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WEB詩集 「壁」 (著作1987年 )
WEB詩集 「壁」 (1984 年) 宗 田 光 一 「壁」エピローグ わたしはコレクターとして 著名な作家の作品を所蔵している ところがそれらを眺める部屋もなければ 買い上げる持ち合わせもない それでもこのとおりコレクターであり 私の見ている作品の展示された壁は 多様な空間への入口である 20人のための壁 ピエト・モンドリアン ワリシー・カンジンスキー ルチオ・フォンタナ パウル・クレー マルセル・デュシャン ベン・ニコルソン フランシス・リメラ ポール・カルロス アイ・オウ ヒサオ・ドオモト ヤスカズ・タブチ トシノブ・オノサト シュウサク・アラカワ アリス・プラン ホアン・ミロ ジャン・デュビュッフェ ジュゼッペ・カポグロッシ ラースロ・モホイ・ナジ エミリオ・ヴェドヴァ カジミール・マレービッチ ピエト・モンドリアン 歩きつづけても上がらない階段 川の上流の結露を うばい去っていく流れる雲 はきだされる 00-00 エントロピーをより高い値にするピエト つくりだされる 00-00 太古の自然をコンポジションに 一枚のステーキで 生きている牛を描写する その角その舌その匂い モンドリアン その名は変換のコンセプト カフェの椅子の高さから 頭の後ろの風景を見ている! あなたはかくも純粋であった あなたはそれまでに沈黙を愛した ワリシー・カンジンスキー 懐かしい即興の和音 やすらぎを内蔵させた大地 彼が生まれる前に 自分の父親を殺害し 母親の身体を愛した <やがて母体に回帰をはたし> 羊水の中で白いフォルムの <あたかも酵母が アルコールを合成するように> 見ることのできなかった明るい体内 寸断された生命の即興! 詩人と画家はどこで出会ったのか <培養するカンジンスキー・モルト> これは美酒だ 海鳥の掲示を見たかい 君の指は燃えているように熱い 一人の人が一滴のものに かたちを変えていく 白いフォルムがまた その一滴から きつ立しはじめる <培養するカンジンスキー・モルト> 海鳥の掲示を見たかい! ルチオ・フォンタナ やわらかな肌がツッと切れる かまいたちの音のない震える指 0・1・2・3…… 3+1、4+1、5+1、…… その一瞬の集合からの直感を内包させている イタリアの重い伝統とその空を たちどころに飲み込んでしまう重力場フォンタナ 空間慨念! そんな気のきいたパッションはない これを見る人に生理的な一つの 経験をよみがえらせるだけなのだ かつて 地平の果てが大きな滝であったことを 記憶の遺伝子の中から 呼びもどすのだ 砂の思考の断面が 静かに冷えきっている この臨界をとり崩すのは 記憶の遺伝子の中のものだ パウル・クレー 混乱したあわれな天使 あるいは赤いまなざしの悪魔払い 東邦の旅人がめぐり会った 巨大な石切り場 クレーのカンバスはいつもコトバを求めている マジック・スクウェアの上で 奇妙なマリオネットとともに 世捨て人の住処にやどる記憶の中から かつて灰色だった夜の踊りをおどる 選ばれた場所から場所へ 位相をくりかえすあわれな天使 あるいは赤いまなざしの悪魔払い クレーはいつも恐怖のために 踊りをおどりつづけるマリオネット! チェスを超える 新しい空間の港の見えるチェス 波のない灰色の海岸 月明かりの街はやがて「ドラマ」 ひっそりとした文字 かつて、カンジンスキーへ そして、天なる父へ やがて、面から線のオリアンタルランドへ リルケよりも青く ダダよりも澄み切っている 大いなる石切り場 あるいは赤いまなざしの悪魔払い マルセル・デュシャン 偏屈だが 知性の限界を知りえた者がいる (ゲーデルのように) 一向に進まなかった 衆盲にムチをうったのだから 何か新しいことをしようとしたのだろうか ところが あたかもハープシコードで バッハを弾きなおすように 実に 平凡に少しの理性も失わずに 淡々とやってのけたのだ あえて限られた三次元立体の 少ない可能性の造形に 取り組むことは無かったのだから それは「デュシャン」の括弧の 外の仕事に過ぎないのだから 知性を平面におきかえてみただけで あとはポーカーやダイスゲームと同じ どうでもいいことではないか ときに美術批評家は 仕事を正当化することが好きだ そう、芸術も学歴・画歴なのだ 彼の場合は生活と創作がいつも切り離されている マルセルは「見る」ことのできる 卓越した芸術眼の持ち主 だから 括弧の外のデュシャン マルセルの仮面 括弧の中のデュシャン 一人のモラリストとしての 知性ということ 多くの誤解と結晶作用の典型の人 再び彼はいう 「一歩退いて、私のたくらみを知りなさい!」 ベン・ニコルソン 少しの重力もない世界が 遠ざかりながら広がり続ける モンドリアン先生の重力磁場もなく ミロ兄のドグマもない 水の表面張力で丸い 浮遊物ができる空間が 舌のような感触で漂う 抽象に向かいながら 極微なものに立ち帰ったこの矛盾 あなたには誰も 座ることのできない椅子がふさわしい グラスの中の ゆ・る・り・とした 表面張力が細胞膜となって あの無重力空間に 英国の海岸線にも似た Batiment en bois 作品は寺院 そして 旋律がアメーバの共同体となって 美しくも哀れな触手を どこまでも伸ばそうとしている モンドリアンを食べつくし ミロを飲み込んでさらに フランシス・リメラ これは海図だ 、という メモリアル・アートの時代じゃない 、という メラネシアのあの奇妙な海図 あるいは遊牧民の持ち歩けるテント 「自由地帯」、前近代の自然観 リメラの丸太小屋からは こんなにも矛盾に満ちた まばゆい建築物が見える 、ぼくは思考の乾きに 、どこまでも目印をつけていくよ! 廃墟も一つの建築だ 風景は一つの標識だ 一瞬の風に贈るモニュメント 森のめまい 氷の失神 勇敢な水夫たちの幻覚 (…それくらい多くの渇いた建築の) 戯れるイメージを ピンでとめる早煮え! ポール・カルロス さらけだす不安の構造 合成された有機化される水中花 不安がつくりだす有性生殖の触手 細胞の核が一つになり 新しい命として再び分裂をくりかえす メカニカルに回転するDNAの連鎖 回転をくりかえす生命繊維 覚醒された哀れな頭脳の持ち主の 幻覚を投影している 古代から伝わる遺伝子の記憶から 内蔵された港を見ることができる サム・フランシスの芽生えるものたちの 記憶の防波堤を越えて 相互に浸透しはじめ 方向も中心もない空間を 軽い愛撫をくりかえしながら 無限に満たす クリュス・デュエスの 不可思議な色彩の集合にいたる 成長と死の浸透を 可能いしてくれる アイ・オウ ぞろぞろと子供たちが 並んで歩いている どの顔も笑っている 彼らにはピンクがよく似合う ニギニギとしたハーモニーが アクリルのまゆになって く・る・く・る やがてさなぎになっていく みるみるさなぎに… 風にのって舞い飛ぶさなぎ 白い光の溜まり場に降り立つと 細い糸がはじけだした あの子供たちの匂いと音が 羽を開いているのだった ツーッ、ツッツッ また白い光を見つけると 首をつままれたウサギのように さなぎがひっかかる 背伸びをして イアリングをつけた子が 黄色い笑いを浮かべていた 舌をだしている子が ピンクのワタアメを旗のように 振・っ・て・い・る 前にもましてニギニギ あの子供たちは 白い光が好きなのだ ヒサオ・ドオモト いま、このメタフィジカルなゆらめきがおもしろい だからエリック・サティは今も 新しく刺激的だ そのロマンをつまみだしたロマン 消え入るものの中の 実在する硬質な湿度 円の中の蝶の軌跡 プラチナよりも硬い イソギンチャクの運動 収縮しながら高温化する空間 ドオモトは浅い海の大陸棚で産まれた やはり一つの偶然から 電気的刺激で生命が…発生する 光の届く浅い海は ドオモトの浮遊するところ 隙間の多いミネラルがそれだ 他力本願の大胆さ サティの波が洗い流すたびに 縦に長い、深くどこまでも続く トポロジックなカンバス 肥大する硬質の軟骨魚 ヤスカズ・タブチ この芳香はノアノア そして切ないシナップスのもつれる痛み ストラビンスキーを内包する火山島 永遠と続く不協和音の祭典! 平面に閉じ込めるもの 音、香り、質量と光の積 進化の過程に見る微分 またはその断面の加速度 ぼくはルシアンでもアリエルでも プレミオ・ソリーネでも ルレー、エルンストとの周辺展でも あの火山の胎動を目の当たりにしたいものだ 「君もやりたまえ!別に遠慮していても やがて死んでしまうだけではないか… ひと思いにふっきれてしまえよ!」 波長はできるだけ短い方がいい 補色をきらうのは 感情が犬のように正義感にみちた 愚鈍なやからの教理だ 祭典は補色をもとめているのだから トシノブ・オノサト 押しつけがましさのない 雄弁なエッセンスだけの音楽 山高帽に鼻眼鏡 一張羅のやせたシルエット いつも手放したことのないコウモリ傘 ところが彼の部屋には コウモリ傘が何本も転がっている アポロ、ピテウス、レートの 三神の前でくり広げられる 全裸の男踊り Trois gymnopedies ちょうど彼がそうだったように 郊外のアルクエイユから パリの中のどこまでも 徒歩で歩く あの、時勢をかえりみない 生涯の反骨に似て どこまでも 徒歩であるく 押しつけがましさのない 雄弁なエッセンスだけのフォルム シュウサク・アラカワ あなたはぼくの名前をしらない ところが ぼくもデュードニイーが好きだし アルベルト・アインシュタインの部屋を たずねたときにも何冊も何冊もあった! ライプニッツは「クイ遊びパズル」に 夢中だった 独創的な人間は Recreation mathematics が好きで そういう点で私の存在も あなたには理解できる可能性がある ところで パズル研究家は はるか以前に考察されたものとおよそ 同じものの考案に熱中して 時間のむだづかいをしている あなたのおっしゃるとおり L・シャーフ氏によって文献目録ができて 今ではもうそんなこともないが ぼくの中にはすでに秩序ある姿で 組み込まれている 信心や俗念のヒョウイをまぬがれ 同じものの考案に 時間のむだづかいをしないために どこまでも位置をもつものを フィジカルに結びつける あなたはぼくの名前をしらない ところがその軌跡によって ぼくのことを あなたは深く知りえている アリス・プラン KIKIという名の ブルゴーニュの私生児 慈善病院の尼さんも そのシラミを嫌った 貧乏人ゆえの教室の端でのいつものいいがかり 壁が青く見えるほど 何日も立たされている <信仰心のうすいものたちめ!ああ、この恥しらず> 意地の悪い二つの目が冷たく パリは雄牛のように重くアリスの腰をしめつける 「彼女は金切り声をだして 彫刻家の家に飛び込んだ ポーズをとっているときに 母は悲壮な顔をして もはや 自分の娘ではなくて汚らわしい 娼婦にすぎないとがなりたてる」 そのときすべてが終わった スーチンの良く燃えるストーブ フジタの低い声 羽の生えたような明るい無一文 ユトリロの小さな田舎家 キスリングのいたずらっぽい目 何度もモンパルナスを離れた 仲良しのあの子たちと再開するために 「才能という名の丘」にやってきた 空想にふけっているだけで 生きていられる水晶の時間 切りそろえた黒髪 才能のための宿駅KIKI ここを基点に多くの人生が 別の座標に移行する ホアン・ミロ この系は 明らかに「昆虫」に属している この星空にきみは 斜めによぎる多くの 硬いものに身をつつんだ ブラウン運動を見るだろう いくつもの壁が屈折し 接線が組み込まれていく この系は 地上に生きるものの中で もっとも繁殖を得意としている ジャン・デュビュッフェ 灼熱の砂漠に氷河が流れ込む 悠久の鉱物が音となり砂となり 水がしみでる 水がねじれ泉となる そのかたわらで 狂人が 病人が 未開人が 幼児が すきまだらけの軽石になっていく 水と物質が分離される現象「デュビュッフェ」 明らかに意識的に かぎりなく音楽に近づくための バイオ・マテリアロジー 生命の諸要素における物質学 ジュゼッペ・カポグロッシ 対話のある風景 舌と舌をつけながら イオンの伝達がカタツムリのように 歩く/目をだす/湿潤な電流を流す 灯台のある風景 船の底をなめる海の舌 波と粒子の無限小の運動のように 見つめ合う/愛撫する/解けてもつれ合う 穏やかな風景ロマーノ 踊る指先の炎 生命のオリジンが我々の目にも見える 白い舌の犬/青い羽の昆虫/赤い目の鳥となって ラースロ・モホイ・ナジ 幾何学から未開地へ 自然淘汰の川が流れる 鉛色のガラスから赤い島へ 放射能の潮が流れる 比重四の正八面体から トルコウイスキープロポーションへ 小さな相互関係の磨耗が流れる 知性という名のハンガリアン 「新しい芸術家の書」を血で仕上げ 鉛色のガラスの気泡をなった モホイ・ナジ アクリリックな恍惚の パラレルパラドックス エミリオ・ヴェドヴァ 恋とはそんなものだ 時間とともにすべてが美しく 記憶から 新しい視座に移行されていく ほれっぽい海を眺める人の カラッポの頭の中と同じくらい ざっくり洗い流す 巨大なスクリュー 恋とはそんなものだ 混色が限りなく遊離していく アクリルのような思いが マニキュアに移行していく エミリオ 後ろ姿だけでは 遊びと裏切りだ 君を愛する女たちにとっては カジミール・マレービッチ 可視光線が000H-000H であることを 知らないキエフの人間がいる 白の上の白 非対象世界 古都レニングラードの服を脱ぐ男 雌の反射する パピオンの恋を知っている 白の上の白が見える男 紫外線のひびきわたる波と コズミックダンス ほんの少しの転調 この微妙な常識のずれに 口元がゆるんで 笑いがこみ上げる 天才というコトバがあるとしたら この人間の月桂冠を 折る糸のことだ (1984.7-)