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太陽系惑星の不思議な気象 - 宇宙惑星科学講座
2009年度夏学期・全学自由研究ゼミナール・「地球物理入門・いま何がおもしろいのか?」 太陽系惑星の不思議な気象 高木征弘 ([email protected]‐tokyo.ac.jp) 理学系研究科・地球惑星科学専攻 太陽系の惑星・衛星 • ほとんどすべての惑星に大気が存在 – 水星は大気なし。冥王星は? – タイタン(土星の衛星)にも濃密な大気 惑星大気のパラメータ 地表面気圧 (atm) 組成 平均分子量 定圧比熱 (103 J/kg K) アルベド (反射能) 有効放射 温度 (K) 金星 92 CO2 44 1.2 0.78 224 地球 1 N2, O2 29 1.0 0.30 255 火星 0.006 (*) CO2 44 0.8 0.16 216 木星 H2, He 2.2 11 0.73 124 (**) 土星 H2, He 2.1 11 0.70 95 (**) 天王星 H2, He, CH4 2.3 10 0.82 59 (**) 海王星 H2, He 2.4 10 0.65 59 (**) N2, Ar, CH4 28 1 0.20 86 タイタン 1.5 (*) 季節変動が大きい (**) 内部熱源を含む実際の有効放射温度 (Ingersoll, 1990) 松田 (2000) を改変 惑星全体のエネルギー収支 a: 惑星半径 A: アルベド (反射能) F: 太陽光の放射フラックス σ: ステファン・ボルツマン定数 太陽から入射するエネルギー 宇宙空間に射出するエネルギー このバランスで決まる温度を「有効放射温度」という。 金星 可視光で観測した金星 (MESSENGER 2008, NASA/Johns Hopkins Univ.) 紫外光で観測した金星 (Galileo 1990, NASA/JPL) 金星の基本パラメータ 金星 地球 赤道半径 6052 km 6378 km 重力加速度 8.90 m/s2 9.80 m/s2 公転周期 224日 365日 自転周期 –243日 1日 1太陽日 117日 1日 太陽放射量 2617 W/m2 1370 W/m2 アルベド 0.78 0.30 有効放射温度 224 K 255 K 大気組成 CO2, N2 N2, O2 地表気圧 92 bar 1 bar 大気の鉛直構造(温度分布) 高度 (km) 144 W/m2 硫酸の雲層 (全球をカバー) 太陽光吸収 地表面温度 730 K 17 W/m2 温度 (K) 温室効果 松田 (2000) 予想された金星大気大循環 夜昼間対流の模式図 昼側で暖められた 空気が上昇 太陽と金星を結ぶ軸に 対して軸対称な循環 夜側で冷やされた 空気が下降 観測された東西風分布 • • • 1.8 m/s • 地表からほぼ線型に増大 – 自転を追い越す流れ – 雲層上端で 100 m/s – 自転速度の約60倍 全球的に分布 – 剛体回転(等角速度)に近い – 中高緯度ジェットも存在 時間変動 – ジェットの強度・位置 – 夜昼間対流の出現(上層) – 詳細は不明 雲層より上では風速減少 – 減速メカニズムも必要 金星の気象 • 下層大気と地表面の高温 – 膨大な量の CO2 による温室効果で定性的には説 明可能 (Matsuda and Matsuno 1978; Pollack et al. 1980) • 自転を追い越す平均東西流 – 「大気スーパーローテーション」という。 – 何らかの維持メカニズムがなければ、地表面摩 擦と粘性の効果で止まる(地表面に対して静止す る)はず。 – 気象力学分野における大きな未解決問題。 火星 ダスト・デビル (1) Mars Exploration Rover Spirit (NASA/JPL/Texas A&M) ダスト・デビル (2) MGS/MOC (NASA/JPL/Malin Space Science Systems) 流水地形 Echus Chasma in 3-D (ESA/DLR/Fu Berlin) 氷湖 Water ice in crater at Martian north pole (ESA/DLR/FU Berlin) 火星の気象 • 極域に極冠が存在(CO2 と水の凝結物) – 季節により消長 → 火星の大気量も季節変化 – 乾燥・寒冷な気候 • 惑星規模のダストストーム – 大気中にダストが存在し、小砂嵐は常に存在 – 数年に一度、惑星規模の大砂嵐に発展 • 流水地形の存在 – 過去には豊富な水・温暖な気候? – 温室効果ガス (CO2, H2O) 木星 NASA/JPL/Univ. of Arizona 大赤斑 Voyager 2 の撮影した大赤斑 (NASA/JPL) 木星・土星の内部構造 気体層の厚さは 1000 km 程度 松田 (2000) 木星の気象 • 帯状(縞状)構造 – 白い部分 (帯, zone) は低温・高気圧 – 赤茶色の部分 (縞, belt) は高温・低気圧 – 高速の平均東西流 (>100 m/s) に対応 • 渦(大赤斑・白斑)の存在 – 大赤斑は帯中に存在する巨大な高気圧 • 東西 26200 km, 南北 13800 km の楕円形 – 300年以上に渡り存在 (Cassini, 1664) – 維持メカニズムは未解明 浅い現象 v.s. 深い現象 • 地面がないので現象の範囲が不明確 – 帯状構造や大赤斑の及ぶ深さ • 上層の浅い大気の範囲に限られる (Williams, 1978) • 木星内部の深い層に及んでいる (Busse, 1970) • Galileo 探査機の観測 – 24 気圧まで観測 – 表面の風速は24気圧程度まで及んでいる – 深い現象と考えた方がよい? 回転球面上の2次元乱流 • 2次元流体 – 鉛直方向の構造を考えない 仮想的な流体。 – 「エンストロフィー」と呼ばれる 量が保存し、運動エネルギー は小さな渦から大きな渦に 移っていく。 • エネルギーのアップワードカ スケードという。 • 3次元乱流の場合はエンスト ロフィーが保存せず、エネル ギーはダウンワードカスケー ドする。 • 小さな渦が合体し、大きな 渦 (帯状構造) が作られる。 Williams (1978) 深い対流とテイラー柱 • テイラー・プラウドマン の定理 – 回転効果により、ある条 件の下では回転軸方向 の運動が一様になる。 – 「テイラー柱」という。 • 木星内部の対流はテイ ラー柱で表現される。 – 表面には帯状構造と平 均東西流が形成される。 Busse (1970) 土星 東西風速の分布 Ingersoll et al. (1984) 土星の気象 • 木星同様の帯状構造 – バンド数は木星より少ない。 • 東西風速分布 – 赤道域にスーパーローテーション (> 500 m/s) • 木星より4倍程度高速。 • 太陽から受けるエネルギーは木星より小さい。 – バンド構造と東西風速分布の対応は木星ほどよ くない。 系外惑星 HD 80606b, NASA/JPL-Caltech/UCSC ハビタブル • 生命の存在可能な環境 – 過去の火星 – 系外惑星にも候補 – 生命の存在を可能にする条件は何か? • アストロ・バイオロジー – 宇宙における生命の起源と分布、進化、未来 – 「金星の雲層に生息する細菌」など – 詳しくは杉田さんの講義で 惑星気象学 • 地球の気象学を惑星大気に応用 – 現在の地球の気候とかけ離れた条件(=惑星大 気)では、正しい結果(現実的な解)が得られない。 – 「気象学」の限界に挑戦する学問分野。 – 惑星気象の統一的理解=比較惑星気象学 • 多くの境界領域を含む – 気象学 – 雲・放射過程 – 惑星形成・大気進化 – 地上観測・惑星探査 – 宇宙生物学 金星スーパーローテーションの理論 • 夜昼間対流に着目した説 – Moving flame メカニズム – Thompson メカニズム • 波による運動量輸送に着目した説 – 熱潮汐波メカニズム • 子午面循環に着目した説 – Gierasch メカニズム Moving flame (動く炎)メカニズム 傾いた対流による運動量輸送 Thompson メカニズム 夜昼間対流が不安定化し、 平均東西流が生成される。 熱源(太陽)は静止していてもよい。 対流の不安定 熱潮汐波メカニズム • 熱潮汐波とは – 太陽加熱によって励起される 重力波 • 東西波数1=一日潮 • 東西波数2=半日潮 太陽光吸収 による加熱 – 金星大気中では雲層による 太陽光吸収で強く励起される。 • 熱潮汐波に伴う運動量 – 励起される領域(雲層)では 位相速度と逆方向(自転の 方向)の平均流が誘導される。 熱潮汐波は位相速度 方向の運動量を伴う Eliassen‐Palm の第1定理 • エネルギーフラックスと運動量フラックス • 金星熱潮汐波の場合 – U < 0, c > 0 → p’w’ と u’w’ は同符号 • 雲層以下の領域 – p’w’ < 0 → u’w’ < 0 → 正の運動量を下向きに輸送 • 雲層以上の領域 – p’w’ > 0 → u’w’ > 0 → 正の運動量を上向きに輸送 – 雲層での運動量収支: dU/dt < 0 Eliassen‐Palm の第2定理 • 運動量フラックスの収束 D: 鉛直変位 J: 局所加熱 • 非加速定理が破れる条件 – ダンピングがある場合 – (局所的な)熱強制がある場合 – 臨界高度 (critical level) がある場合 熱潮汐波による平均流生成(模式図) 散逸 u’w’ > 0 雲層(加熱層) u’w’ = 0 ? 金星の条件: U < 0, c > 0 の場合 自転方向 線型モデルによる熱潮汐波の鉛直伝播の検証 diurnal semidiurnal • 雲層で励起された一日潮・ 半日潮はともに地面付近ま で下方伝播する。 – 地面から 40 km 付近までの 振幅は雲層での太陽加熱に よって決まり、雲層以下での 太陽光吸収の効果は小さい。 Takagi and Matsuda (2005a, 2006a) • 地面加熱の影響も最下層 を除きほとんど無視できる。 • 熱潮汐波の運動量輸送に より、東西方向の運動量が 雲層と地面付近の大気間 で交換される。 熱潮汐波による平均流加速と減速 Takagi and Matsuda (2006a) • 一日潮 – 最下層 (0‐10 km) では平均流を誘導 しない Diurnal tide • 半日潮 – 最下層の低緯度域で自転と逆向き の平均東西流を誘導。 • • Semidiurnal tide 結果的に、金星の自転と逆向き の平均東西流が最下層で作られ る。 この反流に地面摩擦が作用すれ ば、大気スーパーローテーション の生成に必要な正味の各運動 量が金星の固体部分から大気に 供給される。 非線型モデルによる検証 • 簡単化した大気大循環モデル – Hoskins and Simmons (1975) – T21L60 (vertical domain: 0‐120 km) – 静止状態から300地球年数値積分を実行 • 太陽加熱 – Crisp (1986, 1989), Tomasko (1980). – 東西平均成分のみを考慮 – 地表面加熱は無視 • ダンピング – 放射過程はニュートン冷却で簡略化 (VIRA, Seiff et al. 1985) – 最下層のみレーリー摩擦を考慮(地面摩擦を表現) – 鉛直渦粘性は一定 (Ev) Takagi and Matsuda (JGR, 2007) 生成された平均東西流 臨界高度は雲層より上 だけに形成 10 50 ~70 m/s at 63 km 250地球年で得られた平均東西流の緯 度ー高度断面図 250 Earth years 赤道における平均東西流の鉛直分布 65 km 45 km Altitude [km] 下層の平均東西流(反流) 5 km 時間積分の初期に U<0 の平 均流が下層に現れる。 50地球年における平均東西流の緯度ー 高度分布。負の平均東西流の分布は線 型論で得られた半日潮による平均流加 速とよい一致をしめす。 これで解決? • まだまだ問題が残っている。 – 平均子午面循環の問題 – 放射過程 (雲を含む) の問題 – 散逸過程の問題 • 観測がないため「答え合わせ」が困難。 – 久々の金星探査機 Venus Express (ESA) – 日本の金星探査機 PLANET‐C (JAXA) に期待 – アメリカでも金星探査の計画 日本の金星探査計画 http://www.stp.isas.jaxa.jp/venus/ PLANET‐C の概要 • 搭載する観測機器 – – – – – 近赤外カメラ1 (IR1) 近赤外カメラ2 (IR2) 中間赤外カメラ (LIR) 紫外イメージャ (UVI) 雷・大気光カメラ (LAC) • 2010年打ち上げ予定 (H‐IIA ロケット) 大気の3次元運動を観測 今村ほか (遊星人, 2007) PLANET‐C の制作風景 今村ほか (遊星人, 2007) 参考図書 • 松田佳久 (2000): 惑星気象学, 東京大学出版 会 • 清水幹夫編 (1993): 惑星の科学, 朝倉書店 • 木村竜治 (1982): 地球流体力学入門 ー大気 と海洋の流れのしくみー, 東京堂出版 • J. K. Beatty, Ed. (1998): The New Solar System, Cambridge Univ. Press レポート課題 • 木星軌道での太陽光フラックス FJ を求めよ。 – 太陽~地球間の距離: 1.50×108 km – 太陽~木星間の距離: 7.78×108 km – 地球軌道での太陽光フラックス FE: 1370 W/m2 • 有効放射温度と太陽光フラックスの関係式を 使って、木星の内部熱源の大きさを見積もれ。 – 木星のアルベド: 0.73 – 木星の現実の有効放射温度: 124 K – ステファン・ボルツマン定数: 5.67×10‐8 W/m2 K4 • 式だけでなく考え方を丁寧に説明すること。