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Title アルベエル・カミユの思想と風土について : (ジャン・グルニエとの比較

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Title アルベエル・カミユの思想と風土について : (ジャン・グルニエとの比較
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アルベエル・カミユの思想と風土について : (ジャン・グルニエとの比較による一考察)
片桐, 邦郎(Katagiri, Kunio)
慶應義塾大学藝文学会
藝文研究 (The geibun-kenkyu : journal of arts and letters). Vol.6, (1956. 12) ,p.148- 160
Journal Article
http://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/detail.php?koara_id=AN00072643-00060001
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しかし、この両者を仔細に検討すると、むしろ、相違に於て顕著である。
アルジェリアを始めとする地中海沿岸の豊鏡な自然に対する一種の感覚
司・出・ω一日。ロやロペエル・ド・リュッペ悶
共通するところがある
確かに、この二作品は、共に両作家の青年時代の書であり、
的汎神論を展開している点で
即ち、ジイドの場合には、二十四歳の時にアルジェリアに旅行して、この地の乾燥した強烈な自然から啓一不を受け、それ迄の宗教観、
人生観から解放され、現在の瞬間の躍動に陶酔し、生の喜悦を感じているのであるが、一方、解放されたとは一言え、過去のヨーロッパ
的な神や罪の意識が、屡と姿を現わしており、又、未来に対しても、期待による道を聞いているのである。これに反して、始めからア
ルジェリアに生れたカミユは、・解放されるべき神も、過去も持たず、ただ現在の、地上での生の悦びを唱っており、更に、アルジェリ
アの自然の強烈さ非情な冷酷さから、人生の不条理性に目覚めて、人生には未来も希望もないと考えているのである。つまり、アルジェ
」の風土にはないヨ 1
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不条理 V 与∞ロEo というこつの対立した観念であるのに対して、
リアという地中海風土からカミユが獲たものが、
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ジイドの場合には、カミユの A調和 V に相当する生の肯定の要素のみであり、 」れと矛盾対立するものは
パの神の観念なのである。
この両者に共通な生命への讃歌については、地中海の風土が、
ギリシャ文化を培った地であることを考える時、
至極当然のことと思
われるのであるが、両者の相違点であり、カミユの思想の特性でもあるA
不条理V については、ジイドとの比較に於ては、 その特性の
強調に停まるだけであって、それ自体の解明には、少しも役立たないように思われる。
私は、以上のような、風土の影響の強いカミユの思想の特性は、彼とジヤン・グルニエ』ぬ
きRの とを比較することによって、
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一層明らかになると思う。私の考えではカミユの初期の思想形成に、特にその風土観には、グルニエの影響が明らかに認め
更に、この両者の比較によって、カミユの思想の発展過程に於ける、ある不動性についても、一解釈が成立すると考えるからである。
カミユの作品については、その殆どが紹介されているので、以下グルニエについて説明しながら、比較検討して行こう。
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と相前後して発表されており、グルニエの自然観、地中海風土観を示す絶好なエッセイである。
先ず『諸島』円 222
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る。特に、この中の一つのエッセイ、『空虚への魅惑』円
味深いものである。
六、七歳の頃、樹蔭に横たわって、雲一つない大空を眺めながら、彼は、ふと.この大空がA空虚 vi含の中へ呑込まれてしまうよう
に思う。それは、彼の A虚無 V忠告同に対する最初の印象であり、彼の一一一一口葉によれば、すべてを決定する瞬間であったのである。それ
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以来、彼は自然に対する空しさに魅せられてしまう。この空虚感、喪失感は、彼にとって、決して苦々しいものでなく、喜悦をともな
うものであった。その結果、彼は、 50AZSJRE円z -
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と言っている。
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に於ては、動物に対して、『インド・イマジ、ネエルH
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グルニエが自然に対して感じた A空虚 V A無関心 Vな状態は、『諸島』の他のエッセイでは、例えば、『ル・シヤ・ムウルウ』円ゅの}百件
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され、追求されている。結局、彼は自然に対する A空虚 V から出発して、常に非人間的なものに関心を一不し、遂にA
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は
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到達しようとするのである。インドへの彼の関心は、インドの哲学思想がA非人間的 vzrzBt
ロであるからなのだ。 A
るためには、自己自身から、或いはス、すべてのユマニテから、自己を引離さなければならない、と彼は言っている。
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このように自然の A空虚 v A無関心 V から A絶対 V に至ろうとするグルニエは、キリスト教的な神への道を辿らず、後年に至って、例
えば『自由の有用性への対話』開口可agωω
るように、戸山0・叶N2 (老子)や、g
叶uEO (道教)に於けるA無V や A絶対 V に近づき、一種の無神論的神秘主義に至っているのである。
、
、
『諸島』に於ては、自然に対しての A空虚 v A無関心 V A非人間的 V 等、 A絶対 V に主るべき一連の感覚、観念と対立して、A人間的V
FZBmHの
E 観念があることにも注目しなければならない。グルニエの関心は、勿論、前者に強いのであるが、彼は
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をインドに見出したように、これと対立する観念、
A人間的Vで A節度 V5225 のある思想を、ギリシャの中に見出しているのである。
さて、このような自然観、風土観に於ける二つの対立観念は、地中海風土に於ては、特に重要視されねばならない。何故ならば、彼
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ギリシャの四地域に
は、地中、海の風土を、プロヴァンス、北アフリカ、イタリヤ、
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分けて描いているが、同じ頃に書かれたカミユの「ミノトオル』と比べると、後者が風物詩的であって、観察も自然や風習の描写に停
っているのに対して、前者は、歴史的であり、一層分折的であると一角一一日えよう。
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カミユの初期の風土に関するエッセイ集は、その詩情豊かな文体からも、 彼の並ならぬ才能を知りうるものであるが、思想的には、
まだ充分な形成をみるに主らず、むしろ、青春の情熱と感動とにみちあふれたものである。
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であり、後者は A沈黙 V A無関心 V つまり、 A不条理 V になるのであるが、このようにカミユが地中海風土から感じた二つの対
立した感情は、グルニエが同じ風土の中で認めていた前述の対立観念の感覚的な把握であると考えられよう。
不条理 V については、『シジフの神
A不条理 V の感覚が、思想的体系をみるためには、A
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カミユには、グルニエのような東洋的な神秘主義への噌好は全くないのであり、地中海的な明断性、厳密な精神を持っているのだが、
と
そのヨーロッパ的な神から隔絶した汎神論的風土観には、『諸島』以来のグル-一エの自然観に拠るところが大であったと思われる。いず
れにせよ、カミユが風土の中に感じたA調和 V
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)を、 A調和 V については、これがギリシャ的 A節度 V による A反抗 Vに完成するためには『反抗的
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カミユは、『シジフの神話』に於て、従来結論と考えられてきた
A不条理 V を出発点とすることを明らかにし、彼独特の A
不条理 V の
理論を展開した。しかし、この理論は、これに数カ月先立って刊行された『異邦人』円宮ω門
ロm2 に於て、主人公の性格や行動の中に、
見事に肉附けされているのである。
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母親が死んだ翌日に、海水浴に行き、女と遊び、喜劇映画を観たり、恋人に対して、愛などは無意味であると一一一一口い、太陽のため
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・などと考える、すべてのものに対する極度の A無関心さ V は、その特異性の故に、わが国でもグ異邦人論争’を起したく
人をする、この小説の主人公ムルソオ冨
日
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らいであった。事実、ムルソオの行為は非常に現実的でありながら、しかも純粋に抽象化されているのであり、彼がしばしば示
の無関心は、人生の不条理性を証明するためのものであり
従、
って、 すべてに異邦人であった彼が、獄中に於て死と対決して、実存の
意識に目覚める過程が大事なのであるが、 それだからと一一一一日って、その無関心が、小説構成のために創造された性格態度であると考える
ことは、その心理をあまりに現代的に解釈して共感を抱くのと同様に、当を得ないことと思われる。何故ならば、ムルソオの無関心さ
は、この小説の舞台であるアルジェリアの風土の巾に育まれた性格であり、アルジェリア生れのカミユは、この小説を書く以前に、こ
5(
8 )の中に、これを証明すべき次の描写がある。カミ
の地の人々の示す不思議な無関心さにい正日しているからである。『ミノトオル」
オラン
ユはアルジェリアのオランの町の映両の広伶丈にす円かれた驚くべま♂川町が、単にい川フランスに特有な芯張叫によるのではなく、
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われわれは、この例によって、この地に無数のムルソオを見出すことが出来る。しかし彼
、等は、 その自然のもたらす官が豊鏡なた
めに、反ってその不条理性に気がつかないのである。カミユは、 一人のムルソオに A不条珂 V を匝視させ、死と対決することによって、
その極端にまで押進めて行けば、巾いいん存への道が聞かれるの、だということを.礼明したのである。
とミるで、このような風土の中に広じる肘関心さは、グルニエが、門川川日」一以来、追求しているものである。次に、地中海風土に於け
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-156-
以上の比較検討で、カミユの初期の忠恕、特に、その地中海風土観に、グルニエの影響が大きかったことが認められたと思う。
芯 ω が指摘したように、幾つかの時期に分けて考えられるのであるが
ロ仏(531 主)であり、ナチスドイツの占領下に苦かれたこの四つの書簡集は、大戦の貴重な体験によって、カミユ
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史的風土として把握しようとする傾向を深めているのである。このような歴史的把握の傾向は、 地中海の風土に属してはいるものの、
はなく、反って戦争を契機として、伎は地中海風土とヨ
バえ、それは、伎が地中海風土への関心を失ったことを意味するので
このように、カミユが、思忽的にグル一一エから離れ始めたとは
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一方、グルニエは、この問、既に述べたように、A
絶対 V への近を歩み続けたと考えられる。
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選択 V への発展をなし、社会的連帯感のモラルを加え、やがて戦後に於て『ベスト』ω
戸HMgZ(忌む)に開花するのであるが、
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不条理 V の A等価性 V から A正義 V の価値の発見へ、 A無関心 V
が思想的に発展したことを示すものである。この時期に、カミユは、
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その発展の著しかった時期は、一九四三|四四年頃、つまり、第二次大戦の凶別であった。作品で言えば、『ドイツ人Fへ
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ところで、カミユの思想には段階的発展があり、アルペレスKZ
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の両者の比較は、カミユの思想形成を知る上
ら抜け出た時に、カミユの新しい発展の道が開かれるように思われる。いずれにせよ
にも、又、今後の発展を計るためにも、もっと検討されるべきであると思う。
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-160-
日本フランス文学会に於て発表したものでい
、くらか加筆訂正し
(設1) 以上は、昭和三十一年六月、学習院大学で開催された
てある。
(註2)この後に入手した問。m2ρ巳=一三の〈FmgRZ
であるが明記してある。
書いている。
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〈nVEG-を発表したとのことであるが、まだ入手していないので、くわ
(註4 ) 今年の五月頃に、カミユは、久しぶりに小F
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、年七月の円\何
印紙に、 カミユは二度にわたって時事評論を
(註3) 現今のアルジェリアに於ける政治的紛争については昨
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