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第7巻1号、March 1995

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第7巻1号、March 1995
第 7 巻 第 1 号 1
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惑星地質ニュース
P LANETARY GEOLOGY NEWS
V o l .7 No .1 March 1995 発行人:惑星地質研究会 小森長生・白尾元理
事務局:〒193 八王子市初沢町 1231-19 高尾パークハイツ B-410 小森方 TEL. 0426-65-7128
アリゾナ通信
マーズパスファインダー計画すすむ
小松五郎 Goro KOMATSU
1994 年 11 月 16 日から 18 日にかけて、アリゾナ州ツーソンの月惑星研究所で、アメリカの次
期火星探査計画「マーズパスファインダー」の会議が開かれた。
マーズパスファインダーは、アメリカの惑星探査の主流になりつつあるディスカバリークラス
( 予 算 の 上 限 1.5 億 ド ル ) の 一 番 機 で 、 も と も と は そ の 後 に つ づ く MESUR ( Mars
Environmental Survey)計画の先導者(pathfinder)として計画されたエンジニアリングミッ
ションであった。ところが MESUR 計画がキャンセルされたため、科学観測面が強調されること
になったのである。
マーズパスファインダーは、着陸機とローバー(火星面車)からなっている。着陸機には、フィ
ルター付カメラと大気・気象観測装置が、ローバーには、前後にカメラ、元素組成測定用の
APXS(Alpha-Proton X-ray Spectrometer)などが搭載される。着陸にはパラシュート、逆噴
射ロケット、エアバックが使われ、凹凸のはげしい地面にも着陸できるようになっている。現在
のところ、1996 年に打ち上げ、1997 年火星到着をめざしている。
今回の会議では、パスファインダーの各種搭載機器をテストする目的で、月惑星研究所の東隣
の土地にはマーズガーデンがつくられた。私もこれを手伝ったが、空き地に赤鉄鉱などを含む赤
土を大量に運びこみ、砂丘や、岩石の散らばる風景がつくり出された。岩石は主に玄武岩が用い
られたが、スペクトル撮影の補正のため、他の各種岩石もとりそろえてある。
アリゾナ大学の月惑星研究所の
隣接地に作られたマーズガーデ
ン.中央やや左にローバーが走っ
ている.
2 惑星地質ニュース 1995 年 3 月
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実験当日は、このガーテンにカメラやローバーなどの機器が設置され、さながら火星の世界が
にわかに出現したかのようであった(写真)。今回の実験の主目的は、機器を実際に動かしてデー
タをとることで、5 つの班(風向風速測定、鉱物スペクトル、ステレオ撮影、ローバー、データ
圧縮)で作業が行われた。私はどの班に属してもよいといわれたが、リモートセンシングによる
鉱物同定が自分の研究分野の 1 つなので、とりあえず鉱物スペクトル班に入って働いた。結果と
して、その日は画像の取得だけに終わり、スペクトル分析まではできなかったので、私はあまり
役立たなかったのであるが……。
翌日はPSG(Project Science Group)のミーティングがあり、各種機器の進行状況や、デー
タの送信方法などについて議論がなされた。また、火星着陸後の予定表づくりも行われたが、こ
こで大きな問題となったのは、もし high gain アンテナが故障したとき(ガリレオ探査機で現実
におこった)
、いかにして low gain アンテナでデータを送るかということであった。データ圧縮
を平均法でやるか、JPEG にするかでもめた。
また、ローバーの科学観測目標が低すぎる(APXS の測定は岩石と土について、それぞれ 1 サ
ンプルだけ)という意見も多く出された。NASA 上層部の要求値は低すぎるというのが皆の考え
のようだ。NASA の上層部には科学者でない人が多く、目標を低く設定して、ミッションが 100
%成功したと宣言したがっている様子でありありである。
マーズパスファインダーの着陸地点は、2 つの候補地が決まっている。一つは巨大洪水の跡を
示すアウトフローチャンネルの河口、もう 1 つは、反射性の低い岩石が露出している高地である。
まだ最終決定には至っておらず、ゴールドストーンのレーダーで地表の起伏度を調べてから決定
される予定である。私はアウトフローチャネルの研究をしており、着陸候補地点付近の地質環境
推定に寄与できると思うので、これまでの研究成果をプロジェクトサイエンティストの M.ゴロム
ベクに送ることにした。
以下のべたように、まだいろいろな問題はあるが、マーズパスファインダーの準備は着々と進
んでおり、最近動きの鈍っているアメリカの惑星探査に、活を入れたものとなるだろう。
(アリゾナ大学月惑星研究所)
ツングースカで見たこと・考えたこと
安部 亮介 Ryosuke ABE
1.はじめに
1994 年 7 月の SL9 の木星衝突や、愛媛県高松市近郊における地下の巨大クレーター発見など
のニュースは、地球科学の関心のもつものには、謎のツングースカ異変を思い起こさせたであろ
う 。 1991 年 に 篠田皎氏(日本流星研究会) が 「地学研究」(日本地学研究会発行 の 機 関 誌
Vol.42,No1)に「ツングースカ異変地域の旅行」と題して寄稿され、その編集がご縁で、1994
年 7 月下旬から同氏に随行してツングースカ地方を探訪する機会をえた。たまたまタイガに紛れ
込んでしまったのだが、予見もなく入って見ると、さまざまな疑問をかかえ込んでしまった。
ツングースカ異変については、これまでに多数の調査隊が入り、発表された論文の数も膨大で、
第 7 巻 第 1 号 3
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それらは優に千編を越えるという。著名の調査活動の L.A.クーリック以来、多くの科学者がかか
わってきたが、いまだに謎を秘めたままというのはどうしたことであろうか?彗星核の爆発だっ
たというのが通説であるが、これまでの報告は、先人には大変失礼なのだが、なにか中途半端な
印象を拭いきれない。素朴な疑問について、異変が発生したタイガの自然観測から述べてみよう。
2.異変の現場に向かって
シベリアはエニセイ川を境にして西部と東部に分れる。歴史的にも地理的にも妥協な境目であ
る。ツングースカ異変に伝えられる場所は、中部シベリアと呼ぶべきであろう。北緯 60̊54´、
東経 101̊54´、ここは北極圏にほど近く、緯線をたどればマクチャツカ半島の付け根あたりか、
アンカレッジとほぼ同緯度になる。なにしおうタイガ(針葉樹林帯)の真っ只中だった。
ここへのアプローチは、極東の幹線空路をクラスノヤルクスに飛ぶことからはじまる。ソ連崩
壊までは外国人立入禁止の未開放都市、それというのも旧ソ連最大のミサイル基地(大陸間弾道
弾)や核施設があったためという。いずれも過去形ではないのだが……。エニセイ川が供給する
豊富な電力は工業立地を可能にしてきた。町の人々の暮らしや街路のたたずまいは、そんなこと
など微塵も感じられない、落ちついた美しい街だった。復活したロシア正教の聖堂はにぎわい、
プラトークをつけた女性が目につくのも、ここが中央アジアの一角であるからだろう。
クラスノヤルスクを補給基地にして、ローカル線を乗り継ぎバナバラに飛ぶ。ロシア航空アエ
ロフロートの小さな窓から、大規模な森林火災を見た。機内まで煙が臭っているようで、荷物室
ならいざ知らず客室は気圧調整されて気密のはずだがと、ふと手元の高度計を見ると 2700m を
さしていた。灰まで舞い上がっている迫真の延焼中のタイガを望見した(図 1)
。
到着地のバナバラは、帝政時代から毛皮の交易地として、ソ連のシベリア開発ではツングース
カ川の水運を利用したパルプ用材の集散地として、機能してきた。空路が開設されたのもそんな
事情を物語っている。小さな町バナバラはまるで木作りの町といった趣であった。
図 1 延焼中のタイガ(1994 年 7 月 25 日撮影)
4 惑星地質ニュース 1995 年 3 月
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図 2 爆心地地殻でなぎ倒された森林
(1929 年の 5 月に撮影されたもの)
3.タイガに向かって
ツングースカまではさらにヘリコプターをチャーターする。小さな空港なのに、オレンジ色の
中型ヘリがいくつも駐機していた。ふだんはタイガの管理に活躍しているのだろう。大きな燃料
タンクをかかえ、機体の中央にはウインチが装備されていた。帰途に思ったことだが、空撮で写
真測量にはおあつらえ向きだ。
地上に落ちるヘリの影から、速度は時速 200km 程度、延焼中のタイガを迂回して飛行する。
轟音と振動に体が順応するひまもなく、窓から撮影に夢中になっていた。突き出すレンズの受け
る風圧はすごいものだった。到着と聞いて前方のドアに向かう。機体はホバリングしていた。
短いタラップが降りていた。荷物を放り出し、轟音と強風のなかにとびだす。地表は波打ち、
降りた地面はふわふわのコケの上だった。湿原に舞い降りたようで、水に落ちはしないかと危ぶ
んだ。ヘリはとても到着できない。揺られ続けた体は、トランポリンに放り出されたようでバラ
ンスがとれない。これがタイガのアプローチポイント、プリスターニー(フシマ川右岸)のヘリ
ポート?だった。
そこは、フシマ川右岸の樹林帯が 100m 余り円形に開折された湿地で、一面硬いコケに被われ
ていた。平年なら沼地なのだろう。径 30cm から 2m ぐらいの島状のコケの集合体がマウンド状
をなして拡がっていた。その間は深い溝になっている。アースハンモックという言葉が思い浮か
ぶ。コケは 1 個体が 7∼10cm ほど、灰白色で樹枝状をしていた。今夏は雨が少なく乾燥化が激
しかったせいか、とても硬くて人間が踏んだぐらいでは形が崩れない。下層の黒褐色の腐植土が
泥炭化していた。密生したコケの群落の間には、マローシュカという赤い実のなるバラ科の草木
や、ガルビッカというブルーベリーの仲間が群落をつくっていた。
4.爆心地とスースロフ・クレーター
タイガは意外と複雑な林相を見せ、サスナと呼ばれるマツやトウヒ、ダフリカカラマツなどの
高木に混じって、白樺が叢林をなしている。1920 年代のあの有名な写真(図 2)のイメージはど
こにもない。倒木を探せば、古色蒼然とした当時のものかと思えるものや、さほど古くないもの
第 7 巻 第 1 号 5
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まで、サルノコシカケ
などの腐朽菌が付着して
いた。腐朽の度合いや倒
れた方向もまちまちで、
86 年の経過を考慮しても、
ツングースカ異変を想起
するのはむずかしい。
かつての爆心地の比定
には、倒木の損傷度合い
倒伏方向を地図にプロッ
トして、爆心地が推定さ
れたのであろう。記載さ
れた被災面積からは、爆
発規模が見積もられたは
ずだ。プロットする地図
の精度はどのようなもの
だったであろうか。報告
された倒木群はすべてツ
ングースカ異変に起因し
たものであろうか?他の
要因によるものがなかっ
たであろうか?
タイガの森林生態、と
くに外力に対する抵抗力
図 3 ツングースカ異変爆心地付近の見取り図
は小さいのではないか。
根をさらした倒木をいくつも見たが、それは樹根の伸張がメルスロタ(永久凍土)のために垂直
には妨げられ、水平方向に供給よりも、僅かであっても植物遺体からの有機物のほうがまさり、
土壌は結合力の小さな植土壌であること、極端な表現をすれば水稲栽培のようなものではないだ
ろうか。当時、土壌水分が飽和状態でなかったかどうか、1908 年の気象データも援用する必要
があると思われる。
クーリックが推定した隕石の落下地点は、広大な北沼の南縁にある(図 3)。そこは比高数百m
の山地に囲まれた湿地帯で、典型的な周氷河地帯が展開している。ピンゴやアラース、サーモカ
ルストの発達が見られる。スースロフ・クレーターと呼ばれる円形の凹地は、径約 30m、縁は
2m ほどの急崖をなし、内部は平坦だった。びっしりとミズゴケが繁茂して、ところどころにヨ
シや水面が見える。見かけは地面のようだ。
水と土壌のサンプリングに下りてみた。さし込んだ採土用のステッキでは水深はわからない。
6 惑星地質ニュース 1995 年 3 月
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クーリック隊がおこなった発掘調査の、排出用のトレンチも痕跡を残し、人跡まれな僻遠の地で
大変な苦労だったろうと、胸にせまるものがあった。調査が不成功に終わったのは、地下の永久
凍土層にあたって断念したからだという。現代では地下の構造を調べるのも困難ではない。近く
のスタイコヴィッチ山(比高 99m)やチュルギム、ファリントン山でも、見かけた露頭はすべて
玄武岩質の岩石であった。スースロフ・クレーターの地下も同じであろうし、基盤岩までの深度
も、付近の山地の起伏からして、十数 m にもならないであろう。
クーリック隊の情熱と苦労を偲べば、彼らがサーモカルストを隕石クレーターと思い違えたと
一蹴してしまうのは、早計ではないだろうか。こうしたクレーター状の地形はほかにもあるとい
うのだが、入手した地形図は信頼性が低い。地形の分類や判読は、自然地理的な解析だけでなく、
地質調査のデータが総合されなければならない。幻の地球外物質を探すために、爆心地一帯の微
小地形の測量と観測、重力測定や超音波探査で地下構造を調べなければならない。クーリック以
来の予測を終局的に明らかにしたいものである。
5.別天地ツングースカ
このあたりは、かつて先住民ツングースカの支族エベンキの人たちが、トナカイの飼養をしな
がら住んでいた。豊富な水とコケはトナカイの飼牧には適していたであろう。プリスターニーに
は チュム ( ツング ー ス 系諸語共通) という 円錐型 の 大 きな テント が 立てられていた。 ITE
(Iternational Tunguska Expedition)開始後につくられたものであろうが、十分使用可能であっ
た。前庭には誰が立てたのか人の像が刻まれていた。こうしたものはクーリック隊の本営近くで
も見かけた。いろんな供え物がされていて、ジョークであろうが雅味のあるゆとりを感じ、異変
のサンクチャアリーをごう然と守っているようだ。
爆心地近くやクーリック街道と呼ばれるトレッキングルートにも、二ヵ所にモニュメントがあっ
て、これぞタイガと大自然を満喫できる。メテオール・シーカーならずとも、最上のリゾートで
もあるのだ。日中の蚊の大群でさえも懐かしく思い出される。
6.
おわりに
異変の探査をしようとするときは、爆心地が北緯 60°の亜寒帯針葉樹林帯にあるので、タイガ
や周氷河地形についての自然地理的な理解と、タイガの森林生態、とくに森林火災の発生頻度や
実態についての知識が、まず必要であろう。地形の精密な測量と図化、微小地形の判読や地下構
造の解明に、本格的な応用地質学からの調査法を導入する必要がある。爆発効果のシミュレーショ
ンも初めて可能になるのではないだろうか。これまでの調査報告をあらゆる領域から再検証し、
総合的な再検討が加えられなければならないと思う。これには莫大な費用と多くの研究者が必要
であろう。非公式ながら、ロシア側の協力要請もあった。こうしたことはアマチュアだけの手に
負えるものではない。全国規模で同志を募り、プロ、アマ産学共同の総合プロジェクトチームの
結成を呼びかけられたらと思う。叶うものなら、私たちの手で謎を解明できないものか?壮大な
夢を描いてみたい。
(益富地学会館、日本地学研究会「地学研究」編集部)
注:本誌 Vol. 5, No.4(1993.12)の「篠田皎:ツングスカ異変の跡を訪ねて」もご参照ください。
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論文紹介
クレメンタインによる月調査:概観
Nozette,S.,et al.,1994, The Clementine Mission to the Moon: Scientific Overview. Science,
266, 1835-1839
クレメンタインは、NASA、国防総省、企業との協議の結果、1992 年初頭に開発が決まった探
査機である。この新技術を使った軽量な探査機は、月周回と小惑星への接近、新技術の放射線な
どの宇宙環境での耐久テスト等を目的とした探査機である。クレメインタインの形は八角形の柱
状で、高さ約 2m、重量 227kg、それとほぼ同量の燃料を積む(図 1)
。主な観測機器は 4 台のカ
メラで、その内の 1 つはレーザー測拒システムが装着されている(表 1)
。またその視野角につい
ては、図 2 の通りである。これらの観測機器は従来に比べて著しく軽量化がなされている。
クレメインタインは、1994 年 1 月 25 日、一新されたタイタン Ⅱ G で打ち上げられ、2 月 19
日には月の回り、高度 400km と 2940km、周期 5 時間の軌道に投入された。この軌道に 5 月 3
日までの 71 日間とどまり、その後、小惑星へのフライバイが試みられたが、5 月 7 日、失敗に終
わった。原因は、ソフトウェアのエラーによって姿勢制御する燃料が不足したためである。
月軌道での 71 日の滞在中、クレメインタインは、可視と赤外の 11 の波長域で月面の 3800
万 km2、約 100 万枚の画像を得た。また 62 万枚の高解像度画像、32 万枚の赤外熱映像を撮影し、
これらの画像によって、月のクラスト全体の岩石の種類によるマッピング、月の極地域と裏側の
詳細な地質調査が可能となった。またレーザー測距装置によって、月全体の地形がはじめて明ら
かにされた。時代の古い多くのベイスンの地形が計測されたので、これらの地形と重力データか
ら月全体の地殻の厚さが求められた。
(白尾元理)
8 惑星地質ニュース 1995 年 3 月
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論文抄録
クレメインタインミッションで得られた月の形と内部構造
Zuber, M.T., Smith, D.E., Lemoine, F.G. and Neumann, G.A., 1994, The Shape and Internal
Structure of the Moon from the Clementine Mission. Science, 266, 1839-1843.
クレメンタインによって集められた月全体の地形と重力のデータによって、月の形と内部構造の新し
いモデルを描くことが可能になった。月は 16km の起状をもち、地形の最大のずれは裏側で起こってい
る。月の高地はほぼアイソスタティクに補償されているが、衝突ベイスンはさまざまな程度に補償され
ており、その程度はベイスンのサイズや年代だけにはよらない。月の地殻は、すべての衝突ベイスンの
地下で薄くなっている。この結果、月の構造と熱史は、いままで推定されてきたよりもはるかに複雑な
ものらしい。
クレメンタインがみた鮮明な衝突クレーターの画像
Pieters, C.M., Staid, M.I., Fischer, E.M., Tompkins, S. and He, G., 1994, A Sharper View of
Impact Craters from Clementine Data, Science, 266, 1844-1848.
クレメンタインの紫外-可視光カメラによって、5 つの波長域でつきの高解像力画像が得られた。これ
らのマルチスペクトル画像での衝突クレーター像は、クレーターの大きさと衝突地域の層序によって多
様性があることから、リソスフェアの不均一性が明らかになった。たとえばコペルニクス(直径 93km)
の南壁では 1∼2km のスケールで斜長岩質と玄武岩質の顕著な変化が認められる。これに対 してティ
コ(直径 85km)では、きわめて類似したインパクトメルトをもつにもかかわらず、このような岩質の
変化は認められない。直径 22km のジョルダノブルーノの内部と周囲では、新たな放出物質と斜長岩に
由来する古いソイルの混合によって特徴づけられる。
月の地形− 組成ユニットと初期の月地殻の進化
Lucey, P.G., Spudis, P.D., Zuber, M., Smith, D. and Malaret, E., 1994, TopographicCompositional Units on the Moon and the Early Evolution of the Lunar Crust. Science,
266, 1855-1858.
クレメンタインによって決定された月の高度分布は、正規分布からは大きくかけ離れており、いくつ
かの地質的な要因が月の地形に影響していることを示唆する。この高度分布と化学組成データによって、
月は 5 つの高度−組成ユニットに区分できる。高度の低い南極−エイトケンベイスンが、表の海のよう
に海の玄武岩でおおわれていないのは、この地域のマントルでの海の玄武岩の生産効率が悪かったこと
を示している。
月の高度分布図.
実線が月全体、破線が表側、点線が裏側.
第 7 巻 第 1 号 9
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クレメンタインのレーザー光度計によって明らかになった太古の多重リングベイスン
Spudis, P.D., Reisse, R.A. and Gillis, J.I., 1994, Ancient Multiring Basins on the Moon Revealed
by Clementine Laser Altimetry. Science, 266, 1848-1851.
クレメンタインのレーザー高度計によって、消滅直前の多重リングベイスンの存在とその形態が明ら
かになった。これらのベイスンは、月の歴史の初期に形成し、海の溶岩や他のベイスンからの放出物に
よって埋められ、大きな衝突クレーターが重なることによって、不明瞭になっている。月の西端にある
メンデル−ライドベルグベイスン(直径 600km 以上)は、3 重のリング構造をもつ深さ 6km のベイス
ンで、隣接する新鮮な地形を保ったオリレンタレベイスン(深さ 8km)よりやや浅い。月面上で確認さ
れている最古のベイスンである南極−エイトケンベイスンは、直径が 2500km、深さが 13km もあるこ
とがわかった。これは、いままでに太陽系で見つかっている最大・最深の衝突構造である。
月の西縁にあるメンデル−ライ
ドベルグベイスンの中央(50°
S)を横切る地形断面図、3 重の
リング構造が認められる
クレメンタインがみた月の南極地域
Shoemaker, E.M., Robinson, M.S. and Eliason, E.M., 1994, The South Pole Region of the Moon
as Seen by Clementine. Science, 266, 1851-1854.
クレメンタインによって月の南極地域の包括的な高解像力画像が得られた。南極から緯度 5°以内に
は、太陽光が全く当たらない地域が約 3000km2 あり、氷があるかもしれないので将来の探査の候補地
点となりうる。緯度 75°S に位置するシュレディンガーベイスン(直径 320km)は、もっとも若く、
形成時の姿をよく保存しているベイスンの一つである。この内部の地溝にそって、10∼20 億年前にで
きたマールタイプの火山が発見された。
クレメンタインによるアリスタルコス地域の観測
McEven, A.S., Robinson, M.S., Eliason, E.M., Lucey, P.G., Duxbury, T.C., and Spudis P.D., and
Spudis P.D., 1994, Clementine Observation of the Aristarchus Region of the Moon.
Science, 266, 1858-1862.
クレメンタインによるマルチスペクトルと地形データによって、アリスタルコス地形の化学組成と地
史の情報が得られた。アリスタルコス台地は、周囲の嵐の大洋の溶岩平原から高さ 2km の起状をもち、
北北西方向に約 1°傾斜している。直径 100∼1000m のクレーターの掘り起こした部分での観察によ
ると、台地は厚さ 10∼30m 赤味を帯びたガラス状の火砕物でおおわれ、その下には海の玄武岩がある
ことがわかる。近赤外像によると、アリスタルコスクレーターはカンラン石に富んだ物質からなり、中
央丘には 2km の程のアノーソサイトの露頭がある。これは、ローカルなマグネシウム・スイートの派生
物であるか、原始のマグマオーシャンに形成された鉄アノーソサイト地殻の残余かもしれない。
(白尾元理)
10 惑星地質ニュース 1995 年 3 月
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シューメーカー・レビー第9彗星の木星衝突観測速報
シューメーカー・レビー第 9 彗星(SL9)の劇的な木星衝突以来、半年余が過ぎた。世界中の
人たちがとりくんだ観測の解析結果が発表され始めているが、このたび『Science』誌 Vol.267,
No.5202(1995 年 3 月 3 日号)に、9 編の論文が特集して掲載された。その題名と簡単な内容
抄録を以下にかかげる。詳しい紹介は次号以降でとりあげたいと思うが、ぜひ著者を参照してい
ただきたい。
NASA赤外線望遠鏡によるSL9の木星衝突の観測
Orton, G. ほか 57 名, 1995, Collision of Comet Shoemaker-Levy 9 with Jupiter Observed by the
NASA Infrared Telescope Facility. Science, 267, 1277-1282.
1994 年 7 月 12 日から 8 月 7 日にかけての観測の結果、C、G、R 核の衝突跡数分間、強い熱赤外放射
が観測された。すべての衝突は木星の成層圏を加熱し、また成層圏のアンモニア量は 50 倍以上に増え
た。衝突に関連した粒子は大気圧数 mb のレベルまで広がった。
ハッブル宇宙望遠鏡(HST)によるSL9の観測
Weaver, H.A. ほ か 20 名 , 1995, The Hubble Space Telescope (HST) Observing Campaign on
Comet Shoemaker-Levy 9, Science, 267, 1282-1288.
1993 年7月から衝突までの約 1 年間 HST による観測がなされた。広角カメラ画像によると、幾つかの
分裂核の直径は 2∼4km、アルベドは 4%であった。分裂核の多くはまるいコマをもち、弱いが連続的
に彗星的活動をしていた。衝突時に OH は検出できなかったが、G 核で Mg+の強い放出が観測された。
SL9 の衝突で発生した大気現象の HST 画像
Hammel, H.B. ほか 16 名, 1995, HST Imaging of Atmospheric Phenomena Created by the Impact
of Comet Shoemaker-Levy 9. Science, 267, 1288-1296.
SL9 の衝突(G 核ほか)で、10km/s オーダーの放出速度をもつプリュームが、木星面から 3000km
の高さにまで上がった。大気層にできた波動のフロントの速度は 454±20m/s あった。衝突時刻は予報
よりも平均して約 8 分遅れた。
木星の成層圏中の衝突破片粒子
West, R.A. ほ か 5 名 , 1994, Impact Debris Particles in Jupiterユs Storatosphere. Science. 267,
1296-1301.
HST の広角カメラでの観測によると、衝突破片粒子が暗褐色なのは、硫黄と窒素にとむ有機物のため
である。最終衝突の 1 日後のエアロゾル総量は、半径 0.5km の体積に相当する。光学的に厚い箇所で
の粒子の平均半径は 0.15∼3μm である。
SL9 衝突期間中の木星の HST 遠紫外画像
Clarke, J.T. ほか 9 名, 1995, HST Far-Ultraviolet Imaging of Jupiter During the Impacts of Comet
Shoemaker-Levy 9. Science, 267, 1302-1307.
HST の遠紫外画像によると、衝突地点は衝突 2∼3 時間で暗くなった。可視光の吸収よりも高い高度
で、紫外線を吸収するガスまたはエアロゾルが広がったことを示すものと思われる。
SL9 衝突期間後の木星の HST スペクトル画像
Noll, K.S. ほか 8 名, 1995, HST Spectroscopic Observations of Jupiter After the Collision of Comet
Shoemaker-Levy 9. Science, 267, 1307-1313.
第 7 巻 第 1 号 11
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HST の紫外スペクトル観測で、G 核衝突地点地殻の成層圏に、少なくとも 10 種類の分子と原子が
確認された。S2、CS2、CS、H2S、S+など硫黄化合物が多く、S2 のみで 1014g 以上ある。これらは、1
∼2bar 気圧面にある NH4SH の雲の層まで核片が突入し、硫黄を含む親分子からもたらされたものかも
しれない。
SL9 へのイオのプラズマトーラスの反応
McGrath, M.A. ほか 12 名, 1995, Response of the Io Plasma Torus to Comet Shoemaker-Levy 9.
Science, 267, 1313-1317.
HST、EUVE(極紫外線探査衛星)、IUE(国際紫外線衛星)、ラス・カンパナスの 2.4m 望遠鏡を使っ
て、1994 年 6∼7 年にイオのプラズマトーラスの観測を行った。衝突前に比べると硫黄と酸素の放出
は、極紫外域で 30%減少、遠紫外域で 40%増加した。
SL9 によって木星磁気圏にできたオーロラ
Prange, P. ほ か 7 名 , 1995, Auroral Signature of Comet Shoemaker-Levy 9 in the Jovian
Magnetosphere. Science, 267, 1317-1320.
HST の広角カメラによる観測で、明るいオーロラのスポットがみられた。SL9 のコマをつくるガスと
塵が、木星磁気圏と相互作用したためだと考えられる。
SL9 の R 核衝突のケック望遠鏡による観測
Graha, J.R. ほか 4 名, 1995: The Fragment R Collision: W.M. Keck Telescope Observation of SL
9. Ecience, 267, 1320-1323.
1994 年 7 月 21 日、ケック望遠鏡を用いて、波長 2.3μm で R 核の衝突を観測した。第 1 フラッシュ
は約 40 秒続き、1 分後第 2 フラッシュが約 3 分続いた。第 1 フラッシュの 6 分後、第 3 の明るいフレ
アーが 10 分続いた。これらのデータから、爆発で放出された物質は、木星の雲の最上部から少なくと
も 1300km 上昇したことがわかる。 (小森長生)
I NFORMATION
●NASA が 1997 年に月探査機を計画
NASA は、1997 年に月周回衛星ルナ・プロスペクターの打ち上げを計画している。ルナ・プロスペ
クターは、マーズ・パスファインダー、ニアー(Near-Earth Asteroid Randezvous)に続く 3 番目の
ディスカバリー型探査機で、打ち上げロケットを含めた全費用 7300 万ドル(約 65 億円)以下に抑え
ることを NASA は目標としている。他の惑星に比べて圧倒的に近い月への探査は、スピーディーにしか
も安上がりに成果を挙げることができ、NASA では米国民の宇宙への関心をふたたび取り戻させるチャ
ンスとなるともくろんでいる。
米国防総省が主導権を握ったクレメンタイン衛星は工学試験も重視していたが、ルナ・プロスペクター
は NASA による科学探査を主目的とした衛星である。搭載される観測機器は、 月の地殻の組成を調べ
①
るガンマ線と中性子スペクトロメーター、 磁場を調べるマグネトメーターと電子反射計、 月面から
②
③
放出されるガスを調べるアルファ粒子スペクトロメーター、 重力場を調べる
④
S バンドのドップラート
ラッキング等である。このうち のみがクレメンタインと共通なので、異なる機器での観測によって新
④
たな発見が期待される。
ルナ・プロスペクターは、本体重量 126kg(燃料を含めて 233kg)の円筒形をしたスピン安全型衛星
である。円筒部は、直径 1.4m、高さ 1.22m で、そこから張り出した 3 つのビームに観測機器が取り付
12 惑星地質ニュース 1995 年 3 月
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けられる。1997 年 6 月、ケープカナベラルから打ち上げられ、110 時間後に高度 100km の極軌道に
入り、周期 118 分で 1 年間にわたって月全面のデータを集める予定である。
(AVIATUIN WEEK & SPACE TECHNOLOGY/March 6, 1995 から )
●第 2 回 LIC 月の地質勉強会のお知らせ
1997 年夏、宇宙科学研究所ではルナーA を月周回軌道に投入します。地震観測用のペニトレーター
分離後、搭載される月撮影カメラ(LIC: Lunar Imaging Camera)によって月の地形を撮影します。こ
のカメラを有効に活用するために、月の地質を勉強しようというのがこの会の主旨です。興味のある方
は歓迎いたしますので、ご参加ください。
日 時: 4 月 7 日(金)午後 1:00∼5:00
場 所: 東京大学理学部 5 号館 3 階 308 号室
内 容: 1. 月の基礎知識−Lunar Sourceboook 第 4 章
2. Clementine のネットワークデータについて−その 1
3. 月に関する新情報−Lunar and Planetary Science Conference 報告
問い合わせ先:白尾元理(Tel. 03-3844-5945 Fax. 03-3844-5930)
●第 20 回南極隕石シンポジウム開催のお知らせ
日 時: 6 月 6 日(火)∼6 月 8 日(木)
場 所: 国立極地研究所講堂
問い合わせ先: 〒173 東京都板橋区加賀 1-9-10
国立極地研究所隕石資料部門(TEL. 03-3962-2938)
●『惑星火山学入門』発行のお知らせ
日本火山学会の会員有志で組織し、1991 年∼93 年に活動した月・惑星火山ワーキンググループは、
そのまとめとして『惑星火山学入門』(B5 版, 184p)を制作しました。下記の目次をみてもわかるよう
に、クレーターとともに惑星表面形成の主役である火山についての研究をまとめるとともに、惑星科学
の情報の収集法、教育への利用法などについても解説しています。購入希望者は、(口座番号 001701-22229)で定価 2000 円+送料 270 円をお送りください。なお本書は、3 月 27 日∼30 日に日本大学
文理学部で開催される地球惑星科学関連学会合同大会の日本火山学会のカウンターでも購入できます。
第 1 部:月の火山学(白尾元理)/金星の火山学(小森長生)/ 金星のグローバルテクトニクス(藤井直
之)/火星の火山学(小森長生)/木星の火山学(川上紳一)/サドベリー隕石孔訪問記(高田 亮)
第 2 部:宇宙科学研究所にできた惑星画像地域センター(早川雅彦・藤村彰夫)/アメリカ合衆国の惑
星地質学の現状(小松吾郎)/惑星・衛星のデジタル画像の利用法(中野 司)/インターネットによる
惑星画像のデータ入手法(高木晴彦)/はじめての月地質図の作製体験記(宝田晋治)/惑星画像の教材
としての利用法(小山真人・白尾元理)/惑星火山学のデータ入手法(白尾元理)
編集後記:クレメンタインの月探査が大きな成果をあげました。アメリカ民謡「いとしのクレメンタ
イン」(鉱山師の娘)に由来するこの探査機、月の資源探査の先駆者となるのでしょうか。クレメンタ
インの名は、私などには西部劇「荒野の決闘」でおなじみ。この民謡の替え歌「雪山賛歌」もよく歌っ
たものです。アメリカもイキな名前をつけましたね。 (K)
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