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小型無人飛行機を活用した災害時無線中継システムの研究 - ITU-AJ

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小型無人飛行機を活用した災害時無線中継システムの研究 - ITU-AJ
スポットライト
小型無人飛行機を活用した災害時無線中継システムの研究開発
∼災害時に孤立地域を上空からつなぐ∼
独立行政法人情報通信研究機構
ワイヤレスネットワーク研究所 ディペンダブルワイヤレス研究室 室長
1.はじめに
み うら
りゅう
三浦 龍
災害時を対象とした“無線中継システム”の開発は、これま
東日本大震災では、道路等の破壊によるだけでなく、通
信設備の破壊や停電により数多くの情報通信孤立地域が発
で、国内はもとより世界でもまだほとんど例がありませんで
した。
生し、現地の被災状況が把握できずに救援活動が遅れる、
現地の住民の安否確認や不足物資の要求ができないなどの
2.無線中継システムの概要
事態が発生しました。内閣府の調査によると、ピーク時には
合計1万人以上が孤立していたと言われています。このよう
NICTでは、世界最先端の米国製UAS(図1)を導入し、
な問題に対し、携帯電話移動基地局の拡充や衛星通信設備
これに搭載する無線中継装置と地上に設置して用いる簡易
の配備などの対策が強化されていますが、交通網がマヒして
型の地上局装置とで構成される、小型UASを活用した“無
しまうと、これらの車両自身も通行できず、迅速な展開が困
線中継システム”を開発しました(図2)
。
難となる状況も発生します。こうした課題を少しでも解決す
るため、NICTでは、人による持ち運びができ、滑走路が不
要で、コンピュータ制御による自律飛行が可能な小型の無人
飛行機システム(UAS:Unmanned Aircraft System)によ
る“無線中継システム”を開発しました。このシステムは、
孤立地域を上空から的確に特定し被災状況を把握するとと
もに、そうした場所との通信を迅速に確保することにより、
救援活動の早期の立ち上げや孤立地域での安否確認等に役
立つものと期待されます。
近年、小型UASは上空からの災害監視や映像撮影、環境
センサとしての用途にも関心が高まりつつありますが、特に
図1.小型UASの外観
小型無人飛行機
100V電源接続可
発動発電機
アンテナ高さを
約1.3m∼約4.5mまで
段階的に調整可能
無停電電源
GPS用空中線
Wi-Fiアクセスポイント
アンテナマスト、
三脚
地上局無線機
中継システム端末
孤立地域の被
災者が持つス
マートフォン等
最大開脚
約1.2m
無人飛行機
通信用地上局A
図は耐災害メッシュネットワー
ク可搬型メッシュ基地局(ソー
ラパネル一体型)設置例
災害時の孤立
地域等に設置
耐災害メッシュネットワーク
あるいはインターネットへ
無人飛行機
通信用地上局B
ネットワークの
生存地域に設置
図2.地上局構成
(この他に、UASの制御・モニタを行う地上制御局がある。通信用地上局と同様、三脚で簡単に設置でき、手軽に持ち運べる)
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ITUジャーナル Vol. 44 No. 4(2014, 4)
このシステムは、数百mの高さを持つ仮想的な中継用の電
ゾーンを手軽に形成することができます。通信内容としては、
波塔を建てることに相当し、途中の建物や山などの障害物の
メール交換はもちろんのこと、IP電話や安否確認、電子掲示
影響を受けることなく地上の2地点を無線で結ぶことができ
板など、ふだん我々が使っているインターネット等のアプリ
ます。小型UAS1機で中継するだけでなく、2機同時に飛行
ケーションが利用できます。また解像度は限られますがビデ
させて2機間を上空で中継させることにより、更に遠くの地
オ動画も伝送可能です。地上局は、停電時や近くに商用電
点と結ぶこともできます。開発した飛行機搭載用の無線中継
源がない場合は、小型の発動発電機やバッテリ等の自立電
装置は、一辺が約10㎝のスペースに専用バッテリとともにす
源で運用できます。
っぽりと収まり、重量は約500g弱(バッテリ含む)と非常に
使用したUASは、主翼の長さが2.8m、全長が1.4m、重さ
小型軽量です(図3)
。周波数は2GHz帯、送信出力は2W、
は5.9kg、1回の飛行時間は2∼4時間(気象条件による)で
実効通信速度は最大400kbps程度、通信可能時間は1時間
あり、適当な広さのグラウンドか空き地があれば、人が手投
半程度となっています。地上に設置する二つの地上局はいず
げで発進・離陸させることができます(図4)
。着陸は水平尾
れもLANインタフェースを備えており、一方を無線LANのア
翼を跳ね上げて失速させることにより地面に落下させて回収
クセスポイントとし、もう一方をインターネット回線に接続
します。飛行機自体は防水仕様となっているため、小型の船
することによりUASを介して孤立地域等に無線LAN(Wi-Fi)
から発進させ、海上に着水させて回収することもできます。
機体は胴体と主翼を分解し、専用の袋に入れて人が担いで
通信ペイロード
持ち運ぶことができ、道路が寸断されるなどで車が使えない
場合にも現場の近くへ運び込めます。GPS受信装置や磁気
ジャイロ、加速度センサ、気圧センサ等を備え、搭載された
小型コンピュータと地上に置かれた制御端末とが連携するこ
とにより、地上のオペレータは制御端末から手を放していて
も、あらかじめ決められた経路に沿って自動で飛行を続けま
す。このため、飛行機の運用に特別なスキルは必要なく、数
日の講習と訓練を受ければ誰でも運用することができます。
なお、飛行は電気モータと小型プロペラによるため、上空の
飛行機からの音はほとんど聞こえず、大変静かです。近年、
飛行機タイプ以外にも複数のロータ(プロペラ)を備えたマ
通信ペイロード
(NICT開発)
(重量500g)
通信用地上局(NICT開発)
図3.開発した小型UAS搭載用無線中継装置と通信用地上局
ルチロータと呼ばれる無人機も普及してきており、空中で一
定時間静止することが可能であるため写真撮影や監視用途
フライト
離陸上昇中
手投げ離陸
実証実験期間中、観測された上空の最大風速は23ノット
(スペック上のPumaの耐風速は25ノット)
図4.自律で旋回飛行するUASと手投げ離陸の様子
ITUジャーナル Vol. 44 No. 4(2014, 4)
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スポットライト
などに広がりつつありますが、現状では、飛行時間や飛行距
において合計80回以上にも上るフライトを実施し、条件次第
離などが要求される用途には、飛行機タイプが適しているよ
では対地高度600mの場合で、地上局から飛行機までの通信
うです。
距離として最大20㎞が可能であることを確認しました。これ
は、40㎞も遠方にあり、かつその間に山などの障害物が存在
するよう場所に置いた地上局の周辺に、1機の小型UASを介
3.フライト実証実験
して無線LANのゾーンを提供できることに相当します。もし
2013年3月25、26日に仙台で開催された「耐災害ICT研究
2機による中継ができれば、その距離は50㎞以上にも及ぶこ
シンポジウム及びデモンストレーション」において、初めて
とが期待できます。ただし、この距離は、地上の条件(山
実際に上空(対地高度200∼400m)を旋回飛行する1機あ
林、農地、ビル群など)によって変わってきますので、現在、
るいは2機のUASによる無線中継の公開実証実験を行いまし
その詳細な解析とモデル化を進めています。
た。実験では、一方の地上局を孤立地域に見立てた東北大
学青葉山キャンパスに隣接する造成地に、もう一方の地上局
を技術展示会場である同キャンパス内にそれぞれ設置すると
4.無線中継システムの活用分野
ともに、後者の地上局を同キャンパス内に別途構築した「耐
開発した無線中継システムは、地震、津波、土砂災害等
災害ワイヤレスメッシュネットワーク」に接続しました。耐
で孤立した集落や避難所等との間で、通常2∼3週間かかる
災害ワイヤレスメッシュネットワークは、地上ネットワーク
道路や通信インフラが復旧するまでの間、緊急に通信確保が
の一部が障害を受けたり、インターネットへの接続が失われ
必要な場合、衛星電話などの手段に加えて活用できます。
た状態になっても地域内での通信機能を維持する特定のサー
またその他、飛行機に小型のカメラを搭載することによる上
バが不要な分散型のネットワークシステムであり、本無線中
空からの被災状況や孤立状況などの各種映像取得とそのリ
継システムと連携することで、大規模災害時での孤立地域と
アルタイムの無線伝送に応用可能です。電波が届かないくら
の間の安否情報や災害情報などのやり取りがUASを介して可
い離れてしまっても、別のもう1機を飛行させて中継させるこ
能であることを実証しました(図5)
。実験の準備段階を含
とにより、電波の送信電力を増やすことなく映像中継するこ
め、合計5日間にわたり延べ25回以上(フライト時間で計12
とができます。その他にも、山間部等でのクマやイノシシ等
時間以上)のフライトを行いましたが、比較的強い季節風が
の動物の追跡、線量計を搭載した飛行機を低高度で飛行さ
吹く状況のときも含めて、その優れた飛行安定性を確認する
せることによる広域にわたる放射線計測、火山灰や有毒ガス
ことができました。
等により人や有人の航空機が近づけない環境での火山監視、
また、同年6月下旬、7月下旬、11月下旬にも、北海道
(大樹町多目的航空公園)や仙台(東北大学キャンパス内)
UASを経由してWi‐Fi
がつながり、安否発
信やメール・電話が
できる
小型
UAS
更には上空からの農作物の生育状況の観測、火災の観測、
大規模イベント会場での警備や海上での国境警備への活用
UASの出動により子
供の安否が確認さ
れる
ネットワークのリン
ク状況がリアルタイ
ムで表示される
スマホ等
地上局‐A
地上局‐B
Wi‐Fiゾーン
耐災害ワイヤレスメッシュ
ネットワーク
孤立集落、避難所など
子供が取り残される
ネットワーク
生存地域(役場等) メッシュ局
図5.
「小型UAS無線中継システム」と「耐災害ワイヤレスメッシュネットワーク」を連携させた災害時シナリオでの安否確認実験
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ITUジャーナル Vol. 44 No. 4(2014, 4)
など、今後様々な応用が期待されています。
す。こうした中、2011年の福島第一原子力発電所の事故の
際、高濃度放射線で人が近寄れず現場の状況把握が困難な
中、国内の小型民間UASが上空からの被害状況を撮影した
5.自治体や防災関連機関等への普及に向けて
り、米軍の大型UASがいち早く上空に飛来して放射線濃度
将来は、本システムを各自治体の防災関連機関等が拠点
や被害状況に関するデータを収集して沖合の米軍艦船に送
ごとに常備することで、大規模災害時の迅速な通信確保や
っていたことにより、ようやく少しずつそのポテンシャルが認
災害監視・環境監視への応用が期待されています。UAS単
知されるようになってきました。
独での運用に加えて、防災ヘリ等と連携した展開を行うこと
国産のUASもたくさんある中、今回あえて豊富な実績と安
により、パイロットの負担軽減やコスト削減につながる可能
定運用を重視して米国製を導入することにしましたが、これ
性があります。また、これに加えて、NICTでは、前述した従
を軍用として輸入したのでは今後のユーザ並びに応用分野が
来のネットワークでは実現できていない「耐災害ワイヤレス
極めて限定されることになります。このため、民生用として
メッシュネットワーク」の技術により、災害に強いICT街づ
輸入すべく米国メーカ側からも米国政府に働きかけてもらう
くりに向けた提案活動も行っています。これをUASによる無
とともに、国内関係諸官署に足を運びました。また国内での
線中継システムと組み合わせることにより、近い将来起きる
飛行運用に当たり、今回は小型であることから「模型航空
ことが予想されている南海トラフや首都圏直下を震源とする
機」の扱いで運用することで航空当局と調整しました。その
ような大規模地震に備える国土強靭化にもつながるものと考
他、実際に飛行させる場所が空港に近かったり、他の航空
えています。今後NICTでは、より多くのUASを同時に飛行
機が飛行する可能性もあるため、そのエリアを管轄する諸官
させることによる通信距離・通信範囲の拡大や通信速度の
署とも調整し、ノータム(航空情報)を発出する手続をとる
高速化、UAS同士や地上の無線システムとの間の電波の共
とともに、実験用の無線局免許についても電波当局その他の
存と共用、さらに利用分野の拡大などの課題に取り組んでい
関係各機関と調整を行いました。さらには、飛行させる場所
きます。特に、世界無線通信会議(WRC-12)において、
の所有者(東北大学等)や自治体の許可をもらったり、絶
5030-5061MHzが新たにUASの制御用リンク(CNPC:
滅危惧種の野鳥の産卵・営巣時期と実験時期が重なるため、
Control and Non-Payload Communication Link)を含む航
野鳥の専門家の意見を聞きつつ営巣場所を避けてフライトエ
空移動業務に使用できることが合意されたことで、この周波
リアを設定したりと、これまで経験のなかった実験の実現に
数帯を有効利用し、限られた無線資源でUASの信頼性を向
向けた様々な手続を行いました。また万一の事故を防ぐため
上させるための技術開発を進めています。
の安全性の確保にも配慮しました。
我々は飛行機そのものに関してはいわば素人ですが、こう
した経験を一つ一つ重ねることで、UASの運用ノウハウを蓄
6.おわりに
積し、認知度を高め、災害対策への貢献と市場の開拓につ
UASは、欧米では軍事用を中心にかなりの数が生産・運
なげていけると考えています。最後にこうした準備の過程で
用されていますが、我が国においては、まだ認知度も低く、
御理解と御協力いただいた関係官署並びに各方面の方々に
最近ようやく映像撮影用等で使われるようになってきたもの
深く感謝申し上げるとともに、今後も連携と協力をお願いい
の、まだ安全面や法的な扱いに関する課題も多いのが現状で
たします。
(2014年1月24日 第328回ITU-R研究会より)
ITUジャーナル Vol. 44 No. 4(2014, 4)
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