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不明熱で発症した急性筋炎型サルコイドーシスの1例 - J

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不明熱で発症した急性筋炎型サルコイドーシスの1例 - J
不明熱で発症した筋サルコイドーシスの1例
〔症例報告〕
不明熱で発症した急性筋炎型サルコイドーシスの1例
1)
川井孝子 ,加藤 清
1, 2)
【要旨】
34歳女性.2006年6月初旬より咽頭痛,38−39 ℃の発熱出現.近医より経口抗生物質を処方されるも解熱せ
ず.7月8日から両下腿の筋肉痛が出現,7月中旬から筋肉痛は四肢に拡がり7月24日精査加療目的で紹介入院と
なる.入院時検査で白血球増多とCRPの上昇を認めたがCPKは正常値であった.胸部X線写真は異常なし.下腿
筋のMRI検査でT2強調画像にびまん性の濃度上昇を認めた.筋生検を行ったところ血管壁の肥厚および血管周囲
に細胞浸潤と類上皮細胞肉芽腫形成を認めた.前部ぶどう膜炎もありサルコイドーシスと診断した.プレドニゾ
ロン60 mgで治療を開始したところ数日で解熱し,筋肉痛は消失した.ステロイド剤を漸減し退院,以後再燃を
認めていない.急性の経過で発症する筋サルコイドーシスはまれであり,今後も長期に経過を観察する必要があ
ると考える.
[日サ会誌 2009; 29: 29-33]
キーワード:発熱,筋サルコイドーシス,MRI,急性筋炎
はじめに
血圧126/82 mmHg, 脈拍116/分,整. 頸部に米粒大
サルコイドーシスは,類上皮細胞肉芽腫形成を特徴
から小豆大のリンパ触知を数個触知.甲状腺の腫大な
とする全身性炎症性疾患で,無症状で経過するものか
し.咽頭発赤なし.呼吸音清,心音純.腹部平坦軟,
ら多彩な症状を呈するものまでその臨床像はさまざま
肝脾腎触知せず,圧痛なし.腹水なし.下腿浮腫なし.
である.発症時に発熱を伴うことがあるが,本邦で
皮疹なし.四肢の筋肉に自発痛,把握痛を認めた.
はLöfgren症候群に代表される急性発症型はまれであ
関節腫脹なし,関節痛なし,腱反射異常なし.徒手筋
る 1, 2).今回我々は,不明熱で発症した急性サルコイ
力テストは上腕二頭筋;右4+左4+,上腕三頭筋;
ドーシスの1例を経験したので報告する.
右5左5,腸腰筋;右4+左4+,大腿四頭筋;右5
症例呈示
左5,前脛骨筋;右5左5,腓腹筋;右5左5であっ
た.
●患者:34歳,女性.
●入院時検査所見(Table 1)
:
●主訴:発熱,筋肉痛.
白血球数は12,400/μLと上昇,血液生化学ではASTの
●家族歴・既往歴:特記すべきことなし.
軽度上昇を認めたが,筋原性酵素の上昇は認めなかっ
●現病歴: 生来健康であった.2006年6月初旬より
た.CRPは9.9 mg/dL,γグロブリンは25.4 %と上昇
咽頭痛出現,38−39 ℃の発熱があり近医よりセフカ
していた.ツベルクリン反応は陰性,抗核抗体は40
ペンピボキシルを処方されたが解熱せず.他の内科,
倍, 抗Jo-1抗体は陰性であった. フェリチン, 可溶
耳鼻咽喉科を受診し検査を受けるも原因不明であり,
性IL-2受容体の軽度上昇を認めた.胸部X線写真では
クラリスロマイシン,トスフロキサシン,ミノサイ
肺門リンパ節腫脹および肺野の異常を認めなかった
クリン内服にも反応しなかった.7月8日から両下腿
(Figure 1).心エコーは異常なし,腹部エコーでは軽
の筋肉痛が出現,7月中旬から筋肉痛は四肢に拡がっ
度の脾腫を認めた.前部ぶどう膜炎も認めた.最も
た.7月24日精査加療目的で紹介され入院となる.
痛みの強かった下腿のMRI検査を行ったところ,T2
●入院時現症:
強調画像で筋のびまん性濃度上昇を認めた(Figure
身長157.0 cm,体重57.0 kg,意識清明,体温39.9 ℃,
2a).左腓腹筋より生検を行い,血管壁の肥厚および
1)横浜船員保険病院内科
2)かとう内科クリニック
著者連絡先:川井孝子(かわい たかこ)
〒240-8585 神奈川県横浜市保土ヶ谷区
釜台町43-1
横浜船員保険病院内科
E-mail:[email protected]
日サ会誌 2009, 29(1) 29
〔症例報告〕
不明熱で発症した筋サルコイドーシスの1例
血管周囲に細胞浸潤と肉芽腫形成を認めた(Figure
した.ステロイドを漸減し,9月29日プレドニゾロ
3)
.
ン25 mg/dayで退院となった.退院時の下腿筋MRI
●入院後経過(Figure 4):
検査でも改善を認めた(Figure 2b).以後ステロイド
サルコイドーシスと診断,プレドニゾロン60 mg/day
を漸減し経過観察中であるが,発熱,リンパ節腫脹,
で治療を開始したところ数日で解熱し,筋肉痛も消失
筋肉痛などの症状は認めていない.
Table 1. Laboratory findings on admission
Blood cell count
WBC
Stab
Seg
Lym
Eo
RBC
Hb
Ht
Plt
Urinalysis
Protein
Glucose
OB
12,400
4.5
82
9
0
441×10 4
13.4
39
50.5×10 4
/μL
%
%
%
%
/μL
g/dL
%
/μL
(−)
(−)
(−)
Blood chemistry
TP
Alb
α1-gl
α2-gl
β-gl
γ-gl
AST
ALT
LDH
ALP
Tcho
TG
BUN
Cr
CPK
Aldolase
UA
Ca
AMY
CRP
ACE
Lysozyme
Ferritin
Figure 1.
30 日サ会誌 2009, 29(1)
7.7 g/dL
44.8 %
5.7 %
13.1 %
11 %
25.4 %
38 IU/L
90 IU/L
202 IU/L
434 IU/L
183 mg/dL
128 mg/dL
9 mg/dL
0.4 mg/dL
13 IU/L
3.8 IU/L
3.3 mg/dL
9.8 mg/dL
49 IU/L
9.9 mg/dL
8.6 IU/L
8.3 μg/dL
228 ng/mL
Virological findings
HBsAg
HCV
anti-HTLV-1
anti-Parvo B19 IgM
anti-VCA IgG
anti-VCA IgM
anti-EBNA
(−)
(−)
(−)
(−)
(+)
(−)
(+)
Immunological findings
ANA
anti-dsDNA
Immue complex(C1q)
C3
C4
CH50
anti-Jo1
PR3-ANCA
MPO-ANCA
RAPA
sIL-2R
1:40
≦2.0 IU/mL
2.9 mg/mL
233 mg/dL
31 mg/dL
74 U/mL
(−)
<10 EU
13 EU
<40
678 U/mL
Chest X-ray on admission, showing no abnormality.
不明熱で発症した筋サルコイドーシスの1例
〔症例報告〕
Figure 2a. T2 weighted image of MRI on admission, showing diffuse hyperintensity in calf muscles.
Figure 2b. T2 weighted image of MRI after corticosteroid therapy, showing reduced intensity in calf muscles.
Figure 3. Microscopic photograph of muscle specimen, showing noncaseating epithelioid cell granuloma around vessels(hematoxylin and eosin; original magnification ×200).
日サ会誌 2009, 29(1) 31
〔症例報告〕
不明熱で発症した筋サルコイドーシスの1例
Figure 4. Clinical course.
考察
Gaシンチグラフィーにより筋サルコイドーシスを疑
発熱を伴う急性サルコイドーシスは,関節痛,結
われるほか,MRIによる画像解析で内部がlow inten-
節性紅斑,両側肺門リンパ節腫大(BHL)を3主徴
sityで辺縁がhigh intensityの特徴ある星状腫瘤影を
とするLöfgren症候群が知られているが,本邦ではま
示せば診断は比較的容易である 8−11).慢性の経過で四
れである 1, 2).サルコイドーシスの初発症状としての
肢広範に多発性の腫瘤を認めた筋サルコイドーシスの
発熱は,Johnsらによれば31 %に見られたとされる
ほか 10),発熱を伴う筋腫瘤型サルコイドーシスの報告
が,本邦では5.1−6.1 %
3)
4−6)
と欧米に比較して低頻度
もある 11) が,一般的には全身症状を伴う腫瘤型筋サ
であり,本例のように高熱で発症する例はさらにまれ
ルコイドーシスはまれである 9, 10, 12).筋サルコイドー
と考えられる 7).
シスは,腫瘤型の他,急性筋炎型,慢性ミオパチー型
本例は発熱を伴い急性に発症し,四肢の筋肉痛が著
があり,急性筋炎型は極めてまれで,筋肉痛のほか発
明であった.関節痛および関節炎は認めなかった.咽
熱,関節症状など全身症状を伴うとされる 9).本症例
頭痛と発熱で発症し,白血球数が増加していたことか
は,Gaシンチグラフィーは行えなかったが,MRI検
ら成人スティル病が鑑別に挙げられたが,経過中皮疹
査でびまん性の濃度上昇を認めた.
の出現はなく,血清フェリチン値の上昇は軽度であっ
本邦では,高熱を呈するサルコイドーシスの報告
た.臨床症状から多発性筋炎も疑われたが,筋原性酵
は,肺病変を伴う例,中枢神経症状を伴う例に散見
素の逸脱がないこと,筋力低下が軽微であること,遠
される 7, 13)が,本例はそのどちらの病変も認めなかっ
位筋の痛みで発症していることなどは多発性筋炎とも
た.また,これまでの報告では急性筋炎型サルコイ
異なる病態を示唆するものと考えられた.筋電図検査
ドーシスは必ずしも発熱を伴わない 14).本例は発熱
は行えなかったが,筋生検で血管周囲に類上皮細胞肉
が先行し,その後に筋症状を呈した急性筋炎型サルコ
芽腫が認められ,ぶどう膜炎を合併していたことより
イドーシスであった.筋原性酵素の逸脱は認められな
サルコイドーシスと診断した.筋サルコイドーシスの
かったが,軽度の筋力低下が認められた.筋肉の痛み
なかでも急性筋炎型と考えられた.
が発現してから当院に紹介入院となるまで数週間が経
骨格筋はサルコイドーシスによる類上皮細胞肉芽
過しており,発熱と筋肉の強い痛みのために日常生活
腫の好発部位であり,そのほとんどは無症候性で頻度
動作が低下していたことが,筋力低下の原因ではない
は20−80 %とされる
.症候性は少なく,その多く
かと考えられた.入院時検査でBHLはなく,ACE活
は腫瘤型で,発熱などの全身症状に乏しく体表から腫
性も正常であったため当初サルコイドーシスを疑わ
瘤を触れ生検により肉芽腫を認めることが多い
ず,各種抗生物質に反応しなかったことから
8, 9)
32 日サ会誌 2009, 29(1)
.
8−12)
不明熱で発症した筋サルコイドーシスの1例
に関連した細菌学的検査は行わなかったが,本例のよ
うな高熱を伴う急性発症のサルコイドーシスでは,
が何らかの特別な関与をしているのか,宿主側
の要因であるのかなども今後に残された課題である.
〔症例報告〕
シスの1例.日サ会誌 2001;21:31-34.
14)Jamal MM, Cilursu AM, Hoffman EL: Sarcoidosis presenting as acute myositis. Report and review of the literature. J Rheumatol 1988; 15: 1868-1871.
結論
不明熱で発症し,急性の経過をとった筋サルコイ
ドーシスを経験した.発熱や痛みを伴う急性筋炎型サ
ルコイドーシスはまれであるが,原因不明の筋症状を
呈する例では,サルコイドーシスを念頭におく必要が
ある.
引用文献
1)Mañá J, Gómez-Vaquero C, Montero A, et al: Löfgren's
syndrome revisited: A study of 186 patients. Am J Med
1999; 107: 240-245.
2)出雲真由,関谷潔史,酒井俊彦,他:多彩な症状を呈した
サルコイドーシス(Löfgren症候群)の1男性例.日呼吸
会誌 2005; 43: 761-765.
3)Johns CJ, Michele TM: The clinical management of sarcoidosis. A 50-year experience at the Johns Hopkins Hospital.: Medicine 1999; 78; 65-111.
4)泉孝英:サルコイドーシス554例(1963∼1986)の臨床像
と予後.日胸疾会誌 1987; 25; 998-1004.
5)立花暉夫:サルコイドーシスの全国臨床統計.日本臨牀 1994; 52: 1508-1515.
6) 森本泰介,吾妻安良太,阿倍信二,他:2004年サルコイ
ドーシス疫学調査.日サ会誌 2007; 27; 103-108.
7)岡宏充,寺田正樹,佐藤牧,他:高熱と背部痛を呈したサ
ルコイドーシスの一例.日サ会誌 2004; 24: 59-64.
8)Zisman DA, Biermann JS, Martinez FJ, et al: Sarcoidosis
presenting as a tumorlike muscular lesion. Case report
and review of the literature. Medicine 1999; 78: 112-122.
9) 熊本俊秀:筋肉サルコイドーシスの臨床と筋の崩壊機序.
日サ会誌 2008; 28: 25-31.
10)西武孝浩,宮崎英士,安東優,他:四肢筋に広範に進展し
た腫瘤型筋サルコイドーシス.日サ会誌 2006; 26: 51-56.
11)Patel N, Krasnow A, Sebastian JL, et al: Isolated muscular sarcoidosis causing fever of unknown origin. The value of Gallium-67 Imaging. J Nucl Med 1991; 32: 319-321.
12)Fayad F, Lioté F, Berenbaum F, et al: Muscle involvement in sarcoidosis: a retrospective and followup studies.
J Rheumatol 2006; 33: 98-103.
13)山本さつき,四十坊典春,伊藤峰幸,他:発熱,耳下腺腫
脹,肝機能異常,ブドウ膜炎で発症した急性サルコイドー
日サ会誌 2009, 29(1) 33
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