Comments
Description
Transcript
社会科のしおり
岡山県倉敷市・制服工場のようす(解説:裏表紙) 中学校 社会科のしおり 2013年度 2 学期号 持 続 可 能 な 社 会 に向けて ンプ) 、LEDシーリングライト、投光器やダウンラ 注目を集めました。 イト な ど の 施 設 照 明 も 強 化 し、 シ リ ー ズ 名 も 東日本大震災がきっかけで誕生したLED照明 「ECOHiLUX(エコハイルクス) 」に変更しました。 もあります。 「明るさセンサー付き直管LEDラン 現在では、一般住宅からオフィスや店舗、工場や プ」です。ランプ自体が明るさを認識し、適切な 施設に至るまで幅広い照明を開発しています。 照度になるようランプの明るさを自動で調節しま ■「1年でもとが取れる」価格設定 す。必要な明るさは確保しながらも自然光を取り ■はじめに 2009年から家庭向けの照明としてLED電球が 入れ照明の照度を抑えるので電力の無駄がありま LEDとはLight Emitting Diodeの頭文字を略し 各メーカーから広く発売されました。LED電球 せん。オフィスは朝から晩まで照明をつけていま たもので、日本語で発光ダイオードとも呼ばれて が市場で発売された当初の価格は1球10,000円。 す。しかし、震災で電気が使えなかった時、太陽 います。1960年代に赤色発光ダイオードが登場し その後、8,000円、6,000円、5,000円と段階的に価 の光だけでも窓際は十分な明るさがあることに開 て以来、さまざまな色のLEDが開発され、1993 格が下がってきたものの、一般白熱電球が100円 発者が気づき商品化に至りました。 年に高輝度青色発光ダイオードが開発されたこと 程度で買えるなか、一部の消費者にしか受け入れ ■LED照明の可能性 で光の三原色である赤、緑、青のLED光源が揃 られませんでした。つまり、価格が最大の不満点 「家中まるごとLED」と表現できるように、使 だったのです。 用する場所やシーンに合わせて照明を選べるほど 日本を明るく照らす ∼ユーザーイン発想で市場を創造したECOHiLUX∼ 郁子 アイリスオーヤマ株式会社 広報室 いました。一般家庭用の照明としては2009年頃か LEDシーリングライトは居間や寝室、勉強部屋などで活躍する らLED電球が広く販売され始めました。 手間がLED電球なら1回ですむのです 。ほかに 当社が発売する商品に共通するコンセプトは 品揃えが多様になっています。また、センサー付 ■LED照明の特長 も、有害な水銀を含まない、スイッチの頻繁なオ 「ユーザーイン発想(生活者目線) 」で、日々の暮 きや調光・調色といった機能も充実し、一つの照 ン/オフによる劣化がない、赤外線放射・紫外線 らしのなかに潜む不満・不足を解消するソリュー 明で生活シーンに合わせて明かりを変えることも 長寿命 が挙げられます。LED電球は、一般的 放射をほとんど出さないので美術品などの色あせ ション型のものづくりをしています。それは、商 できます。つまり、既存の白熱電球や蛍光灯では な白熱電球に比べて消費電力・二酸化炭素排出量 や傷みを防ぐ、虫などが集まりにくいといった特 品そのものの不満解消の場合もあれば、機能や価 成し得なかったこともLED照明ならできる可能 は8割カット、寿命は約40倍です。例えば日本の 長もあります。 格の不満解消の場合もあります。 性を多く秘めているのです。現在、LEDチップ 全世帯が1球ずつLED電球に交換した場合、1 ■商品化の経緯 当社も2009年にLED電球を発売し、2010年3 の性能を最大限発揮させて1W当たりの明るさを 日あたり約1296万kWhの電力を節約 すること 当社は生活用品の企画・製造・販売をする製造 月に本格的に販売を開始した際、この価格に対す より明るくした(つまり、より省エネを可能にし ができます。これは、秋田県・岩手県・山形県の 卸です。プランターや収納ケースなどのプラス る不満を解消するLED電球を打ち出しました。 た)商品の開発も進んでいます。今後は一層少な 世帯が使用する1日分の消費電力 に相当します。 チック製品からスタートしましたが、生活者が必 2,500円という価格を設定したのです。この2,500 い電力でさまざまな光・機能を楽しめる、そんな また、寿命が40,000時間と長寿命なので、1日10 要とする商品をつくるため、現在は素材の壁を超 円は家庭で一般白熱電球を1年間使用した場合の 新しいつき合い方ができる照明になるのではない 時間使用したとしても10年間取り替える必要があ え多種多様な商品を扱っています。そのカテゴリ 電気代に相当し、2年目以降はLEDの最大の特 かと思います。 りません。高齢化が進む日本において、電球の取 はペット用品・ガーデニング用品・収納用品・日 長である消費電力の少なさによって年間の電気代 明かり は社会生活を営み、経済活動を行う り替え作業はお年寄りにとって危険をともなう作 用品・家電製品など多岐に渡ります。このような を大幅に削減できるのです。 「1年でもとが取れ うえでわたしたちにとって欠かせないものの一つ 業です。今まで白熱電球なら40球取り替えていた なか、低炭素社会に貢献できる次世代の照明とし る、しかも10年間取り替え不要」であることを打 です。 省電力 てLEDに着目し、発売に至りました。 ち出し、テレビコマーシャルなどのプロモーショ 採用することは、 「持続可能な社会」の実現に向 当社はもともと2003年からイルミネーションラ ンとあわせホームセンターの店頭でも当社が派遣 けて無理なく実行できる取り組みの一つだといえ イトなどにLEDを用いており、中国・大連の自社 する接客販売スタッフが啓蒙活動をしたことで ます。このような取り組みを一人ひとりが考え実 工場にLEDの設備を備えていました。将来訪れる LED照明の有益性が多くの方に認識されました。 践することが持続可能な社会を実現させる第一歩 低炭素社会に対して、LEDの研究を重ねていたの ■時代は節電へ になるのではないでしょうか。 です。その後、二酸化炭素排出量を大幅に削減で そして2011年、東日本大震災による電力不足を きる商品として2009年にLED電球「ECOLUX(エ 受け、一般家庭でも「節電」に対する意識が高ま コルクス) 」を発売。2010年のLED照明事業本格 り多くの人が節電を実施しました。エアコンの設 参入にともない法人向けの直管LEDランプを発売 定温度を調整する、電気を使わないようにするな しました。その後も工場や体育館などの高所に適 どさまざまな取り組みがなされるなか、LED照 した水銀灯に代わるHIDランプ(高天井用LEDラ 明は「取り替えるだけ」で節電になる商品として LED照明の特長は、おもに 省電力 ※3 低炭素 ※1 ※2 LEDシーリングライトのカバー部分の射出成形 低炭素 長寿命 のLED照明を ※1 1日の使用時間5.5時間、世帯数5417万世帯。一般白 熱電球60W形(54W)と当社LED電球(10.5W)の差43.5W として計算 ※2 秋田県約42万世帯・岩手県約50万世帯・山形県約40 万世帯、1世帯平均消費電力9.7kWh/日で計算 ※3 白熱電球の寿命1,000時間に対し、LED電球の寿命 は40,000時間 (世帯数は平成24年総務省による) 世界の 窓から ハ ラ シ ョ ー よい研修の場となっている。 хорошо な街 モスクワ * 国際理解教育として、小学部・中学部ともに現 地校との交流を行っている。小学部が交流を続け ている1239番校(日本の公立学校に相当する学校 在ロシア日本国大使館附属モスクワ日本人学校 はこうした番号制になっている)とは25年以上の 坂本 大朗 おつき合いだ。中学部は、1535番校と相互に学校 ウクライナ 0 ベラルーシ 3000km 訪問を行い理解を深めている。日本語を勉強して アラスカ フィンランド いる生徒たちとの「フリートーク」の時間には、 片言の日本語とロシア語、英語を駆使して自分た ちの思いを伝えようと必死だ。共通の話題は音楽 モスクワ ロシア連邦 とアニメである。なんと日本のコスプレ文化も人 気で、モスクワにもアキバ系がいるのだ。現地校 カ ス ピ 海 カザフスタン からリクエストのある授業は「書道」。漢字に興 モンゴル 北朝鮮 韓国 日本 中国 味をもっている生徒が多く「彩」「恋」等を書い て満足気だ。映画監督の黒澤明や北野武の映画か ら日本に興味をもつ生徒もいるようだ。 冬の気候は厳しく、帽子、手袋、スキーウェア、 2 Здравствуйте(ズドゥラーストゥビィ ブーツは必需品であり、登下校では着用を義務づ チェ:こんにちは) 。約1億4千万人が住み、世 けている。脳ミソが凍るほど冷えるため、耳まで 界で1番大きな国土をもつロシア。首都モスクワ 隠れる帽子が必要である(ちなみに、マイナス25 の人口は、約1100万でヨーロッパの都市では最大 度を下回ると休校になる) 。子どもたちは厳重装 である。女性の平均寿命は75歳。これに対して、 備で外出して、いざ雪遊び! しかし、水分が少 男性はなんと63歳である(こんなにも低いのは、 なく砂のような雪なので雪玉ができない。もちろ ウォッカの飲みすぎだけが原因ではない) 。モス ん雪だるまもつくれない。この時期、学校のテニ クワには日本人は、約1600人住んでいる。意外に スコートは、スケートリンクになる。アイスホッ 思うかもしれないが、夏の気温は30度を超える日 ケークラブで活動している生徒が多く、冬の体育 もある。また、夏の日照時間は長く、夜11時でも もスケートである。街中のあちこちにリンクがで 空が明るい。もちろん冬は寒く、マイナス25度に きて、無料で楽しめるところもある。また、公園 なることもあり、朝9時を過ぎても真っ暗だ。 も多く、クロスカントリースキーを楽しんでいる ◆学校生活 人も少なくない。本校の委員会活動では、寒くて 1967年にアパートの2部屋で本校の授業は始 室内に閉じこもりがちなこの季節だからこそ、楽 まった。ヨーロッパにできた最初の日本人学校で、 しく外で身体を動かせるように、「モスリンピッ 当時の児童・生徒は16人であった。2012年には創 ク」を企画して、雪上フラッグや雪上ムカデ競争 立45周年を迎え、児童・生徒数は年々増加傾向に などの競技を上級生と下級生が一緒になってチー あり、今では145人(2013年4月15日現在)が在 ムで争っている。 籍している。校舎は5階建ての建物に4校が同居 ◆モスクワの生活 しており、1階にスウェーデン人学校、2階にイ モスクワ市は、中央にあるクレムリンから同心 タリア人学校、3階にフィンランド人学校の子ど 円状に市街地が広がり、放射線状に幹線道路が延 もたちが生活をしている。体育館やグランドは、 びている。これを3つの環状線が結んでいる。外 共有スペースなので譲り合って使用している。昨 側の環状線はムカードといい、1周108㎞である。 年度は、ロンドンオリンピックにちなんで、4校 ムカードの内側には、1戸建ての家はほぼゼロ。 合同のオリンピックを行い、スポーツで交流を深 人々はドームといわれるマンションやアパートの めた。教員も同居校の授業を参観して、教科書や 集合住宅に住んでいる。ダーチャという別荘を所 授業展開などさまざまな違いに触れられることで、 有している市民もいて、休日にはそこで家庭菜園 「モスリンピック」雪上ムカデ競争 現地校の生徒と交流 る人が多いと思うのだが、キャベツや肉、ブルー ベリーなど具を入れて焼いたパンはすべてピロシ をつくったり、ベリーやきのこ狩りなどをしたり キと呼ばれている。ボルシチも有名だが、ロシア して自然のなかで過ごす人が多い。今年の夏は気 のスープは種類が多く、野菜たっぷりで美味であ 温が高く、高緯度のモスクワでも夏は高温になる る。ウハというスープは、あら汁に似ていて日本 ためクーラーを設置する家も少なくない。冬は集 を思い出す味つけである。また、古くインドから 中暖房で建物全体を暖め、25度程度を保っている。 伝わったチャイ(紅茶)を愛飲している人も多い。 日本からヒートテックを持ち込んだが、部屋の中 サモワールという芸術品のようなポットからお湯 で着ていると暑くてたまらない。 を注ぎ、それはそれは甘いパンやお菓子と一緒に ドームや店の入り口には、 アフラーナ(警備員) 楽しむのだ。そして忘れてはいけないのがウォッ が常駐している。また、建物には、監視カメラが カ(アルコール度数40以上で冷凍庫でも凍らな 多く設置されている。怖い顔のロシア人ににらま い)。ウォッカグラスになみなみと注いで、乾杯 れ、どこにいてもカメラに狙われている生活に最 しながら一気に流し込む。クランベリージュース 初は違和感をもった。2004年にベスラン市の中等 をチェイサー代わりにしながら、料理と一緒に楽 学校で起きた学校占拠事件後、本校においても安 しむのだが、乾杯の理由は尽きることはない。ま 全対策が強化され、5人の警備員を雇い厳重な警 た、日本料理の人気は高く、寿司はもちろんのこ 備を行っている。 と、日本のうどんチェーン店には、ロシア人が行 1935年に開通したメトロ(地下鉄)は、長くて 列をつくっている。 速いエスカレーターを下ると豪華な彫刻で彩られ 「怖い顔をした大男がウォッカを片手に地味で たホームに出る。時間帯によっては、わずか1分 白黒な街を闊歩している」 、このようなマイナス 間隔で電車がやってくる。また、モスクワの公共 イメージをいだいていたモスクワだが、すぐに間 交通機関を利用すると、お年寄りや小さな子ども 違いだと気づかされた。雪が解け、5月になると 連れなどに席を譲る光景をよく見かける。困って 花壇が彩り、木々が緑に繁り、街中が鮮やかな色 いる人を助けることは特別なことではないのだ。 彩になる。モスクワの短い夏は、日光を浴びる貴 一方、地上は慢性的な交通渋滞だ。道路の構造上 重な時期でもある。湿気がなく爽やかな風に吹か の問題もあるが、運転マナーはお世辞にもよいと れて公園に出かけると、のんびりと散歩する老夫 はいえない。当然事故も多く、しかも衝突したま 婦や家族に出会う。日本人だとわかると優しく まの現状維持で警察を待たなくてはいけないので、 笑って声をかけてくる。 さらに渋滞が激しくなる。そのため救急車は、緑 鉛色の空が広がり、白く冷たい雪に覆われ、氷 地帯に片輪を転がしながらやって来る始末だ。渋 点下の世界に包まれる長い冬を乗り切るためには、 滞を回避するために、バックで逆走していく車や 限られた夏の時間をのびのびと贅沢に過ごすこと 歩道を走行していく車など目を疑うような運転を と、優しく温かい気持ちでいることが大切なんだ 見ることもできる。そういえば、タクシーの運転 と教えられたような気がする。ここでの生活は、 手がこんなことを言っていた。 「ここはクレイジー 忘れかけていた大事なことを気づかせてくれる。 モスクワだ」と。 До свидания(ダ スヴィダーニァ:さよ ロシアの料理といえば、ピロシキを思い浮かべ うなら)。 * ハラショー:ロシア語でよい、すばらしいの意 3 地理学習 トラの巻② 「世界の諸地域」指導の秘訣 前全国中学校社会科教育研究会会長 赤坂寅夫 その一 世界地誌を学習するねらい います。 世界全体・地球全体の自然や生活・文化、六つ トラの巻①に続き、今回は世界地誌の学習につ の州の地誌を学習するのは、生徒にとって初めて いて説明しましょう。 であり、生徒のその後の進路によっては最後とな まず、中学校においてなぜ世界地誌を学習する るかもしれませんので、国民の基礎的教養を培う のか。それは歴史学習において、日本の歴史を世 学習として重要なのです。 界史を背景として理解することが重要であると同 ポイント 様に、私たちの生活とそれを取り巻く自然は地球 わが国の義務教育における世界地誌 上に起きる自然現象の一部であり、ほかの国や地 学習は、中学校が最初で最後。国民的 域の人々と結びついた生活であり地球及び世界の 一部であるわが国の国土認識としての見方・考え 教養の基礎・基盤 方が必要だからです。 小学校では、下の表1のように3学年で学校周 辺および市町村規模の地域、4年では都道府県規 その二 世界地誌学習を「主題学習」 としたのはなぜか 模の地域、5年で全国規模の地域学習と同心円的 に拡大します。そして6学年の最後の「我が国と 前回のトラの巻では、地理の学習には系統地理 結びつきの強い国々」の学習で世界の学習になり 学習と地誌学習の二つがあり、中学校では地誌学 ますが、アメリカ合衆国や韓国、ブラジルなど数 習が通例であることを述べました。昭和43年版・ か国について、わが国との貿易や文化・スポーツ 53年版学習指導要領では、各州に時間をかけて自 の交流など中学校に比べ、限られた内容となって 然・歴史・文化・宗教・資源・産業・交通・結び 表1【小学校社会科における地理的内容項目】 ●地理的な内容 第3学年・第4学年 ●学校周辺の特色 ●区市町村の地域的特色 ●働く人 ・店で働く人 ・農家の仕事 ○暮らしの変化 ・古い道具と昔の暮らし ・受け継がれる地域の行事 ○暮らしを守る ・火事から守る ・事故や事件から守る ○住みよい暮らし ・水の確保 ・ごみ処理 ○地域の発展に尽くした先人 ●都道府県の地域的特色 4 第5学年 ●私たちの国土 ・地形と気候の特色と暮らし ●私たちの生活と食料生産 ●私たちの生活と工業生産 ○情報化した社会 ●私たちの生活と環境 第6学年 ○日本の歴史 ○私たちの生活と政治 ●世界の中の日本 ・日本とつながりの強い国々 つきなどの観点から丁寧な地誌学習が行われまし た。しかし、知識詰め込みの、どの州も同じ学習 パターンの繰り返しが行われたことが課題でした。 そこで今次改訂の学習指導要領では、世界の諸 地域の学習を「主題学習」 、日本の諸地域の学習 を「中核的考察による学習」とし、各州及び各地 方に注目する際の視点を変えてメリハリのある学 習展開にするようにしたのです。 その三 各州の学習をどう展開するか …「ヨーロッパ州」を例に 『アドバンス 中学地理資料』p.66 州の学習は、 「自然・歴史・文化・産業など、 ようす、農産物の主要生産国を読み取らせること 州の大観の学習」→「主題による追究学習」の展 により、ヨーロッパの農業がもつ三つの形態と、 開となっています。 地域の具体的な姿を理解させたい。また、『帝国 まず、各州の導入では、 「第1章2節 世界の 書院 地理シリーズ 世界の国々3 ヨーロッパ州 おもな国」での学習の復習・応用として、地図帳 ①』p.16∼17などを活用して、三圃式農業から発 を活用して、主要な国の名称と位置、国旗の学習 展したヨーロッパの農業の歴史を理解することが、 をすることが必要です。 先生方自身の教材研究として大切です。 (1)「大観の学習」 さらに、東京の雨温図や四季の写真、緯度との 「大観の学習」では、基礎的、基本的知識・概念・ 比較など、目に見えて体感している事象との比較 技能の獲得が中心とされています。そのためには、 を示すとより理解が深まると考えます。教科書の ①基礎的、基本的知識・概念・技能の獲得とその 本文に載っている用語を身につけることが基本で 意味を理解する。 すが、生徒の実態を測りながら単元末の小テスト 例えば、 や授業前の確認テスト等の工夫を行い、確実な定 ・「1 ヨーロッパの自然」では『社会科 中学生 着を図ることも必要です。 の地理』 (以下、教科書)p.58に載っている「ユー ②文化や産業の学習では、地理的見方・考え方の ラシア大陸、アルプス山脈、ライン川・ドナウ川、 基礎を養う。 スカンディナビア半島、大西洋、北海、地中海」 「2 ヨーロッパの文化と歩み」教科書p.60∼ の地名を教科書や地図帳で位置や範囲を確認し、 61の学習では、キリスト教をベースとして教会の 地名と位置の一致を図る学習をする。 写真や言語の比較から三つの民族に大別できるこ ・「国際河川、氷河、偏西風、北大西洋海流、西 とや、「植民地」をつくって世界各地に進出して 岸海洋性気候、地中海性気候、亜寒帯気候」の地 いたことから「欧州連合(EU)」へのつながりを、 理用語の意味を理解させる。 What(何が)、How(どのように)、Why(なぜ)、 ・単に口頭で説明するのではなく、地図、雨温図、 When(いつから)、Where(どこ)の視点から 写真を活用し、その読み取りやそれぞれの資料と 見る、考える学習を展開します。 の関連を引き出す作業等を入れながら思考させ、 例えば、キリスト教の宗派と言語の分布図から 地理的事象の意味と地理用語の概念を理解させる。 何が、どのように、どこに分布しているかを読み 例えば、ヨーロッパの農業のキーワードである 取ることで三つの民族に大別できる見方や、多様 「混合農業」 、 「酪農」 、 「地中海式農業」については、 な民族や文化をもつヨーロッパがなぜ統合したの 『アドバンス 中学地理資料』p.66∼67の写真や統 かを考える学習です。 計・グラフを活用して、実際の農地や農業生産の 「3 ヨーロッパの産業」の学習では、地中海 5 式農業、混合農業、酪農が上記の四つの視点から プとしての考えをまとめ、学級全体で発表し合い 自然条件とどう関わり、どのような食文化を形成 ます。個人→グループ→学級と話し合いの場を広 しているかについて、地図、写真、具体物を示し げることによって、自分とは異なる新たな意見を ながら見方・考え方を培います。 知って見方・考え方を広め深め、さらに自分の考 ポイント えを再構築することができるのです。1学年での 「大観の学習」では、基礎的、基本 世界の諸地域学習において、このような言語活動 的知識・概念・技能の獲得を丁寧に行 を系統的・計画的に組み入れることによって、学 うこと (2) 「欧州連合(EU) 」を主題とした追究学習 ここでの学習が世界の諸地域の学習の核となる 年後半は徐々に活動や見方・考え方の広さ・深さ の進展が観られ、2学年での日本の諸地域学習も 含め、 2年間で大きく成長することが期待できます。 ポイント 部分で、これまで獲得した知識・概念・技能を活 「主題の追究学習」では、「大観の学 用して思考力・判断力・表現力を育成する学習活 習」成果を生かした言語活動を組み入 動を展開しなければなりません。 れて地理的見方・考え方を深めること 「2 ヨーロッパの文化と歩み」では多様な文 化と民族がEU(欧州連合)に統合した理由と歴 (4)学習のまとめ 史を、 「3 ヨーロッパの産業」では農工業や産 教科書p.68のヨーロッパ州の「学習のまとめ」 物の地域による違いを学習しました。宗教や言語、 の活用については、このページをそのまま活用し、 文化・伝統の違いを克服して統合した利点は、違 基礎・基本の定着として家庭での学習(宿題)と いをきちんと把握したうえで理解することができ することができます。 ます。 「なぜ統合したのか」 、 「統合したことによ しかし、ステップ②の「ヨーロッパ州のテーマ る利点は何か」 、 「統合したことによる変化と課題 の整理」の表は、(2)「欧州連合(EU)」を主題 は何か」を、 これまで学習した内容と地理的見方・ とした追究学習において、この表の右の欄に「欧 考え方をふまえ、新たな資料(地図、統計・グラ 州連合(EU)の課題」という欄を付加したワー フ、文章)から読み取ったことをもとに考え、自 クシート(表2)を配布し、欧州連合(EU)の 分の言葉で表現する活動です。 利点と課題を考え記入させることにより、記述内 (3)思考力・判断力・表現力を育成する 言語活動の工夫 容や発表内容から思考・判断・表現の評価をする という工夫も考えられます。 世界の諸地域の学習において、ぜひ実行してほ しい学習活動があります。今次改訂の学習指導要 領では思考力・判断力・表現力を育成する言語活 6 その四 世界の諸地域の学習順序における工夫 動の充実が求められています。そこで、世界の諸 教科書では、アジア州→ヨーロッパ州→アフリ 地域のいずれかの州学習において、地理的分野に カ州→北アメリカ州→南アメリカ州→オセアニア おける言語活動の基礎・基本を養ってください。 州の順序になっています。初任者や経験年数が少 例えば、 「ヨーロッパ州におけるEUの利点と課 ない若い先生は、まずは教科書通りの順序で展開 題」、 「アフリカ州における産業の発展と日本との し、まさに基礎的、基本的知識・概念・技能を定 関わり」 、 「南アメリカ州における環境問題と持続 着させる授業の技を身につけてほしいと思います。 可能な開発」など、社会参画の視点から今後の課 しかし10年ぐらいの経験を経ると、同じようなリ 題と対策を、地理的見方・考え方を養いながら追 ズムでどの州も同じような内容の繰り返しでは物 究するテーマとして与えて考えさせ、まとめて発 足りなさを感じてくるはずです。そこで、前回の 表する活動です。ワークシートに個人の考えを記 トラの巻①で述べたように、世界の諸地域の指導 入させ、四人程度のグループで話し合い、グルー 計画を作成する段階で、基礎的、基本的知識・概 人や物が自由に国境を こえられる場合(EU統合の利点) 通常の国境をこえる場合 人の移動 物の移動 お金の流れ ・① が行われたり、お金や時間 ・国境をこえて買い物や ② がかかったりする ・輸入品に ③ 欧州連合(EU)の課題 をす る人や旅行をする人が増える がかかる ・他の国でお金を使う場合、 ④ をなくした ・輸入品にかかる ③ ので、貿易がさかんになる ・多くの国で ⑤ をする必要がある という共通のお 金が使われるようになる 表2 『社会科 中学生の地理』p.68 ステップ②の表②を活用したワークシート 念・技能の獲得・定着を重視する州、地理的見方・ 考え方を育成する州、思考力・判断力・表現力を 育成する言語活動の充実を図る州など、学習内容、 学習活動にメリハリをつけた指導計画を作成し、 それにもとづいて州の学習順序を考えるのもよい でしょう(学習指導要領では、中項目の学習順序 は規定されておりません) 。 例えば、自然条件と資源・産業や人々との関連 を考えやすいオセアニア州、生徒の興味関心が高 く、生徒が多くの情報をすでに得ている北アメリ カ州を前半に位置づけます。アジア州は範囲が広 く、モンスーンアジアと乾燥アジア、また民族や 宗教・文化など多様性をもち、州を一つの地域に まとめることが難しいことからアジア州を最後に 学習することも考えられます。中国・四国地方が 山陰・瀬戸内・南四国の3地域に、中部地方が東 海・中央高地・北陸の3地域に区分されることを 学ぶように、広いアジアが東アジア・東南アジア・ 南アジア・西アジア・中央アジアに区分されるこ とを学ぶことも地理学習として必要です。あるい は歴史的分野との連動で、古代・中世におけるア 表3 【世界の諸地域の指導計画】 (私案) ◎追究テーマ ①オセアニア州(3時間) ・自然環境と産業の関連 ◎多様な民族と多文化社会 ②北アメリカ州(5時間) ・多様な自然環境と多民族・多文化 ◎世界をリードする大規模な産業 ③南アメリカ州(4時間) ・低地と高地の自然環境と生活 ・歴史と文化 ◎経済成長と環境問題 ④ヨーロッパ州(5時間) ・自然環境 ・歩みと文化(キリスト教と民族) ・農業と食文化、資源と工業 ◎EU統合と課題 ⑤アフリカ州(3時間) ・多様な自然環境(気候) ・歩みと文化(植民地支配) ◎モノカルチャー経済の問題点と対策 ⑥アジア州(6時間) ・多様な自然環境と地域区分 ・多様な民族と人口分布 ・降水量とアジアの農業 ・進む工業化と資源 ◎日本とアジアの関わり(今と未来) ジアとの関わりを学習した後で地誌の学習を進め 地誌学習は掘り下げようと思えばいくらでも深 ることが、よりアジアの理解を深めるのに効果的 めることができるため、どこまで詳しく教えるべ と考えられます。このような観点から世界の諸地 きかを悩まれる先生も多いでしょう。まずは教科 域の学習順序を次のように考えました(表3) 。 書内容を押さえることを基本とし、生徒の興味関 ポイント 心や理解のようす、進度状況に応じてさまざまに 「世界の諸地域」の学習順序は、生 試行錯誤してみてください。私の案が参考になれ 徒の興味関心や実態をふまえ、メリハ ば幸いです。 リのある工夫をすること ◎次の3学期号では、日本地誌の授業のポイント についてお話いただきます。 7 地図活用 日本の諸地域 ∼近畿地方の資料図活用法∼ 東大阪市立玉川中学校 北御門 孝文 1 はじめに 日本の諸地域の学習にあたって7つの考察の仕 方が指示され、それを中核とした地理的事象を追 究する学習展開が求められている。動態地誌が求 められ、地域の特色を網羅的、並列的に扱うこと を否定している。 「○○には××が見られます」 などの静態地理に慣れてきた現場では、地理学習 について試行錯誤が行われている段階であろう。 また、現行学習指導要領では、各地域の特色に は地方的特殊性と一般的共通性があることを理解 させるよう求められている。日本の諸地域の学習 において、どのような事象が地方的特殊性で、ま た一般的共通性であるのかを見極めることは、地 理を専門としない教師にとっては悩みの種ではな 8 『中学校社会科地図』p.95「①近畿地方の自然・産業・くらし」 かろうか。 実際のところこの工場が大阪湾沿岸である堺に ここでは、近畿地方の資料図( 『中学校社会科 立地した理由は、かつて阪神工業地帯の中心と 地図』 (以下、 『地図帳』 )p.95、96)を用いて、工 なっていた金属工業が廃れた結果、広大な製鐵所 業の学習の際の地図活用について述べていきたい。 の遊休地があり、さらには大阪府から150億円に 2 大阪湾は「パネル・ベイ」となれるのか? 及ぶ補助金があったからであろう。これらを考え 『地図帳』p.95の資料図の中には話題となって るとこの液晶パネル工場の立地は阪神工業地帯の いる液晶パネル工場が描かれている。この鳥瞰図 特徴であり地方的特殊性であるといえる。ちなみ から堺を中心にした大阪湾岸で液晶パネルの生産 に、阪神工業地帯の工業の中心が金属工業から機 がさかんであることに気づかせたい。この液晶パ 械工業へ変化した現状は『地図帳』p.96「④阪神 ネル工場は、旧シャープ堺工場(現堺ディスプレ 工業地帯」の資料図から確認できる。 イプロダクト)を表したものである。2009年に液 では、「パネル」工場が臨海部に立地すると仮 晶パネルを一貫生産する工場として、また太陽電 定した場合、その立地に一般的共通性が見られる 池の工場として稼動した。近年、大阪湾沿岸には だろうか。まず、一般的共通性を読み取るために この液晶パネル工場をはじめ、尼崎にはパナソ ウェーバーの工業立地論をもとに液晶パネル工場 ニックのプラズマディスプレイ工場が立地するな の立地について考える。 ど「パネル」を製造する工場が相次いで立地した。 3 工業立地の一般的共通性 こうしたようすは、 『社会科 中学生の地理』p.196 ウェーバーの工業立地論は、19∼20世紀にかけ 「②近畿地方中心部のおもな工場」からも確認で て活躍したドイツの経済地理学者アルフレッド= きる。ではなぜ「パネル」を製造する工場が、大 ウェーバー(Alfred Weber, 1868∼1958)が、彼 阪湾に立地したのか。 の著書『工業立地論』(1909年)で理論化した。 このウェーバーの工業立地論を教師が念頭に置い :液晶パネル工場 (液晶パネルを一貫して生産する工場のみ) て地図の読み取りをさせることによって、生徒の 読図や思考に深みが出てくるはずである。 ウェーバーは原料や製品の重量とそれを運ぶ距 離にともない、輸送費が増大すると考え、工業立 地は輸送費の最小地点であるとした。またウェー バーは工業立地が進行することで、その場所に魅 力が生まれ「集積の利益」が生じ、さらに工業立 地が進むとも述べている。 工業立地を簡潔にまとめたこの理論は、中学生 にとっても比較的容易に理解できる。 しかし現代の工業は、複数の工場が分業を行っ たり、またさまざまな企業との連携を行ったりす 図1 液晶パネル工場の立地 (埼玉大学 谷 謙二 MANDARAにより作成) ることからも、輸送費のみに工業立地が起因する る。液晶パネル工場にとっても製品を市場に運び とは言い切れない。そのことからもこの理論はあ やすい臨海部はよい立地となる。 『地図帳』p.96④ くまで工業立地についての一般的共通性を認識す 付図「堺市付近」から、堺市の液晶パネル工場が るためのものとしてとどめておきたい。しかしな 大阪湾の埋め立て地に立地していることが読みと がら、この理論をもとにすれば日本全域の、また れるが、 これはこうした立地上の利点のためである。 世界全域の工業立地の一般的共通性を認識するこ そのほかにも、液晶パネルを構成するうえで、 とができ、そのうえで地方的特殊性を改めて認識 重要なカラーフィルターを製造する大日本印刷や することができる。 凸版印刷の工場が隣接して立地している。また、 4 液晶パネル工場の立地条件 液晶パネルやカラーフィルターを製造する際の洗 では、ウェーバーの工業立地論を念頭に置きな 浄用の「超純水」を生産する栗田工業も立地して がら、液晶パネル工場の立地について考察してみ いる。液晶パネル工場が立地したことで、その場 よう。ウェーバーは工業立地の要因に地代をふま にさまざまな関連工場が集積する。 えて論じていない。そのため、輸送費(輸送の困 では、これが液晶パネル工場の立地における一 難性もふまえ)と原料産地・市場の関係のみで考 般的共通性であれば全国的にもそのように立地す えなければならない。 るはずである。しかし、液晶パネルを一貫して生産 液晶パネルの原料(部品)について、さまざま する工場の立地を日本地図にあらわすと、臨海部 なものがあるが、まず重要なのがガラスである。 に立地しているとは限らず、内陸にも立地してい これを製造する工場として、コーニング社が液晶 る(図1)。これは、原料が得やすい、また製品を市 パネル工場に隣接して立地している。ガラスは割 場に運びやすい臨海部という輸送面の立地条件よ れやすく長距離の輸送は困難であり、工業立地論 りも、優位となる立地条件の存在を示唆している。 ではガラス工業は市場近くに立地する。とくに液 つまり、大阪湾沿岸は金属工業を主体としてい 晶パネルの薄いガラスでは、輸送が困難でその傾 た阪神工業地帯が衰退したという地方的特殊性に 向が顕著である。かつ、ガラス工業は、日本では より、広大な工業用地が確保され、「パネル」工 原料産地近くとなる臨海部にあればさらによい。 場が進出したということになる。皮肉にも阪神工 つまり、ガラス工業にとって液晶パネル工場は市 業地帯の衰退が、「パネル・ベイ」となるための 場であり、そのガラスを原料(部品)とする液晶 条件となっているといえるのである。 パネル工場が、ガラス原料の得やすい臨海部に立 今回は、資料図をもとに工業立地について掘り 地していれば、ガラス工業にとってよい立地とな 下げて考察した。参考にしていただければ幸いだ。 9 地 理 授業研究 1 資料を活用してとらえる北アメリカ州 ∼農業を例に∼ はじめに 安倍首相は3月、TPP(環太平洋戦略的経済連 岩手大学教育学部附属中学校 七木田 俊 2 単元の指導計画 (1) 指導目標 携協定)への参加を正式に表明した。日本は参加 北アメリカ州の自然環境、歴史や文化など地域 11か国の承認を取りつけ、7月下旬の交渉会合か 的特色を大観させたうえで、「世界へ多大な影響 ら参加の見通しである(6月現在) 。今なお、さ を与える巨大国家」を主題に設定し、それを追究 まざまな立場、視点から賛否の議論がくり返され する過程を通して、北アメリカ州の地域的特色に ているが、とくに農業分野において、その議論は ついて多面的・多角的に考察させ、その過程や結 活発である。TPPに関わる今後の日本農業の動向 果を適切に表現させる。 は、私たち国民にとって関心が高い社会問題の一 (2) 評価規準 つであり、地理的分野で「世界の諸地域」の学習 観 点 を進める中学校1年生においても例外ではない。 「TPP」という言葉をほぼ全員が見聞きしており、 それに対する自分なりの考えをもつ生徒も少なく ない。 他方、 『中学校学習指導要領解説社会編』 (以下、 社会的事象への 関心・意欲・ 態度 北アメリカ州の人々の生 活のようすや地域的特色に 対して関心をもち、学習課 題の解決に向けて意欲的に 考えようとしている。 社会的な 思考・判断・ 表現 北アメリカ州の人々の生 活のようすや地域的特色を 多面的・多角的に考察し、 その過程や結果を適切に表 現している。 資料活用の 技能 北アメリカ州に関するさ まざまな資料から有用な情 報を適切に選択し、人々の 生活のようすや地域的特色 について読み取ったりまと めたりしている。 指導要領解説)によると、 「世界の諸地域」学習 では、 「まず、基礎的・基本的な知識を習得する 学習を行」うこと、そのうえで私たち教師が「州 内の特色ある地理的事象を基に」 「我が国との比 較や関連を図る視点をもって」主題を設定し、 「そ の追究を通してそれぞれの州の地域的特色を理解 させること」と明記されている。 以上のような社会的背景、生徒のようす、指導 要領解説の趣旨に鑑み、ここでは、 『中学校学習 指導要領』地理的分野の内容「 (1)世界の様々 な地域 ウ 世界の諸地域 (エ)北アメリカ」に おいて、とくに農業にスポットをあてた授業につ いて紹介する。 10 社会的事象に ついての 知識・理解 北アメリカ州の人々の生 活のようすや地域的特色を、 一般的共通性と地方的特殊 性という面から理解し、そ の知識を身につけている。 授業研究 地理 (3) 指導内容および評価計画 時 指導内容 評 価 1.北アメリカ州の多様な自然環境と歴史・文化(=地域的特色の大観) 1 ・北アメリカ州に関するイメージや知っていることを想起させ、 ・北アメリカ州を構成する国名と位置を理解し、 コンセプトマップを作成させる。 自然環境や歴史、文化という面から特色をまと ・構成する国名と位置、気候や地形などの自然環境を調べさせる。 めている。【社会的事象についての知識・理解】 ・歴史的背景を理解させ、北アメリカ州になぜ多くの民族がくら しているのか、その理由を考察させる。 2.世界へ多大な影響を与える巨大国家①∼生活と文化∼(=主題の設定および追究①) 2 ・主題「世界への多大な影響」に関わり、 「私たちの生活に欠かせ なくなった北アメリカ州(アメリカ合衆国)の文化を考えよう」 という学習課題を設定する。 ・1週間の自分の生活を想起させ、おもに生活と文化という視点 から、北アメリカ州が世界に与える影響の大きさを理解させる。 ・私たちの生活に欠かせなくなった北アメリカ 州の文化について、資料やほかの人の考えを参 考に、複数の視点から自分の考えをまとめてい る。 【社会的な思考・判断・表現】 ・多国籍企業の経済活動が、進出した地域の 人々の生活に大きな影響を与えていることを理 解している。 【社会的事象についての知識・理解】 3.世界へ多大な影響を与える巨大国家②∼世界をリードする大規模な農業∼(=主題の追究②) 3 本 時 ・主題「世界への多大な影響」に関わり、 「なぜ北アメリカ州は多 くの農産物を世界各国に向けて輸出できるのだろう」という学習 課題を設定する。 ・課題解決に向けて適切な資料を選択・活用し、考察させる。 ・ほかの人の意見を参考にし、複数の視点から自分の考えをまと めさせる。 ・学習課題の解決に関わる資料を適切に選択し、 読み取っている。 【資料活用の技能】 ・北アメリカ州が多くの農産物を世界各国に輸 出している理由について、自然環境、穀物メジ ャーという語句を用いて適切に表現している。 【社会的な思考・判断・表現】 4.世界へ多大な影響を与える巨大国家③∼世界をリードする大規模な工業∼(=主題の追究③) 4 ・主題「世界への多大な影響」に関わり、 「アメリカ合衆国で先端 技術産業がさかんになったのはなぜだろう」という学習課題を設 定する。 ・課題解決に向けて適切な資料を選択・活用し、考察させる。 ・ほかの人の意見を参考にし、複数の視点から自分の考えをまと めさせる。 ・学習課題の解決に関わる資料を適切に選択し、 読み取っている。 【資料活用の技能】 ・アメリカ合衆国で先端技術産業がさかんにな った理由について、他国の重工業の発展との関 係にふれながら、サンベルト、シリコンバレー という語句を用いて適切に表現している。 【社会的な思考・判断・表現】 5.北アメリカ州のまとめ 5 3 ・北アメリカ州について学習したことを、白地図等にまとめさせ る。 ・コンセプトマップを再度作成し、学習前に作成したものとの変 化を読み取らせる。 本時の授業展開 (1) 導入 ・北アメリカ州の特色について考察した過程や 結果を、自然環境、歴史、生活と文化、農業、 工業という視点から白地図を活用してまとめて いる。 【資料活用の技能】 論がさかんに行われた(ている)ことなどがあが るなか、「TPPという言葉は知っているけれど、 内容はよくわからない」という、実は多く存在す る生徒の発言を引き出したい。加えて、生徒の社 ①「TPP」という言葉に関して、知っていること 会的事象(時事問題)への関心・意欲の状況を把 をあげる。 握し、あらかじめ新聞資料等を準備し、概要を簡 社会参画の視点からも、時事問題を積極的に地 単に理解できるような工夫を加えたり、学習意欲 理的分野の学習に活用したい。まず、TPPという を喚起したりする手だてを講じたりしたい。その 言葉に関して知っていることを自由に発表させる。 うえで、TPPに関して農業分野で議論がさかんな 日本が交渉参加を決定したこと、賛成・反対の議 こと、アメリカ合衆国の影響が懸念されているこ 11 とを共通理解し、これから学ぶ北アメリカ州の農 業は、私たちの生活に直接大きく関わっていると いう意識を高めたい。 ②『社会科 中学生の地理』 (以下、教科書)から、 アメリカ合衆国とカナダが多くの農産物を輸出し ていることを理解する。 図2 『社会科 中学生の地理』p.84②世界のおもな農 産物の輸出量にしめるアメリカ合衆国とカナダの割合 ことで、「割合」と「量」の読み取り方、求め方 を確認したい。 そのうえで、「なぜ北アメリカ州は多くの農産 物を生産し、輸出できるのだろうか」という学習 図1 『社会科 中学 生の地理』p.85⑦日 本のおもな農産物の 輸入先 (2) 展開 ①学習課題に対する答えを予想する。 学習課題を設定したあとは、まず予想をたてさ まず、先ほどのTPPに関連して、農業における せる。この際、予想の根拠となるのは、これまで 日本への影響の裏づけともなる、教科書p.85「⑦ の既得の知識、生活体験等である。多面的・多角 日本のおもな農産物の輸入先」 (図1)のグラフ 的な考察を促す手だての一つとして、ほかの人の を読み取らせる。TPPに関しては、関税を撤廃す 考えから自分と異なる視点を見出すことがあげら ることにより、米など、このグラフにはない農産 れる。自由に予想し、発表させるなかで、自分と 物なども安価に輸入できるようになること(デメ 異なる考えにふれさせることで、このあとの学習 リットのみに偏らないよう留意する)を補足し、 活動において多面的・多角的な考察を行う視点を ①の学習活動からの流れを大切に、日本とアメリ 発見させたい。 カ合衆国の密接な関係も理解させたい。また、 「ど ②教科書や『中学校社会科地図』(以下、地図帳) うして牛肉はオーストラリアから多く輸入してい から、課題解決へ向けた根拠となり得る適切な資 るのか」という疑問に対しては、2000年代前半の 料を選択する。 BSE問題にふれ、それ以前はほかの項目と同様に 教科書や地図帳には、学習課題の解決に関わる アメリカ合衆国から多く輸入していたという事実 適切な資料が豊富に掲載されている。指導要領解 も理解させたい。 説に明記されているように、社会科において「資 次に、教科書p.84「②世界のおもな農産物の輸 料に基づいて多面的・多角的に考察」させるため 出量にしめるアメリカ合衆国とカナダの割合」 (図 には、「資料を適切に収集、選択、処理、活用」 2)のグラフから、大豆、とうもろこし、綿花に させることが肝要である。本時では、学習課題の 関しては、アメリカ合衆国は約4∼5割、小麦に 解決に向けて、資料を適切に「選択」させること、 関しては、アメリカ合衆国・カナダ合わせて約3 12 課題を設定したい。 「活用」させることに主眼をおく。 割の輸出「割合」を占めることをまずつかませる。 北アメリカ州が多くの農産物を輸出できるのは、 割合を示すグラフには、 その周りに「総量」や「総 気候や土壌などの自然環境に合わせた農業を大規 額」が提示されている。そこで、 「アメリカ合衆 模に行っていることが第一にあげられる。自然環 国はとうもろこしをいったいどれだけ輸出してい 境に合わせた農業を行っていることに関しては、 るのだろう?」と輸出「量」を問い、考えさせる 教科書p.85「④アメリカ合衆国とカナダのおもな 授業研究 農業地域」や地図帳p.58「⑤アメリカ合衆国・カ 地理 授業で使用した学習プリント ナダの農業の分布」を選択させたい。また、大規 模な農業を行っていることに関しては、教科書 p.84の写真「①大豆の収穫とインターネットを 使った情報の収集」や声「大豆やとうもろこしを つくる農家の人の話」 、地図帳p.58「⑧大規模な 農業」が根拠となろう。 上記に加えて、アグリビジネスの中心に位置し、 世界の穀物の価格に影響を与える穀物メジャーの 存在にも気づかせたい。p.85「⑥輸出される小麦」 (図3)と教科書本文を併せて読み取るなかで、 効率のよさを追求するアメリカ合衆国の農業の特 色を浮かび上がらせることができる。 した内容を全体で交流させたい。 図3 『社会科 中学生の地理』p.85⑥輸出される小麦 (3) 終結 ①グループ交流や全体交流をもとに、学習課題に ③各自で選択した資料が適切かどうか、小グルー 対する自分の答えを再度まとめる。 プで検討する。 ②次時の学習内容(世界をリードする大規模な工 ②で各自が選択した、学習課題「なぜ北アメリ 業)を知る。 カ州は多くの農産物を生産し、輸出できるのだろ うか」に対する答えを導き出すための根拠となり 得る教科書や地図帳の資料を、互いに発表し合う。 4 おわりに 「教科書○ページの△△という資料から、北アメ 今後の動向が大いに注目されるTPP問題。中学 リカ州は◇◇だから多くの農産物を生産し、輸出 生にこの問題を主体的に、また切実に考えさせた できるといえると思います」と発表させ、その妥 いと願うとき、日本との関係に留意しつつ、基礎 当性について、グループ内で議論・検討させたい。 的・基本的な北アメリカ州(とくにアメリカ合衆 このようなグループ交流は、多面的・多角的な考 国)の学習内容を理解させる必要性を強く実感す 察を促す一助となり、調べ学習の成果を、単なる る。本単元では、TPPと自分の生活との関わりに 発表(会)形式で終わらせないための一案になる 気づかせつつ、資料を適切に選択させること、多 と期待できる。また、普段使用している教科書や 面的・多角的に考察させることを学習活動の柱に 資料集にある資料の見方・考え方が深まったり、 すえた。しかし、反省点も多く残る。あくまで、 その資料がもつ価値を再発見したりするなど、社 その土地で生活する人(々)のくらしの理解のた 会科における言語活動の質を高めることにもなろ めに資料にあたり、読み取り、考えることが生徒 う。 にとっての地理の学びであるということをつねに 時間に配慮しつつ、できれば各グループで検討 念頭におき、よりよい実践を模索していきたい。 13 歴 史 授業研究 中世と近世の社会の違いを大観しよう ̶タイムトラベル⑥を「絵解き」する プレゼンテーション活動を通して̶ 長野県飯田市立飯田東中学校 田中清一 2ページの内容を講義中心の授業で進める」 1 はじめに という点からは、およそそうとは言い難い授 『中学校学習指導要領解説 社会編』(平成 業ばかりを続けてしまう、そんなことがよく 20年版・以下『解説』と略記)では、歴史的 あるからです。そうなる原因は明らかなので 分野における「改訂の要点」として、5点を す。「ある力をつけようとしたら、その力を 示しています。そのなかで、本稿で扱おうと 修飾する言葉が表わすところの学習活動を行 する帝国書院版教科書『社会科 中学生の歴 わなければならない」という基本原則をない 史』 (以下、教科書と略記)第4部「近世 武 がしろにした時、その時こそが、自己嫌悪に 家政権の展開と世界の動き」2章「戦乱から 陥る授業を創っている瞬間なわけです(ただ 全国統一へ」に関わる点をあげると、次の4 し、講義方式の授業がすべて望ましくない、 つとなります。 という言説に私は与するものではありません。 ア 「我が国の歴史の大きな流れ」を理 解する学習の一層の重視 イ 歴史について考察する力や説明する 力の育成 なぜなら、調べ学習、討論学習、発表学習な どさまざまな学習方法のなかに、当然、講義 形式の授業も、学習の多様性を保障するもの の一つとして位置づくと考えるからです。要 エ 様々な伝統や文化の学習の重視 は、ある一つの学習形態や学習方法だけに特 オ 我が国の歴史の背景となる世界の歴 化した授業のあり方は、学習者にとっては豊 史の扱いの充実 かな学びをもたらすものにはなりにくいので 本稿では、上記ア「我が国の歴史の大きな はないか、ということです)。 流れ」を大観する学習の充実というねらいに 以下、本稿では上記の基本原則に立って、 迫るために、イに示される歴史について考察・ 教科書第4部2章「戦乱から全国統一へ」の 説明する力を、まさにそのような学習活動= おおまかな単元展開と、1単位時間の授業を 歴史について考察・説明する活動を通して育 提案します。1単位時間の内容は、教科書p.88 てようとする実践を提案するものです。 ∼89「タイムトラベル⑥ 16世紀のようす」 「何を当たり前のことを」といぶかる声も を、絵解きするという「学習した内容を活用 聞こえてきそうですが、しかし、この「当た して大観し表現する活動」(『解説』p.13)を り前のこと」が私自身、身にしみていないが 取り入れた、単元終末の学習評価にあたる時 ために、授業が終わった後に自己嫌悪に陥る 間です。 ことがあります。どうしても「教科書見開き 14 という、学習者に豊かな学習活動を保障する、 授業研究 歴 史 を手がかりに列挙してみます(教科書p.90∼ 2 95の記述を参照)。 本単元の学習構造図 A 座がなくなった社会 『解説』p.12には、「歴史的分野の学習内容 B 都市の自治権がなくなったり、寺社の の構造化図(部分例)」が掲載されています。 勢力が弱体化したりした社会 これを参考に、まず本単元の学習構造図をつ C 下剋上・戦国の世の終わった社会 くってみました。 D 荘園がなくなった社会 教科書第4部2章は、この構造図では「織 E 兵農分離が進んだ社会 田・豊臣による統一事業とその当時の対外関 F ヨーロッパ世界とのつながりが始まっ た社会 係」 「武将や豪商などの生活文化の展開」に 位置づく内容が記されています。 このように、学習構造図をつくることで、 とくに、 「織田・豊臣による統一事業とその ①授業で重点的に取り上げるべき題材が明確 当時の対外関係」を学ぶことで、次の2点を になるメリットがあります。また、②単元終 理解することが求められています。すなわち、 末において、その時代の特色をとらえる学習 1 中世に大きな力をもった勢力が力を失っ を位置づけた際、とくに上記 2 の中身として たこと 列挙した事項が適切に活用されているか否か 2 中世までとは異なる社会が生まれていっ たこと を評価することが、すなわち本単元の評価活 動そのものになる、ということも見えてきま の2点です。 す。本稿ではとくに、②にいうところの「そ では、2 にいうところの「中世までとは異 の時代の特色をとらえる学習」を本単元の終 なる社会」としての近世とは、どのような社 末に位置づけた授業展開を示します。具体的 会なのでしょうか。その点を、教科書の記述 には、教科書p.88∼89「タイムトラベル⑥ 16 ◇教科書第4部2章「戦乱から全国統一へ」に関わる学習内容の構造図 (『解説』p.77∼78より作成) ア 我 が 国 の 歴 史 の 大 き な 流 れ ︵ 4 ︶ 近 世 近 世 社 会 の 基 礎 が つ く ら れ て い っ た こ と 戦国の動乱 ヨーロッパ人の来航の背景 とその影響 織田・豊臣による統一事業 とその当時の対外関係 武将や豪商などの生活文化 の展開 <織田信長> ・仏教勢力への圧迫 ・関所の撤廃 などの政策 <豊臣秀吉> ・検地や刀狩 などの政策 1 中世に大きな力をもった勢 力が力を失ったこと 2 中世までとは異なる社会が 生まれていったこと ・南蛮文化 豪壮、豪華な文化 ・生活に根ざした文化 15 世紀のようす」を、前述A∼Fの事項やそれ 変遷(山城→平山城→平城)について具体的 まで授業で学んだ歴史的事象を用いて「絵解 に知る。(1時間) き」する活動=「タイムトラベル」を用いて 「調べる」「書く」ばかりの学習では、生徒 時代の変化を解説する活動(1単位時間)を はもちろん教師も飽きてしまいます。やはり、 提案します。 学習方法・形態には、常に変化をもたせたい ものです。NHK総合・教育テレビを中心と 3 単元「戦乱から全国統一へ」の流れ して、歴史を扱った長尺の番組を日常的に自 宅でも学校でもビデオレコーダーで録画し、 1 信長の天下統一事業を調べ、その事業の それを授業の中で視聴し、事後に学習カード よさや問題点を考える。(2時間) や生活記録(日記)などにふりかえりを書か 教師が準備した学習プリントに解答し、一 せ、それを教科通信や学級通信などで紹介し、 斉授業の中での発表、意見交換を行います。 共有するという一連の流れを、ぜひつくりた その際、先述のA・B・Fの事項については、 いものです。ただし、ビデオを見ただけで当 教師が生徒の理解を確かなものにするため、 該時代の文化史をすべて扱ったことには、当 必要に応じて説明を加えるようにします。 然なりません。ここでは、家庭学習として、 2 秀吉の天下統一事業を調べ、彼が天下統 教師が作成した文化史学習用の学習プリント 一を成し遂げられた理由を、その事業を根拠 や『中学生の歴史ワーク』(帝国書院教科書 に考える。 (3時間) 準拠)p.52に取り組ませたりする(後日、期 日を指定して提出させる)など、自学自習を 促す手立ても当然必要になるでしょう。 4 「戦乱から全国統一へ」の単元のまとめ として、教科書p.88∼89「タイムトラベル⑥ 16世紀のようす」に描かれている事柄の中か ら、「近世」という新しい時代の特徴を示す と考える事柄をできるだけ多く選び(最低で も一人3つ以上)、これまで学んできた歴史 的事象、前記A∼Fの事項(概念)を用いて、 「近世」という時代の特徴をおおまかに説明 図1 する。(1時間) 教師が準備した学習プリント(図1)に解 これは、「絵解き」といわれる、現在も浄 答し、一斉授業の中での発表、意見交換を行 土系の寺院で行われている、地獄絵を用いた います。ここでも、とくに先述のC・D・E・ 説法にヒントを得ています。「タイムトラベ Fの事項については、教師が生徒の理解を確 ル」は、各章の巻頭に位置づけられているた かなものにするため、必要に応じて説明を加 め、単元導入時に利用することが意図されて えます。 はいます。しかし、時代を大観するという知 3 織豊時代前後の城郭について特集された 的作業は、大人でも困難なものです(だから * ビデオ を視聴し、教科書p.94にある城郭の * こそ、未だに歴史学習といえば「要は暗記だ :歴史秘話ヒストリア「姫路城 美と強運の400年物語 巨大迷宮の秘密を探る旅」 (2009年 9月9日 NHK総合放映) http://www.nhk.or.jp/historia/backnumber/17.html 16 授業研究 歴 史 よ、暗記」と豪語してはばからない大人が、 世の中にはあまたいるのではないでしょう か) 。したがって私は、「タイムトラベル」は、 当該単元の学習をまとめたりふりかえったり する場面でこそ用いるべきものだと考えます。 そうすれば、既習内容を活用しながら「タイ ムトラベル」を「読む」(=描かれている事 項を解釈しながら・意味を理解しながら分析 的に見ること)ができるはずです。 4 「タイムトラベル⑥ 16世紀のようす」 の 絵解きをしよう(1∼2時間)の流れ 1 「タイムトラベル⑥ 16世紀のようす」に 描かれている人・もの・ことについて、これま 図2 付せん紙を添付した「タイムトラベル」 5 おわりに で学習した事項と対応する部分を一人ひとりが けだし「大観」という言葉は、その道に熟 探し、図中の適切な部分に用語や説明を記入し 達した人にして初めて行い得る知的営みのよ た付せん紙を貼りつける。 例「刀狩りに来た役人と思われる人々と、それ に対して、おもしろくなさそうな表情でやりと うに思います。それを、生徒と教師が限られ た条件(=授業)の中で行うわけですから、 りをかわす僧侶たち。この僧侶たちは、おそら その難しさは相当なもののはずです。 く武装した僧兵たちだろう。 」 ( 「タイムトラベ 大観とは「細かい所にとらわれず、広く全 ル⑥教科書p.89右上付近のようすについて) 体を見渡す(して大局を判断する)こと」 (『新 2 1で行った作業を元に、一人ひとりが200 明解国語辞典』第六版)とあります。この定 字以内(教師が準備した専用の原稿用紙)で「タ イムトラベル⑥」に描かれている人・もの・こ とについて「絵解き」用の台本を執筆する。そ の際、これまで学んできた歴史上の用語、説明 のための言葉(概念)を必ず盛り込む。 3 5∼6人のグループごとに、一人ひとりが 「絵解き」をグループの仲間に対して行う。そ の際、各グループに1枚ずつ用意された、 「タ イムトラベル⑥」を拡大したポスターを用いて 義に従えば、教師には授業を構想する段階で、 「広く全体を見渡す」ために必要でない「細 かい所」をそぎ落とす作業=生徒に習得させ るべき歴史的事項・概念を明確化する教材研 究が、授業の正否を決めるものとして迫って きます。異なる表現をするならば、「この時 代の特色を説明するために必須となる歴史的 事項・概念は何か」ということについて、教 「絵解き」を行う。聴き手は、自分の「絵解き」 師自身が扱おうとする時代についての歴史観 には含まれていなかった仲間の気づきを、別の を確かにしておく必要がある、ということで 色の付せん紙に記入して、自分の「タイムトラ ベル⑥」図中に追加添付する。 4 「戦乱から全国統一へ」単元の学習をふり かえって、わかったことや新たに抱いた疑問を、 学習カードに記入する。 す。歴史観を確かにする、ということは、教 師自身が日常を歴史的に(歴史的思考を働か せて)生きることを要求します。歴史の授業 は、本当にしんどいものです、生徒にも教師 にも。 17 公 民 弁護士と学ぶ 「対立と合意」 「効率と公正」 授業研究 1 ─「グラウンド割りの決め方」 を教材として─ 湘南白百合学園中学・高等学校 熊本秀子 全員に配布する資料は、トラックやテニスコー はじめに トの配置(3面分のポールの穴で示されている) がわかるグラウンドの図面と、各部の事情─部員 学習指導要領公民的分野に新しく盛り込まれた 数・男女比・試合などでの実績(例:サッカー部 2内容 (1) 「イ現代社会をとらえる見方や考え方」 =今年の夏の大会で市大会を突破し県大会に出場 1 は、「法教育」 の領域でいうところの、 「法的な することができたが、県大会では1回戦敗退)の ものの見方を身につける」学習にかかわるもので 一覧表である(図1)。各部にだけ渡される資料 ある。 として、それぞれの部活でグラウンド上のどこの 筆者は、平成19年からの日本弁護士連合会主催 2 場所をどのような練習方法で使いたいかが記され 高校生模擬裁判選手権 への参加をとおしてこの ているシートがある。グラウンド割りの条件は、 「法教育」の有意義さに触れ、選抜メンバーのみ 各部が毎日一部分でもグラウンドを使用する、と でなく一般の生徒にもこれを学ばせたいと考えて いうことである。 きたが、平成24年度に中学3年生社会科を担当す る機会を得たので、横浜弁護士会法教育委員会の 「出前授業」のプログラム3 を利用し、この新し い単元の授業を実践した。 2 使用教材「グラウンド割りの決め方」 「対立と合意」 「効率と公正」を学ぶ教材は、各 社の教科書にも例示されている。今回は本校の出 前授業を担当してくれた弁護士が、帝国書院HP 所収の法教育の教材4作成に携わっていることか らこの教材を選んだ。 この「グラウンド割りの決め方」という教材は、 ある中学校で、サッカー・テニス・野球・陸上の 18 図1 全員に配布する資料より 4つの部活動が週5日の練習をするにあたり、限 この話し合いで、各部が少しでも自分の部の要 られた面積・設備のグラウンドをどのように折り 求を通したいということによる「対立」が生じる 合いをつけて分け合って使うか、ということを考 が、話し合いをさせて、各部が納得する週5日間 えさせるものである。課題は「あなたは、各部活 のグラウンドの使い方のプランを決める、つまり 動の部長として、なるべく多くのグラウンドの割 「合意」に至らせる、という課題である。その際 りあてを受けるためにどうするか」というもので の話し合いの「基準」として、「効率」と「公正」 ある。 という考え方を用いさせるのである。 授業研究 公 民 グラウンドの図面は図1のように縦4コマ×横 し合いのなかから自然とこのような考え方が出て 4コマ、計16コマに区切られており、各部は週5 くるかを待ち、最後にこれらの概念を紹介する。 日分、計80コマを分け合う、ということになる。 第3:「考えること」に重点をおく HP上のオリジナル教材には、教員向けのアド 生徒が各部の代表(本校は女子校であるので部 バイスや、ダウンロードしてすぐ使用できるワー 長ではなく部長の指令を受けたマネージャーとし クシート類や工作キットも掲載されている。この た)として自分の部活が要求する5日間のグラウ 教材を選定した理由は、このような「使い勝手の ンド割り案を練ったり、4つの部が集まっての話 よさ」のほか、題材がグラウンド割りで日頃同じ し合いに十分な時間をとったりすることにし、練 ような問題を抱えている生徒にとっては身近であ 習時間の取れない4時間目の発表のプレゼンテー り、しかし4つの部活はいずれも本校にはなく、 ションの巧拙は問わないこととする。 「適度な距離感」をもって冷静に議論できること である(女子に馴染みのない各種目のルールや練 習メニューなどはオリジナル教材に解説を加え 各時のようす 1時間目 ─この単元と「法教育」のかかわり・ た)。 3 4 これが生まれてきた社会的背景や学ぶ意義につい 本校での指導計画と工夫 てまず説明した。「法教育の目的は、刑事裁判の ことや法律を勉強することだけでなく、これから この単元の指導案の概略は、4時間目に使用す 21世紀に生きる人々にとって大事な新しいものの るワークシートA(帝国書院HP本誌掲載ページ。 見方・考え方を勉強するものだ。それはグローバ 後述ワークシートBも同様)を参照していただき ル化する現代社会において、異なる習慣・価値観 たい。 弁護士には、 3時間目の4つの部でのグルー をもった多様な人と暮らしたり経済活動を行って プごとの話し合いと、4時間目の各グループの発 いったりする時に必要なものの考え方で、お互い 表時に「出前授業」を依頼した。2人の弁護士が の違いを認め合い、受け入れていくこと(共生)、 来校(オブザーバーとしてもう1人)し、1人が さらに受け入れるだけでなく、自分の主張もしっ 2クラスずつ担当した。 かりするということだ。大切で必要だから教科書 筆者が実施にあたり重点をおいたことや工夫し に載るようになったのだ。」と力説した。弁護士 たことは次の3点である。 が来校することについては、「弁護士はいつもも 第1:この考え方を学ぶ「意義」を知る めごとを抱えた人のお世話をしているので、それ この授業では、この課題のグラウンド割りが上 ぞれの立場にたって『対立』をどう解決するかと 手にできたらよしとするのではなく、それをとお いうことに慣れている。法的な考え方の専門家で して、よりよい物事の考え方を身につけるという もあり、また法教育という分野を初期から学校の ことが目標である。その前提としてなぜそのよう 先生たちとつくりあげてきたので、今回アドバイ な、「現代社会をとらえる見方・考え方」という スに来てもらうのだ」と説明した。 新しい思考が必要とされるのかという社会的背景、 グループ分けは、1つの部代表は1∼3人とし、 なぜわざわざ弁護士まで招いて授業をするほど大 4つの部で1グループを編成し、1クラスでA∼ 切なのか、という学習する「意義」をしっかり理 Fの6グループを編成した。 解させることで、学習の意欲を高める。 第2: 「効率と公正」の概念は最後に提示 2時間目 ─導入部で前時の復習をする際に、実 社会での多様な価値観から起こる「対立」の例と 教科書では「対立と合意」 「効率と公正」の概 して、授業当時、直近に起こったアルジェリアの 念を最初に説明して、そのうえで、具体的な例を 日本企業人質事件を取り上げ、あくまでも人命尊 話し合う、という構成になっているが、生徒の話 重を願う日本政府と、強硬な作戦をとった方が犠 19 牲が少なくてすむと考える現地政府との考え方の は1日位、少ない面積でも。」などと譲り合って 違いなどを生徒と議論した。このようにどちらの しまうシーンも散見されたので、「今日はいい人 価値観・考え方をとるか、正しいかとは一概には にならないで、しっかり自分の部の事情を説明し、 いえず「対立」が起こるが、どのように意見をす 部の代表として要求を貫いて。」とアドバイスを り合わせて「合意」決定にいたるかが大切で、そ していくことが重要である。各グループともひ のことを今回の授業の身近な教材で学んでいこう、 じょうに活発に意見を戦わせて、驚くほどであっ と導くことがポイントである。 た。各グループは「合意」にいたった5日間のグ 続いて各部の要求する5日間の練習メニューと ラウンド割り案を発表用の模造紙のワークシート グラウンド割りを考える活動に入り、ワークシー に各部の色別シールで表し、またどうしてそう考 ト上のグラウンド図に各部の工作用色別シールを えたかという理由を文で書き込んでいった。 貼り、そう考えた理由を記入させた(図2) 。 4時間目 ─各グループの案を順に発表させた。 ワークシートAに記入しながら、発表を聞いたグ ループによって、週80コマを4つの部で均等に分 けたもの、実績によってコマ数に差をつけたり、 面積に多少の差が出ても各部が重要と考える練習 メニューがとりいれられるグラウンド割りを必ず 週1回は入れてあげることを優先に考えたところ など、考え方の基準はさまざまなものが出てきた。 弁護士はそれぞれの案についてコメントを述べ てから、最後に「対立と合意」「効率と公正」に ついての説明をした(図3)。「合意」にいたる基 準のうちの「効率」とはムダがないことで、今回 の例だと、グラウンドに余りが出るような分け方 をしないことや、各部あたりのコマ数を平等にし ようとするあまり、50人を超える部員がいるのに 1コマしか割り当てられない日はかえって練習が できずムダが生じるともいえる。「公正」には「機 会の公正さ」(例:決める時にはすべての部の代 表が出席しているところで決める)と「結果の公 正さ」(例:部員の人数の多い順に使用面積を決 図2 赤:ある陸上部の考えたグラウンド割り 3時間目 ─弁護士の紹介のあと、まず前半はグ ループ内で、各部で考えた希望グラウンド割り案 をほかの部に説明させた。続いて、 弁護士から 「グ ループ内で、グラウンド割りをする『基準・理由』 を決めてから、グループとしての5日間の案をつ くるようにと説明を受けた。弁護士と教師は各グ ループを巡ってようすを観察、質問に答えたり、 アドバイスをした。後半の段階の話し合いの冒頭、 予想通り「対立」どころか、 「いいよ、うちの部 20 図3 4時間目・弁護士による各グループの講評 授業研究 公 民 図4 4時間目に生徒が記入したワークシートAより める)などがあるという内容である。生徒は自分 これは、なるべく他者とのいさかいをしないこと たちが苦労して話し合った内容がそれらの概念に を尊び、自分の意見や主張を抑え込んでしまいが 結びつけられていったため、スムーズに理解でき ちな日本人の特質をよく表していると感じた。し たようであった。本時では前述のワークシートA かし今後グローバル化の進むなか、地球市民とし を使用した。 て生きていく子どもたちには、自分の意見をもつ 5時間目 ─教員による授業0.5時間をとり、ま ことの大切さを知り、それを論理的に相手に納得 とめのワークシートBに記入しながらこの単元で させたり、相手の主張もしっかり聞き取りつつ合 学んだ概念とその事例をふりかえった。また、ク 意形成に至る力量を育ててやらなければならない。 ラスごとに出たさまざまな意見を4クラスで共有 これからのこういった分野のさらなる授業研究 し、それぞれの案が「効率と公正」のどの基準で の必要性を感じているところである。 考えられたものかを確認した。 評価 ─2・3時間目のグループワークの参加態 度、ワークシートAへの記載の的確さ、定期テス トにおけるこの学習で学んだ概念の確認により 行った。感想はこの授業に楽しさや意義を見出し たものが多く、自己評価はいずれも高かった。 5 まとめにかえて 生徒の感想のなかに、 「弁護士の先生が『対立』 することは悪いことではない、とおっしゃったの にびっくりした」というものがいくつもあったが、 注 1 「法律専門家でない一般の人々が、法や司法制度、こ れらの基礎になっている価値を理解し、法的なものの考え 方を身に付けるための教育」(法務省法教育研究会2004年 11月4日報告書) 2 法教育の一環としての企画で、2013年度は関東・関西・ 四国・中部北陸の4か所で開催。 3 この他裁判傍聴・模擬裁判もある。全国の弁護士会に も同様の組織が多くあり、検察庁でも同様の活動をしてい る。 4 帝国書院HP 中学校の先生のページ 特集「法教育教 材集」参照のこと。http://www.teikokushoin.co.jp/teacher/ junior/ko_exp/index.html 21 ほりさげ授業研究 歴史 コミュニケーション力の育成と言語活動 ―授業実践の現場から 山口県公立中学校教諭 1 言語活動を充実させるために必要な 授業の高機能化 (1)現行の学習指導要領が求めている るには、考えた成果に対する手ごたえが必要 である。この成果とは、新たな知識の獲得に ほかならない。仮に答えのない課題について 言語活動 考えを巡らせその結果として「正解」が得ら 現行の学習指導要領総則には言語活動に関 れなかったとしても、よりベターな答えをつ して次のような記述がある。 くりあげるうえで必要な何がしかの知識を獲 各教科等の指導に当たっては、生徒の思考 得していくはずである。知識と考えることの 力、判断力、表現力等をはぐくむ観点から、 関係は次のように整理することができる。 基礎的・基本的な知識及び技能の活用を図る 学習活動を重視するとともに、言語に対する 関心や理解を深め、言語に関する能力の育成 既有の知識や情報 → 思考・判断 → 新たな 知識の獲得 を図る上で必要な言語環境を整え、生徒の言 つまり、知識と考えることとの間には、単 語活動を充実すること。 に知識を自分の中に取り入れるだけではなく、 「第4 指導計画の作成等に当たって配慮すべき事項 2(1)」 それをもとに考えることによって一般化され まず、社会科歴史的分野において言語活動 た知識や法則性を獲得していくという関係が の充実に向けた授業改善を図る際に確認して 成り立つということである。知識は教師の説 おきたいのは、言語活動はあくまで「生徒の 明により注入されるものだけではなく、生徒 思考力、判断力、表現力等をはぐくむ」ため 自らによってつくり出していくものであると に行われるものであるということである。こ とらえられているのである。 のことは、評価の観点にも反映されている。 ここで重要なのが教師の果たす役割である。 つまり「思考・判断」「技能・表現」が「思考・ 生徒が既有の知識や、与えられた情報をもと 判断・表現」 「技能」と変更されたのは、単 に何がしかの思索を巡らせたり、よりよい解 に表現の技法を評価対象とするのではなく、 決策を選択するための判断を下したりする状 生徒が考え判断した結果を他者が理解できる 況を生み出すためには、問いが必要となる。 ように表現できているかどうかを評価対象と 総合的な学習の時間においてはこの問いを生 すべきであるというメッセージが込められて 徒自身が発見することに重きがおかれるが、 いる。 社会科も含めて教科の授業においては時間的 (2)知識→思考・判断→新しい知識の獲得 22 自身が思考力などの諸能力が伸びたと実感す な制約もあり、多くの場合教師が発問という また、上記の総則では知識を「活用」し思 かたちで問いを準備することになる。つまり、 考力等を伸ばすことが求められている。生徒 教師が発問という働きかけを行うことによっ ほりさげ授業研究 歴史 て生徒が知識を獲得することと考えることが び教職員定数の標準に関する法律」を下回る 結びつくということである(図1)。 学級規模を実現させているところが多い。そ 教師の働きかけ 時間の確保 教師の働きかけ 発問 教師の働きかけ 説明 れでも1クラスあたりの生徒数の全国平均は 32.8人(平成21年度)である。一つのクラス には独立した思考を営む生徒が30人以上在籍 しているのである。先ほどの、発問によって 思考 判断 知識の 獲得 知識の獲得と思考・判断を結びつけるという 働きかけは、教師から個々の生徒に対して行 われるものである。確かに、発問によって刺 図1 知識の獲得と思考・判断の関係 激を受け、自分ひとりで一生懸命考え、それ 発問によって教室内の個々の生徒が、既有 まで思いつかなかった考えに至るという生徒 の知識や与えられた情報を用いて何がしかの もいるかもしれないが、それはかなり優秀な 答えを求めて考え始める。当然教師は生徒が 生徒である。多くの生徒は、ほかの生徒に自 考えを巡らせる時間を保障しなければならな 分の考えを伝えなければならないという状況 い。場合によっては、生徒が考えをまとめる におかれて初めて一生懸命自分の考えをまと ことを手助けするためのワークシートを準備 めようとするし、またほかの生徒の考えに刺 する必要がある。こういった配慮によって一 激を受けて自分では思いつかなかった新たな 人ひとりの生徒が考えを巡らせている教室は 視点や考え方を身につけていくのである。こ 静まり返っているはずである。あらかじめ教 こまで、生徒が獲得し伸ばしていくものとし 師が生徒に対して、自分の考えをノートにま て「知識の獲得」と「思考・判断」という二 とめるよう指示しておけば「思考・判断」の つの要素の関係について説明してきた。しか 結果としての「表現」物が誕生するわけであ し、この二つの要素だけでは、30名からの生 る。授業後にこのノートを回収してあらかじ 徒によって構成される学級で授業を実施する め設定しておいた評価基準に照らし合わせて 意義が説明できない。ここで教師が強く意識 評価すれば、 「思考・判断・表現」の評価が しなければならない第3の要素として登場す 可能となる。つまり、ノートに自分の考えを るのが「かかわる力」である。 表記するという言語活動を通して、「思考・ (4)教師の役割はつなぐこと 判断・表現」を評価することができるという 学校生活は、朝「おはよう」とあいさつを ことである。あとはこのような考えのもとで かわしてから下校時に「さよなら」とあいさ しくまれた言語活動を中心に授業例とその授 つをかわすまで、クラスメート同士、部活動 業の「思考・判断・表現」の評価基準を示せ の仲間、生徒会活動のメンバーなどとのかか ばこの紙面は役割を終えることになる。しか わりの連続である。このかかわりを、教師が し、本当にそれでよいのであろうか。 授業のなかで意図的に生み出すことによって (3)知識の獲得や思考、判断を左右する 知識の獲得や思考力・判断力を効果的に伸ば 「かかわる力」 していくことが可能となる。この場合の教師 近年各都道府県教委が独自の学級編制基準 の役割は大きくとらえれば「つなぐ」という により、 「公立義務教育諸学校の学級編制及 ことになる。具体的には生徒同士をつなぐた 23 めの場の設定やルールづくりが必要となると ある。しかし、実生活のなかでこの行為はと いうことである。情報を補い合うのか、よりよ ても重要で、相手に不快な思いをさせないよ い答えを導き出すために討論するのかによっ うに相手に配慮しながら情報を聞き出すこと て、クラス全体を一つの集団としてとらえる ができれば、自分ひとりで情報を見つけ出す のか、少人数のグループを組織するのかといっ ために費やす時間の数分の一の時間で必要な たグループの規模、同質の意見をもった生徒 情報を得ることができるのである。また、情 を組ませるのか異質な意見をもつ生徒を組ま 報を提供する側になった場合も、相手のおか せるのかといった構成メンバーの特性、固定 れた状況を理解しながら、適切に情報を伝え したメンバーで活動を行わせるのか、必要に るというスキルが必要となるし、何よりも相 応じてメンバーを変える自由度をもたせるの 手の困り感に寄り添う思いやりの心が大切と かといったメンバー構成の自由度といったも なる。学級という閉じた空間の中のクラス のを考慮しながらかかわり合いを生み出すた メートという限定されたメンバーの中でこう めのグループを編成する必要がある(図2) 。 いったものが共有されているであろうか。 「四 六時中一緒にいるのだからそんなのあたりま え」では決してない。例えば英語の授業のな 思考 判断 知識の 獲得 かで、自由に相手を選んで必要な情報を入手 教師の働きかけ グループ編成 かかわ り合う 図2 知識の獲得、思考・判断とかかわり合うことの関係 (5)二つのコミュニケーション力 がある。教室の中で生徒たちは自由に動き 回っているように見えるが、実は混沌とした 状況のなかで、生徒は確実に仲のよい友達や 部活の仲間を選び出しているのである。つま り、重要なのは一緒に空間を共有する時間の それでは生徒同士がかかわり合うことに 長さではなく、教師が何がしかの手だてを講 よって伸ばすべき力とは何であろうか。これ じなければ空間を共有するメンバーのだれと は、先の二つの要素「知識の獲得」「思考・ でも気持ちよくかかわりがもてるようにはな 判断」と大きく関連している。 らないということに教師自身が早く気づくこ ①知識や情報を補い合うための とである。 人間関係コミュニケーション力 このような相手に不快な思いをさせること 私自身ひじょうに苦手なのが、まちで道に なくお互いに必要な知識や情報を補い合うた 迷ったときに知らない人に道を聞くという行 めに必要な力を、人間関係を円滑にするため 為である。また、業務上わからないことが生 に必要なコミュニケーション能力と位置づけ、 じたときにほかの職員や上司に尋ねるという 24 していくという英会話の練習が行われること 「人間関係コミュニケーション力」と呼ぶこ 行為も苦手である。この行為は他人に質問す とにする。 ることによって思考を深めて新しいモノを生 ②課題を解決するための みだしたり発見したりするというたぐいのも 課題解決コミュニケーション力 のではない。単に自分が知らない情報を知っ これに対して、学校生活のなかでは仲間と ている他者から聞き出すというだけのことで のケンカも辞さないかかわり合いもある。かつ ほりさげ授業研究 歴史 て私が勤務した学校は、校内の合唱コンクー と説明したので、プラグマティックなイメー ルがたいへんさかんな学校であった。合唱コ ジをもたれるかもしれない。しかし実はその ンクールの自由曲を決めるための話し合いや 逆で、人間関係コミュニケーション力の基盤 練習方法を決めるための話し合いはたいへん となるものは、一言でいえば人権感覚である。 白熱したことを覚えている。こういった話し合 どのような相手であれ、相手の立場を理解し いのなかで、異なる曲を押すグループ間で、 相手を尊重するという感覚がなければそこに 自ら押す曲の利点を相手の曲との比較のなか 信頼関係は生まれない。信頼できない相手と で説明したり、相手の主張の矛盾を突いたり かかわり合うことはとてもストレスのかかる するような話し合いがなされると、議論がど ことである。当然、生徒はストレスのかかる んどん深まっていく。また、議論が混沌とし 相手との接触は極力避けようとする。繰り返 てきたときに、司会者の生徒が、うまくその論 しになるがこのような信頼関係は時間がたて 点を整理したり、話し合う優先順位を決めた ば自然に生み出されるというものではない。 りすることができると話し合いがスムーズに進 授業という教師の管理下におかれている集団 行していく。このような議論の場は学校生活 において、教師の働きかけは必要不可欠であ のなかでそうそうあるわけではないが、こう る。教師は生徒同士の信頼関係を高め、支え いった話し合いは、比較したり類型化したり 合える風土を授業のなかにつくっていかなけ 一般化したりするといった思考操作の力や、 ればならない。小学校の、とくに低学年のク 論理的に説明する力を高めるのに有効である。 ラスで、特定の「話型」や「聴型」を用いた このような力を、建設的な議論を推し進め課 授業が行われることがある。例えば、発表す 題解決に近づいていくためのコミュニケー る前に「みなさん、聞いてください」 「はい」 、 ション能力と位置づけ、これを「課題解決コ 発表した後に「どうでしょうか」 「いいです」 ミュニケーション力」と呼ぶことにする(図3) 。 といったものである。これは授業の見栄えを わ けい ちょう けい よくするためのものではなく、一定の行動パ 課題解決 コミュニケー ション力 人間関係 コミュニケー ション力 思考 判断 知識の 獲得 ターンを通して、だれであれクラスメートが 発表するときには耳を傾けなければならない という相手を尊重する態度を身につけようと しているのである。このような「話型」や「聴 型」による指導は中学生にはなじまないが、 かかわ り合う 図3 人間関係コミュニケーション力と 課題解決コミュニケーション力 こういった型の背後にある考え方をルール化 して、授業のなかで共有させていくことがもっ と行われてもよいと思う。なぜなら、人間関 係コミュニケーション力が課題解決コミュニ (6) 「かかわる力」 を高めるための教師の役割 ケーション力を下支えするという関係にある ①人間関係コミュニケーション力を高める からである。当然、授業のなかでの道徳教育 ために必要なルールづくり や授業のなかでの生徒指導という側面からも 先ほど人間関係コミュニケーション力を「必 その価値を説明することができるが、これは 要な知識や情報を補い合うために必要な力」 本紙面の趣旨から外れるので割愛する。 25 では、どのようなルールが考えられるだろ ケーション力である。 うか。 課題解決コミュニケーション力をつけるた *授業のなかで人間関係を円滑にするための めには、その前提として、発問によって生徒 ルール 一人ひとりが既有の知識や与えられた情報を ・ 相手の目を見て話しましょう。 もとに、自分なりの考えをもっていなければ ・ 笑顔で話しかけましょう。 ならない。そのうえで教師が準備しなければ ・ 相手の話は最後まで聞きましょう。 ならないのは、課題解決のために仲間と話し ・ 相手の言っていることが聞き取れなかっ 合うためのツールとゴールである。 たら、もう一度説明するようお願いしま ツールとは、KJ法やマトリックス法といっ しょう。 たグループの構成メンバーがお互いの意見を ・ 相手の説明した内容が正しく理解できて いるかどうか、相手に確認してみましょう。 ・ 手助けをしてもらったら素直に感謝の意 を伝えましょう。 なアイデアを生み出していくことを促進する ための手法のことである。 ゴールとは、グループのなかで、複数ある ・ 話し終わったら話を聞いてくれた相手に 感謝の意を伝えましょう。 共有し、その意見を操作し、課題解決に有効 など 意見のなかから最終的に一つの意見を選び出 すのか、または複数の意見を統合して新たな こうやって書きあげると「あたりまえのこと」 意見を生み出すのか、または複数ある意見に のように見えてしまうが、意外と授業のなか 優先順位をつけるのかといった、話し合いの でこれができていないのである。 到達点のことである。 また、こういったことは、早い段階で取り こういったツールやゴールを教師が提示する 組むほど効果が高い。端的にいうと1年の1 ことによって、課題解決に向けてのグループ内 学期が勝負である。こういった意味合いから での話し合いは活性化することになる(図4) 。 『社会科 中学生の歴史』(以下、教科書)「1 章 おもしろ歴史発見!」(p.2)の「歴史人 物カード」を使ったゲーム形式の学習活動は、 課題解決 コミュニケー ション力 単に小学校での学習の成果を歴史学習の導入 人間関係 コミュニケー ション力 思考 判断 に生かすというだけでなく、今後の生徒のか 知識の 獲得 かわり合いの質を高める基盤づくりの場とし て重要な活動ととらえることができる。 ②課題解決コミュニケーション力を高める ために必要なツールの準備とゴール設定 課題解決コミュニケーション力とは、課題 26 教師の手だて ツールの準備 ゴールの提示 かかわ り合う 教師の手だて ルールづくり 解決のために、仲間と知恵を出し合うことに 図4 二つのコミュニケーション力を 育成するための教師の手だて よってひとりで考えるよりもよりよい意見を ここまで、既有の知識や与えられた情報を つくりあげていく力である。言語活動を充実 もとに考えを深めた生徒同士がかかわり合う させることを通して、伸ばしていきたい力を ことによって、知識をより確かなものにした 一つ挙げるとしたらこの課題解決コミュニ り、考える力を高めたりしていくための教師 ほりさげ授業研究 歴史 の役割について説明してきた。次の章では、 この考えにもとづく授業例を紹介する。 2 授業例 (1)単元構成 今回紹介する事例は、教科書「第5部 近 表1 単元構成 時 題材 主眼 1 ︵ 本 時 ︶ 幕府の開国 政策に対す る評価 幕府の開国政策を評価す る活動を通して、開国と その影響について理解す る。 第2次長州 出兵の敗因 幕府が第2次長州出兵に 失敗した要因を分析する ことを通して、 長を中 心とする勢力によって武 士による政治が終わった ことを理解する。 「御一新」の 中身 「御一新」によって変わっ たものと変わらなかった ものを分析することを通 して、新政府主導で中央 集権国家づくりがすすめ られたことを理解する。 狩野芳崖の 生涯 長府藩の絵師であった狩 野芳崖の経歴をたどるこ とを通して、近代化を目 指した富国強兵策が推進 されたことを理解する。 代国家の歩みと国際社会 2章 新しい価値 観のもとで」 (p.144∼155)の第1時にあた 2 る授業である。 本単元は、開国をきっかけとして社会体制 が大きく変革し、新政府主導のもとで独立を 維持しながら短期間に近代国家としての基礎 が築かれていったことを理解させることをね 3 らいとしている。なお、山口県という地域的 特性を生かして題材を選定した(右段表1参 照) 。 (2)黒船来航の衝撃∼幕府の判断は 4 正しかったのか 今回紹介する授業例は、単元構成表のうち 1時目の日本の開国とその影響に関する授業 である(教科書p.144∼145)。 この授業のねらいは幕府の開国政策を自分 なりに評価することを通して、開国とその影 5 「文明開化」前後の人々 の生活を比較することを 「文明開化」 通して、新しいスタイル の前と後 の生活が徐々に全国に広 がっていったことを理解 する。 響について理解させることである。授業の前 が用意されている。一つは幕府が不平等条約 半では「なぜ江戸幕府は不平等な条約を結ん を締結した要因をさぐるためのグループによ だのだろうか」という発問を投げかけ、当時 る分析と、もう一つは幕府の開国政策に対す の国内外の情勢についての理解を深めていく。 る生徒一人ひとりによる評価である。後者の 授業の後半では、前時に学習した欧米諸国の 幕府の政策評価は、授業の評価、とくに観点 進出に対するほかのアジア諸国の対応と比較 別評価の「社会的な思考・判断・表現」とか させながら開国の影響について分析を行う。 かわってくるので後述することとし、ここで 授業の終盤ではこれらの考察をもとに、幕府 はグループによる分析を取りあげる。 の開国政策に対して自分なりに評価させる ①KJ法による分析 (学習の過程は次ページ表2参照)。 「なぜ江戸幕府は不平等な条約を結んだの (3)言語活動∼グループによる分析 だろうか」という発問に対して各自で考える 以下では、言語活動に資する活動に特化し 時間をとる前に、生徒に付箋を配布し、これ て解説していく。 まで学習したことを思い起こしながら可能な この授業のなかでは大きく二つの言語活動 限り多様な意見を書き出すよう指示する。こ 27 表2 学習の過程 学習内容・活動 教師の手だて 予想される生徒の反応 1 日米和親条約、① 本時のめあて 日米修好通商条 「幕府の開国政 約 策を評価しよ 【教科書p.144 う。」 を 提 示 す 本文】 る。単に知識を 獲得するのが授 業の目的ではな く、授業の最後 に自分の意見を 表明するという 見通しをもつこ とができる。 教師の対応 ・幕府が結んだ不平等条約の内容 と、その解消のために50年以上か かったことを説明する。 ・授業中、常に授業の目的が意識 できるように、めあてを板書する。 2 不平等条約締 ② 「 な ぜ 江 戸 幕 〔意見例〕 ・教科書の記述を参考にするだけ 結の要因につい 府は不平等な条 ア 戦っても勝てないと思ったか でなく、これまで学んだ内容も生 ての分析 約を結んだのだ ら。 かしながら、できるだけ多くの理 【教科書p.145③】 ろうか。」 イ 不平等だと思っていなかった 由を考え、付箋に書くよう指示す から。 る。教科書p.145 「④横浜港の貿易」 ウ アメリカと仲良くしたかった 「⑤開港後の物価の上昇」等を参 から。 考にさせる。 エ 幕府中心の世の中を維持する ・3分程度一人で考える時間を確 ため。 保し、机間指導によって、生徒の 考えを把握する。 ③ 「KJ法を用い 〔タイトル例〕 てグループで分 ア 欧米との軍事力や経済力の格 析してみよう。」 差 イ 幕府と諸藩とのパワーバラン ス (グループでの話し合いのルール) ウ 幕府の情報不足 ・すべての意見を生かそう! エ ほかのアジア諸国の事例の影 ・建設的な話し合いを心がけましょう! 響 ・タイトルのつけ方を工夫しましょう! 3 開国の影響に ④ 「 ほ か の ア ジ 〔意見例〕 ついての分析 ア諸国の対応と ア インドと中国は欧米諸国と戦 【教科書p.145⑤、 比較してみよ 争になっているが日本は大きな 本文】 う。」 戦争にならなかった。 イ インドは植民地になってしま 欧米の進出とそれに対するアジア諸国の対応 い、中国は領土の一部を割譲し 戦争 条約 領土 たが日本は領土を守った。 話し合いで ウ 中国も日本も不平等条約を締 日本 していない 守った 締結 結し物価が上昇した。 中国 インド ・欧米の進出に対する対応という 視点から、前時に学習したインド と中国の事例と日本の開国を一覧 表にまとめたものを提示する。そ の際、教科書p.138∼141も参照さ せる。 戦争に負け 領土の割譲 て締結 (香港) インド大反 植民地と − 乱 なった アヘン戦争 4 幕府の開国政 策に対する評価 28 ・3∼4人のグループをつくらせ、 15分で完成させるよう指示する。 ・各自が書いた付箋をグループ内 で整理し、いくつかのまとまりを つくり、それぞれのまとまりにタ イトルをつけるよう指示する。ま た、それらのなかで最大の要因と なったものを選ぶよう指示する。 ・各班2分程度で作成したポス ターをもとに発表させる。 ⑤ 「 江 戸 幕 府 の 〔正しかった、とする例〕 開国政策を、自 ・重視する点 軍事力の格差 分なりに評価し ・根拠 ほかのアジア諸国に比べ てみよう。」 て被害が少なかった。 〔間違っていた、とする例〕 ・重視する点 幕藩体制の維持 ・根拠 その後の安政の大獄で多 くの人材が失われてしまっ た。 ・ワークシートを活用し、一定の 条件に合わせて「江戸幕府の政策 評価書」を作成する活動に取り組 ませる。 ・幕府の開国政策を評価する立場、 評価しない立場それぞれから数名 の生徒に発表させる。 ほりさげ授業研究 歴史 のときとくに注意したいのは、「教科書や資 料集から答えを探さない」ということである。 まずは、自分が自由に使いこなせるもの(= 自分の頭の中にある知識)を使って自由に発 想してみるようにうながす。そのうえで、不 確かな知識を確かめるために教科書や資料集 を活用するように指示する。生徒一人ひとり で考えるときに発想を広げさせておくことが、 この後のグループ別の話し合いの質にかか わってくるからである。3∼5分程度の時間 で書かせた後に、3∼4人のグループをつく り、KJ法により意見を整理させ、グループ ごとにポスターをつくらせる(図5)。この ポスターづくりのゴールは「最大の要因を一 つ選ぶ」とする。付箋に意見を書かせたのは この作業をスムーズに進めるためである。付 図5 グループで作成したポスター例 箋を整理させるのは大判用紙でもよいが、生 見出しをつけるよう指導していくことが大切 徒の机ぐらいの大きさのホワイトボードがあ である。KJ法は課題解決コミュニケーション れば何度でも修正できるし、授業のたびに大 力を高めるためのツールである。よって、マ 判用紙を準備する必要もないので便利である。 トリックス法などのほかの手法とも組み合わ ②具体的な作業を通して高まる せながら、年間を通して授業のなかで何度も 類型化、一般化、構造化の力 活用する場を設けることが大切である。KJ法 類似した意見が書かれた付箋を集めていく に取り組む最中に最初はだれも思いつかな つかのまとまりをつくり、そのまとまりに見出 かった視点やアイデアが生み出されてくるよ しをつけることによって、類型化や一般化と うになれば、かなり課題解決コミュニケーショ いった思考操作の力を高めることができる。 ン力が高まってきたととらえることができる。 さらには最大の要因を選ぶために、まとまり 各グループでの活動の後、特徴的なグルー 同士の関係を整理していくことによって事象 プに発表させる。これにはクラス全体で、視 の全体像をとらえ構造化する力を高めること 点を共有させ、幕府の開国政策について自分 が期待できる。生徒の学習活動にKJ法を用い なりの評価をするための判断材料を増やして ることに不安を感じるかもしれないが、意外 いくねらいがある。 と生徒は抵抗なく、むしろ楽しんで学習活動 に取り組む。ただし、KJ法を繰り返すうちに、 3 開国政策に対する評価 見出しが「外交」 「政治」 「経済」 「文化」…と 言語活動は「思考力、判断力、表現力等」 いった具合に、パターン化してしまう恐れが を高めるために行われるものである。よって、 あるので、例えば「軍事力の差を悟った幕府」 評価の観点は「社会的な思考・判断・表現」 というように発問に対する答えとなるような となる。ここでは、授業の後半で作成する「江 29 戸幕府の政策評価書」を評価物とした言語活 動の評価について説明する。 (1)江戸幕府の政策評価書 この授業では最終的に、生徒一人ひとりが 幕府の開国政策を評価する。評価にあたって は次のようなルールに従ってワークシート (図6) に自分の考えを記入するよう指示する。 *評価書を書くうえでのルール 江戸幕府の政策評価書 2年○組 氏名○○○○ *評価書を書くうえでのルール ①・・・・・・・・・・・・・ ②・・・・・・・・・・・・・ ③・・・・・・・・・・・・・ ①書き出しは「私は、∼に着目して考えまし た。 」とし、不平等条約締結の要因や開国の 影響について学んだ内容を参考に、自分が判 【評価書】 わたしは、 断するうえでもっとも重要であると考えた点 を示します。 に着目して考えました。 ②次に①で取りあげた点に沿って、自分の判 断の裏づけになるように具体的な事例を挙げ ながら幕府の開国政策について分析してくだ さい。 よって、江戸幕府の開国政策は ③最後に結論を述べてください。「よって、 幕府の開国政策は正しかったと思います。」 か「よって、幕府の開国政策は間違っていた と思います。 」としてください。 を重視するのであれば、「間違っていた」と このワークシートを活用する利点は、この なるであろう。大切なのは、正しかったか間 1枚のシートに「思考・判断・表現」の観点 違っていたかという判断ではなく、自分が判 がすべて含まれている点にある。生徒が、幕 断した理由を、自分が重視すべき点として選 府が不平等条約を締結した背景について考え、 んだ観点に沿って、説明できているかどうか それをもとに幕府の開国政策の評価について という点である。よって評価基準Bの評価規 自分なりに判断し、その結果を表現した成果 準は「自分が取りあげた観点に沿って、具体 物がこのワークシートなのである。 的な事例を挙げながら判断の根拠について説 (2)政策評価書を用いた 30 図6 ワークシート 明できている」となる(図7、8)。 「社会的な思考・判断・表現」の評価 Cの評価規準は「①観点に沿っているが具 幕府の開国政策をどう評価するかについて 体的な事例が示されていない。②観点に沿っ は、評価するうえで何を重視するかによって た根拠が書けていない。③観点を示さないで 変わってくる。例えば、インドや中国の事例 根拠を書いている。④観点は示してあるが、 と比較して、日本が植民地化や半植民地化を 判断の根拠が書けていない。⑤観点も根拠も まぬがれることができたという点を重視すれ 書けていない。」である。 ば「正しかった」ということになるであろう C①の例(図9)は、開国政策によって国 し、不平等条約によって被った損失の大きさ 内経済に生じた変化について、具体的に言及 ほりさげ授業研究 歴史 わたしは、 わたしは、 に着目して考えました。 に着目して考えました。 よって、江戸幕府の開国政策は 図9 C①の例 よって、江戸幕府の開国政策は 図7 「正しかった」という立場の例 わたしは、 に着目して考えました。 わたしは、 に着目して考えました。 よって、江戸幕府の開国政策は 図10 C②の例 このようなワークシートを活用して書く力を よって、江戸幕府の開国政策は 図8 「間違っていた」という立場の例 高めていく意義は大きい。 今回の授業実践のポイントは、人間関係コ ミュニケーション力と課題解決コミュニケー ション力といった育成すべき能力を明確にし できていない。また、C②の例(図10)は、 たうえで、生徒同士がかかわり合う言語活動 開国政策が経済に与えた影響に着目するとし の場を設定した点にある。この二つのコミュ ているにもかかわらず、政治的な混乱につい ニケーション力は、教科を越えて育成するこ ても言及しており、自分が選んだ観点と、理 とが可能である。畢竟コミュニケーション力 由の説明が一致していない。いずれも観点に の育成はどれだけ「場数を踏ませるか」にか 沿った記述ができていないという点がポイン かっている。ぜひ校内研修等を通して、他教 トとなる。 科ともこの二つのコミュニケーション力の共 このような、条件に従って文章を作成する 有を図っていただきたい。 という作業を苦手とする生徒が多いのではな 小学校の「学級の壁」に対して中学校には いかと思う。しかし、これは学力学習状況調 「教科の壁」があるといわれて久しいが、ど 査のB問題で問われている力に通ずるもので の教科にも「言語活動の充実」という共通の あり、国語科だけでなくすべての教科で言語 課題が突きつけられている「今」が、それを 活動を充実させていくという意味においても、 壊す絶好の機会なのかもしれない。 ひっきょう 31 Q &A 歴 史 評価 どう進めるの 学習評価 −授業実践と評価の工夫②− 回答 ● 玉川大学教職サポートルーム客員教授 峯岸 誠 Q 歴史的分野の授業で「思考・判断・表現」はどのように評価すれば よいでしょうか。 歴史的分野の授業は、事実やできごとな なお、この授業では「なぜ、徳川氏は約260年 どの歴史的事象が明らかであるために評価 にわたって全国を支配できたのだろうか」という が「知識・理解」に偏りがちです。それでは、 「思 学習目標を提示します。ここでは、教科書p.96小 考・判断・表現」の観点の評価をどのようにした 項目「江戸時代の幕あけ」の部分で、教科書p.53 らよいでしょうか。 の「源氏と北条氏の系図」とp.97「徳川氏の系図」 帝国書院『社会科 中学生の歴史』 (以下、教科 を比較させ、「徳川氏はなぜ十五代も続いたのか」 書)と国立教育政策研究所の「評価規準の作成、 のように学習課題を具体的な形にする工夫も必要 評価方法等の工夫改善のための参考資料【中学校 です。 社会】 」 (以下、 「参考資料」 )を使って「思考・判 ついで、教科書p.96∼97小項目「江戸幕府のし 断・表現」の評価について考えてみましょう。教 くみ」の本文とp.96の「おもな大名の配置」から 科書の第4部「3章 武士による支配の完成」の 次のようなことを読み取らせます。 「1 幕藩体制の始まり」 (教科書p.96∼97)を例 ① 大名には3つの種類がある。 にします。 ② 石高の大きな大名は江戸から遠隔地に多い。 この章の目標は「江戸幕府の成立と大名統制、 ③ 外様大名は江戸から遠隔地に配置されている。 鎖国政策、身分制度の確立及び農村の様子、鎖国 ④ 親藩・譜代大名も江戸から遠隔地に配置され 下の対外関係などを通して、江戸幕府の政治の特 ている。 色を考えさせ、幕府と藩による支配が確立したこ ⑤ 主要都市や鉱山は幕府が直接支配している。 とを理解させる。 」であり、 「思考・判断・表現」 ⑥ 幕府は貨幣発行権や貿易を独占している。 の評価規準は「江戸幕府の成立と大名統制、鎖国 この①∼⑥は「技能」の評価基準ともなります。 政策、身分制度の確立及び農村の様子、鎖国下の これらが出そろったところで学習目標である 対外関係や江戸幕府の政治の特色について多面 「なぜ、徳川氏は約260年にわたって全国を支配で 的・多角的に考察し、公正に判断して、その過程 きたのだろうか」について、幕府と藩の関係に着 や結果を適切に表現している。 」と「参考資料」 目させて指導します。最初は4人程度の少人数の (p.34、 35)は示しています。これをもとに本時「幕 グループで意見交換をさせましょう。ついで、そ 藩体制の始まり」の評価規準を次のように設定し こで得た知見も参考にさせて自分の考えを記述さ ます。 せましょう。 そこでは、次のような記述が想定されます。 「おもな大名の配置」や「徳川氏の系図」 「武 、 ① 九州のように多くの外様大名のなかにわずか 家諸法度」 、 「鳥取藩の参勤交代」などの資料 に譜代大名が配置されている。これは、幕府の監 から江戸幕府の政治について幕府と藩の関係 視役ではないか。 を多面的・多角的に考察し、公正に判断して、 ② 大きな大名は伊達氏、前田氏、島津氏のよう その過程や結果を適切に表現している。 に外様大名に多く、しかも江戸の遠隔地に配置さ れている。これは幕府を攻撃しないようにしてい 32 るのではないか。 な」とか「江戸からの距離はどうかな」というよ ③ 幕府は、主要都市や鉱山を直接支配したり、 うに考察の視点や判断のよりどころを示すことも 貨幣発行権や貿易を独占したりしている。これに 大切です。 より、財政を確保したのではないか。 授業のまとめは、教科書p.97の小項目「大名や これらの記述は、前半で考察と判断の根拠を示 朝廷の統制」本文と「武家諸法度」を用いて、幕 し、後半で考察の結果を表現しています。自分の 府が大名と朝廷を制度的にどのように支配したか 考えを記述させるときに、 「考察や判断の根拠を をまとめさせましょう。最後に大名統制の一つの 示す」、 「結果を自分の言葉で記述する」などの指 手段であった「鳥取藩の参勤交代」を用いて、 「な 示が必要です。また、考察や判断をさせる場合に ぜ、徳川氏は約260年にわたって全国を支配でき は、「おもな大名の配置」や「徳川氏の系図」の たのだろうか」という課題への考えを記述させま ように具体的な資料を与える必要があります。そ しょう。 して、資料を読み取らせ、資料を活用させ、考察・ このように記述させることにより、教師が「思 判断させ、自分の言葉で表現させるという段階を 考・判断・表現」の評価を行うことが可能になり 踏んだ指導が必要です。また、その指導にあたっ ます。この場合、ワークシートではなく、ノート ては「譜代大名は将軍家とどんな関係だったのか を活用する工夫も大切です。 Q 観点別評価の4つの観点の相互関係はどのようになっているのですか。 現在の目標に準拠した評価(いわゆる絶 活動を構成する4つの側面であり、能力である。」 対評価)は平成元(1989)年改訂の学習指 これと「参考資料」に示されている定義を考え 導要領に対応した評価として導入されました。こ 合わせると次の図のようになります。 のとき、観点の最初に「関心・意欲・態度」 、そ れまでは初めに置かれていた「知識・理解」が最 思考・判断・表現 後に示され、 「新しい学力観」とも呼ばれました。 また、知識偏重の学習指導への警鐘であるなどの 評論もみられました。 関心・意欲・態度 知識・理解 ところで社会科の観点は 「社会的事象への関心・ 意欲・態度」 、 「社会的な思考・判断・表現」 、 「資 技能 料活用の技能」 、 「社会的事象についての知識・理 解」です。各々の定義は「参考資料」のp.4、5 導入 展開 まとめ に示されています。 この観点の相互の関係はどのようになっている この図でわかるように観点の配置は、学習のプ のでしょうか。平成元(1989)年改訂の学習指導 ロセスを示しています。つまり、導入が「関心・ 要領に対応した評価について文部省(当時)に設 意欲・態度」、学習の中心である展開が「思考・ 置された協力者会議の主査の奥田真丈氏は次のよ 判断・表現」、「技能」、まとめが「知識・理解」 うに述べています。 になります。 「『関心・意欲・態度』は学習の入口であり、そ この関係を踏まえると指導・評価計画や本時の れに支えられながら調べたり、探したりするのに 学習指導案のなかで観点をどのように配置すれば 必要な学習能力が『思考・判断』であり、その成 よいかが理解できるでしょう。つまり、毎時間4 果として身につけるのが『技能』であり『知識・ つの観点で評価するのではなく、学習のプロセス 理解』である。つまり、評価の4つの観点は学習 に応じて観点を絞りこむ必要があります。 33 FOCUS N ! ∼いざ、現場へ∼ 宮大工として生きる 宮大工とは、国宝や重要文化財になっている古い建物の修復、寺社の建築を手 がける専門的な技術をもった大工のことです。伝統的な建築物の屋根や柱、梁な どには高度な技術が必要とされ、文化財保存のために必要な技術として、国から 「選定保存技術」に指定されています。 京都で社寺、茶室等の設計・施工を行う株式会社山中工務店にお勤めの宮大工、 二宮照和さん(62)にお話をうかがいました。 宮大工 二宮 照和 さん ■宮大工になったきっかけ 大工のなかにはお寺や神社しか建てんという人も 小さい頃からものをつくるのが好きやったんで おるけど、いつも仕事があるわけではない。僕は、 すが、中学生のとき家にきた薬屋さんが私のつ 仕事が舞い込んできたからには断らずにやってき くった木の作品を見て、 「ようできとるなぁ。大 ました。今まで一回も途中でやめたことはないか 工になったらえんちゃうか」って、大工のとこに らね。逃げグセがついたらあかんと思ってね。や 作品持って行って紹介してくれたんです。父親か り始めたらどんな仕事でも責任もってやり遂げて らも、大工になれば白い飯が食えるとか二桁のか きました。それが僕の誇りですよ。仕事が完成し け算ができればなんとかなるとか言われたことも たときの達成感は何物にもかえがたいですね。 あって、大工になろうかと思いました。昔の大工 ■宮大工の技術 は今より地位が高かったんですね。こうした出会 宮大工の技術のなかでもっとも大切なのは、楔、 いがなければ、親父のあとを継いで生まれ育った 梃子の技やと思います。楔とは、釘などを使わず 愛媛で漁師になっていたでしょうね。中学卒業後 に木と木を組み合わせてつなぎ合わせる技術です。 は工務店に就職して、宮大工としての修業を始め 木と木を離すことも、引っ張ることもできる。し ました。自分の腕を磨くため、また、日本各地の めることもできるんです。たとえば、お寺の屋根 神社仏閣を見てみたいと思い、京都へ出てきたん はすごい重量があります。それを支えるのも楔の です。当時は北海道まで行くつもりだったので、 技術です。楔の細さや材質、角度によって重心の まだ旅の途中ですね。 かかり方が変わってきて、耐久性に大きく影響し ■宮大工の仕事 ます。また、桔木という一本の木も重要です。屋 く こ はね ぎ り 今はお寺さんの庫裡(寺 根の重さを何十年と支えるために、梃子の原理を の事務所)の改修をやって 使ってこの桔木をどういうバランスで置くかが大 います。庫裡は本堂とつな 事になってきます。それは絶妙なバランスを経験 がっている場合が多く、外 によって身につけていくわけです。こうした技術 観は本堂の雰囲気を壊さな の習得には、考え方(心)が重要やと思います。 いような造りになっていま す。庫裡を新築する場合も 庫裡の修繕を行う二宮さん このくらいでいいかと妥協すればそこまでで終 わってしまう。絶対にこの仕事をやりきるという ありますが、本堂と同じように修繕をしていけば、 持続力、粘り、意志の強さが大事です。 何百年も使えます。木が腐った箇所を取り替えた 新しいことをするのは怖いから勇気がいります り、歪んだ躯体(骨組み)を正したり、また、現 ね。床の間をつくるときは、1本何十万∼何百万 代人の生活スタイルに合わせてリフォームしたり ほどする材木もあるから絶対失敗できない。丁稚 する場合があります。自分と弟子の二人で半年 当時、親方が言っていましたが、大工は一発勝負 ちょっとかかると思いますね。これまでは、学校、 で後戻りはしない、だからこそ失敗しないように ログハウス、仮枠(コンクリートを流し込む枠) 、 現場での作業よりもどうしよう、こうしようと頭 茶室、公民館、お宮、お寺、建て売り住宅、蔵、 を使って考えていることが多いと。そのくらい、 納骨堂…いろいろなものを手がけてきました。宮 やり直しのきかない世界です。腕のいい人は楔を く たい 34 て くさび でっち 打つにしろ、たまかけ(木を持ち上げる)にしろ、 一発で成功させます。常に緊張感をもってるから ですわ。宮大工の世界では、 「釘抜きを使うよう な仕事をするな」といわれます。後戻りをするよ うな仕事は最初からするなという意味ですね。と はいっても、修業中の段階で、失敗しないという のは無理です。親方から怒られて学ぶこともある 六 角 堂 の 建 築 し、何より、教えられる前に自分で技を盗み取っ ていくことが大事です。宮大工の仕事に教科書は ありません。口から口へ、手から手へ伝えられて いくものなんです。 ■宮大工の生きざま 気持ちのもちようによっては、道を歩いていて も勉強になります。建物を見ながらその技を盗ん でいくんですよ。僕はメモをとったり写真に収め たりすることはほとんどありません。写真があっ 反 り 屋 根 の 建 築 たら安心してしまって、意地でも覚えようという 続く次世代に残る仕事ができるところです。 気にならないでしょ。集中して見て、覚えて、自 ■人を育てること 分の引き出しをいっぱいつくります。また、僕は 最近は20代の若い人や外国の方も修業に来るこ 遊び心を大事にしてます。吹き抜けってあります とが増えています。宮大工の技術は難しいから修 ね。あれをもったいないから必要ないととるか、 業の段階でいやになって辞める人も多いですが、 必要ととるかは大きな違いです。もし心と財産の ちょっと辛抱してやりぬいて、お寺を守るために 余裕があったら僕は必要だと思うね。風が通って も、若い子には宮大工になってほしいと思います 気持ちいいでしょ。檜皮葺の屋根も、腐るのにな ね。弟子は12、3人育ててきました。大切な子ど んで瓦じゃなくてわざわざ木でつくるのか聞かれ もを預かった以上、早く一人前にしてやろうと力 たことがあります。あれはね、美しさを尊ぶ、た が入り過ぎ、指導がつい厳しくなってしまうこと だそれだけです。無駄をしろとはいわないけど、 もあります。親方との思い出で一番覚えているの 完璧を追求するばかりではあかんのです。床の間 は、自分が仕事を間違えたときに、罰として3、 や仏間も今は設けない家が増えていますが、日本 4日食事を抜きにされたことですね。あのときは 文化の一つとして大事にしていきたいと僕は思っ 十代の食べ盛りやったししんどかったけど、今考 ています。機能性を追求するばかりでは面白くな えると、師匠のほうもつらかったやろなあ。早く くて、何気なく気持ちが落ち着くところ、伝統を 一人前にするために、憎まれるのを承知でとった 感じられるものを受け継いでいくべきやと思いま 行為だと思います。今の時代、学校の先生も生徒 す。日本の大工としてね。また、古いものも大好 も自分の身のほうがかわいくて、かつての師匠の きやから材料でも技でも大事にしてるけど、それ ように生徒や他人に必死になることがなくなった をそっくりまねするだけでなく、これどうしたら のではないでしょうか。子どもを叱れない、子ど もっとよくなるかなぁといつも考えてます。だっ もも辛抱できず、気に入らなければすぐにやめて て、昔の人たちは技術や材料が足りなくてそこま しまう。あのとき私に憎まれてでも自分自身も苦 でしかできなかったわけでしょう。今やったら材 しみながら職人の心髄というものを叩き込んでく 料も技術もなんぼでも発達してるからもっといい れたからこそ、今の私があるのだと60歳を過ぎた ものができるはずです。昔の人たちができなかっ 今になって感謝しています。子どもたちもいつか ひわだぶき たことを代わりにやってあげる、そんな気持ちで はわかってくれるものです。 取り組んでいます。宮大工の醍醐味は、何百年と ご協力いただきました株式会社山中工務店さん、 どうもありがとうございました。 35 ほりさげニュース トピック 煬帝は暴君か、名君か 隋王朝・煬帝の墓か 揚州で発見、墓誌に記述 (朝日新聞2013/4/16より) ニュース解説 隋は、589年、南北に分裂してい ようだい た中国を統一した。第二代皇帝煬帝は、国都長安(現 在のシーアン)のほかに、東都として洛陽(現在のル オヤン)を造営。また万里の長城を修復・建設し、華 万 里 長 城 北と華南を結ぶ約1500kmのター(大)運河を開削し て中央集権国家の建設を急いだ。607年、推古天皇の とき、聖徳太子は、中国の政治や文化、仏教を取り入 大 運 河 『中学校社会科地図』p.29∼30 れようと小野妹子ら遣隋使を派遣した。『隋書 倭国 伝』によると、 煬帝は遣隋使が携えてきた国書(手紙) かったといわれる。当時の「船曳き歌」には「わが兄 の文中に、対等の国家間で用いる表現や、世界に一人 征けり、遼東へ 飢えて死にけり青山に 今の私は龍 しかいない「天子」という表現を倭王が用いているこ 船(皇帝が乗船する船)曳いて またも困しむ土手の とを不快に思い、心証を害したことが記述されている。 道…(海山記)」と詠まれていることを理解させる。 煬帝は揚州(現在のヤンチョウ)に滞在中、部下に暗 殺され、隋はわずか二代、38年で滅んだ。 がかりになる。ただ、歴史書などは意図をもって記述 授業での活用 新聞記事に学習した人名やことが されているものであり、必ずしもすべてが事実とは限 らが出てくると目を引き、わくわくしながら読んだり らない。そのような見方・考え方から、煬帝の立場に する。また『 、隋書』にある「日出ずる処の天子(王)」 立って行った事業を見直してみると、当時は中国を統 である「多利思比孤」とは誰のことなのかなど、この 一したばかりで、周辺には敵が多かったことと、物資 時代のミステリアスな部分も取り上げ知的好奇心を喚 や兵士を運ぶため、国土の東西と南北を結ぶ交通路の 起したい。さらに、小野妹子ら遣隋使が訪ねて行った 確保が不可欠だった状況が浮かび上がってくる。そこ 煬帝はどのような人物だったのか推測させたい。死後 で煬帝は、国の永久の安楽を得ることを目的に、人民 に贈られる諡(おくりな)は、その人の生前の事業を の困窮を顧みず、西方地域の安定と物資の輸送経路を 評価して贈られる名で、たいていはよい名がつけられ 守る手段として、その北側にある万里の長城を修復・ る。しかし、唐の人々がつけたのは「煬帝」であった。 増築し、さらに、分断され盛んでなかった南北の交流 「煬」とは礼にそむき無視した者、天に逆らい、人民を を活発にし、華南の豊富な農作物等を都に運ぶため華 搾取し、嫌われた者などにつけられる名だとされてい 北と華南を結ぶ手段として運河を建設したと考えるこ る。その一方で南北に分裂していた広大な国土を統一 とができる。船で運ばれた米の貯蓄のおかげで、華北 し、万里の長城や大運河といった現在も地図に残る大 は凶作も水害も恐れる必要がなくなったといわれ、揚 事業を、短期間で行ったリーダーとしての一面がある。 州は長安同様に栄えていたと伝えられる。このように 煬帝が築いたものを土台に、唐は約300年にわたって 史年表1」から隋の時代と当時の日本のようすを大観 繁栄することができた、という見方もできることに気 との交流、中国にならった国家づくりを自分の言葉で と「大運河」を『中学校社会科地図』 (p.29∼30)か まとめる。 ら日本列島と比較させるなどして、その規模を確認さ 参考:宮崎市定著『隋の煬帝』 (中公文庫)2003年、 『週刊 再 現日本史第9号』(講談社)2001年 使し、そこで徴用された二人に一人は帰ってこられな 36 (元全国中学校地理教育研究会会長 宇野 彰人) きるとは期待していなかったが、将来に備え、 をめざし、光太夫を雇う計画も存在した。そこ 商人を同行させて、日本貿易市場の調査をして でロシアはイギリスに先じて、18世紀末にオラ いる。第三は、右から4番目の「通詞」である。 ンダ以外に、日本へ来航する最初の欧米諸国と 通詞とは今日の通訳にあたる。国交のなかった なった。以後、イギリスやフランスの船舶が日 ロシアでは、すでに実は日本語教育がなされて 本近海に出現する。 いた。1739年には、漂流した薩摩人ゴンザとソ 幕府はどう対応したのだろうか。幕府は、漂 ウザの協力により、世界初の露日辞典ができて 流民を受け取り、ロシアからの国書と贈り物は 本絵図は、寛政4(1792)年に日本人漂流民 いた。その実力はともかく、一行にロシア人の 受理しなかったが、まだ交渉の余地があるとい 大黒屋光太夫らを送還する目的で来航したロシ 日本語通訳が同行していることは、ロシアが長 う含みをもたせて長崎への入港許可証(信牌) ア使節アダム=ラクスマンらの根室滞在中のよ い間、日本に関心をもっていた証である。さら を与えている。この時期、松平定信による寛政 うすを描いている。同じ構図の絵図が複数現代 に第四に、左から3番目の人物、ロシア人の衣 の改革の最中であった。幕府は、日本の海防が に伝来しており、写真のない時代に記録として 服を身につけているが、黒髪で、この使節で日 不十分なこともよく認識しており、まずは「国 流布していた一点である。光太夫らは、天明2 本に送還されてきた船頭幸(光)太夫がいる。 書のやりとりはせず、外交交渉があれば長崎で 年年末(1783年1月)伊勢(三重県)を出発し ロシアが使節を派遣したのにはラッコ皮が関 受けつけることにしている」という「国法」を たが、海難に遭い、アリューシャン列島に流れ、 係する。もともとロシアは、中露国境キャフタ つくり上げて、それを口実にいったん帰国させ ロシア人に助けられ、1791年にロシアの首都サ で中国と貿易を行い、主要なロシアからの輸出 ている。のちに「鎖国」と認識される日本の外 ンクトペテルブルクに到着した。寛政4年9月 品はシベリア産などのラッコ皮であった。しか 交体制は、この時に初めて理論化されたのであ に来航したラクスマンらは、根室で越冬、翌年 し、1776∼79年の有名なイギリス人探検家クッ る。幕府内部でも北方の脅威やアイヌ支配をめ 6月松前へ行き、幕府と交渉した。 クによる世界航海で、アラスカ産ラッコ皮が中 ぐり、蝦夷地(北海道)政策は意見が割れ、そ この絵は、左端の奥書から松前藩士下国矢門 国広東では高値で取引されることがわかり、イ れも一因となり、日露交渉の直後に定信は解任 が所持していた絵の写しであることがわかる。 ギリス・アメリカなどの商人が、相次いでアラ されている。そして文化元(1804)年、長崎に 一行は全員ロシアの毛皮などを用いた冬服を着 スカを目指すようになった。おりしも中露貿易 来航するレザノフはこの信牌を持参し、国交が ており、見た目は誰であるか区別できないが、 は1785年から中断していた。シベリアのラッコ 成立すると大いに期待していた。しかし、国交 人物の説明から次の4人に注目してみよう。第 捕獲が減少するなかで、世界的に毛皮貿易の主 開始を拒否されたことから、報復として文化 一の人物は画面右端のラクスマンである。彼は、 導権争いが激化したため、ロシアでは商人たち 3・4年には蝦夷地で日露紛争が勃発し、日本 この派遣の立案者キリール=ラクスマンの息子 が会社をつくり、1783年以降アラスカに拠点を 側は軍事的敗北を重ねた。 で、老父に代わって、この使節を率い、同時に 設けた。しかし、アラスカはロシア首都から遠 この絵は、18世紀末のロシアの日本接近が、 博物学者として、来航時にさまざまな記録を残 かった。そこで、中国南部と日本が、ラッコ皮 世界の貿易構造における変化のなかで必然の結 している。第二に、右から2番目にいる「商 などの貿易市場と、アラスカ経営の補給地とし 果であったことを教えてくれる。 人」である。ロシア側は日本とすぐに貿易がで て注目された。イギリスも同様に、中国と日本 史料にみる 歴 史 ラクスマン来航の世界史的背景と 江戸幕府 −『光太夫と露人蝦夷ネモロ滞居之図』− (『社会科 中学生の歴史』p.125掲載) 早稲田大学図書館所蔵 (長崎大学准教授 木村直樹) ① ● ● ③ ② ● ● ④ (表紙写真提供:菅公学生服株式会社 2013年8月撮影、写真①∼④:帝国書院 2012年8月撮影) 表紙写真解説 社会科がぎっしりつまった街、倉敷 帝国書院 東京営業室 横山 雅世史 学生服、美観地区、水島コンビナート、野球好きなら 楽天・星野監督の出身地…倉敷にはさまざまな顔があり、 あたりにすることができる。写真の右下には、古くから の港町・下津井も見える。倉敷は今も昔も四国への玄関 口、それがまざまざと感じられる場所である。 今度は倉敷の都心部に足を運んでみよう。人気スポッ その多面性は県都・政令市の岡山をしのぐといっても過 ト・美観地区は、かつて天領(幕府の直轄地)だった頃 に物流の要衝として栄えた。白壁の蔵屋敷が並ぶ町並は、 言ではない。「社会科」の観点から見ても、実に興味が 尽きない都市である。 往時の繁栄を偲ぶことができる(写真③) 。 「倉敷」とい う地名は、この町並に由来するという説が有力だそうで 元来この地で栄えたのは綿花栽培で、真田紐に加工し て、由加山や琴平へ向かう参拝客に土産物として販売さ ある。近接する倉紡記念館では、日本の富国強兵・殖産 興業の一翼を担ったクラボウの歴史を肌で感じられる。 れていた。しかし明治以降、真田紐の需要が減少。綿花 と加工の技術を生かせるものとして、また世間の洋装化 倉敷駅北口前は、さながら1980年代以降の日本経済の 縮図である。長年あったクラボウの工場は、生産拠点の の流れを受けて、学生服の製造が隆盛した。各メーカー の工場が集積する市南部の児島地区では、全国の約7割 海外移転の波を受けて閉鎖。跡地につくられたのが、バ ブル期から構想のあったテーマパーク「チボリ公園」で の学生服が生産されている(表紙写真)。かつては四国 や九州からの出稼ぎが多かったが、現在は外国人労働者 ある。しかし、平成不況のなかで来客数が伸び悩み2009 年に閉鎖、瀟洒な時計台のみが寂しく取り残された。跡 の雇用も増えた。また、ペットボトルを再利用した学生 服の製造など、新たな試みも行われている。 地は大型ショッピングモールになったが、この背景には、 中心市街地の衰退による土地の空洞化と、まちづくり3 学生服で培った厚手の生地の加工技術を生かした、ジ ーンズの生産も盛んだ。近年では、「国産ジーンズ発祥 の地」を全面に押し出し、ジーンズの歴史や生産工程な どを展示したジーンズミュージアム(写真④)の建設や、 ジーンズストリートの整備など、観光客誘致にも力を入 れている。 同じ児島地区にある名勝・鷲羽山は瀬戸大橋を臨む絶 景ポイントである(写真①)。天気のよい日には、壮大 な橋梁群が瀬戸内の島々を伝って延びていくさまをまの 法改正による郊外への大型店の出店規制が見てとれる (写真②) 。 以上のように倉敷という街は、観光地としての魅力も さることながら、社会科の学習においても大きな示唆を 与えてくれる。ぜひ一度、訪れてみてはいかがだろうか。