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Title フレスコ画と修復技法

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Title フレスコ画と修復技法
Title
フレスコ画と修復技法( fulltext )
Author(s)
金子, 亨; 藤井, 康子; 九十九, 由紀
Citation
Issue Date
東京学芸大学紀要. 芸術・スポーツ科学系, 60: 81-92
2008-10-31
URL
http://hdl.handle.net/2309/95718
Publisher
東京学芸大学紀要出版委員会
Rights
東京学芸大学紀要 芸術・スポーツ科学系 60: 81 - 92,2008.
フレスコ画と修復技法
金子 亨*・藤井 康子**・九十九 由紀***
美 術
(2008 年 6 月 18 日受理)
KANEKO, T., FUJII, Y., and TSUKUMO, Y.: Fresco painting and restoration techniques. Bull. Tokyo Gakugei Univ. Arts and Sports
Sciences., 60: 81-92. (2008)
ISSN 1880-4349
Abstract
The concepts behind wall painting are wide-ranging. The Altamira cave paintings, the Lascaux cave paintings, the murals of Egypt,
the murals of Dunhuang, the Kondo Hall wall paintings at Horyuji, the Takamatsu-zuka tumulus murals and the frescoes of Pompeii, as
well as murals in India and Burma, all relate to the history of human beings. When they think of wall paintings, art lovers immediately
picture the frescoes of Michelangelo at the Sistine Chapel. Mural paintings, which originated in Florence, Italy, are now preserved in
many places around the world, and have enormous significance, both in terms of art history and as a connection with the Renaissance
masters of the Buon Fresco period.
This study summarizes training records of the fresco techniques of the golden age of the Renaissance. We documented the various
processes from the creation of a temporary wall to the completion of the painting, in order, including the preparation of mortar, the
application of paint and pigment, and the technique of painting. In addition, we describe the strappo technique, a method in which
murals are transferred from a wall to another supporting medium, which was created and developed after World War Two for the
process of restoring churches, shrines, and chapels.
The creation of frescoes requires sketching ability, composition ability, concentration, and physical strength. In modern society,
which prioritizes efficiency and performance, there very few places where frescoes can be produced. However, under the right
conditions, frescoes can still flourish. Many artists are currently making use of mural restoration techniques in their work, but an ideal
fresco production technique suited to contemporary society has yet to clearly emerge.
Key words: Fresco
Department of Arts, Tokyo Gakugei University, 4-1-1 Nukuikita-machi, Koganei-shi, Tokyo 184-8501, Japan
壁画の概念は広い,スペインのアルタミラ洞窟画,ラスコーの洞窟画,エジプトの壁画,敦煌の壁画,法隆寺金堂
壁画,高松塚古墳壁画,ポンペイの壁画群等,又,インド,ミャンマーの壁画,人類の歴史とともにある。美術に興
味のある人にとっては最初にミケランジェロの制作によるシスティーナ礼拝堂の壁画が思い浮かぶであろう。イタリ
アのフィレンチェはじめ各地には多くの壁画が残っており,ブオン・フレスコの完成期であるルネサンスの巨匠と共
に美術史上重要な意味を持っている。本論はルネサンス期に全盛をむかえた技法の理解するために行われた実習の記
録をまとめたものである。仮壁の制作から描画に至るまでを砂の配合,壁の塗り方,顔料,描画の手順を時間を追っ
* 東京学芸大学(184-8501 小金井市貫井北町 4-1-1)
** 東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科
*** 東京学芸大学教育学部
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東 京 学 芸 大 学 紀 要 芸術・スポーツ科学系 第 60 集(2008)
て記載している。また,第二次大戦後,教会,聖堂,礼拝堂等の修復の過程でうまれ,発展してきた壁画の他の支持
体への移し替えの方法,ストラッポ技法についても,順序をおって解説している。
フレスコ技法は,デッサン力,構成力,集中力,体力を必要とする。現在の効率化を優先する社会,機能性を優先
する時代では,制作の場所が限られるが,条件がそろえば発展も可能である。また,修復技法を作品制作に生かす作
家も活躍しており,現代の社会状況にあった制作法が模索されている。
1.はじめに
を用いない硫酸カルシュウム・石膏)
,黒(植物性,動物性
の炭化した骨や木)
,黄色・赤・褐色(生の土か焼いた土)
,
壁画の概念は広い,スペインのアルタミラ洞窟画,ラ
緑,青(砂と天然炭酸ソーダの結晶を一緒に砕き,それら
スコーの洞窟画,エジプトの壁画,敦煌の壁画,法隆寺
に銅のやすり屑を加え水をかけ,水がなくなるまで煮立て
金堂壁画,高松塚古墳壁画,ポンペイの壁画群等,又,
る)を使用していた。フレスコ画が最盛期を迎える15世紀
インド,ミャンマーの壁画,人類の歴史とともにある。美
の顔料についてチェンニーノ・チェンニーニは 7 つの天然
術に興味のある人にとっては最初にミケランジェロの制
顔料を挙げている。そのうちの 4 つは土から採った―黒,
作によるシスティーナ礼拝堂の壁画が思い浮かぶであろ
赤,黄色,緑。他の三つはやはり天然であるが,手を加え
う。修復が日本の企業の援助のもと行われ,日本のテレ
てある―白,ウルトラマリン青(それにドイツ青)明るい黄
ビ放送で修復過程が克明に放映され,修復結果色彩の
色である。現代では色数もふえ,例を挙げれば,カドミウ
蘇った壁画の画集が出版されたことによる影響も大きい。
ムレッド,イエローの様に古代の人々が使用した鉛から作っ
イタリアのフィレンチェはじめ各地には多くの壁画が残っ
たものより安定した顔料を手に入れている。現代のフレス
ており,フレスコの巨匠と共に美術史上重要な意味を持っ
コ画に適した顔料について詳しくは本論で触れる。
ている。サンマルコ礼拝堂のフラ・アンジェリコの『受
2.フレスコの原理
胎告知』
,アッシジのサン・フランチスコ教会内の壁画,
バチカン宮殿内のラファエロの壁画等枚挙に暇がない。
ヨーロッパの諸都市の建築物は城壁とともに古来より石
フレスコ画(アフレスコ affrésco)は漆喰壁に彩色す
またはレンガの建築物を中心に発達してきた。建物内部
る画法であり,壁画の代表的な技法の一つである。フレ
の壁面は,漆喰,モザイク,装飾性のある石版や陶板で
スコ(frésco)とは「新鮮な」という意味のイタリア語で
覆われてきた。壁画は特に白い漆喰壁に新たな造形性と
あり,主に二種類の画法がある。
装飾絵画性,施すために生まれ,外部壁の装飾にも地方
によっては使われてきた。発展してきたといえる。今回取
[フレスコの画法]
り上げる,フレスコ技法が隆盛期に入る13世紀イタリア
湿式画法 BVON-frescoブオン・フレスコ
ではフランチスコ会等の托鉢修道会の活動が活発であり,
漆喰が生乾きの内に顔料と水で描く。
フレスコ画の写実的表現は文盲が大半であった都市住民,
乾式画法 fresco seccoフレスコ・セッコ
訪れる旅行者に対して,キリスト教の布教活動にとって,
石灰壁の上に顔料とその他の媒材で描く。
聖人伝,最後の審判図は,教会の壁面,柱頭を飾る彫刻
とともに説教や伝道の言葉の具現化として大きな役割を
果たした。しかし,技法の複雑さ,描画時間の制約,描
画に使用できる顔料の制約等,多くを画家の知識,構成
力,素描力等,才能によっている部分も多く,17世紀以降
油絵の便利さに押され姿を消していくが,現在でも技法の
伝統は守られている。また,壁画の修復の過程で,西洋
の教会では,フレスコ画は時代の要請に応じ,数度にわた
り,壁が塗り重ねられていることがあり,各層に別の壁画
が発見されることも多い。特に壁が傷みいくつかの層の壁
画が混在している場合,どの時代の壁画を表に出していく
か,問題になると聞き及ぶ。
描くための顔料はどうだったのか。エジプト人は白(油
フレスコ画では,消石灰と砂を水で練って作る漆喰(モ
ルタル)を使用する。漆喰が空気中の炭酸ガスを吸って水
を放出し,元の石灰岩に戻る化学変化の最中に描き上げる。
消石灰の原料は石灰岩であり,その成分は炭酸カルシ
ウムである。漆喰が乾燥段階に水を放出する際,顔料の
微粒子を通過するようにしてカルサイトと呼ばれる炭酸
カルシウムの小さな結晶が表面を覆う。この無色透明な
石灰質層が顔料を覆い,保護膜の役割を果たす為,変色
せず耐久性の高い画面を形成するのである。このように,
フレスコ画は画面の基底材の一部になるという点で,油
絵具やテンペラ絵具にみられる固着材が酸化や蒸発によ
り定着するメカニズムとは根本的な違いがあるのである。
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金子,他 : フレスコ画と修復技法
ポンペイ壁画
Hͅ O ᡼ ಴
COͅ ᡼ ಴
⍹Ἧጤ
COͅ ๆ ෼
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(
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㉄ൻࠞ࡞ࠪ࠙ࡓ
)
Ca(OH)ͅ
CaO
ᶖൻ
図6
᳓ࠍട߃ࠆ
Hͅ O ๆ ෼
○ 描画
上塗りと顔料に有機物が混入された。技
法については,ブオン・フレスコ技法の
後にガラス瓶等で圧縮をかける,エンカ
ウスト技法で描くなど諸説あり定まって
いない。
図 1 [化学変化による皮膜形成のメカニズム]
3.フレスコの歴史
フレスコ壁画の起源~始まりは先史時代~
◆『ラスコーの洞窟壁画』フランス( 2 万年以上前)
壁画の起源であり,人類の絵画の原点である。石灰岩
㗻ᢱ㧗ࠞ࠯ࠗࡦߥߤߩ᦭ᯏ‛
に描かれたため,岩壁から染
み出した石灰水によって顔料
ࠞ࡞ࠨࠗ࠻
が壁面に定着されている。こ
図7
れはフレスコ画の原理と全く
同じ現象であるため,現在ま
できれいな状態で残された。
図2
エトルリア
◆『雄牛のフレスコ』アナトリア(BC 66 ~ 50世紀)
新石器時代に描かれた,最古のフレスコ画。神殿に描
かれ,崇高なものとして扱われた。初期の石灰製造法は,
石灰がんの地層に穴を掘り,中で火を焚いて放置し,でき
た白粉を使ってレンガ壁に白壁を作るというものである。
図 8
エジプト壁画
図9
○ 使用顔料
茶色,褐色の土性系顔料
黒は木を焼いて石灰と混ぜ合わせ,色味
のニュアンスを出した。
樫の木:青味
ぶどうの木:緑味
桃の木:赤味
図3
図4
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ਅႣࠅ ࠽ࠗ࡞ߩᵆ࿯㧗☻޿⍾
⍹Ἧ⾰ᵆጤ
○ 原料 ナイルの泥土,砂(切り藁)
ナイルの泥土は砂や炭酸カルシウム,石
膏を含んでおり,土の硬化を助ける役割
を果たしている。
○ 描画 ①マス目を作る。②赤で下書き黒で修正。
③単色で塗る。④黒で輪郭を決定。
ࠞ࡞ࠨࠗ࠻
㗻ᢱ
図 10
㗻ᢱ㧗ࠕ࡜ࡆࠕࠧࡓ╬
図5
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東 京 学 芸 大 学 紀 要 芸術・スポーツ科学系 第 60 集(2008)
ドイツのフレスコ画(18 ,19 C)
ビザンチン
バロックの天上画やナザレ派の作品が有名。絵の明る
さと輝きは,薄い色を巧みに塗り重ねていくことによっ
て表現されている。
図 11
図 12
○技法 上塗りの漆喰に砂ではなく麻の繊維を混
入する点は,イタリア技法と異なる独特
の技法である。
○画法 濃い色で影を描き,中間色,ハイライトの
順に三段階の明るさで描く。描く部分を鏝
で押えて描画する。 図 17 ティエポロ
図 18 カルラッチ
20 C -メキシコ壁画運動
代表画家ディエゴ・リヴェラは,新しいタイプのフレス
コ技法を研究した。
ࠞ࡞ࠨࠗ࠻
図 13
㗻ᢱ
イタリア・ルネサンス(13 C ~ 14 C)
古来から壁面装飾の手段と重要な技法の一つであった
フレスコは,6 世紀頃に東ローマ帝国から流入したモザ
イク技法の隆盛により一度衰退した。マザッチオやミケ
ランジェロ等によって最盛期をむかえ,その後北欧諸国
にも伝えられた。
No.0
No.1
No.1
No.2
○ 独自の研究(西洋の
伝統的技法とメキシコ土
着の伝統的技法の融合)
・壁の補強材として人間
の髪毛を塗りこむ。
・漆喰や絵具にサボテン
の葉の液を発酵させた
ものを混入する。
㗻ᢱ
図 14
図 15
ࠞ࡞ࠨࠗ࠻
○技法
ビアンコ・サン・ジョバンニ…
純粋な石灰白。
石灰から作る白のことを言い,
ペースト状の消石灰を団子状に
丸めて乾燥させ,水と一緒に練っ
て使用する。
漆喰の砂と消石灰の配合比はい
ずれも2:1である。
シノピア…木炭+イエローオーカー
㗻ᢱ
ࠞ࡞ࠨࠗ࠻
図 16
図 19
4.フレスコの技法と制作
■ 漆喰の材料… 珪砂,石灰,水,
石灰(CaCO 3 )は,天然の炭酸カルシウムの一つ。
世界中に広く分布する。不純物がなく,きめ細かな,
固着力のあるものが最適である。日本で採れる石灰で
は,高知県の土佐灰,栃木県の野州灰,秩父のものが
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金子,他 : フレスコ画と修復技法
良いとされているが,
■ 壁面用道具… 舟(ポリプレピレン製,鉄製)
,鍬,
日本全国の各地方か
噴霧器,左官ブラシ等。
らとれる石 灰を使 用
するのも良 い。使 用
■ 描画用道具… 筆(柔毛)
,パレット(大きめのスレ
するとき,水 に つけ
ート板,小皿等)
,筆洗用バケツ
て消化させれば問題
図 20
はない。
※人体保護のため,軍手,作業着,マスク,帽子など頭
覆いを装着すること。消石灰はアルカリ性が強く,手
1 層目
や髪の毛が荒れる危険性がある。
珪砂:石灰= 2 : 1
(珪砂は 4 号: 5 号= 1 : 1 )
2 層目
制作(湿式画法)
珪砂:石灰= 1.5 : 1
制作に必要な日数は最短三日間である。第一日目はパ
(珪砂は 5 号: 6 号= 1 : 0.5 )
3 層目
ネル作りと下塗り,二日目は中塗りとシノピア,三日目
珪砂:石灰= 1 : 1
は上塗りと描画で,描画は丸一日要する。
(珪砂は 6 号: 7 号= 1 : 1 )
各段階の間隔は,壁面の乾燥などのため,最低三日~
一週間程空けるのが望ましい。
■ 珪砂と石灰の混合比
層ごとに粒子の大きさや,石灰との混合比を調整する。
[全製作工程の概略図]
石灰が多すぎると亀裂が起こりやすく,少なすぎると固
(2)ᡰᜬ૕೙૞
着力が弱くなる。
(1)ਅ⛗೙૞
■ 顔料
(3)ო㕙೙૞
(4)ឬ↹
湿式画法の場合,生
乾きの漆喰に,水を混
(5)ࠬ࠻࡜࠶ࡐ
ぜた顔料をのせる。漆
㧔ო߆ࠄߪ߇ߔ㧕
喰がそれを吸い,カル
サイトを形成すること
で,顔料が定着し,保
(6)ࠠࡖࡦࡃࠬߦ⾍ࠅઃߌ
図 21
護される。
ቢᚑ
用具
図 23
■ こて,こて板
中首ごては漆喰塗り全般に使用。元首ごては支持体の
大きさによっては使用。
画法概要
こての材質は,鉄製,ステンレス製,木製がある。
壁面は乾いた石材やレンガ等を使用し,日光を避け滞
今回使用したのは,ステンレス製のものと,木製のも
湿が起こらないよう注意。壁の表面をハンマー等で傷つ
のである。下塗り,中塗りの段階で,一度ステンレス製
け,漆喰の第一層目の喰いつきを良くする。
のもので漆喰を塗った後,木製のもので表面に凹凸を入
2.壁の表面を水で濡らした後,粗い塗りの第一層目を
れる。これは次の漆喰
施す。気泡が残らないように,平らに圧しつける。
層の食いつきを良くす
3.壁を傷つけ,第二層目を施す。
るためである。
4.水が引いたら,土性顔料で下絵を描く。
こて板は漆喰の乾
5.壁を傷つけ,第三層目を施す(一日分のみ)
。水が引
燥を防ぐため,表面を
図 22
いたら下絵を写し取る。
よく濡らして使用する
6.水と顔料を練り合わせ,彩色する。
こと。
7.カルサイトが形成され,石灰壁になる。
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東 京 学 芸 大 学 紀 要 芸術・スポーツ科学系 第 60 集(2008)
(1)支持体制作
(2)漆喰の製作と壁塗り
● 壁面は乾いた石材やレンガ等を使用し,日光を避け滞
① 材料を計り入れる。
湿が起こらないよう注意。壁の表面をハンマー等で傷つ
~ 1 層目~
け,漆喰の第一層目の喰いつきを良くする。
珪砂 K 4 号:K 5号:水酸化カルシウム
今回は,F10号の大きさのパネルに,ラスボードを張っ
=1:1:1
て支持体とする。
【準備するもの】
② 撹拌する。鍬で適宜水を加
えながら,均等になるよう
に練る。
● ラワンベニヤ ● 木材(1×4 cm…1本,3×4 cm
…1 本)
● ラスボード ● 木工用ボンド
● 金槌 ● のこぎり ● ステンレス製の釘
● ガンタッカー
図 29
③ 撹拌機で混ぜる。5 ~ 10
分ほど団子状になるまで混
ぜ合わせる。
図 24
図 30
① 作品の寸法を測り,ベニヤ
を切る。 木枠を作るため,
垂木を測って切る。
※作業前に,ラスボードを,水を含ませたスポンジでよ
く塗らすこと。
(漆喰を塗る20分~ 30分前)
④ コテ板の表面を水で濡ら
し,必要な分を載せる。常
に練りながら作業する。
図 25
② パネルの土台となる木枠を
組み立てる。
完成したパネルは,重しを
乗せてよく乾燥させる。
図 31
⑤ 一層目(約 5 ㎜)を塗る。
最初は端側を塗る。
図 26
図 32
③ ラスボードの大きさを測っ
て切る。木工用ボンドを塗
り,パネルに圧着させる。
⑥ 漆喰で薄目に全体を覆う。
コテを滑らせないよう注意
する。
図 27
図 33
④ 漆喰の厚みを考えて垂木を
選び,外枠を作る。
支持体の完成。
図 28
⑦ 乾燥後ヘラの先で傷をつけ
る。
図 34
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金子,他 : フレスコ画と修復技法
⑧ 二層目をぬる前に,壁面を
水で濡らす。
① 画法はインジオーネを採
用。
図 35
図 38
~ 2 層目~
② 壁面の水がある程度引いた
ら,コピーを上にあて,赤
ボールペンでなぞってい
く。
珪砂K 5号:K 6号:水酸化カルシウム
=1:0.5:1
図 39
⑨ ニ層目(約 3㎜)に入る。
四辺から圧着させるように
塗り,1 層目と同様傷をつ
ける。
③ 顔料を水で溶いて描いてい
く。今回はイタリア・ルネ
サンス期に見られる描写手
順に則して制作を進めた。
図 36
~ 3 層目~
珪砂 K 6 号:K 7 号:水酸化カルシウム
図 40
=0.5:0.5:1
【イタリア・ルネサンス期に見られる描画手順】
① 3 層目。表面を丁寧に塗る。
※厚い→長時間可能
ただし割れる危険性あり
●肌
1 層目…テールベルトとチタン白
2 層目以降…バーミリオン、イエローオー
カー(またはローシェンナ)
● 髪の毛 影: バーントシェンナ 中間部: ローシェンナ 図 37
明部: イエローオーカーと白
● 背景(肖像画の黒い背景)テールベルト→バー
(3)描画
ントシェンナ→ウルトラマリン→バーントシェン
【下絵の転写法】
ナ(薄く)→ピーチブラック
フレスコ画は彩色時間が短いため,迅速な表現が求
められる。また修正が不可能である為,原寸大の詳細
(5)ストラッポ
な下絵が必要となる。
インチジオーネ・・・直接壁面に紙をあて先の尖った
フレスコ画の他の支持体への移し変えの方法である
ものでなぞる方法。
が,第二次大戦後,イタリアでは連合軍の爆撃により,
スポルヴェロ・・・紙に穴を開けて転写する方法。
多くの教会,聖堂が被害を受けた。そのとき破壊された
教会等の内部に描かれた壁画も飛び散り,たおれ,建
【準備するもの】
● トレーシングペーパー ● テープ ● 赤ボールペン
築の再建とともに破壊された壁画の修復もなされた。再
建,修復の過程で,壁画の表層の壁の下側に塗られた壁
(アッリッチョ)から多くのシノピアが発見された。シノ
ピアとは赤茶の顔料で描かれた,最終層に絵がかれた壁
画の下絵というもので,最終層の前に塗る壁面に描かれ
た,壁画のスタッコの塗り次のあたりをつけるための素
描である。紙の伝来以前の前の壁画に多いことから,素
描の練習も兼ねていたとの説もある。
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東 京 学 芸 大 学 紀 要 芸術・スポーツ科学系 第 60 集(2008)
教会,聖堂の再建のため破壊された壁面に残された壁
画を移動するために,開発されたのが壁画の描画層(イ
ントーナコ)を剥ぎ取り,他の支持体に移し変える技法
である。イントナーコ層全体を剥ぎ取って移し変える方
法をディスタッコ法,イントナーコ層の表層の描画層の
みを薄く剥ぎ取るストラッポ法がある。
どちらも方法は同じで,剥ぎ取ることには変わりは無
い。最初に壁面をきれいに清掃し,画面の表面を固定す
るために,小さく切った木綿,和紙,寒冷紗,麻布等を
膠で固定する。そのあと,その上を画面大の大きさの麻
布を同じ膠で貼り付け補強する。ディスタッコ法はアッ
リッチョ層とイントナーコ層の間に薄い刃物をいれ,壁
図 41
図 42
【準備するもの】
● 三千本膠300 g ● 水1100 g ● 湯 ● 寒冷紗
(細)
● 麻布 ● 木枠 ● 木工用ボンド ● マスキングテープ ● 刷毛 ● タックス,キャ
ンバス張り器 ● ガンタッカー,画鋲
● 金槌,ノミ,ペンチ ● スポンジ,バッド(大)
,
バケツ等。
からイントナーコ層を分離し,顔料の浸透している部分
を残し,余計なイントナーコ層は削り取ってしまう。ス
トラッポ法は画面の補強の仕方は同じだが,膠の乾燥後,
画面下方から補強の麻布等を引っ張りははがしていく。
① 膠の分量を量り,膠に水
を入れて,一晩膨潤させ
る。
どちらの方法をとっても,その後はパネルに石灰カゼイ
ン等を使ってパネルに移し変える。この場合,ア・セッ
コで加筆されていたときは方法が変わる。詳しい方法は
後述する。本論はフレスコ画の歴史を振り返り,フレス
コ画制作実習のための用具,材料,製作工程を解説す
るものである。ストラッポ技法についても触れているが,
図 43
② 継ぎ目部分は少し被るよ
うにする。
あくまでも,制作者のためのストラッポ技法,その技法
を絵画制作の一方法として取り上げるもので,修復者の
方法でないことをお断りしておく。
図 44
ストラッポ
イタリア語で「剥がすこと」の意。 フレスコ画は一般的に,建築物の壁や自然界の岩堀等
に描かれそれらと共に在るものである。だが何らかの事
③ 壁面以外は全てマスキング
テープで覆う。
情で崩壊又は取り壊される危険性が生じた場合,壁面を
保存する必要性が生じる。
ストラッポ技法は壁面の絵画層をごく薄く剥ぎ取る方
図 45
法であり,修復技法の発展の過程で生み出された高度な
技法の一つである。 今ではフレスコ画を一つのタブローと考え,創作活動
において様々に活用・応用されている。
壁を剥がす前に,完成作品を十分に乾燥させてからこ
の作業を行うこと。
(一ヶ月以上が好ましい)
④ 膠 水を一 度 手 早く塗る。
その上に寒 冷 紗をのせ,
再び膠水で貼る。
図 46
⑤ 二枚目の寒冷紗を載せる。
図 47
- 88 -
金子,他 : フレスコ画と修復技法
⑥ 最後に画面大の寒冷紗
を貼る。
◆ パネルに貼り付ける方法の手順(ミックスセメントを使用)
【準備するもの】
● パネル ● 木工用ボンド ● ホワイトセメント
● 珪砂 K 7 号 ● 水 ● 刷毛 ● 棒 ● スポンジ,タワシ,バケツ等。
図 48
⑦ 3 ~ 4 日程乾燥させたもの
を用いる。
① ミックスセメントを用意する。
材料を測り,混ぜる。珪
砂:セメント:ボンド:水
=1:1:1:1
図 49
図 52
⑧ 壁の端から,ゆっくりと丁
寧に剥がす。手前に引っ
ぱるように剥がすと良い。
② ミックスセメントの準備完了。
図 50
⑨ 壁と絵画層が分かれた状
態。絵画層の厚みは 2 ㎜
程度。
図 53
③ 2 ~ 3 ㎜ 程度の厚さで,パ
ネル全体にミックスセメン
トを塗る。
図 51
図 54
※剥れない部分はノミを使い,慎重に壁を削って絵画層
を剥がしていく。
④ 絵画層の裏側にも前面に
ボンドを塗る。
※継ぎ目の部分は,特に慎重に。
(6)絵画層の貼り付け
画布の貼り付け方法
「下地をみせる創作的な方法」と「下地をみせない一
図 55
般的な方法」の二種類。
◆ 貼り付けの手順
1.画面の裏側に,湯に溶けない接着剤(カゼインや木
⑤ ミックスセメントを施した
パネルの上に絵画層を静
かに重ねる。
工用ボンド等)を均一に塗る。
2.皺にならないよう押し広げながら,釘で側面を固定する。
3.一週間ほど乾燥させたら釘をぬき,裏打ち作業を行う。
4.画面を裏側にして接着剤を均一にたっぷりと塗り,6
~ 7 分程放置する。しんなりとしたら麻布を被せ,
中央より手で押し広げながら確実に密着させる。裏
打ちした画布は,木枠又はパネルに張りつける。
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図 56
東 京 学 芸 大 学 紀 要 芸術・スポーツ科学系 第 60 集(2008)
⑥ 手で圧着する。
⑫ 一枚目の寒冷紗を剥がす。
図 57
図 63
⑦ 棒を使ってしっかりと圧
着する。
図 58
⑬ 絵画層を傷めぬよう,残り
の寒冷紗を素早く剥がす。
図 64
⑧ 空 気を中心から外 側 へ,
しっかりと押し出す。
⑭ 二枚目の寒冷紗を剥がす。
図 59
図 65
⑨ 縁は余計なミックスセメ
ントを落とした後,画鋲
で固定する。
図 60
⑮ 表面の膠のぬめりをお湯
をかけながら丁寧に流し
取る。
図 66
⑩ 一週間程度乾燥させる。
⑯ 細かい部分の汚れを取る。
図 61
図 67
⑪ 約 40 ℃ のお湯をスポンジ
又はタワシに含ませ,縁か
ら膠を溶かしていく。
⑰ ストラッポの完成。
図 62
図 68 学生作品(部分)
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金子,他 : フレスコ画と修復技法
結 論
かれた作品が少数だが存在している。ブオン・フレスコ
はある程度の制作のための工期を必要としており,壁に
西洋と東洋の区分けに留まらず,多くの壁画が地球上
描かれたブオン・フレスコが再度,絵画の主流として復
には存在し,その地方の環境に応じて,独自の材料を使
活するとは考えにくい。ブオン・フレスコではないが,
いながら,独特の表現法,描画技術を生み出してきてい
壁にはめ込まれた油彩画,壁面に何らかの処置をし,油
る。歴史的に見て,西洋的壁画の技法は日本では絵画表
彩,アクリル等の描画材で描かれる壁画は,移動の点を
現法の中心とはならなかった。法隆寺の金堂壁画,高松
考慮すると,これから発展の可能性はおおいにあるとい
塚古墳の例は見出せるが,主流とはならなかったのは多
える。しかし,それらの作品は,果たして壁画といえる
湿の風土とそれに応じた柱と襖,板戸を中心とした開放
かどうか疑問も残る。
的な建築様式によっている。中国,朝鮮半島の影響,良
パネル状の仮壁の上にブオン・フレスコで描き作品を
質の和紙の産出等の条件も加わりに障壁画の発展を促し
制作し,発表している作家がいる。しかし,壁は重量が
ていった。漆喰の原料である石灰岩は全国各地に産する
あり,小品に限られてくる。大作はフレスコ・ストラッ
が,西洋的な漆喰の使用の仕方はされてこなかった。日
ポによる修復技法を使い描画層の移し変えにより作品制
本人の漆喰に対するイメージは何も描かれていない「白
作をし,タブローとして作品を発表しているのが現状で
壁」のイメージが強い。
ある。ストラッポにより『壁は動かない』鉄則は破られ,
現在,東京のみならず地方においても規模の違いは
壁は自由に不自由さから解放されるが,絵の裏側には石
あっても鉄骨とコンクリートのビルが立ち並んでいる。
の壁も漆喰層も存在しない。かつては壁が裏側にあり,
外界とはガラス中心で空間は壁で仕切られ,機能性と総
絵具層を支えていたが,現在は,キャンバスとパネルが
合的な環境計画に従って,色彩学によった快適な空間を
絵を支えている。壁画という言葉の概念は広い,しかし
作り出している。外界を借景とし,多くの光を取り入れ
ブオン・フレスコの定義は明確である。
る工夫もなされている。しかし,内部の空間は機能的に
悲観的な面のみ見てきたが,時代の要請に適合した方
仕切られ,色彩的工夫がされていても,建物全体が壁
法も無いとはいえない。
「壁は動く」である。日本のカー
画で覆われた現代建築を東京で見ることはない。広い空
テン構造の外壁は工場生産に目を向けてみよう。内部壁
間の一部の壁に絵画の展示はされることはあっても,全
も同じように考えれば,理論上可能である。壁はある程
体の空間に影響を与えないくらいに質素に壁面の一部に
度細分化され,作家の工房で規格にそってした支持体の
描かれているに過ぎない。日本の建築物は消耗品であ
上に下塗り,中塗り,上塗りされ,ブォン・フレスコ技
る。そこに永久という発想は全く無い。鉄とコンクリー
法で描きあげられ,現場で組み立てられる。継ぎ目は現
トの建築物は歴史的なものであっても,修復されながら,
場で塗られ,描かれ調整される。建築物に寿命が来た
残っていく建築物は幸運である。コンクリートと鉄の建
時,壁画は建築物と運命を共にするか,壁ははずされ保
築物は西洋の石造建築の比ではなく持って100年である。
存される。作家側の虫のいい話しでもあるが,不可能で
まして,地震多発の日本においては耐震構造が優先され,
はない。前述した様にストラッポされて残す道も開かれ
歴史的建造物も消えていく運命にある。もし,ブオン・
ている。建築技術と修復技術の発達はフレスコの新たな
フレスコで描かれていた作品があったなら,よほど,歴
る可能性を含んでいる。今必要なのは,西洋で隆盛期を
史上重要な作家の作品でなければ,建築物と共にに描か
向かえ,衰退し廃れた技法を現代に添った形で活かこと
れた壁画はストラッポによる移動も無く,破棄されてい
にあるだろう。芸術大には壁画コースが存在し,美術大
く運命にある。
学,専門学校も,何らかの形でブオン・フレスコの授業
フレスコ画に未来はあるか,あると信じたい。しかし,
を行っている。このような,地味な営みを続けていくこ
現在の建築・土木を経済の循環の中で,立て替えること
とが大事なことであろう。この,文章は造形美術教室洋
によっての,経済効果を考える思考が底辺にある限り,
画・技法材料研究Ⅱの実習記録をまとめたものである。
永遠を夢見る建築と壁画はは成立しないだろう。常に,
まだまだ多くの壁画が,洞窟の中,地表の下で,人の
壊すことを前提に立てられた建築物は一瞬の輝きを持つ
目にも触れず,多くの壁画が蒼穹の時間を刻んでいる。
に過ぎない。限られた予算と後期,効率化,短期間での
建築計画の中で,壁と一体になったブオン・フレスコの
参考文献
大掛かりな壁面の制作は特別な条件の下でなくては成立
しない。現在,公共建築,病院,ホテル,レストラン等
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のロビーの壁や天井の一部にブオン・フレスコ技法で描
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1978年
2)新規 矩男責任編集『大系世界の美術 第 4 巻 古代地中海
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