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アクアポリン・アディポースの 生体内における機能解析
「肥満研究」Vol. 12 No. 3 2006 <トピックス>火伏俊之,ほか トピックス 放出に関わっていると考えられた.さ らに,長期絶食にて,KOマウスは アクアポリン・アディポースの 生体内における機能解析 WTマウスに比して血中グリセロール の上昇が障害され,重篤な低血糖を呈 した(図1-C).脂肪細胞由来のグリセ 火伏 俊之,前田 法一,船橋 徹,下村伊一郎 ロールは肝臓における糖新生の基質の 1つであり,絶食時の血糖を規定する 大阪大学大学院医学系研究科内分泌・代謝内科学 重要な因子と考えられた4). 2. AQPap欠損による病態 次に,これらマウスの経時的な体重 を観察した.12週齢以降,KOマウス 4, 5) 損マウスの作製・解析を行った はじめに 脂肪細胞は,飢餓時に備え中性脂肪 を蓄える臓器である.運動時や絶食時 には中性脂肪は加水分解され,遊離脂 肪酸 (FFA;free fatty acid) とグリセロ .本 はWTマウスに比して有意に体重増加 5) 稿では,AQPap欠損(KO)マウスから を来すことがわかった(図2-A, B) . 得られた知見を報告する. KOマウスの脂肪組織は,形態学的に 1. 脂肪細胞特異的グリセロー ルチャネル,AQPap 肥大化した脂肪細胞が見られ (図2-C) , ヒストグラムではより肥大化した脂肪 細胞が多数見られた(図2-D).精巣周 ールが循環血中へ放出される.以前よ まず,AQPapが生体内において脂 囲脂肪,腎周囲脂肪,皮下脂肪と,各 り脂肪細胞には効率良いグリセロール 肪細胞特異的グリセロールチャネルと 脂肪組織の重量はKOマウスが有意に 放出機構の存在が想定されていたが, して機能しているかどうか,7∼10週 高重量を示した(図2-E).さらに,肥 分子機構は明らかにはされていなかっ 齢のマウスを用いて解析を行った.脂 満を呈したKOマウスは全身性のイン た.1997年,私たちのグループと大阪 肪分解により生じる遊離脂肪酸 (FFA) , スリン抵抗性を来した.体重差のない 大学細胞工学センターとの共同研究 グリセロールの血中濃度を摂食,絶食 8週齢から高脂肪・高蔗糖食を負荷す で,ヒト脂肪組織 cDNA libraryより 時に測定した.血中FFAは野生型 ると,負荷後2週目よりKOマウスは 水チャネルファミリーに属する (WT),KOマウスに差は見られなか 有意に体重が増加し,より重篤なイン スリン抵抗性を呈した. aquaporin adipose(AQPap)を同定し ったが,血中グリセロールは摂食,絶 た1).その後,AQPapは水のみならず 食時ともKOマウスで有意に低値を示 グリセロール透過能をも有すること 1, した (図1-A) .また,これらマウスに 2) ,3T3-L1脂肪細胞の分化過程に伴い 脂肪分解を強力に誘導するβ 3-アドレ AQPap遺伝子発現が増加していくこ ナリン作動薬(BRL26830A)を投与す 私たちは,KOマウスが肥満を呈す ると,血中FFA上昇は両群間で同程 る原因を調べるために体重差のない若 厳密に制御されていること などを報 度観察されたが,血中グリセロールの 週齢マウスの解析をさらに進めた.体 告してきた.これらの結果は, 上昇はKOマウスで有意に障害されて 重あたりの摂餌量,直腸温や酸素消費 AQPapが脂肪細胞において,グリセ いた (図1-B) .同様の結果が3T3-L1脂 量は両マウス間で差がなかった.また, ロール放出に関わる分子であることを 肪細胞でも観察された.すなわち, 白色脂肪および褐色脂肪組織における 強く示唆していた. RNAiによりAQPapをノックダウンし 脂肪分化,脂肪合成・分解や熱産生に た細胞では,アドレナリンによるグリ 関わる分子の遺伝子発現にも明らかな セロール放出が障害されていた. 違いは見出せなかった.しかし,KO 2) と ,インスリンにより転写レベルで 3) 最近私たちは実際にAQPapが生体内 で脂肪細胞特異的グリセロールチャネ 3. AQPap欠損マウスの肥満発 症機序 ルとして作用しているか,またAQPap これらの結果,AQPapは生体内に マウスの脂肪細胞内グリセロール含量 の破綻はどのような病態に繋がるの おいて脂肪細胞グリセロールチャネル がWTマウスと比較して有意に増加し か,などを解析する目的でAQPap欠 として機能しており,グリセロールの ていた(図3-A).最近,グリセロール 251 「肥満研究」Vol. 12 No. 3 2006 <トピックス>火伏俊之,ほか A (mM) 1.2 (μM) 400 ** 1.1 * 血 1.0 中 遊 0.9 離 脂 0.8 肪 酸 0.7 血 中 300 グ リ セ ロ ー ル 200 0.6 0.5 KO WT WT 摂食 100 KO 絶食 WT KO WT 摂食 KO 絶食 B (%) BRL26830A 300 (%) BRL26830A 250 WT KO 血 250 中 グ リ セ 200 ロ ー ル 変 150 化 率 100 血 中 遊 200 離 脂 肪 酸 150 変 化 率 100 0 10 時間(min) * ** 0 20 10 時間(min) 20 C 血中遊離脂肪酸(mM) 絶食 血中グリセロール(μM) 摂食 絶食 摂食 絶食 摂食 160 350 1.2 血糖(mg/dl) 140 * 300 0.9 ** 250 * 120 * 100 0.6 0.3 200 0 6 12 18 24 時間(hours) 150 * 80 0 6 12 18 24 時間(hours) 60 0 6 12 18 24 時間(hours) 図1 脂肪細胞特異的グリセロールチャネル;AQPap A:摂食時,12時間絶食時における血中FFA,グリセロール濃度,B:β3アドレナリン作動薬による脂肪分解誘発試験,C:長期絶食試験 *p<0.05,**p<0.01 252 アクアポリン・アディポースの機能解析 A C (%) 15 WT (g) 40 WT **** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** 体 30 重 25 頻 度 5 0 細胞面積 2 (μm ) (%) 15 100μm WT KO 20 10 0 1, 00 0 2, 00 0 3, 00 0 4, 00 0 5, 00 0 6, 00 0 35 15 D KO KO 6 8 10 12 14 16 18 20 22 24 週齢 頻 度 B 10 5 E (g) 0 0 00 6, 0 00 5, 0 00 4, 0 00 3, 0 00 2, 0 00 ** ** 0 KO 0 ** 脂 2 肪 組 織 1 重 量 WT 細胞面積 (μm2) 1, 100μm WT KO 精巣周囲脂肪 WT KO WT 腎周囲脂肪 KO 皮下脂肪 図2 AQPap欠損マウスは肥満を来す A:成長曲線,B:20週齢時の外観,C:20週齢時の脂肪組織像 (H&E染色) ,D:脂肪細胞面積のヒストグラム,E:各脂肪組織重量 **p<0.01 A C B (μmole/mg) 脂 肪 組 織 内 グ リ セ ロ ー ル 含 量 * 3 2 1 0 WT KO D E (relative ratio) 6 グ リ セ ロ ー ル キ ナ ー ゼ 活 性 5 * 4 3 2 1 0 Cont. AQPap RNAi (nmol/well) (nmol/mg protein/h) 200 グ リ ** セ 150 ロ ー ル 100 キ ナ 50 ー ゼ 活 0 WT KO 性 (pmol/μg protein) 10.0 オ 9.0 レ イ ン 酸 8.0 取 込 み 7.0 * 6.5 グ リ 6.0 セ ロ ー 5.5 ル 含 量 5.0 ** Cont. AQPap RNAi F (relative ratio) 2.0 ** Cont. AQPap RNAi 中 1.5 性 脂 肪 1.0 含 量 0.5 図3 AQPap欠損マウスの肥満発症機序の解析 A, B:in vivoにおける解析 C, D, E, F, in vitro Cont. AQPap RNAi 3T3-L1における解析 *p<0.05,**p<0.01 253 「肥満研究」Vol. 12 No. 3 2006 <トピックス>火伏俊之,ほか Commun 1997, 241:53-58. 遊離脂肪酸 グリセロール AQPap 遊離脂肪酸 グリセロール グリセロール グリセロール キナーゼ活性 グリセロール tive glycerol channel in adipocytes. J Biol Chem 2000, 275:20896-20902. グリセロール3リン酸 中性脂肪 3)Kishida K, Shimomura I, Kondo H, et al.:Genomic structure and insulinmediated repression of the aquapor- 中性脂肪 WT KO 2)Kishida K, Kuriyama H, Funahashi T, et al.:Aquaporin adipose, a puta- in adipose (AQPap) , adipose-specific glycerol channel. J Biol Chem 2001, 遊離脂肪酸 276:36251-36260. 図4 AQPap欠損脂肪細胞肥大のシェーマ 4)Maeda N, Funahashi T, Hibuse T, et al.:Adaptation to fasting by glycerol transport through aquaporin 7 in adipose tissue. Proc Natl Acad Sci キナーゼ(Gyk)は基質であるグリセロ リセロールチャネルとして実際に生体 ールそのものにより立体構造が変化し, 内において機能していること,2) 基質誘導性の酵素活性が上昇しグリセ AQPap欠損により脂肪細胞肥大,肥 al.:Aquaporin 7 deficiency is associ- ロールをグリセロール3リン酸へ変換 満が生じること,が明らかになった. ated with development of obesity through activation of adipose glyc- 6) することが報告された .そこで,肥 KOマウスの肥満発症機序のシェーマ 満を呈する前のKOマウス白色脂肪 を図4に示す. Gyk活性を測定したところ,WTマウ スに比して明らかに上昇していた(図 USA 2004, 101:17801-17806. 5)Hibuse T, Maeda N, Funahashi T, et erol kinase. Proc Natl Acad Sci USA 2005, 102:10993-10998. 6)Yeh JI, Charrier V, Paulo J, et al.: おわりに Structures of enterococcal glycerol kinase in the absence and presence of 3-B) .また,脂肪細胞にGykを過剰発 脂肪細胞を中心としたグリセロール 現すると,グリセロールの再エステル 代謝研究はAQPapの発見により飛躍 glycerol:correlation of conformation to substrate binding and a mecha- 化が亢進し中性脂肪含量が増加するこ 的に向上している.最近,肥満症例で nism of activation by phosphoryla- 7) は脂肪組織AQPapの発現が低下して tion. Biochemistry 2004, 43:362-373. 7)Guan HP, Li Y, Jensen MV, et al.:A とも示されている .実際,3T3-L1脂 8) 肪細胞にRNAiを用いてAQPapをノッ いるという報告がなされており ,新 クダウンすると細胞内グリセロール含 たな肥満発症の原因の1つとして注目 量が増加(図3-C),Gyk活性が上昇し される. (図3-D),オレイン酸取り込みが増加 し(図3-E),最終的には中性脂肪含量 がコントロール-RNAi群に比して有意 5) に増加した (図3-F) . 以上,AQPap欠損マウスの解析に より,1)AQPapは脂肪細胞特異的グ 254 文 献 1)Kuriyama H, Kawamoto S, Ishida N, et al.:Molecular cloning and expression of a novel human aquaporin from adipose tissue with glycerol permeability. Biochem Biophys Res futile metabolic cycle activated in adipocytes by antidiabetic agents. Nat Med 2002, 8:1122-1128. 8)Marrades MP, Milagro FI, Martinez JA, et al.:Differential expression of aquaporin 7 in adipose tissue of lean and obese high fat consumers. Biochem Biophys Res Commun 2006, 339:785-789.