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資本市場から見た企業不動産 (CRE)マネジメント

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資本市場から見た企業不動産 (CRE)マネジメント
資本市場から見た企業不動産
(CRE)
マネジメント(最終回)
企業不動産マネジメントとERM
神戸大学大学院経営学研究科
准教授
みずほ証券株式会社
ストラテジックソリューション部
シニアヴァイスプレジデント
山﨑 尚志
福島 隆則
はじめに
J-SOX 対応による内部統制システム構築の必要性から、近年我が国でも、全社的リスク
マネジメント(ERM:Enterprise Risk Management)が注目を集めている。ERM とは、
全社的な見地からリスクマネジメントを行うことで、企業価値の向上を図る概念及びシス
テムのことである。
第 1 回コラムで述べた通り、投資資本収益率(ROIC:Return On Invested Capital)が
加重平均資本コスト(WACC:Weighted Average Cost of Capital)を上回れば、企業価
値は向上する。つまり、企業が不動産を効率的にマネジメントすることで、
(1)資本コス
トを増大させることなく期待純キャッシュフローを高める,
(2)期待キャッシュフローを低
下させることなく資本コストを下げる、のいずれかが達成されれば企業価値は向上する。
図1 ROICがWACCを上回るとき、企業価値は向上する
企業のバランスシート
資産
不動産
負債
負債の資本コスト
株主資本
株式の資本コスト
事業活動
投資資本収益率
(ROIC)
資金提供者
資金
債権者
資金
株主
加重平均
>
加重平均
資本コスト
(WACC)
企業価値向上
不動産証券化ジャーナル March-April 2011
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不動産マネジメントが企業価値の向上に寄与するのであれば、企業不動産(CRE:
Corporate Real Estate)マネジメントを ERM のフレームワークにおいて議論することは
有益である。もっとも、ERM にしても CRE にしても、概念自体は以前からあるものの、
ケースとして注目を集めるようになったのはここ最近のことであり、まずはその論点を整
理・検討する必要があるだろう。
今回のコラムでは、これまでの研究によって得られた成果を基に、ERM による観点から、
不動産マネジメントの理論的根拠と実証的見解を試みる。なお、この連載コラムは、企業
不動産マネジメントに関する、神戸大学大学院経営学研究科とみずほ証券との共同研究の
成果に基づいている。
全社的リスクマネジメント(ERM)とは
リスクマネジメントの世界において、ERM の概念は、1990 年代頃から既に提唱されて
いた。ペンシルバニア大学ウォートン校の Neil Doherty 教授が、2000 年に書き表した
「Integrated Risk Management」では、その冒頭にて、以下のように述べられている。
The name nowadays given to a comprehensive risk management strategy is
“integrated risk management”or sometimes“enterprise risk management.”
本書は、保険・リスクマネジメントにおける高等教育機関である、同校でのティーチング・
ノートがベースとなっており、当時から ERM という用語がリスクマネジメントにおいて、
一般的に使用されていたことが分かる。
1960 年代,70 年代頃までのリスクマネジメントは、工場の火災や海難事故による商品の
棄損などといった、保険によって移転可能なリスクが主な対象であった。しかし、ブレト
ンウッズ体制の崩壊により、グローバル・マーケットが変動相場制に移行すると、金利リ
スクや為替リスクが、企業にとって重要なリスクとして認識されるようになり、1980 年代
以降の金融工学の発展によるデリバティブ市場の拡大に伴い、リスクマネジメント論は従
来の伝統的な保険によるマネジメント(インシュアラブル・リスクマネジメント)と、証
券市場を利用したヘッジによるリスクマネジメント(ファイナンシャル・リスクマネジメ
ント)に大きく変貌した。昨今では、企業の評判の低下(レピュテーショナル・リスク),
操業上の人為的なミスあるいはシステム上のエラー(オペレーショナル・リスク),アス
ベストや土壌汚染(環境リスク)等も、重要なリスクとして認識されている。
マネジメントの対象となるリスクの拡大は、従来のリスクマネジメント体制の再考を促
すことになった。従来型のリスクマネジメントは、例えば、株主への対応は IR 部が、社内
不祥事に対してはコンプライアンス部が、労災に対しては労働安全部が対応するといった
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不動産証券化ジャーナル March-April 2011
ように、各リスクをそれに最も精通する部署が対応するという形態を取っていた。これは、
サイロ型リスクマネジメントや部門別リスクマネジメントと呼ばれる。しかし、企業を取
り巻くリスクの複雑化,多様化が急速に進展している今日では、現在自社がどのようなリ
スクを抱えており、最も対応を重視しなければならないリスクはどれかといった問題に対
して、部門レベルで対応することは難しく、この問題に取り組む為には、トップマネジメ
ントの関与が必須となる。ERM の概念は、このようにして展開されてきた。
内部統制と ERM
リスクマネジメント論において、1990 年代から提唱されてきた ERM の概念が、近年急
速に普及しているのは、冒頭でも述べた通り、内部統制に絡んだ一連の流れによる点が大
きい。内部統制とは、企業内部において違法行為や業務上の過失・不正などが発生しない
よう、規制や業務プロセスなどを整備する概念及びシステムのことを指している。
エンロン事件やワールドコム事件といった、米国で 2000 年代に発生した巨額の不正会計
事件から財務報告プロセスの厳格化が焦点となり、2002 年に成立したサーベンス・オクス
リー法(SOX 法)において、内部統制報告書の提出が義務付けられるようになった。
日本でも、ライブドア事件や村上ファンド事件といった同様の事件が発生し、財務報告
の信頼性強化が求められることになった。2006 年に施行された会社法では、大会社に「業
務の適正を確保する為の体制」、つまり内部統制システムを設置することが義務付けられ
ている。内部統制システムの具体的な内容は、法務省令(会社法施行規則第 98 条及び第
100 条)によって別途定められており、その中の「損失の危険の管理に関する規程その他
の体制」が、リスクマネジメント体制に当たるとされている。
さらに、2007 年に施行された金融商品取引法では、2008 年 4 月 1 日から始まる事業年度
から、財務報告に係る内部統制の強化を目的として、内部統制報告書の提出が義務付けら
れている。金融商品取引法のうち内部統制の整備に当たる部分は、米国の SOX 法を参考に
していることから、「日本版 SOX 法」もしくは「J-SOX」と呼ばれている。
元来、内部統制システムは、財務報告の健全性に重心を置いたものであるが、近年では
より全般的なリスクマネジメント体制へと概念を拡大させている。2004年に米国COSO(ト
レ ッ ド ウ ェ イ 委 員 会 組 織 委 員 会:the Committee of Sponsoring Organization of the
Treadway Commission)が公表した「COSO-ERM フレームワーク」では、ERM を「事
業体の取締役会,経営者,その他の組織内のすべての者によって遂行され、事業体の戦略
策定に適用され、事業体全体にわたって適用され、事業目的の達成に関する合理的な保証
を与える為に、事業体に影響を及ぼす発生可能な事象を識別し、事業体のリスク選好に応
じてリスクの管理が実施できるように設計された一つのプロセスである」と定義している。
1992 年に同じく COSO が公表した「COSO 内部統制フレームワーク」と比較すると、組織
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の目標に「戦略」が加わり、ERM は、より高い視点から制度設計を行う必要があるとの
見方を示していると言えよう。
図2 「COSO内部統制フレームワーク」
(左)
と、「COSO-ERMフレームワーク」(右)
略
戦
務
財
リスクの評価
統制活動
ス
ン
ア
イ
ラ
プ
ン
コ
子会社
事業単位
部門
事業体
統制環境
告
報
ス
ン
ア
イ
ラ
告
プ
報
ン
コ
内部環境
目的の設定
事象の識別
リスクの評価
子会社
事業単位
部門
事業体
務
業
動
活
活
務
業
動
リスクへの対応
情報と伝達
統制活動
モニタリング
情報と伝達
モニタリング
リスクマネジメントは企業価値を高めるのか?
COSO-ERM フレームワークでは、ERM が対象とすべき不確実な事象を「リスク」と「事
業機会」に分け、それを事業体が区別することが重要であるとしている注 1。さらに事業機
会は、事業体の価値の創造やその保全を支援するとしている。
一方、2005 年に経済産業省が作成した「先進企業から学ぶ事業リスクマネジメント 実
践テキスト」では、リスクを「組織の収益や損失に影響を与える不確実性」と定義し、
ERM の目的を「リスクを全社的視点で合理的かつ最適な方法で管理して、リターンを最
大化することで、企業価値を高める活動」と定めている。
両者に共通して言えることは、リスクを下方リスクのみに限定せず、ビジネスチャンス
をもたらすようなリスク(事業機会)も念頭に置いた上で、リスクを上手くマネジメント
することで、企業価値を高めることができるという視点である。
では、リスクマネジメントは、企業価値を高める行為につながるのだろうか? ここで注
意してほしいのは、「株主は本質的にはリスク回避的である。だから、企業がリスクをヘ
ッジするのは、彼らにとっても便益がある」という考えである。これは、ファイナンスの
理論では、厳密には当てはまらない。
ファイナンス理論において、リスク(トータル・リスク)は、「分散投資によって消去
可能なリスク(アンシステマティック・リスク)」と「分散投資によって消去不可能なリ
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図3 システマティック・リスクとアンシステマティック・リスク
リスク
アンシステマティック
リスク
システマティック
リスク
資産数
スク(システマティック・リスク)」に分割される。完全な証券市場、すなわち情報に非
対称性が存在せず、情報が迅速かつ正確に株価に反映されるような市場を想定した場合、
企業価値はシステマティック・リスクにのみ依存する注 2。
一方、保険やヘッジ、あるいはロス・コントロールといったリスクマネジメント手法は、
通常、アンシステマティック・リスクのみを軽減させる。保険は大数の法則に依拠した制
度であり、保険会社は多数の保険契約者を集めることで、不確実性を低減して収支を安定
させる。従って、保険会社によって取り扱われるリスクは、他者同士を組み合わせること
で消去可能なものに限定される。一方、株主も、十分に分散投資されたポートフォリオを
保有することで、保険と同じ効果を得ることができる。また、ロス・コントロールによっ
て軽減されるリスクも、労災や工場火災といったロス・コントロールによって対応可能な
状況を想像してみれば分かるように、その損失発生の頻度や損失額の大きさは、他社と相
関がないケースが多い。すなわち株主は、こうした会社固有のリスクに対して、分散投資
を行うことで消去することが可能である。こうした点から、リスクマネジメントは、分散
投資によって消去不可能なリスクを軽減することはない注 3。
ファイナンスにおいて、企業価値は、将来得られる期待純キャッシュフローの現在割引
価値として定義される。
E (NCF1)
E (NCF2)
E (NCF3)
E (NCF )
∞
t
−
−
−
−+ −
−
−
−
−
−
−
− +−
−
−
−
−
−
−
− + ... = Σ t =1−
−
−
−
−
−
−
−
V = −−−(−
t
(1+δ)
(1+δ)
(1+δ)
1+δ)
2
3
ここで、E(NCFt ) は当該企業の t 期における期待純キャッシュフローであり、δは当
該企業のリスク(資本コスト)を表している。もし、リスクマネジメントがシステマティ
ック・リスクを軽減しないのであれば、リスクマネジメントは、右辺の分母部分には影響
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しないことになる。
従って、リスクマネジメントが企業価値を増大させる為には、分子部分、すなわち企業
の期待純キャッシュフローを増加させる必要がある。リスクマネジメントがもたらす効用
で良く議論されるのが、過少投資の問題である。現実の世界を想定した場合、情報は経営
者と投資家の間で非対称であり、純粋な MM 理論で想定されるような世界はあり得ない
(MM の議論に関しては第 4 回コラムを参照)。税金を想定していない MM 命題によれば、
資本構成は企業価値に影響を及ぼさないが、経営者と投資家の間に情報の非対称性が存在
する場合、企業が証券を発行すれば、投資家は現在の株価が過大評価されていると受け取
ってしまう為、過小評価された価格まで下がらないと売れない可能性がある。こうした間
接コストの存在によって、企業は、内部資金,負債,株式の順に資本調達を行う。その為、
情報の非対称性による間接コストが存在すれば、企業価値を高めるような設備投資に対し
ても見送られる可能性がある。これが過少投資の問題である。
こうした状況下でリスクマネジメントを全く行わなければ、企業のキャッシュフローの変
図4 情報の非対称性
情報の非対称性
企業の財務情報
企業活動
(実態)
資産
不動産
負債
株主資本
資本市場
債権者
株主
動幅が大きくなり、過少投資の問題はより深刻になる。企業がリスクマネジメントを実行す
ることによって、不慮の事故によって多額の損失が発生しても、新規プロジェクトへの投下
資本を確保することが可能となり、過少投資の問題を緩和することができるのである。
それ以外にも、リスクマネジメントを実行することで、(1)保険会社が提供するサービ
ス(例えば、海難事故のデータや損害調査費用等)の取得,(2)破たん確率の低下による
他のステークホルダーとの契約コストの減少,(3)期待税金支払い額の低下といった恩恵
を被ることができる。これらは、企業の将来キャッシュフローを増加させることになるだ
ろう。
一方で、リスクマネジメントを実行することで、追加的な費用(付加保険料やオプショ
ン手数料、ロス・コントロール(例えば、定期検査やスプリンクラー・システムの設置)
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不動産証券化ジャーナル March-April 2011
にかかる費用)も発生することに注意しなければならない。従って、リスクマネジメント
を実行することによるキャッシュフローの増分が、リスクマネジメントによる追加的費用
を上回るならば、企業価値は増大することになる。
注 1 COSO-ERM では、事業体にマイナスの影響を与える事象を「リスク」と定義し、逆にプラスの影
響を与える事象は「事業機会」であると、明確に区別している。
注 2 もっとも、最近のファイナンスの研究では、市場がシステマティック・リスクだけではなく、アン
システマティック・リスクに対しても価格付けがされているという報告もある(Morck, Yeung,
and Yu(2000),Ang, Hodrick, Xing, and Zhang(2006, 2009))
注 3 Cummins(1976)は、CAPM が成立する世界において、リスクを付保することでいかに企業価値
を最大化させることができるかの分析を行っているが、その分析で得られた結論は、「保険はその
価格がアンダープライスされているときにのみ企業価値を増大させる」というものであった。
不動産マネジメントと ERM
以上、近年の ERM の展開、及びリスクマネジメントと企業価値の関連性についての議
論を行った。ここで本題である、企業不動産を ERM にどのように絡めるかに立ち戻ろう。
COSO-ERM は、
(1)内部環境,
(2)目的の設定,
(3)事象の識別,
(4)リスクの評価,
(5)
リスクへの対応,(6)統制活動,(7)情報と伝達,(8)モニタリングの 8 つのプロセスで
構成されている(図2参照)。また、「先進企業から学ぶ事業リスクマネジメント 実践テ
キスト」では、PDCA サイクル(Plan ⇒ Do ⇒ Check ⇒ Act)での実施を提唱している。
いずれも、基本的なリスクマネジメントのプロセスを踏襲したものであるが、ERM にお
いては、トップマネジメントの関与がキーファクターとなっている。
戦略レベルでリスクマネジメントを行う際、不動産マネジメントも当然その範疇に含ま
れるべきであろう。ただし、2010 年に国土交通省の不動産リスクマネジメント研究会が報
告した「不動産リスクマネジメントに関する調査研究」によると、一般事業会社においては、
不動産をリスクマネジメントするという意識が希薄である点が伺われる(報告書 P.17 文中、
P.41 表 8 等参照)。
しかし、2006 年 3 月期から強制適用となった減損会計によって、投資額の回収が見込め
ないような不動産は、減損処理を行わなければならなくなった。また、2010 年 3 月期からは、
賃貸等不動産の時価等の開示も適用されている。こうした一連の IFRS へのコンバージェ
ンスの動きは、遊休資産の売却を含めた CRE 戦略の見直しを促すものであり、ERM の最
終的な目的が企業価値の向上にあることからも、ERM のフレームワークにおいて、不動
産戦略を再検討する必要がある。
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事業用不動産のマネジメントの論点
不動産を戦略レベルで判断する際、事業用不動産(事業不動産マネジメント)と投資用
不動産(投資不動産マネジメント)は、それぞれ別個のものとして扱う必要がある。
事業用不動産の保有によるリスクとしては、不動産価格の変動に係る市場リスクよりむ
しろ、地震や風水害,土壌汚染等の物的リスクや法的リスク,オペレーショナル・リスク
が重要な懸念材料となるだろう。これらのリスクへのマネジメントとして、保険の購入に
よるリスク移転,工場の分散によるロス・コントロール,セール・アンド・リースバック
によるコストカットといった手法が検討される。
しかし、それ以上に問題になるのは、間接コスト(機会費用)の存在である。特に、遊
休不動産のような現状で、キャッシュフローを生み出さない物件を不要に抱えることは、
価値の棄損をもたらす可能性がある注 4。従って、事業不動産マネジメントの場合、最適な
不動産保有水準の決定が大きな問題となる。今回の一連のコラムで行った実証分析結果は、
この観点からの示唆を多く含んでいる。
第 2 回コラムでは、我が国企業の不動産保有比率(CRER)と株価との関係について分
析を行った。その結果、CRER が高い企業ほど株式超過リターンが低いとは必ずしもなら
なかったものの、(1)事業用不動産と投資用不動産を分別できなかった点,(2)不動産の
時価情報が用いられなかった点で、解釈には注意を要する。
第 3 回コラムでは、CRER とコーポレート・ガバナンスとの関係について分析を行った。
その結果、ガバナンスが頑健(脆弱)な企業ほど不動産保有は少ない(多い)傾向のある
ことが分かった。これは、ガバナンスが頑健な企業ほど機会費用の存在を認識し、付加価
値を生みださないような余分な資産は極力持たないというインセンティブが働いているも
のと推測される。
第 5 回コラムでは、企業の本社移転に関するイベントスタディを行った。これは、不動
産を有効活用することで、コストカットを狙う戦略であると考えられ、イベントスタディ
の結果から見ても、市場はこうしたイベントを好意的に評価していることが分かった。
注 4 例えば、Ambrose(1990)は、不動産の保有比率が高い企業ほど、M&A のターゲットになりやす
いという実証結果を報告している。
投資用不動産のマネジメントの論点
本業で使用する不動産の他に、企業は、投資目的で不動産を取得するケースもある。こ
うした不動産投資による多角化は、企業全体の収益の安定を念頭に置いた戦略と言える。
第 2 回コラムの結果を見ると、企業の不動産保有とベータ・リスクとの間には、一貫し
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不動産証券化ジャーナル March-April 2011
た関係が見られ、CRER が高い企業ほど総じてベータが低い傾向にあることが分かった注 5。
投資用不動産に係るリスクとしては、何よりも、不動産価格や賃料,空室率の変動とい
った市場リスクを考慮する必要がある。こうしたリスクに対応する手段としては、DCF 法
による不動産価値の評価や、VaR による定量的な分析が検討される。
もっとも、不動産業や REIT 等といった不動産を専門に扱う主体が存在することから、
事業用不動産に比べると、投資用不動産に対するリスクマネジメントの意識は、浸透して
いるように思われる。
注 5 ただし、不動産事業への多角化を行うことによって企業全体のベータが低下する為には、不動産事
業のベータが他業種よりも低い必要がある。試みに、不動産業や REIT のインデックスを用いて、
第 2 回コラムと同じ検証期間のベータを推定したものの、取り立てて不動産業のベータが低いとい
う結果は見られなかった。
終わりに
今回のコラムでは、近年注目を集めている ERM の観点から、不動産マネジメントに対
する理論的検討を行い、実証的見解を述べた。ERM は、トップマネジメントの関与が不
可欠であることから、不動産に係るリスク(その事業機会を含めて)を戦略レベルで捉え
ていく必要がある。
近年の IFRS へのコンバージェンスに伴い、詳細な不動産情報の開示が求められる傾向
にある。このことは、企業が不動産を効率的にマネジメントしなければ、投資家に即座に
情報が伝達され、企業価値に悪影響を及ぼすことを意味する。そのことからも、ERM の
導入において、不動産に係るリスクを全社レベルで把握することの重要性は、今後ますま
す高まっていくことであろう。
以上で、『資本市場から見た企業不動産(CRE)マネジメント』の連載コラムを終わり
にしたいと思う。ここでの我々の研究成果や議論などが、実際の企業における不動産マネ
ジメント、あるいはそうしたアドバイス業務などにおいて、何らかのお役に立つことがで
きていれば幸いである。長らくご愛顧いただき、誠にありがとうございました。
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資産価値向上と不動産市場の活性化・透明性の向上に向けて~』.
やまさき・たかし
2005 年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。同経営学研究科助手を経て、現在神戸大学大学院経営学研究
科准教授。専門はリスクマネジメント。
著書に『野球人の錯覚』
(共著、東洋経済新報社)
など。
ふくしま・たかのり
早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了(MBA)
。国内証券会社や外資系投資銀行等でデリバティブ・トレーディング業務や
リスクマネジメント業務を担当し、現職では CRE / PRE マネジメントや不動産デリバティブなど、不動産関連ビジネスの研究・
開発,業務推進に従事。国土交通省 「 不動産リスクマネジメント研究会 」 座長。国土交通省 「 住宅価格指数検討委員会 」 委員。
早稲田大学国際不動産研究所客員研究員。日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)
。宅地建物取引主任者。著書に『投資の
科学』
(共訳,日経 BP 社)
など。
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