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人材育成の課題解決に向けたヒント集

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人材育成の課題解決に向けたヒント集
緊急雇用創出推進事業
(在職者スキルアップ促進事業)
人 材
育 成
プ ラ
人材育成の課題解決に向けたヒント集
平 成 25 年 6 月
北 海 道 経 済 部
ン
目
次
Ⅰ 道内中小企業における人材育成の課題
1
中小企業が生き残る決め手は「人材力」
2
育成が進まない最大の原因は、育成効果を「評価・検証」していないこと ・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1
1
Ⅱ これからの人材育成のあり方
1
経営戦略とリンクした目標を提示する ( Plan )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2
2
若手従業員を定着させる職場をつくる ( Do )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3
3
やる気を高めて目標の達成に取り組む ( 〃 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
4
4
明確なルールと基準で評価・検証する ( Check ) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5
5
全員参加で「PDCA」を回し続ける ( Action ) ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8
Ⅲ 分野別/課題解決のヒント
1 「食」分野
事例
1 事業の拡大と人材の育成は車の両輪(A社)
・・・・・・・・・・・・・・・
9
事例
2 全てのアクションは評価・検証から(B社)
・・・・・・・・・・・・・・・
11
事例
3 経営者の意識改革が全てのスタート(C社)
・・・・・・・・・・・・・・・
13
事例
4 可愛い子に旅をさせて意識を変える(D社)
・・・・・・・・・・・・・・・
15
2 「観光」分野
事例
5 会社は成長し続けなければならない(E社)
・・・・・・・・・・・・・・・
17
事例
6
成長とは日々の変革努力の積み重ね(F社)
・・・・・・・・・・・・・・・
19
事例
7
全ては経営者のリーダーシップから(G社)
・・・・・・・・・・・・・・・
21
事例
8
腹をくくり仕事を任せて人を育てる(H社)
・・・・・・・・・・・・・・・
23
事例
9 中間層を動機づけて若手を育成する(I社)
・・・・・・・・・・・・・・・
25
3 「ものづくり」分野
事例 10
会社が目指す姿は全ての[見える化](J社)
・・・・・・・・・・・・・・・
27
事例 11 敵を知り己を知らば百戦危うからず(K社)
・・・・・・・・・・・・・・・
29
事例 12
機械化で3Kイメージをくつがえす(L社)
・・・・・・・・・・・・・・・
31
事例 13
技術屋が出来ないでは済まされない(M社)
・・・・・・・・・・・・・・・
33
事例 14
自分でやれ、人に甘えてはいけない(N社)
・・・・・・・・・・・・・・・
35
4 「福祉・介護」分野
事例 15
規模拡大の前に育成の基盤を整える(O社) ・・・・・・・・・・・・・・・ 37
事例 16
選ばれる立場でもあることに気付く(P社) ・・・・・・・・・・・・・・・ 39
事例 17
コミュニケーションの糸口をさがす(Q社) ・・・・・・・・・・・・・・・ 41
事例 18
コミュニケーション能力を強化する(R社) ・・・・・・・・・・・・・・・ 43
事例 19
育成の鍵は自発性を引出して支える(S社) ・・・・・・・・・・・・・・・ 45
Ⅳ 公的支援制度を活用しよう
1
北海道職業能力開発サービスセンターの役割
2
教育訓練に関する助成制度について
むすびに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
47
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
47
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・49
Ⅰ 道内中小企業における人材育成の課題
1 中小企業が生き残る決め手は「人材力」
企業の経営資源は「ヒト・モノ・カネ」と言われますが、これらの中で最も重要な資源
は「ヒト」でありましょう。なぜならば、ヒトが他の資源を活かすことによって利益が生
み出され、他社との競争に打ち勝つことができるからです。
とりわけ中小企業にとっては、限られた経営資源を活かし、他社の追随を許さない製品や
サービスを開発し提供することが、厳しい競争に勝ち抜き生き残る決め手になるのであり、
そうした日々の経営を支えるのは、企業の幹部職員と多数の従業員の「人材力」です。
それゆえに経営者は、提示した「長期ビジョン」や「経営計画」を従業員がしっかりと
理解し、計画どおりの成果を上げて経営に貢献してくれる、すなわち経営者と価値観を共
有できる「人材」になってくれることを期待して、従業員の育成に取り組んでいます。
2 育成が進まない最大の原因は、育成効果を「評価・検証」していないこと
このたび、道が実施した「食」や「観光」など4つの重点分野の中小企業 3,000 社への
「人材育成に関するアンケート調査」や、その中から課題を抱える 19 社を選定し実施した
「ヒアリング調査」の中から聞こえてきたのは、人材の不足を訴え、従業員が期待どおり
に育ってくれないと嘆く多くの経営者の声でした。
これまで、OJTをはじめ研修や講習など多くの機会を設けて努力を重ねても、なぜ育成
が進まないのでしょうか。そもそも従業員に問題があるのでしょうか。それとも育成方法に
問題があるのでしょうか。育成が進まない本当の原因はどこにあるのでしょうか。
実は、その原因は、育成に取り組んだ効果を「評価・検証」しておらず、したがって、
育成方法の改善・向上のための「PDCA」が「PD」で止まっていることにあります。
今回の2つの調査の結果、ほとんどの企業で効果を測定する「仕組み」が構築されてお
らず、このため「PDCA」が回るような状況にはなく、せっかくお金と時間をかけて実
施した研修や講習などが、やりっぱなしで終わっていることが明らかになりました。
これでは経営者が「従業員が育ってくれない」と嘆くのも無理はありません。しかし、
このままでは人材の育成が進まず、企業の活力が失われてしまいます。そこで、こうした
課題を解決するための「ヒント」を、次ページ以降で提案してまいります。
1
Ⅱ これからの人材育成のあり方
人材育成を効果的に進めるためには、まず経営者本人が組織内部を総点検して、育成を
阻む「原因」や「制約条件」を明らかにし、それを除去あるいは改善して「PDCA」を
しっかりと回すようにしなければなりません。
そこで、この第Ⅱ章では、経営者の皆様が自社のこれまでの取組を「評価・検証」し、
「P
DCA」を回すための「仕組み」や「ツール」づくりに取り組んでいただくために、5つ
のテーマを掲げ、そして、それぞれの論点をあえて「質問形式」にしています。
「ヒント」が添付された「チェックリスト」としてご活用いただければ幸いです。
1 経営戦略とリンクした目標を提示する
Plan
(1) そもそも人材育成に取り組む「目的」は何でしょうか?
人材育成の目的は、経営者が掲げた長期ビジョンや経営計画を従業員がしっかりと理解
し、計画どおりの成果を上げて経営に貢献してくれる「人材」になってもらうことです。
しかし、今回のアンケート調査では、人材育成にかけるお金と時間がないとの回答が多数
を占めましたが、このような認識のもとで、はたして人材育成が実現できるのでしょうか。
経営資源に限りがある中小企業にとって、人材育成とは、厳しい競争に勝ち抜き生き残
るための重要な「経営戦略」であり、人材力の優劣が競合他社との存亡を分ける決め手に
なりますので、決して軽んじてはならないことをまず肝に銘じる必要があります。
(2) 明確な目標を掲げて末端にまで浸透させていますか?
人材育成に取り組む「前提条件」は、何よりもまず経営者が「夢」を持つことです。
そして、その夢に、はっきりと数字を入れた「長期ビジョン」や「経営計画」をもって
全ての従業員に熱く語り、その実現に精一杯の努力を傾けることです。
たとえば、「5年後には、売上高と従業員の給与を2倍にする!」「そのために本年度は
前年対比15%増の売上高を目指す!」というように、経営戦略とリンクさせた明確な目
標を掲げて、末端の従業員にまで徹底して浸透させることが必要です。
そして、掲げた目標を生きたものにするために、それをどうやって実現していくかを従業
員に考えさせ(P)、行動を促し(D)、その結果を評価・検証(C)させて改善・向上の必要性
に気付かせ、自発的な行動(A)につなげるという「仕組み」づくりが不可欠です。
2
2 若手従業員を定着させる職場をつくる
Do
(1) 風通しの良い職場をつくっていますか?
今回の2つの調査では、従業員の定着について何らかの対策を講じる必要があるとの回
答が約3割を占めていますが、実は「中小企業白書」( 2006 年)が、
「定着率に差が出る中
小企業の取組」と題して、定着対策の「ヒント」を次のとおり提示しています。
①風通しの良い職場づくり
・経営戦略とリンクした求める人材像が明示されている
・経営者や役員と意見交換が行いやすい
・若手が相談しやすい雰囲気を意識して作っている
②若手を成長させるための取組
・キャリア・パスを明確に示している
・若手一人ひとりに目標を設定し管理している
・上司の評価項目に部下の教育能力が含まれている
・自己啓発やキャリア・アップのための援助を行っている
中小企業にとって、多くの費用と時間をかけて採用し育成した人材の流出は大きな痛手で
あり、これを防ぐには、この白書が示していることを真摯に受け止め、風通しの良い職場づ
くりや若手の育成に、これまでにも増して真剣に取り組んでいく必要があります。
(2) 若手を育成させる「動機づけ」をしていますか?
この白書が提示している「ヒント」のひとつに「上司の評価項目に部下の教育能力が含
まれている」とありますが、これは、人事や給与の評価項目に「部下の教育」を組み入れ
て半ば強制的に若手の育成に取り組ませなければ、若手の定着も企業の成長もあり得ない
という「厳しい指摘」と受け止めなければなりません。
確かに、ヒトというものは、他人の面倒を見ることを好まないのが普通ですし、人事や
給与の評価制度に「個人中心の成果主義」が取り入れられている場合には、先輩や上司が
「若手の面倒をいくらみても評価されない」と考えるのは当然のことです。
そこで、従業員の善意に依存することなく、個人中心の成果主義の弊害も是正し、全ての
従業員を率先して人材育成に取り組ませるためには、
「部下や後輩を育てること」を昇給や
昇格の重要な評価項目に掲げ、他の項目以上に高い評価点を与えるという「強い動機づけ」
とともに、スキルアップの程度を測り、育てたことに報いることも忘れてはなりません。
3
3 やる気を高めて目標の達成に取り組む
Do
(1) 従業員の取組意欲を喚起するにはどうしたら良いのでしょうか?
ヒトというものは、目的を達成したならば自分にどんな利益がもたらされるのか、もし未
達成ならばどんな不利益を蒙るのかが明らかになれば、自ずと行動を起こします。
これまで人材育成は、いかに育成するかという方法論に軸足を置いて取り組まれてきまし
たが、これからは、もしも競合他社との競争に敗れたならば、会社も自分も大変なことにな
るという「健全な危機感」を従業員全員が共有し合う中で取り組まれることも大切です。
具体的には、その「健全な危機感」を強力な呼び水にして、経営戦略とリンクした目標の
実現に向けて、従業員が経営情報を共有し、全員参加で真剣に意見を出し合い、現状認識を
一致させることによって、何が課題で何をやらなければならないのかを検討し、決定し、行
動しようとするモチベーションが自ずと呼び起されるのです。
(2) キャリア・パス(育成の道筋)を明示し、従業員と共有していますか?
今回のアンケート調査では、人材育成に関する主な課題に、時間的・コスト的制約のほか、
「社内に指導できる人材がいない」
「どのような人材育成方法が効果的かわからない」など
が挙げられており、人材育成が思うように進んでいない状況が伺えます。
しかし、多様な顧客ニーズに対応するため経営のスピード化と従業員の多能化が求められ
る中、成果主義や実力主義、目標管理制度などの導入などとも相まって、前述の中小企業白
書でもキャリア・パスの明示を挙げているとおり、従業員個々のキャリア形成に向けた動き
は強まりつつあります。
これからは、支援機関の協力も得ながら、長期的な視点に立って従業員をどのように育て
ていくかという「キャリア開発プログラム」や「職業能力開発計画」の策定に取り組むとと
もに、従業員のキャリア・パスを明らかにし、自己啓発などを積極的に支援することにより、
本人のキャリア・アップへの意欲と企業への信頼感を高めていくことが大切です。
(3) 職務遂行能力の基準を定め、従業員一人ひとりの目標管理に取り組んでいますか?
従業員が自分のキャリア・パスをもとにキャリア・アップへの取組を進めるには、
「いま
の自分の能力はどのレベルなのか」
「次の階層に上がるためには何が必要なのか」を具体的
に把握・確認する必要があり、そのためには、経営者が、それぞれの階層に求められる職務
遂行能力の基準を「ものさし」として定めて、積極的に公開しなければなりません。
4
ところが、今回の2つの調査の結果、「従業員の職業能力を評価する基準や方法を持って
いない」、
「階層別の人材育成計画を持っていない」との回答が過半数を大きく超えており、
これでは従業員のモチベーションを高めることなど到底できません。
確かに、中小企業でキャリア・パスや職務遂行能力の評価基準・評価方法を策定し、効果
的に運用しているところはまだ少数にとどまっていますが、これからの厳しい競争に勝ち抜
き生き残るには、長期ビジョンや経営計画の中にこうした職業能力評価システムの整備を重
要な戦略として位置づけ、組織を挙げて「人材力」の強化に取り組む必要があります。
そして、この職業能力評価システムを生きたものにするには、まず従業員個々の能力を評
価基準を使って判定し、次にこの1年間のスキルアップの到達目標を自己申告させ、一定期
間ごとに到達度を自己診断させて上司や管理職が面談・評価し、その結果を次の取組に生か
すという、
「育成のPDCA」を回すための綿密な「目標管理制度」の導入が不可欠です。
4 明確なルールと基準で評価・検証する
Check
(1) 公的ツールを活用して、自社の評価基準を整備しませんか?
従業員にとって一番の関心事は「給与」と「評価」であり、様々な不平不満の原因を突き
詰めるならば全てがここに由来し、モチベーションの低下を引き起こしてしまいますので、
何を基準にしてどう評価しているのかをきちんと伝えることができなければいけません。
そのためには、職務遂行能力の定義と基準が、部門・職種・階層ごとに明確に定められ、
従業員全員にあらかじめ周知されている必要がありますが、中小企業では、この「ものさし」
づくりが人事担当者の重い負担になって、整備がなかなか進まない状況にあります。
このため、国や中央職業能力開発協会では、職業能力を客観的に評価するためのシステム
を整備し、その普及促進に取り組んでおり、本年2月末現在で50業種・257職種の評価
基準が整備されていることから、社内基準の信頼性を高めるうえでも、こうした公的ツール
を自社の実状に即して修正し導入することもひとつの方法です。
(2) 能力と成果を、「絶対評価」していますか?
基準づくりの次は評価方法ですが、会社の人事や給与規程が年功序列で、仕事ができなく
ても、業績に貢献していなくても、給与が高くなり階層も上がっていくのでは、誰もが成果
を上げようとしなくなるのは当然で、従業員個々の能力と成果をきちんと評価し処遇しなけ
れば、会社も職場も不活性になり業績が落ち込んでしまいます。そこで評価方法に関して、
中央職業能力開発協会の資料に格好の事例がありますのでご紹介しましょう。
5
(中央職業能力開発協会の資料から抜粋)
T社では、人事評価制度について、かねてから社内で不満の声が聞かれていた。
そこで人事部としては、制度の改正を行うに当たり、管理職の力を借りることにした。
管理職たちの話し合いの結果、自社に最も相応しい評価制度は自らの手で創る以外にな
いとの共通認識に至り、半年後に念願の自分たちの手作りの評価制度を完成させ、社内へ
の通達と第1次評価者の係長クラスへの研修を開始した。
○新たな人事評価制度の特徴
・全ての部門職種について絶対評価
・職務遂行能力の定義と測定基準~部門ごと・階層ごとに定める
・能力の種類
習得能力を「~力」
態度能力を「~性」
結果能力を「~度」でそれぞれ評価測定する
・職種と階層ごとの上記3能力の割り付け
・職種と階層ごとのウエイトポイントの設定
・5段階評価
・1次と2次のダブルチェック
○評価者研修の内容
①能力評価制度の正しい理解
・絶対評価とは(相対評価との違い)
・人材育成型評価とは
・評価要素の仕組み
②ケーススタディによる実習
・個人による評価とグループ内の評価の討議
・グループごとの発表
・採点とフィードバック
(以下省略)
以上のとおり、ヒント満載の好事例を紹介しましたが、この中で最も重要なポイントは、
評価方法に「絶対評価」を用いていることです。
絶対評価とは、換言すれば「昨日の自分と比べること」であり、
「相対評価」と違って他
人と比べて不平・不満が生じるといった問題も少なからず回避できますし、①評価が明確
で、②自分の力量がよく見え、③次の目標も明らかになることから、意図せずに「目標管
理制度」が根づいて「育成のPDCA」が回っていくことにもつながります。
6
(3) 従業員のやる気を向上させる給与体系になっていますか?
評価方法の次は給与体系ですが、いくら評価制度すなわち査定方法に工夫をこらしても、
その評価が給与や賃金に適切に反映されなければ、従業員のやる気の向上にはつながりませ
んので、評価と給与体系は「表裏一体」で考えなければなりません。
給与や賃金制度は多様であり、誰からも不満が出ないような給与体系を作ることは不可能
ですが、
「業績がどうなればいくら貰える」という、長期ビジョンや経営計画とリンクした
明確な給与体系をつくることができれば、従業員全体の取組意欲は必然的に高まります。
首都圏のある中小企業の給与体系は、「基本給」は年功序列ですが、綿密な目標管理制度
のもとで、
「職責手当」は職務遂行能力と実績に応じて支給し、
「賞与」はどのような成果を
上げたかで額を決め、期ごとの業績は全て従業員に公開するという「参画経営」を基本に据
えており、2度の「日本経営品質賞」受賞が従業員のやる気の高さを証明しています。
給与体系の見直しに当たっては、優秀な従業員を腐らせてしまわないよう、目標管理制度
や評価制度としっかり連動させて「公平に差をつける」知恵と勇気と行動が必要です。
(4) 研修や講習が「現場でどれだけ使えたのか」評価・検証していますか?
これまで外部講師を招いて社内研修を実施したり、従業員を社外研修に参加させるなど多
額の費用を投じながら、なぜ教育担当部門の多くが効果を測定していないのでしょうか。
その最大の理由は、効果測定の「ものさし」となる判断基準が不明確なことにあります。
人材育成の専門家などは、研修や講習の効果の表れ方は千差万別で測定は難しいと言って
おりますが、研修内容や講師の評判がどんなに良くても、受講者が明日からの行動に生かす
ことができなければ、企業として投資する必要性は低いと言えましょう。
したがって、企業における研修や講習の効果測定の主要な判断基準は、
「明日からの行動
に生かせるかどうか」であり、この「ものさし」に照らして研修等を取捨選択し、実施後
も定期的に受講者本人・上司・部門長に対し、たとえば効果の程度を0から100までの
11段階で測定してもらい、
「現場でどれだけ使えたのか」を評価・検証し、現場と一緒に
なって次の研修等に生かすという、
「PDCA」に取り組むことが大切です。
また、このような教育担当部門と現場のキャッチボールと連携プレーが、社内の風通しを
一層良好にし、職務遂行能力の評価基準や評価方法の策定をはじめ、人事や給与体系の見直
しなどを円滑に進めるための気運と土壌の醸成につながっていきます。
7
5 全員参加で「PDCA」を回し続ける
Action
(1)なぜ人材育成の「PDCA」が回らないのでしょうか?
ここ十数年間、多くの企業では、人員削減を進めるために係長制から主査・主任制へと組
織をフラット化し、専門職化やプロフェッショナル化を進め、人事や給与の評価制度に「個
人中心の成果主義」を取り入れてきた結果、人材育成の風土を失ってきていることから、こ
れまでの仕組みを見直し、昔ながらの係長制を復活する動きが出てきています。
このため、人材育成の分野でも、こうしたパラダイムの変化を踏まえて、階層ごとの育成
という「個別最適」から、階層間の相乗効果を高めるという「全体最適」に枠組みが変わり
つつありますが、ここでも「PDCA」をいかに回すかが大きな課題になっています。
なぜ人材育成に関する「PDCA」が回らないのでしょうか。
それは、業績に対する貢献度を、個人と職場単位の両方で評価していないからです。
人材育成は、長期ビジョンや経営計画を実現するための「手段」ですから、業績に対す
る貢献度で効果を測定し評価することは当然ですが、これを職場単位でも評価することが、
従業員が互いにフォローし合い「PDCA」を回す強力なインセンティブになります。
(2)従業員が喜んで「PDCA」を回し続ける職場をつくりませんか?
昨年3月に取りまとめられた札幌学院大学と北海道建設新聞社による共同研究『北海道
中小企業に関する経営の成功の鍵』では、人材育成に成功している企業に共通するのは、
従業員一人ひとりのスキルアップだけでなく、職場や会社全体の組織力向上が、全員参加
で一体となって行われていることであると述べています。
これからは、長期ビジョンや経営計画の実現に向けて、従業員全員が職場で考え、知恵を
出し合い、働きながら学び、学びながら働くことが習慣になっている職場、そのような組織
と個人の良好で風通しの良い関係を作っていかなければなりません。
そのためには、従業員が経営情報を共有し、現状認識を一致させ、何が課題で何をやらな
ければならないか、その方法を全員参加で真剣に検討し、決定し、行動することによって、
各人に組織人としての自覚が高まり、個々の力が結集して相乗効果(シナジー)が生まれ、
意図せずに職場で「PDCA」が回るようになっていくのです。
さて、このあとは、4つの分野の19社が抱える課題の根本的な原因を明らかにし、これ
までのお話とも照らし合わせながら、解決の「ヒント」を提案してまいります。
8
Ⅲ 分野別/課題解決のヒント
1
「食」 分 野
事例 1
事業の拡大と人材の育成は車の両輪
(A社)
1 企業概要
実にみずみずしくフレッシュな企業です。
平成 13 年に中古車ディラーとして創業しましたが、平成 17 年に食品事業部を創設し、生
ラーメンや蕎麦などの製麺業として再スタートした“新進気鋭”の企業です。
当初、製造ライン1本で量産し販売せざるを得ないことから、品目を絞り込み、
「良質安
価」をモットーに経営を進めてきましたが、これを実現するため、A社は、全ての顧客に
事前発注と納品日の徹底やリードタイムの厳守をお願いし、全面的な理解と協力を得て実
現に至ったものであり、再スタートから僅か6年で日々約3万食を供給し、売上高6億6
千万円(2011 年度)という実績は、まさに“経営戦略の模範”と言えましょう。
また、A社自身も、建物はリース、機械や車両は中古を購入するなど、ローコストによる
オペレーションに全力を傾け、品質を維持しつつ安価を実現する一方、西山製麺や菊水など
大手の寡占下にある北海道にとどまることなく、全国に販路を広げ、昨今の経済環境下でも
売上高ベースで毎年 10%増の成長を続けているのは、
“驚異的”と言わざるを得ません。
実は、このA社は、3人のプロが核になって運営されています。
社長は営業のプロとして全国を駆け回り、工場長は製造のプロとして品質と納期に目を
光らせ、総務部長は財務のプロとして日々の資金計画はもとより、投資などの将来計画に
ついても厳しく吟味するなど、この“三本の矢”がしっかりと機能しています。
そして、これからは、さらに会社や製品の「認知度」を上げ、販路を広げ、収益力を高
め、自己資本を増強し、経営の安定性を高めていくことを、全ての従業員に掲げています。
具体的には、健康志向を追い風に、米粉を使った「機能性食品」の開発に取り組むこと
とし、札幌市の助成を得て試作品づくりに着手したほか、一昨年、後志管内の農村に農事
組合法人を設立し、現地の農業者の協力を得て高品質の蕎麦粉などの内製にも取り組むな
ど、これまでの「良質安価」とは一線を画した「高付加価値化」という新たな商品戦略(ポ
ジショニング)にも取り組み始めたところです。
9
2 人材育成に関するこれまでの取組状況
こうした発展途上の若い企業では、人材育成が後回しにされてしまいがちですが、A社で
は、毎月1回、全従業員による「勉強会」を必ず開催し、会社の方針や生産計画をはじめ顧
客からの要望など様々な情報の共有化を図っており、従業員が僅か 26 名だからとはいうも
のの、全ての従業員のベクトルをしっかりとフォーカスさせています。
また、社長と工場長がともに 34 歳と若く、従業員も平均年齢が約 30 歳という同世代のメ
リットを生かし、風通しの良い職場づくりに配慮しているほか、自己啓発に取り組もうとす
る者には全面的に支援しており、特に制度を設けてはいませんが、先輩や上司が後輩や部下
の育成に傾けた努力についても評価し、それぞれの賞与等に反映させています。
その一方で、厳しさを教えることも忘れてはいません。
従業員には、いつまでも今の成長が続くとは限らないということを機会あるごとに伝え、
事業拡大への士気高揚につなげており、その一例として、一昨年、農事組合法人を設立し
て蕎麦の生産を開始しましたが、従業員には、こうした取り組みを含めた会社の将来像を
示し、その実現に向けて、それぞれの役割や責任を自覚させるようにしています。
3 今後の取組に向けて
ここまで述べてお分かりのとおり、現時点におけるA社の人材育成に関しては、特に「ヒ
ント」を必要とする状況にはありませんが、今後の事業拡大に伴い、これまで問題とならな
かったことが、いよいよもって“惹起”されてくるであろうことは想像に難くありません。
それは何かというと、優秀な管理職の不足という問題です。
現在の従業員規模であれば、経営陣の目が末端まで行き届き、意思の疎通も図られてい
ますが、近い将来、従業員数が 100 名を超えたならば、自ずと管理方法も変えざるを得な
くなり、その時に必要とされるのが、人材育成も担うことが出来る優秀な管理職です。
このたびの「アンケート調査」や「ヒアリング調査」でも、多数の経営者が管理職の不足
を嘆き、なかでも「従業員の人材育成を担うことができる人材」を2番に挙げていることが
何よりの証左であり、この「人材育成プラン」の第Ⅱ章の「ヒント」も参考にしながら、早
期に「将来の管理職の育成と人材育成能力の涵養」に着手されては如何でしょうか。
経営陣も従業員もフレッシュで、情熱に満ち溢れている今だから着手できましょう。
“鉄は熱いうちに打て”という先人の知恵を、しっかりと生かそうではありませんか。
10
事例 2
1
全てのアクションは評価・検証から
(B社)
企業概要
まことに礼儀正しい企業です。
昭和 47 年に先代が雑穀業として創業し、昨年で 40 周年を迎えました。
現社長は平成 12 年に就任し、
「お客様に安全と安心をお届けするため、できる限りの努力
をする」を経営理念に掲げ、社員が一丸となって日々実践しており、来客への対応も、礼儀
正しく親切です。
B社の商品戦略(ポジショニング)は、
「安全」
「安心」
「高品質」な商品づくりであり、そ
の取扱品目は、通常の米穀・豆類はもちろんのこと、昨今の健康志向にも対応し、発芽米・
黒米・五穀米・胚芽押麦・ビタミン強化米などを取り扱うほか、独自のギフト商品も多数揃
えており、堅実でありながらも感度の良い商いを展開しています。
従業員数は 35 名ですが、そのうち経験年数 10 年未満が 26 名で 74%を占めています。
これは、先代社長が退くときに、高齢の職員も後進に道を譲ったことによるものであり、
こうした背景もあって、現社長は従業員教育に熱心であり、定着状況も良好です。
また、5棟の製造工場のほか製品管理倉庫や低温倉庫を保有し、フル稼働させているため
大変忙しく、前年度の売上高は約 24 億円、本年度はさらに8%増の約 26 億円を見込んでい
ます。
しかし、B社では、こうした売上目標などは、他の多数の中小企業と同様、前年度の実績
をもとに作られており、肝心の長期ビジョン(5年後の在るべき姿)は社長の頭の中にある
ことから、それをブレークダウンした本年度の目標や計画にはなっていません。
これからも成長の階段をしっかりと上っていくためには、早期に長期ビジョンの策定に取
り組み、経営戦略とリンクさせた明確な目標と計画を掲げて、それを末端の従業員にまで徹
底して浸透させ、その実現に精一杯の努力を傾けることです。
そして、その努力の結果を定期的に評価・検証し、改善・向上に取り組んでいくことによ
って、さらなる繁栄が実現されるのであり、人材育成に限らず、経営そのものにおいても、
こうした評価・検証はマネジメントの要諦と言えましょう。
実は、人材育成も,マーケティングも,マーチャンダイジングも、その全てのアクション
は、プラン(P)ではなく、評価・検証(C)から始まることを忘れてはなりません。
11
2 人材育成に関するこれまでの取組状況
このB社の社長は、従業員教育にまことに熱心です。
本年度は多忙のためにまだ実現できていませんが、昨年度まで、全ての従業員を閑散期に
中小企業大学校(旭川校)へ送り込んでしっかりと勉強させていることには驚嘆します。
その受講内容も、それぞれの従業員の希望を聞き、ある者は「財務会計」
、またある者は「5
S」や「品質管理」などというように、それぞれの職場で必要とされる知識やスキルを、主
体性を持たせて積極的に吸収させており、定着が良好な理由の一つがこの点にあります。
そして、全ての従業員を学ばせる最大の理由は、職場や会社全体の組織力の向上であり、
社長が、
『一人の従業員の 100 歩よりも、100 人の従業員の1歩』の大切さを知り抜いている
からに他なりません。
3 今後の取組に向けて
B社では、すでに従業員の職業能力評価のための基準やチェックリストなどを独自に整備
し保有していますが、社内制度として導入はしておりません。
その理由は、こうした評価制度を導入することによって、これまで築いてきた従業員との
良好で風通しの良い職場環境や、従業員相互の人間関係に軋みが生じる恐れを否定できず、
躊躇せざるを得ないことによるものですが、確かに、突然、従業員にこうした評価制度の導
入を通告したならば、大きなハレーションが生じることは容易に想像できます
ところで、こうしたハレーションを生じさせずに制度を導入する方法はあるのでしょうか。
実は、このハレーションの原因は、制度導入の前提である個々の従業員に対する「キャリ
ア・パス」
(育成の道筋)が明らかにされていないからなのです。
前もってキャリア・パスが明らかにされているならば、それぞれの従業員が、自分のキャ
リア・パスをもとにキャリア・アップへの取組を進めるために、評価基準やチェックリスト
を自己評価のための「ものさし」として受け入れていくことになりましょう。
したがって、B社には、それぞれの従業員のキャリア・パスの作成をお勧めします。
そして、このキャリア・パスは、長期的な視点に立って個々の従業員をどのように育てて
いくかという「キャリア開発プログラム」や「職業能力開発計画」がベースになりますので、
支援機関の協力も得ながら、早々にこれらの策定に着手されては如何でしょうか。
成長し続ける会社とは、成長し続ける人間の集団であり、教育と投資が不可欠です。
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事例 3
経営者の意識改革が全てのスタート
(C社)
1 企業概要
静謐で粛々とした佇まいの企業です。
全国的に有名な道内食品メーカーの製造部門を分離し、昭和 62 年に子会社として設立さ
れ、昨年で 25 周年を迎えました。
社長は親会社の会長が務め、製品の半分は親会社に、残り半分は全国チェーンの外食産
業などのスィーツ用に納めていますが、販売や営業は親会社が担っているため独自に販路
を開拓する必要がなく、納入先の発注どおりに製造し出荷することで今日に至っており、
このインターネット社会にあっても、自社のホームページを作成していません。
さらに、C社では、長期ビジョン(5 年後の在るべき姿)や経営目標、経営計画は策定さ
れておらず、その企業体質は、親会社の指示に従うだけで自発性に欠けるという、子会社に
よく見られる古い体質のままであり、人材育成に関しても、経営者の認識が低く、従業員も
研修を受けたがらないという状況にあります。
そのような中、長引く景気の低迷はスィーツ業界にも少なからぬ影響を及ぼし、この春、
親会社から、新たな販路の開拓に独自で取り組むよう指示がありましたが、これまで営業部
門はもちろんのこと、商品戦略(ポジショニング)や販売計画も持っていなかったことから、
現在、管理課長が営業も兼任し、方針や計画づくりに孤軍奮闘しているところです。
2 人材育成に関するこれまでの取組内容
このC社が抱える根本的な問題は何でしょうか。
それは、経営者によるマネジメントの不在です。
経営者が非常勤で、管理部長と管理課長が経営を切り盛りしても限界がありますし、その
ような先行きの見えない状況を一番憂慮しているのは、一人ひとりの従業員のはずです。
そうした従業員の抱える不安が、会社への不信感を募らせ、他人の面倒など見ていられな
いという自分本位の心を増長させ、社内のコミュニケーションを滞らせ、新たなことに挑戦
しようとする気力を萎えさせているのです。
それが、社内における事務部門と製造部門の乖離を生じさせ、若手とのコミュニケーショ
ンを不毛にし、隔年で高卒の新卒者を3人採用しても1年以内に2人が離職する原因となり、
社会に対する自社の顔であるホームページの作成を忌避させ、必要な研修も受けたがらな
いという、経営者が最も憂慮すべき状況を作っていると言えましょう。
13
3 今後の取組に向けて
それでは、こうした問題を解決するには、どうしたら良いのでしょうか。
その答えは、実は、これまで述べてきた問題の中にあります。
それは、経営者が常勤して部門間の融和を図り、長期ビジョンや目標や計画を策定して
全ての従業員に掲げ、しっかりと経営の先頭に立つという「経営者の意識改革」と「マネ
ジメントの復活」が全ての問題を解決する鍵になりましょう。
確かに、これまでは経営者が常勤しなくても、親会社や納入先からの指示や発注どおりに
生産ラインを動かしていれば何とか経営が回り、子会社の自発性は不必要でしたが、これか
ら先、親会社からの自立自助の要求に的確に応えていくためには、独自にビジョンや目標を
掲げ、戦略や計画を策定し、社内の推進体制を整備するなど、全社的な取組が必要です。
これは、誰かの仕事ではなく、トップ・マネジメントである経営者自身の仕事です。
この点をしっかりと認識し行動に移すならば、C社が抱えている様々な問題は雲散霧消し、
親会社にとって大きな利益をもたらす孝行息子になっていくことでしょう。
そのためには、親会社の全面的な協力を取り付けたうえで、販売計画や商品企画など関係
部門の支援を求めるとともに、C社内に事務・製造を横断した専門チームを組織し、現実的
な視点で、長期ビジョンをはじめ経営目標や経営計画、商品戦略、マーケティング、資金調
達計画などといった「仕組み」や「仕掛け」を作るための行動を起こすことが大切です。
そして、こうした行動と同時に、その担い手となる全ての従業員に対し、それぞれの育成
に全社を挙げて取り組むことを表明して不安を払拭し、前向きの力に変えることです。
その表明の内容を例示しましたので、今後の取組の「ヒント」にしてください。
①それぞれのキャリア・パス(育成の道筋)を明示し、自己啓発を支援する
②若手を育成させる「動機づけ」や、成果を評価する制度を導入する
③目標管理制度の導入や、職業能力評価システムの整備に取り組む
④公的ツールを参考にして、自社の評価基準やツールを整備する
⑤従業員のやる気を向上させる給与体系の整備に取り組む
⑥研修や講習の事後評価や効果検証に取り組む
⑦業績に対する貢献度の評価は、客観的な基準を設けて行う
など
つまるところ、全ての問題の原因は人間であり、それを解決するのもまた人間です。
厳しい局面に置かれた今こそ、経営者の強いリーダーシップが求められています。
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事例 4
可愛い子に旅をさせて意識を変える
(D社)
1 企業概要
生鮮流通の変革の中で、新たな一歩を踏み出そうとしている企業です。
D社は、昭和 28 年に本道初の公設魚菜卸売市場の卸売業者としてスタートし、昭和 53
年から水産物専門となり、従業員数 36 名を擁する中堅企業です。
周知のとおり卸売市場は、法律や条例で事業活動が規定されており、その中の卸売業者の
役割を簡単に述べるならば、生産者から販売を託された商品をセリにかけて買受人に販売し
生産者から一定の手数料を得るという「販売代行業」としての機能を担ってきたのであり、
D社もまた、こうした伝統的なシステムの下で事業を展開してきました。
しかし、平成 16 年に法律の大改正が行われ、
「商物一致の原則の緩和」
「取引形態の多様
化の推進」
「卸売市場活動の広域化」などは、これまでの伝統的なシステムを根本から覆し、
卸売業者に対して需要者のニーズを把握・開拓しそれに応じた仕入を行う「仕入代行業」
としての機能を求めており、それはすなわち、市場外の一般の食品卸売業者に対抗できる
マーケティングの力を持たなければ生き残れなくなることを意味しています。
さらに、平成 21 年 4 月から「卸売手数料の自由化」が実施され、卸売市場の開設者に対
する許可制から卸売業者による届け出制に変更されたことにより、これからは生産者が出荷
に係る物流コストばかりでなく販売に係る手数料率も比較検討し、拠点市場に出荷を集中さ
せる傾向が一層強まることが予想され、小さな市場にとって大変な脅威となりましょう。
このため、全国各地の卸売市場や卸売業者は、大手量販店など需要側のニーズの把握と営
業の強化に動き出すとともに、集荷力を高めるため供給側への働きかけを強めるほか、合併
も視野に入れて市場間連携を密にするなど、それぞれの生き残りをかけて様々な取組を進め
ており、D社もその例外ではありません。
2 人材育成に関するこれまでの取組内容
D社でも、社長自ら販売先や仕入先を回って営業の強化と情報の収集に努めるほか、管理
職には月次試算表を開示し、従業員とは「健全な危機感」の共有を図るなど、全ての従業員
の意識を改革し行動に繋いでいくための努力が重ねられているところです。
しかし、従業員の意識改革は、
「一朝一夕」に出来ることではありません。
これまでマーケティングや営業などに取り組んだことがない従業員がほとんどですから、
社長がハッパをかけても、なかなか意識改革が進まないという状況にあります。
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3 今後の取組に向けて
このD社の従業員の意識を変えるには、どうしたら良いのでしょうか。
何か「ヒント」はないのでしょうか。
実は、その「ヒント」は、
『可愛い子には旅をさせる』ことです。
従業員の皆さんは、これまで法令が参入障壁になって自分達を守り、集荷にさほど苦労
をしなくても産地から上場品が届き、定時になれば買受人が市場に集まり、セリや相対に
よって売りさばき、売れ残りのリスクを抱えることも殆んどないという「特別な環境」の
中で生きてきたのですが、それが「当たり前」になっていませんか。
そして、法令が改正されたからといって、商売のやり方が急に変わる訳ではないと楽観し、
目前に迫った黒船が目に入らず、頭の中は依然として鎖国状態のままであり、こうした受け
止め方が、屋台骨を支える管理職や中堅職員に蔓延しているのではないでしょうか。
そうであるならば、その意識改革には「ショック療法」しかありません。
その方法とは、これはという管理職や中堅職員を数か月間、激戦区の卸売市場や繁盛して
いる水産物卸売会社など、生鮮流通の最前線に「在籍出向」の方法で送り込むことです。
そして、その最前線で何が起こっているのか、顧客をどのように掘り起こしているのか、
品揃えの観点は何か、仕入れのチャネルはどうなっているのか、売価設定は現場の誰の判
断か、売れ残りをどう処理しているのか、若手をどう教育しているのかなどを他社の現場
で学ばせ、戻ってきたならば、自社の意識改革と業務改革のエンジンを担わせることです。
一方、D社も、自らの足元を見つめ直すために、社内に経営戦略を策定するための推進組
織を立ち上げ、①マーケットにおける自社の位置づけ、②ターゲットにする領域の設定、③
掲げるべき長期ビジョンの具体的な内容、④この長期ビジョンを実現するための年次目標や
年次計画の策定などに取り組み、出向先から従業員が戻ってきたならば、各々が学んだこと
を吸い上げ、これら検討内容に命を吹き込むことによってその努力に報いることです。
それと同時に、社長が率先して、①これまで以上に職場の風通しを良くし、②若手を育
成させるための制度や、③従業員一人ひとりの目標管理と職業能力評価システムを整備し、
④やる気を向上させる給与体系に整え直すなど、全ての従業員のベクトルが一つの方向に
収斂して大きな力となるように、社内制度を見直すことも忘れてはなりません。
可愛い子に旅をさせて意識を変えさせ、自社変革のための起爆剤にする。
これは経営にまだ余力があるから出来るマネジメント手法のひとつです。
16
2 「観 光」 分 野
事例 5
会社は成長し続けなければならない
(E社)
1 企業概要
鋭さを内に秘めた、鉈(ナタ)の切れ味を持つ企業です。
E社は、平成 15 年に創業して今年で 10 年目、経営者は 39 歳という若さです。
そして、観光・貸切バス事業も行っていますが、本業は、霊柩事業です。
今回の対象から食み出しますが、マネジメントの好事例として紹介させていただきます。
当初、社長は、自動車関係の仕事を志し大手ディラーに整備士として就職しましたが、間
近に迫った高齢化社会と、得意とする自動車関連事業を重ね合わせた結果、需要の増加が期
待できる霊柩事業への参入を決断し、弱冠 21 歳で大手葬送業者の門を叩きました。
そして、7 年間の修行の中で業界の諸事情を覚え、葬儀社との絆を深め、ご遺体やご遺族
と向き合う心構えと作法を身に着けて 28 歳で地元に戻り、1 年間で準備を整え、満を持し
て 29 歳の春(平成 15 年 4 月)に創業しました。
それから 10 年間、努力に努力を重ねてきた結果、霊柩車 26 台(宮付 15 台)
、観光・貸切
バス 9 台、従業員総数 19 名を擁し、年間売上高も 1 億円を超えるまでになりました。
経営理念は、「会社は常に成長し続けなければならない」です。
この若き社長の「人間は不完全なものであり、その集合体である会社もまた不完全なの
だから、常に精進し成長し続けなければならないし、事業を大きくしなければ努力を重ね
る意味がない」の言葉は、まさにドラッカーの「マネジメント」につながります。
しかし、霊柩事業という特殊さからPRを避け、ホームページも整備していません。
この点についても、社長は、
「もしもPRをしたならば、
『お亡くなりになられた時は、ぜ
ひ当社にご遺体を運ばせてください』という趣旨になり、それは病に伏しておられる多くの
方々に対し、不遜の極みである」と言い切ります。
そして、
「やり直しがきかない仕事柄、ご遺体やご遺族と向き合う“心構え”を大切にし、
葬儀の流れに水を差すことなくご遺体の搬送を完遂することが会社の未来につながります。
社員全員、毎日が“真剣勝負”です」の言葉は、仕事人のプライドと慈愛に満ちており、39
歳という若さを超越した「鉈(ナタ)の切れ味」の秘密がここにあります。
17
2 人材育成に関するこれまでの取組内容
E社では、①現場における実地教育(OJT)をはじめ、②自社の従業員を講師にした研
修の実施や、③業界団体等が実施する研修会への従業員の派遣などを通して人材育成に取り
組んでいますが、その中心になっているのは“現場における実地教育”です。
E社の新人は、ご遺体やご遺族と向き合う心構えも含めて、この“やり直しがきかない仕
事”を僅か 3 か月の下積み期間中にすべてマスターし、4 か月目からは、たった一人で取り
組まなければなりません。それがF社の新人教育の“ルール”なのです。
しかし、創業からこれまで、逃げ出した従業員は一人もおりません。
なぜならば、従業員全員が、霊柩事業という仕事を承知で応募してきたツワモノ達であり、
現場での“真剣勝負”も覚悟の上なのですから、定着しないはずがないのです。
3 今後の取組に向けて
社長は、これからの取組として、入居者が元気なうちは買い物やレジャーなどの生活をエ
ンジョイし、必要に応じて医療や介護などのサービスを受けられ、そして、安心して最期を
託すことができる、新しいスタイルの老人福祉施設の経営を検討しています。
具体的には、買い物やレジャーの足となる「コミュニティバス」を走らせ、もしも亡くな
られたならば、ご遺体の搬送はもとより、葬儀を執り行い、納骨堂も設け、それに必要な認
可等を得るほか、葬儀に欠かせない生花も産直で取り扱うなど、これまでの事業(コア・コ
ンピタンス)を生かしつつ、相乗効果(シナジー)が得られるような内容にしたいとのこと。
しかし、この種の施設経営の難しさが喧伝される中、あえてタブーを承知で参入し成功を
勝ち得るには、失敗組からその原因を学び、根幹の介護事業の採算性を吟味するとともに、
魅力的なオプションを用意して収益を補完し、トータルで採算を確保することは勿論ですが、
それ以上に重要なことは、これらの運営を担う多数の有能な介護職員やスタッフを確保し、
現場でしっかりとマネジメントできるかどうかにかかっていると言えましょう。
被介護者は生身の人間であり、その介護に係る人的・経済的な投入量の大きさは、机上の
計画を遥かに超えるものがありましょうが、このE社は、これまで培ったノウハウを生かし、
様々なオプションを整え、こうした壁を冷静に乗り越えていくことと思われます。
霊柩事業という川下から、介護事業という川上へ。
E社のコア・コンピタンスを活かした「遡上戦略」が、いま始まろうとしています。
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事例 6
成長とは日々の変革努力の積み重ね
(F社)
1 企業概要
堅実を旨としつつ、日々進化し続ける企業です。
F社は、昭和 25 年に東京の大手企業の子会社として設立されましたが、昭和 47 年に当時
の支店長(前社長)が分離独立させて、現在のF社を立ち上げました。
現社長は前社長のご子息ですが、前社長の急逝によって平成 6 年に 31 歳で社長に就任し
たため、それから 19 年の経験を積んでもなお 50 歳という若さです。
F社は、約 300 名の従業員を擁し、タクシーや観光・貸切・乗合バス事業をはじめ、昨年
からは空港内でコンビニ経営や手荷物の預入・配送も手掛けるなど、昨今の景気低迷の中に
あっても着実に業績を伸ばしています。
その成長の秘訣は何なのでしょうか。
それは、地域にしっかりと根ざし、
『親切と安心』を提供していることにあります。
まず、
『親切と安心』の提供をみると、地道ではありますが、営業部次長などのエキスパ
ートによる日々の乗務員教育の徹底が、電話での迎車依頼の増加をはじめ、タクシー乗場
ではF社の車両をわざわざ選んで乗車いただくなど、固定客の増加につながっています。
次に、地域への根ざし方をみると、介護保険の適用が可能な「介護タクシー事業」を平成
15 年から始め、その 4 年後には「夜間対応型訪問介護事業」にも着手するなど、介護を必
要とする方々の足となって、地域における介護の支援や福祉の向上に取り組んでいます。
また、F社では、かねてから地元の障害者の方々の雇用にも積極的に取り組んでおり、現
在も 6 名の方が事務や管理などの部門で活躍していますが、こうした取り組みが道に認めら
れ、平成 22 年に北海道知事から『北海道社会貢献賞』を贈呈されています。
さらに、近年では、新たな交通網の整備によって観光客の減少が懸念されることから、社
長が立ち上がり、自治体などによる「観光誘致プロジェクト」の主要メンバーとなって、誘
客を促進するための様々な事業の立案にも参画しているところです。
しかし、F社にも課題はあります。それは、従業員の高齢化です。
創業から 63 年、分離独立から数えても 41 年が経過し、前社長や現社長を支えてきた従
業員も高齢化が進み、後進の育成という課題がいよいよ惹起されてきたのです。
その方策などについては、第3項で述べたいと思います。
19
2 人材育成に関するこれまでの取組内容
F社では、従業員の約9割がタクシーやバスの乗務員や整備士ということから、これら
従業員には、営業部次長が中心になって採用時研修をはじめ日常的な安全指導を厳しく行
っていますが、それ以外の従業員に対する研修などは必ずしも十分ではなく、キャリア・
パスをはじめ目標管理制度や職業能力評価システムなどもまだ整備されていません。
しかし、F社の定着率は圧倒的に良好で、業績も上向きです。
タクシー業界では、乗務員が同業他社に転職するのは日常茶飯事ですが、このF社では、
勤務年数 20 年以上の者が 100 名にもなるほか、他社に転職した者が再びF社に戻ってくる
ケースも数多く、ここにもまた何か秘訣がありそうです。
それは何かと言いますと、人間関係が良好で居心地が良いこともありますが、
「手当が良
いので、結果として他社よりも収入増になること」がその答えです。
従業員の確保・定着を図るための方法はいくつかありますが、やはりここでも“従業員
が納得できる賃金の支給”のインパクトが大きいと言えましょう。
3 今後の取組に向けて
F社の課題は、次代を担う幹部の育成です。
これは人材育成で最も重く難しいテーマと言われています。
しかし、この人間社会で解決できない課題などありません。
これを解決するヒントは『温故知新』です。
F社の幹部の方々は、誰の力も借りず、自力で今のポストに上がったのでしょうか。
社長をはじめ多くの方々に導かれ、自らも努力に努力を重ねた結果ではありませんか。
そうであるならば、今度は自分が中堅や若手を同じように導いていくことです。
様々な会合に出席させて、立場が異なれば考え方も異なることを自覚させることです。
会議に出席させて、出席者の発言を生で聞かせて仕事の厳しさを自覚させることです。
営業に行かせて、商品を買っていただくことがどれ程難しいかを自覚させることです。
顧客や得意先のクレームを処理させて、信用を守ることの重さを自覚させることです。
あえて労使交渉を担当させて、着地点を見いだすことの大変さを自覚させることです。
ここに掲げたことは、幹部の方々にとって「この道は、いつか来た道」のはずです。
そしていま、次代の執行体制を整えるために汗をかくことが、幹部の責務です。
次代を担う幹部の育成に近道はありません。そこには「王道」があるだけです。
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事例 7
全ては経営者のリーダーシップから
(G社)
1 企業概要
秋の陽だまりのような、心地よい温もりを感じさせる企業です。
G社は、バブル期の平成元年に、広大な敷地で馬との触れ合いを楽しむ自然公園を経営
するために設立され、間もなく満 25 周年を迎えます。
この自然公園のテーマは『馬と大地と、人との絆』です。
バブル期には年間で 40~45 万人の入場者を数え、売上高も 15 億円を超える盛況ぶりでし
たが、近年は、入場者数は年間約 30 万人、売上高は約 8 億円で推移しており、また、入場
者の約 30%を海外からのお客様が占め、なかでも台湾からの来訪者が多くなっています。
約 50 ヘクタールという広大な敷地には、乗馬施設をはじめレストランや多数の遊戯施設
がゆったりと配置されているほか、ブライダルのための施設も整備されており、また、公園
内の様々なアトラクションでは、馬と肌で触れあえる「体験乗馬」が人気の的です。
ところで、G社の経営者は有名な軽種馬育成牧場のオーナーであり、大変多忙なことから、
G社の経営は 12 名の管理職(平均年齢 40 歳代)に任されているような状況にあり、年に一
度、経営者から全職員に訓示のような形でお話がありますが、長期ビジョン(5 年後の在る
べき姿)をはじめ、それを基にした経営目標や経営計画は提示されていません。
また、G社は 7 つの部門で構成され、152 名の従業員が勤務しておりますが、これを経験
年数でみると、3 年未満は 81 名(53.3%)
、3~9 年は 58 名(38.1%)であり、この 2 つで
91.4%を占める一方、10 年以上は僅か 13 名(8.5%)にとどまっており、従業員の定着に
何らかの問題を抱えていることが伺えます。
2 人材育成に関するこれまでの取組内容
G社では、従業員の育成について、これまで現場での実地教育(OJT)を基本にしつつ、
必要に応じて外部から講師を招いて社内で研修を実施するなどの取組を行ってきましたが、
個々の従業員に対するキャリア・パス(育成の道筋)の明示や職業能力評価システムの構築
などは今後の課題になっています。
また、従業員の定着については、それぞれの部門の責任者が中心になって取組を進めてい
ますが、特にレストラン部門の離職者の発生頻度が高く、その原因が、突発的な早朝出勤・
深夜勤務の敬遠や、春から秋までの季節雇用にあるのではないかと思われていますが、これ
といった解決策を見いだすことができずにいます。
21
3 今後の取組に向けて
G社が抱えるこうした課題や問題を解決するには、どうしたら良いのでしょうか。
そのヒントも答えも、これまで述べてきた中に潜んでいます。
まず一つ目は、
「経営者によるリーダーシップの発揮」です。
これまでは経営者が常駐していなくても、12 名の優秀な管理職によって何とか経営が回
っていましたが、このような状態は、企業として適切と言えるのでしょうか。
とりわけ観光分野は、国際化が進みニーズも多様化している一方で、長引く景気の低迷に
よって、観光客はコストパフォーマンスを求める傾向を強めており、こうした中で集客力を
高めて安定した経営を続けていくには、施設やアトラクションのパフォーマンスを吟味し、
「見る」
「食べる」
「学ぶ」
「遊ぶ」に関するサービス全体の質を高める必要があります。
そのためには、経営者自らがリーダーシップをとって、全ての従業員のモチベーション
とホスピタリティを高め、組織力を強化することが重要であり、G社ならではのビジョン
や目標を掲げ、戦略や計画を策定し、社内の推進体制を整備しなければなりません。
これは、個々の部門や管理職の仕事ではなく、トップ・マネジメントである経営者の仕事
であり、強力なリーダーシップを遺憾なく発揮し、全社を挙げて行動に移すならば、従業員
の育成や定着に関する課題や問題も自ずと解決されることになりましょう。
そして二つ目は、冬季が繁忙期という「相棒」を見つけることです。
G社では、レストラン部門などの従業員の約半数が春から秋までの季節雇用であるため、
新規学卒者の就職先としての魅力に乏しく、就職しても短期間で離職してしまう者が多いこ
とから、エキスパートとなる職員がなかなか育たず、その欠員を季節雇用の中途採用者で補
っているという状況にあります。
こうした季節雇用の解消には、冬が大忙しという「相棒」が必要です。
冬の北海道では、スキーなどを楽しむ観光客が道外や海外から大勢訪れ、キロロをはじめ
各地のリゾートのレストランなどは大変な賑わいを見せておりますが、これら施設では、G
社とは逆に、春から秋までの閑散期の雇用の維持が大きな課題になっています。
そこで、これらリゾート施設と協定を結び、それぞれの繁忙期に従業員を「在籍出向」し
合うならば、通年雇用の実現によってお互いに従業員の定着が図られるのみならず、双方の
業務に精通したエキスパートの育成にもつながっていくことでしょう。
「三方一両損」は落語ですが、これは『三方一両得』ではないでしょうか。
22
事例 8
腹をくくり仕事を任せて人を育てる
(H社)
1 企業概要
驚きが感動に変わり、ぜひもう一度訪ねたいと思ってしまう企業です。
初冬の荒涼たる原野の中、閑散期にもかかわらず繁盛するレストランと、そこに集うた
くさんのお客様に笑顔を絶やすことなく応対される女性経営者を目の当たりにすると、
『桃
李もの言わず下自ら蹊を成す』
(史記)の言葉が浮かんできます。
H社は、平成元年に設立され 25 年目を迎えた比較的若い企業です。
H社の前身は酒・塩・タバコなどの専売品の小売店で祖父が立ち上げ、父親が引き継ぎ、
事業の多角化に向けて法人化し、現在、実質的な経営を長女が担っています。
いまH社は 26 名の従業員を擁して、①ビジネスホテルの経営、②宴会サービス、③地元
自治体から委託された観光牧場やレストランの管理運営の3つの事業を行っており、これら
を合わせた売上高は約 2 億円に上ります。
ただし、
観光牧場やレストランが採算に乗るのは 6 月~10 月までの 5 か月間と短いため、
残り 7 か月間は、従業員の一部をホテル部門や宴会サービス部門に従事させ、一人で二役や
三役をこなしてもらうことで通年雇用を実現し、利益も確保してきたところです。
ところで、この女性経営者は、当初、家業を継ぐ気持ちは全くなかったとのこと。
札幌の大学で建築を学び、カナダに留学してインテリア・コーディネーターの腕を磨き、
そして、ごく普通の家庭を築くことを夢見ていたのです。
しかし、11 年前に呼び戻され、父親から経営を丸投げされたと笑います。
それは 28 歳の時ですが、
「天賦の才」というものは隠しようがありません。
地元自治体が投げ出した崩壊寸前の観光事業を見事に甦らせたのですから。
ところが、その口から、苦労を語り再生を自慢する言葉は出てきません。
やっと出てきたのは、
「働く場が少ないこの人口 6000 人余りの故郷だから、何とかしな
くてはとの思いで引き受けたが、多くの人の支えがあったから再生できた」との言葉です。
その謙虚で誠実な性格が「天賦の才」を包んでさらに光を増し、今も多くの人を惹きつ
け、各界各層から頼られており、それは鄙に生まれた『桃李』そのものと言えましょう。
23
2 人材育成に関するこれまでの取組内容
H社では、従業員が少ないことなどから、従業員の目標管理制度や職業能力評価システ
ムなどは整備されていませんが、従業員が一丸となってしっかりと収益を上げており、一
人で二役や三役をこなすような厳しい職場でも、離職者は皆無といえます。
この女性経営者にその訳を尋ねたところ、
「自分が父親に経営を丸投げされたように、今
度は自分が従業員に仕事を丸投げしているから」とのこと。
それだけでは合点がいかないので、笑点の大喜利よろしく「その心は」と尋ねたところ、
「もし失敗したならば、自分が全ての責任を負うと腹をくくって仕事を任せると、従業員
のやる気が高まり、主体的に仕事を進め、期待を超える結果を出してくれるし、任せるこ
とで、自分も経営者としての仕事に取り組む時間を確保できる」との答えです。
家庭であろうが企業であろうが、育てられる側が求めるのは「安心」と「信頼」であり、
これを抜きにして人を育てても徒労に終わることを熟知しているのです。
腹をくくり仕事を任せて人を育てる。
「この親にして、この子あり」です。
3 今後の取組に向けて
この女性経営者は、H社を大きくしようとは思わないと言い切ります。
それでは、従業員の将来をどのように考えているのでしょうか。
それは、従業員一人ひとりが、その担当分野のプロになって独立し、この故郷で働きたい
という人達の「雇用の受け皿」になってもらいたいと真剣に願っているのです。
その思いを実現するために、H社では、パート職員であっても、会社が旅費や受講料を全
額負担して専門的な研修に参加させており、それは、このH社が「雇用の受け皿」づくりの
ための「インキュベーター」(孵卵器)の役割を担うという決意の表れであり、経営者の志
の高さと度量の大きさに敬服せざるを得ません。
しかし、一人で出来ることには限界があります。
目的がはっきりしているのですから、仲間を募ってはいかがでしょうか。
「働く場が少ないこの地域に雇用の受け皿を作る」という旗印の下に仲間が集い、それ
ぞれが「インキュベーター」になって行動を起こすならば、沈滞した地域経済を活性化す
る大きな力になっていくことでしょう。
「人材が人材を育む」ことは、洋の東西を問わず、人間社会の活力の源泉です。
24
事例 9
中間層を動機づけて若手を育成する
(I社)
1 企業概要
凛然たる雰囲気を湛えた企業です。
I社は、高度経済成長期の昭和 46 年に現社長の父がリゾートホテル経営を目的に創業し、
そのあと兄が引き継ぎ、現社長(61 歳)は三代目で平成 20 年に就任しました。
開業当時は、客室数 33 室の木造二階建てモルタル造りでのスタートでしたが、その後の
オイル・ショックをはじめ幾多の厳しい経営環境を乗り切り、現在は、宿泊棟 3 棟、客室数
216 室、定員 1,155 名という道内でも有数の大型リゾートホテルに成長しました。
I社の経営理念は「ほっとするひととき」
。
この理念を実現するため、日々「あたたかさ」と「やさしさ」のこもったおもてなしの心
を大切にしてお客様をお迎えしています。
特に、近年は、旅行の形態がグループや個人中心へと変わり、ニーズも多様化しているこ
とから、お客様に自由に美味しいものを楽しんでいただけるよう、80 品の料理を取り揃え
たバイキングスタイルのレストランを道内のリゾートホテルとして最も早く採用しました。
さらに、平成 19 年にはオーベルジュ(宿泊施設を備えたレストラン)を新設するなど、
常にお客様の願望やニーズを先読みし、「来てよかった」「また来たい」と喜んでいただけ
るよう、日々サービスの充実に努力を重ねています。
こうした努力が認められて、平成 16 年から 3 年連続で「プロが選ぶ日本のホテル・旅館
100 選
料理部門」
(日本旅行新聞新社主催)に入選するなど、地元の新鮮な魚介類などを
用いた料理のおいしさにも定評があり、年商は約 17 億円を上げています。
また、I社では、従業員は、入社後の研修で外部講師から社会人としてのマナーやホテル
マンとしての心得を学び、また、地域の観光資源の知識を深めるため、関係施設を訪問して
季節ごとのイベントや観光情報などのレクチャーを受け、その後、フロントやレストランな
どの部署に配属され、先輩従業員から指導を受けながら実務の中で仕事を覚えていきます。
さらには、同業他社以上の賃金を支給し、清潔で食事も付いた社員寮(無料)を整備する
など、福利厚生面の充実にも努めていますが、こうした努力にもかかわらず、若手従業員に
元気が足りず、定着も芳しくないという課題を抱えています。
25
2 人材育成に関するこれまでの取組内容
このため、I社では、社員教育のコンサルタント会社に原因究明を依頼し、自社でも従業
員にアンケートをとって分析した結果、
「若手社員の元気が足りないのは中間管理職の影響
がある」ということで、2 年前、このコンサルタント会社に依頼し、中間管理職を一堂に集
めて「リーダー研修」を実施しました。
この研修は、理念よりもさらに具体的な「行動指針」となるものをはっきりさせることを
目的に、①これまでのマネジメントを振り返る、②リーダーに求められるものを学ぶ、③新
入社員プログラムを作る、④プログラムの実践によって「気づき」と「学び」を社員の中に
浸透させていくという 4 つのカリキュラムで構成され、8 日間にわたって実施されました。
それから 2 年が経過し、若手社員が元気を取り戻し、定着率も改善されたのでしょうか。
社長は、
「研修の成果かどうかは分からないが、定着率はやや改善しつつあるものの、若
手は相変わらず元気が足りないように思う」と総括されました。
大枚のお金と時間を投入し、中間管理職の心に訴え共鳴が得られるようなすばらしい研修
を実施しても、何故これといった成果が得られないのでしょうか。
それは、全ての中間管理職が若手従業員を否応なく育成せざるを得ない「仕組み」と「仕
掛け」が、社内制度として整備されていないからではないでしょうか。
3 今後の取組に向けて
ヒトというものは、他人の面倒を見ることを好まないのが普通ですし、人事や給与の評
価が、社長による個人重視の成果主義をとる場合には、中間管理職の皆さんが「若手の面
倒をいくらみても、評価されることはない」と考えるのは当然のことです。
そのような中で、いくら中間管理職に対して若手育成のためのリーダー研修を重ねても、
そもそもモチベーションが上がる訳がありませんし、事後に研修の成果をリサーチしても、
確たる手応えが得られるはずもありません。
そこで、全ての中間管理職を率先して若手の育成に取り組ませるために、
「若手を育てる
こと」を昇給や昇格の重要な評価項目に掲げ、他の項目以上に高い評価点を与えるという「強
い動機づけ」を検討してはいかがでしょうか。
そして、若手の育成に取り組んだ中間管理職の努力に報いるために、若手のスキルアッ
プの程度を測り、適正に評価するシステムを組み込むことも忘れてはなりません。
ヒトを心から動かすには、「情」と「理」ばかりでなく、
「利」も必要です。
26
3 「ものづくり」 分 野
事例 10
会社が目指す姿は全ての[見える化]
(J社)
1 企業概要
地域社会の発展とともに歩んできた真面目で実直な企業です。
J社は、一般製缶を生業として昭和 23 年に創業し、昭和 39 年に法人化するとともに、公
共事業によるインフラ整備に対応するべく、コンクリート 2 次製品用型枠の設計・製造にシ
フトして現在に至っており、今年で創業 65 周年を迎える老舗企業です。
創業者である先代社長が志した「強い現代人」
「働く知識人」
「考える企業人」「豊かな文
化人」「明るい社会人」の 5 本の柱を軸に、これからも地域社会の発展のために、長年培っ
てきた技術力を活かし、多様化する時代の期待に応え、貢献できる企業であり続けることを
目指しています。
特に、昭和 58 年には、コンクリート管成型の中型(なかがた)の構造に画期的な意匠を
こらして作業の安全性と機能性を高めた製造技術を開発し、国に意匠登録を出願して認定さ
れるなど、この種の製品分野では道内でも有数の技術力を誇っています。
現在は、コンクリート 2 次製品用型枠はもとより、防火水槽やプラント用大型鋼製タンク
類をはじめ、道路建設における床版製品や金属加工製品、ごみ焼却炉や簡易ボイラーなど
様々な受注にも積極的に対応しています。
2 人材育成に関するこれまでの取組内容
J社では、これまで従業員の資格取得を奨励し経費面を含めて支援しており、有資格者は、
鉄工 1 級技能士 5 名をはじめ、安全衛生推進者 6 名、JIS半自動溶接資格者 8 名、JIS
ステンレス溶接資格者 4 名、玉掛技能者 10 名など多数にのぼります。
しかし、現場では、上司と部下の意思の疎通が必ずしも十分ではなく、また、受注生産の
ため納期優先になりがちで、毎回同じ作業を同じ従業員が担当していることから成長できず、
技術の継承もなされていないといった課題を抱えていました。
3 今後の取組に向けて
このため、J社では、中小企業診断士の指導のもと、①従業員にアンケートを取って会社
への不満や要望等を聴き、従業員が何を求め、何を感じているのかを、経営陣や役職者が理
解することから改善の取り組みを始めました。
27
そして、アンケートの集計結果をもとに、②グループ(ベテラン・中堅・若手)に分か
れ、
「ワイガヤ」活動を通して問題点に関する共通認識を持ち、③各グループから代表者を
選出して問題点に対する改善策を考え、今後どのような取組を行えば良いかを、中小企業
診断士を交えて話し合う場を設けるなど、全ての「見える化」を目指しています。
その取組内容を開示していただきましたが、ご覧のとおり多岐にわたります。
1)
工程表、個人の作業内容の張り出し
・仕事全体の流れを把握できる
・個人目標の設定ができる
・上司の誰が見ても、工程の進捗状況が把握できる
2)
全体ミーティング(月2回
朝礼の代わりに行う)
・現時点での受注状況や顧客情報を伝えることで共通認識を持てる
・日々の問題点や気付きに対して全員で考える場を与えることにより、
問題意識を持って日々の作業に取り組むことができる
・自分の考えを発言したり、他人の意見を聴き考える場数を踏める
3)
機械、機具工具の管理(全員に管理責任者として担当させる)
・会社運営への参加意識を持たせる
・道具の重要性を認識できる(段取りや後片付けの大切さを知る)
・機械、機具工具の点検、整備、修繕の技能継承ができる
4)
グループ活動(場当たり的に親方について作業してきたものを、グループ分けする)
・自分の親方が明確になり、丁寧な指導を受けることができる
・いろいろな作業をするチャンスが生まれ、技能継承を望める
5)
社内研修(外部講師によるPDCA、5S、QCD等のセミナーを実施)
・生産管理の基礎について学ぶことができる
・課題を与えてグループワークをすることで、考え工夫しようとする経験ができる
・自分の考えや意見を述べる場を持つことができる
・日常の業務に置き換え考えることで、多くの発見や気付きを得ることができる
・全員が工程管理の仕方、段取りの必要性を学ぶことができる
そして、J社の専務から寄せられた「現在、人材育成を通し、従業員が活き活きと日々の
業務をこなしています。情報を共有化し、一人ひとりが声を出しやすい環境を整え、会社の
方向性をしっかり示していくことが大切なのだと身を持って再認識することができました」
の言葉は、人材育成に取り組む多くの経営者に大きな示唆と勇気を与えてくれます。
28
事例 11
敵を知り己を知らば百戦危うからず
(K社)
1 企業概要
整理整頓が隅々まで行き届き、社内の空気がとっても美味しい企業です。
K社は、大手企業の現地法人として昭和 58 年に設立され、平成 3 年に現在地で社屋・工
場を建設して操業を本格化し、従業員 205 名を擁するまでに成長しました。
現在の事業内容は、①パソコンや周辺機器の保守サービスのほか、②監視カメラによる映
像情報システムの設計・開発・製造・販売、③EMS(電子機器受託製造)によるプリント
基板の製造や機器の組立を行っており、クライアントから高い評価をいただいています。
なかでも監視カメラによる映像情報システムは、河川、高速道路、空港、消防署、ダムな
どの防災や安全対策に活用されているほか、漁業協同組合による密漁の監視にも生かされて
おり、そのほとんどがオーダーメイドです。
また、取引先の大半を公共セクターや大手メーカーが占めるため、経営の安定度は高いの
ですが、長引く景気の低迷や公共事業の縮減によって受注が少々伸び悩んでいることから、
いまK社では、自社の営業力をさらに強化して幅広く受注を掘り起こそうとしています。
2 人材育成に関するこれまでの取組内容
ネットワーク技術の急速な進展に伴い、K社における仕事の内容も、これまでは 5 年サイ
クルで変化していましたが、近年は 3 年ごとに大きく変わることから、常に最新で最適なソ
リューションをお客様に提供できるよう取り組んでいます。
その内容は、業界団体や支援機関が実施する研修会に従業員を派遣するほか、通信教育な
どを利用した自己啓発や資格試験へのチャレンジを奨励し経費面もサポートしています。
また、毎年 4 月と 10 月に決起大会を開催し、年間の経営計画と半期ごとの実績を全従業
員に周知するほか、毎月の全体朝礼で工場長から前月までの実績を報告し、課長や主任など
へは幹部から部門ごとの実績を伝え、各人にハッパをかけて取組意欲を喚起していますが、
それに嫌気を差して辞めるような従業員は皆無に等しいと言います。
なかでも、特筆すべきはソフトウエア技術者の定着が極めて良好であることです。
その理由は、大型の映像情報システムの構築であっても、発注先に派遣して仕事をさせる
ことはせず、社内制作を基本にしていることから、派遣に付きまとう雇用不安や、発注先で
孤独感を味わう必要がないため、定着が極めて良いのです。
29
3 今後の取組に向けて
これまでK社では、監視カメラによる映像情報システムの構築を中心に据えて事業を展
開してきましたが、これからは、ネットワークシステムの構築とそのサポートに重心を移
すことによって、事業領域をさらに拡げて行こうと考えています。
そのためには、新たな事業領域に対応できる技術者と、技術的知見を有する営業職を確保
する必要がありますが、K社では、在職者を育成することで対応しようとしています。
しかし、従業員個々の技術やスキルを把握するツールが整備されていないため、経験や習
熟度を客観的に評価することが疎かになっているという根本的な問題を抱えています。
そのため、個々の従業員の「キャリア・パス」
(育成の道筋)は作成されておらず、保有
する技術やスキルを自己評価してレベルアップするための「目標管理制度」や、目標実現
に取り組んだ効果を客観的に測定するための「評価システム」も整備されていません。
こうした状態が続くならば、業務経験が浅い若手は、業務の全体像を意識することなく目
の前の仕事にだけ集中する“パート主義”に陥り、技術やスキルのレベルアップには気が回
らなくなり、また、中堅層についても、担当部門の業績にはこだわりを強めるものの、将来
のキャリアを展望した自己研鑽が疎かになるなど、製造業としての活力が衰えかねません。
このような懸念を払拭し、自信を持って新たな事業領域に踏み込んでいくには、従業員に
対して職業能力を評価するツールを使って経験や習熟度の棚卸しをしてもらい、現在の力量
を自己評価すると同時に、これからの課題を見つけてもらうことがまずもって必要です。
しかし、そのためには、職務遂行能力の定義と基準が、部門・職種・階層ごとに明確に定
められ、従業員全員に周知されている必要がありますが、K社では、この「ものさし」づく
りが人事担当部門の重い負担になって、評価ツールの整備が進んでいません。
そこで、その打開策として、公的な評価基準やツールを活用してはいかがでしょうか。
国や中央職業能力開発協会では、職業能力を客観的に評価するためのシステムを整備し
て普及に取り組んでおり、K社の属する電気機械器具製造業に関する評価基準や評価シー
トも整備されていますので、これを自社の実状に即して修正し導入することも方法です。
そして、その評価結果は、従業員個々の技術やスキルを高める上での課題発見にとどまら
ず、K社全体の“強み”と“弱み”を「見える化」し、今後の戦略策定の基盤になることか
ら、
「敵を知り己を知らば百戦危うからず」を肝に銘じて整備に取り組むことが大切です。
30
事例 12
機械化で3Kイメージをくつがえす
(L社)
1 企業概要
山の神が宿ったような泰然自若たる雰囲気を湛えた企業です。
L社の設立は平成 3 年ですが、その前身は明治 37 年に創立され地元で手広く商いを営ん
でいたL商店の林業関係の事業であり、それを分社化して今年で 22 周年を迎えます。
L社の事業内容は、①植林・育林・間伐などの造林事業、②伐採・搬出・出荷など原料
木の生産事業、③作業道や林道開設などの関連事業の3つであり、業種分類上は純然たる
林業なので今回の対象から食み出しますが、事例 5 のE社と同様、製造業にも通じるマネ
ジメントの好事例として紹介させていただきます。
平成 3 年に船出したL社ですが、その航海は決して順風満帆ではなく、平成 8 年には原木
不足によって製材工場を休止し、平成 9 年には製紙工場の外材依存の煽りを受けてチップ工
場も休止するなど幾多の困難に直面しましたが、勇気と知恵で乗り越えてきました。
実は、林業を取り巻くこうした苦難の始まりは約 60 年前に遡ります。
我が国がまだ占領下にあった昭和 26 年に丸太の関税が撤廃され、さらに、国内が高度経
済成長に沸き、東京オリンピックが開催された昭和 39 年には製材の関税も撤廃されて、木
材の輸入が完全自由化されたのです。
その結果、国内の木材価格は大幅に下落し、昭和 40 年以降は輸入製材に押されて木工場
の倒産や廃業が相次ぎ、また、森林は伐採や間伐をしても採算が合わないので手入れされず、
道内でも、民有林の大半は今もって所有者の意欲が萎えたままにあると言えましょう。
しかし、こうした厳しい環境にあっても、L社の経営は順調に推移しています。
その要因は何かといいますと、1つ目は、道有林を中心に原料木の取扱量を安定的に確
保していることであり、約 2 万 5 千立方メートルの取扱実績は道内外でも有数の規模です。
2つ目は、高性能の作業機械の導入によって作業効率を高め、生産性を上げてコストを低
減し、収益力を強化していることであり、後述のように、こうした機械化による作業システ
ムの改善が若手の就労と定着を促し、また、労働災害の防止にも貢献しています。
そして、3つ目は、従業員を通年雇用して技術の維持・向上に努めていることであり、林
野庁の「緑の雇用・担い手育成事業」を活用して雇用し、様々な技術や技能を伝承して戦力
化を進めるほか、社会保険の適用など福利厚生面の充実にも配慮しています。
31
2 人材育成に関するこれまでの取組内容
我が国の林業は、担い手の確保と育成が急務の課題になっており、このため林野庁では、
平成 14 年度に「緑の雇用・担い手育成事業」を立ち上げ、L社をはじめ林業に携わる企業
の活用を促し、担い手の確保・育成と労働環境の改善を進めているところです。
若手が林業への就労を敬遠する原因は、①低賃金、②重労働、③危険のいわゆる“3K”
のためですが、これを何としても改善して就労意欲を高め、職場に定着してもらわなけれ
ば、近い将来、現場を維持できなくなり、企業そのものが廃業の危機に立たされます。
このため、L社では、原料木の取扱量の安定的確保を前提に、高性能の作業機械を導入す
ることによって、①作業効率を上げ収益力を高めて賃金を改善したほか、②重機ソーによる
伐採などで重労働から極力解放し、さらに、③作業の標準化を進め安全対策を徹底し労災事
故の防止を図るなど、これまでの林業労働のイメージを大きく塗り替えました。
その結果、意欲を持った若手の応募が増え、従業員 30 名の経験年数別構成割合を見ても、
3 年未満が 23%(7名)、3~9 年が 47%(14 名)と大きく若返っており、また、若手は幼少
期からコンピュータ・ゲームなどでスティック操作に慣れていることから、作業機械のオペ
レーターとして活躍してもらうことによって得意技が生かされ、定着も大変良好です。
3 今後の取組に向けて
L社では、これからも経営を順調に維持できるよう、3つの取り組みを考えています。
1つ目は、原料木の安定的な確保と作業システムのさらなる改善です。
これまでは、平坦地や緩傾斜地での作業を機械化して作業効率を高めてきましたが、これ
からは、奥まった急傾斜地でも作業が可能な機械を導入するほか、機械作業を2交代制にす
ることで、原料木を安定的に確保しつつ、生産性をさらに高めていこうと考えています。
2つ目は、樹皮や裾など未利用残材の木質バイオマスへの利活用です。
これまで原料木の樹皮や枝、根元に近い裾などの残材は利用されていませんでしたが、こ
れらをチップ化し、合板工場のボイラーの燃料や、木質ペレットの原料として利活用しても
らうことにより、温暖化対策に寄与しつつ、収益力を強化していこうと考えています。
3つ目は、トドマツの葉の窒素酸化物除去剤などへの利活用です。
さきの森林総研と大手化学会社との共同研究によって、トドマツの葉の成分に窒素酸化物
の除去効果が確認され、L社にオファーが寄せられたことから、未利用残材であるトドマツ
の葉を釧路の1次加工業者に定期的に出荷していますが、これはM社にとって“想定外”の
喜びであり、林業を守ろうと努力するL社への“山の神からのご褒美”なのでしょう。
32
事例 13
技術屋が出来ないでは済まされない
(M社)
1 企業概要
『三丁目の夕日』のような昭和の雰囲気を色濃く残す企業です。
M社は、地元で戦前から手広く商いをしていた木材会社が、戦後の復興に伴う船舶修理な
どの需要に応えるべく、昭和 24 年に鉄工部門を子会社化して誕生しました。
ところが、
昭和 56 年に親会社が木材不況などの煽りを受けて経営危機に陥ったことから、
M社の経営陣が、共倒れを避けるために親会社からM社を買い取り、旧来の社名のまま経
営を続けて現在に至っているという異色の社歴を有しています。
また、M社は、船舶のエンジンや油圧系統のメンテナンスと検査で業績を伸ばしてきたこ
とから、社長の母上(前社長の妻)の口癖は「船の医者になれ」であり、船に関わる問題は
全て解決できる技術者になれというこの言葉は、今も全従業員の励みになっています。
しかし、昭和 52 年の 200 カイリ漁業専管水域設定による減船の影響はすさまじく、この
ため、船舶のメンテナンスで培った不具合箇所を炙り出す知見と、高精度部品を自社で製造
加工できる技術を陸上でも生かそうと決断し、事業領域を陸(オカ)にも拡げました。
爾来、ごみ処理場をはじめ下水処理プラントや製糖工場の機械修理など、地元や周辺地
域からの多種多様な依頼に対し、
「技術屋が出来ないでは済まされない」の気構えを持って
取り組み、各界の厚い信頼を得ており、現在、売上高の 6 割を陸上部門が占めています。
特筆すべき点は、船舶のメンテナンスで培った技術を生かし、高精度の部品を内製できる
ことであり、ごみ処理場の機械の油圧が低下したが、プラントメーカーからは特注品のため
すぐには交換できないとされた場合でも、M社では、すぐ現場に走って不具合個所を発見し、
必要な部品を内製して交換することにより、低廉かつ速やかに復旧を実現しています。
ところで、こうしたM社の対応が、プラントメーカーとの軋轢を生むのではないかと懸念
されますが、実は、大半のプラントメーカーは、東日本大震災の被災地のインフラ整備に主
力を傾注し、被災地以外の仕事には手が回らないことから、逆に喜ばれており、当分の間、
こうした状況が続くものと思われます。
M社としては、こうした状況を追い風にしつつ、“迅速・低廉・高精度”を武器に、これ
からも地域の様々なプラントのメンテナンスを受注して実績を重ね、
“頼れる技術屋”との
評価をさらに高めて、経営基盤の一層の強化を図っていこうと意気込んでいます。
33
2 人材育成に関するこれまでの取組内容
M社では、従業員が少ないことから、従業員の目標管理制度や職業能力評価システムなど
は整備されていませんが、経営目標をしっかりと掲げ、経営情報も全員に開示しており、利
益が出たならば、それを“のし袋”に入れて従業員一人ひとりに手渡すという、温かくて懐
かしい昭和時代の支給方法を今でも続けています。
また、全員が 65 歳までしっかり働いてもらうことをルールにしている一方で、技術屋と
してのモチベーションを高め、パフォーマンスを維持するために、若くても実力があれば年
齢を飛び越えて抜擢するなど、適度な緊張感の保持も忘れてはいません。
しかし、プラントの全体像を把握し、不具合個所を発見して最適な処置方法を見いだし、
精度の高い代替部品を内製して復旧を実現するという、常に時間に追われ、間違いが許され
ない厳しい仕事なのに、離職者が出ないのは何故でしょうか。
その理由は、従業員を本州の大手メーカーに送り出して様々なシステムやプラントの中身
を勉強させるほか、部品の精度の出し方を体で覚えさせ、また、現場に立たせて原因を明ら
かにし復旧の段取りを取らせるなど、全員が“オールラウンド・プレーヤー”になるように、
手塩にかけて育てているからなのです。
そして、結果が出なければ全ては俺の責任だとする社長に対し、従業員もまた、「船の医
者になれ」を励みにし、
「技術屋が出来ないでは済まされない」を戒めにして現場に立ち、
社長の期待に何としても応えようとしているからに他なりません。
3 今後の取組に向けて
このようにM社の社長は、従業員を手塩にかけて育ててきましたが、還暦を超えたあたり
から、次代を担う幹部の育成を考えるようになったものの、これといった教育をしてこなか
ったことから、これからどう対応したら良いものか悩んでいるところです。
実は、今回のアンケート調査の結果、ほとんどの企業が同じ悩みを抱え、いろいろと育
成に取り組んでいますが、思ったような成果が得られず、今なお課題に掲げています。
何故、幹部の育成が進まないのでしょうか。 それは、
“育てようとするから”なのです。
本当に育ってもらいたいならば、事例 8 のH社のように、腹をくくって任せることです。
ヒトは、任されれば責任を自覚し、追い込まれれば知恵を総動員して乗り越えます。
M社の社長がなすべきことは、従業員の力を信じて任せることではないでしょうか。
34
事例 14
自分でやれ、人に甘えてはいけない
(N社)
1 企業概要
マンネリの打破を信条に、イノベーションを続ける企業です。
N社は、家具職人である現社長が昭和 54 年に創業し、現在、総勢 41 名の職人や技術スタ
ッフが家具やクラフトづくりに取り組んでおり、今年で 34 周年を迎えます。
N社では、企業理念に「ナチュラル&クラフトマインド」「地球にやさしく、人にやさし
く」
「早くきれいに正確に」を掲げ、現代の暮らしを楽しく美しくする家具という道具に日
本伝統の木工技術を生かすため、手仕事を大切にしながら創意工夫を続けています。
社長はこの 1 月で満 66 歳になりましたが、全国的に有名な家具職人であり、後進の育成
に情熱を傾ける超一流の指導者です。それ故に、これまで「一歩深いこだわり」を持ったも
のづくりを信条として、使い手が納得できる家具を作ることに尽力してきました。
しかし、近年、使い手のニーズがますます多種多様化し、素材もサイズも価格も一層細か
くパーソナルになってきていることから、こうした変化を真摯に受け止め、これからは「ど
こまでもこだわるものづくり」ではなく、
「力の入れどころを正確につかみ、配慮するとこ
ろはしっかり、手をかけるところは手を尽くす」判断力が重要と感じています。
したがって、いまN社では、こうした社長の考え方をもとに、こだわる人には納得のでき
る製品を、そして品質と買いやすさのバランスを求める人にも十分な満足を届けることがで
きるよう、さらなる顧客の創造に向けて、全社を挙げて取り組みを進めているところです。
2 人材育成に関するこれまでの取組内容
N社では、会社の理念や方針、将来像などの情報を従業員に伝えるほか、従業員同士や先
輩・上司とのコミュニケーションの促進や、同業他社並みの賃金を支給し福利厚生面の充実
にも努め、各人の能力に合った職務に従事させていることなどから、定着は良好です。
また、従業員教育に関しても、教育訓練機関の講師を招いて社内研修を実施するほか、業
界団体や支援機関などが実施する研修会に参加させ、通信教育などによる自己啓発について
も積極的に支援するなど、まさに「人材あっての会社」の面目躍如です。
そして、若手に対するサポーター制度を設けるほか、職業能力の評価基準やチェックシー
トを整えて力量の自己点検と課題の発見に供するなど、手法にも手抜きが全くなく、立地場
所のロケーションも含めて、申し分のない育成環境であると言えます。
35
3 今後の取組に向けて
いま我が国では、内需が沈滞し貿易赤字も拡大していることから、ものづくりを担ってい
る製造業に対し、独自の技術に磨きをかけて内需を掘り起し競争力を高めることが期待され
ていますので、この項では、N社ならではの取り組みを好事例としてご紹介しましょう。
N社の社長は、
「マンネリの打破はこの業界の宿命であり、これを打破できるかどうかは、
人と情報のネットワークをどれだけ広く持てるかにかかっており、この社外ネットワークを
通じて共に刺激し合い、創造力を高める以外に方法はない」と言い切ります。
そして、その内容は、「自分達の活性化は、行政に頼らず自分達でやると腹をくくり、こ
れまでに育って独立した者やその関係者と蜘蛛の巣のようなネットワークをつくって情報
を交換し、それぞれの得意技を生かせる仕事を紹介し合うことで活力を得ており、お世話に
なっている方々のためにも、自社のブランドを大切にしていきたい」としています。
このようなことから、N社では、人材の育成に関しても、行政の支援を当てにせず、自分
達が必要な人材は自分達で育てていくとの気構えのもと、将来は自分の工房を持つという独
立心に溢れた者を採用して育てることを旨としており、この春も 4 名の強者が入社します。
入社後は、一連の製造工程の体験を経て配属先が決まり仕事が割り当てられますが、職人
として入社した者には、将来の独立に向けて「自立自助」
「自学自習」が強く求められます
ので、たとえ新人でも、度が過ぎれば「自分でやれ、人に甘えるな」の叱咤が飛び、
「自己
啓発」と言っても理解できなければ、社長からゲンコツが飛ぶこともある厳しさです。
しかし、その厳しさをしっかりと受け止めて創作のエネルギーに変え、家具職人としての
腕と社会人としての教養を磨いて、これまでたくさんの若者がN社から巣立っており、その
9 割以上が自らの個性を武器に業界内で活躍し、N社とのネットワークを通じて互いに鼓舞
し合い、業界全体の活性化の大きな力になっています。
今回のヒアリングの終わりに、なぜ敷地を 7 ヘクタールも購入したのかと尋ねたところ、
社長から、
「弊社から独立する若者達が、ここに工房を構えてくれることを願って用意した」
との朴訥な答えが返ってきました。
独立には、土地・建物・機械・工具・原材料などの準備にお金が必要ですが、実績も担保
もない者に銀行は融資しませんから、誰かが支えなければ独立は夢で終わってしまいます。
やはり社長のゲンコツには、痛いけれども温かい“苦労人の血”が通っていました。
36
4 「福祉・介護」 分 野
事例 15
規模拡大の前に育成の基盤を整える
(O社)
1 企業概要
ゆったりとした間取りが心を和ませる瀟洒で清潔な事業所です。
この事業所の事業種別は、地域密着サービスの中の「認知症対応型共同生活介護」
、いわ
ゆるグループホームですが、その成り立ちは、まさに「地域密着」そのものです。
それは約 10 年前に遡ります。
その当時、地元自治体では、特養老人ホーム(100 名収容)の待機者が 80 名を超えてい
ましたが、施設を増設する財政的な余力はなく、一方、基幹産業は酪農ですが、離農など
で過疎化に拍車がかかり、そのため地域における雇用の場も減少の一途でした。
そこで、こうした状況を少しでも改善しようと商工会青年部の有志 4 名が立ち上がり、2
年間の検討を経てO社を設立してグループホームを開設し、8 名の職員を雇用して運営を任
せ、9 名(1 ユニット)の入居者のお世話を開始しましたが、その有志 4 名は今も“足長お
じさん”に徹しており、それは「経世済民」を旨とする経済人の面目躍如と言えましょう。
また、このグループホームの建物は、天然木を多用した瀟洒な造りで周辺環境とも調和し、
内部の間取りも広く快適であることから人気が高く、また、職員に関しても、8 名という少
人数のためコミュニケーションも密で定着も良好です。
しかし、特養老人ホームの待機者がますます増加しているため、O社では 3 年後を目途に
1 ユニット(9 名)の増設を計画しており、これによって雇用をさらに拡大するとともに、
スケールメリットを生かして経費削減にも取り組む予定ですが、その一方で、新たに雇用す
る職員をどのように定着させていくか悩み始めているところです。
2 人材育成に関するこれまでの取組内容
O社では、日頃から運営理念や基本方針を職員に説明し、職場内研修によるスキルアップ
にも取り組んでいますが、道央圏などで開催される職場外研修については、人員配置に余裕
がなく経費も多額になることから、ほんの数回の派遣にとどまっています。
しかし、いま社内では、開設時に模範例をなぞって策定した運営理念や基本方針を見直し、
自分たちが目指す方向性(ミッション)に相応しいものに変えようと考え、全職員で新たな
案づくりに取り組んでいるところです。
37
3 今後の取組に向けて
O社では、新たな職員をどのように定着させていくか悩み始めていますが、それを解決す
るには、現職員をトレーナーとして教育することから始める必要があります。
しかし、これまでO社では、職員数が少ないことなどから、職員個々のキャリア・パス(育
成の道筋)の作成をはじめ、目標管理制度や職業能力評価システムを整備しておらず、職場
内外での研修の事後評価や効果検証もしていませんが、特に心配なのは、先輩が主体性を持
って後輩を育てる「仕組み」を持っていないことです。
これを放置したまま事業規模を拡大し職員を大幅に増やすならば、①各人が自分のことだ
けをやればいいという“パート主義”に陥りかねず、②介護サービスの品質が職員によって
バラバラになり、③入居者やそのご家族からのクレームにつながり、④これまで築いてきた
入居者との信頼関係はもとより、職場内の良好な人間関係も崩れてしまいかねません。
こうした“負のスパイラル”に陥らないためには、何よりもまず、O社が目指す方向性(ミ
ッション)を明確にすることです。
幸いなことに、いまO社では、これまでの運営理念などを自分たちの職場に相応しいも
のに変えようと全職員で取り組んでいるところですから、「自分たちのグループホームは、
何のために存在するのか」をしっかりと議論し合い、その答えを明確な言葉で表現し、そ
のミッションの実現を全員の目標として共有し合うことが大切です。
しかし、ミッションを明確にしても、行動に反映されなければ意味がありません。
そのためには、基本方針(行動指針)を見直し、優先順位を明確にする必要があります。
行動指針とは、換言すれば「仕事に取り組むうえで忘れてはならないこと」であり、
「安
全」
「清潔」
「整理」
「整頓」などについて列記されることが多いのですが、これを「最優先
は入居者の安全確保」というようにプライオリティを明確にすることによって、職員が異
なっても取るべき行動の順位が統一され、サービスの品質向上にもつながっていきます。
そして、現職員が、ミッションや行動指針づくりを通してその重要性を確認し合い、日々
の行動にしっかりと反映させたうえで、それぞれが手本(トレーナー)になり、主体性をも
って新たな職員に繰り返し教え込むことが、定着を図る最良の方法といえましょう。
親は、自分が教わったように子供に教えます。これが文化や風土づくりの原点です。
O社が、規模拡大の前になすべきことは、これらをつくるための「土づくり」です。
38
事例 16
選ばれる立場でもあることに気付く
(P社)
1 企業概要
質素・勤勉を経営理念に掲げる事業所です。
P社は、経営者のヘルパー経験をもとに、介護保険法施行から 2 年後の平成 14 年度に開
業し、「訪問介護事業」(ホームヘルプ)に取り組み、平成 20 年度から「小規模多機能型居
宅介護事業」も手掛けています。
介護保険法の施行当時は、こうした事業所が少なく、病院関係者の協力が得られたので開
業に踏み切り、当初は元手が少なく中古の軽四輪 1 台で事業をスタートさせましたが、それ
から約 10 年を経た現在、非常勤を含めて 35 名の職員を擁するまでになりました。
そして、今でも開業当時の苦しさを忘れず、銀行借入に頼ることなく、運転資金を自己資
金で賄って経営を回しているほか、事務所(ハード)にはお金をかけず、その分を人件費(ソ
フト)に回すことを職員にしっかりと伝えています。
また、
「質素であること」
「一生懸命働くこと」を掲げて経営に取り組んでおり、現に、訪
問介護の事業所は経営者の友人から賃貸している老朽住宅で、トイレは汲取式のままという
執務環境ですが、それに文句を言う職員はいないとのことであり、見えない所にはお金をか
けないという「ローコスト・オペレーション」が徹底されています。
しかし、そうしたP社にも悩みがあります。
それは、介護保険制度で定められたサービスと利用者が期待するサービスにはギャップが
あり、これにどう対応していくか、介護の現場で腐心しています。
P社では、利用者の実情などを斟酌し、ケース・バイ・ケースで対応していますが、時に
は管理者が利用者のもとに出向いて、無料で奉仕することも間々あります。
2 人材育成に関するこれまでの取組内容
これまでP社では、職場内研修を実施するほか、職場外研修に職員を参加させ、新たな介
護技術の習得や普及に取り組んでいますが、個々の職員のキャリア・パス(育成の道筋)の
作成をはじめ、目標管理制度や職業能力評価システムなどについては未整備です。
その理由は、職員 35 名のうち 22~23 名が非常勤であり、それぞれに事情があって非常
勤を選択しているため、こうした制度やシステムに馴染まないのではないかとの疑問を持
っているからですが、今後、その必要性を含めて勉強したいとしています。
39
3 今後の取組に向けて
P社の目下の課題は、介護職員の確保です。
この 1 年間、様々な媒体を通して募集しても全く応募がありません。
これを解決するには、新たな募集方法を考えるよりも原因の究明が先です。
まずは、職場の人間関係についてです。
これが良好でないと定着が損なわれ、業務の円滑な遂行に支障をきたしてしまいます。
・職場に笑顔が溢れているでしょうか?
・朝夕は勿論のこと、業務の節目ごとの挨拶がしっかりとできているでしょうか?
・常に相手を思いやる心を持って行動しているでしょうか?
・職場や仕事に誇りを持っているでしょうか?
次は、賃金などの待遇面についてです。
これが業界の水準以下ですと、応募意欲が減退してしまいます。
・同業他社と同等以上の賃金を支給しているでしょうか?
・能力や実績が賃金に反映されているでしょうか?
・賃金以外の福利厚生面についても遜色はありませんか?
・有給休暇が取得しやすい環境になっているでしょうか?
・個々の事情をできる限り斟酌してシフトを組んでいるでしょうか?
さらには、事務所などのハード面についてです。
これも待遇面と同じく、応募に大きな影響を及ぼします。
・見えない所にはお金をかけないという方針が、広く理解されているでしょうか?
・職場内外の評価や地域の評判はいかがでしょうか?
・女性職員の皆さんが、汲取式のトイレで十分であると納得しているでしょうか?
・経営者には舞台ウラでも、職員には現場も事務所もオモテではないでしょうか?
実は、今回の調査の中で、複数の事業所から「介護の仕事は3Kと受け止められ、その
割に賃金が安いので、介護資格の養成講座への応募者が減り、資格を取っても他の仕事に
流れてしまうので確保が難しくなっている」とのお話をいただきました。
これは、介護の仕事も事業所も求職者に選ばれる立場に変わったことを意味しています。
したがって、これからはP社も、これまで以上に職場内外の多くの声に耳を傾け、この 1
年間全く応募が得られなかった原因を究明し、P社ならではの対応策を打ち出して求人票
に反映させ、求職者に強くアピールするなど、選ばれる対場でもあることを踏まえて募集
活動を展開していくことが必要なのではないでしょうか。
40
事例 17
コミュニケーションの糸口をさがす
(Q社)
1 企業概要
明るく生き生きとした雰囲気の事業所です。
この事業所(特養老人ホーム)を経営する社会福祉法人のQ社は、昭和 61 年に設立され、
まもなく満 27 年を迎えますが、白亜の美しい施設は古さを感じさせず、今も凛とした風情
をもって高台から街を見守っています。
当初は、地元自治体がこの施設を建設し直営しようとしましたが認められず、このため昭
和 61 年に自治体主導でQ社を設立して取り組んだことから、Q社は今も公共的な性格を強
く有しており、地元における老人介護の拠点的施設として、これからもその役割を担い続け
ていく考えでいます。
Q社では、「常に利用者の立場に立つこと」を職員一人ひとりの心の看板に掲げ、利用者
の皆様に明るく生き生きとした、その人らしい毎日を過ごしていただくことを願って日々の
介護に取り組んでおり、ご家族の介護の苦労を少しでも軽くしてあげたいとの思いは、今で
も変わっていません。
また、この特養老人ホームは、介護度の高い方から入居していただく方針であり、その収
容能力は 50 床ですが、満室のために待機中の方が 50 人ほどおられます。
この施設の職員数は 39 名ですが、そのうち介護に携わる職員は 24 名で、ケア・マネージ
ャーや介護福祉士などの有資格者は正職員として採用されています。
さらに、Q社では、さきの東日本大震災における避難先での要介護者の扱われ方に鑑み、
地元がこうした大災害を被った緊急時には、海抜 40 メートル超の高台というに立地環境を
生かし、
「弱者のための福祉避難所」としての役割を担うことを決意し、昨年秋、自治体と
協定を結んだところです。
2 人材育成に関するこれまでの取組内容
Q社では、職員の定着を図るため、①経営方針などを職員にしっかりと伝え、②同業他社
と同等以上の給与や賃金を支給し、③昇進・昇格要件を明確にして、福利厚生面の充実にも
努めるほか、④職員同士や先輩とのコミュニケーションの促進や、⑤スキルアップのための
教育研修の充実にも力を入れており、職場外研修への参加は 20 回を数えます。
しかし、個々の職員のキャリア・パス(育成の道筋)の作成をはじめ、目標管理制度の整
備や職業能力評価システムの構築などは、これから勉強し取り組むこととしています。
41
3 今後の取組に向けて
このように職員の定着や介護技術の向上に力を入れてきたQ社ですが、悩みや課題がない
訳ではなく、目下の課題は、欠員補充のための介護職員の確保ですが、なかなか良い人材に
出会えていません。
これについて、Q社では、応募があっても社会人としての基本が出来ておらず、協調性
に欠けてコミュニケーションが図れないといった人が多いことから、学校で一体何を教え
られてきたのか、家庭で一体何を躾けられてきたのかと嘆いています。
しかし、嘆いたところで背に腹は代えられないので止むを得ず採用しても、利用者とのト
ラブルの原因になり、勤務が長くは続かないといったことが繰り返されていますが、こうし
た職員とのコミュニケーションを図るにはどうしたら良いのでしょうか。
実は、職員とのコミュニケーションが図れないという問題は、Q社のみならず他の事業所
からも寄せられていますが、これは一朝一夕に解決できることではありません。
また、その内容も、挨拶をろくに交わさない、笑顔がほとんど見られない、目を合わせて
話すことを避ける、指示内容を正確に理解できない、報告・連絡・相談を疎かにする、手が
空いても手伝わない、自己中心の“パート主義”に陥っている、利用者やご家族と普通の会
話ができない、何度注意しても利用者を粗末に扱うなど、様々な指摘がされています。
何故こうしたことが、特定の職員によって習慣的に繰り返されるのでしょうか。
この点を明らかにしなければ、一歩も前には進めません。
これを明らかにする方法は、経営者や管理者が本人を呼んで、話に耳を傾けることです。
しかし、本人の気持ちや事実を確認しても、聴き手がそこで意見を言ってはいけません。
聴き手に合わせて話を修正する恐れがあるので、評価や同情も避けなければなりません。
また、1 回の面談で原因が明らかになることは、ほとんどありません。
結論を急がず、1 週間くらい間を空けて、こうした面談を繰り返すことが大事です。
そして、本人がどのような幼少期を経てきたのか、何の仕事をしてどのように生きてき
たのか、どんなことを大事にしてきたのかなどを根気よく聴き取る中から“何故”が明ら
かになり、コミュニケーションの糸口と、本人に相応しい指導方法が見えてきましょう。
このように、この問題の解決には、大変な「テマ」と「ヒマ」を必要とします。
しかし、この「テマ」と「ヒマ」を惜しんでは、何も始まらないのも事実です。
42
事例 18
コミュニケーション能力を強化する
(R社)
1 企業概要
介護という仕事に誇りと情熱を持って取り組んでいる事業所です。
この事業所(通所介護デイサービスセンター)は、社会福祉協議会のR社が住民ニーズに
応えて平成 3 年から運営し、まもなく満 22 年を迎えようとしています。
R社は、社会福祉法に基づいて昭和 26 年に設立され、昭和 53 年に社会福祉法人となり、
現在、この事業所による通所介護のほか、居宅介護のためのケアプラン作成や訪問介護(ホ
ームヘルプ)など、様々な支援事業を通じて地域福祉の向上に取り組んでいます。
地元自治体も、地域福祉の向上に熱意をもって取り組んでおり、自治体直営の老人ホーム
や国保病院など関連施設が庁舎を囲むように配置され、R社の各施設とともに回廊でつなが
っており、住民がワンストップで必要なサービスを享受できるように配慮されています。
この事業所では、
「自立した生活に向けた支援」をテーマに掲げ、利用者が居宅で自立し
た日常生活を営むことができるよう、通所による介護サービスを提供しています。
現在、職員 25 名で運営されており、そのうち有資格者は、介護福祉士 7 名と訪問介護員
(ホームヘルパー)2 級を有する 7 名の計 14 名ですが、R社の1部門であるため独自の将
来戦略は持っておらず、今後とも通所介護(デイサービス)の事業所としての役割をしっか
りと果していく考えでいます。
2 人材育成に関するこれまでの取組内容
この事業所では、介護職員の定着に向けて、職員同士や先輩とのコミュニケーションの促
進に努めるほか、教育研修の充実にも力を入れていますが、本年度の職場外研修については、
人員配置に余裕がないことなどから、まだ職員を参加させることができずにいます。
また、職員数が少ないことなどから、職員個々のキャリア・パス(育成の道筋)の作成を
はじめ、目標管理制度や職業能力評価システムを整備しておらず、多忙で手が回らないこと
もあって、職場内外での研修の事後評価や効果検証もしていません。
しかし、この事業所を統括する係長は、これらの必要性を十分認識しており、国や中央職
業能力開発協会による評価基準や評価シートなどを参考に、なるべく早く自分たちの事業所
に相応しい基準やチェックリストを作成し、介護職員全体のスキルアップを図り、利用者に
対するサービスの充実強化に努めようと意気込んでいます。
43
3 今後の取組に向けて
この事業所でも、さきのP社と同様、介護職員の確保が課題になっており、広く募集して
も応募がなく、資格なしでもOKということで再募集しても応募が得られていません。
また、この地域でも、介護は3Kと思われ、就労希望者が減少しているとのことであり、
その象徴として、R社が訪問介護員(ホームヘルパー)2 級の講座を開いても、近年は定員
20 名に対し受講者が 13~14 名にとどまり、定員割れになっていることを挙げています。
しかし、介護職員の確保のためのヒントはP社の事例で述べましたので、ここでは、もう
一つの課題である「コミュニケーション能力の強化」を採り上げることにしましょう。
さきのQ社では、職員とのコミュニケーションが図れないことが課題でしたが、この事業
所では、サービスのバラツキを是正し均質化を図るため、利用者とのコミュニケーションが
うまく図れない職員の能力を高めたいが、どうしたら良いか悩んでいます。
実は、こうしたことが、R社のみならず多くの事業所でも課題となっており、接遇研修な
どでノウハウを学ばせても、期待したほどの効果を得ていません。
それは、事業所を挙げてコミュニケーション能力の向上に取り組むことをしないで職員
任せにし、また、取り組んでも、その効果を定期的に評価し職員にフィードバックして改
善につなげるということを怠っているので、期待したほどの効果が得られないのです。
確かに、コミュニケーション能力は個人の資質に負うところが大きいですが、これもまた
他の能力と同じく、職場の先輩や上司の導き方ひとつで、大きく高めることが可能です。
その取組方法の骨子については、本プランの「Ⅱこれからの人材育成の在り方」で述べて
いますが、ここではその各論として、ひとつだけヒントを提案したいと思います。
それは何かと言いますと、介護の現場で最も大切なことは、利用者とキチンと向き合い、
その声に真摯に耳を傾け、その思いをシッカリと受け止めることであり、これが出来なけれ
ば何も始まらないことを、先輩や上司がお手本になり、繰り返し行動で示すことです。
そして、今度はそれを後輩職員に実践させ、上手にできたならば褒め、上手にできなか
ったならば頑張りを認めたうえでアドバイスをしてモチベーションを引き上げ、これを繰
り返すことによって、さらなる高みに導いていくことが大切です。
いかなる能力も、良き指導者を得て良き経験で磨かれて、はじめて輝きだすものです。
44
事例 19
育成の鍵は自発性を引出して支える
(S社)
1 企業概要
経営者や職員の皆さんの笑顔がとても素敵な事業所です。
S社の経営者は理容師で、当初は理髪店を経営していましたが、立ち仕事を続けること
への体力的な不安と、将来の高齢者の増加を見越して家政婦紹介所を手掛けようと考え、
平成元年に認可を得て開業し、ピーク時は 100 名もの家政婦を抱えていました。
家政婦紹介所の経営時は、家政婦と利用者の感情のもつれからトラブルが頻発し、その対
応で疲れたものの、トラブルを未然に防止する手立てはないかと考え、家政婦にプライドと
責任を持たせることで無用なトラブルを防ぐなど、知恵を絞って乗り越えてきました。
そのような中、平成 9 年に家政婦による付添制度が廃止され、介護保険制度に吸収されて
しまうことなどから、介護保険法が施行された平成 12 年に在宅介護業を開業し、現在は訪
問介護(ホームヘルプ)と通所介護(デイサービス)の2つの事業を経営しています。
開業当初は、なかなか採算に乗らず苦労しましたが、経費の節減はもちろんのこと、利用
者の開拓にも辛抱強く努力を重ねた結果、開業から 4 年目の平成 16 年には、1 日当たりの
利用者が 70~80 人にもなりましたが、経営者はこうした繁盛に奢ることもなく、皆さんに
“地元の人が経営しているから安心”と認知していただいたお蔭であると感謝しています。
このように経営が軌道に乗ったことから、平成 16 年に事業所を新築し、利用者の利便性
と職員の就労意欲を高め、さらなる利用者の確保とサービスの向上につないでいます。
また、その建設には数千万円の費用が掛かりましたが、これに係る金融機関からの借入
金を 10 年で償還しようと自らを励まし、経営努力を重ね、あと 2 年で完済の予定です。
経営者は、経営理念と言えるほどのものはないと謙遜しますが、利用者があっての介護事
業であり、そのためには、これからも利用者の安全と安心を第一に考え、そして、十人十色
の利用者の個性を尊重し、各々のニーズに心を込めて対応していく考えでいます。
この事業所に勤務する職員は 30 名で、そのうち有資格者は 28 名を数え、定着は良好でベ
テランが大半を占めていますが、そこには、職員にプライドと責任を持たせるという、家政
婦紹介所の経営時に培った豊富な経験が存分に生かされているほか、夫唱婦随で様々なトラ
ブルの解決に当たっている経営者の奥様の内助の功も大きいのではないでしょうか。
45
2 人材育成に関するこれまでの取組内容
S社では、職員が訪問介護等で多忙なことから、本年度は職場内での集合研修を実施でき
ず、職場外研修についても参加させられずにいます。
また、職員数が少ないことなどから、個々の職員のキャリア・パス(育成の道筋)の作成
をはじめ、スキルアップのための目標管理制度や、育成の効果測定のための評価システムに
ついても未整備ですが、経営者は、その必要性を含めて今後勉強したいとしています。
確かに、介護のスキルは、製造業などのそれとは異なり、十人十色の利用者の実情に合わ
せた柔軟性が求められるので、画一的な育成方法には馴染まないと考える方もいます。
しかしながら、この目標管理制度や評価システムは、個々の職員に自分のスキルを自己
評価させることで、今後どのように成長しスキルアップを図っていくのかを自ら考えさせ、
行動を起こす契機にするものであって、職員を画一的に育成するものではありません。
そして、今の自分のレベルを自己評価し、具体的な目標を持つことによって、仕事に対す
る意識が変わり、これまでの利用者との接し方を改善し、自らキャリア・パスを考えて行動
するようになり、それが職場のモチベーションの向上にも繋がっていきましょう。
3 今後の取組に向けて
いまS社の経営者は、地元では介護老人を収容する施設が不足していることや、介護施設
の中では収益性が高めであることなどから、グループホーム(認知症対応型共同生活介護)
の経営も手掛けようと考えています。
これは、軌道に乗っている現在の事業に軸足を置きつつ、そこで培ったノウハウなどの経
営資源を活かし、新たな版図を切り開こうとするものであり、マネジメントの理に叶ったも
のですが、その成否のカギを握るのは、やはり介護職員の確保と育成です。
国による「介護労働実態調査」
(平成 22 年度)でも明らかなように、介護職員は、常に「利
用者に適切なケアが出来ているだろうか」
「介護事故(転倒、誤嚥など)で利用者に怪我を
負わせてしまうのではないか」といった不安を抱え、これが離職の原因にもなっています。
こうした不安を払拭して定着を促し、S社の介護事業をしっかり担ってもらうためには、
自社ならではの目標管理制度や評価システムを整備するとともに、自己評価に基づく自発的
なスキルアップへの取組を積極的に支援することが大切であり、こうした取組が反復される
ことで利用者へのサービスのバラツキが減り、S社の評価もさらに高まることでしょう。
46
Ⅳ 公的支援制度を活用しよう
1 北海道職業能力開発サービスセンターの役割
道では、本道経済の持続的発展を図るため、本道の強みである「食」
・
「観光」分野や、経
済波及効果の高い「ものづくり」分野、さらには雇用創出効果の高い「福祉・介護」分野な
どの振興とともに、これらを支える人材の育成について、国や市町村、民間の関係機関が連
携し、オール北海道体制で企業等の取組を支援しています。
なかでも北海道職業能力開発協会は、企業等における職業能力の開発促進、職業能力の評
価の実施、技能の尊重と振興などを積極的に推進するための民間における「中核的指導団体」
として、職業能力開発促進法に基づいて設立された認可法人です。
この協会内には、人材の育成やキャリア形成の支援に取り組む企業等に対し、相談・援助
や情報を提供する窓口として、国の委託を受けて「北海道職業能力開発サービスセンター」
が設置され、専門家である「キャリア開発アドバイザー」や「人材育成コンサルタント」が、
職業能力開発に関する支援制度の照会をはじめ様々なご相談にお応えしています。
なお、道内の市町村や産業支援機関、金融機関などの人材育成に関する支援制度について
は、北海道経済部のHP→「北海道産業人材育成ネットワーク」→「人材育成ガイド」で紹
介しています。
(http://www.hrd.pref.hokkaido.jp/sjnp/portal-guide.html)
2 教育訓練に関する助成制度について
企業等が従業員に職業訓練を実施する際に受けられる助成には様々なものがありますが、
主なものとして、この項では、(1)事業主に対するキャリア形成促進助成制度の中の「訓練
等支援給付金」と、(2)従業員に対する「教育訓練給付金」の2つをご紹介します。
(1)訓練等支援給付金(北海道労働局所管)
年間職業能力開発計画に基づき、その雇用する労働者等に職業訓練を受けさせる場合、
又は労働者の申出により、教育訓練等を受けさせるために必要な経費の負担や職業能力開
発休暇の付与を行った場合に助成
(※この制度では従業員→労働者と表現しています)
○基本的要件
・労働組合等の意見を聴いて、事業内職業能力開発計画及びこれに基づく年間職業能力開
発計画を作成している事業主であって、当該計画の内容をその雇用する労働者等に対し
て周知していること(※非正規労働者を含めて「労働者等」と表現しています)
・職業能力開発推進者を選任していること
47
○助成内容
a 労働者に職業訓練を受けさせる中小企業の事業主の場合
・対象経費は OFF-JT の経費・賃金(助成率1/3)
〃
OJT の実施助成
(助成額600円/ 時間)
b 非正規労働者に職業訓練を受けさせる事業主の場合
・対象経費は OFF-JT の経費・賃金(助成率1/2)
〃
OJT の実施助成
(助成額600円/ 時間)
c 労働者が自発的に行う職業能力開発を支援する事業主の場合
・対象経費は経費・賃金助成
(助成率1/2)
〃
制度導入助成
(助成額15万円)
〃
利用者1人当たり
(助成額5万円等)
(注イ) 経費助成の1人1コース当たりの限度額は、1コースの訓練時間が300時間未
満の場合は5万円、300時間以上600時間未満の場合は10万円、600時
間以上の場合は20万円。
(注ロ) OJT の実施助成は大臣認定等を受けた雇用型訓練のみ。限度額は40万8千円。
(2)教育訓練給付金(ハローワーク所管)
教育訓練給付とは、労働者や離職者の主体的な能力開発の取組を支援し、雇用の安定と再
就職の促進を図ることを目的とする雇用保険の給付制度です。
○給付を受けることができる方
受講開始日現在で雇用保険の被保険者であった期間(支給要件期間)が3年以上(初め
て支給を受けようとする方については、当分の間、1年以上)あることなど一定の要件を
満たす雇用保険の一般被保険者(在職者)又は一般被保険者であった方(離職者)が厚生
労働大臣の指定する教育訓練を受講し修了した場合、教育訓練施設に支払った教育訓練経
費の一定割合に相当する額(上限あり)が支給されます。
○支給額
教育訓練経費の20%に相当する額。
ただし、10万円を上限とし、4千円を超えない場合は支給されません。
※指定講座は、ハローワークで一覧表が閲覧できるほか、HPでもご覧になれます。
※支給申請手続きなどの詳細については、最寄りのハローワークにお尋ねください。
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む す び に
これまで人材育成は、企業の教育担当部門が中心になって、若手従業員を主なターゲットに、
いろいろな手法を用いて取り組まれてきましたが、数十年もの歳月を経る中で、手段であるはず
の人材育成がだんだんと目的化され、手段であるからこそ必要な「評価・検証」のプロセスが、
さまざまな理由をもって疎かにされてきたことは否めない事実でありましょう。
一方、経営者側も、長期ビジョンや経営計画に関しては、「5年先のことなんて分からないし
面倒だから作っていない」、
「前年実績をもとに今年の計画を作っているから必要ない」などとい
った理由で大半が策定していませんが、これではキャリア・パスを示すこともできず、優秀な従
業員は将来に不安を抱き、転職してしまうことにもなりましょう。
人材育成とは、突き詰めるならば、全ての従業員を経営者のコピーにすること、すなわち、経
営者と価値観を共有し、計画どおりの成果を上げて経営に貢献してくれる「人材」になってもら
うことですから、経営者が自ら手を下すべき重要なマネジメント対象であります。
このようなことから、本プランは、①経営者の視点でマネジメントに軸足を置き、②経営戦略
とリンクした人材育成を基本に据え、③全ての従業員が喜んで「PDCA」を回し続けることを
ゴールに掲げ、④その実現に向けて経営者が取るべき行動を「PDCA」それぞれのプロセスと
19のケースごとに提示いたしました。
とかく人材育成は、専門家の力を借りなければ取り組みづらく、お金をかけても効果が分かり
づらいものと思われ、取り組む前から何となく身構えてしまいがちですが、本プランをお読みい
ただいてお分かりのとおり、そのような懸念を抱く必要は全くありません。
必要なのは、組織のトップに立つ者の「思いの強さ」と「マネジメント力」であり、①人材育
成に取り組むうえでの基本的な「考え方」
、②その考え方をルール化した「仕組み」、③その仕組
みを動かすための「ツール」の3つを、人間の本性を見据えた一貫したストーリーで整えること
ができたならば、全ての従業員が希望を持って「PDCA」を回し始めるのです。
おわりに、今回のアンケート調査やヒアリング調査にご協力くださいました延べ800社もの
皆様のおかげで、本プランをまとめることができました。
心から厚く感謝申し上げますとともに、本プランが、これから人材育成の海に漕ぎ出す皆様の
「澪標」
(みおつくし)としてご活用いただけることを期待申し上げ、結びといたします。
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