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モンテヴェルディ〜心をえぐる凄まじき表現力
~絵画とともに聴く古楽 須田 純一 (銀座本店) 第52回 モンテヴェルディ~心をえぐる凄まじき表現力(その3) モンテヴェルディ:倫理的・宗教的な森 ハリー・クリストファーズ指揮 ザ・シックスティーン ■CD:COR 16087(第1集)、COR 16101(第2集) 輸入盤 各\2,394(税込) 〈CORO〉 (2012年7月現在第2集まで発売中。以下、続刊) 前回まで2回に渡り、モンテヴェルディの、心を えぐる凄まじい表現力について、 「タンクレーディ とクロリンダの戦い」 を例に取り見て来ましたが、 今回は宗教音楽におけるモンテヴェルディの表 現力について見てみたいと思います。 モンテヴェルディの宗教音楽の代表作「聖母 マリアの夕べの祈り」については、 (その1)でも 軽く触れましたが、カトリック教会が新興のプロ テスタントに対抗するための政策、いわゆる対抗 宗教改革の方針に則り、聴き手を啓蒙するという 側面を持っていました。モンテヴェルディに限ら ず、ルネサンスの後期からバロックにかけての宗 教音楽は概してそうした側面を持っていたので すが、中でもモンテヴェルディの音楽は聴き手の 心を動かし、 カトリックの教義の世界へ誘導する という面において飛び抜けたものでした。それは 「聖母マリアの夕べの祈り」だけでなく、モンテ ヴェルディの宗教音楽第二の代表格である「倫 理的・宗教的な森(Selva Morale e Spirituale) 」 (1641年出版)においても見られます。 この曲集、日本語にするとなにやら難しそうな タイトルですが、簡単に言ってしまえば、倫理的 道徳的な詩や格言的な詩(イタリア語)に付けら れた声楽曲と、宗教的な歌詞(旧約聖書の詩篇 など、 ラテン語)に付けられた教会音楽を集めた 作品集という意味です。難しそうなタイトルとは 対照的に、 どれも印象に残る旋律と趣向を凝らし た曲構成で作られた魅力的な作品ばかりで、 まさ に「珠玉の」 という言葉がぴったりの曲集となっ ています。 ここに含まれる曲にも、対抗宗教改革に則した 作品らしく、聴き手を啓蒙しようという意図が感 じられます。耳や心に残りやすい旋律、10分程度 の曲の中にもリズムや曲調に多様な変化を付け て聴き手を飽きさせない工夫を凝らすところ、な によりその親しみやすさは、宗教的な歌詞を聴き 手の心に刻ませることが出来るものなのです。押 し付けがましくならずに、自然と歌詞の意味を理 解させ、そして感動を与え、 カトリックの教義を聴 き手の内に染み込ませる。そうしたモンテヴェル ディの作曲技術の粋が詰め込まれているので す。例 えば「 主 を 畏 れる者 は 幸 い なり第 1 番 (Beatus vir Primo) 」は自作のマドリガ―レ集第 7巻の有名曲「金色の髪よ」の旋律を用いること により、親しみやすさを生み出していますが、決 して俗っぽくなり過ぎず、宗教音楽としての格調 の高さもきちんと感じさせるような作りにしてい ます。 「倫理的・宗教的な森」が出版された1641年 当時、モンテヴェルディはすでにヴェネツィアに おいて大家として知られる存在でした。齢70を超 えた作曲家の集大成と言った曲集なのですが、 ヴェネツィアというユニークな都市にいたからこ そ、モンテヴェルディはこの曲集を作り得たと私 は考えています。 周知の通りヴェネツィアは「海の都」です。 アド リア海に面し、街中を運河が縦横に走っていま す。海や運河の水面は時間や季節によって様々 な色を生むそうです。後に印象派の画家モネが 描くように、街は水面の光の反射によって豊かに 彩られると言います。都市全体が持つその色彩 感が文化や芸術に影響を与えないはずはありま せん。盛期ルネサンスの巨匠ティツィアーノを代 表格とするヴェネツィア派と呼ばれる画家たち は、デッサンを重視したフィレンツェの画家たち とは異なり、色彩による画面構築や詩情あふれ る感覚的な作風を特徴としていました。そうした 特徴は、日常から水面の光の反射による豊かな 色彩を持ったヴェネツィアという都市だからこそ 生まれたものだと思います。 モンテヴェルディはそうしたヴェネツィア派の 絵画に囲まれていました。それらがモンテヴェル ディの作曲活動に与えた影響は大きかったはず です。例えば、ティツィアーノの代表作「聖母被昇 天」は、ヴェネツィアの有名な聖堂、サンタ・マリ ア・グロリオーザ・デイ・フラーリ聖堂の祭壇に飾 られていましたが、 ここでの礼拝でモンテヴェル ディの作品が彼の監督の下で演奏されていた記 録が残っているそうです。モンテヴェルディは ヴェネツィアにおいて教会に従事する者ですか ら、 こうした例以外にも、宗教画との接点は常日 頃からあったはずですし、ある絵画の前で自らの 作品が演奏される、ならばそれに合った作品を 作ろう、 と考えるのは自然なことです。ですから ヴェネツィアだからこそ生まれたヴェネツィア派 の絵画がモンテヴェルディにインスピレーション をもたらした可能性はかなり高いと考えられるの です。 「倫理的・宗教的な森」はモンテヴェルディがこ れまで書き溜めてきた作品の集成なので、それ ぞれの作曲年代にもかなり幅があり、すべての曲 がヴェネツィアにおいて作曲されたわけではあり ませんから、曲集のすべての表現をヴェネツィア という都市とその文化芸術の影響と言い切る事 はできないのですが、その影響力が大きかった 事には間違いありません。そうした意味で「倫理 的・宗教的な森」は、 ヴェネツィアがモンテヴェル ディという一人の天才音楽家を通して生み出し ティツィアーノ:「聖母被昇天」 ヴェネツィア、 サンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ聖堂 た 「豊穣なる森」 と言えるのです。 この曲集は、 ミシェル・コルボによる全曲録音 以来、様々な録音が登場しています。曲のヴォ リュームゆえに全曲録音はそれほど多くなく、抜 粋録音がほとんどなのですが、ザ・シックスティー ンによる現在進行中のシリーズ(現在は第2集 まで)は、 この合唱団ならではの表現力が存分に 発揮された見事な内容です。特に第1集は、エリ ン・マナハン・トーマス、 グレイス・デイヴィッドソ ンというザ・シックスティーンが誇る二人の実力 派ソプラノが出色の出来で、モンテヴェルディの 魅力ある旋律をより一層魅力あふれるものにし ています。全集完成が楽しみなシリーズです。 こ れをオススメしましょう。 私が古楽というジャンルにのめり込むきっか けとなった東京カテドラル聖マリア大聖堂でのあ る合唱団によるモンテヴェルディの「聖母マリア の夕べの祈り」の演奏会については(その1)で も触れましたが、その時、指揮をされていた先生 が先日お亡くなりになりました。先生は音楽大学 で教授をされながら、一般大学の合唱サークル においても長きに渡ってご指導に当たられ、私も 大学時代の4年間、その合唱サークルで、あくま で多数の合唱団員の一人としてではありますが、 直接ご指導頂きました。先生は大学で専門的な 教育に従事される一方で、 アマチュアの合唱団の ご指導にも実に熱心に取り組まれ、合唱音楽、特 にルネサンス・バロック時代の教会音楽の普及 に心血を注がれた方でした。その熱の入れよう は、 まさに伝道師と表現するにふさわしいと、今 振り返って強く感じています。 私が古楽にのめり込むきっかけを作って下 さった方であり、音楽業界に就職している現在を 見れば、ある意味、私の人生を決めた方でいらっ しゃるにもかかわらず、私は大学卒業以来の十数 年、数回しかお会いしませんでした。 「もっとお会 いしておけば」 と、今更ながら激しく後悔していま す。お会いした少ない機会にもご無沙汰してし まった私の事を覚えていて下さった事に感激し たこともありました。先生の薫陶を授かった方々 は現在、古楽の分野を中心に、日本の、そして世 界の音楽界で大活躍されています。そうした方々 には遠く及ばない私ですが、先生のご遺志を継 いだ者の末席の一人として、 これからも古楽の普 及に努めて行きたいと思っています。 その想いの 証に、 この3回に渡るモンテヴェルディの記事を 先生に捧げたいと思います。先生、本当にありが とうございました。 ごゆっくりお休み下さい。 ※輸入盤は価格が変動する場合がございます。 ご了承下さい。