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数学の教材研究指南
数学の教材研究指南~学習者の自然な思考にそった授業のために~ 数学の教材研究指南 ~学習者の自然な思考にそった授業のために~ 目次 ● ● 1. はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 2. 数学教育の今日的課題 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 3. 教材研究 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 4. 中学1年の教材研究 (1)正の数と負の数 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6 (2)比例式 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10 5. 中学2年の教材研究 (1)連立方程式 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11 (2)多角形の内角の和 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13 6. 中学3年の教材研究 (1)平方根 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16 (2)三平方の定理 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 19 7. 授業のためのちょっとした秘訣 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22 8. おわりに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 23 数学の教材研究指南~学習者の自然な思考にそった授業のために~ 迎えたばかりの日本の宇宙開発に強い関心を 1. はじめに 抱き,日本固有の技術でロケットを作るエン ジニアになろうと考えていました。映画「宇 みなさん,こんにちは。今日は,お忙しい 宙兄弟」では,宇宙飛行士に憧れる兄弟の夢 ところ,本誌を手にとっていただき,ありが を叶えるストーリーが展開されますが,もの とうございます。こんな小さな冊子ですから, 作りに興味があった私は,宇宙飛行士を乗せ 読まれずにどこかに廃棄されてしまうかもし て飛ばすロケットの製作の方に興味が向いて れませんが,もし,読んでくれる人がいるな いたのです。そうした夢も,大学受験前に父 らば,著者として,読者のみなさんの時間を 親を 49 歳の若さで亡くした後の現実的な選 無駄にしないようにしたいと思い,私は,誠 択という,当時の私の若さゆえの選択によっ 意を持ってこの原稿を書きました。そんな私 て,振り返ってみれば,高校生の頃の私の夢 の気持ちの表れとして,「はじめに」では, は果たされずじまいでした。でも,映画「宇 まず,どんな人が書いているのかという自己 宙兄弟」の南波六太と日々人兄弟の純粋な思 紹介から書いてみようと思います。 いに触れ,夢を持てたこと,夢で終わってし まったけど,その分,豊かな人生だったと思 夢を持とう,夢で終わってもいいじゃないか! その分,人生が豊かになるから。 えることに感謝したいと思っています。 夢の形は,人それぞれに違うことでしょう。 本誌の読者の中には,先生になることが夢だ 年をとるにつれて,あまりテレビを見る機 ったという人もたくさんいることでしょう。 会もなくなりましたが,先日,家族が録画し 夢だった先生になれたのに,全然楽しくない ていた「宇宙兄弟」という実写版の映画を見 という,少し疲れきってしまっている若い先 ました(読者のみなさんの方が遥かに詳しい 生もいるかもしれません。 と思いますが,ご存知のない方々のために, 私は,極力,自分のことを「先生はね, 少しばかり解説をしますと,この映画は,も …」と言わないように心がけています。みな とは漫画だった作品を 2012 年に実写映画化 さんが夢として追いかけてきた「先生」とは, したものです。ストーリーは,宇宙飛行士を 職業名ではありません。私たちは,教員採用 目指す南波六太と日々人という 2 人の兄弟の 試験に合格したとたんに,先生になれるわけ 物語です) 。 ではないのです。教員 = 先生ではないのです。 なん ば む っ た ひ び と 中学校の数学の先生向けに書く本誌のはじ 「先生」というのは,子どもたちが,父兄が, めで,私がなぜこのようなことを書き始めた あるいは何かの教えを受ける人が,師たる人 かと申しますと,大学の構内などに掲示され に向かって敬意を持って示す敬称なのです。 ている「あの日,夢が,落ちた。勇気を,も ですから,私たち教員が自らを「先生」と称 う一度,打ち上げろ」という 2014 年 8 月 9 しても,教えを受ける側に尊敬の心がなけれ 日に公開された「宇宙兄弟 #0」のポスター ば,その人は先生とはなれないのです。 が,遠い昔に忘れ去ったつもりでいた私の夢 を思い出させてくれたからです。 私は,高校生の頃,その頃はまだ黎明期を 人の心は勝手なもので,夢でも何でも,一 度,手に入れてしまうと,その価値が急に魅 力を失い,自分の幸せに気がつかないもので 1 数学の教材研究指南~学習者の自然な思考にそった授業のために~ す。本誌を手にされた読者のみなさんとは直 接お会いしたこともない人々がたくさんいる と思いますが,大日本図書の営業担当から手 渡された本誌を介して,私との縁を結ばれた 方々に,ぜひ,若き日の夢を思い返して欲し いと願っています。 Q. 教師も生徒たちもみんな頑張ってい るのに,なぜ成果が出ないのか? そして,みなさんが夢見ていた「先生にな 私が子どもの頃に比べると,日本の数学教 る」という夢は,実は,まだ到達されていな 育は数段進歩したと思います。私が子どもの い遥か彼方に輝く偉大な夢であることを再確 頃の数学教育では,考えることを大切にする 認してほしいと思います。私たちは,未来を という授業はほとんど行われていませんでし 担う子どもたちを育てるという,とても尊い た。先生が教えてくれる方法を使って,問題 仕事をしています。そして,私たちは,子ど を解く,そんな繰り返しのような授業が行わ もたちに,私たちの全人格をかけて,とても れていたように記憶しています。それから約 大きな影響を及ぼしています。子どもたちが, 半世紀ほどの間,先生方は,よい授業をする 目をぎらぎら輝かせて,「先生,勉強教えて にはどうすればよいかという探求を,自分た よ」と言ってくる姿を想像してみてください。 ちの時間を捧げて続けてきました。アジアを 子どもたちは,ぎらぎらした目で,みなさん はじめアメリカやヨーロッパの国々でも,日 を先生として尊敬し,皆さんの人としての生 本の「Jyugyo-kenkyu(授業研究)」という先 き方そのものを受け入れようとしているので 生方の自主的な研修のあり方を賞賛する声が す。 上がっていますが,私も,日本の先生方の献 人の師となることは,とても恐れ多いこと 身的な努力は,とてもすばらしいと思います。 かもしれません。私は,自分が人の師となる しかし,そうした実に多くの先生方の献身 よりは,私の周りの人々すべてが,私の師で 的な努力にも関わらず,現在の数学教育には, あると思って生きていきたいと思っています。 子どもたちの成績や学習意欲など心の問題に そんな地道な延長線上に,もし可能ならば, も,さまざまな課題が残されていることが報 人々から「先生」と呼んでいただけるような 告されています。こうした様子は,先生方が 言動ができるようになれればよいと願ってい よい授業を心がけることで,かえって,問題 ます。本誌の読者のみなさんが,「先生」と をもたらしているように私には思われます。 なる夢を抱き,それを達成されることの手助 本誌では,具体的な教材研究の議論に入る前 けができれば,これに勝る喜びはありません。 に,先生方の努力が正しい方向に向いていな 教員を取り巻く環境は決してよいとは言え いのではないかという,私の問題意識を提示 ませんが,これも修行のうちと考えて,顔を 上げて,日々の仕事に取り組んでくださるこ とを祈念しています。実は,ここまでが,私 が皆さんに伝えたかったことです。後の考察 は,おまけです。お時間のあるときに,少し ずつ気楽に読んでみてください。 2 2. 数学教育の今日的課題 したいと思います。 Q. よい授業を心がけることで,どんな 問題が生じてしまうのか? 私が大学教員になった頃,私は,学生たち 数学の教材研究指南~学習者の自然な思考にそった授業のために~ に,よい授業をしようと思ったら,よい教材 うおまけまでもがついてくることになります。 を選んで,授業を深めなさいと言ってきまし こうした現象を整理すれば,以下のような悲 た。それまでは,教科書の問題をはじから何 しい図式が浮き上がってきます。 問も時間の許す限り解き続けるという授業を していた学生たちも,洗練された 1 問を,時 ・よい授業を心がけることで 間をかけてゆっくり授業をするようになりま → 授業における絶対的学習量が不足する した。少ない問題でも,1 時間の学習に値す → 学習量確保のために宿題が多い る内容を含む問題をじっくりと子どもたちに → 自主的な学習態度が育成できない 取り組ませてほしいという思いからでした。 しかし,近年,いろいろな学校に授業を参観 数十年前,家庭や社会の教育力が低下し, しに出かけますが,どの先生のクラスでも同 食事の仕方や挨拶の仕方など,それまで社会 じように,1 問の問題を,時間をかけてゆっ や家庭で躾けられてきたことまでが学校に求 くりと授業を進めるというスタイルに統一さ められ,その結果として教員の負担が増加し れてしまっているようです。 たという論説が展開されたことがありました。 たとえば,極端な例ですが,小学 1 年生の しかし,今の時代では,学校で本来指導しな たし算の授業では,45 分の授業時間におい ければならない教科内容までもが,家庭に委 て, 「3+2=5」という問題しか出てこない授 ねられ,学校の,そして,教員の責任がない 業がたくさんあります。お話作りや,おはじ がしろにされているという,数十年前とは逆 きを用いた活動,式の意味の学習,子ども自 転した現象が起きていると言えます。 身での説明など,もちろん実に様々な活動が, 3+2 という問題を中心に行われます。 学校だけでは学習が成立しないから,親は 仕方なしに子どもたちを塾にやるということ しかし,振り返ってみれば,45 分間で子 では,教育の本末が転倒していると言われて どもたちが解いた問題は,3+2=5 だけとい もしかたがありません。その意味で,中学校 う授業が実に多いことに気づかされます。こ 数学ならば,50 分という学習時間に見合う うした授業展開では,もちろん,子どもたち 絶対的学習量が確保されているのかという視 の計算力はつきませんので,先生方は,必然 点から,ご自身の授業を振り返る必要がある 的に大量の宿題を出して,自宅学習で,本来 のではないでしょうか。 は学校で習熟させなければならない学習を家 私は,消化しきれないような内容を準備す 庭教育に任せてしまうという現象が起きてい るのはやはり間違いだと思います。教師が, ます。そして,さらに悪いことには,家庭で 自己都合だけで,どんどん授業を進めてみて の学習では,夕刻の短い時間内で終わらさな も,学習者の頭の中で十分な学習が行われな ければいけないという制約ゆえに,授業で大 ければ,いかに見栄えのよい授業でも,よい 切にされてきた考えることは無視され,とに 授業とは言えません。授業の目標を明確に立 かく宿題を終えることしか頭にない学習者を て,それを支える内容と方法を準備すること 生み出すことになります。そしてさらには, はとても大切です。本誌では,先生方の授業 大量の宿題に疲弊し,さらに何か自主的に勉 を改善する手だてとして,教材研究のあり方 強しようという学習意欲までも阻害するとい とヒントを示していきたいと思います。 3 数学の教材研究指南~学習者の自然な思考にそった授業のために~ 本誌では, 「先生方を勇気づけ,元気づけ るためには,授業がうまくいったという体験 3-2 「教材」とは何か 教育実習に行った学生の頃より,授業の準 の後押しをしてあげることだ」という思いを, 備として教材研究の重要性は常に聞かされて 少しでも形にしてみようと思います。教材研 きました。指導教員より,「明日は,教科書 究こそが,よい授業を生み出す,そんな信念 のこの頁を学習するから,よく教材研究する に基づいて,以下,中学校数学科の授業の秘 ように」と言われた先生方も多いことでしょ 訣を教材研究という視点から語ってみたいと う。こんな言い方をされると,私たちは教科 思います。 書に書かれている内容が教材だと考えがちで 3. 教材研究 日頃何気なく使っている「教材」という言 葉の意味を,あなたはしっかり答えられます す。確かに教科書に書かれている事柄をじっ くり考えながら読むことは,教材研究にほか ならないのですが,教科書に書かれている数 学の内容がそのまま教材ではないことをここ では強調しておきたいと思います。 かと問われたとき,自信をもって,「教材と 私たち教員は,検定教科書を用いることを は,○○です」と言える先生は意外に少ない 義務づけられています。ですから,授業の準 のではないでしょうか。十分な教材研究がよ 備は,教科書に何が書かれているのかを確認 い授業を行うためには不可欠であるというお することから始めなければなりません。しか 話をする前に,第 3 項ではまず,「教材とは し,ここで注意しなければならないことは, 何か」という問いに答えておきたいと思いま 「(+ 6)+(-2 )の計算をしなさい」という す。 問いは数学の問題であって,このままでは, この問題を通して何を学ばせたいのかという 3-1 授業を準備する時間はいかに使われ てきたか 教育の目標が表に出ていないということです。 中学校数学科の学習指導要領は,学習する内 一般的な理解として,教材は学習材と混同 容を列挙しておりますが,その内容の選択と して用いられてきました。教える材料(教 配列には,しっかりした教育目標があるとい 材)という文字から得られる直感的な理解を う認識を持つことが大切です。私たちは,と 基 に, 私 た ち は, 「授業の準備 = 教材の準 かく内容をどのように教えればよいかという 備」という考え方をもって,教材研究という 「内容→方法」だけで教材研究を行いがちで 言葉を使い,実際に,学習の材料を準備する す。内容をいかに教えるかということを考え ことを教材研究として考えてきました。 る前に,その教材が内包している目標は何か こうした教材や教材研究という言葉の意味 を教科書を見ながらじっくりと考えて欲しい に対する誤解や理解不足が,本来ならば,も と思います。目標をじっくり考えることで, っと大切なことに使われなければならない授 本時の学習で最も大切なことは何かというこ 業準備の時間が,プリントなどの学習材や黒 とが見えてくると思います。教材研究の時間 板への展示物などの作成にあてられるという が 5 分しか持てなくても,方法を考える前に, 状況を招いてきました。 目標を考えてください。最も大切なことが何 かがわかれば,自然によい授業ができるよう 4 数学の教材研究指南~学習者の自然な思考にそった授業のために~ になります。 ◆表 1:教材とは何か 教材とは, 「目標,内容,方法」という 3つの概念によって構成される教育的 概念である。 心がけて欲しいと思います。 3-4 「(+6)+(-2)」は内容である 明日の数学の授業は何かなと,先生方が教 科書を広げてみる,どこにでもある放課後の 職員室の風景を思い浮かべてみてください。 中学 1 年生を担当している A 先生は,教科書 21 ページを眺めながら,明日の授業では, 「(+6)+(-2)」はいくつかなという問いが 3-3 教材の系統性 中心的な課題になることを理解します。教科 教材という教育用語の理解に続き,さらに 書には,先生方が困らないようないろいろな 大切なことは, 「教材の系統性」という言葉 手 立 て が 示 さ れ て い ま す か ら,(+6)+ です。数学教育では,学習の積み重ねが重要 (-2)= + 4 という学習が,正負の数の加法 だと言われます。ある学年の単元でつまずく の規則の学習であることも理解できるでしょ と,その影響がいつまでも続いてしまうと言 う。しかし,既に先生方に提示したように, われるのが,数学学習の宿命となっています。 教材は,目標と内容と方法からなる概念だと ある日突然, 「今日から数学の勉強を頑張る すると,「(+6)+(-2)」は内容であって, ぞ!」と改心した子どもがいても,一度つま ここには何らの教育目標も含まれていないこ ずくと,なかなか授業についてくるのも難し とに気がつくはずです。計算ができるという いというのが現状です。 ことだけに満足せずに,正負の数を括弧でく ここでちょっと脱線しますが,私は,各地 で行われる研修会などで,先生方に,「復習 くることで,加法と減法の混じった式を正の 項や負の項の和として捉えるよさ,すなわち, から始める授業を絶対にしないで欲しい」と 「項の考え方」のよさ(本時の目標)を子ど お願いしています。先生方の立場としては, もたちにきちんと伝えてほしいと思います。 昨日の復習をしながら,本時の授業のための レディネスを高める親切心で行っていること 教材 も,子どもたちの立場からすれば,「昨日の こともわからないのだから,今日の数学の授 業がわかるはずないでしょう!」という拒絶 のメッセージとして受け止められるというこ とに,ぜひ心をとめて欲しいと願っています。 さらに付け加えると,昨日の復習をしない 内容 と今日の授業が始められないのは,多くの場 目標 合,前の日の授業がきちんと完結していない という授業の拙さから来ているとすれば, 日々の授業をきちんとまとめるという視点か 方法 ◆図 1:教材の 3 要素 らも,ぜひ,復習なしの,今日本番の授業を 5 数学の教材研究指南~学習者の自然な思考にそった授業のために~ 4. 中学 1 年の教材研究 (1)正の数と負の数 そして,次に出てくるのは,本単元の素地 となる学習内容の確認です。参考までに少し 引用してみます。 4-1 教材研究の基本 教材研究を行う上で,とても頼りになるの 「小学校算数科では,第 4 学年までに整数 が,中学校学習指導要領解説数学編(文部科 についての四則計算の意味や四則計算に関し 学省,2008)です。先生方も常時傍らに置 て成り立つ性質などを取り扱い,その定着と いて,特に,それぞれの内容に含まれている 活用を図るとともに,第 5,6 学年で交換法 教育目標を探し出すように心がけてください。 則,結合法則,分配法則について,小数や分 例えば,学習指導要領解説の 56 頁から各 数の計算でも成り立つことを調べ理解を深め 学年の指導内容の記載が始まりますが,第 1 学年「A数と式」の項をまず見てみましょう。 ている。 また,小数については第 5 学年までに,分 どのような配列で何が書かれているかを見る 数については第 6 学年までに,その意味と四 だけでも教材研究の基本を知ることができま 則計算を学習し,数についての感覚や見方を す。 広げ,第 6 学年においてその定着と活用を図 最 初 の 頁(56 頁 ) で は, ま ず,「 A 数 と っている。 式」領域の目標 ⑴ が四角囲みで書かれてい 中学校数学科において第 1 学年では,これ ます。教材研究のスタートが目標の設定から らの学習の上に立って,数の範囲を正の数と 始まることをよく示しています(表 2)。 負の数にまで拡張し,正の数と負の数の必要 性と意味を理解すること,正の数と負の数の ◆表 2:A「数と式」の目標 ⑴ ⑴ 具体的な場面を通して正の数と負の 数について理解し,その四則計算がで きるようにするとともに,正の数と負 の数を用いて表現し考察することがで きるようにする。 ア 正の数と負の数の必要性と意味を 理解すること。 イ 小学校で学習した数の四則計算と 関連付けて,正の数と負の数の四則 計算の意味を理解すること。 ウ 正の数と負の数の四則計算をする こと。 エ 具体的な場面で正の数と負の数を 用いて表したり処理したりすること。 6 四則計算の意味を理解し,その計算ができる ようにすること及び具体的な場面で正の数と 負の数を用いて表したり処理したりできるよ うにすることがねらいである。(学習指導要 領解説,p.56)」 こうした学習指導要領解説の記述配列を見 ていただくと分かるように,目標の次に考察 すべきことは,本単元の素地となる学習が小 学校の第何学年でどのように教えられてきた のかという教材の系統性を確認するというこ とです。これは当然,中学 2 年,3 年と学年 が進行すれば,振り返るのは,小学校の学習 内容ばかりではなく,中学校での学びも含ま れます。残念ながら,学習指導要領解説では, 先生方に具体的にどのような授業をしてほし 数学の教材研究指南~学習者の自然な思考にそった授業のために~ いかという方法の話にまでは踏み込んでおり 法の混じった式を正の項や負の項の和として ません。いかに教えるか,どのような授業を とらえ,その計算ができるようになる。それ するかは,一人ひとりの教員に任されていま によって計算が能率化される。また,例えば, す。しかし,現行の学習指導要領解説では, a>b である数 a,b に対して,a,b が表す数 そうしたこれまでの制約を少しずつ緩和させ 直線上の 2 点間の距離を,a-b で統一的に て,指導方法にまで言及していると読み取れ 表すこともできるようになる。(学習指導要 る部分もあります。その意味で,学習指導要 領解説,p.57)」 領解説には,授業のヒントが満載されている のです。 ここに引用した文章には,目標⑴「イ 小 学校で学習した数の四則計算と関連付けて, 4-2 「ねらい・めあて」と「目標」の違い 正の数と負の数の四則計算の意味を理解する 学習指導要領解説の 56 頁を読むと,教材 こと」で記載された意味を理解することの 研究として,学習のねらいと教材の系統性に 「意味」が解説されています。つまり,第 関する考察がなされていることが分かります。 3-4 項でも解説した通り,「今日は,(+6) しかし,ここで注意してほしい点は,四角囲 +(-2)という問題を解きましょう」とい みで示されている目標,あるいは,56 頁の う授業の最初に示されるスローガンは,生徒 最終行に, 「第 1 学年では,……その計算が たちが解決すべき目標にはなり得ても,教師 できるようにすること及び具体的な場面で正 が授業を通して何を教えたいのかという目標 の数と負の数を用いて表したり処理したりで にはなり得ないということなのです。 きるようにすることがねらいである。(学習 教師が認識しなければならない本時の「目 指導要領解説,p.56) 」と書かれている学習 標」は,その教材が包含する数学的な意味と のねらい(めあて)は,私が言う意味での して,生徒たちに示される「ねらい・めあ 「目標」になっていないということです。そ て」よりも深いものでなければならないので こで,学習指導要領解説の 57 頁を読み進め す。 てみましょう。例えば,中段以降に, 「正の 数と負の数の四則演算とその意味」では次の ような記述が見られます。 4-3 「項の考え方」のよさを感得する 4-3-1 問題:次の計算をしなさい。 (+1)+(-2)+(+3)+(-4)+ 「小学校算数科では,分数の乗除を考える ことによって,逆数を用いて除法を乗法の計 (+5)+(-6)+(+7)+(-8)+ (+ 9 )+(-10) 算と見ることができた。中学校数学科におい ても,正の数と負の数の加減を考えることに 4-3-2 反照的思考 よって減法を加法の計算とみることが可能に 上の問題では,1 から 10 までの数が交互 なる。例えば 3-2 という計算は「-」を演 に正の数と負の数となりながら,その総和を 算記号とみる場合は減法になるが,(+3)+ 計算することが求められています。ここでは (-2)と表すことで加法とみることができる。 3 行に書かれていますが,通常,教員が黒板 加法と減法を統一的にみることで,加法と減 にこの問題を提示するときには,横書きで 1 7 数学の教材研究指南~学習者の自然な思考にそった授業のために~ 行に収められることが多いと思います。しか とが見えてくるでしょう。すると,この 10 し,この式を 5 項ずつ 2 行に分けて書くと, 項 の 和 で は,(+3) と (-8) だ け が 残 り, それまでの私たちには想像もできない世界が (+3)+(-8)=(-5) となることがわかります。 見えてくることが分かります。 そして,こんな不思議な構造を認識できると, 私たちは,100 項までの和でも同じような考 (+1) + (-2) + (+3) + (-4) + (+5) え方が使えるのではないだろうかと考えます。 + (-6) + (+7) + (-8) + (+9) + (-10) (+1) + (-2) + (+3) + (-4) + (+5) 学校教育法の改正により,思考力・判断 + (-6) + (+7) + (-8) + (+9) + (-10) 力・表現力の育成が重視されるようになりま + (+11)+(-12)+(+13)+(-14)+(+15) した。ここでは,特に,思考力と表現力の関 + (-16)+(+17)+(-18)+(+19)+(-20) 係についてお話ししますが,まずもってこれ + (+21)+(-22)+(+23)+(-24)+(+25) ら 3 つの能力を語るときに大切なことは,こ + (-26)+(+27)+(-28)+(+29)+(-30) れらの能力が個別に存在するものではないし, 個別に活用されるわけでもないということで 私たちは,10 項の和という具体的な数の す。特に,思考力と表現力は,常に一体の能 操作を通して,「5 項ごとに見てみると,中 力と認識する方が良さそうです。そのため, 心の項の左右の 4 項の和が常に 0 になる」と 学習指導要領解説の 1 頁では,「思考力・判 いう暫定的な推論を立てることができました。 断力・表現力」と中黒点(・)で諸力を結び そして,この推論を 100 項までの和に拡張 つけています。 しようと試みました。上では,30 項までの それでは,もう一度,2 行に書かれた式を 和を書き出してみました。おそらく,いきな 眺めてみましょう。こうした書き方は,ノー り 100 項までの和を考えないで,途中の 30 トのサイズなどにより偶然もたらされること 項くらいの所で,この推論が成り立つかどう もあります。しかし,どのようなきっかけで かを検証することでしょう。 あろうとも,この表記は,私たちに面白いこ とを気づかせてくれます。 8 この検証は,頭の中だけではうまくいきま せん。どんな人でも,まず,目の前に書き出 まず,この表記は, (+3)と(-8)をそ すという作業が必要となるはずです。書き出 れぞれ 1 行目と 2 行目の中心と見る見方を私 してみて,それを眺める。表現と思考のこの たちにもたらします。その結果,それぞれの 関係を生徒たちにも十分に認識させたいもの 中 心 項(+3) の 左 右 が, 左 側:(+1)+ です。すると期待通り,書き出した 30 項ま (-2)=(-1) , 右 側: (-4)+(+5) での範囲でも,中心から見た左右 4 項の和が =+1 となり,左右を合わせると 0 となるこ 常に 0 となっていることが検証されました。 とが見えてきます。 ですから,30 項までの和は,中心の項だけ 2 行目も同じように見れば,中心項(-8) を追えばよいということがわかり,30 項の の左右が,左側: (-6)+(+7)=+1,右 和 =(+3)+(-8)+(+13)+(-18) 側:(+9)+(-10)=(-1) と な り,1 +(+23)+(-28)という見方が可能にな 行目と同様に,左右を合わせると 0 になるこ ります。そして,このように書き換えた表現 数学の教材研究指南~学習者の自然な思考にそった授業のために~ は,それをさらにじっと眺めていると,各 <解答例> 10 項は,数の上げ下げだけに着目すれば, A. 左から順番にたしていく方法 以下のような特徴が隠れていることも見えて (+1)+(-2)+(+3)+(-4) きます。 +(+5)+(-6)+(+7)+(-8) +(+9)+(-10)=(-1)+(+3) (+3)+ (-8) +(-4)+ …… +(+10+3)+(-10-8) +(+20+3)+(-20-8) B. 2 項ずつ和が(-1)になることを利用す る方法 このように見える(表現できる)というこ {(+1)+(-2)}+{(+3)+(-4)} とは,その人には,すでに,(+3)+(-8) +{(+5)+(-6)}+{(+7)+(-8)} という変化だけに着目すればよいことがわか +{(+9)+(-10)} っているということです。ですから,この人 =(-1)#5=-5 には,100 項までの和は, {(+3)+(-8) } #10=-50 という見方(考え方)にまで簡 C. 正の項と負の項に分けて計算する方法 略化されていると言ってよいのです。 (+1)+(-2)+(+3)+(-4) +(+5)+(-6)+(+7)+(-8) 4-3-3 予想される生徒たちの考え方 +(+9)+(-10)={(+1)+(+3) 教材研究の「方法」の探求では,予想され +(+5)+(+7)+(+9)}+{(-2) る生徒たちの考え方をできる限り,教員が事 +(-4)+(-6)+(-8)+(-10)} 前に考え抜いておくことが求められます。こ =(+25)+(-30)=-5 こでは参考までに,問 1「10 項までの和を 求める計算」と,問 2「11 項目を自分で加 D. 10 のかたまりを作る方法 えて和を求める計算」について,予想される {(+1)+(+9)}+{(-2)+(-8)} 生徒たちの考え方を列記しておきます。 +{(+3)+(+7)}+{(-4)+(-6)} +(-10)+(+5) <問 1 > 次の式の値を求めよ。 (+1)+(-2)+(+3)+(-4)+ =(+10)+(-10)+(+10) +(-10)+(+5)=-5 (+5)+(-6)+(+7)+(-8)+ (+9)+(-10) <問 2 > 次の□の中に数字を書き込み,そ の式の値をうまく求める方法を考えよ。 (+1)+(-2)+(+3)+(-4)+ (+5)+(-6)+(+7)+(-8)+ (+9)+(-10)+ □ 9 数学の教材研究指南~学習者の自然な思考にそった授業のために~ <解答例> くありました。学習指導要領の改訂に伴い, A.(+11) 時代とともにその扱いが揺れてきた比例式は, 後ろから2項ずつ和を求めるとすべて (+1) に な る。 第 1 項 も(+1) な の で, (+1)#6=+6 今回の改訂では,第 1 学年の一元一次方程式 の活用として組み込むことにしました。 すなわち,3 : 5=x : 150 という比例式を 比の値が等しいとみることで,そこに一元一 B.(+5) 5 つの正の項にそれぞれ +(+1)すると, 次方程式が現れるとみる見方を利用させよう というのが,学習指導要領で規定した比例式 2 項ずつの和が 0 になる。問 1 の答えが -5 の扱いなのです。学習指導要領解説の 64 頁 であることからの推論。 では以下のように書かれています。 C.(-1) 「日常生活において,比を用いて考えるこ 2 項ずつの和が(-1) ,そして付け加えた とは少なくない。一元一次方程式を活用する 11 項 目 が(-1) な ら ば, 答 え は, (-1) 場面として,簡単な比例式を解くことが考え #6=-6 られる。例えば,『2 種類の液体 A,B を 3 : 5 の重さの比で混ぜる。B150ɡ に対して,A を D.(-5) 問 1 の D の解法で,(-10)のかたまりが 4 個できる。 E.(+30) 問 1 の C の 解 法 で, 負 の 項 の 和 が + (+30)することで消される。 F.(+55) (+1)+(+2)+……+(+9)+ (+10)=+55 より,負の項がすべて消去さ れ,正の項の和の 2 倍が得られる。 何ɡ混ぜればよいか』を求めるには,A を x ɡ 混ぜるとして,比例式 3 : 5=x : 150 を考えれ ば よ い。 こ の 比 例 式 は, 比 の 値 を 用 い て 3 x と表すことができるので,一元一 = 5 150 次方程式とみることができ,この方程式を解 くことで,x=90 となる。(学習指導要領解説, p.64)」 このように比例式を一元一次方程式の活用 として位置づけている今回の扱いでは,実は, 表 3 で×をつけたタイプの出題が学習指導要 領を逸脱しているということに,読者のみな さんには気づいてほしいと思います。 (2)比例式 4-4 学習指導要領を正確に理解する 日常生活において,比を用いて考えること は少なくありません。料理をするとき,ある いは理科の勉強などでも,比の考え方は頻繁 に出てきます。こうした他教科や生活での必 要性から,中学校数学科において,比と比例 式を早い段階で教えてほしいという要請が強 10 ◆表 3:一次方程式の活用で解ける比例式と解けな い比例式 ○ 3 : 5 = x : 150 × 5 : 3 = 150 : x ○ (x-1): 5 = 9 : 15 × 15 : 9 = 5 :(x-1) しかし,残念ながら中学校数学科で比例式 数学の教材研究指南~学習者の自然な思考にそった授業のために~ を取り扱うのは,この単元しかありませんの 等式の左辺と右辺の値が等しくなるようにす で,表 3 に示した「15 : 9=5 :(x-1)」のよ ることだということを理解させる必要があり うな問題も解かなければならない場面に遭遇 ます。このことは,方程式の解法は,代入法 します。そこで,教科書 109 頁では,比の が基本であることを意味しています。 性質の学習として内項と外項の積が等しいと いう知識を従来通り教えることにしています。 5. 中学 2 年の教材研究 5-2 二元一次連立方程式 連立方程式の学習では,代入法と加減法と いう 2 つの解法を中心に学習が進められます。 複数の教科書を比較してみても,代入法と加 減法のいずれから学習を進めるか,それぞれ (1)連立方程式 5-1 「方程式」学習の基本 の多様性があるように思われます。私たちの 中学 1 年から学習が始まる「方程式」で, 経験では,ほとんどの形式の連立方程式は, 最も大切にしたい考え方は,方程式を解くと 加減法で解くことができます。代入法が便利 いう考え方です。私たちは,方程式を解くと な場合は,一方の式が x=y+2 のように,x 聞くと,すぐに中学 3 年で学習する二次方程 または y の文字単独で左辺が規定されている 式の解の公式を思い出します。つまり,解を 場合です。それゆえ,他社教科書では,加減 求める便利な公式があって,その公式を用い 法を中心に教え,代入法を特殊なケースに使 ればどのような二次方程式の解もたちどころ える特別な方法として扱うものもあるようで に求められるという爽快感が,私たちが方程 す。そこで本誌では,代入法と加減法の関係 式を解くというイメージの原体験になってい について考えてみることにします。 ます。 しかし,あまりにも公式に頼りすぎてしま 5-3 代入法 う と, 高 校 で 直 面 す る x =1, す な わ ち, 大日本図書の教科書では,42 頁で代入法 x -1=0 という三次方程式が解けない生徒を の学習を導入しています。私たちは,表 4 の 生み出すことになります。難しい二次方程式 ような式を見せて,まずは,x と y の値の組 は解けるのに,x -1=0 という三次方程式の を探させることから授業を始めたいと考えま 1 つの解が x=1 になることに気づけないで す。y が x よ り も 6 大 き く,x と y の 和 が 20 いる生徒は,基本的に方程式を解くというこ となるというように,式の意味を自分たちの と(等式が成り立つ数を見つけるというこ 言葉で語らせることは,その先の思考を活性 と)が理解できていないようです。 化する意味でもとても大切なことです。そし 3 3 3 ですから,中学 1 年の一次方程式の学習で てこうした学習の積み重ねこそ,学習者のナ は, 「方程式を成り立たせる文字の値を,そ ンバーセンス,ひいては,数学的なセンスを の方程式の解といい,解を求めることを,そ 磨くことにもなります。教師のちょっとした の方程式を解くといいます。 (中学 1 年教科 意識の差が,生徒たちの数学力に大きな差異 書,p.97) 」という文章の意味を十分に理解 をもたらすことになるのです。42 頁では, させておく必要があります。つまり,方程式 第 1 式 y=x+6 を第 2 式に代入する方法が学 を解くことは,等式の x にある値を代入して, 習された後,「連立方程式を解くには,2 つ 11 数学の教材研究指南~学習者の自然な思考にそった授業のために~ の文字のどちらか一方を消去して,文字が 1 ◆表 6:中学 2 年教科書 46 頁 つの方程式(一元一次方程式)を導けばよ い」という学習のまとめが示されます。 ◆表 4:中学 2 年教科書 42 頁 通常,学級の中では,1 文字を消去すると 5-4 加減法 いう点にばかり目が行きがちですが,本時の 代入法の学習に続いて,44 頁では,加減 学習では,① - ② #2 という操作が,①の式 法の学習が始まります。44 頁では「第 1 式 の左辺に②式を代入しているとみる見方を発 −第 2 式」のタイプ,45 頁では「第 1 式 + 見させたいものです。それには,①式を 2 第 2 式」のタイプの学習が準備されています。 ( x+2y)+y=26 と見せることも必要です。 そして,46 頁と 47 頁では,1 文字を消去す ①式が②式の x+2y を含む式であることが理 るために,第 1 式と第 2 式を何倍かして加減 解できると,加減法は,前の時間で学習した する問題が提示されています。こうした学習 代入法と同じ考え方であることが見えてくる を通して,47 頁に示された問題のように, ことになります(表 7)。 より一般化された連立方程式の解法が可能に なることを生徒たちは感得していくことにな ります(表 5) 。 ◆表 5:中学 2 年教科書 47 頁 ◆表 7:加減法を代入法とみる見方 次の連立方程式の解き方を考えよう。 2x+5y=26 ……① x+2y=12 ……② 第 1 式を第 2 式をもとに, 次のように変形する。 2(x+2y)+y=26 ……③ 変形した③式に②式を代入する。 そこでここでは,教科書 46 頁の1を見な がら,加減法の意味を考えてみましょう。教 2#12+y=26 この式を y で解けば,y=2 科書では表 6 に示したような解法が提示され ます。そして, 「②の両辺に 2 をかけたのは 数学の教材研究で必要なことは,既習事項 なぜですか」という問いを通して,式全体を と新しい学習事項とを教師が統合するように, 何倍かするという操作の妥当性と有効性が話 意図的に知識の整理をしてあげることです。 し合われることになります。 勉強すればするほど,個別ばらばらな知識が 増えるのではなく,勉強するほど,所有して 12 数学の教材研究指南~学習者の自然な思考にそった授業のために~ いる知識がお互いの関係を築き上げ,全体と という捉え方はとても大切です。しかし,一 して1つの統合された知識になるような努力 見するだけでは,その違いに気づきにくい教 が,学習者にも,教師にも求められます。 材もあります。その代表的な例が,小学 5 年 代入法と加減法をいつまでも別々の解法だ 「三角形,四角形の角(pp.65-68)」と中学 と意識させてしまうと,高校数学で困ること 2 年「多角形の内角(pp.116-117)」に見ら になります。ある1つの固まりに数値を代入 れる小中学校接続教材の例です(表 9)。 する考え方は,高次方程式,あるいは,三角 関数などの超越関数などを扱うときに必要と なります(例えば,表 8 に示したように, sin θ -cos θ =a を sin3 θ -cos3 θに代入す る例など,高校数学では,必ずしも単項式の 値を代入するのではない例がたくさん出てき ます) 。私たち中学校教師も,高校数学を射 程に入れながら授業をしたいものです。 ◆表 8:高等学校「三角関数」 中学 2 年 「多角形の内角」 ・n 角形の内角の和は 180° #(n-2) だ,「内角の和」という用語は出てきません 解 sin θ -cos θ 3 が,三角形の内角の和を帰納的な方法で求め =(sin θ -cos θ )(sin2 θ +sin θ た後,四角形の内角の和を演繹的な方法,つ cos θ +cos2 θ ) まり,三角形の内角の和が 180° になること =(sin θ -cos θ )(1+sin θ cos θ ) を認めるならば,四角形の内角の和は,いか ここで,sin θ -cos θ =a より なる四角形も 2 つの三角形に分けることが可 (sin θ -cos θ )2=a2 ∴sin θ -2sin θ cos θ +cos θ =a 1-a2 ∴sin θ cos θ = 2 2 2 よって,sin θ -cos θ 3 ・四角形の 4 つの角の大きさの和は 360° 小学 5 年「三角形,四角形の角」では,ま 3 2 ・三角形の 3 つの角の大きさの和は 180° 内容の差異 sin θ− cos θ の値を求めよ。 3 小学 5 年 「三角形,四角形の角」 5-6 小学校算数科と中学校数学科の学習 問 sin θ− cos θ =a のとき, 3 ◆表 9:小中接続教材の例 3 2 1-a 2 n a(1-a ) = =a d 1+ 2 2 能 で あ る と い う 理 由 に 基 づ い て,180° #2 =360° であると考えます。そしてさらには, 五角形,六角形,七角形,八角形の内角の和 までも小学 5 年生に考えさせるという問いが 出されます。 こうした学習は,中学 2 年の教科書 117 頁 を見てもらえばすぐに分かるように,中学校 数学でもまったく同様に,七角形の内角の和 (2)多角形の内角の和 5-5 小中接続教材の例 まで求めた後,それを一般化して,n 角形の 内角の和を求めるという学習に発展していく 数学の学習では,教材の系統性が大切だと ことになります。ここで,もし,私たち数学 いうお話はこれまでにも何度もしてきました。 教師が,こうした表面的な違いだけに目をや 素地となる学習があって,本時の学習がある ると,小学校算数科での扱い方と,中学校数 13 数学の教材研究指南~学習者の自然な思考にそった授業のために~ 学科での扱い方の差異は,ただ単に,中学校 とが分かります。教科書では,ゆいさん,ゆ での扱い方が一般項を求めるだけの違いとい うとさん,つばささんの 3 人が,次のような うことになってしまいます。 考え方を述べています(表 11)。 5-7 「三角形の内角の和」の学習 ◆表 11:四角形の内角の和 小学 5 年では,三角形の内角の和は,3 つ の角を切り離してそれを並べると 180° とな るという帰納的な方法で求められています。 具体的な操作,すなわち算数的活動を通して, 三角形の内角の和が,三角形の形状にかかわ らず,常に 180° であることが学習されます。 一方,中学 2 年では,平行と角の学習を通し て,三角形の内角の和が 180° となることが 演繹的に求められます(表 10:中学 2 年教 科書 112 頁) 。 ◆表 10:中学 2 年教科書 112 頁の説明 このように小学 5 年の学習では,四角形を どのように三角形に分割するかという分割の 方法に多様性があるという学習が行われます。 こうした学習が,中学 2 年の「多角形の内角 5-8 「四角形の内角の和」の学習 14 の和」の学習の素地になっていることは確か 小学 5 年の教科書 66 頁を見ると,四角形 です。中学 2 年の教科書 117 頁では,表の中 の内角の和は,3 通りの方法で求められるこ に三角形の数という欄があり,表外の補足図 数学の教材研究指南~学習者の自然な思考にそった授業のために~ 形には対角線を引いて三角形に分割するとい 式の形が違うということが,その式が意図し う方法が示唆されています。中学 2 年の教科 ている考え方そのものの差異を表していると 書で示される「n 角形の内角の和は,180° # いうことです。ですから,せっかく出てきた (n-2)である」という一般化に見られる 式の違いを無視して,一般化された式に整理 (n-2)は,n 角形を三角形に分割したとき し直すと言うことは,言語活動を奨励する立 の三角形の個数であることが,表と図によっ 場から申し上げれば,絶対に避けなければな て補足的に示唆されています。 らないことだということになります。おそら く,数と式の学習で,展開した式を整理しな 5-9 式の違いには意味があることも教え たい 思考力や表現力の育成という点から,中学 2 年の教科書 117 頁は,その下に挿入されて いる「別の求め方を考えよう」という問いと さいという指導が厳しく行われている学級ほ ど,生 徒 た ち も, 「180° #(n-1)-180° 」 な どという式の不安定さを許せなくなるかもし れません。しかし,生徒たちと同じレベルで, 「どの式も,計算すればみんな同じ。だって, ともに,以下のように深めることも可能です。 同じ問題の答えだもの」などと,数学教師は それは,小学 5 年で考えた他の方法を一般化 言ってはいけないのです。 するという考え方です。 私たち数学教師は,生徒たちに,「式には 小学 5 年生のゆうとさんとつばささんの方 意味がある」ということを教える必要があり 法は,中学 2 年の教科書では,それぞれ Y さ ます。つまり,一般的な教科書に記載されて んと T さんの考えとして引き継がれています いる「n 角形の内角の和は,180° #(n-2) (イニシャルが対応されている所は,編集者 である」という記述は,暗記すべき公式では の隠れた意図を感じますね。すごい !)。 まず,Y さんの考え方で一般化してみまし ょう。ゆうとさんの説明を思い出せばすぐに なく,あくまでも 1 つの考え方にそって一般 化された式であるという認識を私たちはしっ かりと持っていたいと思います。 分かるとおり,Y さんは,四角形の中心部に 点を取ることで,その点を頂点とする三角形 5-10 多様な考え方をまとめる方策 が全部で多角形の辺の数だけできることを見 数学の授業では,多様な考え方を大切にす ています。つまり,Y さんの考え方を一般化 る風潮があります。その一方で,現実的には, す れ ば, 「n 角 形 の 内 角 の 和 は,180° #n- たくさんの異なる方法で問題を解決すること 360° である」ということができます。 に価値を置きすぎて,生徒にしてみれば,ど また,T さんの考えは,つばささんの考え の解法がよいのか,あるいは,それぞれの解 を敷衍すれば,180° #(n-1)-180° である」 法のよさや関係性はどのようになっているの ということができます。 か,まったく分からないという授業になって 当たり前ですが,この 3 人の考え方は,そ しまうことも少なくありません。多様な考え れぞれの式を少し変形するだけで,すべて, 方を出させることは得意でも,それをまとめ 教科書にまとめられている「n 角形の内角の ることはなかなかできないという先生方もた 和は,180° # (n-2)である」という式と同 くさんいるのではないでしょうか。多様な考 型になります。しかし,ここで大切なことは, え方を要求する授業ほど,教師が,その授業 ふ えん 15 数学の教材研究指南~学習者の自然な思考にそった授業のために~ のまとめをどのようにするのかということを 定できるという価値が,構成的な方法にはあ きちんと押さえておく必要があります。この ります。 多様性をいかにまとめるかということに対す その一方で,「180° #(n-2)」という式を る簡単な解答はありませんが,授業の目標を 導き出した考え方では,最初の四角形,五角 どこに置くかによって,多様な考え方のまと 形,六角形の場合の三角形の個数を確定する め方(あるいは,まとめないということもあ ことはできても,果たして,1000 角形のと ります)が決まってくると,私は考えます。 きの三角形の数が,(1000-2)個となること 例えば,先に挙げたこの授業では,3 つの が,どのような論理で保障されるのかが明確 式の形が違うことは,その背後に考え方の違 ではありません。ある数を超えると,「-2」 いがあることを,すなわち,「式には意味が ではなくなるかもしれないという不安を完全 ある」ことを教えたいのですから,3 種類の には払拭できないからです。 一般式を「n 角形の内角の和は,180° (n-2) その意味で,私たちが,大きな数まで事象 である」とまとめてはいけないことになりま を一般化しようとするとき,前の項の考え方 す。少し計算すれば同じ形にすることもでき が正しければ,次も同様に確かであることを るけれども, 「あえて同じにしない」という 確証できる方法,すなわち,本誌で言う所の ことを教師は教えなければなりません。 構成的方法のよさを生徒たちには意識的に感 それでは,生徒たちの「この授業では,最 得する機会を提供する必要があります。 後に,どの解法を採用したいと考えているの ですか」という問いに,どのように答えれば よいのでしょうか。私ならば,この問いに, 構成的な方法のよさという観点から,ゆうと さんや Y さんが示した「n 角形の内角の和は, 180° #n-360° である」という方法を生徒た ちに推奨したいと思います。 16 6. 中学 3 年の教材研究 (1)平方根 6-1 平方根の導入 ゆとり教育の時代以前には,どの教科書に この方法が, 「構成的である」という意味 も必ずと言ってよいくらい,次のような問い は,n 角形の考察から,(n+1)角形の移行 から平方根の学習が始められていました。設 が,図を次々に構成できるという意味です。 定の仕方に差異があるものの,おおよそ,そ つまり, 「180° #n-360° 」という考え方では, の問いは,「面積が 1 から 10 となる正方形を 多角形の内部に頂点を取り,その頂点をもと 作図せよ」というものでした(表 12)。先生 に考えれば,多角形の各辺を底辺とする三角 方も,頭の体操に,ぜひやってみてください。 形が必ず 1 つずつできるということを論理的 教材を用意するときに大切にしたいことは, に保障する論理の推移性が確立しているとい 授業のために準備する内容(問題・活動等) うことです。n 角形のときにできる三角形の は,事前に自分で解いてみる・やってみるこ 数が n 個ならば, (n+1)角形のときには, とです。頭の中だけで,生徒たちにやらせる 1 個増えて(n+1)個になることが,実際に 活動を想像するだけでは,意外なことに気づ 1000 角形はかけないとしても,明らかに かないものです。自分で解いてみる,あるい 1000 個あることが揺るぎない事実として認 は,活動してみることで,生徒たちが陥るだ 数学の教材研究指南~学習者の自然な思考にそった授業のために~ ろう落とし穴に気づくこともあるでしょうし, しただけでは分かりにくいと思います。この さまざまな別解にも気づかされることもある ように複雑な図形ほど,いきなり完成品を見 でしょう。 せられても,かき手がイメージしているよう には,受け手はなかなかその図形を理解する ◆表 12:平方根の導入 ことはできないのです。それゆえ,図形領域 <問> 方眼紙の上に,面積が 1 から 10 となる正方形を作図せよ。 の授業を行うとき,数学教師がまずもって注 意しなければならないことは,図形を黒板に かくときは,1 本 1 本の線をかきながら,そ の線と既にかかれている線との関係を生徒た 2 √2 4 2 ちに逐次話しながら図形をかかなければいけ 1 5 ないということです。もちろん,そのために 10 8 √5 ◆図 2:正方形の作図例 はかき順も大切にしなければいけません。 じっと見ていれば,その図形の意味が分か ってくるという教師の一方的な思い込みでは, 図を介したコミュニケーションが成立する訳 がありません。そこで,私たちも図 3 を 1 本 1 本解説していくことにしましょう。 6-2 課題は必ず自分で解いてみる まず,図 3 をかく順序として,方眼紙上に 自分でこの課題に取り組んでみると,すぐ 面積 4 の正方形がかかれます(一番外枠の正 に,1 辺の長さが 1,2,4,5,8,9,10 と 方形)。次に,ひし形状の配置に面積 2 の正 なる正方形ならば,かけることが分かります 方形をかきます。この面積 2 の正方形の外接 (図 2:面積 9 は紙面の都合で省略) 。そして, 円をかいて,ひし形状に置かれていた面積 2 それぞれに関連があることも分かってくると の正方形を 45 度回転し,面積 2 の正方形を 思います。かつて,ある有名な先生の書かれ 面積 4 の正方形の内部に正置します。このと た書物には,図 2 に示せなかった面積が 3,6, きにできる面積 4 と面積 2 の 2 つの正方形の 7 となる正方形は作図不可能であるとありま 間の部分は,面積が 4-2=2 となります。つ した。しかし,実際に自分で解いてみると, まり,この外側のリング状の面積を半分の 1 コンパスと定規を使えば,実は 1 から 10 ま にして,一番中側の面積 2 の正方形にたして での面積をもつ正方形がすべて作図できるこ 正方形を作れば,面積 3 の四角形(正方形 とが分かります。今から 10 年以上も昔にな ?)ができることになります。この目的を達 りますが,私が宇都宮大学で働いていた頃, 成するために,外側を 4 つの長方形に分割し 宇都宮大学附属中学校の公開授業研究会にお て,その対角線を引きます。あとは,こうし ける 50 分間の授業で,面積が 3 の正方形を てできた斜めの四角形が正方形であることを 見事に作図した女子生徒がおりました。図 3 証明すればできあがりです。 は,この生徒が示した作図法です。 図 3 にはたくさんの線があり,それぞれの 線がどのような関係になっているのか,一見 17 数学の教材研究指南~学習者の自然な思考にそった授業のために~ でいます。しかし,学校数学の場では,学ば なければならないことがたくさんありますか ら,教師が,この問題面白いからやらせよう という理由だけで,多くの時間をその解決に 費やすことは,時に有害な行為となります。 ですから,数学的な活動等を導入する場合に は,「何のために」という目標意識がはっき りしている必要があります。そして,他の事 柄よりもこれが大切だという教師の信念さえ ◆図 3:面積が 3 の正方形の作図例 あれば,自信を持って時間をかけさせるとい う勇気も出てくると思います。 もし,私がこの内容で授業を構成しようと 6-3 方法を極める するならば,少なくとも面積が 2 と 8 と 10 教材研究は,目標,内容,方法の 3 つの観 の正方形をかかせることに集中します。もち 点で進めるというお話をしてきましたので, ろん,この問いの前には,面積が 1,4,9 ここでは,方法について考えてみましょう。 の正方形に触れておくべきかと思いますが, 目標を掲げ,そのために最適な内容を選ん あくまで作図のターゲットを面積が 2,8, だ後に考えることは方法ですが,本誌では, 10 の正方形とすることで,以下のような学 特に発問について考えたいと思います。内容 習が展開されることになります。 をいかに効果的に学ばせるかという観点から, 発問はとても大切な教師の教授行動です。同 じ内容の課題をもとに授業をしても,担当す る先生によって,授業のよさがまったく異な るのは,主に教師の発問の質に差があるから 6-5 a + b ! ]a+bg の直観的例 a + b ! ]a+bg Q の反例として,a と b にどんな数を入れますか ? です。先ほど,私たちは大変長い時間をかけ て面積が 1 から 10 までの正方形を作図して 時々,数学学習におけるさまざまな経験と a + b ! a+b が誤 きました。教師が,この内容を生徒たちに提 自分なりの論理で, 示するとき,素朴に,「方眼紙上に,面積が りだということをなかなか受け入れられない 1 から 10 までの正方形を作図しなさい」と 生徒がいて,私たち教員を悩ませてくれます。 だけ言って,活動に入らせるのと,別の発問 そんな生徒たちに,あなたならば,どのよう で,活動に取り組ませるのでは,生徒たちの な反例を示して,彼らを納得させますか。 思考に,そして,意欲の持続のさせ方に,違 いが出ることになります。 おそらく,この問いに対する一番単純な答 えは, 2 + 3 の値(1.141+1.732=2.873) と 5 (2.236)の値を平方根から比べさせる 6-4 何のために,何を問うのか 18 という方法かもしれませんが,先ほどの面積 与えられた面積を持つ正方形の作図という が 2,8,10 となる正方形のそれぞれの 1 辺 課題は,数学としてとても豊かな内容を含ん を利用すると,絵として,彼らに直観的な理 数学の教材研究指南~学習者の自然な思考にそった授業のために~ 解をもたらすことができます。 面 積 が 2,8,10 の 正 方 形 を か け る と, 三平方の定理の学習について,教師がその 2 + 8 を長さとしてたしあわせることが 意味を正しく認識しておかなければならない できます。図 4 を見れば分かるように,面積 ことは,「三平方の定理は,長さの関係を表 が 2 の正方形と面積が 8 の正方形は,いずれ すとともに,面積の関係を表すものとみるこ もひし形状にかかれた正方形でした。1#1 とができる」ということです。中学校学習指 の正方形のマスの対角線の長さが 2 で, 導要領解説数学編(2008)にも,この事柄 2#2 の正方形のマスの対角線の長さが 8 に が以下のように明記されています。 なっています。つまり,図をかいてみると, 三平方の定理を用いずに, 2 と 8 は,図 「三平方の定理は,先にも述べた通り,直 形として 1 本の直線にたされることが理解で 角三角形の 3 辺の長さの関係を表したもので きます。 2 と 8 の直線を 1 本の直線につ ある。また,直角三角形のそれぞれの辺を 1 な い で み る と, 2 + 8 と い う 長 さ は, 辺とする三つの正方形の面積の間には,常に 3#3 の正方形の対角線の長さになっている 一定の関係があるということを表している。 ことがわかります。ここで,面積が 10 の正 したがって,三平方の定理は,長さの関係を 方形の一辺の長さと 2 + 8 を比べるため 表すとともに,面積の関係を表すものとみる に共通の端点から 10 の長さをかき込んでみ ことができる。つまり,ここでの三平方の定 れば, 10 という長さは,図 4 に示したとお 理の学習は,図形と数式を統合的に把握する り,1#3 の長方形の対角線の長さであるこ ことができる場面の一つである。(学習指導 とが分かります。つまり, 2 + 8 と 10 要領解説,p.122)」 とでは,まったく違う長さであることが,作 図により直観的に理解できるのです。 10 2+ 8 私たち数学教師は,たしかに,三平方の定 理を駆使し,時に長さの関係として,また別 の問いでは面積の関係として問題を解決して きました。いまさら念を押されるまでもなく, 私たちは三平方の定理を長さと面積の 2 つの 関係を取り扱う便利な定理として活用してき たのです。しかし,三平方の定理の授業が, 明確に,それぞれ一方の特性を意識しながら 展開されてきたでしょうか。 ◆図 4: 2 + 8 ] 10 (2)三平方の定理 6-6 三平方の定理の意味 6-7 授業でどんな証明を用いますか 三平方の定理の学習では,かなり早い段階 で,定理を証明するという学習が行われます。 三平方の定理には,100 を超える証明法があ Q 三平方の定理は,長さの関係,面積の関 ると言われておりますが,そんな多様な証明 係を表すという認識を持っていますか ? 法から,どのような証明の方法を生徒たちに 19 数学の教材研究指南~学習者の自然な思考にそった授業のために~ 示すかという意識はとても大切です。 が掲げられ,次の 205 頁では,「直角三角形 の 3 つの辺の長さの関係について調べよう」 6-8 証明法の選択には意味がある 教員採用試験などでは,三平方の定理を異 という問いが学習のめあてとして示されてい ます。三平方の定理とはいかなるものである なる 3 つの方法で証明せよという問いが出さ かという最初期の学習で,三平方の定理とは, れることがあります。このような乱暴な問い 直角三角形上にできる 3 つの正方形の面積の では,できるだけ短時間で証明が終わる方法 関係を表すという特性とともに,直角三角形 を 3 つ揃える必要があります。学校でも,三 の 3 つの辺の長さの関係を表すという定理の 平方の定理の証明は,学習者の負担軽減を考 特性を生徒たちに捉えさせようとしているの 慮して,直観的かつ単純な方法が好まれる傾 です。 向があります。しかし,このような学習者の 負担軽減策を考慮しながらも,見失ってはい けない視点があります。それは,先にも示し こうした 2 つの特性を十分に意識させた後, たように,三平方の定理には長さの関係を表 私たちは,いよいよ三平方の定理の証明にと すという特性と,面積の関係を表すという 2 りかかります。第 3 学年の教科書 206 頁では, つの特性が含まれているということです。 教科書では,204 頁から三平方の定理の学 習が始まりますが,まず,第 1 頁目の 204 頁 では, 「直角三角形の辺の上にできる正方形 の面積の関係について調べよう」という問い ◆表 13:中学 3 年教科書 206 頁 20 6-9 面積の関係を利用している証明 「三平方の定理の証明のしかたを考えよう」 というめあてを掲げ,表 13 に示したような 証明法を使って授業を進めます(表 13)。 数学の教材研究指南~学習者の自然な思考にそった授業のために~ 6-10 長さの関係を利用している証明 教科書では,206 頁に示した証明に引き続 6-11 面積の関係に着目した証明法を発 展的な学習として取り組みましょう き,207 頁においても,「面積の関係は,正 これまで本誌では,面積の関係に着目した 方 形 ADEB=( ま ん 中 の 四 角 形 )+4# △ 証明方法として,教科書 206 頁と 207 頁の 2 ABC と表される」という面積の関係に着目 つの証明の意味を位置づけてきました。この させる証明方法を紹介しています。教科書で 2 つの証明は,生徒たちにとっても比較的理 は,三平方の定理の証明を前頁で直観的に理 解しやすい証明として,他社の教科書でも利 解させた 2 つの特性に基づき行う配列を用意 用されているものです。しかし,これらの証 しています。 明を厳密に調べると,利用している考え方は, つまり,207 頁の Q2 で示している相似の 正方形や直角三角形の面積に着目しているも 考えを用いた証明の導入で,2 つの特性に着 のの,それらの面積をそれぞれの図形の辺の 目した証明を完結しようと試みているのです。 長さの積として導きだしていることが分かり 先生方も,ぜひ,面積に着目した証明法と, ます。つまり残念ながら,これらの証明も, 長さの関係に着目した証明法という紹介の方 厳密に言えば,長さの関係を基軸にした証明 法を授業で導入してみてください。 だと言わざるを得ないのです。 ◆表 14:ユークリッド原論の証明 直角三角形 ABC の3つの辺上にそれ ぞれの辺を1辺とする正方形をかく。 辺 AB 上にかかれた正方形の対角線 AD によってできる直角三角形 ADB の 面積は三角形 CDB の面積と等しくなる AC (なぜならば,底辺 DB 共通で, DB より高さが等しい)。 一方,辺 AC 上にかかれた正方形の面 積も,辺 BC 上にかかれる正方形の中に 分割される長方形 CGFH と等しいこと が示される。 以上のことから,直角三角形の辺 AB 上にかかれる正方形の面積と辺 AC 上に かかれる正方形の面積の和が,辺 BC 上 三角形 DBC と三角形 ABE は, にかかれる正方形の面積に等しいことが DB=AB, 示される。 BC=BE, ∠ DBC= ∠ ABE= ∠ ABC+90° ,よ って,2組の辺とその間の角が等しいの で,△ DBC ≡△ ABE となる。 また,底辺 BE が共通で, 高さが等しいので, △ ABE の面積 = △ GBE の面積 となる。 このことより,辺 AB 上にかいた正方 形の面積と,長方形 EFGB の面積が等 しいことが示される。 21 数学の教材研究指南~学習者の自然な思考にそった授業のために~ そこで,もし,完全な面積の関係として, もたちは,顔の表情,体の姿勢など,あらゆ 三平方の定理を証明しようとすれば,265 頁 る表現手段を用いて,今どんな気持ちなのか の下に紹介したユークリッド(紀元前 365 を先生に伝えようとしています。そうした子 ~ 300 ごろ)の『原論』に掲載されている どもたちから送られてくる一つひとつのメッ 証明を紹介する必要があります。20 ~ 30 セージを見落とさないことが,よい授業づく 年前の中学校数学科の教科書には必ず示され りには必要です。 ていた証明です。近年は,その証明の理解が 難しいという理由から,教科書からはどんど 7-2 子どもたちの視線を浴びよう ん遠ざけられる運命にありますが,先生方も 子どもたちときちんと向き合うことのもう ご存知の通り,この証明では,直角三角形 1つの利点は,子どもたちの「先生」という ABC の 3 つの長さを a,b,c と置くことも 熱い視線が,私たち教員を先生にしてくれる なく,図形の等積変形,つまり,面積が等し というものです。古い仏像が思わず手を合わ いという関係を示すだけで,証明が完成され せ拝みたくなる対象となるのは,年月が経っ ます。発展学習として,すべての生徒たちに て味わいが出てきたためではありません。古 一度は触れさせておきたい証明法です。参考 い仏像が,単なる芸術品としてではなく,崇 までに,表 14 にその証明の概略を示します。 拝する対象として仏様になるのは,人知れぬ 7. 授業のためのちょっとした秘訣 私は,よい先生は,子どもたちの前に立つ 多くの民人が,その仏像の前で,一心に祈り を捧げてきたからだと思います。仏像の例と 同じ意味で,私たち教員は,教員採用試験に 合格した途端に先生になれるわけではありま その姿でわかると思います。よい先生は,子 せん。子どもたちから,毎日,毎日,「先生, どもたちの前に立って,一瞬のうちに,子ど 勉強教えてよ」という敬愛のまなざしで見ら もたちの視線を釘付けにします。子どもたち れるからこそ,私たちは,少しずつ先生らし の視線を引きつける磁力が違うのです。よい くなってくるのです。 授業は,始まる前に決まってしまうのです。 7-3 よい授業とは学習者の自然な思考に 7-1 子どもたちときちんと向き合おう 22 そった授業である 「教育は人と人とのコミュニケーションで 授業の準備をするとき,私たち教師が常に ある」と言っても,授業中もっぱら話をして 意識しなければならないことは,「子どもた いるのは先生で,一人ひとりの子どもたちに ちはどのように考えるのだろうか」というこ 与えられる発言の機会はほんの数分間です。 とです。教師は,授業の準備のために行う教 授業のほとんどの時間,子どもたちは黙って 材研究において,自分の担当するクラスの子 机に座っています。でも,子どもたちは実に どもたちの顔を一人ひとり思い出しながら, 多くのことをノンバーバルに先生に伝えてい あの子ならこの問題をどのように考えるだろ ます。たとえ一言も話をしなくても,先生と うかとか,この子はどこまで考えを進めるこ 子どもたちのコミュニケーションは,絶える とができるかなと,子どもたちの立場に立っ ことなく授業の間,続いているのです。子ど て考える必要があります。ですから,既習事 数学の教材研究指南~学習者の自然な思考にそった授業のために~ 項は何か,あるいは,習熟事項は何かという 考察は,教材研究には欠かせません。子ども たちが当然つまずくこと,疑問に思うことは, 8. おわりに 授業上の留意点として十二分に考え抜いてお 「あなたは,誰のために,よい授業をした く必要があります。そして,授業にのぞんで いと思いますか」という問いに,読者のみな は, 子 ど も た ち か ら, 「 な る ほ ど, な る ほ さんならば何と答えるでしょうか。こんな問 ど」という声が出るように,子どもたちの自 いがいかにも陳腐に見えるほど,ほとんどの 然な思考にそった授業を心がけたいものです。 先生方は,「それは生徒たちのために決まっ ていますよ」と答えてくださることと思いま 7-4 ことばをみがこう す。子どもを持つ親として,大変ありがたい 教師のことばには,人の一生を左右させる 答えです。でも教育のプロとして,私は, ほどの力があります。みなさんにも,恩師と 「よい授業は自分自身のためにやる」と考え 思える先生から戴いた貴重なことばの記憶が たいと思います。「人の為」と書いて,「偽 あると思います。数学を教えることを通して, り」と読むように,生徒のためが本当に生徒 私は,先生方に数学そのものよりももっと大 たちのためになっているのか,もう一度考え 切なことを子どもたちに伝えて欲しいと願っ 直して欲しいと願います。プロならば,見栄 ています。教師の一言,そんな一言を伝えら えのよさだけで教科書を選ばない,教科書の れるように,自分のことばをみがきましょう。 深い意図を選べる目を持って欲しいと願って います。 7-5 誇りを持とう 子どもを持つ親として,学校は,本当にあ 【著者より一言】 りがたい教育の場だと思います。親として子 本誌は,大日本図書小学校算数教授用資料 どもたちに伝えられることよりも,遙かに多 「算数の教材研究指南」の姉妹編です。中学 くの事柄を子どもたちは学校を通して学んで 校数学科の先生方には,小学校算数科の目標, いきます。親の言うことは聞かなくても,先 内容,方法という,いわゆる「小学校算数科 生の言うことは聞く。子どもたちにとって, の教材」に熟知して欲しいと願っています。 先生とはそんな偉大な存在です。そんな先生 大日本図書の営業担当へ気軽にお声がけ戴き, 方に私は,ぜひ教育のプロとして,「誇り」 ぜひ,本誌を姉妹編の「算数の教材研究指 を持っていただきたいと思います。「誇り」 南」とあわせて読んでいただきたいと思いま とは,誤った優越感ではありません。私が言 す。本誌では,姉妹編との整合性を担保する う「誇り」とは,自分を正す責任感を持つと ために,前書より「3. 教材研究」と「7. 授 いうことです。 「私は人を育てる大切な仕事 業のためのちょっとした秘訣」を一部修正加 をしている」という誇りを持って,ますます 筆のうえ転載しました。 精進されることを希望しています。そして, いつの日か,本当の意味で「先生」と呼ばれ る日が来るように,みなさんを応援していま す。 23 数学の教材研究指南~学習者の自然な思考にそった授業のために~ 参考 面積が 1cm2 から 10cm2 までの正方形をかこう 4 ㎝2 1㎝ 2 2 ㎝2 3 ㎝2 2 ㎝2 を 90°回転 4 ㎝2 5 ㎝2 8㎝ 2 6 ㎝2 9 ㎝2 4 ㎝2 7㎝ 2 8㎝ 2 5 ㎝2 9 ㎝2 10㎝ 2 ◆図 5:面積が 1cm2 から 10cm2 までの正方形 24