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7 人の侍フレームワークのロボット介護機器への適用
7 人の侍フレームワークのロボット介護機器への適用 ○中坊 嘉宏 (産総研) 1. はじめに 7 人の侍フレームワーク[1]とは、著名な日本映画 のアナロジーとして、システム開発で考慮すべき 7 つの要素を指摘したもので、近年、システム工学の 分野で注目されている[2]。 一方、少子高齢化を背景に、平成 25 年度から 5 カ年の計画で AMED ロボット介護機器開発・導入促 進事業[3](開始時は経産省事業、以下本事業と呼ぶ) が行われ、厚労省と経産省とが連名で定めた「重点 分野」[4]、移乗介助機器(装着型、非装着型)、移 動支援機器(屋外型、屋内型)、排泄支援機器,入 浴支援機器、見守り支援機器(介護施設型、在宅介 護型)の 8 種 5 分野のロボット介護機器について、 50 社を超える事業者による開発が進められている。 さらに産総研を含む基準策定・評価事業により、 Fig.1 に示す V 字モデルや Fig2. に示す ICF(国際生 活機能分類)[5]に基づいた機器開発と評価の手法の 開発、および基準の策定が行われている[6,7]. 本研究では、本事業で示すロボット介護機器開発 の手法や考え方が、7 人の侍フレームワークに照ら してどのように適合し、また開発に必要不可欠なも のであるかを、相互に比較しながら明らかにする。 2. Fig. 1 ロボット介護機器開発の拡張 V 字モデル(一部) 健康状態 心身機能 活動 個人因子 環境因子 主観的体験 ロボット介護機器開発の考え方 2.1 ロボット介護機器開発の V 字モデル 一般に、システムやソフトウェアの高信頼開発に おいて V 字モデル開発が重要とされている。Fig.1 のロボット介護機器の V 字モデルでは、点線で示さ れた V 字の下半分の部分に、「要件定義」から始ま り、「プロトタイプ作成」と「システム検証」に至 る、いわゆる従来型のシステム開発が示されている。 一方、上半分の「人との関係」として示される部 分は、本事業で新たに提案し追加した人が関わる部 分の設計、開発のコンセプトを示している。 特に最上位の層では「一日の生活の中での課題の 明確化」が示され、その具体像として下位の「目標 となる「活動」の明確化」が、さらにそれを実現す るものとして「要素動作の明確化」が位置づけられ ている。この段階にきて初めて、ロボット介護機器 の機能として、被介護者のどのような「要素動作」 を可能にするのか、またその際に機器と介護者とは どのように連携し、その動作を実現するのか、論じ ることができる。従来の介護機器の開発では、この 要素動作のレベルから設計を開始するのがほとん 参加 Fig. 2 ICF 国際生活機能分類 どだったが、本事業ではより上の階層、より上流の 設計からロボット介護機器のコンセプトや要件を 検討することを特色としている。 2.2 ICF に基づくロボット介護機器の開発 また Fig.1 の V 字モデルの人に関わる部分の 3 つ の階層は Fig.2 に示す ICF に基づくものである。す なわち、ICF で人の健康状態を規定する「参加」、 「活動」、「心身機能」のうち、V 字モデル最上位 層が参加、次の層が活動、そして機器の動作につな がる層が心身機能となっている。ロボット介護機器 や介護者は、被介護者にとって環境因子にあたる。 以上を合わせると、ロボット介護機器の目的は、 介護者を含む他の環境因子と連携し、心身機能への 作用を通じて、活動、参加のレベルでの目標を達成 することである[7]。 3. 7 人の侍フレームワーク 3.1 ロボット介護機器開発と 7 人の侍 7 人の侍フレームワークはシステムオブシステム 課題(P1): 理解する 一日の生活の中での目標 実現システム(S3): 意図して取り組む コンテクスト システム(S1): 環境因子 開発手法・体制・プロセス 問題解決システム (S2): 機器のコンセプト 取り組む 競業システム(S7): 代替手段 になる 課題(P2): 競業する マイナスの影響 開発するか になる 修正する必要 理解する 適用システム(S4): 実現された機器 原因 になる 修正されたコンテクスト システム(S1’): 環境因子 協働システム (S5): 機器と連携 する環境因子 Fig. 3 持続システム (S6): 教育訓練、 サポート 協働 する 持続する 7 人の侍フレームワークと、対応するロボット介護機器開発の要素 ズ(複数のシステムが統合、連携して一つのシステ ムを構成する)の観点から、ある課題を解決する(た めのシステムを開発し、それを維持する)ためにど のようなことを考慮しなければならないかを示した ものである[1]。 一方、前節でも述べたように、本事業ではロボッ ト介護機器開発で考慮すべき点を様々挙げている が、実は 7 人の侍フレームワークで指摘されている ことと多くが共通している(Fig. 3)。そこで以下では、 7 人の侍たちがどのようにしてロボット介護機器開 発を成功に導くか、順に対比して示す。 3.2 課題(P1): 一日の生活の中での目標 7 人の侍フレームワークでは、最初に解決すべき 課題(P1)を挙げることとしており、介護ロボットに おいても、V 字モデルの左上の最初で参加レベルで の課題と目標を明確化し、次に活動レベルでの課題 を明確化することとしている。ここで注目すべきは、 本事業では、解決すべき課題のみならず目標をも設 定するところ、また ICF に基づき課題を異なるレベ ルで検討して定義するところが、重要な点であり、 ロボット介護機器開発において、7 人の侍フレーム ワークよりも詳細化されている点である。 例を挙げると、移乗機器において、仮に寝たきり を課題としてこれを解決することだけを目的とし た場合、ベッドから離れられる(離床できる)よう になればそれで解決だと考えがちである。しかし被 介護者の生活の中での目標を考えた場合、離床は目 標ではなく、参加のレベルで生活が向上するのが目 標であって、離床した後の活動が重要になることは 明らかである。すなわち、ロボット介護機器として は、離床はもちろんのこと、その後の活動にどれだ けスムーズにつなげることができるかが機器とし て実現すべき要件になると言える。以上のように、 課題だけではなく目標から考える、目標指向のアプ ローチ[8]が重要である。 3.3 コンテクストシステム(S1):環境因子 コンテクストシステム(S1)は課題(P1)を含む。コン テクストとは、課題に関係するすべての要素を合わ せたものである。介護ロボットにおいては、これは 環境因子として示されている。課題を解決するため には課題に関連する要素がすべて挙げられている かが鍵となる。 3.4 問題解決システム(S2): 機器のコンセプト 問題解決システム(S2)は課題(P1)に対して、意図し て取り組む。すなわち検討している解決手段がここ に示され、ロボット介護機器では機器のコンセプト がこれにあたる。ただし実際に開発される機器その ものは別途定義される。V 字モデルでは左側の上半 分から下半分に移行する部分の、機器の要件定義の 集合が問題解決システムにあたる。 3.5 実現システム(S3):開発手法・体制・プロセス 実現システム(S3)は問題解決システム(S2)を含み、 コンテクストシステム(S1)を理解する。すなわち 3.3 節、3.4 節で挙げた点を具体的に実行し、また次節 で機器を具現化する活動と、それらを行う方法、さ らにその実行主体と体制まで含んだ全てを実現シ ステムと呼んでいる。本事業ではまさにこの実現シ ステムがどうあるべきか、何を含むべきかを論じ、 定義しようとしているとも言える。V 字モデル全体 をプロセスとして捉え、また本論文で提案している ような、分析、設計、検討などもこれに含まれる。 3.6 適用システム(S4):実現された機器 適用システム(S4)は問題解決システム(S2)を現実 化したものであり課題(P1)を解決する。3.4 節のコン セプトに従い、実現されたロボット介護機器そのも のがこれにあたる。コンセプトと機器を分ける理由 は、実現にあたって同じコンセプトで複数のバージ ョンやバリエーションの違いがあるからである。 3.7 課題(P2):マイナスの影響 課題(P2)は、適用システム(S4)が原因で生じるあら たな課題である。本事業においても繰り返し強調さ れ、V 字モデルの右上の欄外に示されているデメリ ット、あるいは機器のリスクアセスメントにおける 残留リスクなどがこれにあたる。中坊[9]が示したよ うに、V 字モデルの各階層で、要求から実現に至る 際に意図しない負の影響が必ず発生し、逆にこれが 全くないということはあり得ない。この課題(P2)を きちんと分析し、定義できるかどうかが、実用化し た際に安全かつ安心して使えるシステムを実現で きるかどうかに強く関わってくる。この課題(P2)に 対処するには、3.2 節の目標を正しく設定し、V 字モ デルにおける禁忌を明確化すること、また次節の協 働システムをうまく活用することが重要となる。 3.8 協働システム(S5):機器と連携する環境因子 協働システム(S5)は適用システム(S4)と協働する。 これもよくロボット開発で忘れられがちであって、 実現された機器だけで課題を解決するものではな く、被介護者からみて環境因子となる介護者や他の 機器などとの連携が、一般にあるはずのものである。 例を挙げると、移乗機器においては、介護者が正 しく機器を操作し、また機器を使う際にベッドや車 椅子との連携と適切な干渉が不可欠である(Fig. 4)。 特に移乗機器では移乗そのものが目標ではなく、ベ ッドで寝た状態からどこかに移動して何か生活行 為をするのが目標だとすると、これら既存の環境で の機器や介護者とどのようにうまく連携できるか が、ロボット介護機器として本当に役に立つかどう かを決めると言える。 Fig. 4 介護リフト(パラマウント社製品案内より)、 およびロボット介護機器重点分野、移乗介助機器[4] 3.9 修正されたコンテクストシステム(S1’):環境因子 修正されたコンテクストシステム(S1’)は、適用シ ステム(S4)と協働システム(S5)を含み、コンテクスト システム(S1)からこれ「になる」ものである。前節 同様、一般にロボット開発においては、よく課題を 解決することに注力した結果、投入した問題解決シ ステムだけに注目し、その解決手段が及ぼす影響に より、コンテクスト、あるいは環境が同時に変化す ることを、事前に予測し、検討できていない場合が 多い。3.7 節の課題(P2)や 3.8 節の協働システムはそ の最たる例であるが、それ以外にも問題解決システ ムによって、注目している対象全体がどのように変 化するかを事前に見極め、またそれが正しかったか を事後に検証することが重要である。これによって 初めて実際に課題が解決され、目標が達成されたか どうかの、いわゆる機器の効果が明らかになる。V 字モデルにおいては、右上のしている活動での検証 がこれにあたる。 ここで 7 人の侍フレームワークの中で、S1 と S1’ だけが、唯一同じ番号でダッシュをつけて定義され ていることに注意が必要である。これはすなわちコ ンテクストシステムだけが(解決システムを投入す る)前と後という、時間的関係、順序関係からなる 2 つの状態を有するからである。逆にその外にある シ ス テ ムは すべ て 最初 から 最 後 まで 、あ る いは S1,S1’それぞれの中にあるシステムはそれぞれのシ ステムが存在する限り、永続するシステムであるこ とを示している。 3.10 持続システム(S6):教育訓練、サポート 持続システム(S6)は、適用システム(S4)を持続させ、 また実現システム(S3)が開発し、修正するものであ る。介護ロボットにおいては機器のサポートや導入 訓練などがこれにあたる。前節で述べたように、全 体が永続システムだと考えると、機器を開発し、導 入して終わりではなく、導入された機器が問題なく 利用され続け、また事業として多数販売され、普及 していくことになる。必然的に、この持続システム の重要性が増すことになる。 3.11 競業システム(S7):代替手段 競業システム(S7)は、課題(P1)の解決に取り組むも のであるが、適用システム(S4)と競業する。これも 最後ではあるが、一般のロボットで実用化の際に常 に問題となるものである。すなわち、構想し、開発 した解決手段としてのロボットに対して、それ以外 の方法で解決する場合と比較して、コスト、効果、 安全性を勘案して、全体としてこれを上回る十分な メリットがないと、そもそも機器が存在する意義が ない(Fig. 4)。一般にロボットは原価としてのコス トや、導入にあたっての周囲環境、人へのコストイ ンパクトが大きくなりがちである。他の単純な介護 機器を使った場合や、介護者が人手で行う場合と比 較したメリットを十分検討すべきであり、その場合 にどういった被介護者を対象とするか、V 字モデル で示す、適応を十分吟味することが鍵となる。 4. おわりに システムオブシステムズの観点から、7 人の侍フレ ームワークで示されたシステム開発で必要不可欠な 7 つの要素に対比して、ロボット介護機器開発・導入 促進事業で示された様々な考え方、手法を整理した。 いずれも一般のロボット開発で見逃されたり、開発 の終盤、実用化を目前にした時に初めて発覚して問 題になることが多い。今後は具体的な例とともに、 より詳細に問題点を検討し、効果的なロボット開発 手法につなげたい。 参 考 文 献 [1] Martin, J., The Seven Samurai of Systems Engineering, INCOSE International Conference, 2004 [2] 山本 修一郎, 7 人の侍フレームワークとシステミグラ ムの関係について, 人工知能学会 第 15 回知識流通ネ ットワーク研究会, SIG-KSN-015-0, 2015 年 [3] 経済産業省:ロボット介護機器開発・導入促進事業(開 発補助事業、基準策定・評価事業)研究基本計画、平 成 27 年 3 月 [4] 厚生労働省、経済産業省:ロボット技術の介護利用に おける重点分野、平成 24 年 11 月策定、平成 26 年 2 月改訂 [5] 「国際生活機能分類-国際障害分類改訂版-」例えば、 平成 14 年 8 月 5 日厚生労働省発表、 http://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/08/h0805-1.html [6] 大 川 弥 生 , 開 発 コ ン セプ トシ ー ト 作 成 の ポ イ ン ト (Ver.2.0)ほか、介護ロボットポータルサイト、評価 基準、http://robotcare.jp/?page_id=3861 [7] 大川弥生,「よくする介護」を実践するための ICF の 理解と活用-目標指向的介護に立って-、中央法規出 版、2009 年 [8] 大川弥生:『「人」に役立つロボット介護機器』開発 にむけたツール-ICF にもとづく開発コンセプトシー ト, ロボット学会学術講演会(福岡,2014.9),2N2-01 [9] 中坊嘉宏:ロボット介護機器の階層的安全分析、第 20 回 ロ ボ テ ィ ク ス シ ン ポ ジ ア ( 軽 井 沢 , 2015.3), 6D3, p.591-596