合が多いのに 対し,それより規模の小さい大規模崩壊は山体の山腹や尾根部に発生し, 誘因が地震である事例が多いことが明らかとなっ た. 66 第4章 第四紀火山における山体崩壊・ 岩屑なだれの発生状況 磐梯山と裏磐梯(檜原湖) 写真 1888 年磐梯山の山体崩 壊と 岩屑なだ れ によって形成 さ れた裏 磐梯の景 色 4 .1 はじめに 第3章においては火山地域において発生した土砂 災害の発生履歴の収集を行ないそれに基 づ いて,火山地域で起きる土砂移動現象を 8 つの運動様式にタイプ分けした.そして各々の斜面 変動の特徴と災害の規模や程度に関して概観した.その中で巨大ないし大規模な山体崩壊(斜 面崩壊)によって生じる岩屑なだれが火山地域での土砂災害の中で最も甚大な被害をもたらす 現象であることが明らかになった.この様に大規模な変動は規模が大きいために人間の力でそ れを抑止することは極めて難しい.そのため,その斜面変動の実 態について正しく理解してお く ことが必要であると考え,その実態をより詳しく検証することにした .歴史時代においては 合 わせても 10 回程度の発生しかないので,それ以前の発生履歴も合わせて解析することとした. 本章では火山体の生じる土砂災害の中でも最も規模が大きくかつ高速長距離流下によって 甚 大な災害引き起こす巨大∼大規模な山体崩壊・岩屑なだれに関してその実態と特徴について明 らかにする. 4.2 岩屑なだれの定義とこれまでの研究成果 4.2.1 岩屑なだれの定義 本論において検討対象とする山体崩壊は火山体に生じる極めて大規模な崩壊現象で,高速 の 土砂移動現象となって長距離を流下する.その一連の過程については図 4-1 の模式図のように 表わすことができる.山体崩壊は 1980 年のセントヘレンズ火山で撮影された連続 写真などから 地すべり的な運動として始まったと推測されている(Voight et al..1981).しかしその後に生じ る 高速長距離流下現象は堆積物の状況などから単なる滑り(slide)や単純な流動(flow)では 説明できず,流下過程で次第に破砕され流動相と岩塊相からなる雪崩状の土砂流動現象と考え られている.そのため現在では岩屑なだれ(Debris Avalanche)という用語が用いられている. 本論で研 究対象とす る山体崩壊 ・岩屑なだ れは, 既存の火山体の 大規模崩壊 によって生 じる 67 高速の土砂 移動現象を 対象とし, 緩慢に移動 したり間欠 的に滑動し たりする狭 義の地すべ りは 除外する.検討対象に含める岩屑なだれの発生時代については,歴史記録が残されているもの に限るとわが国においては 1888 年の磐梯山の崩壊など 10 例に満たないことから研究対象とし ては不十分である.そこで堆積物や地形的痕跡から山体崩壊 -岩屑なだれの発生状況がかなりの 程度推定可 能と考えら れる第四紀 の火山体に おいて発生 した岩屑な だれを含め ることとし, そ れより古い山体に生じた崩壊は除いた . 図 4-1 山体崩壊・岩屑なだれ模式図 4.2.2 これまでの研究 日本では火山山麓に堆積する岩 屑なだれ堆 積物 に 対し てかつては 「泥流 堆積物」という 用 語 が用 い られてきた(例えば, 水野,1960).これは高温で流下堆積する火砕流と区 別するため に, 常温に近い流下現象を包括 して用いた用語であ ると 思 われ る .そ の後の研究によって流れ山を 伴 う大 規 模な堆積物をもたらした土砂移動現象の解明が進んだ.三 村ら (198 2) は八ヶ岳南麓付 近 に分布する韮崎「泥流」堆積物 の残留磁気測 定を 行 い, 流れ山ごとに磁化方 位が 様々な方向 にばらつく ことから,一度形成された山体が崩壊し,ブロック状態 で流下する ことによっても た らされた と考え, その運動様式 を岩 屑 流と 呼んだ . そ れ 以 降 ,ド ラ イアバ ラ ンシュや粉 体流 などの用語が用いられた時期もあったが, 近年 Debris Avalanche の訳語であ る「岩屑なだれ」 に 統一されつつある.しかし現在でも用いる人によって使い方に若干のニュアンスの違いなど が若干残っている. 守 屋 (1979,1983)は 日 本 の 火 山 を 地 形 発 達 史 的 観 点 か ら 分 類 し , 成 層 火 山 で は 山 体 形 成 期 の 特定の時期に 1∼2回山体崩壊を起しやすいと述べている.Ui(1983)は火山地域での大規模崩 壊とそれ以外の地域での大規模崩壊を比較し, 火山体に発生するものは流動性が高く, 山体の 比 高の 5∼17 倍の距離にまで流下することを明らかにした.Siebert(1984)は全世界の火山で発 生した事例 の文献調査 から山体崩 壊の発生す る方向や岩 屑なだれの 規模, 付随する火山活 動に 関して論じた. また Ui et al. (1986)は, 日本国内の 52 火山において発生した 71 件の岩屑なだ れを基に成層火山と溶岩円 頂丘の2つのタイプの火山体に多く発生することを明らかにした. しかし, 以上の成果はいずれも火山学者の立場から火山現象の解明を目指した研究であり, 必 ずしも災害防止の観点から行われたものではない.またそれ以降に調査されて新たな知見が得 られた岩屑 なだれも多 数あること から, 新たなデータを 加味して検 証を行う必 要があると 考え た. 68 4.3 研究の目的および手法 本章では, これまで日 本の第四紀 火山に発生 した土砂災 害の中でも 極めて規模 が大きく一 旦 発 生すると 甚大な被害 の予想され る山体崩壊 −岩屑なだ れの発生事 例を調査・ 収集し, その発 生状況, 崩壊源, 堆積域の特徴, 岩屑なだれの流動性等について分析を行なうと共に, 火山体 に発生する山体崩壊−岩屑なだれの実態を明らかにすることを目的としている. 日本の火山体における山体崩壊・岩屑なだれの発生状況, 規模と運動形態, 崩壊地形の特徴, 流動堆積状況および発生原因などを明らかにするには, 出来るかぎり多くの事例に基づいた統 計 的 な 解 析 が 必 要 で あ る . 第 3 章 で も 述 べ た よ う に 巨 大 山 体 崩 壊 ・大 規 模 崩 壊 は 歴 史 時 代 に は 10 回程度しか発生しておらず,分析対象としては数が少ない.また,直近の磐梯山の例を除け ば古文書の記述だけでは詳細は明らかにできない.そのため本章では地形・地質学的な調査手法 を用いることとし,歴史時代以前に発生したものを含めて解析することにした. 現時点で収集可能な山体崩壊・岩屑なだれを解析対象とするため,これまで公表された論 文 (Ui, 1983,Siebert, 1984,Ui et al.. 1986)の中に収録されている事例に加え, その後に報告 された新たな岩屑なだれに関する記載例の収集をできるだけ幅広く行なった.まず各火山およ びその周辺を対象に, 地質学, 地形学, 火山学, 第四紀学など多岐にわたる文献調査を行ない, 山 体 崩 壊 ・ 岩 屑 な だ れ に 関 す る 記 載 を 抽 出 し た . そ れ に 加 え , 崩 壊 地 形 , 流 れ 山 等 岩 屑 な だれ に関わる地 形を見出す 目的で, 火山とその周 辺地域の地 形図・空中 写真を用い ての探索作 業も 合わせて行なった.その結果新たに約 60 件以上の山体崩壊・岩屑なだれの事例をリストに追加 することができた. 次に作成したリストに基づき山体崩壊・岩屑なだれの発生位置, 流下経路, 堆積物の分布等 について地形図・空中写真などを用いて再確認を行なった.また一部の岩屑な だれ堆積物に関 しては現地 調 査を行なった.リスト中の岩屑なだれのうち現地での調査を行なったのは 31 火 山における 55 件の イベントである. 上記の検討の結果,既存のリストの中には 例えば無意根岳の湖水川岩屑なだれの場合は Ui et al. (1986)では岩屑なだれとしてリストアップされているが,地形図で確認したところ典型 的な地すべり地形を呈している(図 4-2)ことが明らかとなった.この様に「山体崩壊−岩屑 なだれ」としては適当でないと考えられるケースについてはリストから除外した.また最近の 論文・報告等では極めて規模の小さな堆積物も岩屑なだれとしてに論述されているものがあり, また堆積物の分布範囲など詳細が分からない 事例についても解析対象から除外した. その結果, 現時点において解析対象として 適切と考えられるもの事例として 66 火山に おける 131 件の山体崩壊・岩屑なだれの事例 を抽出した.これらの事例について, 崩壊源, 流送域, 堆積域の地形・地質条件等に分けて 地形 諸量など基本的なデータを 表 4-1(折り 込み表)に整理した.以上のリストの各項目の データに関して比較検討することにより, 山 体崩壊・岩屑なだれの発生状況に関する考察 を行なった. 図 4-2 無意根岳の地すべり地形 69 4.4 日本の火山地域における岩屑なだれの発生状況 4.4.1 発生件数と分布 上記の調査の結果 66 火山において 131 件の山体崩壊・岩屑なだれを解析の対象とした.これ らのリストは, 歴史記録に基づくもの8件, 崩壊地形と堆積物の両者が確認されているもの 38 件, 堆積物の存在から発生が確認出来るもの 73 件, 崩壊地形の存在から推定されるもの 13 件である. 歴史記録が 残されたも のは岩屑 な だれの発生 はほぼ確実 視されるが, 堆積物や堆積 地形が残されたものについては十分に吟味する必要がある. 上記の岩屑なだれリストから, 岩屑なだれを起こした経歴を持つ火山の分布状況を図 4-2 に 図 4-3 岩屑なだれ発生火山の地理的分布 70 表4-1 日本の第四紀火山における山体崩壊・岩屑なだれ一覧表 Table 4-1 List of Sector-Collapse and Debris avalanche on Quaternary Volcanoes in Japan 山体崩壊・岩屑なだれ 名称 発生年代 (年前) 知床岳 ポトピラベツ川 知床硫黄 (南岳) 斜里岳 斜里川 摩周 (西別岳) 阿寒 阿寒川 然別火山群 栄進泥流 然別火山群 パンケシン火砕流 尻別 留寿都 羊蹄 (羊蹄) 洞爺・有珠 善光寺岩屑流 7k∼8k 渡島駒ケ岳 馬蹄形火口泥流 渡島駒ケ岳 クルミ沢泥流 1640 A.D. 渡島駒ケ岳 押手沢泥流 ? 恵山 (恵山) ? 渡島大島 西山岩屑流 1741 A.D. 岩木 十面沢泥流 >10k 岩木 大平野泥流 岩木 百沢泥流 田代岳 岩瀬川DA/板沢MF 田代岳 平滝沢泥流 田代岳 北部岩屑流 西岳七時雨 沼宮内火山泥流 岩手山 平笠岩屑なだれ 5k∼10k 岩手山 姥屋敷アバランシュ 岩手山 小岩井泥流 >40k 岩手山 青山町泥流 >27k 岩手山 滝沢泥流 >40k 岩手八幡平 松岡山泥流 >33k 秋田駒ケ岳 先達川 鳥海山 象潟岩屑流 2600∼2700 鳥海山 小滝泥流 鳥海山 西鳥海馬蹄形カルデラ 鳥海山 南由利原泥流 鳥海山 西由利原泥流 19780 高松 泥湯沢 栗駒 (剣岳) 栗駒 小股沢 葉山 畑泥流 葉山 山ノ内泥流 月山 笹川岩屑流 白鷹 畑谷(山辺)泥流 蔵王 神尾泥流 蔵王 酢川泥流 >40k 蔵王 からさわ泥流 蔵王 川原子泥流 蔵王 七日原泥流 安達太良 山崎泥流 磐梯山 裏磐梯岩屑流 1888 A.D. 磐梯山 新期琵琶沢泥流 1888 A.D. 磐梯山 古期琵琶沢泥流 806年? 磐梯山 頭無岩屑流 磐梯山 翁島泥流 70k∼80k 那須岳 観音川岩屑流 数千年前 那須岳 御富士山岩屑流 30k∼40k 那須岳 黒磯岩屑流 更新世中期 那須岳 鶴ケ池岩屑流 那須岳 狸久保DA 高原 高原凝灰角礫岩 日光男体 志津泥流 >10k 日光火山群 (今市岩屑流) 日光−白根 (前白根) 日光−白根 (奥白根) 燧ケ岳 燧ケ岳山体崩壊 燧ケ岳 燧ケ岳北部山体崩壊 浅草 右沢泥流 武尊山 上ノ原泥流 武尊山 上発知泥流 赤城 下田沢泥流 赤城 梨木沢泥流 赤城 橘山岩屑流 榛名 陣馬岩屑流 富士山 御殿場岩屑流 2360∼2580 富士山 古富士泥流Ⅱ 17700 富士山 古富士泥流Ⅰ 24100 箱根 神山岩屑流 2900∼3100 御蔵島 平清水川 鳥島 千歳浦 火山名 1 2 3 4 5 6 61 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 幅 km 1.0 2.0 2.5 1.0 3.5 2..5 0.65 1.5 1.5 山体崩壊・崩壊源 長さ 残存度/ 体積 3 km 深さ(m) km 1.0 B M 2.5 B M 2.0 B 1.0 B M D D D 2.5 B L D L D 0.3 2.5 0.5 1.3 1.0 B C 200 B D D D B 2.0 0.9 C A 400 1.2 ↑ A 400 0.5 0.3? 3.0? B 500? 4.5 A M C 1.5-2 D B D 1.9 >15.0 (11.5) 10.5 25.0 12.0 1.8 (1.2) 1.1 2.2 1.4 19.0 25.0 10.0 1.6 1.8 1.1 8.0 4.0 12.0 21.6 8.0 6.0 13 9.5 10 1.1 1.0 1.0 1.95 0.5 1.0 1.2 1.4 1.4 0.14 0.25 0.08 0.093 0.063 0.167 0.092 0.147 0.14 10.0 11.0 1.3 1.2 0.13 0.109 6.5 1.1 0.17 15.0 9.0 19.0 1.5 0.1 1.6 0.084 0.28 2.0 ↑ 1.1 1.5 >1.0 >20.0 1.3 S 1.8 (0.4) 1.3 15.0 L 15.0 10.5 0.55 8.8 M D M C 2.3 D D L D M D M D M D 3.0 >5.0 B >400 2.6 1.0 3.0 C 300 0.15 2.0 4.0 B 1.4 D (5.0) (5.0) D (400) (5.2) D 1.0 0.5 D 1.2 1.4 B 3.5 3.0 B 3.0 2.5 B 3.0 2.0 B 2.0 2.0 B 0.7.9 2.5 2.5 B 2.7.3 1.5 1.5 B 3.0 1.7 7.5 0.8 0.8 0.75 1.6 0.5 1.0 1.0 2.0 2.0 ↑ 1.3 16.0 堆積域・堆積物 総合 堆積地 体積 評価 文献 km3 判定 ポトビラベツ川 可能性大8) 0.173 可能性 8) 斜里川 可能性 8) 可能性 阿寒川 可能性 0.114 栄進 可能性 安藤・山岸(1975) 0.089 バンケシン 可能性 山岸(1977) 両者確認 8) 0.1 留寿都 8) 0.178 比羅夫 確実 0.077 有珠∼長和 0.3 確実 8) 0.111 可能性 藤井ら 歴史記録 藤井ら 0.087 大沼・小沼 押手沢 可能性 0.156 両者確認 (海中) 歴史記録 0.1 十面沢 65 確実 大平野 可能性 0.143 百沢 可能性 8) 0.078 岩瀬川 0.08 両者確認 宝田(1988) 阿部・山元(1988) 沼宮内 可能性 両者確認 橘 0.106 大更∼平館 姥屋敷 11) <0.1 雫石 2.5 確実 青山町 0.76 可能性 11) <0.12 滝沢 >0.75 可能性 11) (.104) 柏台 >0.2 橘 0.105 先達川 可能性 11) 0.08 象潟∼平沢 3.5 確実 0.12 小滝 >0.1 11) (不明) 可能性 11) 0.08 由利原 1.5 可能性 11) 0.07 由利原 3.4 可能性 11) 0.11 泥湯沢 7.0 9.0 7.5 9.0 6.5 9.0 11.5 0.25 MX 岩屑なだれ流下状況 距離L 落差H H/L km km 1.5 1.5 0.7 M? L? 小股川 畑 山ノ内 羽黒町川代 畑谷∼大蕨 神尾 酢川流域 川原子 七日原 山崎 裏磐梯 長瀬 長瀬 頭無∼翁島 翁島∼ 観音川 黒田原 高久丘陵 加藤谷川 上野原 尚仁沢 志津 尾瀬沼西 3.0 1.5 0.5 2.5 1.0 0.5 B B B 0.04 6.5 0.98 0.15 D C D D D D 8.0 L L 2.0 L L M M S 19.0 9.0 1.6 1.5 0.084 0.17 24.0 2.5 0.104 24.0 2.0 0.083 B B 両者確認 佐藤・柴橋(1975) 佐藤・柴橋(1975) 確実 8) 確実 8) 0.5∼0.9 確実 確実 両者確認 確実 詳細不明 L 歴史記録 11) 歴史記録 11) 可能性 Glicken(1988) 可能性 11) 確実 両者確認 岩崎ら(1984) 詳細不明 岩崎ら(1984) 渡部重利 池島・青木(1962) 可能性 詳細不明 詳細不明 可能性 渡辺(1989) 不明 渡辺(1989) 左沢 上ノ原 高手山S 下田沢 橘山 陣馬 御殿場 芦ノ湖北岸 平清水川 千歳浦 確実 守屋(1968) 両者確認 確実 町田 津屋 津屋40、町田 津屋40、町田 山体崩壊・岩屑なだれ 山体崩壊・崩壊源 岩屑なだれ流下状況 堆積域・堆積物 総合 名称 発生年代 幅 長さ 残存度/ 体積 距離L 落差H H/L 堆積地 体積 評価 文献 3 km km km3 判定 (年前) km km 深さ(m) km 妙高 田口泥流 1800∼7700 0.23 8.0 1.4 0.175 田口 0.2 両者確認 妙高 矢代川泥流 17900 2.5 1.5 B L 20.4 1.8 0.088 0.5 妙高 関川泥流 20000 0.8 16.0 2.0 0.105 関川∼原通 1.0 早津 妙高 二本木岩屑流 矢代川流域 妙高 田切岩屑流 100k? 杉野沢 妙高 西野火砕流 D 関川両岸 黒姫 駒爪岩屑流 6k∼10k 6∼7 0.5∼7 黒姫 なべわり川岩屑流 35k∼31k 2.0 1.8 B 0.8∼1 6.0 0.8 0.133 飯綱 越水岩屑流 1.5 C 7.0 越水ケ原W 飯綱 牟礼岩屑流 200∼300k? D 3∼5 13.5 鳥居川流域 3.5 確実 新潟焼山 北山岩屑流 草津白根 西河原凝灰礫岩 西河原湯原 可能性 早川(1989) 浅間 塚原泥流 23700 2.0 B >2 20.0 1.9 0.09 塚原 確実 荒牧63, 浅間 応桑泥流 >11000 16.0 1.6 0.1 応桑 確実 荒牧63, (浅間) (前橋泥流) 2400=650 前橋 詳細不明 浅間 軽井沢岩屑流 ? 軽井沢 詳細不明 歴史記録 河内(1981) 八ヶ岳 大月川岩屑流 888 A.D. 3.0 1.0 B 0.349 12.5 1.4 0.112 松原湖 0.35 八ヶ岳 八千穂泥流 D 八千穂 >9.0 八ヶ岳 韮崎岩屑流 更新世中期 D >10 45.0 2.4 0.075 韮崎甲府南 確実 12) 八ヶ岳 尾白川泥流 更新世中期 D 尾白川 八ヶ岳 松葉川泥流 更新世中期 D 御牧ケ原 八ヶ岳 相木川泥流 更新世前期 D 相木川 1.2 可能性 八ヶ岳 観音寺泥流 更新世前期 D >6 望月∼立科 6.0 可能性 三峯火山 姥捨泥流 13550 姥捨∼峰 聖山 大岡土石流 更新世中期 聖沢川 MX 歴史記録 立山 大鳶くずれ 1858 A.D. 750 0.41 MX 白馬大池 稗田山 1911 A.D. 350 0.15 6.0 0.99 0.17 歴史記録 戸室 (戸室山) 1.1 0.4 B 3.5 0.3 0.086 確実 18) 御岳 木曽川泥流 28k D 144.0 末川木曽川 確実 御岳 上村泥流 60k∼80k D 木曽川 歴史記録 御岳 伝上川 1984 A.D. 0.5 1.3 A 150 0.032 12.0 1.45 0.12 王滝川 白山 大白川岩屑流 4400 0.9 >0.8 C 0.116 14.4 2.10 0.15 アワラ谷合流 >0.14 確実 経ケ岳 (越前荒島岳NW) 1.0 2.0 B 300 (0.6) 荒島岳NW 詳細不明 大山 東山泥流 2.0 大山 西山泥流 1.5 0.2 0.133 由布岳 塚原泥流 <6300 0.7? 0.6? D 0.04 4.0 0.4 0.1? 塚原 0.04 確実 星住・三村(1988) 高平岳 松塚岩屑なだれ 0.1 松塚 0.1 星住・三村(1988) 高平岳 鉄輪岩屑なだれ 1.0 0.8 C 0.5 4.6 0.8 0.17 湯山∼鉄輪 0.35 星住・三村(1988) 飛岳 若杉岩屑なだれ <70k C 0.1 3.7 0.47 0.13 若杉∼並柳 0.1 星住・三村(1988) 子鹿山 東山岩屑なだれ <500k 0.2 扇山 0.2 星住・三村(1988) 歴史記録 星住・三村(1988) 水口山 津江岩屑流 1596 A.D. 0.5? 0.5? A 0.03 2.0 0.4 0.2 由布院 0.03 歴史記録 片山(1974) 雲仙 眉山岩屑流 1792 A.D. 1.5 1.3 A 0.34 6.0 0.7 0.12 島原∼海底 0.34 8) 雲仙 古眉山岩屑流 ? 0.5 0.5 雲仙 (七面山) 1.5 1.0 8) 霧島 琵琶池 0.5 0.4 <100 0.02 琵琶池下方 8) 霧島 小林岩屑流 >22k (3.7) (3.5) C >8.0 0.8 <0.1 小林 可能性 小林(pers.com.) 8) 藺牟田 祁答院岩屑流 D 2.0 0.3 0.15 祁答院 開聞岳 1000∼4000 C (海底) 8) 口永良部島 小竹 1.5 0.8 B 0.65 小竹 諏訪ノ瀬島 作地 2.5 2.5 B 0.8 作地 8) 悪石島 浜 1.2 0.7 B 0.46 浜 8) 山体崩壊岩屑なだれの名称:DAは岩屑なだれ、「泥流」等の名称は参考文献で用いられたもの。発生年代のkは1000年。残存度の項は本文3.2を参照。 体積の項でSは0.1km3以下と推定されるもの、Mは0.1∼1km3、Lは1km3と推定できるもの。 火山番号の1∼60については図2上に火山の位置を番号で示した 火山名 38 39 40 41 42 43 44 45 62 46 47 48 49 50 51 52 53 63 64 65 66 54 55 56 57 58 59 60 示した.この図では山体崩壊・岩 屑なだれを2回以上起した火山を赤色の●印で示し, 1回起 し た火山を緑色の●印で,また岩屑なだれが確認されていない火山を小さな黒●マークで示し た.図 4-3 によると, 岩屑なだれの発生履歴を持つ火山は,東北日本から中部地方にかけて多く 分布していることがわかる.全体の火山分布との対比に関しても, 中部地方から東北地方にか けての地域では発生率がやや高くなる傾向が認められる.しかし, 発生率の小さい 伊豆−マリ ア ナにかけての火山に関しては火山島という条件が堆積物の確認を難しくしていることなどを 考慮すると, 岩屑なだれの発生比率に地理的な差異が認められると断定することは出来ない. 日本列島には 220 余の火山が存在するが, この中には男鹿半島にある一ノ目潟のようにほと んど火口だけからなる火山や海底火山など地上に高い山体を作らない火山も含まれている.山 体の比高を超えるような崩壊深を持つ山体崩壊は考え難いので, 大規模崩壊が発生するために は比高にして数百m程度の山体がないと難しいと考えられる.そこで, 山頂の標高 が 300mに 満 たない火山を除外すると, 大規模な崩壊を起こし得る山体規模を有する火山としては日本列 島には約 160 座ほどである.山体崩壊・岩屑なだれを1回以上発生したと確認できた 66 火山 は, このうちの約4割に相当する. 4.4.2 火山ごとの山体崩壊・岩屑なだれの発生回数 各火山体における山体崩壊・岩屑なだれの発生確認数をカウントし, 発生回数別の火山数を 図 4-4 に示した.火山の区分については従来からの慣用的な火山の命名(日本の火山(第2版), 小野ほか,1986)に従った.それによると岩屑なだれの確認数が1回の火山は 37 と最も多く, 2 回 の 火 山 が 14, 3 回 の 火 山 が 5 , 4 回 以 上 の 火 山 が 4 火 山 と 発 生 回 数 が 多 く な る に つ れ , 火 山 回数は次第に減少している.後述するように近年の研究により確認される岩屑なだれの数は 次第に増えており, 従来考えられていたよりもかなり発生頻度が大きいことが示された. 岩屑なだれの発生件数が, 発生回数別にみた各火山体にどの程度の割合で占められているか を図 4-5 に示した.これによると, こ れまでに確認された岩屑なだれの約半数が, 3回以上の 岩 屑なだれが記録された 15 火山に集中している.そして残りの半数が1∼2回岩屑なだれを出 した 51 火山で起きている.この様に山体崩壊−岩屑なだれはかなり偏って発生する傾向がある. 図 4-4 山体崩壊を発生した回数 別にカウントした火山数 図 4-5 山体崩壊の発生分布−発生回 数別火山ごとの発生比率 4.4.3 山体崩壊・岩屑なだれの発生頻度 山体崩壊 は山体の形 成という素 因条件に加 え, 火山噴火や地震 な どの誘因が 重ならない と起 こら ない. 誘因が生じ ても崩れる 規模 と形状 の山体がな いと生じな い.そのた め, 過去の発生 年代の調査 に基づいて 今後いつ頃 起きる可能 性があるか, どの火山体の山体崩 壊の危険性 が増 大 しているかについて予測することは難しい.しかし日本列島全体といった大きな単位で見た 場合, 岩屑なだれがどれくらいの頻度で起きる可能性があるかという目安を得ておくことは, 71 防災上重要と考えられる.歴史記録があるか年代測定が実施さ れた 29 件の岩屑なだれ堆積物に ついて, 発生年代を若い 順にプロットしたものが図 4-6 である. 岩屑なだれ が同じ様な 頻度で起き ているなら, プロットされた点は 直線上に乗 るはずであ る. しかし今回得られた年代値は, 時代をさかのぼるほど傾き が緩くなる折れ線型の分布を 示している.この折れ線の傾 斜の変換点はおよそ 500 年前 と 6000 年前である.そこを区 切りとする各期間内に発生し た岩屑なだれの平均的な諸元 を表 4-2 にまとめた.最近 50 0 年間に8回の岩屑なだれが 起きている. 図 4-6 岩屑なだれの発生年代の分布 表4-2 発生時代別の岩屑なだれ諸元表 岩屑なだれ 件 数 発生頻度 件/年数 平均体積 (km3) 8 1/60 0.38 500∼6000年前 11 1/500 0.82 6,000∼30,000年前 12 1/2,000 2.13 30,000年以前 21 1/8,000 2.93 期 間 最近 500年 その平均的な発生頻度はほぼ 100 年に1回の割合であり, その平均体積は 0.38km 3 である. それ以前の約 5500 年間には 500 年に1回の割で, それ以前3万年前までは 2000 年に1回の割 合で岩屑なだれが記録されている. このよう に, 時代が若いほど山 体崩壊・岩 屑なだれの 発生頻度が 高くなると いう結果に つい ては, これが現実の発生頻度であると即断することは出来ない.表 4-2 を見ると, 年代ごとの 岩屑なだれの平均体積は新しい時代のもの程小さくなる傾向が認められる.これは古い時代の 小規模な岩屑なだれ堆積物は侵食されたり, 新たな堆積物に覆われて見落とされていたりする のに対し, 最近起きた岩屑なだれは古文書等に記載されていることから生じた相違と考えられ る.したがって最近の発生状況の方がより現実の発生頻度に近いと考えられる.そう考えた場 合には日本列島全体的には山体崩壊・岩屑なだれの発生頻度は, 小規模なものを含めた場合に は 100 年に1回程度, 1km 3 を超えるような大規模な山体崩壊は 500 年に1回程度のオーダー で起きる可能性が想定できる.多くの火山を有する我国では, 今後も山体崩壊に伴う岩屑なだ れの発生を想定しておく必要がある. 72 4.4.4 岩屑なだれの規模 岩屑なだれの体積は正確には 求めにくい値であるが, 岩屑な だれの実態に関しての基本的な 数値である.岩屑なだれの体積 を求めるには, 崩壊源で山体か ら損失した凹状部の体積から推 定する方法と, 堆積物の量から 算定する方法との2種類がある が, 一般に両者はそれほど違わ な い と い う 報 告 (Siebert,1984) があり, ここでは各文献に示さ れた値をそのまま岩屑なだれの 体積として解析に用いた. これまでに体積の推定値が報 告されている 39 件の事例につ いて, その値を片対数の図にプ ロットしたものが図 4-7 である. 縦軸は体積が小さい方から積算 図 4-7 岩屑なだれの体積の累積 した百分率である.サンプル数が少ないにもかかわらず,0.2km 3 より規模の大きい岩屑な だれ は図上での連続性が良く, 滑らかな分布を示している.一方, 0.2km 3 より小規模な領域で の 分 布は不連続でかつ急激に減少する.このように岩屑なだれには規模が小さいほど発生数が多く なるというベキ乗則の関係は認められない.逆に 0.3∼0.5km 3 の区間で分布曲線の傾斜が 最も 急であり, この規模の岩屑なだれが多く発生している.体積が算定できた 39 件の岩屑なだれの 体積の中央値は 0.5 km 3 である.1km 3 を超えるような巨大な岩屑なだれも 15 件と, 全体の 1/3 以上を占めている. 表4-3 歴史時代に発生した大規模崩壊−岩屑流 崩壊土量 地 崩壊名 発生年月日 ×10km3 質 発生原因 磐梯山 1888/7/15 1.2 第四紀火山 水蒸気爆発 渡島大島 1741/8/29 0.4 第四紀火山 火山噴火 八ヶ岳大月 888/6/20 0.35 第四紀火山 火山噴火? 島原眉山 1792/5/21 0.34 第四紀火山 火山・地震 立山鳶崩れ 1858/2/26 0.27∼0.41 第四紀火山 地震 M6.8 渡島 駒ケ岳 1640/7/31 0.25 第四紀火山 火山噴火 稗田山 1911/08/09 0.15 第四紀火山 大雨 ? 大谷崩れ 1702/ 0.12 古第三系 地震or豪雨 加奈木崩れ 1746/ 0.03 古第三系 不明 御岳伝上川 1984/09/14 0.03 第四紀火山 地震 M6.9 庄川帰雲山 1586/1/18 0.01 濃飛流紋岩 地震 M8.1 73 以上の事実は単に大きな岩屑なだれほど発見されやすいからというだけではない.見落とし がほとんどないと考えられる歴史時代の岩屑なだれの多くが 0.1km 3 のオーダーにある(表 4-3) こ とからも, ある一定規模の岩屑なだれが多く発生していると推定される.岩屑なだれの体積 はオーダー 的には崩壊 体積と同程 度であるこ とから, 火山体にお い て発生する 崩壊には規 模を 規定する何らかの要因が働いていると考えられる. 4.5 崩壊地形の特徴 4.5.1 崩壊地形の残存度 山体崩壊の跡地を崩壊源と呼ばれる. 崩壊発生直後には明瞭な 崩壊地形を保っているが, 侵 食ならびに その後の火 山活動によ る噴出物の ため, 次第にその形 態 は損なわれ て行く.特 に火 山噴出物に 埋積されて 崩壊地形の 消失は, 他の地質地域 では起ら な い火山体に 特有の変化 であ る. 各 岩 屑 なだ れ の 崩 壊源 を , その原 形 が ど れく ら い 明 瞭 に残されているかを示標に 区分した.ここ ではこれを残 存度と呼ぶ.崩壊源の原形が明瞭に残されているもの(幅, 長 さ , 深さの 計 測 が 可能 ) を 残 存度 A に , 滑落 崖 の 開 析 もしくは内部の埋積により地形改変が進んでいるものの 崩壊源の輪郭が明瞭なものを残存度Bに, 崩壊地形の一 部が断片的に残っておりその位置が特定できるものを残 存度Cとし, 崩壊地形が火山体中に残されていないもの を残 存度Dとした.実際の区分に際しては空中写真と地 形 図 を用いて残 存 度を判定し た.その結果, 残存度Aが 7 件 , 残存度B が 3 8 件, 残 存度Cが 13 件確認出来た. 残りは残存度Dの 58 件と未確定の 12 件である.一部で も崩壊 地形が 残され ている のは, これまでに確認された 131 件の岩屑なだれのうちの 44%である.このように火 山体の 大規模崩 壊地 形の残 存度はあまり良くない. 図 4-8 磐梯山の崩壊地形 これは, 崩壊地形が形成 さ れてもやがて新しい火山 噴 出物によって埋積される 事例が多いことを示してい る.すなわち大規模な山体 崩壊が発生しても, その後 の火山活動等によって埋積 されるなど, その上に新し い山体が構築された火山も 多く存在する. 次に, 発生年代が明らか な岩屑なだれについて, 崩 壊源の残存度と発生年代 (経過年数)の関係を図 4-9 に示した.各区分の中 図 4-9 崩壊源の残存度別の発生年代分布 74 で 一 番 若 い 年 代 値 は , 残 存 度 が 悪 く な る に つ れ て 次 第 に 古 く な っ て い る が , 区 分 間 で の 重 複部 分は多く, 余り明瞭な 傾向は示さ ない.各火 山の噴出物 の量などに 大きく依存 するためで あろ う . そ の た め , 残 存 度 か ら 発 生 年 代 を 推 定 す る こ と は 難 し い . 例 え ば , 富 士 山 の 御 殿 場 岩 屑な だれは約 2300 年前に発生してい るが, 現在の山体には崩壊地形は見当たらない.また 350 年 前の駒ケ岳 の山体崩壊 では, 崩壊 源は半ば以 上が火山噴 出物によっ て埋積され かろうじて その 輪郭が残さ れている. このように 急速に埋積 が進む例が ある一方, 磐梯山の翁 島岩屑なだ れの ように, 古い山体崩壊でも輪郭の かなり明瞭な崩壊地形が残されている事例もある. 4.5.2 崩壊発生位置 崩壊発生場所を特定することの できた残存度C以上の 58 件の山体崩壊事例から, 山体崩壊が 山体のどの位置に発生しやすいか を検討した.58 例中 47 例の崩壊が, 山頂もしくは山頂直下 で発生している.これは規模の大 きな崩壊ほどその傾向が大きいようである.一方 11 例の崩壊 源は山腹もしくは火山体を開析する 谷の斜面上に起きている.これらはいずれも1km 3 以下の 中∼小規模の崩壊である.このよ うに多くの山体崩壊, 特に大規模なものは火山体の比較的上 部, 山頂付近に発生する傾向 が認められる. このよう な事実を山 体崩壊の原 因と結び付 けて考察す る場合, 山頂付近は火 山体におい て最 も急勾配か つ不安定な 場所である という要素 と, そこが火山活動の 場に近いと いう要素の 二つ の側面を考慮する必要がある. 一方崩壊源の末端である脚部の位置については明瞭に判読出来る事例が数例と少ないため, ここでは論じる事が出来なかった . 4.5.3 崩壊源の形状および規模 崩壊源の形状と規模に関して, 輪郭が明瞭に残されている残存度B以上の 47 件の崩壊源に ついて検討した. 山体崩壊の崩壊源はこれま で , 「 馬 蹄 形 カ ル デ ラ (Amphitheater)」も しくは 「 U 字 形 カ ル デ ラ (U-Shape Caldera)」と呼ばれてきたよ うに, 一般的には一方向に開 き, 残りの三方は急な崖によ ってとり囲 まれている 形状を 呈する .こ のカルデラの 外形 は, 噴火口のように滑らかな 円弧ではなく, 崩壊地形の特 徴を明 瞭に 示す事例が多 い. 例えば 裏磐 梯 1888 年の 崩壊 源は「箱形 」の形状を持ち , 噴 火活動によって形成された火 口とは形態を異にしている (図 4-9).また滑落崖は, 単 一ブ ロック の崩壊によっ て形 成された場合の他, 複数のブ ロックに分かれて崩壊したこ とによ って 形成された例 も見 られる .鳥 海山の象潟岩 屑な だれの崩壊源がその好例で, 75 図 4-10 山体崩壊の崩壊源の幅と奥行きの分布 滑落崖の輪 郭から3つ のブロック が推定でき る.この場 合, 一番下のブロック が主たる崩 壊部 で あ り , 山 頂 部 の ブ ロ ッ ク は 楕 円 状 の 滑 ら か な 円 弧 状 を 呈 す る 事 か ら , 噴 火 活 動 に 伴 っ て 形成 された可能性も考えられる. 崩壊源の内部にすべり面が明瞭に残されている例は御岳山の伝上川崩れ以外は皆無である. そのため滑り面の勾配などについては情報が不足して いる.しかし全体の地形状況から推定さ れ るすべりの形状からかなり緩い勾配が推定されている. 次に, 崩壊源の奥行( 崩壊長)と崩壊幅を 0.5 km 刻みに区分し, その頻度を図 4-10 に示し た.奥行は 0.5∼1.0 km に ピークを持ち, ほぼ半数が 0.5∼1.5km の範囲内に集中している. この平均値は 1.54km である.3km 以上の奥行を持つ崩壊源は少ない.これに対し, 崩壊幅は 0.5∼1.0 km に小さなピークを持つものの, 0.5∼3.5 km にわたって比較的なだらかに分布する. 幅の平均は 1.69km である. 崩 壊 深 に つ い て は , 元 の 山 体 の 高 さ の 推 定 が 困 難 で あ る た め , 正 確 な 値 を 求 め る こ と が 難し い. 4.6 岩屑なだれ堆積域の特徴 4.6.1 岩屑なだれ堆積物の分布状況 表 4-1 のリスト中に堆積物が確認出 来ている岩屑なだれは 118 件である.これはこれまでに 確認されている岩屑なだれ総数の 90% に達する.地形的に山体崩壊が推定される火山体で対応 する岩屑なだれ堆積物が見つかってい ない事例の大半は火山島または海岸に面した火山におい て発生したものである. 地表面に岩屑なだれの堆積地形が残 存し堆積域の面積を計測できたのは 30 例である.最小 1.2km 2 から最大 170km 2 にまで達し, その平 均は 40km 2 である.このように岩屑な だれ堆 積物の分布範囲である堆積域はかなり 広い. 4.6.2 堆積物の拡散度 岩屑なだれ堆積物は流下方向だけでなく, 横方向にも大きく広がっている(表 4 -4).特 に 体 積 が 1 km 3 を 超 え る よ う な 大 規 模 な 岩 屑 なだれでは, 崩壊源から扇状に広く堆積して い る.例えば9km 3 の崩壊体積 を持つ八ヶ岳の 韮崎岩屑なだれ堆積物は, 崩壊源と推定され る 権 現 岳 か ら 約 140 度 の 範 囲 に 分 布 し て い る(図 4-11).また, 1792 年雲 仙眉山の岩屑な だれは 70 度に, そして裏磐 梯岩屑なだれと 岩手山の平笠(五百森)岩屑 なだれはおよそ 60 度の範囲に拡散して堆積 している.これは 他の土砂移動の堆積物と異な る特徴の1つで ある. 一般的に岩屑なだれの堆積 域は崩壊源の開 口方向の延長上に 位置している.しかし崩壊 源の延長とは異なった方向に 堆積している岩 屑なだれも数件見出された. 例えば, 浅間山 の塚原泥流は, 黒斑山山頂か ら東に開く凹地 が崩壊源であると推定されて いるにもかかわ らず, 山体の南西側に堆積し て いる.駒ヶ 図 4-11 八ヶ岳韮崎岩屑なだれ堆積物の分布 76 岳 1640 年の岩屑なだ れでは, 馬蹄形カルデ ラが東向き に開いてい るが, 堆積物の大部分 は 山 体南方の大沼小沼付近に多数の流れ山を伴って堆積している.両者とも流送路を妨げるような 障害物が見当たらないことから, 何によるかは不明であるが, 防災上, 無視できない事実とし て今後の解明が求められる. 表4-4 火山 名 有珠山 岩屑なだれ堆積物の拡散度 岩屑なだれ名称 拡散角度 善光寺岩屑流 羊蹄山 角の中心 65 カルデラ北壁 110 羊蹄山頂 尻別岳 留寿都岩屑流 100 尻別山頂 岩木山 十面沢 45 岩木山頂 岩手山 平笠岩屑なだれ 60 岩手山頂 白鷹山 畑谷泥流 80 白鷹山山頂 磐梯 裏磐梯岩屑流 60 崩壊源 那須 黒磯 110 那須山頂 那須 御富士山 45 那須山頂 八ヶ岳 韮崎岩屑流 140 権現岳山頂 雲仙眉山 島 原岩屑 流 70 崩壊源 4.6.3 流れ山について 岩屑なだれ堆積域での地形的 な特徴の一つに, 流れ山がある. 流れ山は岩屑なだれ堆積物の表 面に盛り上がった塚状の形態を した小丘である(写真 4-1).地 形図・空中写真の判読によって これまでに 45 件の岩屑なだれ 堆積物に流れ山が確認できた. これは堆積物が残されている岩 屑なだれの 38%に当たる.流れ 山が確認されていない岩屑なだ れ堆積物においては, 火山灰な どの若い堆積物に厚く覆われて いることから, 流れ山は堆積し 写真 4-1 鳥海山象潟岩屑なだれの流れ山 て以降の火山噴出物によって覆 い隠された事例がかなりあると考えられる.韮崎岩屑なだれのように約 20 万年以前と推定され る岩屑なだ れにも明瞭 な流れ山が 残されてい ることから, 流れ山の存在は岩屑 なだれ堆積 物を 判定する重要な示標の一つである. 流れ山の数は, 数個程度から約 2000 個まで数の開きが大きい.流れ山の規模は岩屑なだれに よ っ て 異 な る が , 一 般 に 小 さ い 流 れ 山 を 伴 う も の は 数 が 多 く ( 岩 手 山 , 五 百 森 泥 流 , 駒 ヶ 岳ク ルミ沢泥流 ), 大きな流れ山は数 が少ないと いう傾向が 認められる .これは崩 れた山体部 の岩 質構成や流下過程の相違などによってその砕け方に差が生じたこと に起因すると考えられる. 77 4.6.4 岩 屑 な だ れ 堆 積 物 の 岩 相および特徴 岩屑なだれ堆積物は岩塊相 (Block facies) と マ ト リ ク ス 相 (Matrix facies) の 2 つ の 岩 相 か ら 構 成 さ れ る (Ui, 1985). 岩 塊相はかつて火山体を構成して いた山体の一部がブロック状に とり込まれたもので, ブロック は元の山体の成層構造を残して おり, 流下時の衝撃によってで きた無数のクラックが入ってい ること が多い.ブロックが地表 に 突出したものは流れ山となる. 一方のマトリクス相は流下時に 激しく混合した部分と見られ, 写真 4-2 八ヶ岳韮崎岩屑なだれ堆積物の立体写真 礫, 岩片, 砂, 土壌, 木片等の 植物の破片 など様々な 物体の混合 層である. 各文献に記 載された堆 積物の岩相 は, 上記の岩屑 なだれ堆積物の特徴に一致している.また筆者が現地調査を行った 50 近くの岩屑なだれ堆積 物もこの特徴によく合致し ている (写真 4-2). 4.7 岩 屑 な だ れ の 流 動 性 に ついて 一般に地すべり・斜面崩壊等 の移動前後の落差(H) と流送 距離(L)の比(H/L) は等価摩 擦係数としてその流動性の示標 として用いられている.山体崩 壊の崩壊源から岩屑なだれの堆 積域の先端までを結び, その落 差と流送距離を求めることがで きた 62 件の岩屑なだれについ て, 両者の関係を両対数で図に したものを図 4-12 に示した.ば らつきは若干あるが, 落差と流 送距離は正の相関を示す.大部 分の岩屑なだれは H/L値が 0.2 と 0.08 を示す2本の線の間に プロットされる.山体崩壊頂部 図 4-12 岩屑なだれの流走距離と落差の関係 −岩屑なだれの落差の平均値は 1.18km,流送距離の平均値は 11.07km となり , H/Lの平均値は 0.11 となる.既にUi 10) は, 火 山 体 に 発 生 す る 岩 屑 な だ れ の H/L値 は 他 の 地 域 で 発 生 す る 大 規 模 崩 壊 に 比 べ き わ め て 小 さ く , 流動性に富む事を指摘したが, 今回新たに追加した岩屑 なだれを含めてもほぼ同様の結果とな り, 火山体に発生する岩屑なだれがきわめて流動性に富 んでいる事が改めて示された. 日本で最大規模の韮崎岩屑なだれは約 50 km 流下している.一方, これまでに報告されてい る 78 最長流下記録は, 木曽川岩屑なだれの 144km であるが(藤井,1976),これは流下過程でかなり泥 流化した流れであると考えられる. 地す べり ・崩壊 など では移 動体 の体積 が大 きくな ると, 運動時 の 等価摩 擦係 数(H/L) が 小 さ く な る と いう 関 係 が 指摘 さ れ て いる (Scheidegger,1973). そ こ で 日本 の 火 山 体に お け る 岩 屑 な だ れの体積と H/L 値の関係を図 4-13 に示した.若干のばらつきはあるが, 全体的な傾向とし て, 崩壊体積が大き いほど H/L 値が小さくなる関係が認め られる.この図より, 最小自乗法に より求めた回帰直線は, log(H/L)= − 0.093 ×log V −0.989 ………(1) で表わされる. ここに, V=岩屑なだ れの体積 ( k m 3 ), H/L=岩屑なだ れの落 差 /流走距離 である. (1)式右辺の log V にかか る 係数−0.093 は 大八 木ほか ( 1979)が伊豆 大島近海地震による崩 壊地について調べた −0.105 に 近いが, Scheidegger (197 3)が 世界の大規 模崩壊について調べた −0.15666 より体積 に依存す る 度合が少なく, 19 82 年 豪雨 に よって生じ た長崎市の斜面崩壊(大 八木ほか,1983)で得られた−0 .058 より体 積に依存す る割 合 が大きい. 岩屑なだれの流動 性につ いて は,非火山地域の 崩壊 より H /L 値が小 さくより遠方にまで到達 す る と い う 特 徴 を 持 つ と 同 時 に ,規 模 が 大 き な 流 れ ほ ど 流 動 性 が 高 い と 言 う 体 積 効 果 を 示 す と いう2つの特徴を持 つ. 図 4-13 岩屑なだれの体積と等価摩擦係数(H/L) 79 4.8 討論 4.8.1 日本の火 山における岩屑なだれの発生件数 本研究によって確認できた岩屑 なだれの総数は 131 件であるが, 表 4-5 に示すように, 確認 された岩屑なだれの総数はここ十 数年で倍以上に増加している.これは最近の研究によって新 たに報告さ れる山体崩 壊・岩屑な だれの件数 が増えてき たためであ る.この背 景として, セン トへレンズ 火山の岩屑 なだれ, 御 岳崩れなど によって研 究者の岩屑 なだれに対 する認識が 深ま ったためと考えられる.この傾向 は今後 も続くと予想され, 個々の火山研究によ って岩屑なだれの件数は増えると 考えら れる.したがって, 4.4.2 節で述べ た発生 履歴を持つ火山が4割という数字は, や や低く評価された値であり, 実際にはさ らに多くの火山が発生履歴を持っ ている と考えられる. すなわち山体崩壊−岩屑 なだれは限られた火山体だけに発 生する 特異な現象ではなく, 多くの火山体にお いてかなり一般的に発生する可能 性のあ 表4-5 岩屑なだれ確認件数の推移 発 生 火山数 岩屑なだれ 発生数 Ui (1983) 24 31 Siebert (1984) 25 38 Ui et al (1986) 52 71 本論文 66 131 出 典 る現象と言える. 4.8.2 山体崩壊・岩屑なだれを起こす可能性のある火山について 前節では火山体には一般的に山 体崩壊が起きる可能性があることを指摘したが, 3-2 節で述 べたように, 繰り 返し山体崩壊を発生した履歴を持つ火山体がいくつかある.ここでは3回以 上 岩屑なだれを発生させた 15 火山について検討を行なう.これらの火山を北からあげると, 北 海道駒ヶ岳, 岩木山, 田代岳, 岩手山, 鳥海山, 那須岳, 磐梯山, 蔵王, 赤城山, 富士山, 浅 間山, 妙高 , 御岳山, 八ヶ岳, 雲仙岳である(表 4-6).この 15 火山においてこれまでに確認 できた山体崩壊・岩屑なだれの約 半数が発生している. これらの火山にはいくつかの共 通点を持つ.第1は, 多くの火山が富士山型の形状を持つ円 錐形の成層火山である.そのため , 上記の火山には津軽富士, 出羽富士, 会津富士など, 〇〇 富士という愛称を持つ火山が多い ことからもいえる.第2に, その大部分が活動火山に指定さ れている.15 火山のうち 12 火山 で歴史時代の活動が記録されているように, 現在も活動中の 火山が多い.第3に, いずれも大 規模な山体を形成している.富士山の 389km 3 を始め, 数 10km 3 以上の規模 を持つ火山 が多く, ほとんどが日 本の成層火 山の平均 体 積 38km 3 を 上 回 っ て い る . 山体崩壊・岩屑なだれを多発させ た火山に前述のような共通点が存在する事実は, 逆にこうい った特徴を備えている火山体は山 体崩壊を発生させるポテンシャルが高いのではないかと推測 させる.活動的な成層火山はほか のタイプの火山と比べ岩屑なだれの発生率が高いという指摘 12) に加え, 大規模な山体を持つ活動的な円錐形の成層火山は岩屑なだれを繰り返し発生する 危険性が高いといえる.日本列島 において上記の 15 火山以外にも前述の特徴を持つ火山は, 山 体がやや小さいものの, 有珠山, 羊蹄山, 焼岳, 桜島などの火山である.今後, 山体崩壊岩屑 なだれの発 生する可能 性が 高 い火 山として, 既に挙げた 火山に加え ,これらの 火山を注目 して いく必要がある. 一方溶岩 円頂丘型の 火山体にお いても, 山体崩壊−岩 屑なだれの 発生が認め られるので ,そ の次に注意が必要である. 80 表4-6 岩屑なだれ頻発火山の一覧 火山名 愛称 岩屑なだれ 発生回数 最近の 活動記録 活動火山 渡島駒ケ岳 渡島富士 3 1929年 ○ 岩木山 津軽富士 3 1863年 ○ 52 3 −−− 田代岳 山体体積 km3 岩手山 南部片富士 5 1719年 ○ >40 鳥海山 出羽富士 4 1804年 ○ 230 7 1895年 ○ 10 4 1888年 ○ 30 那須岳 4 1408-10 ○ 赤城山 4 −−− ○ 130 浅間山 3 1783年 ○ 56 蔵王火山群 磐梯山 会津富士 妙高山 越後富士 6 2600 B.P ○ 50 富士山 −− 4 1707年 ○ 389 八ヶ岳 諏訪富士 7 (808年?) 御嶽山 3 1978年 ○ 雲仙岳 3 1792年 ○ 240 84 4.8.3 非火山地域の大規模崩壊との比較 第四紀火山において発生する大規模崩壊−岩屑なだれがそれ以外の地質で構成される地域で 生じた大規模崩壊に比べどのような特徴を持つのかを明らかにするため, 第四紀火山以外の地 域の大規模崩壊との比較を行なった.日本全国にわたり大規模な崩壊地形をリストアップした 町田らの報告によれば, 崩壊面積1km 3 以上の 330 件の大規模崩壊のうち 30%が第四紀火山地 域で発生している.磯山ら ) によると, 日本列島における第四紀の火山岩に覆われる面積は 9%に過ぎないことから, 第四紀火山地域は大規模崩壊が発生しやすい地域であると言える. これは表 4-6 に示すように, 歴史時代に起こった大規模崩壊 11 件のうちの8件が第四紀火山地 域に発生している事実からも裏付けられる. 崩壊規模を比較すると, 2-2 節で述べたように, 第四紀火山地域では 0.2km 3 を超える大規模 な崩壊が多いのに対し, 非火山地域での崩壊は 0.1km 3 程度がほぼ上限である.すなわち火山地 域の山体崩壊の方がはるかに大きな規模で発生し得ると 言える. 4 .8.4 山体崩壊の発生素因 1990 年から実施された磐梯山を対象とした総合研究では 1888 年崩壊の崩壊源内のボーリン グ掘削調査によって, 滑りをおこしたと推定される深度において火山灰層が見いだされている 21) .また御嶽山の 1984 年の崩壊も軽石層をすべり面として発生している 22) .この様に少なく とも最近発生した山体崩壊はこのような滑りを起こしやすい層をすべり面として発生した可能 性が指摘できる.磐梯山, 御嶽山はいずれも複数回の山体崩壊を起こした履歴を持つ火山であ る事から,こういった火山の山体内部には崩壊を起こしやすい脆弱な噴出物の層が広く介在し ていることが推定される.その他の山体崩壊を何度も繰り返し起こしている火山体においては, 滑りやすい層をつくる様な噴出物を放出していたことが,この様な素因につながると言う可能 性を考慮しておく必要がある. 81 4.8.5 山体崩壊の発生誘因 山体崩壊を引き起こすトリガーとなった発生原因 については有史時代のものを除くとほとん ど解明されていない.有史時代の崩壊事例では,規模の大きな崩壊は火山活動に起因するもの が多い.それよりやや規模の小さなものは地震に起因するものが多い傾向が認められる 23) .こ のような違いが有史以前の崩壊にあてはまるかどうかは不明であるが,以下に示すような状況 証 拠 か ら 考 え る と , 少 な く と も 10 8 m 3 を 超 え る よ う な 大 規 模 な 山 体 崩 壊 は 火 山 活 動 に 伴 っ て 生 じた事例が多いと考えられる. (1)表 4-3 に示すように, 歴史記録上 の大規模崩壊 は, 地震・豪雨によっ て発 生した比較的 規模の小さいものを除くと, いずれも発生 前後に 火山活動が 記録さ れている . (2)山体崩壊は噴火活動の中心である山 頂付近に多く発生している. (3)鳥海山の象潟岩屑なだれの崩壊源内 がその内部から 流出した溶岩によって覆われている 様に,山体崩壊によってできた崩壊源内に 火山活動が生じたケースが数多く認められる.崩壊 源の埋積が進んでいる例が多いことも, 山 体 崩壊の発生と火山 活動との関連性を想像させる. (4 )岩 屑 な だ れ が 3 回 以 上 確 認 さ れ て い る 火 山 の ほ と ん ど が 活 動 火 山 に 指 定 さ れ て い る ( 表 4-6 ).このように火山活動が現在でも続い ている火山において 山体崩壊が多く発生している事 実は, 崩壊発生原因が火山活動と関連して いるという推論の傍証となる. 4.9 本章のまとめ 火山体に 発生する山 体崩壊・岩 屑なだれの 特徴を明ら かにするた め, 日本列島における 発生 状況についてできる限り多くの事例を収集し検討した.その結果は以下の通りである. 1.これまでの調査により日本列島において 66 火山において 131 件の発生事例が確認できた. 今後の調査・研究が進めば発生事例数はさらに多くなると予想される. 2.66 火山は日本列島に分布する火山のうち約4割に相当する.山体崩壊・岩屑なだれは第四 紀火山にお いて必ずし も特異な現 象ではなく, 火山体の通常の開析 過程の1つ であると言 える. 多数の火山を有する我国では今後も山体崩壊・岩屑なだれ が発生する危険性を考慮しておく必 要がある. 3.山体崩壊は火山体の山頂付近を中心とした山体上部で発生する傾向がある. 4.円錐形の山体を持つ成層火山の多くは, 山体崩壊−岩屑なだれを繰り返し発生させてきた. このような タイプの火 山体では一 度山体崩壊 を発生した 後に山体の 再構築を行 ない, その後も 繰り返し山 体崩壊−岩 屑なだれを 発生させる ため, 防災上注意が必 要である. 特に火山活 動に 伴って発生する場合も多く山体の変状等に対する監視が必要である. 5.火山体における大規模崩壊−岩屑なだれの発生頻度は日本列島全体では 100 年に1回程度 のオーダーで発生する可能性があると考えられる.この発生頻度は他の地質条件を持つ地域と 比べると高い. 6.岩屑なだれの流動性は他の土砂移動現象と比べて高く,その等価摩擦係数は(H/L)は 0.2 から 0.08 と極めて小さい.そのため到達距離が長いうえ, 横方向へも広く拡散する特徴を 有するため, 被災範囲が極めて広い. 7.火山体において発生する山体崩壊−岩屑なだれの規模は他の地質地域と比べると大きく, しかも流動性があり , 発生頻度が高いなど他の地域で起こる大規模崩壊より危険度が大きい. 82 第5章 磐梯山と白鷹山における山体崩壊の発生要因に関する 研究 5.1 は じめ に 第4章では過去に日本列島で生じて来た山体崩壊と岩屑なだれについて主に 地 形・地質学的手 法を用いて取りまとめ て来た.この中では主に崩壊地形 や堆積地形を 主体 に発生要因等につい て も検討を 加え 状況証拠な どによ り 火山活動 などに 起因する可能性に つい て論じた.しかし山 体崩壊の発生 要因に つ いてこうい っ た手法で はそれ 以上迫ることは難 しい .そのため磐梯山と 白 鷹山を対 象に して各種ボ ーリン グ 調査など 各種探 査手法を含めて詳 細な 研究を実施した. 5. 2 磐梯火 山の概 要 5.2.1 磐梯 山で生じた斜面変動 磐梯山は日本の本州北部,福島県の北部に位置する第四紀の成層火山である.磐梯山は今か ら約 100 年 前の 1888 年に,山体北側が巨大 な崩壊を起 こして,大規模な岩屑なだれを発生させ た ほか.そ れ以前 にも翁 島岩屑な だ れなど山 体崩壊 を複数回発生している(写真 5-1). 5.2 .2 磐梯 山の 1888 年山 体崩壊 に関 する これまでの 研究成 果 磐梯火山 の地質および岩屑なだ れ に関して は,これ までに多くの研究成果が 発 表されている. Nakamura(1968)は 磐 梯火山およ び 猫魔火山 の岩石学 的な研究を行ない , 全般 的な火山層 序を 明らかにするとともに,1888 年の岩屑なだれ堆積物に関して詳しい記載を行なった.八島・千 葉 (1982)は福島大学が中心となって実施した猪苗代湖周辺の総合調査の一環として,沼の平お よび 1888 年崩壊壁のスケッチと地質調査を 行ない,壁面の地質と層序について記載を行なった. 井口(1988)は,磐梯火山の山体崩壊の発生状況について,地形判読と文献調査に基づき過去3 回の山体崩壊−岩屑なだれについて全般的な記述を行なった.また三村(1988)は火山地質の研 究から,磐梯火山の山体の形成史 を明らかにするとともに,少なく とも4回の山体崩壊が発生したこ とを明らかにした. 5.3 磐 梯 山 で 実 施 し た 研 究 調 査内容 磐梯山の 1888 崩壊は水蒸気爆 発を引金として発生した巨大 な地 すべりに始まると考えられている が,その地すべり発生に至る具体 的な要因についてはいくつかの推 定はあるが明確にはされていない. しかも磐梯山は 1888 年の崩壊以 前にも何度か同様の山体崩壊−岩 屑なだれを発生させていたことが, 山体に残された崩壊地形や山麓に 分布する堆積物の存在から推定さ れている(守屋,1983,井口,1988,三 写真 5-1 磐梯山の山頂付近の崩壊地形(実体視写真) 83 村,1988 など).その様な状況 証拠から磐梯山は山体崩壊を起こしやすい何らかの要因を持って いるのではないかと推測することができる.また磐梯山と同様に山体崩壊−岩屑なだれを何回 か繰り返し発生している火山体がほかにも多数存在することから,そういった火山体も磐梯山 と共通する要因を有する可能性が考えられる.そういった要因の候補としては,火山体の基盤 構造,地質構造,水文地質構造,岩質,変質作用,マグマの組成,火山噴火様式などいくつか 考えられる.これを明確にするためには火山体の地形・地質学的全般的な研究が必要であるが, 特に山体崩壊が発生した周辺の火 山体の状況を詳しく把 握 する必要がある.そのため崩壊面よ り深い部分についてボーリング調査を行なうと同時に,崩壊した山体の地質構造・岩質・ 変質 状況等を明らかにする目的で崩壊壁に関する調査を行なった. 本章では,崩壊壁のヘリ斜め写真の撮影と,それを用いて行なった崩壊壁の立面図図化,崩 壊壁のモザイク合成写真および壁面岩相の判読に関して行なった調査に関して論述し,崩壊発 生要因を考える上での一つの基礎資料としたい.また同時にこの研究は,山体崩壊の発生要因 の解明に留まらず,火山地質及び火山形成史の研究にも有益なデータとなり得ると考える. 5.4 1888 年 崩 壊 壁 の 調査 5.4.1 ヘ リ 斜 め 写 真 撮 影 磐梯火山 1888 年の 山 体崩壊の崩壊壁は急傾斜 の崖 でしかも頻繁に落石 が起きているため,現地 において直接調査するこ とは危険を伴う.一方, 従来の航空機によって撮 影された垂直 写真では急 傾斜の壁面全体を撮影す ることは出来ない.そこ で航測カメラをヘリコプ 図 5-1 磐梯山地形断面図 ターに搭載し,崩壊壁に 沿って低い高度から斜 め空中写真の撮影を行 なった. 空中写真撮影はアジ ア航測に委託し,1991 年9月に実施した.撮 影は各崩壊壁に沿った 5コースと崩壊源全体 をやや遠距離から眺め る1コースの計6飛行 コースで行ない,計 54 枚の写真を撮影した. 写真 5-2 崩壊壁斜め空中写真の一例(櫛ヶ峰-実体視ペア) 84 これらは垂直写真や地 上写真では撮ることができない視点からの鮮明な写真であり,実体視も可能であることから 利 用価値がきわめて高いと考えられる.撮影した写真の一例を図 5-2 に示す.これらの写真は壁 面地形の 図化に用いたほか,張り合わせによってモザイク写真を作成するとともに実体視によ る壁面の地形地質判読に用いた. 5 .4.2 モザイク合成写真の作成 コースA∼Dの 各撮影飛行コースから撮影された空中写真を2倍に拡大したものを貼り合わ せて,各壁面のモザイク写真を計4面作成した.凹凸の大きな壁面に近接して撮影したため, 接続部分でかなりの歪が生じたが,各壁面の状況を詳しく観察することのできるモザイク合成 写真が出来た.そのおおよその縮尺は 1/2000 である.このモザイク写真は各崩壊壁の全体が一 望できるため,壁を作っている地質の判読と対比などに用いた. 5 .4.3 崩壊壁の図化 壁面の形状を図示する ため撮影した空中写真を用いて崩壊壁の図化を行なった.図化はアジ ア航測に委託し解析図化機を用い て行なった. 写真の図化作業に先立ち,図に書き入れる岩相の境界線をオペレーターに指示するため,事 前に崩壊壁の実体視判読を行ない,岩相の境界・不整合面等を空中写真上に書き込んだ.崩壊 壁は急角度であるため,作成する図は垂直面に投影する立面図の形式で図化を行った(図 5-3). 図上に壁面の形状を表わす方法として,投影面から等距離の地点 を線で結んだ等距離線を用い た.等距離線は5m間隔で描き,25mおきに計曲線を入れた.図面は崩壊壁の形状を考慮して, 正面,右側方崖,左側方崖の3葉に分割した.そして図化の基準となる投影面を各崩壊壁と平 行に設定した.隣接する図との接続部は若干重複を持たせて図化した. 等距離線以外にも壁面上での岩相の境界線を図化して書き入れるとともに,顕著な岩塊の位 置や尾根線・谷筋なども図上に表わした.これは通常の地形図上にある河川・道路のような目 図 5-3 磐梯 1888 崩壊壁の立面図(a.左側方崖,b.正面崖,c.右側方崖) 85 標になる対象がほとんどないため,写真と図面との位置の対比を容易にするためである.各壁 面の立面図は等距離線図と岩相の境界等を書き入れた図の2葉から構成される.必要に応じて, 各々単独ないし重ね焼きして用いた.原図の縮尺は 1/2,000 である. 垂直面に投影しているため,見掛けの値ではあるが溶岩層や火山灰層などの層厚を読み取る ことが可能である.成層した火山堆積層の走向傾斜の計測に関して解析図化機による計測を要 望したが,これまでに計測した実績がなく実現に至らなかった. 図 5-4 磐梯 1888 崩壊壁の断裂系(a.左側方崖,b.正面崖) 5.4.4 崩壊壁の形状 図化によって作成した崩壊壁の立面図を図 5-3 に示した.立面図では垂直面 に投影した等距 離線を用いて表現しているため,平面に等高線で描く通常の地形図と異なり, 等距離線が密な 所ほど傾斜が緩く,疎な部分は垂直に近い急な崖であることを示している.崖 錐の堆積してい る斜面は崩 壊壁に比べて緩やかなため 線が密に入っている.等距離線が水平に 続いている部分 は投影面に向いた斜面を表わし,また同じ崩壊壁でも溶岩の部分は等距 離線が疎で急傾斜を示 し,火砕岩の部分はやや密になり緩傾斜であることが分かる.また上に 凸型の線が重なり合っ ている部分は尾根地形を,凹状の線が続いている部分は谷地形を示して いる.以下各崩壊壁の 形状について述べる. (1)右側方崖(櫛ヶ峰∼燕岩) この壁は櫛ヶ峰の山頂から北に約 1.8km 続く一番長い崖である.壁面 は櫛ヶ峰山頂付近で標 高 1600mを越えるが,北に向かうにつれてほぼ一様に低くなる.ここで は崖錐の部分を除き全 体的に等距離線が疎で,壁面は比較的急な崖を保っていることを示して いる.傾斜を持った等 距離線が重なり合う部分はほとんどなく,壁面は出入りが比較的小さい ほぼ直線状の崖である ことを示している. (2)正面壁(櫛ヶ峰∼天狗岩∼大磐梯山) この壁は櫛ヶ峰山頂から沼の平の上部を経て大磐梯と旧小磐梯の鞍部 まで続く延長約 1.5 k m,高さ 280mの壁面である.右側方崖に比べ等距離線はかなり密で, しかも斜めに傾斜した 線 が重なりあっている部分が何か所も顕著に見られ,出入りの多 い壁面であることを示す.同 86 じ傾きの等距離線が重複する部分はある広がりを持つ面を示すが,そういった面がいくつか存 在することが図から読み取れる.しかもその面の地表に延長すると地形的な段差に繋ることか ら,この面は断裂系に沿って形成されたと推定される.この壁面内での明瞭な断裂系は3種類 が認められ,それは立面図上で南に 50゜傾斜と,北に 80 ゜と 50゜の傾斜を示す(図 5-4;b). (3)左側方崖(大磐梯∼中の湯∼ 丸山) この壁は延長約1km,壁面の高さは 250∼100mの南東−北西方向に伸びる壁面である.この 壁面はその中央付近で二つに分岐し,手前の崖線は高度を大きく下げる.2つの崖に挟まれた 部分は,一見すると 1888 年の崩壊時に生じた2次すべりのようにも見える.しかしヘリ斜め写 真の実体視判読によると後方の崖は,植生,壁面を構成する岩質の違いなどから,1888 年より 以前からあったと推定される.またこの崖はその形状から火口壁で あったとは考えにくく, 1 888 年以前の崩壊など によって形成されたと考えられる.この崖の最上部には腐食土層があり, この年代は・年代測定によって 1120±80 年前という値が出され,古文書に記載のある 806 年 の噴火の直下に形成された土壌であると推定され ている(田中ほか,1994). この壁面にも正面の壁と同様の等距離線の重複箇所が若干認められ,この壁面上にも何本か の断裂系が切っていると推定されるが,その規模ははるかに小さく,数も少ない(図 5-4;a). 5.4.5 ヘリ斜め写真の実体視判読による火山体内部構造 撮影された斜め写真の実体視判読により,従来の垂直写真では困難であった崩壊壁の細部の 観察や入り組んだ部分での層序の判定が可能となった.変質していない部分では岩相の判定が 可能である.また岩相の判別が出来ない場合でも,同種の岩相が分布する範囲をある程度図示 することが出来た.以下斜め写真の実体視判読によって作成した壁面岩相 図を示し,得られた 知見をまとめる. 示した壁面岩相図は写真から判読可能な部分のみを提示した.図の凡例は 5-8 に示した. 図図5-5 5-5崩壊壁岩相判読図(右側方崖北部) 崩壊壁岩相判読図(右側方崖北部) 図 5-6 崩壊壁岩相判読図(右側方崖中央部) 87 (1)右側方崖(櫛ヶ峰∼燕岩)(図 5-5 および図 5-6) 壁面の高さの半分程度まで崖錐に覆い隠されている.全体的に地層の連続性が良く,ほとん ど変質を受けていないため,岩相の判別がかなり容易である.壁面の下 半部の崖錐に覆われて いない所に明瞭な成層構造を持つ石質火砕流堆積物(ブロックアンドアッシュフロー)が露出 している.この堆積物は露出する範囲で少なくとも 70mの層厚を持っている.これは三村(19 94)によって約 30 万年前という K-Ar 年代が出されている.石質火 砕流の上に不整合に櫛ヶ峰 の山体を構成する溶岩層と火砕岩の互層が覆っている.櫛ヶ峰溶岩は少なくとも3枚の溶岩流 が認められ,溶岩層の間には赤紫色を呈する火山砕屑物が層状に挾在している.溶岩流は層厚 の変化があるが,連続性は良い.1枚の溶岩は最大で約 50mの厚さを持つ.溶岩層は北に向か うにつれて次第に薄くなる.壁面の北部では溶岩層の上に比較的厚い灰白色の降下火砕堆積物 が覆っているのが見られる.これは少なくとも2層認められる.色は灰色で,その下位の赤褐 色∼褐色の火砕岩とは区別できる.崖の最上部に地表面に沿って淡黄色の火山灰層が薄く堆積 しているが,写真からはその詳細は不明である. この壁の層序は石質火砕流と櫛ヶ峰溶岩との間に不整合が認められ,それより上が櫛ヶ峰を 形成した古期磐梯に相当する.不整合の下はそれより古い古小磐梯と呼ぶべきものに相当する と考えられる. (2)櫛ヶ峰山頂付近(図 5-7) 櫛ヶ峰の山頂直下には,右側方崖に続く溶岩層と赤紫色火砕岩の互層が認められ,その下に 変質を受けた溶岩の互層がある.櫛ヶ峰の崩壊壁のさらに下方には変質を受け白色に脱色した 厚い火山岩が露出しているが,これは変質した石質火砕流である可能性が大きい. 最上部の溶岩は層状で緩やかに北に傾斜し ており,沼の平を囲む櫛ヶ峰南斜面によって 切られている.このことは櫛ヶ峰溶岩が現在 の櫛ヶ峰より南西側 にあった噴出源から流下 し,現在の櫛ヶ峰の山頂は,大規模な崩壊に よって周囲を切り落とされたことによって出 現したピークであることを示している.この 溶岩層は櫛ヶ峰の頂上から西方に下る小さな 谷筋を境に,谷筋より南側が 40m程下方にず れ落ちている.これは地すべり的な変動によ って生じた可能性がある. 図 5-7 崩壊壁岩相判読図(櫛ヶ峰付近) 図 5-8 磐梯山の崩壊壁岩相判読図の凡例 88 (3).正面壁(櫛ヶ峰∼天狗岩∼大磐梯山)(図 5-9) 火山体の中心部に近いためか全体的に変質が進んでいる.また前述したように多数の断層・ 破砕帯などによって切られており,地層の連続性が悪い.そのためヘリ斜め写真の判読からの 岩相の判別・層序の対比などをかなり困難にしている.正面壁の記載は判読可能な部分に限っ て述べる. この壁面上では地質の水平方向への連続性が悪く,岩相の異なるいくつかのブロックに分か れているように見える.ここでは便宜的に櫛ヶ峰,沼ノ平,天狗岩,大磐梯の4ブロックに分 けた.櫛ヶ峰のブロックは既述した. 背後に沼ノ平をもつ壁面には,背後に小火口が認められることから沼ノ平付近の火山活動(噴 火)によると思われる角礫状の溶岩と関連する噴出物が表層付近を 15∼40mの厚さで覆ってい る.最上部は恐らく小火口の縁が欠けた断面を見ている.その下方には何枚も成層した火山灰・ 火砕岩が約 30mの厚さで堆積している.その下位に溶岩層が認められる.八島・千葉(1982)に よると,この溶岩は大磐梯の溶岩の延長にあたるとされている.沼ノ平ブロックは手前の部分 が断層によって 50mほどずれ落ちていることが岩相の対比から判明した. 天狗岩を構成する溶岩は底面が水平だが上部は廻りより高く突き出しており,ベントである と考えられる.この下部は厚い火砕岩および破砕変質の進 んだ溶岩から構成されている. 大磐梯山−小磐梯の鞍部付近では,斜面上部の堆積物は南に傾斜しているのに対し,下部の 図 5-9 崩壊壁岩相判読図(正面壁,櫛ヶ峰∼大磐梯付近) 図 5-10 崩壊壁岩相判読図(左側方崖,大磐梯∼中の湯∼丸山) 89 地層は北傾斜となっていることが実体視判読により読み 取れる.恐らくこれは壁面上部が小磐 梯火山からの噴出物を主体に構成されているのに対し,下部層は壁面より南にピークを有する 山体,恐らく古期磐梯山の噴出物に由来したためと考えられる. 壁面の直下から崩壊源底面にかけては崩壊堆積物があり,まとまった崖面の崩壊によって後 退が進行している. (4)左側方崖(大磐梯∼中の湯∼丸山) (図 5-10) この壁面は崖が分岐する中央付近を境に岩相構成を異にする.山頂に近い壁面南半部では, 露出の一番下部に溶岩層が少なくとも 30mの厚さで露出し,その上に2層に分かれた降下火砕 堆積物と推定される成層構造を持つ堆積物が約 40mの厚さで載る.その上に不整合に,小磐梯 (もしくは湯桁山)を構成したと推定される火砕岩・溶岩・凝灰角礫岩が 100mほどの厚さで 堆積している.この部分では溶岩等の岩相の連続性は良くない. 壁面北半部は,下位に三村・中村(1995)が先磐梯とした,連続性の良い溶岩層が露出してい る.壁面南半部の最下部の溶岩とは露出する標高は ほぼ同じであるが,見掛けは異なる溶岩に 見える.この溶岩層は壁面傾斜の緩急の差から,少なくとも3枚に分かれると推定される.緩 斜部は急冷等による破砕部もしくは火砕岩の薄層からなると推定される.この溶岩層全体の層 厚は少なくとも 9 0mに達する.これは壁面南半部の溶岩とは異なる層序かどうかは分からない. この上に不整合で最大5∼6mの 巨大な岩塊を多く含んだ淘汰の悪い崩壊堆積物(?) が 50∼6 0mの厚さで載っている. 下部の溶岩層のカリウム・アルゴン法年代は約 70 万年の値を示す(三村,1995). この壁は右側方崖から 1.3km ほどの距離であるが,それらを構成する岩相に共通性 はほとん ど見られない.平面上部は小磐梯を形成した新期 磐梯の堆積物と推定される. 5.5 磐梯山 1888 年崩壊源のボーリング調査 山体の構造と 1888 年山体崩壊の要因を見い だす目的で山体崩壊崩壊源の内部のボーリング 調査を実施した.ボーリングは図 5-11 に示す 3 ヶ所で実施した.BD-1 が箱状谷の内部で深度 1 00mまで,BD-2 は崩壊源の脚部付近において深 度 209mまで,BD-3 を崩壊源のほぼ中央におい て深度 100mの掘削を行なった.ボーリングは オー ルコアで掘削された. ボーリングの結果を図 5-12 に示した.BD-1 ではこれまで磐梯山では記載のなかった玄武岩 の溶岩が見つかっている.BD-2 と BD-3 では崩 壊堆積物の直下に凝灰岩ないし凝灰質堆積物が 見いだされている.これらの凝灰岩の出現した 深度は BD-2 で 80mから 85m,BD-3 で 23mから 44mで,これを断面図上に書き入れると図 5-13 に破線で示した位置に相当する.この位置はち ょうど 1888 年の崩壊が生じたすべり面と想定 されるレベルとほぼ一致している.磐梯山 1888 年の崩壊の様に大規模 なすべりが生じるために は広い範囲にわたる剪断層が形成される必要が 90 図 5-11 磐梯山ボーリング掘削地点 あることか凝灰岩層ないしこ の直上の層準においてすべり が発生した可能性を指摘でき る. 5.6 磐梯火山のまとめ 1.1888 年の磐梯火山の山 体崩壊によって出現した崩壊 壁をヘリコプターによる斜め 空中写真撮影を行ない,壁面 の形状の図化とモザイク合成 写真の作成を行なった. 2.壁面の下部が崖錐で覆 われていることもあり,壁面 の観察から は,山体崩壊に直 接つながると考えられる要因 となる事実は発見できなか っ た. 図 5-12 磐梯崩壊源ボーリング柱状(田中ほか,1995 に加筆) 3.山体中心部では著しい 変質が進み,断層・破砕帯な どの断裂系が顕著に認められ る.そのため各壁面での岩相 の対比は困難である.今後こ の図・写真を用いた現地調査 の実施が望まれる. 4.壁面を構成する地層だ 図 5-13 磐梯山ボーリング位置図と凝灰岩の分布 けからでも磐梯火山の形成過 程は複雑な経過をたどって形 成されたことが分かる.それに加えてボーリング調査等多くの成果が得られた.今後,総合的 に火山体の地質構造を把握していく必要がある. 5.崩壊源のボーリング調査からすべり面が想定される深度に凝灰岩層が見いだされ、この様 な層準において山体崩壊に至るすべり現象が発生したのではないかと推定される. 91 5.7 山形県白鷹火山における大規模崩壊斜面の探査 5.7.1 白鷹山の大規模崩壊の概略 白鷹山は山形市の西方 15km に位置する第四紀更新世中期の火山である.白鷹山の山体北半 部 は 大 き く 崩 壊 し , そ の 北 方 に は 流 れ 山 と 湖 沼 群 か ら な る 崩 壊 堆 積 物 が 広 く 分 布 し て い る (図 5-14).古くは「畑谷泥流」として報告されているが,大規模崩壊の概要・発生時期・要因など については不明であった.三村・狩野(2000)は白鷹山の火山層序・形成史について述べている. 白鷹山は図 5-15 に示すように,山体北部に幅約 3km,奥行き約4kmの範囲に明瞭な崩壊地形が 認められる.また山頂の北にやや開析されているが, 明瞭な滑落崖が連続して認められる. 白鷹火山北面の山体崩壊にともなった流れ山分 布域とその周辺には東黒森山,大沼山,片倉山と呼 ばれる比高 100ー150m の円錐丘が分布する.それら の円錐丘のうち片倉山は,内部構造の観察から山体 崩壊起源 の岩屑ブロックと考えられるが,東黒森山, 大沼山は溶岩円頂丘と考えられる.しかし,それら の溶岩円頂丘も,山体崩壊後に岩屑なだれ堆積物を 貫いて発達したとするもの(山形県,1957)や,溶岩円 頂丘形成後それを避けるように山体崩壊が起こった とする考え(宇井・芝橋,1985)があり火山地質学的に 明らかにされていない.溶岩円頂丘とされる東黒森 図 5-14 白鷹山周辺の地質図(三村・狩 山,大沼山を構成する火山岩は,70 万年 B.P.頃の年 野,2000) 代測定値が出され白鷹火山本体(白鷹溶岩:60-80 万 年 B.P)のそれと時代的な差は認められていない(石井・斉藤,1997).また仮に約 70 万年前に起 こった山体崩壊後に岩屑なだれ堆積物を貫い て東黒森山が溶岩円頂丘として発達したとすれば , 明瞭な滑落崖や流れ山地形などの地すべり地形全 体の弱い開析の程度を説明できない. 平成6年度より白鷹山を対象として空中電磁 探査・ボー リング掘削・湖底ボーリングなど各種 の探査手法を用いて山体の構造探査や崩壊年代の 測定など崩壊の発生要因の解明を目指す研究を実 施した. 5.7.2 崩壊源のボーリング掘削調査 白鷹山崩壊に関する断面情報を得るために崩壊 源内においてボーリング調査を行なった.農工研 によって実施された電 気探査の測線に沿った断面 上の4箇所において実施した(図 5-15).これらは 掘削順に ST-1 から ST-4 と名づけた.掘削深度は ST-1 が 150m で,以下 300m, 125m, 85m, までオー ルコアサンプル採取で掘った.基盤の第三系は ST-2 のみで確認されており、他のボーリング坑で は白鷹火山の基底には達していない. 採取されたコアに関してコアの目視観察および 色調調査を実施した.コアの色調調査は岩石や堆 積物の形成条件とその後の環境を反映したもので 92 図 5-15 白鷹山ボーリング掘削位置図 あり,崩壊面の上下で変化が生じる可能性が期待さ れた. 図 5-16 に採取したコア観察に基づくボーリング 柱状図の一部を示す.すべり面の可能性のある箇所 を赤矢印で示したが,ひとつに絞ることは難 しい状 況である.また,4 本のボーリング柱状から推定し た断面図を図 5-17 に示したが,全体を整合 的に説明 できるすべり面は明確には見出せなかったが,現時 点で最も可 能性が高いと思われる線を示した. 5.7.3 堆積域の湖底ボーリング調査 白鷹 火山は,火山体形成後何らかの原因で地すべ り性崩 壊を起こしたが,白鷹山の山体崩壊がいつ発 生した のかはこれまで明白にされていなかった. 火山体の崩壊に伴った崩壊堆積物は北東及び北 方へ流下した痕跡としての明瞭な流れ山地形や湖沼 (閉 塞凹地)群を発達させている.これらの地すべ り性崩 壊起源の湖沼(閉塞凹地)は,その形成直後 から水 没し細粒堆積物の堆積が始まったと考えられ る.従 っ て同堆積物中に広域テフラのような鍵層が 挟在さ れればそれらの年代値をもとにその埋積史を 明らか にできる.あるいは,年代試料や埋積堆積物 中に含まれる花粉化石試料の組成変化から大きな気 候変化を読 みとれれば,世界的な気候変化曲線に対 応させるこ とで火山体の崩壊時期を推定することが 可能となる.このような観点から,白鷹山崩壊の発 生時代を明らかにするため,山体崩壊によって形成 された地す べり凹地である荒沼と板橋沼の湖底にお 図 5-16 白鷹山ボーリングの柱状図 図 5-17 いて湖 底堆 積物のボーリングを行なった. 白鷹山崩壊源のボーリングコアから推定した断面図 93 湖底ボーリングは湖面に浮かべた台 船上から行 ない,厚さ8mの湖底堆積物を シンオール コアで採取した(写真 5-8). いずれも湖 底堆積物の基底を貫き,崩壊 堆積物まで 到達している.採取された湖 底堆積物コ アに挟在するテフラ層の分析 や 14 C年 代 測 定 お よ び 花 粉 組 成 の 変 化 に ついて調査を実施した . 5.7.4 荒沼湖底堆積物 コア採取状態の良かった荒沼の結果 を中心に述べる.荒沼 の湖底で採取した ボーリング 柱状を図 5-18 に示した.試料 写真 5-8 荒沼の湖底ボーリングコア は,最下部に岩屑なだれの一部と考えられる 安 山岩礫を含む.この礫層を層厚 5.5m の泥炭混じ り細粒堆積物が覆い,さらにヘドロ状の底質 物 質が 2m 載っている.分析は,中間の細粒物質に 対して行った. 5.7.5 14 C年代測定 湖成堆積物の炭素同位体法による年代測定 結 果 は 最 上 位 の AR2-2 直 下 で 1,500yr BP, AR2-2 の下位 25cm の位置で 8,700yr BP であ る.AR2-7 直下で 41,175yrBP,AR2-8 直下で 47,699yrBP. AR2-9 上位で 46,699yrBP.を示し た.下位の AR2-8 と AR2-9 では年代値が逆転 す ることから少なくともこれら試料は放射性炭 素年代測定の限界を超えた可能性がある. 5.7.6 挟在テフラの同定 試料中には上位から AR2-1∼AR2-12 までの 12 層 準 に 細 粒 テ フ ラ 層 が 含 ま れ て い た ( 図 5-18).このうち,AR2-3,AR2-4 は同一テフラ である.それらのテフラ層について,岩層記載 およびガラスと主要重鉱物の屈折率測定を行い それらについて既存資料と比較検討した.その 結果,白鷹構成堆積物中のテフラ層は,以下の ように対比された. AR2-1 AR2-3,4 榛名二ツ岳伊香保(Hr-FP):約 1.5ka 姶良-丹沢(AT): 25ka AR2-5 安達良-N1 (Ad-N1):27ka AR2-6 蔵王-川崎 (Z-Kw): 30ka AR2-7 榛名-HP (Hr-HP):40-42ka なお,本堆積物中の火山灰の特徴は,南東北 の安達太火山起源,北関東の榛名火山系の火山 灰を複数含むことである.これらのうち,山形 図 5-18 荒沼の湖底ボーリングコアの柱 県内で 従来 報告の なか った火 山灰 は,Hr-FP, 状図 94 Ad-N1, Hr-HP である.Hr-HPは,直下で測定した 14 C年代 と層序的に調和している.また, 具体的な対比は出来なかったものの 岩石学的に下位のテフラ層のうちAR2-8,AR2-11 は,後期 更 新世の赤城火山起源のテフラ層,AR2-12 は御岳起源のテフラに対比の可能性がある. 5.7.7 花粉分析 湖底ボーリングのコアサンプルのテフラ試料 AR2-12 下位から AR2-7 にかけての細粒堆積物 に対して約 20-30cm 間隔で花粉分析を依頼した(分析者:五十嵐八重子氏).その結果,最下 部 の AR2-12 付近では寒冷期的,AR2-11 付近では温 暖期そして AR2-9 以降再び寒冷化をしめ す花粉組成が現れることが明らかにされた(図 5-19) . 5.7.8 荒沼堆積物の堆積開始時期 白鷹山の崩壊に伴って形成された閉塞 凹地である荒沼の湖底堆積物中の花粉分析から,地す べ り堆積物の上位に寒冷化期,温暖化期を示す層がの り,さらに最終氷期の寒冷化を示す層が 認められる.したがって,白鷹火山の山体崩壊は酸素 同位体比変化曲線の Stage 6 頃にまでさ かのぼると推定される.湖成堆積物直下に山体崩壊に よる岩屑が見いだされることからみて, 白鷹火山の崩壊発生時期は三村・狩野(2000)の報告に ある 70 万年前までさかのぼらせることに は無理があると考えられる. 図 5-19 荒沼湖底ボーリングコア花粉分析結果(分析者:五十嵐八重子氏) 5.8 白鷹山調査のまとめ 白鷹山の崩壊源内に おいて4本のボーリングにより掘削採取したボーリングコアの観察およ び色調調査からは必ずしも明確にすべり面深 度を推定することはできなかった.しかし白鷹山 の崩壊発生年代が白鷹山火山の噴出年代より かなり新しい時期に発生したことが明らかとなっ た.発生時期が白鷹火山を構成する岩石の年代より数十万年後というかなり若い時代を示すこ とから,火山活動が山体崩壊発生の原因となったことは考えにくく,地震ないし地下水上昇な ど別の要因を考えた方が良いと思われる.火山活動に次 いで要因の可能性のある地震について は確証はないが山 形 盆地の西縁には活断層が南北に伸び ,最短の場所では約 6∼7kmほどしか 離れていないので(図 5-20),状況的にはその可能性が一 番大きいと考えられる.今後,今後他 の探査手法による調査結果を総合し崩壊発生の原因等についての検討を行なうと共に,残留磁 化測定によって崩壊面を明らかにするための分析を行なう予定である. 95 図 5-20 白鷹山周辺の活断層分布(日本の 活断層より) 図 5-21 白 鷹 山 周 辺 の 地 す べ り 地 形分布図 5.9 第5章のまとめ 山体崩壊の発生履歴を持つ火山の中から磐 梯山と白鷹山を調査対象にして、ボーリング掘削や 崩壊壁の斜め空中写真撮影と図化など各種 調査手法を用いた調査を行なった.磐梯山ではヘリ による斜め写真からの崩壊壁の図化を行な うともに写真判読により詳細な岩相図の作成を行な った.また 1888 年の崩壊源内で掘削したボ ーリングコアの調査から凝灰岩の層においてすべり が発生した可能性を明らかにした. 白鷹山においては岩屑なだれ堆積物中の ボーリング掘削に加え岩屑なだれ堆積物内にある 湖 沼堆積物のボーリングを実施した。地上ボ ーリングではすべり面の位置は明確に確定出来なか ったが、湖底ボーリングによるテフラ同定 ・花粉分析によって崩壊発生年代は従来考えられて いた 70 万年前より大幅に若返り、およそ 10 万年前であることが明らかとなった.そのため崩 壊 発生原因として火山活動は考えがた く、 地震などの可能性が高くなった. 96 第6章 開析過程に基づく火山体の分類 八 幡 平 の地 すべりと岩 手 山 6.1 はじめに 火山には 様 々な種類があり,それぞれの活動 史が異なることからその地形・地質状況は異な る.急峻な山体を持つ火山もあれば比較的なだらかな山 容を持つ火山もある.そのため火山地 域で起きる土砂災害は火山ごとに違った様相 で発生している.岩手山のように山麓の岩屑なだ れ堆積物の分布から7回以上山体崩壊を 起こしたと考えられる火山もあれば,大規模な地すべ り地形を数多く抱える八幡平の様な火山もある.また豪 雨の際に小規模な崩壊を無数に発生さ せ下流に土石流と水害をもたらす火山もある.土砂災害 の発生は火山体が開析される過程の中 で生じる個々のイベントを見ているにすぎないが,個々 のイベントは火山体が開析される過程 に依存しているのではないかと考えられる.そして開析 過程の種類によってそれぞれの火山で の土砂災害の様相が違ってくると考えられる.こういっ た開析過程の相違は火山毎の地形発達 史やその中で生まれてきた地形・地質的状などに依存し ている可能性が考えられる.そこで火 山をその開析過程の違いから分類し類型化が可能になれ ば,発生する可能性の高い斜面変動の 種類をあらかじめ絞り こむこ とが可能となり,火 山災害予測図(ハザードマップ)の作成に寄 与 するなど斜面 防災上に おい て 有益であ る と考え られる. ここでは火 山の開 析過程に基づいた分 類を試みると同時に,開析過程の違いがどういった要 因 よるのかについての検討を試みた.その 結果,まだ十分な分類・類型化には至っていないが, そ の端緒ともいえる成果を得たので,その 一旦を紹介したい. 6.2 研究手法と研究対象 これまでの火山の分類方法には成層火山・楯 状火 山・溶岩台地などの地形的な相違に立脚 し た分類やマグマの化学的性質を基準にしたソレ アイ ト型, カルクアルカリ型といった地質的特 97 徴からの分類などいく通りかの分類法が提案され,実際的にも広く用いられている.しかし, 土砂災害に関わる山体の開析過程に基づいた明確な分類はなかったと思われる.守屋(1979)の 火山発達史的分類は開析過程についても考慮に入れた分類ではあるが,どちらかと言えば山体 の形成過程の方に 重点をおいた分類である.そういった意味で開析過程に絞った分類の余地が 残 されているし,斜面防災の観点からはむしろそういった分類が必要でないか考えられる. 開析過程に基づく分類を行なうには,まず実際に各火山で生じている斜面変動の種類と発 生頻度を把握する必要がある.そのため火山ごとにどういった斜面移動現象が卓越しているの かを調べ,火山ごとにその傾向を見いだすことにした. そしてその結果いくつかの類型化がで きた段階でその種別ごとに共通点を 見いだし,異なる開析過程の火山間にどういった相違点が あ るかなどについて検討を加えた. 火山ごとに斜面変動の種類と傾向を調べるにあたって問題となるのは火山体が開析していく 過程で発生する斜面変動のタイムスケールに比べて我々が歴史時代を含めて収集した災害事例 の時間スケールはかなり短すぎてギャップがあることである.かなり信頼性のあるデータが得 られている期間はおおよそ 400 年前以降であり,ひとつの火山体の寿命−数万年∼数十万年と 比べても余りにも短い.各火山で発生している土砂移動現象を同一条件で比較するためにはあ る程度長いタイムスパンをとる必要がある.第3章で見てきたように火山地域においては大規 模なものから小規模な変動まで含め多様な土砂災害が頻発している.火山ごとにどういった種 類の土砂移動に起因した災害が起きているかを調べる上で小規模な土砂移動現象はその痕跡も 明瞭でなくしかも短時間で失われることから年月が経つと検証が困難になるため科学的に同じ 条件で比較検証するのは容易でない.一方,大規模な地すべりや山体崩壊は変動によって形成 された地形や移動物質の規模が大きいため長い時間残される.その様な理由から,ここでは古 い時代に発生した現象をカウントすることが可能で長期間にわたって比較検証が可能な大規模 な土砂移動現象として大規模地すべりと巨大崩壊をとり上げて検討することとした. 比較を行なう対象地域に関しては,本来は日本列島全体を対象とするのが良いとの考えもあ るが,火山数が多すぎて解析のためのデータ収集がかなり膨大な作業になること,また対象地 域を広げると気候条件など他の要因にも左右されるという点などからある程度地域を絞って解 析することとした.日本列島の中でも東北地方には火山が比較的多く分布している上に,旧国 立防災科学技術センター(現防災科学技術研究所)によって作成された地すべり地形分布図(第 1集∼第6 集;国立防災科学技術センタ−研究資料)が発行されている.また既に発表 した様 に東北地方のいくつかの火山体については山体崩壊・岩屑なだれの発生に関してまとめたこと があるなどを勘案して対象地域と してここでは東北地域の火山体に絞って,火山体の開析過程 の特 長と土砂災害発生の関係について考察した. 東北地方に は第四紀火 山が 44 火山分布しているが,目潟などを除く 31 火山について検討を 加えた. 6.3 各火山において卓越する開析過程の調査 日本火山図(地質調査所,1977)によれば,東北地方には 44 の火山が存在している(県境にま たがっている那須岳を含めた).このうち土砂災害発生にあまり関係ないと考えられる山頂の標 高が 300m以下の火山を除くと,31 の火山が存在している(表 6-1). これらの火山に対して,大規模地すべりの数と岩屑なだれの発生数をカウントした.大規模 地すべりについては,清水(1984)の基準に従って,防災科学技術研究所で発行した地すべり地 形分布図上において最大幅が 1km以上の移動体を持つ地すべり地形をカウン トした.また山 体 崩壊−岩屑なだれについては第4章で調査した結果から東北地方の火山の分を抜き出して用 いた.山体崩壊の発生に関しては第4章においてこれまでに調査済の一覧表に基づいてカウン トを行なった. 98 表 6-1 東北地方の火山における大規模崩壊と大規模地すべりの発生状況一覧表 6.4 調査結果 調査結果をまとめたものを表 6-1 に示す.表には,東北地方に分布する 31 の火山において大 規模な地すべり・岩屑なだれがそれぞれ何回発生したかを示している.表 6-1 に示した大規模 地すべりと山体崩壊の発生数から火山ごとに両者の発生数の分布状況を図 6-1 に示した.表及 び図でも明らかなようにプロットされる点はどちらかの軸に沿ったものが多く,その中間で両 方が多数発生したという火山は少ない.この様に東北地方の火山体では明らかに地すべりか山 体崩壊のどちらかが卓越して発生するという傾向が示された. 99 図 6-1 各火山における岩屑なだれ の発生数と地すべりの数 図 6-2 各開析型火山の分布状況 このことから東北地方の火山体を, (A).山体崩壊・岩屑なだれが卓越するタイプ, (B)大 規模地すべりが卓越するタイプ,(C).両者共に発生が認められるもの,(D).いずれの現象 も起きた痕跡が不明瞭で判定できないものの4通りに分けることができる.ここではタイプ (A)を山体崩壊−岩屑なだれ解析型の火山,タイプ(B)を地すべり開析型の火山,タイプ Cを中間型の火山とし,それ以外を不明火山として表 6-1 の欄に示した.山体崩壊−岩屑なだ れ開析型の代表的な火山は北から岩木山,田代岳,岩手山,七時雨,鳥海,磐梯山,那須火山 などがある.また典型的な地すべり開析型の火山は,八甲田,八幡平,焼石岳,栗駒山,船形 山,吾妻などの火山をあげることができる.中間型の火山は秋田駒ヶ岳,蔵王および安達太良 火山である.また不明とされる火山は,恐山,高松岳,寒風山,葉山など比較的古い火山が多 く見られる. 6.4 火山体の開析タイプの特徴と相違点に関する検討 次にこれらの火山の分布状況と各開析型の火山の特徴について比較検討を行なった.まず, 各型の火山の地理的な分布状況を確認するために開析型に応じて色分けした分布図を作成した (図 6-2).図によると,大規模な地すべり地形が卓越する火山は東 北の脊梁山地に沿って分布 していることが明白である.一方 の山体崩壊−岩屑なだれ開析型の火山は脊梁山地上にも分布 しているが ,鳥海山や岩木山などの様に脊梁山脈以外の地域にも分布している. さらに地理的分布以外にも,両タイプ間にはどのような相違点があるのかについて検証する 100 ため,各火山ごとに山頂標高,基盤標高,活動火山か否か,最終噴火年,SiO2%, 山体中の温泉 数,など地形地質条件,山体形状,基盤条件,付帯状況などに関して調べた(表 6-1).そうい った諸点の比較から両者の火山に要因につながる相違を見出すことを試みた. (1)岩屑なだれ開析タイプの火山の一般的特徴はその山体の形状が円錐形の典型的な成層火 山を呈する ことが多い.そのため蝦夷富士(羊蹄山)や南部富士(岩手山),津軽富士(岩木山), 会津富士(磐梯山)の様に「〇〇富士」と呼ばれる火山が多い.一方,地すべり開析型に分類 される火山の多くは成層火山とされているが,富士山のような典型的な円錐形ではなく,八幡 平の様になだらかな山体の形状を持っている. (2) 岩屑なだれ開析タイプは基盤標 高が比較的低いにもかかわらず火山標高は比較的高く, 平 均体積も大きい.また活動時代が比較的若い火山が多く,そのためもあって活動火山の比率 が高く,歴史時代に活動記録がある火山が多い.一方地すべり開析タイプの火山はほとんどが 東北脊梁山地に沿って分布しているように比較的基盤標高が高い位置に形成された火山が多く, その割に山頂の標高は高くない.そのため火山岩層の層厚は比較的薄いと推測される.こうい った火山体での一部の地すべりは,火山岩中ではなくその下位の基盤の堆積岩の中で生じた可 能性がある.また歴史時代に活動記録がなく,比較的古い火山が多い. 表 6-2 岩屑流タイプの火山と地すべりタイプの火山の比較 山 体 崩 壊 -岩 屑 流 開 析 型 火 山 主な火 山 体 名 山体の形状 温 泉 変 質 ・地 熱 地 帯 火山の冷熱 火山活動 火山体の位置 基盤標高 地すべり開析型火山 磐 梯 ,岩 手 ,岩 木 ,富 士 ,南 八 八 幡 平 ,八 甲 田 ,船 形 , 焼 石 , ヶ 岳 ,駒 ヶ 岳 ,羊 蹄 ,赤 城 栗 駒 山 ,吾 妻 ,無 意 根 円 錐 形 ,急 峻 ( 〇 〇 富 士 ) な だ ら か ,複 数 の ピ ー ク 少 数 ,低 温 ( 地 下 水 ) 豊 富 ,高 温 あまり発達せず 発 達 ,顕 著 ∼ や や 顕 著 冷たい火山 熱い火山 活 発 ,活 動 火 山 が や や 多 い 活動記録がない古い火山 盆 地 ,低 地 に 多 い .独 立 峰 に近い 脊稜山地など比較的山地に 出来た火山 低い 高い 山体の体積 一般に大規模 中規模程度 SiO 2 % 49∼64% 50∼63% (3) 山体崩壊−岩屑なだれ開析型の火山では地熱地帯の発達はあまり顕著ではなく,山体の 周囲に分布する温泉も比較的少ない.温泉があっても比較的温度の低い温泉が多い.羊蹄山の 吹き出し湧水や富士山の柿田川湧水などのように山麓部で良好な湧水を出している火山が多い. それに対し地すべり開析型の火山では火山およびその周辺に温泉をもつ火山が多数見られ,八 101 甲田 ,八幡平などのように火山変質地帯や地熱地帯が発達している火山が多い. (4) 山体を構成する火山岩のS i O 2 化学成分に関しては両者に明確な差異は認められない.山 体の体積は山体崩壊岩屑なだれ型の方が大きい. (5) 火山体を構成する火山堆積物の種類とその量比に関しては,全火山を比較できる資料が なく明確な比較はできなかった. 以上の対比結果をまとめたのが表 6-2 である. 6.5 各開析型と斜面変動に関する考察 以上の相違から,多少大胆に各開析過程の発生要因を考えてみたい. 両者の違いのうち顕著に目立つものは,火山がそびえる位置と水文地質構造の相違である. 岩屑なだれ型の火山では温泉が少なく,山麓から銘水に選ばれるような湧水が湧き出る火山が 多いようである.一方の地すべり型の火山では温泉の噴出が顕著である. 一般に火山体に降った雨は大雨のときには一時的に大量に流出するが,基底流量が少なく普 段は水無川が多い.雨水の大半は地下に浸透してあまり地表には出てこないようである.火山 体中に浸透した雨水の経路は開析型の違いによって違っている可能性が考えられる. この違いはまず山体崩壊・岩屑なだれを起こしやすいタイプの火山の多くは比較的基盤が低 い位置にあり,山体は厚い火山岩層から構成されている火山である.その中には火山岩の層が 厚く成層構造も発達し,磐梯山の崩壊壁で見て来た様に溶岩,降下火砕岩,流下採石物など透 水性や強度,密度が大きく異なる層が何層も重なり合っている.そして活動年代が比較的若い ためそういった堆積構造はさほど乱されてはいない.地下水は火山体中の火砕岩などの層準を 不透水層としてその上部に滞留しゆっくりと火山体の堆積構造に沿って山麓に向かって流下し, 山麓に名水としてわき出る.割目の多い溶岩や空隙の多い軽石層などの層準には地下水をため やすい.そういった山体構造や水文地質構造を持つ火山のうち比較的活発な火山活動を起こし ている火山においては地震やマグマの活動のよって不安定化し崩壊する可能性が大きいと考え られる. それに対し地すべり開析型の火山は,基岩の弱線に沿っていろいろな場所に火口の位置を変 えることが多いためなだらかな山容を作る.同時に基盤のレベルが高いため溶岩などの噴出物 は火口から遠くまで流下することから山体を構成する火山岩は相対的に薄い.また地質構造も 基盤の形状に沿って複雑になり地下水を胚胎しにくい構造をもっている.古い火山が多いため 断裂が多く発達し雨水は火山体の亀裂などを通り基盤中に浸透するため熱源により近い所まで 浸透する.そのため地下水が温泉水となって上昇し火山岩に変質などが生じると考えられる. そうなると変質粘土などが形成されて融雪など火山活動に関係なく地すべり変動が生じる可能 性が大きくなる.また清水(1985)が指摘したように,なだらかな山体に発達した小氷河あるい は万年雪渓卓越していたことも地すべりの要因であると考えられる. 今後は,日本のほかの地域や外国の事例など他地域における火山でも同様の傾向があるかど うかを調べると同時により小規模な斜面変動についても同様の解析を行なう必要がある.さら には火山の発達史等などの時間軸を含めた開析過程の変遷等も考えに入れていく必要がある 6.6 本章のまと め 火山体がどのような開析過程によって解体されていくのかは,その火山で生じる斜面変動, ひいては土砂災害の発生の様相を大きく左右する.火山地域で発生する土砂災害の種類を予測 するために,火山体の開析過程の種類とその要因を解明する目的で,東北地方に分布する30 の火山体を対象に大規模地すべりと山体崩壊・岩屑なだれの発生回数を比較することで大規模 斜面変動による開析過程を調べた.その結果,火山体の開析が主に山体崩壊・岩屑流によるも のと大規模地すべりによるものに分けられることが分かった. 102 次に,両者の相違が何に起因するかを明らかにするために,地形・地質・地 下水などの 地形・ 地質,水文地質などの条件の比較を行なった.その結果岩屑流タイプの火山は溶岩・火砕岩の 互層から成る円錐型の火山であり,山麓からの湧水が豊富な火山である.一方,大規模地すべ り開析型の火山は溶岩が卓越し,温泉・変質帯の発達の顕著な火山である. 以上から岩屑流タイプの開析は,地下水の通り道として飽和していた火砕岩層が地震や火山 活動により剪断や破砕によってすべり面となり,すべり面付近で液状化によって一気に加速が 進むのに対し,大規模地すべりは地下での変質が徐々に進むために,ゆっくりと進行するので はないかと推定される. 103 104 第7章 崩土の運動実験による斜面運動の様式と要因 7.1 はじめに 7.1.1 研究目的 地震・豪雨や火山活動などといった誘因によって火山体の斜面構成物は不安定化し,移動を 開始する.そしてこういった斜面変動によって斜面上と流下経路上に災害をもたらす.これは 一般に土砂 災害あるいは斜面災害と呼ばれるが,この種の災害を防止・軽減するためには崩壊 危 険場所の予測,発生時刻の予測に加えて,崩壊土砂がどこまで到達するかについても予測す る必要がある.崩壊土砂の到達範囲を予測するためには,先ず不安定化して移動を開始した斜 面移動体がどのような運動様式をとって斜面を下降するのかを予測しなければならない.しか し運動様式を規制している要因については十分に解明されておらず運動様式を予測することは 難しい. 崩壊発生危険箇所の抽出および崩壊発生時刻の予測に関しては近年研究が進み,実用に近 付 きつつある.しかし発生した後に崩壊土砂がどのように運動しどこまで到達するかを予測する ための研究はやや遅れている.第 3 章で論じたように火山地域では発生する斜面変動の運動様 式が特に多様性に富んでいるためにそういった予測を行なう重要性はよ り高いと考えられる. こういった予測を正確に行なうことができれば到達範囲の予測精度を高めることができ,それ に基づいた避難や立ち入り規制を行なうことが可能となる. そこで火山地域で発生する土砂移動現象の運動様式がいかなる条件と対応し,各々の運動様 式 に関して移動土砂の拡散の違いを解明することを目的に実験的な研究を行なった.ここでは そういった運動様式に関 して実施した実験的研究について述べる. 本章の研究は火山地域だけでなく一般的な土砂災害にも適応することを目的に行なったも の であるが,特に火山地域では岩屑なだれを含め多様な斜面移動現象が起きていることを念頭に おいて実施した実験研究である.そのため本実験の成果は火山地域の斜面変動について考える 上で参考になる結果と言える. 105 7.1.2 研究手法 地すべりや崩壊で生じた土砂の運動形態について的確な予測を行なうためにはその個々の運 動に至る要因とその運動メカニズムを解明する必要がある.しかし,実際の斜面変動は我々の 目の前で発生することは稀であり,自然状態においてその運動の実態を捉える には今のところ 偶然のチャンスを待つしかない.どこで発生するかを予測出来ない現象については研究対象と するのは難しい.そのため様々な運動状態を間近で観察するには実験的な手法が有効である. 不安定化し移動を開始した斜面物質(以後は斜面移動体または崩壊土砂と記述)の移動の仕 方は種々様々である.斜面 運動には高速で移動するものから,ゆっくり移動するものもあり, また短時間で停止するものから長い時間にわたって移動が続くものもある.また全体が一体と なって移動するもの,移動体が破壊されいくつかのブロックに分かれるものなど様々な構造変 化を示す.このように土砂災害を引き起こす移動体の運動様式は多様性があるため,土塊の到 達範囲を一義的に予測することは難しい.そのため崩壊土砂の到達距離や堆積範囲を予測する ためにはどういった運動様式が生じるかを予測した上で行なう必要がある. しかしどういった条件下でどの様な運動形態が生じるのかについての予測するための研究 は十分ではない.しかも運動様式についてメカニズム等の把握が為されなければならない.そ の上に各運動形態の運動のメカニズムを明らかにして行くことが求められる.本論文では前段 階としての運動形態について実験に基づき考察を行なう. この実験では斜面変動によって移動を開始した崩土が斜面上をどのように変形しながら運動 し,どのように堆積するのかを検証し,それに基づいて斜面変動の分類を試みた.また崩壊し た土砂の性質と,運動のタイプとの間にどのような関係があるのかを基礎的な実験により検証 する.さらに高速運動はどのようなメカニズムで起きるのかなどの問題についても検討を加え た. 7.1.3 実験のねらい 崩壊土砂がどのように運動しているかについて研究するにあたって,先ず問題となるのは, 現実の災害を起こした斜面運動の実態がほとんど捉えられていないということである.特に速 度の速い斜面変動に関しては焼岳や桜島などにおいて実施された土石流観測を除くとほとんど 研究例はない.そのため,実際にどのような現象が生起しているのかはほとんど明らかにされ てこなかった.これまでに斜面運動のモデルは多く提案され,それに基づいた運動のシュミュ レーションが行なわれているが,現実の裏付けは必ずしも明確ではない.その多くは堆積範囲 など明らかにされた数値を説明するために適当な値を入れているのに過ぎない.土塊がどのよ うに運動するかは実際の現象の観察が先決である.現実の運動では思いがけない現象が起きて いる可能性もある.しかし,自然状態にある斜面の移動現象を実際に観察することは偶然の機 会をとらえるしかないためきわめて難しい.焼岳や桜島の土石流のように同じ沢において多発 するものを自動観測によって観測された例が2・3あるが,土石流以外の運動については偶然の 機会をとらえるしかない.そのため斜面上を移動する土砂の運動を理解するためには実験を行 なって運動を観測する以外には適当な方法がない.実験と現実とでは現象の規模はかなり異な るとはいえ,実際の斜面運動を観察することは大いに参考となる.また運動にかかわる現象の 本質を捉えなければ相似律を決めることも出来ない. 以上から,高速移動状態にある移動体(土塊)の挙動を観察し,運動状態の種類および個々 の運動状態のメカニズムを明らかにすること目的に実験を行なった. 7.1.4 本章で用いる用語の定義 本論文で用いる用語について述べる. 崩土 は地すべり・崩壊などによって移動を開始した 岩石や土砂を指し,岩質の硬軟・破砕されているか否かを問わない.主として移動状態にある ものを指し,停止後は堆積土砂または堆積物と呼ぶ.崩土(斜面移動体)の移動の様式(仕方) を 運動形態 と呼ぶ.実験に用いた砂で作成した供試体の初期状態を「土塊」と呼ぶ. 106 7 .2 斜面崩土の運動に関するこれまでの研究成果 地すべり・崩壊等の土砂災害,斜面災害に関するこれまでの研究は,斜面の不安定化の機構 の解明や,移動開始の時刻の予測など斜面の安定性に関する研究が主体であった. 不安定化した斜面の移動様式の分類に関しては,Varnes(1978)が移動の様式と移動物質に基 づいた分類を行なっている.これは斜面変動に関する基本的な分類であるが,運動速度とか到 達範囲などに焦点を当てたものではない.運動に焦点を当てた分類としては不安定化の種類と 粒度組成に基づいた Sassa(1985)の分類がある. 移動前後の地形諸量から運動の滑動度について検討した Scheidegger(1973) は,崩土の移動 断面の落差と移動距離の比が平均的な摩擦係数に等しいことを述べ,その値は崩壊土量が大き くなるにしたがって小さくなることを明らかにした.森脇(1987)は崩壊源のすべり面勾配が滑 動時の等価摩擦係数と相関関係があることを明らかにし,両者の関係を導いた.これを用いる ことによって到達距離の予測が簡便に出来るとしたが,その適合範囲については狭義の地すべ り的な運動様式に限っている. 実験的に崩壊土砂の運動を検討した研究としては,中野ら(1986)の報告があるが,これに よると流下時の抵抗として摩擦係数のみを考慮した場合は合致せず,雪崩の運動に適応されて いる乱流抵抗係数を含んだ式を用いて表わすのが適合性が良いとされている. 個々の運動形態の移動メカニズムに関して,移動体内部の力学的(土質力学的)状況を動的 に解明しようとする研究は比較的多く行なわれている.海堀(1986)は高速運動を行なう土塊の 間隙水圧の変動が流動化の原因であると論じた.高橋(1985)は土石流の運動について,数値モ デルの検討を行ない,ビンガム流体ではなくダイラタント流体に近いモデルを提唱した.さら に巨礫が土石流の前面に集積する機構についても解明を試みた. また最近では岩屑なだれの運動を解明するために移動体を小さな粒子が集合したとして扱か う粒状体の数値解析の研究が盛んに行なわれている.これはマスの拡散や移動体の厚さなども 同時に分かるため実際の運動を近似するのに近い解析である.しかしこの方法は粒子間の反発 や粘着力をどの様に見積もるかが鍵であり,未解決の問題も多い. しかし,いずれの研究でも,流下に伴って横方向に崩土がどれくらい拡散し,堆積域の幅が どうなるかについて論じた研究はない.また多くは解析のやり易いような手法を用いており, 実際の運動に立脚した運動モデルは皆無である. 7.3 実験手法 7.3.1 実験装置および実験方法 この実験の目的は斜面上を下降運動する物質の挙動とその堆積範囲など災害に関わる諸条件 を明らかにすることであり,静止状態から変動に至る不安定化の過程に焦点をあてたものでは ない.これまでの実験方法では実験対象である土塊を運動させるために模型斜面の勾配を徐々 に上げていくとか,表面から降雨を与えて不安定化させるなどの手法がとられて来た.しかし この実験では通常は斜面変動の発生源より緩い勾配である流走路上での土塊の状況を観察する もので静止状態から運動を開始し得ない勾配,含水条件下にある移動体についても運動状態に する必要がある.急勾配斜面から実験対象の勾配へと緩くする際に斜面からの余計な力を供試 体が受けるという問題が生じる.また水を加えて流動化させる方法では特定の水分状態での実 験しか出来ない.そのため強制的に土塊に初速を与える装置を考案した. 実験装置は,土塊に初速度を与えるために考案した加速部と,滑り落ちる土塊の挙動を観察 するための実験斜面の二つから成る(図 7-1). 107 土塊整形 用型枠 台車 写真 7-2 実験模型の加速用台車(供試 体土塊の整形中) 加速部は,台車とそ れを誘導して滑走させる二 本の線路から構成され る.台車は表面が平滑なス テンレス板をかぶせた 4輪の戸車で滑走する台車 で,この上に実験の供 試体である土塊を載せて, 線路上を滑走させる. 台車の後ろはロープで結ば れており,実験斜面に ぶつかる直前で停止するよ うに長さが調整されて いる.台車を乗せる線路は 流走斜面 25°勾配 実験斜面の上部側に斜 面と同じ勾配で,かつ土塊 を載せた台車の上面が 実験斜面とほぼ同一面にな るように設置されている. 加速された土塊が運動する実験斜面の勾配は 25 度,斜面長は5m,斜面の幅は 90cm である(写 真 7-1).表面は塗装によって滑らかに仕上げられ ている.その表面形状は,平面であるので,地形 条件として崩土の運動に関与するのは勾配と摩擦 写真 7-1 実験斜面の全景 だけになり,そのため最も単純な実験を行なうこ とができる. 斜面上を運動する土塊 の状況を記録するために, モータードライブを装着 したカメラとビデオカメ ラによって撮影を行なっ た. 実験に供する土塊は, 砂などの粉状の実験材料 に所定の含水比になるよ う適度な水を加えてよく 撹拌したあと,型枠を用 いて,台車の上に底径 図 7-1 30cm の円錐台形(市販の 実験斜面の模式断面図 プリンとほぼ相似)に成 型した(写真 7-2).成型された土塊を載せた台車は,設定した実験初速に応じた位置にまで引 108 き上げる.実験開 始の合図と同時に,支えていたロープを離す事により,台車は土塊を載せた まま重力によって滑走を開始し,次第に加速してゆく.台車は支持ロープによって斜面直前で 停止するが,台車の上に乗せられた土塊は慣性によって運動を続けるため,実験斜面の上に乗 り移る.この時土塊は滑走区間で失った位置エネルギーに相当する運動エネルギーに相当する 速度まで加速されている.台車の表面にはステンレス板を張り,摩擦係数を小さくしてあるた め土塊はほとんど減速しないでスムースに滑走斜面上に乗り移ることができる.実験斜面に乗 り移った土塊は斜面から摩擦抵抗を受け,それに応じて土塊内部にも応力変化を生じて変形や 破砕など状態変化を生じ,あるいは変形せず,速度を減じて停止・堆積する.その過程はビデ オとカメラで記録される. 7.3.2 実験材料および条件 前述した目的のためには様々な条件下での運動実験を行う必要がある.種々の条件下での土 塊の運動状態を見るために,実験材料,含水率,初速度,土層厚を変化させて実験を行なった. 全ての条件の変化を組み合わせて実験すると回数が膨大になるため,実験材料 ,初速度,土層 厚については基本的な条件を設定し,うち1つの条件のみを変化させていくという方法で実験 した.含水率については一定値にすることが困難であることから別扱いとした. 実験で標準的に用いた材料は,平均粒径 0.5mm,比重 2.72 の中粒砂である.中粒砂の実験と 対比するために一部の実験には淘汰の良い粗粒砂,細粒砂,粘性土(関東ローム),カオリン粘 土,フライアッシュなどを用いた実験も合わせて実施した. 実験では円盤状に整形した土塊を台車の上に実験土塊の厚さは9cm を標準とし,4.5 cm から 18cm まで 4.5 cm おきに変化させた.厚さを変えることによって土量が変化し,また底面にお ける垂直抗力が変化する. 初速 度は,台車の滑走距離を変えることによって変化させた.滑走距離は 60cm を標準として, 30∼ 120cm まで 30cm おきに4段階に変えて初速度を変化させた.線路上を滑走する台車への 摩擦を無視した場合,初速度は秒速 1.58mから 3.14mまで変化すると期待される. 土塊の含水量は,風乾させた材料に加える水の量を調整して変化させた.実験の性格上,土 塊成形後に型枠をはずしても土塊が所定の形状を保持する必要があり,このため含水率で4% から23%の範囲で変化させた.この範囲外では土塊は自身で形状を保つことができなくなる. 土塊の成型後,その一部を採土円筒でサンプリングを行ない,含水比と乾燥密度を求めた.土 塊を整形した段階での平均乾燥密度は 1.45∼1.60 である. 7.3.3 観測 滑走中の実験土塊の運動状態は,ビデオカメラおよびモータードライブ付きの 35mm カメラに よって映像記録として収録した.実験後にこれを細かく解析することによって運動時の現象の 解明を行なった.停止・堆積した土砂の堆積状況は,実体視可能なペア写真の撮影を行ない, スケッチによって堆積状況の記録を行なった.また堆積した崩土の先端,後端の位置,堆積長, 堆積幅の計測を行なった. 109 7.4 実験結果 7.4.1 運動形態の種類 斜面上を滑り始めてから 停止するまでの土塊の変形 の状況と堆積した形状を記 録したビデオテープと記録 写真を用いて分析し,実験 過程でどのような運動様式 が生起したかに基づいて崩 壊土砂に関する運動の分類 を試みた.運動様式は土塊 がどのような変形過程をた どったかを第一基準にして 5つのタイプに分けること ができた(図 7-2) .それら について順次述べていく. (1)タイプA(底部拡散型運 動): これは土塊の底部から土 粒子を前後左右に拡散しな がら流下運動するタイプの 運動である.堆積範囲は楕 円形に大きく広がり堆積深 は薄い. <運動時の状況>写真 7-1 に示すように,土塊は次第 に 拡散しながら運動するが, 土塊全体が一気に 分散する のではなく,すべり始めの 時点では土塊の下部から分 図 7-2 実験で生じた運動様式のタイプ別模式図 散が起きはじめ,それが徐々に全体に広がっていく.土塊の下部は個々の砂粒子が分散状態に なり,それが層状になって薄く四方に拡がっていく.土塊の上部は運動の初期においてはほぼ 原形を保持したまま,砕けて分散している下部層の上にあたかも浮かんでいるかのように乗っ た形で移動していく.この時,運動中の土塊は2つの異なる運動形態の部分に分かれている様 に見える.移動が進むにしたがい,最初原形を保っていた土塊上部も横方向に亀裂が入ってブ ロック化し,前後及び左右に分散していく.堆積は後方から始まり,土塊の先端部は最後まで 運動を続ける. <堆積形状>全体の堆積形状は楕円形に拡がっている.全体的には砂粒が 一様に分散してい る部分が主体であり,この堆積厚は2∼4cm 程度である.この上に1∼2cm 大の土塊の小ブロ ックが多数散在している.このブロックは,移 動中に砕けた土塊の小片である.これは堆積範 囲の全体に一様に分布するのではなく,上に凸の孤状の形に並ぶように何か所かに分かれて偏 在している. 110 写真 7-3 底部拡散型の運動状態を示す連続 写真 (2)タイプB(土塊内部の多重滑り):土塊は その後方から円弧状の剪断滑りを生じ,前後に長 く堆積する.横方向への拡散は拡散型に比べ 小さい. <運動時の状況>これは写真 7-4 に示すよう に,運動中に土塊の内部に多重のすべり面が 生じ,土塊は移動方向に伸びてゆく.すべり によって取り残された土塊の後方部分から順 次停止・堆積させながら前方上部の土塊は運 動を続けて行く.多重すべりが生じた直後の 状況を写真 6-5 に示したここでは 3 つほどす べり面が生 じている.すべり面は平面上ない し円弧状を呈するが底面近くで垂 直に曲げら れている.土塊は多重すべりによって厚さを 急速に減じて後方から 堆積が進んでいく. <堆積形状>堆積形状 は一般に不規則である. 堆積物はタイプAのよ うにバラバラに分散し た状態の砂粒は少なく ,ほとんど が割れてブ ロック化した小土塊がそのまま残って堆積し ている.そのブロック の大きさはタイプAよ り大きいため堆積物の 表面の凹凸は激しい. ブロックの一部には滑 ったときの条線が残っ ている.堆積物の主要 な部分は堆積範囲の比 較的前部に位置する.横方向への拡散はあま り顕著でない. 写真 7-4 多重滑りタイプの土砂運動 111 写真 7-5 多重滑りタイプの土砂運動 (3)タイプ C(垂直分割型スライド):土塊全体は底面ですべりつつも移動中に垂直の割目が生 じて前後に分散していくタイプの運動.到達距離は大きくない . <運動時>次に述べるタイプDの運動と同様に土塊は底面で滑る.しかし土塊は滑走中にその 底面に垂直の割目が横断方向に生じて複数のブロックに分割しつつ運動する.大きなブロック の周りから一部土砂が分散し て広がるがその土量は多くはない.後述するタイプDの運動に似 ている点もあるが,タイプDと異なり土塊の強度が不足しているために分割された様に見える. 写真 7-6 垂直分割型スライドの運動状況を示す連続写 <堆積形状>堆積物の主要部分は数個に分割された土塊の断片である.分割した土塊のブロッ クは,前後に分散してその間を土塊から分散した土砂が薄く堆積している.横方向への拡散は ほとんどない. この運動に対しては,垂直分割型スライドと名づける. 112 (4)タイプ D(底面 スライド):土塊はほとんど変 形しないまま土塊の底面 と斜面と間の滑りが主体 の運動. <運動時の状況>写真 7-7 に示す ように土塊はほ とんど変形を起こさず,原形 を保ったまま底面と 滑走斜面との間で滑っている .停止直前に土塊の 前縁部が toppling を起こし て前方に倒れ込む場 合もある.また含水率が高い 場合は土塊の前方上 面がわずかに下方に塑性変形 を起こす次にのべる タイプEに移行しかけた運動 を呈する場合もあっ た.運動形態としては土塊が 一 体となってすべり つづけるマスとしてのすべり である. <堆積形状>実験前に成型し た原形のまま停止し ている.場合によっては塑性 的な変形を起こした 状態で停止している場合もあ る. この運動にたい して剛体の滑りで ある底面スライド 写真 7-7 底面スライドタイプの運動 型と名づける. (5)タイプE(流動型):<運動時>土塊は変形しつつ急速に減 速する.しかし完全には停止しないで比較的ゆっくりとした速 度で流れ落ちて斜面下端にまで達する.このとき土塊の通過し たあとの斜面上には泥状化した土を薄く残し ていく(写 真 7-8). <堆積形状>堆積形状は,もとの土塊の直径とほぼ等しい幅で, 前後に長く伸びた形状を呈する.下端部は溶岩流の先端の様に 表面にしわを持ち先端は急崖で地面に接する. 以上が本実験において確認することができた,5 つの基本的 な運動形態であるが,場合によっては2つの運動形態の中間的 なものや,両方の現象が複合的に生じた運動なども生じ ている. これらの5つがマスムーブメントの運動の全てを代表してい るとは考えられない.しかし以上の運動形態が斜面との相対的 速度差がどの部分にどの様にして生じたかによっていることか ら類推して,大まかな分類の全体をほぼ表わしていると思われ 写真 7-8 流動型の運動 る.この分類と実際の崩土の運動との関係については,次節で 検討する. 7.4.2 運動形態の相違 各運動形態の相違がどのような条件のもとで生じたのかを解析するために,実験回数の多い 中粒砂の場合について検討した.図 7-3 に実験条件に応じてどのような運動形態が生じたのか を表わした.図から明らかなように運動形態の相違は主として含水率の変化によって生じてい る.底部拡散型 の運動は含水率が 5%程度の場合に生じている.7―8%の含水率でも初速度が 大きい場合には拡散型になり,同じ含水率でも初速度が遅いと多重すべり型に移行する.含水 113 率が 10∼17 程度の条件の場合多重すべりないし垂直分割型スライド運動を生じる.含水率が 18%以上になると底面スライド型の運動に移行する.この程度の含水率では飽和する状態の直 前であり,サクションの効果によって土塊の強度が増し容易にバラバラにならないと同時に底 面に水が染み出してすべりやすくなると考えられる.さらに含水率を上げると飽和状態に近づ き流動状態になると考えられる. 7.4.3 各タイプの運動の発生メカニズム タイプAの運動は堆積物の主体が個々に分かれた砂粒であることから,層状に広がる拡散層 が主体の運動であったと考えられる,そこでは土塊を構成していた砂粒が互いに分離し,個々 ばらばらの運動を行なっていたと解釈できる.これにたいし上層部は比較的最後までもとの結 合を保ったまま運動を続けていた.この運動様式は,底部の粒子が分散し,それが上部の土層 を支えながらも四方へ拡散して行く運動と認められる.そのため粒子状の運動体の前方へはそ の上に載る土塊上部より高速度で移動する(図 7-2A;速度断面図).一般的には,基盤からじかに 抵抗を受ける下部のほうがより早く減速 すると考えられるが,この運動様式の場 合は逆に下部のほうが速い.この運動様 式では重力による加速以外に個々の粒子 に速度を与える何らかのメカニズ ムを考 える必要がある.このタイプの運動は含 水率が低く条件である一定の速度以上に 達しないと起きないと考えられる.その ため斜面が移動開始の最初からこの運動 は起き ない.おそらく,滑りないし流動 で始まった運動が移動速度の増大に従い このタイプの運動に転化する場合があり , 大規模な場合や火山に多く発生すると考 えられる. タイプBの運動は最初に形成された主 すべり面より上部の移動体内部の弱い部 分で起きるため,崩壊源内で発生するこ とは稀で,それより下方に移動した時点 で発生すると考えられる. タイプDの底面スライド運動は移動体 を構成する土塊が底面での摩擦抵抗によ る剪断力以上の強度を持つ場合に生じる と考えられる. 流動は移動土塊自体が流体状態になる 必要がある.液状化するための必要条件 としては水で飽和することによりサクシ ョンの効果が無くなって構成粒子が分離 図 7-3 生 じ た 運 動 タ イ プ と 実 験 条 件 するとともに間隙水圧が上昇しなければ の 関 係 (上 : 土 層 厚 と 含 水 比 、 下 : 滑 ならない.Eタイプの運動はこういった 走距離と含水比) 状況下で生じるが,この運動では粘性の 効果が大きくなり急速 に減速して粘性に 応じた速度勾配で流下すると考えられる. 114 7.4.4 崩 土 の 到 達 距離と等価摩擦係 数 崩壊した土砂の到 達範囲は,災害を防 止するために予測す べき重要な項目であ る.到達範囲につい てはこれまでその先 端の到達距離が運動 の mobility を示す ので重要視されてき た.防災の観点から は堆積幅も重要な指 標 である.そのため ここでは先端の到達 距離と堆積幅の2つ について検討する. 様々な地形条件下 で発生する多様な運 図 7-4 各運動タイプ別の落差と移動距離の関係 動形態を同一の尺度で 比 較するためには,等価摩擦係数を用いるのが良いとされる(奥西,1984).これは,一般に崩壊 源の上端から堆積域の先端までを結んだ線の勾配の tan ,すなわちその落差(H)と移動距離 (L)の比をとったものである.これは運動経路での平均的な摩擦係数に等しいことは, Scheidegger(1973)によって明らかにされ,等価摩擦係数として地すべりの移動特性を比較する ために広く用いられて来た. そこで本実験の結果についても各条件や運動様式に応じて等価摩擦係数を比較することによ り,運動形態,初速度の変化などにどのような差異を生じたかを比較検討した.この実験にお ける等価摩擦係数は図 7-1 で示したように落差(H)は実験開始前の台車の位置と実験終了後 の堆積土塊の先端との高度差,移動距離(L)は加速用台車が実験斜面の直前で停止した位置 と堆積後の土砂先端の位置との距離の水平成分をして求めた.加速部において滑走中は摩擦抵 抗によるエネルギーの損失がほとんど無視できるのでこの区間の移動は流走距離からは除外す る必要がある.これに対して落差(H)については位置エネルギーの差が効くので加速部をも 含めた全体の高度差をとる必要がある.以上から図 7-1 に示したように全体の落差(H)と滑 走面斜面での流走の移動距離(L)の比をとり等価摩擦係数とした. その結果を図 7-4 に示した.同一シリーズの実験で比較すると,同じ運動様式の場合では初 速度や土層厚を 変化させても等価摩擦係数(H/L)は大きく変化せず比較的 一定の値を示してい る.しかし,運動形態が異なるとその値は異なる.タイプCが一番大きな値を示しており,次 に タイプB,タイプAと拡散する運動様式ほどその値が小さい.Eタイプの運動様式では 25 度の勾配では常に末端まで達するため上記の4タイプとは同列には比較できない. 物理学的な意味合いから考えると実験開始前と後の土塊全体における重心の位置の差に基づ いて(H/L)を比 較する必要があるが,災害を防ぐという観点から考慮した場合には堆積物の 先端までをとった方が実質的な意味がある.すなわちこの 値が小さい運動形態ほど被災域が崩 壊 源からの見通し角が小さくなり遠くまで到達することからより危険である. 115 7.4.5 堆積範囲の拡大について(堆積土砂の拡散 の度合) 崩壊土砂がどの範囲まで到達するかは防災上重要 な問題である.崩壊土砂の堆積範囲は流下 方向へどこ まで到達するかという問題と横方向に拡散することで生じる幅の拡大も重要である. 流下方向での到達距離はそりモデルなど質点的な扱 いでも簡単に考慮できる,横方向への拡散 は到達距離と独立した値となるため別途検証する必 要がある. ここでは実験結果に基づき横方向への拡散 がどういうメカニズムで生じるかを検証した. 実験後の土砂の最大堆積幅(W)を,元の土 塊の幅(直径D=30cm)で割って無次元化し た値(W/30)を用いて各運動様式別に比較 した.ここではそれを拡幅比と呼ぶ.運動形 態別の拡幅比を表 7-1 に示す.このよう にタ イプAの運動では拡幅比が大きく,Bが次に 大きく,C,D,Eはいずれもほぼ 1.0 に近 いというように水を多く含む運 動ほど横に拡 図 7-5 崩土の拡幅比と伸長比の定義 がらずに,水の少ない運動ほど 横方向に大き く拡がる傾向があることを示す結 果となった. タイプAの底部拡散型の拡幅 比は図 7-6 に示すよ う に土塊の厚さにほぼ比例して大きくなる ことが判明した.そのためこの 拡散は垂直応力に応じて大きくなる 関係を持つ運動であると考 えられる. 実験斜面は平面でその横断形 は直線的であるため,斜面の形状に起因する拡散は横方向へ は 生じない.また土塊に最初に与 えられる運動は斜面下方への運動だけである.そのため,崩壊 土砂の横方向の拡散は運動メカ ニズムによって生じると考えられる.そのため,横方向への拡 散に関する評価に適している. 拡幅比と同様に流下方向の堆 積範囲の長さ (L)と元の土塊の直径(30cm)の比を伸長比と呼び, 各実験条件ごとの値を表 7-1 に 示すと同時にタイプAについては図 7-6, 7-7 にも示した.伸長 比の場合も土層厚が増加すると その値は大きくなるがその度合は拡幅比ほどではない.むしろ 初速度が大きくなると顕著に伸 長比が大きくなるという傾向を示している(図 7-7). 図 7-6 土塊の層厚と拡幅比・伸長比の関係 図 7-7 台車の初速度と拡幅比・伸長比の関係 116 7.5 崩土の運動実験に関する考察 7.5.1 崩土の運動状態に関する考察 全ての斜面変動は変動していない不動域に対して不安定化した斜面物質が重力の作用によっ て斜面下方に移動する現象である.そのため移動体は何らかの形で不動地盤に対して相対的な 速度差を産み出す必要がある.速度差を持つ物理的な現象には幾つかありそのメカニズムはそ れぞれ異なる.移動現象である以上 ,基盤の物体との間に何らかの速度差または速度勾配を持 つ 必要がある.物質内または物質境界に速度差あるいは速度勾配を生じさせる物理現象はいく つかあり,各々の力学的性質は異なる. 表 7-1 崩土の運動実験における各運動タイプの比較表 5つのタイプの運動の差異は基盤に対する相対的な 速度差がどの部分にいかなる形態で生じ たかによって規制されている.物が他の物質の表面に 沿って移動する時には何れの 場合でも基 盤となる物質に対して何らかの状態で速度差を生じな くてはならない.物質間に速度差を生じ る現象としては滑り(剪断),流動,回転すべりがある .滑りは速度差が一つの面で生じる現象 であり,すべりのみからなる移動現象は slide である .これが二物質の境界ではなく同一物質 内で発生するためには剪断(shear) 破壊によって分離 面が生じなければ ならない.流動(flow) は速度差が一つの面でなく移動体内部に連続的に生じ る現象で,これらは一般に不動部分から 遠ざかるほど大きい速度をもつ.回転は今回の実験で 主要な現象としては見られなかったが, 移動体と非移動体が接触する部分では速度差を生じな いで,移動体が回転によって接触部分を 移動することによって速度差を生み出す運動である. 現実の斜面運動では,toppling や落石の 転動などが これに当たる. 運動す る土塊のどの部分がどのような現象に より速 度差を生じ,それがどのくらいの期間維 持される かが運動様式を規 定する一つの条件である. それは運動を妨げる力とその物体の物性 117 によって決まってくる.またそれぞれの運動形態ごとに抵抗力が異なる 崩壊した土砂の運動様式は,崩壊した土塊の土の強度と土塊内部に生じる剪断応力との強弱 関係によって決まると 考えられる.言換えれば剪断応力に対して一番弱い部分で移動が発生し, そこに生じる現象によ って崩土の運動が規定される.今回の実験の場合は含水比を変化させる こと によって土の見掛けの粘着力が変化し,そのため土の強度が変わるためと考えられる.含 水比が 18%程度の時 に土塊の強度が最も強くなるため,移動土塊が変形・破壊を生じないタイ プDの運動となり,そ れより含水比が高くても低くても土塊の強度は小さくなるため原形を保 つことができない.実 際の斜面運動では含水比だけではなく,移動体を構成する物質の固結度 などが利いてくると考 えられる.もともと移動ブロックが岩石であるためにその強度が大きい. その場合水の少ない条 件下では,土粒子それぞれがばらばらになりやすく grain flow のように なるが,水の多い場合 では水の毛菅作用によって土粒子があまり拡散しないので横にほとんど 広がらない流れになる .また可塑性にも影響を及ぼしている.対象となる運動の様式によって 現象が異なるため, 単純には断定できないが,相似律を考慮した実験を行なうことにより,運 動の本質を解明できる 可能性がある. 速度差を生じる現象 がどのように維持されるかも重要な問題である.slide の場合は別にし て岩屑なだれタイプの 運動の場合を例に取れば,滑動層を構成する物は四方に拡散していくの で運動を継続させるた めにはこれを絶えず生み出す必要がある.これは上部の岩塊を破砕して 取り込むことによって 供給される.即ち岩屑なだれとはこのような滑動層を長期間保持できる ような物体の移動形態 である.flow の場合では,上と下で速度差のため流動層は薄くなる. タイプAの拡散層が どのようなメカニズムで生じるか,1つの考えとして Bagnold が提唱 した grain flow があ る.砂粒のような非粘着性粒子に剪断応力が働くと衝突等の粒子相互作 用によって垂直応力が 生じ これによって粒子は相互に拡がろうとする,この ときの分散圧力が 土塊を支えることによって土塊の 下方運動を助ける.このときの分散圧力は土塊の厚さに比例 するはずである.衝突等の粒子相互作用はランダムに生じるので,分散圧力はあらゆる方向に 等しくなると考えられる.横方向に拡がろうとする土粒子の運動もこの分散圧力によって生じ たと考えれば,実験供試体の土塊の厚さが大きくなるにしたがって分散圧力が大きくなり,前 後左右により大きく広がるようになると考えられる.これが実験結果に認められた拡幅比の差 となって現われたと考えられる .現実の火山地域の斜面変動でも同様の現象が生じているであ ろうか.4章で扱った岩屑なだれはいろいろな点で類似点が多いと考えられる.岩屑なだれは 火山の頂部で発生するため比較的含水率が低い,1888 年の磐梯山の山体崩壊をとっても晴天つ づきのあとに発生しており崩土を飽和させるためにははるかに及ばない量しか水を含んでいな いことも類似している.また横方向に大きく広がる点やブロック相とマトリクス相に分かれて いることなども類似している. 7.5.2 実際の斜面運動との対比 実験で確認された個々の運動タイプは特殊な条件での小規模な実験であり,必ずしも自然界 の現象とは力学的相似の関係にはない.しかし現実の斜面運動において生起している現象と類 似点を持つことは何らかの共通する要素が含まれている可能性が考えら れる.実際の運動との 対比から類似の現象を参考にすることはメカニズムの解明の手ががりともなりうる. タイプAの底部拡散型の運動は前節で述べた様に火山の大規模崩壊によって生じる岩屑なだ れと類似点が多い.その類似点としては,1). 岩屑なだれ堆積物には元の山体を構成していた 大規模なブロックが含まれているが,タイプAの堆積物にも元の土塊の構造を残したブロック が堆積している.山体のブロックを移動体の上部に浮遊させて流下するような運動形 態は形態 的な類似点がある.2). 岩屑なだれ堆積物は block facies と matrix facies に分けられているが, Aタイプの堆積物も小片ブロックと拡散した砂粒子との2つの堆積相からなり類似している. 3). 岩屑なだれは崩壊源から横方向にも大きく広がって堆積しているが,実験の結果もこれと 118 合致している,などである. タイプBの運動では,土塊の内部にいくつかの剪断面を生じてそれを境にいくつかの移動ブ ロックに分かれて前後に広がることから,円弧すべりや多重 すべりの運動と類似している.ま た一部の斜面崩壊のパターンにも近いと考えられる. タイプCは明確な滑り面をもった運動で縦に割れた亀裂で前後に広がることから,形態的に はラテラルスプレッド型の地すべりに似ているが,速度的にはかなり異なる. タイプDの底面スライド運動は土塊底部でのみ滑りを生じてお り,原形がほとんど変化して い ない.この場合固体同士の摩擦滑りと考えられる.現 実ではゆっくりと動く地すべりもしく は地震で生じる流れ盤タイプの層すべりに近い運 動と考えられる.実際の地すべりではすべり 面は平面でないことが多いため,多少の変形は生じる. タイプEは土石流,泥流など水を多く含んだ流れに共 通する運動形態であり,泥流や一部の 地すべりなどの運動と共通点がある.その性質によって さらにいくつかに分類されている.し かし基本的には,流れの上層部ほど速度が大きく,移動 体の変形の過程には共通する現象が多 い.流下するにつれて物質はかなり掻き回される点は変 わらない.また長距離流下にさいして は,その構成粒子は大きく混ぜられてしまうことにより ,運動前に持っていた構造は堆積物中 には残らない. 7.6 第 7 章のまとめ 1.各種の斜面変動における移動状態にある土 砂の挙動とその発生条件などを明らかにする ために「崩土の運動実験」を行なった. 2. 「崩土の運動実験」は含水率・初速度・土層厚を変化させた円板状の土塊に初速度を与え て斜面上を下 降運動させてその停止までの挙動を観察する手法で行なった. 3.実験では主に 5 つのタイプの運動形態が生じた.これは水分条件の少ない状態から順に, 底部拡散型,多重すべり型,垂直分割型,底面すべり型,流動型の 5 タイプの運動である.土 砂の運動形態によってその運動速度,到達距離,拡散範囲などは大きく異なる. 4.現実の斜面変動としては底 部拡散型の運動は岩屑なだれに,多重すべりは円弧すべり型 の地すべりに,垂直分割型はラテラルスプレッドに,底面すべりは層すべり型の地すべりに, 流動型の運動は泥流・土石流に,それぞれ対応すると考えられる. 5.運動様式を決める要素として速度,層厚といった物理量より,下降運動をしている移動 体の物性により依存する可能性が示唆された.これは現実の斜面変動においても同様 であるこ とを示唆している. 6.遠距離にまで到達する土砂の流下には,比較的水分量が少なくサクションのあまり効か ない乾燥に近い状態で生じる岩屑なだれ的運動と,水で飽和した流動的運動である泥流・土石 流の2つのタイプがあるが,その運動のメカニズムは大きく異なり,土塊の変形の状況や抵抗 則・速度断面なども異なる.そのため,堆積物の構成や被災状況なども変化している. 7.岩屑なだれの運動に類似している底部拡散型の運動においては,移動体の厚さが横方向 の広がりを規制し,運動時の速度が移動方向への拡散を規定している. 119 120 第8章 火山地域での斜面防災に関する総合的考察 8.1 はじめに 近年火山山麓では土地利用が進み,火山災害に対する危険性が増加している.最近はこれま で原野であった火山麓斜面がリゾート地として開発され,余暇利用で訪れる人々が増加してい る.しかし妙高の 1978 年の土石流災害の被災地は災害が発生する 15 年前頃からスキー場の宿 泊施設として開発が進められた場所であり,それ以前は原野ないし牧草地であった.また浅間 山の北麓の蒲原岩屑なだれが発生し流下した場所は現在,北軽井沢と称される別荘地が無数に 立ち並ぶ一大リゾートエリアになっている.このような状況の下では,過去と同様の現象が生 じた場合は過去の災害規模をはるかに上回る大きな災害が起こる可能性がある.岩屑なだれや 土石流など高速の流下現象は,溶岩流のように発生を知ってから避難するという時間的余裕は ないため,災害を防ぐためには事前に危険な場所を予測しておくことが不可欠である. また,すでに第2章で述べて来たように,火山内での開発行為が流域界を変える結果となり, 災害の発生につながったと疑われる事態 も生じている. 本章では,これまで各章で明らかにして来た知見に基づき,現実の火山における斜面防災へ の貢献を目指した研究の最終章として火山地域における土砂災害の特徴,火山地域での土砂災 害の素因と誘因,斜面防災への留意点,理解しておくべき諸点についてまとめると同時に今後 の研究課題について言及した.そのためには社会学的・人文学的な諸点も含めて論ずるべきであ るが,筆者の力量不足からそれらの点についてはわずかに触れるにすぎない. 8.2 土砂災害の発生場としての火山地域の特徴 8.2.1 火山地域で土砂災害が多く起きる要因(素因と誘因) 火山地域においては地すべりなど土砂災害を引き起こす要因は多岐にわたっている.それは大 きく見て,火山体が元々持っている不安定化しやすい要因(=素因)と, 火山体において多様で 頻繁に生じている発生の引き金(=誘因), の2つに分けることができる. 第一の火山体が持っている不安定化しやすい条件(素因)としては, 多くの火山は周囲に比べ て標高が高く,持っている位置エネルギーが大きいこと, 急勾配の斜面の割合が大きいことなど の地形的条件である.さらに溶岩・火砕岩など脆くて崩れ易い岩石から構成されているという地 質的要件, さらに噴気などによって変質が進み, 岩石の強度は著しく低下するなど火山活動な どをあげることができる. 第二の要因としての誘因には多種類の現象が作用している.まず火山の多くは地震の多発地域 であるプレートの潜り込み地帯にあるため地震の震源域に比較的近いこと.次に,標高の高い火 山には気流などの影響で雨や雪が 周囲よりも多量に降る傾向があること.また積雪量が多いため 熱が加われば急激な水の供給源とな り得ること. そして,火山体自体を形成する火山活動も土砂 災害発生の有力な誘因となることがあげられる.この様に地震・豪雨・融雪など一般的な誘因に 加え火山噴火という特有の要因が加わることもあって火山地域では地すべりなど斜面変動が起 きやすい. 以上2つの火山地域特有の要因が組み合わされることによって, 土砂災害の発生に至 ると考 えられる. 8.2.2 火山地域の地形的特徴 第四紀火山の地形はそれ以外の地質で構成される地域とは大きく様相を異にしている.図 8-1 に国土地理院の 50mメッシュ数値標高データから作成した乗鞍火山周辺の傾斜分級図(田 中ほか 1999;http://lsweb1.ess.bosai.go.jp/keisya/)を示したが,図の中央やや左上にある第 四紀火山岩で構成される地域は図の下部から右下部を構成する非火山地域の山地とは一見して 121 異なる傾斜分布のパターンを呈している.この様な差異は,他の地質地域と比べて地形を構成 する基本単位が大きいことや谷 の発達形態が大きく異なること,さらに緩斜面と急斜面のコン トラストが大きいことなどに由来すると考えられる. このように特有の地形が形成さ れる要因としては, まず第一に火 山地形が侵食作用と噴出物による 堆積作用という全く正反対の地形 営 力が複雑に作用して形成された 火山岩地域 点をあげることができる.同じ火 山から噴出したものであってもそ の性質によって全く異なる地形を 呈する.侵食作用についても火山 活動で生じた堆積物などによって 水系が乱されて定向的な侵食が阻 害される事によって,非火山地域 と比較すると規則性に乏しい.第 二に火山地形が形 成される時間が 極 めて短い点である.火山体が開 堆積岩地域 析される速度は非火山地域 に比べ て速く,古い地形面は急速に侵食 される.その一方で新規の噴出物 によって埋積や被覆が進むために, 古い地形が長期間残存することは 図 8-1 乗鞍火山周辺の傾斜分級図(田中ほか 1999) 少ない.さらに有珠山の噴火で生 じたような火山活動に伴う激しい地殻変動の影響なども無視できない. 8.2.3 火山地域の地質条件 日本列島に分布する火山の中でもっとも数の多い成層火山は各種の火山噴出物が成層して山 体を形成し ている.火 山噴出物の 種類も溶岩 ,火砕流堆 積物,火山 弾, 降下火山灰など多 種類 ありその岩質・粒度,空隙率,強度は著しい多様性に富んでいる. 火山噴出物以外にも湖沼堆 積物や土石流・崩壊堆積物など土砂移動によって形成された堆積物を挟在する場合も多い.こ れらの堆積物は粒度や密度,固結度などに差があり,その力学的強度・透水性・風化に対する 抵抗力などが大きく異 なる.斜面変動は全体の平均的な強度ではなく,一番弱い部分において 発生する.また斜面の安定性に大きな影響を及ぼす水の浸透にものそのため,特定の層準が弱 層となったり不透水層として作用したりする.特に降下火砕堆積物は広く斜面を覆うために斜 面変動に耐える力の少ない性質を持った層が広く堆積した場合には問題を生じることが十分に 想像できる. 8. 2.4 火山地域における水文地質環境 第四紀火山地域においては水文地質条件も大きく異なっている.タンク モデルを用いて全 国 の河川を比較した植原・佐藤(1983,1985)は,第四紀火山が分布する流域での流出特性が他の地 質の地域とは大きく異なり,保水力が大きいという傾向を持つ事を指摘した.これは一旦地下 に浸透する水が多く,基底流量は小さい.その一部は山麓で豊富な湧水として湧き出し,他は 地熱や火山噴気・熱水と作用を受け温泉として湧き出していると考えられる. 火山体の周辺には一般に温泉が多く分布している.一方温泉ではなく名水百選に選ばれる よ うな湧水を山麓に湧き出すような火山も多く存在する.具体的にこれが土砂災害発生にどのよ うに関与しているかについては検証が必要だが,火山地域の土砂災害の発生に関わる要因とな 122 っている可能性もある.安形(1999)は火山体の湧泉からの流出量を指標として火山体の開析度 との関係について論じている. 8.2.5 火山活動の関与(噴気・変質作用) 活動的な火山や火山活動が終息していない火山においては直接のマグマの噴出活動に加えて 地下のマグマなどに由来する噴気・熱水が割目などを通じて地下浅部に達する事によって岩石 に変質作用 をもたらし, 地すべり発生の要因 として作用 している. 火山活動に 関する要因 が作 用している.また山体直下へのマグマの貫入が山体の変形をもたらし大規模な崩壊につながる 事例もある.火山性地震や噴気・熱水による変質作用と粘土化による強度低下も地すべりの発生 につながる. その他火 山活動は直 接, 間接を問わず土砂 災害の要因 になる.た とえば,ネ バドデルル イス 火山で起きた泥流災害の様に,氷河に覆われるか冠雪している火山において,火砕流など噴出 物の熱によ って解けた 融雪水によ って泥流な どの被害が 生じる事例 もある.他 方, 火山噴火に よって噴出 した降下火 山灰に覆わ れた地域は 著しく透水 性が低下し, わずかな降雨によっ ても 表面流出が起き, 泥流・土石流などの土砂災害が生じやすくなる.このように火山において生起 するさまざまな活動が火山体における土砂災害の発生を規制している.これについては別項で さらに細かく述べてみたい. 8.3 火山地域において土砂災害を引き起こす誘因と災害の予測について 8.3.1 多岐にわたる誘因の複合化 火山地域は地すべり・土砂災害の誘因となる地震動・火山活動・豪雨・融雪・地殻変動など 様々な現象のほとんど全てが複合的に作用する場所である.日本列島のようなプレートの沈み こみ帯における地震の発生域は火山分布と並行しているため,火山の近傍で発生する地震は少 なくない.気象現象に関しても,火山体が周囲に比べて高く聳えているという地形的な要因に よって,上昇気流を発生しやすい状況を作り,降雨量や積雪量を増大させる要因となる.さら に火山活動は他の地質地域では作用しない特有の営力である.個々の誘因では地すべり現象に 至らない程度の作用であってもこういった様々な誘因が複合的に作用することによって,安定 性が低下することにより地すべり変動を起こす条件は他地域と比べてもより高いといえる.地 すべり・斜面崩壊は斜面が様々な営力の作用によりゆっくりと不安定化しているときに一時的に 大きく不安定化する要因が加わったことによって発生する.火山地域では降雨,融雪,地震など に加え火山活動が地すべり・斜面崩壊の発生に大きく寄与している. 土砂災害の規模に関しては十分な検討はしていないが,誘因別に起こりやすい土砂災害の種類 をまとめた.大まかな傾向として,火山活動,地震,降雨・融雪の順に起こりうる規模が小さく なる様である.以下それぞれの誘因に関してその特徴について述べる. 8.3.2 降雨 第四紀火山は一般に亀裂の多い溶岩や空隙の多い火砕岩などから構成されているため透水性 が高く,山体に降った雨は地下深くに浸透し山麓に良質の地下水を供給する潅養源となっている ため,山体を刻む谷には通常の流量は少ない.しかし,豪雨時には表面流出によって普段流量の 少ない谷に急激に増水する.また変質帯などの粘土化の進んだ場所では局所的に地下水は上昇し やすい条件を持っている.そのため雨による土砂災害の事例としては表層崩壊,火山性地すべり, 非崩壊性の土石流などのタイプが目立つ.変質帯などの限られた場所を除いて地下水は上昇しに くいと考えられる.降雨を誘因とする土砂災害は変質帯での 壊 火山性地すべり と 崖錐層の崩 および非崩壊起源の土石流が多く発生している. 8.3.3 融雪水 春先の融雪によって生じた水が地下に浸透して斜面を不安定化させるために起きる.融雪水は 中規模崩壊や火山性地すべりの誘因となる事例が多い.1978 年5月の妙高白田切川上流の崩壊 123 によって生じた土石流などが実例として上げられる. 氷河・積雪が存在する火山では,火山噴火によって急激に大量の融解水が生 じて泥流・土石流 を 発生する危険性がある. 8.3.4 凍結融解作 用 溶岩などの火山岩の割目に浸透した水分が冬季に夜間の寒さで凍結すると体積膨張によって 割目が拡大する.日中は融解によって緩む.それの繰り返しによって割れ目が次第に拡大し,重 力を支え切れなくなって崩落が生じる.富士山の落石事故,層雲峡の崩落災害などの実例がある. 8.3.5 地震動 地震を誘因とする土砂災害は大規模崩壊とそれ以下の規模の崩壊が多い.実例として 1984 年 の長野県西部地震による御嶽山周辺で発生した土砂災害がある.主に急斜面からの崩落・落成な どと特定の層準を境に破断する層すべりタイプの変動がある.崩落・落石は溶岩層や溶結凝灰岩 などからなる亀裂や節理が発達する急斜面上で頻発する.層すべりは斜面内部に挟在する軽石層 などの液状化によって発生するが,地表からではその存在を知ることは難しいために,こう いっ た地震動に対する抵抗力の小さな層の存在の確認と分布状態を探査する手法の開発が求められ る. 8.3.6 火山活動 火山地域は火山活動によって生じた噴出物で構成される地域であり,そこは火山活動の起こる 可能性のある地域である.そのため火山活動は火山地域以外では生じない現象である.しかも火 山活動は現象的にも多様であり,火山活動一般として単純には評価できない.また場合によって は土砂災害の誘因だけではなく,将来の素因を形成する上で大きな役割を果たす場 合もある. 降雨や地震を誘因とする土砂災害でも,変質帯や軽石層など火山活動の結果生じた不安定化しや すい場所に起きる事例が多い.そのため火山活動の種別ご とに個別に検討した方がよく,節を改 めて個々の現象について次節で詳しく述べて見たい. 8.4 火山活動が地すべり崩壊に及ぼす影響 「火山活動」とは自然災害科学辞典によれば,「火山噴火や,噴煙の増大,異 常噴気のほか,火 山性地震や火山性微動の発生,火山性地殻変動,火山ガスの異常等すべて活火山における異常現 象を火山活動という」と記述されている.この様に火山活動は多様な現象を含んでいる.地下か ら上昇してくるマグマの性質によって噴火の様式は変化し,またマグマの噴出場所によっても異 なる現象が生じる.地下でのマグマや噴気の状態は目に見えないだけにどのように作用している かはよく分かっていない. 火山は他の地質地域と異なり,様々な火山活動現象が直接作用する地域である.そのため , 火山活動が誘因となって土砂災害が発生する場合も多い.1980 年のセントヘレンズ火山で生じ た岩屑なだれのように巨大崩壊や火山性地すべりの発生には火山活動が少なからず関与してい る.さらに火山活動によって生じた噴出物が後の時代に土砂災害の素因となる場合もある.例 えば溶岩流の被覆はキャップロックタイプの地すべりの発生場所を形成し,降下火山灰層は斜 面内に弱層を形成し地震時の地すべり・崩壊のすべり面になる.こういった因果関係をこれま でに収集した 土砂災害事例から抽出・検証し,個々の火山活動の結果と斜面の不安定化の関係 を明らかにした.これを取りまとめ表 8-1 に火山活動が斜面に与える影響として示した. これらの火山 活動と土砂災害発生は必ずしも直後に起きる場合だけでなく長期的に影響する ものやかなり後になって効いて くるものもある.その時間的関係を見ると,1)火山活動と同時 あるいは直後に発生する(同時型),2)長期的な火山活動によって斜面の不安定化が徐々に進行 して発生に至る(進行型),3)過去の火山活動の影響が何らかの形で残存し,ある条件下で要因 として効果を発揮する(残存型),の3つのパターンに分けることができる.すなわち火山活動 は長期的要因としても短期的要因としても,斜面の不安定化に広く関与していることが分かる. 124 以下各現象が地すべり・崩壊の発生にどのように影響したのかを事例に基づき述べる. 表 8-1 現 火山活動の各現象が斜面の安定に与える影響の一覧 斜面等に及ぼす作用 象 土砂移動の形態・様式等 火山噴火 破壊・破砕・噴気・蒸気圧等 溶岩流出 継続的でゆるやかな侵食の阻害 節理・割目の多い層を形成 溶岩ドーム 潜在円頂丘 火砕流 火山性地震 噴気活動 降灰 地熱 斜面に対する荷重の増大 山体崩壊→岩屑なだれ?? <キャップロック型地すべり> <崩落・落石> 地すべり→火砕流 火山体の変形/不安定化 山体崩壊→岩屑なだれ 河道への不安定物質の供給 積雪等の融解 表層の非固結火山堆積物の取込 土石流の危険度増大 泥流・土石流の発生 火砕流の岩屑流化 地震動 軽石層などの破砕・液状化 地震時地すべり・崩壊 流動性の地すべり 変質・粘土化 (閉塞)噴気圧の増大 森林・植生を荒廃化 火山性地すべり 地すべり・斜面崩壊,山体崩壊? 保 水 能 力 の 低 下 ,侵 食 ,渓 流 の 荒 廃 地表面を難透水化させる 斜面内に弱層の挟在 小雨による土石流の発生 <地すべり・斜面崩壊> 積 雪 ・雪 渓 の 融 解 ,浸 透 水 の 増 加 地すべり発生ポテンシャルの増大 8.4.1 火山噴火の爆発エネルギー かつて磐梯 1888 年の山体崩壊は, Ultravulcanian eruption とか「磐梯型噴火」などとも いわれたように,巨大な水蒸気爆発によって山体が吹き飛ばされることによって生じたと考えら れてきた.しかし,守屋(1980)は噴火時に噴煙柱がそれほど高く立ちのぼらなかったことを指摘 し,噴火そのものの爆発的なエネルギーで山体を「吹き飛ばした」のではなく,地すべり的に始 まったと考えた.その後 St.Helens 火山の岩屑なだれが地すべり的に始まったことが写真等の 記録から明らかにされたため,この考えは広く支持されるようになり,巨大水蒸気爆発による吹 き飛ばし説は支持されなくなった.ただ,中∼小規模の崩壊は爆発の衝撃によっても発生する可 能性は考えられる. 8.4.2 溶岩流の流下 溶岩流は,流下時や流下直後には地すべり・崩壊につながる作用は余り考えられない.しかし, 比較的風化・侵食に対する抵抗力の小さい地層からなる斜面を覆ったばあい,継続的で緩慢な侵 食から斜面を保護することにより,後世の時代での大規模なキャップロックタイプの地すべりの 発生をもたらす可能性がある. また溶岩層は一見固くて頑丈に見えるが,節理・割目などが発達し,岩質は脆弱 である.そこ で火山に 特有の火口壁,カルデラ壁,谷頭部など急傾斜地に露出した場合には,そこが落石の供 給源となりうる.富士山の大沢崩れなどがその典型例である. 125 8.4.3 溶岩円頂丘(溶岩ドーム)の成長 溶岩円頂丘は粘性の高いマグマの噴出によって形成される.溶岩円頂丘が火山体上部に成長し た場合,斜面上部への載荷重の増 加となって働くため,一般的に斜面の不安定化をもたらす可能 性がある.1991 年の雲仙普賢岳の溶岩円頂丘 では,小規模な火砕流はせり出した溶岩ドームの 先端が小規模に崩落することによって生じているが,災害をもたらした大規模な火砕流は,崩れ た跡がえぐられたような形態を呈し,溶岩ドームの主要な部分が地すべり的な運動を起こしたこ とによって火砕流が発生したことを物語っている.この場合,斜面の安定解析の手法を用いた解 析が可能である(石川ら,1992). また溶岩円頂丘の冷却後には,それ自体が 1792 年の雲仙眉山で起きた山体崩壊の様に崩壊を 起こす可能性をも つ山体になる. 8.4.4 潜在円頂丘の貫入による山体の変形 アメリカの St.Helens 火山の岩屑なだれでは,崩壊発生の 1.5 ヶ月程前より山体の変形が始 まり,山頂直下での亀裂の発生と北側山腹斜面のはらみだしが進行し,崩壊に至った.Moore and Albee(1981)は高粘性マグマの貫入が山体の変形を引き起こしたと指摘している.この変形が生 じた部分は最初に崩れた部分とほぼ一致している. St.Helens 火山における変形は,斜面上部 での沈降,下部での隆起という単純に地下への物質供給では説明できない動きを示しており,潜 在円頂丘の貫入と平行して生じ た地すべりの徐動的な運動のメカニズムを解明する必要がある. 日 本でのこれまでのところ山体崩壊に際して事前に山体に変形が生じたという記録はない. 8.4.5 火砕流の流下・堆積 火砕流は,山頂付近に積雪・氷河の ある火山においては,高熱によって積雪・氷河をとかして 大量の水をもたらし泥流化する危険性がある.実例としては十勝岳 1926 年,ネバドデルルイス 火山 1985 年の災害がよく示している. 一方,火砕流堆積物が山腹や河道に厚く堆積することは,土石流の発生の危険度を高める.こ のような場所では僅かな流量の流れによっても土石流が発生する.しかも発生した土石流が容易 に体積を増大する要因になる. さらに,稀にではあるが高速で流下する火砕流は,火山山腹の地表付近の火山堆積物を取り込 むことにより岩屑なだれ化し,火砕流単独よりも長距離流下する事例もある.浅間山 1783 年の 鎌原火砕流/岩屑なだれ(荒牧ら,1986)は前日に発生した吾妻火砕流より遠方まで流下して鎌 原村などに大きな被害をもたらしたが,鎌原付近の堆積物は大部分が流下中に取り込んだ外来物 質から構成されており,火砕流の当初の体積の 17 倍もの火山堆積物を流れに取り込み岩屑なだ れ化したと推定された(鈴木ら,1986). 8.4.6 火山性地震による地すべり・崩壊の発生 火山活動に伴って火山体の周辺では火山性地震が頻発する.マグニチュードはそれほど大きく はないが,浅部で発生するため斜面の不安定化に及ぼす影響は小さくない .St.Helens 火山の山 体崩壊でも,すでに山体自体がかなり変形して不安定化していたとはいえ,直接の引き金は崩壊 直前の地震であるといわれている. 地震は第一に加速度として斜面に直接力を及ぼすことにより,斜面を不安定化させ崩壊に至る. また,繰り返す地震動によって斜面内部の軽石層などが破砕され,空隙を埋めていた水により液 状化して流動性の高い地すべりが発生する場合もある.長野県西部地震の松越,御嶽高原の地す べりがこのタイプの好例である. 地震時の地すべりに関しては,地震の応答解析など定量的な解析による研究例は多い. 8.4.7 噴気・熱水による変質作用,噴気圧の作用による支持力の低下 主として火山性地すべりの発生要因として,噴気,熱 水等による岩石の変質が指摘されている (小出,1955).硫黄や硫化水素などを含む噴気や熱水は,長い年月をかけてモンモリロナイト, カオリナイト,スメクタイトなどの膨潤性粘土からなるいわゆる温泉余土を形成する.箱根火山 126 の調査でも噴気地帯,変質地帯に粘土化帯が広く形成され,そういう箇所に地すべりが発生して いる. 噴気が火山岩の割目などを伝わって斜面内部に広がり,間隙圧として作用し,斜面を不安定化 させる可能性も指摘されてい る.例えば,守屋(1988)は裏磐梯岩屑なだれについて以下のように 崩壊過程を推測してい る.まず崩壊に先立つ地震によって斜面がわずかにすべりを起こすことに より噴気の通り道が塞がれ,噴気がすべり面や亀裂に沿って斜面内部に広がり,大規模な崩壊に 至ったと考えた.しかし,実際に噴気の圧力を測定した事例は少なく,噴気圧による崩壊発生の 可能性についての検証は今後の課題である. 8.4.8 火山砕屑 物(軽石,火山灰等)の堆積 地表面に新しく堆積した火山灰は一般的に雨水の浸透が悪く,比較的弱い雨でも表面流出が発 生する.このため通常では泥流・土石流が発生しないような少量の雨によっても泥流・土石流が 起きる.1978 年の有珠山の泥流災害,現在も桜島野尻川で頻発する土石流,1991 年6月の雲仙 普賢岳水無川での土石流などの実例がこれを示している. 過去の火山噴火によって地中内部には火山灰や軽石層などの火山砕屑物が挟在している.これ らの火山砕屑層は一般的に透水性が悪く地下水を生じやすい上に,剪断抵抗力が小さい.また, 軽石は 地震時に破砕を受け液状化しやすい.このように地下に潜在する火山砕屑層は斜面を不安 定化させる要因と して働くことが多い.しかし,これらの火山砕屑層の分布状態はほとんど把握 されておらず,思わぬ場所で地すべり・ 崩壊が発生し大きな災害をもたらすことが多い.先に述べた 1984 年の御嶽崩れ,松越・御嶽高 原の地すべりはその典型的な例である.そのほか,1968 年5月の十勝沖地震による青森県八戸 市周辺の斜面崩壊,1975 年6月の鹿児島県牛根麓,1950 年6月の信越線熊ノ平駅における山崩 れなど大きな災害が起きている. 8.4.9 地熱の影響 地熱は火山体を覆う積雪,雪渓,氷河を徐々にとかす .それが火山体の内部に浸透すれば,地 下 水となって山体斜面の不安定化を引き起こす.このような現象は長期的に作用して効果を発揮 すると考えられるのでその定量的な評価は難しい. 8.5 火山地域において土砂災害による被害を軽減するための方策 火山地域での土砂災害に対する防災対策の考え方としては,長期的には土地利用も含めた適 切な土地利用管理が必要である.また短期的には土砂災害の発生を出来るだけ早く予測して, 避難対策を取ることが重要である.治山・砂防工事等によってハード的に防ぐことは緊要だが, それがあるからといって 10 0%安全な地域になったわけではないので,過信せずに注意払うこ と が必要である.特に活動火山では土砂災害の危険性だけでなく,火山活動から直接発生する 現象 を含 め た総 合的 な 防災 体制 が 必要 とな る であ ろう . 各火山の土砂災害防止のためには,そ の火山で発生する危険度の高い土砂災害のタイプを知っておく必要がある. そのためにはその火山で現在までにどのような土砂移動現象が生じたのかを調べておく必要 がある.過去にどのような土砂移動現象が生じたのかを知ることは,将来起こりうる可能性の大 きい土砂移動現象を予測するうえで重要であり.また類似する火山での推測にも適応できる可能 性がある. 古文書や各種の災害記録によって過去に起こった土砂災害の種類・規模が分かる場合にはそ れ に基づき発生地点,到達範囲などを地図上に表わしておく.出来れば確認のため現地調査も合わ せて行なうと精度の良い資料となる.記録がない場合には過去の土砂移動現象の痕跡を見つける 必要がある.山体崩壊・地すべり・崩壊などの発生地点は,火山体の地形判読から見つけること が出来る.また山麓などに分布する堆積物の調査によって過去の土砂移動現象がどの範囲まで影 響を及ぼしたのかを知ることができる.地表近くに巨礫が多数堆積しているような場所は過去に 127 土石流に襲われたことが分かる.堆積物の堆積構造,粒度分布,層序,木片の年代測定などを詳 しく調査することによって土砂移動現象の種類,規模,時期などを明らかにすることがで きる. 上記の調査に基づいて将来起こりうる可能性の高い土砂移動現象を予測し,起こった場合にど の範囲まで影響が及ぶのかを推測し,土砂災害に関するハザードマップ を作成しておくことは防 災上極めて重要である.また現在の火山の活動状況やその他の状態を把握しておくことも重要で ある.特に山頂付近の状況の把握,氷河の存在や積雪状態の把握,変質帯の分布の把握,脆い溶 岩でできた急斜面や谷による下刻が進行している斜面がどこにあるのかの把握などである. ハザードマップの有無に係わらず一般的な留意点としては,急傾斜地の直下,変質帯の近傍, 谷の出口付近などの危険な場所には絶対に住まない様するとともにに出来るだけ近づかない様 にする.特に公共的な建物は比較的安全な場所に堅牢に建設し,避難場所としても活用でき るよ うな方策をとる .火山周辺の道路は出来るだけ谷 底を 通らないルートを選択 する.また,谷を横 断する部分は出来るだけ短くするとともに,橋を出来るだけ高い所に設ける.道路が不通になっ て も孤立しない様 に 2ルート以上の道路を確保する.渓谷が山から平坦部に 出てくる付近は急激 な堆積, 氾濫の場となるため,土砂だめ,堤防などの防止対策が必要である. 8.6 斜面変動 ごとの防災の対処に関する提 言 8.6. 1 山体崩壊・岩屑なだれに関 する予知と防災 壊滅的な災害 をもたらす山体崩壊−岩屑なだれを事前に予測することは 可能だろうか?潜在 円頂丘の貫入が原因と されるセン トへレンズ火山では, 数カ月前から崩壊発生 部分の山体が次 第 に前方へせりだすような変形が観測されている . このような変化が生じ た場合,山体崩壊の 危険性が高まって来たと予測できるため,集中的な観測を行なうことによって山体崩壊の規 模・ 時期・岩屑なだれの堆積範囲等を予知で きる可能性 がある.しかし,1888 年磐梯山噴 火の 例では,山体が 変形したという目撃談な どの記録は なく,前兆として確認できるのは,数 日前 から始まった鳴動と地震のみである.鳴動や地震といった前兆が直ちに山体崩壊や噴火に結び 付くの かを判 断 するのは難しい.それが山体 崩壊につな がる前兆なのか,具体的な噴火タ イプ を予測することは現在の科学水準では難しい.磐梯山の場合,記録に残されるほど顕著な変形 はなか ったが , 微小な変形が生じていた可能性は否定出来ない.山体崩壊の直前に何らか の変 動が生じるのであれば,多数の火山で山体の3次元的な変形を継続的に監視することによって, 予 知のための変化を捕らえることができるかもしれない.一般的に地すべりの発生は1次クリ ープや2次クリープ段階を経て最終的に3次クリープ状態で加速されて最終的な崩壊に至る ( 福囿, 1990).すべりの規模が大きいほど事前のクリープ過程は長くなる.可能性としては同様 の過程が生じると推測されるので,何らかの異変が見られた場合は山体斜面の監視は重要であ る. 他方,不安定化する危険性の高い場所などがあらかじめ予測できれば,重要な施設は設けな いなど,災害を小さくするような対 策 をとることができる.そのため急勾配斜面や孤立峰など 山体崩壊の発生し易い地点を表わす示標なども,求められている. 以上みてきた様に現時点では,岩屑なだれの様に稀にしか発生しない災害に対して効果的な 防災対策を立てること は難しい.岩屑なだれに関する研究は,今その緒についたばかりである ので,今後基礎的な研 究をはじめ幅広い分野の協力の下に精力的な研究が望まれている. 8.6.2 火山性地すべりに関する予知と防災 澄川地すべりと同様の火山性地すべりは,日本各地の火山地帯でしばしば発生しており, 今 後も同じような土砂災害が起こり得ると考えられる.こういった地すべりはいずれも温泉地の 源泉付近や変質帯などで発生して いることから,火山噴気による変質作用等によって不安定化 が進行したと推察される.このタイプの地すべりの発生場所は噴気変質地帯に限られているこ とから,このタイプの地すべり発生場所の予測は比較的容易である. 128 このような火山性地すべりが発生する可 能性の高い火山としては,火山周辺に温泉が多く 噴 出し,噴気変質帯が活発な以下に示す様な火山である.北海道では十勝,大雪,ニセコ,恵山 などの火山.東北地方では恐山,八甲田山,八幡平,秋田焼山,栗駒山,蔵王,吾妻山などの 火山.関東・中部では,那須,高原,箱根,天城,草津白根,妙高などの火山,また九州では 霧島,鶴見・由布,九重連山,雲仙などをあげることが出来る. 火山噴気地帯は温泉の泉源として利用されている場合が多く,その近くに温泉旅館・湯治場 などの観光施設が立地している場合が見受けられる.こういった場所にはできるだけ施設や建 物を作らないようにする必要があ る.既に建てられている場合には,移動計や傾斜計などによ る地すべり警報装置の設置や地下水位の測定,定期的な巡回による異変の察知などによる何ら かの監視システムが不可欠である.火山噴気地帯の下流域は土石流等の危険性が高いことから, 防災上特に警戒しておく必要がある.河床から比較的高 い位置に建っていても早雲山の被災寺 院の例もあり.火山の噴気帯はしばしばその場所を移動させることがあり,それに対しての留 意も必要である.噴気を抜くためのボーリングなど対策や地下水の排除なども必要に応じて行 なう様にする. このタイプの地すべりの発生時期としては,融雪期や長雨の続く梅雨末期が多いことから , 誘因としては短期的な豪雨よりも,長期的な地下水の供給量を考えておく必要があり,融雪期 や梅雨末期の時期では警戒が必要である.以前は東北地方など積雪地域の温泉地では冬季間営 業を休む例が多く見られた.しかし,近年は道路の除雪区間の延長や近隣でのスキー場の開 設 などによって通年営業する温 泉が増えてきた.戦前の磐梯山の噴火温泉,蒸の湯温泉地すべり などでは休業期間中に地すべり・斜面崩壊が発生したことから,人的被害を出さずにすんだ. 1997 年 の 澄 川 温 泉 で も 前 年 ま で は 冬 季 間 休 業 し て い た が 災 害 の 年 に 通 年 営 業 を 始 め た ば か り であった.これまで地すべりが起きても 比較的災害事例の少なかった積雪地域の温泉地におい ても,今後は積雪期や融雪期の地すべり災害の被害が増大する可能性があり注意が必要である. 第2章で述べたように,1997 年に発生した澄川地すべりは過去に地すべり滑動の履歴を持つ 地すべり移動体が再滑動したもの である.一般的に,地すべりは同一の斜面で繰り返し発生す る事例が多く,地すべり変動の多くが過去に変動した地すべりの再動もしくはそれが拡大する ことによって起きるといわれている.そういった意味で過去の地すべり変動の地形を判読・図示 した地すべり地形分布図は今後の地すべり発生場所を予測する上で参考にすべき資料である. 噴気変質地帯においては噴気が常時出ているため植生が乏しく,周囲より温度が高いなど外見 的にも周囲とは異なるため,火山体においてどこに噴気変質地帯が分布しているかは,地表調 査でもリモートセンシング調査でも比較的 容易に確認できる.そのような場所とその周辺の斜 面において地すべり地形・崩壊地形の有無は空中 写真等で確認出来る.また亀裂・断裂などの 前兆の監視などによってこのような場所での地すべり予測は可能である.火山性地すべりの危 険個所は他のタイプの土砂移動現象に比べ比較的容易に予測できる. 8.7 火山地域の土砂災害の防止を 目指した今後の研究課題 8.7.1 過去の災害事例の見直し・再調査 火山地域に限らず過去の土砂災害の実態に関しては定説として公知されていたことが後の調 査研究によって疑問符が付けられるという例は少なからずある.例えば, 浅間火山 1783 年噴火 の 最 終 段 階 で 起 き た 「 鎌 原 泥 流 」 は 比 較 的 低 温 の 火 砕 流 と さ れ て い た が , 荒 牧ほ か (1986)は 堆 積物のトレンチ調査を行ない,流下中の火砕流が斜面物質を大量に取り込むことによって 岩屑 なだれ的な運動様式に転化したことを明らかにした.さらに,この岩屑 なだれ化に関して井上 ほか(1994)は噴出源の下方にあった沼の水が大きく関与したという考えを出している. 磐梯山の 1888 年の崩壊をもたらしたとされる噴火も,山体を「吹き飛ばす」超大規模な噴 火 が あ っ た と い う 説 明 が 幅 を き か せ て い た . し か し 守 屋 (1980)が 指 摘 し た よ う に 噴 煙 の 高 さ が 129 2000m程度のごく小規模の噴火であったという考えがもっともらしい.これは 1980 年のセント ヘレンズ 火山の崩壊でさらに多くの支持を得るようになった.さらに言えば,第 2 章で述べた 澄川地すべりに伴う水蒸気の噴出を考えると,火山噴火が無くともその数百倍の規模の地すべ りが起きるなら大規模な水蒸気の噴出が数日続くこともあり得るのではないかと考えられる. 1926 年 の 十 勝 岳 大 正 泥 流 は 山 頂 噴 火 で 生 じ た 火 砕 流 が 山 頂 付 近 の 積 雪 を 大 量 に 溶 か す 事 に よ って泥流化したと考えられていたが, 最近の調査によって中央火口丘で生じた崩壊によって生 じたのではないかという新たな指摘も出されている(堀ほか,1997).1997 年の澄川地すべりに ともなって生じた高速の土砂流動現象に関して も「岩屑なだれ」とする報告や「土石流」と解 釈する研究など諸説がある.またこの堆積物は いくつかの層相に分かれるが,これら複数の堆 積物の起源についても,別個に流下したとする多くの考えに対して,同時に流下した多層流に よってもたらされたという解釈も出されている(堀・中島,2000;堀,2000).この様に地すべり 発生に伴う土砂移動現象の実態については当初の調査研究による解釈と異なる見方が出される 場合がある.今後の災害予測を行なう上でも正確な実態の解 明は重要な課題であり,それによ って対処の仕方も異なる場合がある.今後も過去に生じた土砂災害の実態を新たな手法も含め た多角的な調査・研究によって見直す必要もあると考えられる. 8.7.2 火山体の内部構造の把握手法の開発 1984 年に御嶽山で起きた大崩壊が軽石層をすべり面として発生したように,火山地域で生じ る斜面崩壊は特定の層準において滑りを起 こした事例がいくつか指摘されている.火山体は多 様な火山噴出物が複雑に堆積している事から,強度や透水性の大きく異なる堆積物が相前後し て重なり合ってくる場合もある.また固い溶岩層の下に固結度の低い軽石やスコリア層が存在 することもあり,単に地下深部に向かって強度が増して徐々に固い岩盤に移行していくもので はない.また火山性地すべりは熱水 変質で生じた粘土層の分布状況が発生場の鍵を握る.さら に, 地すべり発生の 要因となる地下水や熱水の賦存状態など火山体の水文地質構造を把握する ことも重要な今後の課題である. 火山体内部のどの部位に滑りを起こしやすい堆積物や地下水がどのような形態で挟在する の か,変質作用によって生じた粘土層の分布などを明ら かにできれば,地すべりや崩壊を起こす 危 険性の高い斜面をより高い確度で推定することが可能となるだろう.現在の探査手法はその 精度・解像度の点で必ずしも満足出来るものではないが,技術革新によって 将来的にはより高 い性能が期待される.そのためには各種の探査手法の適合性の検討や解析手法の向上に加え新 たな手法の開発や有用性の検証などが求められる. 8.7.3 長距離流動機構の解明 1888 年の磐梯山岩屑なだれ, 1984 年の御岳, 1974 年の澄川地すべりなどの様に火山地域で 地すべりによって発生する土砂移動現象には高速で長距離を流下する低摩擦角の流動現象が数 多く発生している.こういった高速で長距離を流下する現象のメカニズムについては各種の仮 説が提唱されている.しかしこれらについては必ずしも実証的に解明されてい るわけではない. 今後,個々の現象の運動機構を解明するとともに,どういった条件下において高速で長距 離 を流下する運動が発生するのかや流下堆積範囲を推定するための研究は不可欠である.山体崩 壊にともなわれる岩屑なだれの様に大規模な現象は実験的に再現することが難しいため,既往 の発生場所に おける綿密な調査や的確なシミュレーションなどの手法が必要である. 8.7.4 火山ハザードマップの作成への貢献 雲仙普賢岳の噴火以降のここ 10 数年間で,多くの活動火山において火山噴火を対象にしたハ ザードマップの整備がかなり進んできた.これまでは社会的な影響が大きいため作成が困難で あると考えられていた富士山でもハザードマップが作成された.しかし火山地域において土砂 災害の発生予測は火山防災の一環として不可欠であるにもかかわらず,これまでに作成された 各火山のハザードマップは,土砂災害の予測に関しては十分に考慮されているとはいえない. 130 1992 年に国土庁がまとめた「火山噴火災害危険区域予測図作成指針」(国土庁防災局,1992)を 見ても,地すべり災害に関する項目は一般的な記述にとどまっている.しかし火山災害史をみ ると,多数の人的被害を生じた火山災害には地すべり現象に伴われるものが多いことが指摘で きる.従って土砂災害の発生予測に関する研究成果は火山ハザードマップの作成に大きく寄与 できる.しかし火山で起きる地すべり現象の規模.運動様式は極めて多様であり,かつ場所の 予測も困難であるため的確な予測図を作成することは難しい.現実的な予測のためには既往の 災害事例の解析に基づいた危険個所の抽出法の確立等が必要となる. 8.8 本章のまとめ 現時点では火山地域において発生する各種の斜面変動を実用レベルにおいて予知予測するこ とはまだ困難である.火山活動など地球科学的現象が起きている火山地域においては,地形学, 土質工学,砂防工学などに加え地球物理・地球化学など幅広い分野との連携が必要とされる. 地形学など幅広い専門家の方との交流によっていろいろな研究分野が協力・共同して研究する ことが不可欠である. 今後,火山地域の土砂災害に関する予知・予測技術を発展させるために,各火山で卓越する 開析過程を小規模な現象まで含めて明らかにすると共 に,それらの地質学的・地形学的要因解 明など様々な変動に関する研究が求められる. 131 132 第9章 結 論 本研究においてはわが国でこれまでに多発し,今後も起きることが予想される第四紀火山地 域における土砂災害に関して地形・地質学的な諸要因の調査を広範囲に行ない,火山地域で発 生する斜面変動の種類や特性との関係を総合的・体系的に検証することにより,今後,火山地 域で生じる土砂災害について発生予測や被害軽減につながる知見を導き出し,今後の災害予測 を行なう手がかりを得ることを目的に行なったものである. 対象と手法に関して振り返ると,近年起きた災害に関する現地調査,それ以前の歴史時代 ま でに起きた土砂災害の文献調査と地形・地質的調査,さらに地質時代の大規模な斜面変動に対す る 地 形 ・地 質 調 査 と い っ た そ れ ぞ れ の 時 期 に 生 じ た 斜 面 変 動 現 象 に 対 す る 主 と し て 地 形 地 質 学 的アプローチ,そして磐梯山と白鷹山に関するボーリング掘削等による詳細な探査,それに加 えて開析過程の分類に関する試み,そして運動様式と到達範囲について実施した崩土の運動実 験という様に,現地地形地質調査,過去の災害文書や調査資料の蒐集,火山地域全域の航空写真 判読に加え,実験的手法やボーリング調査など種々の方法によって 実施したものである. その結果,最近火山地域で発生した土砂災 害の現地調査によって,その発生状況,災害の概 況 ,地形地質的要因等と災害との関係についての個別具体的な考察を行ない,火山地域の土砂 災害に対してのいくつかの教訓を得ることができた.また歴史時代に起きた土砂災害の事例を 加えた発生要因や斜面変動の規模・運動様式に基づいて検討によって,火山地域で生じる斜面 変動を8つのタイプに分類し,それぞれの発生要因と密接に関係することを見いだした. 火山ごとに起きる土砂災害の種類は各々の火山の開析過程に違いによるのではないかと考え, 東北地方の火山を対象に解析した結果,地すべりを主な開析過程とする火山と崩壊による開析 を主体とする火山に分けることができた.火山の開析型の違いを生じる要因については未解決 の問題もあるが山体の基盤の違いや 水文地質構造に起因する可能性が高いことを見いだした. さらに基礎実験として行なった崩土の運動実験によって,岩屑なだれや地すべりなどの運動様 式の違いは運動する移動体の物性に大きく依存する可能性のあることを見いだすとともに,岩屑 なだれに類似した運動の拡散のメカニズムに関して研究の端緒をひらいた. 以上の結果に基づき今後の火山地域での土砂災害の防止に関する総合的な考察を行ない,火山 では多彩な地形・地質条件を勘案することに加え,多様な誘因を考慮に入れた火山防災対策が必 要であり,特に起る可能性の高い土砂移動を予測してお くことが重要であることを提言している. この様に,火山地域で発生す る土砂災害に関してのいくつかの知見や今後の研究につなが る 端 緒を得ることができたが,テーマの大きさに比して筆者の力量不足のため充分な議論の展開 ができず当初の目的を果たしたとは言えない.特に当初目指した総合的・体系的な解析として は不十分であった. 本研究を通じて,火山地域で生じる土砂災害には極めて多様性があること,またそこでの 防 災 は人間との関りの中で災害を捉えていく必要があることを実感した.また個々の災害につい てはその時点において妥協することなくできる限り詳細な調査を行ない,実際に起きた現象を 正確に捉え次世代へと伝えていく必要があることを痛切に感じた次第である. 133 134 謝 辞 本研究を取りまとめるにあたっては千葉大学大学院自然環境研究科の古谷尊彦教授の多岐に わたる御指導を頂いた.それ以前からも古谷教授からは火山地域の地すべり災害に関してご教 示を頂く機会が多く,合わせて感謝申し上げます. 長年にわた る本研究を 進めるにあ たっては, 深田地質研 究所理事の 大八木規夫 氏と防災科 学 技術研究所 の清水文健 氏からは, 各地の岩屑 なだれや地 すべりに関 していろい ろと具体的 にご 教示を頂くとともに,内容に関しての議論や助言などを頂いた.さらに,両氏からは長年にわ たって地形・地質の見方や現地調査の方法などについて現地での指導も含めていろいろと教え て頂いた.以上のことに関し深く感謝申し上げます また元防災科学技術研究所地表変動防災研究室長の故田中耕平氏には磐梯山と白鷹山を対 象 とした研究および御嶽山と澄川地すべりの調査において,研究の立案段階から実施に至るまで 様々な側面で研究を先導して頂いた.これらの研究においては持前の行動力とリーダーシップ を発揮されて研究プロジェクトの推進に関して多大にお世話になった,その早すぎる死を悼む とともに本研究での道筋をつけていただいたことなど多大な感謝を申し上げたい. 森脇 寛・福囿輝旗・富永雅樹・佐藤照子の諸氏には降雨実験室で共に研究業務にあたる中 で 実験方法や災害調査に関しての助言などのほか日常的に接する機会の中でいろいろと教わるこ とも多く,研究者として未熟な筆者を励ましていただいたことに感謝申し上げます. 本研究の主要な部分である山体崩壊・岩屑なだれに関する研究を始めるにあたっては当時 の 所長であった故高橋 博博士と研究部長であった植原茂次博士の助言によるところが大きい.そ の後も折りにふれ激励を受けたことは研究の遂行の励みになった. また社団法人日本地すべり学会の火山地すべり研究委員会においては山岸宏光・八木浩司・渡 部直喜・伊藤陽司の諸氏にお世話になった. 小倉 理さん・佐野綾子さんには図面等のコピーや手書き原稿のワープロ入力など一部の作業 を手伝っていただいた. 以上の方々に深く感謝申し上げます. 135 136 文 献 安形 康(1999):成層火山体の地形発達と湧水湧出プロセスの変化過程.東京大学大学院理学系 研究科学位論文, (http://hydro.iis.u-tokyo.ac.jp/ agata/doc/doctor_thesis/doctor_thesis.pdf) 安藤重幸・山岸宏光(1975):然別火山熱雲堆積物表面の流れ山.火山,2集, 20, 31-36. 青木 滋(1884):稗田山崩壊について.地形,Vol. 5,205-214. 荒牧重雄・宇井忠英(1981): 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................................................................................................................ 3 1.2 研究目的 ................................................................................................................ 3 1.3 研究の動機・背景 ................................................................................................... 4 1.4 研究手法 ................................................................................................................ 4 1.5 研究対象とする火山の範囲・時代 ............................................................................ 5 1.6 本論で用いる用語の定義 ......................................................................................... 5 1.7 これまでの関連研究 ................................................................................................ 6 1.7.1 火山地域における土砂災害の発生履歴に関する研究史 ............................................. 6 1.7.2 歴史時代に生じた土砂災害の調査に関する研究史 ................................................... 6 1.7.3 最近生じた土砂災害の調査史 ................................................................................ 7 1.7.4 最近の研究成果の概要 ......................................................................................... 7 1.7.5 その他の研究手法を用いた成果 ............................................................................. 8 第2章 火山地域で発生した土砂災害の実態 ...................................................................11 2.1 はじめに ...............................................................................................................11 2.2 研究目的および手法 ...............................................................................................11 2.2.1 災害調査の目的 ................................................................................................. 11 2.2.2 災害調査の手法 ................................................................................................. 12 2.3 1981 年 8 月の須坂市宇原川土石流災害 .................................................................. 12 2.3.1 宇原川土石流災害の概要 ................................................................................... 12 2.3.2 宇原川周辺の地形・地質 ..................................................................................... 13 2.3.3 斜面崩壊の発生場所と周辺の状況 ....................................................................... 14 2.3.4 斜面崩壊の発生状況 .......................................................................................... 14 2.3.5 発生原因に関する考察 ........................................................................................ 17 2.3.6 地形改変による集水条件の変化 ........................................................................... 18 2.3.7 宇原川の斜面崩壊の特徴 .................................................................................... 20 2.3.8 須坂土石流災害のまとめ ..................................................................................... 20 2.4. 1984 年9月に発生した長野県西部地震による御嶽山の大規模崩壊 ....................... 22 2.4.1 御嶽山の大規模崩壊の概要 ................................................................................ 22 2.4.2 長野県西部地震による災害の発生状況 ................................................................. 22 2.4.3 崩壊地の地形・地質特性 ..................................................................................... 23 2.4.4 すべりの痕跡について ......................................................................................... 27 2.4.5 大規模崩壊の発生要因 ....................................................................................... 28 2.4.6 伝上川−濁川−王滝川の岩屑なだれの流動過程 ................................................... 29 147 2.4.7 岩屑なだれ堆積物の状況 .................................................................................... 31 2.4.8 長野県西部地震によるその他の土砂災害 .............................................................. 33 2.4.9 崩壊災害の特徴と問題点 .................................................................................... 34 2.4.10 御嶽災害の調査のまと めと災害の教訓 ................................................................. 36 2.5 1997 年 5 月の八幡平澄川地すべり災害 .................................................................. 37 2.5.1 澄川地すべり災害の概要 ..................................................................................... 37 2 .5.2 澄川地すべりの前兆的変動 .................................................................................. 37 2 .5.3 地すべり変動の概況 ............................................................................................ 38 2.5.4 岩屑なだれの発生 と澄川地すべりの変動の性格 ....................... ............................... 41 2.5.5 1997 年変動前の 澄川温泉の地すべり地形 .............................. ............................... 42 2.5.6 地すべり地形分布図を用いた地すべり災害の予測 ................................................... 43 2.5.7 火山地域での地すべり地形分布に関す る 検討 ........................................................ 45 2.5.8 澄川地すべり災害調査のまとめ ............................................................................. 45 2.6 第2章のまとめ .................................................................................................... 46 第3章 火山地域における土砂災害の種類と特徴 ............................................................. 47 3.1 はじめに .............................................................................................................. 47 3.2 土砂災害事例の収集及び整理検討 .......................................................................... 47 3.2.1 火山地域における土砂災害の調査手法 . ................................................................ 47 3.2.2 火山地域における土砂災害の発生履歴 . ................................................................ 49 3.3 有史時代に発生した巨大∼大規模崩壊事例 ............................................................ 50 3.3.1 赤城火山/三夜沢の崩壊 (818 年) ...................................................................... 50 3.3.2 北八ケ岳天狗岳東斜面の崩壊/大月川岩屑なだれ (888 年 6 月 20 日) .................... 50 3.3.3 由布院水石山/津江岩屑なだれ (1596 年 9 月) ..................................................... 51 3.3.4 駒ヶ岳/クルミ沢岩屑なだれ (1640 年) ................................................................... 51 3.3.5 渡島大島/西山崩壊/津波災害 3.3.6 雲仙/眉山崩壊/津波災害 3.3.7 立山/鳶崩れ (1741 年 8 月 18 日) ............................................ 52 1792 年 ..................................................................... 52 (1858 年4月9日) .......................................................................... 53 3.3.8 磐梯山/裏磐梯岩屑なだれ 1888 年 ...................................................................... 53 3.3.9 白馬大池火山/稗田山 (1911 年) ........................................................................ 53 3.3,10 霧島/韓国岳山腹崩壊 (明治 30 年代 ) .............................................................. 54 3.3.11 箱根早雲山須之沢地すべり土石流災害 ............................................................... 54 3.3.12 霧島火山手洗温泉地すべり ............................................................................... 55 3.3.13 八幡平蒸ノ湯温泉の地すべり ............................................................................. 56 3.3.14 妙高火山地獄谷地すべりと白田切川土 石流災害 .................................................. 56 3.4 土砂移動現象の整理と分類 .................................................................................... 57 3.4.1 はじめに ............................................................................................................ 57 3.4.2 火山地域の斜面変動のこれまでの分類 法 ............................................................... 57 3.4.3 新たな分類法の提案 ........................................................................................... 57 3.5 新たな分類法による各タイプの斜面変動の比較検討 ............................................... 58 3.5.1 巨大崩壊(山体崩壊)・岩屑なだれ ........................................................................ 60 3.5.2 大規模崩壊・長距離土砂移動 .............................................................................. 61 3.5.3 中規模斜面崩壊・泥流・土石流 .............. . .......... ................................................... 61 3.5.4 小規模の表層崩壊・土石流 .................................................................................. 62 3.5.5 大規模地すべり .................................................................................................. 62 3.5.6 中∼小規模の地すべり(火山性地すべり) ............................................................... 63 148 3.5.7 非崩壊起源の土石流 .......................................................................................... 64 3.5.8 岩石崩落,落石 .................................................................................................. 64 3.6 火山体で生じる土砂災害のタイプと特徴 ................................................................ 64 3.7 各斜面変動と誘因との関係 .................................................................................... 66 3.8 第3章のまとめ ..................................................................................................... 66 第4章 第四紀火山における山体崩壊・岩屑なだれの発生状況 ........................................... 67 4.1 はじめに .............................................................................................................. 67 4.2 岩屑なだれの定義とこれまでの研究成果 ................................................................ 67 4.2.1 岩屑なだれの定義 .............................................................................................. 67 4.2.2 これまでの研究 ................................................................................................... 68 4.3 研究の目的および手法 .......................................................................................... 69 4.4 日本の火山地域における岩屑なだれの発生状況 ...................................................... 70 4.4.1 発生件数と分布 .................................................................................................. 70 4.4.2 火山ごとの山体崩壊・岩屑なだれの発生回数 .......................................................... 71 4.4.3 山体崩壊・岩屑なだれの発生頻度 ......................................................................... 71 4.4.4 岩屑なだれの規模 .............................................................................................. 73 4.5 崩壊地形の特徴 .................................................................................................... 74 4.5.1 崩壊地形の残存度 ............................................................................................. 74 4.5.2 崩壊発生位置 .................................................................................................... 75 4.6 岩屑なだれ堆積域の特徴 ....................................................................................... 76 4.6.1 岩屑なだれ堆積物の分布状況 .............................................................................. 76 4.6.2 堆積物の拡散度 ................................................................................................. 76 4.6.3 流れ山について .................................................................................................. 77 4.6.4 岩屑なだれ堆積物の岩相および特徴 ..................................................................... 78 4.7 岩屑なだれの流動性について ................................................................................ 78 4.8 討論 ..................................................................................................................... 80 4.8.1 日本の火山における岩屑なだれの発生件数 ........................................................... 80 4.8.2 山体崩壊・岩屑なだれを起こす可能性のある火山について ........................................ 80 4.8.3 非火山地域の大規模崩壊との比較 ....................................................................... 81 4.8.4 山体崩壊の発生素因 .......................................................................................... 81 4.8.5 山体崩壊の発生誘因 .......................................................................................... 82 4.9 本章のまとめ ........................................................................................................ 82 第5章 磐梯山と白鷹山における山体崩壊の発生要因に関する研究 ................................... 83 5.1 はじめに .............................................................................................................. 83 5.2 磐梯火山の概要 .................................................................................................... 83 5.2.1 磐梯山で生じた斜面変動 ..................................................................................... 83 5.2.2 磐梯山の 1888 年山体崩壊に関するこれまでの研究成果 ......................................... 83 5.3 磐梯山で実施した研究調査内容 ............................................................................. 83 5.4 1888 年崩壊壁の調査 ............................................................................................. 84 5.4.1 ヘリ斜め写真撮影 ............................................................................................... 84 5.4.2 モザイク合成写真の作成 ...................................................................................... 85 5.4.3 崩壊壁の図化 .................................................................................................... 85 5.4.4 崩壊壁の形状 .................................................................................................... 86 5.4.5 ヘリ斜め写真の実体視判読による火山体内部構造 .................................................. 87 149 5.5 磐梯山 1888 年崩壊源のボーリング調査 ................................................................. 90 5.6 磐梯火山のまとめ ................................................................................................. 91 5.7 山形県白鷹火山における大規模崩壊斜面の探査 ...................................................... 92 5.7.1 白鷹山の大規模崩壊の概略 ................................................................................ 92 5.7.2 崩壊源のボーリング掘削調査 ................................................................................ 92 5.7.3 堆積域の湖底ボーリング調査 ................................................................................ 93 5.7.4 荒沼湖底堆積物 ................................................................................................ 94 5.7.5 14 C年代測定 ..................................................................................................... 94 5.7.6 挟在テフラの同定 ............................................................................................... 94 5.7.7 花粉分析 ........................................................................................................... 95 5.7.8 荒沼堆積物の堆積開始時期 ................................................................................ 95 5.9 第5章のまとめ ................................................................................................. 96 第 6章 開析過程に基づく火山体の分類 ........................................................................... 97 6.1 はじめに .............................................................................................................. 97 6.2 研究手法と研究対象 .............................................................................................. 97 6.3 各火山において卓越する開析過程の調査 ................................................................ 98 6.4 火山体の開析タイプの特徴と相違点に関する検討 ..................................................100 6.5 各開析型と斜面変動に関する考察 .........................................................................102 6. 6 本章のまとめ .......................................................................................................102 第 7 章 崩土の運動実験による斜面運動の様式と要因 ......................................................105 7. 1 はじめに .............................................................................................................105 7.1.1 研究目的 ......................................................................................................... 105 7.1.2 研究手法 ......................................................................................................... 106 7.1.3 実験のねらい ................................................................................................... 106 7.1.4 本章で用いる用語の定義 ................................................................................... 106 7.2 斜面崩土の運動に関するこれまでの研究成果 ........................................................107 7. 3 実験手法 .............................................................................................................107 7.3.1 実験装置および実験方法 .................................................................................. 107 7.3.2 実験材料および条件 ....... . ................................................................................. 109 7.3.3 観測 ............................................................................................................... 109 7. 4 実験結果 ............................................................................................................. 110 7.4.1 運動形態の種類 ................................................................................................110 7.4.2 運動形態の相違 ................................................................................................113 7.4.3 各タイプの運動の発生メカニズム ..........................................................................114 7.4.4 崩土の到達距離と等価摩擦係数 .........................................................................115 7.4.5 堆積範囲の拡大について(堆積土砂の拡散の度合) ...............................................116 7.5 崩土の運動実験に関する考察 ............................................................................... 117 7.5.1 崩土の運動状態に関する考察 .............................................................................117 7.5.2 実際の斜面運動との対比 ....................................................................................118 7. 6 第 7 章のまとめ ................................................................................................... 119 第8章 火山地域での斜面防災に関する総合的考察 .......................................................121 8. 1 はじめに .............................................................................................................121 8. 2 土砂災害の発生場としての火山地域の特徴 ...........................................................121 150 8.2.1 火山地域で土砂災害が多く起きる要因(素因と誘因) .............................................. 121 8.2.2 火山地域の地形的特徴 ..................................................................................... 121 8.2.3 火山地域の地質条件 ........................................................................................ 122 8.2.4 火山地域における水文地質環境 ......................................................................... 122 8.2.5 火山活動の関与(噴気・変質作用) ...................................................................... 123 8. 3 火山地域において土砂災害を引き起こす誘因と災害の予測について .........................123 8.3.1 多岐にわたる誘因の複合化 ................................................................................ 123 8.3.2 降雨 ............................................................................................................... 123 8.3.3 融雪水 ............................................................................................................ 123 8.3.4 凍結融解作用 .................................................................................................. 124 8.3.5 地震動 ............................................................................................................ 124 8.3.6 火山活動 ......................................................................................................... 124 8. 4 火山活動が地すべり崩壊に及ぼす影響 ..................................................................124 8.4.1 火山噴火の爆発エネルギー ............................................................................... 125 8.4.2 溶岩流の流下 .................................................................................................. 125 8.4.3 溶岩円頂丘(溶岩ドーム)の成長 ......................................................................... 126 8.4.4 潜在円頂丘の貫入による山体の変形 ................................................................... 126 8.4.5 火砕流の流下・堆積 .......................................................................................... 126 8.4.6 火山性地震による地すべり・崩壊の発生 ............................................................... 126 8.4.7 噴気・熱水による変質作用,噴気圧の作用による支持力の低下 ............................... 126 8.4.8 火山砕屑物(軽石,火山灰等)の堆積 .................................................................. 127 8.4.9 地熱の影響 ..................................................................................................... 127 8 .5 火山地域において土砂災害による被害を軽減するための方策 .................................127 8 .6 斜面変動ごとの防災の対処に関する提言 ...............................................................128 8.6.1 山体崩壊・岩屑なだれに関する予知と防災 ........................................................... 128 8.6.2 火山性地すべりに関する予知と防災 .................................................................... 128 8 .7 火山地域の土砂災害の防止を目指した今後の研究課題 ...........................................129 8.7.1 過去の災害事例の見直し・再調査 ....................................................................... 129 8.7.2 火山体の内部構造の把握手法の開発 ................................................................. 130 8.7.3 長距離流動機構の解明 ..................................................................................... 130 8.7.4 火山ハザードマップの作成への貢献 .................................................................... 130 8 .8 本章のまとめ .......................................................................................................131 第9 章 謝 文 結 論 ......................................................................................................133 辞 ..........................................................................................................................135 献 ..................................................................................................................137 151