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身近にある!理研の研究成果

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身近にある!理研の研究成果
ISSN 1349-1229
研究成果を社会へ
理研と産業界の連携
February 2008
p2
特別企画
服部重彦 島津製作所社長
×野依良治 理事長 対談
p6
産業界との融合的連携研究プログラム
「未踏の光」テラヘルツ波で
医療を変える
テラヘルツ生体センシング研究チーム
革新的な半導体基板材料の
量産化技術を築く
ナノ機能材料研究チーム
p10
産業界との連携センター制度
p16
理研ベンチャー
介護ロボットの実用化を目指す
いかに失敗し、いかに成功したか
理研-東海ゴム
人間共存ロボット連携センター
株式会社メガオプト
p12
p18
理研ベンチャー一覧
p19
研究成果を社会へ
特集
身近にある! 理研の研究成果
掘越弘毅 名誉研究員に聞く
p14
p20 知的財産戦略センター
理研から生まれた商品
特別企画
服部重彦 島津製作所社長 × 野依良治 理事長 対談
研究成果を社会へ −理研と産業界との連携−
司会:理化学研究所(以下、理研)の大きな目標に、
るには、
「基礎−応用−開発」
という
「リニアモデル」
“成果を社会に還元し、社会に貢献する”ことがあ
を、
「パラレルモデル」に修正する必要があると思
ります。そこで2004 年、理研と産業界との連携を
います(19ページ参照)。理研では陸上のリレー競
強化することを目的に、
「産業界との融合的連携研
技に例えて、基礎科学のバトンを産業界に渡す「バ
究プログラム」をつくりました。このプログラムに参
トンゾーン」が必要だと唱えてきました。バトンゾ
加いただき、素晴らしい成果を挙げておられる㈱
ーンの具体化のため、
「産業界との融合的連携研究
島津製作所(以下、島津)の服部重彦社長にお越し
プログラム」を2004年につくりました。このプログ
いただき、産学連携の在り方、今後の日本の科学
ラムでは、企業のイニシアチブを重視し、研究者
き たん
技術研究の在り方全般について、忌憚のないご意
と企業がパラレルに走ることで共通の価値観を生
見を頂きたいと思っています。今日は大変楽しみ
み出し、的確な技術移転、実用化のスピードアップ
にしています。
ができると期待しています。現在8チームが参加し、
約半分のチームが発展的な成果を挙げています。
日本における研究機関と産業界の連携
野依:理研は大きな予算のもとに基礎研究を行っ
私たちはもっと多くの産業界のリーダー企業と連
携したいと思っています。
ていますが、それがなかなか社会的・経済的効果
三つ目は、今世紀の科学技術のイノベーションで
の創出に結び付きません。これは世界的な傾向だ
一番大事なことですが、技術の社会的受容性の担
と思います。私はその理由として、三つ大きなこと
保です。未来の科学技術の開発には、これまでの
があると考えています。一つ目は科学の細分化の
ような経済性の追求だけでなく、正統な自然観と
問題。二つ目は「死の谷」の問題。三つ目は技術の
社会観に基づく文化的な統括(カルチュラル・ガバ
社会的受容性の問題。
ナンス)が不可欠だと思います。
一つ目は、基礎科学があまりに細分化・断片化して
しまって、骨太の研究成果が少なくなっていること。
服部:私は島津製作所に入社しガスクロマトグラ
フの開発に携わってきましたが、当社は1960 年代
二つ目は、基礎研究から産業界への橋渡しの問
後半から70年代後半にかけて、多くの先生方のご
題、つまり「死の谷」の問題です。これをクリアす
指導で産官学の共同研究をやらせていただきまし
た。特に理研とは回折格子や分光光度計の開発で
先生方に大変お世話になりました。ご指導いただ
いたのみならず、装置が完成するまで一緒に研究
していただきました。ただその後少しずつ共同研
究の機会が少なくなりました。 2000 年になって
林 良英先生のご指導で世界最高速のゲノムシー
リ サ
ケンサーRISA(DNA配列分析装置)の開発に成功
しましたが、市場に出すタイミングが悪くビジネスと
しては成功しませんでした。理研に対しては、困
ったときにお願いに上がり、それを商品化させて
いただいたという、すごく強い想いがあります。ぜ
ひ昔のように死の谷を乗り越えるような取り組み
を一緒にやらせていただければと思います。
死の谷を乗り越えるための「バトンゾーン」という考
HATTORI Shigehiko
2
理研ニュース SPECIAL ISSUE February 2008
服部重彦 島津製作所社長
え方は本当に素晴らしい発想ですね。私たち企業
から見ますと最先端技術の開発には「死の谷」が二
直後から、多くの企業が経営のスリム化を掲げ、
度あるのではないかと考えています。すなわち「バト
研究開発部門の多くが縮小されてきました。一方、
ンゾーン」も二つ必要ではないかと。例えば理研が
諸外国では研究開発費を増大させ、わが国も政府
基礎研究されたものをメーカーに技術移転する。メー
負担の研究費増加を図ってきました。
カーは実用化のための技術開発をする。その後に再
昨今、社会における研究開発型の独立行政法人
び研究者による応用技術開発があり、商品化へと続
の在り方について、行政の観点からも議論が盛ん
きます二番目の「バトンゾーン」
、すなわちメーカーが
です。研究開発型独立行政法人は国の施策を担う
製品を試作した後の応用技術開発の部分がどうして
戦略研究を組織的に推進することが主ですが、産
も不十分で、第二の「死の谷」で終わってしまう例が
業界への研究開発のシーズを提供し、産業界とと
多いと思っています。その点から考えますと、理研が
もに日本発の産業技術を高めていくことにも尽力し
提唱されているバトンゾーンの考え方を「ダブルバトン
ていかなければならないと考えています。理研で
ゾーン」に広げていただければと思います。
は2007年に「産業界との連携センター制度」をつく
先生がご指摘の科学の細分化については同感で
り、理研と企業の双方の文化を吸収した人材の育
すが、これはやはり国の科学技術施策によるところ
成、さらに新分野の研究領域の開拓に積極的に取
も大きいと思います。視点は少し違いますが、米国
り組んでいます。私たち公的研究機関の役割につ
の場合、NIH(国立衛生研究所)ではNIH自身が国
いて、産業界からのお考えを伺えればと思います。
の重要な施策に特化した研究を一貫して行うととも
服部:確かに産業界が大変厳しい時代がありました
に、NIH 以外のさまざまな研究者に重要テーマに
が、ここ4 ∼5 年、研究の重要性が再認識されてきま
沿った予算配分を行っています。そして、それが全
した。島津はモノをつくるだけでなく、研究も含め
体で筋の通った一貫性のある戦略になっています。
たモノづくりを目指しています。研究費はかなり増え
日本の場合、細分化されたものをオーガナイズする
ていますが、研究者は 800 人くらいしかいません。
力に欠けているのではないかと思っています。
昔は特定な先生とのコネクションで共同研究をお願
野依:コーディネーター、プランナーがいないと。
いしましたが、今はインターネットで個々の研究者の
服部:個々の先生方の力は決して低くはないと思
研究内容が検索できます。私たちに足らない部分を
いますから。
探して、その先生にアプローチできる、企業にとって
最後の社会的受容性の問題は、島津もバイオの
は大変効率の良い時代になりました。島津の場合、
仕事を行っていますが、科学者の責任は重いです
全部で100くらいの共同研究を進めていて、そこにか
ね。遺伝子組換え技術が将来の食糧危機を救うの
かわっていただいている外部研究者は大学の先生を
であれば、もっと責任をもって社会的受容性を担保
含めて 500 人くらい。島津の研究者は約 800 人です
する行動を取らなければなりませんが、日本では
から、幅広い基盤技術の組み合わせを必要とする私
できていないですね。
たちの場合には、大学や研究機関との共同研究は
野依:みんながリスクとベネフィット(利益)のバラ
ンスを考えなければなりません。そのために国民
全体の科学リテラシー(科学の能力)を上げなけれ
ばなりません。2007年12月のOECDの学習到達度
調査の結果では、若い人の理科の力が落ちていま
すが、果して大人はどうか、その点を反省しなけ
ればなりません。
服部:身に迫る問題として理解しようとしないと、
なぜ地球が温暖化するか分からない。今こそ、科
学をみんなの前にさらけ出して議論するチャンス
だと思いますね。島津は「人と地球の健康への願
いを実現する」というのが経営理念です。
産業界における理研の役割
野依:日本の産業界は1990年代初めのバブル崩壊
NOYORI Ryoji
野依良治 理事長
SPECIAL ISSUE February 2008 理研ニュース
3
企業だけでは確立できないのではないかと考えて
います。やはり二つ目のバトンゾーンの存在を認識
し、その分野での産官学連携を奨励していくべき
だと思います。今、文部科学省で制度面で有効な
方法を考えていただいています。
野依:それはコンソーシアムみたいなものが必要
だということですか。
服部:今、ヒトの生体試料から分子レベルでタンパ
ク質を同定できる顕微質量分析装置を開発していま
す。このプロジェクトはすでに多くの先生方のご指導
を受けていますが、最終的に実用化できるか否か
はアプリケーション開発にかかっています。その点か
ら臨床医や病理の専門家などを加えたコンソーシア
ムのような仕組みがあると実用化が進むと思います。
不可欠です。どの民間企業でも今まで以上に新しい
技術開発の必要性が増していて、ある程度お金は掛
未来の日本発の産業・技術の創出のために
かっても、何とか最先端の研究をやりたい、やってほ
野依:私の研究分野に関係する化学や医薬品業界
しいという傾向が強くなっています。こういう時期に、
では、各企業が独自に同じような研究をしていま
理研の連携プログラムや連携センターのような仕組
す。これは国全体で考えた場合、極めて非効率的
みのニーズはますます大きくなっていますね。
です。少なくとも研究レベルでは、もっと産・産の
野依:民間の力とアカデミアの力と、それをオーガ
相補的連携を促進すべきではないか。国際競争力
ナイズする国の政策の三つが大事だと思います。
を高めるためには「国内協調、国際競争」が基本
島津と大学との共同研究で、イニシアチブは会社
だと思います。それには経営陣の意識改革も必要
が取っているわけですか。
ではないかと思います。
服部:おそらく半々だと思います。大学も国立大
企業に所属していると、外に出て研究者同士が
学法人になってから、昔と違って非常に積極的に
自由闊 達 に議論することが容易ではありません。
産業界にアプローチしていますし、国のプロジェ
学界に比べると産業界では、国際的に顔の見える
クトでも民間企業が入っていなければ駄目というも
研究者が育っていません。これは大問題です。
かっ たつ
のが結構あって、これを合わせると全体の約半分。
携帯電話の例では、部品の多くは日本製でも、電
残りの半分は、私たちの方がイニシアチブを取っ
話機自体はモトローラ、ノキアが世界の市場を独占
て先生方にお願いしているものです。共同研究で
しています。日本はモノづくりの要素技術が強い。し
商品化できなかったものには、二つ目のバトンゾー
かし総合技術をつくり上げ、グローバルに価値を共
ンで失敗したものが多いですね。
有する大きな商品をつくっていくために、研究者ある
司会:二つ目のバトンゾーンのイメージですが、具
いは開発責任者がもっと国際化していかなければい
体的にどんな仕組み、体制があればいいかをお聞
けませんね。自分たちにない才能を持った人たちと
かせいただけませんか。
積極的に交流することなく、普遍性あるイノベーショ
服部:最先端の開発プロジェクトが10件あったら、
ンは生まれないのではないでしょうか。そういっ
おそらく7∼8件は何とか一つ目のバトンゾーンを乗
た意味でのバトンゾーンも必要だと思います。
り越えることはできると思います。先生方の基礎
服部:非常に厳しいご指摘だと思います。産・産
研究に企業が参加しノウハウを頂き、試作品を製
の連携については私どもも重要視しており、医用
作し実用化研究を進める、ここまでは何とか進む
機器の検出器ではシャープさんや浜松ホトニクス
と思います。つまり第一のバトンゾーンはうまくい
さんとの連携で世界一の製品を開発しています。
くのですが、ここから実用化の道がなかなかうまく
しかし総合力としての国際競争力については、経
いかないのです。国のプロジェクトの多くがこのあ
営陣の意識改革も含め、これからの課題です。野依
ざ せつ
4
たりで挫 折してしまいます。理由はいろいろある
先生がノーベル賞を受賞されたときに、分析機器展
と思うのですが、私は実用化のための応用開発が
でご講演いただきましたが、
「日本の企業はだらしな
理研ニュース SPECIAL ISSUE February 2008
い。自分の実験室には海外製品があふれている」
と
指摘されたことを今でも覚えています。これからも国
際競争力を上げるため頑張りたいと思います。
研究者の国際化は、私が若いころは国際学会に
も日本の研究者が座長をするケースも多く、私たちも
世界の学会に参加するのを楽しみにしていました。
今は研究者の志の問題や企業の事情もありますが、
特に企業の研究者の国際化は遅れています。一方、
経営者は国際化が進み、特に最近は海外経験者が
社長になるケースが増えています。私も米国で長く修
行をしてきました。研究者もできるだけ海外に出るよう
に奨励していますが、言葉や文化の壁があり、なか
なかリーダーシップは取れないようですね。
司会:島津では田中耕一さんがノーベル賞を受賞
されました。島津には田中さんのような方が次々と
島津の社是に「科学技術で社会に貢献する」と
育ってくる風土があると思いますが、いかがですか。
ありますが、理研もその想いを共有しています。
服部:田中さんは英国に長くいたので、インターナ
最高の科学技術を通して初めて、一人ひとりの豊
ショナルな研究者なんですよ。雰囲気はローカル
かさ、あるいは社会の大きな夢の実現に近づくこ
に見えますけど(笑)。ただ、ああいう人が島津に
とができると思います。そういう仕事に携わること
まだ多くないので……。やはり、学会でリーダーに
ができるのは、本当に幸せなことです。
なれるような人をもっと育てないといけないです
ね。その点は反省しています。
理研も外の世界との連携と協力関係を築きなが
ら「かけがえのない存在」を目指していきます。
きわ
野依:日本の経済レベルはとても高いわけですか
「学際」
「国際」、さらにさまざまな社会との際、
「社
ら、もっと外に行って主張しないと、デファクトスタ
会際」を大事にしていきたいと思っています。そう
ンダード(市場が選んだ規格)が取れなくなってくる
いった連携を促進するために、今、さまざまな仕組
のではないでしょうか。米国はアジアにもブラジル
みが必要だと、思いを新たにしているところです。
にも 人 をど んど ん つぎ 込 んで いま す。日 本 は
服部:理研は脳、ゲノム、RNA、放射光……、どれ
ブリックス
BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)に対して
も国の根幹にかかわる重要な研究で中心的な役割
も、どんどん人を送り込まないと、世界が求める製
を果たしています。私たちとしては、国に理研の
品をつくれなくなるのではないでしょうか。
予算をもっと増やしていただいて、今の5 倍くらい
服部:日本は、輸出は多いし、海外での売上比率
の予算を使った骨太の研究を期待しています。
も高いんですが、グローバル化にはまだ程遠いで
島津の場合は、田中さんのノーベル賞にも関係
すね。島津も一つだけ、英国に約40人の研究所を
しますが、見えないものを見えるようにする、測れ
持っています。質量分析と表面解析の、10 年、15
ないものを測れるようにするのが、企業活動の基
年後を見据えた研究をやっています。この人たち
本になっています。あらゆる分野で「かけがえの
は、まさしく国際的な研究者です。
ない存在」になっている理研と、これからも見えな
いものを見えるように、測れないものを測れるよう
理研、島津、それぞれが期待すること
にという非常にシンプルなミッションに向かって、
野依:日本は少子高齢化時代に突入しています。
一緒に取り組ませていただき、最後には商品化し
このような状況の中で 30 年くらい先の日本のため
て、産業の活性化に貢献したいと思います。ぜひ
に、社会の質の向上が大事だと思います。
よろしくお願いします。大いに期待しています。
ま っ しょう
まず、日本は世界中の人たちの尊敬と信頼を集
野依:私どもは、末 梢 でない本格的な、本質的な
める「日本ブランド」をつくっていかなければなりま
基礎研究を今後も続けていきます。バトンゾーンを
せん。日本の自動車は高品質であるだけでなく、
もっと強化してほしいということがよく分かりました。
製品に込められた日本の技術、あるいは文化が評
貴重なご意見をもとに、私どもの取り組みを改善し
価されているそうですね。
ていきたいと思います。ありがとうございました。
SPECIAL ISSUE February 2008 理研ニュース
5
産 業 界 と の 融 合 的 連 携 研 究 プ ロ グ ラ ム
1
「未踏の光」テラヘルツ波で医療を変える
テラヘルツ生体センシング研究チーム
テラヘルツ波とは、周波数が1012(1兆=テラ)Hz、可視光と電波の境界領域に
ある電磁波をいう。物質透過性が高いためイメージングに有効で、さらには分
子の性質を調べることもできるため、セキュリティーシステムや工業、医療など
が生み出せるのか、時間軸と広がりを、できるだけ早
さまざまな分野への応用が期待されている。しかし、従来の光や電波の技術で
はテラヘルツ領域の光をうまく扱うことができず、
「未踏の光」とも呼ばれ、その
く知りたい。そう思っていたところに、
「産業界との融
技術開発は進展していなかった。そうした中、世界に先駆けてテラヘルツ波の
合的連携研究プログラム」の話を耳にしたのです。
研究に取り組み独自の光源を開発してきた理研と、半導体を用いたセンサの開
理研には世界に先駆けてテラヘルツ波の研究に
発を得意とするキヤノン㈱が連携し、理研の「産業界との融合的連携研究プログ
取り組んでいる研究者がいることは知っていまし
ラム」
(19ページ参照)のもとで「テラヘルツ生体センシング研究チーム」を立ち
た。その技術の将来が見えている人たちと一緒な
上げ、医療への応用を目指して研究を進めている。企業側から見たこの研究プ
らば、高いところから眺めて、時間軸と応用の広
ログラムの魅力と今後の課題を、キヤノンの小松利行 技術フロンティア研究本
がりをいち早く見極めることができます。これがプ
部長に聞いた。
ログラムに魅力を感じ、応募したきっかけです。
――「産業界との融合的連携研究プログラム」で
は、企業が主体性をもってテーマを選び、企業か
本当の融合研究が始まった
らチームリーダー、理研から副チームリーダーを出
――「産業界との融合的連携研究プログラム」に
し、理研内に研究チームを立ち上げます。このシ
参加したきっかけは何ですか。
ステムについて、どう思いますか。
お
小松:テラヘルツ生体センシング研究チームの尾
小松:
「融合研究」という言葉をよく耳にしますが、
うち
内敏彦チームリーダー(キヤノン基盤技術開発本
本当の融合研究はほとんどありません。融合研究
部)から、
“テラヘルツ波は、将来、応用の広がり
はできない、あるいは呼び方を変えるべきだ、と言
が期待できて面白そうだ。ぜひテラヘルツ波の研
う人までいます。しかし、理研のこのプログラムは
究開発に着手したい”という提案がありました。
非常に効果的です。分野、所属、価値観の違う研
2003年初めのことです。
究者と技術者たちが対等な立場で研究チームをつ
ほう が
当時、テラヘルツ波はまだ萌 芽 的な研究領域で、
くり、時間と場所を共有して一つのテーマに取り
専門の研究者は日本に片手で数えられるくらいしか
組む。そこで受ける多様な刺激こそが、新しい発
いませんでした。面白いことは分かるのですが、未開
想の原点であり、融合研究の成果となるはずです。
拓の原野を自分たちだけで道を切りひらきながら進
――今なぜ、融合研究が必要なのでしょうか。
んでいくのは、企業にとってリスクが大き過ぎます。い
小松:キヤノンは、技術の掘り起こしから自社で行
つごろ、どういう応用が可能になり、どの程度の価値
う自前主義の会社でした。しかし、市場がグロー
バル化するにつれ、技術のレベルは日本一では意
味がなく世界一であること、そして実用化までの
スピードも要求されるようになってきました。自前
主義だけでは限界があります。独自の高い技術を
持っているもの同士が組み、それぞれの技術を組
み合わせて世界一の質の高い技術、製品をいち早
く提供していくことが、重要なのです。
テラヘルツ波については、キヤノンがセンシング
の新しい原理を考え、理研が新しい光源の開発や
測定結果のデータベースづくりを行う。両者の得
意領域で一体的な融合研究を実行することで、独
創技術を創出し、新しい市場を開拓することを狙
KOMATSU Toshiyuki
6
小松利行 キヤノン㈱技術フロンティア研究本部長
理研ニュース SPECIAL ISSUE February 2008
っています。
ゴールをどこに設定すべきか
ガラスキャピラリー
伝送線路
―― 研究チームのスタートは順調でしたか。
小松:特許権の扱いについては、合意に少し時間
試料
がかかりました。しかし、このプログラムをつくった
丸山瑛一先生(現 知的財産戦略センター特別顧問)
と、
「素晴らしいプログラムだから、ぜひ前に進めま
しょう」
と直接話をさせていただき、解決することが
できました。丸山先生は企業出身なので、企業の立
500μm
場も理解してくださり、とてもありがたかったです。
低温成長ガリウム・
ヒ素(LT-GaAs)薄膜
開発中のテラヘルツ集積セ
ンサチップ
シリコン基板にテラヘルツ
波の発生部と検出部を配置
し、幅5∼10μmの伝送線路
でつないでいる。少量の生
体試料で、疾患に関連する
物質や分子構造の異常など
を検出できる。テラヘルツ
波は空気や水の影響を受け
やすいが、チップ内に閉じ
込めることで、その問題を
解決した。
―― 研究チームの設置期間は4∼5年で、実用化を
ゴールとしています。テラヘルツ生体センシング研
究チームも2007年度末で終了しますが、当初の目
ントゲンや CT で臓器や病変部位の形状を調べま
標を達成できましたか。
す。しかし、その情報からは、機能の変化を知る
小松:4∼5年で実用化というのは、私たちの経験
ことはできません。機能を知るためには、MRI な
からすると、短か過ぎます。キヤノンは、電子写真、
ど別な検査が必要になります。面倒ですよね。テ
インクジェットなど、事業の核となる技術をいくつ
ラヘルツ波を使えば、形状と機能が同時に分かる
か持っていますが、いずれも研究に着手してから
可能性があります。また、微量の試料での特異な
製品になるまで十数年かかっています。技術が独
診断も可能になります。医療が大きく変わることで
自なものであればあるほど、実用化まで時間がか
しょう。
かります。5年で、将来性が見込める技術かどうか
―― 最後に、理研へのメッセージをお願いします。
の見極めが付き、原理的な特許を取ることができ
小松:理研は、
「産業界との融合的連携研究プログ
れば、成功だと考えていました。そういう意味では、
ラム」によって、日本の産業力の強化に大きく踏み
当初の目標をほぼ達成したといえるでしょう。
出したという印象を持っています。理研には、基
礎研究の分野で世界の先頭を走っていくという使
医療を大きく変える
命があります。そこから生まれた最先端の研究成
―― テラヘルツ波の研究によって何が可能になる
果を、産業界と連携することで、新しい産業の創
のでしょうか。
成につなげてほしいと期待しています。
小松:例えば、具合が悪くて病院に行くと、まずレ
(取材・構成:鈴木志乃)
医療以外でも、ぜひ実用化を目指した連携を
私たちは、理研フロンティア研究シ
は、とても素晴らしく、面白い制度
私は、テラヘルツの中でも低周波
した。企業と連携して実用化を見
ステムのフォトダイナミクス研究
です。しかし、人材を集め研究開発
領域に絞り、精度の高い測定を行
据えた研究ができるのは、素晴ら
センター(当時)で、1998年からテ
をするには大きな投資を必要とす
うことができる光源の開発を担当
しいことであり、研究者として励み
ラヘルツ波の研究に取り組んでき
るため、大企業向けといえるかも
しています。企業の研究者は、私た
にもなります。若い研究者の皆さ
ました。テラヘルツ波は非常に先
しれません。もっと小さい規模で、
ち理研の研究者とは考え方が違う
んもぜひ、経験をすることをお勧
端的な技術で、通常のプロセスで
先端的な技術を実用化できる、別
部分もあり、新鮮に感じました。ま
めします。
は実用化が難しいと感じています。
な制度もあるといいと思います。
それをサポートしようという「産業
界との融合的連携研究プログラム」
ひろまさ
た、私たちでは思いも付かないよ
テラヘルツ生体センシング研究
非常に難しいのは、情報管理の問
うな特許のアイデアを次々と出す
チームでは、生体を対象としていま
題です。実用化を目標にしていると
ことに驚きもし、勉強にもなりま
すが、テラヘルツ波は半導体のLSI
はいえ、研究チームで行われるのは
の検査など、さまざまな分野に応
大半が基礎研究です。基礎研究の
用できます。いろいろな企業から
中での極端な情報管理は違和感が
まさつぐ
連携や共同研究のアプローチをい
伊藤弘昌
あり、研究開発の進展を妨げる場合
山下将嗣
ただければ、とてもうれしく思いま
テラヘルツ
生体センシング
研究チーム
副チームリーダー
もあります。理研側も企業側も、情
テラヘルツ
生体センシング
研究チーム
副チームリーダー
す。
報管理について意識改革が必要な
時期に来ているのかもしれません。
SPECIAL ISSUE February 2008 理研ニュース
7
産 業 界 と の 融 合 的 連 携 研 究 プ ロ グ ラ ム
2
革新的な半導体基板材料の量産化技術を築く
ナノ機能材料研究チーム
シリコン半導体は、集積回路の微細化によって高速化や高集積化を実現してき
た。しかしそれも限界に近づいているといわれている。半導体の基板材料シリ
サ
ム
コ
テ
ク
シ
ブ
「産業界
コンウェハーの専門メーカーであるSUMCO TECHXIV㈱と理研は、
との融合的連携研究プログラム」
(19ページ参照)に基づく「ナノ機能材料研究
チーム」を2004年にスタートさせた。研究チームでは、微細化の限界を超える
中で激しい開発競争が繰り広げられていますが、
量産化技術は確立されていません。
新しい材料として期待される「ひずみ SOI(Silicone-on-Insulator)基板」を、
もし、ムーアの法則が維持できなくなったら、半
300mm の 大 口 径 シ リコ ン ウェ ハ ー で 量 産 化 す る こ と を 目 指 して い る 。
導体産業の発展は頭打ちとなり、魅力のない産業
SUMCO TECHXIVの池田哲夫 技術本部長(取締役常務執行役員)に、チーム
になってしまいます。半導体産業の将来のために、
設立の経緯や今後の抱負を聞いた。
ひずみ SOI 基板を開発することは材料メーカーの
エスオーアイ
責務だという強い要望があります。
会社の未来を懸けて
材料技術で微細化の限界を超える
――なぜ「産業界との融合的連携研究プログラム」
――ひずみSOI基板とは、どのような材料ですか。
を利用することにしたのですか。
池田:半導体回路のトランジスタの集積密度は 18
池田:ひずみ SOI 基板はぜひとも取り組まなけれ
∼24ヶ月で倍増するという「ムーアの法則」があり
ばいけない開発テーマでした。そのための予備調
ます。これまで微細加工技術などにより、ムーアの
査も行い、高品質のひずみシリコンをつくるための
法則通りになってきましたが、そろそろ物理的な限
アイデアを当社の今井正人 研究員が提案していま
界に近づいています。ひずみ SOI 基板は、この法
した。しかし2000年に“ITバブル”が崩壊した後、
則を維持するための方策の一つとして期待される
わが社も経営的にとてもつらい時期が続き、次の1
次世代の基板材料です。
年を乗り切るために、将来技術の開発を中断せざ
それは、
「SOI基板」と「ひずみシリコン基板」を
るを得ないという状況でした。しかし、何か一つ
組み合わせたものです。SOI 基板は絶縁層の上に
でも将来技術の開発プロジェクトを残しておかな
薄いシリコン層を設けて、そこにデバイスをつくるこ
いと、技術開発陣が意気消沈してしまいます。ちょ
とで省電力化を図り、集積化に伴う発熱の問題を
うどそんな時期に今井研究員が、新しい計測法を
克服します。ひずみシリコンは結晶構造をひずませ
発明した理研の小林 峰 研究員から連携研究プロ
ることで物性を変え、電子などの移動度を約2倍に
グラムのことを聞き付けてきました(コラム参照)。
向上させ、デバイスの高速化を実現します( 図 )。
それで応募してみることにしたのです。
これらの長所を併せ持つひずみSOI基板は、世界
――そして、今井研究員がチームリーダーとなり、
2004 年からナノ機能材料研究チームがスタートし
たのですね。
池田:そうです。もし、この研究プログラムがなけ
れば、ひずみ SOI 基板の開発は断念していたかも
しれません。
――従来の産官学連携との違いは?
池田:これまでの大学などとの共同研究では、大
学の先生のやりたいテーマと私たち企業側のやり
たいテーマが、うまくかみ合わないケースが多か
ったと思います。このプログラムでは、企業が主体
となって研究計画を立てることができる上、理研か
ら研究費、研究者による技術などのサポートもあ
IKEDA Tetsuo
8
池田哲夫 SUMCO TECHXIV㈱ 技術本部長
理研ニュース SPECIAL ISSUE February 2008
ります。さらには4年半という長い研究期間が、私
図 ひずみシリコンの構造
左:シリコン( Si )基板にゲルマニウ
ム(Ge)を加えた格子定数(原子間の
距離)の大きな緩和 SiGe 層を設け、
その上に Si を成長させることで、水
平方向に引っ張られたひずみ Si 層が
できる。ただし、Si基板に直接、緩和
SiGe層をつくると、界面中央に欠陥
が発生してしまう。
右:問題を解決するため、研究チー
ムでは Si 基板の上に独自のひずみ緩
和層を設け、その上に緩和SiGe層を
つくる方法で、ひずみSOI基板の量産
化を図っている。
引っ張りひずみ
緩和
SiGe層
ひずみSi層
圧縮ひずみ
緩和SiGe層
界面
ひずみ緩和層
欠陥
Si原子
Si基板
Si基板
Ge原子
たちにとって、とても魅力的でした。自分たちが独
げました。大学との共同研究では、まだ大学の研究
自に開発を進めていたとしても、同じくらいの研究
室の雰囲気を覚えている入社2∼3年目の若手を選
期間を設定していたと思います。大学などとの共
ぶことが多いのですが、このときは、応募した人が
同研究は、ほとんどが単年度の契約です。これほ
このチームで何ができるか、何をやりたいかという
ど長期の契約は、ほかではないと思います。
視点で選びました。優秀な人材を引き抜かれた部
ただし、優秀な研究者たちを長期間、理研のチ
署の部長さんは、今でも嘆いていますよ
(笑)
。
ームに送り込むことには、
“そういう余裕はないは
――もうすぐ研究期間が終了しますが、開発状況
ずだ”といった社内からの批判もありました。
“何と
はいかがですか。
かやらせてください。この研究が、将来、会社を救
池田:昨年くらいから高品質のひずみシリコンをつ
うんです”
と頭を下げて回りました。
くる技術のメドが付き始めてきました。チームが終
了する前に試作品をつくり、量産化に必要な技術
エース級の人材を投入
を獲得したいと思います。一方、2006年から私た
――チームに参加する研究員はどのように選んだ
ちの親会社となったSUMCO では、SOI の開発を
のですか。
進めてきました。その技術と組み合わせて、ひず
池田:予備調査に参加していたメンバーのほかに、
みSOI基板をぜひ実現したいと思います。半導体
社内公募も実施しました。私たちの会社では、年
の世界では、革命的といわれる技術がたくさんあ
に1∼2回、新しいプロジェクトなどの人材を社内公
りますが、ひずみ SOI 基板は掛け値なしに革命的
募するのですが、いつもは手を挙げる人があまりい
な材料になり得ると思います。
ません。しかしこのときには優秀な人たちが手を挙
(取材・構成:立山 晃)
3次元でナノ構造と組成を同時に見る
私は「3次元中エネルギーイオン散乱(3D-
MEIS)」という計測法の開発を行っています。
その特徴は、物質の表面から 100nm 程度の
が、ナノ機能材料研究チームの発足につなが
りました。
このチームで私は、3D-MEISの本格的な専
深さまでをナノメートルオーダーの深さ分解
用装置を製作しています。
この専用装置により、
能で構造解析と組成分析を同時にできること
SiGeの製膜過程へフィードバックできる情報
です。ナノ機能材料研究チームが発足する少
を得ることができるのではないかと考えてい
し前に、既存の装置を改造して3D-MEISのプ
ます。さらに、この計測法によりナノ構造体の
ロトタイプを完成させました。そして、3D-
研究も行っています。
MEISの特徴を生かしたデモンストレーショ
「産業界との融合的連携研究プログラム」に
ンができる試料を探していました。そして、
よって、3D-MEISをさらに発展させることがで
かつて共同研究を行ったことのあるSUMCO
きるだろうと考えています。すでにこの計測法
TECHXIV㈱の今井正人さんに面白い試料が
について国内外に反響があり、今後、3D-MEIS
ないかを問い合わせました。この問い合わせ
装置を市販化していきたいと考えています。
小林 峰
ナノ機能材料研究チーム
副チームリーダー
SPECIAL ISSUE February 2008 理研ニュース
9
産 業 界 と の 連 携 セ ン タ ー 制 度
介護ロボットの実用化を目指す
理研-東海ゴム 人間共存ロボット連携センター
リー・
世界で初めて優しく人を抱き上げることを目的に開発されたロボット「 RIマ
ン
MAN」。理研バイオ・ミメティックコントロール研究センター(BMC)が開発
したRI-MANは、米国の雑誌『TIME』で「Best Inventions 2006」に選ばれる
など、国内外で大きな反響を巻き起こした。理研と東海ゴム工業㈱(TRI)は、
理研の「産業界との連携センター制度」
(19ページ参照)に基づき「理研-東海ゴ
ム 人間共存ロボット連携センター(RTC)」を2007年8月に開設。BMCのセン
でやることはできません。ロボットの分野で材料
サや制御の技術とTRIの優れた材料開発技術によってRI-MANを“進化”させ、
開発技術まで取り込んだ研究チームは存在しない
介護ロボットの実用化を目指している。
と思います。きっと面白いロボットができると思
います。
―― TRIは自動車用の防振ゴムで世界シェアのトッ
プを誇っています。なぜBMCと介護ロボットの開
発に取り組むことにしたのですか。
理研と企業の強みを生かす
加藤:私たちの会社は、自動車分野を中心にIT関
―― どのような経緯でTRIと連携することになった
連や産業用資材、住宅・建設などの分野に製品や
のですか。
技術を提供して業績を伸ばしてきました。将来を
細江:今、家庭や社会で人と共存するロボットの
見据えて、さらに新しい事業を開拓していきたいと
実用化を目指して、世界中でさまざまな研究プロ
考えています。これまで主に材料開発を中心に独
ジェクトが行われています。その主流は、ロボッ
自技術を培ってきましたが、新しい製品を目指して
ト工学と情報技術を融合させた研究です。私たち
材料の開発と制御技術などの開発を同時並行で進
は、もう一つ重要な研究があると考えています。
めたいと考えています。そこで、優れた制御技術
材料開発技術に根差したロボット研究です。そこ
を持つBMCと連携して介護ロボットの実用化を目
で、優れた材料開発技術を持ち、 2004 年から共
指すことにしました。
同研究を進めていたTRIと本格的に連携すること
――介護ロボットは、事業として有望ですか。
にしました。
加藤:少子高齢化で介護者不足が大きな社会問題
向井:私たち BMC は、センサや制御に関する技
となっている今、ニーズはとても高いと思います。
術は強いのですが、材料の開発までをBMCだけ
実は私自身にとっても介護は身近な問題で、介護
者不足は、社会が解決すべき大きな課題だと痛感
しています。介護ロボットはその解決の一助にな
ると思います。社会の望むものを提供することが、
企業にとっても大きなメリットになります。さらに企
業側から見ると、ロボットの要素技術も大変魅力的
です。RTC で開発する要素技術は、ロボット以外
の分野にも応用できると期待しています。
ゴムでアクチュエータとセンサをつくる
――どのような要素技術を開発する計画ですか。
細江:一つの大きな目標は、ゴム材料を用いたソ
フトアクチュエータやソフトセンサです。今の RI-
MANは、約40kgしか抱き上げられません。モー
タの力が小さいからです。大きな力を出そうとした
左から池浦良淳チームリーダー(TL)
、郭 士傑TL、加藤錬太郎 副連携センター長、RIMAN、細江繁幸 連携センター長、向井利春TL。
10
理研ニュース SPECIAL ISSUE February 2008
ら、モータのサイズも大きくなりRI-MANの腕に収
まりません。ギアによる力の増幅は可能ですが柔
※東海ゴム工業㈱
連携センター長(細江繁幸)
※
副連携センター長(加藤錬太郎 )
ロボット感覚情報
研究チーム
ロボット制御研究チーム
(細江繁幸チームリーダー)
(向井利春チームリーダー)
ロボット動作研究チーム
(池浦良淳チームリーダー)
先端ソフトデバイス
研究チーム
※
(郭 士傑チームリーダー )
理研-東海ゴム 人間共存ロボット連携センター
軟な力の出し方や動作が困難になります。少し時
まで“進化”
しますか。
間がかかるかもしれませんが、ロボット用のゴム材
細江:介護の現場で実際に試しに使ってもらえる
料を用いたソフトアクチュエータを開発したいと考
レベルまでいきたいと考えています。
えています。
池浦:そのために、私たちは人の介護動作を人間
―― それは、電気信号で伸び縮みするゴムですか。
工学の視点からも解析しています。さらに、人はど
加藤:そうです。ソフトアクチュエータは今、激し
のように抱き上げられると違和感を持たないかな
い開発競争が行われていますが、まだ商品化に成
ど、心理的な分析も行いたいと思います。私は三
功した企業はありません。柔軟で構造がシンプル、
重県の依頼で、福祉用具を開発する研究会を開い
軽量・省エネなどの特徴があるので、さまざまな分
てきました。企業がつくった試作品が福祉の現場
野での応用が期待できます。もう一つ、私たちが
で役に立たない場合が多くあります。介護ロボット
ぜひ開発を進めたいと考えているのが、ゴムを用
も、開発者側の視点だけでは駄目です。介護の現
いたソフトセンサです。
場で評価を受け、それを開発に生かしていくこと
向井:触覚センサの情報をもとに、人を抱きかか
が必要です。
えることが RI-MAN の大きな特徴です。ただし、
―― 企業側から見て、連携センター制度のメリッ
今のRI-MANには、腕と胴に合計5 枚の触覚セン
トは。
サのシートを付けているだけで、全身を覆うこと
加藤:RTCという産官をつなぐ“バトンゾーン”の
はできていません。特に関節のところが問題で、
中で、理研とTRI の研究者・技術者が互いの本音
大きな変形に耐えて機能する触覚センサが必要で
や考え方をぶつけ合い、両者が持っている技術を
す。また、全身を触覚センサで覆うと、ロボットは
本当にオープンにしながら開発を進められる、そ
触覚センサからの情報を集めるための配線だらけ
れがとても大きな利点だと思います。
になってしまいます。コストの問題もあります。今
郭:私たち企業の研究者は応用を重視します。一
は半導体の圧力センサを触覚センサとして使って
方、理研の研究者は基礎研究重視です。基礎と応
いますが、軽量で柔らかく、低コストのゴムの触覚
用の両方がそろうことで、初めて付加価値の高い
センサができれば、それで全身を覆い、さらに高度
商品が生まれるのだと思います。
な介護動作をさせたり、安全性を高めたりするこ
―― 理研側はいかがですか。
とができます。
細江:私がこの制度でぜひ実現したいのは、企業
郭:私たちTRIでは、曲げることができるゴムベー
と一緒に研究開発する過程で、新しい研究テーマ
スのソフトセンサを開発しました。この技術はロボ
を見いだし、それを理研側に持ち帰って新しい研
ットの関節に応用できると思います。また、私たち
究プロジェクトを立ち上げることです。今までの産
が開発した抵抗増加型のゴムセンサは構成が単純
学官連携は、理研や大学の研究成果を企業へ技術
で、必要な電極数もわずかです。この技術は配線
移転して応用するという一方通行の流れでした。
の問題解決に役立つでしょう。
企業側から理研や大学へ研究テーマを提供すると
いう逆方向の流れも、この連携センター制度で生
5年後、RI-MANを介護現場へ
―― RTCの設置期間の5年間で、RI-MANはどこ
み出したいですね。
(取材・構成:立山 晃)
SPECIAL ISSUE February 2008 理研ニュース
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特 集
身近にある! 理研の研究成果
掘越弘毅 名誉研究員に聞く
洗剤、ワサビ、お茶、消臭剤、制汗剤……。私たちの生活のさまざまな場面で
使われている製品に、理研の成果が使われていることをご存じだろうか。掘越
こう き
弘毅 名誉研究員は、理研の研究員だった1968年、世界で初めて好アルカリ性
微生物を発見。その微生物がつくり出すさまざまな酵素はいろいろな製品に応
用され、関連の特許料収入は累計2億円を超える。基礎研究の成果がどのよう
にして産業と結び付いたのか。成功の鍵、そして今後に生かすべき教訓を語っ
――それは、いつごろのことですか。
掘越:1968年の秋です。私はイタリアのフィレンツェ
の丘からルネサンス時代の建物を眺めていました。
フィレンツェの建物と金閣寺が建てられたのは、ほと
ていただいた。
んど同じ時代です。でも、互いに知らない。知らな
いからこそ、違った建物ができたんだなあ。そんな
ことを思っていると、ふと、ある考えが浮かんできた
好アルカリ性微生物の発見
のです。微生物の世界にも、まだ知られていない世
――理研とのかかわりは、いつからですか。
界があるかもしれない。今まで微生物は、酸性や中
掘越:1956年、東京大学大学院の農芸化学に進み、
性の環境で生息するものと考えていたけれど、アル
発酵学の大家、坂口謹一郎先生の研究室に入りま
カリ性で生息する微生物もいるのではないか、と。
した。坂口先生の勧めで、理研の前身である株式
大急ぎで帰国しました。アルカリ性の培地に何を
会社科学研究所(1948∼1958年)の奨学生となった
入れるかが問題です。結局、手近な理研の敷地内
のが最初です。その年、コウジカビを溶かす微生物
の泥を採ってきて、20本の試験管に入れて培養した
を発見。それが、私の微生物研究の始まりです。
のです。次の日、試験管を見て驚きました。どの試
その論文が英国の科学雑誌『Nature』に掲載さ
験管にも、微生物がいるんです。培地がアルカリ性
れたのをきっかけに、米国へ留学しました。そして
になっていないのでは、と思ったくらいです。pH 試
1960年に帰国し、特殊法人理化学研究所(1958∼
験紙で測ると10、強アルカリ性。理研の土が特別な
2003年)の研究員になりました。ところが当時の理
のかとも思いましたが、その後いろいろなところの土
研は“冬の時代”で、お金がないから実験道具もな
から好アルカリ性微生物が次々と見つかりました。
い。コウジカビを溶かす微生物の研究を続けてい
たのですが、スランプに……。理研にいるのが嫌
アルカリセルラーゼを配合した洗濯洗剤
になり、ふらふらとヨーロッパに出掛けてしまった
―― 世界初の好アルカリ性微生物の発見は、その
んです(笑)。
後、どういう展開を?
掘越:まず、好アルカリ性微生物がつくり出す、ア
ルカリ性で働く酵素を探しました。できるだけたく
さん特許を取り、特許料で研究費が稼げればいい
なと思っていたのです。これまでに35種類以上の
酵素を発見しています。
最初に注目したのが、植物繊維を分解する酵素
「アルカリセルラーゼ」です。当時はくみ取り式トイ
レが主流で、し尿処理場では、植物繊維が表面を
覆って分解を妨げることが大きな問題になってい
ました。これは使えると思ったのですが、水洗トイ
レが急速に普及し、必要がなくなってしまったので
す。まさに、水に流れてしまった(笑)
。
それから数年後、花王㈱の研究者が“アルカリセ
HORIKOSHI Koki
12
ルラーゼを分けてほしい”
と研究室を訪ねてきまし
掘越弘毅 理化学研究所 名誉研究員
た。聞けば、洗濯洗剤に入れたいと。
“でも洗濯物
(独)海洋研究開発機構 極限環境生物圏研究センター長
が分解されてしまうだろう”
と聞くと、強力なもので
理研ニュース SPECIAL ISSUE February 2008
図1 アルカリセル
ラーゼを配合した洗
濯洗剤
アルカリセルラーゼ
は、好アルカリ性微
生物由来の植物繊維
を分解する酵素であ
る。働きの弱い種類
を利用することで、
繊維をほぐし、汚れ
が落ちやすくなる。
はなく“繊維を少しだけ柔らかくするものがいい”
と言うのです。繊維を柔らかくしてほぐすことで、
入り込んだ汚れが落としやすくなる。彼らはそう考
えていたのです。私にはまったく思いもしなかった
用途です。そして1987年、アルカリセルラーゼを配
合した「アタック」が発売されました(図1)
。アタック
の売り上げは累計で10兆円に近いそうです。
生活に溶け込んだサイクロデキストリン
―― 洗剤が最初に製品化されたものですか。
図2 サイクロデキス
トリンの分子モデル
グルコースが6∼8
個、環状につながっ
ている。中心部分に
さまざまな化合物を
閉じ込めることがで
きる。好アルカリ性
微生物由来のアルカ
リアミラーゼを使う
ことで、大量生産が
可能になった。
掘越:洗剤の前に、サイクロデキストリンを使った
製品があります。サイクロデキストリンは、デンプン
からつくられるグルコースが 6 ∼ 8 個ドーナツ状に
つながったもので、中心にいろいろな化合物を閉
じ込めることができます
(図2)。便利な分子ですが、
大量生産が難しいため、利用されていませんでし
た。それが、好アルカリ性微生物がつくり出す酵素
「アルカリアミラーゼ」を使うとデンプンを分解する
ことができ、簡単に、そして安く大量生産ができる
図 3 サイクロ デ キ
ストリン を 使ったさ
まざまな製品
サイクロデキストリ
ンはデンプンと同じ
成分のため毒性がな
く、食品や医薬品な
どに幅広く使われて
いる。
ことが分かったのです。
―― 用途は?
掘越:日本食品化工㈱から来ていた研究者、中村
信之さんと用途を考えました。最初は、粉ワサビで
す。ワサビの香りと辛みの成分を閉じ込めました。
現在では、香辛料、お茶、医薬品、化粧品、消臭剤
など、さまざまな製品に使われています(図3)
。
―― ご自身の発見が世界中で使われるようになっ
たことを、どう感じていますか。
掘越:研究成果が社会の役に立ったことを、とても
誇りに思います。どの研究者にも研究成果を社会
―― 企業との連携を成功させるポイントは?
に還元するという意識を持ってほしいですね。
掘越:最後は、人と人です。当時いい付き合いが
できた人とは、今でも仕事上でつながっています。
学ぶべき教訓
―― 現在の理研に対して一言、お願いします。
―― 研究費はいかがでしたか?
掘越:かなりきついことを言いますが、現在の理研
掘越:実は、特許料を研究費にあまり回してもら
は、
“理研らしさ”がない。理研は、組織は大きくな
えませんでした。相手は生き物ですから、似たも
りましたが、個々の研究は小さくなっているように
のがたくさんあるはずです。私は、考えられるあら
見えます。
ゆるものを特許申請しました。そのかいもあり、特
「物事ができるには、なぜできてきたのかという
許料収入は、これまでの理研で最高だと聞いてい
歴史がある」。これは、私が好きな言葉です。理研
ます。しかし残念なことに、アルカリセルラーゼも
がなぜできたのかを、もう一度考えてほしいです
サイクロデキストリンも、本当に売れ始める前に、
ね。人がやっていないこと、しかも5年やそこらで
基本特許が切れてしまいました。特許を扱う部署
はできないものに取り組み、その成果を社会に広
に、その研究の意義や価値を正しく理解し、特許
めることが、科学者の醍醐味だと思います。そし
を有効に生かす方法をもっと考えていただきたか
て、もう一つ。科学は哲学で、芸術と同じです。感
った。当時は理研の経営も厳しかったため、目先
じる心がなかったら新しい科学はできません。
のことしか考えられなかったのでしょう。
(取材・構成:鈴木志乃)
SPECIAL ISSUE February 2008 理研ニュース
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理研から生まれた商品
基礎研究による新しい発見や発明が、産業界を活性化する画期的な製品開発につながります。
しかし、その発見や発明がどんなに優れていても、素晴らしい製品に生まれ変わることは容
易ではありません。基礎研究者と企業の開発研究者、さらに製品開発にかかわる多くの人た
ちが情熱と信念を持ち一丸となって製品化を目指し、いくつものハードルを乗り越えてこそ、
社会に役立つ新しい製品にたどり着くのです。
VAAM
スズメバチの研究からスポーツ栄養飲料へ
多くのトップアスリートが、持久力向上のために活用
ヴ
ァ
ー
ム
していることで有名なスポーツ飲料「VAAM」。これ
は、スズメバチの幼虫の栄養液に含まれるアミノ酸17
種 類 の 混 合 比 を 、人 工 的 に 再 現 し たもの で す。
VAAMは体脂肪燃焼以外にも、自律神経系の調節や
アルコールに対する肝機能保護など、さまざまな機能
を持つことが明らかになりつつあります。
明治乳業㈱
スズメバチの研究を始めたころ、不覚にも顔を刺さ
れ、生死をさまよいました。毒のすごさを身をもっ
たかし
阿部 岳
て実感し、刺されないようにするにはスズメバチの
知的財産戦略センター
阿部特別研究室
特別招聘研究員
ことをもっと知らなければと研究するうちに、スタ
ミナ抜群のスズメバチの栄養液の秘密にたどり着き
ました。これが VAAMの開発につながったのです。
殺菌剤カリグリーン・殺ダニ剤アカリタッチ
食品添加物で安全・安心な農薬へ
より安全な農薬開発のために食品添加物にも使われ
る化学物質を用いたこれらの農薬は、優れた防除効
果がある上、肥料としても働き、植物の耐病性を高
める効果があります。カリグリーンは、米国カリフ
ォルニア州の「オーガニックワイン」用ブドウ栽培
農園の9割以上に使われています。
大塚化学㈱(2005年に東
亞合成㈱から事業譲受)
100%安全だと断言できる化合物はありません。私
たちは、食品や食品添加物として長年使用されてい
て問題がないものを農薬に用いる研究を行ってきま
した。いろいろな苦難がありましたが、初めて商品
を手にしたときの感激は格別でした。
14
理研ニュース SPECIAL ISSUE February 2008
ゆたか
有本 裕
中央研究所
作物保護ユニット
研究ユニットリーダー
て
ま り
花手毬、サフィニア、サマーウェーブ
重イオンビームで新しい植物を
加速器で加速した重イオンビームによる突然変異誘
発法を用い、連続開花性に富む花持ちの良いバーベ
ナ 3 品種、優雅な濃いピンク色の新色ペチュニア、
白と紫がかったピンク色の新色トレニアなど、次々
と品種改良に成功しました。重イオンビームによる
か
き
育種は、理研発の日本独自の技術です。花卉植物だ
花手毬(左からカー
ペット咲きコーラル
ピンク、カーペット
咲きサクラ、こんも
り咲きもも)
けでなく、耐塩性イネの開発など農作物にも利用し
ています。
サントリー
フラワーズ㈱
サフィニアローズ
サマーウェーブピンクホワイト
重イオンビームの育種は、理研だからできたんで
す。日本初の加速器を理研につくった仁科芳雄先
阿部知子
生は、「加速器を原子核物理以外の分野にも役立て
仁科加速器研究センター
生物照射チーム
副チームリーダー
なさい」とおっしゃったそうです。その伝統が今
も生きているのです。
自動車エンジン部品
技術は人を介して伝えられる
エリッド
スバル レガシィの一部車種の
エンジン部品に採用
理研の技術「ELID研削法」を応用した新工法
「ELIDホーニング工法」を用いることで、自動車エ
ンジンのシリンダー内径部分の仕上げ加工時間の短
縮と、加工精度の向上および安定化を実現。加工時
間の短縮から生産能力の拡大、消費電力の低減が可
と いし
能になることに加え、砥石寿命の延長効果も得られ
るなど優れた工法であることから、今後幅広い応用
が期待できます。
富士重工業㈱
技術は人を介して伝えられます。今回、技術移転が
うまくいったのは、ELIDのコンセプトや装置に搭載
するノウハウを、企業に適切に伝達できたこと、そ
して企業側も意欲的な人を派遣されたことが大きか
ったと思います。今回のように「必ずできるはずだ」
ひとし
大森 整
中央研究所
大森素形材工学研究室
主任研究員
と信念を持って取り組むと、実現できるものです。
SPECIAL ISSUE February 2008 理研ニュース
15
理 研 ベ ン チ ャ ー
いかに失敗し、いかに成功したか
株式会社メガオプト
理研生まれの技術を社会に普及させることを目指した「理研ベンチャー」は、
現在23社を数える(18ページ参照)。その第1号が、1996年に設立された㈱メ
ガオプト(旧社名:フォトンチューニング㈱)である。高性能固体レーザーの研
究開発・製造・販売を行う、資本金2億5255万円、社員40人、年間売り上げ約
10億円の企業に成長した。理研ベンチャーを運営する苦労、喜び、そして起業
ャーの第1号、フォトンチューニング㈱が誕生しまし
た。ただし、私は研究志向が強かったので、研究
を考えている研究者へのアドバイスを、研究者でもあるメガオプトの和田智之
者としては協力するけれども事業はチームリーダ
代表取締役会長に聞いた。
ーがやってください、というスタンスでした。
さ と し
1996年から2000年まで、会社は大迷走を続けま
した。私たち研究者は、会社経営に関して素人で
す。市場の規模や、どのくらい売れれば会社が成
理研ベンチャー第1号
り立つのかも、分かっていませんでした。1台5000
――メガオプトは、どういう会社ですか。
万円のレーザーが1年に3台売れれば大きな利益が
和田:理研で研究開発した技術をもとに、産業、医
出る、大丈夫だ、くらいにしか考えていなかったの
療、基礎科学などあらゆる用途に対応できる高性
です。2年目、3年目にどうなるかなんて、考えもし
能固体レーザーの研究開発・製造・販売を行って
ませんでした。2000 年の時点で1 億円もの大赤字
います(図1、2)
。
を出し、技術者もみんな辞めてしまいました。
――メガオプトは理研ベンチャーの第1号です。設
どん底からの復活
立のきっかけは。
和田:私は理研フォトダイナミクス研究センターの光
――危機的状況からどのように脱却したのですか。
生物研究チーム
(当時)で、生物研究用のレーザー
和田:㈱リコーの取締役をリタイアして、理研の実
の研究開発を行っていました。私たちのチームは、
用化コーディネーターをされていた河津元昭さん
電気的に光の波長を自由に変えることができるレー
の力が大きかったですね。彼が会社を立て直すた
ザーを世界に先駆けて開発しました。学会で発表
めに出した条件が、
“技術の中核を担う人が会社
するとすぐ、それを使いたいという声がたくさん寄
の責任者にならなければならない”というものでし
せられたのです。その要望に応えて実用化するこ
た。結局、河津さんが代表取締役、私が役員にな
とも重要だと考えていたとき、ちょうど「理研ベンチ
ることになり、社名も㈱メガオプトに変更しました。
ャー」
という制度を立ち上げる話が出てきました。
ある日突然、会社が頭の上に降ってきた、そんな感
そして、最初に手を挙げたのが私たちのチーム
リーダーでした。こうして 1996 年7 月、理研ベンチ
じでした。
――よく引き受けましたね。
和田:後退することは考えない性格なんです。起
きたことは必ず成功させて前に進もう、と考える方
なんです。当時、私なりに勝算もありました。私た
ちが研究開発した固体レーザーは、市場で十分に
勝負できるという自信を持っていましたから。でも、
今だったら、会社経営の大変さを経験しているの
で断りますね(笑)
。
――会社の業績は回復しましたか。
和田:2000年から2003年までは横ばいでした。2年
間で2億円の委託開発事業の助成金があったので、
製品を売らなくても、どうにか会社は維持できていた
のです。しかし助成金が底を突いた 2003 年、外部
WADA Satoshi
16
和田智之 ㈱メガオプト 代表取締役会長
理研ニュース SPECIAL ISSUE February 2008
から資金を入れないとどうしようもない状態になって
図 1 「すばる」望遠
鏡から照射されるレ
ーザーガイドスター
用589mmレーザー
メガオプトの主要な
開発品の一例。レー
ザーを照射して高度
約 100km の 高 層 大
気を光らせることで
人 工 の 星 を つ くり 、
それを目安に大気の
揺 ら ぎ を 補 正 す る。
その結果、高精度な
観測が可能になっ
た。
しまいました。資金調達のためにも、高齢の河津さ
んに代わって私が代表取締役になりました。
そのころからようやく、固体レーザーを量産して
産業界に販売することができるようになりました。
それが評価され、2004 年度の「創業・ベンチャー
国民フォーラム会長賞」を頂きました。大学や研究
機関発のベンチャーは日本全体で1500社も生まれ
ています。しかし、産業用のものをつくる会社で、
本当に成功しているところはありません。もう少し
で、私たちが最初の成功例になれるのではないか
と思います。
――メガオプトが成功したポイントは。
和田:レーザーは、さまざまな分野の一流の技術
者を集めないと製品ができない上に、市場は数十
億円と小さいため、大企業は手を出しづらいので
す。でも一番大きかったのは、企業でレーザー製
造の経験がある技術者が来てくれるなど、人材に
恵まれたこと。私たちの研究室を出た人も参加し
てくれました。理研は研究成果だけでなく、人材も
輩出しているということを、あらためて感じました。
ベンチャーの成功に、人的ネットワークはとても重
要です。
(写真提供:国立天文台)
ベンチャーを成功させるには
図 2 高出力パルス
レーザー“シリーズ
300”
メガオプトの主要製
品の一例。コンパク
トでパワフル、短パ
ルス、高ビーム品質、
空冷を実現し、レー
ザー装置の常識を覆
した製品。
――起業を考えている研究者へアドバイスを。
和田:ベンチャーを立ち上げようとしたら、まず自分
の技術が突出していて市場で勝てるものかどうか、
また、市場の規模、費用対効果を見極めなければ
いけません。
“そんなこと分からないよ”
というのなら、
起業はやめるべきです。もちろん、研究者だけでは
対応できないこともあるでしょう。そういう場合は、企
業や情報を持っている人と組むのが確実です。
――理研には、
「産業界との融合的連携研究プログ
ラム」など企業と連携して実用化を目指す制度が
いくつかあります。それらと、理研ベンチャーの違
いは。
2006年12月に、私は代表取締役会長となりまし
和田:企業と組むことで、ベンチャーよりも実用化
た。メガオプトでは、もう技術者ではなく経営者で
できる確率は高くなるでしょう。一方、ベンチャー
す。自分がまさか企業経営を語るとは思ってもいま
は苦労も多いですが、研究者自ら、成果を社会に
せんでしたから、不思議な気もしますね。
問い掛け、成功すれば社会に貢献できる。その達
私たちの会社は、失敗した経験と、成功した経
成感は、ほかの制度では得られないほど大きなも
験の両方を持っています。理研には素晴らしい技
のです。
術も多く、起業を考えている研究者も多いと思いま
――メガオプトの今後の課題は。
す。私たちの例をぜひ、参考にしてください。私た
和田:量産化を実現するために、品質管理とコス
ちから成功のループが回り始め、理研から新しい
ト管理を含めた製造体制を整備することです。そ
企業が次々と生まれることを期待しています。
して、早期上場を目指しています。
(取材・構成:鈴木志乃)
SPECIAL ISSUE February 2008 理研ニュース
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理研ベンチャー一覧(2008年1月現在)
1. 理研ベンチャー認定日 2. 代表取締役 3. 主な事業内容 4. URL
ASTOM R&D
工学系(6社)
化学系(1社)
情報系(5社)
物理系(1社)
バイオ系(10社)
The NEXSYS Corporation
新世代加工システム(株)
1. 平成10年6月 2. 大森宮次郎 3. 精密鏡面加工・研磨技術 4. http://www.nexsys.co.jp/
(株)先端力学シミュレーション研究所
1. 平成11年4月 2. 安藤知明 3. 成形加工用非線形解析ソフトウェア 4. http://www.astom.co.jp
VCAD Solutions Co.,LTD.
(有)VCADソリューションズ
1. 平成18年1月 2. 伊藤昌夫 3. VCADソフトウェアの配布、サポ
ート、開発、販売等 Technoflora corporation
(有)テクノフローラ
1. 平成14年2月 2. 鈴木邦夫 3. 抗肥満・抗脂血症薬、抗糖尿病薬・健康食品
Chiome Bioscience Inc.
(株)カイオム・バイオサイエンス
1. 平成17年2月 2. 藤原正明 3. 試験管内抗体作製システム 4. http://www.chiome.jp
4. http://www.vcad.co.jp
Fuence Co.,Ltd.
(株)フューエンス
1. 平成14年11月 2. 井上浩三 3. タンパク質など生体高分子機能
Institute of Science and Information Visualization
(有)アイサイヴ
1. 平成18年1月 2. 小野謙二 3. 科学技術計算とプリポストソフトウェアの開発
構造体形成技術 TagCyx Biotechnologies
タグシクス・バイオ(株)
1. 平成19年3月 2. 平尾一郎 3. 人工塩基対テクノロジーを
用いた試薬・診断薬事業等
4. http://www.fuence.co.jp
Megaopto Co.,Ltd.
(株)メガオプト
1. 平成10年3月 2. 内田保雄 3. 高性能固体レーザー 4. http://www.megaopto.co.jp
Trial Park Co.,Ltd.
(株)
トライアルパーク
1. 平成19年1月 2. 鈴木正敏 3. ものづくり仮想試作技術支援サー
ビス 4. http://www.trialpark.co.jp
Medical Ion Technology Corporation
(株)メディカルイオンテクノロジー
1. 平成17年2月 2. 氏家 弘 3. 外科治療用医療材料
Brain Vision Inc.
ブレインビジョン(株)
1. 平成10年5月 2. 市川道教 3. 神経活動実時間イメージン
グ技術 4. http://www.brainvision.co.jp
Wyckoff Co.,Ltd.
ワイコフ科学(株)
1. 平成15年6月 2. 武内一夫 3. ナノ粒子分級計測技術(DMA)
4. http://www.wyckoff.co.jp
Inplanta Innovations Inc.
(株)インプランタイノベーションズ
1. 平成15年4月 2. 高根健一 3. 植物におけるSNPを利用
Animal Allergy Clinical Laboratories
動物アレルギー検査(株)
1. 平成19年4月 2. 増田健一
3. 動物のアレルギー ・ 免疫
検査事業 4. http://www.aacl.co.jp/
REGiMMUNE Corporation
(株)
レグイミューン
1. 平成19年3月 2. 森田晴彦 3. 免疫 ・ アレルギー疾患の
根本的治療薬の開発 4. http://www.regimmune.com/
RIKEN GENESIS CO.,LTD.
(株)理研ジェネシス
1. 平成19年10月 2. 塚原祐輔 3. 遺伝子解析事業
した遺伝子マッピング技術
4. http://www.inplanta.jp
NanoMembrane Technologies, Inc.
(株)ナノメンブレン
1. 平成19年9月 2. 國武吉邦 3. 燃料電池および薄膜応用
製品の開発、製造販売
K.K. Dnaform
(株)ダナフォーム
1. 平成10年9月 2. 宇治田日侶史 3. 完全長cDNA作製技術 4. http://www.dnaform.jp
FLOX Corporation
FLOX(株)
1. 平成17年10月 2. 田島右副 3. フラーレン誘導体の開発、
製造、販売 4. http://www.flox.jp
Peta Camputing Institute, Ltd.
(有)高速計算機研究所
1. 平成12年6月 2. 大野長彦 3. 分子動力学シミュレーション専用計算機 4. http://www.peta.co.jp
Cell-Medicine, Inc.
セルメディシン(株)
1. 平成13年7月 2. 大野忠夫 3. 自家腫瘍ワクチン 4. http://www.cell-medicine.com/
Japan Neutron Optics Inc.
(株)日本中性子光学
1. 平成17年9月 2. 広田克也 3. 中性子光学素子、測定器のコンサ
ルティング・製作請負 4. http://www.j-nop.com
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理研ニュース SPECIAL ISSUE February 2008
研 究 成 果 を 社 会 へ
研究成果を産業界へつなぐ「バトンゾーン」
理研は研究成果の技術移転の形として、
企業と理研の研究者同士が緊密に連携
リニア
モデル
し、互いに刺激し合える場、「バトンゾ
大きな溝
基礎研究分野界(研究者)
ーン」を提供する制度を設けました。
産業界(企業)
これは従来のリニアモデルの技術移転
交流
ではなく、企業と理研が併走するパラ
パラレル
モデル
レルモデルの仕組みです。
基礎研究分野界(研究者)
バトンゾーン
産業界(企業)
リニアモデルとパラレルモデル
「 バ ト ン ゾ ー ン 」 を 実 践 す る プ ロ グ ラ ム
産業界との融合的連携研究プログラム
(2004年∼)
産業界との連携センター制度
(2007年∼)
理研に蓄積した、または新たに生まれつつある研究資産
企業からの提案をもとに、理研の各センター内に「連携
を活用して、企業のニーズに適合した研究課題に関して、
センター」を設置し、中・長期的な課題に取り組む制度
企業のイニシアチブを重視の上、共同研究を実施する制
です。センター名には企業名を冠することができます。
度です。基礎・応用のいずれの段階においても、理研と
理研と企業が共同で新しい研究領域を創出するとともに、
企業が共に研究開発を進めます。 2008年 1月現在、 8チ
理研と企業双方の文化を吸収した人材の育成を図ります。
ーム。
2008年1月現在、3センター。
産業界との連携ギャラリー
2007年9月、和光研究所 研究交流棟2階に「産業界との連携
ギャラリー」がオープンしました。理研は、財団法人として
発足した1917年から産業界と深いつながりを持ち続け、研究
成果をもとに事業化した企業集団「理研産業団(理研コンツ
ェルン)」は、日本の産業振興に大きく貢献しました。今日で
は新しい産官連携の挑戦者として、理研ベンチャーが活躍し
ています。このギャラリーでは、理研と産業界の歩み、理研
ベンチャー、そして研究成果の実用化例や理研の知財戦略の
取り組みについて紹介しています。来所の際にはぜひお立ち
寄りください。
和光理研インキュベーションプラザ
2008年2月19日、和光研究所に「和光理研インキュベーショ
ンプラザ」がオープンします。このプラザは(独)中小企業
基盤整備機構、埼玉県、和光市と理研の連携によって設立さ
れました。新製品・新技術の研究開発や新分野への進出を目
指す中小企業・ベンチャー企業などを支援する起業家育成
(ビジネスインキュベーション)施設です。常駐するインキュ
ベーションマネージャーが経営、技術などさまざまな課題の
克服を支援し、優れた企業創出に貢献します。
SPECIAL ISSUE February 2008 理研ニュース
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知的財産戦略センターは、研究成果を早く、広く社会に普及させるための研究プログラムを運営し、
知的財産戦略センター
研究者と産業界との連携を緊密にしてより実効的な技術移転を行っています。
さまざまな研究資金の活用により
研究にダイナミックな広がりと
新たな可能性をもたらします。
1)競争的資金
2)助成金
3)国等との受委託研究
4)民間企業からの研究資金
研究活性化
研究開発段階における産業界との連携、
多様なバトンゾーンの構築
1)幅広い産業界との共同研究
2)企業との共同研究の支援
→「産業界との連携制度」
3)スピードを重視した企業からの課題提案によるパラレルモデル共同研究
→「産業界との融合的連携研究プログラム」
社
会
へ
の
貢
献
4)優れた研究者を招聘し企業等から受け入れる資金による特別研究
→「特別研究室プログラム」
研究開発
5)企業の提案をもとに企業名を冠したセンターを設置
中長期的課題に取り組み新領域開拓、人材育成へ貢献
→「産業界との連携センター制度」
実用化の促進
1)理研特許情報の検索システム「R-BIGIN」※
2)未公開特許情報の開示
3)特許フェア等への出展
4)知的財産権のライセンス活動
知的財産
権利化
知的財産権の確保
実用化コーディネーターの配置
技術移転懇話会の開催
1)特許セミナーの開催
2)発明補償金制度
3)発明発掘の強化
5)理研ベンチャー制度
6)自治体や総合商社等との連携
7)ベンチャーインキュベーション施設の運営支援
パテントリエゾンスタッフの配置、発明相談
※Riken-Business Information for Global IP Network
4)研究成果物および知的財産権の機関帰属
各種問い合わせ
○受託試験
○産業界との融合的連携研究プログラム
○産業界との連携センター制度
理研の保有する測定技術を活用できる計測や試験などについて所外からの委
○産学連携セミナー・イベントに関するお問い合わせ
託に応じます。
○理研ベンチャー制度に関するお問い合わせ
○未公開パテント情報、ライセンス契約等
○メールマガジン、技術移転懇話会に関するお問い合わせ
○共同研究、受託研究等
○その他
【知的財産戦略センター 知的財産戦略グループ 企画戦略チーム】
TEL: 048-462-5475 FAX: 048-462-4718
E-Mail:c i p s - k i k a k u @ r i k e n . j p
TEL: 048-467-9729 FAX: 048-467-9962
E-Mail:j i t s u y o u @ r i k e n . j p
詳細は知的財産戦略センターのホームページをご覧ください。
理研ニュース
別冊
SPECIAL
ISSUE
February 2008
【知的財産戦略センター 知的財産戦略グループ 知財創出・活用チーム】
http: //r-bigin.riken.jp/bigin/
発行日
平成20年2月13日
編集発行
独立行政法人 理化学研究所 広報室
〒351-0198 埼玉県和光市広沢2番1号
phone: 048-467-4094[ダイヤルイン]
fax: 048-462-4715
『理研ニュース』はホームページにも掲載されています。
http://www.riken.jp
デザイン
制作協力
株式会社デザインコンビビア
有限会社フォトンクリエイト
再生紙を使用しています。
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