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ワラジムシの歩行に及ぼす重力の影響

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ワラジムシの歩行に及ぼす重力の影響
ワラジムシの歩行に及ぼす重力の影響
晃華学園高等学校
科学同好会
1
ワラジムシと研究経過について
ワラジムシは、灰色、または褐色をした、甲殻類ワラジムシ科の小虫(下図)である。
世界中に広く分布し、暗く、湿ったところを好む(1)。
生物観察実験ハンドブック(朝倉書店)より引用
1−1
交替性転向反応とは(2)
図 1 のような形の迷路にワラジムシを歩かせると、図 2 のように右または左にその進む
方向を変えた場合、次にまた同じ状況に出会うと、前に右(左)に曲がったものは左(右)
に曲がる傾向を強く示す行動である。また、ワラジムシには、触覚に触れるものがあった
場合、図 4 のようにそれに沿って歩行する正の接触走性という性質があることを、過去の
我々の実験から明らかにしてきた(3)。この性質による蛇行歩行が交替性転向反応を引き起
こしていることも、我々の過去の実験で明らかにしてきた(4)。この反応は、私たちの 14
年間行ってきた研究の、主なテーマの 1 つとなっている。
1
図 1 迷路(1)
図 2 迷路(2)
図 3 基本迷路
図 4 蛇行歩行の図
注:図1のような形の迷路で、図3に示す長さと幅で作ったものを以下、基本迷路という。
1−2
これまでの実験
我々は、14 年間に渡り継続してワラジムシの行動についての研究を行ってきた。それは
前述した「交替性転向反応」に関する実験が主であり、
「触角のはたらき」
、
「利き足の存在」、
(3)
、(5)
、(6)、
(7)、
(8)
など、多岐にわたる。
「好みの色について」
3 年前に行われた実験は、ワラジムシが、どのような「理由」があって交替性転向反応を
起こすのかを探る実験だった。
仮説として
① 迷路は工作用紙で作られており、乾燥した状況からの逃避のため反応を起こしている。
② 基本迷路で歩行実験を行う際、実験室の明るさからの逃避のため反応を起こしている。
2
③ 基本迷路は表面の滑らかな工作用紙だけで作られており、もし壁以外に触角に触れるも
のがあると、反応を示さなくなる。つまり、適当な場所に、触角に触れるものがあると
そこで反応を起こし、交替性転向反応を示さなくなる。
の 3 つを立て、実験を行った。
結果、①、②の仮説については、湿度よりは明るさに反応していることが明らかになっ
た。また、迷路内の表面に粒の大きい土壌を敷いて実験を行った結果、壁以外に触角に触
れるものがあると交替性転向反応を示さないことも判明した。つまり、明るい場所から逃
避しようとすることは明らかとなったが、迷路の表面に、粒の大きな土壌を存在させると、
交替性転向反応を示さなかった。このことから、ワラジムシが交替性転向反応を示すのは、
より効率よく逃避するためのものではないことが示唆された。
一昨年は、
「ワラジムシは正の接触走性を示すのに適切な場所に壁さえあれば、必然的に
交替性転向反応を示す」という仮説を立て、実験を行った。具体的には、ワラジムシが正
の接触走性を満たすための条件(迷路の道幅、迷路直進部分の長さ)を探るというもので
あった。
交替性転向反応はワラジムシが壁に沿って蛇行歩行するために起こることを我々は 14 年
前につきとめた(6)。したがって、直線迷路の一方の壁に沿って蛇行歩行し続けたら、必然
的に交替性転向反応を示すといえる。逆に考えると、直線部分を歩行中、反対側の壁にワ
ラジムシが歩行を移してしまえば、交替性転向反応は示さなくなってしまう。よって、長
さを調べるための実験で必要なのは直線部分のみであるので、図 5 のような直線部分だけ
からなる迷路を作製し、どれくらいの距離、ワラジムシが片側の壁を蛇行歩行し続けるか
を実験した。
結果、壁の直線部分が 63.5cm では、ワラジムシは交替性転向反応を起こす傾向(66%)
にあり、反応を起こさない傾向になる長さは、直線部分が 63.5∼126cm の間にあることが
分かった。しかし、具体的な長さは昨年の実験では特定できなかった。なお、長さを 63.5cm、
126cm、200cm にしたのは、迷路工作上の関係で、長さそのものには意味がない。
図5
3
昨年は、
「ワラジムシは触角からの情報だけでなく、脚からの情報も頼りにして交替性転向
」という仮説を立て、次のような実験を行った。(卒業した先輩が、大
反応を示している。
学でワラジムシの電子顕微鏡写真を撮影したところ、脚部に物理的な刺激を受け取るセン
サーがあることを見つけ出した。)(写真 5,6)
床と壁に工作用紙、又はコルクボード(コルクボードを用いることで刺激量が多くなると
考えた)を用いた、以下の配置の迷路 1∼4(写真 1∼4)内で、ワラジムシを歩行させ、交
替性転向反応を示すか否かを観察し、記録した。
また、実験の際ワラジムシが交替性転向反応を示しやすい条件、すなわちカーテンを閉め、
電気を消した暗い条件の下で、実験を行った。
迷路1
床:工作用紙
壁:工作用紙
迷路2
床:工作用紙
壁:コルクボード
迷路3
床:コルクボード
壁:工作用紙
迷路4
床:コルクボード
壁:コルクボード
なお、迷路1は、過去に行っていた歩行実験の基本迷路と同様の材質で、これは他の迷
路と比較するための対照実験として用いた。
写真1:迷路1
写真2:迷路2
4
写真3:迷路3
写真4:迷路4
この結果、床からの刺激と、壁からの刺激のどちらか一方が強い場合、交替性転向反応
は示されにくく、また、滑らかな工作用紙よりも凸凹のあるコルクボードの方が、ワラジ
ムシの受け取る刺激情報が多く、交替性転向反応が示されにくいということがわかった。
「交替性転向反応は、触角からの刺激情報だけでなく、脚からの刺激情報も頼りにして示
される。そして、どちらか一方でも刺激が強すぎると交替性転向反応は示されにくくなる。
」
ということが示唆された。
5
2.2007 年度の実験
研究の動機
これまで我々は、ワラジムシが水平に設置した様々な材質の基本迷路において交替性転
向反応を示すか否かを調べてきた。昨年度までの実験で、ワラジムシは触角からの情報だ
けではなく、脚からの情報(写真 5,6 参照)も頼りにして交替性転向反応を示しており、ま
た歩行させる迷路の床と壁で材質をコルクと紙にわけた場合、交替性転向反応を示しにく
くなった。このことから、どちらか一方の刺激が強すぎると交替性転向反応は示されにく
くなるということがわかった。
そこで、ワラジムシは、自然に近い状態にするため迷路に傾斜をつけ、脚にかかる重力
を変えることにより、触角からの情報と脚からの情報のバランスを変えた場合、迷路が水
平のときと同様に交替性転向反応を示すのか疑問に思った。
我々は、昨年までの考察を基に新たな実験を行うことにした。実験は「ワラジムシが歩
行する際、触角と脚において頼りにする情報のバランスがどちらか一方に偏ったとき交替
性転向反応を示すかどうか」を明確にするというものである。
写真 5:脚のセンサー
写真 6:脚のセンサー(尾部)
仮説
傾斜をつけると触角からの情報と脚からの情報のバランスが崩れ、交替性転向反応を示
しにくくなる。
6
実験
傾きが異なる迷路において、ワラジムシが交替性転向反応を示すか否かを観察した。
実験に用いたもの
・ワラジムシ 10 個体
・コルクボードを使用した迷路(寸法は基本迷路と同様)
・傾きをつけるための譜面台
写真 7:実験前にシャーレの中で
写真 8:実験に用いた基本迷路
落ち着かせているワラジムシ
実験方法
昨年度と同様のコルクで作った迷路を傾斜 20°と 90°、上下左右の四方向に傾け、その
結果を傾斜 0°のコルクで作った迷路と傾斜 0°の紙で作った迷路と合わせた 4 パターンで
比較した。
尚、実験装置の都合により傾斜 20°という値を選んだだけで、特別な理由はない。
写真 9:傾斜 20°右向きの入り口
写真 10:傾斜 20°左向きの入り口
7
写真 11:傾斜 20°上向きの入り口
写真 12:傾斜 20°下向きの入り口
写真 13:傾斜 90°右向きの入り口
写真 14:傾斜 90°左向きの入り口
写真 15;傾斜 90°上向きの入り口
写真 16:傾斜 90°下向きの入り口
迷路のスタート地点に楕円形の壁を設け、ワラジムシが歩行を始める際、楕円形の壁に
沿って歩行し、落ち着いてから迷路に入るようにして、交替性転向反応を示すか否かを観
察し、記録した。
また、より正確なデータをとるため、初めの直線部分で反対側の壁に移ってしまったワ
ラジムシには、再度スタート地点から歩行させた。
各角度、入り口の向きの差において、ワラジムシ 10 個体を各 5 回歩行させ、計 50 回の
歩行実験を行った。また、傾斜 0°の結果は昨年のデータを用いた。
8
結果・考察
表1:傾斜 0°,20°,90°の実験結果
交替性転向反応を
交替性転向反応を
交替性転向反応を
示した個体数
示さなかった個体数
示した割合
傾斜 0°
15
10
60%
傾斜 20°
85
103
45.2%
傾斜 90°
137
58
70.3%
(表の数字は総計を示し、内訳は表 2,3 参照)
※統計処理は、すべて「比率差の検定」を用いて行った。
傾斜 0°と 20°では有意な差(P>0.05)は認められなかったものの、全て傾斜 0°の方が
交替性転向反応を強く示している。
(表 1) これは、傾斜 0°では触角からの情報と脚か
らの情報にバランスがとれていたが、傾斜 20°では、わずかな傾斜をつけたことによって、
傾斜 0°のときより脚にかかる重力がわずかに大きくなり、その結果、触角からの情報と脚
からの情報の量のバランスがくずれ、混乱した個体が現れたためだと考えられる。
一方、傾斜 0°と 90°では有意な差(P>0.05)は認められなかったものの、傾斜 90°の方
が交替性転向反応を強く示している。(表 1) 傾斜 90°で交替性転向反応を強く示したの
は、急な斜面を歩き、脚への負担が大きくなるので、脚からの情報をより強く受け、混乱
が生じにくいからだと考えられる。傾斜 90°の方が、傾斜 0°よりも交替性転向反応を強
く示したのは、傾斜 0°では脚と触角の両方からの刺激を受けて進むため、傾斜 90°の場
合よりは交替性転向反応の示し方が弱くなったのだと考えられる。つまり、ワラジムシが
歩行をする際、触角もしくは脚部からの情報が極端に強い場合に、交替性転向反応をより
強く示すと考えられる。
表 2:傾斜 20°
交替性転向反応を
交替性転向反応を
交替性転向反応を
示した個体数
示さなかった個体数
示した割合
右向きの入り口
22
28
44%
左向きの入り口
23
22
51.1%
上向きの入り口
17
28
37.8%
下向きの入り口
23
25
47.9%
9
表 3:傾斜 90°
交替性転向反応を
交替性転向反応を
交替性転向反応を
示した個体数
示さなかった個体数
示した割合
右向きの入り口
38
7
84.4%
左向きの入り口
33
17
66%
上向きの入り口
27
23
54%
下向きの入り口
39
11
78%
傾斜 20°では入り口が左右、上下において比較を行ったが有意な差(P>0.05)がみられな
かった。
(表 2) それに対して、傾斜 90°では両方の比較とも有意な差(P<0.05)が見
られた。
(表 3) 傾斜 20°では情報の混乱により、左右、上下の差はなくなったと考えら
れる。傾斜 90°で、入り口の左右において差が見られたのは不明であるが、下向きの入り
口では交替性転向反応を示し、上向きの入り口では示さないという上下の差が見られた。
これには平成 17 年度の実験(この実験では、直線部分だけからなる迷路を作製し、どれく
らいの距離をワラジムシが片側の壁を蛇行歩行し続けるかを実験した。その結果、直線部
分の距離が長すぎると交替性転向反応を示しにくくなり、その距離は 63.5cm∼126cm の間
にあることが分かった。)が関係していると考えられる。今回のように傾斜を付けた迷路で
重力に逆らって進む場合、脚に負担がかかり、体感距離が長くなるのではないかと考えた。
そのため交替性転向反応を示しにくくなる距離より短い距離で交替性転向反応を示すこと
ができる限界に達して、交替性転向反応を示す確率は低くなると考えた。
表 4:傾斜 0°(紙、コルク),傾斜 90°(コルク)
交替性転向反応を
交替性転向反応を
交替性転向反応を
示した個体数
示さなかった個体数
示した割合
傾斜 0°(紙)
23
2
92%
傾斜 0°(コルク)
15
10
60%
傾斜 90°(コルク)
137
58
70.3%
(傾斜 90°のデータは総計を示し、内訳は表 3 参照)
傾斜 0°(紙)と傾斜 0°(コルク)を比較すると、傾斜 0°(紙)の方が傾斜 0°(コルク)よ
りも交替性転向反応を示す確率が高くなっている。これは、傾斜 0°(紙)の場合は触角だけ
に頼って混乱が起きないと考えられるのに対し、傾斜 0°(コルク)の場合は触角と脚からの
両方の情報があることにより混乱するためだと考えられる。
また、傾斜 0°(コルク)と傾斜 90°(コルク)を比較すると、傾斜 90°(コルク)の方が、
傾斜 0°(コルク)よりも交替性転向反応を示す確率が高くなっている。
これは、
傾斜 90°(コ
10
ルク)の場合は重力がワラジムシの脚に対して、特定方向に非常に大きくかかるので、脚か
らの情報のみに頼って混乱が起きないと考えられるのに対し、傾斜 0°(コルク)は先にも述
べたとおり触角と脚からの両方の情報があることにより混乱するためだと考えられる。
これらのことから、触角と脚の 2 つの情報が混在している状況よりもどちらか一方の情
報のみに頼っている状況の方が交替性転向反応を示しやすいということが示唆された。
まとめ
基本迷路に角度をつけることで、ワラジムシの脚(14 本)各々にかかる重力に差をつけ、
脚からの情報と触角からの情報のバランスが、水平の場合と比べ偏った状況においた場合
に、水平に基本迷路をおいた場合と同様に、交替性転向反応を示すか否かについて調べた。
次の事が示された。
・基本迷路(コルク)に 20°の傾斜を付けた場合は、傾斜を付けなかった基本迷路(コルク)
の時に比べて交替性転向反応を示しにくくなる。これは、触角からの情報と脚からの情報
のバランスがくずれ、混乱をおこすためだと考えられる。一方で、基本迷路(コルク)に 90°
の傾斜を付けた場合には、傾斜を付けなかった基本迷路(コルク)の時に比べて、交替性転
向反応を示しやすくなる。これは、壁を登る際に脚に大きな負担(縦方向の重力)がかか
り情報が脚に頼りがちになるために混乱が生じないためだと考えられる。
・90°の傾斜を付けた場合の「上向きの入り口」と「下向きの入り口」を比較すると、交
替性転向反応を示した割合は、
上向きの入り口では 54%、
下向きの入り口では 78%となり、
有意な差(P<0.05)がみられた。これは、上向きの入り口の場合、ワラジムシの歩行にとっ
て、あまりに困難な状況下におかれたために、体感距離が実際の距離より長くなり、
(交替
性転向反応を示しにくくなる距離より短い距離でも)交替性転向反応を示しにくくなった
のだと考えられる。
・触角からの情報と脚からの情報のバランスの詳しい関係については、基本迷路につける
角度をさらに細かく変えていくことで明らかになるだろうと考える。今後、さらに実験を
継続して明らかにしていきたいと思う。
最後になってしまったが、我々の実験に協力してくれたワラジムシ達に感謝すると同時
に、ワラジムシに、彼らの大好きなニンジンを沢山食べてもらい、その後自然に帰したい
と思う。
11
*引用文献・参考文献
(1) 山 田 卓 三 ・ 今 堀 宏 三 ・ 山 極
隆:生物観察実験ハンドブック
朝倉書店(1988)
(2)岩田清二・渡辺宗孝:ダンゴムシにおける交替性転向反応
The Annual of
Animal Phychology, 6, 75-81(1956)
(3)東京都科学振興委員会読売新聞社主催
第40回 日本学生科学賞 優秀賞 (平成8年) 受賞作品
(4)工学院大学主催
第11回 全国高等学校 理科・科学クラブ研究論文 応募作品
(5)東京都科学振興委員会読売新聞社主催
第45回 日本学生科学賞 優秀賞 (平成13年) 受賞作品
(6)東京都科学振興委員会読売新聞社主催
第46回 日本学生科学賞 奨励賞
(平成14年) 受賞作品
(7)神奈川大学主催
第4回 全国高校生 理科・科学論文大賞 努力賞(平成15年) 受賞作品
(8)工学院大学主催
第4回 全国高等学校 理科・科学クラブ研究論文 努力賞 受賞作品
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