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農学教育国際化とインターネットスクール
農学教育国際化とインターネットスクール 佐藤 英明 東北大学大学院農学研究科教授 国際的環境の下で研究教育がなされることの重要性についてはいうまでもない。すでに国際的 環境の充実に向けた努力がなされ、外国人教員や留学生受入の増加、教員や学生などの海外派遣、 そのための基盤充実が図られてきている。政治や行政における関係者の努力を高く評価するもの であるが、国際的環境をより充実し、多様なものにするためには更なる工夫が必要である。私は その一つとしてインターネットによる教育(インターネットスクール)の充実とその規模拡大が 重要ではないかと思っている。 農林水畜産業を研究教育対象とする農学や農業技術はそれぞれの風土に立脚して体系化され ており、交流を実のあるものにするには、一部のリーダーのみならず各地域の各層における人的 交流、情報交換が必要である。多様な考え、多様な技術の交流によって農学の国際交流は実質化 されると考える。そのため農学においては特に国際交流の規模拡大が必要である。そのためにも インターネットによる国際交流の推進が必要である。 国際的環境を語る中で欧米のみならず、アジア・オセアニアとのつながりを大切にする視点も 農学には必要である。私は畜産学を専門としているが、アジアにおいて畜産学や畜産技術は急速 な展開を見せている。家畜飼育の急速な伸びを反映しているが、日本人学生が文系のみならず農 学系においてもアジアに留学するケースが増えている。これらのこともアジアの発展を裏付けて いる。私の研究室の大学院生も延べ4名、韓国・慶尚大学に留学し、体細胞クローン技術の研修 を受けている。韓国人研究者の技術が世界の最先端を担っているからである。私が学生であった ころの「留学とは欧米に行くこと」との常識がやや変わりつつある。学生の潜在的な期待に広く 答えるためにも新たな視点、手法によるアジアとの交流拡大が必要である。 今、慶應大学においてインターネットスクール(School of Internet-Asia、SOI-Asia)が運 営され、双方向性、リアルタイムのインターネットによる講義発信がなされるとともに、アジア からの講義受信も計画されている。私も SOI-Asia によるバイオテクノロジーに関する講義発信 に関係している。私が関係する一つの SOI-Asia の活動について紹介したい。私どもの活動が農 学分野の国際交流実質化の一助となることを願っている。 知識・技術の共有化と伝承 主要家畜(牛、羊、山羊、豚)の飼養頭数(2005 年)は、全世界で 41 億頭を越えている。体 重に頭数をかけた家畜の総重量は人間の総重量をはるかに超えている。鶏も 164 億羽を越え、 人間の数よりも圧倒的に多い。地域別、すなわちアフリカ、北米、南米、アジア・オセアニア、 欧州、旧ソ連に分けてみてみると、全世界の 51.4%の家畜がアジア・オセアニアで飼育されてお り、鶏の飼育羽数もアジア・オセアニアで 52.9%を占めている。さらに、アジア・オセアニアに - 15 - おける鶏の飼育羽数の年平均成長率は 20%を越えている。また、アジア・オセアニアにおける豚 の飼育頭数の年平均成長率は 10%近くとなっている。山羊の飼育頭数は北米、欧州では減少して いるが、アジア・オセアニアでは増加している。 このように今、アジア・オセアニアで家畜飼養頭数及び畜産物の生産量が急速に増大してい る。このことは家畜生産がアジア・オセアニアの様々な風土に広がり、それぞれの風土に立脚 した家畜飼育技術がつくり出されつつあることを意味している。持続可能で、環境負荷の低い、 かつ疾病の発生・広がりをコントロールしつつ行う家畜飼育には、多様な風土に立脚した知識 や技術の蓄積と伝承が必要である。 アジアにおける家畜飼育の健全な発展には、知識や技術がアジアの研究者、技術者に共有さ れ、さらに学生や若い研究者・技術者に伝承されることも必要である。例えば、鳥インフルエ ンザは国や地域の枠を超え、アジア全体に広がり、アジア全体の協力の下で解決すべき課題と なっている。すなわち一国の中での知識や技術の共有のみならず、国境を越え、アジア地域と して共有すべき具体的知識や技術も多い。 SOI-Asia による講義発信 健全な畜産業の発展にはバイオテクノロジーの開発応用が必要である。バイオテクノロジー に関する知識や技術の提供については、文部科学省や農林水産省が力を注いできたところであ るが、外務省の外郭団体であるアジア科学教育経済発展機構(Asia-SEED Institute)の貢献も大 きい。 Asia-SEED Institute の紹介でわが国に留学した学生も多いが、Asia-SEED Institute が中心 となってアジア・オセアニアの中心の一つでもあるインドネシアにおいてアンケートを行った ことがある。11 大学の工学、医学などを含む全分野の研究者を対象としたアンケートである。 その中の「地域活性化につながる重点教育分野は何か」との問いに対し、バイオテクノロジ ーを挙げる研究者が多かった。回答総数 240 のうち 91(37.9%)を占めたそうである。さらにバイ オテクノロジーの中でも家畜を含む資源動物のバイオテクノロジーをあげる研究者が 44 と、資 源植物(29)、微生物(8)、食品(10)、海洋(17)よりも多かったそうである。このことについて私 は、インドネシアにおける畜産のウエイトの高まりと、家畜バイオテクノロジーの可能性に対 する期待が背景にあると思っている。また、在来種など豊富な家畜資源の保全と活用が地域の 活性化につながると考えるからではないかと思う。 一方、インドネシアの高等教育の課題についてインドネシアの仲間から聞いたことがある。 日本とは異なり、大学入学希望者が増加し、新規大学の設置が必要になっている。しかし、教 員確保が難しいとのことである。教員確保のため外国人研究者・教員に協力を求める機会が増 えているとも聞いている。そのような中で、わが国発信のインターネットによる講義が注目さ れていると聞く。 そのようなことも関係すると思うが、Asia-SEED Institute の紹介によって SOI-Asia による 講義発信に協力することとなった。SOI-Asia とは、前述したように慶應大学が中心となってア - 16 - ジアに講義を配信するインターネット教育システムである。リアルタイム、双方向性画像を使 った講義の配信である。アジア 7 ヵ国(インドネシア、ラオス、ミャンマー、タイ、マレーシ ア、ベトナム、フイリピン)の計 18 大学に講義受信パートナーを持ち、2001 年度から慶應大学 SOI 研究所が中心となって運営している。 2003 年には慶應大学から IT、東京水産大学から海洋科学の講義を配信したが、2004 年度から Asia-SEED Institute が加わり、バイオテクノロジー分野のカリキュラムが追加されることにな った。バンドン工科大学やブラビジャヤ大学からの要望により、私も企画・運営に係わること になった。そして慶應大学 SOI 研究所と東北大学大学院農学研究科が協定を結び、バイオテク ノロジーに関する講義発信が具体化された。 2005 年 1 月〜3 月にかけて第 1 回のバイオテクノロジーに関する講義を配信した。「Tohoku University Biotechnology Lecture Series 1. Biotechnology in animal, plant and food production」と題する講義シリーズであったが、東北大学の計 15 名の教授により、延べ 30 時 間の講義を送った。そして 2006 年には、「SOI Asia Course 2006, Reproductive bioscience and biotechnology-basics, application and venture business」と題して、繁殖生物学、家畜繁 殖学、不妊治療などについて計 15 名の研究者が、延べ 23 時間の講義を送信した。第 1 回の講 義に関する集計がなされているが、計 188 名が履修届を提出し、受講成績のよかった計 46 名に 修了証書を発行した。 受講者には畜産学以外の分野の学生、研究者が多いのも特徴である。第 3 回の講義シリーズ も(独)畜産草地研究所の協力を得て、2008 年春に「Kyoto protocol and animal science」と 題して発信し、わが国の畜産における炭酸ガス排出削減技術が紹介された。そして第 4 回の講 義シリーズを 2009 年春に東北大学大学院農学研究科の教授・准教授を講師に迎え、 「Bioresource management」と題して発信し、畜産学のみならず、広く農学における低炭素社会創造に向けた 技術開発の成果を発信した。 このような実績を背景にして、私は、今後もバイオテクノロジーに関する SOI-Asia 講義シリ ーズを継続、発展させたいと考えている。そのため、慶應大学 SOI 研究所のメンバーにバイオ テクノロジーへの理解をさらに深めていただき、継続的かつ前向きに対応していただきたく思 っている。そして、さらに SOI 研究所の中に農学分野の講義発信を担う部門を設置していただ けないかと思っている。そのような部門が設置されれば、全国の農学研究者の連携やインター ネットスクールに関する理解はより深まり、より円滑に運営できるのではないかと思っている。 私は、SOI 研究所における農学部門の充実は、農学教育の国際化に貢献するのみならず、アジア の発展に寄与するものと確信している。 インターネットスクールの継続の重要性と課題 わが国の農学教育の国際化の一つとしてインターネットスクールを利用するには、講義発信の みならず、アジアからの講義受信も必要である。この点については、さらなる検討が必要である が、わが国からの講義発信についても課題解決に向けた努力が必要である。 - 17 - 慶應大学 SOI 研究所の努力には敬意を表するが、講義発信を継続するためには、講義をより魅 力的なものにする必要がある。すなわち講義テーマや講師のリクルートについてより知恵を出し、 努力する必要がある。東北大学大学院農学研究科を中心として講義のテーマや講師のリクルート を行ってきたが、見直しも必要と思っている。前述した SOI 研究所の中に農学部門が設置されれ ば改良も促進されると思うが、さらに全国の農学系教育研究機関の理解を得ることが重要である と思っている。そのため農学を担う中心メンバーから構成される農学アカデミーや学術会議の農 学部門には、内容を理解いただくとともに好意的な対応をお願いしたいと考えている。 現在、英語による講義をカリキュラム化している大学もあるが、それを SOI-Asia とリンクさ せ、日常的な講義そのものを国際化することも有意義ではないかと考える。さらに講義シリーズ をより実質的なものにするには講義シリーズが、各大学のカリキュラムに組み込まれ、特にアジ アの大学において単位として認定される体制構築に向けた努力が必要と思っている。 講義資料のライブラリー化 SOI-Asia で発信した講義の資料については、ライブラリー化し、講義終了後も閲覧可能となっ ている。各講義担当者の努力によって充実した資料となっている。私は、講義発信も重要である が、講義資料のライブラリー化も重要であると考える。留学生教員にも利用できる内容であり、 またわが国の知識・技術を広く海外に広める内容でもある。講義発信のみならず、講義資料のス トックを充実させ、維持することもインターネットスクールの一つの役目であると考えている。 受益者負担を目指すインターネットスクール運営 外国の大学や機関が、わが国発信の講義受信に多くのメリットを見つけだし、その運営を支え るようになって初めてわが国の農学教育の国際化が達成されたといえるだろう。すなわち、受益 者負担によってインターネットスクールが運営されるようになることが理想である。これを達成 する道のりは長いと思われるが、それを目指して努力することがわが国の農学教育国際化を実質 化する一つの道でもある。 インターネットスクールの運営が受益者負担になるまでは支援が必要である。慶應大学のみな らず、公的機関や企業の支援を是非、お願いしたい。私は、SOI 研究所のハード面での整備計画 が達成されれば、運営に関しては、それほど大きな費用は必要としないのではないかと考える。 日本農学アカデミー会員の好意的な理解をお願いしたい。 写真 2004 年 12 月 26 日に発生したインドネシア・スマトラ島沖地震とそれに伴う津波により一部の SOI-Asia パートナー校においても大きな被害を受けた。これに関係してバイオテクノロジー講義 開催中に、津波に関する講義を今村文彦教授(東北大学大学院工学研究科)が発信した。インタ ーネットスクールはこのような緊急事態に対応した情報提供も可能にする。 - 18 - - 19 -