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生体材料による医療製品と生活関連製品の 開発に関する研究(第2報)

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生体材料による医療製品と生活関連製品の 開発に関する研究(第2報)
長野県工技センター研報
論文
No.2, p.I36-I39 (2007)
生体材料による医療製品と生活関連製品の
開発に関する研究(第2報)
−絹フィブロイン水溶液の保存と水溶性絹フィブロインフィルムの製膜−
平出真一郎*
Development of Use Technology of Biomechanical Materials
for Medical Products and Life Related Products
−Preservation of Silk Fibroin Solution and Making Method of Water Solubility Silk Fibroin Film−
Shinichiro HIRAIDE
絹フィブロイン水溶液は絹フィブロインをフィルム化,粉末化,スポンジ化する際の出発物質であ
るが,不安定な物質で長期保存が困難である。冷蔵保存,過冷却保存及び凍結保存の各保存法で保存
可能期間と保存状態を比較し,課題は残るものの凍結保存により絹フィブロイン水溶液の長期保存が
可能であることが分かった。
絹フィブロインフィルム本来の水溶性の性質を失わずにフィルムの柔軟性を向上させることが可能
な保湿剤として,各種保湿性物質を添加した絹フィブロインフィルムの水溶性を比較した結果,適す
る保湿剤としてスクロースとトレハロースの2種類を選択した。
キーワード:絹フィブロイン,水溶性,フィルム,保存方法,保湿剤
1
緒
る。
言
本研究では持続可能な社会の実現に貢献できる技術開
また,絹フィブロインフィルムは絹フィブロイン水溶
発を目指し,生体材料や天然高分子化合物といった再生
液を平面板上に塗布し,溶媒の水を蒸発させることで作
産可能な材料を出発物質にその加工技術の開発と医療製
ることが出来る。
品や生活関連製品への応用を検討している。
更に,このままではフィルムは水溶性であるので,ア
なかでも,技術蓄積のある絹フィブロインという天然
ルコールで処理してフィルムの結晶化度を上げることで
高分子物質のフィルム化技術を軸に製品化への応用を検
水に不溶性とする。これが基本となる絹フィブロインフ
討している。
ィルムの製造方法である。なお、基本的製法の絹フィブ
絹フィブロインは絹繊維の主成分であり,絹繊維を塩
ロインフィルムは硬くて脆いことから,絹フィブロイン
化カルシウムや臭化リチウムなどの中性塩で溶解するこ
フィルムの柔軟性を向上させる目的でグリセリン,ベタ
とで水溶液状態の絹フィブロインが得られる。この絹フ
インなどの保湿性物質が添加される1)。また,これらの
ィブロイン水溶液は絹フィブロインをフィルム化,粉末
物質はフィルムの不溶化にも効果があるので,絹フィブ
化,スポンジ化する際の出発物質となる重要物質である。
ロイン水溶液に混合して製膜すると,溶媒の水を蒸発さ
しかし,絹フィブロイン水溶液の状態は絹フィブロイン
せるだけで水に不溶性の絹フィブロインフィルムが得ら
にとって不安定な状態であり,水溶液状態からゲル状態
れ,製膜後のアルコール処理を省略することが出来る。
に変化し易く,長期の保存が困難である。
一方,スキンケア用の絹フィブロインフィルムの性能
そこで,低温状態での絹フィブロイン水溶液の長期保
としては,従来のフィルムの不溶性とは逆に,水溶性で
存方法について検討した。冷蔵,過冷却,凍結の各条件
あることが求められる。絹フィブロインフィルム用の柔
で絹フィブロイン水溶液を保存し状態変化を観察し,そ
軟化を目的とした保湿剤はフィルムの不溶化もかねるも
の結果をもとに長期保存の可能性が得られたので報告す
のを検索し使用してきたが,この場合には柔軟性を付与
しながらフィルム本来の水溶性を失わせない性質を持っ
* 人間生活科学部
た新たな保湿剤が求められている。
- I 36 -
化粧品に使用される保湿性物質の中からこの条件を満
たす物質を検索し,D−グルコース,スクロース,フル
クトース,トレハロース,D−ソルビトース,キシリト
ールが有望であることが分かった。これら物質の添加量
を変えて製膜した絹フィブロインフィルムの水溶性の経
時変化を追跡し,水溶性絹フィブロインフィルムに柔軟
性を付与する保湿剤に適する物質としてスクロースとト
レハロースに絞り込んだので報告する。
2
2.1
実験方法
絹フィブロイン水溶液の保存方法の比較
絹フィブロイン水溶液は絹繊維を臭化リチウム水溶液
で溶解後,透析により溶解剤の臭化リチウムを除くこと
により調製した2)。
図2
絹フィブロインフィルム
6%絹フィブロイン水溶液20mLを50mLプラスチック
容器に入れパラフィルムで容器の口を覆ったものを試料
絹フィブロイン水溶液をアクリル板に塗布してから約
として,表1に示した各低温保存条件で冷蔵及び冷凍装
20時間後,水が蒸発しフィルム化した絹フィブロインを
置に保存した。保存可能日数は絹フィブロイン水溶液が
アクリル板から剥離させ,絹フィブロインフィルムを得
ゲル状態に変化するまでの日数とした。冷凍保存の場合
た(図2)
。
には,複数の試料を同時に冷凍保存し定期的に1試料を
2.2.2
取り出し,解凍し溶液かゲル状態かを確認した。なお,
水溶性の判定
20cm×30cm の絹フィブロインフィルムから採取し
一度解凍した試料はその時点で試験から除外した。
た1cm角の絹フィブロインフィル2枚を500mLの蒸留水
2.2
を入れたビーカー中に浸漬し,溶解するか,あるいは水
水溶性絹フィブロインフィルム
絹フィブロインフィルムの作成
を吸って膨潤するもののフィルムの形状を残しているか
6%絹フィブロイン水溶液25mLとD−グルコース,ス
を目視で判定し,完全に溶解したものを溶解,フィルム
クロース,フルクトース,トレハロース,D−ソルビト
の形状を完全に残しているものを不溶,それ以外を一部
ール,キシリトールの各種保湿剤水溶液25mLを混合後,
不溶とした。
2.2.1
この混合液を図1のように,水平に保たれたアクリル板
上に20cm×30cmの長方形になるように塗布し,自然乾燥
で溶媒の水を蒸発させた。
表1
3
3.1
結果と考察
絹フィブロイン水溶液の保存方法
3.1.1 冷蔵保存
5℃で冷蔵保存した絹フィブロイン水溶液は7∼8日後
低温保存方法
に水溶液状態からゲル状態(図3)に変化した。
保存方法
保存温度
保存状態
冷蔵保存
5℃
水溶液
絹フィブロインフィルムを作るためには絹フィブロイ
−5℃
水溶液
ンは水溶液であることが必要であるが,ゲル状態になっ
−18℃以下
凍結状態
た絹フィブロインは再び塩化カルシウムや臭化リチウム
過冷却保存
冷凍保存
図1
図3
絹フィブロイン水溶液の塗布
- I 37 -
ゲル状態の絹フィブロイン
などの中性塩の濃厚水溶液で処理しないかぎり,水溶液
表2
状態に戻すことは出来ない。
保湿剤の特性
物質名
また,攪拌や振動が容器に加わり,液面が揺れる状態
がつづくと更にゲル化が早まる傾向が認められた。
冷蔵保存はタンパク質水溶液である絹フィブロイン水
水溶性
柔軟性
グリセリン
×
○
ポリエチレングリコール
×
○
ベタイン
×
○
溶液の腐敗防止の面では保存効果が期待できるが,ゲル
プロパンジオール
×
○
化防止に関しては保存効果は期待できない。
ブタンジオール
×
○
3.1.2 過冷却保存
D−ソルビトール
○
○
トレハロース
○
○
D−グルコース
○
○
キシリトール
○
○
スクロース
○
○
フルクトース
○
○
DL−りんご酸
×
−
乳酸ナトリウム
×
−
デキストリン
○
−
シクロデキストリン
○
−
絹フィブロイン水溶液を0∼−10℃の温度範囲で冷凍
しても凍結せずに水溶液状態が維持される(過冷却現象)。
この過冷却現象を利用して,絹フィブロイン水溶液を−
5℃で冷凍保存した。同時に冷凍した12試料のうち1試料
が13日後に凍結した。21日後に8試料が水溶液状態からゲ
ル状態に変化した。22日後に2試料がゲル状態に変化した。
23日後最後の1試料がゲル状態に変化した。
過冷却保存の場合には絹フィブロイン水溶液のゲル化
を遅らせ20日間程度の保存が可能であると推定された。
3.1.3 凍結保存
ラフィノース
製膜不能
マルトース
製膜不能
日目,48日目,86日目,110日目ごとに1試料を室温で解
ズルシット
製膜不能
凍し,水溶液に戻ることを確認した。110日目の試料まで
○:水溶性
絹フィブロイン水溶液を−18℃で冷凍して凍結状態に
して保存した。冷凍してから2日目,8日目,27日目,35
×:不溶性
−:影響なし
すべて解凍すると水溶液状態に戻り,凍結保存中にゲル
状態になることはなかった。従って,凍結保存の場合に
ルム本来の水溶性を失わせなかった。DL−りんご酸と
は3ヶ月以上の保存が可能であると推定された。
乳酸ナトリウムは絹フィブロインフィルムを不溶性に変
なお,解凍した絹フィブロイン水溶液は1日以内にゲル
えたが,フィルムの柔軟性には影響を与えなかった。デ
状態に変化しており,凍結保存前の絹フィブロイン水溶
キストリンとシクロデキストリンはシルクフィルムの水
液よりも水溶液中に分散溶解している絹フィブロイン分
溶性と柔軟性に影響を与えなかった。ラフィノース,マ
子の配向が進んでいるものと推定される。水溶液中の絹
ルトース,ズルシットを添加した場合には,溶媒の水を
フィブロイン分子の配向が凍結保存中に進行したのか,
蒸発させると被膜をつくらず粉末状態になったり,アク
それとも凍結あるいは解凍の際に進行したのかは今後検
リル板からの剥離の際に粉砕したため,フィルムを作成
討していく。
することが出来なかった。
三種類の低温保存方法を比較すると,長期保存には凍
表2における水溶性は絹フィブロインフィルム製膜時
結保存が適しており,今後は1年,2年といった更に長期
の特性である。製膜6ヶ月後,水溶性と柔軟性を示した絹
の保存の可能性も確認していく。
フィブロインフィルムの溶解性を調べたところ,D−ソ
また,溶液状態での保存ということでは,従来の冷蔵
ルビトールとキシリトールを添加した絹フィブロインフ
保存の約1週間から過冷却保存による約3週間への長期化
ィルムは水溶性から不溶性に変わっていることがわかっ
が可能になった。
た。なお,D−グルコース,トレハロース,スクロース,
3.2
フルクトースの各絹フィブロインフィルムは製膜時と同
水溶性絹フィブロインフィルム
3.2.1
じく水溶性を示した。
予備試験
化粧品に使われている保湿剤17種類について,各種保
保湿剤を添加した絹フィブロインフィルムの水に対す
湿剤を絹フィブロインフィルムの製膜の際に添加し,フ
る溶解特性が時間経過と共に変化する可能性があること
ィルムの水溶性と柔軟性にどの様な影響を与えるか調べ
が分かったことから,絹フィブロインフィルムの水溶性
の経時変化の確認が必要となった。
た(表2)
。
従来から絹フィブロインフィルムの保湿剤として使用
3.2.2
水溶性の経時変化
しているグリセリン,ポリエチレングリコール,ベタイ
6%絹フィブロイン水溶液25mlに0.5,1.0,2.0%の各濃
ンなどはフィルムの柔軟性を向上させるが,フイルムを
度の保湿剤水溶液を同量の25ml加え,製膜した絹フィブ
水に不溶性に変えた1)。一方、D−ソルビトール,トレ
ロインフィルムの製膜時と2ヶ月後及び6ヶ月後までの絹
ハロース,D−グルコース,キシリトール,スクロース,
フィブロインフィルムの水に対する溶解性の変化を表3
フルクトースはフィルムの柔軟性を向上させるが,フィ
∼表5に示した。
- I 38 -
表3
インフィルムの保湿剤としては,スクロースとトレハロ
製膜時のフィルム水溶性
保湿剤濃度
ースが適していると判断した。
0.5%
1.0%
1.5%
D−グルコース
○
△
−
絹フィブロインフィルムが水溶性から不溶性に変わる
スクロース
○
○
○
のは,フィルムを構成している絹フィブロイン分子鎖が
フルクトース
○
△
−
非晶性状態から結晶状態に変化するためである。アルコ
トレハロース
○
○
△
ール類のように,絹フィブロイン分子鎖と水素結合を作
D-ソルビトール
△
△
−
りやすい化合物の場合には,絹フィブロイン分子鎖と水
キシリトール
○
○
×
素結合を作り分子鎖を規則正しく配列させる働きがある。
○:溶解
△:一部溶解
スクロースとトレハロースの場合には,保水性はあるも
×:不溶
のの絹フィブロイン分子鎖との間に水素結合のような相
表4
互作用が起こりにくいために,絹フィブロイン分子鎖の
2ヶ月後のフィルム水溶性
保湿剤濃度
0.5%
1.0%
1.5%
D−グルコース
○
△
−
スクロース
○
○
△
フルクトース
○
×
−
トレハロース
○
○
△
D-ソルビトール
△
△
−
キシリトール
△
×
×
表5
保湿剤濃度
規則的な配列が起こらず,フィルムの水溶性が維持され
たものと推定される。
4
結
論
絹フィブロイン水溶液の長期保存方法の可能性を
冷蔵保存,過冷却保存,冷凍保存について検討した。
また,絹フィブロインフィルム本来の水溶性を失わず
に,絹フィブロインフィルムに柔軟性を付与できる保湿
剤を検索し,保湿剤を添加した絹フィブロインフィルム
6ヶ月後のフィルム水溶性
の溶解性の経時変化を調べた。
0.5%
1.0%
1.5%
D−グルコース
○
△
−
スクロース
○
○
×
フルクトース
○
×
−
となく,3ヶ月以上の長期保存が可能となった。
トレハロース
○
○
×
(2) 溶液状態では1週間でゲル化してしまう絹フィブロ
D-ソルビトール
×
×
−
イン水溶液を、過冷却保存により3週間までの保存期
キシリトール
○
×
×
それらの結果をもとにまとめると以下のとおりである。
(1)
絹フィブロイン水溶液を−18℃以下で急速凍結す
る凍結保存では,水溶液をゲル状態に変化させるこ
間の延長が可能となった。
(3) 絹フィブロインフィルムの水溶性の性質を変えずに,
表中において,記号○はフィルムが水に溶解した場合,
フィルムに柔軟性を付与できる保湿剤はD−グルコ
△はフィルムの一部が水に溶解した場合,×はフィルム
ース,スクロース,フルクトース,トレハロース,
が水に不溶であった場合をそれぞれ示す。
D−ソルビトール,キシリトールであった。
なお,対照区の保湿剤を含まない絹フィブロインフィ
(4) 絹フィブロインフィルムの水溶性の安定性から判断
ルムは製膜時に水溶性であり,2ヶ月後及び6ヶ月後も水
すると,スクロースとトレハロースが最も水溶性絹
溶性であった。
フィブロインフィルムに適した保湿剤であった。
保湿剤の濃度が0.5%の場合には,D-ソルビトールを除
き6ヶ月後においてもフィルムの水溶性が維持されるこ
とがわかった。保湿剤濃度が1.0%になると,D-ソルビト
参考文献
1)
ールに加え,フルクトースとキシリトールが水溶性でな
くなり,グルコースも水溶性に難がある。
平出真一郎.絹フィブロインフィルムの柔軟化.日本
蚕糸学雑誌.66(2),138-140(1997)
2)
平出真一郎.生体材料による医療製品と生活関連製
スクロースとトレハロースは添加時濃度が1.0%以下
品の開発に関する研究−生体材料加工技術の改良−.
であれば、6ヶ月後においても水溶性を示し,経時変化を
長野県情報技術試験場研究報告.No.20,2004,p12-14
示さなかった。以上より,水溶性を維持した絹フィブロ
- I 39 -
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