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e-NEXI 2010 年 2 月号 ➠特集 エジプト人が見る大統領選後のエジプト ---次期大統領の人物像に何を見るべきか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 大東文化大学国際関係学部 講師 在京サウジアラビア王国大使館・文化部・スーパーバイザー アルモーメン・アブドーラ 一次産品(原油、穀物等)の需給動向の見通し・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7 丸紅経済研究所 所長 柴田 明夫 ➠カントリーレビュー OECD カントリーリスク専門家会合における国カテゴリー変更国の概要(バルト三国、セルビア)・・・・・17 発行元 発行・編集 独立行政法人日本貿易保険(NEXI) 総務部広報・海外グループ e-NEXI (2010 年 2 月号) エジプト人が見る大統領選後のエジプト‐‐‐次期大統領の人物像に何を見るべきか 大東文化大学国際関係学部 講師 在京サウジアラビア王国大使館・文化部・スーパーバイザー アルモーメン アブドーラ 世論の関心も高まり始めた2011年大統領選 エジプト人は何をおいても自分の国に尽くす。国の自慢や歴史を語ることを好み、国を守るためなら命を 捨ててもかまわないとまで考える人がほとんどである。長い間、外国の占領者に苦しめられたせいか、愛国 心が非常に強い民族なのである。 そんなエジプト人が、もうすぐ国家の歴史の重要な節目を迎える。2011年の大統領選挙である。この大 統領選は特別な意味合いをもっている。この選挙で、30年近く続いたムバラク政権が去り、新政権が政 治改革に取り組み、新時代の幕が開く──エジプト国民の誰もがそう切に願っている。 ムバラク大統領が、次回の大統領選に立候補するかどうかについては現段階では誰も断定できないが、 大方の予想は「立候補しないだろう」というものである。なぜ立候補しないのか。81歳になったムバラク大統 領はもう若くない。ズバリ高齢による引退である。しかし、これはあくまでも推測にすぎない。 ムバラク大統領自身は、国民に向けた演説の中で、「血の最後の一滴までわがエジプトのために仕えて いきたい」と述べ、「命が尽きるまで、エジプトの大統領として使命を果たす」と、大統領職の続投を示唆し ている。 では、ムバラクでなければ、誰が大統領になれるのか。これが今、エジプト世論が最も関心を寄せている テーマだ。誰が大統領になるのか、その予想で盛り上がることには重要な意味があるが、それ以上に、どう いう視点で関心をもつのか、どんなところを注目するのかに目を向ける必要がある。 そこで、この大統領選びに関して三つの問いが浮上してくる。「誰が」「どのように」そして「なぜ」である。誰 が大統領になれるのか、その筋道はどのように描かれるのか、そしてなぜ選ばれるのかという具合に考えれ ば、エジプト大統領選とその後のエジプトの将来を展望できるかもしれない。 大統領候補にふさわしい条件 次期大統領は誰なのか──その後のエジプトの将来を占うためには、まず国民が理想とする人物像を 理解する必要がある。他の国民と同じように、エジプト人が国のリーダーを選ぶときには一定の条件を求め る。 その人物に求められる第一の条件は、学問を収めた政治的に優れたエリートであること。加えて、愛国 心に満ち溢れていること。エジプトやその国民のことを知り尽くしたエリートでなければならない。つまり、国 内で活躍しているエリートこそ、候補の一人として望ましい人物像であると考えられる。 現在、野党側からの有力候補として二人の人物が連日メディアを賑わせている。IAEA(国際原子力機 関)のエルバラダイ前事務局長と、現在のアラブ連盟事務局長のムーサ氏である。エジプトのどの新聞や 1 1 e-NEXI (2010 年 2 月号) 報道番組を見ても、二人の話題ばかりが取り上げられている。しかし、実はこの二人は、大統領選への立 候補に必要な条件を満たしていない。 あまり知られていないが、現在のエジプト憲法では、無所属候補にとって、大統領選立候補に必要な 条件などのハードルが高く、かなり至難の業である。まず、特定の党や政治団体、連盟などに所属してい ない者は立候補できないのが現状である。現在、有力候補と期待されているこの二人は、どの政党にも 政治的団体にも所属していないため、現憲法下では立候補できないのである。つまり、この二人とも「正 式候補なりえぬ候補」なのである。 しかし、この「有力候補者」たちを見ると、大統領になれる人物の第二の条件がおのずと理解できる。カ リスマ性だ。実務レベルや経験以上に、カリスマ性のあるなしによって、エジプト世論の評価は大きく左右さ れるのである。エジプト人の気質にも関係していることだが、彼らは「事実」より「感情」をとる性向がある。 なかなか結論が出ない話だが、政治話が好きなエジプト国民は、毎日のように「次の大統領は誰だろ う?」「誰が大統領にふさわしいだろうか?」と話が尽きないだろう。 一方で、「今度の大統領選はもう結論ずみだ」と考える層も少なくない。ムバラク大統領の息子、ジャマ ル・ムバラク氏が政府与党・民主国民党の最も有力な候補とされているからだ。彼は一点を除いて、大 統領選の有力候補に必要な条件を備えている人物だと言える。その一点とは実務経験である。 40代半ばの彼は、民主国民党の中枢にあって政策委員会委員長および副幹事長を務めている。彼 自身は大統領選への意欲を口にしていないが、その身辺からは、彼が「時の人」であるに違いないとの声 が聞こえてくる。以前は、「親であるムバラク大統領の七光りで、跡を継がせるような形」にすることに対して、 「世襲政治」だと批判する声もあがっていたが、最近ではジャマル氏を候補として支持する声が増えたよう だ。 世界には121の民主主義国家があり、そのうち89カ国では自由な選挙による議会が存在し、法の支配 が行われている。もちろん、エジプトもその一つである。 「エジプトは民主的な国だといいますが、なぜ大統領が変わらないのでしょうか」――先日、私が教えてい る大学で、一人の学生がそう尋ねてきた。エジプトに関するニュースを見ていると、そういう疑問をもつのも 無理はないだろう。しかし、民主化はエジプト国民にとって遠い存在ではない。 民主化をめぐる状況は国によって異なる。アメリカなど欧米諸国からは、エジプトに民主化を強く要求す ることがあるが、そもそもエジプトの世論が民主化をどう見ているかをまず考えるべきだろう。エジプトは、民 主化の最大の証である直接投票による大統領選で、民主化のさらなるステージを目指しているのであ る。 エジプト世論が今度の大統領選に多くの期待を寄せているのは、今の厳しい生活状況から脱却したい という強い思いをもっているためだ。今度の選挙が、国民の生活に大きな影響を与えるものとして注目して いる。生活状況や雇用問題などの改善、社会福祉制度の向上など、国民生活の豊かな環境の実現が、 その期待の大半を占めている。 2 2 e-NEXI (2010 年 2 月号) BRICsに続く新興市場国として注目されるエジプト経済は、近年順調な成長ぶりをみせているが、一人 当たりの生活水準は依然ままならないものだ。国民としては、次の大統領が自分たちの生活をよくしてくれ るのであれば、どの党どの政治団体に所属しているかは問わないだろう。 次の大統領が「政権交代」にこめた国民の思いを、誠実に正確に受けとめることができるか。また、さまざ まな留保を乗り越えて票を投じる国民が、相応の重い責任が生じることを理解できているか。これらがこの 大統領選の最も重要な課題なのである。 大統領選に向けた活発な議論の焦点の一つは、大統領の任期をめぐる憲法改正である。「今度の大 統領の就任期間は2期目まで」と求める世論の声が高い。世論が望んでいるのは独裁支配の打破であ る。 そして、憲法改正についてもう一つの争点は、無所属候補が大統領選に立候補できる条件の規定で ある。現憲法では、無所属候補が大統領選に立候補した場合は、国民議会および地方議会の25%に 相当する議員の推薦を得ることが条件となっている。これは事実上、不可能に近い。そのため、国民の大 半は大統領選を前に憲法改正を行うことを望んでいる、次期大統領がずっと権力の座に居座るような支 配者であってはならない。就任から長くても10年が過ぎれば去っていくこと、それが前提となるだろう。 エジプトの歴代大統領はみんな軍人だ。亡きナセルやサダトもそうだったし、現在のムバラク大統領もそう である。というのも、エジプトでは大統領になると同時に軍の最高司令官になる。そして、軍の最高司令 官になる人はやはり軍出身、もしくは軍に関わる仕事の任に就いていた人でなければならなかった。これは、 エジプト大統領になるための基本中の基本だったと言える。 つまり、大統領になるための第三の条件は、軍の支持と支援を得ることである。ただし、これはあくまでエ ジプト大統領になれる人物の伝統的条件の一つであって、国民が必ずしも「大統領になる人物が軍人で なければいけない」と思っているわけではない。むしろ今は「軍人はもういい」という空気が広がっているような のだ。とはいえ、やはり軍の承認と理解なしに大統領の座に就くことは不可能だろう。 今後予想されるシナリオ ムバラク大統領か、それともその息子のジャマルか、あるいはまったく新しい候補者か。大統領選びについ て今後予想されるシナリオをいかに読むか。この質問の答えは、上に取り上げた三つの条件を誰が満たす かに尽きるだろう。 ムバラク大統領は、大統領選への出馬意向やその決断を発表するタイミングについて慎重な姿勢を見 せているが、近いうちに息子ジャマル氏は大統領選に向けて本格的な活動を始めるだろう。 そこで一つの問題が浮上してくる。民間人という共通点をもつ立候補者たちは、軍の支持をどのようにし て得ることができるだろうか。軍のバックアップを得られた人物こそが、次期大統領であることは間違いない。 しかし、そのハードルが高すぎ、そこにたどり着くための道は険しい。ジャマル氏の弱みの一つは、先に挙げた 実務経験の少なさとともに「軍との関わりがほとんどないこと」と指摘する声もある。 さて、ここまでのポイントを整理すると、2011年の大統領選の行方は次のように考えられる。 1)ムバラク大統領が立候補することになれば、ムバラク大統領が圧勝するとの見方が強い。 2)ムバラク大統領ではなく、息子のジャマル氏が立候補した場合は、当選する可能性が高い。 3 3 e-NEXI (2010 年 2 月号) 3)野党候補のエルバラダイ氏やムーサ氏のような、まったくの新顔候補が立候補した場合、その新顔が躍 進する可能性がある。 新たに大統領の座に就く者のビジョンや政治改革案、志向に関してはさまざま異論や問題があるが、そ れでも自ら名乗りを上げた候補者を政権に押し上げようとする「市民の力」は、大きな力として大統領選 を取り巻いていくことになるはずだ。そこにこそ今回の「政権交代」の意味がある。 結論を言えば、今度の大統領選では、誰が選ばれることになっても、政治的側面でさほど大きな変化 はないだろう。もし、民間出身の大統領が誕生したとき、それがエジプトにとってプラスになるのかマイナスに なるのか、現段階では何とも言えないが、軍の力を借りなければ、新大統領が政権を運営することはむず かしい。 私は「政権交代」に対してそれほど楽観していない。しかし、エジプト社会の「市民の力」に期待と希望を もちたい。希望をもつことこそがこれからの歴史を開く力になる。 選挙後のエジプト 大統領選挙後のエジプトを想像してみよう。 1)混乱することなく、愛国心のもとで国民が一致団結する。 2)政権交代に伴う治安の乱れが発生する可能性は非常に低い。もしそうなったとしても、軍の介入によっ て混乱の拡大は回避される。 「大統領選び」という試練を乗り越えれば、エジプトにはきっと新たな風が吹くことになるだろう。新たな風と は、国民生活の改善につながる経済対策と政治改革である。エジプト人のいま一番の不満は「社会的 不公平によって不利な立場に置かれていること」である。だからこそ国民は、新しい大統領が誰であれ、そ の人物を希望の星として迎えることになるだろう。 現在のエジプトは持続的成長を目指した政策を進めているが、国民の不満を払拭するためにも、中期 的な経済成長計画の実施が重要だ。 経済政策の行方は、大統領の経済的見識とビジョン次第で大きく左右されるだろうが、市場経済という 現在の方針は、誰が大統領になっても変わらず、外資系企業の参入と新たな産業の開発に対して手厚 い待遇を打ち出すことになるだろう。つまり、新たな大統領・イコール・新たな変化、そして、イコール・外資 系企業にとってメリットの多い直接投資政策となる。 こうして考えてみると、新大統領が政権に就いたあとに第一に行わなければならないことは、これまでの 「60年体制」を含め、エジプトがたどった道筋のなかで、国民の目から隠されてきたさまざまな「仕組み」や 「問題」を洗いざらい白日の下にさらし、国民の検証に委ねることではないだろうか。しかし、それができる日 はまだまだ遠いだろう。 もちろん、次の大統領選挙で新しい大統領が誕生することで実現する政権交代を「政治改革だ」など と夢のようなことを考えている国民はいないだろう。しかし、少なくとも「現状を変えなければならない」という 人々の切実な思いの結集が、この「政権交代」である。この一点について、1952年の革命後のエジプト社 会のあり方を批判的に検証する立場から、さらに言えば近代エジプトのあり方を見据えながら、いましっか りと考えてみなければならなのではないかと痛切に思うのである。 4 4 e-NEXI (2010 年 2 月号) 私のこうした意見は、エジプトメディアの取り上げている問題や世論の論調などとはかけ離れた、ユートピ ア的な議論のように響くかもしれない。 言語学には、「誰もが実物のチーズを知らなければ、チーズという語は理解できないことになる」という説が ある。つまり、誰もが民主主義を知らなければ、民主主義という語は理解できない。 私が言いたいのは、民主主義とは既製品ではないということ。自分でつくっていくしかないのである。きっと エジプト人も、実物の民主主義に何度も出会いながらその言葉の真の意味を理解し、実行できるように なるだろう。 これまでいろいろ述べてきたが、結局のところ、今度の大統領選は「ある程度結論ずみ」だと言える。簡 単に言えば、ムバラク大統領が続投するにせよ、息子のジャマル氏が立候補するにせよ、あるいは新顔の 候補が現れるにせよ、今度の大統領選に当選するのは、今の支配党、国民民主党の推薦候補に違い ないということ。そのため、政権交代に伴うパニックや治安の乱れ、また経済政策の大幅な変化への心配 は必要ないだろう。 当面の不安定要因としては、内政、外交ともに大きな指導力を発揮しているムバラク大統領の健康 問題が上げられているが、現在では、健康に大きな問題は見られないことから、当面この問題が不安定 要因として顕在化することはないだろう。 また、エジプトが長い歴史に亘って、優秀な政治指導者を輩出してきているという実績と、民主主義が 着実に国民の間に根付き始めたということから、大統領に万一のことがあっても、それがすぐに社会的不安 定要因に結びつくことにならないと思われる。 内政面では、大きな不安定要因はいまのところ見られないが経済面では、さまざまな試練に直面して いる。今後、次の大統領の手腕が問われることになるが、エジプトが直面している諸々の問題にいかにうま く対処し乗り切って、経済構造改革と経済成長を、短期間で、持続的な軌道に乗せることができるか、エ ジプトの経済構造の最大の問題である貿易インバランスの改善も重要な課題の一つである。また、それに より国民全般の生活レベルの改善が図られるかが注目される。 民主化の新たなステージに差しかかろうとしているエジプト──今は、欧米式の民主主義をそのまま輸 入せず、エジプトオリジナルの民主主義をつくるための過渡期だと言える。 アラブ世界をリードしてきたエジプトが、再び世界のリーダーになる日がやってくる、私はそう確信している。 エジプトの可能性は無限大だ。「そうだろうか?」とあなたは疑問に思うかもしれないが、エジプトの可能 性はその国民のうちにある。エジプトの歴史を振り返れば、はっきりと見えると思うが、エジプトは常にリーダ ー的存在であり続けてきた。それは、資源や財産があったからではなく、エジプト人の行動力と包容力、そ して気高い発想力によるものだ。そのソフトパワーは今も健在である。エジプトに可能性をかけることは、賢 者の選択だろう。 5 5 e-NEXI (2010 年 2 月号) プロフィール アルモーメン アブドーラ 大東文化大学・国際関係学部講師。1975 年、エジプト、カイロ生まれ。 2001 年、学習院大学文学部日本語日本文学科卒業。 同大学大学院人文科学研究科に進み、日本語とアラビア語の対照言語学の研究を行う。2003 年博 士前期、2008 年博士後期課程修了。 2008 年 10 月までに NHK 教育テレビのアラビア語会話講師を務める。 現在、言語研究者として活躍する傍らに、サウジアラビア王国大使館・文化部・スーパーバイザーを務め るほか、放送通訳としても NHK・BS 放送のアルジャージーラニュースを担当している。 天皇・皇后の他、アラブ諸国の政治家や大物(パレスチナのマフムード・アッバース議長やサウジアラビアの スルターン皇太子、イラクのウダイ・サッダーム・フセインなど)の通訳を務めた経験がある。 またアラビア語教育のみならず、アラブ文化の積極的な紹介につとめ、コメンテーターとしてのテレビ・ラジオ 出演も多数。エジプトで大学卒業後、日本の学習院大学に留学し日本語を修める。 著書に『アラビア文字練習プリント』(小学館、2006 年)がある。『ドバイ・ビジネス・トゥデイ』誌上では彼の 筆によるアラブ人とうまく付き合うためのテキスト的な連載「アラブ人取り扱い説明書」を読むことが出来る。 6 6 e-NEXI (2010 年 2 月号) 一次産品(原油、穀物等)の需給動向の見通し 丸紅経済研究所 所長 柴田明夫(しばた・あきお) はじめに 原油、鉄鉱石、原料炭、非鉄、穀物、砂糖などの一次産品価格は、2008 年前半にかけて史上最 高値を付けた後、急落に転じた。リーマン・ショックに端を発した世界的な信用収縮により需要が突発的 に減退したためである。しかし、2009 年 4-6 月期に世界経済が底を打つと、これら価格は再び上昇に転 じている。この背景には、新興国の成長に伴い資源の需給構造の転換がある。本稿では、長期的・構 造的側面から一次産品市場を眺めてみたい。 「デカップリング」再び IMF(国際通貨基金)は 2010 年 1 月 26 日、世界経済見通しを発表した(図表1)。2010 年の世界 GDP 成長率は、昨年 10 月発表の+3.1%から+3.9%へ上方修正された。戦後初のマイナス成長となっ た 2009 年の▲0.8%からはV字回復の格好だ。先進国は 2.1%、新興国が 6.0%成長である。2011 年 については+4.3%(先進国+2.4%、新興国+6.3%)と成長がさらに加速する見通しだ。 「100 年に一度」と言われた危機が、1 年も経たずに底を打ったのは何故か。理由は2つある。1つは下 げ過ぎの反動である。各国景気は 08 年 10-12 月期から 09 年 1-3 月期にかけて「つるべ落としの悪化」 となったことで下げ余地が無くなった。もう1つは、各国政府の積極的な景気テコ入れ策が奏功したためで ある。リーマン・ショックは、資本市場の心臓部である金融部門を直撃し信用創造機能が停止した。これ を各国政府が「100 年に一度」の危機と認識し、公的資金による金融機関への資本注入や不良債権の 買い取りなど金融システム安定化に向けた対応を迅速に行うと同時に、所得税減税や雇用確保のため の財政出動を実施した。いわば、超ケインジアン政策を採用することで危機を乗り切ったわけである。 ただ、先進国と新興国では回復に温度差がある。先進国の回復力は総じて弱く、GDP の絶対水準は 未だ金融危機前に戻っていない。今後、政策効果の出尽くしによる回復ペースの息切れも予想される。 また、依然として高水準の失業が続いているため、消費拡大による持続的な成長軌道に乗るという保証 はない。一方、新興国は、今回のショックに対して耐性を見せ世界経済の下支え役を果たすなど、一段 とプレゼンスを高めている。いまや中国やインドなどの新興国が、先進国経済との連動を断ち切り自律的 な成長過程に入ったといえよう。いわゆるデカップリング(非連動)の動きである。 デカップリング傾向はすでに 2000 年台に入って顕著になっていた。中国、インドなど人口大国の工業化 を背景とした持続的な経済成長は、それに必要なエネルギー・原材料である一次産品の需要を毎年累 積的に拡大させる格好となった。2000 年を境に、世界の一次産品の中長期的な需給構造は「過剰」か ら「不足」へと 180 度転換した。その結果、一次産品価格は需要サイドからの押し上げ圧力が強まった。 7 7 e-NEXI (2010 年 2 月号) (図表1)IMF 世界経済改定見通し 世界 先進国 米国 ユーロ圏 日本 英国 NIEs 新興国 アフリカ 中東欧 ロシア 中国 インド ASEAN5 中東 中南米 構成比 2008年 100.0 55.1 20.6 15.7 6.3 3.2 3.7 44.9 3.1 3.6 3.3 11.4 4.8 3.5 4.0 8.6 2006 実績 5.1 3.0 2.7 2.9 2.0 2.9 5.6 7.9 6.1 6.6 7.7 11.6 9.8 5.7 5.8 5.7 2007 実績 5.2 2.7 2.1 2.7 2.3 2.6 5.7 8.3 6.3 5.5 8.1 13.0 9.4 6.3 6.2 5.7 2008 実績 3.0 0.5 0.4 0.6 -1.2 0.5 1.7 6.0 5.3 3.1 5.6 9.0 7.3 4.7 5.3 4.2 2009 実績 -0.8 -3.2 -2.5 -3.9 -5.3 -4.8 -1.2 2.0 1.8 -4.3 -9.0 8.5 5.6 1.3 2.2 -2.3 2010 予測 3.9 2.1 2.7 1.0 1.7 1.3 4.8 6.0 4.2 2.0 3.6 10.0 7.7 4.7 4.5 3.7 2011 予測 4.3 2.4 2.4 1.6 2.2 2.7 4.7 6.3 5.3 3.7 3.4 9.7 7.8 5.3 4.8 3.8 (資料)経済研究所、IMF(2010.1.26) 「安い資源時代」の終焉 1990 年代まで 1 バレル 20 ドル弱で推移していたニューヨークの原油価格は、2003 年以降騰勢を強め、 2008 年 7 月には 150 ドルに迫った。その後、原油は 30 ドル近くまで急落したものの、09 年 10 月 21 日、 約 1 年ぶりに 1 バレル=80 ドルを突破した。 鉄鉱石も過去 30 年間、トン 30 ドル前後で取引されてきたが、08 年の中国の輸入価格は 132 ドルと なった。これは過去 30 年間4億トン台で推移してきた世界の鉄鉱石貿易量が、08 年に 8 億トンを突破 したことを映したものだ。08 年は中国だけで 4 億トンを超える輸入量であり、09 年は 6 億トンを超える勢 いだ。原料炭もトン約 40 ドルという価格が 40 年間続いてきたが、08 年には 300 ドルに急騰した。2001 年まで年間 1 億トン以上を輸出してきた中国の輸出余力が低下し、純輸入国に転じたことが大きい。 一方、市場では最近の資源高騰を投機マネーによるマネーゲームとする見方が多い。確かにマネーゲー ムには違いないが、何故投機マネーが 2000 年代になって数年にわたり資源というリスク市場に流入したの だろうか。筆者は、価格とは背後にあるあらゆる要因が圧縮されたものと考えている。原油価格が過去 10 数年にわたる 20 ドル弱のレンジを大きく上抜いてきたということは、これまで原油を決定してきた構造が変 化したためであり、単なるマネーゲームでは済まない。 どのような構造変化か。筆者は、08 年に原油価格が 100 ドルを超えたということは「安い資源時代」の 終焉を意味するとみている。石油にせよ石炭、鉄鉱石にせよ、人類にとって資源とは、「濃縮されて生産 しやすい場所に大量に有る」有用な自然物のことである。生産コストが安く技術的にも生産が容易なモノ が資源だ。しかし、18 世紀の産業革命以来、とりわけ戦後 50 年の間に、そうした資源は見つけ尽くされ 生産され続けた結果、「安価な資源」の枯渇問題が生じるようになった。 この背景には、世界経済の成長のパラダイム(基本構図)変化がある。90 年代までは、成熟化した先 8 8 e-NEXI (2010 年 2 月号) 進国が世界経済を牽引し、石油などの地下資源をほぼ独占して使っていた時代であった。このため成長 しても資源需要が喚起される状況になく、先進国の景気変動に応じて需給が変動し、それに対応する 形で資源価格が周期的な変動を繰り返してきた。しかし、2000 年以降、世界経済成長の牽引役は先 進国から新興国に代わった。中国、ブラジル、インドなど、人口 30 億人を擁する新興国の工業化による 持続的な成長が加わったため、資源需要が新たに喚起され、需給が一気に引き締まり価格が大きく上 昇にシフトするようになった。 中国やインドなど新興国の旺盛な資源需要に応えようとすれば、これからは「濃縮されておらず、深海 油田など自然条件の厳しい場所」での資源をも開発・生産の対象にしなければ間に合わない。しかし、そ れら資源を生産するためのコスト(限界生産コスト)は高くならざるを得ない。 需要面からの資源価格の押し上げ圧力は少なくとも中国が成熟化し、先進国の仲間入りするまで継 続する公算が大きい。この意味では、ここ数年の資源価格高騰は「過渡期」の現象といえるが、中国だけ で人口 13 億人の過渡期であるから、その期間も 10 年や 15 年では済みそうもない。この間、世界の資源 市場では需要サイドからの価格押し上げ圧力が加わり続けるのである。 これに対し、需給関係からみた原油価格の実力は 50 から 60 ドルとの見方がある。この見方はバックミ ラーで 90 年代を振り返った場合には確かに当てはまる。OECD(経済協力開発機構)諸国、すなわち先 進諸国の原油在庫日数は年間消費量の 50∼60 日ある。これだけの在庫があれば、原油が足りないわ けではなく、過去の経験から言えば価格はせいぜい 60 ドル台だとなる。 しかし、現在は現物の需給で原油価格が決まる時代ではない。中国やインドなどの人口大国の新興 国が先進国に向かう「過渡期」であるから、現物の需給に加えて、2 年後、3 年後の市場をみて、中長期 的な需要拡大に必要な開発投資が不足していると見れば、そこに年金基金などの長期投資マネーが流 入する。これにヘッジファンドなどの日々の強弱材料に依って売買する投機マネーが加わる。いまや原油 価格の決定要因は、1)先進国の現物需給、2)新興国の将来の需給ファンダメンタルズ、3)ヘッジファン ドの投機行為の3層構造に変化したといえよう。 2010 年の原油価格は、80∼90 ドル台の「水準」回復へ 2010 年の原油価格をどうみるか。ニューヨーク WTI 原油価格(期近)は、1 バレル 80 ドル前後からスタ ートしたものの、1 月後半以降、70 ドル近辺前半まで軟化した(図表2)。米北東部での寒波が和らいだ ことに加え、中国が年明け早々、手形金利や預金準備率を引き上げなど一連の金融引締め策を打ち 出したことに加え、米国の新金融規制案やギリシャやポルトガルなどユーロ圏諸国の財政問題からドルが 対ユーロで上昇、欧米の株価が急落するなど弱材料が重なったためである。 オバマ大統領が 1 月 21 日発表した新金融規制案は、1)商業銀行によるヘッジファンドへの投資はじ め自己勘定での取引を禁止する、2)「大き過ぎて潰せない」という理由で国民の税金が使われるような 事態にならないように銀行の規模に制限を加える、といった内容だ。国民の預金を預かる銀行が、過度 なリスクをとることに歯止めをかける狙いがあり、新規制が導入された場合には、金融機関は商業銀行か 投資銀行家の選択を迫られることになろう。原油は 70 ドル近辺では新興国の実需の買いに支えられると みられるが、投機筋が積極的に買いを入れる局面ではなく、上値は重そうだ。 9 9 e-NEXI (2010 年 2 月号) (図表2) ニューヨーク WTI原油価格(期近)の推移 150 140 130 120 110 100 ドル/バレル 90 80 70 60 50 40 30 20 10 2010 2009 2008 2007 2006 2005 2004 2003 2002 2001 2000 1999 0 年 出所:NYMEXより作成 一方、世界景気の回復傾向を背景に石油需要は持ち直している。国際エネルギー機関(IEA)の「オ イル・マーケット・リポート」(2010 年 1 月)によれば、2010 年の世界石油需要は日量 8630 万バレルと、09 年の同 8490 万バレルから 140 万バレル拡大し、08 年の水準に戻る見通しだ。景気回復次第では過去 最高であった 2007 年の同 8650 万バレルにも並ぶ公算が大きい(図表3)。特に、中国の原油輸入が 09 年に日量 400 万バレルとなり輸入依存度が 50%を突破したことも相場強材料だ。 (図表3) 予測 世界の石油需要(IEA 2010年1月予測) 90 86.5 86.3 86.3 84.9 85 100万バレル/日 80 75 70 65 60 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 年 出所:IEA オイル・マーケット・リポート 2010 年 1 月 今後、原油価格を左右する要因としては、世界景気回復を映した石油需要の動向に加え、OPEC (石油輸出国機構)の生産、イランの核開発問題など「地政学的リスク」、米ドル相場の行方などがあげ 10 10 e-NEXI (2010 年 2 月号) られよう。 このうち、OPEC(石油輸出国機構)は、年前半までは現行生産枠を維持する公算が大きい。OPEC (イラク、インドネシアを除く 11 カ国)は 08 年後半の原油価格急落に歯止めをかけるため、9 月から 12 月 にかけて累計 420 万バレルの減産を実施。09 年を通じて日量 2485 万バレルの生産枠を維持してきた。 この結果、各国の生産能力より推定される OPEC のスペアキャパシティ(生産余力)は日量 600 万バレル を超えている(図表4)。これは、核開発疑惑が燻るイランの生産量(日量 350 万バレル)の 2 倍弱に相当 する。イランをめぐっては、ウラン濃縮施設 10 カ所の新設計画を打ち出し西側諸国との対立姿勢を強め るなど、地政学的リスクが高まっているものの、市場に供給不安が無いことから上値には限りがあろう。 (図表4) むしろ今後、原油価格を左右する要因はドル相場の行方であろう。外国為替市場では、09 年後半よ りドル安傾向が進んでいる。米国の低金利政策が長期化するとの見方があるためだ。しかし、より根本的 な原因としては「国際基軸通貨ドル」の信認そのものが揺らいでいることがある。それは以下の3つの「ドル 離れ」という形で現れている。 第1は、産油国によるドル建て原油取引の見直しの動きである。英国紙は 2009 年 10 月6日、アラブ 湾岸産油国(GCC)とロシア、フランス、中国、日本などが原油のドル建て取引からの離脱を協議中と報 じた。産油国にとってドル安は石油収入を減価させるため原油価格の上昇が必要となる。 第2は、周小川・人民銀行総裁「国際通貨体制の改革に関する論文」(08 年 3 月 23 日)である。ド ルを基軸通貨とする現行の国際通貨システムには欠陥があり、国際通貨基金(IMF)の特別引出権 (SDR)を新機軸通貨とすることを提唱した内容だ。これに関連して IMF が7月1日、SDR 建て債券発行 を決定。中国、ブラジル、ロシアが最大 700 億ドル購入の方向にある。 第3に中国、インドが保有資産としての金準備拡大に動き出したことだ。2009 年4月に中国が 620 ト ンの金準備を 1054 トンに 400 トン拡大したのに続き、11 月には、IMF が保有金 400 トンをインドに売却 すると発表した。これを受けて、金価格は 1 オンス 1100 ドルを突破した。 高値不安定化する穀物市場 世界の食料市場では 08 年前半にかけて穀物価格が高騰し史上最高レベルを記録した。穀物輸出 11 11 e-NEXI (2010 年 2 月号) 国の中には国内需要を優先させるため輸出規制を行う国が現われる一方、世界の慢性的な栄養不足 人口が増加し、食料を巡る抗議運動や暴動が多発するなど大きな国際問題となった。その後、リーマン・ ショックを契機とした未曽有の金融・経済危機を背景に穀物価格は急落したものの、09 年に入って再び 上昇に転じた(図表5)。他の農産物でも砂糖、ココアが 28∼30 年ぶりの高値を付けている他、コーヒー が 11 年ぶり、紅茶が史上最高値、オレンジジュースも 15 カ月ぶりの高値を付けた。 こうしてみると、食料市場においては、ここ数年の「食料危機」の構図が解消したわけではない。中長期 的に見ても、世界人口の増加、新興国の経済成長に伴う食生活の変化、地球温暖化、水不足問題、 土壌の劣化、バイオ燃料の増加などを考えると穀物需給のひっ迫が予想される。穀物はじめ食料市場 はますます「不安定化」しつつあるといえよう。 (図表5) シカゴ穀物相場(期近、月末値)の推移 ばぶ 米 つり国 ニ ャ 現 象 米 国 1 0 5 年 来 の 暖 冬 ミ シ シ ッ ピ 川 洪 水 ニ ョ 現 象 世 界 的 な 異 常 高 温 つ米 中 西 部 干 ば 象○ ラ ニ ー ドル/ブッシェル ○ ラ ニ 時 ダ米 干 ・ 国 ば豪 ・ ● つ州 カ エ 同ナ ル ニ ー ニ ョ 現 象 ニ ャ 現 象 ニ● ョ 史 現上 象最 大 の エ ル ニ ー ニ ョ 現 象 作米 付中 遅西 れ部 長 雨 で 記 録 的 な 候米 中 西 部 乾 燥 天 ー ー ● エ ル ニ シ米 ッ産 ピ地 川の 大大 洪雨 水 ・ ミ シ ○ ラ ニ ー ● エ ル ニ ー 16.00 15.00 14.00 13.00 12.00 11.00 10.00 9.00 8.00 7.00 6.00 5.00 4.00 3.00 2.00 1.00 0.00 の 5 干0 年 大豆 ニ ャ 現 小麦 トウモロコシ 出所:シカゴ穀物取引所データより作成 穀物需要が急増しているより根本的な背景には、世界の人口増と所得向上に伴う食肉需要の急増 がある。国連の人口推計によると、1950 年に 25 億人であった世界人口は、90 年に 50 億人を超え 2010 年には 70 億人に迫る。40 年で 2 倍の増加ペースであり、2050 年には 90 億人を突破する見通しである。 特に、2000 年代に入ってからの農産物価格が強い上昇トレンドを示すようになった背景には、中国な どの人口大国の経済成長により食肉需要が増加し、それに伴い飼料用の穀物需要が急増していること が挙げられる。 FAO(国連食料農業機関)によると、世界の肉消費量は 80 年代末の約 1 億 5000 万トンから、2003 年には 2 億 5000 万トンと 1 億トン増加した。このうち先進国の肉消費量は頭打ちである。増加のほとん どが新興国での需要増加であり、中国だけで約 5000 万トン増えている。中国国家統計局のデータによ ると、中国人の 1 人当たり食肉消費は 1985 年の 18 キロから 2008 年には 55 キロと 3 倍になった。1 キロ の肉を生産するためには約7キロの飼料穀物が必要だ。食肉消費の増大は穀物需要を飛躍的に拡大 12 12 e-NEXI (2010 年 2 月号) させる。 米国農務省(USDA)の需給報告(2010 年 1 月発表)によると、世界のトウモロコシ需要量は、04/05 年度の 6 億 8900 万トンから 09/10 年度 8 億 623 万トンと、5 年間で 1 億 2000 万トン近く増加する見 通しである。この増分の約 1/3、2900 万トンが中国だ。ちなみに、中国のトウモロコシ生産は 1 億 3000 万トンから1億 5900 万トンに増加している。にもかかわらず、中国では近年国内需要が急増し、2000 年 に約 1500 万トンあった輸出量は、07 年以降 50 万トンに減少。近く純輸入国に転ずる公算が大きい。 また、世界の 08 年の大豆貿易量は約 7500 万トンであるが、この内の 4100 万トンが中国である。同国 の大豆輸入は 2012 年には 5000 万トンに達するとみられる。 皮肉なことに、中国をはじめ新興国は飢えから解放されようと経済発展に努力し、まさにそれが実現さ れ食生活が豊かになったことで、新たな食糧需給のひっ迫を招くようになった。OECD(経済協力開発機 構)と FAO は 09 年 6 月、「農業アウトルック 2009 年版」で長期的な食料需給見通しを発表した。そこ では、新興国での人口増や食料需要の増加を賄うために世界の食料生産を 2030 年までに現在の 4 割 増、2050 年までに 7 割増やす必要があると警告している。 食糧供給は、耕地面積と単収(単位面積当たり収量)で決まるが、新たな農地を開発し単収をあげ るためには、灌漑整備をし、多量の水を使い、品種改良した高収量品種を撒き、農薬と肥料を投入し、 機械化体系を導入することなどが不可欠であるが、いずれもコストがかかる。穀物価格の上昇はこれら開 発投資を促す一方、世界の栄養不足人口も増えてしまうというジレンマにぶつかる。 不足に備える中国の国家資源戦略 中長期的な資源需給のひっ迫に逸早く備えているのが中国である。中国は 2007 年に名目 GDP でドイ ツを抜き、今年は「日中 GDP(国内総生産)逆転」も時間の問題となった。中国は、天然資源にも恵ま れ石炭、石油、天然ガス、鉄鉱石、ウラン、タングステンなどの世界有数の生産国だ。5 億トンを超える穀 物の大生産国でもある。しかし人口で割ると、1 人当たり GDP は約 3300 ドルと経済小国であり資源貧 国でもある。今後、目標とする8%台の持続的成長を達成するためには資源不足が最大の悩みとなる。 このため中国は 2005 年以降、3 つの面から本格的な資源戦略を打ち出している(図表6)。 13 13 e-NEXI (2010 年 2 月号) (図表6) 中国の国家資源戦略の枠組み 供給 備 蓄 (1)供給 量の確保 【海外】資源権益の獲得 (2)備蓄 の拡充 安定供給の バッファー役 需要 【国内】増産・新規探鉱 産地備蓄 戦略備蓄 (3)省エネ の促進 15年迄に石炭を250年分、原油を20数年分新 たに探鉱。石炭を2割増産、鉄鉱石を1.4倍に増 産。 石油や天然ガス、鉄鉱石、銅鉱石などの確保を 目指し、アフリカ、中近東、中南米、豪州へのア プローチを強める。 石炭、タングステン、錫、アンチモン、レアアースなど比較的に 豊富な資源を対象。 石油、クロム、銅、ゲルマニウム、インジウムなど不足する鉱物 資源を対象。 産業の 高度化 鉄鋼、非鉄金属、石炭、電力、化工、建材といった「二高一資」を中心に、 輸出制限、投資抑制、省エネ、資源の総合利用、技術改造、効率の向 上などを推進し、産業の高度化を積極的に図っている。 効率の 向上 GDP当たりエネルギー消費量の削減 05年 20% 削減注1 (設定済) 40∼60% 削減注2 10年 (検討中) 20年 注1. 「第11次5カ年規画」の約束目標。注2. 中国社会科学院「2009中国持続発展戦略報告」09年3月。 出所:丸紅経済研究所アナリスト李雪連作成 第1は国内外での供給量の確保である。中国には石炭や原油など、まだまだ未探鉱の資源が多い。 そこで国内では、15 年までに埋蔵量を石炭で 250 年分、原油で 20 数年分を新たに探鉱・開発する。 海外では石油、天然ガス、鉄鉱石、銅鉱石、レアメタルなどの資源の権益確保を狙い、アフリカ、中近東、 中南米、オーストラリアへのアプローチを強める。 第 2 は国家戦略備蓄構想である。中国は、既存の 4 カ所(鎮海、舟山、大連、黄島)の原油備蓄基 地に加え、2013 年を目処に新たに 8 カ所を設け備蓄量を現在の 2.6 倍に当たる 2 億 7000 万バレルに 増やす計画だ。日本経済新聞(2009 年 6 月 29 日)によると、中国が建設予定の第2次備蓄基地は8 カ所で構成される。今のところ具体的な場所は明らかにされていないが、新疆ウィグル自治区、遼寧省、 河北省、甘粛省、重慶市、広東省、海南省などが候補に挙がっている。これらの合計備蓄量は1億69 00万バレルとなる予定だ。 鉱物資源では、国土資源部が 2009 年に「全国鉱物資源規画(2008∼2015 年)」を発表。今後不 足が予想されるクロム、銅、ゲルマニウム、インジウムなどの戦略備蓄を本格化させる一方、タングステン、 錫、アンチモン、レアアースなど比較的豊富な資源については産地備蓄を厚くする方針だ。食糧について も、地域ごとに分散していた食糧備蓄施設を国有シノグレインへの一本化を進める中、大連港を整備し 食糧の国家備蓄を厚くしている。 第 3 は、需要サイドでの省エネ・省資源化だ。産業構造の高度化を目指し、「二高一資」産業、すな わち、鉄鋼、非鉄、石炭、電力、石油化学、建材といったエネルギー消費が高く、環境への負荷が高い 産業と資源消費量の高い産業を高度化し、GDP 当たりエネルギー消費量を削減する計画だ。また、単 14 14 e-NEXI (2010 年 2 月号) 位 GDP 当たりのエネルギー発生量を低下する。2020 年までに 05 年比、CO2 の発生量を対 GDP で 40~45%削減する計画だ。 おわりに:「地下系資源」から「太陽系エネルギー」へのシフトを急げ リーマン・ショックで一時的に中断されたものの、原油をはじめ資源市場をめぐる構図は変わっていない。 ここ数年の資源価格の高騰の背景には、中国やインドなどの人口大国が工業化による持続的かつ本格 的な経済成長軌道に乗ってきたことで、「資源の枯渇」と「地球温暖化」という、誰にも止められない「2つ の危機」が加速していることがある。この延長線上を辿れば、ポイント・オブ・ノーリターン(後戻りのできない 時点)である地球の「臨界点」を迎えてしまう。均衡点が変わるような原油価格の高騰は、早くこの2つの 危機に対処せよとのシグナルともいえる。 もっぱら化石燃料である地下系の資源に依って立って成長する20世紀型の成長モデルに限界が生じ ているのである。この意味では、循環的な危機を乗り越えたポストクライシスの世界経済が直面しているよ り本質的な危機は、この「2つの危機」に対して産業構造の転換を果たせるかどうかの危機と言えよう。そ して、最近のグリーンニューディール、すなわち太陽光発電、太陽熱発電、二次電池、燃料電池、スマー トグリッド、ハイブリッドカー、電気自動車などの開発ブームは、「太陽系エネルギーに依存した21世紀型 の成長」という低炭素社会の構築への移行期に入ったシグナルといえるだろう。 転換すべきは、「地下系資源に依って立った20世紀型の産業構造」から「太陽系エネルギーに依って 立つ 21 世紀型産業構造」へのシフトである(図表7)。 (図表7) 出所:筆者作成 15 15 e-NEXI (2010 年 2 月号) しかし、地下系資源から太陽系エネルギーへの移行は、自然体で訪れるものではなく、我々が意識し て作り上げなければならない。しかもかなり強引に進めていかない限り、移行期間は今後 50∼60 年を要 してしまうだろう。そのような悠長な時間の余裕は我々には残されていない。2030 年前後に地球は「臨界 点」を迎えてしまう可能性が高いためだ。 例えば、原油は楽観的な見方に立っても 30 年には、「液体で濃縮された生産コストの安い」原油は、 埋蔵量の半分を掘り尽くされ生産のピーク、すなわちオイルピークを迎える。地球の平均気温が 2 度上昇 してしまうのも早ければ 2032 年∼40 年との見方がある。世界人口が地球の養える人口 80 億人を超え るのは 2025 年だ。一見バラバラに進んでいる現象が 2030 年前後に一つに繋がって、ついに臨界点に達し てしまう。 我々は「地下系資源」から「太陽系エネルギー」への移行を急がなければならない。高い資源価格はそ のための移行コストであり、臨界点を超えないための保険料といえるだろう。制度的に移行を加速させよう とすれば、「排出量の取引」や「炭素税」「環境税」の導入も有効である。世間には「排出量取引」につい て「自然や環境を商売のネタにするのはけしからん」という意見もある。もっともである。しかし「排出量取 引」はあくまでも移行をスムーズにするための手段であるのだ。人々の自覚を待つのであれば、小学生の頃 から環境問題についての教育も欠かせない。要は、これらを同時に進めていくことが不可欠であろう。 16 16 e-NEXI (2010 年 2 月号) 《カントリーレビュー》 OECD カントリーリスク専門家会合における国カテゴリー変更国の概要 (バルト三国、セルビア) <Point of view> ・第 53 回会合において、欧州・CIS と北アフリカの国カテゴリーを議論。 ・経済の悪化が見られる国を中心に、3 カ国のカテゴリーが引き下げられた。 ・政治状況の改善が見られたセルビアの国カテゴリーが引き上げられた。 ●欧州・CIS と北アフリカの国カテゴリー OECD/CRE 会合では、世界 136 国・地域のカテゴリーについて議論している。1 月下旬にフランス・ パリで開催された会合では、欧州・CIS 及び北アフリカの国・地域が議論され、3 カ国のカテゴリーが引き 下げられ、1ヶ国のカテゴリーが引き上げられた。 以下、国カテゴリーが変更された国の政治・経済情勢を概観する。 ●国カテゴリーが引き下げられた国 バルト三国 -エストニア -リトアニア -ラトビア D → E D → E E → F バルト海沿岸に位置するバルト三国は、人口最多であるリトアニアでも 300 万人強と小国であるため、 北欧諸国やドイツを中心に、西欧経済との結びつきが強い。GDP に占める財輸出の割合は高く、加工 貿易国として栄えているエストニアでは、その割合は 80%近くに達している。 近年の特徴として、北欧諸国系親銀行から現地法人への親子間融資が急速に流入してきており、 流入した資金の多くは、主に建設セクターに向かい、国内では一種のバブル現象が起きていた。資金 流入と旺盛な内需を反映して、経常赤字は GDP 比で 15%を超えており、さらに、バルト三国は、近い 将来のユーロ導入を目指し、ERMⅡ(ユーロペッグ)を採用していたことから、為替差損リスクを意識する ことなく、銀行貸出の多くはユーロ建てで行われていた。 しかし、2008 年 9 月に発生したリーマンショック後、資金流入が急速に停滞し、また、その後に発生し た欧米を中心とした世界同時不況により、財輸出は低迷した。この結果、2009 年の経済成長はいず れの国も 15%を超える大幅なマイナス成長となった。 バルト三国の中でも、外銀の後ろ盾がない国内銀行最大手の Parex 銀行が国有化され、IMF や北 欧諸国から緊急金融支援を受けたラトビアは、大きな困難に直面。金融支援を得た後も、5党からな る連立政権がユーロペッグ維持に必要な財政再建に手間取るなど、一時、通貨切り下げ憶測が高ま った。本年 10 月に議会選挙を控えており、財政再建に向けての政治結束力が必要となろう。 他方、エストニアとリトアニアは、資金流入の低迷に見舞われたものの、銀行セクターにおける北欧諸 国系銀行のプレゼンスが高く、内需減退に伴う経常収支の改善と財政調整の断行により、緊急金融 支援を必要とする事態には至っていない。長年に渡って健全な財政運営を実施してきたエストニアは、 17 17 e-NEXI (2010 年 2 月号) 早期のユーロ導入を目指し、財政赤字/GDP 比を 3%内に抑えるべく、積極的に財政再建に取り組ん でいる。 ●国カテゴリーが引き上げられた国 セルビア H → G 2008 年春以降、EU 加盟に向けての取り組みが進展している。同年 4 月に、貿易優遇を享受する と共に、EUと協力して政治・経済・貿易・人権の改革を図る安定化・連合プロセス(SAA)が締結され た。 その後、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(ICTY)に協力するまでは、SAA の実施は見送るべきだとの 声を受け、SAA の一部である暫定貿易協定(ITA)は延期されていたが、セルビア政府は ICTY に協力 しているとの評価が出され、2009 年 12 月に ITA 凍結が解除された。更に、同月にセルビア人のシェン ゲン協定国への渡航ビザが不要になった。 国内政治では、2008 年 5 月の総選挙で親欧州の連立政権が誕生し、同年 12 月にコソボでの欧 州連合・法の支配ミッション(EULEX)の駐留を認めた。また、ITA 凍結解除後に、タディッチ大統領は EU 加盟候補国の申請を行い、2010 年の加盟候補国入り、2014 年の正式加盟を目指している。 ただし、戦争犯罪人の逮捕や汚職対策強化など未だ課題も残っており、EU 加盟入りは更なる時 間を要すると見られる。 18 18