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COPD 患者における在宅 NPPV 療法の有用性

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COPD 患者における在宅 NPPV 療法の有用性
432
日呼吸会誌
46(6)
,2008.
●原 著
COPD 患者における在宅 NPPV 療法の有用性に関する臨床的検討
杉野 圭史*
坂本
晋
坪井 永保
岸
一馬
宮本
篤
吉村 邦彦
高谷 久史
要旨:高二酸化炭素血症を伴う COPD 患者における在宅 NPPV 療法の有用性を明らかにする目的で,1996
年 3 月から 2005 年 4 月までの期間に,当院で在宅 NPPV 療法を導入した COPD 患者 16 例について,患
者背景,臨床症状,血液ガス所見の推移,予後について検討した.内訳は男性 15 例,女性 1 例,平均年齢
は 68 歳であった.導入前の呼吸機能検査成績は,平均 VC 2.49L,%VC 77.5%,FEV1 0.73L,FEV1% 29.8%,
RV!
TLC 55.4%,室内気での PaO2 59.8Torr,PaCO2 71.4Torr であった.睡眠時の desaturation および睡眠
時無呼吸症の合併は,それぞれ 14 例,6 例に認められた.NPPV 導入のタイミングは,急性期 8 例,慢性
期 8 例と同等で,導入後すみやかな臨床症状ならびに高二酸化炭素血症の改善が認められたが,長期的に
は徐々に PaCO2 の上昇がみられた.治療継続期間は 2 カ月から 9 年で,平均 2.3 年であった.死亡 7 例の
死因は,呼吸不全が 5 例,肺癌 2 例で,急性期導入群で有意に死亡率が高かった.以上,高二酸化炭素血
症を伴う COPD 患者に長期 NPPV 療法を導入することにより,継続的な臨床症状ならびに高二酸化炭素血
症の改善が認められる症例が存在し,長期的に試みる価値のある治療法と考えられた.
キーワード:慢性呼吸不全,慢性閉塞性肺疾患,高二酸化炭素血症,非侵襲的陽圧換気療法
Chronic respiratory failure,Chronic obstructive pulmonary disease,Hypercapnia,
Noninvasive positive pressure ventilation
緒
言
長期在宅 NPPV 療法の有用性については,近年,肺
また生存群と死亡群に分けて比較検討を行った.なお,
血液ガス所見は,導入直前,導入 1 カ月以内,導入 6 カ
月後および導入 1 年後で検討した.
NPPV 導入基準では,
結核後遺症や脊椎後側彎症などの拘束性胸郭疾患に対し
急性期は急性増悪時に導入された場合とし,一方,慢性
て,生命予後や QOL の改善が報告されており,良好な
期を高二酸化炭素血症による自・他覚症状を有する場
治療成績が認められている1)∼3).一方,COPD 患者にお
合,あるいは PaCO2 が 60Torr 以上の II 型呼吸不全患
いては,急性期での有用性は確立されているものの,慢
者に対して,各主治医の判断で導入した.導入機器は,
性安定期でのその有用性はいまだ明らかにされていな
ResMed 社の NIP nasal とレスピロニクス社の BiPAP
い.
シリーズを使用した.
今回我々は,高二酸化炭素血症を伴う COPD 患者に
データは平均±SD で示し,2 群間の比較には student
おける長期在宅 NPPV 療法の有用性について検討した.
t-test,2 群間の平均値の比較は paired t-test を用いて,
対象および方法
1996 年 3 月から 2005 年 4 月までの 9 年間に,虎の門
病院呼吸器センター内科で在宅 NPPV 療法を導入した
COPD 患者 16 例について,患者背景,臨床症状,増悪
有意差水準を 5% 未満とした.また生存率は KaplanMeier 法で算出し,その有意差検定には log rank test を
用い,有意差水準を 5% 未満として検討した.
結
果
因子,血液ガス所見の推移ならびに予後に関して検討し
1996 年 3 月から 2005 年 4 月までの 9 年間に,当院で
た.さらに NPPV 導入時期別に急性期群と慢性期群,
在宅 NPPV 療法を導入したのは 102 例であり,その内
〒105―8470 東京都港区虎ノ門 2―2―2
国家公務員共済組合連合会虎の門病院呼吸器センター内
科
*
現 東邦大学医療センター大森病院呼吸器内科
(受付日平成 19 年 8 月 13 日)
COPD 患者は 16 例(15.8%)であった.在宅 NPPV 療
法を導入された COPD 患者の男女比は,男性 15 例,女
性 1 例と男性に多く,年齢は 68±10 歳であった.BMI
全例に喫煙歴があり,
は 17.9±2.7kg!
m2 とやせが目立ち,
Smoking Index の平均は 1,600 と全例重喫煙者であった
在宅 NPPV 療法の有用性に関する臨床的検討
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.睡眠時の desaturation および睡眠時無呼吸
状は,呼吸困難,下腿浮腫,日中傾眠,全身倦怠感,起
はそれぞ れ 14 例(87.5%)
,6 例(37.5%)に 認 め ら れ
床時の頭痛,意識障害の順に多かった.NPPV 導入のタ
た.NPPV 導入前の呼吸機能検査では,VC 2.49±0.76
イミングは,急性期 8 例,慢性期 8 例と同等で,先に述
L,%VC 77.5±24.2%,FEV1 0.73±0.3L,FEV1% 29.8±
べた患者背景,臨床症状に差はみられなかった.NPPV
13.3%,RV!
TLC 55.4±12.3% と高度の閉塞性換気障害
導入時の呼吸モード,インターフェイスおよび使用時期
を認めた.一方,NPPV 導入直前の動脈血液ガス分析で
は,それぞれ全例 ST モード,鼻マスクで,夜間睡眠時
は,PaO2 59.8±18.7Torr,PaCO2 71.4±12.8Torr と低酸
に使用し,治療条件は,急性期群および慢性期群で,そ
素血症および高二酸化炭素血症を呈していた(Table 2)
.
れぞれ吸気時圧(IPAP)11.4±2.3!
13.8±3.2cmH2O,呼
NPPV 導入時に HOT が導入されていた患者は,14 例
気時圧(EPAP)
4.4±0.7!
4.0±0.5cmH2O,呼吸回数 17.0±
(87.5%)に及び,HOT の酸素流量は安静時 1.1±0.9L!
3.4!
16.0±2.8 回!
分,酸素使用量 2.5±0.5!
2.5±1.4L!
分で,
分,労作時 2.2±1.3L!
分であった.導入前の自・他覚症
導入時期による差はみられなかった.また,NPPV 導入
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時期にかかわらず,患者の自覚症状は,NPPV 導入後す
みやかに改善した(Fig. 1)
.
次に慢性呼吸不全の急性増悪の原因としては,心不全,
肺炎,気道感染の順に多く,全体の約 70% を占めてい
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た.一方,全体の約 20% で原因が不明であった.NPPV
導入前後 1 年間での急性増悪の頻度は 4 例(急性期群 2
例,慢性期群 2 例)
で減少し,その効果を確認できたが,
逆に頻度が増加した症例も 3 症例(急性期群 1 例,慢性
NPPV 導入後の死亡原因の主なものは,呼吸器感染あ
るいは心不全が契機となった慢性呼吸不全の急性増悪が
期群 2 例)と少なからず認められ,全体としては平均 1.5
5 例(急性期群 4 例,慢性期群 1 例)
,肺癌が 2 例(急
回から 2.1 回に増加していた.
性期群 1 例,慢性期群 1 例)であった.そこで生存群と
高二酸化炭素血症に対する NPPV 療法の効果につい
死亡群を比較したところ,死亡群では生存群に比して,
て,NPPV 導入時期別に,導入前,導入直後,6 カ月後,
有意に BMI が低値であり,残気率および NPPV 導入後
1 年後の推移をみてみると,導入前 PaCO2 が急性期群お
の MRC による呼吸困難スケールが高値であった(Table
よび慢性期群で,それぞれ 77.8±11.6!
65.1±11.3Torr と
3)
.さらに NPPV 導入時期別の平均生存期間は,急性
急性期群でより高い傾向にあったが,導入直後は共に
期群 20.9 カ月,慢性期群 55.0 カ月で,慢性期群で有意
57.8±11.2Torr まで低下した.しかし 3
PaCO2 57.1±7.4!
に長い結果となった(Fig. 3)
.また呼吸不全で死亡した
64.9±14.2Torr,6 カ月後
カ月後の PaCO2 が 62.6±10.1!
5 例中,飲水過多による体重コントロール不良が 2 例(急
が 71.6±10.3!
60.2±15.4Torr,1 年 後 が 63.0±8.0!
58.8±
性期群 1 例,慢性期群 1 例)
,違和感(マスク不快感,
10.8Torr と経過中,変動性を認めた.一方,NPPV 導
入時期に関係なく 16 例全体では,経過を通して長期的
.
に PaCO2 の有意な低下を認めた(Fig. 2)
呼吸困難感の悪化)によるコンプライアンス不良が 2 例
(ともに急性期群)で認められた.
今回の観察期間内に NPPV 療法による合併症として,
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耳管開放,気胸がそれぞれ 1 例ずつに認められ,ともに
に PaCO2 値の低下も認められている.また NPPV 導入
これらが原因で NPPV を中止していた.なお,耳管開
時期に関して,慢性期群で急性期群に比べて有意に生存
放により中止となった症例では,NPPV 使用中の 1 年間
期間が長く,これは慢性期群の患者で,コンプライアン
においては,その有用性が確認できたが,中止後 11 カ
スが良好であったことが一因と考えられた.一方,NPPV
月後に呼吸不全で死亡した.
療法導入後もその効果が得難かった症例では,導入後の
考
違和感(マスク不快感,呼吸困難感の悪化など)により
察
コンプライアンスが不良であるか,体重コントロールが
近年,高二酸化炭素血症を伴う患者に対する換気補助
うまく行えずに心不全を繰り返していた.本検討でも,
療法として NPPV が普及しつつある4).これまでは,II
死亡した 5 例中 4 例が上記の理由により急性増悪を繰り
型呼吸不全患者の低酸素血症に対する治療として,低流
返していた.しかし,このような症例においても,複数
量の酸素療法が中心に行われてきたが,肺胞低換気を呈
回にわたるマスクフィッティングの調整や NPPV の設
する患者には,NPPV の有用性が指摘されてきている5).
定変更などによって改善されることが多く,今回の検討
当科では,1988 年から 1996 年にかけて,高二酸化炭素
においても,慢性期に NPPV 導入された 1 例が,導入
血症を呈した慢性呼吸不全患者 14 例に,在宅人工呼吸
後も急性増悪を繰り返していたが,きめ細かいサポート
器療法を導入し,自他覚症状,血液ガス所見の改善,さ
によって長期継続が可能となり,現在も生存されている.
らに急性増悪による入院日数の短縮や入院回数の減少が
Sivasothy ら8)の検討では,死亡群では有意に BMI,一
6)
認められたことを報告した .現在,長期在宅 NPPV 療
秒量が低値であり,また PaCO2 値が高値であった.NPPV
法の有用性について,肺結核後遺症を中心とする拘束性
使用がどのような COPD 患者群に有用であるかは今後
1)
∼3)
胸郭疾患に対する臨床的効果は認められている
.一
さらなる検討が必要であると考えられる.
方,COPD 患者においては,急性期での有用性は確立
慢性安定期の COPD 患者に対する長期 NPPV 療法の
されているものの,慢性安定期でのその有用性はいまだ
有用性に関する報告は,我々が検索しえた限りでは,
1990
明らかにされていない.日本呼吸器学会の在宅呼吸ケア
.こ
年代以降 6 つの報告8)∼13)がなされている(Table 4)
白書によると,在宅 NPPV の疾患別患者数は肺結核後
れらの報告をまとめてみると,対象症例数は 8∼39 例,
遺症と COPD で全体の約 60% を占め,高二酸化炭素血
観察期間は 3∼36 カ月であった.いずれの報告において
症の導入基準は 55Torr あるいは 60Torr 以上が最も多
も高二酸化炭素血症は改善しており,平均 58Torr から
7)
かった .また急性増悪時に NPPV が使用され,そのま
50Torr に低下している.さらに改善点として,QOL の
ま在宅 NPPV 療法に移行した症例は全体の 43% であっ
改善が 3 報告と最多で,次いで入院日数および回数の減
た.当施設では,1996 年以降在宅 NPPV 療法を導入し
少が 2 報告,その他,睡眠,呼吸困難の改善および歩行
ており,COPD 患者の NPPV 導入時の平均 PaCO2 値は
距離の延長が 1 報告ずつであった.しかし,これらの利
71Torr と高い傾向にあり,導入のタイミングは 50% が
点に関して必ずしも一貫性はなく,十分なエビデンスが
急性増悪時からの移行であったが,慢性安定期の COPD
ないのが現状である.2002 年に Clini ら13)は多施設によ
患者においても,適応があれば積極的に導入している.
る無作為比較試験〔long-term oxygen therapy(LTOT)
NPPV 療法が有用であった症例の臨床的特徴として,
単独群,NPPV+LTOT 併用群〕を行い,併用群では酸
導入直後より自・他覚症状の改善が得られており,同時
素吸入時の日中 PaCO2 と,呼吸困難および QOL を改善
436
日呼吸会誌
46(6)
,2008.
することが示された.しかし,2 年間にわたる観察期間
行うことにより,さらに優れた治療成績が得られるもの
中の生存率は 2 群間で同等であり,さらなる長期観察が
と期待される.
必要であると考察されている.このように,いまだ生存
文
率の延長を示した試験の報告はなされておらず,さらに
運動耐容能の改善も示されていない.この点に関し,Gar-
献
1)Leger P, Bedicam JM, Cornette A, et al. Nasal inter-
rod ら は,NPPV 療法に運動療法を併用することで,
mittent positive pressure ventilation : long-term
運動療法のみの群に比べて,運動耐容能,酸素化,QOL
follow-up in patients with severe chronic respira-
の改善が認められたと報告している.したがって,COPD
tory insufficiency. Chest 1994 ; 105 : 100―105.
14)
患者においては単独の治療ではなく,包括的な医療を行
うことによって,それぞれの治療に相乗効果をもたらす
ものと考えられる.
一方,長期 NPPV 療法の有用性に対して否定的な結
果を示す報告も散見される5)15)∼18).これらの報告では,
2)Simonds AK, Elliott MW. Outcome of domiciliary
nasal intermittent positive pressure ventilation in
restrictive and obstructive disorders. Thorax 1995 ;
50 : 604―609.
3)坪井知正,大井元晴,陳 和夫,他.鼻マスク陽圧
換気法を長期人工呼吸療法として導入した慢性呼吸
血液ガス,呼吸機能,呼吸筋力,運動耐容能,呼吸困難
不全 41 症例の検討.日胸疾会誌 1997 ; 34 : 959―
および睡眠の質などの改善が認められていない.Casa-
967.
18)
nova ら は,COPD 急 性 増 悪 時 か ら の 1 年 間,NPPV
4)石原英樹,木村謙太郎,縣 俊彦.在宅呼吸ケアの
療法を継続した場合,3 カ月後には入院回数が減少した
現状と課題―平 成 13 年 度 全 国 ア ン ケ ー ト 調 査 報
ものの,1 年後の生存率および急性増悪の回数に差はな
告―.厚生省特定疾患呼吸不全調査研究班平成 13
かったとしている.本邦においても,坪井ら3)の報告に
年度研究報告書.2002 ; 68―71.
あるように,COPD の 1 年後の NPPV 継続率は 50% 程
5)Wedzicha JA. Long-term oxygen therapy vs long-
度にとどまり,生存率の改善は得られていない.今回の
term ventilatory assistance. Respir Care 2000 ; 45 :
検討においては,継続的な自・他覚症状,日中の血液ガ
ス所見の改善は認められたものの,急性増悪の頻度は増
加していた.当院では原則的に NPPV 導入を入院中に
行ったため,慣れ親しむ時間と修正する時間を十分持つ
178―185.
6)成井浩司,岸 一馬,坪井永保,他.在宅人工呼吸
療法の有用性に関する検討.厚生省特定疾患呼吸不
全調査研究班平成 7 年度研究報告書.1996 ; 119―
122.
ことによって,継続使用を可能とし,さらには日中の症
7)日本呼吸器学会在宅呼吸ケア白書作成委員会.在宅
状緩和,血液ガス所見の改善につながったものと考えら
呼吸ケア白書.メディカルレビュー社,2005 ; 19―
れた.一方で,水分制限が厳守できず,心不全を繰り返
29.
す症例や,先に述べた理由によってコンプライアンス不
8)Elliott MW, Mulvey DA, Moxham J, et al. Domicili-
良の症例では,NPPV 導入後も急性増悪の頻度は不変あ
ary nocturnal nasal intermittent positive pressure
るいは増加していたため,全体としては改善が認められ
ventilation in COPD: mechanisms underlying chan-
なかったと推測される.
ges in arterial blood gas tensions. Eur Respir J 1991 ;
また,今回の検討では健康関連 QOL の評価は行わな
かったが,COPD は患者の気分を憂鬱にし,日常生活
に障害を生じる疾患であるため,QOL の評価は COPD
に対する治療の効果判定に用いるべき重要な要素である
と考えられる.
近年,COPD は全身の炎症性疾患と捉えられるよう
4 : 1044―1052.
9)Meecham Jones DJ, Paul EA, Jones PW, et al. Nasal
pressure support ventilation plus oxygen compared
with oxygen therapy alone in hypercapnic COPD.
Am J Respir Crit Care Med 1995 ; 152 : 538―544.
10)Sivasothy P, Smith IE, Shneerson JM, et al. Mask intermittent positive pressure ventilation in chronic
になり,薬物療法や酸素療法のほか,運動,栄養面など
hypercapnic respiratory failure due to chronic ob-
へのアプローチが必要不可欠と考えられてきている19).
structive pulmonary disease. Eur Respir J 1998 ; 11 :
さらに国際ガイドライン(Global Initiative for Chronic
34―40.
20)
ならびに日本呼吸
Obstructive Lung Disease:GOLD)
11)Clini E, Sturani C, Porta R, et al. Outcome of COPD
器学会のガイドライン21)では,COPD の重症度に準じた
patients performing nocturnal non-invasive me-
推奨治療内容が明記されているが,個々の症例により同
chanical ventilation. Respir Med 1998 ; 92 : 1215―
じ重症度にも関わらず,実際には治療の反応性が異なる
1222.
こともあり得る.今回の検討対象とした重症の COPD
12)Jones SE, Packham S, Hebden M, et al. Domiciliary
患者においても,今後は積極的に多角的な包括的治療を
nocturnal intermittent positive pressure ventilation
在宅 NPPV 療法の有用性に関する臨床的検討
in patients with respiratory failure due to severe
437
154 : 353―358.
17)Gay PC, Hubmayr RD, Stroetz RW. Efficacy of noc-
COPD : long term follow up and effect on survival.
Thorax 1998 ; 53 : 495―498.
turnal nasal ventilation in stable, severe chronic ob-
13)Clini E, Sturani C, Rossi A, et al. The Italian multi-
structive pulmonary disease during a 3-month con-
centre study on noninvasive ventilation in chronic
trolled trial. Mayo Clin Proc 1996 ; 71 : 533―542.
obstructive pulmonary disease patients. Eur Respir
18)Casanova C, Celli BR, Tost L, et al. Long-term con-
J 2002 ; 20 : 529―538.
trolled trial of nocturnal nasal positive pressure ven-
14)Garrod R, Mikelsons C, Paul EA, et al. Randomized
tilation in patients with severe COPD. Chest 2000 ;
controlled trial of domiciliary noninvasive positive
118 : 1582―1590.
pressure ventilation and physical training in severe
19)Celli BR, Cote CG, Marin JM, et al. The body-mass
chronic obstructive pulmonary disease. Am J Respir
index, airflow obstruction, dyspnea, and exercise ca-
Crit Care Med 2000 ; 162 : 1335―1341.
pacity index in chronic obstructive pulmonary dis-
15)David A, Strumpf RP, Millman CC, et al. Nocturnal
ease. N Engl J Med 2004 ; 350 : 1005―1012.
positive-pressure ventilation via nasal mask in pa-
20)NHLBI!
WHO workshop summary : Global strategy
tients with severe chronic obstructive pulmonary
for the diagnosis, management, and prevention of
disease. Am Rev Respir Dis 1991 ; 144 : 1234―1239.
chronic obstructive pulmonary disease. Am J Respir
16)Lin CC. Comparison between nocturnal nasal posi-
Crit Care Med 2001 ; 163 : 1256―1276.
tive pressure ventilation combined with oxygen
21)日本呼吸器学会 COPD ガイドライン第 2 版作成委
therapy and oxygen monotherapy in patients with
員会.COPD(慢性閉塞性肺疾患)診断と治療のた
severe COPD. Am J Respir Crit Care Med 1996 ;
めのガイドライン.メディカルレビュー社,2004.
Abstract
Efficacy of domiciliary noninvasive positive pressure ventilation
in chronic obstructive pulmonary disease patients
Keishi Sugino, Eiyasu Tsuboi, Atsushi Miyamoto, Hisashi Takaya,
Susumu Sakamoto, Kazuma Kishi and Kunihiko Yoshimura
Department of Respiratory Medicine, Respiratory Center, Toranomon Hospital
Objective : The aim of this study was to assess the clinical features and efficacy of domiciliary noninvasive
positive pressure ventilation (NPPV) in patients with chronic obstructive pulmonary disease (COPD). Patients and
Methods : We conducted a retrospective study of 16 patients with COPD who received NPPV between March
1996 and April 2005. The patient characteristics, clinical features, a change in arterial PaCO2 and prognoses were
evaluated. Results : The study population consisted of 15 males and 1 female, mean age 68.4±9.9 yrs. The mean
values of pulmonary function tests were as follows ; FEV1=0.73L, FEV1% =29.8%, VC=2.49L, %VC=77.5%, RV!
TLC 55.4%, PaO2 59.8Torr, PaCO2 71.4Torr (on admission). Fourteen of 16 patients presented desaturation in the
night and 6 patients had sleep apnea syndrome. Eight of the 16 patients received NPPV during acute exacerbation. NPPV yielded dramatic improvement in daytime hypercapnia and clinical symptoms. However, arterial
PaCO2 gradually elevated during the long-term clinical course. The duration of treatment was from 2 months to 9
years, with a mean value of 2.3 years. The cause of death of 7 patients was respiratory failure in 5 cases and lung
cancer in 2, respectively, and the mortality was significantly higher in patients who received NPPV during acute
exacerbation than stable COPD patients receiving NPPV. Conclusions : Long-term improvement in daytime clinical symptoms and arterial blood gas tensions can be achieved by NPPV in patients with COPD.
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