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WIT2000-S1-3
1
セマンティック・トランスコーディング:
Web の意味的な拡張と効率的な再利用のメカニズム
長尾 確
日本アイ・ビー・エム (株)
東京基礎研究所
[email protected]
概要
本稿では、WWW 上に、より上位の構造を構築する手法とそれに基づくコンテンツの再利用の手法を紹介する。
その上位構造は Web の情報に新たな利用法と価値を与えるものである。具体的には、Web ドキュメントの任意の
エレメントにアノテーションと呼ばれる付加情報を付与する仕組みを導入し、そのドキュメントへのリクエスト
に対してアノテーションを考慮して加工した結果を返すメカニズムを実現した。この場合のコンテンツ加工 (一般
にトランスコーディングと呼ばれる) は、アノテーションに基づくドキュメントの意味的内容を考慮したものなの
でセマンティック・トランスコーディングと呼ばれる。アノテーションには、大きく分けて、文章の言語構造を付
与する言語的アノテーション、イメージやリンクなどのエレメントに対するコメントアノテーション、ビデオな
どのマルチメディアデータの意味的構造に関するマルチメディアアノテーションがある。コメントアノテーショ
ンには文章の他にリンクやイメージを含めることもでき、文章の場合はその言語構造が XML (Extensible
Markup Language) 形式のタグとして埋め込まれている。セマンティック・トランスコーディングの具体例とし
て、ビデオや音声などのマルチメディアデータを含むドキュメントの要約、翻訳、音声化、詳細化がある。また、
アノテーションのその他の利用法には、自然言語による内容検索や、関連するコンテンツの検索と要約、さらに
知識発見がある。
1
はじめに
ンク情報が常に正しいとは限らず、その修正がで
きるのはもとの文書の著者だけである。
WWW (World Wide Web, 以下 Web) のようなオン
ラインドキュメントの作成と公開あるいは共有化のシ
ステムは、新しいスタイルのドキュメントのあり方を
示したという点において革新的だと言える。しかしな
がら、それらのドキュメントの内容を機械的に処理す
ることは依然として非常に困難である。その理由とし
ては以下の点が挙げられる。
1. HTML (HyperText Markup Language) ではレイ
アウトなどの文書の表現については規定している。
しかし、文書の意味などといった内容に関しては
ほとんど何も規定していない1 。
2. HTML などで記述したハイパーテキストは、各文
書間のネットワーク構造を記述できる。ただしリ
1
この点を反省してか、最近はセマンティック・ウェブ (Semantic
Web) という考えが提唱されている [12]。これは、Web コンテンツ
そのものを機械が理解可能な形式にして、人間の質問に答えられる
ようにしようということである。しかしその実体は、ほとんど明確
にされていない。
3. Web 文書の著者は一般にその読者のことを考慮し
て著作してはいない。なおかつ著者と読者の間に
立って吟味・調整する役割の人間も通常はいない。
Web は、新しいスタイルの文書のあり方を示したと
いう点において革新的だったと言えるだろう。Web コ
ンテンツの自由度の高さは疑いようがない。しかし、現
状では Web コンテンツを読者が読みやすいような体裁
に機械的に変換することは非常に困難である。
そこで、われわれは、機械的な処理を前提としたド
キュメントの再利用を支援する仕組みを開発し、それに
基づくさまざまな応用例を実現し、将来的には、Web
をさらに拡張した、ドキュメント利用の統合的プラッ
トフォームを広く一般に普及させることを考えている。
その最初のステップとして、原著者を含む多くの人
間がドキュメントの内容に関する補足的情報を付加で
きるような枠組み、および、その情報を加味して、ド
キュメントを読者に適した形に加工する仕組みを開発
WIT2000-S1-3
している。
2
テンツの配信の途中で、イメージの解像度を低くした
り、サイズを縮小するなどして、サーバーからバンド
1.1
Web 上のさらなる構造
幅の狭いクライアントへの伝達効率を上げようとする
のもトランスコーディングの一種である [3]。したがっ
従来の Web は一枚の平面上に存在するグラフとして
て、コンテンツ適応とは、ユーザーの使用するデバイ
捉えることができる。われわれは、Web を平面から立
スやネットワークの環境、さらに個人のプロファイル
体に拡張する手法を提案する。それは、外部アノテー
などのコンテキストを考慮してトランスコーディング
ション (各々のコンテンツの外部に存在するアノテー
を行なうことであると言える。しかし、柔軟なトラン
ション) によって実現できる。
スコーディングはより深いコンテンツの解析を必要と
図 1 はわれわれのイメージする Web の上位構造を表
し、解析が失敗すれば、その結果として生成されるも
している。
のはオリジナルのコンテンツの理解をさまたげるもの
Web の上位構造とは、コンテンツに対するメタコン
テンツ、さらにそのメタコンテンツに対するメタコンテ
になってしまう。われわれは、アノテーションがコンテ
ンツという具合に、Web をより立体的に捉える構造で
用したトランスコーディングの枠組みを実現した。そ
ある。ここでは、そのようなメタコンテンツを外部アノ
れをセマンティック・トランスコーディングと呼ぶ [8]。
テーション (以下では、単にアノテーションと表記する)
として一般化する。よく知られているアノテーション
の例は、外部リンクである。これは、XML (eXtensible
Markup Language) の仕様の中で議論されていること
であるが、まだ実装されていないこともあり、現在の
Web のアーキテクチャの上でどのように実現されるの
かわかっていない [18]。アノテーションのその他のよ
くある例は、コンテンツに対するコメントや評価など
ンツの内容理解を促進するものと位置付け、それを利
セマンティック・トランスコーディングは、基本的に
テキストコンテンツの処理を中心としたものであるが、
その手法はビデオやイメージなどの非テキストコンテ
ンツの加工にも応用され、マルチメディアデータを含
む一般的なドキュメントに適用できる。
セマンティック・トランスコーディングのシステム構
成は図 2 のようになる。
の、著者以外の人による、そのコンテンツの読者に対
するメッセージである。
これはもちろん無制限に許可することはできないか
も知れないが、コンテンツを理解する上での重要な手
1.3
知識発見
がかりになる。たとえば、視覚障害のある人にとって、
内容記述のないイメージは理解不能であるが、第三者
が付けたコメントを読み上げることによって、イメー
ジの理解が可能になる場合がある。
アノテーションを作成し、公開することが容易にな
れば、Web の表現力は大きく拡張され、その利用価値
は飛躍的に向上するものと思われる。
コンテンツ適応以外のアノテーションの利用法とし
て知識発見がある。これは、アノテーションを含む大
量の Web コンテンツから、機械的に何らかの発見をさ
せようとするものである。従来の検索エンジンのよう
に、キーワードから複数の Web ページを検索するので
はなく、ユーザーのある要求を満たすような情報を複数
のコンテンツを合成して作り出すのである。たとえば、
1.2
コンテンツ適応
アノテーションは、コンテンツの表現力を向上する
IBM の製品に関する一年分の Web 情報から、IBM の
その一年の製品戦略に関するサマリーを生成する、と
いうことが実現できる。
と同時に、その利用法において重要な役割を果たす。そ
の一つが、コンテンツ適応 (コンテンツをユーザーの都
合に合わせてカスタマイズすること) である。
現在のところ、アノテーションに基づいて、内容的
に類似するコンテンツを収集し、それぞれのサマリー
一般に、テキストを他の言語に翻訳するとか、適切
を含む一つのドキュメントを生成する程度のことが可
な量に要約するとか、音声で読み上げるなど、コンテ
能になっている。知識発見に関しては、まだまだ多く
ンツを加工して提示することをトランスコーディング
の研究が必要であるが、アノテーションによって大き
と呼んで、盛んに研究が行われている。あるいは、コン
く促進されることは間違いがない。
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3
図 1: WWW 上に構築される上位構造
図 2: セマンティック・トランスコーディングの構成
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2
アノテーション
4
7. サーバーは受け取ったアノテーションデータを
URL と関連付けてデータベースに登録する。
アノテーションは、コンテンツに対するメタコンテ
ンツであり、XML 形式のデータとして表現される。も
ちろん、アノテーションに対するアノテーションも考
8. サーバーは同時にアノテーターのプロファイル情
報を更新する。
えられるが、これはまだ実現されていない。われわれ
は任意の HTML ドキュメントの任意のエレメントにア
ノテーションの XML データを関連付ける仕組みを開
2.2
アノテーションエディター
発した。具体的には、XPath[19] を用いて HTML エレ
アノテーションエディターは Java アプリケーション
メントを指定し、アノテーションデータのファイル名
として実装されており、アノテーションサーバーと通
を関連付けるテーブルを用意する。
信できるようになっている。
この場合のアノテーションは大きく分けて 3 種類に
分類される。一つは、テキストに言語的情報を付与す
るもので、言語的アノテーションと呼ばれる。二つ目
アノテーションエディターは以下の機能を持っている。
1. URL を用いてアノテーションの対象となるドキュ
メントをサーバーに登録する。
は、ドキュメント内の任意のエレメントに注釈を付け
るもので、コメントアノテーションと呼ぶ。三つ目は、
2. Web ブラウザーと連動して、ドキュメントの任意
ビデオなどのマルチメディアデータにその内容に関す
のエレメントを選択できる。
る構造を付与するもので、マルチメディアアノテーショ
ンと呼ばれる。
3. XML 形式のアノテーションデータを生成し、サー
バーに伝達する。
2.1
アノテーションの作成と管理
アノテーションの作成と管理のために、われわれは
クライアントサイドのアノテーションエディターとア
ノテーションサーバーを開発した。
アノテーション環境は図 3 のようになっている。
たとえば、HTML ファイルの場合、次のようなプロ
セスでアノテーションが作成され、管理される。
1. アノテーターと呼ばれるユーザーはエディターを
起動して、対象となるドキュメントの URL を入力
する。
2. アノテーションサーバーはエディターから URL を
受け取ると、Web サーバーに問い合わせる。
4. コンテンツが更新されたときに、以前に作成した
アノテーションを再利用できる。
図 4 はアノテーションエディターと Web ブラウザー
の画面例である。
エディターの左側のウィンドウは、HTML ファイル
の内部構造を示している。Web ブラウザー上で任意の
HTML エレメントを選択すると、その部分のテキスト
がエディターに渡され、エディターの右側のウィンド
ウに表示される。選択された部分には自動的に XPath
と呼ばれるエレメントの ID が付与される。
このエディターを用いて、ユーザーは言語構造 (構
文や意味に関する構造) をテキストに関連付けたり、ド
キュメント内の任意のエレメントにコメントを付けた
りすることができる。言語構造は、まず自動的に生成
3. アノテーションサーバーは Web サーバーからド
キュメントを受け取る。
4. アノテーションサーバーはドキュメントのハッシュ
値を計算すると、その値と URL をデータベース
に登録する。
されるが、その構造に曖昧さが含まれる場合は、それ
をインタラクティブに解消することができる。言語構
造を修正するために、自動的に解析された構造をわか
りやすく表示するための工夫を行なっている。
言語的アノテーションは図 5 の右下に表示されてい
る画面上の操作によって修正できる。
5. サーバーは、ドキュメントをエディターに送る。
6. ユーザーはエディターを使ってアノテーションを
作成すると、それを自分のプロファイル情報 (名前
と専門分野など) と共にアノテーションサーバーに
送信する。
2.3
アノテーションサーバー
アノテーションサーバーは、任意のアノテーターから
のアノテーションデータを受け付け、アノテーターごと
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5
図 3: アノテーション環境
図 4: アノテーションエディターの画面例
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6
図 5: 言語的アノテーションの修正画面
に区別して保存する。また、アノテーションサーバーは
らの要求がきても拒否するような仕組みになっている。
アノテーションデータに含まれる URL を調べて、URL
の示すドキュメントのハッシュ値を覚えておく。これ
は、あとでトランスコーディングのときに、同じ URL
2.4
言語的アノテーション
でリクエストされたドキュメントとアノテーションを
言語的アノテーションは、ドキュメント内テキスト
作成したドキュメントの間の差分を検出するときに利
エレメント (<H*>, <P>, <OL>, <UL>, <DL> など) の文章
用される。これには DOM (Document Object Model)
の意味構造に関するアノテーションである。それは、語
ハッシュと呼ばれる手法が利用される [6]。これは、ハッ
間の係り受け、代名詞の指示対象、多義語の意味など、
シュ値を計算する対象を文字列ではなく、ドキュメン
かなり細かい情報を含む。このタイプのアノテーショ
トの内部構造に関して行なうもので、どの HTML エレ
ンは、ドキュメントの内容理解に大きく貢献し、テキ
メントが更新されたかを知ることができる。
ストのトランスコーディング以外にも、たとえば、内
アノテーションサーバーはアノテーター、URL、
容検索や知識発見などに利用される。
XPath、DOM ハッシュ値のテーブルを作ってデータ
ベースに登録する。後で説明するように、トランスコー
タグファイルである。タグセットには、電総研の橋田ら
ディングプロキシーがアノテーションサーバーにリクエ
の提唱する GDA (Global Document Annotation) [2]
ストをするときに、URL が送られた場合は、その URL
のものを用いている。GDA は多言語間に共通な意味
に関するアノテーションデータ (アノテーターの名前と
的・語用論的タグをドキュメントに付与することによ
XPath、そして言語的あるいはコメントアノテーショ
り、その機械的な内容理解を可能にし、ドキュメント
ンを含むファイル) が返される。もし、アノテーター名
の検索・要約・翻訳を実用的なレベルで実現するとと
言語的アノテーションは、具体的には XML 形式の
でリクエストされた場合は、そのアノテーターによる
もに、ドキュメントの作成・公開 (共有化)・再利用を
すべてのアノテーションデータが返される。
考慮した統合的なプラットフォームを構築して、世界
さらに、われわれはドキュメントの原著者がアノテー
的に普及させようという、壮大なプロジェクトである。
ションを制御する方法を開発している。原著者が自分
われわれのセマンティック・トランスコーディング・プ
のドキュメントに対する一切のアノテーションを許可
ロジェクトは GDA を現在の Web のアーキテクチャ上
しない場合、ドキュメント内にアノテーションを許可し
で利用可能にし、さまざまなサービスと連動させるこ
ないという記述を入れることによって、アノテーション
とによって、GDA の思想をより具体的な形で浸透させ
サーバーがそれを認識し、アノテーションエディターか
ようとする試みの一つと位置付けられる。
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7
GDA では以下のことを目的としている。
こで、<su>は一文の範囲を表し、<n>, <np>, <vp>,
1. タグを用いた機械翻訳、情報検索、要約、質問応
答、知識発見などを実用化する。
形容詞句/形容動詞句 (前置詞句、後置詞句を含む)、
2. それによってタグ付けのメリットを生じさせ、多
くのユーザーが自分のファイルにタグを付けるよ
うに仕向け、タグを普及させる。
3. タグによって構造化されたデータを自然言語処理、
人工知能、言語学などの研究に利用する。
<adp>, <namep> は、それぞれ名詞、名詞句、動詞句、
固有名詞句を表す。syn=”p”は等位構造 (たとえば上
の「∼がん遺伝子と∼がん抑制遺伝子」) を表わす。
等位構造の定義は、係り受け関係を共有するという
ことである。特に何も指定がない場合は、たとえば、
<np><adp rel="x">A</adp><n>B</n> </np> は A が
B に依存関係があることを表す。また、rel=”x”は<adp>
エレメントの関係属性を表している。また、sense=”*”
うまいタグの標準を作って普及させれば、機械にも人
は語義属性を表している (属性値としては、たとえば
間にも理解可能な知識ベースが世界規模で自己増殖し、
自然言語処理や AI の技術が爆発的に実用化されて一般
EDR 単語辞書 [5] の概念識別子が利用できる。また、
一語が複数の語義を持つ場合は、属性値が複数になる)。
ユーザーが恩恵を受けるのみならず、研究コミュニティ
一般に GDA ドキュメントの構造は図 6 のようになる。
にとっては基礎研究のための大量かつ良質のデータが
手に入るだろう。意味や常識があと 100 年ぐらいは機
械でまともに扱えないとすれば、そんな機械でもそれ
なりに活躍できる環境を整えてやる必要がある。GDA
はその環境を整えることにより社会的ニーズに答えな
がら基礎研究をも進展させようという計画である。
GDA タグ付きドキュメントは、たとえば以下のよう
なものである。
<su><adp rel="loc"><adp rel="pos"> 人間の
</adp><np sense="0f2e4c"> 細胞</np>には、
</adp><np syn="p"><np><vp><adp><adp><np
sense="0f74e9"> 自動車</np>でいえば</adp>
<adp rel="iob"> アクセルに</adp>当たり、
</adp><adp rel="obj"><np id="a1" sense=
"3be2c7"> がん</np>を</adp><adp rel="gra">
どんどん</adp> 増殖する</vp><n>「<namep
id="a2"><np eq="a1" sense="3be2c7"> がん
</np><n id="a3" sense="3bf4d0"> 遺伝子</n>
図 6: GDA ドキュメントの構造
つまり、GDA ドキュメントはネットワーク構造を成
しており、そのリンクには、タグの入れ子構造よって
</namep> 」</n></np> と、<np><adp><np rel=
"pos" sense="107ab3"> ブレーキ</np>役の
定義される関係と参照関係の 2 種類がある。
</adp><n>「<namep id="a4"><np eq="a1"
rel="obj" sense="3be2c7"> がん</np><n
しあたり、そのうちで自動タグ付け作業が比較的大変だ
sense="10d244 3cf57c"> 抑制</n><n eq="a3"
また、GDA のタグ集合は 10 項目以上からなるが、さ
と思われる、統語構造、文法・意味関係、語義、照応、修
辞関係という 5 項目だけを扱っている。GDA タグセット
sense="3bf4d0"> 遺伝子</n></namep> 」</n>
</np></np> がある。</su>
の詳細については、http://www.etl.go.jp/etl/nl/gda/
<su><adp rel="cnd"><adp rel="sbj"><np>
<adp rel="pos"><np eq="a2 a4" sense=
文法機能 (主語、目的語、間接目的語)、主題役割 (動
"0face2"> 双方</np>の</adp>バランス</np>
が</adp> 取れていれば</adp> 問題はない。</su>
これらは統語構造を表わしており、各エレメント
(タ グ で 囲 ま れた 部 分) は 統 語 的 構 成 素 で あ る 。こ
を参照のこと。
作主、被動作者、受益者など)、および修辞関係 (理由、
結果など) は関係属性によって表示する。関係属性は
rel=”*”という形で表される。主語、目的語、および間
接目的語の主題役割の判断は難しいことが多いので、文
法機能 (sbj、obj、iob) を用いる。
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8
属性の内、id=”*”は ID 属性を示す。ID 属性はその
音声化して提示するときに、コメントの部分を読み上
エレメントのユニークな識別子である。また、先行詞
げることによって、視覚障害者によるイメージの内容
の ID 属性の値を照応詞の eq 属性の値にすることによ
理解に貢献することができる。その他にも、コメント
り、照応 (anaphora) や共参照 (coreference) を表示す
アノテーションを利用することによって、非テキスト
る。たとえば、上の例で、
「双方のバランスが取れてい
コンテンツの検索を容易にすることができる。
れば問題はない。」の「双方」は「がん遺伝子」と「が
もちろん、コメントアノテーションはテキストエレ
ん抑制遺伝子」を指し示すことが、属性 eq=”a2 a4” に
メントにも付与することができる。たとえば、単語の
よって表示されている。
スペルミスや誤字脱字が含まれるコンテンツに対して、
照応詞がいわゆるゼロ代名詞 (省略) の場合には、関
該当する部分に、正確なスペルなどを含む情報を補足
係属性の値を属性名として用い、値を先行詞の ID 属性
することができる。ただし、テキストに対するコメン
の値とする。いわゆる必須格 (主語、目的語、間接目的
トは言語的アノテーションに含まれる形で記述するこ
語など、述語が表現する事象の内部構造を記述する補
ともできる。この種のアノテーションはトランスコー
語) に相当するゼロ代名詞は必ず補うようにする。手段
ディングのときに補足された情報でオリジナルのテキ
や理由などの任意格要素は補わなくても構わない。
ストを置き換えることにも利用できる。
このようなタグ付けは多くの労力を要すると思われ
さらに、ハイパーリンクに対してコメントを加える
るが、アノテーションエディターにいくつかの自然言語
こともできる。これは、リンクをたどる前にリンク先
処理モジュール (統語・意味解析、照応解析など) を統
の情報を簡単に紹介するという役割を果たすことがで
合することによって、極力人間の負担を減らせるよう
きる。もしリンク先のコンテンツに言語的アノテーショ
に工夫している。人間がインタラクティブに解析した
ンが存在すれば、その要約を作成して注釈とすること
部分は、事例として次の機会に再利用されるので、そ
によって、各リンクに自動的にアノテーションを付け
れによって解析の精度が少しづつ上がっていくことに
ることが可能になる。
なる。解析の精度が上がれば、それだけ人間の負担が
コメントアノテーションは以前から研究が行なわれ
減ると思われるので、将来的にはタグ付けのコストは
ている。それは、ドキュメントを共有するグループが、
十分に少なくなるだろう。
ドキュメントに関する補足情報を効果的に共有するた
言語的アノテーションは今のところ自動要約と翻訳
めに、コメントを管理するサーバーと、ドキュメントに
および音声合成に使われている。最も単純で有効な例
コメントを加えて加工するプロキシーを用意するとい
は、固有名詞や専門用語に関するもので、これらの意
うものである [10, 11]。基本的には、われわれの枠組み
味や読みがアノテートされていれば、その理解や音声
もこれと同様である。ただし、コメントを付与する単
読み上げに大いに役に立つ。また、言語的アノテーショ
位がドキュメント全体ではなく、任意の HTML エレメ
ンによって機械翻訳の精度を飛躍的に向上させること
ントに対して行なえるようになっている。また、われ
も可能である。
われの枠組みにおいてコメントはそれを読む人間のた
めというより、そのドキュメントを機械が理解して適
2.5
コメントアノテーション
主に非テキストエレメント (<IMG>, <TABLE> など) に
対する任意のコメントを含むアノテーションである。コ
切にトランスコードするための手段として捉えている。
2.6
マルチメディアアノテーション
メントは文章だけでなく、イメージやリンクなども含
われわれのアノテーション手法はビデオなどのマル
むことができる。コメント文はやはり GDA による統
チメディアデータにも適用できる。ビデオは今後イン
語・意味構造に関するタグを含んでいる。このタイプ
ターネットの主要な情報リソースになっていくと思わ
のアノテーションはトランスコーディングの結果、ド
れる。それは、テレビが新聞よりも多くのアテンショ
キュメント上にポップアップする形で表示される。
ンを集められるように、動画像の持つ魅力はテキスト
図 7 は Web ドキュメント上にコメントをポップアッ
プした様子を表している。
やイメージの持つそれよりも一般に大きいからである。
さらに、最近はテレビをハードディスクに録画したり、
たとえば、イメージにその内容を記述した文章をア
ビデオカメラがテープではなくディスクに映像を記録
ノテーションとして関連付けた場合、ドキュメントを
できるようになってきたため、デジタル化された映像
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9
図 7: コメントのポップアップ
を容易に作成・入手できるようになってきたためであ
業の思惑が密接に関わってくるので (標準化活動という
る。このようにオンライン情報におけるビデオの割合
のはどれもだいたいそうであるが)、仕様が確定するに
が増えるにしたがって、それを検索したり、要約した
はまだ多くの時間を必要とし、実際に利用可能になる
りする技術の必要性が高まってくるのは明らかである。
のはずいぶん先の話になりそうである。
われわれはビデオの内容を表すテキストを自動的に
生成して、半自動的にビデオアノテーションを作成す
るシステムを開発した。このシステムは同時にビデオ
のシーンの変わり目を認識して、シーンに関するタグ
付けを支援する。
図 8 はビデオアノテーションエディターの画面例で
ある。
MPEG-7 の仕様が固まるのを待ってから作業を始め
るのでは遅いので、われわれはまずさまざまな試みを
行なって、タイミングを見て MPEG-7 の規格と統合す
るつもりである。
もちろん、ビデオに関してはこれ以外にもさまざまな
試みがなされている。その一つが現在規格の策定が進め
られている MPEG-7 である [7]。MPEG-7 は ISO/IEC
に属する Moving Picture Experts Group (MPEG) に
われわれのビデオアノテーションは、自動的にシー
よって標準化活動が行なわれている新しい規格で、マ
ンの検出を行ない、それらのシーンとやはり自動的に
ルチメディアコンテンツ記述という新しい仕様を含ん
生成されたテキストの関連付けを行なって、さらに人
でいる。このコンテンツ記述はわれわれのアノテーショ
や物などのフレーム内のオブジェクトに名前を付けて
ンと同様にビデオデータに直接含まれないデータ (いわ
いく、という形で行なわれる。それぞれのプロセスで
ゆるメタデータ) によって検索や要約を容易にする仕組
は、ユーザー (アノテーター) が自由に介入して、イン
みを設けよう、ということである。さらに、ビデオを
タラクティブに変更・修正が行なわれる。ビデオへの
再生するデバイスのスペックに応じて、画像の解像度
アノテーションは、いわゆるビデオの編集に比べて複
を変えたり、色情報を減らしたり、音声の帯域を制限
雑な情報処理を含むため、人間の行なう部分も多少複
したりすることも考慮されている。さらに、オブジェ
雑になるが、自動処理の精度も徐々に上がっていくと
クトレベルの記述というのがあり、シーンに登場する
思われるので、将来は編集ではなくアノテーションに
人物や物や場所などの情報も付け加えることが可能に
よってビデオを再利用する形式が一般的になると思わ
なるそうである。ただし、参加しているさまざまな企
れる。
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10
図 8: ビデオアノテーションエディターの画面例
3
セマンティック・トランスコーディ
4. プロキシーは同時にアノテーションサーバーに
URL に関連するアノテーションデータを要求する。
ング
セマンティック・トランスコーディングは前節で述べ
5. もしアノテーションデータが見つかったら、アノ
テーションサーバーはそのデータをプロキシーに
たアノテーションを用いたトランスコーディングであ
送信する。
り、ユーザー情報を用いたコンテンツ適応の機能を有
する。まず、基本的なメカニズムを紹介する。
6. プロキシーはデータを受け取ると、それに含まれ
るハッシュ値と先ほど計算した値とを比較する。
トランスコーディングを行なう複数のモジュール (ト
ランスコーダーと呼ばれる) は、HTTP (HyperText
Transfer Protocol) プロキシー上で機能するプラグイ
ンとして実装されている。トランスコーダーを制御す
7. 同時にプロキシーはクライアント ID に基づいて
ユーザー情報を検索する。ユーザー情報が見つか
らない場合は、ユーザーから与えられるまでデフォ
る HTTP プロキシーをトランスコーディングプロキ
ルトのセッティングを用いる。
シーと呼ぶ。
図 9 はこのプロキシーを含むトランスコーディング
環境を表している。
8. ハッシュ値が照合したら、アノテーションデータと
ユーザー情報に基づいて適切なトランスコーダー
を起動して、トランスコーディングを実行する。
トランスコーディングにおける情報の流れは次のよ
うになる。
9. プロキシーは加工されたコンテンツをユーザーの
Web ブラウザーに送信する。
1. トランスコーディングプロキシーはクライアント
の Web ブラウザーから URL とクライアント ID
を受け取る。
2. プロキシーは Web サーバーに URL の示すドキュ
メントをリクエストする。
以下で、トランスコーディングプロキシーと各種の
トランスコーディングについて解説する。
3.1
トランスコーディングプロキシー
今回我々は、セマンティック・トランスコーディン
3. プロキシーはドキュメントを受け取ると、そのハッ
シュ値を計算する。
グを行うためのプロキシー実装環境として、IBM の
WBI (Web Intermediaries) を使用した [4]。これは IBM
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11
図 9: トランスコーディング環境
の Web サイト alphaWorks からダウンロードできる
そこで、ユーザーが個人情報をセットした時に、
(http://www.alphaworks.ibm.com/)。WBI は、プログ
ラマブルな HTTP プロキシーであり、通常のプロキシー
Cookie 情報 (ユーザー ID) と個人情報を関連付け、一
方、アクセスポイントの変化ごとにクライアント ID と
としての機能の他に、ユーザー毎のアクセス制御や、
プロキシーに流れるデータの加工を容易に行える API
Cookie 情報 (ユーザー ID) を関連付け直すことでユー
ザーの特定を行なう。つまり、通常のプロキシーとし
(Application Programming Interface) を提供する。
て動くときは、クライアント ID(ホスト名+IP アドレ
この WBI を利用したトランスコーディングプロキ
シーは、主要な機能として以下の 3 つを行う。
ス) → Cookie 情報 (ユーザー ID) →個人情報という流
れで、クライアント ID から個人情報を引き出し、ア
クセスポイントが変化したときは、プロキシーをサー
1. 個人情報の管理
バーとしてアクセスすることで、Cookie 情報を取得し、
2. アノテーションデータの収集と管理
クライアント ID と Cookie 情報 (ユーザー ID) を関連
付け直す。
3. トランスコーダーの起動と結果の統合
我々は、ユーザーの特定に Cookie
2. アノテーションデータの収集と管理 トランスコー
ディングプロキシーは、アノテーションサーバーと通
を用いた。個人情報を管理する ID を、Cookie データ
信して、アノテーションデータを入手する。アノテー
としてユーザーに渡すことにより、ユーザーのアクセ
ションサーバーは複数存在するので、それぞれのサー
スポイントによらないユーザーの特定が行なえる。
バーの管理するアノテーションデータのインデックス
1. 個人情報の管理
しかし、既存のブラウザーは、Cookie をセットした
を定期的に作っておき、ユーザーからリクエストがあっ
サーバーに対して、その Cookie を渡すものであり、プ
たときに、どのアノテーションサーバーからデータを
ロキシーの Cookie 利用は考えられていない。通常、プ
入手すべきかを判断するときに役立てている。
ロキシーがユーザーを識別する方法は、ホスト名と IP
アドレス (これらをクライアント ID と呼ぶ) によって
のみである。
3. トランスコーダーの起動と結果の統合 そして、も
ちろん、プロキシーの最も重要な役割は、個人情報と
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アノテーションデータに基づいてコンテンツを加工す
12
れに基づく処理は非常にロバストである。
ることである。これは、必要なトランスコーダーを起
また、これまでの要約システム (たとえば、渡辺のも
動し、その結果を統合することによって行なわれる。
の [15]) は、上記の特徴に基づいて計算された文の重要
現在のところ、テキスト、イメージ、音声、ビデオの
性の高いものを順に選択し、元の文章における文の出
トランスコーダーが開発されている。これらのトラン
現順に並べるという手法を用いているものが多い。
スコーダーは直列あるいは並列に結合され、複合的な
確かに、これらは現在の技術をもって実用的なシス
トランスコーディングが実現される。たとえば、ドキュ
テムを作ることに成功している。しかしながら、どれ
メントを要約後に翻訳して、さらに音声化するなどの
ほどのヒューリスティックスをもってしても、要約の品
一連の処理が、ユーザーの要求に従って実行される。
質の向上はすぐに限界にきてしまうだろう。いずれに
トランスコーディングプロキシーは、ユーザーから
しても、内容に基づく処理は必須であろう。
リクエストを受けるとアノテーションサーバーから適
ここでは、GDA タグから得られる、文の構成要素の
切なアノテーションデータを取得して利用する。この
重要度 (活性値) を用いた要約を提案する。この手法は、
とき、ユーザーのプリファレンス情報 (すでに登録され
ドキュメントのドメインやスタイルに関するヒューリ
ている場合もあるが、リクエストと共に送られてくる
スティックスを用いていないため、GDA タグの付いた
場合もある) にアノテーターが指定されている場合は、
ものならどのようなドキュメントにも適用可能であり、
そのアノテーターのアノテーションを優先する。ただ
また、文より細かい単位で重要度を計算しているので、
し、指定されたアノテーターのアノテーションが要求
一文をさらに短くすることも可能である。
されたドキュメントに付与されていない場合は、他の
アノテーターのアノテーションを使うこともある。も
ちろん、ユーザーはアノテーターの制限を付けないこ
図 10 はもとのコンテンツであり、これを要約したも
のが図 11 である。
要約のアルゴリズムは以下のようになっている。
ともできる。その場合、コメントアノテーションはア
ノテーションサーバーにあるものをすべて付与するこ
1. 照応 (共参照) 表現とその先行詞の間で活性値が等
とができる。ただし、言語的アノテーションはコンフ
しくなり、それ以外では活性値が減衰するように
リクトする場合があるので注意が必要である。現在で
活性拡散を実行する。
は、コンフリクトした場合は、最初に見つかったアノ
テーションのみを使うことにしている。
2. 活性拡散が終了した時点で、平均活性値の大きい
順に文を選択する。
3.2
3. 選択された文の必須要素を抽出する。必須要素に
なりうるのは、以下のエレメントとする。
テキストトランスコーディング
テキストトランスコーディングは言語的アノテーショ
ンを用いたテキストの加工である。現在のところ、テ
キスト要約と翻訳が実現されている。要約に関しては、
筆者らが以前に発表した GDA に基づく要約 [9] の手法
を用いている。
一般に、要約には深い意味処理と多くの背景知識が
必要である。しかし、これまでの研究の多くは表層的
な手がかりやドキュメントの持つ何らかのスタイルに
関するヒューリスティックスを用いるものであった。
たとえば、文の重要性を判断するのに使われる特徴
素としては、文の長さ、キーワードの出現回数、時制、
• エレメントの主辞 (head)
• sbj、obj、iob、pos (所有)、cnt (内容)、cau
(原因)、cnd (条件)、sbm (主題) の関係属性
を持つエレメント
• 等位構造 (syn=”p”を持つエレメント) が必
須要素の場合は、それに直接含まれるエレメ
ント
4. 文の必須要素をつなげて文の骨格を生成し、要約
に加える。照応表現の先行詞が要約に含まれない
場合は照応表現を先行詞で置き換える。
文のタイプ (たとえば、事実 (∼である)、推測 (∼だろ
う)、主張 (∼べきだ) など)、修辞関係 (たとえば、理
由、例示など)、文頭からの位置、文末からの位置など
5. 要約が指定された分量に達したときは終了する。
まだ余裕がある場合は、次に活性値の高い文と省
がある。これらの大部分は、特に深い処理を行なわな
略したエレメントの活性値を比較して、高い方を
くても、ある程度抽出できるものであり、それゆえ、こ
要約に加える。
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13
図 10: オリジナル文書
図 11: 要約された文書
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14
現在のところ、単語の語義属性と一部の関係属性以
ンを考慮するように拡張したものを用いている。翻訳で
外の意味表現に関するタグが決まっていないため、意
用いる言語的アノテーションは IBM 東京基礎研究所の
味表現からの文生成は行なっていない。将来は、その
渡辺の設計によるもので、LAL (Linguistic Annotation
ようなことも可能になり、読者の要求に従ってパラフ
レーズなどを行なうこともできるようになるだろう。
Language) と呼ばれている [16, 17]。翻訳トランスコー
ディングでは、アノテーションデータを GDA から LAL
また、要約はそれを行なう人間の知識によっても変
へ自動的にコンバートしてから翻訳エンジンに渡して
わってくるが、それを読む人間の興味などによっても
いる。
変わってくるべきであろう。システムの情報処理を特
翻訳の失敗の多くの部分は、語間の係り受け解析の
定の個人に適応させることをパーソナライゼーション
失敗や、多義語の訳語選択の失敗によるものなので、係
(個人化) という。GDA タグを用いた要約は、内容に基
り受けや語義を明示化したアノテーションによって、翻
づく一般的な手法によるものなので、個人の興味や嗜
訳精度のかなりの改善が見込まれている。ドキュメン
好のようなパーソナライゼーションのための情報を取
トの著者はトランスコーディングによって誤解が生じ
り入れれば、その個人に特化した要約を行なうことが
るのを防ぐために、積極的にアノテーションを奨励す
できる。つまり、読み手が知りたい内容を含むように
ることになると思われる。
要約を生成することができるのである。
また、当然ながら要約と翻訳を組み合わせたトラン
そのための手段として、以下のことを実現している。
スコーディングも可能である。さらに、読者の理解度
• 要約を開始する時点で、任意のキーワードを入力
に合わせて、専門的な表現をより一般的な表現に書き
できる。
要約システムは、キーワードと関連するドキュメ
換えてよりわかりやすい文章にする、パラフレーズ・ト
ランスコーディングについても研究を進めている。
ント中の単語を重要語として処理する。重要語を
含むエレメントは初期活性値をかなり大きくした
3.3
イメージトランスコーディング
上で活性拡散を行なう。
• 要約システムがユーザーの興味を学習できる。
イメージトランスコーディングはユーザーの使用す
るデバイスなどの環境に合わせてドキュメントに含ま
これは情報検索やフィルタリングなどを含む一般
れる画像のサイズや解像度を変化させる処理である。変
のシステムのパーソナライゼーションにも関連す
換されたイメージは必ずオリジナルイメージへのリン
ることである。これを実現するために、ユーザー
クを含むようにしている。そのため、元のサイズや解
の行動履歴を保持してユーザーモデリングを行な
像度で見たいときは、単にその画像をクリックすれば
い、ユーザーが好んで読むドキュメントの傾向を
良い (ただし、元の画像がすでにリンクを含んでいると
把握するメカニズムを開発している。これによっ
きはこの限りではない)。
て、要約システムは特にユーザーからの入力がな
イメージトランスコーディングはテキストトランス
くても、そのユーザーに特化した要約を生成する
コーディングの要約と併用して、コンテンツの表示面
ことができる。
積を縮小してユーザーの用いるデバイスの画面サイズ
テキストトランスコーディングのその他の例は言語
に適合させることができる。
翻訳である。現在、英語と日本語間の翻訳システムを
図 13 はイメージを縮小した例である。右下のウィン
トランスコーダーとして実現するプロジェクトが進行
ドウは設定を変更するためのもので、要約の分量やア
中である。さらに多くの言語の翻訳システムがトラン
ノテーターの指定などもここで設定できる。
スコーダーとして実現され、われわれのシステムに統
合される予定である。近い将来、Web コンテンツを母
国語でしか表現していない人々が、トランスコーディ
ングによってさまざまな言語圏の人々に情報発信でき
るようになる。
3.4
音声トランスコーディング
音声トランスコーディングとは、コンテンツを音声
化するトランスコーディングである。これには 2 種類の
図 12 は、図 10 の文書を要約・翻訳した結果である。
やり方が考えられる。一つはトランスコーディングプロ
英日翻訳においては、日本アイ・ビー・エムが開発・販売
キシーが音声データを作成して配信するやり方で、ク
している「翻訳の王様」の翻訳エンジンをアノテーショ
ライアントが音声合成機能を持たない場合に有効であ
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15
図 12: 要約・翻訳された文書
図 13: イメージトランスコーディングの例と設定ウィンドウ
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16
る。たとえば、携帯電話から Web をアクセスするとき
ある。ビデオ画面の下にあるスライダーバーの濃い色
に使えるだろう。最近は MP3 (MPEG-1 Audio Layer
の部分が要約に相当する。また、右のウィンドウには、
3) のデコーダーが内蔵された携帯電話が発売されるよ
シーンのタグ構造と、要約に含まれるシーン (チェック
うになったので、音声トランスコーディングはますま
されているもの) が表示されている。
す盛んになるであろう。
ビデオからテキストとイメージへの変換は、もう一
もう一つの音声トランスコーディングは、クライア
つの種類のビデオトランスコーディングである。もし、
ントが音声合成システムを利用していることを前提に、
クライアントのデバイスがビデオを再生することがで
音声合成に適したドキュメントに加工して配信するや
きない場合、ユーザーはビデオのコンテンツにまった
り方である。前者は後者によって生成されたドキュメ
くアクセスできなくなってしまう。その場合、ビデオト
ントをプロキシー側で音声合成を行なった結果と考え
ランスコーダーはそれぞれのシーンを代表するイメー
られるので、どちらのやり方もほぼ同じプロセスを必
ジとそれぞれのシーンの内容を表すテキストを含めた
要とする。
ドキュメントを作成してユーザーに提示することがで
音声合成に適したドキュメントは、イメージに対す
きる。また、生成されたドキュメントをテキストトラ
るコメントアノテーションを利用してイメージ部分の
ンスコーダーを用いて要約あるいは翻訳することもで
説明をテキストとして含んだり、固有名詞など辞書に
きる。
ない語を正しく読むために言語的アノテーションによ
ビデオの翻訳は、テキストおよび音声トランスコー
る語の読み情報を含むことができる。また、読み上げ
ディングとの組み合わせで行なわれる。まず、トランス
時に適切にポーズを置くために、正しいフレーズの切
クリプトを翻訳し、その結果を音声合成に適した形に
れ目に関する情報を用いることもできる。
変換する。ビデオの再生と音声合成を同期させること
図 14 は音声トランスコーディングを行なったドキュ
によって、他の言語のビデオを作成することができる。
メントの例である。アノテーションを含む部分の最後
この部分は、まだ実現されていないが、近い将来にわ
にスピーカアイコンが挿入されている。これをクリッ
れわれのビデオプレイヤーに統合される予定である。
クするとその部分の音声が再生される。
ビデオの要約はテキストの要約と同様に盛んに研究
されている。古くは CMU の Infomedia があり、ビデ
3.5
ビデオトランスコーディング
オに含まれるさまざまな属性を自動抽出して、より重
要な部分を選択している [14]。たとえば、ビデオに現れ
ビデオトランスコーディングはビデオアノテーショ
る文字情報、人の顔、シーンの変わり目、クローズド
ンを利用したトランスコーディングである。ビデオア
キャプションと呼ばれる字幕情報などを利用して、あ
ノテーションはビデオに含まれる音声のトランスクリ
らかじめリストアップされた重要な固有名詞の出現頻
プト (書き起こし文書) に統語・意味構造のタグを含め
度や、TF*IDF 法と呼ばれる情報検索の手法を用いて
たもの、シーン切り替えのタイムコード、シーンごと
キーワードの重要度を計算し、そのキーワードの現れ
のキーフレーム (イメージ)、ビデオ内オブジェクトの
るシーンをつなぎ合わせて要約とする。
名前とその出現位置 (時間と座標) などを含めたもので
ある。
また、IBM アルマデン研究所の CueVideo はビデオ
のキーフレームを並べて表示して、人間がどれかを選
ビデオトランスコーディングには、ビデオの要約、ビ
択すると、その部分のビデオを再生することによって、
デオからテキストとイメージの集合への変換、ビデオ
人間がビデオ全体を見る手間を減らしている [1]。また、
の翻訳、ビデオからテキストのみへの変換などが含ま
音声のみを再生して、画像は静止画をシーンが変わる
れる。それらについて簡単に説明する。
ごとに変化させることによって、ダウンロードする情
ビデオの要約は、まずビデオのトランスクリプトを
報の容量を少なくする工夫もなされている。このとき
要約して、その要約に対応するビデオシーンを抽出す
音声の再生スピードを変化させることによって、早口
ることによって行われる。これは、トランスクリプト
にしたり、ゆっくり聞き取りやすくすることもできる。
が対応する音声の出現するタイムコードを含んでいる
ため、そのタイムコードを含むシーンを選択すること
CueVideo はディスタンスラーニングと呼ばれる遠隔教
育におけるビデオの利用に焦点を当てて研究が進めら
で要約できる。
れており、教育に使われるビデオを効果的に見せるた
図 15 は要約機能付きのビデオプレイヤーの画面例で
めのさまざまな手段が開発されている。たとえば、あ
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17
図 14: 音声トランスコーディングの例
図 15: 要約機能付きビデオプレイヤーの画面例
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18
る講義のビデオとその講義の資料 (PowerPoint などの
索エンジンを用いるのではなく、知識発見エンジンを
スライドファイル) を自動的にリンクして、再生時に連
用いて、ハイパーリンクを集めた大量のリストの代わ
動させることもできる。また、ビデオのシーンを検索
りに、短時間で容易に理解できるように個人化された
するのに、任意の単語やフレーズを入力すると、音声
情報のサマリーを読むことができるようになるだろう。
認識を利用してその言葉を含む部分を抽出してリスト
それは来るべき情報の洪水から自分自身を守る最良の
アップし、そのうちのどれかを選択するとその部分を
方法になると思われる。しばらくは、多少の労力を人間
再生する、という通常のテキスト検索と同様のことが
に強いるかも知れないが、目標のために努力をしない
ビデオに対して行なえる。
人が充足感を得られることがないように、オンライン
同じく IBM ワトソン研究所の開発した VideoZoom
コンテンツを人類共有の知識とするために一丸となっ
は、ビデオの画像の解像度を動的に変化させ、荒い画
て努力をすることがなければ、人々は今後も無限に拡
像のビデオから徐々に鮮明にしていったり、荒い画像
張していく情報の圧迫から自分自身を解放することが
のビデオをまずダウンロードして、細かく見たいとこ
できないだろう。
ろのみについて差分の情報を追加していくことができ
る [13]。これも、ネットワークやデバイスの制約に依存
して、ビデオコンテンツを加工するトランスコーディ
謝辞
ングの一種と言える。
これらのビデオトランスコーディングはアノテーショ
セマンティック・トランスコーディングは筆者と IBM
ンを用いないので、一度実装すれば利用するのは簡単
東京基礎研究所の (元) 学生研究員 (細谷真吾、白井良
であるが、ビデオをさまざまな形で再利用するのには
成、東中竜一郎、米岡充裕、伊藤大輔、Kevin Squire)
問題がある。われわれはビデオが今後重要な情報ソー
との共同研究である。諸氏に感謝します。また、ビデオ
スになることを確信しているので、要約やフィルタリ
アノテーションエディタの音声認識部については、IBM
ングに限定されない、さまざまな再利用を可能にする
東京基礎研究所の西村雅史氏と伊東伸秦氏、言語解析
枠組みをできるだけ早めに用意しておきたいと考えて
と翻訳トランスコーダについては、同研究所の渡辺日
いる。また、将来 MPEG-7 のようなアノテーションの
出雄氏、アノテーションエディタの HTML 解析部に
標準的フレームワークが確立した場合にも、われわれ
ついては、同研究所の近藤豪氏、音声トランスコーダ
の仕組みは容易にコンバートして利用可能である。
については、同研究所の鳥原信一氏に協力していただ
きました。さらに、言語的アノテーションに関しては、
4
おわりに
GDA プロジェクトと連携して行なわれています。プロ
ジェクトリーダーの電総研の橋田浩一氏には、常に議
論の相手をしていただいています。ここに記して感謝
われわれの次なるターゲットは大量な Web コンテン
いたします。
ツからの知識発見である。アノテーションはそれぞれ
のドキュメントから重要な部分を抽出するのに大いに
役に立つ。また、たとえば、あるアノテーターがいく
つかのドキュメントにコメントを付与しているとして、
参考文献
そのアノテーターがある分野のエキスパートであると
[1] A. Amir, S. Srinivasan, D. Ponceleon, and D.
すると、機械は自動的にその人のアノテートしている
ドキュメントをかき集めて、それぞれの要約をまとめ
Petkovic. CueVideo: Automated indexing of video
for searching and browsing. In Proceedings of SI-
た一つのドキュメントを作成することができる。これ
GIR’99. 1999.
は、ある特定の分野を概観するのに有益であると思わ
れる。
マルチメディアデータを含む Web コンテンツの効率
[2] Koiti Hasida et al. Global Document Annotation.
http://www.etl.go.jp/etl/nl/gda/.
的な検索もターゲットの一つである。この場合の検索
の質問には単なるキーワードではなく、音声あるいは
テキストの自然言語文を用いることができる。
近い将来に、人々は Web から情報を得るために、検
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WIT2000-S1-3
19
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