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自閉症スペクトラム障害児のナラティブにおける 視線による情報入力の特性

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自閉症スペクトラム障害児のナラティブにおける 視線による情報入力の特性
東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 61 集・第 2 号(2013 年)
自閉症スペクトラム障害児のナラティブにおける
視線による情報入力の特性
李 熙 馥* 田 中 真 理**
自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder,以下 ASD)児は,空想のストーリーをナ
ラティブ(Fictional Narrative,以下 FN)として構成する際に,登場人物の心的・情動的状態を因果
関係からとらえる言及が少ないなど,登場人物間の関係に注目しない表面的な理解を示すことが指
摘されている。その特性の背景要因の一つとして,情報入力における特異性が考えられ,本研究で
はナラティブの素材となる絵本において,ASD 児がどの領域をより注視するのかに関して焦点を
当て,検討を行った。その結果,登場人物の顔,体,物体,背景における視線停留時間,最初の視線
停留時間,視線停留回数において,定型発達児と ASD 児の間に有意な差は示されず,注視の傾向を
視覚化したヒートマップにおける結果やある ASD 児の FN の内容と注視パターンとの比較の結果
から,ASD 児の視線による情報入力の特異性に関する仮説は支持されないと考えられた。今後は,
情報入力における視線の役割を明確にすることや,情報入力から FN の構成にいたるまでのプロセ
スを明らかにすることが必要であろう。
キーワード:自閉症スペクトラム障害,ナラティブ,情報入力,視線
Ⅰ.問題と目的
ナラティブ(Narrative)は,
「出来事を結びつけて筋立てる行為(やまだ,2000)」や「『今・ここ』に
おいて聞き手に伝える行為(能智,2006)」と定義されており,出来事をどのようにナラティブとし
て構成するのか,聞き手にどのように伝えるのかについて注目されている(能智,2006;李・田中,
2011b)
。自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder,以下 ASD)児のナラティブは,様々
な情報をまとめる認知能力や言葉によって表出するための言語能力,聞き手に伝えるための社会的
能力が求められる点から,ASD 児の社会的コミュニケーションの特性をより明らかにできる点か
ら検討されてきた(Loveland, McEvory, Tunali, & Kelley,1990)。また,ナラティブは自己理解や他
者理解と深い関連がある(Bruner and Feldman,1993;Fivush,1994;岩田,2001)ことから,ナラティ
ブを通して ASD 児の自己理解や他者理解を中心とした社会性の観点から検討できると指摘してい
る知見もある(李・田中,2011b)
。このように ASD 児の様々な特性に焦点づけることができるナラ
*
**
教育学研究科 博士課程後期
教育学研究科 教授
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自閉症スペクトラム障害児のナラティブにおける視線による情報入力の特性
ティブは,今後もさらに注目されていくことが予想される。
ASD 児におけるナラティブの特性に関しては,主に空想のストーリーである Fictional Narrative
(以下,FN)をどのように構成するのかに関する検討が行われてきている。FN をどのように構成
するのかに関しては,起承転結のような要素から組織化することができるのか,登場人物の心的・
情動的状態を理解し,言及することができるのか,言動の主体を明確にして構成することができる
のかに関して分析されている。これらの分析視点からみた ASD 児の FN の構成の特性として明ら
かになっている知見を以下に概観する。まず組織化に関して,Bruner and Feldman(1993)は,高
機能自閉症障害者に欺きとごまかしの行為が含まれているストーリーを読み聞かせた後,その内容
について語り直す課題を用いた結果,高機能自閉症障害者はストーリーのテーマである欺きを中心
に組み立て,語り直すことができず,登場人物の行動を羅列していたことを報告した。FN の組織
化を「はじまり」,
「終わり」
,
「メインテーマ」,「結果」の 4 つの要素から検討した Tager-Flusberg
(1995)は,自閉症障害児はストーリーの「結果」に関する言及が少ないことを指摘し,Losh and
Capps(2003)は FN の組織化の要素として,「セッティング」,「状況」,「エピソード」,「結果」に
関する言及が少なかったことを示した。
登場人物の心的・情動的状態を理解して言及することに関して,Baron-Cohen, Leslie, & Frith
(1986)は,人の意図が描かれている 4 枚の絵を提示した時,ASD 児は正しい順番に並べ替え,人の
心的状態に関連する内容について語ることができなかったことを報告した。それに対し,絵の順番
を正しく並べ替える必要がない絵本を用いた FN について検討した Capps, Losh & Thurber(2000),
Tager-Flusberg(1995)
,Tager-Flusberg and Sullivan(1995)では,登場人物の心的・情動的状態
に関する言及数には統制群と有意な差がないことが見出された。しかし,登場人物の心的・情動的
状態に関する言及がみられても,単なるラベリングであり,因果関係から心的・情動的状態を理解
した言及はみられないことが指摘された。李・田中(2011a,印刷中)においても,ASD 児の FN に
おいては登場人物の言動と心的・情動的状態との因果関係に関する言及が定型発達児(以下,TYP
児)より少なかったことが示されている。心的・情動的状態を因果関係からとらえる言及が少ない
ことと関連して,Diehl, Bennetto, & Young(2006)は,ASD 児が語る FN には出来事を因果関係
からとらえる結束性(coherence)
が欠如していることを指摘した。しかし,李・田中(2011a,印刷中)
では登場人物の言動と言動との因果関係に関する言及には TYP 児との間で有意な差がなく,登場
人物の言動と心的・情動的状態との因果関係に関する言及の少なさが ASD 児の FN における最も
重要な特性であることを指摘している。
FN の構成において言動の主体を明確にし,かつ主人公の立場から一貫してストーリーを追って
いくことに関して,李・田中(2011a,印刷中)では,ASD 児は他者とコミュニケーションを行う場
面などにおいて,主語が省略されたり,主客逆転の現象がみられる特性から,言動の主体を明確に
して主人公の立場からストーリーを追っていくことについて焦点づける必要性を述べ,検討を行っ
た。その結果,ASD 児の FN は主人公の視点から出来事を追っていくのではなく,場面ごとに登
場する人物の立場から FN を構成していることが報告されている。
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東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 61 集・第 2 号(2013 年)
これらの先行研究における結果をまとめると,ASD 児は FN を構成する際,起承転結のような
要素からストーリーの全体を組織化することが少なく,登場人物の言動と心的・情動的状態との因
果関係をとらえる言及が少ない,主人公の立場から一貫して FN を構成することが少なく,登場人
物の言動のみを言及するような表面的な理解に基づいたナラティブを行うことが考えられる。
ではなぜ ASD 児は FN を構成する際に,上述した特性を示すのか。この点について考える際には,
FN を行うためのプロセスに注目する必要がある。Fig.1 に示すように,FN を行うためには,まず
第 1 段階として FN の素材となる刺激から情報を入力する必要があると考えられる。先行研究にお
いては FN の素材として文字が書かれていない絵本が多く用いられている。その理由は,内容につ
いて書かれていない点から,語り手が各々の場面の絵を通してストーリーを自ら構成する自由度が
高く,語り手がいかに内容について語るのかについて明らかにするのに適切であると考えられる。
絵本の内容をつかむためには,各々の場面の絵から内容に関連する必要でかつ重要な情報を読み取
ることが求められる。例えば,
登場人物がどのような気持ちを抱いているのかを把握するためには,
登場人物の顔を注視することが必要である。このような第 1 段階を経て,第 2 段階は入力した情報
を統合して構成する過程であり,把握したストーリーの内容を起承転結のように組織化したり,登
場人物の心的・情動的状態を因果関係からとらえるなどの評価を行うなど,FN として構成するこ
とが求められる。第 3 段階としては構成した内容を聞き手に伝える際に,より分かりやすく伝える
ための工夫を行ったり,聞き手の反応を受けて伝える内容を調整することが必要となると考えられ
る。
第 1 段階
視線による情報入力
第 2 段階
➡
情報を統合し,
FN を構成
第 3 段階
➡
構成した内容+
聞き手に伝える際の
工夫や調整
Fig.1 FN を行うためのプロセス(→は時系列的な関係を示す)
先 行 研 究(Loveland et al.,1990 ; Tager-Flusberg, 1995 ; Tager-Flusber and Suillivan, 1995 ;
Capps et al.,2000 ; Losh and Capps, 2003 ; Diehl et al., 2006)では,上述した ASD 児の FN の特性は,
聞き手が必要とする情報を統合して語ることの困難さであるとし,聞き手の知識状態などを理解す
る「心の理論」理解の困難さが関連していると指摘されている。この指摘は,上述した FN を行う
ためのプロセスのうち,第 2 段階に焦点づけた知見であると考えられる。しかし,これまでの先行
研究の指摘には 2 つの問題点がある。1 つ目は,先行研究では ASD 児がどのように FN を構成する
のかに関する第 2 段階に注目した分析を主に行っているにもかかわらず,その結果から,聞き手に
どのように伝えるのかの第 3 段階に関連する考察を行っている点である。つまり,第 2 段階と第 3 段
階を混同しており,聞き手の知識状態を考慮し,分かりやすく伝えることができるか否かを明らか
にし,
「心の理論」理解との関連を探るためには,第 3 段階に焦点づける必要があると考えられる。
2 つ目は,先行研究では FN を行うためのプロセスのうち,第 1 段階である情報入力に関してはほ
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自閉症スペクトラム障害児のナラティブにおける視線による情報入力の特性
とんど注目していない点である。ASD 児は登場人物の心的・情動的状態を因果関係からとらえる
ことが少なく,言動のみを注目する言及が多いなどの特性を示す点から考えると,ASD 児は FN
の素材となる絵本をみる際,登場人物の顔などの重要な情報を注視しないなどの,視線による情報
入力に特異性がある可能性が高い。
ASD 児における視線による情報入力の特性に関して,Klin, Jones, Schults, Volkmar, & Cohen
(2002)は,登場人物間の情動的な相互作用が描かれた動画を用いて分析した結果,ASD 児は登場
人物の口や物体には注視していたが,
人の目に視線を向けることは少なかったことを見出した。李・
田中・佐藤・横田・滝吉・永瀬・小口・松崎・栗田(2011)や横田・滝吉・永瀬・李・田中・小口・松崎・
栗田(2011)においても,登場人物の顔より,登場人物の体や背景をより注視する傾向が示され,
Klin et al.(2002)の知見を支持している。それに対し,登場人物間の相互作用が描かれていない,
非 社 会 的 場 面 で あ る 一 枚 の 写 真 を 用 い て,視 線 に よ る 注 視 の 特 性 に つ い て 分 析 し た Freeth,
Chapman, Ropar, & Mitchell(2010)では,人の顔を注視した時間は ASD 児と TYP 児との間で有
意な差がないことを示した。
Freeth et al.(2010)において示された結果が Klin et al.(2002)と異なるのは,登場人物間の相互
作用が描かれている社会的場面なのか,非社会的場面なのかの刺激の違いが影響を与えたと考えら
れる。つまり,ASD 児は登場人物同士のやりとりなどが描かれている社会的な場面において,視
線による情報入力に特異性を示すことが考えられる。ASD 児における FN の特性に関する先行研
究で多く用いられた文字のない絵本は,主人公であるカエルが人々を驚かすというテーマの内容で
あり,登場人物間の相互作用が描かれている点から社会的場面であると考えられる。つまり,ASD
児が FN を構成する際に,登場人物の心的・情動的状態を因果関係からとらえることが少なく,行
動の事実のみを言及するのは,Klin et al.(2002)の知見と同様に,絵本における登場人物の顔など
の重要な情報を注視することの少なさが影響を与えていた可能性が考えられる。
本研究では,FN を行うためのプロセスのうち,第 1 段階の情報入力に焦点づけ,先行研究におい
て FN の素材となった絵本における ASD 児の視線による情報入力の特性について検討を行う。本
研究では視線による情報入力の特性を検討するため,先行研究(李ら,2011;横田ら,2011)を参考に,
注視する領域として登場人物の顔(表情),登場人物の体,物体,背景の 4 つの領域に分類する。こ
れらの領域における注視時間の長さ(視線停留時間(Fixation Duration)
)とともに,視線の優位性
を検討するために,最初に視線を向けた領域での注視時間の長さ(最初の視線停留時間(First
Fixation Duration)
)と,各々の領域に視線を向けるまで他の領域に視線を止めていた回数(各領域
に視線を向けるまでの視線停留回数(Fixation before))について分析を行う。仮説として,Klin et
al.(2002)の結果のように,ASD 児において刺激を注視することの特異性が存在するのであれば,
絵本において重要な情報である登場人物の顔に対する視線停留時間や最初に顔を注視した視線停留
時間は TYP 児より短く,顔を注視するまで他の領域に視線を止める回数は TYP 児より多いこと
が予想される。また,ASD 児の FN のうち,登場人物の心的・情動的状態に関する言及がみられず,
登場人物の外見などについて主に語っていた一事例を抽出し,実際の視線の動きとの関連について
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分析を行う。事例に着目することを通して,FN を構成することの特性と情報入力における特性と
の関連についてさらに明確にすることができると考えられる。
Ⅱ.方法
1. 対象:小学生・中学生・高校生以上(19 歳まで)の ASD 児 22 名と TYP 児 22 名,計 44 名を対象
とする(Table1)
。ASD 児は言語能力に遅れのない(WISC- Ⅲによる VIQ と FIQ が 70 以上)者を
対象とした。ASD 児の生活年齢
(CA)
と TYP 児の CA との間には有意な差はみられなかった(t(42)
=1.184,n.s.)。ASD 児は A 大学の発達相談事業に来談している者であり,まず保護者に口頭や文
書により研究の目的や方法について説明を行い,協力の同意を得た者を対象とした。対象児本人に
も研究の方法について口頭により説明を行い,協力の同意を得た。TYP 児は,S 市内の小学校・中
学校・高校に在籍している者であり,学校を通して研究協力の募集を行い,まず保護者に文章によ
り研究の目的や方法について説明し,協力の同意を得た者を対象とした。対象児本人にも口頭によ
り研究の方法について説明を行い,協力の同意を得た。
なお,保護者には研究結果は個人が特定されない形で統計処理されることについて口頭または文
書により伝え,対象児の様子についてビデオによる記録を行うことに関して同意を得た。対象児に
もビデオによる記録について口頭により説明し,同意を得た後,途中でやめても不利益は生じない
ことを事前に伝えた。
Table 1 対象児の内訳
小学生
中学生
高校生以上
合計
ASD 者(VIQ70-124, mean=114, SD=17.4
FIQ74-113, mean=95, SD=11.6)
4名
8名
10 名
22 名
TYP 者
5名
13 名
4名
22 名
2. FN の素材:
「Frog, On his own(Mayer, 1973)」。主人公であるカエルが様々な場面でいたずら
をするテーマの内容であり,計 27 ページである(Table 2)。
Table 2 「Frog, On his own(Mayer,1973)」
の内容
ページ
1
主 な 内 容
カエルが少年と犬と亀と散歩に出かける。
2~3
カエルが少年のもとから逃げ出す。
4~8
カエルがある獲物をねらって食べるが,獲物はミツバチであり,舌を刺される。
9 ~ 13
カエルがピクニックに来ている夫婦のバスケットに忍び込み,ビックリさせる。
14 ~ 17
カエルがある少年の紙で作った船に飛び込み,壊す。
18 ~ 21
カエルが赤ちゃんのミルクを奪い,飲もうとする。
22 ~ 25
近くにいたネコにばれて,カエルは逃げるが,つかまってしまう。
26 ~ 27
その時,少年と犬がカエルを助けてくれて,無事家に帰る。
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自閉症スペクトラム障害児のナラティブにおける視線による情報入力の特性
3. 実験装置:対象児の視線方向は,それぞれの眼球の角膜からの反射を元に TOBII T60 & T120
アイトラッカーで測定した。対象児は特別な装置はつけず,画面を通して視線方向が検出される範
囲(44 × 22 × 30cm)において自由に動くことができる。大きな動きによってこの範囲を外れた場合
でも,再びこの範囲に戻ればすぐ視線方向の検出が可能にある。
4. データの取得:絵本の各ページごとに,関心領域である AOI(Area Of Interest)を設定した
(Fig.2)
。AOI は,登場人物の顔,体,物体,背景の 4 つに設定した。AOI を設定した後,AOI ごと
に視線停留時間(Fixation Duration,単位は秒),AOI における最初の視線停留時間(First Fixation
Duration,単位は秒)
,それぞれの AOI に視線を向けるまでに他の AOI に視線を止めた視線停留回
数(Fixation before)の平均値を算出した。また,視線の傾向や特徴を視覚化するヒートマップを表
示した。
5. 取得したデータの分析:AOI ごとに算出した視線停留時間,最初の視線停留時間,視線停留回
数を従属変数とし,障害(2:有無)×学年(3:小・中・高)の分散分析を行った。
6. 事例:一事例の FN の内容と,視線停留の順番と停留の長さを示すゲイズプロットとの関連に
ついて分析した。
7. 手続き
1)視線の角膜の位置設定:対象児にアイトラッカーの前に座ってもらい,角膜の位置を設定した。
アイトラッカーによって視線方向がとれる範囲を外れるような大きな動きは控えるように教示し
た。
2)課題の視聴:対象児はアイトラッカーによって 1 ページの絵本が 10 秒間隔で流れる映像を視聴
した。
3)FN の実施:対象児にみてもらった絵本の内容を聞き手(実験者 2)に教えてほしいと教示した。
聞き手は対象児とかかわりの少ないあるいは初めて出会う人である。対象児が FN を行う際,教示
を行った実験者 1 は退室する。
8. 記録:対象児がアイトラッカーを通して流れる映像を視聴する様子や語りの場面についてビデ
オカメラで記録した。
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東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 61 集・第 2 号(2013 年)
背景
顔
体
物体
Fig.2 AOI の設定(1 ページの絵ごとに,顔,体,物体,背景の 4 つの AOI を設定した。
)
Ⅲ.結果
1. 視線停留時間(Fixation Duration)
の結果
顔,
体,物体,背景の 4 つの AOI における視線停留時間の平均値に関して,障害(2:有無)×学年(3:
小・中・高)の分散分析を行った結果,4 つの AOI において障害・学年の主効果は示されなかった(顔:
F
(1,44)
=1.039,n.s.; F
(2,44)
=2.59,n.s. 体:F(1,44)=0.29,n.s.; F(2,44)=0.45,n.s. 物体:F(1,44)=0.39,n.s.;
F
(2,44)
=1.54,n.s. 背景:F
(1,44)
=0.00,n.s.; F(2,44)=1.40,n.s.)
2. 最初の視線停留時間(First Fixation Duration)の結果
顔,体,物体,背景の 4 つの AOI における最初の視線停留時間の平均値に関して,障害(2:有無)
×学年(3:小・中・高)の分散分析を行った結果,4 つの AOI において障害・学年における主効果は
示されなかった(顔:F
(1,44)
=0.29,n.s.; F(2,44)=2.44,n.s. 体:F(1,44)=0.22,n.s.; F(2,44)=0.48,n.s. 物体:F
(1,44)=0.05,n.s.; F
(2,44)
=2.13,n.s. 背景:F(1,44)=0.03,n.s.; F(2,44)=2.17,n.s.)。
3. 各 AOI を注視するまでの視線停留回数(Fixation before)の結果
顔,体,物体,背景の 4 つの AOI における注視までの視線停留回数の平均値に関して,障害(2:
有無)×学年(3:小・中・高)の分散分析を行った結果,4 つの AOI において障害・学年の主効果は
示されなかった(顔:F
(1,44)
=0.01,n.s.; F(2,44)=0.50,n.s. 体:F(1,44)=1.11,n.s.; F(2,44)=0.92,n.s. ― ―
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自閉症スペクトラム障害児のナラティブにおける視線による情報入力の特性
物体:F
(1,44)=0.94,n.s.; F
(2,44)
=2.37,n.s. 背景:F(1,44)=0.32,n.s.; F(2,44)=2.04,n.s.)。視線停留回数
における平均値(Table 3)から,TYP 児と ASD 児ともに物体を注視するまでの視線停留回数が最
も少なく,次に顔,体,背景の順番であることが示された。つまり,他の AOI より物体により早く
視線を向けていた。
視線停留時間,最初の視線停留時間,各 AOI を注視するまでの視線停留回数における平均値を
Table 3 に示す。
Table 3 視線停留時間,最初の視線停留時間,視線停留回数における平均値
AOI
視線停留時間
顔
体
物体
背景
最初の視線停留時間
顔
体
物体
背景
各AOIを注視する
までの視線停留回数
顔
体
物体
背景
ASD 児
小学生
中学生
TYP 児
高校生
総和
小学生
中学生
高校生
総和
57.20
48.3
74.12
61.65
58.57
62.77
93.85
67.47
(47.12) (21.44) (28.71) (31.14) (34.17) (42.58) (28.67) (39.25)
25.25
28.13
27.86
27.49
25.74
28.06
35.23
28.84
(14.70) (16.40) (11.07) (13.20) (16.93) (15.32) (8.88) (14.50)
15.31
16.75
21.37
18.59
17.59
17.74
23.92
18.83
(9.55) (10.50) (10.15) (10.05) (7.31) (8.71) (7.17) (8.18)
22.09
15.04
19.43
18.31
19.92
16.43
20.59
17.98
(14.01) (8.78) (5.63) (8.64) (11.74) (8.80) (7.62) (9.08)
10.38
(6.35)
7.99
(4.06)
4.38
(2.21)
9.18
(4.33)
9.66
(3.01)
6.78
(3.17)
3.74
(1.72)
7.18
(3.27)
13.71
(7.58)
7.09
(3.25)
5.33
(3.45)
9.76
(4.59)
11.63
(6.10)
7.14
(3.22)
4.58
(2.71)
8.71
(4.09)
11.76
(5.21)
6.73
(2.90)
4.11
(1.77)
8.45
(2.67)
10.08
(4.72)
6.11
(2.44)
3.51
(1.50)
7.73
(2.66)
14.84
(2.72)
7.61
(1.35)
5.32
(1.12)
10.56
(3.39)
11.33
(4.72)
6.53
(2.37)
3.98
(1.59)
8.41
(2.86)
232.25
(139.77)
256.50
(131.44)
154.00
(79.31)
315.25
(156.27)
308.62
(125.85)
247.62
(99.17)
127.75
(51.71)
308.00
(127.19)
302.60
(55.57)
294.40
(115.82)
182.90
(62.13)
371.00
(86.71)
292.00
(101.16)
270.50
(109.56)
157.59
(64.133)
337.95
(114.29)
301.40
(83.23)
310.20
(106.09)
190.80
(85.08)
347.40
(137.97)
245.38
(80.47)
274.92
(135.27)
145.61
(71.53)
302.61
(110.51)
306.75
(73.00)
344.75
(33.13)
192.75
(40.01)
408.25
(38.14)
269.27
(81.53)
293.59
(116.12)
164.45
(71.19)
332.00
(111.85)
注)
( )内は標準偏差
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東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 61 集・第 2 号(2013 年)
4. ヒートマップ
ASD 児と TYP 児が絵本のどこにより視線を向けていたのかに関する視線の傾向や特徴を視覚化
したヒートマップの結果を Fig.3 に示す。ASD 児,TYP 児とも登場人物の顔を多く注視していた
ことがわかる。
原版
TYP 児
ASD 児
Fig.3 TYP 児と ASD 児におけるヒートマップの結果(灰色→白い円→白い円の中の灰色の順でより注視
していたことを示す)
5. ASD 児における FN と注視パターンとの関連
ASD 児の FN のうち,背景をより注視している可能性がうかがわれる 1 名(以下,K 児)の FN を
以下に示す。
「パンツ丸出し,しか思わない(1 ページ)
。靴もデカすぎだし,パンツも丸出し(2 ページ)。カエ
ルも変な顔だし,弁当で一気に話が変わってるし(9 ページ),ここでも,どんどん話し変わってい
― ―
179
自閉症スペクトラム障害児のナラティブにおける視線による情報入力の特性
くんだよね(一気にページをめくり続ける)。で,最後にパンツ丸出しマンが登場(26 ページ)。こ
こでやっと気づく。まあ,それぐらい(小 5,男,VIQ100,FIQ 93)」
それに対し,1 ページ,2 ページ,9 ページ,26 ページにおける視線の注視パターンについて Fig.4
に示す。Fig.4 から,K 児は体や背景よりは各々の登場人物の顔に視線を向けていたことがわかる。
K 児の FN の中,
「パンツ丸出し(略)
」
(1 ページ)
「靴もでかすぎだし(略)」
(2 ページ)のように語っ
ていたが,視線の動きからは,登場人物のパンツや靴に視線を停留させることはみられなかった。
1 ページ
2 ページ
9 ページ
26 ページ
Fig.4 K 児の視線注視パターン(丸の大きさは注視時間の長さを示す)
Ⅳ.考察
ASD 児は,FN の構成において登場人物の心的・情動的状態を因果関係からとらえる言及が少な
かったり,登場人物の言動の事実などの表面的な理解をした言及をすることが指摘されており
(Loveland et al., 1990; Losh and Capps, 2003; Tager-Flusberg and Sullivan, 1995; 李・田中,2011a;
― ―
180
東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 61 集・第 2 号(2013 年)
印刷中),ASD 児のこのような特性は,視線による情報入力の特異性が関連している可能性が考え
られた。この可能性を検証すべく,本研究では FN の素材となる絵本における視線による注視の特
性について分析を行った。その結果,
顔,
体,物体,背景に対する視線停留時間,最初の視線停留時間,
各 AOI を注視までの視線停留回数において,TYP 児と ASD 児の間に有意な差は示されなかった。
視線による注視傾向や特徴を視覚化したヒートマップの結果からは,ASD 児は TYP 児と同様に登
場人物の顔をより注視していることが示され,さらに ASD 児の FN のうち,一事例を取り上げ,注
視のパターンを分析した結果,FN からは背景に関する言及がみられたのに対し,視線による注視
のパターンからは登場人物の表情にも注視していることが示された。このことから,ASD 児の FN
の構成における特性が視線による情報入力の特異性から起因しているだろうという仮説は支持され
ないと考えられる。
視線停留時間において TYP 児と ASD 児の間に有意な差がなかった結果は,本研究と同じく静止
画課題を用いて検討した Freeth et al.(2010)とは同様の結果であるが,本研究と同じく社会的場面
を用いた Klin et al.(2002)とは異なる結果である。Klin et al.(2002)と異なる結果となった理由と
しては,同じく社会的場面であっても動画課題なのか静止画課題なのかの違いがあげられる。Klin
et al.(2002)では社会的場面の動画課題であり,登場人物を映すアングルの角度の変化や場面の切
り替えが早いなどの要素が含まれており,ASD 児は登場人物を追っていくことが難しかった可能
性が考えられる。
また,
動画課題では音などの聴覚的な要素も含まれており,聴覚的な刺激に反応し,
登場人物の表情に注目することが妨げられた可能性も排除できない。それに対し,本研究において
用いた社会的場面の静止画課題は,上述したアングルの変化や早い切り替え,聴覚的な刺激がなく,
そのため登場人物の顔に注視することがより容易であったことが考えられる。社会的場面ではない
が,同じく静止画課題を用いた Freeth et al.(2010)において,登場人物の表情に注視することは
ASD 児と TYP 児との間で有意な差がなかった結果からも,静止画課題による影響の可能性は十分
考えられるのではないだろうか。
視線の優位性を検討するために分析した,最初の視線停留時間や各 AOI を注視するまでの視線
停留回数においても TYP 児と ASD 児の間に有意な差は示されず,各 AOI を注視するまでの視線
停留回数においては,TYP 児と ASD 児とも物体を注視することが早く,その次に顔,体,背景の
順番であった。本研究において用いた絵本課題のテーマは主人公のカエルが様々な場面でいたずら
をし,人々を驚かすという内容であり,カエルがいたずらをする際にはバスケットや乳母車などの
物体に忍び込んでいたずらをするという設定が多い。このように物体は主人公であるカエルが次の
いたずらを行う際の手がかりとなるものであり,TYP 児や ASD 児が物体をより早く注視していた
ことは,カエルの次の行動を予測しようとした可能性が考えられる。しかし,ASD 児が単に物体
を先に注視したのか,あるいは登場人物の行動を予測しようとする意図をもって注視していたのか
に関しては,本研究における結果のみでは不十分であり,今後更なる検討が必要である。例えば,
絵本における物体をどのようにとらえていたのかに関する質問を行うなどの工夫を通して,意図性
の有無について検討することが必要であると考えられる。
― ―
181
自閉症スペクトラム障害児のナラティブにおける視線による情報入力の特性
本研究においては,2 つの課題点が指摘できる。1 つ目は,視線による注視の傾向や特性を通して
情報入力の特性を論じる点である。つまり,あるところを注視したとはいえ,注視することを通し
て情報を入力したと判断を行う根拠が必要である。ASD 児の FN のうち,事例 K 児の FN の内容
とゲイズプロットとの比較からも,登場人物の顔に注視していることが示されながらも,実際の
FN としては登場人物の顔に注目したと考えられる言及はみられず,登場人物の顔を注視すること
を通してストーリーにおける重要な情報を入力したとは考え難い。したがって,今後は情報入力の
ための視線の役割を明確にすることや,視線以外の要素による情報入力に関しても検討していく必
要があるだろう。
2 つ目は,ASD 児における情報入力から FN を構成するまでの詳細なプロセスを明らかにするこ
とが必要である。事例 K 児において,FN の内容からは背景をより注視していた可能性がうかがわ
れたが,実際は登場人物の顔を中心に注視しており,注視の傾向と FN の内容が乖離していること
が示された。この結果は,視線によって情報入力をしたとしても,FN を構成し,語る際に,入力し
た情報を活用していない可能性が考えられる。この点からすると,Fig.1 で示した FN を行うプロ
セスのうち,第 1 段階から第 2 段階にいたるまでには,Fig.5 のようにさらに 3 パターンが想定できる。
①重要な情報を視線によって入力し,入力した情報を FN を構成する際に活用する,②重要な情報
を入力したが,入力した情報を FN を構成する際に活用しない,③重要な情報を注視しないため,
情報を入力することができない,である。①を除いては,②と③のパターンはいずれも FN をうま
く構成することが難しくなるだろう。事例 K 児の場合は,②のパターンであった可能性が考えられ
る。今後は,なぜ視線による情報入力と FN の構成の間に乖離が生じたのか,その理由について詳
細に解明することを通して,ASD 児における FN の構成の特性に影響を与える要因を明確にする
ことができるだろう。
以上のように,本研究では ASD 児が示す FN の構成の特性に影響を与える背景要因の一つとし
て,視線によって重要な情報を入力することができるのかに関して検討した結果,ASD 児におけ
る視線による情報入力に TYP 児と異なる特性はみられなかった。今後は,視線以外の要素による
情報入力の特性に関する検討や,情報入力と FN の構成の間で生じるプロセスについて詳細に検討
することを通して,ASD 児のナラティブにおける特性をより明らかにすることができるであろう。
第 2 段階
情報を統合し,
FN を構成
第 1 段階
視線による
情報入力
①
入力した情報を活用する
○
②
入力した情報を活用しない
×
×
有
無
③
Fig.5 情報入力から FN の構成にいたるまでのプロセス(→は時系列的な関係を示し,○は可能であること
を,×を不可能であることを示す。①②③はプロセスのパターンを示す。
)
― ―
182
東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 61 集・第 2 号(2013 年)
付記
本稿は,科学研究費補助金(基盤研究 B 課題番号 23330270 代表:田中真理)の助成を受けた。
【引用文献】
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行為の側面に焦点を当てて-.発達心理学研究.
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スペクトラム障害者は笑いやユーモア状況をいかに楽しむか(8)-言語的やりとりを中心としたユーモア課題に
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横田晋務・滝吉美知香・永瀬 開・李 熙馥・田中真理・佐藤健太郎・小口万利子・松崎泰・栗田裕生(2011) 自閉性
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自閉症スペクトラム障害児のナラティブにおける視線による情報入力の特性
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東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 61 集・第 2 号(2013 年)
Ability of Input Information by Visual Fixation in Narrative
of Individuals with Autism Spectrum Disorder
Heebok LEE
(Graduate student, Graduate School of Education, Tohoku University)
Mari TANAKA
(Professor, Graduate School of Education, Tohoku University)
This study investigated how individuals with Autism Spectrum Disorder(ASD)infer visual
fixation from the fictional narrative task as picture book. Eye-tracking techniques were applied in
fictional narrative task exploring attention to picture book containing faces. We reliably coded
fixations on 4 regions: faces, body, objects, backgrounds. We predicted that individuals with ASD
will spend more time than is typical viewing backgrounds across tasks, but individuals ASD will
spend less time than is typical viewing faces. There were no group differences detected for the
Fixation Duration, First Fixation Duration, and Fixation before. The findings are interpreted in
terms of relation regarding input information by visual fixation and construction of fictional
narrative.
Key Words:Autism Spectrum Disorder, Fictional Narrative, Visual Fixation
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