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平成25年度 発電用原子炉等利用環境調査

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平成25年度 発電用原子炉等利用環境調査
平成25 年度発電用原子炉等利用環境調査
(原子力産業動向調査)
報告書
平成26年3月
一般財団法人 日本エネルギー経済研究所
本書は、
「平成25年度発電用原子炉等利用環境調査」として経済産業省から一般財団法
人日本エネルギー経済研究所が受託して実施した『原子力産業動向調査』の報告書である。
目次
第一部 国内外原子力産業の事業環境 .................................................................................................... 1
1. 国内外の原子力産業の動向 .........................................................3
1.
世界のエネルギー・環境政策.........................................................................................................................................................3
2.
ウラン需給動向と資源開発 ........................................................................................................................................................... 27
3.
核不拡散と安全保障・核物質防護の現状と課題............................................................................................................. 32
2. 原子力の各種技術動向 ............................................................36
1.
次世代炉とサイクル技術開発の動向 ..................................................................................................................................... 36
2.
安全性向上の取り組み .................................................................................................................................................................... 46
3.
高レベル放射性廃棄物処分技術の動向.............................................................................................................................. 51
3. 原子力事業環境とリスク ..........................................................59
1.
主要国の電力自由化政策.............................................................................................................................................................. 59
2.
電源別発電コスト内訳と比較 ....................................................................................................................................................... 63
3.
海外インフラ建設プロジェクト事例からみる原子力事業リスク............................................................................... 68
4. 原子力の社会的受容性 ............................................................70
1.
福島再生に向けた取り組み.......................................................................................................................................................... 70
第一部
国内外原子力産業の事業環境
1
1. 国内外の原子力産業の動向
本節では、原子力産業の事業環境調査の一環として、欧米及びアジア主要国のエネルギー政策、電力・
原子力政策、エネルギー安全保障を巡る状況等について述べる。
1.
世界のエネルギー・環境政策
1-1 エネルギー安全保障を巡る国際情勢
1-1-1
今後のエネルギー需給の見通し
世界的にみると、今後のエネルギー需要は OECD(Organisation for Economic Co-operation and
Development、経済協力開発機構)地域では伸びずに、アジアを中心として中東やアフリカなどで増えて
行くと想定されている。世界の化石燃料依存度は、過去 25 年間で約 80%であった。この先、仮に再生可
能エネルギーや原子力が大幅に導入されたとしても、需要の増大が続くため化石燃料依存度は、75%に低
下するにすぎない。従って、安全保障の観点からエネルギー源を多様化することは、この先も非常に重要
である。
今後も化石燃料依存が続くと想定される中で、依然として中心となる石油については、重要な生産地で
ある中東からのフローが大幅に変わっていくことが想定されている。特に、アメリカがシェール革命によ
り自国での石油・ガスの生産が大幅に増加しており、アメリカの中東からの原油輸入量が大幅に低下して
いくことが予想されている。反面、アジアの中国・インドへの輸出が大幅に増加し、これまでの OECD
諸国にとって代わる存在となる。こうした状況は、これまで中東に対して介入を続けてきたアメリカの立
場に変革をもたらす可能性もあり、中東地域における安全保障の状況が変わることは、エネルギー分野の
安全保障にも多大な影響をもたらす可能性があることに留意が必要である。
IEA WEO 2012
(百万バレル/日)
7
2000
6
2011
2035
5
4
3
2
1
中国
インド
日本、韓国
欧州
米国
図 1 中東からの石油輸出(仕向け地域別)
(出所)第 10 回勉強会『最新世界情勢とエネルギー安全保障―世界から日本のエネルギーミックスを考える―』
、
東京大学公共政策大学院 田中伸男氏資料
3
1-1-2
エネルギー安全保障上の課題
中東地域については、イランの現政権が現実路線に入ってきていることもあり、従来よりも危機が発生
する可能性は低下しているものの、イスラエルによる攻撃や、それに起因するホルムズ海峡の封鎖等の供
給途絶リスクについて対策を講じておくことは依然として重要であると考えられる。現在の国際エネルギ
ー機関(IEA: International Energy Agency)による原油の備蓄量1は 16 億 bbl であるが、ホルムズ封鎖
が起きれば 1300 万 b/d の供給途絶が起こり、仮に備蓄をすべて放出したとしても数カ月しかもたないこ
とになる。特に日本では、石油以外にも LNG の供給を中東地域に一定程度依存しており、国内では天然
ガスの備蓄はほとんどないことから、供給途絶が発生した場合には、大きな混乱が起こると想定される。
こうした事態を避けるためには、エネルギー源の多様化はもちろんのこと、供給源の多様化を進めてい
くことが極めて重要である。この点、中国はシーレーンへの依存度が高いこともあり、海軍力の強化をも
って対処しようとしているが、その他にもパイプラインによる石油・ガスの調達に取り組んでいる。
なお、今後中国とインドの石油輸入量が大幅に増加することから、IEA 加盟国の備蓄量と IEA 未加盟
の中国・インドの備蓄量が逆転する可能性もある。こうした事態になれば、石油危機を契機に石油消費国
のエネルギー安全保障確保ために設立された IEA の相対的な影響力が低下する可能性があり、中国とイン
ドを如何に IEA に加盟させるかという点が問題となるであろう。
1-2 中国のエネルギー政策動向
1-2-1
中国のエネルギー概況
再生可能エネル
水力 ギー等 9%
2%
原子力
1%
石油
16%
ガス
4%
2,728
MTOE
2011年
石炭
68%
COUNTRY: China
図 2 中国の 1 次エネルギー供給構成(2011)
(出所)IEA, Energy Balances of Non-OECD Countries 2013 Edition
水力
15%
原子力
2%
天然ガス
2%
その他
2%
4,716
TWh
石炭
79%
COUNTRY: China
図 3 中国の発電電力量構成(2011)
(出所)IEA, Energy Balances of Non-OECD Countries 2013 Edition
1
我が国では、民間備蓄・政府備蓄の両方式にて石油備蓄を行っている。2014 年 1 月末現在の国内備蓄量は、資源エネルギー
庁・石油備蓄の現況によれば、政府備蓄が 109 日分(原油 4,891 万 kL≒3.1 億バレル、製品 130 万 KL)
、民間備蓄 82 日分(原
油 1,809 万 KL≒1.1 億バレル、製品 1,879KL)となっている。なお、上記の備蓄は「石油の備蓄の確保等に関する法律」に基
づき行われている。
4
(基本政策)
● エネルギー需要の急増に対処するため、供給面では石油・天然ガス・石炭、再生可能エネルギー等、
あらゆる国内資源の生産強化及び輸入先の多用化を推進している。原子力についても、福島第一原発
事故後、安全対策強化等の理由によりペースダウンしたものの、積極的な導入が続いている。需要面
では、省エネ対策が強化されつつある
● エネルギー需給バランスの安定確保と並んで、環境保全対策が重要性を増している。
1-2-2
低炭素社会を目指す中国
中国は一人あたりのエネルギー消費やCO2 排出量は小さいものの、
人口が13億人超と世界1位であり、
エネルギー消費と CO2 排出量の総量は大きい。このため、中国を抜きに世界のエネルギー問題を考えるこ
とはできない状況である。
現在、中国が直面する課題は、エネルギー需要拡大に伴い化石燃料輸入が拡大したことによるエネルギ
ー安全保障上の問題、環境問題の深刻化である。2009 年に中国は低炭素社会を目指す方針を示し、政府と
議会が結束して低炭素システムを構築し、エネルギー安定供給の確保、CO2 排出の抑制、低炭素技術開発
と産業育成に取り組んでいる。この取り組みの中心には原子力産業が据えられているが、現在のところ中
国の総発電電力量に占める原子力の割合は数%にすぎない。しかし、中国政府が 2012 年 5 月に公表した
修正版見通しでは、2020 年には原子力の割合を 7%、2030 年には 15%、2050 年には 24%にするとして
いる。
1-2-3
中国の原子力発電計画
福島事故後、中国の原子力発電は、安全の重視・追及へ焦点が置かれており、経済性と安全性の両立を
模索している。2011 年 3 月 16 日の原発安全対策に関する国務院決定に伴い、原発の安全点検と開発計画
の見直しが行われ、国務院は 2012 年 5 月に原発の安全を宣言した。また、国務院は 2012 年 10 月 24 日、
「原発安全改革(2011-2020 年)
」と「原発中長期発展計画(2011-2020 年)
」を承認した。この原子力開
発の方針の見直しで、原発開発目標の下方修正、稼働中・建設中の原発安全対策に 2015 年までに 798 億
元(1 兆円)の投入、新設時の第 3 世代炉の採用、内陸部での新設を行わないことを決定した。また、中
国の卸電力価格は発電原価に基づいて政府が基準価格として決定しているが、
2013 年以降に新規稼働した
原子力発電所については、原子力発電の基準価格を石炭火力基準価格が下回る場合、石炭火力基準価格を
原子力基準価格に採用するように規定した。これにより、原子力発電の収益性を向上させ、原子力発電所
建設にインセンティブを持たせている。
放射性廃棄物の安全管理については、1994 年の原子力発電の運転開始から研究が行われていたが、本
格化したのは 2000 年以降である。高レベル放射性廃棄物処分場については処分場の重点予選地、使用す
る緩衝・埋立材料の第一候補が決定している。政府が決定した処分場立地地点を、地方政府が覆すことが
ないよう制度を変更するなど、処分場選定の下準備が進められている。しかしながら、処分費用について
は制度整備が不十分な状況である。
1-2-4
中国の天然ガス政策
また、中国では天然ガスを石炭代替や低炭素化において、原子力と並んで重要な役割と位置付け、一次
エネルギー消費に占める天然ガスの割合を長期的には 15%程度まで拡大することを目指しており、不足す
る天然ガスは LNG やパイプラインを通じて輸入する計画である。また、国内の天然ガス開発では、四川
や重慶でシェールガスが 1 本のガス井あたり 10~54 万 cm/d 生産されたことから、中国国内でのシェー
ルガス開発への期待が高まっている。2015 年までにシェールガス生産量を 65 億 cm とする政府目標は、
これまで必ずしも楽観視はされてこなかったが、現在では達成可能あるいは政府目標の倍の生産が可能と
5
いう意見も出ている。なお、ガスの位置づけは主として石炭の代替であり、低炭素電源としての原子力や
再生可能エネルギーの位置づけにあまり影響はしないと予想される。
1-3 韓国のエネルギー政策動向
1-3-1
韓国のエネルギー概況
原子力
15%
再生可能エネル
ギー等 2%
石炭
30%
石油
36%
263
MTOE
2012年
ガス
17%
COUNTRY: Korea
図 4 韓国の 1 次エネルギー供給構成(2012)
(出所)IEA, Energy Balances of OECD Countries 2013 Edition
水力
1%
その他
1%
原子力
29%
528
TWh
2012年
天然ガス
23%
石炭
42%
石油
4%
COUNTRY: Korea
図 5 韓国の発電電力量構成(2012)
(出所)IEA, Energy Balances of OECD Countries 2013 Edition
(基本政策)
● 2006 年の「エネルギー基本法」制定によって、
「国家エネルギー基本計画」が以前の「エネルギー利
用合理化法」に代わり、20 年を計画期間として 5 年ごとに策定される。
● 「国家エネルギー基本計画」
(2008 年版)の主な目標は次のとおり:
● ①エネルギー原単位を現在の 0.347 toe/1000$から 2030 年までに 0.185 toe/1000$に 46%改善、②
石油を含めた化石エネルギー比率(1 次エネルギー基準)を現在の 83%から 2030 年までに 61%へ
縮小し、再生可能エネルギー比率は現在の 2.4%から 2030 年までに 4.6 倍の 11%へ、原子力は現在
の 14.9%から同 27.8%へ、それぞれ拡大、③「グリーン技術」などのエネルギー技術の R&D 予算拡
大、主要技術の選定、開発・導入の促進、④石油・ガスの自主開発率を現在の 4.2%から 2030 年まで
に 40%に拡大
● 2013 年 12 月 10 日、韓国通商産業エネルギー省(Ministry of Trade, Industry and Energy)が議会
に提出したエネルギー基本計画案によると、電力需要の増加を抑制する一方で原子力の役割を認識し、
2035 年までに原子力設備容量を 29%とする内容となっている。朴政権は原子力の「過剰な増設」も
「突然の崩壊(sudden collapse)
」も避けたく、原子力に一定の役割を期待する方向性を明示した。
6
1-3-2
第 1 次国家エネルギー基本計画と改訂の議論
韓国では、2006 年に制定された「エネルギー基本法」により、国家エネルギー基本計画が策定されて
いる。これは、5 年毎に将来 20 年間の計画を策定している。
第 1 次計画は、2008 年に策定され、エネルギー自給率の向上に焦点が当てられ、特に原子力発電の割
合を 41%にまで増大させることが特徴であった。2013 年には、第 2 次国家エネルギー基本計画の策定が
開始されたが、第 1 次計画策時は、公聴会は行われたものの政府主導で策定されたのに対して、第 2 次計
画時は、官民ワーキングを設置し国民の意見を広く取り入れる方式に転換している。これは、福島事故を
契機にエネルギー問題に国民の関心が高まっていること、2013 年 2 月に発表された第 6 次長期電力需給
基本計画に対する批判を受けてのことである。
2013 年 5 月には、第 2 次国家エネルギー基本計画を議論する、政府・産業界・市民団体等の専門家 60
名からなる官民合同 WG が設置された。5 つの WG があり、詳細は以下の通り。
①総括 WG:②~④の WG の議論内容を総括し、国家エネルギー基本計画全体を議論
②需要 WG:需要予測、需要管理、エネルギー価格政策
③電力 WG:送電網建設に関する受容性確保策、分散型電源の導入促進策、温室効果ガス削減対策
④原発 WG:原発コストの計算、安全強化策、原発の社会的重要性確保策、原発比率検討
⑤再生可能エネルギーWG:再エネ普及目標、再エネの販売政策の改善策
WG での議論を経て、2013 年 10 月に草案を政府に勧告した。草案の中では、以下の理由により 2035
年の原子力比率が現在の水準と同程度である 22-29%とされたことが特徴である。
・福島事故以降、原子力に対する国民の受容性が低下していること
・原発の新規建設時の用地確保が困難化することが予想されること
・増設時に必要な送電系統整備が難航していること
1-3-3
第 2 次国家エネルギー基本計画
この草案を基に、2014 年 1 月に韓国政府は、第 2 次国家エネルギー基本計画を閣議決定した。2035 年
の原子力比率は、現在と同水準である 29%を目標としており、第 1 次計画よりも大幅に下方修正されてい
るものの、これを達成するために必要な原子力発電容量は 4,300 万 kW となっている。これは、2024 年
までに現在計画中の原発が建設され、さらに 700 万 kW(5~7 基)の新設が必要である。従って、韓国の
原子力に対する姿勢は従来よりも数値上は下方修正されているものの、むしろ従来の計画が相当高いもの
であり、原子力推進という立場に立ちつつも、現実的な数値目標に落ち着いたとみるべきであろう。以下
に、第 2 次国家エネルギー基本計画の概要を示す。
表 1 第 2 次国家エネルギー基本計画の概要
第 1 次計画
第 2 次計画
対象期間
2008-2030 年
2013-2035 年
原子力比率
41%
29%
再エネ比率
11%
11%
重点課題
・エネルギー自立社会の実現
(自主開発率 3→40%)
・需要管理中心の政策転換
(電力需要 15%以上削減)
・脱石油社会に転換
(石油依存度 43→33%)
・分散型発電システムの構築
(発電量のうち 15%以上)
・エネルギー低消費社会に転換
(エネルギー原単位 0.34→0.18)
・環境保護、安全強化
(発電部門の温室効果ガス 20%削減)
・グリーン技術で成長と雇用創出
・エネルギー安全保障の強化
(資源開発率 40%、再エネ 11%)
・共に生きるエネルギー社会
(エネルギー貧困層 7→0%)
・国民と共にする政策推進
(2015 年よりバウチャー制度導入)
7
1-4 欧米主要国の電気事業体制、電源開発計画
1-4-1
イギリス
(a) エネルギー概況
原子力
10%
再生可能エネル
ギー等 5%
石油
31%
192
MTOE
2012年
石炭
20%
ガス
34%
COUNTRY: United Kingdom
図 6 イギリスの 1 次エネルギー供給構成(2012)
(出所)IEA, Energy Balances of OECD Countries 2013 Edition
その他
10%
水力
1%
原子力
20%
石炭
40%
360
TWh
2012年
天然ガス
28%
石油
COUNTRY: United Kingdam
1%
図 7 イギリスの発電電力量構成(2012)
(出所)IEA, Energy Balances of OECD Countries 2013 Edition
(基本政策)
● 英国のエネルギー・環境政策の長期的な課題は、以下の 2 つである。
 二酸化炭素排出量の削減による、英国および世界の気候変動問題への対応
 安定的でクリーン、かつ適正な価格のエネルギー供給の保証
(b) 電気事業体制
イギリスでは、1990 年、2001 年の 2 段階で規制改革を実施した。1990 年の改革では、国営電力会社
の発送電分離とプール市場の導入を実施した。プール市場の導入により、IPP の参入が相次ぐ一方で、非
効率プラントが次々と廃止され、市場は活性化した。しかしながら、取引価格が高止まりする等の多くの
問題が生じ、2001 年の改革ではプール市場が廃止され、新たな卸電力取引制度2(New Electricity Trading
Arrangements: NETA)に引き継がれた。NETA は、相対取引を主体とした取引制度である。現在の卸市
場は、先渡市場が中心となっている。
2
NETA は、それまでの強制プール市場制と異なり、私設の市場取引や相対契約を中心とした、市場原理に基づいた取引を主体
にする制度である。 基本的には、自由な取引が容認されるが、需給調整は需給調整市場を通じて行われることと、インバラ
ンス決済が需給調整市場における需給調整取引に要した費用に基づき算定されることが特徴である。
8
発電部門
発電会社
卸電力取引所(APX UK)
(卸電力取引)
トレーダー、ブローカー
送電部門
送電会社(Natinal Grid)
配電部門
配電会社
小売供給部門
供給会社(アグリゲーター等)
需要家
需要家
図 8 2001 年以降のイギリスの電気事業体制
(出所)第 6 回勉強会『欧米主要国の電気事業概要と今後の展望』
、日本エネルギー経済研究所 小笠原潤一資料
小売部門は、1990 年に家庭用を含め全面自由化されており、供給ライセンスは 107 社に発給されてい
る。しかしながら、いわゆる Big 6 が市場の 90%以上のシェアを占めている寡占市場となっている。
その他, 1%
British Gas,
25%
SSE, 19%
EDF, 13%
Scottish
Power, 11%
RWE
Npower, 14%
E.on, 17%
図 9 小売市場(家庭用)における事業者別シェア(2011 年 12 月)
(出所)Ofgem, “The Retail Market Review”
(c) 2012 年電力市場改革
イギリス政府は、2011 年 7 月に電力市場改革(Electricty Market Reform: EMR)を公表した。これは、
イギリスの電力卸市場に低炭素電源を導入するインセンティブを盛り込むことを目的としたものである。
主たる政策として以下の 4 点が挙げられる。

差額決済方式を用いた低炭素発電電力の固定価格買取制度(FIT-CfD)
競争的な卸発電市場と両立する低炭素電源買取政策を目指す
 発電容量市場(Capacity Market)制度
実質的に火力発電に対する固定費回収を認める制度。
 炭素の下限価格(Carbon Price Floor)の設定
炭素価格の下限を設定することで短期の景気変動等に起因する炭素価格下落の影響を排除し、低炭
素電源投資を促進する下支えをする。
※炭素下限価格は、2013 年 13 ポンド/t-CO2 と設定し、2020 年に 30 ポンド、2030 年に 70 ポンド
へと上昇していくこととされていた。しかしながら、EU-ETS 価格の低迷により、2016-2017 年の
下限価格は 18 ポンド、2017-2018・2018-2019 の下限価格は最大で 18 ポンドとすることが公表さ
れている。
 火力発電所への CO2 排出基準値の設定
火力発電の排出原単位を基に年間発電量を指定。CCGT はベース運転が可能だが、石炭火力はピー
ク運転に該当する稼働率しか確保できなくなる。
9
これらの制度は、各電源の CO2 排出原単位に応じて市場を区分する制度設計であると言える。低炭素電
源は CfD、火力発電は容量市場を通じて固定費を含めた費用回収が可能な制度となっている。本来は自由
競争であったはずの火力発電も容量市場を導入することで、
政府介入度合の強い市場となる見込みである。
全体として、自由市場から管理市場に向かっていると言える。
FIT-CfD の仕組みは下図の通りである。卸市場価格を踏まえ、事前に設定されたストライク価格との差
額を補填する仕組みである。
政府
目標・義
務の設定
分析
送電会社
(National Grid)
適格性評価
発電事業者
発電事業者
発電事業者
CfD
支払
 スポット市場で電気価値を販売可能
 変動型再エネ電源はインバランスリ
スクがあり、PPAでの長期買取を選
択(買取価格にインバランス料金リス
クを反映可能)
目
標
・義
務
の
設
定
CfD管理者
(CPB)
支払
義務
小売事業者
小売事業者
小売事業者
販売量シェアに基づき義務設定
(小売供給事業者ライセンスを通
じた義務)(予定)
電力集約産業の免除を検討中
図 10 FIT-CfD 制度の概要
(出所)第 6 回勉強会『欧米主要国の電気事業概要と今後の展望』
、日本エネルギー経済研究所 小笠原潤一資料
FIT-CfD 制度では、原子力発電も対象としている。最近になり、Hinkley Point C 原子力発電所計画に
対して、イギリス政府と EDF Energy との間でストライク価格について、以下の合意がなされた。
・89.50 ユーロ/MWh(Sizewell C 計画の最終投資決定が行われた場合)
・92.50 ユーロ/MWh(Sizewell C 計画の最終投資決定が行われなかった場合)
・消費者物価指数を指標とし、契約は発電開始から 35 年間
・15 年、25 年時点で運転コストを再評価し、必要であればストライク価格を見直す。
イギリスでは 2020 年までに約 2,000 万 kW に相当する発電所が閉鎖される予定であり、供給予備率が
大幅に低下することが予想されている。また、再生可能エネルギーの導入拡大により、調整力を持った電
源確保の必要性が高まっている。しかしながら、再生可能エネルギーの普及により火力発電の稼働率が低
下し、
経済性が低下していることから、
今後新たな火力発電所への投資が行われるか不透明な状況にある。
そうした事態に対処するため、EMR の一環として、政府が算定した信頼度基準を基に想定された供給力
を、National Grid がオークション方式により確保する容量市場制度(Capacity Market)が導入される
ことになった。
この制度では、オークションにより落札者が決定されると、新設の発電所で最大 10 年間、発電容量を
提供する代わりに、容量支払(Capacity Payment)を受け取るものである。2014 年 3 月現在、詳細な制
度設計が行われている。これにより、落札者となった事業者は容量支払により、発電所固定費の回収を行
うことが可能となり、新規の火力発電所への投資が行われるようになると期待されている。
10
時間
CFD電源は先渡市場又はスポット市場に販売する必要
C
F
D
電
源
CFD電源は実発電量に基
づきストライク価格と指標
価格の差額を精算
先渡市場(自己電源、長期相対契約含む)
スポット市場
(一日前、当日)
火
力
年間稼働時間は
EPSの範囲内
容
量
市
場
容
量
市
場
通常の卸販売
を実施
容
量
市
場
バラン
シング
市場
売卸
れ市
残場
りで
の
実需給
卸市場で売れ残っ
た容量市場電源
は、緊急時に応答
する義務(違反に
対し罰金あり)
火力電源は容量市場で落札できたものが供給力となり、卸販売
が成立しなくとも稼働可能な状態を維持しなければならない
図 11 EMR 実行後のイギリスの電力取引の流れ
(出所)第 6 回勉強会『欧米主要国の電気事業概要と今後の展望』
、日本エネルギー経済研究所 小笠原潤一資料
(d) 電源開発計画
2011 年に政府がとりまとめた「Carbon Plan」の中では、温室効果ガスの排出量を 2050 年時点で 1990
年比 80%削減の目標を達成するための第一段階として、2020 年時点で 1990 年比 50%削減の目標が掲げ
られている。これを達成するため、2020 年時点で 40~70GW 相当の原子力、再生可能エネルギー、CCS
設置火力による老朽火力のリプレースが必要とされている。また、2020 年時点で発電量に占める再生可能
エネルギーの割合を 30%とすることとしている。
1-4-2
ドイツ
(a) エネルギー概況
再生可能エネル
水力ギー等 11%
1%
原子力
8%
石炭
25%
307
MTOE
2012年
石油
33%
ガス
22%
COUNTRY: Germany
図 12 ドイツの 1 次エネルギー供給構成(2012)
(出所)IEA, Energy Balances of OECD Countries 2013 Edition
11
水力
4%
その他
20%
原子力
16%
611
TWh
2012年
石炭
47%
天然ガス 石油
11%
2%
COUNTRY: Germany
図 13 ドイツの電力供給構成(2012)
(出所)IEA, Energy Balances of OECD Countries 2013 Edition
(基本政策)
● 連邦経済技術省は、①効率性(Efficiency)、②供給安定性(Supply security)、③環境適合性(Environment
compatibility) を基本政策としている。
● 福島事故以降、国内の稼働年数の長い原子力発電所の即時閉鎖を決定し、2022 年までに段階的に原子
力を削減し、脱原子力をする方針を掲げている。
(b) 電気事業体制
1996年のEU電力自由化指令を受け、
1994年にエネルギー事業法を改正し電力自由化を開始した。
1998
年にネットワーク部門を含めた自由化を実施したが、実際には託送制度の不備等もあり、不備が解消され
た 2000 年から実質的に小売の自由化が指摘されたと言われている。現在では、4 大グループが形成され
ており、
E.ON及びRWEは国際エネルギー企業化したが、
EnBWはEDFの傘下に、
東ドイツ地域のVEAG
と Bewag は Vattenfall に買収され、Vattenfall Europe となった。また、RWE、E.ON、Vattenfall Europe
の送電子会社はオランダ・ベルギーの送電会社等に売却されている。
E.on、RWE、Vattenfall Europe、EnBW 自由化市場
発電部門
4大電力会社
発電部門
4大電力会社
系取引会社
送電部門
配電部門
小売部門
地域・地方配
電会社
発電部門
独立系発電
会社・輸入
規制市場
再生可能エネ
ルギー発電
買固
取定
制価
度格
EEX(電力取引
所)
RWE・EnBW送電会社、独立系送電会社(外資)
地域配電会社
4大電力会社系配電会社
地域配電会
社系小売
会社
4大電力会社系小売会社
地方配電
会社
たし再
価、 エ
格全 ネ
形体電
成で気
をの を
目需 ス
指給 ポ
しバッ
て ラ ト
いン市
る ス場
。 にへ
応投
じ入
需要家
図 14 ドイツの電気事業体制
(出所)第 6 回勉強会『欧米主要国の電気事業概要と今後の展望』
、日本エネルギー経済研究所 小笠原潤一資料
12
発電市場における 4 大電力会社のシェアは約 80%となっており、寡占市場となっている、一方で、小売
については 1,000 社を超える会社があり、4 大電力会社のシェアは 30%程度にとどまっている。送電系統
(220kV・380kV 系統)は 4 大電力会社が保有しており、地域配電会社は 200 社以上、地方配電会社は
500 社以上存在している。
卸電力取引所である EEPX での取扱量は年々増加傾向にあり、電力消費の 30%程度を占めている。
なお、ドイツでは再生可能エネルギーの固定買取制度により、風力・太陽光を中心に多くの発電設備が
導入されている。それに伴って買取費用も増大しており、電気料金上昇の一因となっている。
億kWh
6,500
6,000
5,500
5,000
4,500
4,000
3,500
3,000
2,500
2,000
1,500
1,000
500
0
-500
-1,000
1995
1998
2001
2004
2007
2010
水力
原子力
火力
その他
風力
再エネ他
揚水動力
純輸入
合計
電力消費
図 15 ドイツの発電電力量構成
(出所)第 6 回勉強会『欧米主要国の電気事業概要と今後の展望』
、日本エネルギー経済研究所 小笠原潤一資料
図 16 ドイツの電気料金推移
13
(c) 電源開発計画
温室効果ガス削減目標として、2050 年時点で 1990 年比 80%削減が掲げられている。この目標を達成
するため、Energy Concept 2010 において行程が描かれている。発電電力量の具体的な内訳はないが、1
次エネルギー供給ベースの目標は以下の通り。
9000
8000
地熱
一次エネルギー( PJ)
7000
太陽光
6000
風力
5000
バイオマス
4000
天然ガス
3000
石油
2000
石炭
1000
原子力
0
2010
2020
2030
2040
2050
図 17 ドイツの一次エネルギー供給の見通し
(出所)Energy Concept を基に(一財)日本エネルギー経済研究所作成
将来的には、原子力を廃止し再生可能エネルギーの割合を大幅に増加させる計画となっている。
1-4-3
フランス
(a) エネルギー概況
水力
2%
原子力
44%
再生可能エネル
ギー等 5%
石油
29%
252
MTOE
2012年
ガス
15%
石炭
5%
COUNTRY: France
図 18 フランスの 1 次エネルギー供給構成(2012)
(出所)IEA, Energy Balances of OECD Countries 2013 Edition
水力
4%
その他
20%
原子力
16%
611
TWh
2012年
天然ガス 石油
11%
2%
石炭
47%
COUNTRY: Germany
図 19 フランスの発電電力量構成(2012)
(出所)IEA, Energy Balances of OECD Countries 2013 Edition
14
(基本政策)
● エネルギー政策の主要な方針として、①エネルギー自給と供給保障、②割安で競争力のあるエネルギ
ー価格、③地球温暖化対策④全国民に対する平等なエネルギー供給を掲げている。
(b) 電気事業体制
フランスにおいても 1996 年の EU 電力自由化指令を受け、
2000 年 2 月に電力自由化法を制定し電力制
度改革を開始したが、EU 指令の最低限の義務を順守する形で実施されている。現在は、EDF の寡占市場
となっているが、大口需要家の 15%弱、家庭の 5%が新規参入者を選択している。
発電から小売に至るまで、EDF のシェアが高いため、競争促進の観点から EDF の保有する原子力の切
り出しを行うため VPP(仮想発電設備)の競売を実施してきた。同制度は既に終了し、現在は、一定の原
子力発電電力を他事業者に販売することを義務付ける方式に変更している。同制度に基づき販売される電
力は、EDF の発電原価をもとに決定されることになっている。
EDF グループ
発電部門
IPP(独立発
電事業者)
EDF発電部門
卸電力取引所
(EPEX)
(卸電力取引)
送電部門
配電部門
再生可能エネ
ルギー発電
買固
取定
制価
度格
EDF送電子会社
EDF配電子会社
公営電力等の
地方配電会社
小売供給部門
新規供給会
社(アグリ
EDF小売部門
ゲーター等)
需要家
需要家
図 20 フランスの電気事業体制
(出所)第 6 回勉強会『欧米主要国の電気事業概要と今後の展望』
、日本エネルギー経済研究所 小笠原潤一資料
(c) 電源開発計画
フランスでは、現在エネルギー移行に関する議論を進めているところであり、明確な電源構成に関する
目標は定まっていない。なお、Hollande 大統領の選挙公約では、原子力の比率を 2025 年時点で現状の
75%から 50%にまで低減する目標を掲げている。なお、削減される原子力 25%相当分は、再生可能エネル
ギーに振替られる見込みであるが、具体的な削減計画はフランス最古の Fessenheim 原子力発電所の閉鎖
のみである。
(d) フランスのエネルギー政策を巡る国民的議論
Hollande 大統領は、2025 年までに原発比率を 50%まで削減し、再生可能エネルギーで代替することを
選挙公約に掲げ、これを達成するための方策が議論されている。このエネルギー移行(transition
énergétique)のための具体的方策は、国民的議論を基に決定することとなっているが、Hollande 政権は
Fessenheim 原子力発電所の廃炉と Flamanville 原子力発電所の新設以外の具体的な方策は一切示してい
ない。
15
国民的議論のスケジュールは以下の通り。
表 2 フランスにおける国民的議論のスケジュール
議論の開始。Batho エネルギー大臣を議長とし、以下の 6 人の委員から構成される運
2011 年 10 月
2013 年 1 月~
営委員会が結成。
Laurence Tubiana:エコノミスト、持続可能開発と国際問題協会(IDDRI)
Jean Jouzel:気候変動学者、IPCC 科学グループ副会長
Anne Lauvergeon:Areva 元 CEO
Georges Mercadal:公開討論に関する国家委員会の元副会長
Bruno Rebelle:グリーンピース
Michel Rollier:元ミシュラングループ総裁
議論に関連する情報の公開開始
フランス全土での議論
ホームページ(http://www.transition-energetique.gouv.fr/)等で、議論のため
2013 年 5 月~7 月
のキットが公開され、これを用いて友人、学校、協会等の単位での議論を実施し、
その結果得られたアイデア等を送付。
5 月 25 日を市民の日として、国内(海外領土含む)14 か所で議論を実施。1115 名が
参加。等
2013 年 7 月 18 日
2013 年 9 月 20~21 日
2014 年春
全国協議会の開催と国民的議論の結果のまとめ
環境会議で議論の結果が政府に提出
エネルギー政策に関連する法案の審議開始
上述のように国民的議論が実施され、その概要は以下の通り。
 2050 年までに温室効果ガス排出量を 1/4 にする、Facteur4 を達成するためには、農業など一律な
削減が困難なセクターがあるため、エネルギー起源の温室効果ガス排出量を 75%以上削減する必
要がある。
 Hollande 大統領の選挙公約は尊重するものの、原発の削減は温室効果ガスの増大を招くとして反
対意見が見られた。
 温室効果ガス削減目標と整合のとれた、2050 年までのエネルギー効率改善と再生可能エネルギー
開発目標の設定が必要。
 エネルギー消費を効率化する等により年率 2~2.5%、総量で 50%削減することが前提となってい
るが、この目標が全ての利害関係者の共通認識となっていない。CO2 貯蔵技術を含むブレイクスル
ーも期待されるが、それがなくとも 75%削減を達成できる方策を選定する必要がある。
 経済的・社会的・政治的・技術開発状況に応じ、5 年毎に改定することが必要。
 複数年投資計画(PPI)によるアプローチが、一貫性のある計画の実施ために果たす役割は大きい。
 なお、このほかにも、エネルギー貧困への対処、エネルギー効率改善、再エネ等への投資促進、雇
用開発等について記載されている。
2014 年 3 月現在、
未だエネルギー政策に関する法案は公開されていない
(骨子は 2013 年 12 月に公開)
が、今後上述の内容を含んだ法案が審議され、2014 年中にも成立する見込みとなっている。
16
1-4-4
スペイン
(a) エネルギー概況
再生可能エネル
ギー等 10%
水力
1%
原子力
13%
125
MTOE
2012年
石炭
石油
41%
12%
ガス
23%
COUNTRY: Spain
図 21 スペインの 1 次エネルギー供給構成(2012)
(出所)IEA, Energy Balances of OECD Countries 2013 Edition
その他
23%
水力
7%
石炭
19%
石油
5%
294
TWh
2012年
原子力
21%
天然ガス
25%
COUNTRY: Spain
図 22 スペインの発電電力量構成(2012)
(出所)IEA, Energy Balances of OECD Countries 2013 Edition
(基本政策)
● 自国の持続可能な経済発展を達成する為に①競争力確保、②供給安定、③環境保護を基本政策として
いる。
● 2007 年 11 月、
「気候変動及びクリーンエネルギーに関する戦略 2007-2012-2020(Spanish Climate
Change and Clean Energy Strategy 2007-2012-2020)
」を策定した。エネルギー効率の向上、再生可
能エネルギー、需要管理及び研究開発と革新の 4 分野における取組を通じ、エネルギーの政策の推進
と京都議定書目標の達成を目指す。
● 2011 年 7 月、スペイン政府は「電力・ガス部門開発計画 2012-2020」
(Planificación de los sectores de
electricidad y gas 2012-2020)を発表した。同計画では 2010 年~2020 年の一次エネルギー消費を年
平均 0.8%の拡大と予測している。エネルギー源別では、再生可能エネルギーについて年平均 6.5%と
高い伸びを見込む一方、石油と原子力はそれぞれ-1.8%、-1.0%と減少するとしている。
(b) 電気事業体制
スペインでは、1998 年から段階的に小売自由化が始まり、2003 年に全需要家への小売りが自由化され
た。自由化後も供給者変更を望まない需要家については、その区域の配電会社から全国均一の規制料金に
よる電力供給を継続することができた。しかしながら、高圧は 2008 年、低圧は 2009 年に規制料金が撤廃
され、新たに供給を受ける事業者を選択しなければならなくなった。但し多くの需要家は供給事業者の選
17
択を行わなかったため、規制料金としてラストリゾート料金が設定され、現在も多くの需要家が同料金で
供給を受けている。需要家が供給事業者の選択を行わなかった原因は明らかにされていないが、ラストリ
ゾート料金が比較的安価に設定されているため、他事業者に変えるインセンティブが少ないこと。需要家
の関心が低かったこと等が原因であると考えられる。
発 電 会 社
特別供給制度
(Regimen Especial)
一般供給制度
(Regimen Ordinario)
イベリア電力市場(MIBEL)
自由料金
配電会社
小売会社
自由料金
自由料金
ラ ストリゾート
料金
需要家
図 23 スペインの電気事業体制
(出所)
(一財)日本エネルギー経済研究所作成
スペインの電力市場では寡占化が進んでおり、発電及び小売では Iberdrola、Endesa、Gas Natural
Fenosaの3事業者で約70%のシェアを誇っている。
また、
配電事業では上記の3 事業者にHidrocantabrico
と E.ON Espana の 2 社を加えた 5 大事業者で 100%のシェアを保有している。
上述したラストリゾート料金は、政府がコスト予測に基づき決定しているが、政府が批判を恐れて不十
分な料金設定を続けてきたために、配電会社が収入不足になり巨額の赤字が発生した。政府は、赤字解消
のために配電会社の債務を証券化し、銀行等に売却している。その利払い資金は、系統利用料金等で回収
するスキームを構築しているが、未だ解消には至っていない。
(c) 再生可能エネルギーの固定価格買取制度
スペインでは再生可能エネルギーの導入促進のため、1994 年から再生可能エネルギーの固定価格買取
制度を開始した。
導入以降、
様々な課題に対応するために買取方法の変更や買取価格の変更を重ねてきた。
具体的には、2007 年に太陽光発電の導入加速のため、買取価格の引き上げを行った。その結果、急速に導
入量が拡大したため、2008 年に買取価格の引き下げ、2009 年に年間の導入量を制限し、その結果太陽光
導入量は鈍化した。一方、買取費用を十分に転嫁することが認められなかったため、買取を行っていた配
電会社の赤字が増大を続けており、これに対応する形で 2012 年 1 月に新規買取を一時的に凍結、2014 年
3 月現在も凍結が続いている。
(d) スペインの固定価格買取制度の概要
[対象電源]太陽光、風力、太陽熱、地熱、水力、バイオマス、バイオガス
[買取方法]①固定価格買取(配電会社に買取義務)②卸市場で再エネ電力を売却し、一定のプレミア
ムを受領
[費用回収]買取費用は電気料金により回収。電気料金により回収された買取コスト分は、エネルギー
規制委員会(CNE)により調整され各配電会社に配分されているが、配分方法等は不明で
ある。
18
(MW)
(GWh)
7,000
5,000
6,300
累積設備容量
4,000
5,600
年間発電量
4,900
3,000
4,200
3,500
2,000
2,800
2,100
1,000
1,400
700
0
0
92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10
図 24 スペインの太陽光発電導入状況
[累積設備量](出所)Report IEA-PVPS
[発電量](出所)EuroStat
(e) 買取コスト増大への対応経緯
スペインにおける買取コスト増大は、電気料金の上昇を招くとともに、電気料金への十分な転嫁が認め
られないことから、買取を行っている配電会社の赤字が増大するという状況になっている。これに対処す
るため行われた対応とスペインの電気料金の推移を以下に示す。
表 3 買取コスト増大への対応経緯
2008 年
太陽光発電に対する固定価格の一部引き下げ
2008 年
買取対象の設備登録件数に上限を設定
2012 年
再エネ設備に対する新規買取を停止
2013 年
2007 年、08 年政令に基づく買取を行っている設備に対し、プレミアム方式を廃止
し、固定価格買取に一本化することを決定
(出所)経済産業省 諸外国における電力自由化等による電気料金への影響調査報告書
図 25 スペインの電気料金と供給費用の推移
19
1-4-5
アメリカ
(a) エネルギー概況
水力 再生可能エネル
ギー等 6%
1%
原子力
10%
石炭
20%
石油
36%
2,132
MTOE
2012年
ガス
28%
COUNTRY: United States
図 26 アメリカの 1 次エネルギー供給構成(2012)
(出所)IEA, Energy Balances of OECD Countries 2013 Edition
水力
7%
原子力
19%
その他
6%
石炭
38%
4,282
TWh
2012年
天然ガス
30%
石油
1%
COUNTRY: United States
図 27 アメリカの発電電力量構成(2012)
(出所)IEA, Energy Balances of OECD Countries 2013 Edition
(基本政策)
● Obama 現政権は、省エネや再生可能エネルギーへの積極的投資を通じ、クリーンエネルギーの普及を
通じた景気浮揚や非在来型石油・天然ガスの増産を通じた「エネルギー自立(energy independence)」
の強化を目指している。
● Obama 政権は、発足当初(第 1 期目 2009 年~)
、化石燃料である天然ガスを「クリーンエネルギー」
の範疇に含めていなかった。しかし、
「シェールガス革命」の恩恵で安価なガス利用が普及している背
景下、天然ガスも積極的に「クリーンエネルギー」の一部として位置づけることにより、地球温暖化
対策の強化を改めて図りつつある。
(b) 電気事業体制
アメリカでは、1990 年代後半に北東部州を中心に小売自由化が実施されたが、2000 年夏・2001 年冬
の California 電力危機3を契機に小売自由化の延期・中止をする州が増え、その後進展が見られない状態に
ある。
3
2000 年から 01 年にかけて米国カリフォルニア州を見舞った、電力価格の高騰や輪番停電の実施といった電気事業、電力市
場における一連の混乱のこと。
これらの電力需給の逼迫は、市場設計の不備のほか、電力危機後の連邦エネルギー規制委員会(FERC)などの調査によって電
力価格のつり上げを狙った発電事業者による売り渋りも影響したことが明らかになり、電力取引に関わる事業全般が市場から
の信用を失うという状況に至った。
20
小売自由化実施州
小売自由化実施延期州
図 28 アメリカの小売自由化の状況
(出所)第 6 回勉強会『欧米主要国の電気事業概要と今後の展望』
、日本エネルギー経済研究所 小笠原潤一資料
アメリカでは、電気事業規制改革が検討された 1990 年代後半は、化石燃料価格が低位で、原子力発電
コストと火力発電コストが拮抗していた。電気事業改革の実施により、卸電力価格が低下すると考えられ
ていたため、原子力発電は固定費の回収や廃炉費用の回収が困難化すると懸念され、小売の自由化を行っ
た州では原子力の「ストランデッド・コスト」の回収が制度化された。その後原子力発電は中小事業者の
売却等で所有・運転者の統合が進み運営費も低減、
稼働向上や化石燃料の高騰等で競争力は回復している。
セン ト/kWh
14
オーダー888
送電設備第三者利用開放
12
10
8
6
4
2
0
1990
1993
1996
1999
2002
原子力運営費
石炭燃料費
天然ガス燃料費
汽力運営費
2005
2008
2011
石油燃料費
図 29 原子力発電運営費と燃料費の関係
(出所)第 6 回勉強会『欧米主要国の電気事業概要と今後の展望』
、日本エネルギー経済研究所 小笠原潤一資料
また、自由化後の原子力建設を後押しするため、2005 年エネルギー政策法において税額控除や債務保
証(建設コストの 80%、最大 185 億ドル)
、規制リスクに対する保険を用意している。債務保証の適用例
として、2010 年 2 月、Obama 政権は Votgle 原子力発電所 3・4 号機建設計画に対し、83.3 億ドルを債務
保証すると発表した。
21
(c) アメリカにおける火力発電所の将来
アメリカではアメリカ環境保護局(Environmental Protection Agency: EPA)が石炭火力発電所に対す
る環境規制を強めている。その影響や、シェールガス革命によるガス価格の低下等の影響もあり石炭火力
を中心に 4,470 万 kW もの火力発電所の閉鎖が見込まれている。しかしながら、シェールガス革命を契機
とした国内のガス価格低下により、ガス火力の新設計画が十分に予定されていることから、供給力が長期
的に不足するような事態にはならないものと考えられる。
万kW
8,000
7,000
ガス
6,000
石油
5,000
石炭
4,000
+検討中
3,000
2,000
1,000
0
2011
2013
2015
2017
2019
2021
図 30 今後閉鎖される火力発電の見通し
(出所)第 6 回勉強会『欧米主要国の電気事業概要と今後の展望』
、日本エネルギー経済研究所 小笠原潤一資料
(d) 電源開発計画
アメリカ連邦政府は、年限を設定したエネルギーミックスの割合を開示していない。
1-5 主要国の電源開発計画の一覧
主要国の電源開発計画は以下の通り。
表 4 主要国の電源開発計画の一覧
国名
目標とする原発の比率、基数
目標とする他電源の割合
2025 年時点で現状の 75%から 50%まで削減す
削減される原発比率 25%分は、再生可能エネル
る。
(オランド大統領選挙公約)
ギーで補われる見込み。
前政権の定めたグルネル第一法では、
「再生エ
フランス
ネルギー生産量を 2020 年までに 37.0 Mtoe(石
油換算)にまで引き上げる」という目標を提示
している。
設備容量等に関する具体的な数値目標はな
2035 年にアメリカの電力の 80%をクリーン電力
い。
とする目標を提示。クリーン電力の中身につい
アメリカ
ては、太陽光、風力、原子力、クリーンな石炭、
天然ガスまで言及されており、詳細は不明。
(2012 年 1 月オバマ大統領一般教書演説)
2020 年時点で 40~70GW 相当の原子力・再生 2020 年時点の再生可能エネルギーの発電量シ
イギリス
可能・CCS 設置火力による老朽火力のリプレ
ェアを 30%まで拡大する。(2011 年「Carbon
ースについて言及(2011 年「Carbon Plan」
) Plan」
)
22
ドイツ
2022 年末までにすべての原発を閉鎖予定
電力消費に占める再生可能エネルギーの比率
(2011 年 7 月に法定化された原発廃止スケ
について、2020 年 35%、2030 年 50%、2040 年
ジュール)
65%、2050 年 80%という目標を掲げる。
(
「Energy
Concept 2010」及び「Energy Package 2011」
)
イタリア
2011 年 6 月の国民投票の結果、
原発再導入計
EU の 2020 年へ向けた再生可能エネルギー導入
画を撤回。
目標として、17%の目標達成が求められる。具
体的なベストミックスについては指摘なし。
2020 年までに CO2 排出量を 2006 年比で 20%
2011 年 11 月に発表した「Canada’s Energy
削減するとの計画を掲げ、原子力発電を検討 Future Energy Supply and Demand Projections
カナダ
すべき重要事項と位置付けているが、具体的 to 2035」では、2035 年の電源ミックス予測と
な目標比率等を示していない。
して、水力 56%、天然ガス 15%、石炭 3%、CCS
付き石炭 3%、原子力 11%、バイオマス・太陽光、
地熱 6%、風力 6%と発表。
ロシア
「2020 年までの原子力マスタープラン
(2008
「2030 年までのエネルギー戦略」では、電源別
年発表)
」では、新設は 42 基に上り、2011
出力の予測として、2030 年時点で原子力が 52
年から 2015 年の間に VVER-1000 を 1 基、
~62GW、再生可能エネルギー・揚水が 91~
VVER-1200 を 8 基と高速炉 BN-800 を運開さ
129GW、蒸気タービンが 100~148GW、熱電複合
せ、2016 年から 2020 年に VVER-1200 を 15~
(CHP)が 106~112GW との予測。
20 基、新型沸騰水型軽水炉を 6 基、浮遊型原
子炉 2 基を建設する予定。
なお、
「2030 年までのエネルギー戦略」では、
原子力発電の発電出力予測として、
2030 年に
52~62GW となると示している。
(出所)
(一財)日本エネルギー経済研究所作成
1-6 日本の電力・原子力政策議論の歴史
1-6-1
日本電気事業の歴史
(a) 電気事業の黎明期
日本の電気事業は、1883 年に東京電燈が設立されたことによりはじまり、初めての発電所が稼働した
のが 1887 年のことであった。これは、ビルの中に石炭火力発電所を作るという形態であった。その後、
電灯会社が各都市に設立され、当初直流による供給が行われていたものが、交流供給へと移り変わってい
った。発電は、電気事業が興ってから 25 年間は石炭火力の時代が続いていたが、明治から大正時代に代
わった頃から水力発電の開発が開始され、水力が主力となる時代がおよそ 50 年間続いた。
なお、現在日本の電力周波数は西日本が 60Hz、東日本が 50Hz となっているが、その要因は電気事業
の黎明期にさかのぼる。
当時の大手電力会社であった、
東京電燈と大阪電燈は互いにライバル関係であり、
大阪電燈が GE から発電機を購入する一方で、東京電燈はエジソン社との関係が強く GE からの発電機購
入を見送り、ドイツの AGE から発電機を購入した。これを契機に、現在の東西で周波数が異なる体制が
出来上がった。その後、後述するように電力は国家管理の時代になり、その時代は周波数統一をする絶好
の機会であったと考えられるが、資金不足により実現することはなかった。
23
(b) 国家管理時代
日本の電気事業は設立当初から民間主導で行われてきたが、1939 年から国家管理の時代に入った。同
年に日本発送電が設立され、1942 年には配電事業が 9 つの配電会社に集約された。ここでは、発送電分
離が行われ、発送電を日本発送電が、配電事業を 9 つの地域配電会社が独占的に行った。電気料金につい
ても政策的な低料金制度が維持され、赤字が発生した場合には政府が補てんする制度であった。
(c) 民間 9 電力体制の確立
戦後になると、電気事業が再編成されることになり、電力再編成委員会の委員長に松永安左エ門氏が選
任された。当初は、電力の国家管理が継続する意図をもって議論が開始されたが、松永氏の強引な議事運
営もあり、結果として電気事業は民間事業化され、現在に至る 9 電力体制が確立した。この時電力の国家
管理が継続できなかったこともあり、対抗会社として電源開発が設立された。民間電力会社が、火主水従
路線で事業運営を行ったのに対して、電源開発は水主火従で事業運営を行った。これには、水力発電所の
建設には多額の資金が必要であるため、国の関与が必要であるという理屈づけも行われていた。当時の通
産省は、火主水従が主流となっていく中で、重油ボイラーに規制を課して、炭主油従を主導していたが、
9 電力側は逆に油主炭従を目指していた。
この時代は、民間電力会社同士でのパフォーマンス競争が激化していた。その理由は、料金改定の時期
がばらばらであったことにある。ある会社が値上げをしようとすると、他エリアでは値上げがされていな
いのに何故だという声がとても大きかった。そのため、各社ともに値上げをせずに済むように、合理化を
行った。地域独占であったものの、競争が進んだ時代であったと言え、安定供給と安価な供給が両立した
時代でもあった。
(d) 石油危機後の電気事業体制と自由化への流れ
しかし、こうした状況は石油危機を契機に大きく変わることになった。原油価格の高騰により、大規模
な値上げを 74 年から 79 年にかけて 3 回も行い、
その後は 80 年代に入って円高により値下げが行われた。
この時は、基本的に各社横並びで値上げ・値下げが行われた。また、公害問題が大きく注目されるように
なり、火力の電源立地が難しくなる中、電源三法が作られた。こうした事態や、原子力開発が国策民営で
始まったことにより、官と民の距離が近くなった。
その後、90 年代に入り競争原理の導入による電力自由化が行われた。この点、欧米との比較で語られる
ことが多いが、欧米では民営化と自由化が重なっているケースが多く、この場合は多くの手段を講じるこ
とが可能である。反面、日本の場合は民間が資産を保有しているので、自由化はなかなか難しい問題が多
いのも事実である。今後の改革では、民間活力を活用できるかどうかが鍵になる。
1-6-2
日本の原子力政策の歴史
(a) 原子力の成り立ちと現在への流れ
原子力発電は、核エネルギーの軍事利用から派生したものであり、具体的にはプルトニウム生産炉から
黒鉛減速ガス冷却炉、原子力潜水艦・空母の動力炉から軽水炉が生まれていった。原子力発電は、核エネ
ルギー分野においては、軍事利用から派生した商業技術とて唯一残ったものであり、その他の原子力商船
等は商業化できなかった。原子力発電は、その誕生から四半世紀、具体的には 1960 年代から 1980 年代半
ばまでは原子力発電の開発が多数行われ成長期であったと評価できる。その後、次の四半世紀、1980 年代
後半から 2000 年代は、スリーマイル島事故やチェルノブイリ事故等ネガティブな事象の発生や、電力需
要の増加が鈍化したこともあり停滞期であった。2010 年代に入ると、地球温暖化対策に焦点が当たったこ
とや、中国等の新興国での原子力開発の進展により成長期が再来し、原子力ルネッサンスとも呼ばれた。
24
しかしながら、日本での福島第一原子力発電所事故を契機に、一時的に建設が凍結される等の措置がとら
れた国もあったが、依然として新興国では原子力への強いニーズもあり、建設ラッシュが続いている。IEA
の予測4では、世界の原子力発電設備容量は 2012 年末で 394GW であったものが、2035 年末には 578GW
へと増加するとしている。その中でも中国の増加は 114GW と想定されており、今後の増加分の約 60%が
中国であるとしている。地域別の 2035 年末の原子力発電設備容量は、アジアが 243GW(42%)
、北米が
137GW(24%)
、欧州が 114GW(20%)
、東欧・旧ソ連が 62GW(11%)
、その他が 22GW(4%)とな
っている。
(b) 日本の原子力政策の特徴
日本における原子力政策の特徴は、軍事開発利用を行っていないところにある。この点、アメリカを中
心とする主要な原子力利用国が、軍事開発と並行して原子力発電の開発を行ってきたところと大きく異な
る。一方で、ウラン濃縮、核燃料再処理、高速増殖炉等の機微技術の開発利用を進めてきたところも特徴
的であろう。また、基本的に原子力開発は、国が原子力利用に関し、原子力政策大綱やエネルギー基本計
画等の国家計画を策定し、それに基づき一般電気事業者や日本原子力発電といった民間事業者が開発を担
うという国策民営を基本として行われてきた。国の原子力行政についても、文部科学省が研究開発、経済
産業省が推進を担う二元体制で行われきたことも特徴的である。
(c) 戦後の禁止・休眠時代
日本は戦前、理化学研究所等により原子核研究が行われており、その研究水準は高かったといわれてい
る。しかしながら、戦後 1947 年に極東委員会により原子力関連の研究が禁止されたためしばらくの間原
子力研究・開発が行われない空白期間が生じた。その後、日本学術会議が 1949 年に「原子力に対する有
効なる国際管理の確立要請」声明を出す等原子力に関する活動が行われていた。そして、1951 年にサンフ
ランシスコ平和条約及び日米安全保障条約を締結し、主権が回復することにより原子力関連研究の禁止措
置が解かれることになる。
(d) 原子力利用体制の確立
1954 年 3 月に原子力研究予算が計上されると、日本学術会議は同年 4 月に「原子力の研究と利用に関
し公開、民主、自主の原則を要求する声明」を出し、5 月に原子力問題委員会を発足させた。同年 10 月に
は、
「原子力の研究開発利用に関する措置」を決議し、政府に提出した。一方、政府は 1954 年 5 月に内閣
に「原子力利用準備調査会」を設置することを決定、1955 年 4 月には工業技術院に原子力課を設置、同
年 7 月には経済企画庁に原子力利用準備調査会の事務局として原子力室を設置し、原子力利用に対する体
制を徐々に構築していった。そして、1955 年 12 月に原子力基本法、原子力委員会設置法、原子力局の新
設を含む総理府設置法の一部改正の原子力三法が成立し、日本の原子力利用体制が確立した。また、1956
年には日本原子力研究所、核燃料公社が設立され、原子力発電利用開始に向けた歩みがはじまった。
(e) 原子力開発の開始
アメリカでの原子力発電所建設の進展を受け、日本でも商業用軽水炉の建設が開始され、1966 年には
初の商業用軽水炉である日本原子力発電の敦賀 1 号機(BWR、35.7 万 kW)が着工した。同時に、同年
の電源開発基本計画に、東京電力福島第一 1 号機(BWR,40 万 kW)
、関西電力美浜 1 号機(PWR、32.5
万 kW)が組み入れられることが決定、翌年以降に一般電気事業者各社も原子力発電所の建設に着手し、
4
IEA, World Energy Outlook 2013
25
原子力開発が活況を迎えることになる。炉型は、BWR・PWR の二種が導入され、当初はアメリカからの
導入という形であったが、その後日本のメーカーが中心となり、国産化比率を高めていくことになる。1967
年には、動力炉・核燃料開発事業団(動燃)が発足、ウラン濃縮・核燃料再処理・高速増殖炉開発が開始
された。
(f) 原子力事業の安定化
1980 年代に入ると原子力発電所の稼働率が向上し、
それまでの 70%台から 80%台へと推移していった。
また、既存サイトへの増設を主とする、新増設の着実な進展がみられた。一方、通商産業省は商業用原子
炉の許認可権を掌握し、政府は石油危機をきっかけとした石油代替エネルギー法により、原子力発電を拡
大する方針を国策とする位置づけを明確化していった。
また、
民間による核燃料サイクル事業も本格化し、
日本原燃が設立され、青森県六ケ所村にサイクル関連施設を集中化させる計画がつくられていった。
(g) 原子力開発の困難化と福島事故
1990 年代に入ると、原子力発電所等で数多くのトラブルが発生した。大きなものでは、1995 年の高速
増殖炉もんじゅでのナトリウム漏れ事故、1997 年の東海再処理工場火災爆発事故、1999 年 JOC 事故、
2002 年検査点検問題があった。また、2000 年代にはいって電力需要の伸びが鈍化したこと、電力自由化
の開始により事業者の投資に対する姿勢が慎重になったこともあり、それまで継続されてきた原子力発電
所の新増設もスローダウンした。しかしながら、2010 年のエネルギー基本計画では、地球温暖化対策の観
点から原子力発電が見直され、将来的に原子力発電の比率を 50%以上まで高める計画が出された。原子力
開発の進展が予想されたが、2011 年の福島第一原子力発電所事故を契機に原子力に対する社会的信頼が揺
らいでおり、原子力開発の困難化が想定される。
(h) 日本の原子力政策推移年表
1947 年
1949 年
1951 年
1954 年
1955 年
1956 年
1957 年
1960 年
1966 年
1995 年
1997 年
1999 年
2010 年
2011 年
2014 年
極東委員会が日本での原子力関連研究を禁止
日本学術会議が「原子力に対する有効なる国際管理の確立要請」を発表
サンフランシスコ平和条約、日米安全保障条約締結により主権回復
原子力研究の予算化
日本学術会議が「原子力の研究と利用に関し公開、民主、自主の原則を要求する声明」を発表
政府が「原子力利用準備調査会」を設置することを決定
工業技術院に原子力課、経済企画庁に原子力室を設置
日米原子力協定に調印
原子力基本法、原子力委員会設置法、総理府設置法の一部改正(原子力三法)が成立
原子力委員会が発足、総理府原子力局が設置
日本原子力研究所、核燃料公社が設立
放射線障害防止法、原子炉等規制法が公布
日本原子力発電(株)が設立
日本原子力発電 東海発電所(初の商業用原子炉)が着工
日本原子力発電 敦賀 1 号機(初の商業用軽水炉)が着工
もんじゅナトリウム漏れ事故
東海再処理工場火災爆発事故
JCO 事故
原子力利用の大幅な向上を盛り込んだエネルギー基本計画を策定
福島第一原子力発電所事故
エネルギー基本計画(案)提示
26
2.
ウラン需給動向と資源開発
2-1 ウラン需給見通しの特徴
他のエネルギー資源の需給と比べて、ウラン需給は以下の通り、大きく異なる特徴を有する。将来の需
給を見通す際には、これらを適切に考慮する必要がある。
2-1-1
価格に対する非弾力性
原子力発電コストに占める燃料費は全体の 10~15%程度に過ぎない。これは 7~8 割を燃料費とする火
力発電と大きな対照をなす。原子力発電の経済性は燃料関連のコストよりも、割引率と設備利用率に依存
する。このため、原子力発電所の建設は燃料価格の推移とほぼ無関係に計画され、しかも一度建設された
発電所は常に最大限の稼働が目指されるため、ウランの需要は価格に対する感度がほとんどない。
2-1-2
技術改革の可能性
ウラン需給に関しては、需要側では高速増殖炉、トリウム炉5、核融合等、供給側では海水からのウラン
抽出6等、双方の面から、需給のあり方を根底から覆し得る技術の開発が進んでいる。将来の需給はこれら
の技術開発の成否によって大きく異なった姿となるために、
超長期の将来予測を行うことは不可能である。
但しこれらの技術が 2030 年以前に大規模商用化する可能性は極めて低く、実際にウラン需給に影響を与
えるのは 2040~2050 年以降となるものと考えられる。
2-1-3
ウラン濃縮役務需給との関係
原子燃料は天然ウランに対し、精錬→転換→濃縮→再転換→成型加工といった工程を経て利用される。
濃縮工程で多くの分離作業量を投入すれば(=テイル濃度7を低くすれば)
、同じ濃縮ウランを製造するた
めに必要な天然ウランの量が小さくなる。このことから、天然ウランの需要量とウラン濃縮役務の需要量
は相補的な関係にあり、需給状況は相互に影響する。ウランの需給に対してはウランの生産と消費のみで
はなく、ウラン濃縮設備という第三のプレーヤーが大きな役割を果すことが、石油や天然ガスの需給と異
なる大きな特徴である。
2-2 ウラン生産量見通し
天然ウランスポット価格は過去、1990 年頃までは軍事用目的を兼ねたウラン生産の水準が常に高く、
その後は二次供給の利用が可能となっていたことで、
2003年までは10ドル/lb前後の低い水準が継続した。
その後、2005 年以降高騰を続け、2007 年に 140 ドル/lb 近くまで上昇した後、現在では 40~60 ドル/lb
程度で安定化している。この価格高騰時以降、ウラン資源開発が大幅に拡大し、高い水準を保っている。
このため、2007 年以降に作成された天然ウラン生産見通しは、以前の見通しと比べて顕著に高い傾向にあ
る。
最新の OECD/NEA『Uranium 2011』によれば、2010 年のウラン生産実績 54,670 トン U に対して、
2020 年には生産設備能力が低位ケースでも 95,451 トン U、高位ケースでは 133,570 トン U まで拡大す
る見通しとされている。特にオーストラリアやナミビア、ニジェール等での拡大が著しい。
5
天然資源としてウランではなくトリウムを利用し、トリウム-ウラン系列の核分裂により発電を行う技術。インドで実用化
に向けて開発が進められているほか、各国で研究開発がなされている。
6
海水中に溶存するウランを捕集・利用する技術。世界の海水中には 45 億トンのウランが溶存していると言われ、その捕集
の技術が日本原子力研究開発機構を中心に進められている。
7
ウラン濃縮を行った際に副産物として発生する劣化ウランの濃縮度。一定の濃縮ウランを得る際、テイル濃度をより低くす
るためにはより多くの分離作業量を必要とする反面、必要な天然ウランの量はより少なくなる。
27
千トン
160
2009見通し
140
120
2011
見通し
100
2007見通し
2005見通し
80
1997見通し
60
2003見通し
40
生産量実績値
20
1995見通し
0
1995
2000
2005
2011
2015
2020
2025
2030
2035
図 31 ウラン生産量見通し(OECD/NEA,IAEA ”Uranium”
、既存 PJ+確定 PJ+計画中 PJ)
(出所)第 7 回勉強会『世界のウラン需給の見通し』
、日本エネルギー経済研究所 松尾雄司資料
2-3 原子力発電設備及びウラン濃縮設備の見通し
福島第一原子力発電所事故の後も、ドイツ・スイス等一部の国を除き、世界各国は原子力推進策を大き
く修正はしていない。このため、今後長期にわたって世界の原子力発電設備は拡大を続けることが予想さ
れる。日本エネルギー経済研究所の見通しによれば、世界の原子力発電設備容量は 2013 年の 389GW か
ら、2035 年には低ケースで 553GW、高ケースで 796GW まで拡大する。特に中国・インドを中心とする
アジア諸国の設備容量増加が大きく、2035 年には世界の設備容量の 4 割以上がアジアに集中する。これ
に応じて天然ウラン需要及びウラン濃縮役務需要も拡大する。
なお IAEA による見通しでは、世界の原子力発電設備容量8は 2012 年の 373GW から低ケースで 2030
年に 435GW、2050 年に 440GW、高ケースで 2030 年に 722GW、2050 年に 1,113GW となっている。
足元実績値の差は主に発電端容量と送電端容量の差であると考えられる。下図に示す見通しと比較して、
IAEA の見通しは、高ケースではほぼ同程度であるが、低ケースでは若干低めになっている。これは、こ
の低ケースではアジアでの伸びが比較的緩やかであるとともに、欧州で 2012 年の 114GW から 2030 年に
68GW、2050 年に 33GW と低下する見通しとなっているためであり、仮にこのケースが実現した場合に
は、ウラン需給は以下に述べる以上に緩和するものと想定される。
900
800
700
世界
GW
その他
2013年
欧州非OECD
欧州OECD
11%
北米
600
アジア
19%
500
10%
11%
400
11%
300
27%
33%
28%
200
26%
25%
23%
20%
18%
24%
44%
31%
100
13%
32%
35%
2013
2020-low
2020-high
2035-low
↓
2035年
高ケース
7億9,600万kW
(4億700万kW増)
低ケース
5億5,300万kW
(1億6,400万kW増)
40%
0
1980
3億8,900万kW
2035-high
図 32 世界の原子力発電設備容量見通し
(出所)第 7 回勉強会『世界のウラン需給の見通し』
、日本エネルギー経済研究所 松尾雄司資料
8
IAEA, Energy, Electricity and Nuclear Power Estimates for the Period up to 2050 2013 edition.
28
ウラン濃縮設備については、アメリカ、ヨーロッパ(Areva 及び Urenco)
、ロシアの企業のみで世界の
濃縮設備の 95%以上を占める。このうちロシアが 1950 年代・60 年代に運開した設備を中心に、最も大き
な遠心分離濃縮設備容量を有しており、現在フル操業は行っておらず、需要拡大に対応することが可能で
ある。このため、後述の通り解体核による燃料供給9を停止したとしても世界のウラン濃縮役務供給は直ち
に逼迫はせず、当面は余裕のある状況が継続するものと見られる。
欧米では、従来ガス拡散法によって濃縮を行っていたが、主にコスト面の問題から順次遠心分離法に代
替を行っているところであり、それぞれ建設中・計画中の大規模な設備を有する。またアメリカでは GE
日立社が新式のレーザー法10による濃縮設備の操業を予定している。
2-4 天然ウラン需給・ウラン濃縮役務需給の見通し
上述の通りウランの需給はテイル濃度に大きく影響を受ける。もし将来、天然ウラン価格が再び 140 ド
ル/ポンド程度まで高騰し、
一方で濃縮ウラン役務価格が 90 ドル/kgSWU 程度の低い水準を保つ場合には、
0.1%程度の低いテイル濃度で濃縮を行うことが経済的合理性をもつ。逆に天然ウラン価格が 30 ドル/ポン
ド程度まで下落し、ウラン濃縮役務価格が 160 ドル/kgSWU 程度まで上昇した場合には、0.3%程度の高
いテイル濃度が選択される。今後何れのテイル濃度が選択されるかは天然ウラン・ウラン濃縮役務双方の
需給の動向に依存する。
千ドル
1,200
天然ウラン:$140/lbU3O8
1,000
価格ケース 1
0.1%
ウラン濃縮役務:$90/kgSWU
800
600
価格ケース 2
天然ウラン:$30/lbU3O8
400
0.3%
ウラン濃縮役務:$160/kgSWU
200
0
0.10%
0.15%
0.20%
0.25%
0.30%
テイル濃度
図 33 価格ケースと最適なテイル濃度
(出所)第 7 回勉強会『世界のウラン需給の見通し』
、日本エネルギー経済研究所 松尾雄司資料
世界的に原子力発電所の建設が進まない低ケースでは、仮にテイル濃度を 0.3%としても、既存のウラ
ン生産設備拡大計画相当(図 34 の「生産高位」
)まで需要が達しない。このケースでは今後中長期にわた
り、天然ウラン価格が 60 ドル/ポンドを大きく下回る水準で推移すると予想されるとともに、計画中のウ
ラン生産設備や濃縮設備の拡張は進まず、
計画が遅延する可能性が高い。
一方でテイル濃度が低下すると、
現在の濃縮設備拡張計画相当(
「濃縮高位」
)を超えることから、テイル濃度は高めで推移するものと想定
される。
9
旧ソ連崩壊後の 1993 年、ロシアの軍事用高濃縮ウラン 500 トンを稀釈し、低濃縮ウランとしてアメリカが 20 年間に亘って
買い取ることで合意(
“Megatons to Megawatts”計画と呼ばれる)
、翌年から 2013 年末まで継続的に引渡しが行われた。
10
ウラン 235 とウラン 238 との吸収スペクトルの差を利用し、特定の波長のレーザーを照射して選択的に励起することにより
同位体分離を行う技術。従来法と異なりカスケードを必要とせず、コンパクトな設備で効率的に濃縮を行うことができる。
29
120
千トンU
千トンSWU
100
生産高位
110
需要(テイル 0.1%)
90
100
需要(テイル 0.3%)
80
90
濃縮高位
(テイル0.22%)
80
濃縮低位
生産低位
70
(テイル0.22%)
60
(テイル0.21%)
60
需要(テイル 0.1%)
(テイル0.21%)
50
50
需要(テイル 0.3%)
40
2010
70
40
2015
2020
2025
2030
2035
2010
2015
天然ウラン
2020
2025
2030
2035
ウラン濃縮役務
図 34 天然ウラン及びウラン濃縮役務需給の見通し(低成長ケース)
(出所)第 7 回勉強会『世界のウラン需給の見通し』
、日本エネルギー経済研究所 松尾雄司資料
世界各国で原子力発電所新設が急速に進む高ケースであっても、2020 年までの期間では、特に天然ウ
ラン需要量が生産拡大計画には及ばない。このためこのケースでも 2020 年までに計画中のプロジェクト
のすべてが進展はしない可能性が高く、価格も 2011 年時点に比べて低下すると予想される。また、この
ケースでもテイル濃度は高めで推移すると予想される。
2035 年までの時間スケールでは、現在計画中の設備を建設した上で、更に追加的な設備が必要となる。
但し適切な投資さえ行われれば、需給が極端にタイトになる可能性は高くない。
160
千トンU
千トンSWU
140
生産高位+
(テイル0.3%)
140
130
需要(テイル 0.1%)
120
110
120
生産高位
100
100
90
需要(テイル 0.3%)
濃縮高位+
(テイル0.3%)
80
80
70
(テイル0.21%)
60
60
需要(テイル 0.1%)
濃縮低位
(テイル0.21%)
50
40
2010
濃縮高位
生産低位
需要(テイル 0.3%)
40
2015
2020
2025
2030
2035
2010
天然ウラン
2015
2020
2025
2030
2035
ウラン濃縮役務
図 35 天然ウラン及びウラン濃縮役務需給の見通し(高成長ケース)
(出所)第 7 回勉強会『世界のウラン需給の見通し』
、日本エネルギー経済研究所 松尾雄司資料
2-5 天然ウラン・ウラン濃縮役務貿易のフロー
低成長ケース・高成長ケースともに、今後 2035 年に向けてアジアを中心に天然ウラン・ウラン濃縮役
務需要が拡大する。特に高成長ケースでは、アジアの需要をいかにまかなうかが需給の焦点となる。天然
ウランについてはアフリカやオーストラリアからの輸入が拡大する。またウラン濃縮役務については、中
国等である程度の濃縮設備増強を見込んだとしても、供給の大部分は欧州・アメリカ及び旧ソ連の設備に
よって賄われる。
また、ロシアからの解体核による供給を失うアメリカでは、カナダ・アフリカ等からの供給が増加する。
30
旧ソ連
14,843
欧州
1,845 カナダ
2,728
743
4,764
7,192
6,476
6,495
723
6,105
2,883
アジア
1,055
2,195
1,263
米国
1,518
4,224
16,971
377
23,776
アフリカ
4,813
6,644
中南米
4,229
981
2,335
オーストラリア
Unit:tU
図 36 天然ウラン貿易フロー(2035 年、高成長ケース)
(出所)第 7 回勉強会『世界のウラン需給の見通し』
、日本エネルギー経済研究所 松尾雄司資料
旧ソ連
欧州
カナダ
9,778
10,740
5,201
3,458
8,093
8,052
1,671
1,036
15,755
アジア
米国
9,409
1,593
1,274
3,902
832
中南米
アフリカ
200
313
オーストラリア
Unit: tSWU
図 37 ウラン濃縮役務貿易フロー(2035 年、高成長ケース)
(出所)第 7 回勉強会『世界のウラン需給の見通し』
、日本エネルギー経済研究所 松尾雄司資料
欧州では、今後発電設備容量が増加せず、また上述の通りテイル濃度が大幅に低下する方向には向いに
くいと考えられるため、濃縮設備の拡大に比してウラン濃縮役務需要の減少が著しい。このため、アジア、
特に中国で大幅な濃縮能力拡大を行おうとすると、濃縮役務需給が供給過多になる可能性が高い。このこ
とから、長期的にアジア諸国が濃縮役務需給の輸入依存度を大幅に低減させることは困難であると予想さ
れる。アジアにおいては天然ウラン・ウラン濃縮役務ともに自給率の大幅な向上は見込みにくく、天然ウ
ランについては 2009 年の 5%から 2035 年の 8%まで、ウラン濃縮役務は 2009 年の 8%から 2035 年には
10~11%まで若干のみ上昇するに止まる。
60,000
50,000
40,000
tU
40,000
その他
カナダ
アフリカ
豪州
旧ソ連
アジア
35,000
30,000
44%
旧ソ連
欧州
米国
アジア
22%
25,000
30,000
23%
20,000
28%
29%
20,000
23%
31%
18%
22%
49%
2009
Estimate
11%
Low
19%
24%
29%
37%
35%
29%
16%
12%
10%
Low
High
Low
37%
10,000
12%
36%
8%
9%
High
12%
29%
32%
42%
5%
24%
15,000
17%
10,000
0
tSWU
Low
2020
5,000
8%
High
8%
2009
Estimate
2035
35%
44%
0
2020
天然ウラン
44%
11%
High
2035
ウラン濃縮役務
図 38 アジアへの天然ウラン・ウラン濃縮役務供給
(出所)第 7 回勉強会『世界のウラン需給の見通し』
、日本エネルギー経済研究所 松尾雄司資料
31
3.
核不拡散と安全保障・核物質防護の現状と課題
3-1 核不拡散と安全保障を巡る状況と課題
3-1-1
原子力利用の拡大と核リスクの拡散
これまで核不拡散をめぐる議論は、国際会議への対処や、規則やルールに対するコンプライアンスの一
種として政策サイドからは見られてきた。最近の着眼点としてはこれに加えて、安全保障政策の一部とし
て核不拡散をどうとらえるかという点が挙げられる。
しかし、
核不拡散と安全保障という枠組みの中でも、
世界の原子力市場の動向は大きなポイントとなり、
どの国が技術や供給能力を有しているかということが、
核不拡散政策の実効性の鍵を握っている。原子力発電を利用する国や原子力ビジネスに関わる国が増える
ほど、核不拡散のリスクは増大することは必然である。これには二つの意味があり、一つは核物質や機微
な技術を保有する国が増え、コンプライアンスに関して国の間で温度差が出てくるということ、もう一つ
は、核そのものに起因する脅威ではなく、核保有をトリガーとして地域における安全保障の秩序が変化し
ていくということである。このような事態が今後起こり得るのが、中東地域、そして東アジア地域である。
比較的地域の情勢が不安定であるような地域において原子力計画が進む中、日本としては原子力技術を
輸出する側の責任として、どのようにこれらのリスクを抑え込むかが今後大きな課題となる。また、UAE
をはじめとする中東地域の国では、自国に規制能力がなく外国にその役割を期待しているケースが散見さ
れる。このような地域に日本企業が参入する場合、人材を提供することで現地のニーズに対応するのか、
若しくはできるのか、規制の運用知識を含めた技術力の提供、協力が必要となるという課題が生じる。
3-1-2
新興輸出国台頭によるリスク
現在原子力関連技術や資機材等の輸出に関しては、原子力供給国グループ(NSG: Nuclear Suppliers
Group)の枠組み11で輸出規制が行われているが、この枠組みは法的拘束力のない紳士協定(ロンドン・
ガイドラインとも呼ばれる)となっている。最近メキシコやセルビアといった国々が同枠組みに参加をし
たが、原子力産業のサプライチェーンのグローバル化、新興の原子力輸出国の参加によって、NSG の紳
士協定が恣意的に拡大解釈され、原子力関連技術等が拡散する可能性への懸念が生じている。特に、新興
の輸出国としての中国の台頭は今後大きく注目される。今後中国が競争力を高めてくる中で、アメリカが
従来提唱してきた核不拡散の国際的な体系及びルールと、中国の考える体系・ルールにどの程度整合性を
持たせられるのか、が課題として挙げられる。望ましい方向としては、中国がアメリカの考える方向へ向
かうことであるが、それが中国の政策としてどの程度可能なのかは未知数である。これは中国が国際秩序
をどのように考えていくか、というところにもつながる議論である。市場におけるレバレッジを中国が拡
大させることは、日本やアメリカにとって安全保障上の観点からも望ましくなく、そのためにも日本やア
メリカが市場において競争力を維持させることが重要となる。また、アメリカは国内議会との関係からレ
バレッジが徐々に低下してきている状況にある。これを乗り越えるために、NSG や拡散に対する安全保
障構想(Proliferation Security Initiative: PSI12)といった各国による自主的なエンフォースメントを前提
とした既存の国際的な規範を活用していくことが考えられる。
11
NSG は、1974 年のインドの核実験を契機に,1978 年に設立。参加国は現在 48 か国。議長国はもちまわり制で、年に一度総
会が開催される。なお、インド、パキスタン及びイスラエルといった NPT 非締約国は参加していない。
「NSG ガイドライン」
と呼ばれる原子力関連資機材・技術の輸出国(Suppliers)が守るべき指針に基づいて輸出管理が実施される。この指針は、
原子力専用品・技術の移転に係る「NSG ガイドライン・パート 1」と原子力関連汎用品・技術の移転に係る「NSG ガイドライ
ン・パート 2」に分かれている。
12
PSI は、国際社会の平和と安定に対する脅威である大量破壊兵器・ミサイル及びそれらの関連物資の拡散を阻止するために、
国際法・各国国内法の範囲内で、参加国が共同して取り得る移転(transfer)及び輸送(transport)の阻止のための措置を
検討・実践する取り組み。現在 102 カ国が参加。阻止訓練や、参加国・協力国拡大に向けた活動、総会及び専門家会合の開催
を通じた活動内容の精査を行っている。
32
3-1-3
中東地域の安全保障と核問題
核保有をトリガーとした地域の政治的ダイナミクスの変化を端的に現したものが中東地域であり、イラ
ンの核問題が挙げられる。2013 年 12 月、イランと P5+1(アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中
国、ドイツ)の間で暫定合意がなされたが、最終合意への見通しは未だ不透明である。今後 Ashton EU
外務・安全保障政策上級代表が 2014 年 10 月に退任予定、11 月にはアメリカで中間選挙が控えているこ
ともあり、2014 年 7 月予定とされる最終合意は延期される可能性が高い。イランの問題が中東の地域安
全保障へ与える影響は大きく、イスラエルや、特にサウジアラビアは本交渉へ強い関心を示している。イ
スラエルはイランと P5+1 との交渉妥結を見越したリスクマネジメントを考えており、イランとハマスと
いった武装組織との結びつきをどの程度抑止できるかに関心をもっている。一方、サウジアラビアは、イ
ランとの関係だけでなくサウジアラビア国内の問題と併せてイランの問題を見ている。サウジアラビアの
国内問題として、若年層の人口増加や失業率の上昇といった社会条件の変化から、シーア派人口の多い東
部の治安が悪化する可能性13が指摘されるとともに、仮にイランが P5+1 との交渉を妥結して国際社会に
復帰した場合、地域の大国としての地位をイランに奪われかねないというサウジアラビアの強い懸念が挙
げられる。但し、イランが国際社会に復帰し、アメリカと早期に連携を開始するシナリオは、あまり起こ
り得ないと考えられる。中東地域の安全保障は、日本の石油供給、天然ガス価格の形成という点に大きな
影響を有するものであり、イランの核問題に端を発する地域の情勢を注意深く見守る必要がある。
3-2 核物質防護を巡る課題
3-2-1
核物質防護の目的
核物質防護とは、元来核物質を盗取・盗難から守るという意味であった。2001 年 9 月 11 日のアメリカ
同時多発テロ事件(9.11)以降、放射性物質を拡散するダーティボム、放射線源も防護しなければならな
いという観点から、対象が核物質からその他の放射性物質まで拡大され、最近は核セキュリティという用
語へ変化している。核物質防護の目的は以下の 4 つである。1 つ目は、使用中、貯蔵中、輸送中の核物質
が盗まれないようにすること。2 つ目は、仮に盗まれた場合に、所在不明・盗取された核物質を見つけ出
して、安全な形で回収し、公衆に健康が及ばないように、或いは盗まれて爆弾がつくられないようにする
こと。3 つ目は、サボタージュ(妨害破壊行為)を防ぐこと。4 つ目は、妨害破壊行為があった場合に放
射性影響を緩和する或いは最小化する措置をとること、である。
3-2-2
核物質防護に関する国内外の規定
核物質防護に関する国際的枠組みと国内規制は下図のとおり。
核物質防護条約等(1987~)
国内法令
原子炉等規制法(1988~)
施行令、 各種事業規則
二国間原子力協力協定
ロンドン・ガイドライン
(1978~)
IAEA勧告
(1975~)
(加、豪、中、米、仏、英、
カザフスタン、韓、越、ヨ
ルダン、露、EU)
図 39 核物質防護に関する国際的枠組みと国内規制
(出所)第 9 回勉強会『我が国の核物質防護対策の現状と課題』
、核物質管理センター 内藤香氏資料
13
イスラム教の聖都であるメッカとメディナを擁するサウジアラビアではスンニ派が実権を握っており、シーア派は少数派と
なっている。シーア派住民の大多数は油田が集中するサウジアラビア東部で生活を送っており、最近では同地域における反政
府デモの活動も拡大している。
33
なお、1975 年に初めて策定された IAEA 勧告は現在第 5 版へ改訂されている。9.11 以降、IAEA も世
界的な核セキュリティ対策強化の動きに合わせて、各国が効果的な核セキュリティ確保体制を構築・維持
するための指針として NSS(Nuclear Security Series)という文書を策定している。詳細については、下
図を参照されたい。
「国の核物質防護体制の目的と必須要素」
文書体系
(4層)
基本文書
Fundamental
② RI/関連施設防
護
勧告文書
③ 規制管理外物
質の検知と対応
Recommendations
実施指針
Implementing Guides
技術指針
Technical
Guidance
① 核物質/原子力
施設防護
→INFCIRC/225/Rev.
5
核セキュリティ
文化
DBT策定
など
便覧
i) Handbooks
研修用教科書
ii) Training
iii) Agency Services IAEA各種サービス用文書
図 40 IAEA 核セキュリティシリーズ
(出所)第 9 回勉強会『我が国の核物質防護対策の現状と課題』
、核物質管理センター 内藤香氏資料
核物質防護条約の規定には 2 つの要素がある。1 つ目は一定の防護措置の下での輸出、経由国・輸出先
国での防護措置確保。2 つ目は犯罪規定である。本条約は元々、国際輸送が対象であったが、国内輸送の
措置も講ずべきであるとして改訂された。2005 年に改訂条約が採択されたが、2014 年 3 月時点で未発効
である。輸出規制については、3-1 でも記述した NSG による規制が行われている。
主な国内対応としては、原子力規制委員会に規制が一元化される前は、原子力委員会が核物質防護専門
部会を設置して管轄していた。日本は 1988 年に核物質防護条約を批准し、その際に原子炉等規制法を改
正し、法律の目的に核物質防護を明記している。IAEA による NSS 策定の動きを受けて、2006 年には原
子力防護専門部会が原子力委員会に設置された。2011 年 12 月には福島事故の教訓を取り入れるため、原
子炉等規制法が改正され、2012 年 3 月には IAEA 勧告第 5 版の内容を取り入れるため、経産省令(当時)
が改正されている。
2012 年 9 月に原子力規制委員会が発足したことを受け、核セキュリティの総合調整についても原子力
規制委員会の下へ一元化されることとなった。2013 年 3 月には原子力規制委員会の下に核セキュリティ
検討委員会が設置され、第 1 回会合を 2013 年 3 月に、第 2 会合を 7 月に開催している。この委員会の下
には 2 つのワーキンググループが設置されており、1 つは輸送に関するワーキンググループ、もう 1 つは
信頼性確認制度導入のためのワーキンググループである。
3-2-3
核物質防護における課題
当面の課題の筆頭として挙げられるのが、信頼性確認制度の導入である。先進国の中で信頼性確認制度
が法的に義務付けられていないのは日本だけという状況であり、今後議論の進展が強く求められる。核セ
キュリティについても、組織全体で核セキュリティに関する脅威が現実に存在するということを認識する
ことが肝要となっており、所謂核セキュリティ文化の醸成が求められる。また、これまでは核セキュリテ
ィ対策について、原子力関連施設の完成後にハードウェアを含め後付けして対応してきたが、設計段階か
ら核セキュリティ対策を織り込むこと(Security by Design の概念)で、より効率的且つ安価に対策が実
施できるという検討も必要である。さらには、安全と核セキュリティとの調和、つまり安全の観点からは
34
情報公開が義務付けられるが、核セキュリティについては様々な組織について秘密の順守があり、そのせ
めぎ合いをどうするのか、という課題がある。輸送上の課題については、信頼性確認制度の導入、核セキ
ュリティ文化の醸成が同様に挙げられるとともに、堅牢且つ防護できる場所に輸送管理センターを設置す
ることや、輸送管理センターと輸送手段との間の通信連絡体制を 2 種類以上の通信モードにしたり、傍受
されないように防止措置を設置したりする等、強化することが求められる。
35
2. 原子力の各種技術動向
1.
次世代炉とサイクル技術開発の動向
1-1 第 3 世代炉
世界で実用化されている発電用原子炉及びその改良系である開発途上の原子炉は、その開発年代と型式
により、第 1~第 4 までの「世代」に区分されている。
1950 年代に開発され 1960 年代に市場投入された初期の商業用炉を「第 1 世代」
、1960 年代以降に実用
化された軽水炉を「第 2 世代」
、1980 年代に開発が始まり、1990 年代に開発完了・市場投入された軽水
炉を「第 3 世代」
、それ以降開発が始まり 2030 年頃の市場投入が期待されている軽水炉以外の炉を「第 4
世代」と呼ぶのが一般的である。
図 41 原子炉開発の歴史
(出所)資源エネルギー庁ホームページ
以下に主な第 3 世代軽水炉の炉型を挙げる。
1-1-1
ABWR(Advanced BWR)
日本のナショナル・プロジェクト「改良標準化計画」に基づき、アメリカエンジニアリング企業 GE が
主導、東芝・日立も協力して 1980 年代に開発が完了した世界最初の第 3 世代炉である。従来の BWR で
最大の問題であった再循環配管と再循環ポンプを削除し、インターナル・ポンプを採用したこと、その他
系統の簡素化で保守時の被ばくを大幅低減したこと等が特徴である。日本の柏崎刈羽 6/7 号機、浜岡 5 号
機、志賀 2 号機の 4 基の他、台湾・龍門発電所で採用され、建設完了している。
図 42 ABWR の構造と特長
(出所)東京電力ホームページ
36
1-1-2
APWR(Advanced PWR)
アメリカエンジニアリング企業 Westinghouse の開発した PWR を元に「改良標準化計画」で三菱重工
業(株)が開発した第 3 世代炉で、炉心や炉容器の大型化等により 150 万 kW 超の大型出力を達成し、
ECCS 系の改良により炉心への注水機能等安全性も大幅に向上している。敦賀 3/4 号機・川内 3 号機に採
用されているが、まだ着工はしていない。なお、三菱重工はこの APWR の改良形をアメリカに「US-
APWR」として設計認証(DC)を申請しているほか、欧州諸国にも「EU-APWR」として売り込みを行
っている。
。
図 43 APWR プラントのシステム構成
(出所)三菱重工業ホームページ
1-1-3
EPR(European Pressurized Reactor / Evolutionary Power Reactor)
フランスの総合エンジニアリング企業 Areva の 160 万 kW 級最新炉であり、フィンランド・中国・フ
ランスで建設中である。最大の特徴は欧州の厳しい基準にも適合する高い安全性であり、シビアアクシデ
ント発生確率の低減及び事故時の安全確保を重視して開発されたものである。格納容器は航空機の衝突と
炉心溶融も考慮した設計となっている。
高水準の仕様から建設費は他炉型と比較しても割高とされている。
図 44 EPR の格納容器・原子炉建屋概要
(出所)Areva ホームページ
37
1-1-4
ESBWR(Economic and Simplified BWR)
GE の開発した 150 万 kW 級最新大型炉で、受動的安全性と単純設計を特徴としている。BWR におけ
る安全解析上の最大の課題であった再循環系からポンプを削除し、炉心周りの自然循環を達成した。動的
炉停止系が機能しない時も作動する重力落下式非常用炉心冷却系(GDCS)
、静的格納容器冷却系(PCCS)
など、ABWR より更に動的機器点数を削減している。アメリカ NRC において設計認証(DC)審査中で
あるが建設段階まで進んだプロジェクトはまだない。
図 45 ESBWR の特長
(出所)日立 GE ニュークリアエナジーホームページ
1-1-5
AP-1000
Westinghouse の開発した 100 万 kW 級原子炉で、最大の特徴は Simplicity(単純さ)である。同社に
よると、初めての供給取引先でも間違いなく仕様どおりの製品を供給可能であり、部品点数が少ないため
保守性・信頼性が高いとされている。
2012 年 2 月に NRC の修正設計認証を取得し、アメリカ 2 か所の新設サイトで建設中の他、中国・三
門及び海陽発電所で建設中であり、三門 1 号機は 2014 年営業運転開始予定である。その他、新設が計画
されているイギリス・インドでも有望な新規建設炉型候補となっている。
図 46 AP1000 プラント概要
(出所)Westinghouse Electric ホームページ
38
1-1-6
ATMEA-1
日本の三菱重工業(株)と Areva の合弁会社 ATMEA が開発中の 110 万 kW・3 ループの炉である。
「市
場への早期投入」を最優先目標に、Areva の EPR と三菱重工の APWR の技術を可能な限り採用し、2009
年に基本設計を完了し、ベトナムやトルコ等各国に営業活動中である。アメリカ NRC にも DC を申請し
ているが、認可の見通しはまだ明確ではない。
中型炉のため、大容量送電網設置の困難な地域や、海水淡水化施設・熱供給等発電以外の需要も見込め
る地域などを想定市場としている。
図 47 ATMEA-1 の格納容器概要
(出所)ATMEA ホームページ
1-2 第 4 世代原子炉フォーラム
1999 年アメリカDOE が提案し、
2001 年7 月に結成されたGIF(Generation IV International Forum)
の枠組みにおいて、
第 4 世代原子炉の研究開発が国際プロジェクトとして進められている。
第 4 世代とは、
前述の通り第 3 世代までの軽水炉とは概念も性能も抜本的に異なる将来炉型を指す。
2014 年 GIF のメンバーは、日本、アルゼンチン、ブラジル、カナダ、フランス、韓国、南アフリカ、
イギリス、アメリカ、スイス、Euratom、中国、ロシアの 13 国・機関となっている。
第 4 世代炉の開発目標は以下の通り。
 安全性・信頼性 炉心損傷頻度の低減、サイト外緊急時対応の不要化
 持続可能性
原子力の長期活用、廃棄物の削減
 経済性
他電源に勝るサイクルコスト、金融リスクの低減
 核拡散抵抗性
核兵器転用防止、テロ防護の強化
2001 年、GIF で国際協力の下、2030 年までの実用化を目指す概念(GEN-IV)として開発が進められ
ることとなった炉型は以下の 6 概念である:超臨界圧軽水冷却炉、ナトリウム冷却高速炉、鉛合金冷却高
速炉、超高温ガス炉、ガス冷却高速炉、溶融塩炉。この 6 概念の主な特徴を表 5 に示す。
39
表 5 GEN-IV 各概念の特徴
電気出力
(MW)
炉型
燃料
サイクル
冷却材条件
利点
ガス冷却炉
(GFR)
200~1200 クローズ
ヘリウム冷却
出口温度850℃
鉛冷却高速炉
(LFR)
50~150
300~600
1200
クローズ
鉛or鉛ビスマス冷却
水素製造に活用可
出口温度550~850℃ 長寿命炉心のオプション
溶融塩炉
(MSR)
1000
クローズ
フッ化物燃料混合体
水素製造、アクチニド燃
出口温度700~800℃ 焼に活用可
ナトリウム
冷却高速炉
(SFR)
300~1500 クローズ
超臨界圧水炉
(SCWR)
1500
超臨界水冷却
高効率(~45%)
オープン/
(>374℃,22.1MPa)
超臨界圧火力発電所の知
クローズ
出口温度510~625℃ 見を活用可能
超高温ガス炉
(VHTR)
250
オープン
水素製造、アクチニド燃
焼に活用可
アクチニド燃焼に活用可
もんじゅ、フェニックス
の実績あり
ナトリム冷却
出口温度550℃
ヘリウム冷却
出口温度900℃以上
水素製造、プロセス熱の
活用可
(出所)第 2 回勉強会(一財)日本エネルギー経済研究所参考資料
表 6 に GIF 参加国と開発対象炉型一覧を示す。
表 6 GIF 参加国と開発対象炉型一覧
候補概念
ア ルゼン
チン
ブラジ ル
フランス
日本
韓国
超高温ガス冷却炉
(VHTR)
○
○
○
ナトリウム冷却高速炉
(SFR)
○
○
○
超臨界圧水冷却炉
(SCWR)
ガス冷却高速炉
(GFR)
カナダ
○
スイス
○
○
○
鉛冷却高速炉
(LFR)
*
溶融塩炉*
(MSR)
南
ア フリ カ
英国
米国
EU
中国
○
○
○
○
○
○
○
○
○
△
○
○
○
△
△
ロシア
△
△
(出所)第 2 回勉強会『次世代高速炉サイクルの技術開発・国際協力動向と見通し』
、JAEA 佐賀山豊氏資料
1-3 高温ガス炉
冷却材にはヘリウムが用いられ、高い出口温度(950℃)によりタービンの高効率が期待できる上、発
電しながらその熱を利用した水素製造も可能であり、固有の安全性により制御棒が挿入されなくとも原子
炉が停止する点が特徴である。
40
図 48 高温ガス炉の固有安全特性
(出所)第 17 回勉強会『高温ガス炉の特徴と開発の現状』
、東京大学 岡本孝司氏資料
GEN-IV で検討されているのは熱出力 2,400MW、電気出力 1,100MW の直接サイクルヘリウムタービ
ンであり、発電の他、産業用の熱利用にも適用可能である。
高速中性子スペクトル14炉心であり、高速臨界体系であることから燃料燃焼度も高いだけでなく、長寿
命核分裂生成物の発生量を軽水炉より低減できるほか、アクチニド燃料15の燃焼も可能である。ヘリウム
ガス冷却材と適合性のあるセラミック被覆管及び黒鉛減速材、高温への耐性に優れたニッケル系超合金の
開発も進められている。
主な開発課題は、ヘリウムガス閉じ込め技術と冷却系配管等破損時の安全性である。高温の構造材や黒
鉛減速材が空気や水の混入により発火・発熱し、材料劣化に至る問題があり、これを防止するための設備
投資がコスト低減の壁とされてきた。
日本国内においては、大洗の JAEA 実験炉 HTTR において高温ガス炉の研究が進められている。これ
までに一次冷却材喪失を模擬した停止実験等が実施されており、今後は全冷却系停止を模擬した実験等が
行われる計画である。
経緯と現状

1991年度 建設着工

1998年度 初臨界達成

2001年度 全熱出力(30MW)達成

2003年度 安全性試験開始
原子炉出力:30MW
原子炉出口冷却材温度:950℃(最高)
1次冷却材:ヘリウムガス
1次冷却材圧力:4.0MPa
出力密度:2.5W/cc
燃料:UO2
燃料濃縮度:平均6%
反応度添加事象の模擬
冷却材流量低下事象の模擬

2004年度 950℃達成(世界初)

2006年度 安全性試験

2010年度 50日間の高温連続運転

2010年度 安全性試験
1次冷却材流量喪失を模擬
今後:安全性試験

 全冷却系停止を模擬
図 49 HTTR の経緯と現状
(出所)第 17 回勉強会『高温ガス炉の特徴と開発の現状』
、東京大学 岡本孝司氏資料
14
15
中性子スペクトル:中性子のエネルギー分布
マイナーアクチニドを添加した原子燃料
41
図 50 HTTR の燃料
(出所)第 17 回勉強会『高温ガス炉の特徴と開発の現状』
、東京大学 岡本孝司氏資料
熱利用系へ(予定)
[図中の数字は、定格・並列運転時に
おける熱出力及び温度の値を示す。]
IHX入口/出口
ヘリウムガス温度:
約250℃/
2次加圧水冷却器
約752℃
炉容器冷却設備 2次冷却材
ガ
(ヘリウムガス)
ス
循
環
機
(原子炉格納容器境界)
大気中に
放熱
補助冷却器
中
間
熱
交
換
器
ガ
ス
循
環
機
M
ガ
ス
循
環
機
1次加圧水冷却器
大気中に
放熱
原子炉
熱出力:
30MW
M
空気冷却器
循環ポンプ
冷却材
(水)
補助冷却設備
(原子炉スクラム時に起動)
(待機運転中)
1次冷却材
(ヘリウム
ガス)
二重管
原子炉出口
ヘリウムガス温度:
約830℃
空気冷却器
ガ
ス
循
環
機
循環ポンプ
冷却材
(水)
1次冷却設備
原子炉入口
ヘリウムガス温度:
約392℃
主冷却設備
(通常運転時に使用)
単独運転:1次加圧水冷却器のみ使用
並列運転:1次加圧水冷却器と中間熱交換器を使用
:運転中
:停止中
図 51 HTTR の概略構成
(出所)第 17 回勉強会『高温ガス炉の特徴と開発の現状』
、東京大学 岡本孝司氏資料
図 52 HTTR での冷却材循環停止試験結果
(出所)第 17 回勉強会『高温ガス炉の特徴と開発の現状』
、東京大学 岡本孝司氏資料
42
海外では、中国が日本の技術を活用して高温ガス炉を建設しており、アメリカにおいてもかつての勢い
はないものの、SMR(小型モジュール炉)の一つとして研究が続いている。南アフリカにおいても、ぺブ
ルベッド・モジュール型炉(PBMR)と呼ばれる別種の高温ガス炉の研究が進められている。PBMR は
ペブルベッド燃料16という特殊な加工を施した燃料を用いた小型炉で、出力が小さく、システムが簡素で
複数基を同時に設置する方式により建設コストを抑えることが可能であるとされている。いずれにせよ、
高温ガス炉は経済性、安全性の面から次世代炉の一つとして期待が高い。
1-4 ナトリウム冷却高速炉
GEN-IV の 6 概念の中では最も長く広い開発の歴史を有する。アメリカは多くの実験炉の建設・運転経
験を蓄積後、原子力政策再考により 1980 年代、原型炉開発を中断した。フランス、イギリス、ロシアは
原型炉の豊富な運転経験を既に蓄積しており、これらの結果、世界の 2011 年現在までの高速炉の累積運
転年数は、約 400 炉・年となっている。
ナトリウム冷却高速炉の特徴は、軽水炉に比べ高温低圧系であることからタービン蒸気効率が高くでき
ること、それにより容器厚さも薄くでき水蒸気系のコンパクト化が図れることである。反面、炉心周りの
冷却材がナトリウムであることから構造材の素材が限定されること、保守補修性に課題が多いこと等が仮
題である。
日本では、1970 年代の実験炉「常陽」の運転開始以来、原型炉「もんじゅ」の建設・試運転、実証炉・
実用炉の設計研究まで 40 年以上の研究開発実績がある。世界においては、2011 年 3 月の東電福島第一原
子力発電所事故後も、高速増殖炉/高速炉開発を進めている国々(フランス、ロシア、中国、インド、韓国
等)は、各国毎のエネルギーや環境事情を反映し、その開発・利用計画を維持し、着実に商用化に向けた
研究開発を進めている。
図 53 ナトリウム冷却高速炉の概略構成
(出所)資源エネルギー庁ホームページ
アメリカは、2012 年のブルーリボン委員会17報告を受けて、基礎・基盤研究に特化した広範な技術開発
を継続している。
このような海外の開発状況を踏まえ、日本は、開発を進める国々との国際協力を活用して、高速増殖炉
16
直径 0.5~0.6mm の二酸化ウラン粒子を燃料核として、その表面を薄く黒鉛の皮膜で覆た仁丹状(直径約 1mm 前後、被覆燃
料粒子という)のものを黒鉛粉末と混合し、直径 60mm の球状に圧縮成型した燃料球
17
放射線研究の分野で国際的に著名な専門家から構成される米国の検討委員会
43
サイクルの技術開発を進めていく必要がある。
GIF では現在、アメリカ、フランス、韓国、中国、ロシア、EU の関係機関の間で、ナトリウム冷却高
速炉の国際基準作成に向け、安全設計クライテリア(SDC)の検討を進めている。これは、IAEA/INPRO
(革新的原子炉及び燃料サイクルに関する国際プロジェクト)との高速炉安全共同ワークショップ、
MDEP(Multinational Design Evaluation Programme)等の規制グループとの協議及び IAEA 内での
WG 設置等により、ナトリウム冷却炉概念の設計基準の世界標準化を追求するものである。
JAEA の AtheNa 施設18等を用いたシビアアクシデント対策試験についても、新たなプロジェクトの枠
組みを構築して推進していくため、日本は知見のある米仏のみならず GIF 参加国に協力を呼びかけている。
併せて、ナトリウム冷却高速炉での利用に適した燃料の開発に向け、常陽・もんじゅを用いたアクチニド
サイクルの国際実証(GACID プロジェクト19)を日米仏で推進するための協議も続けている。以上の取り
組みにより、日本が有するナトリウム冷却炉の枢要技術が国際標準として認知されることと、3~5 年後に
行われる高速炉サイクルの実用化に向けた研究開発の再開を判断するための国レベルの評価にこれまでの
研究開発成果が反映されることが期待されている。
1-5 超臨界圧軽水冷却炉
1990 年代、東京大学の岡芳明教授を中心とした研究グループにより研究が開始され、2001 年、多くの
議論を経て GEN-IV 概念の 1 つに選定された、6 概念では唯一の軽水炉である。火力と同程度の超臨界圧
蒸気を用いるため従来型軽水炉より高い熱効率が期待でき、主冷却系の物量も簡素化・低減できる半面、
給水加熱器など水蒸気系機器が複雑になること、減圧過渡時の挙動解析精度の向上が必要なこと等が課題
である。
図 54 超臨界圧水冷却原子炉(スーパー軽水炉)の概略構成
(出所)第 18 回勉強会『大学の教育研究と国際競争力』
、早稲田大学 岡芳明氏資料
18
19
大洗に設置されている冷却系機器開発試験施設
包括的アクチニドサイクル国際実証プロジェクト:Global Actinide Cycle International Demonstration project
44
なお、世界の超臨界圧軽水冷却炉の研究開発状況を表7に示す。
表 7 世界の超臨界圧軽水冷却炉研究開発状況
(出所)第 18 回勉強会『大学の教育研究と国際競争力』
、早稲田大学 岡芳明氏資料
45
2.
安全性向上の取り組み
2-1 軽水炉安全設計の進化
軽水炉の歴史的な安全設計は、開発が始まった 50 年代から 70 年代の初期までを通じて徐々に進化・確
立されてきた。原子力発電所安全確保の基本は「
(原子炉を)止める」
「
(核燃料を)冷やす」
「
(放射性核種
を)閉じ込める」であり、この三基本方針達成のためのプラント信頼性を高めるために用いられてきた概
念は、
多様性と冗長性
(Redundancy)
であり、
設計アプローチの中核にあったのが単一故障
(Single Failure
Criteria、1 系統(1 個)の機器が故障しても系統全体は健全であるという境界条件)であった。
以下、本項では各観点別に安全設計の進展について述べる。
図 55 原子力発電所安全確保の基本
(出所)電気事業連合会ホームページ
2-1-1
原子炉停止機能の進化「止める」
世界初の原子炉 Chicago Pile 1 号機(CP-1)で原子炉停止の実験研究が行われた際、三概念の最初の基
本「止める」すなわち原子炉停止の信頼性向上のため、原子炉停止系としてどのような仕組みがふさわし
いかが研究された。その結果、中性子吸収剤であるカドミウムを含む制御棒、制御棒挿入のための作業員
(AX Man)
、及びカドミウム含有水(Cadmium Solution)という 3 つの多様性を持たせた概念が採択さ
れた。
これは最初の原子炉設計から安全基本 3 概念について多様性が考慮されていたという一事例である。
図 56 CP-1 で実験をした際の原子炉停止手法の多様性
(出所)第 13 回勉強会『軽水炉安全設計と安全に関するアプローチの進化』
、東京工業大学 尾本彰氏資料
46
その後 1960 年代に原子炉保護系のリレー故障事例がドイツで発生したことをきっかけに、必要な時に
万一原子炉停止系が作動しない場合に備えるための要件
(ATWS ルール、
ATWS は”Anticipated Transient
Without SCRAM“)が 1980 年代にアメリカで制定され、バルブのフェイルオープン20化のような論理回
路の改善や信号の改善が行われた。
一方、多様性と並び重要な概念である冗長性の確保のためには、上述の通り単一故障を軸としてきたが、
ある時期から欧州では n+2 設計(例えば、制御棒であれば 2 本まで挿入不能を想定する)が一般的にな
った。冗長性の観点からは共通要因故障(Common Caused Failure(CCF)
、例えば津波により非常用冷
却系循環ポンプと海水ポンプと送電線が同時に機能喪失するような現象)であり、これは福島事故でも明
らかになった通り、現在でも完全に解決しているとは言えない。
「止める」については制御棒や中性子吸収材注入のような動的機能を備えるほか、原子炉におのずと備
わる固有の特性(固有安全性)をも設計上考慮してきた。軽水炉においては、燃料のほとんどがウラン 238
であるため、出力上昇に伴い自動的に反応度が低下する原理も設計に考慮されていた。また、安全性機能
向上だけでなく系統の簡素化、設計高度化、内的・外的様々な事象に対する耐性等、多角的な面から検討・
改良が加えられた成果として、一定の運転実績を出せる現在の炉型が出来てきたと言える。
2-2 熱除去機能の進化「冷やす」
次に、
「冷やす」について述べる。
1970 年代頃アメリカにおける「炉心冷却タスクフォース」
(Core Cooling Task Force)プログラムにお
いて様々な実験が行われ、これに基づき、非常用炉心冷却系(ECCS)の作動ガイドラインを定める規則
が制定された。1979 年のスリーマイル島(TMI)2 号機事故以降、運転員の動作や動的機器に頼らなくと
も所定の安全機能確保を行うことに注目が集まり、そのため受動的安全性(2-4 で後述)の活用に注力が
払われた。重力落下による冷却材注入や、蓄圧器の活用といった、物理現象を利用する概念に加えて、
Isolation Condenser(IC)21、PCCS(格納容器の自動冷却系)22が新しい設計にも取り込まれるように
なった。現在の ABWR の次世代型である ABWR 2 でも IC や PCCS を追究しているが、開発段階では、
冷却材圧力バウンダリの減少と圧力容器とバウンダリの一体化により冷却材漏えい事故(LOCA)の影響
を排除できるという発想もあった。現在検討されている次世代炉の 1 つ SMR においては、冷却材バウン
ダリをシンプル化して圧力容器の中に一体化する概念が追究されてきている。システムを簡素化・単純化
し、結果的に信頼性も向上するという考えである。
2-3 格納機能の進化「閉じ込める」
格納機能(放射性物質を閉じ込める機能)も三基本概念の 1 つである。EC におけるセベソ指令23-II に
は離隔距離による手法、想定事故影響評価による手法、リスクベース手法の 3 つのアプローチが挙げられ
ている。
1940 年代は原子炉が人里離れていたので格納容器概念が無かった。その後 1950 年代には出力を指標と
して離隔距離を決めるというルールがつくられ、急速な反応度投入を想定事故として考慮することとなっ
た。1952 年に初めて格納容器付きの原子炉が建設され、炉心の破壊的な爆発とその後に起こるナトリウム
-水、空気反応に格納容器は耐えると考えられていた。1953 年にアメリカで軽水炉 Shippingport が建設さ
れた際には、格納容器は、バウンダリの破損による冷却材喪失に基づいて設計された。その後、Dresden1,
Indian Point 1, Fermi 1 が後続として格納容器を設置した。
20
21
22
23
フェイルオープン:動力を失った際、スプリング等により自動的に全開となる
非常用復水器:圧力容器の蒸気を凝縮して水に戻すことにより、原子炉を減圧・冷却する設備
圧力の差を用いて格納容器内の蒸気を熱交換器に導き、水で蒸気を凝縮することにより格納容器内の圧力上昇を防ぐ設備
1996 年に制定された化学物質に関する EU 規制。
47
1957 年、プライスアンダーソン法のもとで炉心溶融を起こす事故の確率が示されたことがその後の議
論のテクニカルベースとなる。1962 年に炉心溶融を想定した立地基準(10CFR100)が策定されたが、
1960 年代は人口密集地近接立地という課題が発生し、
出力規模にそのまま応じた離隔距離を確保できなく
なってきたことから、放射性物質拡散を人工的に抑えるための設備を設置することにより離隔距離を合理
化する試みが生じた。日本でもこの考え方を背景に、柏崎刈羽 1 号機で格納容器からの放射性物質放出を
防ぐための設備の増強が行われている。
1965 年プライスアンダーソン法の見直しで、炉心溶融防止設計の重要性が指摘された。炉心溶融時に
格納容器の健全性を維持する安全系を設計することは困難との判断から、
代わりに LOCA の発生確率を低
減するために一次系の健全性の改善と ECCS の改良を NRC の諮問委員会である ACRS(Advisory
Committee on Reactor Safeguards)が勧告し、1960 年代から 70 年代にかけては ECCS が大きなテーマ
となった。また、1980 年代から 90 年代は包括的リスク評価が行われるようになり、NRC は、個々のプ
ラントで PRA(Probabilistic Risk Assessment)を行って、それに基づいてどのようにシビアアクシデン
トに対処していくかという、いわば安全性向上の開発と実施に関する戦略立案を求めた。
一方、日本では、民間の自主努力によって冷却系の強化、格納容器の強化を含めたシビアアクシデント・
マネジメント(SAM)対策を整理していた。この基準は、外因事象によるダメージを前提にして行うべき
SAM 対策を後回しにしていたこと、また、高温破損(デブリが格納容器バウンダリに達し、シール性が
劣化して格納容器健全性が損なわれる事象)について問題を突き詰めなかったことが、今から考えれば欠
陥であったといえる。この教訓は福島事故で問題顕在化してから考慮されることとなる。
2-4 受動的安全性(Passive safety)の進化
受動的安全性(Passive safety)とは、電力がなくても安全系機器が駆動でき、系統の機能維持が図れ
るという考え方である。
TMI 事故以降から熱除去系にPassive safety を適用する流れはあったが、
ESBWR
や AP1000 といった第 3 世代の最新の原子炉では従来の動的駆動部とともに冷却部分に Passive safety を
導入している。Active(動的機器を用いた安全系の作動)と Passive にはそれぞれ長所があり、Active は
強引に注水することができる点、Passive は動力なしでも駆動できる点が長所である。反面、Passive は動
力(駆動源)が非常に弱い点、微妙なバランスによって影響を受けやすい点が欠点である。例えば Isolation
Condenser(IC)は、水素ガスのような非凝縮性ガスが存在すると、蒸気凝縮性能が大幅に低下する点が
挙げられる。
2-5 今後の展開
受動安全、システムの単純化及び冷却材圧力バウンダリの局所化は今後も継続すると予測される。
Passive safety については、信頼性をどのように評価するかが課題であり、欧州・インドでは評価手法開
発を進められている。INPRO24ではフランスが第 4 世代炉の原子炉に一部適用されている Passive safety
の信頼性評価手法を検討している。今後は、シビアアクシデント時の格納容器からの除熱と格納容器荷重
への対処方策の進化が期待されている。
2-6 福島事故後
TMI 以前には、事故は主として設備の故障によって生じると考えられてきた。TMI 事故により設備だ
けでなく人的要素の面、また確率論的なアプローチの重要性が認識されたことで、原子力発電事業者によ
る相互レビュー組織である原子力発電運転協会(Institute of Nuclear Power Operations: INPO)の創設
24
2001 年から始まった IAEA のプロジェクト:革新的原子炉・燃料サイクル開発組織
48
につながった。更に、チェルノブイリ事故により人的要素に加え組織的な安全文化と事故管理が重要であ
ることが認識された。
2011 年 3 月 11 日の福島第一原子力発電所における炉心溶融・放射性物質放出事故は、津波による全電
源喪失に伴い炉心冷却及び残留熱除去機能が低下し、炉心燃料が過熱・破損に至り、格納容器バウンダリ
の一部破損(推定)後、放射性物質が外部に放出された事象である。炉心冷却や残留熱除去の手段だけで
なく、深層防護の考え方に基づく格納容器破損後の環境への影響を最小限に抑えるための対策(アクシデ
ントマネジメント、AM)も不十分であったとの指摘がなされた。
特に欧州では、福島事故の重要な教訓は以下の事項であるとされている。
① Resilience:設計基準を超える出来事は必ずあるので、予期しないことに対して備え、現状に復帰
する力を持つこと、深層防護(Defense in Depth)の層ごとの独立性に問題があると分かったので、
その独立性を確保すること
② 社会的責任を重視した運用(長期的な環境影響につながる土地汚染を防ぐ運用)
深層防護(Defense in Depth)とは、単なる階層の多重化だけでなく、不確かさや知識の不完全性を補
完する概念である。深層防護の適用が将来炉にどう適用されるべきかについては、IAEA の INPRO が提
案を示しており、5 つの層の独立性を重視している。将来炉だけでなく既設炉についてもこの考え方は重
要である。
図 57 実効的な安全機能の向上に向けた課題とアプローチ
(出所)IAEA ホームページ
49
Level 1 の重要な教訓は、Cliff edge25がどこにあるのか、それまでの余裕はどれくらいあるのかという
点である。設計ベースを超える津波の発生確率もあり得るので、それを超えたときにどこに Cliff edge が
あり、Cliff edge までどれくらい距離があるのかという考え方が重要である。
Level 4 の重要な教訓として、アクシデントマネジメントはチェルノブイリ事故後日本でも整備された
が、外部事象、セキュリティ事業によるダメージを前提としたものではなかった点が挙げられる。
Level 5 については、オフサイトセンターがほとんど機能しなかった点、緊急時対応の実施に混乱が生
じた点である。
将来に向かって考えることは、設計を超える事象に対してどのような規制の枠組みが望ましいかという
点であり、設計をどう強化するか、また、Cliff edge をいかに延ばすべきかを考える必要がある。さらに、
人的・組織的要因をもっと重視すべきであり、途上国での原子力開発で安全を確保するような対策がどの
ように行われるべきかという点も将来に向けて考えなければならない。
図 58 有識者の提案する規制の枠組みの高度化
(出所)第 13 回勉強会『軽水炉安全設計と安全に関するアプローチの進化』
、東京工業大学 尾本彰氏資料
原子炉事故のもたらすリスクとしては、健康被害, 環境への悪影響、原子力発電を忌避することによる
社会・経済へのインパクト等があるが、その中で現在明示的に扱われているのは、致命傷をもたらすリス
クと発がんのリスクだけであり、その他の健康影響や環境等への考慮、社会への広いインパクトはまだ定
量化されていない。現在の安全目標は、原子炉事故によるリスクを幅広く議論できていないので、将来は
より社会的要因も取り込んだ安全目標の設定に向け、検討を重ねていく必要があろう。
25
断崖の先端の意味で、状況が大きく変わる限界
50
3.
高レベル放射性廃棄物処分技術の動向
3-1 高レベル放射性廃棄物処分技術の概要
3-1-1
核燃料サイクルの意義(再処理による廃棄物量低減)
日本の原子力政策では、資源利用効率及び廃棄物低減の観点から、使用済燃料に残る核燃料(ウラン・
プルトニウム)を再び取り出し(再処理)
、原子炉にて利用できる形態に加工し(MOX 燃料成型加工)
、
燃料として再利用することを基本方針と位置付けてきた。
使用済み燃料の再処理が実現した場合、高レベル放射性廃棄物の発生体積は約 7 分の 1、放射性毒性が
天然ウランのレベルまで低下する期間が約 330 分の 1 となることが期待されている。
図 59 核燃料サイクルの意義
(出所)資源エネルギー庁ホームページ
3-1-2
高レベル放射性廃棄物
一般的には、高レベル放射性廃棄物とは使用済燃料を指すが、日本では使用済核燃料を全量再処理26す
る方針であるため、再処理した際の廃液およびそれを固化したガラス固化体のことを高レベル放射性廃棄
物と呼んでいる。
図 60 高レベル放射性廃棄物(ガラス固化体)の概要
(出所)資源エネルギー庁ホームページ
26
使用済燃料から再利用できるウランとプルトニウムを取り出す
51
3-1-3
ガラス固化体の数
日本では現在、地上に 1,700 本のガラス固化体が貯蔵されており、使用済燃料は 17,000 トン、地上保
管されている高レベルの廃液は 700 トン分がタンクに貯まっている。今から再処理工場がフル稼働すると
仮定すると、2033 年頃に地上のガラス固化体は約 20,000 本となる。地層処分は 2045 年頃になって初め
て始まると予想されている。
図 61 貯蔵管理施設のガラス固化体数
(出所)第 5 回勉強会『高レベル放射性廃棄物処分に対する将来技術活用の可能性について』
、東京大学公共政策大学院 諸葛宗男氏資料
3-1-4
地層処分の概要
放射性廃棄物を数万年以上にわたり人間の生活環境から隔離するために、さまざまな処分方法が検討さ
れてきた。その中で、深い地層が本来持つ「物質を閉じ込めるという性質」を利用した深い安定した地層
への処分が人による管理を必要としない方法として国際的に共通した考え方となっている。
フィンランドやスウェーデンでは既に処分地が決定されており、日本でも、2000 年 5 月「特定放射性
廃棄物の最終処分に関する法律」が国会で成立し、
「地層処分(地下 300m より深い安定した地層中に処
分)
」が法制化されている。
人間による管理を必要としない
地層処分
深地層
宇宙処分
人間による管理
海洋底処分
氷床処分
海洋
氷床
海洋底
長期管理
岩盤
・地層が本来もっている、物質を ・発射技術の ・廃棄物などの ・南極条約により
海洋投棄を現
閉じ込める能力を巧みに利用。 信頼性など
放射性廃棄物
に問題がある。 制しているロン の南極への処
もっとも問題点が少なく、実現
ドン条約により 分禁止
可能性がある。
禁止
・氷床の特性など
が不明確
・人間による恒久
的な管理は困難
・将来世代にまで
監視の負担を
負わせる
地層処分の特長
・地震、津波、台風等の自然現象
による影響がほとんどない
・戦争、テロ等の人間の行為による
影響を受けにくい
・物質の移動(地下水の移動)が
非常に遅い
・酸素が極めて少ないため、錆び
などの化学反応が抑えられ、
物質を変質させにくい
出典 資源エネルギー庁HP
NUMO HP
図 62 高レベル放射性廃棄物の処分方法
(出所)第 5 回勉強会(一財)日本エネルギー経済研究所参考資料
52
諸外国における放射性廃棄物の地層処分の検討状況は下表の通りである。
表 8 諸外国の高レベル放射性廃棄物地層処分検討状況(2013 年 10 月時点)
(出所)NUMO ホームページ
3-1-5
地層処分の概念
現在、廃棄物処分においては坑道竪置型がデフォルトの形になっているが、地層処分の概念は地域によ
って自由度があるべきである。地層処分技術に関する社会とのコミュニケーションにおいてはいくつかの
オプションがあることが重要であり、この代替オプションとして深孔地層処分(Deep-Borehole-Disposal)
が検討されている。
図 63 地層処分場概念の多様性(日本で考えられた概念)
(出所)第 5 回勉強会(一財)日本エネルギー経済研究所参考資料
53
3-1-6
立地選定プロセス
日本における地層処分の立地選定については、
「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律(2000 年)
」
に基づき原子力発電環境整備機構(NUMO)が中心となって公募を行ってきたが、進捗が無く、2013 年
12 月に政府主導にて国が候補地を選定・提示する手法に変更となっている。
図 64 日本における地層処分計画の経緯と展開
(出所)資源エネルギー庁ホームページ
図 65「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律」に基づく立地選定プロセス
(出所)資源エネルギー庁ホームページ
54
図 66 第 1 回最終処分関係閣僚会議で示された立地選定プロセス(案)
(出所)経済産業省ホームページ
3-1-7
技術的な課題
地層処分の技術的な課題については、地層処分基盤研究開発調整会議・地層処分基盤研究開発に関する
全体計画(平成 25 年度 ~平成 29 年度)において以下が挙げられている。
①地上からの調査段階の研究開発で、さらなる強化が必要な技術開発
海域における地質調査・評価技術開発、廃棄体の回収技術開発等
東日本大震災や東京電力(株)福島第一原子力事故等を教訓とした技術開発
②地下施設調査段階の研究開発
深地層研究施設での地質調査・評価技術、人工バリア27の定置実証試験等
③使用済燃料の直接処分に向けた研究開発
使用済燃料からの放射性物質の溶出挙動評価、使用済燃料の定置技術の開発等
3-2 核燃料サイクルの革新技術と地層処分の代替案
現在、ウランの使用済燃料からウランとプルトニウムを抽出し、核分裂生成物等をガラス固化体で処分
する技術は実用化されているが、核燃料サイクルには多くの異なる革新的技術が研究されており、将来の
選択肢は多様である。本項ではそれらの革新技術のうち、核分裂生成物を更に分離・回収して毒性を低減
する技術(分離変換技術)及び地層処分の代替案としての深孔地層処分について述べる。
3-2-1
分離変換技術
分離変換技術とは使用済燃料を再処理する過程で生じる高レベル放射性廃液からウラン、超ウラン元素
28やテクネチウム29を分離・回収し、人工的に毒性の低い核種へ変換する技術である。現状では、分離変換
の技術はサイエンスの段階であり、すぐに適用できる工学の段階には至っていない。
27
28
29
ガラス固化体(ステンレス製のキャニスタ含む)
、オーバーパック、緩衝材
ウランの原子番号 92 よりも原子番号の大きい元素
原子番号 43 の元素であり、半減期が長い(テクネチウム 98 で約 420 万年)
55
図 67 群分離・核変換技術の概念
(出所)日本原子力研究開発機構ホームページ
高レベル廃液の内訳はウランやキュリウム等の超ウラン元素(TRU)が約 5%、寿命の長いテクネシウ
ムが約 2%、その他が 93%であり、これらを総称して核分裂生成物(Fission Products: FP)と呼ぶ。高レ
ベル廃液に含まれる核種の内訳を下図に示す。
なお、核変換には高速粒子ビームを用いる方法と、高速炉の燃料として照射する方法とがあるが、日本
では高速炉の運転技術があることから、高速炉を利用することが最も効率的であると考えられてきた。
図 68 高レベル廃液の内訳(高レベル廃液 400 ㎥あたり)
(出所)第 5 回勉強会『高レベル放射性廃棄物処分に対する将来技術活用の可能性について』
、東京大学公共政策大学院 諸葛宗男氏資料
原子力利用の持続性を高めるために分離変換技術の開発は必要であり、毒性を低減させ、放射性廃棄物
を減容させる技術(分離変換技術)の研究を進めるという姿勢は高レベル廃棄物処分の合意形成において
も重要であると考えられる。核変換による毒性低減効果を下図に示す。
56
図 69 核変換による毒性低減効果
(出所)第 5 回勉強会『高レベル放射性廃棄物処分に対する将来技術活用の可能性について』
、東京大学公共政策大学院 諸葛宗男氏資料
3-2-2
分離変換技術の課題
先進的な技術を取り入れる際には第三者機関による総合的なテクノロジーアセスメントを行った上で
導入効果、総合的リスク、経済性等を評価するべきであるが、分離変換技術はこれまで総合的なテクノロ
ジーアセスメントが実施されていない。
高レベル廃棄物の問題については、関係者の理解が不足しており、何が問題なのかわからないまま論じ
られている。この点については、情報の受け手側だけではなく出し手側にも大きな問題があり、発電・再
処理・処分事業をスルーして正確に情報を発信する司令塔役がいないことが原因である。
世界中のどの国においても、無害化するまでに 10 万年以上かかるという点を理解してもらうのに苦心
している。この説明における問題点は、現在生活している人たちの安全性の議論が置き去りになっている
という点である。熱量、放射線量ともに、廃棄物を持ち込む時点が一番高いにもかかわらず、10 万年先の
安全性ばかりが議論されている。また、安全であるという説明しか無く、リスクの説明がなされていない。
どのような事故がどの程度の確率で起きるのかを定量的に示し、危険性とその対策を示すことが必要であ
る。
現在、リスクの高いマイナーアクチニド(MA)はガラス固化体に閉じ込められて六ヶ所の貯蔵管理施
設に安全に収まっているが、群分離・核変換を開発することにより、そのリスクが拡散する可能性がある。
現在の環境へのリスク拡散をしっかりと評価し、将来のリスクの低減効果と比較・評価することが求めら
れている。
高レベル廃棄物の問題は原子力利用国共通の課題であり、各国が協力して重複した研究を省くような効
率化が必要である。また、MA の分離・核変換、再利用という問題は核不拡散の問題を裏に秘めており、
国際化して透明性を高めることは意義がある。
このように分離変換技術での国際協力を進めていくことが、
高レベル廃棄物の国際管理を実現していく突破口になる可能性がある。
57
3-2-3
深孔地層処分(Deep Borehole Disposal)
深孔地層処分(Deep Borehole Disposal: DBD)とは 3~5km 程度の深さの穴に高レベル放射性廃棄物
を埋設処分するという地層処分の一つの概念であり、メリットは地下への影響が小さく、廃棄物の種類に
依存しないこと、核不拡散上有利なことが挙げられる。また、石油掘削業界の掘削技術の直接的な適用が
可能であり、低コストも期待でき、作業者の安全管理も容易である。一方、可逆性、再取出しという観点
では極めて不利である。
図 70 NUMO Report に示された Deep Borehole Disposal(深孔地層処分)のオプション
(出所)第 5 回勉強会『地層処分のオプションとしての Deep Borehole Disposal-その可能性と課題―』
、
東京大学大学院新領域創成科学研究科 徳永朋祥氏資料
放射性物質の安全保障措置という考えでは、地下水がほとんど動かないので、拡散のみで物質が移行す
るということが安全確保の考え方となる。一方で 3~5km という深さはあまり知見が得られておらず、高
温、高塩分濃度であるため工学的バリアに期待ができず地質環境に期待することになる。
現在の高レベル放射性廃棄物処分計画に基づき 4 万本以上のガラス固化体の処分を想定すると、100 本
以上の超深孔の必要があり、実現可能性に疑問が残る。しかしながら、日本には福島第一で発生したデブ
リやイオダイン 129 等のような少量かつハンドリングが難しい廃棄物があり、この処分に DBD が適用で
きる可能性がある。
58
3. 原子力事業環境とリスク
1.
主要国の電力自由化政策
1-1 イギリス
自由化以前、イギリスは「垂直統合」と「競争規制」により需要のセキュリティを供給側に与え、大規
模投資を伴う供給事業のリスクを低減し、インフラ形成を進めてきた。その後インフラが十分に成熟した
段階で 1989 年電気法が施行され、競争政策を導入し垂直統合体制の解体、発送電部門のアンバンドリン
グが進められた。現在では競争の結果、発電会社が配電部門を子会社するといった状況となり、再度垂直
統合型に回帰しつつある。
規制改革前
市場初期はインフラを形成するため、国営による「垂直統合」、
「競争規制」 型の産業構造を政府は志向。
発電部門
送電部門
配電部門
※ 「垂直統合」と「競争規制」により需要のセキュリティを供
給側に与え、大規模投資を伴う供給事業のリスクを低減、資
金調達を促進し、インフラを形成。
※ 英国はエネルギー自給率が高く、ガス輸入
等につき典型的な大規模投資を必要とせず。
発電所もCCGT技術が登場し、小型化。
国営発送電1社
垂
直
統
合
型
長期相対契約
12配電小売会社
1989年電気法での改革
国営
ネットワークの成熟後は効率性向上のため、競争政策を導入。
国営垂直統合体制を解体し、発送電部門をアンバンドリング。
発電・小売の競争を自由化(※ただし配電と小売は同一会社)。
競争規制
小売部門
需要家
分割民営化
発電部門
競争により、発電会社が配電部門を子会社するなどし、企業は
再度垂直統合型に回帰。
発電部門
6大グループ発電部門
IPP等
アンバンドリング
(卸電力取引)
送電部門
アンバンドリング
配電部門
アンバンドリング
小売部門
民間3社(旧国営)
IPP等
競争自由化
現在
垂
直
統
合
型
に
回
帰
長
期
相
対
契
約
卸電力取引所(APX UK)
トレーダー
送電会社(民営1社:政府が黄金株)
垂
(卸電力取引) 直
統
送電部門
合
体
制
配電部門 は
希
薄
小売部門 化
長
期
相
対
契
約
は
禁
止
地域配電会社
6大グループが所有
アンバンドリング
卸電力取引所(強制プール市場)
送電会社(民営1社:政府が黄金株)
アンバンドリング
(配電部門と小売部門は同一会社)
民営化
12配電小売会社
供給会社(アグ
リゲーター等)
競争自由化
需要家
供給会社(アグリ
ゲーター等)
6大グループ小売部門
需要家
図 71 イギリス電力市場自由化の経緯
(出所)
(一財)日本エネルギー経済研究所
イギリスにおける電力自由化は、それまで国営事業であった電気事業の民営化と一体的に行われてきた。
従来、発送電を中央発電局(Central Electricity Generating Board: CEGB)
、配電を 12 の地区配電局が
担うような国営体制となっていた。このような体制に対しては、国営・独占体制による非効率性、国内炭
の利用や国内重電メーカーへの発注など国内産業保護の手段として利用されていたこと、強大な労働組合
の存在等、多くの問題が指摘されていた。
これに対して、Thatcher 政権が電気事業の民営化・自由化を推進することを決定し、1989 年に電気法
を成立させた。これにより、CEGB は National Power(NP)
、PowerGen(PG)
、Nuclear Electric(NE)
と送電会社の National Grid に 4 分割され、民営化された。12 の地区配電局は、そのまま民営化され配電
会社として新たに歩み始めることになった。
この民営化と並行して、
電気事業の自由化も推進され、
発電部門は 1990 年、
小売部門は 1990 年に 1MW
59
を超える需要家、1994 年に 100kW を超える需要家が自由化された。その後、1999 年には小売部門が全
面自由化された。
英国における民営化・電力自由化の目的は電気事業への政治関与の排除、国営時代の非効率性の排除に
あった。その意味で、発電会社や配電会社では大幅な人員削減が実現し、90 年代には電気料金も大幅に低
下したため、当初の目的は達成されていると評価できる。一方で、すべてを市場原理にゆだねる制度設計
では、発電所への投資が進まずに必要な供給力が確保できない事態や、特定の電源を政策的に導入してい
くことの困難さに直面している。その結果、現在では市場原理を修正し、政府関与を強めるような制度改
革が行われており、市場原理に委ねる電力自由化の制度設計には多くの課題があることが浮き彫りになっ
てきている。
1-2 ドイツ
自由化以前、ドイツでは 8 大電力会社が大規模発電・広域送電を、公営等電力会社が地域配電や小売り
の流通網を形成してきた。競争政策により、送電系統利用を開放し運用を透明化することとなり、配給網
は経過措置として独占を維持した。また、卸電力取引所を設置したことで、卸競争を促進した。これら競
争政策により、卸市場での競争が発生し、配給・小売部門では事業者間の連携が進展した。
規制改革前
規制改革後
IPP(独立発電
事業者)
発電部門
送電部門
地域・地方配電
会社の発電部
門
8大電力会社(REW、EnBW、VEBA、
VIAG、VEAG、VEW、HEW、BEWAG)
E.on、RWE、EnBW、Vattenfall Europe
発電部門
(卸電力取引)
送電部門
配電部門
4大電力会社系
取引会社
地域・地方配電
会社の発電部
門
卸電力取引所
(EPEX)
4大電力会社系送電子会社(2社)、独立系送電会社(2社)
公営電力等の
地域配電会社
公営電力等の地方
配電会社
小売供給部門
需要家
IPP(独立発電
事業者)
4大電力会社系発電子会社
配電部門
4大電力会社系配電子会社
地域配電会社
の配電子会社
小売供給部門
4大電力会社系小売子会社
地域配電会社
の小売子会社
需要家
需要家
公営電力等の地方
配電会社
需要家
図 72 ドイツ電力市場自由化の経緯
(出所)
(一財)日本エネルギー経済研究所
ドイツでは、EU の電力自由化指令を受け、1998 年にエネルギー事業法を改正することにより、電力自
由化を開始した。同法の骨子は以下の通りである。
・小売の全面自由化
・垂直統合型の電気事業者には、会計分離を要求
・送電網の交渉による第三者アクセス制度30
上記の制度に基づき、送配電料金はドイツ電気事業連合会(VDEW、現在はドイツエネルギー・水道事
業連合会:BDEW)
、産業連盟(BDI)
、自家発連合(VIK)の三者による協定により決定されており、政府
等による認可制度は取られていなかった。そのため、ドイツの送配電料金が他欧州諸国に比べて高い点が
問題となり、欧州委員会からも送配電料金の認可制度導入等の改革を求められることになった。
これを受け、ドイツ政府は 2005 年エネルギー事業法を再改正した。これにより、従来会計分離のみを
要求していた垂直統合型電力会社に対しては、系統運用部門の別会社化を要求するとともに、送配電事業
を監督する独立規制機関の設立、送配電料金の認可制が導入された。
ドイツでは、小売の全面自由化後に電気料金が低下したものの、その後は上昇に転じており 2012 年の
30
EU 電力自由化指令においては、送電網の開放について交渉による第三者アクセスも手法として認められていた。
60
料金水準は、自由化前の 1997 年と同水準となっている。この上昇は、環境税等の税負担の増加や再生可
能エネルギーの固定価格買取費用の賦課金増加による影響が大きい。また、化石燃料価格の上昇等、自由
化前と比較して価格上昇要因が増大していることを考えれば、料金の上昇が一定程度抑制されていると考
えられる。
1-3 フランス
自由化以前、フランスでは垂直統合型の国営独占企業により運営が行われていた。この国営独占企業の
下、インフラ(広域網、配給網)の形成が進展した。その後、競争政策の導入により、供給区域を配して
自由化するとともに、ネットワークを開放することで運用を透明化した。また、VPP(仮想発電所)によ
る発電電力量の競売や卸電力取引所の設置によって卸競争を促進。自由化以降、競争により新規参入が起
こっているものの、依然として国営企業の影響力が大きいのが特徴である。
規制改革前
規制改革後
EDF グループ
IPP(独立発電
事業者)
発電部門
送電部門
発電部門
IPP(独立発電
事業者)
EDF発電部門
卸電力取引所
(EPEX)
(卸電力取引)
EDF
送電部門
EDF送電子会社
配電部門
公営電力等の
地方配電会社
配電部門
小売供給部門
EDF配電子会社
公営電力等の
地方配電会社
需要家
需要家
小売供給部門
需要家
新規供給会
社(アグリ
EDF小売部門
ゲーター等)
需要家
図 73 フランス電力市場自由化の経緯
(出所)
(一財)日本エネルギー経済研究所
フランスにおいても、ドイツと同様 1996 年の EU 電力自由化指令を受け、自由化に着手した。具体的
には、2000 年に電力自由化法が制定され、2004 年にはそれまで電気事業を担っていたフランス電力公社
(EDF)を民営化する法律も制定した。フランスにおいては、イギリスと同様に電気事業の民営化と自由
化が同時並行的に行われてきた。
電力自由化法により規定された事項は以下の通りである。
・発電市場の自由化
・小売の段階的な自由化
・独立規制機関としてエネルギー規制委員会(CRE)を設立
・規制料金に基づく送配電網の開放
・発送電分離の実施(経営分離、会計分離、情報遮断)
フランスでは、自由化後も依然として EDF が小売市場において 80%のシェアを誇っている。これは、
EDF が所有する原子力発電の原価を反映して料金を設定しているため、
他事業者よりも安価な料金設定が
可能であるためである。これに対処するため、EDF が所有する原子力発電所で発電された電力の一部を他
事業者に原価相当で売却する制度を導入している。
1-4 アメリカ
アメリカでは州ごとに自由化州、規制州と状況が異なっている。2002 年時点で私営電気事業者 230 社、
連邦営電気事業者 9 社、公営電気事業者 2,012 社、協同組合営電気事業者 882 社と多数の事業者が存在す
る状況である。また、2002 年時点で私営電気事業者は販売電力量の 63.3%、送電設備の 73.1%、発電電
力量の 46.3%を占めている。規制改革により設立された地域送電機関(RTO)は、地域ごとに設立された
61
7 機関(CAISO、ERCOT、SPP、MISO、PJM、NYISO、ISO-NE)となっている。
規制改革実施地域の現状
規制改革前・規制改革未実施地域の現状
発電部門
IPP(独立発電
事業者)
私営電気事業者
発電部門
CHP等
連邦エネルギー規制委員会の
規制を受けながら州を跨る電気
の取引を実施
送電部門
RTO(地域送電機関)
卸電力市場の運営を
通じた系統運用や送
電計画策定を実施
配電部門
公営事業者、
協同組合営事業者等
州の公益事業委員会の規
制を受けながら電気を販売
配電部門
公営事業者、
協同組合営事業者等
小売供給部門
新規供給会社(ア
小売供給部門
需要家
CHP等
パワー
マーケター
(卸電力取引)
送電部門
IPP(独立発電
事業者)
私営電気事業者
グリゲーター等)
需要家
需要家
需要家
需要家
需要家
供給者選
択自由化
図 74 アメリカ電力市場自由化の経緯
(出所)
(一財)日本エネルギー経済研究所
アメリカにおける電力自由化の成果は、評価をするのが非常に難しい状況にある。燃料価格上昇等の
要因を除けば、自由化は、家庭用、産業用の小売料金を 5~10%低下させたとの分析がある一方で、自由
化により価格低下をもたらしていないとの分析もある。31
1-5 韓国
韓国は 1961 年に大手電力会社 3 社(朝鮮・京城・南鮮)を統合し、韓国電力による発電・送電・配電
一貫体制を構築した。
1982 年には、
長期的な電源開発の実施や原子力の円滑な推進などを目的に国営化し、
韓国電力公社を設立。1998 年アジア経済危機の際、韓国電力公社の分割・民営化を軸とした再編が進めら
れ、2000 年には韓国電力公社再編法と改正電気事業法が成立。2001 年 4 月に韓国電力公社の発電部門は
水力発電所、原子力発電所を運転する 1 社と、火力発電所を運転する 5 社に分割された。同時に、卸電力
市場も創設された。配電・小売部門の分割・民営化については、韓国電力公社労働組合の反対等により見
送られている。
規制改革前
発電部門
卸電力
事業者
(IPP等)
規制改革後
卸電気
事業者
発電部門
KOSPO他
5社
卸電力
事業者
(IPP等)
KHNP
卸供給
卸供給
韓国電力取引所(KPX)
送電部門
配電部門
送電部門
韓国電力公社
(KEPCO)
配電部門
小売供給部門
韓国電力公社
(KEPCO)
小売供給部門
需要家
需要家
需要家
図 75 韓国電力市場自由化の経緯
(出所)
(一財)日本エネルギー経済研究所
31
卸電気
事業者
山口聡, 電力自由化の成果と課題
62
需要家
1-6 (参考)欧州主要国の電気料金推移
産業用料金の推移
家庭用料金の推移
ユーロ/kWh
0.18
ユーロ/kWh
0.18
0.16
0.16
0.14
0.14
0.12
0.12
0.10
0.10
0.08
0.08
0.06
0.06
0.04
0.04
0.02
0.02
0.00
0.00
2000
2002
2004
2006
2008
2010
2000
2002
2004
2006
2008
デンマーク
ドイツ
スペイン
デンマーク
ドイツ
スペイン
フランス
イタリア
オランダ
フランス
イタリア
オランダ
スウェーデン
イギリス
スウェーデン
イギリス
2010
(出所)EUROSTAT
図 76 欧州主要国の電気料金推移
2.
電源別発電コスト内訳と比較
電源別発電コストの評価方法として、均等化発電単価(LCOE: Levelized Cost of Electricity)法が世界
的に広く用いられている。これはモデルプラント方法とも呼ばれ、ある発電方式に対して標準的なプラン
トの建設・運転・廃止をライフサイクル全体にわたって模擬し、ある割引率の想定の下に平均的な発電単
価(1kW の発電をするために必要なコスト)を算出するものである。以下、LCOE 法を用いた最近の主
な試算事例について概説する。
2-1 OECD/NEA
経済協力開発機構原子力機関(Organisation for Economic Co-operation and Development, Nuclear
Energy Agency: OECD/NEA)による『Projected Costs of Generating Electricity 2010 Edition』で示さ
れた、各国のデータに基づく原子力発電の発電コストを比較すると、下図のとおり。質問票を NEA 事務
局から各国へ公式に送付し、発電所毎に資本費や運転維持費、燃料費等のデータ提供を依頼して作成して
いる。前提として、原子力発電所の稼働期間は 60 年、建設期間は 7 年、平均設備利用率は 85%とされて
いる。
各国から数字のみが送られてくるため、資本費の内訳は不明であるが、多くの国で実績ベースの数字を
報告しているような形跡がある。一方、日本はモデルプラントベースで報告しており、用いられているデ
ータの性質が異なる可能性があることには注意が必要である。また、運転維持費についても各国の詳細は
不明である。
また、
『Projected Costs of Generating Electricity 2010 Edition』
は重要な資料と捉えられているものの、
各国参加者よりデータ開示の困難さ、必要性への疑念が表明されたこともあり、2010 Edition 以降、新た
な報告書が発表されるか否かは不明である。
63
cent/kWh 割引率5%
9
運転管理費
8
燃料費
7
資本費
6
5
4
3
2
1
0
図 77 各国原子力発電コスト比較
(出所)
『Projected Costs of Generating Electricity 2010 Edition』に基づき(一財)日本エネルギー経済研究所作成
16
cent/kWh 割引率10%
運転管理費
14
燃料費
12
資本費
10
8
6
4
2
0
図 78 各国原子力発電コスト比較
(出所)
『Projected Costs of Generating Electricity 2010 Edition』に基づき(一財)日本エネルギー経済研究所作成
2-2 DOE/EIA
連邦エネルギー情報局(U.S. Energy Information Administration : EIA)による『Levelized Cost of
New Generation Resources in the Annual Energy Outlook 2013』では下表に示す通り、原子力発電(設
備利用率は 90%と設定)の発電コストは$108.4/MWh とされており、その内訳は、資本費が$83.4/MWh、
運転維持費(固定)が$11.6/MWh、運転維持費(変動、燃料費含む)が$12.3/MWh、送電投資(グリッ
ドへ接続するための費用、若しくは特別高圧開閉所から変電所までの接続にかかる費用)が$1.1/MWh で
ある。この報告書の中では、資本費($83.4/MWh)の内訳について詳細が明らかにされていない。
64
表 9 米国における各種電源の発電単価
設備利用率
(%)
均等化発電単価 (2011年米ドル/MWh)
資本費
固定運転 可変運転
送電費用
維持費
維持費
4.1
29.2
1.2
計
石炭火力(従来型)
85
65.7
石炭火力(最新型)
85
84.4
6.8
30.7
1.2
123.0
石炭火力(CCS付:最新型)
85
88.4
8.8
37.2
1.2
135.5
87
15.8
1.7
48.4
1.2
67.1
87
17.4
2.0
45.0
1.2
65.6
87
34.0
4.1
54.1
1.2
93.4
90
83.4
11.6
12.3
1.1
108.4
地熱
92
76.2
12.0
0.0
1.4
89.6
バイオマス
83
53.2
14.3
42.3
1.2
111.0
風力(陸上)
34
70.3
13.1
0.0
3.2
86.6
風力(洋上)
37
193.4
22.4
0.0
5.7
221.5
太陽光
25
130.4
9.9
0.0
4.0
144.3
太陽熱
20
214.2
41.4
0.0
5.9
261.5
水力
52
78.1
4.1
6.1
2.0
90.3
天然ガス火力
(従来型コンバインドサイクル)
天然ガス火力
(最新型コンバインドサイクル)
天然ガス火力(CCS付:
最新型コンバインドサイクル)
原子力
100.1
(出所)
『Levelized Cost of New Generation Resources in the Annual Energy Outlook 2013』に基づき
(一財)日本エネルギー経済研究所作成
なお、EIA による別の報告書『Updated Capital Cost Estimates for Utility Scale Electricity
Generating Plants, April 2013』では、資本費は$5,530/kW とされており、これが上記の原子力発電単価
の試算に用いられているものと考えられる。その内訳は以下のとおりである。
表 10 米国における資本費の内訳
土木工事
1,792,260 千ドル* (15%)
機器等(据付含む)
3,519,000 千ドル (28%)
電気計装設備(据付含む)
プロジェクト間接費用
652,050 千ドル
**
(5%)
2,817,788 千ドル (23%)
報酬及び予備費
1,345,500 千ドル (11%)
小計
10,126,598 千ドル (82%)
所有者費用(除ファイナンス費用)
合計
2,227,931 千ドル (18%)
12,354,529 千ドル (100%)
5,530 ドル/kW
建設単価
* 発電設備容量計2,234MWのプラントを想定した費用。2012年価格。
** 間接費用にはエンジニアリング費用、人件費、建材費、支保工設置費用、建設管
理費用、 操業開始費用等を含む
(出所)
『Updated Capital Cost Estimates for Utility Scale Electricity Generating Plants, April 2013』に基づき
(一財)日本エネルギー経済研究所作成
この資本費($5,530/kW)については、Vogtle 原子力発電所や V.C. Summer 原子力発電所における新
設の AP1000 をベースに試算されており、今後建設作業が滞りなく進捗した場合、資本費は下がる可能性
65
があるとされる。中でも全体の 2 割近くを「所有者費用」が占め、無視し得ない金額となっていることが
注目される。ここには保険費用やインフラ整備に係る費用のほかに、開発に係る費用、フィージビリティ・
スタディに係る費用、法的サービスに係る費用等も含まれており、米国にとって数十年ぶりに建設する原
子力発電所であるという特殊事情が反映されている可能性がある。
2-3 イギリス DECC
イギリスのエネルギー・気候変動省(Department of Energy & Climate Change: DECC)による
『Electricity Generation Cost 2013』
(2013 年 7 月発表)で示された各技術の発電コストを比較すると、
下図のとおり。原子力発電は FOAK(First of a Kind)
、つまり新規導入電源として高めの建設コスト等が
想定されているが、それでも 2013 年事業開始ベースでは天然ガス火力(CCGT)に次いで安価な電源と
評価されている。更に 2019 年運転ベースではコスト低減により、天然ガス火力を下回り、最も安価な発
電方式となる。
£/MWh, 割引率10%
Case 1: Projects Starting in 2013
200
180
Decommissioning
and Waste Fund
CO2 Capture and
Storage Costs
160
140
Carbon Costs
120
100
Fuel Costs
80
60
Variable O&M
40
20
Fixed O&M
0
Capital Costs
Pre-development
Costs
図 79 2013 年に事業開始となるプロジェクトにおける発電コスト比較
(出所)
『Electricity Generation Cost 2013』
(2013 年 7 月)に基づき(一財)日本エネルギー経済研究所作成
250 £/MWh, 割引率10%
Decommissioning
and Waste Fund
200
CO2 Capture and
Storage Costs
150
Carbon Costs
100
Fuel Costs
50
0
Variable O&M
Fixed O&M
Capital Costs
Case 2: Projects Starting in 2019
Pre-development
Costs
図 80 2019 年に事業開始となるプロジェクトにおける発電コスト比較
(出所)
『Electricity Generation Cost 2013』
(2013 年 7 月)に基づき(一財)日本エネルギー経済研究所作成
66
2-4 コスト等検証委員会
日本では従来、2004 年に行われた「コスト等検討小委員会」の試算に基づき火力・原子力・水力発電
等のコストについて議論がなされていたが、福島第一原子力発電所事故の後、特に原子力発電のコストに
ついて、改めてその評価方法が問われ、国民的な関心を呼ぶこととなった。これを受けて 2011 年に政府
は「コスト等検証委員会」を組織し、火力・原子力・再生可能エネルギー等、各種発電のコスト試算を網
羅的に行い、前提条件や試算シートも含めて国民に提示した。
原子力発電単価については、従来評価の対象外であった立地対策や研究開発に係る費用、事故リスクに
係る費用等も加算され、割引率 3%の条件下で 8.9 円/kWh 以上とされた(5.8 兆円と想定した福島事故の
被害額が更に 1 兆円増加するにつれて、発電単価が 0.09 円/kWh 上昇)
。また太陽光・風力等の再生可能
エネルギー発電単価については 2030 年までのコスト低減を見込むとともに、上限値と下限値の幅をもっ
て提示された。
事故被害コストの想定及び試算方法等に不確定要素があるものの、原子力発電は、廃止措置・再処理・
廃棄物処分・立地対策・研究開発等に係る費用を全て含んだとしても、他電源と比べて概ね遜色のないコ
スト競争力を持つものと評価されている。試算結果は下図の通りである。
図 81 主要電源の発電コスト比較
(出所)コスト等検証委員会報告書
67
3.
海外インフラ建設プロジェクト事例からみる原子力事業リスク
日本企業による海外インフラ建設プロジェクトの一例として、大成建設株式会社によるトルコ共和国イ
スタンブール市におけるボスポラス海峡横断鉄道トンネル建設工事が挙げられる。
3-1 プロジェクトの概要32
当該プロジェクトは、ボスポラス海峡で分断されているアジア側及び欧州側の既存鉄道路線を、海峡下
の沈埋トンネルで結び、且つ全路線を近代化するという総事業路線 76km に及ぶ鉄道整備プロジェクトで
ある。2004 年 8 月に着工され、2013 年 10 月 29 日、トルコ建国 90 周年の記念日に合わせて開通式典が
行われた。
プロジェクトは、海峡横断を含む 13.6km のトンネル区間と、既存地上路線を改良する 63km の郊外区
間に分けられる。ボスポラス海峡横断鉄道建設工事は前者に属する。その工事内容としては、海峡部の長
さ約 1.4km の沈埋トンネル、陸上部の総延長約 0.1km の複線シールドトンネル、NATM(新オーストリ
アトンネル工法)トンネル駅舎、開削駅舎 2 つ、地上駅舎の建設、全線の設備工事一式が含まれる。工事
施工の最大のポイントは、世界有数と言われる海流速度(最大 5 ノット以上)の海峡で、沈埋トンネルと
しては世界最深となる 60m の海底下において、最大長 135m、幅 5.3m、高さ 8.6m の沈埋函を 11 函、水
圧接合してトンネルを施工する作業であった。
3-2 プロジェクトの組織
当該プロジェクトの施主はトルコ運輸省傘下の鉄道・港湾・空港建設局(DLH)であり、請負者は大成
建設と現地企業である GAMA、NUROL の三社 JV であった。請負者 JV 内では、高度な技術を必要とす
る工事分野を大成建設が担当し、地元企業が有利となる近隣対策等が必要な工事分野を、GAMA、NUROL
が担当するという分担施工が実施された33。
建設資金は、全額が JICA(国際協力機構)の ODA ローンでまかなわれている。契約面では、FIDIC
契約約款の EPC/Turn Key Contract(通称 Silver Book)が適用された。この Silver Book は、請負者が
設計と施工を実施し、契約金額の変動は限定的なものとするが、請負者が価格と工期に関わる高いリスク
を負う34というものである。なお、ODA への Silver Book 適用は、初めてのことであった35。
3-3 考察
関係者へのヒアリングの結果、海外におけるインフラ建設プロジェクトからみる原子力事業のリスクと
して以下の事項が挙げられる。
3-3-1
工期の延長によるリスク
ボスポラス海峡横断鉄道トンネルプロジェクトでは、建設資金として ODA が用いられたものの、Silver
Book36という想定外の費用を請負者が負担する厳しい規定が適用されることとなり、着工後、遺跡調査の
長期化や、予見不可能な地下構造物の存在等が次々と発覚した結果、請負者が度々厳しい対応を迫られる
32
松久保徹郎「ボスポラス海峡横断鉄道トンネル建設プロジェクト トルコ国 150 年の夢をかなえるプロジェクト」
『建設マ
ネジメント技術』通号 379(2009 年 12 月).
33
同上.
34
公益社団法人日本コンサルティング・エンジニア協会, FIDIC 約款, <http://www.ajce.or.jp/book/book_contract.htm>.
35
土木学会, WEB 版「行動する技術者たち」, <http://committees.jsce.or.jp/engineers/w25>.
36
FIDIC 契約約款の種類の一つ。EPC/ターンキー工事の契約条件書のことである。請負者は設計と施工に関して全責任を負い、
ターンキーだけで操業できる完全装備の状態で引き渡すことになっており、最終結果が指定した性能基準に合致する限り、発
注者は日々の進捗に関与しない。予見不可能な物理的条件やリスクについては、請負者に帰属することが基本原則として定め
られている。
68
こととなった。今後新規原子力発電所建設が見込まれる新興国の多くでは、許認可手続きや商慣習、法制、
税制、
契約文化等に関する事前情報も少なく、
現地にて予見不可能な課題が噴出する可能性が非常に高い。
当初の予定よりも工期が延長したことによるコスト超過のリスクを、どこまで事前に事業の予算に組み込
んでおくのか、という点が日本企業にとって大きな課題となる。
3-3-2
現地における法制度等の実態によるリスク
新興国では、現地の法制、税制、商慣習、許認可手続き等については、実際に手続き等を行ってみなけ
れば、実態が分からないケースが多々みられる。この場合、現地の社会の仕組みを十分に理解しており、
且つ、現地の政府機関や関係企業と関わりの深い地元企業をプロジェクトに参画させ、共同で事業を進め
ることが不可欠となる。しかし、現地の企業を参画させたとしても、原子力事業のような大規模プロジェ
クトでは、当該国政府による政治的な要求が契約の範囲外で出される可能性もあり、その要求に応えた結
果、工期が延長することとなり、コスト超過に直面する場合が考えられる。
3-3-3
工事の現地化におけるリスク
現地で初めて導入することになる技術や資機材を用いる場合は、現地で人材育成を行う必要がある。大
規模プロジェクトでは、契約の中で基礎的な労働力を現地から採用するよう規定されることもあり、相当
数の現地人材を雇用することになる。その際、プロジェクトのマネジメントを日本企業が担って現地企業
が実際の工事等を実施する場合、マネジメント部門で決定した内容をどのように確実にピラミッド状の組
織の下部へ伝えていくか、が課題となる。
また、工事に利用する資機材をすべて日本から輸送することはコストの面からも不可能であり、現地に
資機材の建設工場を設置することが求められる。現地で十分な品質の資機材を、工期に合わせて入手及び
調達することができるかは、現地の技術力に大きく左右されるところであり、資機材調達の面における、
現地企業への教育、協力、管理も、予算の範囲内でプロジェクトを完了するための課題となる。
これらのリスクは、海外におけるインフラ建設プロジェクト、原子力発電所建設プロジェクトに共通す
るものである。特に原子力発電所新設に関しては、そもそも莫大な初期投資がかかることもあり、工期の
延長によるコスト増や想定外の事象に対する費用といった損失をどう管理するか、ということが日本企業
にとって不可避の課題であるとともに、その想定は困難を極める。そのため、すべてを民間のファイナン
スのみで対応することは非常に難しいと言えよう。資金調達面では、ODA の活用等を含めた政府による
支援が求められる。
69
4. 原子力の社会的受容性
1.
福島再生に向けた取り組み
1-1 福島第一原子力発電所事故による避難指示
東日本大震災に起因した津波により、平成 23 年 3 月 11 日 16 時 36 分に福島第一原子力発電所での緊
急炉心冷却システムの停止に伴い、原子力災害対策特別措置法に基づく原子力緊急事態宣言が発令され、
21 時過ぎに半径 3km 圏内の住民の避難、3km~10km 圏内の住民の屋内退避が指示された。3 月 12 日に
は半径 10km 圏内に避難指示が出された。さらに水素爆発の発生に伴い、12 日には 20km 圏内の住民に
避難指示が出され、3 月 15 日には 30km 圏内の住民に屋内退避の指示が出された。その後、4 月 11 日に
は 20km 圏外にある飯館村他 5 市町村が計画的避難区域に指定され、5 月 15 日に避難が実施された。
2012 年 6 月 15 日には政府原子力災害対策本部が計画的避難区域を見直し、年間積算放射線量を基準に
避難指示解除準備区域・居住制限区域・帰還困難区域の設定を発表している。
1-2 福島の避難指示区域の現状と課題
避難指示区域は随時見直されている。現在は放射線量に応じて、赤と黄色と緑があり、赤が帰還困難区
域・黄色が居住制限区域・緑が避難指示解除準備区域となっている。
避難者数は福島全体の避難者が 14 万人であり、ピーク時の平成 24 年 6 月の 16.4 万人から 2.4 万人減
少している。避難指示が出されている区域(赤・黄・緑)の避難者数は約 8 万人である。区域見直しの結
果、赤の部分の人たちは引き続き立ち入ることは不可能となっているが、黄・緑の区域は日中、自由に立
ち入りをすることが可能となっている。現在は 8 万人のうち 7 割の約 5 万 6000 人が、日中に自宅に立ち
入り、様々な復興活動が可能となっている。
図 82 福島の避難指示区域の現状
(出所)第 12 回勉強会『福島の避難指示区域の現状と課題』
、内閣府原子力災害対策本部 井上博雄氏資料
70
除染については、年間追加被ばく線量が 20mSv 以上の地域を段階的に縮小すること、また、現在 20mSv
未満の地域を長期的に年間 1mSv 以下にすることが目標とされている。除染の実施にあたっては、
「汚染
状況重点調査地域」として指定を受けた市町村が除染を実施する区域・方法等を定めた除染実施計画を策
定し、この計画に沿って除染が進められている状況である。
図 83 市町村が中心となって除染を実施する地域における進捗状況
(出所)総務省ホームページ 平成 25 年 12 月末時点
1-3 チェルノブイリ原発事故との比較
チェルノブイリ原発の事故は、
福島第一原子力発電所事故と同じレベル7 であるが、
実態は全く異なり、
放射性物質の放出量はチェルノブイリ原発事故の放出量が福島第一原子力発電所事故の約 7 倍である。チ
ェルノブイリ原発の事故においてはストロンチウムやプルトニウム等、セシウムに比べると危険性の高い
ものが多く放出されている。
セシウム 137 の沈着状況を比較した図を以下に示す。
図 84 チェルノブイリ原発事故におけるセシウム 137 の沈着状況(福島第一原子力発電所事故との比較)
(出所)第 12 回勉強会『福島の避難指示区域の現状と課題』
、内閣府原子力災害対策本部 井上博雄氏資料
71
この図では同一縮尺、同色で記載してあり、福島第一原子力発電所事故においても広範囲で汚染が広が
っているが、チェルノブイリと比較すると汚染範囲が狭い。
チェルノブイリの事故後対応においては、外部被ばくについて 555kBq/㎡とルールに記載、運用されて
いる。これを日本と同様の換算値(シーベルト)健康影響の世界でみると、約 20mSv となる。この基準
になったのは、事故から 5 年後であり、それまでの間はこれより緩い基準であった。
福島とチェルノブイリの被ばくをチェルノブイリフォーラムでの国際的な資料に基づき比較すると、福
島の平均は約 2.1mSv であり、ウクライナは 20mSv、ベラルーシは 30mSv になっており、この原因は牛
乳やキノコの摂取による内部被ばくの影響が大きいと考えられている。
図 85 避難住民の事故後 1 年間の外部実効線量(推計値)
(出所)第 12 回勉強会『福島の避難指示区域の現状と課題』
、内閣府原子力災害対策本部 井上博雄氏資料
表 11 チェルノブイリ原発事故と福島第一原発事故の比較
(出所:JCER ホームページ)
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